説明

ハウス栽培における天敵生物による有害生物防除方法

【課題】有害生物に対して優れた防除効果を発揮するようなハウス栽培における天敵生物による有害生物防除方法を提供すること。
【解決手段】ハウス栽培における天敵生物による有害生物防除方法であって、
(1)ハウス内の温度が、天敵生物が増殖し難い温度である期間中、ハウス内に生息する有害生物の密度を粘着トラップ材で抑制する第一工程、及び
(2)ハウス内の温度が、天敵生物が増殖し易い温度である期間中、前記粘着トラップ材の非存在下で、ハウス内に生息する有害生物の密度を、天敵生物をハウス内で放飼することで抑制する第二工程、
を有することを特徴とする有害生物防除方法等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハウス栽培における天敵生物による有害生物防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハウス栽培において、天敵生物により有害生物を防除することは知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2003-92962号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、有害生物に対して優れた防除効果を発揮するようなハウス栽培における天敵生物による有害生物防除方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、ハウス栽培における天敵生物による有害生物防除方法につき、種々検討を行った。その結果、特定の2つの工程(後述の第一及び第二工程)を組み合わせることにより、天敵生物をハウス栽培に使用した場合に、有害生物に対して優れた防除効果を発揮することを見出し、さらにまた追加的な工程(後述の第三及び/又は第四工程)を併用することにより、一層優れた防除効果を発揮することを見出し、本発明に至った。
【0006】
即ち、本発明は、
1.ハウス栽培における天敵生物による有害生物防除方法であって、
(1)ハウス内の温度が、天敵生物が増殖し難い温度である期間中、ハウス内に生息する有害生物の密度を粘着トラップ材で抑制する第一工程、及び
(2)ハウス内の温度が、天敵生物が増殖し易い温度である期間中、前記粘着トラップ材の非存在下で、ハウス内に生息する有害生物の密度を、天敵生物をハウス内で放飼することで抑制する第二工程、
を有することを特徴とする有害生物防除方法(以下、本発明方法と記すこともある。);
2.ハウス栽培が、アスパラガスを対象作物とするハウス栽培である特徴とする前項1記載の有害生物防除方法;
3.天敵生物が増殖し難い温度が、発育零点未満の温度、飛翔可能限界温度未満の温度及び産卵限界温度未満の温度のいずれかの温度であり、且つ、天敵生物が増殖し易い温度が、発育零点以上の温度、飛翔可能限界温度以上の温度及び産卵限界温度以上の温度のいずれかの温度であることを特徴とする前項1又は2記載の有害生物防除方法;
4.ハウス内に生息する有害生物の密度を抑制するために、有害生物防除剤を、ハウス内に生息する有害生物の密度が増加して前記ハウス栽培における対象作物に被害が発生しそうになる直前又は直後に、天敵生物の増殖に対して悪影響を及ぼさない範囲で、ハウス内に施用する第三工程を追加して有することを特徴とする前項1、2又は3記載の有害生物防除方法;
5.天敵生物の増殖を助けるために、天敵生物の代替宿主植物をハウス内に存在させる第四工程を追加して有することを特徴とする前項1、2、3又は4記載の有害生物防除方法;
6.有害生物がアザミウマ類であり、且つ、天敵生物がタイリクヒメハナカメムシであることを特徴とする前項1、2、3、4又は5記載の有害生物防除方法;
等を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明方法により天敵生物をハウス栽培に使用した場合に、有害生物に対して優れた防除効果を発揮させ、その結果、前記有害生物を効果的に防除することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明方法が好ましく適用されるハウス栽培としては、例えば、アスパラガスを対象作物とするハウス栽培等を挙げることができる。ここで「ハウス栽培」とは、ビニールハウスやガラス温室等で代表されるような農業資材・施設等を用いて作物を栽培するものであり、好ましいものとしては、例えば、加温機による暖房、側窓や天窓の開閉による換気等により、ハウス内の温度を栽培する作物の生育適温に保ちながら栽培するもの等を挙げることができる。
【0009】
本発明方法により効力を発揮する有害生物による被害としては、例えば、アザミウマ類によって引き起こされるハウス栽培における対象作物に対する被害等を挙げることができる。そして当該有害生物に対する天敵生物としては、例えば、タイリクヒメハナカメムシ等の天敵昆虫等が挙げられる。
【0010】
本発明方法は、ハウス栽培における天敵生物による有害生物防除方法であって、
(1)ハウス内の温度が、天敵生物が増殖し難い温度である期間中、ハウス内に生息する有害生物の密度を粘着トラップ材で抑制する第一工程、及び
(2)ハウス内の温度が、天敵生物が増殖し易い温度である期間中、前記粘着トラップ材の非存在下で、ハウス内に生息する有害生物の密度を、天敵生物をハウス内で放飼することで抑制する第二工程、
を有することを特徴とする。
【0011】
本発明方法の第一工程における「天敵生物が増殖し難い温度」とは、天敵生物がその生物学的性質等から通常では増殖し難いと知られた、限界的な下限温度未満の温度を意味し、具体的には例えば、発育零点未満の温度、飛翔可能限界温度未満の温度及び産卵限界温度未満の温度のいずれかの温度を挙げることができる。一方、本発明方法の第二工程における「天敵生物が増殖し易い温度」とは、天敵生物がその生物学的性質等から通常増殖し得る若しくは増殖し易いと知られた、前記の「限界的な下限温度」以上の温度を意味し、具体的には例えば、発育零点以上の温度、飛翔可能限界温度以上の温度及び産卵限界温度以上の温度のいずれかの温度を挙げることができる。好ましくは、前記の各温度のうちいずれの温度をも満たすような温度であることがよい。
【0012】
本発明方法の第一工程における「粘着トラップ材」とは、例えば、片面若しくは両面に粘着性物質が塗布してある紙等の素材からなる有害生物誘引色付きのシート状若しくはテープ状の農業用資材であり、具体的には例えば、住友化学製「ムシとれ太!」(商標登録)等を挙げることができる。
当該粘着トラップ材は、例えば、ハウス内の両サイド及び/又はハウス内の支柱に設定すればよい。具体的には例えば、粘着トラップ材がシート状若しくはテープ状の農業用資材である場合には、長さ1.5〜2mに予め切断されたものを、2〜3mの間隔で設置されたハウス内の支柱に固定するように使用すればよい。
【0013】
本発明方法の第一工程における「ハウス内に生息する有害生物の密度を・・・抑制する」としては、例えば、ハウス内で栽培される作物に経済的被害が発生する水準以下に抑えることが好ましい。
【0014】
本発明方法の第二工程において「天敵生物をハウス内で放飼する」には、例えば、有害生物の発生初期段階から1週間間隔で、例えば2〜4回程度等の複数回放飼して天敵生物を定着させることが好ましい。これらの天敵生物は、すでに市販されている天敵農薬を用いてもよいし、天然に存在し採取されたものや自製されたものを用いてもよい。放飼する量としては、例えば、0.01〜100頭/m、好ましくは0.1〜30頭/m等を挙げることができる。
【0015】
本発明方法の第二工程における「ハウス内に生息する有害生物の密度を・・・抑制する」としては、本発明方法の第一工程と同様に、例えば、ハウス内で栽培される作物に経済的被害が発生する水準以下に抑えることが好ましい。
【0016】
本発明において用いられる「有害生物」とこれに対応する「天敵生物」との組み合わせとしては、例えば、有害生物であるアザミウマ類に対する天敵生物であるタイリクヒメハナカメムシ、有害生物であるアブラムシ類に対する天敵生物であるコレマンアブラバチ等のアブラバチ類やテントウムシ類、有害生物であるハモグリバエ類に対する天敵生物であるハモグリミドリヒメコバチやイサエアヒメコバチ等の寄生蜂類、有害生物であるコナジラミに対する天敵生物であるツヤコバチ類等を挙げることができる。他の天敵生物としては、例えば、有害生物であるハダニ類に対する天敵であるチリカブリダニ等を挙げることができる。
【0017】
本発明方法は、場合によってはさらに下記の工程を有していてもよい。
このような追加的な工程としては、例えば、
(A)ハウス内に生息する有害生物の密度を抑制するために、有害生物防除剤を、ハウス内に生息する有害生物の密度が増加して前記ハウス栽培における対象作物に被害が発生しそうになる直前又は直後に、天敵生物の増殖に対して悪影響を及ぼさない範囲で、ハウス内に施用する第三工程、及び/又は
(B)天敵生物の増殖を助けるために、天敵生物の代替宿主植物をハウス内に存在させる第四工程
等を挙げることができる。代替宿主植物は天敵生物にとって、そこで花から花粉を摂取したり、自然発生した餌昆虫を捕食することにより、一時的に増殖できる場所を提供するものである。
【0018】
本発明方法の第三工程は、ハウス内の温度が「天敵生物が増殖し難い温度」から「天敵生物が増殖し易い温度」に上昇するに際して、例えば一時的に、ハウス内に生息する有害生物の密度が増加することにより、前記ハウス栽培における対象作物に被害が発生しそうになる場合において効果的である。このような場合には、有害生物防除剤を、当該被害が発生しそうになる直前又は直後に、天敵生物の増殖に対して悪影響を及ぼさない範囲で、ハウス内で施用することで、ハウス内に生息する有害生物の密度を抑制すればよい。
【0019】
本発明方法の第三工程において用いられる「有害生物防除剤」としては、例えば、エマメクチン安息香酸塩(商品名:アファーム)、ペルメトリン(商品名:アディオン)、ピリダリル(商品名:プレオ)、スピノサド(商品名:スピノエース)、クロフェナピル(商品名:コテツ)、デンプン(商品名:粘着くん)、ボーベリアバシアーナ(商品名:ボタニガード)等を挙げることができる。
【0020】
本発明方法の第四工程は、ハウス内の温度が「天敵生物が増殖し難い温度」から「天敵生物が増殖し易い温度」に上昇するに際して、例えば一時的に、天敵生物の代替宿主植物をハウス内に存在させることで、天敵生物の増殖を助けることもできる。
【0021】
本発明方法の第四工程において用いられる「天敵生物の代替宿主植物」としては、例えば、バーベナ、タピアン、カランコエ、シシトウ等を挙げることができる。
【0022】
本発明方法の第四工程において「天敵生物の代替宿主植物をハウス内に存在させる」には、例えば、代替宿主植物をハウス内に播種または定植して生育させてもよいし、あらかじめ花鉢等で生育させておいた代替宿主植物を花鉢ごとハウス内に持ち込んでもよい。
【実施例】
【0023】
以下、試験例等により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。
【0024】
試験例1
アスパラガスを対象作物とする無加温ビニールハウス栽培におけるタイリクヒメハナカメムシによる有害生物防除方法において、アザミウマ類の防除効果を確認するための試験を下記にように実施した。
【0025】
まず、前記のビニールハウス内の平均温度が、タイリクヒメハナカメムシが増殖し難い温度(即ち、産卵限界温度未満の温度に相当する10〜15℃)である期間である1月初旬から3月中旬までの期間中、シート状の農業用資材である住友化学製「ムシとれ太!」(商標登録)(10cm×50cm)を、アスパラガスの畦の上部に、2枚/mの割合で設置した。次いで、前記期間中の所定の時期に、前記のビニールハウス内に生存するアザミウマ類の数を計測するために、当該ビニールハウス内に、10cm×50cmの粘着トラップ材を設置し、10日間経過した後、当該粘着トラップ材に捕捉されたアザミウマ類の数を計測した。その結果、アザミウマ類の数は、前記期間中、増加することなく、前記のビニールハウス内に生息するアザミウマ類の密度を抑制していることが確認された。
【0026】
次に、前記シート状の農業用資材を前記のビニールハウス内から撤去し、前記のビニールハウス内の平均温度が、タイリクヒメハナカメムシが増殖し易い温度(即ち、産卵限界温度以上の温度に相当する20℃)に達した6月下旬に、タイリクヒメハナカメムシを前記のビニールハウス内に、2頭/mの割合で投入して放飼を開始した(以下、本発明区と記す。)。
放飼開始後の所定の時期に、前記のビニールハウス内に生存するアザミウマ類の数とタイリクヒメハナカメムシの数とを計測するために、当該ビニールハウス内に、10cm×50cmの粘着トラップ材を設置し、10日間経過した後、当該粘着トラップ材に捕捉されたアザミウマ類の数とタイリクヒメハナカメムシの数とを計測した。その結果、アザミウマ類の数は、前記期間中、増加傾向にはあるものの、比較区との比較から明らかなように、前記のビニールハウス内に生息するアザミウマ類の密度を明らかに抑制していることが確認された。またタイリクヒメハナカメムシの数は、前記期間中、比較的安定して増加していることが確認された。さらにアスパラガスの被害果の発生有無を調査したところ、被害果の発生は全く認められなかった(表1及び2における「本発明区」参照)。
【0027】
これに対して、前記のビニールハウス内の平均温度が、タイリクヒメハナカメムシが増殖し難い温度(即ち、産卵限界温度未満に相当する10〜15℃)である期間中に、何らの粘着トラップ材も用いないこと以外は前記と同様な方法により試験(以下、比較区と記す。)を行ったところ、放飼開始後の所定の時期において、アザミウマ類の数は急激に増加しており、本発明区との比較から明らかなように、前記のビニールハウス内に生息するアザミウマ類の密度は全く抑制されなかった。またタイリクヒメハナカメムシの数は安定せず増加も僅かであった。さらにアスパラガスの被害果の発生有無を調査したところ、被害果の発生も認められた(表1及び2における「比較区」参照)。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明方法により天敵生物をハウス栽培に使用した場合に、有害生物に対して優れた防除効果を発揮させ、その結果、前記有害生物を効果的に防除することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウス栽培における天敵生物による有害生物防除方法であって、
(1)ハウス内の温度が、天敵生物が増殖し難い温度である期間中、ハウス内に生息する有害生物の密度を粘着トラップ材で抑制する第一工程、及び
(2)ハウス内の温度が、天敵生物が増殖し易い温度である期間中、前記粘着トラップ材の非存在下で、ハウス内に生息する有害生物の密度を、天敵生物をハウス内で放飼することで抑制する第二工程、
を有することを特徴とする有害生物防除方法。
【請求項2】
ハウス栽培が、アスパラガスを対象作物とするハウス栽培である特徴とする請求項1記載の有害生物防除方法。
【請求項3】
天敵生物が増殖し難い温度が、発育零点未満の温度、飛翔可能限界温度未満の温度及び産卵限界温度未満の温度のいずれかの温度であり、且つ、天敵生物が増殖し易い温度が、発育零点以上の温度、飛翔可能限界温度以上の温度及び産卵限界温度以上の温度のいずれかの温度であることを特徴とする請求項1又は2記載の有害生物防除方法。
【請求項4】
ハウス内に生息する有害生物の密度を抑制するために、有害生物防除剤を、ハウス内に生息する有害生物の密度が増加して前記ハウス栽培における対象作物に被害が発生しそうになる直前又は直後に、天敵生物の増殖に対して悪影響を及ぼさない範囲で、ハウス内に施用する第三工程を追加して有することを特徴とする請求項1、2又は3記載の有害生物防除方法。
【請求項5】
天敵生物の増殖を助けるために、天敵生物の代替宿主植物をハウス内に存在させる第四工程を追加して有することを特徴とする請求項1、2、3又は4記載の有害生物防除方法。
【請求項6】
有害生物がアザミウマ類であり、且つ、天敵生物がタイリクヒメハナカメムシであることを特徴とする請求項1、2、3、4又は5記載の有害生物防除方法。