説明

パラジウムの抽出剤及びそれを用いた迅速分離回収方法

【課題】従来知られている抽出剤であるDHSを用いる場合と比較して抽出速度を向上させることができ、かつアンモニア溶液による逆抽出が可能である新規なパラジウム抽出剤及びこれを用いるパラジウムの分離回収方法を提供する。
【解決手段】下記構造式(I)で示されるスルフィド含有モノアミド化合物を有効成分とする抽出剤からなる有機相を接触させ、パラジウムを前記有機相により抽出し、有機相により抽出したパラジウムを、アンモニア溶液により逆抽出して、パラジウムを含む水溶液を得る。


(式中、R、R、Rは、分岐していてもよい炭素数1〜18の鎖式炭化水素基、炭素数1〜10の脂環式炭化水素基、及び炭素数1〜14の芳香族炭化水素基から選ばれる基を表す。また、nは、1〜4の整数を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パラジウムの抽出剤及びパラジウムの分離回収方法、特に、迅速な抽出が可能で、かつアンモニア溶液での逆抽出が可能な抽出剤及びそれを用いた分離回収方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車排ガス規制の制定及び強化の世界的な広がりによって、自動車用排ガス浄化触媒の需要及びそれに伴う廃製品も増加している。自動車排ガス浄化触媒はパラジウム、白金及びロジウムといった白金族金属を多く含有し、これら白金族金属の安定した供給量を確保するためには、金属精錬工程及び廃製品からの回収リサイクル工程における金属分離精製の高効率化が極めて重要である。
【0003】
従来、白金族金属の実工程における分離精製には、沈殿分離法(特許文献1)、イオン交換法(特許文献2、3)、電解析出法(特許文献4)、溶媒抽出法などの多くの方法が提案され、また実施されている。これらの方法の中では溶媒抽出法が経済性及び操作性の点から広く採用されている。
【0004】
溶媒抽出法によるパラジウム分離には、白金及びロジウム、可能であればベースメタルから選択的分離が可能であることが要求される。現在最も広く使用されているパラジウム抽出剤の一つにジ−n−ヘキシルスルフィド(DHS)がある(特許文献5〜9)。DHSは、パラジウム、白金及びロジウムを含む酸溶液からパラジウムを選択的に抽出し、アンモニア溶液を用いることで、抽出液からパラジウムを回収することが可能である。しかし、DHS単独では、パラジウム抽出速度が小さいために、添加物を加えることもある(特許文献9)。
【0005】
パラジウムに対する選択性が高くかつ迅速に抽出可能な抽出剤として、硫黄含有ジアミド化合物が提案されているが(特許文献10)、アンモニア溶液による逆抽出が困難であり、チオ尿素含有塩酸溶液の使用を要する。チオ尿素含有塩酸溶液の使用は逆抽出後のパラジウムの回収を煩雑にすることから、必ずしも実用化には適さない。よって、工業用抽出剤にはアンモニア溶液による逆抽出が可能なことが必須である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−102156号公報
【特許文献2】特開平3−22402号公報
【特許文献3】特開平7−310129号公報
【特許文献4】特開平8−158088号公報
【特許文献5】特開平8−209259号公報
【特許文献6】特開平9−279264号公報
【特許文献7】特開2001−107156号公報
【特許文献8】特開2004−332041号公報
【特許文献9】特開昭63−14824号公報
【特許文献10】国際公開第2005/083131号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであって、最も一般的な工業用パラジウム抽出剤の一つであるDHSを用いる場合と比較して抽出速度を向上させることができ、さらに硫黄含有ジアミド化合物では困難であったアンモニア溶液での逆抽出が可能な新規なパラジウム抽出剤及びこれを用いるパラジウムの分離回収方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、抽出剤としてDHSや硫黄含有ジアミド化合物を用いる代わりに、スルフィド含有モノアミド化合物を用いてパラジウムを含有する酸性溶液と接触させると、従来から用いられてきたDHSを用いる場合よりも極めて迅速にパラジウムの定量的抽出を可能にし、また、硫黄含有ジアミド化合物ではアンモニア溶液によるパラジウムの逆抽出が困難であったが、スルフィド含有モノアミド化合物ではアンモニア溶液により容易に逆抽出できるという知見を得た。
【0009】
本発明は、これらの知見に基づいて完成に至ったものであり、以下のとおりのものである。
(1)下記一般式(I)で示されるスルフィド含有モノアミド化合物を有効成分とすることを特徴とするパラジウム抽出剤。
【化1】

(式中、R、R、Rは、分岐していてもよい炭素数1〜18の鎖式炭化水素基、炭素数1〜10の脂環式炭化水素基、及び炭素数1〜14の芳香族炭化水素基から選ばれる基を表す。また、nは、1〜4の整数を表す。)
(2)酸性条件下でパラジウムを含有する水溶液と、前記(1)記載のパラジウム抽出剤を含有する有機相を接触させることにより、パラジウムを前記有機相に抽出することを特徴とするパラジウムの分離方法。
(3)前記(2)記載の有機相に抽出されたパラジウムを、アンモニア溶液と有機相を接触させることにより逆抽出して、パラジウムを含む水溶液を得ることを特徴とするパラジウムの回収方法。
(4)すくなくともパラジウムを含有する被処理溶液からパラジウムを分離回収する方法であって、すくなくともパラジウムを含有する酸性の被処理液と、前記(1)記載のパラジウム抽出剤を含有する有機相とを接触させて、前記酸性の被処理溶液からパラジウムを分離する第1工程、及び得られたパラジウムを含有する前記有機相に、アンモニア溶液を接触させてパラジウムを回収する第2工程を含むことを特徴とするパラジウムの分離回収方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、パラジウムの抽出剤としてスルフィド含有モノアミド化合物を用いることにより、パラジウムを短時間で抽出し、且つ他の白金族金属及びベースメタルとの分離が可能であり、さらに、アンモニア溶液により逆抽出を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】DO3TPA及びDHSによるパラジウム抽出率の抽出時間依存性を示す図である。
【図2】DO3TPAによる白金族金属及びベースメタル抽出率の塩酸濃度依存性を示す図である。
【図3】4種類の硫黄含有モノアミド及びDHSによるパラジウム抽出率の抽出時間依存性を示す図である。
【図4】4種類の硫黄含有モノアミドによる抽出平衡後の有機相及び水相中のパラジウム濃度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、パラジウム抽出剤として、下記一般式(I)で示されるスルフィド含有モノアミド化合物を用いることを特徴とするものである。
【化1】

(式中、R、R、Rは、分岐を有していてもよい炭素数1〜18の鎖式炭化水素基、炭素数1〜10の脂環式炭化水素基、及び炭素数1〜14の芳香族炭化水素基から選ばれる基を表す。また、nは、1〜4の整数を表す。)
【0013】
前記分岐を有していてもよい炭素数1〜18の鎖式炭化水素基の例としては、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デシル、ウンデシル、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ペンタデシル、ヘキサデシル、ヘプタデシル、オクタデシル、イソプロピル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、イソペンチル、ネオペンチル、t−ペンチル、2−エチルヘキシル、ビニル、アリル、1−プロペニル、イソプロペニル、1−ブテニル、2−ブテニル、2−メチルアリル、1−ペプチニル、1−ヘキセニル、1−ヘプテニル、1−オクテニル、2−メチル−1−プロペニル等が、前記炭素数1〜10の脂環式炭化水素基の例としては、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロペプチル、シクロオクチル、シクロノニル、シクロデシル、シクロヘキセニル、シクロヘキサジエニル、シクロヘキサトリエニル、シクロオクテニル、シクロオクタジエニル等が、前記炭素数1〜14の芳香族炭化水素基の例としては、フェニル、ナフチル、アントリル、トリル、キシリル、クメニル、ベンジル、フェネチル、スチリル、シンナミル、ビフェニリル、フェナントリル等が、それぞれ挙げられる。
【0014】
該スルフィド含有モノアミド化合物の具体例としては、N,N−ジ−n−オクチル−3−チアペンタンアミド(R=R=n−C17、R=C、n=1)、N−メチル−N−n−オクチル−3−チアペンタンアミド(R=CH、R=n−C17、R=C、n=1)、N−メチル−N−n−オクチル−4−チアペンタンアミド(R=CH、R=n−C17、R=CH、n=2)、N−メチル−N−n−オクチル−フェニル−3−チアペンタンアミド(R=CH、R=n−C17、R=C、n=1)が挙げられる。
これらの物質は、エチルチオアセチルクロライドなどの酸塩化物とジアルキルアミンなどの第二級アミンを反応させて得られる。
【0015】
本発明の上記一般式(I)で示されるスルフィド含有モノアミド化合物からなる抽出剤を用いて、パラジウムを含有する溶液からパラジウムを分離回収するには、該抽出剤を含有する抽出溶液を予め調製しておく必要があるが、該抽出溶液は、抽出剤を、疎水性有機溶媒、例えば、n−ドデカン等の脂肪族炭化水素、2−エチル−1−ヘキサノールなどのアルコール、クロロホルム等の脂肪族塩化物、ベンゼン等の芳香族炭化水素などに溶解させることにより調製できる。
【0016】
また、前記パラジウム抽出剤を用いたパラジウムの分離回収方法に用いられる被処理溶液は、酸性条件下でパラジウムを少なくとも含む、塩酸、硝酸等の酸性水溶液であればよく、該被処理溶液が、パラジウムの他に、ロジウム、白金等の白金族金属や鉄、銅等のベースメタルを含んでいてもよい。
【0017】
前記抽出溶液中の上記一般式(I)で示されるスルフィド含有モノアミド化合物のモル濃度は、前記被処理溶液中のパラジウムのモル濃度の2倍以上になるように調製する。
前記被処理溶液中には、被処理対象物に応じて、ロジウム、白金等の白金族金属や、鉄、銅等のベースメタルが含有されるものであるが、前記抽出剤の濃度又は被処理溶液の酸濃度が高すぎるとパラジウムの選択性が下がる場合がある。
【0018】
本発明の分離回収方法においては、最初に、酸性条件下で前記の少なくともパラジウムを含有する被処理溶液と、前記のスルフィド含有モノアミド化合物を含有する抽出溶液からなる有機相を接触させる。被処理液中のパラジウムは接触直後にほぼ全量が有機相に抽出されるが、白金、ロジウムなどの他の白金族金属及びベースメタルはほとんど抽出されず水相に残留する。
次いで、前記の操作により有機相に分離されたパラジウムは、アンモニア溶液と接触させることにより水溶液として回収することができる。
【実施例】
【0019】
以下に本発明の特徴を更に具体的に明らかにするための実施例を示すが、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。
(実施例1)
下記(A)〜(D)のスルフィド含有モノアミド化合物を、それぞれ以下のようにして合成した。
【0020】
(A)N,N−ジ−n−オクチル−3−チアペンタンアミド(DO3TPA:R=R=n−C17、R=C、n=1):(エチルチオ)酢酸を塩化チオニルに溶解し、触媒量のN,N−ジメチルホルムアミドを加えて50℃に加熱し、1時間攪拌した。放冷後、過剰の塩化チオニルを減圧留去し、粗製の塩化(エチルチオ)酢酸を得た。N−ジオクチルアミンおよびトリエチルアミンを溶解したクロロホルム溶液を10℃に冷却し、クロロホルムに溶解した粗製の塩化(エチルチオ)酢酸を滴下して加えた。その後、反応溶液を60℃に加熱し、2.5時間攪拌した。放冷後、反応溶液を水、1M塩酸水溶液、5wt%炭酸ナトリウム水溶液で順に洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。クロロホルムを減圧留去し、得られた油状物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製した。ヘキサン:酢酸エチル=19:1流出部よりDO3TPAを得た。
得られたDO3TPAの分析結果は以下のとおりであった。
Found: C, 69.68%; H, 11.75%; N, 4.17%; S, 9.71%. Calcd for C20H41NOS: C, 69.89%; H, 12.05%; N, 4.08%; S, 9.33%. 1H NMR (CDCl3): δ 0.87 (6H, -NC7H14CH3), 1.20-1.37 (3H, -SCH2CH3; 20H, -NC2H4C5H10CH3), 1.55 (4H, -NCH2CH2-), 2.68 (2H, -SCH2CH3), 3.24-3.31 (2H, -SCH2CON-; 4H, -NCH2CH2-).
IR (neat,νcm-1) : 1641 (C=O).
【0021】
(B)N−メチル−N−n−オクチル−3−チアペンタンアミド(MO3TPA:R=CH、R=n−C17、R=C、n=1):(エチルチオ)酢酸を塩化チオニルに溶解し、触媒量のN,N−ジメチルホルムアミドを加えて50℃に加熱し、1時間攪拌した。放冷後、過剰の塩化チオニルを減圧留去し、粗製の塩化(エチルチオ)酢酸を得た。N−メチルオクチルアミンおよびトリエチルアミンを溶解したクロロホルム溶液を10℃に冷却し、クロロホルムに溶解した粗製の塩化(エチルチオ)酢酸を滴下して加えた。その後、反応溶液を60℃に加熱し、2.5時間攪拌した。放冷後、反応溶液を水、1M塩酸水溶液、5wt%炭酸ナトリウム水溶液で順に洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。クロロホルムを減圧留去し、得られた油状物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製した。ヘキサン:酢酸エチル=19:1流出部よりMO3TPAを得た。
得られたMO3TPAの分析結果は以下のとおりであった。
Found: C, 63.35%; H, 10.60%; N, 5.73%; S, 13.47%. Calcd for C13H27NOS: C, 63.62%; H, 11.09%; N, 5.71%; S, 13.07%. 1H NMR (CDCl3): δ 0.89 (3H, -NC7H14CH3), 1.20-1.37 (3H, -SCH2CH3; 10H, -NC2H4C5H10CH3), 1.45-1.67 (2H, -NCH2CH2-), 2.68 (2H, -SCH2CH3), 2.94&3.06(3H, -NCH3), 3.28-3.43 (2H, -SCH2CON-; 2H, -NCH2CH2-).
IR (neat,νcm-1) : 1644 (C=O).
【0022】
(C)N−メチル−N−n−オクチル−4−チアペンタンアミド(MO4TPA:R=CH、R=n−C17、R=CH、n=2):N−メチルオクチルアミンおよびトリエチルアミンを溶解したクロロホルム溶液を10℃に冷却し、クロロホルムに溶解した塩化(3−メチルチオ)プロピオン酸を滴下して加えた。その後、反応溶液を60℃に加熱し、2時間攪拌した。放冷後、反応溶液を水、1M塩酸水溶液、5wt%炭酸ナトリウム水溶液で順に洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。クロロホルムを減圧留去し、得られた油状物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製した。ヘキサン:酢酸エチル=49:1流出部よりMO4TPAを得た。
得られたMO4TPAの分析結果は以下のとおりであった。
Found: C, 63.39%; H, 10.91%; N, 5.81%; S, 13.18% Calcd for C13H27NOS: C, 63.62%; H, 11.09%; N, 5.71%; S, 13.07%. 1H NMR (CDCl3): δ 0.89 (3H, -NC7H14CH3), 1.17-1.38 (10H, -NC2H4C5H10CH3), 1.47-1.62 (2H, -NCH2CH2-), 2.14 (3H, -SCH3), 2.58-2.64 (2H, -SCH2CH2CON-), 2.79-2.85 (2H, -SCH2CH2-), 2.92&2.99 (-NCH3), 3.27&3.36 (2H, -NCH2CH2-).
IR (neat,νcm-1) : 1651 (C=O).
【0023】
(D)N−メチル−N−n−オクチル−フェニル−3−チアペンタンアミド(MOPh3TPA:R=CH、R=n−C17、R=C、n=1):(ベンジルチオ)酢酸を塩化チオニルに溶解し、触媒量のN,N−ジメチルホルムアミドを加えて50℃に加熱し、1時間攪拌した。放冷後、過剰の塩化チオニルを減圧留去し、粗製の塩化(ベンジルチオ)酢酸を得た。N−メチルオクチルアミンおよびトリエチルアミンを溶解したクロロホルム溶液を10℃に冷却し、クロロホルムに溶解した粗製の塩化(ベンジルチオ)酢酸を滴下して加えた。その後、反応溶液を60℃に加熱し、2時間攪拌した。放冷後、反応溶液を水、1M塩酸水溶液、5wt%炭酸ナトリウム水溶液で順に洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。クロロホルムを減圧留去し、得られた油状物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製した。ヘキサン:酢酸エチル=97:3流出部よりMOPh3TPAを得た。
得られたMOPh3TPAの分析結果は以下のとおりであった。
Found: C, 70.16%; H, 9.68%; N, 4.52%; S, 10.34%. Calcd for C18H29NOS: C, 70.31%; H, 9.51%; N, 4.56%; S, 10.43%. 1H NMR (CDCl3): δ 0.89 (3H, -NC7H14CH3), 1.18-1.32 (10H, -NC2H4C5H10CH3) 1.48-1.60 (2H, -NCH2CH2-), 2.91&2.96 (-NCH3), 3.13-3.40 (2H, -SCH2CON-; 2H, -NCH2CH2-), 3.80-3.87 (2H, -SCH2C6H5), 7.20-7.43 (-C6H5).
IR (neat,νcm-1) : 1643 (C=O).
【0024】
(実施例2)
本実施例では、抽出剤として、スルフィド含有モノアミド化合物である前記(A)のN,N−ジ−n−オクチル−3−チアペンタンアミド(DO3TPA)を用いた。
また、比較のため、公知の抽出剤として、ジ−n−ヘキシルスルフィド(DHS)、及び硫黄含有ジアミド化合物であるN,N´−ジメチル−N,N´−ジ−n−オクチル−チオジグリコールアミド(MOTDGA)を用いた。
【0025】
上記のDO3TPA、DHS、及びMOTDGAの各々を、80vol%n−ドデカン−20vol%2−エチルヘキサノール混合溶媒により希釈して、0.1mol/Lとした。これらの有機溶媒に、100mg/Lのパラジウムを含む等体積の1mol/L塩酸溶液を加え、激しく振とうすることで、有機相へパラジウムの抽出を行った。
抽出率は振とう前後の水相の金属濃度をICP発光分光器で測定して求めた。振とう時間を変えた際の抽出率の変化を図1に示す。
【0026】
図1に示すとおり、抽出剤としてDHS(◇)を用いた場合は、パラジウムをほぼ全量抽出するまで240分程度を要しているが、MOTDGA(×)、又はDO3TPA(□)を用いた場合では、有機相と水相を接触後、直ちにほぼ全量抽出できることがわかる。
このことから、パラジウムの抽出時間に関しては、DHSよりも、MOTDGA及びDO3TPAの方が速いことを結論付けることができる。
【0027】
(実施例3)
本実施例では、パラジウム、白金、ロジウム、及びベースメタルとして銅、鉄、亜鉛、ニッケルが共存している塩酸溶液からの、DO3TPAを含む有機相への金属の抽出率を、以下のようにして求めた。
金属をそれぞれ100mg/L含む各濃度の塩酸水溶液を水相に用いた。抽出の際の有機相は、80vol%n−ドデカン−20vol%2−エチルヘキサノール混合溶媒で抽出剤を0.1mol/Lに希釈したものを用いた。有機相と水相を20分間激しく振とうし、金属の抽出を行った。その結果を図2に示す。抽出率は振とう前後の水相の金属濃度をICP発光分光器で測定して求めた結果である。
【0028】
図2に示すとおり、パラジウム(■)に関しては有機相中にほぼ100%抽出されることがわかった。一方、他の白金族金属及びベースメタルは、塩酸濃度5mol/L以下では有機相中にほとんど抽出されないことがわかった。
この結果から、塩酸水溶液を、80vol%n−ドデカン−20vol%2−エチルヘキサノール混合溶媒でDO3TPAを0.1mol/Lに希釈したものと白金族金属とベースメタルを含有する塩酸溶液とを接触させると、パラジウムを選択的かつほぼ全量抽出することができるということを結論付けることができる。
【0029】
また、前記のパラジウムが抽出された有機相を分取し、水相として等体積の28%アンモニア溶液を加え、20分間振とうし、パラジウムの水相への逆抽出を行った。パラジウムを抽出した際の水相の塩酸濃度が0.2から7mol/Lのすべての有機相について、逆抽出実験を行ったところ、いずれも、80%以上のパラジウムが水相に逆抽出された。同じ条件下でMOTDGAを使用すると、パラジウムはほとんど逆抽出されなかった。
【0030】
すなわち、以上の結果に基づけば、パラジウム、白金、ロジウム、ベースメタルとして銅、鉄、亜鉛が共存している塩酸溶液から、DO3TPAを含む有機相と接触させることによりパラジウムを完全に分離できること、また有機相に取り込まれたパラジウムをアンモニア溶液と接触させることによりパラジウムを回収できることを結論付けることができる。
したがって、DO3TPAを抽出剤として用いることで、従来型抽出剤DHSより極めて短時間にパラジウムを抽出分離可能で、かつ硫黄含有ジアミド化合物では困難であったアンモニア溶液による逆抽出が容易に行えると結論付けることができる。
【0031】
(実施例4)
本実施例では、上記一般式(I)で示されるスルフィド含有モノアミド化合物として、前記DO3TPAに加えて、前記(B)のN−メチル−N−n−オクチル−3−チアペンタンアミド(MO3TPA)、前記(C)のN−メチル−N−n−オクチル−4−チアペンタンアミド(MO4TPA)、及び前記(D)のN−メチル−N−n−オクチル−フェニル−3−チアペンタンアミド(MOPh3TPA)を用い、構造の違いによる抽出速度の変化について調べた。
【0032】
DO3TPA、MO3TPA、MO4TPA及びMOPh3TPAの各々を、クロロホルム溶媒により希釈して、0.01mol/Lとした。これらの有機溶媒に、10mg/Lのパラジウムを含む等体積の3mol/L塩酸溶液を加え、激しく振とうすることで、有機相へパラジウムの抽出を行った。
抽出率は振とう前後の水相の金属濃度をICP発光分光器で測定して求めた。抽出時間を変えた際の抽出率の変化を図3に示す。
【0033】
図3に示すとおり、MO3TPA(□)、MO4TPA(●)及びMOPh3TPA(○)は、DO3TPA(■)と同様もしくはそれ以上に速くパラジウムを抽出することができる。また、いずれもこの条件下において、白金やベースメタルをほとんど抽出せず、パラジウム抽出後の有機相に当体積の28%アンモニア溶液を接触させることで80%以上のパラジウムを逆抽出可能である。
したがって、MO3TPA、MO4TPA、MOPh3TPA及びDO3TPAといった硫黄を含有したモノアミド化合物を有効成分とする抽出剤は、抽出速度及び逆抽出に関し従来型抽出剤の欠点を補えると結論付けることができる。
【0034】
(実施例4)
本実施例では、上記一般式(I)で示されるスルフィド含有モノアミド化合物として、DO3TPA、MO3TPA、MO4TPA及びMOPh3TPAを用い、パラジウムの抽出容量を、以下のようにして求めた。
抽出の際の有機相は、80vol%n−ドデカン−20vol%2−エチルヘキサノール混合溶媒で抽出剤を0.1mol/Lに希釈したものを用いた。水相の塩酸濃度は3mol/Lで一定にし、パラジウム濃度を変化させた。有機相と水相を60分間激しく振とうし、金属の抽出を行った。振とう前後の水相の金属濃度をICP発光分光器で測定することで、抽出平衡後の有機相及び水相中のパラジウム濃度を求めた。図4に抽出平衡後の有機相及び水相中のパラジウム濃度をそれぞれ縦軸及び横軸にとったグラフを示す。
【0035】
図4に示すとおり、いずれの抽出剤を使用しても、有機相中の飽和パラジウム濃度(抽出容量)は約0.05〜0.06mol/Lであった。これは抽出錯体のパラジウム―抽出剤比1:2が優勢であることを示しており、DHSで報告されている値(Journal of Chemical Engineering of Japan, Vol.19, p.361−366(1986))とほぼ同じである。また、水相中のパラジウムのモル濃度の2倍のモル濃度の硫黄含有モノアミド抽出剤を用いることで、定量的なパラジウム抽出が行えることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で示されるスルフィド含有モノアミド化合物を有効成分とすることを特徴とするパラジウム抽出剤。
【化1】

(式中、R、R、Rは、分岐していてもよい炭素数1〜18の鎖式炭化水素基、炭素数1〜10の脂環式炭化水素基、及び炭素数1〜14の芳香族炭化水素基から選ばれる基を表す。また、nは、1〜4の整数を表す。)
【請求項2】
酸性条件下でパラジウムを含有する水溶液と、請求項1に記載のパラジウム抽出剤を含有する有機相を接触させることにより、パラジウムを前記有機相に抽出することを特徴とするパラジウムの分離方法。
【請求項3】
請求項2に記載の有機相に抽出されたパラジウムを、アンモニア溶液と有機相を接触させることにより逆抽出して、パラジウムを含む水溶液を得ることを特徴とするパラジウムの回収方法。
【請求項4】
すくなくともパラジウムを含有する被処理溶液からパラジウムを分離回収する方法であって、すくなくともパラジウムを含有する酸性の被処理液と、請求項1に記載のパラジウム抽出剤を含有する有機相とを接触させて、前記酸性の被処理溶液からパラジウムを分離する第1工程、及び得られたパラジウムを含有する前記有機相に、アンモニア溶液を接触させてパラジウムを回収する第2工程を含むことを特徴とするパラジウムの分離回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−59533(P2010−59533A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−6341(P2009−6341)
【出願日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年2月8日 千葉工業大学主催の「千葉工業大学 工学研究科 機械サイエンス専攻 修士論文発表会」に文書をもって発表
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】