説明

バージニアマイシンM生合成遺伝子、それらの遺伝子クラスターおよびその用途

【課題】バージニアマイシンM生合成に関連する遺伝子ならびに遺伝子クラスターの提供。
【解決手段】特定の配列のいずれかで表されるDNAからなるバージニアマイシンM生合成遺伝子であり、また、上記配列DNAからなるバージニアマイシンM生合成遺伝子クラスターである。これらのバージニアマイシンM生合成遺伝子のいずれかを不活性化したStreptomyces virginiae変異株を培養することによって、バージニアマイシンMとSのうちバージニアマイシンSを特異的に生産することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バージニアマイシンM生合成遺伝子、それらの遺伝子からなる遺伝子クラスターおよびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
放線菌Streptomyces virginiaeが生産するバージニアマイシン(Virginiamycin)は、バージニアマイシンM(以下、「VM」という)とバージニアマイシンS(以下、「VS」という)とからなるStreptogramin系抗生物質(非特許文献1)であり、両者の共存によって顕著な相乗効果を示し、特にグラム陽性細菌に対して優れた抗菌活性を示すことが知られている。このようなバージニアマイシンは、水溶性に欠くためヒトへ適用が困難であったが、近年、バージニアマイシンからの水溶性誘導体の開発に成功したことにより、ヒトへの適用が有望視されている。特に、バージニアマイシンは、耐性菌がほとんど確認されていないという優れた抗菌性を示すことからも、医療分野等において非常に有用と考えられる。
【0003】
しかしながら、バージニアマイシンのうちVMは、VS(非特許文献2)と比較して、その生合成機構が遺伝学的に解明されていない。
【非特許文献1】Takuya Nihira, Microbial Secondary Metabolites:Genetics and Regulation, Research signpost (2002) 99-119
【非特許文献2】Namwat et. al. Gene (2002) 286, 283-290
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このため、Streptomyces virginiaeについて、例えば、ランダムな変異ではなく、特定の部位、すなわち、VMの生合成に関与する遺伝子のみを選択的に破壊して、VSのみを生産する変異株を作製することができなかった。また、VM生合成に関与する遺伝子が未知であることから、VM生合成の機構を遺伝学的に解明できず、このため、遺伝学的手法によるVMの合成方法を確立することも出来ない状況にある。
【0005】
そこで、本発明は、VM生合成に関連する遺伝子ならびに遺伝子クラスターの提供を目的とし、さらに、VM生合成遺伝子が不活性化されたStreptomyces virginiae変異株ならびにこれを用いたVSの製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するため、本発明のVM生合成遺伝子は、下記(A)〜(M)のいずれかのDNAからなることを特徴とする。
(A) 配列番号1の塩基配列からなるDNA(bkdA遺伝子)
(B) 配列番号2の塩基配列からなるDNA(bkdB遺伝子)
(C) 配列番号3の塩基配列からなるDNA(virA遺伝子)
(D) 配列番号4の塩基配列からなるDNA(virB遺伝子)
(E) 配列番号5の塩基配列からなるDNA(virC遺伝子)
(F) 配列番号6の塩基配列からなるDNA(virD遺伝子)
(G) 配列番号7の塩基配列からなるDNA(virE遺伝子)
(H) 配列番号8の塩基配列からなるDNA(virF遺伝子)
(I) 配列番号9の塩基配列からなるDNA(virG遺伝子)
(J) 配列番号10の塩基配列からなるDNA(virH遺伝子)
(K) 前記(A)〜(J)のいずれかの塩基配列において1個もしくは数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列からなり、且つ、前記(A)〜(J)のDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA
(L) 前記(A)〜(J)のいずれかの塩基配列において1個もしくは数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列からなり、且つ、前記(A)〜(J)のいずれかDNAとの相同性が90%以上であるDNA
(M) 前記(A)〜(J)のいずれかのDNAと相補的な塩基配列からなるDNA
また、本発明のVM生合成遺伝子クラスターは、下記(N)〜(P)のDNAからなることを特徴とする。
(N) 配列番号11の塩基配列からなるDNA
(O) 前記(N)の塩基配列において1個もしくは数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列からなり、且つ、前記(N)のDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA
(P) 前記(N)の塩基配列において1個もしくは数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列からなり、且つ、前記(N)のDNAとの相同性が90%以上であるDNA
【0007】
本発明のStreptomyces virginiae変異株は、前記本発明のVM生合成遺伝子が不活性化されており、バージニアマイシンのうちVSを特異的に生産する変異株であることを特徴とする。また、本発明のVSの製造方法は、本発明のStreptomyces virginiae変異株の培養によってVSを製造することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明者らは、放線菌の二次代謝産物生合成遺伝子はその調節制御因子周辺に位置するという点に着目し、S. virginiae MAFF 10-06014株のゲノムDNAについて、VM制御因子(BarA、BarB、BarX、BarZ、VmsR等:下記文献参照)の周辺領域約36.7kbの塩基配列の解析を行った。そして、この塩基配列に基づくアミノ酸配列の情報から、コードされるタンパク質の機能を推定し、VM生合成に関与する複数の遺伝子、すなわち、分枝鎖α-ケト酸デヒドロゲナーゼ(branched-chain α-keto acid dehydrogenase:以下、「BCDH」という)を構成するE1 component(α/β融合タンパク質)およびE2componentの各コード遺伝子(bkdA、bkdB)、ならびに、ハイブリッドポリケチド/非リボソーマルペプチドシンターゼ(hybrid polyketide / non-ribosomal peptide synthase:以下、「PKS/NRPS」という)群をコードする複数の遺伝子(virA〜virH)を同定するに至った。なお、これらの遺伝子が、それぞれVM生合成に関与する遺伝子であることは、表現型がVM生産型であるS. virginiae野生株から、前記各遺伝子の破壊株(disruptant)を作製し、その表現型がVM非生産型に変化したことによって確認済みである。
H. Kinoshita, et. al. 1997. J. Bacteriol. 179:6986-6993.
R. Kawachi, et. al. 2000. Mol. Microbiol. 36:302-313.
R. Kawachi, et. al. 2000. J. Bacteriol. 182:6259-6263.
K. Matsuno, et. al. 2004. Arch. Microbiol. 181:52-59.
【0009】
このような本発明のVM生合成遺伝子やVM生合成遺伝子クラスターを用いれば、さらにこれらの隣接領域の解析を行い、完全なVM生合成遺伝子クラスターを同定することが可能であり、また、VM生合成系についての完全な生合成機構を明らかにすることができる。バージニアマイシンは、前述のように優れた抗菌活性を有し、ヒトへの適用が有望視されていることからも、VM生合成系の遺伝学的解明に寄与する本発明の遺伝子ならびに遺伝子クラスターは極めて有用であると言える。また、VM生合成遺伝子が明らかとなったことから、これらの遺伝子のいずれかを欠失させた本発明のStreptomyces virginiae変異株によれば、VSのみを特異的に合成することができる。前述のようにバージニアマイシンは水溶性誘導体への変換によってヒトへの適用が可能となるため、誘導体の原料としてVSのみを合成することによって、VSの誘導体への変換を効率良く行うこともできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のVM生合成遺伝子は、前述のように、前記(A)〜(M)のいずれかのDNAからなることを特徴とする。
【0011】
前述のように、配列番号1で表される遺伝子は、BCDHを構成するE1 componentをコードするbkdA遺伝子であり、配列番号2で表される遺伝子は、BCDHを構成するE2 componentをコードするbkdB遺伝子である。また、配列番号3〜10で表される遺伝子は、前述のように多機能酵素であるPKS/NRPS群の遺伝子であり、以下、それぞれvirA〜virH遺伝子という。
配列番号1:bkdA遺伝子
配列番号2:bkdB遺伝子
配列番号3:virA遺伝子
配列番号4:virB遺伝子
配列番号5:virC遺伝子
配列番号6:virD遺伝子
配列番号7:virE遺伝子
配列番号8:virF遺伝子
配列番号9:virG遺伝子
配列番号10:virH遺伝子
【0012】
前記(K)および(L)において、欠失、置換または付加が可能な塩基数は、例えば、各遺伝子がコードするタンパク質の機能を喪失しない範囲であれば特に制限されない。例えば、50塩基に対して、1〜6個が好ましく、より好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜4個、特に好ましくは1〜3個である。特に、欠失・付加の場合には、例えば、3の倍数個(例えば、3)であることが好ましい。
【0013】
前記(K)において、ハイブリダイズのストリンジェントな条件とは、例えば、当該技術分野における標準の条件があげられるが、例えば、温度条件は、各配列番号で示された塩基配列のTm値の±5℃、好ましくは±2℃、より好ましくは±1℃である。条件の具体例として、5×SSC溶液、10×Denhardt溶液、100μg/mlサケ精子DNAおよび1%SDS中、65℃でのハイブリダイゼーション、0.2×SSCおよび1%SDS中、65℃、10分の洗浄(2回)があげられる。
【0014】
前記(L)における相同性は、例えば、90%以上であり、好ましくは95%以上、より好ましくは97.5%以上である。
【0015】
なお、配列番号1〜10で表される遺伝子は、それぞれ以下のような方法によって同定した。まず、S. virginiae MAFF 10-06014株のゲノムDNAのSau3AI断片(約30〜40kb)をコスミドベクター(商品名Supercos1;Stratagene社製)に連結し、公知の方法(商品名Gigapack III plus packaging extract;Stratagene社製)によってin vitro packagingを行い、この連結したDNAによりE. coli XL-1 Blue MRを形質転換した。そして、前述の既知VM制御因子の周辺配列についてシークエンスを行い、Genetyx version 7で解析し、さらにタンパク質コード領域をFrame Plot 2.3.2で推定した。タンパク質領域の機能は、BLASTPや HYPERLINK "http://www.nii.res.in/nrs-pks.html" によって推定し、機能ドメインは、GenBankデータベースにおけるコアモチーフから推定した。そして、これらの遺伝子が、VM生合成遺伝子であることは、表現系がVM生産型である野生株について、これらの各遺伝子を不活性化させた破壊株を作製し、この破壊株の表現型がVM非生産型となったことにより証明されている。
【0016】
つぎに、本発明のVM生合成遺伝子クラスターは、前述のように、前記(N)〜(P)のDNAからなることを特徴とする。なお、前記(O)および(P)における欠失、置換または付加が可能な塩基数、ならびに、ストリンジェントな条件は、前述と同様である。
【0017】
本発明のVM生合成遺伝子からなるクラスターの一例を、図1および図2に示す。図1は、S. virginiae野生株の染色体上におけるVM生合成遺伝子クラスターの位置(遺伝子座)を示す地図であり、図において、visA遺伝子はVS生合成に関与する遺伝子、visA遺伝子の下流に隣接する領域は、6種類の制御因子を含むVM生合成系の制御領域(10kb)をそれぞれ示し、前記制御領域の下流に、BCDHをコードするbkdA遺伝子ならびにbkdB遺伝子、およびPKS/NRPS遺伝子群がこの順で位置している。なお、同図におけるpDL1およびpDL5は、後述する実施例において述べる。
【0018】
図2は、S. virginiae野生株の染色体上におけるBCDH遺伝子(virA遺伝子、virB遺伝子)およびvirA〜virH遺伝子の遺伝子座、各遺伝子がコードするドメインの種類、ならびに各ドメインにより生成されるVM中間体の構造を示す図である。なお、図2に模式的に示した各ドメインの構成成分の説明を図3に示す。
【0019】
図2に示すように、まず、BCDHを構成するE1α/βとE2とからなるBCDHによって、例えば、ロイシン、イソロイシン、バリン等が変換され、VM生合成の開始ユニットであるイソブチリルユニット(例えば、イソブチリル-CoA)が供給される。さらに、virA〜virH遺伝子がコードするタンパク質の多段階反応によって、前述の開始ユニットに修飾が施され、VMの中間体が生じる。そして、さらなる数個の生合成遺伝子の関与によって、最終的に図4に示すVMが生合成される。なお、図4のVM構造式において点線で囲んだ部位(C12)は、図2の中間体構造式における点線で囲んだ部位に相当し、C12へのメチル基導入にはHMG-CoAシンターゼが利用されている。
【0020】
つぎに、本発明のS. virginiae変異株は、本発明のVM生合成遺伝子が不活性化されており、バージニアマイシンのうちVSを特異的に生産する変異株であることを特徴とする。前述のようにVM生合成遺伝子が明らかになったことから、いずれかの遺伝子を不活性化することによって、VM生合成系を破壊することが可能になった。このため、VM生合成遺伝子のいずれかを不活性化させた本発明の変異株を用いれば、VMが生成することなく、VSのみを生成させることができる。このようにVSのみの生成が可能になれば、水溶性誘導体に変換するために、VSとVMとを分離する必要もなく、また、効率良くVSの水溶性誘導体を提供することが可能である。
【0021】
本発明において、前記VM生合成遺伝子の不活性化は、例えば、前記遺伝子を全部もしくは部分的に欠失もしくは置換し、または、1個以上の塩基を付加することにより、行うことができる。これらの不活性化の手段としては特に制限されず、一般的な方法が採用できる。具体例としては、S. virginiaeのゲノムDNAと相補的な配列を有する組換えプラスミドを用いて、前記組換えプラスミドDNAとゲノムDNA(表現型:VMおよびVS生産型)との交叉(crossover)により相同組換えする方法があげられる。例えば、1回の交叉(single crossover)を行えば、プラスミドDNA全体が染色体中に取り込まれるため(組み込み型形質転換)、例えば、目的の生合成遺伝子内部へのプラスミドDNAの付加によって、前記の生合成遺伝子を分裂させ、不活性化することができる。また、例えば、ゲノムDNAと相補的な配列を有し、且つ、目的遺伝子を全部または部分的に欠失もしくは置換した組換えプラスミドを用いて2回の交叉(second crossover)を行えば、プラスミドDNAの目的遺伝子を全部または部分的に欠失もしくは置換した領域が、染色体中の領域と置き換わるため(置換型形質転換)、欠失や置換による不活性化を行うことができる。
【0022】
なお、VM生合成遺伝子の不活性化のため、欠失させる塩基数、置換する塩基数、付加する塩基数は、遺伝子がコードするタンパク質の機能を喪失すればよく、それぞれ特に制限されないが、例えば、100〜500bp以上を欠失、置換したり、例えば、1000〜2000bpを付加することによって不活性化を実現できる。
【0023】
つぎに、本発明のVS製造方法は、本発明のS. virginiae変異株を培養することを特徴し、前記変異株を使用する以外は特に制限されず、従来と同様の方法をとることができる。
【0024】
S. virginiae変異株の培養条件としては、特に制限されないが、例えば、培養温度25〜28℃、培養時間24〜72時間である。使用する培地としては、例えば、f-medium(Bacto Casitone 7.5 g、Yeast extract 7.5 g、 Glycerol 15 g、NaCl 2.5 g / リットル、pH6.5に調整 )等があげられる。
【0025】
前記変異株によって生成されたVSは、通常、培地に含まれるため、遠心分離等によって菌体を除去し、上清を回収すればよい。VSの水溶性誘導体への変換には、この上清をそのまま使用してもよいし、例えば、逆相カラム(商品名Cosmosil 5C18:ナカライテスク社製)等のカラムで精製したVSを使用することもできる。VSの水溶性誘導体への変換方法は、特に制限されず、例えば、文献(J. C. Barriere, et. al., 1998. Current Pharmaceutical Design, 4:155-180.)に報告された方法が採用できる。
【0026】
以下に、本発明の実施例について説明するが、本発明は、これらに制限されるものではない。
【実施例1】
【0027】
BCDHのE1 componentをコードするbkdA遺伝子とE2 componentをコードするbkdB遺伝子とのクラスター(bkdABクラスター)のVM生合成への関与を確認した。
【0028】
bkdA遺伝子破壊株の作製
まず、野生株S. virginiae MAFF 10-06014株(National Food Research Institute, Ministry of Agriculture, Frestry, and Fisheries, Tsukuba, Japan)のゲノムDNAから、bkdA遺伝子の一部480bpを欠失させた遺伝子破壊株(disruptant)を、以下に示す方法によって作製した。
【0029】
VM制御因子の一つであるBarZの一部塩基配列を含むPstI断片(5.8kb:配列番号12)を、PstIで処理したpUC19に挿入し、組み換えプラスミドpDL1を作製した。このプラスミドに挿入された断片は、図1の矢印pDL1に相当する断片であり、完全なbkdABクラスターを含んでいる。
【0030】
前記pDL1のPvuII-SalI断片(2.3kb)を、pUC19のSmaI-SalIサイトに連結した後、このプラスミドのHincIIサイトに、さらにpDL1のAluI断片(1.9kb)を挿入した。得られた組換えプラスミドにおける全挿入断片(4.2kb)を、E. coliからStreptomycesへの伝達を行う接合性プラスミドpKC1132のEcoRI-HindIIIサイトに連結させて、bkdAを部分的に欠失したプラスミドpKCΔbkdAを作成した
。続いて、pKCΔbkdAを、pUZ8002を有するE. coli ET12567株に
導入し、さらに、接合伝達によってS. virginiae MAFF 10-06014株に導入した。そして、アプラマイシン添加または無添加のISP2寒天培地で培養し、S. virginiaeの染色体上においてsingle crossoverさせ、後にsecond crossoverさせた。これによって、bkdA遺伝子のうち480bpが欠失した遺伝子破壊株を得た。なお、図5の地図に、遺伝子破壊株におけるbkdABクラスター周辺域の遺伝子座を示す。同図において、F-primerおよびR-primerは、それぞれ後述するPCRに使用するプライマーを示し、probeは、後述するサザンハイブリダイゼーションのプローブを示す。
【0031】
また、前述のsecond crossoverの際に、前記遺伝子破壊株と同時に生じる、遺伝子型が野生株と同等の復帰株(revertant)を取得した。
【0032】
野生株、遺伝子破壊株、復帰株およびsingle cross over株からそれぞれDNAを抽出し、これを鋳型DNAとして、以下の配列番号で表されるプライマーを用いてPCRを行った。得られたPCR産物についてのアガロースゲル電気泳動写真を図6(A)に示す。図示のように、野生株のPCR産物が約1.4kbであるのに対して、遺伝子破壊株(1〜3)、single cross over株のPCR産物は約0.9kbであることから、bkdA遺伝子の一部が欠失していることを確認できた。また、復帰株のPCR産物が野生株と同様に約1.4kbであることから、完全なbkdABクラスターが復帰していることを確認できた。
Forward primer(配列番号13)
5’- CATCTCGTAGAGCAGTTCGTC -3'
Reverse primer(配列番号14)
5’- GTCTTCCTCGTCTCCGACAAC -3'
【0033】
また、抽出した各DNAをBamHIで処理し、この切断物について、プローブとして配列番号15で表されるpDL1のHincII断片(1.2kb)を用いてサザンハイブリダイゼーションを行った。この結果を図6(B)に示す。図示のように、野生株のBamHI断片は4.8kbであるのに対して、遺伝子破壊株およびsingle cross over株のBamHI断片は4.3kbであることから、bkdA遺伝子の一部が欠失していることを確認できた。また、復帰株のBamHI断片が野生株と同様に約4.8kbであることから、完全なbkdABクラスターが復帰していることが確認できた。
【0034】
VM生成の確認
次に、野生株、遺伝子破壊株および復帰株を培養し、VSおよびVMの生成の有無を確認した。
【0035】
まず、前培養として、前述の各株(胞子1×108)を70mlのf-medium(500ml容量バッフル付きフラスコ)で振とう培養した。培養条件は、24時間、140spmとした。前培養後、回収した菌体をf-mediumで2回洗浄し、等量の新たなf-mediumに懸濁して、使用時まで−80℃で保存した。凍結させた前培養の菌体を室温に放置した後、final OD600が0.075になるように70mlのf-mediumに前記菌体を添加した。そして、これを前述の前培養と同様の条件でインキュベートし本培養を行った。培養24時間後、培養液から菌体を除去し、得られた上清を0.4μmのフィルターに通し、ろ液を以下の条件でHPLCに供してVMおよびVSの生成を確認した。これらのHPLCのクロマトグラムを図7に示す。
【0036】
(HPLC条件)
カラム :逆相カラム
(商品名Cosmosil 5C18 カラム:ナカライテスク社製)
サイズ :直径4.6mm×150mm
溶出条件 :(5分間)
20%*1アセトニトリル-0.1% TFA*2
(30分間)
20-80%アセトニトリルリニアグラジェント
(洗浄)
100%アセトニトリル
流速 :0.75ml/分
検出波長 :UV305nm
*1:%=体積%
*2:TFA=トリフルフルオロ酢酸
【0037】
同図において、(A)は野生株、(B)は遺伝子破壊株、(C)は復帰株の結果である。図示のようにbkdABクラスターを部分的に欠失させることによって、破壊株ではVMを生成できなくなり、また、BCDH遺伝子を復帰させることによって、復帰株では再度VMの生成が確認できた。なお、VSの生成は何ら影響を受けなかった。以上の結果から、bkdABクラスターがVMの生成に関与していること、ならびに、VSのみの生成が可能であることが証明された。
【実施例2】
【0038】
PKS/NRPS遺伝子群(virA〜virH)の一部を欠失させ、PKS/NRPS遺伝子群のVM生合成への関与を確認した。
【0039】
PKS/NRPS遺伝子群破壊株の作製
まず、野生株S. virginiae MAFF 10-06014のvirA遺伝子の内部に3.5kbのDNA断片を挿入して、PKS/NRPS遺伝子群を分裂させた遺伝子破壊株を、以下に示す方法によって作製した。
【0040】
virA遺伝子(配列番号3)のSphI断片(5.8kb、配列番号16)を、SphI処理したpUC19に挿入し、組換えプラスミドpDL5を作製した。この組換えプラスミドの挿入断片は、図1の矢印pDL5に相当する断片である。なお、前記SphI断片は、virA遺伝子(配列番号3)の568番目〜6334番目に相当する。
【0041】
前記pDL5のSacI断片(module1に相当するvirA遺伝子の部分断片:3.2kb)をpUC19のSacIサイトに挿入した。この挿入断片を、さらに、接合性プラスミドpKC1132のEcoRI-HindIIIサイトに連結させて、接合プラスミドpKC-ΔPKSを作製した。これを、pUZ8002を有するE. coli ET12567株に導入し、さらに、接合伝達によってS. virginiae MAFF 10-06014株に導入した。そして、前記実施例1と同様にして培養を行い、single crossoverさせることによって、前記pKC-ΔPKSプラスミドのDNAを染色体DNA中に取り込ませた。これにより、PKS/NRPS遺伝子群のvirA遺伝子内部に、3.5kbのDNA断片が挿入されたPKS/NRPS遺伝子群欠失株を得た。
【0042】
なお、図8に、野生株(WT)、接合プラスミドおよび遺伝子破壊株におけるPKS/NRPS遺伝子群の1つであるvirA遺伝子のmodule1周辺の地図を示す。同図において、(A)は、プラスミドpKC-ΔPKSおよび野生株におけるvirA遺伝子のmodule1周辺の遺伝子座を示す地図であり、(B)は、前記遺伝子破壊株における遺伝子座を示す地図である。同図において、野生株(WT)におけるSc(SacI)断片は、配列番号3に示すvirA遺伝子の1078〜4309番目の塩基配列(3.2kb)に相当する。また、図中のaccプローブおよびCpoIプローブは、それぞれ後述するサザンハイブリダイゼーションのプローブを示す。
【0043】
また、前記遺伝子破壊株を、アプラマイシンを含まない培地で培養することにより、さらにsecond crossoverさせ、内部で分裂していない完全なPKS/NRPS遺伝子群を有する復帰株(revertant)を作製した。
【0044】
野生株および遺伝子破壊株からそれぞれ抽出したDNAをBamHIで処理し、この切断物について、acc遺伝子およびCpoI断片をそれぞれプローブとしたサザンハイブリダイゼーションを行った。acc遺伝子のプローブとは、pKC1132のSacI断片(0.9kb)であり、CpoI遺伝子のプローブとは、pDL5のCpoI断片(1.0kb)である。
【0045】
これらの結果を、図9に示す。同図において(A)がacc遺伝子、(B)がCpoI断片をそれぞれプローブとして使用した際の結果である。図(A)に示すように、acc遺伝子をプローブとした場合、野生株ではバンドが確認されず、遺伝子破壊株ではバンドが確認できたことから、crossoverにより染色体DNA中にpKC1132のDNAが挿入されたことが確認できた。また、同図(B)に示すように、CpoI断片をプローブとして使用した場合、野生株のBamHI断片は3.1kbであった。これに対して、遺伝子破壊株のBamHI断片は5.2kbおよび3.1kbであることから、PKS/NRPS遺伝子群のvirA遺伝子内部がプラスミドの挿入によって分裂されたことが確認できた。
【0046】
VM生成の確認
次に、野生株、遺伝子破壊株および復帰株を培養し、VSおよびVMの生成の有無を確認した。培養およびVM等の生成の確認は、前記実施例1と同様にして行った。これらのHPLCのクロマトグラムを図10に示す。同図において、(A)は野生株、(B)は遺伝子破壊株、(C)は復帰株の結果である。
【0047】
図示のようにvirA遺伝子内部にDNA断片を挿入することによってVMを生成できなくなり、また、PKS遺伝子を復帰させることによって、再度VMの生成が確認できた。なお、VSの生成は何ら影響を受けなかった。以上の結果から、PKS遺伝子がVMの生成に関与していること、ならびに、VSのみの生成が可能であることが証明された。
【産業上の利用可能性】
【0048】
以上のように、本発明によれば、さらにこれらの隣接領域の解析を行い、完全なVM生合成系クラスターを同定することが可能であり、また、VM生合成系についての完全な生合成機構を明らかにすることができる。また、バージニアマイシンは、優れた抗菌活性からヒトへの適用が有望視されているため、VM生合成系の遺伝学的解明に寄与する本発明の遺伝子ならびに遺伝子クラスターは極めて有用であると言える。さらに、VM生合成遺伝子が明らかとなったことから、これらの遺伝子のいずれかを欠失させた本発明のStreptomyces virginiae変異株によれば、VSのみを特異的に合成することができるため、効率良くVS誘導体の原料として供給することができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の一実施形態におけるVM生合成遺伝子からなるクラスターの遺伝子座を示す地図である。
【図2】本発明の一実施形態における、染色体上のBCDH遺伝子およびvirA〜virH遺伝子の遺伝子座、各遺伝子がコードするドメインの種類、ならびに各ドメインにより生成されるVM中間体の構造を示す図である。
【図3】前記図2において模式的に示した各ドメインの構成成分の説明を示す図である。
【図4】VMの構造を示す図である。
【図5】本発明の遺伝子破壊株の一実施例における、一部欠失したBCDH遺伝子の周辺域の遺伝子座を示す地図である。
【図6】(A)は、本発明の一実施例におけるPCR産物のアガロースゲル電気泳動の写真であり、(B)は、サザンハイブルダイゼーションのラジオグラムである。
【図7】本発明の一実施例における培養液上清のHPLCクロマトグラムであり、(A)は野生株、(B)は遺伝子破壊株、(C)は復帰株の結果を示す。
【図8】(A)は、本発明の他の実施例の野生株およびプラスミドにおける、virA遺伝子周辺の遺伝子座を示す地図であり、(B)は、前記実施例の遺伝子破壊株における、vir遺伝子周辺の遺伝子座を示す地図である。
【図9】本発明の他の実施例におけるサザンハイブルダイゼーションのラジオグラムであり、(A)は、acc遺伝子、(B)はCpoI遺伝子をそれぞれプローブとした際の結果を示す。
【図10】本発明の他の実施例における培養液上清のHPLCクロマトグラムであり、(A)は野生株、(B)は遺伝子破壊株、(C)は復帰株の結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)〜(M)のいずれかのDNAからなるバージニアマイシンM生合成遺伝子。
(A) 配列番号1の塩基配列からなるDNA(bkdA遺伝子)
(B) 配列番号2の塩基配列からなるDNA(bkdB遺伝子)
(C) 配列番号3の塩基配列からなるDNA(virA遺伝子)
(D) 配列番号4の塩基配列からなるDNA(virB遺伝子)
(E) 配列番号5の塩基配列からなるDNA(virC遺伝子)
(F) 配列番号6の塩基配列からなるDNA(virD遺伝子)
(G) 配列番号7の塩基配列からなるDNA(virE遺伝子)
(H) 配列番号8の塩基配列からなるDNA(virF遺伝子)
(I) 配列番号9の塩基配列からなるDNA(virG遺伝子)
(J) 配列番号10の塩基配列からなるDNA(virH遺伝子)
(K) 前記(A)〜(J)のいずれかの塩基配列において1個もしくは数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列からなり、且つ、前記(A)〜(J)のDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA
(L) 前記(A)〜(J)のいずれかの塩基配列において1個もしくは数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列からなり、且つ、前記(A)〜(J)のいずれかDNAとの相同性が90%以上であるDNA
(M) 前記(A)〜(J)のいずれかのDNAと相補的な塩基配列からなるDNA
【請求項2】
下記(N)〜(P)のDNAからなるバージニアマイシンM生合成遺伝子クラスター。
(N) 配列番号11の塩基配列からなるDNA
(O) 前記(N)の塩基配列において1個もしくは数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列からなり、且つ、前記(N)のDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA
(P) 前記(N)の塩基配列において1個もしくは数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列からなり、且つ、前記(N)のDNAとの相同性が90%以上であるDNA
【請求項3】
Streptomyces virginiae変異株であって、請求項1記載のバージニアマイシンM生合成遺伝子が不活性化されており、バージニアマイシンのうちバージニアマイシンSを特異的に生産する、Streptomyces virginiae変異株。
【請求項4】
請求項1記載のバージニアマイシンM生合成遺伝子が、全部もしくは部分的に欠失もしくは置換され、または、1個以上の塩基が付加されることにより、不活性化されている、請求項3記載のStreptomyces virginiae変異株。
【請求項5】
Streptomycesの培養によってバージニアマイシンSを製造する方法であって、Streptomycesが請求項3または4記載のStreptomyces virginiae変異株である、バージニアマイシンSの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−61045(P2007−61045A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−253638(P2005−253638)
【出願日】平成17年9月1日(2005.9.1)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発表した刊行物:日本農芸化学会2005年度(平成17年度)大会大会講演要旨集 第82頁 29F305α 発行:社団法人日本農芸化学会 発行日:平成17年3月5日 発表した研究集会:日本農芸化学会2005年度(平成17年度)大会 主催者:社団法人日本農芸化学会 開催日:平成17年3月29日
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】