説明

ネフローゼ症候群の疾患関連たんぱく質およびその使用

【課題】ネフローゼ症候群の病態判定に有効であり治療効果を迅速に反映する血清たんぱく質を見出し、それを用いた本疾患の治療モニタリング法や予後方法、そのためのキット、ならびにネフローゼ症候群の治療薬のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】ネフローゼ症候群の病態の判定方法であって、ネフローゼ症候群の被験者から試料を得ること、次いで試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量を調べることを含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、本発明は、ネフローゼ症候群の疾患関連たんぱく質、ネフローゼ症候群の病態の判定方法におけるその使用、ネフローゼ症候群の病態判定用キット、ネフローゼ症候群の治療薬のスクリーニング方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
ネフローゼ症候群は多量の蛋白尿と低蛋白血症等を呈することが知られている。ネフローゼ症候群には微小変化型のもの、巣状糸球体硬化症、膜性腎症、膜性増殖性糸球体腎炎を発症するもの等が含まれる。なかでも微小変化型ネフローゼ症候群(minimal change nephritic syndrome: MCNS)は、小児期の腎症の大部分および成年期の腎症の約15%を占め、小児において重篤な場合には死に至る。
【0003】
MCNSなどのネフローゼ症候群においては、糸球体のろ過機能に異常が認められるが、他の腎症と異なり、糸球体には殆ど組織学的な変化が見られず、また、免疫グロブリンや、補体の沈着も認められない。多くの症例では、急性に発症し、副腎皮質ステロイドホルモン(ステロイド)や免疫抑制剤の投与により寛解するが再発しやすいなどの特徴点を有する。その発症原因仮説としては、T細胞機能異常(非特許文献1)やヘモペキシンなどの糸球体透過性亢進因子の異常等(非特許文献2)スリット膜関連たんぱく質の低下等(非特許文献3)が提唱されているが、未だ完全には解明されていない。また本疾患の病態判定に有効な方法として、血清中の総蛋白質量及びアルブミン/グロブリン比を測定することが知られているが、以下に述べる理由により特異的で迅速な病態を反映する判定法としては充分ではない。
【0004】
ネフローゼ症候群においては、尿中に比較的低分子の血清蛋白質が多量に漏出するため、血清中の総たんぱく質量およびアルブミン/グロブリン比が低下することが知られている。従って、ネフローゼ症候群の病態判定には、血清総たんぱく質量及びアルブミン/グロブリン比を測定することが従来から行われている。しかし、ステロイド投与や安静食事療法等の治療により、腎臓糸球体のろ過機能が改善し、尿中へのたんぱく質の漏出が停止しても、血清総たんぱく質量及びアルブミン/グロブリン比は、すぐに著しくは回復しない。それゆえ、これらの測定値によってはネフローゼ症候群の治療効果等の病態があまり迅速には反映されず、定量性にも問題があった。そこで、ネフローゼ症候群の治療効果等の病態をより迅速に反映し、定量性にも優れた血清中のマーカーたんぱく質を特定することが切望されていた。
【非特許文献1】Boulton-Jones J.M. et al. Clinical Nephrol, 20, 72-76(1983)
【非特許文献2】Winston, W. et al. Kidney International, 68, 603-610(2005)
【非特許文献3】Koop K, et al: J. Am. Soc. Nephrol, 14, 2063-2071(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ネフローゼ症候群の病態判定に有効であり、治療効果を迅速に反映し、予後にも用いることにできる血清たんぱく質を見出し、それを用いたネフローゼ症候群の治療モニタリング法や予後方法、そのためのキット、ならびにネフローゼ症候群の治療薬のスクリーニング方法等を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題に鑑みて鋭意研究を重ね、健常人および微小変化型ネフローゼ症候群患者の治療前と治療後の血清中のたんぱく質の比較定量解析を行った。そして、血清循環糖蛋白質(common circulating blood protein)の一種である、zinc alpha−2−glycoprotein 1(以下、「ZAG」ということがある)(GI番号:4502337)が、ネフローゼ症候群の病態判定に有効なマーカーであることを見出した(特願2006−171584)。ZAGは腎糸球体濾過機能改善と強い正の相関性を示し、疾患の治療効果を迅速に反映し、予後にも用いることのできる血清たんぱく質であった。本発明者らは、さらに鋭意研究を重ね、ZAGと相関する微小変化型ネフローゼ患者の血清たんぱく質を探索したところ、補体レクチン経路の活性化に関与するmannose binding lection-associated protease 1 isoform 2(mannan-binding lectin serine protease 1 isoform 2)(以下、「MBL−プロテアーゼ イソフォーム2」または「MBL−protease1 iso2」と称す)(GI番号:21264359)がZAGと強い負の相関性があることを見出した。さらに、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2は本疾患の腎糸球体のろ過機能改善と相関することが知られているアンチスロンビンIII(anti-thrombin III)、レチノール結合たんぱく質4(RBP4)、トランスサイレチン(transthyretin)とは強い負の相関性を示すことも見出した。このことは、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2濃度が本疾患の糸球体ろ過機能改善機能と負の関係があることを示し、また、本たんぱく質が本疾患の発症原因の一つである可能性を示すものである。したがって、本発明者らは、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2がネフローゼ症候群の病態判定に有効なマーカーであり、治療効果を迅速に反映し、予後にも用いることのできる血清たんぱく質であること見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、
(1)ネフローゼ症候群の病態の判定方法であって、ネフローゼ症候群の被験者から得た試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量を調べることを含む方法;
(2)治療中の被験者から得た試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量と、治療前および/または治療後の同じ被験者、および/または正常個体から得た試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量とを比較すること
をさらに含む(1)記載の方法;
(3)MBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量の測定が同位体標識法を用いて行われる(1)または(2)記載の方法;
(4)同位体標識法がcICAT法である(3)記載の方法;
(5)病態の判定がネフローゼ症候群の治療モニタリングである(1)〜(4)のいずれかに記載の方法;
(6)病態の判定がネフローゼ症候群の予後である(1)〜(4)のいずれかに記載の方法;
(7)ネフローゼ症候群が微小変化型ネフローゼ症候群である(1)〜(6)のいずれかに記載の方法;
(8)(1)〜(7)のいずれかに記載に方法において試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量を測定するための手段を必須として含む、ネフローゼ症候群の病態の判定用キット;
(9)MBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量の測定が同位体標識法を用いて行われる(8)記載のキット;
(10)同位体標識法がcICAT法である(9)記載のキット;
(11)病態の判定がネフローゼ症候群の治療モニタリングである(8)〜(10)のいずれかに記載のキット;
(12)病態の判定がネフローゼ症候群の予後である(8)〜(10)のいずれかに記載のキット;
(13)ネフローゼ症候群が微小変化型ネフローゼ症候群である(8)〜(12)のいずれかに記載のキット;ならびに
(14)ネフローゼ症候群の治療薬のスクリーニング方法であって、
(a)ネフローゼ症候群にかかっている動物に候補薬剤を投与すること、および
(b)該候補薬剤の投与前および投与後に該動物から採取した試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量を調べること
を含む方法
を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、対象から得た試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2のレベルを測定することにより、ネフローゼ症候群の病態の判定、例えば治療モニタリング、予後などを迅速かつ正確に行うことができ、さらにはネフローゼ症候群の治療薬のスクリーニングを行うこともできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、ネフローゼ症候群の病態の判定方法を提供する。該方法は、ネフローゼ症候群の被験者から得た試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量を調べることを含む。「ネフローゼ症候群の被験者」、「ネフローゼ症候群患者」とは、ネフローゼ症候群にかかっていると判定された者である。かかる判定は、既知の方法、例えば、血清中の総蛋白質量及びアルブミン/グロブリン比を測定すること、あるいは血尿があることなどにより行うことができる。
【0010】
上述のように、本発明者らはすでに、ネフローゼ症候群の病態判定に有効なマーカーであり、治療効果を迅速に反映し、予後にも用いることのできる血清たんぱく質であるZAGを見出している。そして、今回、ZAGに対して良好な負の相関性を示すたんぱく質としてMBL−プロテアーゼ イソフォーム2を見出した。MBL−プロテアーゼ イソフォーム2もまた、ネフローゼ症候群の病態判定に有効なマーカーであり、治療効果を迅速に反映し、予後にも用いることのできる血清たんぱく質である。
【0011】
MBL−プロテアーゼ イソフォーム2は腸管バクテリア等に反応するマンノース結合レクチン(MBL)と複合体を形成することにより、補体レクチン経路を活性化し、炎症を引き起こすことが知られている(Matsushita, M. and Fujita, T.: J. Exp. Med. 176, 1497-1502 (1992))。しかしながら、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2とネフローゼ症候群との関連性を見出したのは本発明が最初である。
【0012】
ネフローゼ症候群患者の治療前、治療中、治療後の試料中のZAG量は、患者によらず図1に示すように同様のパターンで経時変化をする。すなわち、試料中のZAGは、治療効果が発揮されるに伴って(患者尿中たんぱく質の消失とともに)増加し、治療効果が良好であれば同じ患者の治療前の値または治療後の値あるいは正常個体の標準値から著しく(約3倍に)増加する。そして緩解期に入ると治療前の値あるいは正常個体の標準値と等しいレベルにまで減少する。かかるZAGの変動パターンはいずれの患者においても見られるので、ネフローゼ症候群患者の試料中のZAG量を測定し、上記のような試料中のZAGの変動パターンを検量線のようにして利用することにより、患者におけるネフローゼ症候群の病態を解析することができる。
【0013】
血清中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量はZAG量に対して良好な負の相関性を示すので、ZAGとは逆のパターンで経時変化する。すなわち、試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2は、治療効果が発揮されるに伴って(患者尿中たんぱく質の消失とともに)減少し、治療効果が良好であれば同じ患者の治療前の値または治療後の値あるいは正常個体の標準値から著しく(約2分の1に)減少する。そして緩解期に入ると治療前の値あるいは正常個体の標準値と等しいレベルにまで増加する。かかるMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の変動パターンはいずれの患者においても見られると考えられるので、ネフローゼ症候群患者の試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量を測定し、上記のような試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の変動パターンを検量線のようにして利用することにより、患者におけるネフローゼ症候群の病態を解析することができる。例えば、患者が治療を受けている場合であれば、治療に対する患者の応答の有無、程度、あるいは患者がいずれの治療段階にあるのか等の状況を判定することができ、今後の病態の予測も可能である。
【0014】
上で説明した本発明の方法において、治療中の被験者から得た試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量と、治療前および/または治療後の同じ被験者、および/または正常個体から同様に得て同様に調べた試料中のZAG量とを比較してもよい。本明細書において、治療中とは、ステロイド投与や食事療法などの処置を患者に施している期間をいう。治療前、治療中および/または治療後の各々において少なくとも1回患者から試料を得る。好ましくは、治療前、治療中そして治療後の各々において数回、適当な時間間隔を置いて患者から試料をサンプリングする。そうすることによってネフローゼ症候群患者の試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量の経時変化をより詳細に調べることができ、ネフローゼ症候群の病態をさらに詳細に解析することができる。例えば、治療に対する患者の応答の有無、程度、あるいは患者がいずれの治療段階にあるのか等の状況をさらに詳細に調べることができ、今後の病態の変化をさらに高い精度で予測することができる。
【0015】
したがって、本発明のネフローゼ病態解析方法は、ネフローゼ症候群の治療モニタリングならびに予後にも用いることができる。
【0016】
本発明のネフローゼ症候群の病態解析方法はいずれの種類のネフローゼ症候群の病態解析においても効果的であるが、なかでも微小変化型ネフローゼ症候群(MCNS)の病態解析に適している。
【0017】
本発明の方法を適用する対象は、哺乳動物、好ましくは霊長類、特に好ましくはヒトである。被験者からの試料の種類は特に限定されない。試料は体液であってもよく、組織試料であってもよい。組織試料の採取は被験者に負担がかかる場合があるので、体液試料が好ましい。体液試料としては全血、血清、尿、汗、唾液、腹水などが例示され、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2が多く含まれることから血清が好ましい。対照として、正常個体から被験者と同様の方法で試料を採取する。試料の採取方法は当該分野において様々なものが知られ、用いられており、適宜選択して用いることができる。例えば、血清試料を得る場合には、腕の静脈から採血し、遠心分離等の通常の分離方法により血清を得ることができる。好ましくは、被験者および/または正常個体において、同じ採取方法にて試料を得て、同じ測定方法にてMBL−プロテアーゼ イソフォーム2を測定することが、テータの精度向上の点から好ましい。
【0018】
また、ネフローゼ症候群において正常値から変動することが知られているたんぱく質、例えば、腎糸球体のろ過機能能改善と相関するレチノール結合たんぱく質4(Fex. G. and Hasson, B.: Eur. J. Biochem. 94, 307-313 (1979))、トランスサイレチン(Fex. G. and Hasson, B.: Eur. J. Biochem. 94, 307-313 (1979))、アンチスロンビン(Malyszko J, et al: Blood Coagul Fibrinolysis 13, 615-621(2002))等のたんぱく質、あるいは糸球体のろ過機能の低下に相関するプロスタグランジンD2シンターゼ(Donadio C, et al: J. Phar. Biome. Anal. 32, 1099-1104 (2003))等のたんぱく質に関しても測定を行ってこれらのたんぱく質のデータを得て、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2のデータを併用することにより、本発明の方法においてさらに精度の高いネフローゼ病態判定を行うことができる。ZAGのデータを併用してネフローゼ病態判定の精度を高めてもよい。
【0019】
本発明におけるMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の検出および量の測定には当該分野で知られた種々の方法を適用することができる。MBL−プロテアーゼ イソフォーム2の検出および測定方法としては、特に限定されるものではなく、当該分野で知られた方法を使用することができる。例としてはアフィニティークロマト法、二次元電気泳動法、cICAT法などの同位体標識法、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2に特異的な抗体を用いる免疫学的方法等が挙げられる。二次元電気泳動法や同位体標識法等のプロテオーム解析に用いられる方法を適用することが好ましい。
【0020】
同位体標識法は定性のみならず定量性にも優れた方法である。同位体標識法のなかでもcICAT法(Hansen, K.C. et al, Mol. Cell Proteomics, 2, 299-314(2003))がさらに好ましい。cICAT法は、患者と健常人あるいは治療前と治療後のたんぱく質の網羅的発現差解析を行うことにより、疾患関連たんぱく質を分析する有効な手段として用いられており、本発明にも有効に用いられる。同位体標識法には質量分析法(MS)を組み合わせるのが一般的である。MSの手段・方法は種々のものがあり、装置も多数市販されているので、適宜選択して使用することができる。また、分離能力と定性能力の向上を図るために、ガスクロマトグラフィー(GC)や液体クロマトグラフィー(LC)とMSとを組み合わせた分析方法(GC/MS、LC/MSあるいはLC/MS/MSなど)も開発されており、そのための装置の多数市販されている。
【0021】
免疫学的手法を用いてMBL−プロテアーゼ イソフォーム2を検出および測定してもよい。MBL−プロテアーゼ イソフォーム2に対する抗体を公知の方法により調製して、ELISA法などの公知の手法により分析を行うことができる。マイクロチップやマイクロタイターディッシュ、あるいはビーズ等の当該分野で公知の器具・装置、ならびに公知の固定化手段等を用いてハイスループット分析を行って大量の検体を分析することもできる。試料中のたんぱく質を適宜標識してもよく、種々の標識(例えば、同位体標識、蛍光標識、発光標識、呈色標識、金コロイド標識、ビオチンなどの特異的結合物質での標識等)が当該分野で知られており、それらの標識を付加する方法も公知である。
【0022】
さらに本発明は、ネフローゼ症候群の病態の判定用キットを提供する。該キットは、上記の本発明の方法において試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量を測定するための手段を必須として含む。試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量の測定方法は上述のごとく種々のものが公知であり、適宜選択して用いることができる。例えばMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の測定がELISA法を用いて行われる場合には、本発明のキットは、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2特異的モノクローナル抗体、ELISA用マイクロタイタープレート、適当な発色試薬等を含む。本発明のキットの好ましい具体例の1つは、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2の測定が同位体標識法、特にcICAT法を用いて行われるものである。本発明のキットはMCNSの病態の解析に好ましく用いられる。
【0023】
さらに本発明は、ネフローゼ症候群の治療薬のスクリーニング方法を提供する。該方法は、ネフローゼ症候群にかかっている動物に候補薬剤を投与すること、そして該候補薬剤の投与前および投与後に該動物から採取した試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量を調べることを含む。ネフローゼ症候群が治療され改善されるにつれてMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量が減少し、悪化するにつれMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量が増加する。すなわち、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2はネフローゼ症候群の発症および進行に関与していると考えられる。したがって、試験物質の投与により試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量がどれほど減少したかを調べることによって、ネフローゼ症候群の治療効果の良否を判断することができる。例えば、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2の阻害剤、アンタゴニスト、あるいは抗体などはネフローゼ症候群の治療薬または予防薬としての候補である。かかる方法によりスクリーニングされ、得られたネフローゼ治療薬もまた本発明に包含される。
【0024】
以下に参考例および実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものではない。
【0025】
参考例1:ネフローゼ症候群の病態とZAG量との関連性
【0026】
微小変化型ネフローゼ症候群患者5名(A,B,C,D,E)の治療前(発症中)、治療中(ステロイド等投与中)或いは治療後(ステロイド投与終了、緩解期)の患者血清(合計15検体)と健常人標準血清(健常人10名の血清をプールしたもの)中の血清たんぱく質を、cICAT法により、比較定量解析を行った。すなわち、金子 勲:疾患関連たんぱく質解析研究 平成17年度 総括・分担研究報告書 p.104−144に記載の方法により、アジレント社製抗体カラムで、アルブミン、IgG、α1−アンチトリプシン、IgA、トランスフェリン、ハプトグロビンを除去した患者血清画分(1mg)及び健常人標準血清画分(1mg)を、それぞれcICAT−H鎖試薬およびcICAT−L鎖試薬で標識した。標識した各画分を混合後、トリプシン処理を行い、得られたペプチド断片をSCXカラム、アビジンカラムで精製し、さらにTFA処理でビオチン部分切断することにより、cICAT標識ペプチド(H鎖、L鎖)を得た。本標識ペプチドをSCXカラム(4.6x100mm)で分画(25分画)し、各画分のcICATペプチドはnano-LC/Q-Star XL(Applied Biosystems (AB), ESI-Q/TOF)で質量分析測定を行い、生データをチェック後、統合データベースシステム(HiSpec)を用いてペプチドおよびたんぱく質の同定・比較定量解析を行い、患者血清(H鎖標識)と健常人標準血清(L鎖標識)との各たんぱく質の比較定量比(H/L)を計算した。
【0027】
その結果、何れの場合も、Refseqのデータベースを用いて、cICATペプチドレベルでランク1、スコア20以上を示すたんぱく質を同定たんぱく質とすると、約120種類の血清たんぱく質の同定と比較定量比(H/L)が可能であった。治療前ネフローゼ患者(5名)血清と健常人標準血清とで比較した場合、その発現比率(H/L)値が0.60〜1.67の範囲に入るケースが占める割合は、治療前で81.5%、治療中で78.8%、治療後では80.6%であった。一方、cICAT法の定量誤差を超えて、H/L比が0.5よりも小、または2.0よりも大を示すケースの割合は、治療前で8.4%,治療中で11.4%、治療後では11.4%であり、いずれも日本人健常人4名の場合(3.5%)よりも多かった。この閾値(0.5よりも小、2.0よりも大)を超えたものの中で、治療前、治療中、治療後で変動がみられるものを患者毎に調べた。また、常法により、患者の治療前(発症中)、治療中(ステロイド投与中)および治療後(ステロイド投与終了、緩解期)のたんぱく尿検査値、血清総蛋白質量及びアルブミン/グロブリン比を測定した(表1)。
【0028】
【表1】

【0029】
その結果、患者全例において、ステロイド投与治療により、尿中へのたんぱく質の漏洩は完全に停止(+++から−に改善)したが、それととともに、血清循環糖たんぱく質の一種であるZAG(H/L比)は治療前では平均1.18±0.68であったのに対し、治療により平均3.27±0.82と著しく増加した(図1)。一方、他の血清循環糖たんぱく質のビトロネクチン、α−1Bグリコプロテイン、ヘモペキシンのH/L比は治療により、殆ど変化はしなかった(データ示さず)。また、腎臓の糸球体の機能改善に伴い増加すると報告されているアンチスロンビンIII、レチノール結合たんぱく質4のH/L比は、それぞれ、治療前では0.85±0.17および0.73±0.17であり、治療により、1.08±0.18および1.05±0.16になった(治療中の値)。しかし、これらのたんぱく質の変化は、ZAGの変化と比べると微小なものといえる。
【0030】
表1に示すように、治療により蛋白尿は陰性になり、血清総たんぱく質量およびアルブミン/グロブリン比は上昇するものの治療中の時点では緩解期のレベルまでには回復していなかった。従って、治療によるZAGの増加は血清総たんぱく質量及びアルブミン/グロブリン比の正常値までの変化よりも先行した。また、治療後(緩解期)には、ZAGのH/L比は正常値に戻った。このことから、ZAG量を測定することによるネフローゼ病態解析方法は、より迅速に病態の変化を捉えることができることがわかった。
【0031】
治療前と治療中の血清たんぱく質解析データに関して、ZAGと他の血清たんぱく質との相関性を調べた。その結果、ZAGのH/L比と、腎糸球体のろ過機能能改善と相関することが知られているレチノール結合たんぱく質4、トランスサイレチン、アンチスロンビンIIIのH/L比とは正の相関関係が認められ、逆に、糸球体のろ過機能の低下に相関するプロスタグランジンD2シンターゼのH/L比とは負の相関関係が認められた(図2)。このことは、ZAGがネフローゼ症候群の治療による病態変化を迅速反映する蛋白質であることを示すものである。したがって、ZAGの血清中の濃度を測定することにより、ネフローゼ症候群の病態の判定、例えば、治療モニタリング、予後、治療効果の予測などを行うことができる。
【実施例1】
【0032】
実施例1:ネフローゼ症候群の病態とMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量との関連性
参考例と同様の手法により、ZAGと相関するたんぱく質を再度調べた。すなわち、約120種類の血清たんぱく質の定量比(H/L)に関して、患者5名で得られた結果に基づいてZAGと関連するたんぱく質を調べた。具体的手法は以下のとおりである。
【0033】
各患者のZAGのH/L比と他のたんぱく質のH/L比のデータをプロットし、その解析群内での散布に相関性があるかをウインドーズのエクセルソフトで検討した。すなわち、解析群内毎に網羅的にマトリックスを作成し、線形近似直線での相関係数(R)を算出し、その中で、マトリックスでの相関係数(R)の高いもの(傾き+/−,R:1〜0.6)を探索した。
【0034】
その結果、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2のH/L比が、ZAGのH/L比に対して強い負の相関を示した(図3左上パネル参照)。この結果から、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2のH/L比は、図1に示すZAGのそれとは逆のパターンを描くと考えられる。一方、MBL−プロテアーゼ イソフォーム1はZAGに対して相関を示さなかった(データ示さず)。
【0035】
MBL−プロテアーゼ イソフォーム2のH/L比が、ZAGのH/L比に対して強い負の相関を示すことから、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2のH/L比は、腎糸球体のろ過機能能改善と相関することが知られているレチノール結合たんぱく質4、トランスサイレチン、アンチスロンビンIIIのH/L比に対して負の相関関係があると考えられる。逆に、糸球体のろ過機能の低下に相関するプロスタグランジンD2シンターゼのH/L比に対して正の相関関係があると考えられる(すなわち、図2とは逆のパターンが得られると考えられる)。
【0036】
これらのうち、アンチスロンビンIII(図3右上パネル)、RBP4(図3左下パネル)およびトランスサイレチン(図3右下パネル)の血清中の量と、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2の血清中の量との相関性についても調べた。予測どおり、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2のH/L比と、腎糸球体のろ過機能能改善と相関することが知られているアンチスロンビンIII、レチノール結合たんぱく質4、トランスサイレチンのH/L比とは強い負の相関関係が認められた。一方、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2は補体第一経路のC1s、C2、C4、C3とは殆ど相関しなかった(データ示さず)。
【0037】
これらの知見と参考例1のデータを合わせると、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2がネフローゼ症候群の発症原因に関与すること、ネフローゼ症候群の治療による病態変化を迅速かつ正確に反映する蛋白質であることが示される。したがって、MBL−プロテアーゼ イソフォーム2の血清中の濃度を測定することにより、ネフローゼ症候群の病態の判定、例えば、治療モニタリング、予後、治療効果の予測、ならびにネフローゼ治療薬のスクリーニングなどを迅速かつ正確に行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、ネフローゼ病態の研究分野ならびにその病態判定のためのキットの製造などの分野、さらにはネフローゼの新規治療薬の創薬やスクリーニングの分野において利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】図1は、5人の患者についての、治療前、治療中、治療後における血清中のZAG量の変動、並びにそれらの平均を示すグラフである。
【図2】図2は、レチノール結合たんぱく質4(RBP4)(左上パネル)、トランスサイレチン(右上パネル)、アンチスロンビンIII(左下パネル)およびプロスタグランジンD2シンターゼ(右下パネル)の血清中の量とZAGの血清中の量との相関性を示すグラフである。
【図3】図4は、ZAG(左上パネル)、アンチスロンビンIII(右上パネル)、レチノール結合たんぱく質4(RBP4)(左下パネル)およびトランスサイレチン(右下パネル)の血清中の量とMBL−プロテアーゼ イソフォーム2(図中、MBL−protease 1 iso2と表示)の血清中の量との相関性を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ネフローゼ症候群の病態の判定方法であって、ネフローゼ症候群の被験者から得た試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量を調べることを含む方法。
【請求項2】
治療中の被験者から得た試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量と、治療前および/または治療後の同じ被験者、および/または正常個体から得た試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量とを比較すること
をさらに含む請求項1記載の方法。
【請求項3】
MBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量の測定が同位体標識法を用いて行われる請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
同位体標識法がcICAT法である請求項3記載の方法。
【請求項5】
病態の判定がネフローゼ症候群の治療モニタリングである請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
病態の判定がネフローゼ症候群の予後である請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
ネフローゼ症候群が微小変化型ネフローゼ症候群である請求項1〜6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項記載に方法において試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量を測定するための手段を必須として含む、ネフローゼ症候群の病態の判定用キット。
【請求項9】
MBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量の測定が同位体標識法を用いて行われる請求項8記載のキット。
【請求項10】
同位体標識法がcICAT法である請求項9記載のキット。
【請求項11】
病態の判定がネフローゼ症候群の治療モニタリングである請求項8〜10のいずれか1項記載のキット。
【請求項12】
病態の判定がネフローゼ症候群の予後である請求項8〜10のいずれか1項記載のキット。
【請求項13】
ネフローゼ症候群が微小変化型ネフローゼ症候群である請求項8〜12のいずれか1項記載のキット。
【請求項14】
ネフローゼ症候群の治療薬のスクリーニング方法であって、
(a)ネフローゼ症候群にかかっている動物に候補薬剤を投与すること、および
(b)該候補薬剤の投与前および投与後に該動物から採取した試料中のMBL−プロテアーゼ イソフォーム2の量を調べることを含む方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−64677(P2008−64677A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−244433(P2006−244433)
【出願日】平成18年9月8日(2006.9.8)
【出願人】(598001179)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (6)
【出願人】(505314022)独立行政法人医薬基盤研究所 (17)
【Fターム(参考)】