説明

バークホルデリア属細菌、それを用いた植物病害防除剤および防除方法

【課題】従来に比べてより多くの種類の植物病原菌の生育を抑制し植物病害に対して優れた防除効果を発揮し、かつ多種類の連作障害物質を幅広く分解する分解能を有し連作障害に対しても優れた防除作用を併せ持つ新規微生物を提供することであり、さらにその新規微生物を利用することにより、安全性が高く環境汚染の少ない植物病害防除剤および防除方法を提供する。
【解決手段】植物病害を防除し且つ連作障害物質を分解するバークホルデリア属細菌を得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物に感染する糸状菌性の植物病害に対する防除能、かつ安息香酸およびその誘導体に起因した連作障害に対する防除能を有するバークホルデリア属(Burkholderia属)細菌、それを用いた植物病害防除剤および防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
農業生産において、病虫害対策は最も重要であり、化学農薬は、病虫害を防除する目的、農作業を省力化する目的、品質や収穫量を安定させる目的等で使用され、食糧生産量の確保の上で現在の農業に不可欠な物となっている。
【0003】
しかし一方で、化学農薬は殺虫や殺菌という用途から見ても、人間に対する毒性は高く、農業生産者や消費者の健康に悪影響を及ぼす危険性を有している。
【0004】
農薬取締法に定められた化学農薬の使用基準等により使用できる化学農薬の種類や使用量が安全性の観点から制限されているが、使用が許可されている化学農薬の中にも、急性毒性、慢性毒性、発癌性、催奇形性、多世代遺伝毒性などが懸念されるものが数多く含まれているのが現状である。
【0005】
また、最近では、農作物に対する病原体感染を防ぐために化学農薬の散布が一般に行われているが、農産物への化学農薬の残留も大きな問題となっており、農産物に残留した化学農薬による人体への影響、環境に対する汚染等、安全性に関する問題が多い。
【0006】
従来の化学農薬に替えて、木酢液、竹酢液、重曹、電解酸性水などを用いた方法が、安全性が高く環境にも優しい植物病害の防除方法として知られているが、効果やコストの面で十分とは言えず、安全で防除効果が高く安価に実施できる植物病害の防除方法が求められている。
【0007】
その一つとして、微生物を含有し微生物の植物病原菌に対する拮抗作用等を利用した植物病害防除剤やそれを用いた植物病害の防除方法が開発されており、一部は微生物農薬(植物病害防除剤)として実用化が始まっている。
【0008】
微生物を利用した植物病害防除剤やそれを用いた植物病害の防除方法の例としては、糸状菌の一種であるタラロマイセス・フラバス(Talaromyces flavus)およびケトミウム・アウレウム(Chaetomium aureum)によりイチゴ炭疽病を防除する例(特許文献1)や、細菌の一種であるバチルス・ズブチルス(Bacillus subtilis)を利用して各種植物病害を防除する例が知られている(特許文献2)。
【0009】
一方、農業生産における連作障害も農作物の生産性を低下させる深刻な問題であり、その原因としては、農作物の根などから分泌される生育阻害物質(連作障害物質)の土壌への蓄積、土壌中の植物病原菌密度の上昇、土壌中の線虫密度の上昇、土壌の物理性悪化などが考えられており、その対策として、輪作、客土、土壌消毒などが行われている。
【0010】
安息香酸などのフェノール誘導体に起因した連作障害は、イネ、イチゴ、トマト、スイカ、キュウリ、レタス、アスパラガス、サトイモなど多くの農作物で報告されている。
【特許文献1】特開平10−229872号公報
【特許文献2】特開平5−51305号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところで、特許文献1に記載されているケタミウムを用いた発明や特許文献2に記載されている枯草菌を用いた発明は、多種類の植物病原菌の生育を幅広く抑制(幅広い作用スペクトルを有)せず、また土壌中に含まれる連作障害物質を分解する効果を有しているか記載されていない。
【0012】
本発明の課題は、従来に比べてより多くの種類の植物病原菌の生育を抑制し植物病害に対して優れた防除効果を発揮し、かつ多種類の連作障害物質を幅広く分解する分解能を有し連作障害に対しても優れた防除作用を併せ持つ新規微生物を提供することであり、さらにその新規微生物を利用することにより、安全性が高く環境汚染の少ない植物病害防除剤および防除方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、植物病害を防除し且つ連作障害物質を分解するバークホルデリア属(Burkholderia属)細菌である。
【0014】
本発明者らは、上記の課題を解決するために研究を鋭意重ねた結果、植物病害防除に優れた効果を発揮しうるバークホルデリア属(Burkholderia属)に属する新規微生物菌株の単離に成功した。
【0015】
さらに、本菌株を用いて各種植物病原菌に対する増殖抑制効果を調べた結果、ホウレンソウ立枯病菌(Pythium. sp.)、イネ立枯病菌(Fusarium、Pythium、Rhizopu、Trichoderma)、ホウレンソウ萎凋病菌(Fusarium oxysporum f. sp. spinaciae)、キャベツ萎黄病菌(Fusarium oxysporum f.sp.conglutinans Cong)、イチゴ萎黄病菌(Fusarium oxysporum f. sp. fragariae)、トマト萎凋病菌(Fusarium oxysporum f. sp. lycopersici and f. sp. radicis-lycopersici)、ダイコン萎黄病菌(Fusarium oxysporum f. sp. raphani)、トマト半身萎凋病菌(Varticillium dahliae)、イチゴ炭疽病菌(Glomerella cingulata)、イチゴ葉枯れ炭疽病菌(Glomerella cingulata)に対して抑制活性を示すことを見出した。
【0016】
あわせて、連作障害に関与することが報告されているフェノール誘導体(連作障害物質)に対する分解能力を調べた結果、安息香酸、サリチル酸、m-ヒドロキシ安息香酸、p-ヒドロキシ安息香酸、プロトカテク酸、バニリン酸、シリンガ酸、ゲンチジン酸、2,4-ジクロロ安息香酸の全てに幅広く分解スペクトルを有することを見出した。
【0017】
さらに、各種の植物病害発生系や連作障害発生系を用いて、防除効果を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0018】
本発明の微生物は、バークホルデリア属(Burkholderia属)に属し、動植物に対して病原性を示さない。好ましくは、本発明者がイチゴの根より分離したバークホルデリア属(Burkholderia属)細菌CRSE−3株が挙げられる。
【0019】
CRSE−3株は、新規分離菌株であって、上記のとおり、植物病原菌の増殖を抑制しかつ連作障害に関与することが報告されているフェノール誘導体の分解能力を有するという極めて優れた性質を有している。
【発明の効果】
【0020】
多種類の植物病害菌の生育を抑制し多種類の連作障害物質を分解する新規微生物を提供することにより、農作物の植物病害に対して従来に比べて幅広い作用スペクトルを持つなど優れた防除効果を発揮し、且つ、連作障害物質を原因とする農作物の連作障害を防除することができる。
【0021】
さらに新規微生物が人畜無害であることから、この新規微生物を利用することにより、安全性が高く環境汚染の少ない植物病害防除剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明者は、各種植物病原菌に対して増殖抑制効果を示し、かつ連作障害に関与することが報告されている各種フェノール誘導体の分解能力を有する微生物を探索した結果、香川県高松市の株式会社四国総合研究所で栽培されているイチゴの根よりバークホルデリア属細菌CRSE−3株を分離することに成功した。
【0023】
この菌株の細菌学的性質は以下のとおりである。
【0024】
CRSE−3株は、Nutrient agar平板、30℃にて1〜3日、好気培養を行うことで増殖させることができ、その形態的特徴として、胞子形成は無く、上記培養1日で直径1mm、淡黄色、円形、レンズ状隆起状態、全縁スムーズで不透明、バター様の粘稠度を有するコロニーを形成する。
【0025】
CRSE−3株の好ましい培養温度は25℃〜37℃であり、その細胞形態は、大きさ0.7〜0.8×1.2〜1.5μm程度の桿菌であり、運動性を有し、鞭毛染色では極鞭毛を有し、グラム染色:−(陰性)である。
【0026】
CRSE−3株の生理的性質は、カタラーゼ:+、オキシダーゼ:−、酸/ガス産生(グルコース):−/−、O/Fテスト(グルコース):−/−(+:陽性、−:陰性)である。
【0027】
CRSE−3株の資化性は、D-グルコース:+、L-アラビノース:+、D-マンノース:+、D-マンニトール:+、N-アセチル-D-グルコサミン:+、マルトース:−、トレハロース:−、サッカロース:−、L-アルギニン:+、グルコン酸カリウム:+、n-カプリン酸:+、アジピン酸:+、DL-リンゴ酸:+、クエン酸ナトリウム:+、酢酸フェニル:+(+:資化する、−:資化しない)である。
【0028】
また、CRSE−3株は、硝酸塩を還元し、エスクリンを加水分解せず(β-グルコシダーゼ活性がなく)、β-ガラクトシダーゼ活性を示し、1.5% NaCl存在下でも生育する。特に、β-ガラクトシダーゼ活性を示す点はBurkholderia fungorumの性状とは異なる。
【0029】
CRSE−3株の16S rDNA塩基配列は、塩基配列1(配列表の配列番号1、図6参照)に示す通りであり、BLAST(遺伝子や蛋白質の相同性を検索するソフトでPubMed(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/)にて無償で公開されている。)を用いた細菌基準株データベースに対する相同性検索の結果、16S rDNA塩基配列は、Burkholderia fungorum LMG16225株(Accession No. AF215705)の16S rDNA(配列表の配列番号2、図6参照)において3箇所の塩基配列が異なり99.8%の相同性を示した。
【0030】
以上の性質から、CRSE−3株はBurkholderia fungorumに極めて近縁な新種のバークホルデリア属細菌であることが確認された。
【0031】
CRSE−3株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構の特許微生物寄託センターにバークホルデリア属細菌CRSE−3として寄託し、寄託番号はNITE P-486である。
【0032】
CRSE−3株の培養には、通常の細菌の培養法を用いることができ、液体培地による振とう培養法または通気撹拌培養法などが好ましい。
【0033】
使用する栄養培地の炭素源としては、例えば、グルコース、フラクトース、シュークロースなどの糖質類が好ましく、窒素源としては、例えば、ペプトン、ポリペクトン、バクトトリプトンなどのカゼイン分解物や肉エキス、大豆煮汁酵素分解物などが好ましいが、必ずしもこれらに限定されるものではない。
【0034】
CRSE−3株は、従来のBurkholderia fungorumと比較して、16S rDNAにおいて3箇所の塩基配列が異なり、さらにβ-ガラクトシダーゼ活性を示す点でも異なる。16S rDNAに基づくCRSE−3株の分子系統樹を図7に示す。
【0035】
従来のBurkholderia fungorumに関する文献(Coenye T, Laevens S, Willems A, Ohlen M, Hannant W, Govan JR, Gillis M, Falsen E and Vandamme P., Burkholderia fungorum sp. nov. and Burkholderia caledonica sp. nov., two new species isolated from the environment, animals and human clinical samples., Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 51, 1099-1107 (2001))と照らし合わせても、CRSE−3株はBurkholderia fungorumとは異なり、新種のBurkholderia属細菌である。
【0036】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。また、無菌操作を必要とする手順については、記載されている場合も含めて無菌操作しているものとする。
【実施例1】
【0037】
<菌の単離>
バークホルデリア属細菌CRSE−3株の単離方法について説明する。
【0038】
イチゴ(品種‘スマイルルビー’四国総合研究所にて育成。農水省登録第6562号)を1年以上同じポットで栽培し、老化している根を単離源として用いた。
【0039】
この根を採取し、70%(v/v) エタノール中で1分間振とう処理した後、1,000倍希釈した次亜塩素酸ナトリウム溶液中で更に2分間振とう処理し、根に付着している微生物を殺菌した。
【0040】
液体培地には、根に生息する安息香酸資化性菌の単離を容易にするため、安息香酸を唯一の炭素源とする液体培地(安息香酸培地、表1参照)を用いた。液体培地300 mlを三角フラスコ(500ml容)に加えて通気性のシリコン栓で栓をした後、オートクレーブ滅菌して培養に用いた。
【0041】
上記殺菌処理したイチゴの根を滅菌蒸留水にて5回洗浄し、そのうち0.3 gを上記三角フラスコの培養液に添加した後、30 ℃で、3日間振とうさせ、安息香酸資化性菌の集積培養を行った。
【0042】
得られた集積培養液を1.5% (w/v) の寒天を含む安息香酸培地に画線培養し、安息香酸資化性菌をコロニー分離した。この安息香酸培地は寒天の組成を除き上記液体培地と同じ組成のものを用いた。
【0043】
コロニー分離で得られた安息香酸資化性菌をイチゴ炭疽病菌(Glomerella cingulata NBRC 6426)とポテトデキストロース寒天培地(PDA培地)上で30℃で5日間対峙培養した。
【0044】
対峙培養した後に観察を行い、イチゴ炭疽病菌の生育抑制能を有する安息香酸資化性菌を拮抗菌として選択した。
【0045】
選択した拮抗菌の中から、イチゴ炭疽病菌の生育抑制能力が最も高い菌株を絞り込んだ結果、CRSE−3株の単離に成功した。
【0046】
【表1】

<安全性試験>
単離したCRSE−3株が動植物に対し毒性、病原性がないことを確認するために、ラットおよび各種農作物に対するCRSE−3株の影響を調べた。
<ラットによる安全性確認試験>
ラット(系統:Crl:CD(SD)、微生物レベル:SPF、週齢:5週齢)雌雄各5匹を用意し、ラット1匹あたり1.0 ×108cfu (colony forming unit)のCRSE−3株の菌体を経口投与した。
【0047】
経口投与した後、温度:19.0〜25.0℃、湿度:35.0〜75.0%、照明時間:12時間/日の条件で上記ラットを21日間飼育した。
【0048】
ラットの飼料として、実験動物用固形飼料(MF、オリエンタル酵母工業株式会社製)を用いた。ラットの食餌については、CRSE−3株の菌体を経口投与する前日の夕方から投与日の投与後約3時間までの絶食期間を除いて自由摂取とした。
【0049】
ラットの飼育期間中、各ラットの生死観察および体重測定を行った。経口投与から21日間経過した全てのラットに、ペントバルビタールナトリウム(ネンブタール、大日本製薬株式会社製)を腹腔内投与する麻酔下で腹大動脈を切断し放血および安楽死させた。その後、ラットの肉眼的検査および主要な器官の病理学的検査を行った。
【0050】
その結果、CRSE−3株の投与が原因と考えられるラットの死亡、寿命の短縮および病理的な変化は全く認められなかった。
<農作物への影響>
各農作物(イチゴ、トマト、コマツナ、イネ)に対するCRSE−3株の影響を調べた。
【0051】
まず、CRSE−3株をL字試験管に入れた10mlのTrypticase Soy Broth(TSB)培地(表2参照)に接種し30℃にて2日間振とう培養した。その後、培養液を遠心分離して得られた菌体を滅菌水で3回洗浄し、1×108cfu/mlとなるように調整して菌体懸濁液を得た。この菌体懸濁液を、イチゴ、トマト、コマツナ、イネに対して、週に1回、植物体の全体、葉の表面、裏面にいたるまで散布した。
【0052】
その結果、各農作物に対するCRSE−3株の病原性は全く認められなかった。
【0053】
【表2】

<試験1>
単離したCRSE−3株の各種植物病原菌に対する増殖抑制作用を調べる試験を行った。
【0054】
この増殖抑制試験に供した植物病原菌は、表3に示すように、ホウレンソウ立枯病菌(Pythium ultimum var. ultimum NBRC 32426株)、イネ立枯病菌(Pythium spinosum NBRC 32423株)、ホウレンソウ萎凋病菌(Fusarium oxysporum sp. Spinaciae NBRC 30467株)、キャベツ萎黄病菌(Fusarium oxysporum sp. Conglutinans NBRC 9469株)、イチゴ萎黄病菌(Fusarium oxysporum sp. fragariae NBRC 31180株)、トマト萎凋病菌(Fusarium oxysporum sp. Lycopersici NBRC 6531株)、ダイコン萎黄病菌(Fusarium oxysporum sp. raphani NBRC 9972株)、トマト半身萎凋病菌(Verticillium dahliae NBRC 9939株)、イチゴ炭疽病菌(Glomerella cingulata NBRC6425株)、イチゴ葉枯れ炭疽病菌(Colletotrichum orbiculare NBRC 33130株)、灰色かび病菌(Botrytis cinerea NBRC 9760株)である。
【0055】
まず、PDA培地(日水製薬社製)を複数個用意し、各PDA培地の中央部分に植物病原菌を種類別にそれぞれ植菌した。ただし、トマト半身萎凋病菌は増殖が遅かったため、25℃、暗黒条件で事前に2日間前培養し、その菌叢を植菌に用いた。
【0056】
各植物病原菌を植菌した後に、植菌した部分から約3cm離れた同培地の部分にCRSE
−3株を1cm×1cmの範囲でそれぞれ植菌した。
【0057】
植菌した植物病原菌とCRSE−3株を25℃、暗黒条件下で3日間培養した後、各植物病原菌に対する生育阻止帯の形成を観察・測定し植物病原菌の増殖を調べることによりCRSE−3株の各植物病原菌に対する拮抗能を評価した。
【0058】
評価基準は、+++:極めて強い拮抗能あり(植物病原菌の増殖がほとんど停止する)、++:強い拮抗能あり(1mm以上の明確な阻止帯がある)、+:拮抗能あり(1mm未満の阻止帯がある)、−:拮抗能なしとした。
【0059】
その結果を表3に示す。この表3から分かるように、灰色かび病菌以外の上記植物病原菌の増殖がCRSE−3株によって抑制され、CRSE‐3株が多種類の植物病原菌に対し幅広く作用してその増殖を抑制することが確認できた。
【0060】
このことはCRSE−3株がイチゴ炭疽病だけでなく各種植物病害を抑制できる可能性を示している。
【0061】
【表3】

<CRSE−3株による生育阻害物質の分解試験>
単離したCRSE−3株について、代表的な生育阻害物質の分解能を調べた。
【0062】
CRSE-3株を2本のL字試験管に入れた10mlのTrypticase Soy Broth(TSB)培地(表2参照)に接種し30℃にて一晩振とう培養した。その結果、培養液の菌濃度が波長600nmの吸光度(OD600)で約0.731、及び0.6216となった。
【0063】
前培養液の菌濃度はTAITEC PHOTO METER mini photo 518R(タイテック(株)社製)を用いて測定した(以下吸光度の測定には同機器を用いた)。
【0064】
W培地(芳香族化合物代謝培地、表4参照)10mlを含む試験管を複数本用意し、安息香酸、サリチル酸、m -ヒドロキシ安息香酸、p -ヒドロキシ安息香酸、プロトカテク酸、バニリン酸、シリンガ酸、ゲンチジン酸、2,4-ジクロロ安息香酸の基質溶液をそれぞれ用意し、1つのW培地に1種類の基質が20mMの濃度で含まれるように各試験管へ基質溶液を添加した。
【0065】
【表4】

W培地に前培養液200μlを添加して27℃、125rpmの条件で振とう培養を行った。培養開始から3日後に培養液の600nmにおける吸光度を測定してCRSE−3株の増殖を確認した。
【0066】
その結果を表5に示す。この表5から分かるように、CRSE−3株がほぼ全ての生育阻害物質を栄養源として分解・利用(資化)できることが確認され、特に難分解性塩素化合物である2,4-ジクロロ安息香酸もある程度資化することが確認された。
【0067】
【表5】

【実施例2】
【0068】
CRSE−3株のホウレンソウ萎黄病に対する病害防除効果を種子栽培による試験で確認した。
128穴育苗トレイにオートクレーブ滅菌したピートモスを主体とした培土(有機担体)を充填し、1×108cfu/mlに調整したCRSE−3株の菌懸濁液を128穴育苗トレイの各穴に10 mlずつ分注した。
その後、ホウレンソウ‘ミレイ’の種子(山陽種苗社製)を15粒ずつ各穴に播種し、温度25℃、湿度80%、照度20,000Lux、日長12時間に調整した人工気象室内で栽培した。
播種後7日目に2.3×105cfu/mlに調整した萎黄病菌(Fusarium oxysporum f. sp. spinaciae、NBRC No.30467)の分生子懸濁液を各穴に5mlずつ分注して接種した。
CRSE−3株を添加せず萎黄病菌のみを接種した区を対照区Aとし、CRSE−3株の添加も萎黄病菌の接種も行わなかった区を対照区Bとした。
萎黄病菌を接種した7日後に、発芽率と生存率(子葉と本葉共に濃緑色の個体の割合)を調査した。
その結果、図1に示すように、対照区Aでは栽培植物の葉や茎に病徴は確認されず、生存率が80%であった。また、対照区Bでは、萎黄病による子葉の黄化が進行し、生存率は70%程度であった。
【0069】
これに対して、試験区1では萎黄病による子葉が黄化する個体の割合が減少すると共に栽培植物の生存率が対照区Aに比べて10%、対照区Bに比べて20%向上し、CRSE-3株の添加によりホウレンソウ萎黄病に対して高い病害防除効果を示した。
【実施例3】
【0070】
CRSE−3株のチンゲンサイ立枯病に対する病害防除効果を種子栽培による試験で確認した。
128穴育苗トレイにオートクレーブ滅菌したピートモスを主体とした培土を充填し、1×108cfu/mlに調整したCRSE−3株を各穴に10 mlずつ分注した。
上記培土には、ゼオライトやアタパルジャイト、セピアライト、モンモリロナイト、パーライト、鹿沼土、赤玉土、軽石、木炭、サンゴ砂などの無機多孔質担体(無機担体)を含めてもよい。
その後、各穴にチンゲンサイ‘長陽’(タキイ種苗社製)の種子を15粒ずつ播種し、温度25℃、湿度80%、照度20,000Lux、12時間日長に調整した人工気象室内で7日間栽培し、この植物を試験に用いた。
立枯病菌(Pythium ultimum Trow var. ultimum、NBRC No.32426) をシャーレに入れたPDA培地(日水製薬社製)にて25℃で培養し、培養後の立枯病菌の菌叢を滅菌したコルクボーラなどで培地ごとφ5mmに切り出し、PDA培地から寒天を除いたポテトデキストロース(PD)液体培地を200ml含む500ml容三角フラスコに植菌して7日間25℃にて振とう培養した。培養後、培養液を滅菌水により10倍希釈し、トレイの1穴あたり5 mlを接種した。
接種12日後に16穴中の中央8穴について、茎の腐敗していない発芽本数を調査した。CRSE−3株の添加も立枯病菌の接種も行わなかった区を対照区Cとし、CRSE−3株を添加せず立枯病菌のみを接種した区を対照区Dとした。
【0071】
その結果、図2に示すように、対照区Cでは栽培植物の葉や茎に病徴は確認されず、生存率が80%であった。また、対照区Dでは、萎黄病による子葉の黄化が進行し、生存率は70%程度であった。
【0072】
これに対し試験区2では、CRSE−3株を培地に添加することにより、立枯病菌による子葉黄化した個体の割合が減少し、生存率についてはCRSE−3株の添加も萎黄病菌の接種も行わなかった対象区Cより約10%向上し、対照区Dと比較して約23%向上し、ホウレンソウ萎黄病に対する病害防除効果と同程度の高い病害防除効果を示した。
【実施例4】
【0073】
葉面散布によるCRSE−3株のイチゴ炭疽病の抑制効果を調査した。
イチゴ幼苗(展開葉3枚)の葉全体に1×108cfu/mlに調整したCRSE−3株の菌懸濁液をハンドスプレーで満遍なく散布することにより接種した。
CRSE−3株を散布した後、このイチゴ幼苗を温度20℃、湿度80%、照度:20,000 Lux、日長12時間に制御した人工気象室に搬入した。
CRES−3株を散布してから1日後に、約106個/mlに濃度調整したイチゴ炭そ病菌(Glomerella cingulata NBRC6425株)の分生子懸濁液を、ハンドスプレーでイチゴ幼苗に満遍なく散布することにより炭疽病菌をイチゴ幼苗に接種した。
炭そ病菌の接種後、イチゴ幼苗をビニール袋で覆い、室温20℃、湿度90%、照度:20,000Lux、日長12時間の条件で2日間養生した。
養生後ビニール袋を除去し、室温30℃、湿度85%、照度:20,000Lux、日長12時間の人工気象室で2週間栽培を行った。
栽培開始から2週間後、イチゴ幼苗の観察を行い、イチゴの葉面に病斑を発症した株を発病株、それらが確認されなかった株を健全株として判定を行った。すなわち、イチゴの葉面に病斑が全く認められない株を健全株とし、葉面に病斑が認められた株を発病株とした。さらに発病株は、病斑の程度(わずかに病斑が見られる、明確に病斑が見られる、著しい病斑が見られる)により3段階に分けて評価した。
【0074】
その結果、図3に示すように、対照区Eでは、発病率が高かったが、CRSE−3株を散布した試験区3で病害の程度が軽減された。
【実施例5】
【0075】
代表的な連作障害物質である安息香酸を原因とした農作物の生育障害に対し、CRSE−3株を供することによってどの程度低減効果が得られるか水耕栽培で調査した。
【0076】
肥料養液に1/2濃度園試処方養液(山崎肯哉著、「養液栽培全編(増訂版)、博友社、昭和57年発行、107頁参照)を用い、この肥料養液に安息香酸を2mMとなるように添加した後、孔経0.22μmのポリエーテルスルフォン(PES)製のメンブレンフィルター(PES Bottle Top Filter 150ml、500ml、Nalge Nunc International Corp.製)を用いてフィルター(濾過)滅菌した。
【0077】
この肥料養液 200ml を 500ml容三角フラスコに分注し、肥料養液にCRSE−3株を植菌(水耕溶液処理)して通気性のシリコン栓をした後に25℃、120rpmにて7日間振とう培養した。シリコン栓および三角フラスコは事前に滅菌処理したものを用いた。
【0078】
培養後の肥料養液には、約1.3×109 cfu/mlの密度でCRSE−3株が含まれていた。培養後の肥料養液を370ml 容の蓋付プラスチック容器(プラントボックス、旭テクノグラス(株)社製)に加えて根を肥料溶液に浸漬させた状態でチンゲンサイ無菌播種実生を定植した。
【0079】
その後、このチンゲンサイ無菌播種実生を温度:25℃一定、湿度80%、照度:20,000Lux、日長12時間に制御した人工気象室内で栽培した。
【0080】
なお、安息香酸もCRSE−3株も添加しなかった肥料養液で栽培した区を対照区F、安息香酸のみ添加しCRSE−3株を添加しなかった肥料養液で栽培した区を対照区Gとした。
【0081】
調査は栽培7日目に行い、主根長、胚軸長、子葉長、最長側根長および側根本数を調査した。
【0082】
その結果、図4に示すように、安息香酸もCRSE−3株も添加しなかった対照区Fでは旺盛な生育が認められ、安息香酸のみ添加しCRSE−3株を添加しなかった対照区Gでは顕著に生育が低下した。
【0083】
これに対し、安息香酸およびCRSE−3株を添加した試験区4では、何も添加しなかった対照区Fと比較して生長(胚軸長、子葉長、側根本数)がほぼ同程度にまで回復し、CRSE−3株が連作障害物質に対して高い分解能を有していることが示された。
【実施例6】
【0084】
CRSE−3株を培土に添加する(土壌処理)ことにより、安息香酸による生育障害がどの程度低減されるか調査した。
【0085】
128穴育苗トレイにオートクレーブ滅菌したピートモスを主体とした培土を充填し、1×108cfu/mlに調整したCRSE−3株を各穴に10 ml添加し、各穴にチンゲンサイ‘長陽’の種子(タキイ種苗社製)を15粒播種した。
【0086】
潅水として、1/2濃度園試処方養液に安息香酸を0 mM、2mM、10mM、20mM濃度で含むものを128穴育苗トレイの底面から供給し、温度25℃、湿度80%、照度20,000Lux、12時間日長に調整した人工気象室内で栽培した。
【0087】
また、1/2濃度園試処方養液にCRSE−3株を添加せず安息香酸を0 mM、2mM、10mM、20mM濃度で添加したものを対照区H〜Kとして用いた。
【0088】
調査は栽培7日目に行い、発芽率および子葉長を計測した。
【0089】
その結果、図5に示すように、播種したチンゲンサイ全てが健全に生長して子葉長が10mm以上となった場合を健全成長率100%とすると、安息香酸無添加(0mM)の対照区Hでは健全成長率が86.4%であったが、安息香酸を20mM含む対照区Kでは健全成長率が24.4%まで低下した。
【0090】
これに対して、培地にCRSE−3株を添加した試験区5では、生長が回復して20mM安息香酸を加えた試験区8でも、健全成長率が60.6%にまで回復し、CRSE−3株は、培土や土壌に含まれる連作障害物質に対しても、実施例5の水耕栽培の試験で示されたように、高い分解能を有し、その結果、チンゲンサイの生長が回復することが示された。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】CRSE-3のホウレンソウ萎黄病低減効果を示す図である。
【図2】CRSE-3株のチンゲンサイ立枯病低減効果を示す図である。
【図3】CRSE-3株のイチゴ炭そ病低減効果を示す図である。
【図4】水耕でのCRSE-3株の安息香酸による生育阻害低減効果を示す図である。
【図5】CRSE-3株添加培土の安息香酸による生育阻害低減効果を示す図である。
【図6】CRSE−3株とB.fungorumのrDNAの塩基配列を示す。
【図7】16s rDNAの塩基配列に基づくCRSE−3株の分子系統樹を示す。枝の分岐付近の数字はブートストラップ値、左下の線はスケールバーを示す。株名の末尾のTはその種の基準株(Type strain)であることを示す。
【配列表フリーテキスト】
【0092】
配列番号1:Burkholderia sp.(CRSE-3株)のrDNA(1472mer.)
配列番号2:Burkholderia fungorumのrDNA(1472mer.)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物病害を防除し且つ連作障害物質を分解するバークホルデリア属細菌。
【請求項2】
16SリボゾームDNA(16S rDNA)の塩基配列が配列番号1に示す塩基配列であり、β-ガラクトシダーゼ活性を示すことを特徴とする請求項1に記載のバークホルデリア属細菌。
【請求項3】
CRSE−3株(NITE P-486)であることを特徴とする請求項1に記載のバークホルデリア属細菌。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1つに記載のバークホルデリア属細菌を含有することを特徴とする植物病害防除剤。
【請求項5】
請求項1乃至請求項3いずれか1つに記載のバークホルデリア属細菌を吸着した有機担体または無機担体を含有することを特徴とする植物病害防除剤。
【請求項6】
請求項1乃至請求項3のいずれか一つに記載のバークホルデリア属細菌を用いて土壌処理または水耕養液処理することを特徴とする病害防除方法。
【請求項7】
請求項1乃至請求項3のいずれか一つに記載のバークホルデリア属細菌の培養菌体懸濁液を植物体へ散布することを特徴とする病害防除方法。
【請求項8】
請求項1乃至請求項3のいずれか一つに記載のバークホルデリア属細菌の培養菌体懸濁液に植物体の根を浸漬することを特徴とする病害防除方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−81837(P2010−81837A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−252981(P2008−252981)
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(000180368)四国電力株式会社 (95)
【出願人】(000144991)株式会社四国総合研究所 (116)
【Fターム(参考)】