説明

ニクバエ科に属するハエへの遺伝子導入方法

【目的】ニクバエ科に属するハエへの遺伝子導入方法の提供。
【解決手段】本発明は、羽化後0〜5日目のニクバエ科に属するハエ個体から採取した胚に目的遺伝子を導入することを特徴とする、遺伝子導入方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニクバエ科に属するハエに遺伝子を導入する方法、当該方法により得られる遺伝子組換えハエ、及び当該ハエ又はその処理物を含む飼料に関する。
【背景技術】
【0002】
ニクバエ科に属するハエは、比較的大型であり、飼育が容易な上に、約3週間で次世代個体を得ることができる。このような特徴から、ニクバエ科に属するハエは、生化学的な解析に適したモデル動物である。
【0003】
このように、ニクバエ科に属するハエを実験モデル動物として用いる場合、遺伝子組換え技術により、個体の形質変化を観察できることが望ましい。現在までに、昆虫の遺伝子導入法は確立されているが、これらの遺伝子導入法は、産卵された卵に対して行われるものである(非特許文献1)。
ニクバエ科に属するハエは、一般的に卵胎生であるため、従来の昆虫の遺伝子導入方法をニクバエ科に属するハエに適用することはできない。
【0004】
ニクバエ細胞に対する遺伝子導入方法として、Tanaka Y et alは、ニクバエの胚由来のセルラインにRNAi発現ベクターを導入し、IDGF遺伝子をノックダウンしたことを報告している(非特許文献2)。しかしながら、この報告は、胚そのものに遺伝子を導入したことを示したものではない。
【0005】
一方、本発明者らは、羽化後6日目のメス9個体から取り出した胚に遺伝子導入を行っている(非特許文献3)。しかしながら、導入された遺伝子からのタンパク質発現の検出までは行っていない。
【0006】
このような背景から、ニクバエ科のハエに遺伝子導入を行い、所望の形質を有するハエ個体を作製する方法の確立が待たれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Handler, A. M., (2002) Insect Biochemistry and Molecular Biology, Vol. 32, 1211-1220
【非特許文献2】Tanaka Y et al., (2006) Biochem Biophys Res Commun. Nov 17; 350(2):334-8
【非特許文献3】科学研究費助成金研究成果報告書(日本大学 安西偕二郎)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、ニクバエ科のハエの胚に目的遺伝子を導入する方法を提供することを目的とする。また、本発明は、当該方法により得られる胚から発生したハエ個体を提供することを目的とする。さらに、本発明は、前記ハエ個体又はその処理物を含む飼料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、羽化後3日目のニクバエ科のハエから採取した胚に目的遺伝子を導入し、得られた胚からハエ個体を発生させることに成功した。また本発明者らは、前記導入遺伝子からタンパク質が発現し、さらに前記導入遺伝子が、次世代のハエ個体に遺伝することを確認した。本発明は、これらの知見に基づいて完成されたものである。
【0010】
従って、本発明は、以下を提供する。
[1] 羽化後0〜5日目のニクバエ科に属するハエ個体から採取した胚に目的遺伝子を導入することを特徴とする、遺伝子導入方法。
[2] 前記個体が、羽化後0〜5日目のものである、前記[1]に記載の方法。
[3] 前記個体が、羽化後4〜5日目のものである、前記[1]に記載の方法。
[4] 前記個体が、羽化後5日目のものである、前記[1]に記載の方法。
[5] 前記目的遺伝子は、トランスポゾン配列を有する発現ベクターに組み込まれたものである、前記[1]に記載の方法。
[6] 前記トランスポゾン配列が、ITR配列である、前記[5]に記載の方法。
[7] 前記発現ベクターが、piggyBacシステム発現ベクターである、前記[5]に記載の方法。
[8] 前記導入は、マイクロインジェクション法により行われる、前記[1]に記載の方法。
[9] 前記導入は、ガラス管を加熱し、引き伸ばす工程により作製されたガラスキャピラリーを介して行われる、前記[8]に記載の方法。
[10] 前記ガラスキャピラリーは、前記工程を少なくとも2回繰り返すことにより作製されたものである、前記[9]に記載の方法。
[11] 目的遺伝子が、DsRed、Green Fluorescent Protein、Yellow Fluorescent Protein、抗菌タンパク質、酵素又は生理活性を有するタンパク質をコードする遺伝子、及びRNA干渉用遺伝子からなる群から選択されるいずれか1つのものである、前記[1]に記載の方法。
[12] 前記目的遺伝子は、水に懸濁された状態のものである、前記[1]〜[11]のいずれか1項に記載の方法。
[13] 前記[1]〜[12]のいずれか1項に記載の方法により、目的遺伝子が導入された胚から発生したハエ。
[14] 前記[13]に記載のハエ又はその処理物を含む飼料。
[15] 家畜用飼料である、前記[14]に記載の飼料。
[16] 羽化後0〜5日目のニクバエ科に属するハエ個体から採取した胚に、目的タンパク質をコードする遺伝子を導入することにより、前記目的タンパク質を製造することを特徴とするタンパク質の製造方法。
[17] 前記目的タンパク質が、DsRed、Green Fluorescent Protein、Yellow Fluorescent Protein、抗菌タンパク質、酵素又は生理活性を有するタンパク質である、前記[16]に記載の方法。
[18] 前記[16]に記載の方法により製造されたタンパク質。
【発明の効果】
【0011】
本発明によりニクバエ科のハエ個体への効率的な遺伝子導入方法が提供される。本発明の方法により遺伝子を導入すれば、目的遺伝子はタンパク質レベルで機能的に発現し、ハエの成長過程を通じて安定してゲノムDNAに保存され、さらに次世代に受け継がれるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】ニクバエ科に属するハエの胚の発生過程を示す模式図である。
【図2】胚に導入した遺伝子の発現をRT-PCRで検出した結果を示す図である。
【図3】遺伝子導入した胚での蛍光タンパク質発現を示す図である。
【図4】胚に導入した遺伝子をPCRで検出した結果を示す図である。
【図5】高濃度で導入した遺伝子からの蛍光タンパク質発現を示す図である。
【図6】次世代胚における導入遺伝子の存在をPCRで検出した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、羽化後0〜5日目のニクバエ科に属するハエ個体から採取した胚に目的遺伝子を導入することを特徴とする、遺伝子導入方法である。
【0014】
本発明において、ニクバエ科に属するハエ個体は、ニクバエ科(Sarcophagidae)に属するものであれば特に限定されず、ヤドリニクバエ(Miltogramminae)及びパラマクロニチイナエ(Paramacronychiinae)等のニクバエ亜科に属するハエ個体も含む(以下、「ニクバエ」と総称する)。好ましくは、ニクバエは、センチニクバエである。また、本発明において、ニクバエは、メスであることが好ましい。
【0015】
本発明において、遺伝子導入は、羽化後0〜5日目の上記ニクバエから採取した胚に対して行われる。ここで、「羽化」とは蛹から成虫に脱皮又は変態する過程を意味する。
ニクバエの発生についての文献はないため詳細は不明であるが、ショウジョウバエに類似した発生様式をたどると考えられる。羽化後0〜5日目のハエ個体では、胚が発生の早期段階にあり、すべての核が共通の細胞質の中に存在していると考えられるため遺伝子導入効率が高くなるものと考えられる(図1Bの(a)接合子〜(c)シンシチウム胞胚の状態)。当該胚は、極細胞が形成される頃までに、羽化後0〜5日目の個体から採取することが好ましく(図1Bの(a)接合子〜(b)卵割の状態)、羽化後4〜5日目の個体から採取することがより好ましく(図1Bの(b)卵割〜(c)シンシチウム胞胚の状態)、羽化後5日目の個体から採取することが最も好ましい。羽化後4〜5日目の個体から採取された胚であれば、卵黄部分に目的遺伝子を導入しやすく、さらに、体外で発生させることができる。
胚の発生速度は、個体により差があることから、羽化後0〜5日目のハエから採取した胚であっても、極細胞が形成されていることも考えられる。胚に極細胞が形成されている場合には、目的遺伝子を透明膜に導入することにより、本発明の方法を実施することができる。
採取した胚は、遺伝子導入を行うまで、例えば、スライドガラス上に並べ、水分をふき取った後、シリカゲルを入れたタッパウェア内に1〜10分間程度放置し、シリコンオイルを塗布した状態で、室温にて保存することができる。
【0016】
本発明において、目的遺伝子は、ハエに所望の形質転換を生じさせるものであればよく、特に限定されない。このような遺伝子の例としては、DsRed、Green Fluorescent Protein(GFP)、Yellow Fluorescent Protein(YFP)といった蛍光タンパク質をコードする遺伝子、特定の内在性遺伝子の発現阻害を目的としたRNA干渉用遺伝子の他に、抗菌タンパク質、酵素、生理活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0017】
上記遺伝子は、適切な発現カセットとして発現ベクターに挿入された状態で胚に導入されることが好ましい。適切な発現カセットは、少なくともニクバエ細胞内で転写可能なプロモーター、該プロモーターに結合した目的遺伝子、並びにRNA分子の転写終結及びポリアデニル化シグナルをコードする配列を含むことが好ましい。
【0018】
ニクバエ細胞内で転写可能なプロモーターとしては、例えば、CMV、熱ショックタンパク質70(Hsp70)、actin5c(ショウジョウバエ由来アクチン・プロモーター)、ストレージ・プロテイン(storage protein)、CAG、LTR、EF-1α、SV40等のプロモーターが挙げられるが、これらに限定されるものではない。好ましくは、前記プロモーターは、CMV、熱ショックタンパク質70(Hsp70)、actin5c(ショウジョウバエ由来アクチン・プロモーター)又はストレージ・プロテイン(storage protein)のプロモーターである。
【0019】
前記発現ベクターは、前記発現カセットの他に、形質転換された胚をセレクションするための選択マーカー発現カセットを有していてもよい。選択マーカーの例としては、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ遺伝子等のポジティブセレクションマーカー、LacZ、GFP及びルシフェラーゼ遺伝子などの発現レポーター、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV-TK)、ジフテリア毒素Aフラグメント(DTA)等のネガティブセレクションマーカー等が挙げられるが、これらに限定されない。
形質転換された胚は、上記マーカーにより容易に選択することができる。例えば、ネオマイシン耐性遺伝子をマーカーとして導入した胚であれば、G418を加えた培地中で培養することにより、一次セレクションを行うことができる。
【0020】
さらに、前記発現ベクターは、トランスポゾン配列(ITR配列)を有することが好ましい。発現ベクターがトランスポゾン配列を有する場合、当該発現ベクターに加えて、トランスポゼースを発現するヘルパープラスミドを共導入することにより、目的遺伝子をトランスポゾンとして宿主のゲノムDNAに組み込ませることができる。このような発現ベクターの具体例としては、piggyBacシステムの発現ベクターが挙げられる。piggyBacシステムの発現ベクターはITR配列を有しており、トランスポゼースを発現するヘルパープラスミドと共に宿主細胞に導入するようにデザインされている。
ITR配列は、以下の塩基配列を有する。
5’Terminal Repeat: CATGCGTCAATTTTACGCAGACTATCTTTCTAGGG(配列番号1)
3’Terminal Repeat: CCCTAGAAAGATAATCATATTGTGACGTACGTTAAAGATAATCATGCGTAAAATTGACGCATG(配列番号2)
【0021】
piggyBacシステムは、以下のウェブサイトにアクセスすることにより入手することができる。http://piggybac.bio.nd.edu/
【0022】
本発明において、目的遺伝子の導入は、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、ウィルス感染等、公知の遺伝子導入法により行うことができるが、好ましくは、マイクロインジェクション法により行われる。これらの遺伝子導入法の詳細については、「Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor, Laboratory Press 2001」等を参照することができる。
【0023】
マイクロインジェクション法により遺伝子導入を行う場合、胚へのダメージを最小にするため、導入は、極めて細いガラスキャピラリーを用いて行われることが好ましい。このようなガラスキャピラリーは、ガラス管を加熱し、引き伸ばす工程により作製することができる。好ましくは、遺伝子導入は、前記工程を少なくとも2回繰り返すことにより作製されたガラスキャピラリーを用いて行われる。ガラスキャピラリーは、前記工程を行った後に、さらに研磨機等で先端を研磨したものであってもよい。
【0024】
本発明者らは、ニクバエ胚への遺伝子導入実験において、市販のトランスフェクション試薬を含む種々の懸濁媒体を検討した。その結果、水を懸濁媒体として遺伝子導入を行うと、遺伝子組換え効率が高くなることを見出した。従って、本発明において、目的遺伝子は、水に懸濁された状態で胚に導入されることが好ましい。
【0025】
遺伝子導入後の胚は、湿潤したタッパウェアに入れた状態で、常温(例えば、25℃)にて保存することができる。
【0026】
このようにして得られた遺伝子組換え胚を発生させることにより、遺伝子組換えされたハエ個体を得ることができる。具体的には、遺伝子組換え胚を、レバー等の適切な餌に播種し、孵化した幼虫をレバーの中で4〜5日間飼育する。次に、三齢幼虫まで成長した時点で、幼虫をレバーから取り出し、木屑の中で蛹化させ、その後、蛹を成虫用の網カゴに移し、餌として砂糖、粉ミルク、水等を与え、成虫に羽化させる。蛹化から羽化までの期間は、9日前後である。
【0027】
このようにして発生させたハエ又はその処理物を、家畜又はペット等の動物の飼料(例えば、ミール・ワーム又はマゴット・ミール等)として用いることができる。例えば、特定の栄養価を高める機能を有する遺伝子が導入されたニクバエは、いわば特定保健用食品又は栄養機能食品と同様に、家畜又はペット等の健康維持に有用である。
【0028】
また、本発明は、羽化後0〜5日目のニクバエ科に属するハエ個体から採取した胚に、目的タンパク質をコードする遺伝子を導入することにより、前記目的タンパク質を製造することを特徴とするタンパク質の製造方法を提供する。
【0029】
本発明において、目的タンパク質としては、例えば、DsRed、Green Fluorescent Protein、Yellow Fluorescent Protein、抗菌タンパク質、酵素及び生理活性を有するタンパク質などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。当該目的タンパク質をコードする遺伝子は、適切な発現カセットとして発現ベクターに挿入された状態で胚に導入されることが好ましい。発現カセット及び発現ベクターについては、先に述べた通りである。
【0030】
胚に導入した遺伝子から発現した目的タンパク質は、通常のタンパク質回収方法に従って、回収することができる。
具体的には、遺伝子を導入した胚を培養するか、又は当該胚から発生したハエ個体を飼育した後、通常の方法(例えば、超音波、リゾチーム、凍結融解など)で前記胚若しくはハエ個体又はこれらから採取した細胞を破砕又は溶解し、得られた破砕物又は溶解物から通常の抽出方法(例えば、遠心分離、ろ過など)により目的タンパク質を含む粗抽出液を得ることができる。
このようにして得られた粗抽出液に含まれる目的タンパク質は、通常の分離・精製方法に従って精製することができる。分離・精製方法としては、例えば、硫酸アンモニウム沈殿、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相高速液体クロマトグラフィー、透析法及び限外ろ過法等を、単独で又は適宜組み合わせて用いることができる。
得られたタンパク質が目的のものであることは、例えば、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)等によって確認することができる。
【0031】
さらに、本発明は、前記タンパク質の製造方法により製造されたタンパク質を提供する。本発明のタンパク質は、昆虫細胞のタンパク質合成系を介して製造されるため、糖鎖修飾等が施されており、天然のタンパク質と同等又は類似の活性を有するものである。
【実施例】
【0032】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明は実施例に記載された態様に限定されるものではない。
【0033】
1.センチニクバエの飼育
センチニクバエは、日本大学内P1A飼育室で飼育した。飼育には、逃亡・臭気対策として、動物個別飼育装置を使用した。飼育装置内の温度は27℃とし、6 am〜10 pmの16時間を照明し、昼夜を作った。幼虫は、餌としてレバーを与え、レバーの中で4〜5日飼育した。最終齢である三齢幼虫をレバーから取り出し、木屑の中で蛹化させた。その後、蛹を成虫用の網カゴに移し、餌として砂糖、粉ミルク、水を与え、9日目に羽化させた。
【0034】
2.遺伝子組換え用プラスミド
本実施例で使用したpiggyBacトランスポゾンシステム(Fraser MJ, Ciszczon T, Elick T, Bauser C. 1996. Precise excision of TTAA-specific lepidopteran transposons piggyBac (IFP2) and tagalong (TFP3) from the baculovirus genome in cell lines from two species of Lepidoptera. Insect Mol Biol. 5(2):141-51.)は、Malcolm J. Fraser, Jr博士(University of Notre Dame、インディアナ州、米国)から分与していただいた。このpiggyBacシステムを基に、表1に示すプロモーター及び遺伝子を有するプラスミドを作製した。
【表1】

上記表において、プラスミド(v)及び(vi)は、プラスミド(i)〜(iv)に含まれるDsRed又はGFP遺伝子の宿主ゲノムへの組換えを促進するヘルパープラスミドである。
【0035】
3.遺伝子導入
羽化後4〜5日目のメスを氷上麻酔したのち、腹部を圧迫し、子宮口から胚を取り出した。取り出した胚の卵黄部に、ガラスキャピラリーを用いて、プラスミド(i)〜(iv)のいずれか1種類とプラスミド(v)及び(vi)のいずれか1種類とを水で懸濁した溶液(100 ng/μL)を微少量マイクロインジェクションした。遺伝子を導入した胚は、25℃で4日間保温した後、レバーに播種し、先に述べた飼育環境で成虫になるまで飼育した。
マイクロインジェクションには、ガラスキャピラリーを加熱して2回引き伸ばす(2段引き)ことにより先端を細くし、さらに研磨機(ナリシゲ、EG-400)で先端を研磨することにより作製するものを用いた。
【0036】
4.導入遺伝子の発現解析
導入した遺伝子が胚で発現しているかどうか、検討を行った。インジェクションから1日目に正常に発生していると判断される胚を回収し、導入遺伝子のmRNA発現をRT-PCR法で検出した。
-80℃で保存しておいた胚にRNA later ice(Ambion社)を添加し、-20℃に16時間以上放置した。RNAの抽出はHigh Pure RNA Tissue Kit(Roche社)を用い取扱説明書に従って行った。RT-PCR法は、Transcriptor One Step RT-PCR Kit(Roche社)を用い取扱説明書に従って行った。逆転写反応およびPCR反応には以下のプライマーを用いた。

DsRed mRNAの検出: phMGFP-F1, DsRed-R1
トランスポゼース mRNAの検出: phMGFP-F1, pBorf-R1もしくはpBorf-R2
GFP mRNAの検出: phMGFP-F1, phMGFP-R1もしくはphMGFP-R2

各プライマーの塩基配列は以下の通り。
phMGFP-F1: AGAAGTTGGTCGTGAGGC(配列番号3)
phMGFP-R1: GTCAGGTCCATAGTCTGC(配列番号4)
phMGFP-R2: CTTGGCGAAGACACGGTTA(配列番号5)
DsRed-R1:CTTCACGTACACCTTGGAG(配列番号6)
pBorf-R1:TATCGCTCTGGACGTCATC(配列番号7)
pBorf-R2:TGGCAAGGTCAAGATTCTG(配列番号8)

【0037】
プライマーはそれぞれ反応液中に終濃度0.4μMとなるように加えた。反応はKitの説明書に従い、50℃30分間の逆転写反応を行った後、94℃で7分間加熱して逆転写酵素を失活させたのち、変性94℃、10秒-アニーリング54℃、30秒-伸長反応68℃、30秒のサイクルを10回行い、以降35回目まで伸長反応を3秒ずつ伸ばした。その後68℃で7分間加熱し4℃で保存した。PCR産物はアガロースゲル電気泳動により確認した。
【0038】
プラスミド(iv)+(vi)の組み合わせを導入した胚のRT-PCRの結果を図2に示す。DsRed遺伝子の発現を示すバンドが、14個体中6個体で確認された(図2A)。また、同じ個体についてトランスポゼース遺伝子の発現を示すバンドは、14個体中5個体で確認された(図2B)。
【0039】
インジェクション後4日目に胚の生存率を以下の式に従って求めた。

4日目生存率=4日目の生存胚の数/(遺伝子導入した胚の数−1日目に回収した胚の数)

また、インジェクション後4日目に、1日目と同様に導入遺伝子の発現をRT-PCRで確認した。生存率及び導入遺伝子の発現確認の結果を表2に示す。
【表2】

【0040】
5.導入遺伝子から発現したタンパク質の検出
プラスミド(iv)+(vi)の組み合わせを導入した胚について、インジェクションから3又は4日目に、蛍光顕微鏡を用いてDsRed蛍光タンパク質の発現を検出し、同時に、胚の発生率を確認した。その結果を表3に示す。
【表3】

図3に、顕微鏡観察により確認されたプラスミド(iv)+(vi)をインジェクションした胚(導入後2日目)のDsRedタンパク質発現を示す(x 135倍)。
【0041】
6.インジェクションした胚の発生
インジェクションした胚の発生能を確認するため、項目「1.センチニクバエの飼育」と同様の条件で胚を成虫になるまで飼育した。その結果、約10%程度の胚が成虫まで成長した。この成長率は、非インジェクション群と同程度のものであった。結果を表4に示す。
【表4】

【0042】
7.成虫の生殖器を含む組織での導入遺伝子の存在
導入した遺伝子が、成虫の生殖器を含む組織で発現しているかどうかを確認するため、インジェクション群の成虫の生殖器周囲の組織を採取し、ゲノムDNAに対してGFP又はDs Red特異的プライマーを用いてPCRを行った。
DNAの抽出はWizard Genomic DNA Prufirication Kit(Promega社)を用い、説明書に従って行った。PCR法は、プライマーにphMGFP-F1とDsRed-R1を用い、Ex taq (Takara社)を用いて説明書に従って行った。反応液を94℃で5分間加熱した後、変性94℃、20秒-アニーリング60℃、10秒-伸長反応72℃、1分のサイクルを35回行い、72℃で10分間加熱した後4℃で保存した。PCR産物はアガロースゲル電気泳動により確認した。
【0043】
その結果、4/45個体で遺伝子の存在を確認することができた(図4)。センチニクバエは、蛹化時に幼虫組織の崩壊が起こるため、導入遺伝子は、染色体内に組み込まれていなければ幼虫組織の崩壊とともに分解されているはずである。従って、この結果は、導入遺伝子が染色体に組み込まれ、センチニクバエの遺伝子組換えが生じたことを示している。
【0044】
8.インジェクションDNAの濃度検討
インジェクション群と非インジェクション群とで胚の発生率が大きな差を示さなかったことから、インジェクションするDNA量を増加することを検討した。そこで、インジェクションするプラスミド懸濁液の濃度を100 ng/μLから500 ng/μLに増加させて、先と同様の条件で胚にマイクロインジェクションを行った。その結果を、表5に示す。
【表5】

【0045】
プラスミド懸濁液の濃度を100 ng/μLから500 ng/μLに増加させた結果、生存数や蛍光を発する胚の割合には大きな変化は見られなかった(表5)。しかしながら、100 ng/μLのプラスミド濃度の場合と比べ、胚がより強く蛍光を発することが確認された。図5に500 ng/μLのプラスミド濃度でインジェクションを行った3日目の胚のDsRedの蛍光発現を示す。DsRed蛍光は、DsRed用フィルターを通じて観察したが(図5A)、発現量が強いため、GFPフィルター(図5B)、YFPフィルター(図5C)を通じても観察することができた。但し、明視野では観察されない(図5D)。
【0046】
9.次世代胚での導入遺伝子の存在
導入遺伝子が次世代の胚に受け継がれているかどうかを検討した。次世代の胚は、先の項目「6.インジェクション(プラスミド(iv)+(vi))した胚の成長」で発生させた個体を相互に掛け合わせることにより得られた。胚を2〜3個づつまとめ、Phire Animal Tissue Direct PCR Kit (Fynnzymes社)を用い説明書に従ってゲノムDNAを抽出し、このゲノムDNAを鋳型として、導入遺伝子に対しPCR増幅を行った。プライマーはphMGFP-F1とDsRed-R1を用いた。その結果、5個体の子宮から得た10サンプルのうち、2サンプルで、DsRed遺伝子の存在を示すバンドが確認された(図6)。従って、本発明の方法により導入した遺伝子は、次世代に受け継がれることが示された。
【0047】
10.プラスミドの懸濁媒体の検討
プラスミドの懸濁媒体を検討し、最終的に水のみを使用すると胚でDsRed蛍光が見られることが分かった。
【表6】

プラスミドは(iv)+(vi)を用い、水とトランスフェクション試薬(Insect GeneJuice Transfection Reagent(Novagen社)を用いた場合、胚で蛍光は見られなかったが、トランスフェクション試薬を除き水のみに変更すると胚でDsRed蛍光が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明によりニクバエへの効率的な遺伝子導入方法が提供される。従って、本発明の方法により、所望の遺伝子をニクバエに導入し、所望の形質を有する個体を作製することができる。また、このように作製されたハエ又はその処理物を用いて、家畜等を飼育するための飼料を作製することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0049】
配列番号3:合成DNA
配列番号4:合成DNA
配列番号5:合成DNA
配列番号6:合成DNA
配列番号7:合成DNA
配列番号8:合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
羽化後0〜5日目のニクバエ科に属するハエ個体から採取した胚に目的遺伝子を導入することを特徴とする、遺伝子導入方法。
【請求項2】
前記個体が、羽化後0〜5日目のものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記個体が、羽化後4〜5日目のものである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記個体が、羽化後5日目のものである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記目的遺伝子は、トランスポゾン配列を有する発現ベクターに組み込まれたものである、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記トランスポゾン配列が、ITR配列である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記発現ベクターが、piggyBacシステム発現ベクターである、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
前記導入は、マイクロインジェクション法により行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記導入は、ガラス管を加熱し、引き伸ばす工程により作製されたガラスキャピラリーを介して行われる、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記ガラスキャピラリーは、前記工程を少なくとも2回繰り返すことにより作製されたものである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
目的遺伝子が、DsRed、Green Fluorescent Protein、Yellow Fluorescent Protein、抗菌タンパク質、酵素又は生理活性を有するタンパク質をコードする遺伝子、及びRNA干渉用遺伝子からなる群から選択されるいずれか1つのものである、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記目的遺伝子は、水に懸濁された状態のものである、請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法により、目的遺伝子が導入された胚から発生したハエ。
【請求項14】
請求項13に記載のハエ又はその処理物を含む飼料。
【請求項15】
家畜用飼料である、請求項14に記載の飼料。
【請求項16】
羽化後0〜5日目のニクバエ科に属するハエ個体から採取した胚に、目的タンパク質をコードする遺伝子を導入することにより、前記目的タンパク質を製造することを特徴とするタンパク質の製造方法。
【請求項17】
前記目的タンパク質が、DsRed、Green Fluorescent Protein、Yellow Fluorescent Protein、抗菌タンパク質、酵素又は生理活性を有するタンパク質である、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
請求項16に記載の方法により製造されたタンパク質。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−105599(P2012−105599A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−257776(P2010−257776)
【出願日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【出願人】(000116024)ローム株式会社 (3,539)
【Fターム(参考)】