説明

ナマコ放卵・放精誘起剤、及びそれを用いたナマコの生産方法

【課題】棘皮動物の放卵・放精誘起剤を提供する。
【解決手段】式:A1-A2-A3-W-A4-Rで表され、かつ放卵活性及び/又は放精活性を有する化合物又はその標識化物(式中:Rは、OH又はNH2であり;A1は、アスパラギン残基、ピログルタミン酸残基又はグルタミン残基であり、好ましくはアスパラギン残基であり;A2は、グリシン残基、アラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、イソロイシン残基であり、好ましくはグリシン残基又はアラニン残基であり、より好ましくはグリシン残基であり、A3は、ロイシン残基又はイソロイシン残基であり;Wは、トリプトファン残基であり;A4は、チロシン残基又はフェニルアラニン残基であり、好ましくはチロシン残基である)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、棘皮動物、特にナマコの、放卵又は放精を誘起するペプチド、及び放卵又は放精を効率的に行う方法に関する。本発明は、ナマコの生産、ナマコの種苗の育成において有用である。
【背景技術】
【0002】
近年、中国での乾燥ナマコ需要の増大に対応して、日本からの中国・香港への乾燥ナマコの輸出が急増している。日本国内でのナマコの水揚げ量自体は、わずかに増加しているに過ぎず、また、資源の減少が危惧されている。
【0003】
マナマコ(Stichopus japonicus)は、県毎に栽培漁業センターなどで種苗の生産が行われ、漁業協同組合などを通して種苗放流が行われている。しかしながら、放流希望種苗数に対して実際の供給種苗数は大きく下回っており、種苗生産効率の上昇が急務となっている。種苗生産の効率を上げるためには、受精卵の生産と稚ナマコの育成の二段階それぞれで生産効率を上げる必要がある。
【0004】
受精卵の効率的な生産には、確実な採卵・採精を保証する技術が望まれる。しかしながら現在、種苗生産現場で実施されている方法は、産卵期に優良な親個体を入手し、成熟した卵と精子を採取し、人工授精後、受精卵を放流サイズになるまで人工飼育するというものである。成熟した卵と精子を得るには、親個体を紫外線照射した海水、又は加温した海水中に保持し、その刺激によって放卵・放精を促す方法が一般的である。しかし、この方法は、海水の処理設備を必要とし、また間接的な刺激法であるため、放卵・放精の誘導効率が低い上、誘導率(個体数)の予測が不可能であり、採苗計画の設定や採苗作業の効率化に著しい制限を与えている。
【0005】
そして、優良形質を持つ親個体からの確実な採卵法が無い為に、選抜育種の実施も困難となっている。
一方、無脊椎動物の神経組織から種々のペプチドが単離・精製され、アスパラギン(N)−グリシン(G)−イソロイシン(I)−トリプトファン(W)−チロシン(Y)の5アミノ酸からなり、カルボキシル末端のカルボキシル基がアミド化されているペプチドについて、筋肉等の収縮作用があることが報告されている(非特許文献1)。このペプチドについては、ヒトデの管足の収縮、ナマコ筋肉の収縮、及びナマコ結合組織の硬化の調節作用についての報告もある(非特許文献2〜4)。
【0006】
棘皮動物のイトマキヒトデに関しては、放射神経から精製した生殖腺刺激ホルモンについて検討されている。このヒトデのホルモンは、分子量が4737、アミノ酸数43個のペプチドであり、卵巣や精巣に供与すると、卵や精子が放出されることが報告されている(特許文献1)。
【特許文献1】WO2006/022343
【非特許文献1】Muneoka, Y., Morishita, F., Furukawa, Matsushima, O., Kobayashi, M., Ohtani, M., Takahashi, T., Iwakoshi, E., Fujisawa, Yuko. And Minakata, H.: Acta Biologica Hungarica 51 (2-4), 111-132 (2000).
【非特許文献2】Saha AK, Tamori M, Inoue M, Nakajima Y, Motokawa T.: NGIWYamide-induced contraction of tube feet and distribution of NGIWYamide-like immunoreactivity in nerves of the starfish Asterinapectinifera., Zoological Science, 23, 627-32 (2006).
【非特許文献3】Inoue, M.: Localization of the neuropeptide NGIWYamide in the holothurian nervous system and its effects on muscular contraction.: Proceedings of the Royal Society of London series B., 266, 993-1000 (1999)
【非特許文献4】Birenheide R, Tamori M, Motokawa T, Ohtani M, Iwakoshi E, Muneoka Y, Fujita T, Minakata H, Nomoto K.: Peptides controlling stiffness of connective tissue in sea cucumbers., BiologicalBulletin, 194, 253-9 (1998)
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、マナマコ体組織より、発達した卵巣・精巣を持つ親個体に作用して放卵・放精を誘起する活性成分を見出した。ナマコの親個体の成熟度の判定選抜方法、卵巣・精巣の成熟度の判定方法、さらに成熟親個体の放卵・放精誘導法を確立し、本発明を完成した。本発明は、すなわち、以下のものを提供する:
1)下式で表され、かつ放卵活性及び/又は放精活性を有する化合物
A1-A2-A3-W-A4-R
又はその標識化物を含む、棘皮動物の放卵・放精誘起剤。
(式中:
Rは、OH又はNH2であり;
A1は、アスパラギン残基、ピログルタミン酸残基又はグルタミン残基であり、好ましくはアスパラギン残基であり;
A2は、グリシン残基、アラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、イソロイシン残基であり、好ましくはグリシン残基又はアラニン残基であり、より好ましくはグリシン残基であり、
A3は、ロイシン残基又はイソロイシン残基であり;
Wは、トリプトファン残基であり;
A4は、チロシン残基又はフェニルアラニン残基であり、好ましくはチロシン残基である。)
2)式中、Rが、NH2であり;A1が、アスパラギン残基であり;A2が、グリシン残基であり;A3が、イソロイシン残基又はロイシン残基であり、A4が、チロシン残基である化合物又はその標識化物を含む、1)に記載の放卵・放精誘起剤。
3)棘皮動物の雄親個体及び/又は雌親個体に対し、1)又は2)に定義された化合物又はその標識化物を投与する工程を含む、棘皮動物の生産方法。
4)棘皮動物の精巣及び/又は卵巣の、全部又は一部に対して、1)又は2)に定義された化合物又はその標識化物を供与する工程を含む、棘皮動物の生産のための雄親個体及び/又は雌親個体を選別選抜する方法。
5)棘皮動物の雄親個体及び/又は雌親個体が、4)に記載の方法により選抜されたものである、3)に記載の生産方法。6)生殖巣が、卵巣であり、雌親個体を選抜し、そして選抜された雌親個体に、1)又は2)に定義された化合物又はその標識化物を投与するものである、3)に記載の生産方法。
7)棘皮動物の雄親個体又は雌親個体に対して、1)又は2)に定義された化合物又はその標識化物を投与する工程を含む、棘皮動物の放精又は放卵を誘起する方法。
8)ナマコ綱に属する無脊椎動物の抽出物から単離する工程を含む、1)又は2)に定義された化合物又はその標識化物の製造方法。
9)下式で表される、ペプチド又はその標識化物。
【0008】
NGLWY-R
又はその標識化物。
(式中:Rは、OH又はNH2である。)
本明細書で「棘皮動物」というときは、特別な場合を除き、ナマコ綱、ウミユリ綱、ヒトデ綱、クモヒトデ綱又はウニ綱の無脊椎動物を含む。ナマコ綱に含まれる無脊椎動物の例としては、マナマコ、キンコ、グミモドキ、ムラサキグミモドキ、ハマキナマコ、クリイロナマコ、ジャノメナマコ、テツイロナマコ、リュウキュウフジナマコ、フジナマコ、ニセクロナマコ、クロナマコ、ヨコスジナマコ、バイカナマコ、オキナマコ、シカクナマコ、アカオニナマコ、オオイカリナマコ、オオイカリナマコ、トゲオオイカリナマコ、イカリナマコ、ヒモイカリナマコ、ムラサキクルマナマコ、シロナマコ、シーアップルが挙げられる。本発明は、好ましくはマナマコ(Stichopus japonicus)、又はキンコ(Cucumaria frondosa)に適用され、より好ましくは、マナマコに適用される。マナマコには、主に外洋性で岩礁や礫底に多く棲息し、濃淡の栗色と褐色を交えた斑紋を有する赤ナマコ、並びに主に内湾の砂泥底に棲息し、暗青緑色から黒色に近い青ナマコ及び黒色の黒ナマコを含む。
【0009】
I. 放卵・放精誘起剤
[構造]
本発明の放卵・放精誘起剤は、下式で表され、かつ放卵活性及び/又は放精活性を有する化合物
A1-A2-A3-W-A4-R
又はその標識化物(以下、「本発明の放卵・放精誘起物質」ということがある。)を含む。式中の各文字の定義は、上述したとおりである。
【0010】
本発明において、アミノ酸に関し「残基」というときは、アミノ酸のN(アミノ)末端からH(水素原子)を除き、またC(カルボキシル)末端からOH(水酸基)を除くことにより誘導された、他のアミノ酸残基又はそれ以外の基に連結可能な基を指す。
【0011】
本発明の放卵・放精誘起物質において、A1-A2-A3-W-A4部分の好ましい例は、NGIWY(配列番号:1)又はNGLWY(配列番号:2)である。ナマコから抽出された天然物においては、A3がイソロイシン(I)であるが、本発明者らの検討によると、ロイシン(L)に変更したものは、驚くべきことに、天然物よりも100倍又はそれ以上の活性を有しうる。
【0012】
本発明の放卵・放精誘起物質において、R部分の好ましい例は、NH2である。ポリペプチド鎖のC末端は、アミド化されている(Rが、NH2である)ことが好ましい。アミド化されていないもの(Rが、OHであるもの)は、アミド化されているものに比べて活性が低いことがある。
【0013】
本発明の放卵・放精誘起物質の、特に好ましい例は、NGIWY-NH2(NGIWYamideと記載することもある。)及びNGLWY-NH2(NGLWYamideと記載することもある。)である。本発明者らは、天然型の前者をCubifrin(クビフリン)-I、後者をCubifrin-Lと命名した。
【0014】
本明細書では、本発明の放卵・放精誘起物質について、このCubifrin-I、Cubifrin-Lを例に説明することがあるが、その説明は、特別な場合を除き、それら以外の他の本発明の放卵・放精誘起物質にもあてはまる。
【0015】
本発明の放卵・放精誘起物質における、標識化の方法としては、N末端のアミノ基に選択的に作用する化合物(例えば、ジシクロヘキシルカルボジイミド等のカルボジイミド系縮合剤)を用いて蛍光性化合物等を結合させる方法が挙げられる。このような標識化物を利用して、本発明の放卵・放精誘起物質に蛍光性を付与し、光学的観察や結合量の測定が可能になる。蛍光性の化合物の例は、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、テキサスレッド(TR;スルホローダミン)、ダンシル(Dns;(5-ジメチルアミノ)ナフタレン-1-スルホニル)、カルボシアニン(Cy3、Cy5、PE-Cy5)、DOXYL(N-オキシ-4,4-ジメチルオキサゾリジン)、PROXYL(N-オキシル-2,2,5,5-テトラメチルピロリジン)、TEMPO(N-オキシル-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン)、ウンベリフェロン、ジニトロフェニル、アクリジン、クマリン、エリトロシン、ローダミン、テトラメチルローダミン、若しくは7-ニトロベンゾ-2-オキサ-1-ジアゾール (NBD)、又はそれから誘導される基が挙げられる。
【0016】
標識化のための基としては、それが結合することで本発明の放卵・放精誘起物質の活性を失わせない限り、種々のものを用いることができる。また適切であれば、活性を保つために、熱化学的及び光化学的に不活性な連結形成のための基、すなわちスペーサー(例えば、-(CH2)n-(nは、2〜6程度の整数)、ポリエチレンオキシド (PEO)n)を介して標識化のための基を連結してもよい。リンカーとしてどのようなものを用いるかは、当業者であれば、その長さ、分子柔軟性、連結のための反応の行いやすさ等の様々な要因を考慮して適宜選択しうる。また、標識化のための基として、反応性試薬自身がアミノ基に結合することにより蛍光性をもつものを用いてもよい。この例として、NBD-F (4-fluoro-7-nitrobennzofurazan)を挙げることができる。このようなものもまた、本発明の範囲に含まれる。
【0017】
本発明の放卵・放精誘起物質は、マナマコ親個体への投与により、1時間前後で放卵・放精行動を誘起する。放たれた卵・精子は受精可能な成熟卵・成熟精子であり、これらを混合し受精させることにより受精卵を得ることができる。また本発明の放卵・放精誘起剤は、in vitroに取り出した卵巣・精巣組織の一部または全体への投与により、受精能を持つ卵・精子の放出を誘起する(実施例参照)。
【0018】
本明細書で「放卵活性及び/又は放精活性を有する」というときは、特別な場合を除き、棘皮動物の少なくとも一種、例えばマナマコに対して、放卵活性又は放精活性の少なくとも一方を有することをいう。両方の活性があってもよい。ある化合物が放卵活性を有するか否か、又は放精活性を有するか否かは、例えば、本明細書の記載にしたがって、候補化合物を適切な濃度で動物又は動物体外に摘出した生殖巣片に供与し、卵又は精子の放出が見られるか否かによって判断することができる。
【0019】
本発明の放卵・放精誘起物質は合成することができ、また下記の手順によって、マナマコから単離・精製することができる。
[単離・精製]
1. 抽出
棘皮動物の神経組織を含む部分(例えば、ナマコの口器基部の石灰環の後端部までを含む、頭部先端部分)を切断採取し、凍結保存する。細粉後、氷冷抽出液(例えば、4M酢酸, 0.2mM β-aminoethyl benzensulfonyl fluoride, 5μg/ml leupeptin, 2μM pepstatin Aを含む)を加え、ホモゲナイズする。ホモゲナイズした試料は、冷却下で遠心し、上清を得る。上清から、限外濾過装置等を用いて、分子量10,000以下の濾過画分を得る(神経抽出物)。
【0020】
2. クロマトグラフィー精製
神経抽出物を溶解し、上清を得て、Develosil C8-UG-5カラム等を用いて脱塩する。カラムからの溶出には0.1%TFAを含む80%アセトニトリル水溶液等を用いる。アセトニトリル溶出画分を凍結乾燥し、凍結乾燥物を得てクロマトグラフィー用試料とする。
【0021】
クロマトグラフィー試料を、例えば0.1%トリフルオロ酢酸を含むアセトニトリルの直線濃度勾配溶出(10-40%)を行い、分取する。卵巣からの卵の放出の有無を確認し、放卵活性を有する画分を特定する。必要に応じ、さらにクロマトグラフィーに供し、さらに精製された放卵活性を有する画分を特定する。
【0022】
II. 棘皮動物の生産方法
本発明は、棘皮動物の雄親個体及び/又は雌親個体に対し、本発明の放卵・放精誘起物質を投与する工程を含む、棘皮動物の生産方法を提供する。この方法においては、棘皮動物の精巣及び/又は卵巣の、全部又は一部に対して、本発明の放卵・放精誘起物質を供与し、生産のために優良な、雄親個体及び/又は雌親個体を選抜する工程をさらに含んでもよい。
【0023】
棘皮動物の雄親個体及び/又は雌親個体に対し、本発明の放卵・放精誘起物質の投与は、
一定量を、海水、人工海水、生理的塩類溶液、その他、生体に不適当な影響を与えない溶液に溶解し、目的濃度に調整した後に、注射器、注入器等の生体に大きな負荷を与えない方法により投与すればよい。通常、放卵・放精誘起物質の投与後のナマコ体内最終濃度は、高々10-8M(10nM)程度を維持すればよい。
【0024】
生産のために優良な、親個体の選抜は、生殖巣の成熟度を判別することにより、行うことができる。これは、以下の工程を含む方法により、実施することができる:
(1) ナマコ綱に属する無脊椎動物から生殖巣の一部を摘出し;そして
(2) 該摘出片に、本発明の放卵・放精誘起物質を、放卵・放精上有効な濃度、例えば10nM以下の濃度で供与する
工程を含み、該摘出片から大方の精子又は卵を放出したときにその生殖巣の成熟度が高いと判断する。
【0025】
卵巣の成熟度に関しては、本発明の放卵・放精誘起物質を放卵・放精上有効な濃度、例えば10nM以下の濃度で供与した場合に、受精上有効な割合(例えば50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上)の卵において成熟(未成熟の卵において観察される卵核胞が崩壊し、見えなくなる)が見られるときにその卵巣の成熟度が高いと判断してもよい。
【0026】
そして成熟度が高いと判断された生殖巣が由来する親個体を、生産のために優良な親個体として選抜することができる。
本発明で卵巣の成熟度の判定に関し、大方の卵を放出したというときの「大方」とは、棘皮動物、例えばナマコは、一産卵期内に複数回産卵すると考えられ、そのために成長度合い(直径)の異なる複数の卵群が存在する場合があり、このような場合に、本発明の放卵・放精誘起物質を投与したとき、実質的にはすべての成熟した卵を放出しうるが、卵巣内の成熟していない卵は放出されないことを指したものである。本発明で精巣の成熟度の判定に関し、大方の精子を放出したというときも、同様である。
【0027】
本発明の生産方法においては、採卵は、親個体への注射法によらず、親個体から卵巣を摘出し、in vitroで放卵・放精誘起物質作用させ成熟卵を得ることができる。より詳細には、海水等に取り出した卵巣に、放卵・放精誘起物質を最終濃度が、多くとも10-8M程度となる様に加えて一定時間培養した後、卵巣から放出された卵を回収し受精に用いることができる。
【0028】
また、精子に関しては、親個体から摘出した精巣を容器内で鋏等を用い細片化することで、精巣細片から浸み出す精子を得ることができ、これを適宜希釈して、媒精に用いることができる。この場合は、放卵・放精誘起物質は不要である。
【発明の効果】
【0029】
本発明による方法を用いることで、産卵期のナマコを用いて任意の時期に確実に放卵・放精を起こさせることが可能となるために、種苗生産現場での計画的で効率的な受精卵の生産が、安価で簡便で確実に実施することが可能となる。
【実施例】
【0030】
[実施例1:ペプチドの単離・精製]
以下の手順で、活性のあるペプチドを抽出、精製した。
1. 抽出
1) マナマコ150匹より、口器基部の石灰環の後端部までを含むように頭部先端部分を切断採取した。体壁部分をそぎ取り除いた後、液体窒素で凍結し、-80度にて凍結保存した(凍結ナマコ頭部219.3g)。
【0031】
2) 凍結ナマコ頭部を、凍結下、粉砕器を用いて細粉化した。
3) 細粉化した凍結試料に等量の氷冷抽出液(4M酢酸, 0.2mM β-aminoethyl benzensulfonyl fluoride, 5μg/ml leupeptin, 2μM pepstatin Aを含む)を加え、直ちにヒスコトロンホモゲナイザーを用いてホモゲナイズした。
【0032】
4) ホモゲナイズした試料を冷却下で遠心し(15,200 x g, 15分, 4℃)上清1を得た。沈殿に等量の氷冷抽出液を加え再度ホモゲナイズ・遠心を繰り返し、上清2を得た。上清1と上清2を合わせた後、さらに冷却下で遠心し(45,000 x g, 2時間, 4℃)上清3を得た。
【0033】
5) 上清3をAmicon YM30を装着した加圧式限外濾過装置で濾過し、分子量30,000以下の濾過画分を得た(30K画分)。
6) 30K画分を、Amicon YM10を装着した加圧式限外濾過装置で濾過し、分子量10,000以下の濾過画分を得た(10K画分)
7) 10K画分を凍結乾燥し、凍結乾燥物を得た(神経抽出物24.27g)。
【0034】
2. クロマトグラフィー精製
1) 神経抽出物の脱塩:
神経抽出物(24.27g)に精製脱イオン水60mlを加え溶解後、遠心し(6,000 x g, 10分, 4℃)上清4を得た。沈殿に5mlの精製脱イオン水を加え再懸濁し、再び遠心して上清を得て、上清4に合わせた(上清5)。
【0035】
上清5を除粒子フィルターでろ過した後、Develosil C8-UG-5カラム(20x50mm)を用いて脱塩した。カラムからの溶出には0.1%TFAを含む80%アセトニトリル水溶液を用いた。
アセトニトリル溶出画分を凍結乾燥し、凍結乾燥物を得てクロマトグラフィー用試料とした(凍結乾燥物123mg)。
【0036】
2) 第1段クロマトグラフィー:
クロマトグラフィー試料を、Develosil RPAQUEOUS-AR-5カラム(10x250mm)を用いて、0.1%トリフルオロ酢酸を含むアセトニトリルの直線濃度勾配溶出(10-40%)を行い、分取した。分取した各画分を個別に凍結乾燥した。
【0037】
凍結乾燥した各画分を0.5mlの精製水に溶解し、その一部を海水に希釈溶解し、マナマコ卵巣片を加え、室温で1.5時間培養した後、卵巣からの卵の放出の有無を確認し、放卵活性を有する画分を特定した(放卵アッセイ法)。
【0038】
放卵活性を含む画分を合わせて第1段活性画分とし、第2段クロマトグラフィーに供した。
3) 第2段、第3段クロマトグラフィー:
第1段活性画分を、Develosil RPAQUEOUS-AR-5カラム(10x250mm)を用いて、20mM酢酸アンモニウム(pH6.0)を含むアセトニトリルの直線濃度勾配(10-30%)を行い、分取した。分取した各画分を個別に凍結乾燥した。
【0039】
凍結乾燥した各画分を0.5mlの精製水に溶解し、その一部を海水に希釈溶解し、マナマコ卵巣片を加え室温で1.5時間培養した後、卵巣からの卵の放出の有無を確認し、放卵アッセイ法により放卵活性を有する画分を特定した(第2段活性画分)。
【0040】
第2段活性画分を、Develosil RPAQUEOUS-AR-3カラム(2x250mm)を用いて、0.1%トリフルオロ酢酸を含むアセトニトリルの直線濃度勾配(15-22%)を行い分取した。分取した各画分を個別に凍結乾燥した。
【0041】
凍結乾燥した各画分を0.5mlの精製水に溶解し、その一部を海水に希釈溶解し、マナマコ卵巣片を加え、室温で1.5時間培養した後、卵巣からの卵の放出の有無を確認し、放卵アッセイ法により放卵活性を有する画分を特定した(第3段活性画分)。
【0042】
3. 活性成分の構造解析
第3段活性画分を、マトリックス支援レーザー脱離イオン化−飛行時間型質量分析計で精製純度を確認した後、プロテインシーケンサー(Procise 494HT、ABI社製)によりアミノ酸配列を解析したところ、アミノ酸配列NGIWY(配列番号:1)を得た。続いて液体クロマトグラフ−タンデム質量分析計(nanoFrontier LD、日立ハイテクノロジーズ社製;Quattro Premier、日本ウォーターズ社製)により分子量を確認すると、実測の分子量は予想される分子量より1少なく、さらにペプチドの内部構造を解析すると、プロテインシーケンサーによるものを指示すると思われるデータが出るものの、測定値が1シフトして観察されることと合わせて、アミド化が推定された(図4)。
【0043】
[実施例2:卵巣片に対するNGIWYamide、NGLWYamide及びNGIWY-OH型の活性比較試験]
1. 方法
標題の各ペプチドを、ペプチド合成機(ABI433A型、ABI社製)を用い、FMoc法で合成した。合成後、質量分析計で分析し、分子量を確認した。各々を濾過海水に溶かし、各ペプチド濃度が1μM、100 nM、10 nM、1 nM、100 pM、10 pM、1 pM、100 fMとなるように調整した。
【0044】
マナマコから摘出した卵巣小片のうち、中に卵が密に充満しており、また卵の直径が揃っている小片を、ペプチドを溶解した海水に浸漬し、2時間後に、観察、及び卵巣小片から放出された卵の数を計数した。陰性対照として濾過海水を用いた。
【0045】
2. 結果
結果を下表に示した。
【0046】
【表1】

【0047】
表中、連続して50%以上の卵が成熟(核の消失)反応を示したウェルを網掛けで示した。
NGIWYamideは1nMから10pM以上の濃度で卵成熟と排卵を誘起した。NGLWYamideは10pMから100fM以上の濃度で卵成熟と排卵を誘起した。NGIWY-OHは、100nM以上の濃度で卵成熟と排卵を誘起した。
【0048】
NGLWYamideはNGIWYamideに比較して、100倍から1000倍以上強い活性を示した。一方、NGIWY-OH型は、天然型(NGIWYamide)に比べ、活性が1/100から1/10000と非常に弱かった。
[実施例3:成熟個体に対するNGIWYamide、NGLWYamideの活性比較試験]
1. 方法
ナマコの体重を測定し、その値を水100%として個体毎の体容積を算出した。ペプチドを海水に溶解し、ペプチドを腹腔内に注射した。
【0049】
2. 結果
結果を図5に示した。NGIWYamide投与群では、雄雌ともに1nM以下では放卵・放精しなかった。一方、NGLWYamide投与群では、雄では100pM以下では放精しなかった。雌では10pM以下では放卵しなかった。NGLWYamideは、天然型NGIWYamideの1/10以下の濃度で同等の効果を示した。
【0050】
[実施例4:種苗生産の実施例]
1. 方法
伊勢湾にて漁獲し、三重県栽培漁業センターにて約80日間畜養したマナマコ(平均体重142g)を用いた。雌については卵巣の一部(長さ1cm程度)を切り出し、100nMのNGIWYamideを含む海水で1時間30分間静置し、実施例2と同様に、卵核胞の消失を見ることで成熟度を判定した。マナマコは、個体識別用の標識を付け雌雄別に100L水槽に収容し(水温19℃)、終濃度10nMとなるようにNGIWYamideを腹腔内に投与して放卵、放精を誘発した。放精、放卵開始を確認後(ペプチド投与後約1時間)、精子を含む雄水槽の海水を、放卵中の雌水槽にうっすらと白く濁る程度に加えることで、受精を成立させた。
【0051】
2. 結果
事前の成熟度の判定で反応性を有した雌個体は高率で産卵行動を示し産卵に至ったが(5/7個体)、反応性の無い個体は産卵しなかった(0/6個体)。雄個体も高率に放精した(13/15個体)。最終的に345万粒採卵でき、孵化率は94%であった。
【0052】
図6〜8に、ペプチド投与により得られた成熟卵・精子を用いて授精した後、13日目の後期アウリクラリア幼生、授精後13日目のドリオラリア幼生、受精後20日目の変態後の稚ナマコの写真を示した(右下スケールは0.1mm)。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1は、第1段目のクロマトグラフィーの結果を示したものである。棒グラフで示した部分に生理活性を検出した。
【図2】図2は、第2段目のクロマトグラフィーの結果を示したものである。棒グラフで示した部分に生理活性を検出した。
【図3】図3は、第3段目のクロマトグラフィーの結果を示したものである。棒グラフで示した部分に生理活性を検出した。
【図4】図4は、活性成分についての、液体クロマトグラフ−タンデム質量分析計による計測結果を示したチャートである。試料の導入はElectroSpray法による。
【図5】図5は、成熟個体に対するNGIWYamide(上)又はNGLWYamide(下)の活性比較試験の結果を示したものである。
【図6】ペプチド投与により得られた成熟卵・精子を用いて授精した後、13日目の後期アウリクラリア幼生の写真である(右下スケールは0.1mm)。
【図7】授精後13日目のドリオラリア幼生の写真である(右下スケールは0.1mm)。
【図8】変態後の稚ナマコ(受精後20日目)の写真である(右下スケールは0.1mm)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下式で表され、かつ放卵活性及び/又は放精活性を有する化合物
A1-A2-A3-W-A4-R
又はその標識化物を含む、棘皮動物の放卵・放精誘起剤。
(式中:
Rは、OH又はNH2であり;
A1は、アスパラギン残基、ピログルタミン酸残基又はグルタミン残基であり、好ましくはアスパラギン残基であり;
A2は、グリシン残基、アラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、イソロイシン残基であり、好ましくはグリシン残基又はアラニン残基であり、より好ましくはグリシン残基であり、
A3は、ロイシン残基又はイソロイシン残基であり;
Wは、トリプトファン残基であり;
A4は、チロシン残基又はフェニルアラニン残基であり、好ましくはチロシン残基である。)
【請求項2】
式中、Rが、NH2であり;A1が、アスパラギン残基であり;A2が、グリシン残基であり;A3が、イソロイシン残基又はロイシン残基であり、A4が、チロシン残基である化合物又はその標識化物を含む、請求項1に記載の放卵・放精誘起剤。
【請求項3】
棘皮動物の雄親個体及び/又は雌親個体に対し、請求項1又は2に定義された化合物又はその標識化物を投与する工程を含む、棘皮動物の生産方法。
【請求項4】
棘皮動物の精巣及び/又は卵巣の、全部又は一部に対して、請求項1又は2に定義された化合物又はその標識化物を供与する工程を含む、棘皮動物の生産のための雄親個体及び/又は雌親個体を選別選抜する方法。
【請求項5】
棘皮動物の雄親個体及び/又は雌親個体が、請求項4に記載の方法により選抜されたものである、請求項3に記載の生産方法。
【請求項6】
生殖巣が、卵巣であり、雌親個体を選抜し、そして選抜された雌親個体に、請求項1又は2に定義された化合物又はその標識化物を投与するものである、請求項5に記載の生産方法。
【請求項7】
棘皮動物の雄親個体又は雌親個体に対して、請求項1又は2に定義された化合物又はその標識化物を投与する工程を含む、棘皮動物の放精又は放卵を誘起する方法。
【請求項8】
ナマコ綱に属する無脊椎動物の抽出物から単離する工程を含む、請求項1又は2に定義された化合物又はその標識化物の製造方法。
【請求項9】
下式で表される、ペプチド
NGLWY-R
又はその標識化物。
(式中:Rは、OH又はNH2である。)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−53041(P2010−53041A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−216517(P2008−216517)
【出願日】平成20年8月26日(2008.8.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年7月8日、http://www.zsj2008.umin.jp/Abt3T.htmlを通じて発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成20年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】