説明

パーム系油脂およびその製造方法

【課題】 パーム系油脂の冷却時の結晶化速度を早くし、さらに経時的な結晶の粗大化を抑制し、それを用いてなる可塑性油脂組成物の品質およびその安定性を向上させ、さらには抗酸化物質であるトコフェロールを一定量以上残存させること。
【解決手段】 ジグリセリド含量3重量%以上のパーム系油脂を、真空圧力が20Pa以下、蒸留温度が220〜290℃の条件で薄膜蒸留などにより、薄膜蒸留後のパーム系油脂中の脂肪酸含量を1重量%以下、ジグリセリド含量を2重量%以下にすること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マーガリンやショートニング用途に用いられる可塑性油脂組成物用パーム系油脂に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、食用植物油脂には数重量%〜10数重量%のジグリセリドが含まれている。特にパーム油は収穫直後からリパーゼの加水分解の影響を受けやすく、他の食用油脂と比べてジグリセリドの含量が多く、5〜15重量%程度含有している。そのため、パーム油はジグリセリドを含有していることで、結晶化が遅くなるという欠点を有する(非特許文献1)。更にパーム油は、結晶化が遅いPOP(1,3‐ジパルミトイル‐2−オレオイルグリセロール)を20〜30重量%と多く含有していることにより(非特許文献2)、その傾向が顕著である。そのため、通常はパーム油を用いてマーガリンあるいはショートニングを作製すると、捏和機中で結晶化が起こりにくく、そのため微細な結晶ができず、さらに経時的に結晶が粗大化してしまい、物性を維持するのが困難であるという欠点があった。
【0003】
上記のようなパーム系油脂を改善する方法としては、水素添加(特許文献1)、エステル交換反応(特許文献2)によりパーム系油脂の組成そのものを変える方法が開示されているが、物性を維持する効果は十分ではなく、融点の低い短鎖脂肪酸や、不飽和脂肪酸を含む、ラウリン系油脂や液状油を多く配合し、可塑性を調整する必要があった。また、高融点の油脂あるいは乳化剤などを配合させることにより結晶化を促進する方法が以前からされているが、製品の口解けが悪くなるという欠点があった。そのため、パームの結晶化を遅くしている原因のひとつであるジグリセリドを低減できれば、可塑性油脂組成物用油脂としての物性が大幅に向上することが期待される。
【0004】
そこで油脂の結晶化をはやくするために、油脂中のジグリセリドの除去についてさまざまな方法が検討されており、シリカゲルへのジグリセリドの吸着(特許文献3)、溶剤抽出による除去(特許文献4)、酵素による方法(特許文献5)などが開示されている。シリカゲルへの吸着による除去は、ジグリセリドを含んだ油脂を溶剤に溶解させ、それをシリカゲル充填剤が詰められたカラムを通すことによりジグリセリドを除去するもので、ジグリセリドのカラムからの脱離、油脂から溶媒の除去が必要となり、手間やコストの面で不利である。溶剤抽出による方法は、ジグリセリドを含んだ油脂をエタノール水溶液と接触させエタノール画分にジグリセリドを分配させるもので、油脂からのエタノール除去、回収操作が必要となり、またエタノールへの油脂の溶解により歩留まりが低下してしまうという欠点があった。酵素反応による方法では、ジグリセリドを特異的に加水分解する酵素を用いて、グリセリンと脂肪酸に分解する反応を用いるが、グリセリンおよび脂肪酸を除去する工程が必要となるという欠点があった。
【0005】
また、薄膜蒸留の油脂への適用は、乳脂肪の分画を試みた非特許文献3など多く見られる。商業的にも、高ジグリセリド含有油脂の製造等に利用されている(特許文献6)。しかし、ジグリセリドを蒸留により除去するには、高温で操作する必要があることから、分子内エステル交換の促進が起こる場合があるため殆ど適用されてこなかった。
【0006】
そのような状況ではあるが、薄膜蒸留(分子蒸留)によるジグリセリドの除去については、特許文献7、および特許文献8において開示されている。しかし、特許文献4はフライ油の品質向上を主な目的としており、実施例の条件で作製された油脂は、蒸留温度が205℃±5℃〜210℃±5℃と低いため、結晶化促進効果は不十分であり、さらに薄膜蒸留の後に脱臭工程が不可欠になっている。また、特許文献5は、薄膜蒸留によりジグリセリドが多い油脂の作製を主な目的としており、これと同時に作製されるトリグリセリドが多い油脂は液状油の酸化安定性の向上を目的としたものである。また、薄膜蒸留時の真空圧力が特許文献7の実施例においては、2×10-3〜5×10-3mmHgつまり0.27〜0.67Pa、および特許文献8では0.01Torr以下つまり1.33Pa以下になっており、いずれも装置内の真空圧力を良好な状態に維持しないとジグリセリドを蒸留することができず、薄膜蒸留装置の価格、良好な状態を維持するためのメンテナンスなどコストの面で不利であるとともに、高真空度で蒸留することにより、酸化防止剤であるトコフェロール含量が大幅に低減してしまい、酸化劣化が早くなってしまうという欠点があった。
【0007】
また、特許文献7および8のいずれも、同技術による結晶化促進効果による良好な可塑性油脂組成物用パーム系油脂の作製は想定しておらず、また、特許文献7が公開されて20年以上たった現在まで、同技術による結晶化促進効果を利用した可塑性油脂組成物用パーム系油脂の作製はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−152182号公報
【特許文献2】特開2005−60614号公報
【特許文献3】特公昭57−35759号公報
【特許文献4】特許番号3557653号公報
【特許文献5】特開平5−88111号公報
【特許文献6】特開2006−328383号公報
【特許文献7】特公昭61−40000号公報
【特許文献8】欧州特許出願公開第1746149号明細書
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Abstract, Euro. Fed. Lipids, 2006
【非特許文献2】Bailey's Industrial Oil and Fat Products, Vol. 2, PP. 341
【非特許文献3】J. Dairy Sci., Vol. 86, 735-745
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、パーム系油脂の冷却時の結晶化速度を早くし、さらに経時的な結晶の粗大化を抑制し、それを用いてなる可塑性油脂組成物の品質およびその安定性を向上させ、さらには抗酸化物質であるトコフェロールを一定量以上残存させることである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、特定の条件でパーム油を薄膜蒸留することで、パーム油中のジグリセリドが大幅に減少させることができ、その結果、可塑性油脂用油脂として重要な特性である結晶化速度が上昇していること、またさらに、抗酸化物質であるトコフェロールを一定量以上残存させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明の第一は、ジグリセリド含量3重量%以上のパーム系油脂を、真空圧力が20Pa以下、蒸留温度が220〜290℃の条件で薄膜蒸留し、薄膜蒸留後の脂肪酸含量を1重量%以下、ジグリセリド含量を2重量%以下にすることを特徴とする可塑性油脂組成物用パーム系油脂の製造方法に関する。好ましい実施態様は、薄膜蒸留の真空圧力が1.4〜20Paである上記記載の可塑性油脂組成物用パーム系油脂の製造方法に関する。より好ましくは、薄膜蒸留の蒸留温度が240〜270℃である上記記載の可塑性油脂組成物用パーム系油脂の製造方法に関する。本発明の第二は、ジグリセリド含量3重量%以上のパーム系油脂を、真空圧力が20Pa以下、蒸留温度が220〜290℃の条件で薄膜蒸留することにより、可塑性油脂組成物用パーム系油脂の結晶化速度を上昇させる方法に関する。本発明の第三は、ジグリセリド含量3重量%以上のパーム系油脂を、真空圧力が20Pa以下、蒸留温度が220〜290℃の条件で薄膜蒸留することで、脂肪酸含量を1重量%以下、ジグリセリド含量を2重量%以下にしてなる可塑性油脂組成物用パーム系油脂に関する。好ましい実施態様は、IUPAC(Standard Methods for the Analysis of Oil Fats and Derivatives、2.150)に記載されている方法、装置に準拠し、パーム系油脂を完全に融解させ、外径10.0±0.25mm、ガラス厚0.9±0.5mmの試験管に2ml入れ、アルミニウム製ヒートブロック中で65℃に1時間保持した後、それを10℃に温調したアルミニウム製ブロック中で保持し、経時的にSFCをパルスNMRにより測定して得られるSFCが15%に達するまでに要する時間が、薄膜蒸留する前のパーム系油脂が要する時間に対して90%以下に短縮されている上記記載の可塑性油脂組成物用パーム系油脂に関する。より好ましくは、SFCが15%に達するまでの時間が3分〜30分である上記記載の可塑性油脂組成物用パーム系油脂、さらに好ましくは、トコフェロール含量が10ppm以上である上記記載の可塑性油脂組成物用パーム系油脂、に関する。本発明の第四は、上記記載の可塑性油脂組成物用パーム系油脂を用いてなる可塑性油脂組成物に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明に従えば、パーム系油脂の冷却時の結晶化速度を早くし、さらに経時的な結晶の粗大化を抑制し、それを用いてなる可塑性油脂組成物の品質およびその安定性を向上させ、さらには抗酸化物質であるトコフェロールを一定量以上残存させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明につき、さらに詳細に説明する。本発明の可塑性油脂組成物用パーム系油脂は、融解させた油脂を10℃に保持した際のSFCが15%に達するまでにかかる時間が、薄膜蒸留する前のパーム系油脂と比べ、一定以上短縮されていることが特徴であり、ジグリセリド含量3重量%以上のパーム系油脂を、真空圧力が特定の値以下、蒸留温度が特定の範囲で薄膜蒸留することで得られる。
【0015】
本発明において薄膜蒸留に供するパーム系油脂とは、パーム油の未精製油、精製油、および、パームオレイン、パームミッドフラクション、パームステアリンなどパーム油の分別油、および、それらの硬化油、エステル交換油、などが挙げられ、それらを少なくとも1種使用できる。そして、該パーム系油脂中のジグリセリド含量は、通常3重量%以上であり、そのようなパーム系油脂が好適に本発明の効果を享受できる。ジグリセリド含量が3重量%より少ないと、薄膜蒸留処理によるジグリセリドの減少の程度は小さく、結晶化速度の増加効果が少ない場合がある。
【0016】
本発明において、薄膜蒸留後のパーム系油脂中のジグリセリド含量は2重量%以下が好ましく、1重量%以下がより好ましく、0.5重量%以下が更に好ましい。ジグリセリド含量が2重量%より多いと、ジグリセリドの低減による結晶化速度の促進効果は少ないので好ましくない場合がある。また、該薄膜蒸留後のパーム系油脂中の脂肪酸含量は、1重量%以下が好ましい。脂肪酸含量が1重量%より多いと、風味が悪くなるため好ましくない場合がある。
【0017】
本発明における薄膜蒸留とは、20Pa以下の真空条件で、蒸留する油脂などの液状物質を薄膜状にし、物質の沸点の差を利用して蒸留成分と残渣に分離する方法である。薄膜蒸留の方法としては、特に限定はないが、短行程蒸留装置、ワイパー方式蒸留装置、遠心式蒸留装置などが例示できる。具体的には供給する原料油脂を、ワイパーあるいは遠心力などを利用するなどして蒸留缶表面に油脂の薄膜を形成させ、蒸発しやすくし、蒸発した物質を凝縮部でトラップするものである。薄膜の厚さは、約0.03〜0.4mmとなるよう調整することが好ましい。
【0018】
本発明の薄膜蒸留工程における真空圧力は、20Pa以下が好ましく、より好ましくは1.4〜20Paである。真空圧力が20Paより高くなると、ジグリセリドがほとんど蒸留されず低減されないため、好ましくない場合がある。また真空圧力が1.4Paより低いと、ジグリセリドだけでなく、トリグリセリドも蒸留されるため、歩留まりが低下してしまい、また、真空圧力を良好な状態に維持するためには、薄膜蒸留装置のメンテナンスを頻繁にする必要があり、コスト面で不利になるため、好ましくない場合がある。
【0019】
また、本発明の薄膜蒸留工程における蒸留温度は、220〜290℃が好ましく、より好ましくは240℃〜270℃である。蒸留温度が220℃より低いとジグリセリドの減少の程度が低く、油脂中に残存するため好ましくない場合がある。一方290℃より高いと、ジグリセリドだけでなくトリグリセリドも蒸留されるため、歩留まりが低下してしまい、また、高温で蒸留することにより、着色などが起こるため好ましくない場合がある。
【0020】
薄膜蒸留装置の凝縮部(蒸留された(沸騰した)成分を冷やしてトラップする部分)の温度は蒸発面温度より低く、且つ凝縮される物質の凝固点より高い温度に設定するが、蒸発面との温度差が大きいほど多量の物質を凝縮できる。蒸留装置への油脂の供給速度は、蒸留缶の表面積、材質による伝熱の違いなどにより決められるので、一概には規定できないが、一般には供給速度が遅いと単位時間あたりの処理量は少ないが、油脂中の低沸点画分を高い割合で蒸留できる。また、1回の薄膜蒸留操作でジグリセリドを十分に低減できない場合には、薄膜蒸留を2回以上行っても良い。即ち、短行程蒸留装置のような連続蒸留においては蒸発缶を2段以上にしてもよく、遠心式蒸留装置のような場合には装置内を2回以上循環させて蒸留しても良い。また、通常の油脂の精製の際に行う脱ガム、脱酸、脱色、脱臭などの工程は、結晶化速度上昇以外の特性上昇のために薄膜蒸留の前後に取り入れても本発明の効果は損なわれることはない。
【0021】
本発明において見出した条件における薄膜蒸留工程を通常の油脂精製工程に組み込むことにより、薄膜蒸留後のパーム系油脂中のジグリセリド含量を2.0重量%以下にすることができ、薄膜蒸留しない油脂よりも結晶化速度を大幅に早くすることができる。パーム系油脂の結晶化速度は、マーガリンおよびショートニングなど可塑性油脂の品質に大きく影響する。そのため、ジグリセリド含量が多く、またPOP含量が多い結晶化速度が遅いパーム系油脂はマーガリンやショートニングなど可塑性油脂組成物を作製する際、捏和機内に滞留している間に結晶化が起こりにくく、よく捏和されていないまま捏和機を出てしまう。また、結晶核が少ないため、結晶は粗大なものとなり、可塑性油脂としての品質は悪くなってしまう。一方、薄膜蒸留によりジグリセリドを低減した油脂は、結晶化速度が速いため、捏和機中で結晶化が起こるので、微細な結晶が析出し、且つ、それがしっかり捏和されるので、捏和機内で結晶間にネットワークが形成され、経日変化が少なく、良好な品質のものが得られる。
【0022】
薄膜蒸留によるパーム系油脂の結晶化速度の上昇度合いは、可塑性油脂作製時の冷却温度に近い10℃を選定し、結晶量が一定量に達するのに要する時間を指標にすることにより、以下のようにして評価できる。薄膜蒸留する前のパーム系油脂および、薄膜蒸留したパーム系油脂を、IUPAC(Standard Methods for the Analysis of Oil Fats and Derivatives、2.150)に記載されている方法、装置に準じ、それぞれ完全に融解させ、外径10.0±0.25mm、ガラス厚0.9±0.5mmの試験管に2ml入れ、アルミニウム製ヒートブロック中で65℃に1時間保持し、それを10℃に温調したアルミニウム製ブロック中で保持し、経時的にSFCをパルスNMRにより測定し、それぞれのSFCが15%に達するまでの時間を測定比較することで、結晶化速度の上昇の程度を評価できる。
【0023】
本発明の可塑性油脂組成物用パーム系油脂としては、前記測定における10℃で保持した際のSFCが15%に達するまでの時間が短い方がよい。好ましくは、薄膜蒸留した油脂を10℃で冷却したときにSFCが15%に達するまでに要する時間が、薄膜蒸留する前の原料パーム系油脂の10℃冷却時のSFCが15%に達するまでに要する時間の90%以下に短縮されていることであり、より好ましくは75%以下に短縮されていることである。SFCが15%に達するまでの時間が、薄膜蒸留する前の原料パーム系油脂と比べて、90%を超えていると結晶化促進の効果が大きいとはいえず、可塑性油脂として利用しても品質向上しない場合がある。
【0024】
また本発明の可塑性油脂組成物用パーム系油脂中のトコフェロール含量は、多いほど該油脂の酸化安定性が増すため好ましく、具体的には10ppm以上であることが好ましい。トコフェロール含量は少ない程、具体的には10ppm未満であるとパーム油の酸化安定性が大幅に低下する場合がある。
【0025】
本発明のジグリセリドを低減した油脂の製造例を、特に限定はしないが、以下に示す。まず所定量のジグリセリド含量3重量%以上のパーム系油脂を融解する。融解したパーム系油脂は、必要に応じて常法の脱ガム、脱酸、脱色の各工程を経た後、所定の蒸留缶温度、凝縮部温度、真空圧力に調整した薄膜蒸留装置に送液ポンプにより供給される。供給された油脂は、ワイパーにより蒸留缶表面に薄膜状にされ、ジグリセリド含量が2重量%以下、脂肪酸含量1重量%以下の可塑性油脂組成物用パーム系油脂が得られる。必要に応じて、薄膜蒸留の前後何れかに常法の脱臭工程を入れても良い。
【0026】
本発明の可塑性油脂組成物用パーム系油脂は、結晶化速度が早いため、マーガリン、ショートニングなど可塑性油脂組成物に好適に用いられる。
【実施例】
【0027】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、実施例において「部」や「%」は重量基準である。
【0028】
<油脂中の脂肪酸およびジグリセリド含有量の測定法>
ガスクロマトグラフィ(Hewllet Packard社製「HP5890」)により測定し、測定した油脂の脂肪酸、モノグリセリド、ジグリセリド及びトリグリセリドの総ピーク面積を100%とし、そのピーク面積比からジグリセリドの含有量を算出した。
【0029】
<トコフェロール含量の測定法>
蛍光検出器による高速液体クロマトグラフィーを用いて、トコフェロール標準溶液のピークに対する試料溶液のトコフェロールのピーク面積比より定量した。
【0030】
<10℃の結晶化速度の測定方法>
薄膜蒸留する前のパーム系油脂および、薄膜蒸留したパーム系油脂を、IUPAC(Standard Methods for the Analysis of Oil Fats and Derivatives、2.150)に記載されている方法、装置に準じて、それぞれ完全に融解させ、外径10.0±0.25mm、ガラス厚0.9±0.5mmの試験管に2ml入れ、アルミニウム製温調ブロック中で65℃に1時間保持し、その後、10℃に温調したアルミニウム製ブロック中に保持し、経時的にSFCをパルスNMRにより測定した。SFCが15%に達するまでの時間を測定することで、結晶化速度の上昇の程度を評価した。
【0031】
(実施例1、2) RBDパーム油の薄膜蒸留による可塑性油脂組成物用パーム系油脂の作製
65℃で融解したRBD(Refined Bleached Deodorized)パーム油を、薄膜蒸留時の真空度圧力が3〜4Paになるように調整した薄膜蒸留装置(柴田科学社製「MS300」)に流量:80g/hで注入し、凝縮面温度:70℃、蒸留温度:260℃(実施例1),280℃(実施例2)の条件で薄膜蒸留し、可塑性油脂組成物用パーム系油脂を得た。薄膜蒸留する前のRBDパーム油の脂肪酸含量、ジグリセリド含量、および10℃の結晶化速度は表1に示した。得られた可塑性油脂組成物用パーム系油脂中の脂肪酸含量、ジグリセリド含量、10℃の結晶化速度およびトコフェロール含量の結果は表2に示した。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
(実施例3) RBDパーム油の薄膜蒸留による可塑性油脂組成物用パーム系油脂の作製
流量:400g/hで薄膜蒸留を2回行った以外は、実施例1と同様にして可塑性油脂組成物用パーム系油脂を得た。得られた可塑性油脂組成物用パーム系油脂の脂肪酸含量、ジグリセリド含量、および10℃の結晶化速度の結果は表2に示した。
【0035】
(比較例1、2) RBDパーム油の薄膜蒸留による可塑性油脂組成物用パーム系油脂の作製
蒸留温度を210℃(比較例1)、或いは300℃(比較例2)で蒸留した以外は実施例1と同様にして、可塑性油脂組成物用パーム系油脂を得た。得られた可塑性油脂組成物用パーム系油脂の脂肪酸含量、ジグリセリド含量、および10℃の結晶化速度の結果は表2に示した。
【0036】
(比較例3)
RBDパーム油を注入する前の薄膜蒸留装置(柴田科学社製「MS300」)の真空度を133Paに調整した以外は、実施例1と同様にして、可塑性油脂組成物用パーム系油脂を得た。得られた可塑性油脂組成物用パーム系油脂の脂肪酸含量、ジグリセリド含量、および10℃の結晶化速度の結果は表2に示した。
【0037】
(比較例4)
RBDパーム油を65℃で融解し、250℃、133Paで水蒸気を吹き込みつつ90分間脱臭操作を行い、可塑性油脂組成物用パーム系油脂を得た。得られた可塑性油脂組成物用パーム系油脂の脂肪酸含量、ジグリセリド含量、および10℃の結晶化速度の結果は表2に示した。
【0038】
(実施例4) RBDパームオレインの薄膜蒸留による可塑性油脂組成物用パーム系油脂の作製
RBDパームオレインを用いた以外は実施例1と同様にして可塑性油脂組成物用パーム系油脂を得た。薄膜蒸留する前のRBDパームオレインの脂肪酸含量、ジグリセリド含量、および10℃の結晶化速度は表1に示した。得られた可塑性油脂組成物用パーム系油脂の脂肪酸含量、ジグリセリド含量、および10℃の結晶化速度の結果は表2に示した。
【0039】
(比較例5) RBDパームオレインの薄膜蒸留による可塑性油脂組成物用パーム系油脂の作製
RBDパームオレインを用いた以外は比較例1と同様にして、可塑性油脂組成物用パーム系油脂を得た。得られた可塑性油脂組成物用パーム系油脂の脂肪酸含量、ジグリセリド含量、および10℃の結晶化速度の結果は表2に示した。
【0040】
(実施例5) RBDパームオレインのランダムエステル交換油の薄膜蒸留による可塑性油脂組成物用パーム系油脂の作製
RBDパームオレインのランダムエステル交換反応油を用いた以外は実施例1と同様にして可塑性油脂組成物用パーム系油脂を得た。蒸留する前のRBDパームオレインのランダムエステル交換反応油の脂肪酸含量、ジグリセリド含量、および10℃の結晶化速度は表1に示した。得られた可塑性油脂組成物用パーム系油脂の脂肪酸含量、ジグリセリド含量、および10℃の結晶化速度の結果は表2に示した。
【0041】
表1に示すとおり、薄膜蒸留する前のRBDパーム油、RBDパームオレイン、及びRBDパームオレインのランダムエステル交換反応油、何れもジグリセリド含量は5.8〜7.0重量%と多く含有していた。
【0042】
これに対して、表2に示す通り210℃で蒸留した比較例1は、ジグリセリド含量が薄膜蒸留する前のRBDパーム油と比べほとんど低減しておらず、10℃においてSFCが15%に達するまでの時間は短縮されていなかった。300℃で薄膜蒸留した比較例2はジグリセリドが低減され、10℃のSFCが15%に達するまでの時間は75%以下に短縮されているが、蒸留前と比べ着色が見られ、風味も悪く、可塑性油脂組成物用パーム油脂としては使用不適なものであった。真空圧力が133Paと高い比較例3は、ジグリセリド含量が薄膜蒸留する前のRBDパーム油と比べほとんど低減されておらず、結晶化速度を早くすることはできず、可塑性油脂組成物用パーム系油脂としての物性は、蒸留する前のパーム油と比べ、改善されていなかった。また、水蒸気を吹き込んで脱臭した比較例4もジグリセリドは低減しておらず、結晶化速度を早くすることはできなかった。
【0043】
一方、260℃で蒸留した実施例1、280℃で蒸留した実施例2はジグリセリド含量が5.8重量%から2.0重量%以下に低減されており、その結果、10℃においてSFCが15%に達するまでの時間は20分から12〜13分と60〜65%に短縮されており、可塑性油脂組成物用パーム系油脂として好適な油脂を作製できた。また、260℃、400g/hで薄膜蒸留を2回行った実施例3も、10℃においてSFCが15%に達するまでの時間は20分から13分と65%に短縮されており、結晶化速度を大幅に促進しており、可塑性油脂組成物用パーム系油脂として好適な油脂を作製できた。
【0044】
RBDパームオレインを薄膜蒸留した実施例4も薄膜蒸留処理する前のRBDパームオレインと比べ、ジグリセリド含量が6.3重量%から1.1重量%と大幅に低下しており、SFCが10℃で15%に達するまでの時間は60%となり、結晶化速度は大幅に速くなっており、可塑性油脂組成物用パーム系油脂として好適な油脂を作製できた。それに対して、210℃で蒸留した比較例5ではジグリセリド含量がほとんど低減されておらず、結晶化速度を促進できず、可塑性油脂組成物用パーム系油脂としての特性は蒸留する前のパーム油と比べ、改善されていなかった。
【0045】
RBDパームオレインランダムエステル交換油を用いた実施例5も薄膜蒸留することでジグリセリド含量は7.0重量%から1.9重量%に低減できており、SFCが15%に達するまでの時間は12分から10分と90%以下となっており、可塑性油脂組成物用パーム系油脂として好適なものを作製できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジグリセリド含量3重量%以上のパーム系油脂を、真空圧力が20Pa以下、蒸留温度が220〜290℃の条件で薄膜蒸留し、薄膜蒸留後の脂肪酸含量を1重量%以下、ジグリセリド含量を2重量%以下にすることを特徴とする可塑性油脂組成物用パーム系油脂の製造方法。
【請求項2】
薄膜蒸留の真空圧力が1.4〜20Paである請求項1に記載の可塑性油脂組成物用パーム系油脂の製造方法。
【請求項3】
薄膜蒸留の蒸留温度が240〜270℃である請求項1あるいは2に記載の可塑性油脂組成物用パーム系油脂の製造方法。
【請求項4】
ジグリセリド含量3重量%以上のパーム系油脂を、真空圧力が20Pa以下、蒸留温度が220〜290℃の条件で薄膜蒸留することにより、可塑性油脂組成物用パーム系油脂の結晶化速度を上昇させる方法。
【請求項5】
ジグリセリド含量3重量%以上のパーム系油脂を、真空圧力が20Pa以下、蒸留温度が220〜290℃の条件で薄膜蒸留することで、脂肪酸含量を1重量%以下、ジグリセリド含量を2重量%以下にしてなる可塑性油脂組成物用パーム系油脂。
【請求項6】
IUPAC(Standard Methods for the Analysis of Oil Fats and Derivatives、2.150)に記載されている方法、装置に準拠し、パーム系油脂を完全に融解させ、外径10.0±0.25mm、ガラス厚0.9±0.5mmの試験管に2ml入れ、アルミニウム製ヒートブロック中で65℃に1時間保持した後、それを10℃に温調したアルミニウム製ブロック中で保持し、経時的にSFCをパルスNMRにより測定して得られるSFCが15%に達するまでに要する時間が、薄膜蒸留する前のパーム系油脂が要する時間に対して90%以下に短縮されている請求項5記載の可塑性油脂組成物用パーム系油脂。
【請求項7】
SFCが15%に達するまでの時間が3分〜30分である請求項6に記載の可塑性油脂組成物用パーム系油脂。
【請求項8】
トコフェロール含量が10ppm以上である請求項5〜7記載の可塑性油脂組成物用パーム系油脂。
【請求項9】
請求項5〜8の何れかに記載の可塑性油脂組成物用パーム系油脂を用いてなる可塑性油脂組成物。

【公開番号】特開2010−248340(P2010−248340A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−98152(P2009−98152)
【出願日】平成21年4月14日(2009.4.14)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】