説明

パーム幹からの樹液採取方法

【課題】伐採後のパーム幹中の糖濃度を上昇させ、その糖分を効率よく樹液として採取する方法を提供する。
【解決手段】伐採パーム幹の樹液の糖濃度が伐採直後より増加した伐採パーム幹を選抜し、この選抜した伐採パーム幹から樹液を採取する。樹液の糖度は、伐採したパーム幹を貯蔵することによって上昇し、伐採時の糖濃度の約3倍まで増加する。採取は糖濃度が伐採時の少なくとも1.5倍以上になってから行う。この樹液の採取は、伐採後少なくとも糖上昇が認められてから1日〜90日、又は糖濃度の上昇が止まる迄の期間以内のものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、伐採したパーム幹の樹液から糖濃度の高い樹液を採取する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
パーム植物は、樹液から糖分、澱粉や油脂を製造するために樹液や種子が活用されている。例えば、オイルパームから生産されるパーム油は、世界で約3,550万トン/年生産され、そのうちの約87%をマレーシアとインドネシアの2カ国が半々を占める東南アジアの代表的な農産物である(2005年実績、アメリカ農務省統計資料による)。パーム油は大豆油等と比較し安価であるために、マーガリンや揚げ物用の油など食用に利用されるほか、石鹸や化粧品など工業用途にも多用されている。
【0003】
パーム油生産のために栽培されるオイルパーム(oil palm、学名:Elaeis guineensis、和名:アブラヤシ)は、生産性を維持するために、20〜25年の間隔で再植栽培が必要とされる。マレーシアの場合、1980年からの本格的なプランテーションにより、現在、年間約4万ヘクタールの再植栽培が行われるため約3,000万トンのパーム幹が伐採されている。近い将来には、これまでのプランテーションの面積拡大の結果として、毎年約20万〜25万ヘクタールもの再植栽培が必要になると見込まれている。伐採の対象となるオイルパームは、幹に薬物を注入され立ち枯れさせられるか、伐採後プランテーション内で放置又は焼却処分されている。しかしながら、伐採パーム幹の放置、焼却処分は深刻な環境破壊につながることが懸念され、環境負荷を掛けない伐採パーム幹の有効活用が求められている。
【0004】
オイルパームに限らず、サゴヤシ(学名:Cycas circinalis)、ココヤシ(学名:Cocosnucifera)やニッパヤシ(学名:Nypa fruticans)等のパームも樹液に糖分を含み、種子には多量の澱粉や油脂を含むのでパーム植物の有用性は非常に高い。しかし、樹齢が高く生産性の低くなったパーム植物はオイルパーム同様、伐採されるだけであり、資源としての有効活用もなされていない。
【0005】
パーム幹は他の木質系バイオマスと異なり、幹の大部分が維管束や維管束を取り巻く繊維質で構成されている。そのため、木材としての耐久性が不十分で、利用方法としては比較的強固な外皮を合板等の表面加工資材として利用する程度に止まり、その他の部分は未利用のまま廃棄されている。
【0006】
一方、近年、石油資源の枯渇や地球温暖化問題の軽減方策として、燃料用エタノールなど石油代替エネルギーや乳酸などバイオプラスチック原料の製造技術開発が活発に行われている。特に燃料用エタノールに関しては、自動車燃料であるガソリンの代替燃料として注目を集めており、その需要は非常に大きい。
しかしながら、現在、燃料用エタノールの多くはトウモロコシ澱粉やサトウキビ汁等の食用農産物から製造されており、将来の人口増に伴う食用農産物需要の増大などにより、食用途とエネルギー用途間での競合が生じることが予想されている。そのため農作物の未利用部分、即ち、農産廃棄物から燃料用エタノールなどへの変換技術の開発が切望されているが、未だ技術開発は困難を極めている状況である。
【0007】
伐採されるオイルパーム幹は、産出される量、持続的なオイルパーム産業の発展及び環境負荷低減の観点からも非常に有望なバイオマス資源である。このような背景からオイルパームの繊維を活用する技術の開発が進められている。
特許文献1は、伐採パーム幹を樹液と繊維質とに区分して、繊維質を糖化処理する方法を開示している。
【特許文献1】特許4065960号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載された技術は、パーム幹中の糖を樹液として取り出し、エタノール又は乳酸の原料とするものである。パームからの糖回収効率を向上させるためには、幹中に含まれる澱粉、セルロースやヘミセルロースなどの多糖類成分を発酵可能な遊離糖へ変換し、樹液中へ移行させる、又は可溶化させる、又は抽出させることが求められている。
【0009】
本発明者らは、上記樹液中の糖濃度を最大限上昇させるために、パーム幹の処理方法について鋭意研究を重ねたところ、伐採したパーム幹を意図的に一定期間貯蔵することで、樹液中の糖の量が経時変化することを見出し、糖濃度の高い樹液を選抜すれば飛躍的に糖濃度が上昇した樹液を得ることができることを発見し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、伐採パーム幹の樹液の糖濃度が伐採直後より増加した伐採パーム幹を選抜し、この選抜した伐採パーム幹から樹液を採取する、パーム樹液の採取方法を提供する。
伐採パーム幹は、伐採後少なくとも糖上昇が認められてから1日〜90日、又は糖濃度の上昇が止まる迄の期間以内のものを選抜する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法によれば、パーム幹中に存在する糖を樹液として取り出すことができる。したがって、樹液の採取において、加熱、加水、有機溶媒による抽出処理を行なわなくとも糖分の採取効率を高めることができるので、作業効率を向上させることができる。特に、本発明によれば発酵性遊離糖を効率よく採取できる。すなわち、発酵性遊離糖を樹液として採取するので、直接樹液をアルコール発酵や乳酸発酵の原料として用いることができる。
また、従来廃棄物としてしか扱われなかった伐採パーム幹を原材料とし、高収率、安価にエタノール、乳酸を製造できるばかりでなく、伐採パーム幹に対する資源価値を高め、持続的なパーム幹処理を含めたパーム関連産業の確立と環境負荷の低減化が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための最良の形態について説明する。
本発明の方法は、伐採パーム幹の樹液の糖濃度が伐採直後より増加した伐採パーム幹を選抜し、この選抜した伐採パーム幹から樹液を採取する、パーム樹液の採取方法である。
より詳しくは、伐採したパーム幹を貯蔵する工程と、貯蔵中のパーム幹樹液の糖度又は糖濃度が伐採直後の樹液より増加している伐採パーム幹を選抜する工程と、前工程で選抜した伐採パーム幹から樹液を採取する工程とを含むパーム樹液の採取方法である。
さらにまた本発明は、伐採時に樹液の糖度又は糖濃度を測定する工程と、伐採後のパーム幹を貯蔵する工程と、伐採後の樹液の糖度又は糖濃度を測定し糖度又は糖濃度が伐採時より増加している伐採パーム幹を選抜する工程と、選抜した伐採パーム幹から樹液を採取する工程とを含むことを特徴とする、パーム樹液の採取方法を提供する。
【0013】
なお、本明細書でいうパーム幹とは、オイルパーム、サゴヤシ、ココヤシ又はニッパヤシ等の果実生産性が落ちたパーム幹又は20年以上経過したパーム幹、さらには伐採予定のパーム幹を原料とするほか、再植栽培や計画的な栽培のために伐採されるパーム幹又は病害虫により伐採を余儀なくされる樹齢の若いパーム幹でもよく、さらには合板用途等に使用され樹皮を剥かれたパーム幹のような、伐採後も樹液の採取可能なパーム幹であれば何れでも構わない。
【0014】
伐採したパーム幹は、過度な水分の蒸発を防ぐため、さらにはカビなどによる汚染、腐敗を防ぐため樹皮を剥がずにそのまま貯蔵するのが好ましいが、運搬の都合や合板用途等により樹皮が剥かれた場合でも搾汁可能な状態の幹であれば何れも使用可能である。貯蔵は、パーム幹を屋内外において、平均気温約20〜40℃の範囲の温度が好ましいが、これよりも高い温度でも、低い温度でも伐採パーム幹中の樹液の糖濃度が上昇する現象が得られるのであれば、いかなる温度でも貯蔵可能である。パーム幹の樹液は、一般的に、伐採時の糖濃度で3〜7%、糖度は5〜7Brix%の範囲にある。
パーム幹の樹液の糖濃度又は糖度は、伐採直後のパーム幹を物理的な圧搾、粉砕して採取した樹液を直接又は遠心分離により採取して測定する。さらに簡便な方法としては、パーム幹に直接傷をつけ、染み出てくる樹液を採取して測定することができる。
貯蔵期間は、糖濃度上昇が認められてから1日〜90日、好ましくは7〜60日、さらに好ましくは10〜40日の範囲で、Brix糖度が9以上に達した期間、あるいは糖濃度上昇が止まる迄の期間において、その貯蔵期間を延長又は短縮しても構わない。
【0015】
伐採したパーム幹の貯蔵は前述のように屋外内いかなる場所でも構わないが、屋内の場合、パーム幹の糖濃度の上昇を促進するまで、上記範囲の温度、或いはそれ以下又はそれ以上の温度において貯蔵管理し、その糖濃度上昇迄の期間を短縮させることも可能である。
【0016】
伐採したパーム幹を貯蔵しても、パーム幹の含水分の変動はほとんど見られない。しかし、樹液の糖濃度又は糖度は、伐採後から濃くなり、30〜40日ごろをピークに減少する傾向にある。また、発酵性遊離糖も伐採後から増加し、30〜40日ごろをピークに減少する傾向にある。糖濃度又は糖度は、ピーク時に伐採直後の約2〜3倍程度になることがわかった。したがって、糖濃度又は糖度が伐採時の少なくとも1.5倍以上になったパーム幹を選抜して樹液を採取すれば、パーム幹中に存在する糖分、特に発酵性遊離糖を効率的に取り出すことができる。樹液中の発酵性遊離糖が伐採時の1.5倍以上に増加する時期は、Brix糖度を計れば簡単に知ることができる。すなわち、樹液が9Brix%以上になった伐採パーム幹を選抜して樹液を採取すればよい。
【0017】
パーム幹からの樹液採取は、物理的な圧搾、粉砕又は遠心分離やそれぞれを組み合わせて行うことができる。本発明の方法によれば、パーム幹中に残存する糖分を樹液として効率的に採取できる。このため、樹液を採取した後のパーム幹に対し、さらなる糖の抽出処理を行なわなくともよいが、抽出処理を排除するものではない。例えば樹液を前記しかるべき工程を経て抽出後、繊維に付着している糖分を湯や水で洗浄又は攪拌などにより抽出しても構わない。更には繊維に残存している澱粉などの多糖類を抽出するために、アミラーゼなどの酵素を加え、適当な温度と時間を掛けて不溶性の多糖類を加水分解して抽出し、先の樹液と混合し後の工程に使用されても問題ない。
【0018】
図1(A)は、樹液を採取するオイルパームやサゴヤシ等のパーム幹を軸方向に垂直な方向で切断した輪の斜視図であり、図1(B)は図1(A)のX−X方向に沿う断面図である。樹液を採取するパーム幹10は、図1に示すように、中心領域11と中間領域12と外層領域13とからなる樹幹部分に領域区分される。最外側表面が樹皮14である。
パーム幹10の断面直径が33cm程度のオイルパーム幹である場合には、中心領域11は中心軸から外方向に距離5〜8cm程度に亘る領域であり、中間領域12は中心領域から外方向に距離5cm程度に亘る領域であり、樹皮14の厚さは2〜3cm程度であり、残りが外層領域13である。またパーム幹10の断面直径が60cm程度のオイルパーム幹である場合には、中心領域11は中心軸から外方向に距離10〜15cm程度に亘る領域であり、中間領域12は中心領域から外方向に距離10cm程度に亘る領域であり、樹皮14の厚さは2〜3cm程度であり、残りが外層領域13である。
パーム幹からの樹液の採取は、パーム幹10の中心領域11、中間領域12、外層領域13から行なう。
【0019】
貯蔵期間中において、パーム幹の含水分変動は、外層領域13でやや減少するものの、中心領域11、中間領域12ではほとんど変動していない。一方、樹液に含まれる糖分は、糖総量で伐採直後の約3〜4倍、発酵性遊離糖で伐採後の約2〜3倍に増加する。Brix糖度でも、同様に伐採後の約2〜3倍に増加しており、発酵性遊離糖の増加とBrix糖度の変化が同じ傾向を示している。したがって、糖濃度又はBrix糖度が伐採後の1.5倍以上となった伐採パーム幹を選抜して樹液を採取すれば発酵性遊離糖を効率的に採取できることがわかる。Brix糖度は、一般的にデジタル糖度計のような光の屈折率を利用し溶液中の可溶性固形分による屈折率の変化を観察する、すなわちBrix%で表示可能な糖度測定計を用いて行えばよい。さらに正確に糖濃度を測定したければ、ソモギネルソン法のような比色法により還元糖量を可視分光光度計により測定できる。さらにより詳細に測定したければ、高速液体クロマトグラフィーを用い、それぞれの遊離糖を分別して測定し定量することも可能である。
【0020】
採取した樹液中には、アルコール発酵や乳酸発酵の際に、微生物の発酵困難なセルロースやヘミセルロースや澱粉等の多糖類や、可溶性を有するオリゴ糖類が含まれている。従って樹液中のグルコース、ガラクトース、マルトース、フラクトース等の発酵可能な遊離糖を増加させるために、伐採後、9Brix%に達していないパーム幹、又は9Brix%以上のパーム幹から搾汁した樹液に、α−アミラーゼ、α−グルコシダーゼ、セロビオヒドラーゼ、β−グルコシダーゼ、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ、シュクラーゼ等の糖質加水分解酵素を単独、もしくは複数の組み合わせで加え、生物化学的に含まれる多糖類の分解反応を促進させ、さらなる糖収量を増加するための処理を行ってもなんら問題は無い。これにより樹液中の発酵可能な糖の収量を増加させることができる。また酵素の代わりに適当な濃度の塩酸や硫酸又は水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ性の薬品を加え、加熱及び加圧を加える、さらには一定期間放置するなど、物理化学的に上記多糖類を加水分解し、樹液中の糖の増加を促進させることも可能である。
【0021】
またパーム幹の糖濃度の上昇が緩慢で、搾汁を余儀なくされる場合や、糖濃度が低いパーム幹から搾汁した樹液を用いる場合や、上記処理を行った樹液でも9Brix%に達しない場合において、その糖濃度を上昇させるためには、その樹液に対して濃縮装置を用いて樹液中のBrix糖度を9%以上に上げることも可能である。濃縮装置としては一般的に果汁濃縮において使用されている、真空蒸発濃縮、加熱濃縮、真空濃縮、凍結濃縮により適当な糖濃度に濃縮することが可能である。逆浸透膜、限外濾過膜など膜濃縮技術の活用も有効な手段である。9Brix%以上ある樹液に対しても、糖濃度の更なる上昇が必要であれば、上記の濃縮装置や濃縮技術を用いて濃縮することが可能である。
【0022】
採取した樹液又は上記処理した樹液は、大部分の微生物が発酵可能な発酵性の遊離糖が多く含まれていることから、定法により、アルコール発酵、乳酸やコハク酸やクエン酸など有機酸発酵、2,3−ブタンジオール発酵、アセトイン発酵、アセトン・ブタノール発酵、エリスリトール発酵、マンニトール発酵、グリセロール(グリセリン)発酵、L−ソルボース発酵、D−リボース発酵、3−ケト糖発酵、セルロース発酵、カードラン発酵、キサンタンガム発酵、プルラン発酵、デキストラン発酵、トレハロース発酵、グリコーゲン発酵、リボフラビン発酵、ビオチン発酵、ビタミンB6発酵、ビタミンB12発酵、D−パントテン酸発酵、ユビキノン発酵、メナキノン発酵、グルタミン酸やリシンなどのアミノ酸発酵、5’−イノシン酸発酵やグアノシン発酵やウリジン発酵などの核酸発酵、ペニシリン発酵やセファロスポリン発酵やストレプトマイシン発酵やカナマイシン発酵などの二次代謝産物発酵、ステロイド発酵や多価不飽和脂肪酸発酵などの脂質発酵、またタカアミラーゼ、アルカリプロテアーゼ、セラチオペプチダーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ、プルラナーゼ、グルコースイソメラーゼ、グルコースオキシダーゼ、シクロデキストリン生成酵素、セルラーゼ、リパーゼなど酵素タンパク質発酵、インターフェロン−α、ヒト成長ホルモン、B型肝炎ウイルス表面抗原、ヒトインスリン、キモシン、インターロイキン‐6(IL−6)やインターロイキン‐2(IL−2)など組換えタンパク質発酵、さらにはピロロキノン発酵、アスタキサンチン発酵、界面活性剤発酵、ケトアルカン発酵、サーファクチン発酵、β−カロチン発酵など微生物を用いた如何なる発酵用途にも適応させることが可能である。また、樹液を採取した残渣である繊維分は、酸やアルカリによる加水分解やヘミセルラーゼやセルラーゼ等の酵素により糖化処理を行なえば、パーム幹をさらに有効に利用することができる。
樹液を上記発酵に用いる場合、パーム幹の繊維分の糖化液と混合して行ってもよい。
【0023】
以下に、パーム幹の繊維分を酵素で糖化(以下、「加水分解」ということもある)し、樹液と合わせてエタノール発酵又は乳酸発酵を行い、エタノール又は乳酸を製造する例を示すが、本発明により開示された技術を用いれば、発酵可能な遊離糖を多く含む樹液を得ることができることから、様々な微生物を用いた上記有用な発酵生産物を製造することができる。
すなわち、伐採したパーム幹を貯蔵する工程と、貯蔵中のパーム幹樹液の糖度又は糖濃度が伐採直後の樹液より増加している伐採パーム幹を選抜する工程と、前工程で選抜した伐採パーム幹から樹液を採取する工程とからなるパーム幹からの樹液の採取方法、又は、
伐採時に樹液の糖度又は糖濃度を測定する工程と、伐採後のパーム幹を貯蔵する工程と、伐採後の樹液の糖度又は糖濃度を測定し、糖度又は糖濃度が伐採時より増加している伐採パーム幹を選抜する工程と、選抜した伐採パーム幹から樹液を採取する工程とからなるパーム幹からの樹液の採取方法、に以下の2つの工程を加えることで、伐採したパーム幹を糖化する方法である。
(1)樹液を採取した後のパーム幹繊維を酵素で糖化して糖化液を得る工程と、
(2)前記工程で得られた糖化液と樹液とを混合してエタノール発酵又は乳酸発酵を行なう工程とを含むエタノール又は乳酸の製造方法。
【0024】
樹液を採取した後のパーム幹繊維の糖化は、繊維分を緩衝液等に懸濁し、セルラーゼやヘミセルラーゼ、アミラーゼ等の酵素あるいはその混合物を添加して、放置又は撹拌しながらpH4〜6程度、温度35〜60℃程度、10〜100時間の条件下で行なう。
酵素による加水分解により得られる糖化液には、セルロース、ヘミセルロース由来の糖であるグルコース、キシロース、アラビノース、ガラクトース、ラムノース、マンノースや、澱粉由来のグルコースやマルトースなどこれらの成分からなるオリゴ糖が含まれる。
【0025】
また、繊維分は、直接酵素により加水分解処理を施してもよいが、酵素加水分解を施す前に最大限に酵素処理効果を得るために熱や化学薬品を用いた前処理を行なうことが好ましい。具体的には、針状繊維組織を硫酸、塩酸、硝酸その他の酸性又は水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア、尿素その他のアルカリ性の薬品と共に、常温で長時間処理するか、又は高温度で10分から2時間程度の反応時間で加熱処理を行なうことが好ましい。
【0026】
硫酸を例にとって具体的に説明すると、硫酸濃度は0.1〜5%、好ましくは0.5〜3%程度、加熱温度は140℃〜230℃、好ましくは160℃〜210℃程度、反応時間は1〜20分間、好ましくは5〜10分間程度である。これらの前処理は、オートクレーブなどを用いて行なうことが好ましい。
【0027】
前処理を行った場合、反応終了次第、中和処理を行ったほうがよい。前処理物が酸性である場合には水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化カリウム、尿素、アンモニアなどのアルカリ性の薬品で中和し、前処理物がアルカリ性である場合には塩酸、硫酸、硝酸などの酸性の薬品で中和すればよい。
【0028】
中和処理後、中和された前処理物を酵素により加水分解する。すなわち前述したように、セルラーゼ及び/又はヘミセルラーゼを添加し、放置又は撹拌しながらpH3〜8程度、温度35〜60℃程度、10〜100時間程度という条件下で加水分解反応させる。
【0029】
前述したように、酵素による糖化によって、パーム幹の繊維分は、セルロース、ヘミセルロース、澱粉が加水分解されて五炭糖や六炭糖が生成される。
次に、加水分解反応物を固液分離する。固液分離の方法は、ろ過や遠心分離などを用いることができる。エネルギー消費の小さいろ過を用いることが好ましい。固液分離したろ液には、セルロース、ヘミセルロースおよび澱粉由来の糖であるグルコース、キシロース、アラビノース、ガラクトース、マンノース、マルトース等が含まれる。ろ液は、酸性である場合には水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化カリウム、尿素、アンモニア等のアルカリにより中和することが望ましい。
【0030】
パーム幹の繊維分の糖化液は、樹液と混合してアルコール発酵を行いエタノールの製造あるいは乳酸発酵を行って乳酸を製造することができる。エタノール又は乳酸製造にあたり、窒素、リンを含む栄養源と後述する微生物を添加し、適切な温度、pH等の条件下で微生物を培養して発酵を行なえばよい。
【0031】
アルコール発酵あるいは乳酸発酵に用いられる糖液は、発酵処理の前に糖濃度を調整してもよい。具体的には、糖含有量が5重量%以上から30重量%の範囲が好ましいが、それ以下又はそれ以上の糖濃度でも微生物による発酵が行われれば何れの濃度範囲でも構わない。
【0032】
発酵におけるpHの範囲は、後述する微生物が生育可能である範囲内にある限り制限されないが、例えば4〜7.5、好ましくは5〜7.0に調整する。このpHの調整には、pH調整剤として通常使用されている塩酸、硫酸、酢酸、クエン酸などの酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸水素ナトリウム、アンモニアなどのアルカリ、又は、トリス塩酸塩、リン酸水素塩、リン酸水素カリウムなどの塩類の何れかを用いることができる。
【0033】
なお、必要に応じて、硫酸アンモニウムやリン酸水素アンモニウムなどの窒素塩類や、酵母エキス、コーンスティープリカー、ポリペプトン、肉エキス、カゼイン加水分解物、大豆抽出物等の培養補助成分やその他の任意成分をパーム幹から得られた樹液及び/又は固形物を加水分解して得られる糖液と併用して用いることもできる。その他、カリウム塩、ナトリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、マンガン、亜鉛、鉄等の無機塩類が必要に応じて添加される。また、栄養要求性が付与されている微生物を用いる場合には、生育に要求される栄養物質を添加すればよい。必要であればペニシリン、エリスロマイシン、クロラムフェニコール、ネオマイシンなどの抗生物質類が添加されても良い。
【0034】
栄養補助成分の一例として、酵母エキスを添加する場合、樹液100重量%中に酵母エキス0.01〜2重量%となる範囲に調整するとよい。この添加割合の範囲であれば微生物の発酵を促進することができる。
【0035】
次に、発酵の際に用いる微生物について説明する。
エタノール発酵の際に用いる微生物として、サッカロミセス属酵母、ピケア属酵母、クルイベロミセス属酵母、ザイモモナス属細菌、ザイモバクター属細菌、クロストリジウム属細菌などが挙げられる。
乳酸発酵の際に用いる微生物としては、ラクトバチルス属細菌、ストレプトコッカス属細菌、クルイベロミセス属酵母などが挙げられる。
これらの微生物に限らず、パーム幹から採取、回収した樹液や固形物の加水分解で得られる糖液から、エタノール、乳酸をそれぞれ発酵できる微生物であればよい。例えば、遺伝子組み換えを行った酵母、大腸菌、乳酸菌、カビ、キノコ等などの微生物や真菌類でもよく、これらの微生物を用いることでエタノールや乳酸を効率的に生産させることができる。また、セルラーゼなどの加水分解酵素を生産する微生物、例えば、カビ、バチルス属細菌又はクロストリジウム属細菌などを併用しても構わない。
【0036】
発酵温度は、使用する微生物により異なるが、25℃〜45℃付近の培養温度が好ましく、この温度範囲で効果的に発酵を行なうことができる。しかし、微生物の種類に応じて、25℃以下の低温域又は40℃以上の高温域で培養、発酵させても構わない。その他の培養条件としては、用いる微生物に応じて、例えば上述したpHの範囲、あるいは嫌気条件又は好気的な条件下で微生物を培養することが好ましい。
【0037】
上記何れの製造方法においても、従来廃棄物としてしか扱われなかった伐採パーム幹を原材料とし、高収率、安価にエタノール及び乳酸を製造できるばかりでなく、伐採パーム幹に対する資源価値を高め、持続的なパーム幹処理を含めたパーム関連産業の確立と環境負荷の低減化が可能となる。
【0038】
以下、実施例を挙げて本発明を詳しく説明する。なお、実施例は本発明の範囲を何ら制限するものではない。
【実施例】
【0039】
図2にはオイルパーム幹の伐採、及び伐採後の試料調製のための切断に関する見取り図を記載した。図中、Fは果房を、Lは葉を示す。直径50〜60cm、長さ約8.6mのオイルパーム幹(推定樹齢約20年〜25年)を、地面より約0.6m上部の部分から伐採し、図1に示すように約2m60cmずつ3等分し、樹皮つきのまま、平均気温約29〜32℃の場所へ保存した。この伐採直後のパーム幹は0日目、1日目、3日目、7日目、15日目、30日目、60日目、90日目、120日目ごとに、端5cmを切り落とし、12.5cm幅のディスク上にスライスした。またこのディスク状にスライスしたパーム幹は、図1の(A)及び(B)に示すように中心領域11、中間領域12及び外層領域13を約15〜20cm間隔で3等分に切断した。
【0040】
0日目、1日目、3日目、7日目、15日目、30日目、60日目、90日目、120日目まで、各日数貯蔵した伐採パーム幹について、中心領域、中間領域、外層領域に切断したパーム幹を用いて水分含量を測定した。各日数、各領域約10〜20gに切断、正確に秤量し、105℃、重量の減少がなくなるまで乾燥させた。乾燥後の各領域のパーム幹を正確に秤量し、加熱乾燥前の各パーム幹の重量から差し引くことで、水分重量を算出した。その結果、図3に示すように、水分蒸発が激しいと予想された外層領域(△)では0日目の時点で水分71.6重量%であり、120日目までの貯蔵期間中、若干の増減は見られたものの120日目においては依然、水分含量74.9重量%を保持しており、ほとんど水分の蒸発は認められなかった。また中心領域(○)や中間領域(□)においては、0日目(中心領域では82.0重量%、中間領域では78.3重量%)から120日目までの貯蔵期間を通じ、大きな水分含量の減少は認められず、120日目においては中心領域で75.2重量%、および中間領域で77.7重量%の水分を保持していた。この結果から中心領域や中間領域においては水分含量の変化が極めて少ないことが分かった。
【0041】
各貯蔵日数により、樹液中の糖含量や糖組成に影響が認められるかを検討するために、1日目から120日目までの貯蔵した伐採パーム幹を中心領域、中間領域、外層領域にそれぞれ調製し、それぞれの領域ごとに油圧式プレス機に供して70〜80kg/cmの圧力により搾汁し、樹液を採取した。樹液の量はそれぞれ中心領域、中間領域、外層領域において約40〜60ml程度搾汁できた。日数ごと、各領域において搾汁された樹液に対する全糖量はフェノール硫酸法を用いた比色法により、グルコースを用いた検量線から含まれる糖含量を算出した。含まれる各遊離糖の測定には、示差屈折検出器を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により測定した。分析条件はCARBOSep CHO−682カラム(東京化成工業)を使用し、移動相は水(0.4ml/分、80℃)を用いた。
【0042】
図4(A)は、各領域中に含まれる全糖量を各領域別に日数ごとプロットしたグラフである。ここで述べる全糖量はいわゆるグルコースやフラクトースなどの還元性糖やスクロースなど非還元糖などの水溶性遊離糖をはじめ、や澱粉由来のデキストリン、又はβ−グルカン等、比較的分子の大きな多糖類、さらには澱粉由来のマルトオリゴ糖や、セルロースやヘミセルロース由来のセロオリゴ糖やガラクトオリゴ糖やマンノオリゴ糖等を含め、強酸と加熱するとフルフラールまたはその誘導体となるすべての糖類の量を示している。伐採後1日目における中心領域(○)の全糖量は4.8重量%、中間領域(□)の全糖量は8.4重量%、外層領域(△)の全糖量は6.0重量%であったのに対し、貯蔵3日目以降からすべての領域において急激に糖濃度が上昇し、30日間の貯蔵により中心領域で最大20.2重量%、中間領域で最大20.7重量%、外層領域が最大18.5重量%に増加することを発見した。また30日以降、60日目までは各領域とも約2〜4重量%程度の糖濃度減少が認められ、更に60日以降、各領域の糖濃度はいずれも急激に減少がみられ、120日目では中心領域で3.9重量%、中間領域で4.0重量%、外層領域で4.7重量%まで減少することが分かった。
【0043】
一方、図4(B)は、HPLCにより各領域中に含まれる発酵性糖であるスクロース、グルコース、ガラクトース、及びフラクトースの定量を行い、その総量を各領域別に貯蔵日数ごとプロットしたグラフである。伐採後1日目における中心領域(○)の発酵性糖量は5.9重量%、中間領域(□)の発酵性糖量は9.1重量%、外層領域(△)の全糖量は7.2重量%であったのに対し、貯蔵3日目以降からすべての領域において急激に糖濃度が上昇し、30日間の貯蔵により中心領域で16.1重量%、中間領域で14.1重量%、外層領域が14.5重量%に増加することを発見した。また30日以降、60日目までは各領域とも約2〜6重量%程度の糖濃度減少が認められ、更に60日以降、各領域の糖濃度はいずれも急激な糖濃度の減少がみられ、120日目では中心領域で2.9重量%、中間領域で1.4重量%、外層領域で2.8重量%まで減少することが分かった。上記した各領域における貯蔵日数に関する全糖量や、発酵性糖量の増加及び減少の生じる時期及び傾向は非常に良く一致している。また貯蔵日数を通じて中心領域、中間領域、外層領域の水分含量に変化が少ないことから、糖の絶対量が上昇していることが明らかであり、特にスクロースの分解に伴う、グルコースやフラクトースの増加だけでなく、伐採幹中に含まれる澱粉やセルロース、ヘミセルロースなど他の多糖類などから発酵性糖が供給されていることが示唆される。
これらの結果から、パーム幹伐採後、適当な期間、貯蔵及び熟成管理することで、パーム幹中の発酵可能な遊離糖の絶対濃度を最大約3倍増加させることができることを見出した。
【0044】
上記全糖測定やHPLCを用いず、より簡便に樹液の熟成度を調べることができるかどうかを検討するために、市販手持屈折計(株アタゴ MASTER−A1T)を使用し熟成度の測定を行った。3日間、7日間、15日間、30日間、60日間と貯蔵期間を設けたパーム幹の中心領域から搾汁した樹液を試験サンプルとして、その約0.1ml程度を取り、屈折計により測定を行なった。糖度計のゼロ点は蒸留水を用いて調節した。その結果、貯蔵期間3日目ではBrix(%)は5.9%と低い値を示したが、7日間で10.0%、15日間で12.2%、30日間では16.0%、60日間では11.6%という値を示し、前述した全糖及びHPLCの糖濃度測定結果にほぼ一致していることが分かった。従って、貯蔵期間中の熟成度の測定においては、期間に依存せず、屈折計により樹液の糖度を測定することで簡便に熟成度測定し、パーム幹中の樹液の糖度が高くなった時期を選抜的に選び搾汁することができる。

【表1】

【0045】
パーム幹中の糖度の上昇がエタノール発酵に与える影響を検討するために、3日間、7日間、15日間、30日間、60日間と貯蔵期間を設けたパーム幹の中心領域から搾汁した樹液そのままを試験サンプルとして、酵母を用いたエタノール発酵試験を行なった。
具体的には、3日間、7日間、15日間、30日間、60日間と貯蔵期間を設けたパーム幹の中心領域から、前述した油圧式プレス機により搾汁した樹液をフィルターろ過滅菌(径0.22μm)、酵母(酒類総合研究所製、サッカロミセス・セルビシエ協会7号)を植菌して、30℃、静置条件で72時間発酵を行った。培養後、培養液中に蓄積したエタノール濃度はガスクロマトグラフィー(島津製作所製、モデルBC−2014)を用いて測定した。
図5には、熟成期間を設けた各樹液の培養72時間後のエタノール生産量を棒グラフで、菌濃度を濁度として黒塗りの丸●で示した。3日間の熟成期間での樹液を用いた発酵試験では、エタノール濃度2.1重量%、菌濃度9.3であった。また同じく7日間の熟成期間ではエタノール濃度3.8重量%、菌濃度11.8であった。また同じく15日間の熟成期間ではエタノール濃度4.8重量%、菌濃度14.7であった。また同じく30日間の熟成期間ではエタノール濃度5.2重量%、菌濃度15.0であった。また同じく60日間の熟成期間ではエタノール濃度4.2重量%、菌濃度14.0であった。以上の結果から、樹液中に含まれる糖濃度が最も高い30日間の熟成期間を設けた樹液を用いた発酵試験が、最も高いエタノール濃度を蓄積することができ、菌の増殖も良好であることが分かった。この結果は、パーム幹中に含まれる糖濃度を高くすることが、エタノール生産性を高め、さらに菌増殖を良好にさせるために重要な工程である。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】(A)は、樹液を採取するオイルパーム幹を軸方向に垂直な方向で切断した輪の斜視図、(B)は、(A)のX−X方向に沿う断面図である。
【図2】パーム幹の伐採位置を示す図である。
【図3】貯蔵期間中のパーム幹に含まれる水分含量の変化を示すグラフである。
【図4】(A)は、パーム幹から採取した樹液中の貯蔵期間中における全糖量の変化を示すグラフ、(B)は、パーム幹から採取した樹液中の貯蔵期間中における発酵可能糖の総量変化を示すグラフである。
【図5】伐採3日〜60日を経過したパーム幹中心領域から調製した樹液を用いたエタノール発酵試験の結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0047】
10:オイルパーム幹
11:中心領域
12:中間領域
13:外層領域
14:樹皮

【特許請求の範囲】
【請求項1】
伐採パーム幹の樹液の糖濃度が伐採直後より増加した伐採パーム幹を選抜し、該選抜した伐採パーム幹から樹液を採取することを特徴とする、パーム樹液の採取方法。
【請求項2】
前記伐採パーム幹の選抜は、伐採後パーム幹からの樹液中の糖濃度上昇が認められてから少なくとも1日〜90日以内、又はその糖濃度の上昇が止まる迄の期間に行うことを特徴とする、請求項1記載のパーム樹液の採取方法。
【請求項3】
前記伐採パーム幹は、伐採オイルパーム幹であることを特徴とする、請求項1又は2記載のパーム樹液の採取方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図2】
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