ヒト神経幹細胞に選択的なモノクローナル抗体及びこれを用いたスクリーニング方法
【課題】 ヒト神経幹細胞の表面抗原に対して選択性の高い新規抗体を提供し、これを用いた免疫学的方法により、生細胞状態で神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞、Nestin高発現細胞を同定、分離する方法を提供する。
【解決手段】 培養されたヒトニューロスフェアのホモジェネートを用いて免疫された哺乳動物の抗体産生細胞とミエローマとのハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体であって、ヒト脳組織を用いてスクリーニングした結果えられた、神経幹細胞に対する選択性の高い新規な抗体(HFB184抗体)である。この抗体は、未分化の神経幹細胞が発現し、その後の分化の過程で消失していく表面抗原に対して選択的に反応する。
【解決手段】 培養されたヒトニューロスフェアのホモジェネートを用いて免疫された哺乳動物の抗体産生細胞とミエローマとのハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体であって、ヒト脳組織を用いてスクリーニングした結果えられた、神経幹細胞に対する選択性の高い新規な抗体(HFB184抗体)である。この抗体は、未分化の神経幹細胞が発現し、その後の分化の過程で消失していく表面抗原に対して選択的に反応する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞(以下、これらを区別しないときは、まとめて「NSPC」という)の細胞表面抗原を選択的に認識する新規な抗体及びこれを産生するハイブリドーマ、並びにこのモノクローナル抗体を用いて、生体外での培養により得られるヒトニューロスフェアや、生体から採取したヒトNSPCを含む不均一な細胞集団から、ヒトNSPCをスクリーニングし、選択的に分取する方法、ヒトNSPCの含有率を評価する方法、当該方法を実施するのに用いられるスクリーニング用試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
神経幹細胞は、自己複製能と多分化能を特徴とする未分化な細胞で、胎児脳のみならず、成体脳にも存在することが判明しており、従来は再生が不可能と考えられてきた中枢神経内で、新生ニューロンおよび新生グリア細胞を作成させるための有用な移植用細胞として、再生医療領域での臨床応用が期待されている。
【0003】
臨床応用するためには、入手しやすい細胞ソースからの分離、選択的培養方法の確立が重要である。
神経幹細胞が多く含有される組織である神経系細胞については、神経幹細胞、神経前駆細胞といった未分化な細胞だけでなく、分化した神経系細胞が多く含まれている。また神経系以外の細胞で、神経幹細胞が含まれることが報告されており、かつ比較的入手しやすい細胞ソースとしては、臍帯血細胞や骨髄細胞が考えられる。しかし、これらのソースの大部分は神経系以外の種々の細胞である。従って、このような不均一な細胞集団を細胞ソースとして利用し、そこから神経幹細胞を分離するためには、その分離方法、NSPCのスクリーニング方法を確立する必要がある。
【0004】
神経幹細胞の選択的培養方法として、現在、ニューロスフェア法が最も汎用されているが、ニューロスフェア法で増幅された細胞集団も、分化が進んだ細胞を含む不均一な細胞集団である。従って、神経幹細胞、神経前駆細胞の分離、スクリーニング方法が重要となる。
【0005】
神経幹細胞を同定する方法として、非特許文献1では、LendahlとMcKayらにより同定されたNestinという中間径フィラメントタンパク質であるNestinマーカーを用いる方法が提案されている。しかし、Nestinは細胞内に存在するため、生細胞のままで神経幹細胞を同定、単離する操作に応用することが困難である。
【0006】
Nestinの他、神経幹細胞に対する選択性の高い表現マーカーとしては、NakamuraとOkanoらにより同定された分子量約38kDaのRNA結合蛋白質であるMusashi1が知られている。
【0007】
Musashi1も、Nestinと同様に、細胞内に存在する蛋白質であるため、生細胞の場合、細胞が生きた状態で外部からこれらの蛋白質の発現状況を把握し、それを可視化することは通常の方法では不可能である。
【0008】
生細胞でNestinやMusashi1の発現程度を可視化し、その発現量に基づいて、神経幹細胞を効率的に分離する方法として、musashi1プロモータ、あるいはnestinエンハンサーの下流に、GFP(green fluoresent protein)を組み込んだレポータ遺伝子を、予め各種方法で人為的に神経幹細胞に遺伝子導入し、GFP発現細胞を発現強度(蛍光強度)にしたがって、FACSを用いて分離することが報告されている(非特許文献2、特許文献1、特許文献2)。
【0009】
しかし、この方法は、人体には存在しないGFP発現遺伝子の導入を伴っているため、効率的に分離、増殖させたとしても、この分離操作で得られた神経幹細胞を、実際に人体へ移植するといった臨床的応用には安全性の点で問題がある。
【0010】
このようなことから、遺伝子導入を伴わない方法で神経幹細胞を検出できる細胞表面マーカーを用いた分離技術が望まれている。
【0011】
近年、選択的細胞表面マーカーを用いたFACSによる分離法を行なったものとして、非特許文献3に、CD133抗体を用いたヒト由来神経幹細胞の分離法が報告されている。そして、CD133+/CD34−/CD45−細胞が高率にニューロスフェアを形成することが報告されている。また特許文献3に、中枢神経の幹細胞(CNS−SC)について高度に富化された集団を産生する方法として、モノクローナル抗体AC133、またはモノクローナル抗体5E12によって、細胞表面マーカーを認識させることを利用する方法が開示されている。CD133抗体(AC133抗体)は、プロミニンホモログを認識する抗体であると予想されている。
【0012】
さらに、特許文献4に、神経幹細胞の細胞表面マーカーとして、抗HFB115モノクローナル抗体をはじめ、4種類の人工抗体(16番抗体(FERM P−18778)、27番抗体(FERM P−18779)、115番抗体(FERM P−18780)、211番抗体(FERM P−18781))を用いて、分離する方法が提案されている。
これらの抗体は、免疫原として、胎児のヒト脳組織のホモジェネートを用いて免疫したマウスの抗体産生細胞とミエローマ細胞とから作製されたハイブリドーマの産生抗体である。
【0013】
またさらに、特許文献5に、哺乳動物末梢神経系から神経幹細胞の同定、単離方法として、ポジティブマーカーとして抗p75抗体を使用し、ネガティブマーカーとして抗P0を用いることが提案されている。
【0014】
さらにまた、特許文献6及び非特許文献4に、GD2 ganglioside、MHC クラスI、β2マイクログロブリン、CD8、CD9、CD15、CD34、CD38、CD56、CD81、CD95、CD152の発現を神経幹細胞の陽性マーカーとし、MHC クラスII、HLA−DR、Glycophorin−A、CD3、CD5、CD7、CD10、CD11b、CD13、CD14、CD16、CD19、CD20、CD22、CD23、CD25、CD31、CD33、CD41、CD45、CD54、CD80、CD83、CD86、CD117、CD133、CD154を神経幹細胞の陰性マーカーとして神経幹細胞を分離する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2001−292768
【特許文献2】特開2002−34580
【特許文献3】特開2004−2350
【特許文献4】特表2002−536023
【特許文献5】特表2002−537802
【特許文献6】WO02/086082
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】Lehndahlら、Cell 60:585-595(1990年)
【非特許文献2】H.M.Keyoungら、「High-yield selection and extraction of two promotor-defined phenotypes of neural stem cells from the fetal human brain」、Nat.Biotechnol.,19,843-850(2001年)
【非特許文献3】Uchida Nら、「Direct isolation of human central nervous system stem cells」、Proc Natl Acad Sci USA 2000;97;14720-25)
【非特許文献4】Klassen H,Schwartz MR,Bailey AH,Young MJら、「Surface markers expressed by multipotent human and mouse neural progenitor cells include tetraspanins and non-protein epitopes」Neuroscience Letters 2001 Oct.26;312(3):180-2(2001年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
生体に存在しない外来性遺伝子導入等を行なうことなく、生細胞状態で神経幹細胞又は神経前駆細胞の富化集団を同定、分離する方法として、細胞表面抗原、細胞表面マーカーを用いた上記方法のいずれも、ヒトNSPCに対する選択性は、未だ不十分であり、不均一な細胞集団から純度の高い神経幹細胞及び神経前駆細胞集団を分離、採取する方法の利用としては不十分である。
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、生細胞状態でヒトNSPCを、同定、分離できる選択性の高い抗体、及びこれを用いた、不均一な細胞集団から、ヒトNSPCを検出、分離することができる方法、当該方法で使用するスクリーニング用試薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、純度の高い培養ヒトNSPCの懸濁液で免疫感作した哺乳動物を用いて、ヒトNSPCの細胞表面抗原に対する選択性が高い新規な抗体を作製し、本発明を完成した。
【0019】
すなわち、本発明のモノクローナル抗体は、培養ヒト神経幹細胞及び/又は培養ヒト神経前駆細胞のホモジェネートで免疫した哺乳動物の抗体産生細胞とミエローマとのハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体であって、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の表面抗原と反応するが、分化した神経系細胞の表面抗原とは実質的に反応せず、且つ胎児期初期の大脳の脳室壁層及び脳室壁下層の細胞と反応する。
【0020】
前記ホモジェネートは、ヒト胎児由来の神経幹細胞及び/又はヒト神経前駆細胞を継代培養して得られるニューロスフェアをホモジェナイズしたものであることが好ましく、また、得られたハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体を、ヒト胎児脳組織、培養ヒト神経幹細胞、及びヒトニューロスフェアを単細胞にした細胞集団からなる群より選ばれる少なくとも1種を用いてスクリーニングしたものであることが好ましい。
【0021】
前記抗体が認識する抗原は、非還元状態のタンパク性抗原で、且つグリコシダーゼ又はグリコサミノグリカンによる糖鎖切断及び脱脂処理によって抗原性が損なわれないものであることが好ましい。
【0022】
また、前記抗体は、具体的には、フローサイトメトリーによる解析で、ヒトニューロスフェアを分散させてなる単細胞集団及びNETRA2とは80%以上が陽性反応を示し、U−87MG、T98G、YKG−1、U251MG、及び293T細胞とはいずれも5%未満しか陽性反応を示さないものであり、より具体的には、寄託番号FREM P−20607のハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体である。
【0023】
また、寄託番号FREM P−20607のハイブリドーマも、本発明の範囲である。
【0024】
本発明のモノクローナル抗体の製造方法は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の表面抗原と反応するが、分化した神経系細胞の表面抗原とは実質的に反応しないモノクローナル抗体の製造方法であって、ヒト胎児由来の神経幹細胞及び/又はヒト神経前駆細胞を継代培養して得られらニューロスフェアのホモジェネートを免疫原として使用する工程;免疫感作した哺乳動物(ヒトを除く)のリンパ球をミエローマと細胞融合して、ハイブリドーマを得る工程;得られたハイブリドーマをHAT培地で培養することにより選択したハイブリドーマからモノクローナル抗体を産生する工程;及び産生されたモノクローナル抗体を、ヒト胎児脳組織に接触させて陽性反応を示すモノクローナル抗体を選別する工程を含む。
【0025】
本発明のモノクローナル抗体は、ヒト神経幹細胞、ヒト神経前駆細胞、ネスチン高発現細胞の同定、検出、分離、分取に用いることができる。
【0026】
すなわち、本発明の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の同定方法は、不均一な細胞集団から、ヒト神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の特性を有する細胞及びその細胞の局在性を同定する方法であって、上記本発明のモノクローナル抗体を用いて免疫組織染色を行ない、染色された部分を神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞であると同定する工程を含む。
【0027】
また、本発明のネスチン高発現細胞のスクリーニング方法は、ヒト神経幹細胞を含有する細胞集団を、上記本発明のモノクローナル抗体と反応させ、該モノクローナル抗体との反応が陽性である細胞を検出する工程を含む。前記ネスチン高発現細胞は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞であってもよい。
【0028】
前記細胞集団は、ヒト臍帯血由来細胞を含む集団であってもよいし、ヒト末梢血由来細胞を含む集団であってもよいし、ヒトニューロスフェアを単細胞に分散させてなる細胞集団であってもよい。
【0029】
本発明の細胞集団の評価方法は、ヒト神経幹細胞及び神経前駆細胞を含有する細胞集団において、上記本発明のモノクローナル抗体との反応が陽性である細胞を検出し、該細胞集団における該モノクローナル抗体陽性細胞の割合を算出する工程を含む。
【0030】
本発明の神経幹細胞及び神経前駆細胞スクリーニング用試薬は、ヒト神経幹細胞及び神経前駆細胞含有細胞集団から神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の富化集団をスクリーニングするための試薬であって、上記本発明のモノクローナル抗体と溶媒とを含有する。
【0031】
本発明において、「抗原と反応する」とは、免疫学でいう抗原抗体反応を示すことであり、抗体と抗原が結合することをいう。ここで、抗原と抗体の結合は、水素結合、イオン結合(クーロン力)、ファンデルワールス力、疎水結合等の化学的に弱い結合様式を含むもので、これらの総和であってもよく、いわゆる鍵と鍵穴の関係のような互いの立体的構造の関係に依存する結合である。
【0032】
また、「組織と反応する」とは、対象となっているモノクローナル抗体で、該当組織を直接法、間接法又はABC(アビジン−ビオチン複合体)法で染色し、発色させたときに、発色(蛍光色素を用いた場合は特有の波長の蛍光)が認められることをいう。
【0033】
本発明にいう「神経幹細胞」とは、ニューロスフェア法による増殖培地で培養したときに、自己複製能を有してニューロスフェアを形成できる多分化能を有する幹細胞をいい、「神経前駆細胞」とは、神経幹細胞よりやや分化の進んだ増殖能を有する未分化な細胞をいう。
【0034】
また「分化した神経系細胞」とは、神経幹細胞を分化誘導して作成される各種細胞分化マーカー(GFAP、チューブリンβIIIなど)を発現し、神経幹細胞マーカー分子(nestin、musashi1など)を発現しない細胞をいい、具体的には、ニューロン細胞、グリア細胞などが挙げられる。
【0035】
また、本発明にいう「フローサイトメトリーによる解析での陽性反応」とは、標識一次抗体と反応させた細胞集団をフローサイトメータで測定して反応陽性と判断されるもので、測定の結果を、標識に用いた蛍光色素が発光する特有の波長の蛍光強度についてみたときに、一次抗体を用いずに計測したバックグラウンドの強度より高い強度の蛍光域に含まれるものを、反応陽性と判断する。
【0036】
「実質的に反応しない」とは、全く反応しない場合だけでなく、免疫染色の染色強度が一次抗体を用いずに評価したバックグラウンドの染色強度程度を示す場合や、肉眼的評価では十分に分別できない程度の弱染色性である場合、さらにフローサイトメトリーによる解析反応で陽性とは認められない場合も含まれる。
【発明の効果】
【0037】
本発明のモノクローナル抗体は、ヒトNSPCに発現する細胞表面抗原に選択性が高いので、これを用いて、不均一な細胞集団である固体の組織塊や種々の細胞が混在した細胞浮遊液から、細胞を破壊したり、外来性レポータ遺伝子などを導入することなしに、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を、検出、同定、スクリーニング、分離、分取することができる。
さらに、上記のような細胞集団について、神経幹細胞、神経前駆細胞の含有率などを評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】ヒト8週齢胎児の大脳組織切片におけるHFB25抗体反応結果を示す顕微鏡写真(70倍)である。
【図2】ヒト8週齢胎児の大脳組織切片におけるHFB184抗体反応結果を示す顕微鏡写真(32倍)である。
【図3】(a)はニューロスフェアにおける核染色結果を示す顕微鏡写真(200倍)、(b)はニューロスフェアにおけるHFB25抗体の染色結果を示す顕微鏡写真(200倍)である。
【図4】(a)はニューロスフェアにおける核染色結果を示す顕微鏡写真(200倍)、(b)はニューロスフェアにおけるHFB184抗体の染色結果を示す顕微鏡写真(200倍)である。
【図5】ニューロスフェアの単細胞集団におけるHFB25抗体反応性を示すフローサイトメータの測定結果を示すプロファイルである。
【図6】(a)ヒトNSPC細胞集団、(b)分化誘導2週間後、(c)分化誘導7週間後のHFB25抗体との反応性を示す結果を示すフローサイトメータ解析で得られたプロファイルである。
【図7】(a)は分化誘導2週間後の細胞集団のHFB25抗体染色結果を示す顕微鏡写真、(b)は分化誘導2週間後の細胞集団の抗チューブリンβIII抗体染色結果を示す顕微鏡写真である。
【図8】(a)は分化誘導7週間後の細胞集団のHFB25抗体染色結果を示す顕微鏡写真、(b)は分化誘導7週間後の細胞集団の抗チューブリンβIII抗体染色結果を示す顕微鏡写真である。
【図9】(a)は分化誘導2週間後の細胞集団のHFB25抗体染色結果を示す顕微鏡写真、(b)は分化誘導2週間後の細胞集団の抗GAFP抗体染色結果を示す顕微鏡写真である。
【図10】(a)は分化誘導7週間後の細胞集団のHFB25抗体染色結果を示す顕微鏡写真、(b)は分化誘導7週間後の細胞集団の抗GAFP抗体染色結果を示す顕微鏡写真である。
【図11】未処理のヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真である。
【図12】クロロホルム処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図13】N−グリコシダーゼ処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図14】O−グリコシダーゼ処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図15】コンドロイチナーゼABC処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図16】ケラタナーゼ処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図17】ヘパリチナーゼ処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図18】ヘパリナーゼ処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図19】ヒト臍帯血由来の細胞集団のHFB25抗体との反応性を示すフローサイトメータ解析により得られるプロファイルである。
【図20】ヒト臍帯血由来のHFB25抗体陽性細胞集団及び陰性細胞集団におけるNestinタンパク質の発現量のLSMでの測定結果を示すグラフである。
【図21】ヒト成人末梢血由来の細胞集団のHFB25抗体との反応性を示すフローサイトメータ解析により得られるプロファイルである。
【図22】ヒト成人末梢血由来のHFB25抗体陽性細胞集団及び陰性細胞集団におけるNestinタンパク質の発現量のLSMでの測定結果を示すグラフである。
【図23】各細胞におけるJAM−1の発現についてのウエスタンブロットの結果を示す写真である。
【図24】(a)はヒトNSPCの抗JAM−1抗体染色についてのフローサイトメータの解析結果のプロファイル、(b)分化誘導4週間後の細胞における抗JAM−1抗体染色についてのフローサイトメータの解析結果のプロファイル、(c)は分化誘導7週間後の細胞における抗JAM−1抗体染色についてのフローサイトメータの解析結果のプロファイルである。
【発明を実施するための形態】
【0039】
〔モノクローナル抗体及びハイブリドーマの作製方法〕
はじめに本発明の抗体及びこれを産生するハイブリドーマの製造方法について説明する。
本発明の抗体は、通常のモノクローナル抗体作成技術、すなわち、免疫感作した哺乳動物から取り出した抗体産生細胞とミエローマとを融合させ、目的とする抗体を産生するハイブリドーマを調製することにより作製することができるが、免疫原として、培養されたヒト神経幹細胞及び神経前駆細胞を用いたことに特徴がある。
【0040】
すなわち、本発明で用いた免疫原は、培養ヒト神経幹細胞及び神経前駆細胞のホモジェネートである。具体的には、ヒト胎児前脳部由来のヒトNSPCを継代培養して得られたニューロスフェアを急速凍結して、ホモジェナイズすることにより得られるホモジェネートである。
【0041】
脳組織のホモジェネートの場合、神経幹細胞以外に分化が進んだ神経系細胞も多く混在し、また細胞成分以外の間質に含まれる成分も多数混在している。このため、前述の特許文献4に開示されているように、免疫原として脳組織のホモジェネートを用いた場合、未分化のヒトNSPCにのみ選択的な成分に免疫感作される効率が悪くなり、えられた抗体の神経幹細胞に対する選択性についても、神経幹細胞以外の種々の細胞を含む細胞集団から神経幹細胞を同定、検出、分離、分取するツールとしては不十分であった。この点、本発明で使用したニューロスフェアのホモジェネートでは、細胞成分以外の余計な部分の混在がほとんどなく、含まれる細胞の大部分がヒトNSPCであることから、ヒトNSPCの細胞表面抗原で免疫感作する抗体を得られる確率が大幅に上昇し、ヒトNSPCに対して選択性の高い抗体をえることができた。
【0042】
免疫感作に際しては、免疫原をアジュバントなどと混合した懸濁液を用いることが好ましい。
【0043】
免疫する哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスターなどを用いることができるが、ヒト抗原に対する抗体作製には、マウス、特に6〜8週齢のBalb/Cマウスを用いることが好ましい。
【0044】
免疫感作方法は、例えば、マウスを免疫する場合、免疫原を、皮下、腹腔内、静脈内、筋肉内、皮膚内等へ免疫原を注射することにより行なう。接種間隔、接種量などは、接種方法により異なるが、例えば、マウスの皮下に接種する場合、抗原を3〜4日おきに、2週間程度接種した。さらに必要に応じて、ブーストする。このようにして、免疫感作された哺乳動物から、リンパ球等の抗体産生細胞を取り出し、細胞融合操作に供する。
【0045】
細胞融合に用いるミエローマ細胞としては、サルベージ経路で必要なHGPRT欠損株が好ましく用いられる。ミエローマは、細胞融合前の準備操作として、通常用いられるイーグル最小基本培地(MEM)、ダルベッコ改良MEM、PRMI1640等の基本培地に、10%CS(子ウシ血清)、10%FCS(ウシ胎児血清)を添加した培地で、予め培養されたものが用いられる。
【0046】
細胞融合は、ミエローマと抗体産生細胞とを1:5〜1:20の割合で混合することにより行なう。この際、ポリエチレングリコール、センダイウィルスなどの融合剤を用いる。
細胞融合後、HAT選択培地で培養することにより、抗体産生細胞と融合したハイブリドーマだけを増殖させることができる。
【0047】
得られたハイブリドーマから、目的の抗体を産生するハイブリドーマをスクリーニングする方法としては、ラジオイムノアッセイ又はエンザイムイムノアッセイ等の方法で調べることができる。
【0048】
例えば、セルロースビーズ等の担体に、例えば免疫原に用いたホモジェネートを常法にしたがってカップリングさせておき、これにハイブリドーマの培養上清を加え、一定時間、反応させる。洗浄後、酵素で標識した抗マウスIg抗体(二次抗体)を加えて反応させ、未反応抗体を除去した後、洗浄する。次いで、酵素基質を加える。酵素反応後、反応生成発色物の吸光度又は蛍光度等を測定して、抗体産生の有無を調べることにより、抗体産生ハイブリドーマをスクリーニングできる(一次スクリーニング)。
【0049】
一次スクリーニングでスクリーニングされた抗体産生ハイブリドーマから産生されたモノクローナル抗体について、さらに、ヒト脳組織切片及び培養ヒトNSPCと反応させて、陽性反応を示す抗体産生ハイブリドーマをスクリーニングした(二次スクリーニング)。陽性反応の検出については、二次抗体として抗マウスIg抗体等のように、抗体産生細胞から産生される抗体に結合できる抗体で標識されたもの(標識二次抗体)と結合した細胞を、フローサイトメータ等を用いて、標識二次抗体の標識を検出することにより、検出する。二次スクリーニングで陽性を示す場合、抗体産生ハイブリドーマから産生されたモノクローナル抗体は、ヒトNSPCの細胞表面抗原に選択的に結合できる抗体である。
【0050】
以上のような一次スクリーニング及び二次スクリーニングにより、ヒトNSPCの細胞表面抗原に選択的に結合できる抗体、該抗体を産生するハイブリドーマを選別することができる。
【0051】
このようにして選別したハイブリドーマを、限界希釈法等でクローニングを行なって、本発明のハイブリドーマを得る。このハイブリドーマは、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに、受託番号FERM P−20606及び受託番号FERM P−20607で寄託されている。
得られたハイブリドーマを、液体培地中又は哺乳動物細胞の腹腔内で増殖させることにより、目的の抗体を取得することができる。
【0052】
〔モノクローナル抗体〕
本発明のモノクローナル抗体は、上記作製方法にて作製されるモノクローナル抗体であって、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の表面抗原と反応するが、分化した神経系細胞の表面抗原とは実質的に反応せず、且つ胎児期初期の大脳の脳室壁層及び脳室壁下層の細胞と反応するものである。具体的には、HFB184抗体と命名された受託番号FERM P−20607のハイブリドーマから産生される抗体、HFB25抗体と命名された、受託番号FERM P−20606のハイブリドーマから産生される抗体が挙げられる。
【0053】
HFB25抗体及びHFB184抗体を代表とする本発明のモノクローナル抗体は、脳発生異常、遺伝性疾患のない健常なヒト胎児期初期の大脳の脳室壁層、脳室壁下層の細胞と反応する。中間層、分子層の細胞と反応することもあるが、皮質板の細胞とは実質的に反応しない。胎児期とは、受精卵が胚葉になるまでの2週間である細胞期、細胞期に続く第3週から2ヶ月の終りまでの胎芽期を除く出生期までの期間をいい、胎児期初期とは、8週齢から18週齢までの期間をいう。
【0054】
胎児の大脳組織における層構造は、ヘマトキシリン・エオジン染色、ニッスル染色、ゴルジ染色等により認識することができる。大脳の脳室壁層とは、一側を脳室に接する細胞が作る細胞層で、通常、層構造を画定するためのヘマトキシリン・エオジン染色により核は数層に並んで存在する。脳室壁下層とは脳室壁層に接する部分で、通常、層構造を画定するためのヘマトキシリン・エオジン染色により脳室壁層に接する数列の集束した細胞層からなる領域と定義づけられる。皮質板は将来、神経細胞に分化する細胞(神経芽細胞)が高密度に並ぶ部分で、通常、層構造を画定するためのヘマトキシリン・エオジン染色により数列の細胞が高密度に集積した領域となって現れる部分をいう。中間層は脳室壁下層の外側で、脳室壁下層から皮質板までの細胞密度が比較的疎な領域をいい、分子層は皮質板より外側で脳軟膜より内側の領域をいう。胎児期初期、特に8週齢から10週齢くらいの脳室壁層、脳室壁下層では、細胞増殖が盛んで、神経幹細胞が大量に局在している。一方、皮質板は、分化が終了した神経芽細胞が多く存在し、神経幹細胞はほとんど存在しない。従って、HFB25抗体、HFB184抗体は、未分化の神経幹細胞、神経前駆細胞のときに発現する表面抗原で、分化が進むにしたがって消失する表面抗原に選択的である。
【0055】
ここで、組織との反応性は、対象となっているモノクローナル抗体を用いて、該当組織を直接法、間接法又はABC(アビジン−ビオチン複合体)法で染色し、蛍光顕微鏡、レーザ顕微鏡又は免疫電子顕微鏡などで観察して、発色(蛍光色素を用いた場合は特有の波長の蛍光)の有無で判断する。
【0056】
本明細書にいう「抗原に選択的」とは、多数の細胞集団の中から、神経幹細胞を選択する際の指標となり得る抗体の特性で、特異性よりも広い概念である。つまり、その抗原が神経幹細胞以外に発現していても、神経幹細胞の分離操作に用いることができる程度に神経幹細胞を選択的に識別できる程度をいう。
【0057】
本発明のモノクローナル抗体は、HFB184抗体に限定されず、HFB25抗体が認識する(抗原抗体反応を示す)抗原決定基又はHFB184抗体が認識する(抗原抗体反応を示す)抗原決定基の少なくともいずれか一方の抗原決定基と反応する抗体を包含する。換言すると、HFB25抗体又はHFB184抗体と共通する抗原結合部位を有するモノクローナル抗体であれば、他の部分はHFB25抗体又はHFB184抗体と異なる構造であってもよい。
【0058】
ここで、「反応する」とは、免疫学でいう抗原抗体反応を示すことであり、抗体と抗原が結合することをいう。抗原と抗体の結合は、水素結合、イオン結合(クーロン力)、ファンデルワールス力、疎水結合等の化学的に弱い結合様式を含むもので、これらの総和であってもよく、いわゆる鍵と鍵穴の関係のような互いの立体的構造の関係に依存する結合である。
【0059】
HFB25抗体が認識する(抗原抗体反応を示す)抗原決定基、HFB184抗体が認識する(抗原抗体反応を示す)抗原決定基は、神経幹細胞の細胞表面に発現されるが、分化の過程で、その発現量が変化(減少)し、細胞集団全体としてみれば、陽性細胞の割合が減少していくものである。具体的には、分化誘導開始から7週間後に70%以上、好ましくは80%以上、陽性細胞割合が減少していくものである。
【0060】
本発明のモノクローナル抗体が認識する抗原の抗原性は、いずれもグリコシダーゼやグリコサミノグリカンによる糖鎖切断や、クロロホルム処理等による脱脂等によっては失われないが、通常の還元剤を使用したウエスタンブロットでは喪失するものである。従って、非還元状態のタンパク性抗原であると考えられる。
【0061】
また、本発明のモノクローナル抗体は、フローサイトメトリーによる解析で、ヒトニューロスフェアを分散させてなる単細胞集団及びNETRA2とは80%以上が陽性反応を示し、U−87MG、T98G、TKG−1、U251MG、及び293T細胞とは5%未満しか陽性反応を示さない。NETRA2とは、奇形腫由来のヒト胎児性癌細胞で、分化能を有する神経系前駆細胞に類似の細胞である。U−87MG,T98G,YKG−1,U251MGは、いずれもヒト膠芽細胞腫由来の神経系細胞であり、アストロサイト(分化細胞)に類似の特性を有する細胞である。
【0062】
上記フローサイトメトリーによる解析とは、抗体を直接的又は間接的、あるいはABC法で蛍光標識し、対象となる細胞集団をフローサイトメータで測定して、陽性反応を示す細胞割合を算出している。フローサイトメトリーによる反応が陽性というのは、標識に用いた蛍光色素が発光する特有の波長の蛍光の強度の中で、一次抗体を用いずに計測したバックグラウンドの強度より高い強度の蛍光域に含まれる場合をいう。
【0063】
〔神経幹細胞のスクリーニング方法〕
本発明の方法は、HFB25又はHFB184抗体をはじめとする本発明のモノクローナル抗体を用いた免疫学的方法を利用して、不均一な細胞集団から、ヒトNSPCあるいはNestin高発現細胞を同定、検出、分離、分取する方法である。
【0064】
すなわち、不均一な細胞集団を、上記本発明のモノクローナル抗体を用いて免疫染色し、染色された部分を検出することにより、当該染色部分を部分をヒトNSPCであると高確率で同定、あるいは細胞集団におけるヒトNSPCの局在性を知る方法である。
【0065】
また、神経幹細胞を含有する細胞集団から、上記本発明のモノクローナル抗体(HFB25又はHFB184抗体)陽性細胞をスクリーニングし、必要に応じて分離、採取する方法である。
【0066】
さらにヒトNSPCは、Nestin高発現細胞と等価と考えられていることから、上記同定、スクリーニング、分離、分取方法によって、不均一細胞集団から、Nesti高発現細胞を同定、検出、分離、分取する方法にも適用できる。
【0067】
本発明の方法を適用できる細胞集団は、特に限定せず、単細胞の細胞集団に限らず、生検による組織塊の切片であってもよいが、好ましくは、単細胞の細胞集団である。ヒトNSPCを含有する細胞集団としては、ニューロスフェア等の細胞集団;成体の脳、脊椎から採取した固体組織;臍帯血やヒト成人末梢血等の液性の細胞集団などが挙げられる。神経系以外の組織であっても、ヒトNSPCを含む細胞集団があるので、これらもヒトNSPCの有無、局在性、含有割合を知る上で、本発明の方法の適用対象となる。また、液性の細胞集団の場合には、単一組織由来の細胞集団に限らず、異種組織由来の細胞集団の混合系であってもよい。
【0068】
尚、ヒト成人末梢血にも、多能性幹細胞が含まれていることは、Ilham Saleh Abuljadayel、「Induction of stem cell−like plasticity in mononuclear cells derived from unmobilised adult human peripheral blood」Current Medical Research And Opinion、2003,Vol19,No.5,355−375)に開示されている。
【0069】
免疫染色とは、標識された抗体と、対象となる細胞集団を反応させ、標識された抗体が細胞集団に含まれる抗原と反応し、結合したことにより、細胞集団に含まれる該当細胞が染色されることをいう。
【0070】
抗体の標識付けは、抗体に直接標識を結合させることによって行なってもよいし(直接的)、本発明のモノクローナル抗体を一次抗体として標識二次抗体と結合させることにより間接的に標識してもよい(間接法)。また、二次抗体の代りにビオチンと特異的に結合する性質をもつ蛍光標識アビジンを用いたABC法を利用してもよい。
【0071】
標識としては、従来より標識に用いられているものを使用できる。具体的には、蛍光色素、放射性物質、金コロイド、酵素、化学発光などが挙げられる。これらの標識の検出方法は、標識の種類に応じて、従来より公知の方法から適宜選択される。例えば、酵素標識の場合、二次抗体の代りに基質を加え、その発色を見ることになる。放射性物質の場合にはシンチレーションカウンタなどで、放射能レベルを測定する。蛍光色素の場合、励起光をあてて、放出された蛍光の強度を測定する。
【0072】
細胞集団として、固定された組織塊の切片を用いた場合は、内因性ペルオキシダーゼを不活性化し、非特異吸着をブロックした後、抗体と反応させればよい。切片は、パラフィン切片、マイクロスライド切片、凍結切片いずれであってもよい。染色は、酵素抗体法、蛍光抗体法が好ましく用いられ、染色の有無は、光学顕微鏡、蛍光顕微鏡、レーザー顕微鏡などで観察することにより判断すればよい。
【0073】
細胞集団が単細胞の細胞集団の場合には、フローサイトメトリーによる解析が好ましく用いられる。
フローサイトメトリーによる解析とは、蛍光色素でモノクローナル抗体を直接法、間接法、又はABC法で標識し、細胞集団と反応させた後、フローサイトメータで測定して、個々の細胞の表面上の抗原に結合した抗体から得られる蛍光を光学的にとらえ、さらに電気信号に変換し、標識を検出し、記録する測定方法である。標識に用いた蛍光色素の特有の波長の蛍光強度の中で、一次抗体を用いずに計測したバックグラウンドの強度より高い強度の蛍光域に含まれるものを陽性と判断する。
【0074】
フローサイトメトリー解析に適用する細胞集団は、細胞1×105個以上含まれる集団であることが好ましく、陽性群と判断できる細胞が80%以上、好ましくは90%以上であれば、選択的に反応したと考えられる。
【0075】
フローサイトメトリーによる解析で陽性と判断される細胞は、ソート機能を備えたフローサイトメトリー(FACS)や、表面抗原特異的抗体と磁気ビーズを併用したMACS(Magnetic Cell Sorting)システムや、HFB25又はHFB184抗体と特異的に結合できる抗体を結合させた抗体カラムを通過させて二次抗体結合細胞と結合した細胞を分離する方法などにより、分離、分取することができる。
【0076】
FACSでは、標識として使用した蛍光強度に応じて陽性細胞と陰性細胞を分離採取することができる。MACSシステムによる分離は、細胞を磁性をもつビーズで標識し、強力な永久磁石上に設置された分離カラムを通し、磁気標識細胞のみをカラムに保持することにより分離する方法である。また、抗体カラムを用いる方法では、本発明のモノクローナル抗体(特にHFB25又はHFB184抗体)のエフェクター部位と特異的に結合できる二次抗体や本発明のモノクローナル抗体自体と特異的に結合できる抗体(例えば抗HFB25抗体又は抗HFB184抗体)を結合させたカラムを通すことで、抗HFB25抗体又は抗HFB184抗体等が結合した細胞(抗体陽性細胞)と結合していない細胞(抗体陰性細胞)とを分離することができる。
【0077】
HFB25又はHFB184抗体陽性細胞をはじめとする本発明のモノクローナル抗体陽性細胞は、ネスチン高発現細胞である。Nestinは、神経幹細胞のマーカーとして認識されている細胞内タンパク質であることから、HFB25又はHFB184抗体陽性細胞等の本発明のモノクローナル抗体陽性細胞を分離、分取することにより、Nestin高発現細胞、すなわちヒトNSPCを分離、分取することができる。
【0078】
本発明のスクリーニング方法では、HFB25又はHFB184抗体陽性と判定された細胞について、さらに、抗JAM−1抗体とも反応させて陰性と判定される細胞を検出することにより、神経幹細胞を選択的に検出することができる。
【0079】
ここで、抗JAM−1抗体の抗原であるJAM−1は、ヒトNSPCから分化誘導させた神経系細胞の状態で発現する細胞表面分子で、ヒトNSPCでほとんど発現していないが、分化の途中で発現し、さらなる分化の進行で発現が低下していく。つまり、神経系細胞の分化の過程で一過的に現れる細胞表面蛋白質分子である。このようなJAM−1と特異的に結合する抗JAM−1抗体は、神経幹細胞及び成熟した分化細胞(アストロサイト)に陰性であるが、神経幹細胞の分化の過程で一過的に陽性反応を示す。従って、HFB25又はHFB184抗体陽性と判定された細胞集団、すなわち分化傾向を呈したヒト神経系前駆細胞とより未分化なヒトNSPCの混合集団から、抗JAM−1抗体陰性細胞、即ちより未分化なヒトNSPCを選別することが可能である。
【0080】
抗JAM−1抗体は、細胞表面のタンパク質JAM−1(Junctional―Adhesion―Molecule 1、Swiss Prot ID:Q9Y624)を認識するモノクローナル抗体、JAM−1の細胞表面抗原を認識する抗原結合部位を有する抗体断片(例えばF(ab)2、Fabなど)、免疫グロブリンを含む概念である。市販品としては、Hycut biotechnology社製のマウス産生抗JAM−1IgGモノクローナル抗体などを使用することができる。
【0081】
このように、本発明のモノクローナル抗体と、抗JAM−1抗体を併用することにより、細胞集団から、Nestin高発現細胞、すなわちヒトNSPC富化集団を分離、採取することができ、さらに抗JAM−1抗体と反応させて、陰性と判定された細胞を分離、採取することにより、神経幹細胞富化集団を分離、採取することが可能となる。
【0082】
本発明のヒトNSPCスクリーニング用試薬は、HFB184抗体をはじめとする本発明のモノクローナル抗体を必須成分として含有するもので、溶媒としては、神経幹細胞培養に用いる培地(DMEM/F12)やPBSを用いることができる。一方、スクリーニング用試薬には、血清、界面活性剤は含まれないことが好ましい。血清は神経幹細胞を分化誘導させる作用があり、界面活性剤は、細胞表面分子の抗体での認識を妨げる可能性があるからである。
【0083】
本発明の神経幹細胞スクリーニング用試薬は、さらに抗JAM−1抗体を含有してもよい。HFB25抗体と同様の特性を有するHFB184抗体をはじめとする本発明のモノクローナル抗体に陽性で、且つ抗JAM−1抗体陰性の細胞をスクリーニングすることで、神経幹細胞の純度が高い細胞集団を分離、採取することができる。
【0084】
本発明の細胞集団評価方法は、ヒトNSPCを含む細胞集団におけるヒトNSPCの含有率を評価する方法である。本発明の評価方法は、細胞集団を、本発明のスクリーニング用試薬、すなわちHFB184抗体をはじめとする本発明のモノクローナル抗体と反応させ、陽性細胞の含有率に基づいて評価する方法である。HFB184抗体陽性細胞がNestin高発現細胞と相関性があることに基づく方法で、本発明のスクリーニング方法で対象となる細胞集団に適用できる。
【0085】
さらに抗JAM−1抗体との反応性を併用することで、すなわちHFB25抗体と同様の特性を有するHFB184抗体に代表される陽性で且つ抗JAM−1抗体陰性の細胞を検出することで、細胞集団におけるヒトNSPC、神経幹細胞の含有率の評価することができる。
【0086】
上記評価方法は、HFB184抗体に代表される本発明の抗体、及び必要に応じて、さらに抗JAM−1抗体を蛍光標識し、フローサイトメトリーなどを用いて得られるヒストグラム、サイトグラム(ドットプロット)等のプロファイルなどから、HFB184抗体陽性細胞(抗JAM−1抗体を含有する場合はさらに抗JAM−1抗体陰性細胞)の含有割合を求めることによって行なってもよいし、試料となる細胞集団や組織をスライドグラスに貼付けて、免疫細胞・組織化学的手法によって行なってもよいし、ELISAやRIAなどで行なってもよい。
【実施例】
【0087】
〔ハイブリドーマの作製〕
(1)免疫原について
国立病院機構大阪医療センター倫理委員会及び産業技術総合研究所倫理委員会承認の下、妊娠9週齢のヒト胎児前脳部由来のNSPCを、下記神経幹細胞増殖培地を用いて、Kanemuraらの方法(Kanemura et.al.Journal of Neurosicence Research 69,869−879,2002)により継代培養して得られたヒトニューロスフェアを急速凍結しホモジナイズした。得られたホモジェネートを免疫原として用いた。
【0088】
ヒトニューロスフェア法の培養に使用した培地組成は、以下の通りである。
DMEM /F12(1:1混合物、シグマ社)
ヒト組換え(以下「hr−」と略記する)EGF(インビトロジェン社)20ng/ml
hr−FGF2(Pepro Tech社)20ng/ml
hr−LIF(ケミコン・インターナショナル社)10ng/ml
ヘパリン(シグマ社)5mg/ml
B27(インビトロジェン社)
HEPES15mM
Antibiotic−antimycotic(インビトロゲン社)
【0089】
(2)動物の免疫
モノクローナル抗体の作製は、Orlik,O & Altaner,C (J. Immunol. Methods.115:55−59,1998)による変法に従い、鼡径部リンパ節細胞を用いて行った。
【0090】
すなわち、(1)で調製した免疫原(200μg)を、RIBIアジュバント(フナコシ社)と等量づつ混合したものを、生後6週齢の雌Balb/cマウスの両足底に、1回0.2mlを、3〜4日おきに、合計3回接種した。更に5日後に、ブーストとして、同量を免疫した。ラストブースト3日後のマウスを細胞融合操作に用いた。
【0091】
(3)細胞の融合
(2)により免疫感作したマウス(5匹)の両鼡径部リンパ節を摘出し、RPMI1640培地(GIBCO ライフテクノロジー社)にいれて2枚のスリガラスに挟んですり合わせるようにしてリンパ球を取り出した(約1×108個)。一方、株化ミエローマ(FO−1細胞)を15%ウシ胎児血清(FCS)、8アザグアニン(20μg/ml)を含むRPMI1640培地で、37℃で培養し、さらに細胞融合前の2〜3日は、8アザグアニンを除去した同上組成培地で培養し、細胞を準備した(約4×107個)。
取り出したマウスリンパ球と株化ミエローマ細胞を増殖培地(RPMI1640培地+15%FCS)の50ml中で混和し、1000rpm(回転数/分)で5分間室温で遠心分離し、上清を捨て20mlの増殖培地に細胞を懸濁した。この細胞懸濁液20mlに、50%ポリエチレングリコール水溶液100μlを加えて37℃のCO2インキュベーターに90分間入れて保温した。その後、1000rpm(回転数/分)で5分間室温で遠心分離し、上清を捨て、さらに数秒程度の回転数にて遠心分離し上清を出来るだけ吸い取った。37℃の恒温水槽の水面に細胞試料の入った容器を軽く打ち付けるようにして温めながら上記遠心分離沈殿をほぐした。37℃であらかじめ温めた50%ポリエチレングリコール水溶液1mlを1分間かけてゆっくり添加して振盪し、さらに1mlを1分間かけてゆっくり添加して振盪した。さらに8mlを2−3分かけて添加して混ぜてから1000rpm(回転数/分)で5分間遠心分離した。
【0092】
えられた沈殿物(細胞)に、HAT培地(増殖培地100mlあたりに50×HAT supplementを2mlくわえる)を50ml加えた。この懸濁液を、96ウェルプレートに0.1ml/ウェルずつ播種して培養した(5プレート)。この時、胸腺細胞をFeeder細胞(細胞の増殖を助けるための共存させる他の種類の細胞)として、約1×105個/wellの割合で加えた。3日間培養した後に、HAT培地を50μl/ウェル加え、以後、HAT培地の添加、交換を行ないながら、ハイブリドーマの増殖コロニーがウェルの1/4〜1/3程度になるまで培養した。コロニーが適当な大きさになった時点で培養上清を採取し、以下のスクリーニングに供した。
【0093】
(4)ハイブリドーマの選定とクローニング
上記(3)で得られたハイブリドーマ由来の抗体について、下記酵素抗体法により、ヒト胎児脳組織標本と免疫反応するハイブリドーマを含むウェルを選別した。
【0094】
脳奇形等の重症の合併症のない胎齢8−14週ヒト胎児剖検脳のパラフィン包埋切片を免疫組織化学的スクリーニングに使用した。パラフィン包埋された組織片から5μmの切片を作製し、シランコーテイングスライドに貼付して、37℃インキュベーターで一晩乾燥させた。染色前に、ヒストクリアおよびエタノールにて脱パラフィンを行った。0.2%Tween−20を含むPBSで切片を洗浄し、2%過酸化水素加メタノールに30分室温にて浸し、内因性ペルオキシダーゼを不活化した。10%ヤギ血清/0.01%Triton−Xにて1時間、非特異吸着をブロックした後、(3)で得られたハイブリドーマ培養上清を希釈せず100μl滴下し、4℃で一晩反応させた。翌日、ビオチン化二次抗体(抗マウスIgG抗体+抗マウスIgM抗体)を滴下し、1時間室温にて反応させた。その後、ABCキット(ニチレイマルチステイン)を使用し、DABにて発色させた。必要に応じて核染色を実施し、脱水、透徹後、オイキットにて封入した。
【0095】
ヒト胎児脳組織切片に対して、陽性反応を示したウェルを、約0.5個ハイブリドーマ/ウェルになるように限界希釈した後、培養液をHT培地+Briclone(増殖因子、大日本製薬)に交換し、目的のハイブリドーマ由来の細胞集団を得た。
このようにして得られたハイブリドーマは、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託され、受託番号FERM P−20606及びFERM P−20607ある。
【0096】
(5)マウス腹水の産生
ニードル小 (23G TERUMO) を用いて、シリンジ小(1ml TERUMO)でプリステン(テトラメチルペンタデカン;東京化成)を0.5ml/マウスの分量でマウス(4週齢の 雌BALB/cマウス、SCL)の腹腔内に打ち、前処理を実施した。前処理二週間後、ニードル小を用い、シリンジ大(5ml TERUMO)でPBS[PBS(−)pH 7.4 フィルター滅菌済み]に懸濁したハイブリドーマ細胞(0.5〜1×107個/ml/マウス)を腹腔内に投与した。数日後、マウスの腹部が膨れてきたことを確認後、ニードル中(16G TERUMO)を用いシリンジ大で腹水の採取を実施した。得られた腹水は、チューブ小に2mlずつ分注し、マイナス80℃で保存した。
えられたモノクローナル抗体を、それぞれHFB25抗体、HFB184抗体と命名した。これらは、いずれもIgM型抗体である。
【0097】
〔HFB25抗体、HFB184抗体の性質試験〕
(1)胎児脳についての免疫組織染色
ヒト8週齢胎児の大脳のパラフィン永久組織標本から5μmの切片を作成し、シランコーテイングスライドに貼付して、37℃インキュベーターで一晩乾燥させた。染色前に、ヒストクリアおよびエタノールにて脱パラフィンを行った。0.2%Tween−20を含むPBSで切片を洗浄し、2%過酸化水素加メタノールに30分室温にて浸し、内因性ペルオキシダーゼを不活化した。10%ヤギ血清/0.01%Triton−Xにて1時間、非特異吸着をブロックした後、(5)で得られたマウス腹水(HFB25およびHFB184抗体)を500倍希釈して、4℃で一晩反応させた。翌日、ビオチン化二次抗体(抗マウスIgM抗体)を滴下し、1時間室温にて反応させた。その後、ABCキット(ニチレイマルチステイン)を使用し、DABにて発色させた。必要に応じて核染色を実施し、脱水、透徹後、オイキットにて封入した。
【0098】
HFB25抗体含有液のヒト8週齢胎児の大脳組織切片との反応結果を示す顕微鏡写真を図1に、HFB184抗体含有液のヒト8週齢胎児の大脳組織切片との反応結果を示す顕微鏡写真を図2に、それぞれ示す。
【0099】
図1から、HFB25抗体については、ヒト胎児8週齢大脳では、脳室壁層(ventricular zone;VZ)、脳室壁下層(subventricular zone;SVZ)が強く染色され、中間層(Intermediate zone;IMZ)および分子層(molecular layer;ML)にも陽性所見が得られたが、皮質板(cortical plate;CP)には明らかな染色性は存在しなかった(図1)。
【0100】
図2から、HFB184抗体については、ヒト胎児8週齢大脳では、ほぼ全層に渡って繊維状の染色像を呈した(図2)。その中でもMLに比較的強い陽性所見が見られた。
【0101】
(2)ヒトニューロスフェアに対する反応性
継代培養されたヒトニューロスフェアを、4%パラホルムアルデヒドで4℃で20分間固定した。その後、30%ショ糖/PBSに4℃で30分間つけ、OCT−コンパウンドに凍結包埋した。その後、クリオスタットを用いて12μmの切片を作製し、免疫組織学的解析を実施した。凍結切片を100倍希釈したHFB25抗体、HFB184抗体をそれぞれ1次抗体として、一晩4℃反応させた。翌日、二次抗体として、Alexa Flour488で標識したヤギ産生抗マウスIgM−ポリクローナル抗体(1:500、Molecular Probes社)を反応させ、核染色用のTO−PRO−3iodide(1μM:Molecular Probes社)と反応させた。染色結果を、共焦点レーザースキャン顕微鏡(LSM510,Carl Zeiss社)で観察した。
【0102】
核染色結果及びHFB25抗体の染色結果を図3に示す。また、核染色結果及びHFB184抗体の染色結果を図4に示す。
図3及び図4のいずれも抗体の染色結果と核染色結果は、ほぼ一致していた。従って、ヒトニューロスフェアを構成するほとんどの細胞、すなわちヒトNSPCが、両抗体の陽性細胞であることがわかる。
【0103】
(3)FACSを用いた解析
ヒトNSPCをトリプシンを用いて分散し、セルストレーナーを使用して単一細胞の細胞懸濁液を作成した。これらの細胞懸濁液に対して、100倍希釈したHFB25抗体、HFB184抗体(マウス腹水)を各々、氷上で30分間反応させた後、培養液を用いて洗浄した。その後、Alexa488標識抗マウス−IgM抗体(1:500、ヤギ産生ポリクローナル抗体,Molecular Probes社)を30分間、氷上で反応させた後、培養液で洗浄し、更にPI(プロピジウムイオダイド)染色を行った。解析はベクトンディッキンソン社(San Jose,カリフォルニア州)のFACS Calibur Flow Cytometer(商品名:カタログ番号343202)の4カラー式を用いて行い、各モノクローナル抗体で各々の標識される細胞(陽性細胞)と非標識細胞(陰性細胞)の割合を算出した。
【0104】
PIは二重らせん構造のDNAにインターカレーションするDNA染色であり、これにより全細胞数を知ることができる。HFB25抗体陽性細胞は、HFB25抗体に結合した二次抗体の標識である緑色蛍光色素Alexa488の蛍光強度により知ることができる。
【0105】
コントロール細胞として、10種類の培養ヒト株化細胞、すなわち神経系細胞であるU−87MG,T98G,YKG−1,U251MG(human glioblastoma由来)Daoy,D283Med(human medulloblastoma由来);分化能を有する神経系前駆細胞であるNTERA2(teratoma由来のhuman embryonal carcinoma);血球系細胞であるJurkat、K562(human leukemia由来);非神経系接着細胞である293T(human fetal transformed kidney epithelial cell)の集団について、同様に、FACS Caliburを用いてHFB25陽性細胞とHFB25陰性細胞の割合を算出した。
【0106】
結果を図5に示す。図5中、縦軸は細胞数カウント、横軸は緑色蛍光の蛍光強度であり、10以上のシグナルを示すものはHFB25抗体陽性細胞に該当する。各細胞集団におけるHFB25抗体陽性細胞とHFB25抗体陰性細胞の割合をまとめると、表1のようになる。
【0107】
【表1】
【0108】
ヒトNSPC及びヒトEC細胞であるNTERA2については、HFB25抗体陽性細胞の割合が非常に高く、他の神経系細胞、非神経系の株化細胞では、起源的にヒトNSPCに近いとの説があるDaoy(54%)と、血球系のJurkat(42.5%)に比較的HFB25陽性細胞が多く存在したが、その他の神経系細胞及び非神経系細胞ではHFB25陽性を示す割合は低かった。
【0109】
HFB184抗体を用いて同様にFACSによる解析をしたところ、HFB184陽性細胞の割合はヒトNSPCで99.1%、U251MGで0.2%、Jurkatで46.6%であり、HFB25抗体を用いた解析結果とほぼ同傾向であった。
以上から、本発明HFB25抗体、HFB184抗体、いずれも未分化の神経系細胞に発現する表面抗原を選択的に認識する抗体で、分化した神経系細胞、非神経系細胞の表面抗原とは反応しない抗体であることがわかる。
【0110】
〔神経幹細胞の分化レベルと抗体の反応性〕
(1)神経幹細胞の分化誘導
分化誘導方法A:
ニューロスフェア法で用いる培地から増殖因子を除去し10%FBSを添加した培地にて分化誘導を行ない、分化誘導後、1−2週間ごとに0.05%トリプシン溶液を用いて単細胞に分散させて継代するという操作を複数回繰り返した。この方法により、グリア細胞ほぼ100%の細胞集団が得られる。
分化誘導方法B:
ニューロスフェア法で用いる培地から増殖因子を除去し、1%FBSを添加した培地にて2週間培養し、分化誘導を行った。この方法では、神経細胞とグリア細胞の混合培養(以下「N/G細胞」という)集団(チューブリンβIII陽性の神経細胞が約20%、GAFP陽性のグリア細胞が約80%)が得られる。
【0111】
(2)FACSを用いた解析
2ロット(ロットNo.1、2)のヒトNSPC細胞集団を、それぞれAの方法で分化誘導させた。分化誘導2週間後、7週間後の細胞集団について、前述と同じ方法を用いてFACSでHFB25抗体陽性細胞の比率を検討した。
分化誘導させなかったヒトNSPC、並びに分化誘導2週間後、及び7週間後の結果を、それぞれ図6(a)、(b)、(c)に示す。図6中、横軸は蛍光強度であり、縦軸は、細胞数カウントである。強度10以上がHFB25抗体陽性細胞に該当する。各細胞集団におけるHFB25抗体陽性細胞の割合をまとめると、表2のようになる。
【0112】
【表2】
【0113】
表2からわかるように、ヒトNSPCの分化の進行に従い、HFB25抗体陽性を示す割合が次第に減少していくことがわかる。つまり、HFB25抗体は、未分化ヒトNSPCの表面に存在し、その後、分化の過程で消失していく細胞表面抗原に選択的な抗体であることがわかる。
【0114】
(3)抗チューブリンβIII抗体とHFB25抗体陽性細胞との関係
分化誘導法Bを用いて作成した細胞で、分化誘導2週間後、7週間後の各細胞集団について、神経系マーカーである抗チューブリンβIII抗体とHFB25抗体の二重染色を行なった。細胞は4%パラホルムアルデヒドで固定し、10%ヤギ正常血清で室温で1時間反応させてブロッキングした後、1次抗体として100倍希釈したHFB25抗体(マウス腹水)と抗tubulinβIII(TuJ1)抗体(1:500;mouse IgG monoclonal, BabCO社)を含む10%正常ヤギ血清/0.01%Triton−X/PBSを4℃にて一晩反応させた。反応後、2次抗体(Alexa Fluor 488で標識されたヤギ産生抗ウサギIgM抗体及びAlexa Fluor 568で標識されたヤギ産生抗ウサギIgG抗体,いずれもMolecular Probes社)と核染色用のTO−PRO−3 iodide(1μM,Molecular Probes社)を室温にて1時間反応させた。染色後の観察は共焦点レーザー顕微鏡(LSM510;Carl Zeiss社)を用いて実施した。
【0115】
分化誘導2週間後の蛍光顕微鏡写真を図7(a)(HFB25抗体による染色)及び(b)(抗チューブリンβIII抗体による染色)に示す。また、分化誘導7週間後の顕微鏡写真を図8(a)(HFB25抗体染色)及び(b)(抗チューブリンβIII抗体染色)に示す。図7、8中のスケールバーは100μmである。
【0116】
図7、8から、神経系マーカー(抗チューブリンβIII抗体)を用いた検討では、分化誘導初期(2週間)の時点ではHFB25(+)/チューブリンβIII(+)細胞が確認されるが、分化誘導後期(7週間)ではHFB25(+)細胞は殆ど消失し、チューブリンβIIIと共発現する細胞も殆ど見られなかったことがわかる。
【0117】
(4)抗GFAP抗体とHFB25陽性細胞との関係
A方法による分化誘導2週間後、7週間後の各細胞集団について、グリア系細胞のマーカーである抗GAFP抗体とHFB25抗体の二重染色を行なった。方法は、前述と同様に、細胞を固定し、ブロッキングした後、1次抗体として500倍希釈したHFB25抗体(マウス腹水)とウサギ産生抗GFAPポリクローナル抗体(シグマ社)(1:80)を含む10%正常ヤギ血清/0.01%Triton−X/PBSを4℃にて一晩反応させた。反応後、2次抗体(Alexa Fluor 488で標識したヤギ産生抗マウスIgM抗体及びAlexa Fluor 568で標識したヤギ産生抗マウスIgG抗体,いずれもMolecular Probes社)とTO−PRO−3 iodide(1μM,Molecular Probes社)を室温にて1時間反応させた。染色後の観察は共焦点レーザー顕微鏡(LSM510; Carl Zeiss社)を用いて実施した。
【0118】
分化誘導2週間後の蛍光顕微鏡写真を図9(a)(HFB25抗体染色)及び(b)(抗GAFP抗体染色)に示す。また、分化誘導7週間後の顕微鏡写真を図10(a)(HFB25抗体染色)及び(b)(抗GAFP抗体染色)に示す。図9、10中のスケールバーは100μmである。
【0119】
図9ではHFB25(+)/GAFP(+)細胞が確認されたが、図10ではHFB25(+)細胞は殆ど消失し、GAFPと共発現する細胞も殆ど見られなかった。これらの結果から、HFB25抗体は、グリア細胞とも反応しないことがわかる。
【0120】
〔各種酵素処理と抗原性との関係〕
(1)クロロホルム処理による脱脂の影響
脂質性抗原の特性を有するかどうかの検討のため、クロロホルム処理による脱脂の影響を検討した。
【0121】
継代培養されたヒトニューロスフェアを0.05%トリプシン溶液処理して単細胞に分散させてなる細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液に対して4%パラホルムアルデヒド処理4℃、20分間の固定後、切片を作製し、免疫組織学的解析を実施した。切片はクロロホルムとメタノールを2:1で混合した溶液で室温10分間脱脂処理を行った後、PBS(−)で洗浄し、10%ヤギ正常血清で室温で1時間反応させてブロッキングした。1次抗体として100倍希釈したHFB25抗体(マウス腹水)を含む10%正常ヤギ血清/0.01% Triton−X/PBSを4℃にて一晩反応させた。翌日、二次抗体として、Alexa Flour488で標識したヤギ産生抗マウスIgM−ポリクローナル抗体(1:500、Molecular Probes社)と、核染色用のTO−PRO−3(1μM:Molecular Probes社)と反応させた。染色結果は、共焦点レーザースキャン顕微鏡(LSM510,Carl Zeiss社)で観察した。
【0122】
コントロールとして、脂質性抗原を認識するA2B5抗体を上記と同様にクロロホルム処理した細胞に反応させ、それぞれ、クロロホルム処理前後での各抗体(FHB25抗体およびA2B5抗体)しなかった以外は上記と同様に処理したものを使用し、顕微鏡観察した。
未処理のHFB25抗体との反応結果の顕微鏡写真を図11に、クロロホルム処理したHFB25抗体との反応結果の顕微鏡写真を図12に示す。
図11と図12との比較からわかるように、HFB25抗体をクロロホルム処理しても、ほとんど細胞染色性に影響なく、抗原結合部位に影響がなかった。一方。A2B5抗体は、脱脂された抗体結合部位が破壊されたために、細胞染色部分がほとんど消失していた。
【0123】
(2)グリコシダーゼ及びグリコサミノグリカン分解酵素処理による影響
糖鎖抗原性の検討を行うため、各種糖鎖切断酵素による処理の影響を検討した。
継代培養されたヒトニューロスフェアを0.05%トリプシン溶液処理液処理して単細胞に分散させてなる細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液に対して4%パラホルムアルデヒド処理4℃、20分間の固定後、切片を作製し、免疫組織学的解析を実施した。切片はN−グリコシダーゼ、O−グリコシダーゼ、コンドロイチナーゼABC、ケラタナーゼ、ヘパリチナーゼ、又はヘパリナーゼを、表3に示すような濃度となるように添加し、表3に示す時間だけ反応させた。これらの酵素は、表3に示す部分を切断する。酵素処理後、10%ヤギ正常血清で室温で1時間反応させてブロッキングした。1次抗体として100倍希釈したHFB25抗体(マウス腹水)を含む10%正常ヤギ血清/0.01%Triton−X/PBSを4℃にて一晩反応させた。翌日、二次抗体として、Alexa Flour488で標識したヤギ産生抗マウスIgM−ポリクローナル抗体(1:500、Molecular Probes社)と、核染色用のTO−PRO−3(1μM:Molecular Probes社)を室温1時間反応させた。染色結果は、共焦点レーザースキャン顕微鏡(LSM510,Carl Zeiss社)で観察した。
【0124】
【表3】
【0125】
N−グリコシダーゼ処理、O−グリコシダーゼ処理、コンドロイチナーゼABC処理、ケラタナーゼ処理、ヘパリチナーゼ処理、ヘパリナーゼ処理の各染色結果の顕微鏡写真を、それぞれ、図13〜図18に示す。
いずれも未処理(図11参照)の場合と同程度に染色されていて、これらの酵素処理では、HFB25抗体の抗原結合部位は、影響を受けないことがわかった。
【0126】
〔ヒト臍帯血からの神経幹細胞及び前駆細胞の分離採取〕
(1)ヒト臍帯血から有核球細胞集団の分離
遠心チューブにヒト臍帯血と等量のLymphoprep(AXIS−SHIELD)を入れ、その上にヒト臍帯血を重層し、20℃で800g、20分間遠心し、有核球の層を採取した。分離細胞はヒトNSPCの保存と同様の方法で凍結保存(バンバンカー)し、以下の解析に使用した。
【0127】
(2)HFB25抗体反応性
(1)で調製したヒト臍帯由来細胞3ロットを、それぞれ1×107細胞/100μlに希釈した細胞懸濁液(UCB1〜UCB3)を調製した。
この細胞懸濁液に、HFB25抗体を産生したマウス腹水2μlを添加混合して、氷上で30分間反応させた。次いで、二次抗体としてAlexa488で標識したヤギ産生抗マウスIgM−ポリクローナル抗体(1:500、Molecular Probes社)と反応させ、さらにPI染色を行い、ベクトンディッキンソン社(San Jose,カリフォルニア州)のFACS Calibur Flow Cytometer(商品名:カタログ番号343202)の4カラー式をフローサイトメーターを用いて測定した。
【0128】
UCB1〜UCB3の結果を、図19にそれぞれ示す。図19中、横軸は蛍光強度であり、縦軸は細胞数カウントである。強度10以上がHFB25抗体陽性細胞である。
図19から、ロット間でばらつきがあるものの、いずれもHFB25抗体陽性細胞が、2〜6.7%程度含まれていることがわかった。
さらにセルソーター(FACS Vantage−SE、ベクトン−ディクソン社製)を用いて、ヒト臍帯血由来HFB25陽性細胞(標識された細胞)とHFB25陰性細胞(標識されなかった細胞)とを分取した。
【0129】
(3)ヒト臍帯血由来HFB25陽性細胞でのNestin発現の検討
(2)で分取したヒト臍帯血由来HFB25陽性細胞及び陰性細胞のそれぞれを、4%パラホルムアルデヒドで固定した後、cytospin3(Thermo Shandon社)を用いてスライドガラスに貼付けた。10%ヤギの正常血清で室温で1時間反応させてブロッキングした後、一次抗体としてウサギ産生抗ヒトNestinポリクローナル抗体(1:500)を4℃で一晩反応させ、続いて二次抗体としてAlexa Flour568(赤色)で標識したヤギ産生抗ウサギIgG(H+L)conjugate highly cross−adsorbed(終濃度4μg/ml、Molecular Probes社)と室温で1時間反応させ、免疫細胞染色標本を作製した。上記二次抗体は、ヤギ産生でマウスのH鎖及びL鎖を認識し、ヒト、ウシ、ヤギ、ウサギ、ラットの抗体は認識しないものである。
【0130】
ヒト臍帯血由来HFB25抗体陽性細胞と陰性細胞のそれぞれの細胞集団におけるNestinタンパク質の発現程度を、定量的に検討する目的のために、抗Nestin抗体を用いた免疫細胞染色標本をレーザースキャニングサイトメータ(LSC2、オリンパス社)を用いて測定した。結果を図20に示す。図20中、横軸は抗Nestin抗体蛍光標識強度、縦軸は細胞数である。HFB25抗体陰性細胞集団に対して、HFB25抗体陽性細胞集団の方が強い蛍光強度分布を示し、ヒト臍帯血由来細胞中、HFB25抗体に陽性の細胞は、Nestinの発現量も多いことがわかった。
【0131】
さらに、図20の結果に基づき、ヒト臍帯血由来HFB25抗体陽性細胞と陰性細胞について、レーザースキャニングサイトメータの結果を、Nestin発現量に基づいて、蛍光標識強度が0〜50000をNestin陰性(−)、50000〜100000をNestin陽性(+)、100000〜150000をNestin陽性(++)と分類した。結果を表4に示す。
【0132】
【表4】
【0133】
表4からわかるように、ヒト臍帯血細胞では、HFB25陽性細胞の88.3%がnestin発現細胞であり、その18.2%はnestinを強発現しており、その割合はHFB25陰性細胞(8.7%)の約2.1倍であった。
【0134】
〔ヒト成人末梢血からの神経幹細胞及び前駆細胞の分離採取〕
(1)ヒト成人末梢血から有核球細胞集団の分離
遠心チューブにヒト成人末梢血と等量のLymphoprep(AXIS−SHIELD)を入れ、その上にヒト成人末梢血を重層し、20℃で800g、20分遠心し、有核球の層を採取した。分離細胞はヒトNSPCの保存と同様の方法で凍結保存(バンバンカー)し、以下の解析に使用した。
【0135】
(2)HFB25抗体反応性
臍帯血の場合と同様にして、ベクトンディッキンソン社(San Jose,カリフォルニア州)のFACS Calibur Flow Cytometer(商品名:カタログ番号343202)の4カラー式をフローサイトメータを用いて、HFB25抗体陽性細胞の割合を測定した。
結果を図21に示す。図21中、横軸は蛍光強度であり、縦軸は細胞数カウントである。強度10以上がHFB25抗体陽性細胞である。
図21から、ヒト成人末梢血にはHFB25抗体陽性が、25%程度含まれていることがわかった。
さらにセルソーター(FACS Vantage−SE、ベクトン−ディクソン社製)を用いて、ヒト成人末梢血由来HFB25陽性細胞(標識された細胞)とHFB25陰性細胞(標識されなかった細胞)とを分取した。
【0136】
(3)HFB25陽性細胞でのNestin発現の検討
臍帯血の場合と同様にして、Nestin発現量を調べた結果、図22及び表5のようになった。
【0137】
【表5】
【0138】
表5からわかるように、ヒト成人末梢血中のHFB25陽性細胞の74.5%がNestin発現細胞であり、その14.6%はNestinを強発現しており、その割合はHFB25陰性細胞(7.7%)の約1.9倍であった。
【0139】
〔細胞の分化レベルとJAM−1の発現との関係〕
(1)抗体チップを用いた神経幹細胞の発現タンパク質のスクリーニング
抗体チップ解析は、512種類の既知抗体が固定されたBD ClontechTM Ab Microarray 500(BD Biosciences Clontech製)を用いて実施した。スライドガラスのスキャンはグラススライドスキャナー(Applied Precision製)を用いて実施した。
ヒトNSPC、および上記Aの分化誘導方法で得られたグリア細胞集団からそれぞれタンパク質を、BD ClontechTM Ab Microarray500添付の試薬により抽出し、各サンプルをCy3あるいはCy5蛍光色素(Amersham Bioscience製)で標識した後、抗体チップ解析を行ない、各細胞集団におけるJAM−1発現量を調べた。
グリア細胞集団におけるJAM−1発現量に対するヒトNSPC細胞集団のJAM−1発現量(ヒトNSPC/グリア細胞)は、0.673772であった。
【0140】
(2)ウエスタンブロットによる検討
JAM−1の発現様式をさらに検討するため、合計13種類のヒト株化細胞でのJAM−1の発現様式を同様にウエスタンブロットで検討した。
神経系細胞として、U−251MG,U−87MG,U−373MG,T98G,YKG−1(human glioblastoma由来)、D283 Med,Daoy(human medulloblastoma由来);分化能を有する神経系前駆細胞としてNTERA2(teratoma由来のhuman embryonal carcinoma);非神経系細胞としてJurkat(human acute T cell leukemia由来),293T(human fetal transformed kidney epithelial cell),HepG2,HUH−6,HUH−7(human hepatocelluler carcinoma)の合計13種類のヒト株化細胞をそれぞれ標準的な方法で培養し、細胞を調製した。コントロールとして、前述Bの分化誘導方法で得られたN/G細胞集団(N/G)、及び前述Aの分化誘導方法で分化させたグリア細胞集団(AS)を用いた。
【0141】
各細胞からタンパク質を抽出し、10μg/laneでSDSポリアクリルアミドゲル(5−20%勾配ゲル,ATTO)用いて電気泳動した(SDS−PAGE)。SDS−PAGE後、ウェット方式でニトロセルロース膜(Advantec社)に転写した。5%ウシ血清アルブミン(BSA)で1時間ブロッキング後、抗JAM−1抗体(1%BSAで1:500希釈,ベクトンディッキンソン)を1次抗体として室温1時間で反応させた。0.1%Tween20を含むPBS(以下、「PBS−T」という)で15分、3回洗浄後、抗マウスIgG抗体(1%BSAで1:10000希釈)を2次抗体として室温で1時間反応させた。洗浄後、ECL Plus kit (アメルシャム・バイオサイエンス社)の方法に従い、化学発光させた。この膜をX線フィルムと一緒にカセットに入れて、露光し現像した。
【0142】
結果を図23に示す。JAM−1は、38kDaのバンド(図中、矢印)の位置に現れる。
JAM−1の発現は、神経系細胞に関しては、U−373MGでは殆ど見られず、D283Med,T98Gでは発現がグリア細胞(AS)でより低かった。残りの神経系細胞におけるJAM−1の発現は、グリア細胞(AS)より高かった。非神経系細胞に関するJAM−1の発現は、Jurkatについてはグリア細胞(AS)よりやや低かったが、残りの非神経系細胞(293T、HepG2、HUH−6、HUH−7)ではグリア細胞(AS)より高かった。
【0143】
(3)ヒトNSPCの分化誘導レベルと抗JAM−1抗体陽性細胞との関係
ヒトNSPCの分化誘導におけるJAM−1陽性細胞の存在率を評価するため、ヒトNSPCとそこから分化誘導したグリア細胞を用いて、ベクトンディッキンソン社(San Jose,カリフォルニア州)のFACS Calibur Flow Cytometer(商品名:カタログ番号343202)の4カラー式で測定して、JAM−1陽性細胞の存在率を評価した。
同一ロットのヒトNSPC細胞集団を3つのグループに分け、そのうちの2グループを、それぞれAの方法で分化誘導させた。分化誘導4週間後、7週間後の細胞集団について、0.05%トリプシン溶液処理により細胞懸濁液を調製した。
【0144】
この細胞懸濁液に対して、10倍希釈した抗JAM−1抗体(Hycut biotechnology社)を氷上で30分間反応させた後、培養液を用いて洗浄した。その後、Alexa488標識抗マウス−IgG抗体(1:500、ヤギ産生ポリクローナル抗体,Molecular Probes社)を30分間、氷上で反応させた後、培養液で洗浄し、更にPI(プロピジウムイオダイド)染色を行った。解析はベクトンディッキンソン社(San Jose,カリフォルニア州)のFACS Calibur Flow Cytometer(商品名:カタログ番号343202)の4カラー式を用いて行い、モノクローナル抗体で各々の標識される細胞(陽性細胞)と非標識細胞(陰性細胞)の割合を算出した。
分化誘導させなかったヒトNSPC、並びに分化誘導4週間後、及び7週間後の結果を、それぞれ図24(a)、(b)、(c)に示す。図24中、横軸は蛍光強度であり、縦軸は、細胞数カウントである。横軸10以上が抗JAM−1抗体陽性細胞に該当する。各細胞集団における抗JAM−1抗体陽性細胞の割合をまとめると、表6のようになる。
【0145】
【表6】
【0146】
ヒトNSPCの状態では、JAM−1陽性細胞はわずか6.0%であったが、グリア細胞(分化誘導後4週目)では約40.8%の細胞がJAM−1陽性となっていた。しかし更なる分化誘導(7週間培養)にてその陽性率は再度低下(10.5%)した。
これらの結果から、抗JAM−1抗体は、神経幹細胞から完全分化の過程で一時的に現れる表面抗原に選択的に結合する。従って、神経前駆細胞及び神経幹細胞の混合集団では、抗JAM−1抗体陰性であれば、神経幹細胞であると判定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0147】
本発明の新規なモノクローナル抗体は、神経幹細胞に選択的な表面抗原に結合するので、神経幹細胞を含有するこ不均一な細胞集団から神経幹細胞又は神経幹細胞富化集団を生細胞のままでスクリーニングできる。従って、再生医療用に生体から採取した神経幹細胞が含まれる細胞集団、具体的には胎児脳組織、臍帯血、ヒト末梢血などの神経幹細胞含有集団から、神経幹細胞富化集団、ひいては神経幹細胞の検出、さらには分離する方法として利用できる。これにより、細胞ソース供給の点で問題があった神経幹細胞について、比較的広範囲のソースを、神経幹細胞の供給源として利用することが可能となる。
【0148】
本発明のスクリーニング用試薬は、人体移植用の神経幹細胞をスクリーニングする試薬として用いることができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞(以下、これらを区別しないときは、まとめて「NSPC」という)の細胞表面抗原を選択的に認識する新規な抗体及びこれを産生するハイブリドーマ、並びにこのモノクローナル抗体を用いて、生体外での培養により得られるヒトニューロスフェアや、生体から採取したヒトNSPCを含む不均一な細胞集団から、ヒトNSPCをスクリーニングし、選択的に分取する方法、ヒトNSPCの含有率を評価する方法、当該方法を実施するのに用いられるスクリーニング用試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
神経幹細胞は、自己複製能と多分化能を特徴とする未分化な細胞で、胎児脳のみならず、成体脳にも存在することが判明しており、従来は再生が不可能と考えられてきた中枢神経内で、新生ニューロンおよび新生グリア細胞を作成させるための有用な移植用細胞として、再生医療領域での臨床応用が期待されている。
【0003】
臨床応用するためには、入手しやすい細胞ソースからの分離、選択的培養方法の確立が重要である。
神経幹細胞が多く含有される組織である神経系細胞については、神経幹細胞、神経前駆細胞といった未分化な細胞だけでなく、分化した神経系細胞が多く含まれている。また神経系以外の細胞で、神経幹細胞が含まれることが報告されており、かつ比較的入手しやすい細胞ソースとしては、臍帯血細胞や骨髄細胞が考えられる。しかし、これらのソースの大部分は神経系以外の種々の細胞である。従って、このような不均一な細胞集団を細胞ソースとして利用し、そこから神経幹細胞を分離するためには、その分離方法、NSPCのスクリーニング方法を確立する必要がある。
【0004】
神経幹細胞の選択的培養方法として、現在、ニューロスフェア法が最も汎用されているが、ニューロスフェア法で増幅された細胞集団も、分化が進んだ細胞を含む不均一な細胞集団である。従って、神経幹細胞、神経前駆細胞の分離、スクリーニング方法が重要となる。
【0005】
神経幹細胞を同定する方法として、非特許文献1では、LendahlとMcKayらにより同定されたNestinという中間径フィラメントタンパク質であるNestinマーカーを用いる方法が提案されている。しかし、Nestinは細胞内に存在するため、生細胞のままで神経幹細胞を同定、単離する操作に応用することが困難である。
【0006】
Nestinの他、神経幹細胞に対する選択性の高い表現マーカーとしては、NakamuraとOkanoらにより同定された分子量約38kDaのRNA結合蛋白質であるMusashi1が知られている。
【0007】
Musashi1も、Nestinと同様に、細胞内に存在する蛋白質であるため、生細胞の場合、細胞が生きた状態で外部からこれらの蛋白質の発現状況を把握し、それを可視化することは通常の方法では不可能である。
【0008】
生細胞でNestinやMusashi1の発現程度を可視化し、その発現量に基づいて、神経幹細胞を効率的に分離する方法として、musashi1プロモータ、あるいはnestinエンハンサーの下流に、GFP(green fluoresent protein)を組み込んだレポータ遺伝子を、予め各種方法で人為的に神経幹細胞に遺伝子導入し、GFP発現細胞を発現強度(蛍光強度)にしたがって、FACSを用いて分離することが報告されている(非特許文献2、特許文献1、特許文献2)。
【0009】
しかし、この方法は、人体には存在しないGFP発現遺伝子の導入を伴っているため、効率的に分離、増殖させたとしても、この分離操作で得られた神経幹細胞を、実際に人体へ移植するといった臨床的応用には安全性の点で問題がある。
【0010】
このようなことから、遺伝子導入を伴わない方法で神経幹細胞を検出できる細胞表面マーカーを用いた分離技術が望まれている。
【0011】
近年、選択的細胞表面マーカーを用いたFACSによる分離法を行なったものとして、非特許文献3に、CD133抗体を用いたヒト由来神経幹細胞の分離法が報告されている。そして、CD133+/CD34−/CD45−細胞が高率にニューロスフェアを形成することが報告されている。また特許文献3に、中枢神経の幹細胞(CNS−SC)について高度に富化された集団を産生する方法として、モノクローナル抗体AC133、またはモノクローナル抗体5E12によって、細胞表面マーカーを認識させることを利用する方法が開示されている。CD133抗体(AC133抗体)は、プロミニンホモログを認識する抗体であると予想されている。
【0012】
さらに、特許文献4に、神経幹細胞の細胞表面マーカーとして、抗HFB115モノクローナル抗体をはじめ、4種類の人工抗体(16番抗体(FERM P−18778)、27番抗体(FERM P−18779)、115番抗体(FERM P−18780)、211番抗体(FERM P−18781))を用いて、分離する方法が提案されている。
これらの抗体は、免疫原として、胎児のヒト脳組織のホモジェネートを用いて免疫したマウスの抗体産生細胞とミエローマ細胞とから作製されたハイブリドーマの産生抗体である。
【0013】
またさらに、特許文献5に、哺乳動物末梢神経系から神経幹細胞の同定、単離方法として、ポジティブマーカーとして抗p75抗体を使用し、ネガティブマーカーとして抗P0を用いることが提案されている。
【0014】
さらにまた、特許文献6及び非特許文献4に、GD2 ganglioside、MHC クラスI、β2マイクログロブリン、CD8、CD9、CD15、CD34、CD38、CD56、CD81、CD95、CD152の発現を神経幹細胞の陽性マーカーとし、MHC クラスII、HLA−DR、Glycophorin−A、CD3、CD5、CD7、CD10、CD11b、CD13、CD14、CD16、CD19、CD20、CD22、CD23、CD25、CD31、CD33、CD41、CD45、CD54、CD80、CD83、CD86、CD117、CD133、CD154を神経幹細胞の陰性マーカーとして神経幹細胞を分離する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2001−292768
【特許文献2】特開2002−34580
【特許文献3】特開2004−2350
【特許文献4】特表2002−536023
【特許文献5】特表2002−537802
【特許文献6】WO02/086082
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】Lehndahlら、Cell 60:585-595(1990年)
【非特許文献2】H.M.Keyoungら、「High-yield selection and extraction of two promotor-defined phenotypes of neural stem cells from the fetal human brain」、Nat.Biotechnol.,19,843-850(2001年)
【非特許文献3】Uchida Nら、「Direct isolation of human central nervous system stem cells」、Proc Natl Acad Sci USA 2000;97;14720-25)
【非特許文献4】Klassen H,Schwartz MR,Bailey AH,Young MJら、「Surface markers expressed by multipotent human and mouse neural progenitor cells include tetraspanins and non-protein epitopes」Neuroscience Letters 2001 Oct.26;312(3):180-2(2001年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
生体に存在しない外来性遺伝子導入等を行なうことなく、生細胞状態で神経幹細胞又は神経前駆細胞の富化集団を同定、分離する方法として、細胞表面抗原、細胞表面マーカーを用いた上記方法のいずれも、ヒトNSPCに対する選択性は、未だ不十分であり、不均一な細胞集団から純度の高い神経幹細胞及び神経前駆細胞集団を分離、採取する方法の利用としては不十分である。
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、生細胞状態でヒトNSPCを、同定、分離できる選択性の高い抗体、及びこれを用いた、不均一な細胞集団から、ヒトNSPCを検出、分離することができる方法、当該方法で使用するスクリーニング用試薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、純度の高い培養ヒトNSPCの懸濁液で免疫感作した哺乳動物を用いて、ヒトNSPCの細胞表面抗原に対する選択性が高い新規な抗体を作製し、本発明を完成した。
【0019】
すなわち、本発明のモノクローナル抗体は、培養ヒト神経幹細胞及び/又は培養ヒト神経前駆細胞のホモジェネートで免疫した哺乳動物の抗体産生細胞とミエローマとのハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体であって、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の表面抗原と反応するが、分化した神経系細胞の表面抗原とは実質的に反応せず、且つ胎児期初期の大脳の脳室壁層及び脳室壁下層の細胞と反応する。
【0020】
前記ホモジェネートは、ヒト胎児由来の神経幹細胞及び/又はヒト神経前駆細胞を継代培養して得られるニューロスフェアをホモジェナイズしたものであることが好ましく、また、得られたハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体を、ヒト胎児脳組織、培養ヒト神経幹細胞、及びヒトニューロスフェアを単細胞にした細胞集団からなる群より選ばれる少なくとも1種を用いてスクリーニングしたものであることが好ましい。
【0021】
前記抗体が認識する抗原は、非還元状態のタンパク性抗原で、且つグリコシダーゼ又はグリコサミノグリカンによる糖鎖切断及び脱脂処理によって抗原性が損なわれないものであることが好ましい。
【0022】
また、前記抗体は、具体的には、フローサイトメトリーによる解析で、ヒトニューロスフェアを分散させてなる単細胞集団及びNETRA2とは80%以上が陽性反応を示し、U−87MG、T98G、YKG−1、U251MG、及び293T細胞とはいずれも5%未満しか陽性反応を示さないものであり、より具体的には、寄託番号FREM P−20607のハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体である。
【0023】
また、寄託番号FREM P−20607のハイブリドーマも、本発明の範囲である。
【0024】
本発明のモノクローナル抗体の製造方法は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の表面抗原と反応するが、分化した神経系細胞の表面抗原とは実質的に反応しないモノクローナル抗体の製造方法であって、ヒト胎児由来の神経幹細胞及び/又はヒト神経前駆細胞を継代培養して得られらニューロスフェアのホモジェネートを免疫原として使用する工程;免疫感作した哺乳動物(ヒトを除く)のリンパ球をミエローマと細胞融合して、ハイブリドーマを得る工程;得られたハイブリドーマをHAT培地で培養することにより選択したハイブリドーマからモノクローナル抗体を産生する工程;及び産生されたモノクローナル抗体を、ヒト胎児脳組織に接触させて陽性反応を示すモノクローナル抗体を選別する工程を含む。
【0025】
本発明のモノクローナル抗体は、ヒト神経幹細胞、ヒト神経前駆細胞、ネスチン高発現細胞の同定、検出、分離、分取に用いることができる。
【0026】
すなわち、本発明の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の同定方法は、不均一な細胞集団から、ヒト神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の特性を有する細胞及びその細胞の局在性を同定する方法であって、上記本発明のモノクローナル抗体を用いて免疫組織染色を行ない、染色された部分を神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞であると同定する工程を含む。
【0027】
また、本発明のネスチン高発現細胞のスクリーニング方法は、ヒト神経幹細胞を含有する細胞集団を、上記本発明のモノクローナル抗体と反応させ、該モノクローナル抗体との反応が陽性である細胞を検出する工程を含む。前記ネスチン高発現細胞は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞であってもよい。
【0028】
前記細胞集団は、ヒト臍帯血由来細胞を含む集団であってもよいし、ヒト末梢血由来細胞を含む集団であってもよいし、ヒトニューロスフェアを単細胞に分散させてなる細胞集団であってもよい。
【0029】
本発明の細胞集団の評価方法は、ヒト神経幹細胞及び神経前駆細胞を含有する細胞集団において、上記本発明のモノクローナル抗体との反応が陽性である細胞を検出し、該細胞集団における該モノクローナル抗体陽性細胞の割合を算出する工程を含む。
【0030】
本発明の神経幹細胞及び神経前駆細胞スクリーニング用試薬は、ヒト神経幹細胞及び神経前駆細胞含有細胞集団から神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の富化集団をスクリーニングするための試薬であって、上記本発明のモノクローナル抗体と溶媒とを含有する。
【0031】
本発明において、「抗原と反応する」とは、免疫学でいう抗原抗体反応を示すことであり、抗体と抗原が結合することをいう。ここで、抗原と抗体の結合は、水素結合、イオン結合(クーロン力)、ファンデルワールス力、疎水結合等の化学的に弱い結合様式を含むもので、これらの総和であってもよく、いわゆる鍵と鍵穴の関係のような互いの立体的構造の関係に依存する結合である。
【0032】
また、「組織と反応する」とは、対象となっているモノクローナル抗体で、該当組織を直接法、間接法又はABC(アビジン−ビオチン複合体)法で染色し、発色させたときに、発色(蛍光色素を用いた場合は特有の波長の蛍光)が認められることをいう。
【0033】
本発明にいう「神経幹細胞」とは、ニューロスフェア法による増殖培地で培養したときに、自己複製能を有してニューロスフェアを形成できる多分化能を有する幹細胞をいい、「神経前駆細胞」とは、神経幹細胞よりやや分化の進んだ増殖能を有する未分化な細胞をいう。
【0034】
また「分化した神経系細胞」とは、神経幹細胞を分化誘導して作成される各種細胞分化マーカー(GFAP、チューブリンβIIIなど)を発現し、神経幹細胞マーカー分子(nestin、musashi1など)を発現しない細胞をいい、具体的には、ニューロン細胞、グリア細胞などが挙げられる。
【0035】
また、本発明にいう「フローサイトメトリーによる解析での陽性反応」とは、標識一次抗体と反応させた細胞集団をフローサイトメータで測定して反応陽性と判断されるもので、測定の結果を、標識に用いた蛍光色素が発光する特有の波長の蛍光強度についてみたときに、一次抗体を用いずに計測したバックグラウンドの強度より高い強度の蛍光域に含まれるものを、反応陽性と判断する。
【0036】
「実質的に反応しない」とは、全く反応しない場合だけでなく、免疫染色の染色強度が一次抗体を用いずに評価したバックグラウンドの染色強度程度を示す場合や、肉眼的評価では十分に分別できない程度の弱染色性である場合、さらにフローサイトメトリーによる解析反応で陽性とは認められない場合も含まれる。
【発明の効果】
【0037】
本発明のモノクローナル抗体は、ヒトNSPCに発現する細胞表面抗原に選択性が高いので、これを用いて、不均一な細胞集団である固体の組織塊や種々の細胞が混在した細胞浮遊液から、細胞を破壊したり、外来性レポータ遺伝子などを導入することなしに、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を、検出、同定、スクリーニング、分離、分取することができる。
さらに、上記のような細胞集団について、神経幹細胞、神経前駆細胞の含有率などを評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】ヒト8週齢胎児の大脳組織切片におけるHFB25抗体反応結果を示す顕微鏡写真(70倍)である。
【図2】ヒト8週齢胎児の大脳組織切片におけるHFB184抗体反応結果を示す顕微鏡写真(32倍)である。
【図3】(a)はニューロスフェアにおける核染色結果を示す顕微鏡写真(200倍)、(b)はニューロスフェアにおけるHFB25抗体の染色結果を示す顕微鏡写真(200倍)である。
【図4】(a)はニューロスフェアにおける核染色結果を示す顕微鏡写真(200倍)、(b)はニューロスフェアにおけるHFB184抗体の染色結果を示す顕微鏡写真(200倍)である。
【図5】ニューロスフェアの単細胞集団におけるHFB25抗体反応性を示すフローサイトメータの測定結果を示すプロファイルである。
【図6】(a)ヒトNSPC細胞集団、(b)分化誘導2週間後、(c)分化誘導7週間後のHFB25抗体との反応性を示す結果を示すフローサイトメータ解析で得られたプロファイルである。
【図7】(a)は分化誘導2週間後の細胞集団のHFB25抗体染色結果を示す顕微鏡写真、(b)は分化誘導2週間後の細胞集団の抗チューブリンβIII抗体染色結果を示す顕微鏡写真である。
【図8】(a)は分化誘導7週間後の細胞集団のHFB25抗体染色結果を示す顕微鏡写真、(b)は分化誘導7週間後の細胞集団の抗チューブリンβIII抗体染色結果を示す顕微鏡写真である。
【図9】(a)は分化誘導2週間後の細胞集団のHFB25抗体染色結果を示す顕微鏡写真、(b)は分化誘導2週間後の細胞集団の抗GAFP抗体染色結果を示す顕微鏡写真である。
【図10】(a)は分化誘導7週間後の細胞集団のHFB25抗体染色結果を示す顕微鏡写真、(b)は分化誘導7週間後の細胞集団の抗GAFP抗体染色結果を示す顕微鏡写真である。
【図11】未処理のヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真である。
【図12】クロロホルム処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図13】N−グリコシダーゼ処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図14】O−グリコシダーゼ処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図15】コンドロイチナーゼABC処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図16】ケラタナーゼ処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図17】ヘパリチナーゼ処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図18】ヘパリナーゼ処理したヒトNSPC細胞集団とHFB25抗体との反応結果を示す顕微鏡写真(20倍)である。
【図19】ヒト臍帯血由来の細胞集団のHFB25抗体との反応性を示すフローサイトメータ解析により得られるプロファイルである。
【図20】ヒト臍帯血由来のHFB25抗体陽性細胞集団及び陰性細胞集団におけるNestinタンパク質の発現量のLSMでの測定結果を示すグラフである。
【図21】ヒト成人末梢血由来の細胞集団のHFB25抗体との反応性を示すフローサイトメータ解析により得られるプロファイルである。
【図22】ヒト成人末梢血由来のHFB25抗体陽性細胞集団及び陰性細胞集団におけるNestinタンパク質の発現量のLSMでの測定結果を示すグラフである。
【図23】各細胞におけるJAM−1の発現についてのウエスタンブロットの結果を示す写真である。
【図24】(a)はヒトNSPCの抗JAM−1抗体染色についてのフローサイトメータの解析結果のプロファイル、(b)分化誘導4週間後の細胞における抗JAM−1抗体染色についてのフローサイトメータの解析結果のプロファイル、(c)は分化誘導7週間後の細胞における抗JAM−1抗体染色についてのフローサイトメータの解析結果のプロファイルである。
【発明を実施するための形態】
【0039】
〔モノクローナル抗体及びハイブリドーマの作製方法〕
はじめに本発明の抗体及びこれを産生するハイブリドーマの製造方法について説明する。
本発明の抗体は、通常のモノクローナル抗体作成技術、すなわち、免疫感作した哺乳動物から取り出した抗体産生細胞とミエローマとを融合させ、目的とする抗体を産生するハイブリドーマを調製することにより作製することができるが、免疫原として、培養されたヒト神経幹細胞及び神経前駆細胞を用いたことに特徴がある。
【0040】
すなわち、本発明で用いた免疫原は、培養ヒト神経幹細胞及び神経前駆細胞のホモジェネートである。具体的には、ヒト胎児前脳部由来のヒトNSPCを継代培養して得られたニューロスフェアを急速凍結して、ホモジェナイズすることにより得られるホモジェネートである。
【0041】
脳組織のホモジェネートの場合、神経幹細胞以外に分化が進んだ神経系細胞も多く混在し、また細胞成分以外の間質に含まれる成分も多数混在している。このため、前述の特許文献4に開示されているように、免疫原として脳組織のホモジェネートを用いた場合、未分化のヒトNSPCにのみ選択的な成分に免疫感作される効率が悪くなり、えられた抗体の神経幹細胞に対する選択性についても、神経幹細胞以外の種々の細胞を含む細胞集団から神経幹細胞を同定、検出、分離、分取するツールとしては不十分であった。この点、本発明で使用したニューロスフェアのホモジェネートでは、細胞成分以外の余計な部分の混在がほとんどなく、含まれる細胞の大部分がヒトNSPCであることから、ヒトNSPCの細胞表面抗原で免疫感作する抗体を得られる確率が大幅に上昇し、ヒトNSPCに対して選択性の高い抗体をえることができた。
【0042】
免疫感作に際しては、免疫原をアジュバントなどと混合した懸濁液を用いることが好ましい。
【0043】
免疫する哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスターなどを用いることができるが、ヒト抗原に対する抗体作製には、マウス、特に6〜8週齢のBalb/Cマウスを用いることが好ましい。
【0044】
免疫感作方法は、例えば、マウスを免疫する場合、免疫原を、皮下、腹腔内、静脈内、筋肉内、皮膚内等へ免疫原を注射することにより行なう。接種間隔、接種量などは、接種方法により異なるが、例えば、マウスの皮下に接種する場合、抗原を3〜4日おきに、2週間程度接種した。さらに必要に応じて、ブーストする。このようにして、免疫感作された哺乳動物から、リンパ球等の抗体産生細胞を取り出し、細胞融合操作に供する。
【0045】
細胞融合に用いるミエローマ細胞としては、サルベージ経路で必要なHGPRT欠損株が好ましく用いられる。ミエローマは、細胞融合前の準備操作として、通常用いられるイーグル最小基本培地(MEM)、ダルベッコ改良MEM、PRMI1640等の基本培地に、10%CS(子ウシ血清)、10%FCS(ウシ胎児血清)を添加した培地で、予め培養されたものが用いられる。
【0046】
細胞融合は、ミエローマと抗体産生細胞とを1:5〜1:20の割合で混合することにより行なう。この際、ポリエチレングリコール、センダイウィルスなどの融合剤を用いる。
細胞融合後、HAT選択培地で培養することにより、抗体産生細胞と融合したハイブリドーマだけを増殖させることができる。
【0047】
得られたハイブリドーマから、目的の抗体を産生するハイブリドーマをスクリーニングする方法としては、ラジオイムノアッセイ又はエンザイムイムノアッセイ等の方法で調べることができる。
【0048】
例えば、セルロースビーズ等の担体に、例えば免疫原に用いたホモジェネートを常法にしたがってカップリングさせておき、これにハイブリドーマの培養上清を加え、一定時間、反応させる。洗浄後、酵素で標識した抗マウスIg抗体(二次抗体)を加えて反応させ、未反応抗体を除去した後、洗浄する。次いで、酵素基質を加える。酵素反応後、反応生成発色物の吸光度又は蛍光度等を測定して、抗体産生の有無を調べることにより、抗体産生ハイブリドーマをスクリーニングできる(一次スクリーニング)。
【0049】
一次スクリーニングでスクリーニングされた抗体産生ハイブリドーマから産生されたモノクローナル抗体について、さらに、ヒト脳組織切片及び培養ヒトNSPCと反応させて、陽性反応を示す抗体産生ハイブリドーマをスクリーニングした(二次スクリーニング)。陽性反応の検出については、二次抗体として抗マウスIg抗体等のように、抗体産生細胞から産生される抗体に結合できる抗体で標識されたもの(標識二次抗体)と結合した細胞を、フローサイトメータ等を用いて、標識二次抗体の標識を検出することにより、検出する。二次スクリーニングで陽性を示す場合、抗体産生ハイブリドーマから産生されたモノクローナル抗体は、ヒトNSPCの細胞表面抗原に選択的に結合できる抗体である。
【0050】
以上のような一次スクリーニング及び二次スクリーニングにより、ヒトNSPCの細胞表面抗原に選択的に結合できる抗体、該抗体を産生するハイブリドーマを選別することができる。
【0051】
このようにして選別したハイブリドーマを、限界希釈法等でクローニングを行なって、本発明のハイブリドーマを得る。このハイブリドーマは、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに、受託番号FERM P−20606及び受託番号FERM P−20607で寄託されている。
得られたハイブリドーマを、液体培地中又は哺乳動物細胞の腹腔内で増殖させることにより、目的の抗体を取得することができる。
【0052】
〔モノクローナル抗体〕
本発明のモノクローナル抗体は、上記作製方法にて作製されるモノクローナル抗体であって、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の表面抗原と反応するが、分化した神経系細胞の表面抗原とは実質的に反応せず、且つ胎児期初期の大脳の脳室壁層及び脳室壁下層の細胞と反応するものである。具体的には、HFB184抗体と命名された受託番号FERM P−20607のハイブリドーマから産生される抗体、HFB25抗体と命名された、受託番号FERM P−20606のハイブリドーマから産生される抗体が挙げられる。
【0053】
HFB25抗体及びHFB184抗体を代表とする本発明のモノクローナル抗体は、脳発生異常、遺伝性疾患のない健常なヒト胎児期初期の大脳の脳室壁層、脳室壁下層の細胞と反応する。中間層、分子層の細胞と反応することもあるが、皮質板の細胞とは実質的に反応しない。胎児期とは、受精卵が胚葉になるまでの2週間である細胞期、細胞期に続く第3週から2ヶ月の終りまでの胎芽期を除く出生期までの期間をいい、胎児期初期とは、8週齢から18週齢までの期間をいう。
【0054】
胎児の大脳組織における層構造は、ヘマトキシリン・エオジン染色、ニッスル染色、ゴルジ染色等により認識することができる。大脳の脳室壁層とは、一側を脳室に接する細胞が作る細胞層で、通常、層構造を画定するためのヘマトキシリン・エオジン染色により核は数層に並んで存在する。脳室壁下層とは脳室壁層に接する部分で、通常、層構造を画定するためのヘマトキシリン・エオジン染色により脳室壁層に接する数列の集束した細胞層からなる領域と定義づけられる。皮質板は将来、神経細胞に分化する細胞(神経芽細胞)が高密度に並ぶ部分で、通常、層構造を画定するためのヘマトキシリン・エオジン染色により数列の細胞が高密度に集積した領域となって現れる部分をいう。中間層は脳室壁下層の外側で、脳室壁下層から皮質板までの細胞密度が比較的疎な領域をいい、分子層は皮質板より外側で脳軟膜より内側の領域をいう。胎児期初期、特に8週齢から10週齢くらいの脳室壁層、脳室壁下層では、細胞増殖が盛んで、神経幹細胞が大量に局在している。一方、皮質板は、分化が終了した神経芽細胞が多く存在し、神経幹細胞はほとんど存在しない。従って、HFB25抗体、HFB184抗体は、未分化の神経幹細胞、神経前駆細胞のときに発現する表面抗原で、分化が進むにしたがって消失する表面抗原に選択的である。
【0055】
ここで、組織との反応性は、対象となっているモノクローナル抗体を用いて、該当組織を直接法、間接法又はABC(アビジン−ビオチン複合体)法で染色し、蛍光顕微鏡、レーザ顕微鏡又は免疫電子顕微鏡などで観察して、発色(蛍光色素を用いた場合は特有の波長の蛍光)の有無で判断する。
【0056】
本明細書にいう「抗原に選択的」とは、多数の細胞集団の中から、神経幹細胞を選択する際の指標となり得る抗体の特性で、特異性よりも広い概念である。つまり、その抗原が神経幹細胞以外に発現していても、神経幹細胞の分離操作に用いることができる程度に神経幹細胞を選択的に識別できる程度をいう。
【0057】
本発明のモノクローナル抗体は、HFB184抗体に限定されず、HFB25抗体が認識する(抗原抗体反応を示す)抗原決定基又はHFB184抗体が認識する(抗原抗体反応を示す)抗原決定基の少なくともいずれか一方の抗原決定基と反応する抗体を包含する。換言すると、HFB25抗体又はHFB184抗体と共通する抗原結合部位を有するモノクローナル抗体であれば、他の部分はHFB25抗体又はHFB184抗体と異なる構造であってもよい。
【0058】
ここで、「反応する」とは、免疫学でいう抗原抗体反応を示すことであり、抗体と抗原が結合することをいう。抗原と抗体の結合は、水素結合、イオン結合(クーロン力)、ファンデルワールス力、疎水結合等の化学的に弱い結合様式を含むもので、これらの総和であってもよく、いわゆる鍵と鍵穴の関係のような互いの立体的構造の関係に依存する結合である。
【0059】
HFB25抗体が認識する(抗原抗体反応を示す)抗原決定基、HFB184抗体が認識する(抗原抗体反応を示す)抗原決定基は、神経幹細胞の細胞表面に発現されるが、分化の過程で、その発現量が変化(減少)し、細胞集団全体としてみれば、陽性細胞の割合が減少していくものである。具体的には、分化誘導開始から7週間後に70%以上、好ましくは80%以上、陽性細胞割合が減少していくものである。
【0060】
本発明のモノクローナル抗体が認識する抗原の抗原性は、いずれもグリコシダーゼやグリコサミノグリカンによる糖鎖切断や、クロロホルム処理等による脱脂等によっては失われないが、通常の還元剤を使用したウエスタンブロットでは喪失するものである。従って、非還元状態のタンパク性抗原であると考えられる。
【0061】
また、本発明のモノクローナル抗体は、フローサイトメトリーによる解析で、ヒトニューロスフェアを分散させてなる単細胞集団及びNETRA2とは80%以上が陽性反応を示し、U−87MG、T98G、TKG−1、U251MG、及び293T細胞とは5%未満しか陽性反応を示さない。NETRA2とは、奇形腫由来のヒト胎児性癌細胞で、分化能を有する神経系前駆細胞に類似の細胞である。U−87MG,T98G,YKG−1,U251MGは、いずれもヒト膠芽細胞腫由来の神経系細胞であり、アストロサイト(分化細胞)に類似の特性を有する細胞である。
【0062】
上記フローサイトメトリーによる解析とは、抗体を直接的又は間接的、あるいはABC法で蛍光標識し、対象となる細胞集団をフローサイトメータで測定して、陽性反応を示す細胞割合を算出している。フローサイトメトリーによる反応が陽性というのは、標識に用いた蛍光色素が発光する特有の波長の蛍光の強度の中で、一次抗体を用いずに計測したバックグラウンドの強度より高い強度の蛍光域に含まれる場合をいう。
【0063】
〔神経幹細胞のスクリーニング方法〕
本発明の方法は、HFB25又はHFB184抗体をはじめとする本発明のモノクローナル抗体を用いた免疫学的方法を利用して、不均一な細胞集団から、ヒトNSPCあるいはNestin高発現細胞を同定、検出、分離、分取する方法である。
【0064】
すなわち、不均一な細胞集団を、上記本発明のモノクローナル抗体を用いて免疫染色し、染色された部分を検出することにより、当該染色部分を部分をヒトNSPCであると高確率で同定、あるいは細胞集団におけるヒトNSPCの局在性を知る方法である。
【0065】
また、神経幹細胞を含有する細胞集団から、上記本発明のモノクローナル抗体(HFB25又はHFB184抗体)陽性細胞をスクリーニングし、必要に応じて分離、採取する方法である。
【0066】
さらにヒトNSPCは、Nestin高発現細胞と等価と考えられていることから、上記同定、スクリーニング、分離、分取方法によって、不均一細胞集団から、Nesti高発現細胞を同定、検出、分離、分取する方法にも適用できる。
【0067】
本発明の方法を適用できる細胞集団は、特に限定せず、単細胞の細胞集団に限らず、生検による組織塊の切片であってもよいが、好ましくは、単細胞の細胞集団である。ヒトNSPCを含有する細胞集団としては、ニューロスフェア等の細胞集団;成体の脳、脊椎から採取した固体組織;臍帯血やヒト成人末梢血等の液性の細胞集団などが挙げられる。神経系以外の組織であっても、ヒトNSPCを含む細胞集団があるので、これらもヒトNSPCの有無、局在性、含有割合を知る上で、本発明の方法の適用対象となる。また、液性の細胞集団の場合には、単一組織由来の細胞集団に限らず、異種組織由来の細胞集団の混合系であってもよい。
【0068】
尚、ヒト成人末梢血にも、多能性幹細胞が含まれていることは、Ilham Saleh Abuljadayel、「Induction of stem cell−like plasticity in mononuclear cells derived from unmobilised adult human peripheral blood」Current Medical Research And Opinion、2003,Vol19,No.5,355−375)に開示されている。
【0069】
免疫染色とは、標識された抗体と、対象となる細胞集団を反応させ、標識された抗体が細胞集団に含まれる抗原と反応し、結合したことにより、細胞集団に含まれる該当細胞が染色されることをいう。
【0070】
抗体の標識付けは、抗体に直接標識を結合させることによって行なってもよいし(直接的)、本発明のモノクローナル抗体を一次抗体として標識二次抗体と結合させることにより間接的に標識してもよい(間接法)。また、二次抗体の代りにビオチンと特異的に結合する性質をもつ蛍光標識アビジンを用いたABC法を利用してもよい。
【0071】
標識としては、従来より標識に用いられているものを使用できる。具体的には、蛍光色素、放射性物質、金コロイド、酵素、化学発光などが挙げられる。これらの標識の検出方法は、標識の種類に応じて、従来より公知の方法から適宜選択される。例えば、酵素標識の場合、二次抗体の代りに基質を加え、その発色を見ることになる。放射性物質の場合にはシンチレーションカウンタなどで、放射能レベルを測定する。蛍光色素の場合、励起光をあてて、放出された蛍光の強度を測定する。
【0072】
細胞集団として、固定された組織塊の切片を用いた場合は、内因性ペルオキシダーゼを不活性化し、非特異吸着をブロックした後、抗体と反応させればよい。切片は、パラフィン切片、マイクロスライド切片、凍結切片いずれであってもよい。染色は、酵素抗体法、蛍光抗体法が好ましく用いられ、染色の有無は、光学顕微鏡、蛍光顕微鏡、レーザー顕微鏡などで観察することにより判断すればよい。
【0073】
細胞集団が単細胞の細胞集団の場合には、フローサイトメトリーによる解析が好ましく用いられる。
フローサイトメトリーによる解析とは、蛍光色素でモノクローナル抗体を直接法、間接法、又はABC法で標識し、細胞集団と反応させた後、フローサイトメータで測定して、個々の細胞の表面上の抗原に結合した抗体から得られる蛍光を光学的にとらえ、さらに電気信号に変換し、標識を検出し、記録する測定方法である。標識に用いた蛍光色素の特有の波長の蛍光強度の中で、一次抗体を用いずに計測したバックグラウンドの強度より高い強度の蛍光域に含まれるものを陽性と判断する。
【0074】
フローサイトメトリー解析に適用する細胞集団は、細胞1×105個以上含まれる集団であることが好ましく、陽性群と判断できる細胞が80%以上、好ましくは90%以上であれば、選択的に反応したと考えられる。
【0075】
フローサイトメトリーによる解析で陽性と判断される細胞は、ソート機能を備えたフローサイトメトリー(FACS)や、表面抗原特異的抗体と磁気ビーズを併用したMACS(Magnetic Cell Sorting)システムや、HFB25又はHFB184抗体と特異的に結合できる抗体を結合させた抗体カラムを通過させて二次抗体結合細胞と結合した細胞を分離する方法などにより、分離、分取することができる。
【0076】
FACSでは、標識として使用した蛍光強度に応じて陽性細胞と陰性細胞を分離採取することができる。MACSシステムによる分離は、細胞を磁性をもつビーズで標識し、強力な永久磁石上に設置された分離カラムを通し、磁気標識細胞のみをカラムに保持することにより分離する方法である。また、抗体カラムを用いる方法では、本発明のモノクローナル抗体(特にHFB25又はHFB184抗体)のエフェクター部位と特異的に結合できる二次抗体や本発明のモノクローナル抗体自体と特異的に結合できる抗体(例えば抗HFB25抗体又は抗HFB184抗体)を結合させたカラムを通すことで、抗HFB25抗体又は抗HFB184抗体等が結合した細胞(抗体陽性細胞)と結合していない細胞(抗体陰性細胞)とを分離することができる。
【0077】
HFB25又はHFB184抗体陽性細胞をはじめとする本発明のモノクローナル抗体陽性細胞は、ネスチン高発現細胞である。Nestinは、神経幹細胞のマーカーとして認識されている細胞内タンパク質であることから、HFB25又はHFB184抗体陽性細胞等の本発明のモノクローナル抗体陽性細胞を分離、分取することにより、Nestin高発現細胞、すなわちヒトNSPCを分離、分取することができる。
【0078】
本発明のスクリーニング方法では、HFB25又はHFB184抗体陽性と判定された細胞について、さらに、抗JAM−1抗体とも反応させて陰性と判定される細胞を検出することにより、神経幹細胞を選択的に検出することができる。
【0079】
ここで、抗JAM−1抗体の抗原であるJAM−1は、ヒトNSPCから分化誘導させた神経系細胞の状態で発現する細胞表面分子で、ヒトNSPCでほとんど発現していないが、分化の途中で発現し、さらなる分化の進行で発現が低下していく。つまり、神経系細胞の分化の過程で一過的に現れる細胞表面蛋白質分子である。このようなJAM−1と特異的に結合する抗JAM−1抗体は、神経幹細胞及び成熟した分化細胞(アストロサイト)に陰性であるが、神経幹細胞の分化の過程で一過的に陽性反応を示す。従って、HFB25又はHFB184抗体陽性と判定された細胞集団、すなわち分化傾向を呈したヒト神経系前駆細胞とより未分化なヒトNSPCの混合集団から、抗JAM−1抗体陰性細胞、即ちより未分化なヒトNSPCを選別することが可能である。
【0080】
抗JAM−1抗体は、細胞表面のタンパク質JAM−1(Junctional―Adhesion―Molecule 1、Swiss Prot ID:Q9Y624)を認識するモノクローナル抗体、JAM−1の細胞表面抗原を認識する抗原結合部位を有する抗体断片(例えばF(ab)2、Fabなど)、免疫グロブリンを含む概念である。市販品としては、Hycut biotechnology社製のマウス産生抗JAM−1IgGモノクローナル抗体などを使用することができる。
【0081】
このように、本発明のモノクローナル抗体と、抗JAM−1抗体を併用することにより、細胞集団から、Nestin高発現細胞、すなわちヒトNSPC富化集団を分離、採取することができ、さらに抗JAM−1抗体と反応させて、陰性と判定された細胞を分離、採取することにより、神経幹細胞富化集団を分離、採取することが可能となる。
【0082】
本発明のヒトNSPCスクリーニング用試薬は、HFB184抗体をはじめとする本発明のモノクローナル抗体を必須成分として含有するもので、溶媒としては、神経幹細胞培養に用いる培地(DMEM/F12)やPBSを用いることができる。一方、スクリーニング用試薬には、血清、界面活性剤は含まれないことが好ましい。血清は神経幹細胞を分化誘導させる作用があり、界面活性剤は、細胞表面分子の抗体での認識を妨げる可能性があるからである。
【0083】
本発明の神経幹細胞スクリーニング用試薬は、さらに抗JAM−1抗体を含有してもよい。HFB25抗体と同様の特性を有するHFB184抗体をはじめとする本発明のモノクローナル抗体に陽性で、且つ抗JAM−1抗体陰性の細胞をスクリーニングすることで、神経幹細胞の純度が高い細胞集団を分離、採取することができる。
【0084】
本発明の細胞集団評価方法は、ヒトNSPCを含む細胞集団におけるヒトNSPCの含有率を評価する方法である。本発明の評価方法は、細胞集団を、本発明のスクリーニング用試薬、すなわちHFB184抗体をはじめとする本発明のモノクローナル抗体と反応させ、陽性細胞の含有率に基づいて評価する方法である。HFB184抗体陽性細胞がNestin高発現細胞と相関性があることに基づく方法で、本発明のスクリーニング方法で対象となる細胞集団に適用できる。
【0085】
さらに抗JAM−1抗体との反応性を併用することで、すなわちHFB25抗体と同様の特性を有するHFB184抗体に代表される陽性で且つ抗JAM−1抗体陰性の細胞を検出することで、細胞集団におけるヒトNSPC、神経幹細胞の含有率の評価することができる。
【0086】
上記評価方法は、HFB184抗体に代表される本発明の抗体、及び必要に応じて、さらに抗JAM−1抗体を蛍光標識し、フローサイトメトリーなどを用いて得られるヒストグラム、サイトグラム(ドットプロット)等のプロファイルなどから、HFB184抗体陽性細胞(抗JAM−1抗体を含有する場合はさらに抗JAM−1抗体陰性細胞)の含有割合を求めることによって行なってもよいし、試料となる細胞集団や組織をスライドグラスに貼付けて、免疫細胞・組織化学的手法によって行なってもよいし、ELISAやRIAなどで行なってもよい。
【実施例】
【0087】
〔ハイブリドーマの作製〕
(1)免疫原について
国立病院機構大阪医療センター倫理委員会及び産業技術総合研究所倫理委員会承認の下、妊娠9週齢のヒト胎児前脳部由来のNSPCを、下記神経幹細胞増殖培地を用いて、Kanemuraらの方法(Kanemura et.al.Journal of Neurosicence Research 69,869−879,2002)により継代培養して得られたヒトニューロスフェアを急速凍結しホモジナイズした。得られたホモジェネートを免疫原として用いた。
【0088】
ヒトニューロスフェア法の培養に使用した培地組成は、以下の通りである。
DMEM /F12(1:1混合物、シグマ社)
ヒト組換え(以下「hr−」と略記する)EGF(インビトロジェン社)20ng/ml
hr−FGF2(Pepro Tech社)20ng/ml
hr−LIF(ケミコン・インターナショナル社)10ng/ml
ヘパリン(シグマ社)5mg/ml
B27(インビトロジェン社)
HEPES15mM
Antibiotic−antimycotic(インビトロゲン社)
【0089】
(2)動物の免疫
モノクローナル抗体の作製は、Orlik,O & Altaner,C (J. Immunol. Methods.115:55−59,1998)による変法に従い、鼡径部リンパ節細胞を用いて行った。
【0090】
すなわち、(1)で調製した免疫原(200μg)を、RIBIアジュバント(フナコシ社)と等量づつ混合したものを、生後6週齢の雌Balb/cマウスの両足底に、1回0.2mlを、3〜4日おきに、合計3回接種した。更に5日後に、ブーストとして、同量を免疫した。ラストブースト3日後のマウスを細胞融合操作に用いた。
【0091】
(3)細胞の融合
(2)により免疫感作したマウス(5匹)の両鼡径部リンパ節を摘出し、RPMI1640培地(GIBCO ライフテクノロジー社)にいれて2枚のスリガラスに挟んですり合わせるようにしてリンパ球を取り出した(約1×108個)。一方、株化ミエローマ(FO−1細胞)を15%ウシ胎児血清(FCS)、8アザグアニン(20μg/ml)を含むRPMI1640培地で、37℃で培養し、さらに細胞融合前の2〜3日は、8アザグアニンを除去した同上組成培地で培養し、細胞を準備した(約4×107個)。
取り出したマウスリンパ球と株化ミエローマ細胞を増殖培地(RPMI1640培地+15%FCS)の50ml中で混和し、1000rpm(回転数/分)で5分間室温で遠心分離し、上清を捨て20mlの増殖培地に細胞を懸濁した。この細胞懸濁液20mlに、50%ポリエチレングリコール水溶液100μlを加えて37℃のCO2インキュベーターに90分間入れて保温した。その後、1000rpm(回転数/分)で5分間室温で遠心分離し、上清を捨て、さらに数秒程度の回転数にて遠心分離し上清を出来るだけ吸い取った。37℃の恒温水槽の水面に細胞試料の入った容器を軽く打ち付けるようにして温めながら上記遠心分離沈殿をほぐした。37℃であらかじめ温めた50%ポリエチレングリコール水溶液1mlを1分間かけてゆっくり添加して振盪し、さらに1mlを1分間かけてゆっくり添加して振盪した。さらに8mlを2−3分かけて添加して混ぜてから1000rpm(回転数/分)で5分間遠心分離した。
【0092】
えられた沈殿物(細胞)に、HAT培地(増殖培地100mlあたりに50×HAT supplementを2mlくわえる)を50ml加えた。この懸濁液を、96ウェルプレートに0.1ml/ウェルずつ播種して培養した(5プレート)。この時、胸腺細胞をFeeder細胞(細胞の増殖を助けるための共存させる他の種類の細胞)として、約1×105個/wellの割合で加えた。3日間培養した後に、HAT培地を50μl/ウェル加え、以後、HAT培地の添加、交換を行ないながら、ハイブリドーマの増殖コロニーがウェルの1/4〜1/3程度になるまで培養した。コロニーが適当な大きさになった時点で培養上清を採取し、以下のスクリーニングに供した。
【0093】
(4)ハイブリドーマの選定とクローニング
上記(3)で得られたハイブリドーマ由来の抗体について、下記酵素抗体法により、ヒト胎児脳組織標本と免疫反応するハイブリドーマを含むウェルを選別した。
【0094】
脳奇形等の重症の合併症のない胎齢8−14週ヒト胎児剖検脳のパラフィン包埋切片を免疫組織化学的スクリーニングに使用した。パラフィン包埋された組織片から5μmの切片を作製し、シランコーテイングスライドに貼付して、37℃インキュベーターで一晩乾燥させた。染色前に、ヒストクリアおよびエタノールにて脱パラフィンを行った。0.2%Tween−20を含むPBSで切片を洗浄し、2%過酸化水素加メタノールに30分室温にて浸し、内因性ペルオキシダーゼを不活化した。10%ヤギ血清/0.01%Triton−Xにて1時間、非特異吸着をブロックした後、(3)で得られたハイブリドーマ培養上清を希釈せず100μl滴下し、4℃で一晩反応させた。翌日、ビオチン化二次抗体(抗マウスIgG抗体+抗マウスIgM抗体)を滴下し、1時間室温にて反応させた。その後、ABCキット(ニチレイマルチステイン)を使用し、DABにて発色させた。必要に応じて核染色を実施し、脱水、透徹後、オイキットにて封入した。
【0095】
ヒト胎児脳組織切片に対して、陽性反応を示したウェルを、約0.5個ハイブリドーマ/ウェルになるように限界希釈した後、培養液をHT培地+Briclone(増殖因子、大日本製薬)に交換し、目的のハイブリドーマ由来の細胞集団を得た。
このようにして得られたハイブリドーマは、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託され、受託番号FERM P−20606及びFERM P−20607ある。
【0096】
(5)マウス腹水の産生
ニードル小 (23G TERUMO) を用いて、シリンジ小(1ml TERUMO)でプリステン(テトラメチルペンタデカン;東京化成)を0.5ml/マウスの分量でマウス(4週齢の 雌BALB/cマウス、SCL)の腹腔内に打ち、前処理を実施した。前処理二週間後、ニードル小を用い、シリンジ大(5ml TERUMO)でPBS[PBS(−)pH 7.4 フィルター滅菌済み]に懸濁したハイブリドーマ細胞(0.5〜1×107個/ml/マウス)を腹腔内に投与した。数日後、マウスの腹部が膨れてきたことを確認後、ニードル中(16G TERUMO)を用いシリンジ大で腹水の採取を実施した。得られた腹水は、チューブ小に2mlずつ分注し、マイナス80℃で保存した。
えられたモノクローナル抗体を、それぞれHFB25抗体、HFB184抗体と命名した。これらは、いずれもIgM型抗体である。
【0097】
〔HFB25抗体、HFB184抗体の性質試験〕
(1)胎児脳についての免疫組織染色
ヒト8週齢胎児の大脳のパラフィン永久組織標本から5μmの切片を作成し、シランコーテイングスライドに貼付して、37℃インキュベーターで一晩乾燥させた。染色前に、ヒストクリアおよびエタノールにて脱パラフィンを行った。0.2%Tween−20を含むPBSで切片を洗浄し、2%過酸化水素加メタノールに30分室温にて浸し、内因性ペルオキシダーゼを不活化した。10%ヤギ血清/0.01%Triton−Xにて1時間、非特異吸着をブロックした後、(5)で得られたマウス腹水(HFB25およびHFB184抗体)を500倍希釈して、4℃で一晩反応させた。翌日、ビオチン化二次抗体(抗マウスIgM抗体)を滴下し、1時間室温にて反応させた。その後、ABCキット(ニチレイマルチステイン)を使用し、DABにて発色させた。必要に応じて核染色を実施し、脱水、透徹後、オイキットにて封入した。
【0098】
HFB25抗体含有液のヒト8週齢胎児の大脳組織切片との反応結果を示す顕微鏡写真を図1に、HFB184抗体含有液のヒト8週齢胎児の大脳組織切片との反応結果を示す顕微鏡写真を図2に、それぞれ示す。
【0099】
図1から、HFB25抗体については、ヒト胎児8週齢大脳では、脳室壁層(ventricular zone;VZ)、脳室壁下層(subventricular zone;SVZ)が強く染色され、中間層(Intermediate zone;IMZ)および分子層(molecular layer;ML)にも陽性所見が得られたが、皮質板(cortical plate;CP)には明らかな染色性は存在しなかった(図1)。
【0100】
図2から、HFB184抗体については、ヒト胎児8週齢大脳では、ほぼ全層に渡って繊維状の染色像を呈した(図2)。その中でもMLに比較的強い陽性所見が見られた。
【0101】
(2)ヒトニューロスフェアに対する反応性
継代培養されたヒトニューロスフェアを、4%パラホルムアルデヒドで4℃で20分間固定した。その後、30%ショ糖/PBSに4℃で30分間つけ、OCT−コンパウンドに凍結包埋した。その後、クリオスタットを用いて12μmの切片を作製し、免疫組織学的解析を実施した。凍結切片を100倍希釈したHFB25抗体、HFB184抗体をそれぞれ1次抗体として、一晩4℃反応させた。翌日、二次抗体として、Alexa Flour488で標識したヤギ産生抗マウスIgM−ポリクローナル抗体(1:500、Molecular Probes社)を反応させ、核染色用のTO−PRO−3iodide(1μM:Molecular Probes社)と反応させた。染色結果を、共焦点レーザースキャン顕微鏡(LSM510,Carl Zeiss社)で観察した。
【0102】
核染色結果及びHFB25抗体の染色結果を図3に示す。また、核染色結果及びHFB184抗体の染色結果を図4に示す。
図3及び図4のいずれも抗体の染色結果と核染色結果は、ほぼ一致していた。従って、ヒトニューロスフェアを構成するほとんどの細胞、すなわちヒトNSPCが、両抗体の陽性細胞であることがわかる。
【0103】
(3)FACSを用いた解析
ヒトNSPCをトリプシンを用いて分散し、セルストレーナーを使用して単一細胞の細胞懸濁液を作成した。これらの細胞懸濁液に対して、100倍希釈したHFB25抗体、HFB184抗体(マウス腹水)を各々、氷上で30分間反応させた後、培養液を用いて洗浄した。その後、Alexa488標識抗マウス−IgM抗体(1:500、ヤギ産生ポリクローナル抗体,Molecular Probes社)を30分間、氷上で反応させた後、培養液で洗浄し、更にPI(プロピジウムイオダイド)染色を行った。解析はベクトンディッキンソン社(San Jose,カリフォルニア州)のFACS Calibur Flow Cytometer(商品名:カタログ番号343202)の4カラー式を用いて行い、各モノクローナル抗体で各々の標識される細胞(陽性細胞)と非標識細胞(陰性細胞)の割合を算出した。
【0104】
PIは二重らせん構造のDNAにインターカレーションするDNA染色であり、これにより全細胞数を知ることができる。HFB25抗体陽性細胞は、HFB25抗体に結合した二次抗体の標識である緑色蛍光色素Alexa488の蛍光強度により知ることができる。
【0105】
コントロール細胞として、10種類の培養ヒト株化細胞、すなわち神経系細胞であるU−87MG,T98G,YKG−1,U251MG(human glioblastoma由来)Daoy,D283Med(human medulloblastoma由来);分化能を有する神経系前駆細胞であるNTERA2(teratoma由来のhuman embryonal carcinoma);血球系細胞であるJurkat、K562(human leukemia由来);非神経系接着細胞である293T(human fetal transformed kidney epithelial cell)の集団について、同様に、FACS Caliburを用いてHFB25陽性細胞とHFB25陰性細胞の割合を算出した。
【0106】
結果を図5に示す。図5中、縦軸は細胞数カウント、横軸は緑色蛍光の蛍光強度であり、10以上のシグナルを示すものはHFB25抗体陽性細胞に該当する。各細胞集団におけるHFB25抗体陽性細胞とHFB25抗体陰性細胞の割合をまとめると、表1のようになる。
【0107】
【表1】
【0108】
ヒトNSPC及びヒトEC細胞であるNTERA2については、HFB25抗体陽性細胞の割合が非常に高く、他の神経系細胞、非神経系の株化細胞では、起源的にヒトNSPCに近いとの説があるDaoy(54%)と、血球系のJurkat(42.5%)に比較的HFB25陽性細胞が多く存在したが、その他の神経系細胞及び非神経系細胞ではHFB25陽性を示す割合は低かった。
【0109】
HFB184抗体を用いて同様にFACSによる解析をしたところ、HFB184陽性細胞の割合はヒトNSPCで99.1%、U251MGで0.2%、Jurkatで46.6%であり、HFB25抗体を用いた解析結果とほぼ同傾向であった。
以上から、本発明HFB25抗体、HFB184抗体、いずれも未分化の神経系細胞に発現する表面抗原を選択的に認識する抗体で、分化した神経系細胞、非神経系細胞の表面抗原とは反応しない抗体であることがわかる。
【0110】
〔神経幹細胞の分化レベルと抗体の反応性〕
(1)神経幹細胞の分化誘導
分化誘導方法A:
ニューロスフェア法で用いる培地から増殖因子を除去し10%FBSを添加した培地にて分化誘導を行ない、分化誘導後、1−2週間ごとに0.05%トリプシン溶液を用いて単細胞に分散させて継代するという操作を複数回繰り返した。この方法により、グリア細胞ほぼ100%の細胞集団が得られる。
分化誘導方法B:
ニューロスフェア法で用いる培地から増殖因子を除去し、1%FBSを添加した培地にて2週間培養し、分化誘導を行った。この方法では、神経細胞とグリア細胞の混合培養(以下「N/G細胞」という)集団(チューブリンβIII陽性の神経細胞が約20%、GAFP陽性のグリア細胞が約80%)が得られる。
【0111】
(2)FACSを用いた解析
2ロット(ロットNo.1、2)のヒトNSPC細胞集団を、それぞれAの方法で分化誘導させた。分化誘導2週間後、7週間後の細胞集団について、前述と同じ方法を用いてFACSでHFB25抗体陽性細胞の比率を検討した。
分化誘導させなかったヒトNSPC、並びに分化誘導2週間後、及び7週間後の結果を、それぞれ図6(a)、(b)、(c)に示す。図6中、横軸は蛍光強度であり、縦軸は、細胞数カウントである。強度10以上がHFB25抗体陽性細胞に該当する。各細胞集団におけるHFB25抗体陽性細胞の割合をまとめると、表2のようになる。
【0112】
【表2】
【0113】
表2からわかるように、ヒトNSPCの分化の進行に従い、HFB25抗体陽性を示す割合が次第に減少していくことがわかる。つまり、HFB25抗体は、未分化ヒトNSPCの表面に存在し、その後、分化の過程で消失していく細胞表面抗原に選択的な抗体であることがわかる。
【0114】
(3)抗チューブリンβIII抗体とHFB25抗体陽性細胞との関係
分化誘導法Bを用いて作成した細胞で、分化誘導2週間後、7週間後の各細胞集団について、神経系マーカーである抗チューブリンβIII抗体とHFB25抗体の二重染色を行なった。細胞は4%パラホルムアルデヒドで固定し、10%ヤギ正常血清で室温で1時間反応させてブロッキングした後、1次抗体として100倍希釈したHFB25抗体(マウス腹水)と抗tubulinβIII(TuJ1)抗体(1:500;mouse IgG monoclonal, BabCO社)を含む10%正常ヤギ血清/0.01%Triton−X/PBSを4℃にて一晩反応させた。反応後、2次抗体(Alexa Fluor 488で標識されたヤギ産生抗ウサギIgM抗体及びAlexa Fluor 568で標識されたヤギ産生抗ウサギIgG抗体,いずれもMolecular Probes社)と核染色用のTO−PRO−3 iodide(1μM,Molecular Probes社)を室温にて1時間反応させた。染色後の観察は共焦点レーザー顕微鏡(LSM510;Carl Zeiss社)を用いて実施した。
【0115】
分化誘導2週間後の蛍光顕微鏡写真を図7(a)(HFB25抗体による染色)及び(b)(抗チューブリンβIII抗体による染色)に示す。また、分化誘導7週間後の顕微鏡写真を図8(a)(HFB25抗体染色)及び(b)(抗チューブリンβIII抗体染色)に示す。図7、8中のスケールバーは100μmである。
【0116】
図7、8から、神経系マーカー(抗チューブリンβIII抗体)を用いた検討では、分化誘導初期(2週間)の時点ではHFB25(+)/チューブリンβIII(+)細胞が確認されるが、分化誘導後期(7週間)ではHFB25(+)細胞は殆ど消失し、チューブリンβIIIと共発現する細胞も殆ど見られなかったことがわかる。
【0117】
(4)抗GFAP抗体とHFB25陽性細胞との関係
A方法による分化誘導2週間後、7週間後の各細胞集団について、グリア系細胞のマーカーである抗GAFP抗体とHFB25抗体の二重染色を行なった。方法は、前述と同様に、細胞を固定し、ブロッキングした後、1次抗体として500倍希釈したHFB25抗体(マウス腹水)とウサギ産生抗GFAPポリクローナル抗体(シグマ社)(1:80)を含む10%正常ヤギ血清/0.01%Triton−X/PBSを4℃にて一晩反応させた。反応後、2次抗体(Alexa Fluor 488で標識したヤギ産生抗マウスIgM抗体及びAlexa Fluor 568で標識したヤギ産生抗マウスIgG抗体,いずれもMolecular Probes社)とTO−PRO−3 iodide(1μM,Molecular Probes社)を室温にて1時間反応させた。染色後の観察は共焦点レーザー顕微鏡(LSM510; Carl Zeiss社)を用いて実施した。
【0118】
分化誘導2週間後の蛍光顕微鏡写真を図9(a)(HFB25抗体染色)及び(b)(抗GAFP抗体染色)に示す。また、分化誘導7週間後の顕微鏡写真を図10(a)(HFB25抗体染色)及び(b)(抗GAFP抗体染色)に示す。図9、10中のスケールバーは100μmである。
【0119】
図9ではHFB25(+)/GAFP(+)細胞が確認されたが、図10ではHFB25(+)細胞は殆ど消失し、GAFPと共発現する細胞も殆ど見られなかった。これらの結果から、HFB25抗体は、グリア細胞とも反応しないことがわかる。
【0120】
〔各種酵素処理と抗原性との関係〕
(1)クロロホルム処理による脱脂の影響
脂質性抗原の特性を有するかどうかの検討のため、クロロホルム処理による脱脂の影響を検討した。
【0121】
継代培養されたヒトニューロスフェアを0.05%トリプシン溶液処理して単細胞に分散させてなる細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液に対して4%パラホルムアルデヒド処理4℃、20分間の固定後、切片を作製し、免疫組織学的解析を実施した。切片はクロロホルムとメタノールを2:1で混合した溶液で室温10分間脱脂処理を行った後、PBS(−)で洗浄し、10%ヤギ正常血清で室温で1時間反応させてブロッキングした。1次抗体として100倍希釈したHFB25抗体(マウス腹水)を含む10%正常ヤギ血清/0.01% Triton−X/PBSを4℃にて一晩反応させた。翌日、二次抗体として、Alexa Flour488で標識したヤギ産生抗マウスIgM−ポリクローナル抗体(1:500、Molecular Probes社)と、核染色用のTO−PRO−3(1μM:Molecular Probes社)と反応させた。染色結果は、共焦点レーザースキャン顕微鏡(LSM510,Carl Zeiss社)で観察した。
【0122】
コントロールとして、脂質性抗原を認識するA2B5抗体を上記と同様にクロロホルム処理した細胞に反応させ、それぞれ、クロロホルム処理前後での各抗体(FHB25抗体およびA2B5抗体)しなかった以外は上記と同様に処理したものを使用し、顕微鏡観察した。
未処理のHFB25抗体との反応結果の顕微鏡写真を図11に、クロロホルム処理したHFB25抗体との反応結果の顕微鏡写真を図12に示す。
図11と図12との比較からわかるように、HFB25抗体をクロロホルム処理しても、ほとんど細胞染色性に影響なく、抗原結合部位に影響がなかった。一方。A2B5抗体は、脱脂された抗体結合部位が破壊されたために、細胞染色部分がほとんど消失していた。
【0123】
(2)グリコシダーゼ及びグリコサミノグリカン分解酵素処理による影響
糖鎖抗原性の検討を行うため、各種糖鎖切断酵素による処理の影響を検討した。
継代培養されたヒトニューロスフェアを0.05%トリプシン溶液処理液処理して単細胞に分散させてなる細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液に対して4%パラホルムアルデヒド処理4℃、20分間の固定後、切片を作製し、免疫組織学的解析を実施した。切片はN−グリコシダーゼ、O−グリコシダーゼ、コンドロイチナーゼABC、ケラタナーゼ、ヘパリチナーゼ、又はヘパリナーゼを、表3に示すような濃度となるように添加し、表3に示す時間だけ反応させた。これらの酵素は、表3に示す部分を切断する。酵素処理後、10%ヤギ正常血清で室温で1時間反応させてブロッキングした。1次抗体として100倍希釈したHFB25抗体(マウス腹水)を含む10%正常ヤギ血清/0.01%Triton−X/PBSを4℃にて一晩反応させた。翌日、二次抗体として、Alexa Flour488で標識したヤギ産生抗マウスIgM−ポリクローナル抗体(1:500、Molecular Probes社)と、核染色用のTO−PRO−3(1μM:Molecular Probes社)を室温1時間反応させた。染色結果は、共焦点レーザースキャン顕微鏡(LSM510,Carl Zeiss社)で観察した。
【0124】
【表3】
【0125】
N−グリコシダーゼ処理、O−グリコシダーゼ処理、コンドロイチナーゼABC処理、ケラタナーゼ処理、ヘパリチナーゼ処理、ヘパリナーゼ処理の各染色結果の顕微鏡写真を、それぞれ、図13〜図18に示す。
いずれも未処理(図11参照)の場合と同程度に染色されていて、これらの酵素処理では、HFB25抗体の抗原結合部位は、影響を受けないことがわかった。
【0126】
〔ヒト臍帯血からの神経幹細胞及び前駆細胞の分離採取〕
(1)ヒト臍帯血から有核球細胞集団の分離
遠心チューブにヒト臍帯血と等量のLymphoprep(AXIS−SHIELD)を入れ、その上にヒト臍帯血を重層し、20℃で800g、20分間遠心し、有核球の層を採取した。分離細胞はヒトNSPCの保存と同様の方法で凍結保存(バンバンカー)し、以下の解析に使用した。
【0127】
(2)HFB25抗体反応性
(1)で調製したヒト臍帯由来細胞3ロットを、それぞれ1×107細胞/100μlに希釈した細胞懸濁液(UCB1〜UCB3)を調製した。
この細胞懸濁液に、HFB25抗体を産生したマウス腹水2μlを添加混合して、氷上で30分間反応させた。次いで、二次抗体としてAlexa488で標識したヤギ産生抗マウスIgM−ポリクローナル抗体(1:500、Molecular Probes社)と反応させ、さらにPI染色を行い、ベクトンディッキンソン社(San Jose,カリフォルニア州)のFACS Calibur Flow Cytometer(商品名:カタログ番号343202)の4カラー式をフローサイトメーターを用いて測定した。
【0128】
UCB1〜UCB3の結果を、図19にそれぞれ示す。図19中、横軸は蛍光強度であり、縦軸は細胞数カウントである。強度10以上がHFB25抗体陽性細胞である。
図19から、ロット間でばらつきがあるものの、いずれもHFB25抗体陽性細胞が、2〜6.7%程度含まれていることがわかった。
さらにセルソーター(FACS Vantage−SE、ベクトン−ディクソン社製)を用いて、ヒト臍帯血由来HFB25陽性細胞(標識された細胞)とHFB25陰性細胞(標識されなかった細胞)とを分取した。
【0129】
(3)ヒト臍帯血由来HFB25陽性細胞でのNestin発現の検討
(2)で分取したヒト臍帯血由来HFB25陽性細胞及び陰性細胞のそれぞれを、4%パラホルムアルデヒドで固定した後、cytospin3(Thermo Shandon社)を用いてスライドガラスに貼付けた。10%ヤギの正常血清で室温で1時間反応させてブロッキングした後、一次抗体としてウサギ産生抗ヒトNestinポリクローナル抗体(1:500)を4℃で一晩反応させ、続いて二次抗体としてAlexa Flour568(赤色)で標識したヤギ産生抗ウサギIgG(H+L)conjugate highly cross−adsorbed(終濃度4μg/ml、Molecular Probes社)と室温で1時間反応させ、免疫細胞染色標本を作製した。上記二次抗体は、ヤギ産生でマウスのH鎖及びL鎖を認識し、ヒト、ウシ、ヤギ、ウサギ、ラットの抗体は認識しないものである。
【0130】
ヒト臍帯血由来HFB25抗体陽性細胞と陰性細胞のそれぞれの細胞集団におけるNestinタンパク質の発現程度を、定量的に検討する目的のために、抗Nestin抗体を用いた免疫細胞染色標本をレーザースキャニングサイトメータ(LSC2、オリンパス社)を用いて測定した。結果を図20に示す。図20中、横軸は抗Nestin抗体蛍光標識強度、縦軸は細胞数である。HFB25抗体陰性細胞集団に対して、HFB25抗体陽性細胞集団の方が強い蛍光強度分布を示し、ヒト臍帯血由来細胞中、HFB25抗体に陽性の細胞は、Nestinの発現量も多いことがわかった。
【0131】
さらに、図20の結果に基づき、ヒト臍帯血由来HFB25抗体陽性細胞と陰性細胞について、レーザースキャニングサイトメータの結果を、Nestin発現量に基づいて、蛍光標識強度が0〜50000をNestin陰性(−)、50000〜100000をNestin陽性(+)、100000〜150000をNestin陽性(++)と分類した。結果を表4に示す。
【0132】
【表4】
【0133】
表4からわかるように、ヒト臍帯血細胞では、HFB25陽性細胞の88.3%がnestin発現細胞であり、その18.2%はnestinを強発現しており、その割合はHFB25陰性細胞(8.7%)の約2.1倍であった。
【0134】
〔ヒト成人末梢血からの神経幹細胞及び前駆細胞の分離採取〕
(1)ヒト成人末梢血から有核球細胞集団の分離
遠心チューブにヒト成人末梢血と等量のLymphoprep(AXIS−SHIELD)を入れ、その上にヒト成人末梢血を重層し、20℃で800g、20分遠心し、有核球の層を採取した。分離細胞はヒトNSPCの保存と同様の方法で凍結保存(バンバンカー)し、以下の解析に使用した。
【0135】
(2)HFB25抗体反応性
臍帯血の場合と同様にして、ベクトンディッキンソン社(San Jose,カリフォルニア州)のFACS Calibur Flow Cytometer(商品名:カタログ番号343202)の4カラー式をフローサイトメータを用いて、HFB25抗体陽性細胞の割合を測定した。
結果を図21に示す。図21中、横軸は蛍光強度であり、縦軸は細胞数カウントである。強度10以上がHFB25抗体陽性細胞である。
図21から、ヒト成人末梢血にはHFB25抗体陽性が、25%程度含まれていることがわかった。
さらにセルソーター(FACS Vantage−SE、ベクトン−ディクソン社製)を用いて、ヒト成人末梢血由来HFB25陽性細胞(標識された細胞)とHFB25陰性細胞(標識されなかった細胞)とを分取した。
【0136】
(3)HFB25陽性細胞でのNestin発現の検討
臍帯血の場合と同様にして、Nestin発現量を調べた結果、図22及び表5のようになった。
【0137】
【表5】
【0138】
表5からわかるように、ヒト成人末梢血中のHFB25陽性細胞の74.5%がNestin発現細胞であり、その14.6%はNestinを強発現しており、その割合はHFB25陰性細胞(7.7%)の約1.9倍であった。
【0139】
〔細胞の分化レベルとJAM−1の発現との関係〕
(1)抗体チップを用いた神経幹細胞の発現タンパク質のスクリーニング
抗体チップ解析は、512種類の既知抗体が固定されたBD ClontechTM Ab Microarray 500(BD Biosciences Clontech製)を用いて実施した。スライドガラスのスキャンはグラススライドスキャナー(Applied Precision製)を用いて実施した。
ヒトNSPC、および上記Aの分化誘導方法で得られたグリア細胞集団からそれぞれタンパク質を、BD ClontechTM Ab Microarray500添付の試薬により抽出し、各サンプルをCy3あるいはCy5蛍光色素(Amersham Bioscience製)で標識した後、抗体チップ解析を行ない、各細胞集団におけるJAM−1発現量を調べた。
グリア細胞集団におけるJAM−1発現量に対するヒトNSPC細胞集団のJAM−1発現量(ヒトNSPC/グリア細胞)は、0.673772であった。
【0140】
(2)ウエスタンブロットによる検討
JAM−1の発現様式をさらに検討するため、合計13種類のヒト株化細胞でのJAM−1の発現様式を同様にウエスタンブロットで検討した。
神経系細胞として、U−251MG,U−87MG,U−373MG,T98G,YKG−1(human glioblastoma由来)、D283 Med,Daoy(human medulloblastoma由来);分化能を有する神経系前駆細胞としてNTERA2(teratoma由来のhuman embryonal carcinoma);非神経系細胞としてJurkat(human acute T cell leukemia由来),293T(human fetal transformed kidney epithelial cell),HepG2,HUH−6,HUH−7(human hepatocelluler carcinoma)の合計13種類のヒト株化細胞をそれぞれ標準的な方法で培養し、細胞を調製した。コントロールとして、前述Bの分化誘導方法で得られたN/G細胞集団(N/G)、及び前述Aの分化誘導方法で分化させたグリア細胞集団(AS)を用いた。
【0141】
各細胞からタンパク質を抽出し、10μg/laneでSDSポリアクリルアミドゲル(5−20%勾配ゲル,ATTO)用いて電気泳動した(SDS−PAGE)。SDS−PAGE後、ウェット方式でニトロセルロース膜(Advantec社)に転写した。5%ウシ血清アルブミン(BSA)で1時間ブロッキング後、抗JAM−1抗体(1%BSAで1:500希釈,ベクトンディッキンソン)を1次抗体として室温1時間で反応させた。0.1%Tween20を含むPBS(以下、「PBS−T」という)で15分、3回洗浄後、抗マウスIgG抗体(1%BSAで1:10000希釈)を2次抗体として室温で1時間反応させた。洗浄後、ECL Plus kit (アメルシャム・バイオサイエンス社)の方法に従い、化学発光させた。この膜をX線フィルムと一緒にカセットに入れて、露光し現像した。
【0142】
結果を図23に示す。JAM−1は、38kDaのバンド(図中、矢印)の位置に現れる。
JAM−1の発現は、神経系細胞に関しては、U−373MGでは殆ど見られず、D283Med,T98Gでは発現がグリア細胞(AS)でより低かった。残りの神経系細胞におけるJAM−1の発現は、グリア細胞(AS)より高かった。非神経系細胞に関するJAM−1の発現は、Jurkatについてはグリア細胞(AS)よりやや低かったが、残りの非神経系細胞(293T、HepG2、HUH−6、HUH−7)ではグリア細胞(AS)より高かった。
【0143】
(3)ヒトNSPCの分化誘導レベルと抗JAM−1抗体陽性細胞との関係
ヒトNSPCの分化誘導におけるJAM−1陽性細胞の存在率を評価するため、ヒトNSPCとそこから分化誘導したグリア細胞を用いて、ベクトンディッキンソン社(San Jose,カリフォルニア州)のFACS Calibur Flow Cytometer(商品名:カタログ番号343202)の4カラー式で測定して、JAM−1陽性細胞の存在率を評価した。
同一ロットのヒトNSPC細胞集団を3つのグループに分け、そのうちの2グループを、それぞれAの方法で分化誘導させた。分化誘導4週間後、7週間後の細胞集団について、0.05%トリプシン溶液処理により細胞懸濁液を調製した。
【0144】
この細胞懸濁液に対して、10倍希釈した抗JAM−1抗体(Hycut biotechnology社)を氷上で30分間反応させた後、培養液を用いて洗浄した。その後、Alexa488標識抗マウス−IgG抗体(1:500、ヤギ産生ポリクローナル抗体,Molecular Probes社)を30分間、氷上で反応させた後、培養液で洗浄し、更にPI(プロピジウムイオダイド)染色を行った。解析はベクトンディッキンソン社(San Jose,カリフォルニア州)のFACS Calibur Flow Cytometer(商品名:カタログ番号343202)の4カラー式を用いて行い、モノクローナル抗体で各々の標識される細胞(陽性細胞)と非標識細胞(陰性細胞)の割合を算出した。
分化誘導させなかったヒトNSPC、並びに分化誘導4週間後、及び7週間後の結果を、それぞれ図24(a)、(b)、(c)に示す。図24中、横軸は蛍光強度であり、縦軸は、細胞数カウントである。横軸10以上が抗JAM−1抗体陽性細胞に該当する。各細胞集団における抗JAM−1抗体陽性細胞の割合をまとめると、表6のようになる。
【0145】
【表6】
【0146】
ヒトNSPCの状態では、JAM−1陽性細胞はわずか6.0%であったが、グリア細胞(分化誘導後4週目)では約40.8%の細胞がJAM−1陽性となっていた。しかし更なる分化誘導(7週間培養)にてその陽性率は再度低下(10.5%)した。
これらの結果から、抗JAM−1抗体は、神経幹細胞から完全分化の過程で一時的に現れる表面抗原に選択的に結合する。従って、神経前駆細胞及び神経幹細胞の混合集団では、抗JAM−1抗体陰性であれば、神経幹細胞であると判定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0147】
本発明の新規なモノクローナル抗体は、神経幹細胞に選択的な表面抗原に結合するので、神経幹細胞を含有するこ不均一な細胞集団から神経幹細胞又は神経幹細胞富化集団を生細胞のままでスクリーニングできる。従って、再生医療用に生体から採取した神経幹細胞が含まれる細胞集団、具体的には胎児脳組織、臍帯血、ヒト末梢血などの神経幹細胞含有集団から、神経幹細胞富化集団、ひいては神経幹細胞の検出、さらには分離する方法として利用できる。これにより、細胞ソース供給の点で問題があった神経幹細胞について、比較的広範囲のソースを、神経幹細胞の供給源として利用することが可能となる。
【0148】
本発明のスクリーニング用試薬は、人体移植用の神経幹細胞をスクリーニングする試薬として用いることができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養ヒト神経幹細胞及び/又は培養ヒト神経前駆細胞のホモジェネートで免疫した哺乳動物の抗体産生細胞とミエローマとのハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体であって、
神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の表面抗原と反応するが、分化した神経系細胞の表面抗原とは実質的に反応せず、
且つ胎児期初期の大脳の脳室壁層及び脳室壁下層の細胞と反応するモノクローナル抗体。
【請求項2】
前記ホモジェネートは、ヒト胎児由来の神経幹細胞及び/又はヒト神経前駆細胞を継代培養して得られるニューロスフェアをホモジェナイズしたものである請求項1に記載のモノクローナル抗体。
【請求項3】
前記抗体が認識する抗原は、非還元状態のタンパク性抗原で、且つグリコシダーゼ又はグリコサミノグリカンによる糖鎖切断及び脱脂処理によって抗原性が損なわれないものである請求項1又は2に記載のモノクローナル抗体。
【請求項4】
フローサイトメトリーによる解析で、ヒトニューロスフェアを分散させてなる単細胞集団及びNETRA2とは80%以上が陽性反応を示し、U−87MG、T98G、YKG−1、U251MG、及び293T細胞とはいずれも5%未満しか陽性反応を示さない請求項1〜3のいずれかに記載のモノクローナル抗体。
【請求項5】
前記モノクローナル抗体は、得られたハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体を、ヒト胎児脳組織、培養ヒト神経幹細胞、及びヒトニューロスフェアを単細胞にした細胞集団からなる群より選ばれる少なくとも1種を用いてスクリーニングしたものである請求項1〜4のいずれかに記載のモノクローナル抗体。
【請求項6】
受託番号FERM P−20607のハイブリドーマ。
【請求項7】
受託番号FERM P−20607のハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体。
【請求項8】
神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の表面抗原と反応するが、分化した神経系細胞の表面抗原とは実質的に反応しないモノクローナル抗体の製造方法であって、
ヒト胎児由来の神経幹細胞及び/又はヒト神経前駆細胞を継代培養して得られらニューロスフェアのホモジェネートを免疫原として使用する工程;
免疫感作した哺乳動物(ヒトを除く)のリンパ球をミエローマと細胞融合して、ハイブリドーマを得る工程;
得られたハイブリドーマをHAT培地で培養することにより選択したハイブリドーマからモノクローナル抗体を産生する工程;及び
産生されたモノクローナル抗体を、ヒト胎児脳組織に接触させて陽性反応を示すモノクローナル抗体を選別する工程
を含む製造方法。
【請求項9】
不均一な細胞集団から、ヒト神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の特性を有する細胞及びその細胞の局在性を同定する方法であって、
請求項1〜5のいずれかに記載のモノクローナル抗体を用いて免疫組織染色を行ない、染色された部分を神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞であると同定する工程を含む神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の同定方法。
【請求項10】
ヒト神経幹細胞を含有する細胞集団を、請求項1〜5のいずれかに記載のモノクローナル抗体と反応させ、該モノクローナル抗体との反応が陽性である細胞を検出する工程を含む、ネスチン高発現細胞のスクリーニング方法。
【請求項11】
前記ネスチン高発現細胞は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞である請求項10に記載のスクリーニング方法。
【請求項12】
前記細胞集団は、ヒト臍帯血由来細胞を含む集団である請求項10又は11に記載のスクリーニング方法。
【請求項13】
前記細胞集団は、ヒト末梢血由来細胞を含む集団である請求項10又は11に記載のスクリーニング方法。
【請求項14】
前記細胞集団は、ヒトニューロスフェアを単細胞に分散させてなる細胞集団である請求項10又は11に記載のスクリーニング方法。
【請求項15】
ヒト神経幹細胞及び神経前駆細胞を含有する細胞集団において、請求項10又は11に記載のモノクローナル抗体との反応が陽性である細胞を検出し、
該細胞集団における該モノクローナル抗体陽性細胞の割合を算出する工程を含む、細胞集団の評価方法。
【請求項16】
ヒト神経幹細胞及び神経前駆細胞含有細胞集団から神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の富化集団をスクリーニングするための試薬であって、
請求項1〜5のいずれかに記載のモノクローナル抗体と、溶媒とを含有することを特徴とする神経幹細胞及び神経前駆細胞スクリーニング用試薬。
【請求項1】
培養ヒト神経幹細胞及び/又は培養ヒト神経前駆細胞のホモジェネートで免疫した哺乳動物の抗体産生細胞とミエローマとのハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体であって、
神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の表面抗原と反応するが、分化した神経系細胞の表面抗原とは実質的に反応せず、
且つ胎児期初期の大脳の脳室壁層及び脳室壁下層の細胞と反応するモノクローナル抗体。
【請求項2】
前記ホモジェネートは、ヒト胎児由来の神経幹細胞及び/又はヒト神経前駆細胞を継代培養して得られるニューロスフェアをホモジェナイズしたものである請求項1に記載のモノクローナル抗体。
【請求項3】
前記抗体が認識する抗原は、非還元状態のタンパク性抗原で、且つグリコシダーゼ又はグリコサミノグリカンによる糖鎖切断及び脱脂処理によって抗原性が損なわれないものである請求項1又は2に記載のモノクローナル抗体。
【請求項4】
フローサイトメトリーによる解析で、ヒトニューロスフェアを分散させてなる単細胞集団及びNETRA2とは80%以上が陽性反応を示し、U−87MG、T98G、YKG−1、U251MG、及び293T細胞とはいずれも5%未満しか陽性反応を示さない請求項1〜3のいずれかに記載のモノクローナル抗体。
【請求項5】
前記モノクローナル抗体は、得られたハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体を、ヒト胎児脳組織、培養ヒト神経幹細胞、及びヒトニューロスフェアを単細胞にした細胞集団からなる群より選ばれる少なくとも1種を用いてスクリーニングしたものである請求項1〜4のいずれかに記載のモノクローナル抗体。
【請求項6】
受託番号FERM P−20607のハイブリドーマ。
【請求項7】
受託番号FERM P−20607のハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体。
【請求項8】
神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の表面抗原と反応するが、分化した神経系細胞の表面抗原とは実質的に反応しないモノクローナル抗体の製造方法であって、
ヒト胎児由来の神経幹細胞及び/又はヒト神経前駆細胞を継代培養して得られらニューロスフェアのホモジェネートを免疫原として使用する工程;
免疫感作した哺乳動物(ヒトを除く)のリンパ球をミエローマと細胞融合して、ハイブリドーマを得る工程;
得られたハイブリドーマをHAT培地で培養することにより選択したハイブリドーマからモノクローナル抗体を産生する工程;及び
産生されたモノクローナル抗体を、ヒト胎児脳組織に接触させて陽性反応を示すモノクローナル抗体を選別する工程
を含む製造方法。
【請求項9】
不均一な細胞集団から、ヒト神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の特性を有する細胞及びその細胞の局在性を同定する方法であって、
請求項1〜5のいずれかに記載のモノクローナル抗体を用いて免疫組織染色を行ない、染色された部分を神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞であると同定する工程を含む神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の同定方法。
【請求項10】
ヒト神経幹細胞を含有する細胞集団を、請求項1〜5のいずれかに記載のモノクローナル抗体と反応させ、該モノクローナル抗体との反応が陽性である細胞を検出する工程を含む、ネスチン高発現細胞のスクリーニング方法。
【請求項11】
前記ネスチン高発現細胞は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞である請求項10に記載のスクリーニング方法。
【請求項12】
前記細胞集団は、ヒト臍帯血由来細胞を含む集団である請求項10又は11に記載のスクリーニング方法。
【請求項13】
前記細胞集団は、ヒト末梢血由来細胞を含む集団である請求項10又は11に記載のスクリーニング方法。
【請求項14】
前記細胞集団は、ヒトニューロスフェアを単細胞に分散させてなる細胞集団である請求項10又は11に記載のスクリーニング方法。
【請求項15】
ヒト神経幹細胞及び神経前駆細胞を含有する細胞集団において、請求項10又は11に記載のモノクローナル抗体との反応が陽性である細胞を検出し、
該細胞集団における該モノクローナル抗体陽性細胞の割合を算出する工程を含む、細胞集団の評価方法。
【請求項16】
ヒト神経幹細胞及び神経前駆細胞含有細胞集団から神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の富化集団をスクリーニングするための試薬であって、
請求項1〜5のいずれかに記載のモノクローナル抗体と、溶媒とを含有することを特徴とする神経幹細胞及び神経前駆細胞スクリーニング用試薬。
【図5】
【図6】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図24】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図23】
【図6】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図24】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図23】
【公開番号】特開2010−57511(P2010−57511A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−283559(P2009−283559)
【出願日】平成21年12月15日(2009.12.15)
【分割の表示】特願2005−245562(P2005−245562)の分割
【原出願日】平成17年8月26日(2005.8.26)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年12月15日(2009.12.15)
【分割の表示】特願2005−245562(P2005−245562)の分割
【原出願日】平成17年8月26日(2005.8.26)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
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