説明

バウンドストッパ用グリース組成物及びバウンドストッパ

【課題】バウンドストッパの変形や経時後においても、摺動面に保持されて、スティックスリップに起因する異音の発生を防止することが出来る特定のグリース組成物を提供するとともに、該グリース組成物が塗布・充填され、異音発生に対する防止効果が耐久性を有するバウンドストッパを提供する。
【解決手段】全体として筒状を成して中心孔にショックアブソーバのピストンロッドが挿通されるとともに、上端部がアッパーサポートと当接する車両のサスペンション装置に用いられるバウンドストッパであって、該バウンドストッパと該アッパーサポートとの接触面及び/又は該バウンドストッパと該ピストンロッドとの摺動面に、(A)100℃での粘度が3〜13mm/sの基油、(B)水分を含まない増ちょう剤、(C)グリース組成物全量に対して5〜20重量%のポリテトラフルオロエチレン粉末からなり、混和ちょう度が310〜340であるグリース組成物を塗布・充填したことを特徴とするバウンドストッパ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異音発生が抑制され且つ異音発生抑制効果が持続するバウンドストッパ用グリース組成物、該グリースを塗布・充填したバウンドストッパに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両のサスペンションを構成するショックアブソーバには、ゴムやウレタン発泡体等の弾性体により形成された筒状のバウンドストッパが、ピストンロッドに外挿されて、配設されており、大荷重の入力時に、かかるバウンドストッパが、ショックアブソーバのピストンロッドが取り付けられた車体側乃至は車輪側の部材との間で軸方向に圧縮変形せしめられることによって、ショックアブソーバの作動ストロークが弾性的に制限されるようになっている。
【0003】
例えば下記特許文献1にこの種のバウンドストッパの一例が開示されている。バウンドストッパにはゴム製のものと発泡ポリウレタン製のものとが使用されており、特に後者の発泡ポリウレタン製のバウンドストッパの場合、ゴム製のものに較べて圧縮変形能が高く、ストッパ作用時の初期の当りを軟らかくすることができる特長を有する。
【0004】
ストラットタイプのサスペンションに使用されるウレタン製バウンドストッパ(B/S)において、B/Sに挿通されているショックアブソーバのピストンロッドが、ステアリング操作により回転する際に「とも回り」が発生する。このとき、ウレタンと金属部品の相対すべりにより異音が発生することがある。この対策として下記特許文献2には、ピストンロッド及びアッパーサポート面と接触する突起高さの変更することで変形による異音の発生を抑制することが開示されている。また、下記特許文献3には、接触面にシボを追加し接触面を規定することで異音の発生を抑制することが開示されている。更に、下記特許文献4には、内壁にらせん状の突条部を追加し、摩擦抵抗を低減・異音の発生を抑制することが開示されている。
【0005】
しかし、従来提案されている各技術は機構的な工夫であるため、下記のような問題点があった。
(1)アッパーサポートとの接触面においてウレタンと金属部品との間で摩擦力が高いことによるスティックスリップが起こり、異音が発生する。(アッパーサポートとB/Sの接触面において生じる異音について解決できない。B/Sが入力(車重等)で圧縮されるとともに、アッパーサポートとB/Sの相対すべりによって発生するトルクも上昇し、高トルク下でのすべりで、スティックススリップが発生。)
(2)B/Sに過大入力等によるウレタンの変形があった後にスティックスリップによる異音が発生する。(B/Sに過大入力等による変形があった場合は、形状による対応では変形量が大きくなり異音発生防止できなくなってしまう。)
(3)経時後、接触面でスティックスリップによる異音が発生する。(経時後、B/Sとアッパーサポート及びピストンロッドの接触面で摺動によりウレタンの摩耗が進み、形状による異音発生防止の持続性が低下する。)
(4)接触面にグリースを塗布することで摩擦力を下げてスティックスリップが発生しないようにしているが、経時後にはスティックスリップが発生し、異音が発生してしまう。(グリース塗布により油膜が形成され、スティックスリップの発生が抑えられるが、経時後にはウレタンの摩耗粉が混入してくることで油分が吸収され、異音が発生することがあった。)
【0006】
【特許文献1】特開平8−42624号公報
【特許文献2】特開2002−266925号公報
【特許文献3】特開2006−170385号公報
【特許文献4】特開平11−117986号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、バウンドストッパの変形や経時後においても、摺動面に保持されて、スティックスリップに起因する異音の発生を防止することが出来る特定のグリース組成物を提供するとともに、該グリース組成物が塗布・充填され、異音発生に対する防止効果が耐久性を有するバウンドストッパを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を含み、基油粘度ちょう度を適切な範囲で選択したグリース組成物を塗布することで、サスペンションのバウンドストッパ(B/S)とアッパーサポートの接触面またはピストンロッドとの接触面に発生する、スティックスリップに基づく異音を解消できることを見出し、本発明に到達した。特に、グリース保持のための溝を追加することで、サスペンションのバウンドストッパ(B/S)とアッパーサポートの接触面またはピストンロッドとの接触面に発生する、スティックスリップに基づく異音を解消する。
【0009】
即ち、第1に、本発明は、バウンドストッパ用グリース組成物の発明であって、(A)100℃での粘度が3〜13mm/sの基油、(B)水分を含まない増ちょう剤、(C)グリース組成物全量に対して5〜20重量%のポリテトラフルオロエチレン粉末をからなり、混和ちょう度が310〜340であることを特徴とするバウンドストッパ用グリース組成物である。
【0010】
具体的には、(A)基油として100℃での粘度が3〜13mm/sのα−オレフィン、(B)水分を含まない増ちょう剤としてリチウムステアレート、(C)グリース組成物全量に対して5〜20重量%のポリテトラフルオロエチレン粉末からなるバウンドストッパ用グリース組成物が好ましく例示される。
【0011】
第2に、本発明は、全体として筒状を成して中心孔にショックアブソーバのピストンロッドが挿通されるとともに、上端部がアッパーサポートと当接する車両のサスペンション装置に用いられるバウンドストッパの発明であって、該バウンドストッパと該アッパーサポートとの接触面及び/又は該バウンドストッパと該ピストンロッドとの摺動面に、(A)100℃での粘度が3〜13mm/sの基油、(B)水分を含まない増ちょう剤、(C)グリース組成物全量に対して5〜20重量%のポリテトラフルオロエチレン粉末からなり、混和ちょう度が310〜340であるグリース組成物を塗布・充填したことを特徴とするバウンドストッパである。
【0012】
具体的には、(A)基油として100℃での粘度が3〜13mm/sのα−オレフィン、(B)水分を含まない増ちょう剤としてリチウムステアレート、(C)グリース組成物全量に対して5〜20重量%のポリテトラフルオロエチレン粉末からなるバウンドストッパ用グリース組成物が好ましく例示されることは上述の通りである。
【0013】
本発明のバウンドストッパはアッパーサポートと当接する上端部が平面であっても良いが、グリース組成物を十分に介入させるために、グリース溝を有していることが好ましい。特に、スティックスリップに基づく異音を防止するためには、バウンドストッパのアッパーサポートと当接する上端部に、深さが0.5mm以上、溝本数が8本以上、溝合計面積が接触面積の5〜20%であるグリース溝を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明のグリース組成物は、バウンドストッパの摺動面に介入し易く、摺動面から流出しにくい硬さであるため、バウンドストッパの変形や経時後においても、摺動面にグリースを保持することができ、スティックスリップに起因する異音の発生を長期間に渡って防止することが出来る。
【0015】
また、本発明のグリース組成物を塗布・充填したバウンドストッパは、スティックスリップに起因する異音の発生が長期間に渡って防止することが出来る。特に、アッパーサポートとの接触面に深さが0.5mm以上、溝本数が8本以上、溝合計面積が接触面積の5〜20%であるグリース組成物を充填させるためのグリース溝を有するバウンドストッパにおいては、グリース溝に充填したグリース組成物が摺動面に長期間に渡って十分に介入するため、異音発生に対する防止効果の耐久性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明のグリース組成物に使用する(A)成分の基油は、鉱油、合成炭化水素油、フェニルエチル、ポリグリコールなど、通常グリースの基油として使用されている潤滑油、及びこれらの2種以上の混合物が挙げられるが、これらに限定されるものではない。しかしながら低温特性及び高温での油膜保持性及びウレタンの加水分解性を考慮して、基油粘度7.8mm/s程度のポリα−オレフィンが望ましい。
【0017】
本発明のグリース組成物に使用する(B)成分の水分を含まない増ちょう剤は、リチウム石けんに代表される金属石けん、カルシウムコンプレックス石けん、リチウムコンプレックス石けん、アルミニウムコンプレックス石けんに代表されるコンプレックス石けんや、ナトリウムテレフタラメート、ウレア化合物、有機ベントナイト、シリカなど、現在グリース組成物に使用されている多くの増ちょう剤が挙げられる。例外としてカルシウム石けんは水分を含んでいることからウレタンの加水分解が促進される恐れがあるために好ましくない。この内、欠点が少ないことから汎用的に使用されるリチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん及びウレア化合物が好ましく例示される。
【0018】
本発明のグリース組成物に使用する(C)成分のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)は、グリース組成物、ゴム、インク、潤滑剤等に一般的に使用されているものであり、分子量が数千〜数十万のものが用いられる。PTFEの凝集エネルギは他の高分子化合物に比べて小さく、しかも臨界界面張力が非常に低いため、摺動部に存在するPTFE粒子は摺動によるせん断応力によって微小薄片となり、摺動部の相手材に転着しやすい性質を持っており、これにより優れた潤滑性を与えるものと考えられている。
【0019】
本発明のグリース組成物には、必要に応じて種々の添加剤を添加することができる。このような添加剤としては、例えば酸化防止剤、錆止め剤、金属腐食防止剤、油性剤、耐摩耗剤、極圧剤、固体潤滑剤等が挙げられる。
【0020】
[実施例1、2、比較例3〜6、9〜11]
合成炭化水素油2500gにリチウムステアレート500gを添加、攪拌し、その後210℃まで加熱した。加熱後、160℃まで冷却し、さらに合成炭化水素油1000gを加え、攪拌しながら100℃以下まで冷却し、これをベースグリースとした。このベースグリースに下記表1に示す配合で各種添加剤を添加し、適宜合成炭化水素油を加え、3段ロールミルにて混和ちょう度を調整した。
【0021】
[比較例7、8、12]
基油、増ちょう剤、添加剤に下記表1の化合物を用いてグリース組成物を調製した。
【0022】
【表1】

【0023】
表1の試験結果より以下のことが分かった。
[PTFE]
本発明のグリース組成物において、グリース組成物の全質量に対して、PTFEの含有量は0.5〜20質量%が好ましく、より好ましくは1〜10質量%である。PTFEの含有量が0.5質量%未満では、所期の効果を十分に得ることが困難になる。(比較例10参照)
一方、PTFEの含有量が20質量%を超えても効果の増大は認められない。また、同様な固体潤滑剤として知られるMoSでは効果が認められなかった。
【0024】
[ちょう度]
摺動面や接触面への介入性から、硬いグリースよりも、ちょう度範囲310〜340の柔らかいグリースが好ましい。特に低温時には、グリースが硬化しやすいのでちょう度が高く、軟らかい方が良いことが好ましい確認された。ただし、ちょう度350を越えると、流れて摺動面や接触面から離脱してしまい製品として作用しなかった。(表1中の実施例1、2、比較例4、6参照)
【0025】
[基油粘度]
基油粘度が高い場合、異音防止の効果がなく(比較例5参照)、13mm/s(@100℃)以下で効果が確認できるが、低温特性から9mm/s以下が好ましく、高温時の油膜の保持性や流出の可能性から3mm/s以上、7mm/s程度が好ましい。
【0026】
[グリース溝]
B/Sに設けるグリース溝の深さ、溝の面積割合、溝の本数が耐久性に及ぼす影響について検討した。
【0027】
下記表2に、B/Sに設けるグリース溝の深さ、溝の面積割合を種々変化させた場合の異音官能評価結果を示す。ここで、面積割合とは接触面積に対する溝・合計面積の割合であり、耐久後とは10万回耐久試験後官能評価である。
【0028】
【表2】

【0029】
また、下記表3に、B/Sに設けるグリース溝の本数を変化させた場合の異音官能評価結果を示す。ここで、面積割合は約10%でほぼ等しくした。
【0030】
【表3】

【0031】
また、図1に、B/Sに設けるグリース溝の面積を変化させた場合のラボ摩耗試験(リングオンディスク)の結果を示す。ここで、溝無しの場合を荷重=250N(面圧1.25MPa)として計算した。溝面積10%では荷重277N(1.39MPa)に相当し、溝面積20%では荷重312N(1.56MPa)に相当し、溝面積30%では357N(1.79MPa)に相当する。
【0032】
以上の結果より、B/Sに設けるグリース溝は実機評価により深さ0.5mm以上で、等間隔に8本以上設けるのが適当である(表2、表3参照)が、溝の合計面積を増やすと接触面積が小さくなることから、面圧が高く、摩耗が進むため(図1参照)、溝の合計面積は接触面積の5〜20%が適当である。
【0033】
また、グリース溝を追加することで摺動面へのグリースの介入性が向上し、その異音防止効果の向上も確認することができた(表1中の比較例3、4、5、6、7、8参照)。
【0034】
以上の通り、添加剤の種類・添加量、または流動特性向上による摩擦係数の変化についてラボ摩擦試験(リングオンディスク摩擦試験)、及び実車での異音官能試験を行い、実施例のグリースを用いることと、グリース保持を目的とした表面溝形状を組み合わせることで初期効果及び効果の持続性が良いことを見出した。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明により、サスペンションのバウンドストッパ(B/S)とアッパーサポートの接触面またはピストンロッドとの接触面に発生する、スティックスリップに基づく異音を解消できる。特に、グリース保持のための溝を追加することで、スティックスリップに基づく異音を長期間に渡って解消できる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】B/Sに設けるグリース溝の面積を変化させた場合のラボ摩耗試験(リングオンディスク)の結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)100℃での粘度が3〜13mm/sの基油、(B)水分を含まない増ちょう剤、(C)グリース組成物全量に対して5〜20重量%のポリテトラフルオロエチレン粉末からなり、混和ちょう度が310〜340であることを特徴とするバウンドストッパ用グリース組成物。
【請求項2】
(A)基油として100℃での粘度が3〜13mm/sのα−オレフィン、(B)水分を含まない増ちょう剤としてリチウムステアレート、(C)グリース組成物全量に対して5〜20重量%のポリテトラフルオロエチレン粉末からなることを特徴とする請求項1に記載のバウンドストッパ用グリース組成物。
【請求項3】
全体として筒状を成して中心孔にショックアブソーバのピストンロッドが挿通されるとともに、上端部がアッパーサポートと当接する車両のサスペンション装置に用いられるバウンドストッパであって、該バウンドストッパと該アッパーサポートとの接触面及び/又は該バウンドストッパと該ピストンロッドとの摺動面に、(A)100℃での粘度が3〜13mm/sの基油、(B)水分を含まない増ちょう剤、(C)グリース組成物全量に対して5〜20重量%のポリテトラフルオロエチレン粉末からなり、混和ちょう度が310〜340であるグリース組成物を塗布・充填したことを特徴とするバウンドストッパ。
【請求項4】
前記グリース組成物が、(A)基油として100℃での粘度が3〜13mm/sのα−オレフィン、(B)水分を含まない増ちょう剤としてリチウムステアレート、(C)グリース組成物全量に対して5〜20重量%のポリテトラフルオロエチレン粉末からなることを特徴とする請求項3に記載のバウンドストッパ。
【請求項5】
前記バウンドストッパのアッパーサポートと当接する上端部に、深さが0.5mm以上、溝本数が8本以上、溝合計面積が接触面積の5〜20%であるグリース溝を有することを特徴とする請求項3又は4に記載のバウンドストッパ。

【図1】
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【公開番号】特開2010−53285(P2010−53285A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−221309(P2008−221309)
【出願日】平成20年8月29日(2008.8.29)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】