説明

バチルス・チューリンゲンシスを含むヒト用の有害菌の防除剤

【課題】ヒトの感染症を引き起こす病原菌に代表される有害菌の増殖を抑制したり、細菌自己誘発因子を不活性化したりすることにより、腸内フローラのバランスを改善し、整腸を促進したり、感染症を予防・治療したりするための手段であって、ヒトに対して安全かつ簡便に用いることができる手段を提供する。
【解決手段】バチルス・チューリンゲンシスを含む医薬をヒトに投与したり、バチルス・チューリンゲンシスを含む食品をヒトに摂取させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)を含むヒト用の有害菌の防除剤、並びにこれを含む医薬及び食品に関する。
【背景技術】
【0002】
胃腸の細菌叢は、胃腸管の機能及び全身の生理学的健康の維持に極めて重要な多くの役割を担う。プロバイオティクス療法とは、健康にとって有益となるよう微生物を積極的に使用することを示す。プロバイオティクスは、生きたまま宿主の腸に到達し、腸内フローラのバランスを改善するため、動物の消化活動を補助したり、腸内の有害な細菌の増殖を抑制したりするのに役立つ。このようなプロバイオティクスは、宿主の消化管内に恒常的にコロニーを形成することができないことから、プロバイオティクスの効果を持続させて、健康増進に役立てるためには、定期的に摂取する必要がある。近年では、乳酸菌及びビフィズス菌がプロバイオティクスとして広く用いられ、これらの細菌はヨーグルト及びその他の乳製品に広く利用されている。
細菌をプロバイオティクスとして利用する為には、胃液、胆汁酸などに耐性を有し、生きたまま腸に到達する能力を有すること、好気的な小腸上部のみでなく嫌気的な小腸下部や大腸でも増殖する能力を有すること、宿主に対して有用な作用をもたらすこと、医薬や食品の形態中で一定以上の菌数を維持できること、安全であることなどが要求される。従来利用されている乳酸菌やビフィズス菌のうち、特定の菌株は、胃酸や胆汁酸に対して耐性を有していることが知られている(特許文献1など)。
【0003】
このような技術背景において、乳酸菌及びビフィズス菌以外にもプロバイオティクスとして利用できる細菌について検討が行われている。例えば、哺乳動物に対して胆汁酸耐性であるバチルス・コアギュランス(Bacillus coagulans)、バチルス・サブチルス(Bacillus subtilis)、バチルス・クラウジ(Bacillus clausii)を投与することが報告されている(特許文献2)。ヒト用のプロバイオティクスとしては、B. coagulans, B. subtilis, B. clausii, B. cereus, B. licheniformis, B. pumilus, B. polymyxa, B. vietnami, B. polyfermenticusが利用されている(非特許文献1)。
【0004】
一方、腸内感染症や皮膚損傷部位からの感染症についての問題も存在している。このような感染症を引き起こす病原菌は、動物の体内に定着するためのニッチを常に求めている。通常は、病原菌が体内に侵入した場合であっても、宿主の生体防御機構により排除されたり、他の細菌により増殖が抑制されたりする。その一方で、例えば、ピロリ菌や緑膿菌のように一定の菌数にまで増殖し、動物腸内に定着し宿主に慢性疾患を引き起こす細菌も存在する。このような細菌は、細菌の皮膚、粘膜への付着、腸内への侵入などの初期増殖の過程で宿主の生態防御機構に感知されることなく、十分に菌密度が高まってから、種々の病原性因子を一挙に生産して組織を破壊する。これを実現するしくみが細菌自身が産生する自己誘発因子を介した情報伝達機構(cell-to-cell signaling)、すなわち細菌自己誘発機構(菌体密度感知機構)である。この機構はビブリオ属細菌(Vibrio fischeri)の培養において、細菌の増殖に応じて蛍光物質が産生されるという現象の発見から見出されたものであり(非特許文献2)、その後、緑膿菌(Pseudomonas)をはじめとする多くの病原菌において本機構が発見され、病原因子の発現がコントロールされている事実が明らかとなっている。また、シュードモナス属以外にも、バークホリデリア(Burkholderia)属、エンテロバクター(Enterobacter)属、ビブリオ(Vibrio)属、セラチア(Serratia)属、サルモネラ(Salmonella)属など、臨床上重要な多くの細菌が自己誘発機構を有していることが報告されている(非特許文献3)。
【0005】
このような細菌自己誘発機構のシグナル伝達を担うのが細菌自己誘発因子であり、グラム陰性細菌の細菌自己誘発因子としては、アシルホモセリンラクトンが広範囲に保存されている。細菌自己誘発因子は、細菌の外膜を自由に通過できる分子であり、環境中の細菌密度が低い場合には自己誘発因子濃度が低く、生物活性を示さない。ところが、細菌の増殖が進み環境中の細菌密度が高まるに従って細菌内外の自己誘発因子濃度も高まり、これがある一定の閾値に達したとき、各種病原因子などのターゲット遺伝子の発現を促進する。
【0006】
このような病原菌による感染症の予防や治療の方法としては、細菌自己誘発因子不活性化タンパク質を動物に経口投与するか、又は動物の細胞に細菌自己誘発因子不活性化タンパク質をコードする核酸配列を導入し、該核酸配列を発現させて、病原菌の細菌自己誘発因子を不活性化することにより、病原性因子の生産を抑制する方法が報告されている(特許文献3)。しかしながら、細菌自己誘発因子不活性化タンパク質を動物に経口投与する方法は、該タンパク質が胃を通過する過程で消化分解されてしまい、腸管に到達しないという問題がある。また、核酸配列の導入は、ヒトに対して適用するのは困難である。
【0007】
また、バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)が、植物病原菌であるエルビニア・カロトボーラ(Erwinia carotovora)の菌体密度感知機構に依存した(quorum-sensing dependent)病原性を抑制することが報告されている(非特許文献4)。具体的には、バチルス・チューリンゲンシスが、菌体密度感知シグナル因子(アシルホモセリンラクトン(AHL))を分解する酵素であるAHL−ラクトナーゼを産生し、AHLの蓄積を抑制することが報告されている。このようなバチルス・チューリンゲンシスは、安全な微生物殺虫剤として広く農業生産の場に受け入れられているが、ヒトなどの動物に投与することについては検討されていない。また、植物や動物宿主に寄生している線虫、吸虫や原虫に対し、バチルス・チューリンゲンシスが産生する結晶タンパク質が殺虫活性を有していることが報告されている(特許文献4、特許文献5)。しかしながら、ここでは、バチルス・チューリンゲンシスが動物の腸から分離した線虫などに対して殺虫性を有していることが示されているのみで、実際にヒトなどの動物に経口投与した場合の効果や安全性については確認されていない。また、微生物を含む医薬を、皮膚に塗布し、損傷を治癒することについては知られておらず、特にヒトに適用することについての検討は全く行われていない。
【0008】
すなわち、これまでバチルス・チューリンゲンシスを含む医薬をヒトに用いて、病原菌による感染症を予防・治療したり、バチルス・チューリンゲンシスを含む食品を摂食することにより、腸内の有害菌の増殖を抑え、腸内フローラのバランスを改善することについては、全く検討されていなかった。
【0009】
【特許文献1】特表2004−523241号公報
【特許文献2】特表2005−507670号公報
【特許文献3】特表2003−504028号公報
【特許文献4】特開2002−34582号公報
【特許文献5】米国特許第5468483号公報
【非特許文献1】Senesi, S., (2004) Bacillus Spores as Probiotic Products for Human Use, Bacterial spore formers, pp. 131-141, Rica, E., Henriques, A.O., and Cutting, S.M.(eds), Horizon Bioscience, Wymondham Norfolk NR18 OJA U.K.
【非特許文献2】Kaplan, H. et al., 「ザ ジャーナル オブ バクテリオロジー (The Journal of Bacteriology)」1985年,第163巻,p.1210−1214
【非特許文献3】Tateda, K., 「ザ ラング パースペクティブス (The Lung Perspectives)」2005年,第13巻,p.261−265
【非特許文献4】Yi-Hu Dong et al., 「アプライド アンド インバイロメンタル マイクロバイオロジー (Applied and Environmental Microbiology)」2004年,第70巻,p.954−960
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、病原菌などの有害菌の増殖を抑制したり、病原菌細菌自己誘発因子を不活性化したりすることにより、腸内フローラのバランスを改善し、整腸を促進したり、感染症を予防・治療したりするための手段であって、ヒトに対して安全かつ簡便に用いることができる手段を提供することを課題とする。具体的には、ヒトに対して消化不良、軟便、便秘などを引き起こす有害菌、さらに感染症を引き起こす病原菌を防除するための手段を提供することを課題とする。また、ヒトの皮膚、粘膜、腸内などに投与することにより、病原菌による感染症を予防・治療するための医薬を提供すること、及び定期的に摂取することにより、有害菌を防除し、腸内フローラのバランスを改善するための食品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、ヒトに対する有害菌を防除する能力を有する細菌種を探し求め、その有効性及びヒトに対する安全性について研究を行った結果、バチルス・チューリンゲンシスが有害菌の増殖を抑制する能力を有し、プロバイオティクスとして有用な特性を有することを見出した。さらに、バチルス・チューリンゲンシス細菌が動物の腸内において細菌自己誘発因子を不活性化する能力を有することを見出した。
そしてバチルス・チューリンゲンシスの細菌の胞子を経口投与することにより、細菌胞子は胃を生きたまま通過し、胆汁酸で死滅することなく腸内で発芽・増殖することにより、有害菌の増殖を抑制し、腸内フローラのバランスを改善したり、病原菌による病原因子の産生を抑制することにより、腸内感染症を予防・治療したりすることを見出した。さらに、バチルス・チューリンゲンシスの細菌の胞子を損傷皮膚に接触させることにより、損傷の治癒を促進することを見出した。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0012】
(1)バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)を含む、ヒト用の有害菌の防除剤。
(2)前記バチルス・チューリンゲンシスが、胆汁酸耐性であることを特徴とする、(1)に記載の有害菌の防除剤。
(3)前記バチルス・チューリンゲンシスが、さらに細菌自己誘発因子不活性化能を有することを特徴とする、(1)又は(2)に記載の有害菌の防除剤。
(4)バチルス・チューリンゲンシスが、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis subsp. thuringiensis) BGSC
4A3株、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・クルスターキ(Bacillus thuringiensis subsp. kurstaki) BGSC 4D1株、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・アイザワイ(Bacillus thuringiensis subsp. aizawai) BGSC 4J4株、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・イスラエレンシス(Bacillus thuringiensis subsp. israelensis) BGSC 4Q7株、若しくはこれらの変異株を含む、(1)〜(3)の何れか一に記載の有害菌の防除剤。
(5)前記有害菌が、グラム陰性細菌に属することを特徴とする、(1)〜(4)の何れか一に記載の有害菌の防除剤。
(6)前記有害菌が、感染症を引き起こす病原菌であることを特徴とする、(1)〜(5)の何れか一に記載の有害菌の防除剤。
(7)前記病原菌が、ビブリオ(Vibrio)属細菌、サルモネラ(Salmonella)属細菌、カンピロバクター(Campylobacter)属細菌、エルシニア(Yersinia)属細菌、エロモナス(Aeromonas)属細菌、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、大腸菌及び赤痢菌のうち少なくと
も一種である(1)〜(6)の何れか一に記載の有害菌の防除剤。
(8)(1)〜(7)の何れか一に記載の有害菌の防除剤を含む、医薬。
(9)病原菌による感染症の予防・治療用であることを特徴とする、(8)に記載の医薬。
(10)(1)〜(7)の何れか一に記載の有害菌の防除剤を含む、食品。
【発明の効果】
【0013】
本発明の有害菌の防除剤をヒトに経口投与することにより、腸内でバチルス・チューリンゲンシスが増殖し、腸内フローラのバランスを改善し、健康増進に役立つ。また、病原菌の細菌自己誘発因子を不活性化することにより、病原菌による病原因子の産生を抑制し、感染症を予防・治療する。さらに、本発明の有害菌の防除剤を含む医薬を皮膚に投与することにより、損傷部位の感染症を予防し、治癒を促進する。このように、本発明の有害菌の防除剤は、ヒトの腸内、皮膚、粘膜などの部位において、病原菌の増殖を抑え、これらの菌による感染症を予防・治療する効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のヒト用の有害菌の防除剤は、バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)を含むことを特徴とする。本発明において、有害菌とは、ヒト腸内などの体内、又は皮膚や粘膜において増殖することにより、ヒトに対して好ましくない影響を及ぼす菌や細菌をいう。例えば、腸内で増殖することにより、消化不良、下痢、軟便、便秘などを引き起こす細菌、腸内で病原因子を産生することにより、腸内感染症を引き起こす病原菌、皮膚表面や粘膜に付着することにより、疾患を引き起こす病原菌などが挙げられる。有害菌の増殖を抑制するとは、有害菌の細胞分裂を直接阻害すること及び有害菌の細菌自己誘発因子を不活性化することにより、これらの細菌による病原因子の産生を抑制し、結果として有害菌の定着及び増殖を抑制することを含む概念である。
【0015】
バチルス・チューリンゲンシスとは、バージーズ・マニュアル・オブ・デターミネイティブ・バクテリオロジー(Bergey's Manual of Determinative Bacteriology)第9版(1994)において「バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)」に分類される細菌である。
【0016】
本発明の有害菌の防除剤に用いるバチルス・チューリンゲンシスの亜種は、特に制限されない。例えば、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis subsp. thuringiensis)、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・クルスターキ(Bacillus thuringiensis subsp. kurstaki)、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・アイザワイ(Bacillus thuringiensis subsp. aizawai)、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・イスラエレンシス(Bacillus thuringiensis subsp. israelensis)などを好ましく用いることができる。この中では、例えば、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・チューリンゲンシス BGSC 4A3株、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・クルスターキ BGSC 4D1株、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・アイザワイ BGSC 4J4株、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・イスラエレンシス BGSC 4Q7株などを好ましく用いることができる。BGSC 4A3、BGSC 4D1、BGSC 4J4、BGSC 4Q7はBacillus Genetic Stock Center(BGSC)(The Department of Biochemist)に登録されている菌株である。
【0017】
また、本発明の有害菌の防除剤には、BGSC 4A3、BGSC 4D1、BGSC 4J4、BGSC 4Q7の変異株を用いることができる。変異株としては、上記各菌株が自然変異したものや各菌株を化学的変異剤や紫外線等で変異処理することにより得たものを用いることができる。本発明においては、このような変異株から、上記各菌株と同じ
胆汁酸耐性、細菌自己誘発因子不活性化能、殺菌活性、通性嫌気性、耐酸性の少なくとも一つを有する変異株を用いることが好ましい。これらの菌学的性質については、後述する。さらに上記以外の菌学的性質も上記各菌株と同様である変異株を用いることも好ましい。
また、上記各菌株と同じ有害菌の防除能を示す上記各菌株の変異株を用いることも好ましい。
【0018】
本発明の有害菌の防除剤に用いるバチルス・チューリンゲンシスは、胆汁酸耐性であることが好ましい。
「胆汁酸耐性である」とは、高濃度の胆汁酸を含有する培地において、発芽・増殖する能力を有する胞子を形成することをいう。
胆汁酸とは、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類の胆汁中に広く見出される4環構造のステロイドをいい、コール酸、ケノデオキシコール酸、デオキシコール酸、リトコール酸及びウルソデオキシコール酸が含まれる。通常、動物の体内では、胆汁酸は、胆汁中でグリシンやタウリンとアミド結合した抱合型として存在し、ナトリウム塩となっている。本明細書において単に「胆汁酸」という場合は、上記胆汁酸及びこれらの塩並びにこれらの抱合体を含む。
【0019】
高濃度の胆汁酸を含有する培地とは、例えば、新鮮胆汁を10倍に濃縮・乾固した胆汁末(Oxgall、Difco製)を含む培地であって、胆汁末の濃度が、0.3質量%以上、好ましくは1質量%以上、さらに好ましくは3質量%以上であるものが挙げられる。また、「発芽・増殖する能力を有する」とは、上記のような高濃度の胆汁酸を含有する培地に胞子を接種し、胆汁酸濃度以外の条件をバチルス・チューリンゲンシスの培養に好適な条件にした場合に、細菌が発芽し、増殖分裂を再開し、コロニーが形成されることをいう。
【0020】
胆汁酸耐性であるバチルス・チューリンゲンシスは、例えば、以下のようにして得ることができる。バチルス・チューリンゲンシスを含む分離源を胞子形成に適した条件で培養し、胞子を形成させる。得られた胞子を、上記高濃度の胆汁酸添加培地に接種し、培養を行った後、形成したコロニーを分離する。このコロニーの中から、バチルス・チューリンゲンシスの菌学的性質を有するものを選抜する。
【0021】
本発明の有害菌の防除剤に用いるバチルス・チューリンゲンシスは、細菌自己誘発因子不活性化能を有するものを用いることが好ましい。「細菌自己誘発因子」とは、細菌自己誘発機構の細胞間伝達を担うシグナル分子であって、細菌が増殖したときに特定の物質を生産する遺伝子の発現を促進するシグナル分子をいう。細菌自己誘発因子としては、例えば、N-butanoyl-L-homoserine lactone (BHL)、N-(3-hydroxybutanoyl)-L-homoserine lactone (HBHL)、N-(3-oxobutanoyl)-L-homoserine lactone (OBHL)、N-hexanoyl-L-homoserine lactone (HHL)、N-(3-oxohexanoyl)-L-homoserine lactone (OHHL)、N-octanoyl-L-homoserine lactone (OHL)、N-(3-oxooctanoyl)-L-homoserine lactone(OOHL)、N-(3-oxodecanoyl)-L-homoserine lactone (ODHL)、N-(3-oxododecanoyl)-L-homoserine lactone (OdDHL)が挙げられる。「細菌自己誘発因子不活性化能を有する」とは、例えば細菌自己誘発因子の分解酵素を産生する能力を有することをいう。「酵素を産生する」とは、菌体を培養した場合、培地中に酵素活性が検出できる程度に、産生することをいう。
また、「細菌自己誘発因子不活性化能を有する」とは、細菌自己誘発因子により誘導される病原性因子などの特定の物質が、産生されることを抑制することをいう。
【0022】
バチルス・チューリンゲンシスの細菌自己誘発因子不活性能は、例えば以下の方法で確認することができる。検体であるバチルス・チューリンゲンシスを細菌自己誘発因子を含む培養液で培養し、この培養液を細菌自己誘発機構を有する細菌を接種した培地に添加し
、一定時間培養した場合に、細菌自己誘発機構を有する細菌が細菌自己誘発因子の影響により特定物質を生産するか否かを適当なマーカーを用いて確認する。特定物質が検出された場合には、細菌自己誘発因子が不活性化されていないことが分かり、一方で特定物質が検出されない場合には、細菌自己誘発因子が不活性化され細菌自己誘発機構が誘導されていないことが分かる。細菌自己誘発機構を有する細菌として、例えば、細菌自己誘発因子が一定濃度に達すると色素物質を生産する細菌種を用いることができる。例えば、検体であるバチルス・チューリンゲンシスをOHHLを含む培養液で一定時間培養した後、培養液を細菌自己誘発機構により紫色の色素(ビオラセイン、violacein)を合成するクロモバクテリウム・ビオラセウム(Chromobacterium violaceum)の細菌自己誘発因子生合成遺伝子欠損株が生育する培地に添加して、ビオラセインの誘導の有無を試験する方法が挙げられる(McClean,K. et al, 「マイクロバイオロジー(Microbiology)」1997年, 第143巻, p.3703−3711)。
【0023】
本発明の有害菌の防除剤に用いるバチルス・チューリンゲンシスは、さらに嫌気的条件下で増殖できる通性嫌気性であることが好ましい。嫌気的条件とは、例えば、動物の腸内に含まれる気体中の酸素濃度以下の条件を意味する。実験室的には、例えば、20℃で測定した酸化還元電位が通常−10mV以下、好ましくは−50mV以下である条件をいう。酸化還元電位は、通常用いられる市販の酸化還元電位計で測定することができる。ヒトの消化管は、微好気的条件又は嫌気的条件であるため、このような細菌を用いることにより、腸管内の環境下でも十分に細菌が増殖する。
【0024】
本発明の有害菌の防除剤に用いるバチルス・チューリンゲンシスは、さらに耐酸性であることが好ましい。このような細菌を用いることにより、胃内部においても細菌が死滅することなく、腸まで到達する。「耐酸性である」とは、細菌をヒトに投与した場合に、胃内部の条件下(食物を摂取した状態で通常pH3.5〜6)でも死滅せず、腸に達した場合に増殖可能な程度の菌数を維持していることをいう。バチルス・チューリンゲンシスの胞子は通常耐酸性であるため、胞子を用いる場合は、特に問題とならない。
バチルス・チューリンゲンシスが、細菌が胃内部で死滅することなく腸まで到達していることは、例えば、排泄物中の菌体の濃度を測定することによって確認することができる。
【0025】
本発明の有害菌の防除剤に用いるバチルス・チューリンゲンシスを培養する方法は特に制限されず、細菌の性質に応じた適当な条件下で常法により行うことができる。例えば、培養温度は15〜45℃で培養することができるが、好ましくは20〜42℃、さらに好ましくは25℃〜38℃で培養するのがよい。また、培養方法は、静置培養、往復動式振とう培養、回転動式振とう培養、ジャーファーメンター培養などによる液体培養法や固体培養法を用いることができる。
【0026】
培養に用いる培地成分も特に制限されず、炭素源としてグルコース、ガラクトース、ラクトース、アラビノース、マンノース、シュークロース、デンプン、デンプン加水分解物、糖蜜などの糖類、クエン酸などの有機酸類、グリセリンなどのアルコール類を、窒素源としてアンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウムなどのアンモニウム塩類や硝酸塩類、塩化ナトリウム、塩化カリウム、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、塩化マンガン、硫酸第一鉄などの無機塩類、ペプトン、大豆粉、脱脂大豆粕、肉エキス、酵母エキス等を用いることができる。
【0027】
本発明の有害菌の防除剤に用いるバチルス・チューリンゲンシスは、保存安定性、耐酸性の観点から、胞子の状態であることが好ましい。胞子の状態では、熱、乾燥に強いため、医薬や食品を製造する際に十分に乾燥させることができ、保存安定性が向上する。細菌に胞子を形成させるためには、培養の周期において、培地の組成、培地のpH、培養温度
、培養湿度、培養する際の酸素濃度などの培養条件を、その胞子形成条件に適合させるように調整することができる。このような方法として、例えば、Schaeffer, P., J. Millet, J.P. Aubert, 「プロシーディングス オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンス(Proceedings of the National Academy of Science)」米国,1965年,第54巻,p. 704−711に記載されている方法が挙げられる。
【0028】
また、上記の方法により得た培養物や菌体は、保存性の観点から乾燥粉末としておくことが好ましい。乾燥は、例えば、有害菌の防除剤の水分含有量が20質量%以下となるように行うことが好ましい。
乾燥方法は、特に制限されず、自然乾燥、通風乾燥、噴霧乾燥、凍結乾燥などが挙げられるが、この中でも噴霧乾燥及び通風乾燥が好ましく用いられる。乾燥する際には、スキムミルク、グルタミン酸ナトリウム及び糖類などの保護剤を用いることができる。糖類を用いる場合は、グルコースやトレハロースを用いることができる。さらに、乾燥後は、得られた乾燥物に、脱酸素剤、脱水剤を加えて、ガスバリアー性のアルミ袋に入れて密封し、室温から低温で貯蔵することが好ましい。これにより、細菌を長期間生きたまま保存することが可能となる。
【0029】
本発明の有害菌の防除剤は、通常医薬に用いられる担体や増量剤などの任意成分を適宜配合し、製剤化することにより、有害菌を防除するためのヒト用の医薬とすることができる。本発明の医薬は特に、病原菌による感染症を予防・治療するために好ましく用いられる。医薬の剤形は、医薬を投与する部位、予防・治療の対象となる疾患等に応じて適宜選択して用いることができる。以下、具体的に医薬の用途、剤形について説明する。
【0030】
本発明の医薬は、腸内フローラのバランスを改善するための整腸剤として用いたり、病原菌による腸内感染症を予防・治療するために用いたりすることができる。この場合の医薬の剤形としては、経口投与用の錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤などの固体製剤及び水溶剤、シロップ剤、又は非経口投与用の注射剤、坐薬、経皮吸収剤などが挙げられる。また、結腸洗浄用に、浣腸による投与のための水溶剤としてもよい。この場合には、バチルス・チューリンゲンシスを生理食塩水と混合することにより製造することができる。
【0031】
また、本発明の医薬は、皮膚や粘膜の有害な細菌増殖を抑制し、皮膚や粘膜への病原菌の感染を予防・治療するために用いることができる。
具体的には、本発明の医薬は、口腔細菌の増殖を抑制し、虫歯、歯肉炎などの歯周部疾患や口臭を予防するために用いることができる。この場合の医薬の剤形としては、咀嚼が可能な錠剤、歯磨き剤、うがい薬、口腔点滴剤などが好ましく挙げられる。
また、本発明の医薬は、皮膚や角皮において病原菌を防除するために用いることもできる。特に、皮膚損傷の治癒を促進するために用いることが好ましい。この場合の医薬の剤形としては、軟膏剤、クリーム、スプレー、ローション、ジェル、貼付剤などが挙げられる。
また、本発明の医薬は、膣内フローラの改善をしたり、膣内への病原菌の感染を予防・治療するために用いることができる。膣内フローラを改善することにより、膣の酵母感染や細菌性膣疾患を予防することができると期待される。この場合の医薬の剤形としては、クリーム、ローション、ジェルなどが挙げられる。
また、本発明の医薬は、眼、鼻腔、耳の炎症などに用いることもでき、この場合の剤形も適宜選択することができる。
【0032】
本発明の医薬は、特に以下のような病原菌の増殖を抑制し、これらの病原菌による感染症を予防・治療するために好ましく用いることができる。本発明の医薬は特に、グラム陰性細菌に属する細菌による感染症の予防・治療に好ましく用いることができる。このような病原菌としては、腸内感染症を引き起こすビブリオ(Vibrio)属、サルモネラ(Salmonel
la)属、カンピロバクター(Campylobacter)属、エルシニア(Yersinia)属、エロモナス(Aeromonas)属に属する細菌、大腸菌(Escherichia coli)、赤痢菌(Shigella)が挙げられる。ビブリオ属に属する細菌としては、V. parahaemolyticus、V. choleraeなどが挙げられる。サルモネラ属に属する細菌としては、S. typhimurium、S. enteritidisなどが挙げられる。カンピロバクター属に属する細菌としては、C. jejuni、C. coli、C. fetusなどが挙げられる。エルシニア属に属する細菌としては、Y. enterocolitica、Y. pseudotuberculosisなどが挙げられる。エロモナス属に属する細菌としては、A. hydrophila、A. caviae、A. veronii、A. jandaei、A. schubertiiなどが挙げられる。大腸菌としては、腸管侵入性大腸菌(enteroinvasive E. coli: EIEC)、腸管毒素原性大腸菌(enterotoxigenic
E. coli: ETEC)、腸管病原性大腸菌(enteropathogenic E. coli: EPEC)、志賀毒素産生性大腸菌(Shiga toxin producing E. coli: STEC)、腸管凝集接着性大腸菌(Enteroaggregative E. coli: EAEC)などが挙げられる。赤痢菌としては、S. dysenteriae、S. flexneri、S. boydii、S. sonneiなどが挙げられる。
また、皮膚、角皮、粘膜などにおいて増殖し、感染症を引き起こす病原菌としては、シュードモナス(Pseudmonas)属に属する細菌が挙げられる。このような細菌として例えば、P. aeruginosaが挙げられる。
【0033】
また、本発明の医薬は、バチルス・チューリンゲンシスの他に、さらに有害菌の増殖を抑制する作用を有する成分を含むものであってもよい。これらの成分も、バチルス・チューリンゲンシスを死滅させないものであり、ヒトに対する安全性が確認されているものであれば特に制限されない。
【0034】
また、本発明の医薬における、バチルス・チューリンゲンシスの菌体濃度は、医薬の用途及び剤形に応じて、有効量を投与するのに適した濃度とすることができる。通常は、1×104〜1×1012CFU/g、好ましくは、1×105〜1×1011CFU/g、さらに好ましくは、1×106〜1×1010CFU/gの範囲とすることができる。
【0035】
本発明の医薬の投与方法も、有効量のバチルス・チューリンゲンシスを投与できるように医薬の剤形、用途、患者の年齢、性別、体重、体調、適用部位の疾患の状態などに応じて適当な方法で行えばよい。例えば、整腸促進を目的として、ヒトに経口投与する場合には、通常は、1×105〜1×1010CFU/kg体重/日の範囲で投与することが好ましい。また、皮膚、角皮、粘膜において有害菌を防除する目的でヒトに外用する場合は、塗布範囲によって適宜調節することができるが、通常、1×105〜1×1010CFU/10〜1000mg/日の範囲で投与することが好ましい。
【0036】
本発明の有害菌の防除剤は、飲食品に添加、混合することにより、又は通常飲食品に用いられる任意成分を適宜配合し、加工することにより、腸内フローラのバランスの改善効果、整腸効果を有する食品とすることができる。任意成分や食品の形態は、バチルス・チューリンゲンシスの菌体が死滅しない限りにおいて特に制限されず、通常食品に用いられているものであれば特に制限されない。例えば、ドリンク剤や粉末、錠剤、カプセルなどのサプリメントに加工することができる。また、パン類、麺類、ビスケット、チョコレート、キャンディー等の菓子類、ティーバッグ類、オートミールなどの温かいシリアル、スープ類、温かい飲料、甘味料、調味料、香味料、インスタントコーヒー、乾燥クリーム等の乾燥製品又は凍結乾燥製品、ハム、ソーセージ等の畜肉加工品、かまぼこ、はんぺん等の水産加工品に利用してもよい。本発明の食品は、保存安定性の観点から、特にサプリメントの形態とすることが好ましい。
【0037】
本発明の食品におけるバチルス・チューリンゲンシスの菌体濃度は、有効量を摂取するのに適した範囲であればよく、食品の形態に応じて選択することができる。例えば、通常は、1×105〜1×1010CFU/kg体重/日の範囲で摂取するのに適した範囲とす
ることが好ましい。
【0038】
また、本発明の食品の製造は、本発明の有害菌の防除剤を混合すること以外は、食品加工の常法により行えばよい。本発明の有害菌の防除剤が、例えば、粉末状、固形状である場合には、食品成分との混合を容易にするために液状又はゲル状の形態にして使用することもできる。この場合は、水、大豆油、菜種油、コーン油などの植物油、液体動物油、ポリビニルアルコールやポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸などの水溶性高分子化合物を液体担体として用いることができる。また、食品中の菌体濃度の均一性を保つために、アルギン酸、アルギン酸ナトリウム、キサンタンガム、カゼインナトリウム、アラビアゴム、グアーガム、タマリンド種子多糖類などの水溶性多糖類を配合することも好ましい。また、雑菌の繁殖を防ぐために有機酸を配合し、液体生菌剤を酸性にすることもできる。
【実施例】
【0039】
(1)胆汁酸耐性及び嫌気性の試験
脱イオン水1,000mlに普通寒天培地「ニッスイ」(日水製薬(株)製)を35g加え、オートクレーブで滅菌した。滅菌後45℃まで冷却してから、胆汁末(Oxgall、Difco製)をセルロース混合エステルタイプメンブレンフィルター(孔径0.45μm、アドバンテック東洋(株)製)で濾過滅菌してから加え、胆汁末濃度が0.3質量%、1質量%及び3質量%である、胆汁末添加普通寒天平板培地を作製した。
バチルス・チューリンゲンシスに属する、BGSC 4A3、BGSC 4D1、BGSC 4J4、及びBGSC 4Q7をそれぞれ、胆汁末無添加普通寒天平板培地(脱イオン水1,000ml、「ニッスイ」35g)に接種し37℃で一夜培養した。培養後、平板培地に形成されたコロニーから、菌体を分離し、滅菌済みディスポループを用いて上記で作製した胆汁末添加平板培地に接種した。37℃で2日間培養し、コロニー形成の有無を確認した(実施例1〜4)。
【0040】
また、BGSC 4A3、BGSC 4D1、BGSC 4J4、及びBGSC 4Q7の嫌気条件下での増殖能を確認する目的で、上記で作製した胆汁末無添加平板培地に各菌株を接種し、アネロパックケンキ(三菱ガス化学株式会社製)を用いて、嫌気条件下37℃で2日間培養し、コロニー形成の有無を確認した。
【0041】
一方、バチルス・コアギュランス(Bacillus coagulans) ATCC8038株、バチルス・コアギュランス NBRC12583株、バチルス・コアギュランス DSM2312株、バチルス・サブチルス(Bacillus subtilis) NBRC3009株、バチルス・サブチルス NBRC3025株、バチルス・サブチルス NBRC3108株、バチルス・サブチルス NBRC3336株、バチルス・クラウジ(Bacillus clausii) DSM2512株、バチルス・クラウジ DSM2515株、バチルス・クラウジ DSM2525株、及びバチルス・クラウジ DSM8716株をそれぞれ、同様に胆汁末添加培地に接種し、37℃で2日間培養した。また、嫌気条件下での増殖試験も同様に行った(比較例1〜11)。
なお、ATCC8038はAmerican Type Culture Collection (ATCC)に、NBRC12583、NBRC3009、NBRC3025、NBRC3108、及びNBRC3336は、独立行政法人製品評価技術基盤機構の生物遺伝資源部門(NBRC)に、DSM2312、DSM2512、DSM2515、DSM2525、及びDSM8716はDeutsche Sammlung von Mikroorganismen und Zellkulturen GmbH(DSMZ)にそれぞれ登録されている株である。
結果を表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
実施例1〜4のバチルス・チューリンゲンシスは、胆汁末濃度が0.3質量%、1質量%及び3質量%である普通寒天平板培地の全てにおいてコロニーを形成し、嫌気条件下でも増殖できることが確認された。
一方、比較例1〜3のバチルス・コアギュランスは、嫌気条件下では増殖できることが確認されたが、胆汁末濃度が0.3質量%の普通寒天培地平板に僅かにコロニーを形成するに止まり、胆汁末濃度が1質量%及び3質量%では全くコロニーを形成できず、実施例1〜4のバチルス・チューリンゲンシスに比べ胆汁酸耐性に劣ることが示された。また、比較例4〜7のバチルス・サブチルスは、胆汁酸には耐性を示したが嫌気条件下では増殖できなかった。さらに、比較例8〜11のバチルス・クラウジDSM2512、DSM2515、DSM2525、DSM8716は、胆汁酸には耐性を示したが嫌気条件下では増殖できなかった。
【0044】
(2)細菌自己誘発因子不活性化能の試験
細菌自己誘発因子産生遺伝子を破壊したクロモバクテリウム・ビオラセウム(Chromobacterium violaceum)CV026株を用いて細菌自己誘発機構の誘導の有無を確認する試験を行った(McClean,K. et al., Microbiology, 143, 3703-3711 (1997))。CV026株は、細菌自己誘発因子であるN−ヘキサノイル−L−ホモセリンラクトン(HHL)の生
合成遺伝子が破壊された菌株であり、外部からHHLなどのアシルホモセリンラクトン(AHL)を添加しなければ、細菌自己誘発機構を発現しないため、紫色の色素(ビオラセイン、violacein)を合成しない。AHLとしては、HHL以外にN−(3−オキソヘキサノイル)−L−ホモセリンラクトン(OHHL)を添加しても細菌自己誘発機構を発現させることができる。本試験の具体的な方法は、以下の通りである。
【0045】
クロモバクテリウム・ビオラセウム(Chromobacterium violaceum)CV026株をLuria−Bertani(LB)培地に接種し、28℃で一夜振とう培養した。次いで、オートクレーブで滅菌後45℃まで冷却した半流動LB寒天培地(0.3%)5mlに、上記で得たCV026の培養液を50μl、濾過滅菌したカナマイシンの2%水溶液を50μl加え、この半流動LB寒天培地5mlを、あらかじめ直径9cmのシャーレに用意しておいたLB寒天培地に重層した。寒天を固化させた後に、このLB寒天培地にコルクポーラーを用いて直径6mmの穴をあけた。
なお、CV026はNCTC13278としてNational Collection of Type Cultures
(NCTC)に登録されている株である。
【0046】
LB培地10mlに500μMのOHHL(Sigma製)を0.5ml加え、28℃で4時間置いたものをポジティブコントロールとした。また、何も加えないLB培地を同様に処理したものをネガティブコントロールとした。それぞれのコントロールを50μlずつ、上記で作製したCV026を含むLB培地の穴に添加し、28℃で24時間培養した。その結果、OHHLを添加したポジティブコントロールを添加したものでは、培地の穴の周りにビオラセインの誘導が確認され、OHHLを添加しないネガティブコントロールを添加したものでは、ビオラセインの誘導は確認されなかった。これより、CV026は、OHHLの存在下で培養すると、細菌自己誘発機構を発現しビオラセインを誘導する一方で、OHHLの非存在下で培養しても、細菌自己誘発機構が発現せず、ビオラセインを誘導しないことが確認された。
【0047】
次に、バチルス属細菌のOHHL不活性化能を調べるために、以下の手順でバチルス属細菌とOHHLを反応させた。
バチルス・チューリンゲンシスBGSC 4A3、BGSC 4D1、BGSC 4J4、BGSC 4Q7(実施例1〜4)、及び表2に示すバチルス・コアギュランス、バチルス・サブチルス、バチルス・クラウジをそれぞれLB培地に接種し、37℃で一夜振とう培養した(比較例1〜11)。次いで、吸光度(660nm)を1.0に調整した培養液10mlに、OHHLを0.5ml加え、28℃で4時間反応を行った。それぞれの反応液を50μlずつ、上記で作製したCV026を含むLB培地の穴に添加し、28℃で24時間培養した。培養後、それぞれの培地の穴の周りのビオラセインの誘導の有無を観察した。
結果を表2に示す。
【0048】
【表2】

【0049】
実施例1〜4のバチルス・チューリンゲンシスの全ての株において、ビオラセインの誘導が認められなかった。一方、比較例1〜3のバチルス・コアギュランス、比較例4〜7のバチルス・サブチルス、比較例8〜11のバチルス・クラウジの全ての株においては、ビオラセインの誘導が認められた。この結果から、これらのバチルス・チューリンゲンシスは、OHHLの分解酵素を産生することによりOHHLを不活性化し、CV026の細菌自己誘発機構の発現を抑制した一方で、比較例1〜11のバチルス属細菌は、OHHLを不活性化しなかったと考えられる。
【0050】
(3)有害菌の防除剤の製造
下記組成の胞子形成培地を用いて、BGSC 4A3、BGSC 4D1、BGSC 4J4及びBGSC 4Q7をそれぞれ37℃で72時間液体培養した(「プロシーディングス オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンス(Proceedings of the National Academy of Sciences)」米国,1965年,第54巻,p.704−711)。得られた培養液を遠心分離し、菌体を集めた。胞子密度が1×109CFU/mlになる
ように滅菌水を加え、有害菌の防除剤を製造し、それぞれ実施例5〜8とした。胞子密度は、製造した有害菌の防除剤を適当な濃度まで滅菌水で希釈し、70℃で30分間加熱することにより栄養細胞のみを死滅させてから普通寒天培地に接種し、形成されたコロニー数を計数することにより測定した。
【0051】
(胞子形成培地成分)
nutrient broth(Difco製) 8.0 g
KCl 1.0 g
MgSO4・7H2O 0.25 g
MnCl2・4H2O 0.002g
pHを7.0に調整し、全量 1,000ml
上記成分をオートクレーブ滅菌した後、滅菌済みCaCl2溶液及びFeSO4溶液をそれぞれ5×10-4 M及び 1×10-6 Mになるように添加した。
【0052】
一方、バチルス・コアギュランス(Bacillus coagulans) NBRC12583株及びバチルス・サブチルス(Bacillus subtilis) NBRC3009株を用いて上記と同様にして有害菌の防除剤を製造し、それぞれ比較例12及び13とした。
【0053】
(4)ラット飼養試験
SDラット(オリエンタル酵母工業(株)、オス、導入時120g)を、飼育温度23℃、自由給水、実験動物用飼料MF(オリエンタル酵母工業(株)製品)の自由給餌で一週間予備飼育を行い、外観や行動の異常が無いことを確認した。次に、実施例5の胞子懸濁液を滅菌水で希釈し、それぞれ胞子濃度が1×106CFU/ml、1×107CFU/ml、及び1×108CFU/mlとなるように有害菌の防除剤を調製した。ラット10匹を一群として、実施例5の各濃度の有害菌の防除剤を1日1回、1匹当たり1mlを胃ゾンデを用いて経口投与した。同様に、実施例6〜8の胞子懸濁液を含む有害菌の防除剤、比較例12及び13の胞子懸濁液を含む組成物についても試験を行った。また、胞子懸濁液の代わりに滅菌水を含む組成物を対照例とし、同様に試験を行った。
3週間後に、各群のラットの体重を測定し、それぞれの群の増加体重の平均値を算出した。また、一日分の糞を採取し、添加菌の菌体濃度を測定し、それぞれの平均濃度を算出した。
結果を表3及び4に示す。
【0054】
【表3】

【0055】
【表4】

【0056】
試験期間中、いずれの投与群においても死亡、病気、下痢等の異常な変化は認められなかった。さらに、実施例5〜8のバチルス・チューリンゲンシスの胞子を含む有害菌の防除剤を投与したラットは、比較例12及び13のラットに比べて体重の増加が大きかった。また、実施例5〜8の有害菌の防除剤を投与したラットの糞からは、6.5×107CFU/匹/日以上の添加菌が検出され、比較例に比べて明らかに菌数が増加していた。また、投与する菌体濃度を高くすることにより、ラットの体重の増加も大きくなった。これより、本発明のバチルス・チューリンゲンシスの胞子は、ラットの胃や腸の消化管内で死滅することなく、腸内でコロニーを形成し、ラットの体重増加を促進することが示された。
【0057】
(5)サルモネラ菌の感染に対する防御試験
7週齢のSPFマウス(BALB/c、オリエンタル酵母工業(株)、オス)を、飼育温
度23℃、自由給水、実験動物用飼料MF(オリエンタル酵母工業(株)製品)の自由給餌で一週間予備飼育を行い、外観や行動の異常が無いことを確認した。マウス10匹を一群として、実施例5の胞子験濁液を含む有害菌の防除剤を1日1回、1匹当たり100μl、胃ゾンデを用いて経口投与した。同様に、実施例6〜8の胞子懸濁液を含む有害菌の防除剤、比較例12及び13の胞子懸濁液を含む組成物についても試験を行った。また、胞子懸濁液の代わりに滅菌水を含む組成物を対照例とし、同様に試験を行った。
胞子懸濁液の投与開始後7日目に1匹当たり1.4×104のSalmonella Typhimurium(ST)を胃ゾンデを用いて経口投与した。STの経口投与14日目に盲腸内容物を採取した。STの生菌数は以下の方法で測定した。盲腸内容物1gを滅菌リン酸緩衝生理食塩水を加えて10倍に希釈し、十分混合して試料原液とした。ついで、試料原液を滅菌生理食塩水を用いて10倍で段階希釈した。試料原液及び段階希釈液をそれぞれSS寒天平板培地「ニッスイ」(日水製薬(株)製品)及びブリリアントグリーン寒天平板培地(Difco Laboratories製品)に0.1mlずつ塗沫し37℃で24時間培養し、各平板培地に生育した典型的なSTのコロニー数を測定した。さらに、コロニーより釣菌してリジン脱炭酸試験用、SIM寒天培地「ニッスイ」(日水製薬(株)製品)及びTSI寒天培地「ニッスイ」(日水製薬(株)製品)に接種して37℃で24時間培養して性状の確認を行った。STと認められたコロニー数に希釈液の希釈倍率を乗じて糞1g当たりのST生菌数を算出した。
【0058】
さらに、盲腸内容物中のホモセリンラクトンの有無を調べた。Chromobacterium violaceum CV026株をLuria−Bertani(LB)培地に接種し、28℃で一夜振とう培養した。次いで、オートクレーブ滅菌後45℃まで冷却した半流動LB寒天培地(0.3%)5mlに、上記で得たCV026の培養液を50μl、濾過滅菌したカナマイシンの2%水溶液を50μl加え、この半流動LB寒天培地5mlを、あらかじめ直径9cmのシャーレに用意しておいたLB寒天培地に重層した。寒天を固化させた後に、500μM及び50μMのOHHL(Sigma製)の50μlを、おのおのCV026を重層したLB培地の表面に滴下し30分間乾燥させた後、28℃で24時間培養した結果、滴下した周辺にビオラセインの誘導が認められたが、5μMのOHHLをCV026を重層したLB培地の表面に滴下し同様に培養した結果、滴下した周辺にビオラセインの誘導は認められなかった。次に、盲腸内容物の滅菌リン酸緩衝生理食塩水懸濁液原液を、4℃・20,000×gで30分間遠心分離し、得られた上清に2倍量のジクロロメタン(試薬特級、和光純薬工業(株)製品)を加え1時間振とうすることにより抽出を行った。抽出は2回行った。有機層を集め、無水硫酸ナトリウム(試薬特級、和光純薬工業(株)製品)で水分を除き、有機層をエバポレートして除いた後、50μlの滅菌水を加えた。この50μlを、CV026を重層したLB培地の表面に滴下し30分間乾燥させた後、28℃で24時間培養した。培養後、滴下した周辺におけるビオラセインの誘導の有無を観察した。
結果を表5に示した。
【0059】
【表5】

【0060】
実施例5〜8のバチルス・チューリンゲンシスの胞子を含む本発明の有害菌の防除剤を投与したマウスは比較例12及び13の組成物を投与したマウスに比して、盲腸内容物のSTの生菌数が極めて低く、脾臓、腸間膜リンパ節の小肉芽腫の形成、盲腸の炎症性変化は全く認められなかったかった。比較例の組成物を投与したマウスは、対照例と比較するとわずかにSTの増殖が抑制されているのみであり、脾臓、腸間膜リンパ節の小肉芽腫の形成、盲腸の炎症性変化が認められた。また、対照例では脾臓、腸間膜リンパ節の小肉芽腫の形成、盲腸の炎症性変化が認められた。これにより、バチルス・チューリンゲンシスの胞子を投与することにより、STの増殖が抑制されること、細菌自己誘発因子の発現が抑制されることが示された。すなわち、バチルス・チューリンゲンシスの胞子を投与することによりSTによる腸内感染症を予防・治療する効果が奏されることが分かる。
【0061】
(6)ビブリオ菌の感染に対する防御試験
前記(5)の試験と同様にして7週齢のSPFマウス(ICR、オリエンタル酵母工業(株)、オス)の予備飼育を行い、外観や行動の異常が無いことを確認した。マウス10匹を一群として、実施例5の胞子験濁液を含む有害菌の防除剤を1日1回、1匹当たり100μl、胃ゾンデを用いて経口投与した。同様に、実施例6〜8の胞子懸濁液を含む有害菌の防除剤、比較例12及び13の胞子懸濁液を含む組成物についても試験を行った。また、胞子懸濁液の代わりに滅菌水を含む組成物を対照例とし、同様に試験を行った。
胞子懸濁液の投与開始後7日目に1匹当たり2.1×107のVibrio parahaemolyticus(VP)を胃ゾンデを用いて経口投与した。VPの経口投与14日目に小腸内容物を採取した。VPの生菌数は以下の方法で測定した。小腸内容物1gを食塩ポリミキシンブイヨン「ニッスイ」(日水製薬(株)製品)を加えて10倍に希釈し、十分混合して試料原液とした。ついで、試料原液を食塩ポリミキシンブイヨンを用いて10倍で段階希釈した。試料原液及び段階希釈液をそれぞれTCBS寒天培地「ニッスイ」(日水製薬(株)製品)に0.1mlずつ塗まつし37℃で18時間培養し、各平板培地に生育した典型的なVPのコロニー数を測定した。コロニー数に希釈液の希釈倍率を乗じて小腸内容物1g当たりのVP菌数を算出した。
【0062】
さらに、小腸内容物中のホモセリンラクトンの有無を調べた。上記(5)における方法と同様にして、小腸内容物の抽出物を、CV026を重層したLB培地の表面に滴下し、培養した後、滴下した周辺におけるビオラセインの誘導の有無を観察した。
結果を表6に示した。
【0063】
【表6】

【0064】
実施例5〜8のバチルス・チューリンゲンシスの胞子を含む本発明の有害菌の防除剤を投与したマウスは、小腸内容物のVPの生菌数が低く、小腸の膨満や腸内容物の充満はほとんど認められなかった。一方、比較例12及び13の細菌を投与したマウスは、対照例と比較するとわずかにVPの増殖が抑制されているのみであり、小腸が赤く膨満し腸内容物の充満が認められた。また、対照例では小腸が赤く膨満し腸内容物の充満が認められた。これにより、バチルス・チューリンゲンシスの胞子を投与することにより、VPの増殖が抑制されること、細菌自己誘発因子の発現が抑制されることが示された。すなわち、バチルス・チューリンゲンシスの胞子を投与することによりVPによる腸内感染症を予防・治療する効果が奏されることが分かる。
【0065】
(7)キャンピロバクター菌の感染に対する防御試験
前記(5)の試験と同様にして7週齢のSPFマウス(BALB/c、オリエンタル酵母工業(株)、オス)の予備飼育を行い、外観や行動の異常が無いことを確認した。マウス10匹を一群として、実施例5の胞子験濁液を含む有害菌の防除剤を1日1回、1匹当たり100μl、胃ゾンデを用いて経口投与した。同様に、実施例6〜8の胞子懸濁液を含む有害菌の防除剤、比較例12及び13の胞子懸濁液を含む組成物についても試験を行った。また、胞子懸濁液の代わりに滅菌水を含む組成物を対照例とし、同様に試験を行った。
胞子懸濁液の投与開始後7日目に1匹当たり1.7×107のCampylobacter jejuni (CJ)を胃ゾンデを用いて経口投与した。CJの経口投与14日目に小腸内容物を採取した。CJの生菌数は以下の方法で測定した。小腸内容物1gを滅菌リン酸緩衝生理食塩水を加えて10倍に希釈し、十分混合して試料原液とした。ついで、試料原液を滅菌生理食塩水を用いて10倍で段階希釈した。試料原液及び段階希釈液をそれぞれ変法スキロー培地(日水製薬(株)製品)に0.1mlずつ塗まつしアネロパックキャンピロ(三菱ガス化学(株)製)を用いて、微好気条件下42℃で2〜3日間培養し、各平板培地に生育した典型的なCJのコロニー数を測定した。CJと認められたコロニー数に希釈液の希釈倍率を乗じて小腸内容物1g当たりのCJ菌数を算出した。
【0066】
さらに、小腸内容物中のホモセリンラクトンの有無を調べた。上記(5)における方法
と同様にして、小腸内容物の抽出物を、CV026を重層したLB培地の表面に滴下し、培養した後、滴下した周辺におけるビオラセインの誘導の有無を観察した。
結果を表7に示した。
【0067】
【表7】

【0068】
実施例5〜8のバチルス・チューリンゲンシスの胞子を含む本発明の有害菌の防除剤を投与したマウスは、小腸内容物のCJの菌体濃度が低く、小腸の腸粘膜に浮腫と出血性病変は認められなかった。一方、比較例12及び13の細菌を投与したマウスは、対照例と比較するとわずかにCJの増殖が抑制されているのみであり、小腸の腸粘膜に浮腫と出血性病変が認められた。また、対照例では小腸の腸粘膜に浮腫と出血性病変が認められた。これにより、バチルス・チューリンゲンシスの胞子を投与することにより、CJの増殖が抑制されること、細菌自己誘発因子の発現が抑制されることが示された。すなわち、バチルス・チューリンゲンシスの胞子を投与することによりCJによる腸内感染症を予防・治療する効果が奏されることが分かる。
【0069】
(8)バチルス・チューリンゲンシスを含む医薬
(A)軟膏剤
前述の胞子形成培地を用いてバチルス・チューリンゲンシスBGSC 4A3、BGSC 4D1、BGSC 4J4及びBGSC 4Q7を37℃で72時間液体培養した。得られた培養液を遠心分離し、菌体を集めた。得られた菌体を凍結乾燥した後に粉砕した後、胞子密度が1×109CFU/gになるようにD(+)トレハロース二水和物(試薬特級、和光純薬工業(株)製品)を加えた。このようにして得たバチルス・チューリンゲンシス細菌の胞子を含むトレハロース1gと60℃に加温したポリエチレン樹脂・流動パラフィン軟膏(商品名:プラスチベース、大正製薬製)を5g添加し、十分混和し、さらにポリエチレン樹脂・流動パラフィン軟膏を加え全量を100gに合わせた後、均一に練り合わせ軟膏剤を得てそれぞれ実施例9〜12とした。実施例9〜12の軟膏剤の胞子密度は、おのおの1.1×107CFU/g、1.2×107CFU/g、1.0×107CFU/g、及び1.1×107CFU/gであった。胞子密度は、軟膏剤をツイーン80(Tween80、登録商標)を0.1質量%含む滅菌水で適当な濃度まで希釈し、70℃で30分加熱することにより栄養細胞のみを死滅させてから普通寒天培地に接種し、形成されたコロニー数を計数することにより測定した。一方、バチルス・コアギュランス(Bacillus coagulans)NBRC12583株及びバチルス・サブチルス(Bacillus subtilis) N
BRC3009株を用いて上記と同様にして軟膏剤を製造し、 おのおの比較例14及び15とした。得られた比較例14及び15の軟膏剤の胞子密度は、おのおの1.0×107CFU/g及び1.1×107CFU/gであった。また、バチルス菌を添加していないD(+)トレハロース二水和物を用いて上記と同様にして製造した軟膏剤を対照例とした。
【0070】
SDラット(オリエンタル酵母工業(株)、オス、導入時120g)を、10匹を1群として、7群について、飼育温度23℃、自由給水、実験動物用飼料MF(オリエンタル酵母工業(株)製品)の自由給餌で一週間予備飼育を行い、外観や行動の異常の無いことを確認した。ラットをペントバルビタールで麻酔し、右大腿部を除毛してから固定台に固定し、ディスポシリンジの底部(直径16mm)で1日6時間、6日間連続して圧迫(圧力:1.0kg/cm2)した。シリンジの底部とラットの大腿部の間には、シリコンの薄いクッションを入れた。
【0071】
圧迫試験終了後、上記で得た実施例、比較例及び対照例の軟膏剤を各群の褥瘡部に1日当たり100mg投与し、それぞれの軟膏剤について薬効評価を行った。薬効判定は、肉眼的観察及び病理組織学的観察により行った。
肉眼的観察は、ノギスを用いて褥瘡部の長径と短径を測定し、経過日数に対する褥瘡部の面積変化及び治療日数を測定することにより行った。
まず、褥瘡作成2日目の褥瘡部の長径と短径の積を100%として、これに対する3日目以降の長径と短径の積の比率(面積比)を次式より算出した。
面積比(%)=(褥瘡部の長径×短径[観測日])×100/(褥瘡部の長径×短径[褥瘡作成2日目])
この面積比yを経過日数xに対してプロットして曲線f(x)を得て、
0≦y≦f(x)
5≦x≦20
で表される領域のおよその面積を下記式より求め、治癒経過の指標とした。すなわち、褥瘡部が小さくなるまでに、日数がかかるほど、治癒経過の指標は大きくなる。
【0072】
【数1】

【0073】
また、褥瘡部が上皮形成を完了し、治癒するまでに要した日数を治癒日数とした。
結果を表8に示した。
【0074】
【表8】

【0075】
表8より、実施例9〜12の軟膏剤を塗布した場合は、比較例14及び15の軟膏剤を塗布した場合に比して、治癒日数が短くなった。また、治癒経過の指標も小さく、早期に高い治癒率が得られた。
【0076】
また、軟膏剤塗布開始5日目及び10日目に褥瘡部皮膚を摘出し、10%中性緩衝フォルマリン液で固定した後、常法に従ってパラフィン切片を作製しヘマトキシリン・エオジン染色を行い、病理組織学的観察を行った。
病理組織学的観察の結果、実施例9〜12の軟膏剤を塗布した群では、塗布開始5日目に、残存した毛嚢細胞の上皮組織の再生が認められ、辺縁より痂皮の剥離が見られた。再生上皮の下層では肉芽組織形成が著明で、比較例14及び15と比較して組織修復が著明であった。さらに塗布開始10日目には、辺縁より上皮伸長が著明に認められ、細胞湿潤は上層のみに限局され、再生上皮で繊維形成も見られ、治癒に向かっていた。一方、比較例14及び15の軟膏剤を塗布した褥瘡部の辺縁は再生上皮の被覆が認められ、欠損部は厚い痂皮に覆われ、上皮伸長が抑制されていた。これらの結果より、実施例9〜12のバチルス・チューリンゲンシスを含む軟膏剤は、損傷治癒促進効果を有することが分かった。
【0077】
(B)整腸剤
前述の胞子形成培地を用いてバチルス・チューリンゲンシスBGSC 4D1を37℃で72時間液体培養した。得られた培養液を遠心分離し、菌体を集めた。得られた菌体を凍結乾燥し、粉砕した後、胞子密度が2×107CFU/gになるようにD(+)トレハロース二水和物(試薬特級、和光純薬工業(株)製品)を加えた。このようにして得たバチルス・チューリンゲンシス細菌の胞子を含むトレハロース50質量部とバレイショデンプン50質量部を混合し、一錠あたり350mgの錠剤に製剤化することにより、整腸剤を製造し、実施例13とした。実施例13の整腸剤の胞子密度は1.1×107CFU/gであった。胞子密度は、整腸剤を適当な濃度まで滅菌水で希釈し、70℃で30分加熱することにより栄養細胞のみを死滅させてから普通寒天培地に接種し、形成されたコロニー数を計数することにより測定した。一方、バチルス・コアギュランスNBRC12583を用いて上記と同様にして整腸剤を製造し、比較例16とした。比較例16の整腸剤の胞子密度は1.2×107CFU/gであった。また、バチルス菌を添加していないD(+)トレハロース二水和物を用いて上記と同様にして製造した組成物を対照例とした。
【0078】
(a)軟便の改善試験
軟便の成人を対象として、バチルス・チューリンゲンシスを含む整腸剤が、便性に及ぼ
す影響について検討した。40代男性11人、及び50代の男性7人に、前記の実施例13の整腸剤を朝食、昼食、及び夕食後におのおの3錠、2週間摂取させた。次の2週間は、対照例の組成物を摂取させた。さらに次の2週間は、比較例16の整腸剤を摂取させた。摂取期間開始前の2週間を非摂取期間とし、非摂取期間及びそれぞれの摂取期間について便性に関するアンケート調査を実施した。すなわち便の形状及び硬さについて下記の評価に従って記録させた。
便の形状:1.水状 2.泥状 3.半練り状 4.バナナ状 5.カチカチ状6.コロコロ状
便の硬さ:1.非常に柔らかい 2.軟らかい 3.ふつう 4.硬い 5.非常に硬い
結果を表9に示した。
【0079】
【表9】

【0080】
実施例13の整腸剤を摂取することにより便の形状及び硬さについて、保形性が改善された。一方、比較例16の整腸剤を摂取することによる便の形状及び硬さは対照例とほぼ同等であった。
【0081】
(b)便秘の改善試験
便秘傾向を有する成人を対象として、バチルス・チューリンゲンシスの胞子を含む整腸剤が、便性に及ぼす影響について検討した。30代女性17人、及び40代の女性5人に、前記の実施例13の整腸剤を朝食、昼食、及び夕食後におのおの3錠、2週間摂取させた。次の2週間は、対照例の組成物を摂取させた。さらに次の2週間は、比較例16の整腸剤を摂取させた。摂取期間の前に2週間非摂取期間を設け、便性に関するアンケート調査を実施した。排便回数、便の形状、すっきり感について下記の評価に従って記録させた。
排便回数:回/一週間
便の形状:1.水状 2.泥状 3.半練り状 4.バナナ状 5.カチカチ状6.コロコロ状
すっきり感:1.非常に悪い 2.悪い 3.ふつう 4.良い 5.非常に良い
結果を表10に示した。
【0082】
【表10】

【0083】
実施例13の整腸剤を摂取することにより排便回数、便の形状、すっきり感について改善された。一方、比較例16の整腸剤を摂取することによる排便回数、便の形状、すっき
り感は対照例とほぼ同等であった。
以上の結果より、バチルス・チューリンゲンシスの胞子を含む整腸剤は、便通、便性の改善に有用であることが明らかになった。
【0084】
(9)バチルス・チューリンゲンシスを含む食品
前述の胞子形成培地を用いてバチルス・チューリンゲンシスBGSC 4D1を37℃で24時間液体培養した。極小大豆を水道水で4℃、1晩浸漬し、圧力蒸煮釜で121℃、30分滅菌した。このようにして調製した滅菌大豆に対して、上記のバチルス菌培養液の1000倍希釈液を、滅菌大豆100gあたり2ml植菌し、37℃で48時間培養した。更に、4℃で72時間冷蔵熟成を行い、実施例14とした。胞子密度は2.9×109CFU/gであった。胞子密度は、大豆培養物10gに滅菌水90mlを加え、ホモジナイザー((株)日本精機製作所製)を用いて、10,000rpmで2分間ホモジナイズした後、さらに適当な濃度まで滅菌水で希釈し、70℃で30分加熱することにより栄養細胞のみを死滅させてから普通寒天培地に接種し、形成されたコロニー数を計数することにより測定した。バチルス・サブチルス(Bacillus subtilis) NBRC3009株を用いて上記と同様にして製造し、比較例17とした。胞子密度は1.0×109CFU/gであった。また、バチルス菌を添加していない滅菌大豆を対照例とした。
【0085】
(a)軟便の改善試験
軟便の成人を対象として、バチルス・チューリンゲンシスを含む食品が、便性に及ぼす影響について検討した。40代男性11人、及び50代の男性7人に、前記の実施例14の食品を一日当たり100gを、2週間喫食させた。次の2週間は、対照例の食品を喫食させた。さらに次の2週間は、比較例17の食品を喫食させた。喫食期間の前に2週間非喫食期間を設け、便性に関するアンケート調査を実施した。便の形状及び硬さについて下記の評価に従って記録させた。
便の形状:1.水状 2.泥状 3.半練り状 4.バナナ状 5.カチカチ状6.コロコロ状
便の硬さ:1.非常に柔らかい 2.軟らかい 3.ふつう 4.硬い 5.非常に硬い
結果を表11に示した。
【0086】
【表11】

【0087】
実施例14の食品を摂取することにより便の形状及び硬さについて、保形性が改善された。一方、比較例17の食品を摂取することによる便の形状及び硬さは対照例とほぼ同等であった。
【0088】
(b)便秘の改善試験
便秘傾向を有する成人を対象として、バチルス・チューリンゲンシスの胞子を含む食品が、便性に及ぼす影響について検討した。30代女性17人、及び40代の女性5人に、前記の実施例14の食品を一日当たり100g、2週間喫食させた。次の2週間は、対照例の食品を喫食させた。さらに次の2週間は、比較例17の食品を喫食させた。喫食期間の前に2週間非喫食期間を設け、便性に関するアンケート調査を実施した。排便回数、便の形状、すっきり感について下記の評価に従って記録させた。
排便回数:回/一週間
便の形状:1.水状 2.泥状 3.半練り状 4.バナナ状 5.カチカチ状6.コロコロ状
すっきり感:1.非常に悪い 2.悪い 3.ふつう 4.良い 5.非常に良い
結果を表12に示した。
【0089】
【表12】

【0090】
実施例14の食品を喫食することにより排便回数、便の形状、すっきり感について改善された。一方、比較例17の食品を喫食することによる排便回数、便の形状、すっきり感は対照例とほぼ同等であった。
以上の結果より、バチルス・チューリンゲンシスの胞子を含む食品は、便通、便性の改善に有用であることが明らかになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)を含む、ヒト用の有害菌の防除剤。
【請求項2】
前記バチルス・チューリンゲンシスが、胆汁酸耐性であることを特徴とする、請求項1に記載の有害菌の防除剤。
【請求項3】
前記バチルス・チューリンゲンシスが、さらに細菌自己誘発因子不活性化能を有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の有害菌の防除剤。
【請求項4】
バチルス・チューリンゲンシスが、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis subsp. thuringiensis) BGSC 4A3株、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・クルスターキ(Bacillus thuringiensis subsp. kurstaki) BGSC 4D1株、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・アイザワイ(Bacillus thuringiensis subsp. aizawai) BGSC 4J4株、バチルス・チューリンゲンシス・サブスピーシーズ・イスラエレンシス(Bacillus thuringiensis subsp. israelensis) BGSC 4Q7株、若しくはこれらの変異株を含む、請求項1〜3の何れか一項に記載の有害菌の防除剤。
【請求項5】
前記有害菌が、グラム陰性細菌に属することを特徴とする、請求項1〜4の何れか一項に記載の有害菌の防除剤。
【請求項6】
前記有害菌が、感染症を引き起こす病原菌であることを特徴とする、請求項1〜5の何れか一項に記載の有害菌の防除剤。
【請求項7】
前記病原菌が、ビブリオ(Vibrio)属細菌、サルモネラ(Salmonella)属細菌、カンピロバクター(Campylobacter)属細菌、エルシニア(Yersinia)属細菌、エロモナス(Aeromonas)属細菌、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、大腸菌及び赤痢菌のうち少なくとも一種である請求項1〜6の何れか一項に記載の有害菌の防除剤。
【請求項8】
請求項1〜7の何れか一項に記載の有害菌の防除剤を含む、医薬。
【請求項9】
病原菌による感染症の予防・治療用であることを特徴とする、請求項8に記載の医薬。
【請求項10】
請求項1〜7の何れか一項に記載の有害菌の防除剤を含む、食品。

【公開番号】特開2007−291057(P2007−291057A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−286093(P2006−286093)
【出願日】平成18年10月20日(2006.10.20)
【出願人】(000183646)出光興産株式会社 (2,069)
【Fターム(参考)】