説明

ニッケル−タングステン合金めっき液及びニッケル−タングステン合金めっき皮膜の形成方法

【課題】アンモニアを用いることなしで、タングステン含有率が高く、硬度が高く、耐食性に優れ、耐摩耗性に優れ、離型性に優れたニッケル−タングステン合金めっき皮膜を形成することができるニッケル−タングステン合金めっき液及びニッケル−タングステン合金めっき皮膜の形成方法を提供すること。
【解決手段】タングステン酸のナトリウム塩及びカリウム塩の少なくとも1種0.2〜0.5M、硫酸ニッケル0.07〜0.2M、クエン酸アンモニウム0.2〜0.4M及びクエン酸又はクエン酸のナトリウム塩又はカリウム塩0.2〜0.4Mを必須成分として含有し、酸又はアルカリの添加によりpHが4〜6に維持されているニッケル−タングステン合金めっき液、該めっき液を用い、浴温50〜70℃、電流密度30〜150mA/cm2の条件下で電気めっきするニッケル−タングステン合金めっき皮膜の形成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬度が高く、耐食性に優れ、耐摩耗性に優れ、離型性に優れたニッケル−タングステン合金めっき皮膜を形成することができるニッケル−タングステン合金めっき液及びニッケル−タングステン合金めっき皮膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機械部品や金型等の表面に施すめっき皮膜として、硬度が高い、耐摩耗性に優れている、離型性が良い、耐食性に優れている、等の特性を有する工業用クロムめっきが広く利用されてきた。しかしながら、工業用クロムめっき浴は無水クロム酸(6価クロム)を多量に使用するため、安全・衛生・環境汚染等の点で問題があり、それでその代替めっきが望まれており、ニッケル基合金めっき(Ni−P、Ni−B、Ni−W等)が期待されている。
【0003】
タングステン含有率が高いニッケル−タングステン合金めっき皮膜は、硬度が高く、耐食性に優れ、耐摩耗性に優れ、離型性に優れていることが知られている。ニッケル−タングステン合金めっきの基本浴は1946年にVaaler、1947年にBrennerにより報告されており、それらのめっき浴はpHが8〜9、浴温が70〜90℃の、アンモニアによる弱アルカリ性の高温浴である。それらのめっき浴は必須成分であるアンモニアの揮発や臭気に対処するための浴管理並びに作業環境対策に問題があり、また、錯化剤のクエン酸塩が不溶性アノードにより分解・劣化し、めっき皮膜の応力が増加して皮膜の柔軟性が失われるという問題点を有している。その後、1960年代には、タングステン酸ナトリウム及び硫酸ニッケルを主成分とするpH7のワグラミン浴をベースとしためっき浴が発表され、現在最も広く使用されている。
【0004】
現在、わが国においては、工業的ニッケル−タングステン合金めっきに、pH6の中性クエン酸浴を用い、クエン酸塩を分解させない低過電圧の不溶性アノード(Ir−Ta)が使用されているが、このめっき浴においても依然としてアンモニアの使用量が多く、めっき浴の約10%にも達する。最近ではアンモニアよりも揮発性の低いトリエタノールアミン、ヒドラジン等のアミン類を使用しためっき浴が研究されている。また、グリシンを使用しためっき浴が報告されており、電流効率は高いものの合金めっき皮膜中のタングステン含有率は約20%程度と低い。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、アンモニアを用いることなしで、タングステン含有率が高く、硬度が高く、耐食性に優れ、耐摩耗性に優れ、離型性に優れたニッケル−タングステン合金めっき皮膜を形成することができるニッケル−タングステン合金めっき液及びニッケル−タングステン合金めっき皮膜の形成方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は上記の目的を達成するために鋭意検討した結果、タングステン酸ナトリウム及び/又はカリウム塩と硫酸ニッケルとを含む浴に更にクエン酸アンモニウムと、クエン酸又はクエン酸のナトリウム塩又はカリウム塩とを添加し、pHを4〜6に維持することにより上記の目的が達成されることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
即ち、本発明のニッケル−タングステン合金めっき液は、
タングステン酸のナトリウム塩及びカリウム塩の少なくとも1種0.2〜0.5M(Mはモル濃度、以下同じ)、
硫酸ニッケル0.07〜0.2M、
クエン酸アンモニウム0.2〜0.4M、及び
クエン酸又はクエン酸のナトリウム塩又はカリウム塩0.2〜0.4M
を必須成分として含有し、酸又はアルカリの添加によりpHが4〜6に維持されていることを特徴とする。
【0008】
また、本発明のニッケル−タングステン合金めっき皮膜の形成方法は、
上記の本発明のニッケル−タングステン合金めっき液を用い、浴温50〜70℃、電流密度30〜150mA/cm2の条件下で電気めっきすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明のニッケル−タングステン合金めっき液を用いて本発明のニッケル−タングステン合金めっき皮膜の形成方法を実施することにより、タングステン含有率が高く、硬度が高く、耐食性に優れ、耐摩耗性に優れ、離型性に優れたニッケル−タングステン合金めっき皮膜を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明においては、タングステン含有率が高く、好ましくはタングステン含有率が50%以上であり、めっき応力が小さく、硬度が高く、耐食性に優れ、耐摩耗性に優れ、離型性に優れたニッケル−タングステン合金めっき皮膜が形成できることが必要であり、そのためには
タングステン酸のナトリウム塩及びカリウム塩の少なくとも1種0.2〜0.5M
硫酸ニッケル0.07〜0.2M、
クエン酸アンモニウム0.2〜0.4M、及び
クエン酸又はクエン酸のナトリウム塩又はカリウム塩0.2〜0.4M
を含有し、酸又はアルカリの添加によりpHが4〜6、好ましくは4.5〜5.5に維持されているニッケル−タングステン合金めっき液を用いることが必須である。
【0011】
本発明においては、タングステン含有率が50%以上となるために、また、めっき応力及び電流効率が許容範囲内にあるためには、タングステン酸のナトリウム塩及びカリウム塩の少なくとも1種を0.2〜0.5Mの濃度で、硫酸ニッケルを0.07〜0.2Mの濃度で含有するニッケル−タングステン合金めっき液を用いる必要がある。また、めっき応力及び電流効率が許容範囲内にあるためには、クエン酸アンモニウムを0.2〜0.4Mの濃度で、クエン酸又はクエン酸のナトリウム塩又はカリウム塩を0.2〜0.4Mの濃度で含有するニッケル−タングステン合金めっき液を用いる必要がある。上記の各成分について上記の範囲から外れる場合には、本発明で目的とする効果の達成が不十分となる傾向がある。
【0012】
本発明においては、タングステン酸のナトリウム塩及びカリウム塩の少なくとも1種を0.2〜0.5Mの濃度で含有するニッケル−タングステン合金めっき液を用いるのであるが、タングステン酸のナトリウム塩及びカリウム塩を併用する場合には、Ni−W合金の均一電着性(めっきのつきまわり性)が改善される。タングステン酸のナトリウム塩及びカリウム塩を併用する場合には、タングステン酸のナトリウム塩を0.05〜0.45Mの濃度で含有し、カリウム塩を0.05〜0.45Mの濃度で含有することが好ましい。ただし、ナトリウム塩及びカリウム塩の合計を0.2〜0.5Mの濃度で含有することが必須である。ナトリウム塩及びカリウム塩の何れか一方の濃度が0.05M未満である場合には、ナトリウム塩及びカリウム塩の併用による均一電着性の効果が不十分となる傾向がある。本発明においてはナトリウム塩及びカリウム塩の合計濃度の上限は0.5Mであり、ナトリウム塩及びカリウム塩の各々の下限を0.05Mとすれば、ナトリウム塩及びカリウム塩の各々の上限は0.45Mとなる。
【0013】
従って、均一電着性に優れたニッケル−タングステン合金めっき液とするためには、
タングステン酸のナトリウム塩0.05〜0.45M、カリウム塩0.05〜0.45M且つナトリウム塩及びカリウム塩の合計0.2〜0.5M、
硫酸ニッケル0.07〜0.2M、
クエン酸アンモニウム0.2〜0.4M、及び
クエン酸又はクエン酸のナトリウム塩又はカリウム塩0.2〜0.4M
を必須成分として含有し、酸又はアルカリの添加によりpHが4〜6に維持されていることが好ましい。
【0014】
また、本発明においては、タングステン酸のナトリウム塩及びカリウム塩の少なくとも1種を0.2〜0.5Mの濃度で含有するニッケル−タングステン合金めっき液を用いるのであるが、タングステン酸のカリウム塩を用いるよりもナトリウム塩を用いた場合に、得られるニッケル−タングステン合金めっき皮膜のタングステン含有率が高くなる傾向がある。
【0015】
従って、本発明の好ましい実施態様のニッケル−タングステン合金めっき液は、
タングステン酸のナトリウム塩0.2〜0.5M、
硫酸ニッケル0.07〜0.2M、
クエン酸アンモニウム0.2〜0.4M、及び
クエン酸のナトリウム塩0.2〜0.4M
を必須成分として含有し、酸の添加によりpHが4〜6に維持されていることが好ましい。
【0016】
本発明においてはpHを4〜6、好ましくは4.5〜5.5に維持するのであるが、添加するクエン酸の相対量によっては追加の酸やアルカリを添加することなしでpHが4〜6の範囲内にある場合もある。しかし、例えば、クエン酸を用いないでクエン酸ナトリウム又はクエン酸カリウムを用いる場合には、酸、例えば硫酸を添加してpHを4〜6の範囲内に調整し、クエン酸の相対量が多い場合にはアルカリ、例えば水酸化ナトリウム水溶液を添加する。
【0017】
本発明のニッケル−タングステン合金めっき皮膜の形成方法においては、上記したニッケル−タングステン合金めっき液を用い、浴温を50〜70℃に維持し、電流密度30〜150mA/cm2の条件下で電気めっきすることが必須である。浴温を50〜70℃に維持する理由は浴中の成分が分解消耗するのを防止し、電流効率の低下を防止し、高温による電解槽の劣化を防止し、エネルギー消費を低減するためである。電流密度を30〜150mA/cm2の条件とする理由はクラック発生の原因になるめっき応力の増大を防止し、被めっき材の表面に無めっき部が生じないようにするためである。
【0018】
以下に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。
実施例1〜6
第1表に示す組成のめっき液に硫酸又は水酸化ナトリウム水溶液を添加してpH5.0に調整し、浴温を60℃に維持した。カソードとして純度99.9%の圧延銅板を用い、アノードとしてカソードとほぼ同じ面積の白金メッシュを用いた。電流密度を100mA/cm2に維持した定電流電解を実施して約20μmの厚さのNi−W合金めっき皮膜を形成した。実施例1〜6についての過電圧は第1表に示す通りであり、Ni−W合金めっき皮膜中のW含有量は第1表に示す通りであった。
【0019】
【表1】

【0020】
実施例7
第2表に示す組成のめっき液(A浴、B浴、C浴及びD浴)に硫酸を添加してpH5.0に調整し、浴温を60℃に維持した。カソードとして純度99.9%の圧延銅板を用い、アノードとしてカソードとほぼ同じ面積の白金メッシュを用いた。電流密度を変化させてカソード電位の変化を測定した。電流密度とカソード電位との相関関係は図1のグラフに示す通りであった。図1から明らかなように、タングステン酸ナトリウム2水和物及びタングステン酸カリウムを用いたB浴の場合にはタングステン酸ナトリウム2水和物のみを用いたA浴の場合よりも分極が増大しており、同様に、タングステン酸ナトリウム2水和物及びタングステン酸カリウムを用いたD浴の場合にはタングステン酸ナトリウム2水和物のみを用いたC浴の場合よりも分極が増大しており、均一電着性(めっきのつきまわり性)が期待される。
【0021】
【表2】

【0022】
実施例8及び9
それぞれ、実施例7で用いたA浴のめっき液(実施例8)及びB浴のメッキ液(実施例9)を用い、浴温を60℃に維持した。カソードとして図2(b)に示す形状の純度99.9%の圧延銅板を用いた。なお、図2(a)はアノード側から見たカソード上のNi−W合金めっき皮膜の膜厚測定点を示している。アノードとしてカソードとほぼ同じ面積の白金メッシュを用いた(図2(c)の通り)。電流密度を100mA/cm2に維持した定電流電解を実施して約20μmの厚さのNi−W合金めっき皮膜を形成した。実施例8の場合の各膜厚測定点の膜厚は図3に示す通りであり、実施例9の場合の各膜厚測定点の膜厚は図4に示す通りであった。
【0023】
電気めっきにおいては、一般的に、アノードに近い部分(図2中の6、8の部分)は多く(厚く)めっきされ、アノードから遠い部分(図2中の3、12の部分)は少なく(薄く)めっきされるが、これらの近い部分のめっき膜厚と遠い部分のめっき膜厚との差が小さい(相対比が1に近い)結果となる場合には均一電着性(めっきのつきまわり性)が優れていると言える。
【0024】
図3及び図4から明らかなように、タングステン酸ナトリウム2水和物及びタングステン酸カリウムを用いたB浴の場合にはタングステン酸ナトリウム2水和物のみを用いたA浴の場合よりも、アノードに近い部分(図2中の6、8の部分)のめっき膜厚とアノードから遠い部分(図2中の3、12の部分)のめっき膜厚との差が小さい(相対比が1に近い)結果となっており、タングステン酸ナトリウム2水和物及びタングステン酸カリウムを用いたB浴の場合に均一電着性(めっきのつきまわり性)が優れている。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施例7で測定した電流密度とカソード電位との相関関係を示すグラフである。
【図2】実施例8及び9で用いたカソードとアノードとの位置関係、カソードの形状及びアノード側から見たカソード上のNi−W合金めっき皮膜の膜厚測定点を示す概略説明図である。
【図3】実施例8で測定された各膜厚測定点の膜厚を示すグラフである。
【図4】実施例9で測定された各膜厚測定点の膜厚を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン酸のナトリウム塩及びカリウム塩の少なくとも1種0.2〜0.5M(Mはモル濃度、以下同じ)、
硫酸ニッケル0.07〜0.2M、
クエン酸アンモニウム0.2〜0.4M、及び
クエン酸又はクエン酸のナトリウム塩又はカリウム塩0.2〜0.4M
を必須成分として含有し、酸又はアルカリの添加によりpHが4〜6に維持されていることを特徴とするニッケル−タングステン合金めっき液。
【請求項2】
タングステン酸のナトリウム塩0.05〜0.45M、カリウム塩0.05〜0.45M且つナトリウム塩及びカリウム塩の合計0.2〜0.5M、
硫酸ニッケル0.07〜0.2M、
クエン酸アンモニウム0.2〜0.4M、及び
クエン酸又はクエン酸のナトリウム塩又はカリウム塩0.2〜0.4M
を必須成分として含有し、酸又はアルカリの添加によりpHが4〜6に維持されていることを特徴とする請求項1記載のニッケル−タングステン合金めっき液。
【請求項3】
タングステン酸のナトリウム塩0.2〜0.5M、
硫酸ニッケル0.07〜0.2M、
クエン酸アンモニウム0.2〜0.4M、及び
クエン酸のナトリウム塩0.2〜0.4M
を必須成分として含有し、酸の添加によりpHが4〜6に維持されていることを特徴とする請求項1記載のニッケル−タングステン合金めっき液。
【請求項4】
pHが4.5〜5.5に維持されていることを特徴とする請求項1、2又は3記載のニッケル−タングステン合金めっき液。
【請求項5】
請求項1、2、3又は4記載のニッケル−タングステン合金めっき液を用い、浴温50〜70℃、電流密度30〜150mA/cm2の条件下で電気めっきすることを特徴とするニッケル−タングステン合金めっき皮膜の形成方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−104574(P2006−104574A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−265448(P2005−265448)
【出願日】平成17年9月13日(2005.9.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年3月11日 社団法人日本化学会発行の「日本化学会第84春季年会 講演予稿集1」に発表
【出願人】(504347717)株式会社黄金メッキ工場 (1)
【出願人】(504347728)
【Fターム(参考)】