ヒト胚幹細胞由来の最終分化ドーパミン作動性神経細胞の誘導
【課題】神経前駆細胞、最終的には分化した神経を、多能性の幹細胞(例えば、ヒト幹細胞)等の多能性の幹細胞から生産するための改良された方法を提供すること。
【解決手段】本発明の開示は、多能性の幹細胞(例えばヒト胚幹細胞)から神経前駆細胞と分化した神経細胞(例えばドーパミン作動性神経細胞およびセロトニン作動性神経細胞)を効率よく生産するための改善された方法に関する。開示された方法を用いることで、チロシン・ヒドロキシラーゼ(ドーパミン作動性神経細胞の特異的マーカー)に陽性の細胞が高い割合で含まれる細胞集団が単離された。本発明の開示の神経前駆細胞および最終分化細胞は、大量に発生することができることから、パーキンソン病等の神経障害で、細胞置換療法のための優れた供給源として用いることが可能である。
【解決手段】本発明の開示は、多能性の幹細胞(例えばヒト胚幹細胞)から神経前駆細胞と分化した神経細胞(例えばドーパミン作動性神経細胞およびセロトニン作動性神経細胞)を効率よく生産するための改善された方法に関する。開示された方法を用いることで、チロシン・ヒドロキシラーゼ(ドーパミン作動性神経細胞の特異的マーカー)に陽性の細胞が高い割合で含まれる細胞集団が単離された。本発明の開示の神経前駆細胞および最終分化細胞は、大量に発生することができることから、パーキンソン病等の神経障害で、細胞置換療法のための優れた供給源として用いることが可能である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願との相互参照
該当なし
連邦政府の委託研究または開発に関する言明
該当なし
マイクロフィッシュ添付物
該当なし
発明の背景
1.発明の分野
本発明は、ヒト胚幹細胞等の多能性胚幹細胞から最終分化神経細胞、例えばドーパミン作動性神経細胞およびセロトニン作動性神経細胞を生産する改善された方法に関する。本発明の開示にもとづいて生じたドーパミン作動性神経細胞およびセロトニン作動性神経細胞は、神経変性障害および神経疾患での細胞置換療法のための優れた供給源として用いることが可能である。
【背景技術】
【0002】
2.関連技術の説明
神経変性障害および神経疾患、例えばパーキンソン病、アルツハイマー症、および統合失調症は、我々の社会でますます顕著になってきている。これらの神経障害の多くに、ドーパミン作動性もしくはセロトニン作動性の神経細胞がかかわっている。ドーパミン作動性神経細胞は、中脳の腹側面および腹外側面にあって、姿勢反射、運動、および報酬関連挙動を制御する。これらの神経細胞は、前脳にある多重構造を神経支配し、該神経の変性または異常機能はパーキンソン病、統合失調症、および薬物嗜癖に関連する(Hynes et al.,1995,Cell 80:95−101)。セロトニン作動性神経細胞は、後脳の腹側面および腹外側面に集中しており、大脳皮質、大脳辺縁系、および脊髄を含む中枢神経系の大部分を神経支配する。これらの神経細胞は、意識、覚醒、行動特性、および摂食行動のレベルを制御し、さらに異常機能が攻撃性、鬱病、および統合失調症に結び付けられていた(Jacobs and Gelperin,1981,Serotonin Neurotransmission and Behavior.The MIT Press,Cambridge,Mass.)。セロトニン作動性の機能障害は、種々の精神的疾患、神経的疾患、および他の疾患(例えば、精神の抑うつ(Asberg et al.,1986,J.Clin.Psychiatry 47:23−35)、自殺(Lester,1995,Pharmocopsychiatry 28(2):45−50)、および激しい攻撃行動)の病態生理学でも、ある種の役割を演じている可能性がある(Brown et al.,J.Clin.Psychiatry,1990,54:31−41;Eichelman,1990,Anon.Rev.Med.41:149−158)。
【0003】
パーキンソン病は、行動を制御する脳の領域にある神経細胞(ニューロン)の変質によって生ずる進行性神経疾患である。この変質は、ドーパミンとして知られている脳情報伝達化学物質を少なくし、それによって疾患を特徴づける運動機能障害を生ずる。病理学的研究は、黒質のドーパミン作動性神経細胞の損失がパーキンソン病に関与することを示す。例えば、実験動物で、黒質線条体路の左右対称の病巣によって生ずる症候群は、パーキンソン病で観察される運動機能障害、すなわち安静時振せん、硬直、運動不能症、および姿勢異常と全く類似している。6−ヒドロキシドパミン(OHDA)に起因する黒質線条体路の左右対称の病巣は、重大な運動不能、渇感欠如、無摂食症、および感覚無視が齧歯動物で生じた(Ungerstedt,1971,U.Acta Physiol.Scand.Suppl.367:95−121;Yirek and Sladek,1990,Anon.Rev.Neurosci.13:415−440)。
【0004】
パーキンソン症候群では、ドパミン作用受容体の状態の変化は、病勢悪化の段階に依存しうる。パーキンソン症候群の顕著な特徴は、大脳基底核の全ての構成要素に含まれるドーパミンの著しい減少である(Homykiewicz,1988,Mt.Sinai J.Med.55:11−20)。ドーパミンが減少すると、視床、淡蒼球、視床下核等、脳の種々の他の領域が機能障害を起こし始める。これらの領域は、脳の他の部分にシグナルを送ることから、これらの小さな領域での機能障害が広範囲にわたる脳機能障害を導く。
【0005】
パーキンソン病の有病率は、日本の82人/10万人ないし英国の108人/10万人から北米人口の約1%(約100万人)に至る幅広い範囲で変動する。インドでは、パーキンソン病の有病率は、北インドで14人/10万人、南インドで27人/10万人、東インドで16人/10万人、さらに西インドのパルシー教徒地域で363人/10万人である。パーキンソン病が不治であると現在考えられている一方で、パーキンソン病の症状を緩和するレボドバ、ブロモクリプチン、ペルゴリド、セレジリン、抗コリン作用薬、およびアマンタジン等、種々の薬物療法が利用可能である。これらの薬剤がパーキンソン病の症状を緩和することができるにもかかわらず、それはしばしば顕著な副作用を有する。さらに、これらの薬物は、疾患を治療するわけでも、神経細胞の累進的な損失を遅らせるわけでもなく、症状を緩和するだけであり、薬効がしばしば時間経過にともなって消耗する。一部の患者では、薬物療法に対する反応性が低下し始め、他の患者では過敏になり、運動障害(ジスキネジー)が生ずる。
【0006】
これらの不満足な結果は、例えば、淡蒼球切断、淡蒼球の深部脳刺激法(DBS)、さらに脳の過敏性領域を破壊する試みまたは該領域を鎮めるためにDBSに電極を置くことによってネットワーク異常を遮る試みを含む外科的アプローチおよびドーパ受容体アゴニスト治療等、この疾患を処置するための他の戦略の開発をもたらした。パーキンソン病の患者に対するこれらの種類および他の種類の手術が多少なりとも有益な結果をもたらすにもかかわらず、そのような手術の長期間に及ぶ作用効果については知られていない。これらの処置も一定の限界と副作用とを有する。
【0007】
この難病のために探究されているもう一つの戦略は、遺伝子治療である。神経系疾患の分子基礎の発見と遺伝子導入系の進歩とによって、多種多様な中枢神経系疾患に対する局所的および全体的な治療遺伝子送達が可能となった。しかし、遺伝子治療は、例えば導入遺伝子発現の安定性および調節とベクターおよび発現された導入遺伝子の両方の安全性というある種の限界を有する(Costantini et al.,2000,Gene Therapy 7:93−109)。遺伝子治療に用いられることが知られているベクターとして、限定されるものではないが、単純疱疹(ヘルペス)ウイルス1型(HSV−1)(During et al.,1994,Science 266:1399−1403)、アデノ随伴ウイルス・ベクター(AAV)(During et al.,1998,Gene Therapy 5:820−827)、レトロウイルス、HSV/エプスタインバーウイルス(HSV/EBV)ハイブリッド・ベクター、ならびにHSV/AAVハイブリッド・ベクターが挙げられる。ある遺伝子治療法がパーキンソン病の動物モデルを治療する上で有用であることがわかった。神経保護分子を放出する被包性かつ遺伝子改変された細胞系と、グリア細胞系由来神経栄養因子遺伝子(GDNF)と、該GDNF遺伝子をコードするレンチウイルス・ベクターとが、移植片の生着および分化を改善し、その結果、動物モデルでの行動の回復が加速された(Zurn et al.,2001,Brain Res Rev.36:222−229;Date et al.,2001,Cell Transplant 10:397−401)。神経幹細胞を用いた遺伝子治療が、生体内で治療レベルのGDNFを発現することに効果的であるともわかった(Akerud et al.,J.Neurosci.21:8108−8118)。
【0008】
細胞移植は、別の治療戦略であり、この治療戦略によって、他の神経変性障害および神経疾患と同様に、パーキンソン病で失われた神経細胞を置換することへの期待が与えられる。胎児組織移植による臨床試験(依然としておこなわれている)によって、細胞を脳に入れる方法が開発され、この考えの実行可能性が示されるとともに、少なくとも数人の患者にとって有望な結果がもたらされた。パーキンソン病を呈する患者の線条体に、ドーパミン作用神経細胞の前駆体を直接移植組織する試みもなされており、ヒト胎児または胚のドーパミン作動性神経細胞の移植が、パーキンソン病患者に対して有益な効果を持つことがわかった(Freed et al.,2001,N.Engl.J.Med.344:710−719)719)。
【0009】
しかし、データは、移植片の異所的配置よりもむしろ経路の解剖学的修飾が完全な回復を得る上で求められることを示唆している(Winkler et al.,2000,Prog.Brain Res.127:233−265)。また、胎児黒質移植組織治療は、患者での臨床的に信頼性のある改善を得るために、少なくとも5〜10の胎児から得たヒト胎児組織を必要とするが、このことは非常に大きな倫理的、法律的、および安全上の問題を提起する。このように、神経変性障害および神経疾患を処置するために、ドーパミン作動性神経細胞等の神経細胞にとって代わる供給源に対して切迫した必要性が存在している。
【0010】
最近、神経幹細胞の再生可能な供給源が、成体ヒト脳で発見された。自己再生能および全細胞型形成能を持つ神経幹細胞によって、潜在的にドーパミン産生脳細胞の無制限の供給源が提供されることから、神経変性障害および神経疾患に対する完全に新規な治療的アプローチが約束される(Eriksson et al.,1998,Nature Medicine 4:1313−1317)。胚性ヒト前脳に由来する神経幹細胞の培養が生体外で最高100万倍に拡大し得ることが報告された。これらの成体神経幹細胞が、パーキンソン病の十分に特徴づけられたモデルであるラット成体に移植された。この動物モデルで上記細胞は、移植後、最高1年間生存し、神経に分化し、数匹の実験動物で運動不全を減少させることができた(Svendsen et al.,1997,Exp.Neurol.148:135−146)。残念なことに、成体神経幹細胞は、組織培養では寿命が限られている(Kukekov et al.,1999,Exp.Neurol.156:333−344)。
【0011】
種々の神経変性障害および神経疾患を処置するために用いてもよいドーパミン作動性神経細胞および他の神経細胞の1つの生存可能な代用源は、多能性の胚幹(ES)細胞、特にヒトES細胞である。ES細胞は、未分化状態で際限なく増殖することができ、かつ多能性であり、このことは、身体に存在するほぼ全ての細胞型にES細胞が分化可能であることを意味している。ES細胞が身体にある分化した細胞のほぼ全部になる能力があることから、ES細胞は多岐にわたる組織および器官(例えば、心臓、脾臓、神経組織、筋肉、および軟骨)に対する置換細胞を生成する潜在能力を持つ。ES細胞は胚盤胞の内細胞塊(ICM)に由来することができ、それは移植に先だって生ずる胚の成長の一段階である。ヒトES細胞は、受精後、4日目から7日目まで続く成長中の胚の初期段階にあるヒト胚盤胞に由来するものであってもよい。ICMに由来するES細胞を生体外で培養し、適当な条件下で際限なく増殖することができる。
【0012】
ES細胞は、数多くの種で首尾よく確立されており、例えばマウス(Evans et al.,1981,Nature 292:154−156)、ラット(Iannaccone et al.,1994,Dev.Biol.,163:288−292)、ブタ(Evans et al.,1990,Theriogenology 33:125−128;Notarianni et al.,1990,J.Reprod.Fertil.Suppl.41:51−6)、ヒツジおよびヤギ(Meinecke−Tillmann and Meinecke,1996,J.Animal Breeding and Genetics 113:413−426;Notarianni et al.,1991,J.Reprod.Fertil.Suppl.43:255−60)、ウサギ(Giles et al.,1993,Mol.Reprod.Dev.36:130−138;Graves et al.,1993,Mol.Reprod.Dev.36:424−433)、ミンク(Sukoyan et al.,Mol.Reprod.Dev.1992,33:418−431)、ハムスター(Doetscbman et al.,1988,Dev.Biol.127:224−227)、ニワトリ(Pain et al.,1996,Development 122(8):2339−48)、霊長類(米国特許第5,843,780号)、ならびにヒト(Thomson et al.,,1998,Science 282:1145−1147;Reubinoff et al.,2000,Nature Biotech.18:399−403)が挙げられる。他の哺乳類ES細胞と同様に、ヒトES細胞を免疫欠損マウスに注射した場合、ヒトES細胞が分化して3つの胚葉全ての組織を形成し、ヒトES細胞の多能性が証明される。公表された報告によれば、ヒトES細胞を1年以上にわたって、培養された状態で維持することでき、その期間中、ヒトES細胞が多能性、自己再生能、および正常な核型を保持される(Thomson et al.,1995,PNAS 92:7844−7848)。
【0013】
研究は、ES細胞が神経前駆細胞に分化し得ることを示した(Zhang et al.,2001,Nature Biotech.19:1129−33;WO 01/88104;米国特許出願第09/872,183号、第09/888,309号、および第10/157,288号;WO 03/000868;各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。したがって、これらの細胞をさらにドーパミン作動性神経細胞に分化させることができる(Rolletschek et al.,2001,Mech.Dev.105:93−104)。ES細胞分化の初期段階は、胚様体分化であり、例えば、1μMのレチノイン酸によって胚様体内の神経分化が促進される(Bain et al.,1995,Dev.Biol.168:342−357)。レチノイン酸を神経細胞の生成に使用することはできるが、レチノイン酸は強力な催奇形物質である。間質細胞誘導活性(SIDA)を用いることで(Kawasaki et al.,2000,Neuron 28:1−20)、核受容体関連−1遺伝子(Nurr−1)の発現によって(Kim et al.,2002,Nature 418:50−56)、または未分化ES細胞を直接マウス・モデルに移植することで(Bjorklund et al.,2002,Proc.Natl Acad.Sci.99:2344−2349)、ES細胞をドーパミン作動性神経細胞に分化させることについて、いくつかの報告が公表されている。Leeら(Lee et al.,2000,Nat.Biotechnol.18:675−79)は、生体外で、ES細胞を神経前駆細胞に分化させ、さらにドーパミン作動性およびセロトニン作動性神経細胞に分化させるための方法を報告した。しかし、これらの実験のすべてがマウスES細胞を用いておこなわれたものであり、分化プロトコールは、5〜50%のドーパミン作動性神経細胞を生産した。Leeらの研究(WO 01/83715)では約20%、Studerらの研究(WO 02/086073)では5〜50%のマウスES細胞がドーパミン作動性神経細胞に分化した。ドーパミン作動性神経細胞もまたヒトES細胞から分化する一方で、得られたドーパミン作動性神経細胞の収率は、集団に含まれる全細胞に占める割合として収率がたったの約5〜7%であった(WO 03/000868)。
【0014】
パーキンソン病は、中脳の黒質でドーパミン作動性神経細胞の選択的かつ漸進的喪失によって特徴づけられることから、細胞移植戦略にとっては特に適した臨床標的であると考えられている。特定の脳部位内でのドーパミン産生神経の喪失は、患者が患者自身の運動を制御または指示することができない結果となる神経細胞の異常な発射をもたらす。しかし、多数のドーパミン作動性神経細胞が細胞置換療法に必要である。したがって、ヒトES細胞からドーパミン作動性神経細胞を誘導するための代替えのプロトコルが求められている。このことは、パーキンソン病に対するこのような処置の有効性を増大させるとともに処置の成功率も高める。さらに、これらドーパミン作動性神経細胞を生体外で用いることで、神経変性障害および神経疾患でドーパミン産生脳細胞の死を予防または減少させる物質の同定を助けることができる。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明の要約
本発明の開示は、神経前駆細胞、最終的には分化した神経を、多能性の幹細胞(例えば、ヒト幹細胞)等の多能性の幹細胞から生産するための改良された方法に関する。例えば、本発明の開示は、ヒト幹細胞の集団が高い割合で、ドーパミン作動性神経細胞の特異的マーカーであるチロシンキナーゼ(TH)に陽性の神経に分化にする(例えば、少なくとも約60%)。本発明の開示は、ヒト幹細胞の集団が高い割合でセロトニン作動性神経細胞に分化することも示す。本発明の開示の方法にもとづいて生ずるドーパミン作動性およびセロトニン作動性神経細胞の割合は、既に述べられた方法よりも高い。本明細書に開示される方法もまた、星状細胞およびオリゴデンドロサイトと同様に、ヒト胚幹細胞から、コリン作動性および感覚神経の表現型特徴を持つ細胞を生成するために用いられることが可能である。
【0016】
本発明の開示は、霊長類の多能性の幹細胞を分化させることで得られる、生体外培養状態の分化した細胞集団であって、前記分化した細胞の少なくとも60%がチロシン・ヒドロキシラーゼを発現するドーパミン作動性神経細胞、またはチロシン・ヒドロキシラーゼを発現するドーパミン作動性神経細胞である、細胞集団を提供する。他の実施形態では、少なくとも約30%、40%、50%、70%、80%、90%、95%または99%の分化した細胞がドーパミン作動性神経細胞である。本発明は、霊長類の多能性の幹細胞を分化させることで得られる,生体外培養状態の分化した細胞集団であって、少なくとも30%の分化した細胞がセロトニン作動性神経細胞である。別の実施形態では、少なくとも約40%、50%、60%、70%、80%、90%、95%、または99%の分化した細胞がセロトニン作動性神経細胞である。好ましい実施形態では、神経前駆体細胞または神経に分化した霊長類の多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である。
【0017】
本発明の開示はまた、霊長類の多能性の幹細胞から、分化した神経細胞集団を生成する方法であって、
(a)霊長類の多能性の幹細胞の培養を増殖させるステップと、
(b)多能性の幹細胞を培養して、ネスチンに陽性の神経前駆細胞を選択するステップと、
(c)NCAM陽性細胞をエンリッチするためのネスチン陽性神経前駆細胞を選別するステップと、
(d)分化培地でネスチン陽性NCAM陽性細胞を培養することで、ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させて、分化した神経細胞集団を生成するステップと、
を含む、分化神経細胞集団を生成するための方法を提供する。
【0018】
好ましい実施形態では、前記霊長類の多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である。別の好ましい実施形態では、上記方法で用いられる多能性の幹細胞は、好ましくはレーザー・アブレーション法を用いて得られる。
【0019】
別の実施形態では、上記方法は、胚様体を形成するために、ステップ(b)の多能性の幹細胞を培養するステップを、さらに含む。好ましくは、これらの胚様体を、例えば無血清培地で多能性の幹細胞または胚様体を培養することで、ネスチンに対して陽性である神経前駆体を選ぶ条件下で培養する。好ましい実施形態では、上記無血清培地がITSFn無血清合成培地であり、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、塩基性線維芽細胞成長因子、トランスフェリン、およびフィブロネクチンからなる群から選択される1種類以上の可溶性因子を好ましくは含む。好ましい実施形態では、これらの方法は、好ましくは、少なくとも約60〜75%のネスチン陽性細胞、より好ましくは約80〜90%ネスチン陽性細胞、およびもっとも好ましくは約95〜99%のネスチン陽性細胞を含む神経前駆細胞を生成する。
【0020】
次に、上記ネスチン陽性神経前駆細胞を保存して、適当な免疫学的技術、例えば免疫標識および蛍光選別(ソーティング)、例えば磁気細胞分離(MACS)、固相吸着、蛍光活性化細胞ソーティング(FACS)、細胞表面マーカーに対するフロー免疫細胞化学、またはフロー・サイトメトリー・アッセイによって、NCAM陽性細胞をエンリッチすることが可能である。好ましい実施形態によれば、これらの方法は、少なくとも約40〜70%のNCAM陽性細胞、より好ましくは約50〜60%のNCAM陽性細胞、および最も好ましくは約80〜99%のNCAM陽性細胞を含むネスチン陽性細胞を生成する。いくつかの実施形態では、上記方法は、さらに、増殖培地中でネスチン陽性NCAM陽性神経前駆細胞を、好ましくは6〜10日にわたって、増殖させるステップ(c)を含む。好ましくは、上記増殖培地は、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、ラミニン、プトレッシン、プロゲステロン、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、上皮細胞増殖因子(EGF)、ソニック・ヘッジホッグ(SHH)、線維芽細胞増殖因子−8(FGF−8)、および脳由来神経栄養因子(BDNF)からなる群から選択される1種類以上の可溶性因子を含む。
【0021】
上記ネスチン陽性NCAM陽性神経前駆細胞を、1種類以上の集団を倍加させるために、好ましくは、培養および連続的に継代する。これらの細胞もまた、液体窒素で凍結保存する。NCAM陽性神経前駆細胞を、好ましくは、上記方法のステップ(d)に記載したように、30〜50日間にわたって分化培地中で増殖させる。好ましい実施形態では、上記分化培地が、ウシ胎仔血清、B27、アスコルビン酸、およびN−アセチル・システインが補充された神経基本培地を含む。別の好ましい実施形態では、上記分化培地は、TGF−β3またはインターロイキン−1βあるいは両方を、さらに含む。好ましくは、上記分化培地は、アスコルビン酸、N−アセチル・システイン、グリア細胞系由来神経栄養因子(GDNF)、ジブチリル環状AMP(db−cAMF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューチュリン、ソニック・ヘッジホッグ・タンパク質(SHH)、および線維芽細胞増殖因子−8(FGF−8)からなる群から選択される1種類以上の分化剤を、さらに含む。
【0022】
好ましい実施形態では、上に開示された方法は、分化した神経細胞集団を生成するために用いられ、この分化した神経細胞集団は、好ましくは、約40〜60%のドーパミン作動性神経細胞、より好ましくは70〜80%のドーパミン作動性神経細胞、最も好ましくは90〜99%ドーパミン作動性神経細胞を含む。いくつかの実施形態では、これらの方法は、分化した神経細胞集団を生成するために用いられ、この分化した神経細胞集団は、好ましくは約20〜50%のセロトニン作動性神経細胞、より好ましくは30〜70%のセロトニン作動性神経細胞、最も好ましくは60〜99%のセロトニン作動性神経細胞を含む。他の実施形態では、これらの方法は、分化した神経細胞集団を生成するために用いられ、この分化した神経細胞集団は、好ましくは約15〜40%のオリゴデンドロサイト、より好ましくは約25〜50%オリゴデンドロサイト、最も好ましくは約60〜99%のオリゴデンドロサイトを含む。
【0023】
本発明の開示は、神経前駆細胞からドーパミン作動性神経細胞を生成する方法を提供するもので、該方法は、ネスチンに陽性の細胞として上記神経前駆細胞をエンリッチし、TGF−β3またはインターロイキン−1βあるいはそれら両方の存在下で、細胞を培養することで、ドーパミン作動性神経細胞を生成するために、上記ネスチン陽性細胞を分化させることを含む。好ましくは、少なくとも40〜99%のネスチン陽性細胞が、それらの方法を用いてドーパミン作動性神経細胞に分化する。別の実施形態では、これらの方法は、さらに、NCAMに陽性の細胞として、上記神経前駆細胞をエンリッチし、これらのネスチン陽性NCAM陽性細胞を好ましくは分化させてドーパミン作動性神経細胞(例えば、少なくとも60〜99%の細胞をドーパミン作動性神経細胞に分化させる)を生成する。本発明の開示はまた、神経前駆細胞から神経を生成する方法を提供するもので、該方法は、神経前駆細胞を、ネスチンおよびNCAMに陽性の細胞にエンリッチし、ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させて、TGF−β3またはインターロイキン−1βあるいはそれら両方の存在下で細胞を培養することで、セロトニン作動性神経細胞を生成する。好ましくは、これらの方法を用いて、約30〜99%のネスチン陽性NCAM陽性細胞がセロトニン作動性神経細胞に分化する。
【0024】
本発明の開示はまた、本明細書に記載したように霊長類の多能性の幹細胞に由来する対象となる分化した神経細胞に投与することで、神経変成障害または神経疾患を持つ被検体を処置するための方法を提供する。例えば、分化した神経細胞集団を以下のように誘導してもよい。すなわち、
(a)霊長類の多能性の幹細胞の培養を増殖させ、
(b)多能性の幹細胞を培養して、ネスチンに対して陽性である神経前駆細胞を選択し、
(c)NCAM陽性細胞をエンリッチするための前記ネスチン陽性神経前駆細胞を選別し、
(d)分化培地中で、ネスチン陽性NCAM陽性細胞を培養し、該細胞を分化させることで、分化した神経細胞集団を生成し、
(e)治療上有効な量からなる分化した神経細胞集団を被検体の中枢神経系に投与する。
好ましくは、上記分化培地はTGF−β3またはインターロイキン−1βあるいはそれら両方を含む。好ましい実施形態では、被検体は患者、より好ましくは、ヒト患者であり、霊長類の多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である。好ましくは、ヒト胚幹細胞は患者と組織適合する。例えば、使用した多脳性の幹細胞が本質的に患者のものと同一のゲノムを有する。特定の実施例において、ドーパミン作動性、セロトニン作動性、コリン作動性、感覚神経細胞、またはその代わりとして神経膠星状細胞、あるいはオリゴデンドロサイトは、分化した神経細胞集団から分離されて、患者に投与される。これらの細胞は、例えば分化した神経細胞集団を含むもので、被検体に投与されることで、種々の神経変成障害または神経疾患、例えば限定されるものではないが、パーキンソン病、アルツハイマー病、ハンチントン(舞踏)病、脊髄損傷、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、てんかん、脳梗塞、および虚血からなる群から選択される。好ましくは、上記細胞を移植によって、例えば所望の細胞を被検体の脳に移植することによって、投与する。
本発明の開示はさらに、以下の項目を提供する。
(項目1)
霊長類の多能性の幹細胞を分化させることで得られる、生体外培養状態の分化した細胞集団であって、前記分化した細胞の少なくとも60%がドーパミン作動性神経細胞である、細胞集団。
(項目2)
前記霊長類の多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である、項目1に記載の細胞集団。
(項目3)
霊長類の多能性の幹細胞を分化させることで得られる、生体外培養状態の分化した細胞集団であって、前記分化した細胞の少なくとも60%がチロシン・ヒドロキシラーゼを発現する、細胞集団。
(項目4)
前記霊長類の多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である、項目3に記載の細胞集団。
(項目5)
霊長類の多能性の幹細胞から、分化した神経細胞集団を生成する方法であって、
(a)霊長類の多能性の幹細胞の培養を増殖させるステップと、
(b)前記多能性の幹細胞を培養して、ネスチンに陽性の神経前駆細胞を選択するステップと、
(c)NCAM陽性細胞をエンリッチするための前記ネスチン陽性神経前駆細胞を選別するステップと、
(d)TGF−β3またはインターロイキン−1βあるいは両方を含む分化培地でネスチン陽性NCAM陽性細胞を培養することで、前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させて分化した神経細胞集団を生成するステップと、
を含む、分化神経細胞集団を生成するための方法。
(項目6)
前記多能性の幹細胞が、レーザー・アブレーション法を用いて得られる、項目5に記載の方法。
(項目7)
前記多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である、項目5に記載の方法。
(項目8)
前記ヒト胚幹細胞がレーザー・アブレーション法を用いて得られる、項目7に記載の方法。
(項目9)
前記分化した神経細胞集団が少なくとも約60%のドーパミン作動性神経細胞を含む、項目5に記載の方法。
(項目10)
前記分化した神経細胞集団が少なくとも約30%のセロトニン作動性神経細胞を含む、項目5に記載の方法。
(項目11)
前記分化した神経細胞集団が少なくとも約25%のオリゴデンドロサイトを含む、項目5に記載の方法。
(項目12)
ステップ(b)の前記多能性の幹細胞を培養して胚様体を形成することをさらに含む、項目5に記載の方法。
(項目13)
前記胚様体を培養して、ネスチンに対して陽性である神経前駆細胞を選択する、項目12に記載の方法。
(項目14)
ネスチンに対して陽性である前記神経前駆細胞が、多能性の幹細胞を無血清培地で培養することによって選択される、項目5に記載の方法。
(項目15)
前記無血清培地がITSFn無血清合成培地である、項目14に記載の方法。
(項目16)
前記無血清培地が、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、およびフィブロネクチンからなる群から選択される1種類以上の可溶性因子を含む、項目14に記載の方法。
(項目17)
前記無血清培地が、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、およびフィブロネクチンを含む、項目16に記載の方法。
(項目18)
ネスチンに対して陽性である前記神経前駆細胞が、前記胚様体を無血清培地で培養することで、選択される、項目13に記載の方法。
(項目19)
前記無血清培地がITSFn無血清合成培地である、項目18に記載の方法。
(項目20)
前記無血清培地が、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、塩基性線維芽細胞成長因子、トランスフェリン、およびフィブロネクチンからなる群から選択される1種類以上の可溶性因子を含む、項目18に記載の方法。
(項目21)
前記無血清培地が、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、およびフィブロネクチンを含む、項目20に記載の方法。
(項目22)
前記神経前駆細胞が、少なくとも約95%のネスチン陽性細胞を含む、項目21に記載の方法。
(項目23)
磁気細胞分離(MACS)によって、NCAM陽性細胞についてエンリッチをおこなうために、ステップ(c)の前記ネスチン陽性神経前駆細胞を選別する、項目5に記載の方法。
(項目24)
前記ネスチン陽性神経前駆細胞が、少なくとも約50〜60%のNCAM陽性細胞を含む、項目23に記載の方法。
(項目25)
ステップ(c)の前記ネスチン陽性NCAM陽性神経前駆細胞を増殖培地で増殖させることを、さらに含む、項目5に記載の方法。
(項目26)
前記増殖培地が、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、ラミニン、プトレッシン、プロゲステロン、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、上皮細胞増殖因子(EGF)、ソニック・ヘッジホッグ(SHH)、線維芽細胞増殖因子−8(FGF−8)、および脳由来神経栄養因子(BDNF)からなる群から選択される1種類以上の可溶性因子を含む、項目25に記載の方法。
(項目27)
前記細胞が6〜10日間にわたって前記増殖培地で増殖する、項目26に記載の方法。
(項目28)
1種類以上の集団を倍加させるために、前記細胞を培養し、そして連続的に継代する、項目26に記載の方法。
(項目29)
前記細胞が液体窒素中で凍結保存される、項目26に記載の方法。
(項目30)
前記分化培地が、ウシ胎仔血清、B27、アスコルビン酸、およびN−アセチル・システインが補充された神経基本培地を含む、項目5に記載の方法。
(項目31)
前記分化培地が、アスコルビン酸、N−アセチル・システイン、グリア細胞系由来神経栄養因子(GDNF)、ジブチリル環状AMP(db−cAMF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューチュリン、ソニック・ヘッジホッグ・タンパク質(SHH)、および線維芽細胞増殖因子−8(FGF−8)からなる群から選択される1種類以上の分化剤を、さらに含む、項目5に記載の方法。
(項目32)
前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化培地で30〜50日間にわたり増殖させる、項目5に記載の方法。
(項目33)
神経前駆細胞からドーパミン作動性神経細胞を生成する方法であって、
ネスチンに陽性の細胞として、前記神経前駆細胞をエンリッチし、前記ネスチン陽性細胞をTGF−β3またはインターロイキン−1βあるいは両方の存在下で培養することで前記ネスチン陽性細胞を分化させて、ドーパミン作動性神経細胞を生成する、ドーパミン作動性神経細胞生成方法。
(項目34)
少なくとも約40%の前記ネスチン陽性細胞がドーパミン作動性神経細胞に分化する、項目33に記載の方法。
(項目35)
NCAMに陽性の細胞として、前記神経前駆細胞をエンリッチすることを、さらに含む、項目33に記載の方法。
(項目36)
前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させてドーパミン作動性神経細胞を生成する、項目34に記載の方法。
(項目37)
少なくとも約60%の前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞が、ドーパミン作動性神経細胞に分化する、項目36に記載の方法。
(項目38)
神経前駆細胞からセロトニン作動性神経細胞を生成する方法であって、
ネスチンおよびNCAMに陽性である細胞として、前記神経前駆細胞をエンリッチすること、ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させて、前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞をTGF−β3またはインターロイキン−1βあるいは両方の存在下で培養することで前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させて、セロトニン作動性神経細胞を生成する、セロトニン作動性神経細胞生成方法。
(項目39)
少なくとも30%の前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞がセロトニン作動性神経細胞に分化する、項目38に記載の方法。
(項目40)
神経変性障害または神経疾患を持つ患者を処置する方法であって、
(a)霊長類の多能性の幹細胞の培養を増殖させるステップと、
(b)前記多能性の幹細胞を培養して、ネスチンに陽性の神経前駆細胞を選択するステップと、
(c)NCAM陽性細胞をエンリッチするための前記ネスチン陽性神経前駆細胞を選別するステップと、
(d)TGF−β3またはインターロイキン−1βあるいは両方を含む分化培地でネスチン陽性NCAM陽性細胞を培養することで、前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させて分化した神経細胞集団を生成するステップと、
(e)治療上有効量の前記分化した神経細胞集団を、患者の中枢神経系に移植するステップと、
を含む、処置方法。
(項目41)
前記霊長類の多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である、項目40に記載の方法。
(項目42)
前記分化した神経細胞集団からドーパミン作動性神経細胞を単離し、該ドーパミン作動性神経細胞を前記患者に投与することを、さらに含む、項目40に記載の方法。
(項目43)
前記神経変性障害または神経疾患が、パーキンソン病、アルツハイマー病、ハンチントン病、脊髄損傷、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、てんかん、脳卒中、および虚血からなる群から選択される、項目40に記載の方法。
(項目44)
前記分化した神経細胞集団が、前記患者の脳に移植される、項目40に記載の方法。
別の実施形態では、本明細書に記載したように、霊長類の多能性の幹細胞に由来する分化した神経細胞を用いて、化合物(例えば低分子および薬物)のスクリーニングを、分化した神経細胞または該細胞の活性に対するそのような化合物の効果について、おこなうことができる。このような化合物のスクリーニングは、神経細胞毒性または変調についてもおこなうことができる。化合物を分化した神経細胞の集団に添加して細胞の生存率、形態、表現型、機能的活性、または他の特徴を、該化合物にさらしていない点を除いては同様の条件下で培養の分化した神経細胞と比較することで、化合物の評価をおこなうこといができる。例えば、上記化合物は、神経伝達物質の合成、放出、または細胞による取り込みの変化に作用するかどうかについて決定するために、スクリーニングされる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
以下の図面は、本明細書の一部を形成し、本発明の開示のいくつかの態様をさらに説明するために含まれ、本発明の開示は、本明細書に示した特定の実施形態の詳細な説明と組み合わせて1つ以上のそれらの図面を参照することで、よりよく理解され得る。
【図1】図1は、ネスチンに陽性であるヒト胚幹細胞に由来する神経前駆細胞を示す。(A)は、ネスチン・マーカーに対して免疫反応性を示す神経前駆細胞、(B)は、選択された増殖因子の存在下で、無血清条件下、増殖したネスチン陽性細胞の位相差顕微鏡写真である。
【図2】図2は、ヒト胚幹細胞に由来し、かつNCAM−FITCによって標識されたネスチン陽性細胞のFACS分析を示す。(A)は、抗ウサギFITCで処理した未標識細胞の分析を示し、(B)は、NCAMに対する一次抗体で処理され、抗ウサギFITC(二次抗体)によって標識された細胞の分析を示す。この研究では、50〜60%のネスチン陽性細胞がNCAMに対して免疫陽性であった。
【図3】図3Aおよび図3Bは、MACSを用いて選別され、かつ組織培養プレート上で再び平板培養されたヒト胚幹細胞に由来のMCAM陽性細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図4】図4Aおよび図4Bは、ヒト胚幹細胞に由来するMAP−2およびβチューブリンによって標識された神経細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図5】図5は、チロシン・ヒドロキシナーゼ(TH)に陽性の神経細胞の存在を示す。(A)は、約60%の神経細胞が、MACSを用いたNCAM陽性細胞のエンリッチされた集団で、未選別ネスチン陽性細胞の増殖および分化後、THに対して陽性であったことを示す免疫蛍光分析である。(B)は、未選別のネスチン陽性細胞の増殖および分化の後、約40%の神経がTHに対して陽性であったことを示す免疫蛍光分析である。
【図6】図6は、オリゴデンドロサイトの代表的な蛍光顕微鏡写真である。免疫蛍光分析によれば、オリゴデンドライトとして約25〜30%の、単離ネスチン陽性細胞が陽性に染色された。
【図7】図7は、神経伝達物質セロトニンを発現する神経細胞の代表的な蛍光顕微鏡写真である。約30%のネスチン陽性細胞と、同様に約20%のNCAM陽性細胞とが、セロトニンに対して免疫反応性を示す。
【図8】図8は、TH(緑)および別の神経特異的抗体(赤)に対して免疫標識されたドーパミン作動性神経細胞を示す傾向顕微鏡写真であり、(A)はチューブリンとTHとの共存、(B)はMAP−2とTHとの共存、(C)はNurr1とTHとの共存、および(D)はDATとTHとの共存を示す。
【図9】図9は、THに対して陽性のMAP−2陽性神経細胞(ドーパミン作動性神経細胞)の割合を示す棒グラフである。図に示すように、THに陽性の神経細胞の割合は、さらなる分化が7、22、および37日を超えて増加している。
【図10】図10は、NCAM陽性のエンリッチされた細胞での異なる神経細胞集団の定量的分析を示す棒グラフである。約60%のNCAM陽性細胞もまた、THに対して免疫陽性を示した。約30%はセロトニンに対して免疫陽性を示した。さらに、約15%はGABAおよびグルタミン酸塩に対して免疫陽性を示した。
【図11】図11は、免疫蛍光によって分析されるように、ネスチン陽性細胞の増殖および分化の後の異なる神経細胞集団の定量的分析を示す棒グラフである。約40%のネスチン陽性細胞がTHに対して免疫陽性を示した。約30%がセロトニンに対して免疫陽性を示した。約28%がオリゴデンドロサイトに対して免疫陽性を示した。さらに、約2%がグリア線維性酸性タンパク質(GFAP、星状細胞に対するマーカー)に対して免疫陽性を示した。
【図12】図12は、実施例1に開示された条件下でのヒト胚幹細胞の生体外最終分化中でのヒト胚幹細胞の遺伝子発現プロフィールを示す。UD=未分化、EB=胚様体、NS=ネスチン陽性細胞、NE=ネスチン増殖細胞、および残留時点は、実施例1に開示さいたように、細胞を神経基本培地で培養し、増殖因子で選択した日数を示す。ドーパミン作動性神経細胞に特異的な因子(例えばNurr1、En−1、およびD2RL)は、分化の初期段階過程で発現される。ドーパミン作動性神経細胞特異的遺伝子THの発現は、未分化幹細胞を除く全ての段階で観察された。DBHのいかなる発現も存在しないことで、これらの細胞の中脳表現型が確認された。
【図13】図13は、分化の7、22、および37日目にRP−HPLCで測定した細胞ライセート中の細胞内ドーパミン・レベルを示す。増殖因子の存在下で、ドーパミン・レベルは、未処理細胞(1〜4μg/ml)よりもかなり高かかった(4〜6μg/ml)。7および22日目でMPTA処理細胞ではドーパミンが検出されなかったが、37日目でドーパミン・レベルの減少がみられた。
【図14】図14は、分化の7、22、および37日後に馴化培地で培養した分化細胞でドーパミン放出がKClによって生ずることを示した棒グラフである。細胞を56mMKClで15分間にわたって刺激してドーパミン分泌が増加した。培養懸濁液を7.5%オルトリン酸およびメタ重亜硫酸ナトリウム(メタ重亜硫酸ナトリウム)によって安定化した。
【発明を実施するための形態】
【0026】
発明の詳細な説明
本発明の開示は、多能性の幹細胞から分化する神経血統の細胞の効果的な生成方法を提供する。本明細書中で生成される細胞として、限定されるものではないが、神経前駆細胞、ドーパミン作動性、セロトニン作動性、コリン作動性、および感覚神経細胞、さらにまた星状細胞およりオリゴデンドロサイトの表現型の特徴を持つ細胞が挙げられる。本明細書で生ずる細胞は、そのような細胞の評価をおこなう当業者によって容易に理解される表現型の特徴、形態学的特徴、および/または細胞マーカーによって、同定される。本明細書で使用するように、「神経前駆細胞(neuroprogenitor cell)」という用語は、「神経前駆細胞(neural progenitor cell)」または「神経前駆細胞(neural precursor cell)」という用語と相互に置き換えることができ、神経前駆体もしくは神経細胞等の神経細胞あるいはグリア前駆体、星状細胞、もしくはオリゴデンドロサイト等のグリア細胞のいずれかである子孫を生成することができる。本明細書中に開示される方法は、細胞が神経系列の細胞に分化するのを促進する環境条件と可溶因子との組み合わせで、細胞を培養することを含む。さらに、物理的分離またはマニピュレーション技術を用いて、さらに所望の神経細胞型についてエンリッチすることができる。
【0027】
これらの前駆体および分化した神経細胞を数多くの用途に用いることができ、該用途として、治療および実験用途、同様に生体外薬物開発およびスクリーニング(例えば、神経細胞毒性に関する化合物もしくは神経細胞の機能を修飾する能力)が挙げられる。
【0028】
多能性の幹細胞に由来する前駆体および分化した神経細胞(例えば、ドーパミン作動性神経細胞およびセロトニン作動性神経細胞、同様に他の特化した神経細胞型)は、神経変性障害および神経疾患を患っている個体に対して、相当な潜在的利点とともに、これらの神経の潜在的に非限定的な供給元を提供する。本明細書中に記載した前駆体および分化した神経細胞は、一般に、該神経細胞が由来する細胞集団の子孫であることから、本質的に親集団(遺伝的改変、形質転換、またはトランスフェクションされた親集団を含む)と同じゲノムを有する。
【0029】
本発明の開示の一実施形態は、多能性の幹細胞、好ましくはドーパミン作動性神経細胞等の中脳神経の特徴を持つ霊長類胚幹(ES)細胞または霊長類胚生殖(EG)細胞から神経細胞を生成する方法に関する。別の実施形態は、多能性の幹細胞、好ましくはセレトニン作動性神経細胞等の後脳神経の特徴を持つ霊長類ES細胞または霊長類EG細胞から神経細胞を生成する方法に関する。これらの方法で使用し得る霊長類ES細胞またはEG細胞は、最も好ましくはヒトES細胞またはEG細胞である。これらの神経は、ある種の可溶性因子および環境条件の存在下で細胞を培養することで、多能性の幹細胞から誘導される。
【0030】
本明細書で用いられるように、「ドーパミン作動性神経(dopaminergic neurons)」という用語は、ドーパミン合成の律速酵素であるチロシン・ヒドロキシラーゼ(TH)を発現する神経細胞のことをいう。好ましくは、ドーパミン作動性神経細胞は、神経伝達物質ドーパミンを分泌し、ドーパミン−β−ヒドロキシラーゼをほとんど発現しない。ドーパミン作動性神経細胞は、生体内で線条体、大脳辺縁系、および新皮質を神経支配して、運動ニューロンを含む神経細胞のいくつかの他の種類と共に、腹側中脳にある。ドーパミン作動性神経細胞は、特に中脳の黒質に位置して、姿勢反射、運動、および報酬関連挙動を制御する。正常機能的ドーパミン作動性神経細胞の喪失によって、パーキンソン病が生じ、その異常な機能は統合失調症および薬物嗜癖を伴っている。本明細書で用いられるように、「セロトニン作動性神経細胞」とは、神経伝達物質セロトニン(5−ヒドロキシトリプタミン)を分泌する神経細胞のことをいう。セロトニン作動性神経細胞は、概して発射の緩徐性、周期的パターンを有し、生体内で後脳の腹側面および腹外側面に集中しており、また大脳皮質、大脳辺縁系、および脊髄を含む中枢神経系の大部分を神経支配する。これらの神経細胞は、認識、興奮、挙動、および摂食行動のレベルを制御する。セロトニン作動性神経細胞の異常機能は、攻撃性、鬱(自殺行為を含む)、および精神分裂症に結びついている。
【0031】
本発明の開示は、改善された方法に関するもので、該方法は、多能性の幹細胞を神経前駆細胞に分化、また同様に、神経系列の細胞に対して表現型、分子、および/または細胞の特徴が同じ神経細胞の分化した集団に、分化させる。多能性の幹細胞は、ヒトES細胞であり、分化した神経細胞はドーパミン作動性神経細胞またはセロトニン作動性神経細胞である。本発明の開示はまた、開示された方法によって生産される細胞と細胞集団とに関するものである。いくつかの実施形態では、開示された方法は、以下のステップを含む。すなわち、
1.多能性の幹細胞の母集団を単離する。多能性の幹細胞は、新規レーザー・アブレーション法を使用して誘導される好ましくはES細胞である。
【0032】
2.多能性の幹細胞を増殖して、充分な出発原料を提供する。
【0033】
3.多能性の幹細胞を懸濁培養して、胚様体を生成する。
【0034】
4.胚様体を基質上で再び平板培養し、ネスチンに対して陽性である神経前駆細胞を選択する無血清培地でインキュベートする。
【0035】
5.ネスチン陽性細胞を選別して、NCAMに陽性の細胞のエンリッチされた集団を単離する。
【0036】
6.ネスチン陽性および/またはNCAM陽性神経前駆細胞を、神経系に関連した可溶性因子を含む増殖培地で増殖させる。
【0037】
7.ネスチン陽性および/またはNCAM陽性神経前駆細胞を、神経系に関連した可溶性因子の組合せを含む神経基本培地で、成熟した神経細胞に分化させる。
多能性幹細胞の供給源
多能性幹細胞から神経系列の細胞を分化させるための本明細書に開示される方法は、著しく高い割合の多能性幹細胞を特定の神経細胞型に分化させることを目的とする特定の培養条件を用いることを伴う。多能性の幹細胞は、前胚、胚、または受精後の任意の時間の胎児の組織に由来するもので、適当な条件下で、いくつかの異なる細胞型に分化することが可能であり、該細胞型は全体で3つの胚葉(内胚葉、中胚葉、および外胚葉)の誘導体である。神経系列の細胞は、分化する能力を有する胎児または成体組織から単離される幹細胞に由来することもでき、あるいは神経系列の細胞に再プログラムされることもできる。多能性の幹細胞は、限定されるものではないが、哺乳類のES細胞およびEG細胞(望ましくは霊長類またはヒトES細胞およびEG細胞)を含む。望ましくは、未分化の多能性幹細胞は、培地中で分裂して際限なく増殖する能力を有する。本明細書で用いられるように、用語「分化(differentiation)」とは、未分化の多能性幹細胞または前駆体細胞がより特化した運命を獲得するプロセスのことをいう。例えば、分化細胞は特定の細胞型または組織に特徴的である表現型を有する。
【0038】
好ましい実施形態において、本明細書中に使用されるES細胞およびES細胞系は、胚盤胞の内細胞塊に由来する。これらの胚盤胞は、回収された生体内受精移植全胚から単離、または生体外受精(IVF)(例えば、従来の授精、細胞質内精子注入法、または卵質移植)であってもよい。ヒト胚盤胞は、自発的に余剰胚を寄付する夫婦または提供者から得られる。これらの夫婦または提供者からの書面による自発的同意を獲得した後に、これらの胚を研究目的のために用いる。あるいは、胚盤胞は、ヒトまたはヒト以外の除核卵母細胞に、体細胞または細胞核の移動によって誘導することが可能であり、それによって刺激されて胚盤胞段階に成長していく。使用される胚盤胞は凍結保存されたものであってよく、あるいは初期の段階で凍結保存されて胚盤胞段階の胚にまで成長し続けることが可能となる胚から得られたものでもよい。胚盤胞と内細胞塊との両方の成長は、種によって異なるものであり、当業者によく知られている。
【0039】
霊長類またはヒトES細胞は、標準的な免疫手術法を用いて胚盤胞から誘導することが可能であり、例えば該免疫手術法は、米国特許第5,843,780号および第6,200,806号、Thomson et al.,(Science 282:1145−1147,1998)、および Reubinoff et al.,(Nature Biotech 18:399−403,2000)に開示されており、各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する。当業者に知られている方法のいくつかによって誘導されたES細胞を開示された方法で用いることができるにもかかわらず、好ましい実施形態は、独特のレーザー・アブレーション法によって誘導したヒトES細胞を用いる(米国特許出願番号第10/226,711号、この内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。手短に言えば、この方法は、透明帯の一部と胚盤胞の栄養外胚葉とのレーザー・アブレーションを通して、胚盤胞の内細胞塊から、細胞を単離するもので、該レーザー・アプレーションは胚盤胞にアパーチャーまたは穴を形成し、このアパーチャーまたは穴を介して内細胞塊を吸引することができる。次に、これらの細胞をさらに培養することで、ES細胞系を確立することができる。この技術は、有利である。なぜなら、従来の免疫手術の扱いにくい手順を実施することなく、内細胞塊の細胞を単離することが可能となるからである。さらに、この技術を用いて生成したES細胞系は、特定のヒトES細胞系で、任意の動物由来抗体および血清が存在しない状態で単離することができ、このことはES細胞系に動物微生物が伝染するリスクを最小化することができる。別の実施形態では、ヒト胎児材料に存在する原生殖細胞に由来するヒトEG細胞を用いる(米国特許第6,090,622号、および Shamblott et al.,1998,Proc.Natl.Acad Sci.USA.95:13726−13731,各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。
【0040】
好ましくは、ES細胞系を、長期間にわたって、例えば1年以上にわたって、未分化状態で培養液中で維持することができ、通常の正倍数体核型を維持することができる。ヒトES細胞の同定は、核と細胞質との比率が高いこと、顕著な核小体、およびコンパクトなコロニー形成(しばしば明確な細胞境界およびマウスES細胞よりも多くの場合平坦である)によって形態学的におこなうことが可能である。ヒトES細胞は、Thomson et al.,(1998),Reubinoff et al.,(2000)、およびBuehr and Mclaren(1993)(各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)に開示されているように、好ましくはヒト多能性ES細胞に対するマーカー(例えば、SSEA−3、SSEA−4、GCTM−2抗原、およびTRA2−60)に対して免疫反応性を示す。望ましくは、ヒトES細胞も、OCT−4と同様に、アルカリホスファターゼを発現する。別の実施形態において、ヒトES細胞は、非付着培養条件下で胚様体を形成することが可能である(米国特許第6,602,711号、本明細書の一部を構成するものとして援用)。これらの胚様体を、他の所望の細胞系譜と同様に、内胚葉、中胚葉、および外胚葉胚葉の分化型誘導体を誘導するのに用いることができる。
【0041】
多能性の幹細胞(特にヒトESまたはEG細胞)を、実質的に未分化状態で細胞を維持する培養条件下で、連続的に増殖させることができる。ES細胞を適当な細胞密度に保ち、繰り返して分離および継代し、その一方で培地を頻繁に交換して分化するのを防がなければならない。細胞培養および培養ES細胞に関する一般的技術に関しては、開業医は標準的教科書および総説を参照することができる。例えば、E.J.Robertson,”Teratocarcinomas and embryonic stem cells:A practical approach” ed.,JRL Press Ltd.1987;Hu and Aunins,1997,Curr.Opin.Biotechnol.8(2):148−53;Kitano,1991,Biotechnology 17:73−106;Spier,1991,Curr.Opin.Biotechnol.2:375−79;Birch and Arathoon,1990,Bioprocess Technol.10:251−70;Xu et al.,.,2001,Nat.Biotechnol.19(10):971−4;and Lebkowski et al.,.,2001,Cancer J.7 Suppl.2:S83−93が挙げられる。各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する。
【0042】
伝統的に、ES細胞は支持細胞の層上で、ES培地で培養される。支持細胞層はES細胞で共培養される1つの組織型の細胞であって、ES細胞が実質的な分化を生ずることなく成長することができる環境を提供する。支持細胞層上でES細胞を培養する方法は、当業者に周知である(米国特許第5,843,780号および第6,200,806号、WO 99/20741、米国特許出願第09/530,346号および第09/849,022号、ならびにWO 01/51616、各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。支持細胞層は、望ましくはES細胞の分化を減少、阻害、または抑制する。支持細胞層は、概して、ヒトまたはマウス起源の胎児線維芽細胞支持細胞層であり、例えば、マウス胎児線維芽細胞、ヒト胎児線維芽細胞、ヒト線維芽細胞様細胞または間充織細胞(ヒト胚幹細胞またはSTO細胞に由来)である。
【0043】
ES細胞はES培地の存在下で好ましくは培養され、ES細胞の分化を減少、阻害、または抑制する。好ましくは、ES細胞の培養に使用されるES培地は、栄養血清、例えばES細胞の成長および生存度を維持するために効果的な栄養分を供給する血清または血清を主成分とする溶液が追加されている。栄養血清は、動物性血清。例えば胎仔ウシ血清(FBS)またはウシ胎仔血清(FCS)であってもよい(米国特許第5,453,357号、第5,670,372号、および第 5,690,296号、本明細書の一部を構成するものとして援用)。ES培地はまた、無血清であってもよい(WO 98/30679、WO 01/66697、および米国特許出願第09/522,030号。各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。ES細胞を培養するための血清による適当なES培地の例は、高グルコース含有量(70〜90%)のダルベッコの改質イーグルの培地(DMEM)(GIBCO)(ピルビン酸ナトリウムを含まず)であり、該培地に、FBSまたはFCS(10〜30%)、β−メルカプトエタノール(0.1mM)、非必須アミノ酸(1%)、およびL−グルタミン2mM、4ng/ml塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、50U/mlペニシリン、50μg/mlストレプトマイシン、ならび1000U/ml白血病阻止因子(LIF)が加えられている。ES細胞を培養するための適当な無血清のES培地の例は、80%の「ノックアウト(KnockOut)」ダルベッコの改質イーグル培地(DMEM)(GIBCO)、20%のKnockOut SR(無血清の代わり、GIBCO)、β−メルカプトエタノール(0.1mM)、非必須アミノ酸(1%)、およびL−グルタミン1mMである。
【0044】
ES細胞を、無支持細胞系培地条件下で培養することも可能である。ES細胞を無支持細胞系培地で培養する方法は、当業者に周知である(米国特許第2002/0022268号、WO 03/020920、および米国特許出願第 10/235,094号、各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。無支持細胞系培地中のES細胞は、適当な培養基質、例えば細胞外基質、Matrigel(登録商標)(Becton Dickenson)またはラミニン上で、好ましくは増殖する。無支持細胞系培地も、ES細胞の増殖を支援するために、好ましくは条件培地を使用する。条件培地を、充分な期間、マウス胎児線維芽細胞またはヒト胎児線維芽細胞細胞の第1の集団を培地で培養することによって調製することで、実質的な分化なしでES細胞を培養することを支援する「条件」培地を生産する。あるいは、無支持細胞系培地を、別の細胞型によって条件づけられていない培養に新たに加えられる効果的な培地で細胞外基質と組み合わせることができる(米国特許第2003/0017589号、この内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。
神経前駆細胞の調製
単離した多能性の幹細胞を増殖し、該幹細胞を神経前駆細胞に分化させる培養条件にさらすことが可能である。多能性の幹細胞を神経分化経路に沿って進めるために、本明細書に開示した分化プロトコールに従って細胞の培養をおこなう。多能性幹細胞の培養を、分化剤(例えば可溶性因子および増殖因子)を含む分化栄養培地中の適当な基質上でおこなう。適当な基質として、限定されるものではないが、正電荷で被覆した固体表面(例えば、ポリ‐L‐リジンまたはポリオルニチン)、細胞外基質成分で被覆された基質(例えばフィブロネクチン、ラミニンまたはMatrigel(登録商標))、あるいはそれらの組み合わせが挙げられる。好ましい分化栄養培地は所望の神経細胞型の増殖、分化、および生存を支持するものであって、1種類以上の適当な分化剤を含むものであってもよい。本明細書で用いられるように、用語「増殖因子(growth factor)」とは、細胞の増殖および分化の活性化を主要な結果とする細胞表面上で受容体に結合するタンパク質のことをいう。適当な可溶性因子として、限定されるものではないが、ニューロトロフィン、マイトジェン(幹細胞因子)、増殖因子、分化因子(例えば、TGF−βスーパーファミリー)、TGF−βスーパーファミリー・アゴニスト、神経栄養因子、抗酸化剤、神経伝達物質、および生存因子が挙げられる。多くの可溶性因子はかなり用途が広く、他のものが特定の細胞型に対して特異的である一方で、数多くの異なる細胞型で細胞分裂を刺激する。
【0045】
特に神経細胞型の分化を促進する適当な分化剤として、限定されるものではないが、プロゲステロン、プトレッシン、ラミニン、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、ニューチュリン、ソニック・ヘッジホッグ(SHH)、ノギン、フォリスタチン、表皮増殖因子(EGF)、任意の型の線維芽細胞増殖因子(例えばFGF−4、FGF−8、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF))、増殖および分化因子5(GDF−5)、ニューロトロフィン・ファミリーのメンバー(神経増殖因子(NGF)、ニューロトロフィン3(NT−ニューロトロフィン4(NT−4)、脳由来神経栄養因子(BDNF)))、形質転換増殖因子α(TGF−α)、形質転換増殖因子β−3(TGFβ3)、血小板由来増殖因子(PDGF−AA)、インスリン様増殖因子(IGF−1)、骨形態形成タンパク質(BMP−2、BMP−4)(グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)、レチノイン酸(RA)、ミドカイン、アスコルビン酸、ジブチリルcAMP、ドーパミン、ならびにgp130と複合体を形成する受容体に対するリガンド(例えば、LIF、CNTF、SCF、IL−11、およびIL−6)が挙げられる。分化栄養培地は、神経細胞(例えばN2およびB27添加物(Gibco))の維持培養を助ける添加物を含んでもよい。
【0046】
多能性の幹細胞が最初に誘導されて胚様体を形成する。胚様体は、細胞外基質成分の有無にかかわらず適当な基質(例えば、フィブロネクチンまたはラミニン)上へ直接平板培養され、神経前駆細胞(例えばネスチン陽性神経前駆細胞)への分化促進に適している適当な分化栄養培地で培養される。ネスチンは、神経前駆体細胞に特有な細胞マーカーである。別の実施形態では、多能性幹細胞は胚様体を形成することによって、例えば多能性幹細胞を懸濁液で培養することによって生じた不均一な細胞集団中に最初に凝集する。これらの細胞を、胚様体で細胞の分化を促進するために、上に列挙した分化剤の1種類以上とともに、血清の有無にかかわらず栄養培地で培養することができる。本明細書で用いられるように、用語「胚様体(embryoid bodies)」とは、多能性幹細胞が懸濁培養で増殖する場合に、または単層培養で過剰に増殖した場合に発生する分化型細胞の凝集のことをいう。胚様体も、細胞の凝集で、未分化細胞を有するものであってもよい。好ましくは、このような細胞凝集は、原始的内胚葉によって囲まれる。胚様体は、一般的に、3種類の胚葉全て、すなわち外胚葉、中胚葉、および内胚葉に由来する細胞を含む。成熟したヒト胚様体では、種々の細胞型(例えば神経細胞、造血性細胞、肝細胞、および心筋細胞)のマーカーを持つ細胞を識別することが可能である。成熟した胚様体に含まれるいくつかの細胞は、分化細胞のように機能的にふるまうことができる。例えば、活発な心筋細胞によって、胚様体を脈動させることができる。好ましくは、特異的な細胞型が治療目的のために得られるように、多能性の幹細胞の分化が制御される。
【0047】
上記胚様体の培養は、該胚様体が十分な大きさまたは所望の分化に達するまでおこなわれ、例えば培養3〜10日後、基質上で平板培養される。好ましくは、上記基質は細胞外基質成分で被覆されており、該基質成分として、限定されるものではないが、ポリ−1−リシン、ポリ−1−オルニチン、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン、Matrigel(登録商標)、またはそれらの組合せが挙げられる。好ましくは、上記胚様体を、細胞を分散させることなく、基質上に直接平板培養する。次に、胚様体を、さらに平板培養された細胞の分化を促進する条件下、例えばネスチン陽性細胞に対して選択的であるITSFn(ネスチン選択)無血清合成培地で、培養する。ネスチンは、感覚上皮で発現される中間のフィラメントタンパク質である。好ましくは、細胞の選択を、5−16日の期間にわたって、ネスチン陽性細胞に関しておこなう。好ましくは、ネスチン陽性細胞の増殖に使用されるITSFn培地は、プロゲステロン、プトレッシン、ラミニン、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、bFGF、SHH、EGF、FGF−2、FGF−8、およびBDNFからなる群から選択される1種類以上の増殖因子で補われるDMEM:F−12である。
【0048】
ネスチン陽性細胞を含むこの不均一な細胞集団を、その後増殖するか、あるいは神経細胞接着因子(NCAM)陽性細胞をエンリッチするために選別する。NCAMは、神経細胞に特徴的な表面マーカーである。ネスチン陽性細胞が選択された直後に、またはネスチン陽性細胞が培地中で増殖した後に、NCAM陽性細胞を選別することができる。いくつかの実施形態では、上記細胞は、NCAMに結合する抗体またはリガンドに細胞を接触させることによって、NCAM陽性細胞について選別された後、特異的に認識された細胞の分離が、適当な免疫学的技術(例えば免疫標識および蛍光選別)によっておこなわれ、該技術として例えば固相吸着、蛍光活性化細胞ソーティング(選別)(FACS)、細胞表面マーカーのためのフロー免疫細胞化学、フローサイトメトリー・アッセイ、または磁気細胞分離(MACS)が挙げられる。NCAM陽性細胞を単離するための他の方法として、限定されるものではないが、差次的平板培養(differential plating)、汚染細胞の免疫特異的溶解、または収集技術が挙げられ、これらは当業者に周知である。好ましい実施形態では、ネスチン陽性細胞の選別(例えば、MACSによる)は、生存可能な値浮沈陽性細胞の集団をエンリッチし、NCAMを約40〜70%、好ましくは約60%〜80%、より好ましくは約85%ないし90%、さらに最も好ましくは約95%ないし99%発現する。
【0049】
一実施形態では、ヒトES細胞を適当な培地中で支持細胞が存在しない状態で細菌学的プレート上で培養することによって、上記胚様体をヒトES細胞から生成する。好ましくは、ヒトES細胞をクラスターに分離した後、非付着プレートで平板培養することで、胚様体の発現を促進する。適当な培地は、好ましくは高グルコースのDMEMを含むとともに、10〜20%のFCSが添加されている。他の補助剤(サプリメント)をこの培地に加えてもよく、例えば0.1mMの2‐メルカプトエタノール、2mM L−グルタミン、50U/mlのペニシリン、50μg/mlのストレプトマイシンが挙げられる。胚様体を、好ましくは4〜8日の間成長させた後、該胚様体を再び、ネスチン陽性細胞の選択のために0.1%ゼラチン含有ITSFn無血清培地で被覆された培養プレート上で平板培養する。好ましくは、上記ITSFn無血清培地は、ネスチン陽性細胞を選択する、増殖因子、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、およびフィブロネクチンを増殖因子で補われた基本培地DMEM:F−12(1:1)またはIMDM培地を含む。
【0050】
好ましい実施形態では、ネスチン陽性細胞は、NCAM陽性細胞を単離するために、MACSによって選別される。NCAM陽性細胞は、神経前駆細胞の割合増加を促進し、より分化した表現型に適応するように該細胞を誘導する培地中で、実質的に増殖する。好ましくは、NCAM陽性細胞の培養を、細胞外基質成分(例えばポリ−1−リシン、ポリ−1−オルニチン、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン、およびMatrigel(登録商標)、またはそれの組合せで事前に被覆(プレコーティング)された基質上でおこなう。細胞外基質による培養皿のプレコーティングは、増殖培地でより良好な付着と増殖とを可能に、またドーパミン作動性神経細胞分化にとって良好な結果を与える。細胞は、増殖培地で培養される、細胞を増殖培地、例えば、プロゲステロン、プトレッシン、ラミニン、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、bFGF、SHH、EGF、FGF−2、FGF−8、BDNF、PDGF、IGF−1、CTNF、およびNT−3からなる群から選択される1種類以上の増殖因子が補われているDMEM/F12培地で培養する。いかなる特定のメカニズムによって結合することを望まないが、増殖培地に存在するこれらの種々の因子が神経細胞の割合の全体的増加に貢献し、中脳神経前駆細胞をさらに誘導してドーパミン作動性神経細胞表現型を選ぶと考えられている。好ましい実施形態では、ネスチン陽性NCAM陽性前駆細胞は、3〜10日にわたる増殖が許される。これらの細胞をまた、少なくとも30回の集団倍加にわたって継代培養し、分化能がなんら喪失することなくさらに使用するために凍結することもできる。
ドーパミン作動性およびセロトニン作動性神経細胞の分化
本明細書中に開示される方法によって調製される神経前駆細胞は、さらに分化して高い割合の成熟した神経細胞、例えばドーパミン作動性神経細胞およびセロトニン作動性神経細胞になる。神経前駆細胞は、星状細胞およびオリゴデンドロサイトにさらに分化することもできる。好ましくは、ネスチン陽性および/またはNCAM陽性神経前駆細胞は、最終的に分化した神経細胞または成熟した神経細胞への前駆細胞の分化を促す神経基本培地で5〜60日間増殖する。好ましい実施形態では、上記神経基本培地(Gibco)は、10%FBSもしくはDCS、B27、およびインターロイキン−1β、ジブチリル環状AMP(db−cAMP)、グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)、形質転換増殖因子β3(TGF−β3)、形質転換増殖因子α(TGFα)、ニューチュリン、SHH、アスコルビン酸、BDNF、FGF−2、FGF−8、N−アセチル・システイン、C−キット・リガンド、レチノイン酸、NT−3、BMP−2、およびBMP−4が挙げられる。好ましい実施形態では、上記神経基本培地として、1種類以上の以下の因子、すなわちインターロイキン−1β、db−cAMP,GDNF、TGF−β3、ニューチュリン、SHH、アスコルビン酸、BDNF、FGF−8、およびN−アセチル・システインを含む。加えて、神経前駆細胞の分化、増殖、または両方を助長する因子のいくつかまたは全てを取り下げることで、分化が促進される場合もある。
【0051】
好ましくは、神経前駆細胞が高い割合でドーパミン作動性神経細胞、セロトニン作動性神経細胞、またはオリゴデンドロサイトに分化し、例えば、少なくとも細胞の20%、25%、30%、35%、40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、または99%である。また、1つの神経細胞型(例えばドーパミン作動性神経細胞)を、分化した神経細胞の集団から、免疫標識および蛍光選別(例えば、固相吸着、FACS、およびMACS)等の当業者に周知の方法によって、さらに精製することができる。1つの好ましい実施形態では、NCAM−陽性細胞の免疫吸着によってエンリッチされた集団を適当な培地で増殖および分化させることで、高い割合(約60%)のドーパミン作動性神経細胞が得られる。
神経前駆細胞および分化した神経細胞の用途
本明細書に記載する神経前駆細胞および分化した神経細胞(例えば、成熟した神経細胞、最上細胞、およびオリゴデンドロサイト)を種々の用途、例えば治療への応用、さらにまたそれらの細胞に作用する小分子薬等の種々の化合物の生体外評価およびスクリーニングに利用することができる。これらの細胞は、該細胞の発現パターンを分析するために、使用した特定の細胞に対するマーカーに特異的なモノクローナルまたはポリクローナル抗体の調製と同様に、当業者に周知の技術を用いて、cDNA発現ライブラリーを調製するために用いることもできる。これらの細胞を、消耗性の神経変性障害および神経疾患を患っている個体の利益のために、治療として使用することもできる。
【0052】
本発明の開示は、そのような治療を必要とする被験体での中枢神経系(CNS)機能を修復するために、本明細書中に記載される神経前駆細胞および分化した神経細胞の使用を提供する。例えば、これらの細胞は、治療している疾患または条件に依存して、CNSの実質またはくも膜下腔内の部位に直接移植することによって、治療として用いることができた。これらの細胞を、神経系に対する急性または慢性的な損傷、また消耗性神経変性障害および神経疾患を処置するために、用いることができ、消耗性神経変性障害および神経疾患として、例えばパーキンソン病、アルツハイマー病、ハンチントン(舞踏)病、脊髄損傷、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、てんかん、脳梗塞、および虚血が挙げられる。
【0053】
本発明の開示の一実施形態は、神経変性障害または神経疾患を処置する方法に関し、該方法は、多能性の幹細胞(好ましくははヒト多能性の幹細胞)に由来するドーパミン作動性神経細胞の治療上有効な量を投与または移植することによるドーパミン作動性神経細胞の変質または破壊によって特徴づけられている。別の実施形態では、本発明の開示は、神経変性障害または神経疾患を処置する方法に関し、該方法は、多能性の幹細胞(好ましくはヒトの多能性の幹細胞)に由来するセロトニン作動性神経細胞の治療上有効な量を投与または移植することによるセロトニン作動性神経細胞の変質または破壊によって特徴づけられている。好ましくは、神経変性の疾患または神経疾患を患っているヒト患者の処置を、本発明の開示の治療上有効な量の神経前駆細胞と分化した神経細胞とをその患者に移植することによっておこなう。この明細書で使用されるように、「治療上有効な量(therapeutically effective amount)」の細胞とは、分化した神経細胞、例えば成熟した神経細胞(例えば、ドーパミン作動性もしくはセロトニン作動性神経細胞)、星状細胞、およびオリゴデンドロサイトの喪失、損傷、または変質によって引き起こされる被検体での生理作用を抑制または改善するのに十分な量のことをいう。
【0054】
使用した細胞の治療上有効な量は、被検体の要求、被検体の年齢、生理学的状態、および健康、所望の治療的効果、治療のための標的となる組織の領域の大きさ、病変の程度、ならびに選択された送達ルートに依存する。例えば、脳のより大きい領域に影響を及ぼしている疾患の処置は、より小さい標的部位と比較して治療効果を達成するために、より多くの細胞を必要とするとはずである。細胞用量の低い複数の小さな移植片を用いて、所定の標的組織内の複数の部位に細胞を投与することも可能である。本発明の開示の細胞を、例えば単細胞懸濁液作るために移植前に完全に分離しても良く、あるいは細胞の小さな凝集を作るために、移植前にほぼ完全に分離してもよい。細胞が目的とする組織部位に移植または移動可能となるように、また機能的欠損領域を再構築または再性するようにして、細胞を投与してもよい。
【0055】
治療的効果を達成するために投与される適当な範囲の細胞数は、約100から約1,000,000神経細胞、好ましくは約500から約500,000神経細胞、または約1,000から約100,000神経細胞である。被検体に投与される神経細胞の治療上の濃度もまた、医薬的に許容される担体1μlあたり約10、100、500、1000、5000、10,000、15,000、20,000、25,000、30,000、35,000、40,000、45,000、50,000、60,000、70,000、80,000、90,000、100,000、150,000、200,000、250,000、300,000、350,000、400,000、450,000から約500,000細胞までの範囲内である。担体中の細胞の濃度範囲は、例えば、100〜50,000細胞/μl、1000〜10,000細胞/μl、5000〜25,000細胞/μl、15,000〜45,000細胞/μl、20,000〜50,000細胞/μl、55,000〜200,000細胞/μl、100,000〜40,000細胞/μl、150,000〜50,000細胞/μlである。移植組織部位に移植される細胞の数は、治療効力にも影響を及ぼす。
【0056】
治療への応用のために、前駆体または分化した神経細胞の集団が任意の未分化多能性幹細胞でも実質的に純粋であることが、多くの場合、好ましい。
治療的な調製から多能性の幹細胞を除去するための1つの戦略は、ベクターで細胞をトランスフェクトすることであり、該ベクターは未分化細胞で優先して発現される遺伝子を有し、該発現は多能性の幹細胞に対して選択される。未分化細胞で優先して発現される適当なプロモータは、テロメラーゼ逆転写酵素(TERT)プロモータとOCT−4プロモータとである。ベクターで発現される遺伝子は、例えば細胞(例えば毒素)に対する溶解薬であってもよく、あるいは外部物質を適用することによって選択することができる。
【0057】
本明細書中に開示されたように、多能性の幹細胞からドーパミン作動性神経細胞とセロトニン作動性神経細胞とを生成する能力は、種々の神経変性障害と神経疾患の移植治療のために、大きな臨床的関連である。例えば、ドーパミン作動性神経細胞を、姿勢反射、運動、および報酬関連挙動の調節で異常であることによって特徴づけられる神経変性障害および神経疾患(例えばパーキンソン病、統合失調症、および薬物嗜癖、さらにまたパーキンソン様の症状(例えば運動不能症、渇感欠如、無摂食症、感覚の軽視のような安静時振せん、剛性、運動不能症、および姿勢異常)をもたらす外傷または他の疾病による病巣)を処置するのに用いられることができる。その上、セロトニン作動性神経細胞は、摂食行動、ホルモン分泌、ストレス応答、疼痛と免疫機能、性的活動、心臓血管機能、温度制御(例えば種々の精神医学的、神経学的、および他の疾患、例えば、精神的低下、自殺、激しい攻撃行動、強迫性の挙動、摂食障害/過食症、ならびに統合失調症)の調節が異常であることで特徴づけられる神経変性障害と神経疾患とを処置するのに用いることができる。
【0058】
別の実施形態では、本発明の開示は、神経変性障害または神経疾患を処置するために、1種類以上の神経生存因子と、多能性幹細胞に由来する本発明の開示の神経前駆細胞と分化した神経細胞とを、同時投与することに関する。神経生存因子は、所望の細胞の投与に先立って、同時に、または組み合わせて、またはその後に、投与することが可能である。本明細書で用いられるように、「神経生存因子(neuronal survival factor)とは、因子が存在しない場合よりもより長時間にわたって生きるための因子と接触している神経(生体外または生体内のいずれか)を生ずる任意の物質である。本発明の治療的な実施形態で使用可能な神経生存因子は、限定されるものではないが、グリア由来神経栄養因子(GDNF)、神経増殖因子(NGF)、毛様体神経栄養因子(CDNF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューロトロフィン−3(NT−3)、ニューロトロフィン−4(NT−4)、FGF、IL−1β、TNFα、インスリン様増殖因子(IGF−1、IGF−2)、さらに形質転換増殖因子β(TFG−β、TFG−β1)が挙げられる。
【0059】
GDNFが胚性中脳腹面中脳ドーパミン作動性神経細胞のための生体外栄養活性を有することは、知られている(Lin et al.,1993,Science 260:1130−1132;Lin et al.,1994,J.Neurochem.63:758−768)。組み換え型ヒトGDNFもまた、生体内でドーパミン作動性線維の急激な成長を誘導(Hudson et al.,1993,Soc.Neurosci.Absir.19:652)、ラット黒質のドーパミン代謝回転を増加(Miller et al.,.,1994,Soc.Neirosci.Abstr.20:535−7)、神経細胞を6−OHDA病巣から保護して、眼内(in oculo)での黒質の組織のラット胎児移植組織の増殖および繊維形成とを増大(Stromberg et al.,1993,Exp.Neurol.124:401−412)させることを示した。BDNFは、末梢感覚ニューロン、ドーパミン作動性神経細胞、および網膜神経節のための栄養因子であり(Henderson et al.,1993,Restor.Neurol.Neurosci.5:15−28)、また生体外および生体内で正常に生ずる細胞死を防ぐことが示されている(Hofer and Barde,1988,Nature 331:161−262)。
【0060】
本明細書で用いられるように、用語「処置(treatment)」または「処置する(to treat)」とは、治療的処置および予防または予防的対策のことをいう。したがって、処置を必要とするものには、既に神経変性障害または神経疾患を持つもの、同様に神経変性障害または神経疾患が予防されるものが含まれる。本発明の開示の方法は、処置を必要とするいっさいの哺乳類を処置することにも用いられ、該哺乳類として、限定されるものではないが、ヒト、霊長類、および家庭、農場、ペット、またはスポーツ用の動物、例えば、イヌ、ウマ、ネコ、ヒツジ、ブタ、および牛が挙げられる。「障害(disorder)」とは、本発明の開示の神経前駆細胞、分化した神経細胞または両方の種類の細胞で処置から得られる利益を受ける任意の状態である。ドーパミン作動性神経細胞の移植の利益を受ける疾患の実施例は、不適当な姿勢反射、運動、報酬関連挙動、例えばパーキンソン病、統合失調症、および薬物嗜癖に関連している障害である。セロトニン作動性神経細胞の移植の利益を受ける障害の例は、認識、興奮、挙動、および摂食行動であり、限定されるものではないが、攻撃性、鬱(自殺行為を含む)、統合失調症、摂食障害/過食症を含む異常によって特徴づけられる。本発明の開示の細胞で処置を利益を受けることもできる他の障害は、アルツハイマー病、ハンチントン(舞踏)病、および巨大結腸である。
【0061】
本発明の開示の方法を、本発明の開示の「神経前駆細胞または分化した神経細胞」を病変部に直接移植することによって、有利に実行することができる。神経の移植および細胞培養に関する方法は、当業者に周知である(例えば、米国特許第5,514,552号;Yurek and Sladek,1990,Annu.Rev.Neurosci.13:415−440;Rosenthal,1998,Neuron 20:169−172;Vescovi et al.,1999,J.Neurotrauma 16(8):689−93;Vescovi et al.,.,1999,Exp.Neuro.156(1):71−83;Brustle et al.,.,1999,Science 285:754−56;各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。一実施形態では、本発明の開示のドーパミン作動性神経細胞は、パーキンソン病に罹っている患者の黒質または線条体に移植してもよい。細胞は、単独で、または他の因子(例えば、神経生存因子)と組み合わせて送達してもよく、また医薬的に許容されるベヒクルとともに送達してもよい。理想的には、そのようなベヒクルは、細胞の安定性および送達特性を高める。
【0062】
本発明の開示はまた、適当なビヒクル(リポソーム、微小粒子、またはマイクロカプセル)を使用して投与される細胞を含む医薬組成物も提供する。本発明の開示の細胞を、医薬組成物の形態で供給することも可能であり、該組成物は、等張性の賦形剤を含み、ヒト投与にとって十分に無菌である状態で調製した。細胞組成物の医薬の製剤の一般的な原理は、Cell Therapy:Stem Cell Transplantation,Gene Therapy,and Celllular Immunotherapy,G.Morstyn & W.Sheridan eds,Cambrigge University Press,1966,およびHemmatopoietic Stem Cell Therapy,E.,Ball.J.Lister & P.Law,Churchill Livingstone,2000(各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)に見いだせる。その上、処置を必要とする領域に局在的に神経生存因子を含んでいる医薬組成物を投与することは、好ましいと考えられ、例えば、手術中の局所点滴、注射、カテーテル手段、またはインプラント手段によって達成可能である。そのようなインプラントは、多孔性、非多孔性、もしくはゼリー状の材料であり、例えば膜(例えば、サイラスティック膜または線維)であり得る。
【0063】
本発明の開示の神経前駆細胞および分化した神経細胞は、実質的に同種、ほとんど同種、または不均一な細胞集団のいずれかに対して、被検体に移植することができる。実質的に同種の細胞集団は、75%を上回る単細胞型、例えばドーパミン作動性またはセロトニン作動性神経細胞、より好ましくは約90%、最も好ましくは95%ないし99%である。異質細胞集団は、ドーパミン作動性神経細胞、セロトニン作動性神経細胞、シュワン細胞、オリゴデンドロサイト、星状細胞、GABA神経細胞、およびグリア細胞等の単一の細胞集団、例えば混合された2種類以上の細胞種からなる。上記細胞もまた、当業者に周知の方法によって遺伝的に改変することが可能であり、それによって脳、中枢神経系、末梢神経系、または他の組織の損傷部位で、栄養因子、増殖因子、神経生存因子、または他の治療的化合物が発現または放出される。タンパク質発現のためのプロモータと細胞型組合せの使用は、通常、分子生物学の当業者に知られており、例えば、Sambrook,et al.,1989,Molecular Cloning:A Laboratory Manual 2nd Ed.Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,NY,を参照せよ(各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。
【0064】
本発明の開示の神経前駆細胞および分化した神経細胞において、栄養因子、増殖因子、神経生存因子、または他の治療的な化合物の発現を達成するために、適当な調節要素は種々の供給源に由来することができ、当業者によって容易に選択される。調節要素の例として、転写プロモーター、エンハンサー、RNAポリメラーゼ結合配列が挙げられ、同様に翻訳開始シグナルを含むリボソーム結合配列も挙げられる。他の付加的な遺伝因子、例えば選択可能なマーカーまた、組み換え分子に組み込むことができる。生体外送達ビヒクルまたは生体内技術を用いて、組換え分子を多能性の幹細胞、または多能性幹細胞由来神経前駆細胞もしくは分化した神経細胞に導入することができる。送達技術の例として、レトロウイルスベクター、アデノウイルス・ベクター、DNAウイルス・ベクター、リポソーム、物理的技術(例えば、マイクロインジェクション、電気穿孔法、またはリン酸カルシウム沈殿)、あるいは組換え型の細胞をつくる転移のための当業者に公知の他の方法が挙げられる。遺伝子組換細胞はミクロスフェアにカプセル化することができ、疾患に罹った組織または傷害を負った組織内に、または近くに移植することができる。用いたプロトコールは、当業者に周知のものであり、例えば、Ausubel et al.,Current Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons,New York,N.Y.,1997,に見いだせる(この内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。
【0065】
パーキンソン病に罹った患者での神経移植を伴う臨床実験を、脳損傷部位に対する胎児胚神経細胞またはパラニューロン組織移植片のレシピエントとしてパーキンソン症候群の種々の動物モデルを使用することによって、おこなった。胎児ドーパミン作動性神経細胞移植片による動物実験では、そのような移植片はドーパミン作用欠損を覆すことができ、黒質線状体ドーパミン作動系の実験的な病巣で、動物で運動機能を修復することができた。例えば、14〜16日齢の胚から得た通常の中脳細胞は、免疫抑制の処置なしで同種移植片または異種移植片として、妊娠後期の提供者から採取したものよりも、有利に用いられた(Yurek and Sladek,1990,Annu.Rev.Neurosci.13:415−440)。面白いことに、これらの齢は、ドーパミン作動性神経細胞がそれらの最終的な細胞分裂を受ける在胎齢に対応する(Lauder and Bloom,1974,J.Comp.Neurol.155:469−82)。胚中脳組織の固体移植片を、移植のために細胞懸濁液中に解離することができる。しかし、典型的な懸濁液の生存率は、約10%の移植ドーパミン作動性神経細胞に限られていた(Brudin et al.,1987,Ann.N.Y.Acad.Sci.495:473−96)。胚中脳組織がドーパミン作動性神経細胞の純粋な供給源ではないので、全生存細胞のたったの約0.1〜1.0%が生き残っているドーパミン作動性神経細胞であり、解離した中脳細胞の任意の移植片は、好ましくは、効果的にドーパミン作動性の損失を補償するために、好ましくは最低100,000〜150,000の生細胞を含む。
【0066】
好ましくは、本発明の開示の細胞移植組織治療も、移植手術での使用のために、例えば低温保存法による長期貯蔵または保存培地での短期間貯蔵のために、神経前駆細胞と分化した神経細胞とを保存および貯蔵するためのいくつかの手段を取り込む。凍結保存された胚中脳の組織は最高70日間うまく貯蔵でき、齧歯動物で同種移植片として移植できた(Collier et al.,.,Progress in Brain Research,Vol.78,New York,Elsevier(1988),pp.631−36,specifically incorporated herein by reference) and 霊長類(Collier et al.,1987,Brain Res.436:363−66,この内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。胚中脳細胞を低温保存後に、うまく培養できることが証明された。4℃の保存培地で短期(2−5日)中脳の組織を保存することもでき、それに続いて新鮮な組織のものと類似した生存移植片体積によって移植される(Sauer et al.,.1989,Restor.Neurol.Neurosci.(Suppl.:3.sup.rd Int..Symp.Neural Tranplan.):56、この内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。
【0067】
移植片植込と移植片が線条体を神経再支配する範囲とが、ともに中脳線条体系ドーパミン作動系の機能的な回復にとって重要な要素である。一側性にドーパミン作動性神経を除去された動物では、皮質配置ドーパミン作動性移植片で運動非対称性の減少がみられたが、感覚神経ネグレクトに対してほとんど効果がみられない(Bjorklund et al.,1980,Brain Res.199:307−33;Dunnett et al.,1981,Brain Res.215:147−61)。対照的に、両側性にドーパミン作動性神経を除去された動物動物で横方向線条体付近に置かれる黒質の移植片は感覚損傷を修復した(Dunnett et al.,1983,Acta Physiol.Scan.Suppl.522:39−47)。側坐核は、ドーパミン作動性移植片によって神経再支配される場合のみ、両側性に障害を起こす動物の運動不能症の反転が観察される(Nadaud et al.,1984,Brain Res.304:137−41)。
【0068】
ドーパミン作動性移植片のための移植部位が脳室の領域近傍にしばしば存在する一方で、移植片生存を与えるために、それらの領域の良好な脳脊髄液(CSF)環境のため、パーキンソン病のドーパミン作動性変質の程度は、尾状核よりも被殻で、より明白である。被殻のドーパミン・レベルは、尾状核でより低く、しばしば10〜15%である(Bemhiemer et al.,J.Neurol.Sci.20:415−55;Nyberg et al.,.,1983,Neurochem.Pathol.1:93−202)。その上、尾被殻は、吻被殻よりドーパミン作動性−神経細胞がより激しく減少する(Kish et at,1986,Ann.Neurol.20:26−31)。線条体の2つの構成要素(尾状核と被殻)のうち、被殻は皮質性の視床の被殻経路を経て、大部分の運動入力を受ける(DeLong & Georgopoulos,1983,Handbook of Physiology,Section 1:The Nervous System,Vol.2,ed.Brookhard,Mountcastle,Geiger,pp.1017−61,Bethesda,Md.:Am.Physiol.Soc.)。したがって、被殻はパーキンソン病に伴う運動不全を標的にしているドーパミン作動性移植片のためのより有利な部位であると考えられる。
【0069】
本明細書中に記載される神経前駆細胞および分化した神経細胞は、化合物(例えば医薬化合物、溶媒、小分子、ペプチド、またはポリヌクレオチド)をスクリーニングする際に、また同様に、表現型またはこれらの細胞の特徴に影響を及ぼす培養条件または操作のような環境要因に関しても同様に用いることもできる。加えて、これらの細胞は、候補増殖因子または分化因子を評価する際に用いることができる。例えば、単独でまたは他の薬剤と組み合わせて、候補医薬化合物を、神経前駆細胞または成熟した神経細胞に加えることができ、細胞の形態学、表現型または機能的な活性のいかなる変化でも、査定および評価をおこなうことができる。
【0070】
加えて、本明細書中に記載される神経前駆細胞と分化した神経細胞を、分化のいかなる段階でも、さらに修正することができる。例えば、一時的現象または安定した方法では、これらの細胞は、単一または複数の遺伝子組み換えを有するように遺伝子改変してもよい。これらの細胞の遺伝子の変更は、多くの理由から必要であると考えられ、例えば、遺伝子治療のために修飾された細胞を提供すること、あるいは移植または植え込みのために組織を置き換えることである。本発明の開示の細胞は、当業者に周知である神経特異的プロモーターの制御下で選択可能なマーカーを発現するベクターの導入を介して遺伝的に修復することができる。これらの細胞もまた、任意の段階で修飾を受けて、多能性幹細胞由来の分化細胞をさらに生成するために用いることができ、あるいは特定の細胞系統に分化を誘導することができるある種のマーカーまたは遺伝子を発現するものであってもよい。これらの細胞を、移植後の免疫拒絶を減少または防止するように修飾することもできる(すなわち、予定される移植者との組織適合性)。
【0071】
本発明の開示を用いて生ずる細胞の複製能力を増加させるために、これらの細胞を、適当なベクターで遺伝的に変えることによってテロメライズすることで、テロメラーゼ触媒構成要素(TERT)が発現される。使用されるTERT配列は、他の哺乳類の種と同様に、ヒトまたはマウス(WO 98/14592およびWO 99/27113、特に本明細書に援用する)に由来する。あるいは、内因性TERT遺伝子の転写を、増加させることができる。遺伝的に細胞を修正する際に用いられる方法は、当業者に周知である。これらの方法は、種々の分子生物学的技術を利用するもので、その多くは一般にSambrook,et al.,1989,Molecular Cloning:A Laboratory Manual 2nd Ed.Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,NY に記載されており、この文献の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する。
【0072】
当業者によって理解されるべきことは、以下の実施例は、本発明の好ましい実施形態を示すために包含される。以下の実施例に開示される技術は、本発明者によって発見された技術を表すもので、本発明の実務を十分に機能させるためのもので、その実施にとって好ましい修飾を構成するものと考えることができる。しかし、当業者は、本発明の開示の観点から、多くの変更が、開示された特定の実施形態に加えることができ、さらに本発明の精神および範囲から逸脱することなく類似または同様の結果がなおも得られることは、当業者に理解される。
【実施例】
【0073】
実施例1
以下の実施例は、本発明開示の出願人がヒト胚幹細胞からの機能的ドーパミン作動性神経細胞および セロトニン作動性神経細胞の誘導を説明する。
(1)ヒト胚幹細胞
まずはじめに、ヒトES細胞を、ヒト胚盤胞の内細胞塊から単離した。ヒト多能性ES細胞を、胚盤胞の試験的使用のために個体患者から同意を得た後に、過剰なヒト胚盤胞から誘導した。本明細書中に使用されるヒトES細胞系は、米国特許出願第10/226,711号に開示されるように、新規レーザー・アブレーション法を使用しているヒト胚盤胞の内細胞塊の細胞から誘導した。手短に言うと、透明帯、栄養外胚葉、および内細胞塊を有しているヒト胚盤胞を単離し、1.48μmの非接触型ダイオードレーザーを用いて、ヒト胚盤胞の透明体と栄養外胚葉を通る開口(アパーチャー)を形成した。次に、吸引ピペットを開口を通して導入して吸引によって内細胞塊の細胞を単離していた。これらの細胞を続いて、マイトマイシンC処理マウス支持細胞含有ES培地を有する0.1%ゼラチン化プレート上で培養し、内細胞塊由来の細胞塊を形成した。ES細胞培地は、ダルベッコ改質EaglES培地(DMEM)またはノックアウトDMEM(Gibco)からなるもので、10〜20%ES細胞制限ウシ胎仔血清(FCS)(Hyclone)または血清置換ノックアウト血清(ギブコ)、1%のMEM非必須アミノ酸溶液、2mMのL−グルタミン、0.1mMβ−メルカプトエタノール、4ng/mlの塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)(Sigma)、50U/mlのペニシリン、および50μg/mlストレプトマイシンを補った。これらの内細胞塊から誘導した細胞塊を解離し、マウス支持細胞層含有ES培地で再び平板培養し、それをヒトES細胞系を誘導するために用いる。
【0074】
形態学的に、誘導したヒトES細胞は、高い核/細胞質比率を有しており、細胞表面マーカー(例えば、SSEA−1、SSEA−3、SSEA−4、TRA−1−60で、TRA−1−81、OCT−4、アルカリ性ホスファターゼ、テロメラーゼ、核型分析、CD−30、クリプト−1、GCNF、c−キット、およびCD−90)で特徴づけられた。
(2)ヒト胚幹細胞の培養および発現
ヒトES細胞を培養し、凍結ストックから標準増殖条件下で増殖させた。凍結ストック・バイアルから得た未分化のヒトES細胞をLIF含有ES培地に再懸濁した。ES細胞培地は、ダルベッコ改質EaglES培地(DMEM)からなり、20%ES細胞制限胎仔ウシ血清(FBS)(Hyclone)、1%の非必須アミノ酸(NEAA)溶液、2mMのL−グルタミン、0.1mMβ−メルカプトエタノール、50U/mlのペニシリン、および1,000U/mLのLIFを補った。細胞をペレット化して、ES培地を用いて、ゲラチン被覆プラスチック培養皿上のマウス支持細胞層に、平板培養した。高グルコースのDMEMからなり、10〜20%FCS、2mML−グルタミン酸、1%MEM非必須アミノ酸溶液、0.1mMβ−メルカプトエタノール、50U/mlペニシリン、50μg/mlストレプトマイシン、1,000U/mlLIF、および4ng/mlbFGFを補ったES細胞培地からなり、Thomson et al.,1998,Science 282:1145−1147;Shamblott et al.,1998.Proc.Natl.Acad.Sci.USA.95:13726−13731;およびReubinoff et al.,2000.Nature Biotech.18:399−403 に記載された方法にもとづく。
【0075】
ヒトES細胞を培養することで増殖させ、定期的にES細胞を継代して分化を阻害した。ES細胞を、最初に該細胞をCa++およびMg++を含まないダルベッコのリン酸緩衝液で10秒間洗い、つぎに該細胞を0.05%トリプシンで5秒処理することで、継代をおこなった。5秒後、トリプシンのアッセイを血清含有ES培地によって阻害した。つぎに、細胞をスクラップして破壊し、小さなクラスターにした。クラスターを2枚の0.1%ゼラチン被覆100mmペトリ皿(上記したように、LIFおよびbFGFを含むES培地に含まれる支持細胞によって被覆)に植え付けした。細胞を4〜6日間、増殖させた。
(3)胚様体の生成
未分化ヒトES細胞を増殖して増やした後、該細胞を培養して胚様体を形成した。最初に、ES細胞を0.05%トリプシン−EDTAで分離した後、スクラップして細胞を小さなクラスターに破壊した。次に、これらのクラスターを約1x105細胞/mlで、支持細胞が無い細菌学的皿上に植え付けた。使用した細菌学的皿は、付着を阻む非粘着性の表面を有することから、ES細胞の分化および胚様体形成を刺激する。これらの細胞をLIFおよびbFGFを含まないES培地での懸濁培養として培養した。これらの細胞を培養するために使用したES培地は、高グルコースのDMEMまたはノックアウトDMEMであり、10〜20%FCSまたはノックアウト血清置換、同様に他のサプリメント(例えば、β−メルカプトエタノール、L−グルタミン酸、および抗体)で補われている。bFGFはいっさいES培地に加えられていない。胚様体を4〜8日間増殖させた。この時間のあいだ、ES培地は、沈殿法により2日毎に変えられた。この沈殿法は、凝集体の懸濁液を遠心管に移し、凝集体を遠心管の底に沈殿させ、培地を吸引し、さらにそれを新鮮な培地に置き換えた。新鮮な培地に含まれる凝集体をつぎに培養皿に移した。4〜8日後、胚様体を回収し、低速で遠心し、さらにES細胞培地に再懸濁した。約20〜30の胚様体を、LIF無しの0.1%ゲラチン含有ES培地で被覆された組織培養プレート上に植え付け、さらに24時間インキュベートした。
(4)ネスチン陽性神経前駆体の選択および増殖
24時間後、ネスチン陽性細胞(神経前駆細胞)を、ES培地の代わりにITSFn(ネスチン選択)無血清合成培地を用いることで、選択した。ITSFn培地は、DMEM:F12培地(Gibco)からなり、増殖因子インスリン(5〜25μg/ml)(Sigma)、亜セレン酸ナトリウム(10〜50nM)(Sigma)、トランスフェリン(1〜10gg/ml)(Gibco)、およびフィブロネクチン(1〜5μg/ml)で補った。
この培地はネスチン陽性細胞の選択を可能とし、2日毎に補充しているITSFn培地で、6〜10日間、通常8〜9日日にわたって実行した。選択が完了した後、上記神経前駆細胞を、免疫蛍光技術を用いてネスチン発現について特徴づけた。その結果、約95%の細胞がネスチンを発現した(図1A)。
【0076】
ネスチン陽性細胞を続いて増殖させ、神経細胞接着分子(NCAM)陽性細胞をエンリッチするために磁気細胞分離(MACS)を使用して選別した。
(5)磁気選別によるNCAM陽性細胞の選別
次に、神経細胞接着分子(NCAM)陽性細胞をエンリッチするために、ネスチン陽性細胞を単離して増殖あるいは磁気細胞分離(MACS)かけた。NCAMは、神経細胞特異的表面マーカーである。NCAMを使用してMACSによるネスチン陽性細胞を選別するために、ネスチン陽性細胞を最初に組織培養細胞から、0.05%トリプシン−EDTAでインキュベートすることによって、組織培養プレートから収集した。次に、分離した生細胞をPBSで洗い、表面マーカーMCAMに対する抗体(Chemicon)で30分間染色した。次に、細胞をMACSゴースト抗ウサギIgGマイクロビーズ(Miltenyi Biotec)で15分間インキュベートした。細胞をPBSで注意深く洗った後、磁気選別にかけた。細胞を選別するために、磁気標識細胞懸濁液(ほぼ2x108細胞)をピペットでMACS MS分離カラム(Miltenyi Biotec)に載せ、細胞を該カラムに流し、溶出液(負の分画)を回収した。NCAM陽性細胞による溶出で回収した。
【0077】
免疫選別前に、ネスチン陽性細胞をFACSで分析し、約50〜60%が神経表面マーカーNCAMを発現した(図2Aおよび図2B)。MACSによる免疫選別後、生存可能なネスチン陽性細胞の集団を、約80〜85%までエンリッチした(図3Aおよび3B)。
【0078】
(6)NCAM陽性神経前駆細胞の増殖:
単離NCAM陽性細胞を、0.05%トリプシン−EDTAで最初に分離し、次に該細胞を増殖培地を含んだポリ−L−オルニチン/ラミニン被覆プレートに植え付けた。このようにNCAM陽性細胞を培養することで、増殖培地でより良好な粘着および増殖がおこなわれる。増殖培地は、DME:F12、インスリン(10〜100μg/ml)、亜セレン酸ナトリウム(10〜50nM)、トランスフェリン(1−10mg/ml)、プトレッシン(50〜200μM)、プロゲステロン(5−40nM)、およびラミニン(10〜50μg/ml)を含有した。2種類以上の増殖因子、例えばbFGF(10〜50ng/ml)、EGF(10〜50ng/ml)、BDNF(50〜200ng/ml)、FGF−8(50〜200ng/ml)および/またはSHH(200〜400ng/ml)を無血清増殖培地でインキュベートした。増殖培地に存在する種々の因子は、神経細胞の割合全体の増加に関与しており、またドーパミン作動性表現型を採用するために、さらにこれらの中脳神経前駆細胞を誘発する。増殖培地を2日ごと補充し、ネスチン陽性NCAM陽性細胞を6〜10日にわたって増殖させた(図1 B)。
【0079】
これらの培養条件下で、約50〜60%の細胞が神経突起プロセス(neurite process)に進み、NCAM染色が陽性となり、神経細胞形成能があることが明らかになった(図3)。これらの細胞もまた初期の神経のマーカーであるβチューブリンに対して免疫活性があった(図4B)。これらの神経前駆細胞を次に継代し、出願人は、これらの神経前駆細胞が最大10回継代可能であり、成熟したドーパミン作動性神経細胞をコミットする分化のために細胞の潜在能力に対して何ら明らかな作用なしにドーパミン作動性神経細胞に分化する能力をいまだ保っていることがわかる。
(7)ドーパミン作動性神経細胞の分化:
生体内でのドーパミン作動性神経細胞の発現は、細胞外シグナル分子の調整された動作次第である。これらの分子は、系統制限発現で転写制御因子のカスケードを活性化させる。これらの転写制御因子は、ドーパミン作動性表現型の進展に関係する遺伝子の特異的なセットの発現を増加させる役割を果たす。機能的なドーパミン作動性神経細胞に上記プロトコールを使用して、増殖した神経前駆体細胞を促すために、増殖因子 bFGFとEGFとが最初に細胞から取り下げられた。次に、ドーパミン作動性神経細胞への神経前駆体細胞の分化を、30〜50日間にわたって該細胞を神経基本培地でインキュベートすることによって誘発した。神経基本培地は、神経基本A培地(Gibco)、FCS(10〜20%)(HYCLONE)、およびB27(2−10%)(Gibco)、さらに種々の増殖因子を同様に含んだ。この培地に含まれる増殖因子は、インターロイキン−1β(IL−1β)(1〜2μg/ml)(Sigma)、アスコルビン酸(50〜150mM)(Sigma)、N−アセチル・システイン(50〜150nM)(ICN)、ジブチリル環状AMP(500〜1000μM)(Sigma)、GDNF(1〜5μg/ml)(Sigma)、TGF−β3(1〜5μg/ml)(Sigma)、ニューチュリン(100〜500μg/ml)(Chemicon)、BDNF(50〜200ng/ml)(Sigma)、FGF−8(50〜200ng/ml)(R&D Systems)および/またはSHH(200〜400ng/ml)(R&D Systems)を含む。神経基本培地を0.22μミリポア・シリンジ・フィルターで滅菌濾過した。
【0080】
チロシン・ヒドロキシラーゼ(TH)は、ドーパミン合成のための律速酵素である。ある種の系統制限された増殖因子は、TH合成の誘導を促進する。これらの因子を培地に添加することで、ドーパミン作動性表現型を採用している細胞の割合が高くなった。表1で示されるように、これらの因子の添加は、神経細胞分化の間、異なる時点でおこなった。IL−1β(神経基本培地に存在)は、ドーパミン作動性経細胞に神経前駆体が分化する際に重要な役割を演じるように見える。いかなる特定の機構にも限定されないことを望むにもかかわらず、IL−1βは、TH陽性の神経細胞(培地のシグナル分子に対する細胞の反応と同様に)の量を増加させるように見える。これらの増殖因子の適用に、30〜50日の組織培養期間中に3日ごと神経基本培地を変えることを組み合わせている。
【0081】
神経前駆細胞の分化の間、異なる日に加えられる神経基本培地の増殖因子の混合は、下記の表1で表される。
表1:神経前駆細胞に対する分化条件
【0082】
【表1】
ES細胞が神経基本培地を使用して分化が誘導される場合、ES細胞は、ドーパミン作動性神経細胞、セロトニン作動性神経細胞、およびオリゴデンドロサイトを含む種々の神経細胞の細胞型で出現する(図5、6、および7)。標準培養条件でドーパミン作動性神経細胞に分化する細胞の割合が比較的低いままである一方で、表1に示すように増殖因子を含む培地を補充することで、生じたドーパミン作動性神経細胞の割合が増加した。例えば、60%を上回るES細胞がTH(ドーパミン作動性神経細胞のための特異的マーカー)陽性細胞に分化した。
(8) 分化した神経細胞の特徴付け
本発明の開示によって生ずる分化した神経細胞の型を、細胞の全体的な形態と免疫蛍光検査法によって同定される表現型とによって評価した。当業者に周知の標準的なプロトコールを用いて、免疫蛍光分析を、神経前駆体増殖段階(NCAM陽性細胞の増殖)と、分化の種々の他の時点とでおこなった。第一に、単離された細胞を、細胞外マトリックスによってプレコーティングされた2−ウェル・チャンバー・スライドで増殖させ、PBSでリンスし、さらに10分間、室温で4%パラホルムアルデヒドによる固定をおこなった。次に、細胞を0.2%トリトンX−100含むPBSで5分間透過化処理し、1%牛血清アルブミン(BSA)/PBSで2時間阻害し、さらに一次抗体(抗体希釈は1%BSA/TBS)で4℃一晩おこなった。細胞を以下の一次抗体で染色した。すなわち、初期の神経マーカーであるβチューブリン、NCAM、神経繊維、遅延神経マーカー、微小管結合タンパク質2(MAP−2)、神経細胞表面抗原A2B5、Nurr−1、チロシン・ヒドロキシラーゼ、ドーパミン輸送体DAT、ドーパミンβ−ヒドロキシラーゼ(DBH)、星状膠細胞マーカー・グリア線維酸性蛋白(GFAP)、GABA、オリゴデンドライト、セレトニン、およびシナプトフィシン(すべてCHEMICONから入手)。最後に、細胞をFITC標識二次抗体とインキュベートした。上記のステップの各々の後、細胞をPBSで3回洗った。
【0083】
チェンバー・スライドを蛍光顕微鏡下で観察して、免疫陽性領域の評価をおこなった。この免疫蛍光分析は、かなりの割合の分化型細胞で、神経細胞特異的マーカーNCAM(図3、MAP−2(図4A)、およびβチューブリン(図4B)に対して免疫活性であったことを示した。これらのキー抗原の発現は、分化培地中でのインキュベーション時間の増加をもたらした。免疫蛍光分析はまた、より少ない割合の細胞がセロトニン(図7)、同様に星状細胞に存在する非神経性のマーカーであるグリア線維酸性蛋白(GFAP)と、オリゴデンドロサイト(図6)に存在するGABAおよびグルタメートとを発現することを証明した。
【0084】
分化した細胞もまた、MAP−2、DAT、Nurr−1、βチューブリン、FITC標識二次抗体(Texas red)とともに、TH(緑)に対する一次抗体による二重標識によって分析した(図8)。この分析は、THを発現しているMAP−2陽性細胞の比率が高いことを示した。ドーパミン作動性神経細胞の細胞密度を、40x対物レンズを使用して、ランダムに選択された視野で、1視野につきTH陽性の細胞の数とMAP−2陽性細胞の数を計数することによって定量化した。TH陽性の細胞のパーセント比率を、算出した(図9)。TH陽性の神経細胞もNurr−1およびDATを発現した、しかし、THとDBHとの共存では認められず、細胞のドーパミン作動性表現型を確認した。また、シナプス形成をシナプトフィシンで免疫染色によって同定した。
【0085】
免疫蛍光分析法も、約30%がセロトニンを発現する一方で、THを発現している選別NCAM陽性細胞の割合が約60%であることを示した(図10)。加えて、約40%のネスチン陽性細胞がTH陽性に染色され、染色される約30%がセレトニン陽性、約28%がオリゴデンドロサイト陽性に染色された(図11)。分化の異なる段階で使用される免疫学的なマーカーを、表3に示し、未分化および分化型のES細胞の表現型の特徴を示す。
表3:未分化および分化型のES細胞の表現型特徴
【0086】
【表3】
(9)遺伝子発現プロフィール
異なる段階で集められる細胞の遺伝子発現プロフィールも、分析した。開示した方法の以下のステップの各々から細胞を逆転写ポリメラーゼ鎖反応(RT−PCR)について分析するために細胞を回収した。未分化ES細胞、胚様体、ネスチン陽性神経前駆細胞、NCAM陽性細胞、および分化した細胞を、神経基本培地での分化の12、17、22、27、および37日後に単離した。細胞を回収した後、ペレットにして、全細胞RNAをこの細胞ペレットからRNアーゼQiagenキットを用いて抽出した。単離RNAを−20℃に保存した。
【0087】
cDNAを、モロニー白血病ウイルス・スーパースクリプトII逆転写酵素およびオリゴ(dT)12−18を用いて、単離全RNAからcDNAを合成した。逆転写酵素反応によて合成したcDNAを、異なる組の特異的プライマーを用いたPCR増幅に用い、回収細胞での遺伝子発現を決定した。PCR反応は、当業者に周知の標準的なPCR条件下で、プラチナTaqポリメラーゼとテンプレートとしてのcDNAとを用いて、おこなった。DNA産物を増幅させるために使用した一般的な循環パラメーターは以下の通りである。すなわち、
1.4℃、30分間によるテンプレートcDNAテンプレートの変性と、
2.使用したプライマーに依存した55ないし65℃、1分間によるプライマーのアニーリングと、
3.72℃で分間、反応をインキュベートし、ステップ1〜3(サイクル)を25ないし40回繰り返す。
【0088】
PCR反応後、DNAサイズ・ラダーに沿って電気泳動装置を持ち、産物を1.5%アガロース・ゲルに流した。TH、D2RL、DBH、En−1、Nurr−1、およびβチューブリンの発現を全て、表5に記載したプライマーを用いて、RT−PCRによって分析した。
表4:ドーパミン特異的遺伝子を増幅するために用いたプライマー・セット
【0089】
【表4】
RT−PCRによる上記の分析は、ドーパミン作動性表現型特性遺伝子(TH)の発現がドーパミン作動性神経細胞(図12)に最終分化が生ずるまで、ES細胞の神経分化の後で見られることを証明した。期待どおりに、βチューブリン(遍在して発現された遺伝子)が全ての細胞試料で見られたが、DBHは、いかなる細胞試料においても発現されなかった。
(10)ドーパミン検出のための逆相HPLC
ドーパミン作動性神経細胞の1つの限定的な特徴は、ドーパミンの生産である。したがって、ドーパミンを生産する胚幹細胞由来ドーパミン作動性神経細胞の機能的能力(functional capacity)を、逆相HPLC(RPHPLC)を用いて細胞内ドーパミンレベルを直接測定することによって評した。各々の試料で検出されるドーパミンの濃度は,各々の実験の直前または直後のカラムに注入されたドーパミン標準液による比較によって決定した。
【0090】
最初に、細胞を開示された方法の異なる段階で回収した。未分化ES細胞、胚様体、ネスチン陽性神経前駆細胞、NCAM陽性細胞、および分化細胞は、神経基本培地で分化の7、22、および37日後に単離した。回収前に、神経基本培地で分化する細胞を、15分間にわたり、56mMのKClを添加したHBSSによって最初に刺激し、ドーパミン分泌を誘発した。ほぼ、5x106細胞をトリプシン処理し、遠沈殿法によってペレット化した。次に、細胞を抗酸化剤(0.2g/lのメタ重亜硫酸ナトリウム)を含む冷1N過塩素酸で超音波処理し、4℃で20分間遠心(15,000rpm/分)した。上澄みを抽出し、以降に続くRP−HPCLによる細胞内ドーパミン濃度の測定のために、−70℃で保存した。ドーパミン化のレベルを、細胞可溶化物と培養上澄み(最終培地変化後48時間)とによって測定した。培養上澄みは、直ちに7.5%オルトリン酸およびメタ重亜硫酸ナトリウムで安定化させた。
【0091】
開示された方法によって初期の段階からRP−HPLCで分析された細胞可溶化物(例えば未分化ES細胞、胚様体、ネスチン陽性神経前駆細胞、およびNCAM陽性細胞)は、ドーパミンのいかなる検出可能なレベルも含まなかった。しかし、神経基本培地での分化の第1週後に、RP−HPLCによって分析される細胞可溶化物は全て、ドーパミンを含んだ。分化神経基本培地で時間とともに細胞可溶化物のドーパミン作動性神経細胞数が増加して、最終的に成熟したことから、細胞内ードーパミンのレベルが著しく増加した。ドーパミンの細胞内レベルは、図13に示す時点での増殖因子対未処理培地によって処置された細胞培養中でさえ高かった。さらに、これらの細胞培養によるドーパミンの生産の確認を、Nメチル−4−フェニル1,2,3,6−テトラヒドロピリジン塩酸塩(MPTP)(ドーパミン作動性神経細胞を標的にする神経毒)とのインキュベーション後で示した。MPTPでインキュベートした細胞培地では、RP−HPLC分析によって細胞可溶化物でドーパミンは検出されなかった。対照的に、条件培地へのドーパミン放出は、56mMのKCLで刺激される細胞培地で増加した(図14)。増殖因子のアレイを分化神経基本培地に加えることでも、細胞可溶化物の細胞内ドーパミンレベル上昇がみられた(表5)。
表5:HPLCによる細胞可溶化物中のドーパミン濃度(μg/ml)
【0092】
【表5】
開示されて、本明細書中に請求される組成物と方法の全ては、作られることができて、本発明の開示を考慮して過度の実験なしで実行されることができる。本明細書で開示およびクレームした組成物および方法の全ては、本発明の開示を考慮して実験することなしに生成および実行することができる。本発明の組成物および方法が好ましい実施形態に関して記載される一方で、本発明の概念、精神、および範囲から逸脱することなく、本明細書に記載された組成物および/または方法ならびに該方法のステップまたは一連のステップに変更を加えることが可能であることは、当業者にとって、明らかである。より詳しくは、化学的または物理的に関連したある種の薬剤を本明細書に記載された薬剤と置き換えて、その一方で同一または類似の結果が得られるであろうことは、明瞭である。当業者にとって明らかなそのような類似の置換および変更はすべて、添付した特許請求の範囲に定義される本発明の精神、範囲、および概念の内にあると考えられる。
【技術分野】
【0001】
関連出願との相互参照
該当なし
連邦政府の委託研究または開発に関する言明
該当なし
マイクロフィッシュ添付物
該当なし
発明の背景
1.発明の分野
本発明は、ヒト胚幹細胞等の多能性胚幹細胞から最終分化神経細胞、例えばドーパミン作動性神経細胞およびセロトニン作動性神経細胞を生産する改善された方法に関する。本発明の開示にもとづいて生じたドーパミン作動性神経細胞およびセロトニン作動性神経細胞は、神経変性障害および神経疾患での細胞置換療法のための優れた供給源として用いることが可能である。
【背景技術】
【0002】
2.関連技術の説明
神経変性障害および神経疾患、例えばパーキンソン病、アルツハイマー症、および統合失調症は、我々の社会でますます顕著になってきている。これらの神経障害の多くに、ドーパミン作動性もしくはセロトニン作動性の神経細胞がかかわっている。ドーパミン作動性神経細胞は、中脳の腹側面および腹外側面にあって、姿勢反射、運動、および報酬関連挙動を制御する。これらの神経細胞は、前脳にある多重構造を神経支配し、該神経の変性または異常機能はパーキンソン病、統合失調症、および薬物嗜癖に関連する(Hynes et al.,1995,Cell 80:95−101)。セロトニン作動性神経細胞は、後脳の腹側面および腹外側面に集中しており、大脳皮質、大脳辺縁系、および脊髄を含む中枢神経系の大部分を神経支配する。これらの神経細胞は、意識、覚醒、行動特性、および摂食行動のレベルを制御し、さらに異常機能が攻撃性、鬱病、および統合失調症に結び付けられていた(Jacobs and Gelperin,1981,Serotonin Neurotransmission and Behavior.The MIT Press,Cambridge,Mass.)。セロトニン作動性の機能障害は、種々の精神的疾患、神経的疾患、および他の疾患(例えば、精神の抑うつ(Asberg et al.,1986,J.Clin.Psychiatry 47:23−35)、自殺(Lester,1995,Pharmocopsychiatry 28(2):45−50)、および激しい攻撃行動)の病態生理学でも、ある種の役割を演じている可能性がある(Brown et al.,J.Clin.Psychiatry,1990,54:31−41;Eichelman,1990,Anon.Rev.Med.41:149−158)。
【0003】
パーキンソン病は、行動を制御する脳の領域にある神経細胞(ニューロン)の変質によって生ずる進行性神経疾患である。この変質は、ドーパミンとして知られている脳情報伝達化学物質を少なくし、それによって疾患を特徴づける運動機能障害を生ずる。病理学的研究は、黒質のドーパミン作動性神経細胞の損失がパーキンソン病に関与することを示す。例えば、実験動物で、黒質線条体路の左右対称の病巣によって生ずる症候群は、パーキンソン病で観察される運動機能障害、すなわち安静時振せん、硬直、運動不能症、および姿勢異常と全く類似している。6−ヒドロキシドパミン(OHDA)に起因する黒質線条体路の左右対称の病巣は、重大な運動不能、渇感欠如、無摂食症、および感覚無視が齧歯動物で生じた(Ungerstedt,1971,U.Acta Physiol.Scand.Suppl.367:95−121;Yirek and Sladek,1990,Anon.Rev.Neurosci.13:415−440)。
【0004】
パーキンソン症候群では、ドパミン作用受容体の状態の変化は、病勢悪化の段階に依存しうる。パーキンソン症候群の顕著な特徴は、大脳基底核の全ての構成要素に含まれるドーパミンの著しい減少である(Homykiewicz,1988,Mt.Sinai J.Med.55:11−20)。ドーパミンが減少すると、視床、淡蒼球、視床下核等、脳の種々の他の領域が機能障害を起こし始める。これらの領域は、脳の他の部分にシグナルを送ることから、これらの小さな領域での機能障害が広範囲にわたる脳機能障害を導く。
【0005】
パーキンソン病の有病率は、日本の82人/10万人ないし英国の108人/10万人から北米人口の約1%(約100万人)に至る幅広い範囲で変動する。インドでは、パーキンソン病の有病率は、北インドで14人/10万人、南インドで27人/10万人、東インドで16人/10万人、さらに西インドのパルシー教徒地域で363人/10万人である。パーキンソン病が不治であると現在考えられている一方で、パーキンソン病の症状を緩和するレボドバ、ブロモクリプチン、ペルゴリド、セレジリン、抗コリン作用薬、およびアマンタジン等、種々の薬物療法が利用可能である。これらの薬剤がパーキンソン病の症状を緩和することができるにもかかわらず、それはしばしば顕著な副作用を有する。さらに、これらの薬物は、疾患を治療するわけでも、神経細胞の累進的な損失を遅らせるわけでもなく、症状を緩和するだけであり、薬効がしばしば時間経過にともなって消耗する。一部の患者では、薬物療法に対する反応性が低下し始め、他の患者では過敏になり、運動障害(ジスキネジー)が生ずる。
【0006】
これらの不満足な結果は、例えば、淡蒼球切断、淡蒼球の深部脳刺激法(DBS)、さらに脳の過敏性領域を破壊する試みまたは該領域を鎮めるためにDBSに電極を置くことによってネットワーク異常を遮る試みを含む外科的アプローチおよびドーパ受容体アゴニスト治療等、この疾患を処置するための他の戦略の開発をもたらした。パーキンソン病の患者に対するこれらの種類および他の種類の手術が多少なりとも有益な結果をもたらすにもかかわらず、そのような手術の長期間に及ぶ作用効果については知られていない。これらの処置も一定の限界と副作用とを有する。
【0007】
この難病のために探究されているもう一つの戦略は、遺伝子治療である。神経系疾患の分子基礎の発見と遺伝子導入系の進歩とによって、多種多様な中枢神経系疾患に対する局所的および全体的な治療遺伝子送達が可能となった。しかし、遺伝子治療は、例えば導入遺伝子発現の安定性および調節とベクターおよび発現された導入遺伝子の両方の安全性というある種の限界を有する(Costantini et al.,2000,Gene Therapy 7:93−109)。遺伝子治療に用いられることが知られているベクターとして、限定されるものではないが、単純疱疹(ヘルペス)ウイルス1型(HSV−1)(During et al.,1994,Science 266:1399−1403)、アデノ随伴ウイルス・ベクター(AAV)(During et al.,1998,Gene Therapy 5:820−827)、レトロウイルス、HSV/エプスタインバーウイルス(HSV/EBV)ハイブリッド・ベクター、ならびにHSV/AAVハイブリッド・ベクターが挙げられる。ある遺伝子治療法がパーキンソン病の動物モデルを治療する上で有用であることがわかった。神経保護分子を放出する被包性かつ遺伝子改変された細胞系と、グリア細胞系由来神経栄養因子遺伝子(GDNF)と、該GDNF遺伝子をコードするレンチウイルス・ベクターとが、移植片の生着および分化を改善し、その結果、動物モデルでの行動の回復が加速された(Zurn et al.,2001,Brain Res Rev.36:222−229;Date et al.,2001,Cell Transplant 10:397−401)。神経幹細胞を用いた遺伝子治療が、生体内で治療レベルのGDNFを発現することに効果的であるともわかった(Akerud et al.,J.Neurosci.21:8108−8118)。
【0008】
細胞移植は、別の治療戦略であり、この治療戦略によって、他の神経変性障害および神経疾患と同様に、パーキンソン病で失われた神経細胞を置換することへの期待が与えられる。胎児組織移植による臨床試験(依然としておこなわれている)によって、細胞を脳に入れる方法が開発され、この考えの実行可能性が示されるとともに、少なくとも数人の患者にとって有望な結果がもたらされた。パーキンソン病を呈する患者の線条体に、ドーパミン作用神経細胞の前駆体を直接移植組織する試みもなされており、ヒト胎児または胚のドーパミン作動性神経細胞の移植が、パーキンソン病患者に対して有益な効果を持つことがわかった(Freed et al.,2001,N.Engl.J.Med.344:710−719)719)。
【0009】
しかし、データは、移植片の異所的配置よりもむしろ経路の解剖学的修飾が完全な回復を得る上で求められることを示唆している(Winkler et al.,2000,Prog.Brain Res.127:233−265)。また、胎児黒質移植組織治療は、患者での臨床的に信頼性のある改善を得るために、少なくとも5〜10の胎児から得たヒト胎児組織を必要とするが、このことは非常に大きな倫理的、法律的、および安全上の問題を提起する。このように、神経変性障害および神経疾患を処置するために、ドーパミン作動性神経細胞等の神経細胞にとって代わる供給源に対して切迫した必要性が存在している。
【0010】
最近、神経幹細胞の再生可能な供給源が、成体ヒト脳で発見された。自己再生能および全細胞型形成能を持つ神経幹細胞によって、潜在的にドーパミン産生脳細胞の無制限の供給源が提供されることから、神経変性障害および神経疾患に対する完全に新規な治療的アプローチが約束される(Eriksson et al.,1998,Nature Medicine 4:1313−1317)。胚性ヒト前脳に由来する神経幹細胞の培養が生体外で最高100万倍に拡大し得ることが報告された。これらの成体神経幹細胞が、パーキンソン病の十分に特徴づけられたモデルであるラット成体に移植された。この動物モデルで上記細胞は、移植後、最高1年間生存し、神経に分化し、数匹の実験動物で運動不全を減少させることができた(Svendsen et al.,1997,Exp.Neurol.148:135−146)。残念なことに、成体神経幹細胞は、組織培養では寿命が限られている(Kukekov et al.,1999,Exp.Neurol.156:333−344)。
【0011】
種々の神経変性障害および神経疾患を処置するために用いてもよいドーパミン作動性神経細胞および他の神経細胞の1つの生存可能な代用源は、多能性の胚幹(ES)細胞、特にヒトES細胞である。ES細胞は、未分化状態で際限なく増殖することができ、かつ多能性であり、このことは、身体に存在するほぼ全ての細胞型にES細胞が分化可能であることを意味している。ES細胞が身体にある分化した細胞のほぼ全部になる能力があることから、ES細胞は多岐にわたる組織および器官(例えば、心臓、脾臓、神経組織、筋肉、および軟骨)に対する置換細胞を生成する潜在能力を持つ。ES細胞は胚盤胞の内細胞塊(ICM)に由来することができ、それは移植に先だって生ずる胚の成長の一段階である。ヒトES細胞は、受精後、4日目から7日目まで続く成長中の胚の初期段階にあるヒト胚盤胞に由来するものであってもよい。ICMに由来するES細胞を生体外で培養し、適当な条件下で際限なく増殖することができる。
【0012】
ES細胞は、数多くの種で首尾よく確立されており、例えばマウス(Evans et al.,1981,Nature 292:154−156)、ラット(Iannaccone et al.,1994,Dev.Biol.,163:288−292)、ブタ(Evans et al.,1990,Theriogenology 33:125−128;Notarianni et al.,1990,J.Reprod.Fertil.Suppl.41:51−6)、ヒツジおよびヤギ(Meinecke−Tillmann and Meinecke,1996,J.Animal Breeding and Genetics 113:413−426;Notarianni et al.,1991,J.Reprod.Fertil.Suppl.43:255−60)、ウサギ(Giles et al.,1993,Mol.Reprod.Dev.36:130−138;Graves et al.,1993,Mol.Reprod.Dev.36:424−433)、ミンク(Sukoyan et al.,Mol.Reprod.Dev.1992,33:418−431)、ハムスター(Doetscbman et al.,1988,Dev.Biol.127:224−227)、ニワトリ(Pain et al.,1996,Development 122(8):2339−48)、霊長類(米国特許第5,843,780号)、ならびにヒト(Thomson et al.,,1998,Science 282:1145−1147;Reubinoff et al.,2000,Nature Biotech.18:399−403)が挙げられる。他の哺乳類ES細胞と同様に、ヒトES細胞を免疫欠損マウスに注射した場合、ヒトES細胞が分化して3つの胚葉全ての組織を形成し、ヒトES細胞の多能性が証明される。公表された報告によれば、ヒトES細胞を1年以上にわたって、培養された状態で維持することでき、その期間中、ヒトES細胞が多能性、自己再生能、および正常な核型を保持される(Thomson et al.,1995,PNAS 92:7844−7848)。
【0013】
研究は、ES細胞が神経前駆細胞に分化し得ることを示した(Zhang et al.,2001,Nature Biotech.19:1129−33;WO 01/88104;米国特許出願第09/872,183号、第09/888,309号、および第10/157,288号;WO 03/000868;各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。したがって、これらの細胞をさらにドーパミン作動性神経細胞に分化させることができる(Rolletschek et al.,2001,Mech.Dev.105:93−104)。ES細胞分化の初期段階は、胚様体分化であり、例えば、1μMのレチノイン酸によって胚様体内の神経分化が促進される(Bain et al.,1995,Dev.Biol.168:342−357)。レチノイン酸を神経細胞の生成に使用することはできるが、レチノイン酸は強力な催奇形物質である。間質細胞誘導活性(SIDA)を用いることで(Kawasaki et al.,2000,Neuron 28:1−20)、核受容体関連−1遺伝子(Nurr−1)の発現によって(Kim et al.,2002,Nature 418:50−56)、または未分化ES細胞を直接マウス・モデルに移植することで(Bjorklund et al.,2002,Proc.Natl Acad.Sci.99:2344−2349)、ES細胞をドーパミン作動性神経細胞に分化させることについて、いくつかの報告が公表されている。Leeら(Lee et al.,2000,Nat.Biotechnol.18:675−79)は、生体外で、ES細胞を神経前駆細胞に分化させ、さらにドーパミン作動性およびセロトニン作動性神経細胞に分化させるための方法を報告した。しかし、これらの実験のすべてがマウスES細胞を用いておこなわれたものであり、分化プロトコールは、5〜50%のドーパミン作動性神経細胞を生産した。Leeらの研究(WO 01/83715)では約20%、Studerらの研究(WO 02/086073)では5〜50%のマウスES細胞がドーパミン作動性神経細胞に分化した。ドーパミン作動性神経細胞もまたヒトES細胞から分化する一方で、得られたドーパミン作動性神経細胞の収率は、集団に含まれる全細胞に占める割合として収率がたったの約5〜7%であった(WO 03/000868)。
【0014】
パーキンソン病は、中脳の黒質でドーパミン作動性神経細胞の選択的かつ漸進的喪失によって特徴づけられることから、細胞移植戦略にとっては特に適した臨床標的であると考えられている。特定の脳部位内でのドーパミン産生神経の喪失は、患者が患者自身の運動を制御または指示することができない結果となる神経細胞の異常な発射をもたらす。しかし、多数のドーパミン作動性神経細胞が細胞置換療法に必要である。したがって、ヒトES細胞からドーパミン作動性神経細胞を誘導するための代替えのプロトコルが求められている。このことは、パーキンソン病に対するこのような処置の有効性を増大させるとともに処置の成功率も高める。さらに、これらドーパミン作動性神経細胞を生体外で用いることで、神経変性障害および神経疾患でドーパミン産生脳細胞の死を予防または減少させる物質の同定を助けることができる。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明の要約
本発明の開示は、神経前駆細胞、最終的には分化した神経を、多能性の幹細胞(例えば、ヒト幹細胞)等の多能性の幹細胞から生産するための改良された方法に関する。例えば、本発明の開示は、ヒト幹細胞の集団が高い割合で、ドーパミン作動性神経細胞の特異的マーカーであるチロシンキナーゼ(TH)に陽性の神経に分化にする(例えば、少なくとも約60%)。本発明の開示は、ヒト幹細胞の集団が高い割合でセロトニン作動性神経細胞に分化することも示す。本発明の開示の方法にもとづいて生ずるドーパミン作動性およびセロトニン作動性神経細胞の割合は、既に述べられた方法よりも高い。本明細書に開示される方法もまた、星状細胞およびオリゴデンドロサイトと同様に、ヒト胚幹細胞から、コリン作動性および感覚神経の表現型特徴を持つ細胞を生成するために用いられることが可能である。
【0016】
本発明の開示は、霊長類の多能性の幹細胞を分化させることで得られる、生体外培養状態の分化した細胞集団であって、前記分化した細胞の少なくとも60%がチロシン・ヒドロキシラーゼを発現するドーパミン作動性神経細胞、またはチロシン・ヒドロキシラーゼを発現するドーパミン作動性神経細胞である、細胞集団を提供する。他の実施形態では、少なくとも約30%、40%、50%、70%、80%、90%、95%または99%の分化した細胞がドーパミン作動性神経細胞である。本発明は、霊長類の多能性の幹細胞を分化させることで得られる,生体外培養状態の分化した細胞集団であって、少なくとも30%の分化した細胞がセロトニン作動性神経細胞である。別の実施形態では、少なくとも約40%、50%、60%、70%、80%、90%、95%、または99%の分化した細胞がセロトニン作動性神経細胞である。好ましい実施形態では、神経前駆体細胞または神経に分化した霊長類の多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である。
【0017】
本発明の開示はまた、霊長類の多能性の幹細胞から、分化した神経細胞集団を生成する方法であって、
(a)霊長類の多能性の幹細胞の培養を増殖させるステップと、
(b)多能性の幹細胞を培養して、ネスチンに陽性の神経前駆細胞を選択するステップと、
(c)NCAM陽性細胞をエンリッチするためのネスチン陽性神経前駆細胞を選別するステップと、
(d)分化培地でネスチン陽性NCAM陽性細胞を培養することで、ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させて、分化した神経細胞集団を生成するステップと、
を含む、分化神経細胞集団を生成するための方法を提供する。
【0018】
好ましい実施形態では、前記霊長類の多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である。別の好ましい実施形態では、上記方法で用いられる多能性の幹細胞は、好ましくはレーザー・アブレーション法を用いて得られる。
【0019】
別の実施形態では、上記方法は、胚様体を形成するために、ステップ(b)の多能性の幹細胞を培養するステップを、さらに含む。好ましくは、これらの胚様体を、例えば無血清培地で多能性の幹細胞または胚様体を培養することで、ネスチンに対して陽性である神経前駆体を選ぶ条件下で培養する。好ましい実施形態では、上記無血清培地がITSFn無血清合成培地であり、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、塩基性線維芽細胞成長因子、トランスフェリン、およびフィブロネクチンからなる群から選択される1種類以上の可溶性因子を好ましくは含む。好ましい実施形態では、これらの方法は、好ましくは、少なくとも約60〜75%のネスチン陽性細胞、より好ましくは約80〜90%ネスチン陽性細胞、およびもっとも好ましくは約95〜99%のネスチン陽性細胞を含む神経前駆細胞を生成する。
【0020】
次に、上記ネスチン陽性神経前駆細胞を保存して、適当な免疫学的技術、例えば免疫標識および蛍光選別(ソーティング)、例えば磁気細胞分離(MACS)、固相吸着、蛍光活性化細胞ソーティング(FACS)、細胞表面マーカーに対するフロー免疫細胞化学、またはフロー・サイトメトリー・アッセイによって、NCAM陽性細胞をエンリッチすることが可能である。好ましい実施形態によれば、これらの方法は、少なくとも約40〜70%のNCAM陽性細胞、より好ましくは約50〜60%のNCAM陽性細胞、および最も好ましくは約80〜99%のNCAM陽性細胞を含むネスチン陽性細胞を生成する。いくつかの実施形態では、上記方法は、さらに、増殖培地中でネスチン陽性NCAM陽性神経前駆細胞を、好ましくは6〜10日にわたって、増殖させるステップ(c)を含む。好ましくは、上記増殖培地は、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、ラミニン、プトレッシン、プロゲステロン、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、上皮細胞増殖因子(EGF)、ソニック・ヘッジホッグ(SHH)、線維芽細胞増殖因子−8(FGF−8)、および脳由来神経栄養因子(BDNF)からなる群から選択される1種類以上の可溶性因子を含む。
【0021】
上記ネスチン陽性NCAM陽性神経前駆細胞を、1種類以上の集団を倍加させるために、好ましくは、培養および連続的に継代する。これらの細胞もまた、液体窒素で凍結保存する。NCAM陽性神経前駆細胞を、好ましくは、上記方法のステップ(d)に記載したように、30〜50日間にわたって分化培地中で増殖させる。好ましい実施形態では、上記分化培地が、ウシ胎仔血清、B27、アスコルビン酸、およびN−アセチル・システインが補充された神経基本培地を含む。別の好ましい実施形態では、上記分化培地は、TGF−β3またはインターロイキン−1βあるいは両方を、さらに含む。好ましくは、上記分化培地は、アスコルビン酸、N−アセチル・システイン、グリア細胞系由来神経栄養因子(GDNF)、ジブチリル環状AMP(db−cAMF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューチュリン、ソニック・ヘッジホッグ・タンパク質(SHH)、および線維芽細胞増殖因子−8(FGF−8)からなる群から選択される1種類以上の分化剤を、さらに含む。
【0022】
好ましい実施形態では、上に開示された方法は、分化した神経細胞集団を生成するために用いられ、この分化した神経細胞集団は、好ましくは、約40〜60%のドーパミン作動性神経細胞、より好ましくは70〜80%のドーパミン作動性神経細胞、最も好ましくは90〜99%ドーパミン作動性神経細胞を含む。いくつかの実施形態では、これらの方法は、分化した神経細胞集団を生成するために用いられ、この分化した神経細胞集団は、好ましくは約20〜50%のセロトニン作動性神経細胞、より好ましくは30〜70%のセロトニン作動性神経細胞、最も好ましくは60〜99%のセロトニン作動性神経細胞を含む。他の実施形態では、これらの方法は、分化した神経細胞集団を生成するために用いられ、この分化した神経細胞集団は、好ましくは約15〜40%のオリゴデンドロサイト、より好ましくは約25〜50%オリゴデンドロサイト、最も好ましくは約60〜99%のオリゴデンドロサイトを含む。
【0023】
本発明の開示は、神経前駆細胞からドーパミン作動性神経細胞を生成する方法を提供するもので、該方法は、ネスチンに陽性の細胞として上記神経前駆細胞をエンリッチし、TGF−β3またはインターロイキン−1βあるいはそれら両方の存在下で、細胞を培養することで、ドーパミン作動性神経細胞を生成するために、上記ネスチン陽性細胞を分化させることを含む。好ましくは、少なくとも40〜99%のネスチン陽性細胞が、それらの方法を用いてドーパミン作動性神経細胞に分化する。別の実施形態では、これらの方法は、さらに、NCAMに陽性の細胞として、上記神経前駆細胞をエンリッチし、これらのネスチン陽性NCAM陽性細胞を好ましくは分化させてドーパミン作動性神経細胞(例えば、少なくとも60〜99%の細胞をドーパミン作動性神経細胞に分化させる)を生成する。本発明の開示はまた、神経前駆細胞から神経を生成する方法を提供するもので、該方法は、神経前駆細胞を、ネスチンおよびNCAMに陽性の細胞にエンリッチし、ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させて、TGF−β3またはインターロイキン−1βあるいはそれら両方の存在下で細胞を培養することで、セロトニン作動性神経細胞を生成する。好ましくは、これらの方法を用いて、約30〜99%のネスチン陽性NCAM陽性細胞がセロトニン作動性神経細胞に分化する。
【0024】
本発明の開示はまた、本明細書に記載したように霊長類の多能性の幹細胞に由来する対象となる分化した神経細胞に投与することで、神経変成障害または神経疾患を持つ被検体を処置するための方法を提供する。例えば、分化した神経細胞集団を以下のように誘導してもよい。すなわち、
(a)霊長類の多能性の幹細胞の培養を増殖させ、
(b)多能性の幹細胞を培養して、ネスチンに対して陽性である神経前駆細胞を選択し、
(c)NCAM陽性細胞をエンリッチするための前記ネスチン陽性神経前駆細胞を選別し、
(d)分化培地中で、ネスチン陽性NCAM陽性細胞を培養し、該細胞を分化させることで、分化した神経細胞集団を生成し、
(e)治療上有効な量からなる分化した神経細胞集団を被検体の中枢神経系に投与する。
好ましくは、上記分化培地はTGF−β3またはインターロイキン−1βあるいはそれら両方を含む。好ましい実施形態では、被検体は患者、より好ましくは、ヒト患者であり、霊長類の多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である。好ましくは、ヒト胚幹細胞は患者と組織適合する。例えば、使用した多脳性の幹細胞が本質的に患者のものと同一のゲノムを有する。特定の実施例において、ドーパミン作動性、セロトニン作動性、コリン作動性、感覚神経細胞、またはその代わりとして神経膠星状細胞、あるいはオリゴデンドロサイトは、分化した神経細胞集団から分離されて、患者に投与される。これらの細胞は、例えば分化した神経細胞集団を含むもので、被検体に投与されることで、種々の神経変成障害または神経疾患、例えば限定されるものではないが、パーキンソン病、アルツハイマー病、ハンチントン(舞踏)病、脊髄損傷、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、てんかん、脳梗塞、および虚血からなる群から選択される。好ましくは、上記細胞を移植によって、例えば所望の細胞を被検体の脳に移植することによって、投与する。
本発明の開示はさらに、以下の項目を提供する。
(項目1)
霊長類の多能性の幹細胞を分化させることで得られる、生体外培養状態の分化した細胞集団であって、前記分化した細胞の少なくとも60%がドーパミン作動性神経細胞である、細胞集団。
(項目2)
前記霊長類の多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である、項目1に記載の細胞集団。
(項目3)
霊長類の多能性の幹細胞を分化させることで得られる、生体外培養状態の分化した細胞集団であって、前記分化した細胞の少なくとも60%がチロシン・ヒドロキシラーゼを発現する、細胞集団。
(項目4)
前記霊長類の多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である、項目3に記載の細胞集団。
(項目5)
霊長類の多能性の幹細胞から、分化した神経細胞集団を生成する方法であって、
(a)霊長類の多能性の幹細胞の培養を増殖させるステップと、
(b)前記多能性の幹細胞を培養して、ネスチンに陽性の神経前駆細胞を選択するステップと、
(c)NCAM陽性細胞をエンリッチするための前記ネスチン陽性神経前駆細胞を選別するステップと、
(d)TGF−β3またはインターロイキン−1βあるいは両方を含む分化培地でネスチン陽性NCAM陽性細胞を培養することで、前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させて分化した神経細胞集団を生成するステップと、
を含む、分化神経細胞集団を生成するための方法。
(項目6)
前記多能性の幹細胞が、レーザー・アブレーション法を用いて得られる、項目5に記載の方法。
(項目7)
前記多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である、項目5に記載の方法。
(項目8)
前記ヒト胚幹細胞がレーザー・アブレーション法を用いて得られる、項目7に記載の方法。
(項目9)
前記分化した神経細胞集団が少なくとも約60%のドーパミン作動性神経細胞を含む、項目5に記載の方法。
(項目10)
前記分化した神経細胞集団が少なくとも約30%のセロトニン作動性神経細胞を含む、項目5に記載の方法。
(項目11)
前記分化した神経細胞集団が少なくとも約25%のオリゴデンドロサイトを含む、項目5に記載の方法。
(項目12)
ステップ(b)の前記多能性の幹細胞を培養して胚様体を形成することをさらに含む、項目5に記載の方法。
(項目13)
前記胚様体を培養して、ネスチンに対して陽性である神経前駆細胞を選択する、項目12に記載の方法。
(項目14)
ネスチンに対して陽性である前記神経前駆細胞が、多能性の幹細胞を無血清培地で培養することによって選択される、項目5に記載の方法。
(項目15)
前記無血清培地がITSFn無血清合成培地である、項目14に記載の方法。
(項目16)
前記無血清培地が、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、およびフィブロネクチンからなる群から選択される1種類以上の可溶性因子を含む、項目14に記載の方法。
(項目17)
前記無血清培地が、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、およびフィブロネクチンを含む、項目16に記載の方法。
(項目18)
ネスチンに対して陽性である前記神経前駆細胞が、前記胚様体を無血清培地で培養することで、選択される、項目13に記載の方法。
(項目19)
前記無血清培地がITSFn無血清合成培地である、項目18に記載の方法。
(項目20)
前記無血清培地が、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、塩基性線維芽細胞成長因子、トランスフェリン、およびフィブロネクチンからなる群から選択される1種類以上の可溶性因子を含む、項目18に記載の方法。
(項目21)
前記無血清培地が、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、およびフィブロネクチンを含む、項目20に記載の方法。
(項目22)
前記神経前駆細胞が、少なくとも約95%のネスチン陽性細胞を含む、項目21に記載の方法。
(項目23)
磁気細胞分離(MACS)によって、NCAM陽性細胞についてエンリッチをおこなうために、ステップ(c)の前記ネスチン陽性神経前駆細胞を選別する、項目5に記載の方法。
(項目24)
前記ネスチン陽性神経前駆細胞が、少なくとも約50〜60%のNCAM陽性細胞を含む、項目23に記載の方法。
(項目25)
ステップ(c)の前記ネスチン陽性NCAM陽性神経前駆細胞を増殖培地で増殖させることを、さらに含む、項目5に記載の方法。
(項目26)
前記増殖培地が、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、ラミニン、プトレッシン、プロゲステロン、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、上皮細胞増殖因子(EGF)、ソニック・ヘッジホッグ(SHH)、線維芽細胞増殖因子−8(FGF−8)、および脳由来神経栄養因子(BDNF)からなる群から選択される1種類以上の可溶性因子を含む、項目25に記載の方法。
(項目27)
前記細胞が6〜10日間にわたって前記増殖培地で増殖する、項目26に記載の方法。
(項目28)
1種類以上の集団を倍加させるために、前記細胞を培養し、そして連続的に継代する、項目26に記載の方法。
(項目29)
前記細胞が液体窒素中で凍結保存される、項目26に記載の方法。
(項目30)
前記分化培地が、ウシ胎仔血清、B27、アスコルビン酸、およびN−アセチル・システインが補充された神経基本培地を含む、項目5に記載の方法。
(項目31)
前記分化培地が、アスコルビン酸、N−アセチル・システイン、グリア細胞系由来神経栄養因子(GDNF)、ジブチリル環状AMP(db−cAMF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューチュリン、ソニック・ヘッジホッグ・タンパク質(SHH)、および線維芽細胞増殖因子−8(FGF−8)からなる群から選択される1種類以上の分化剤を、さらに含む、項目5に記載の方法。
(項目32)
前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化培地で30〜50日間にわたり増殖させる、項目5に記載の方法。
(項目33)
神経前駆細胞からドーパミン作動性神経細胞を生成する方法であって、
ネスチンに陽性の細胞として、前記神経前駆細胞をエンリッチし、前記ネスチン陽性細胞をTGF−β3またはインターロイキン−1βあるいは両方の存在下で培養することで前記ネスチン陽性細胞を分化させて、ドーパミン作動性神経細胞を生成する、ドーパミン作動性神経細胞生成方法。
(項目34)
少なくとも約40%の前記ネスチン陽性細胞がドーパミン作動性神経細胞に分化する、項目33に記載の方法。
(項目35)
NCAMに陽性の細胞として、前記神経前駆細胞をエンリッチすることを、さらに含む、項目33に記載の方法。
(項目36)
前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させてドーパミン作動性神経細胞を生成する、項目34に記載の方法。
(項目37)
少なくとも約60%の前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞が、ドーパミン作動性神経細胞に分化する、項目36に記載の方法。
(項目38)
神経前駆細胞からセロトニン作動性神経細胞を生成する方法であって、
ネスチンおよびNCAMに陽性である細胞として、前記神経前駆細胞をエンリッチすること、ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させて、前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞をTGF−β3またはインターロイキン−1βあるいは両方の存在下で培養することで前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させて、セロトニン作動性神経細胞を生成する、セロトニン作動性神経細胞生成方法。
(項目39)
少なくとも30%の前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞がセロトニン作動性神経細胞に分化する、項目38に記載の方法。
(項目40)
神経変性障害または神経疾患を持つ患者を処置する方法であって、
(a)霊長類の多能性の幹細胞の培養を増殖させるステップと、
(b)前記多能性の幹細胞を培養して、ネスチンに陽性の神経前駆細胞を選択するステップと、
(c)NCAM陽性細胞をエンリッチするための前記ネスチン陽性神経前駆細胞を選別するステップと、
(d)TGF−β3またはインターロイキン−1βあるいは両方を含む分化培地でネスチン陽性NCAM陽性細胞を培養することで、前記ネスチン陽性NCAM陽性細胞を分化させて分化した神経細胞集団を生成するステップと、
(e)治療上有効量の前記分化した神経細胞集団を、患者の中枢神経系に移植するステップと、
を含む、処置方法。
(項目41)
前記霊長類の多能性の幹細胞がヒト胚幹細胞である、項目40に記載の方法。
(項目42)
前記分化した神経細胞集団からドーパミン作動性神経細胞を単離し、該ドーパミン作動性神経細胞を前記患者に投与することを、さらに含む、項目40に記載の方法。
(項目43)
前記神経変性障害または神経疾患が、パーキンソン病、アルツハイマー病、ハンチントン病、脊髄損傷、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、てんかん、脳卒中、および虚血からなる群から選択される、項目40に記載の方法。
(項目44)
前記分化した神経細胞集団が、前記患者の脳に移植される、項目40に記載の方法。
別の実施形態では、本明細書に記載したように、霊長類の多能性の幹細胞に由来する分化した神経細胞を用いて、化合物(例えば低分子および薬物)のスクリーニングを、分化した神経細胞または該細胞の活性に対するそのような化合物の効果について、おこなうことができる。このような化合物のスクリーニングは、神経細胞毒性または変調についてもおこなうことができる。化合物を分化した神経細胞の集団に添加して細胞の生存率、形態、表現型、機能的活性、または他の特徴を、該化合物にさらしていない点を除いては同様の条件下で培養の分化した神経細胞と比較することで、化合物の評価をおこなうこといができる。例えば、上記化合物は、神経伝達物質の合成、放出、または細胞による取り込みの変化に作用するかどうかについて決定するために、スクリーニングされる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
以下の図面は、本明細書の一部を形成し、本発明の開示のいくつかの態様をさらに説明するために含まれ、本発明の開示は、本明細書に示した特定の実施形態の詳細な説明と組み合わせて1つ以上のそれらの図面を参照することで、よりよく理解され得る。
【図1】図1は、ネスチンに陽性であるヒト胚幹細胞に由来する神経前駆細胞を示す。(A)は、ネスチン・マーカーに対して免疫反応性を示す神経前駆細胞、(B)は、選択された増殖因子の存在下で、無血清条件下、増殖したネスチン陽性細胞の位相差顕微鏡写真である。
【図2】図2は、ヒト胚幹細胞に由来し、かつNCAM−FITCによって標識されたネスチン陽性細胞のFACS分析を示す。(A)は、抗ウサギFITCで処理した未標識細胞の分析を示し、(B)は、NCAMに対する一次抗体で処理され、抗ウサギFITC(二次抗体)によって標識された細胞の分析を示す。この研究では、50〜60%のネスチン陽性細胞がNCAMに対して免疫陽性であった。
【図3】図3Aおよび図3Bは、MACSを用いて選別され、かつ組織培養プレート上で再び平板培養されたヒト胚幹細胞に由来のMCAM陽性細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図4】図4Aおよび図4Bは、ヒト胚幹細胞に由来するMAP−2およびβチューブリンによって標識された神経細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図5】図5は、チロシン・ヒドロキシナーゼ(TH)に陽性の神経細胞の存在を示す。(A)は、約60%の神経細胞が、MACSを用いたNCAM陽性細胞のエンリッチされた集団で、未選別ネスチン陽性細胞の増殖および分化後、THに対して陽性であったことを示す免疫蛍光分析である。(B)は、未選別のネスチン陽性細胞の増殖および分化の後、約40%の神経がTHに対して陽性であったことを示す免疫蛍光分析である。
【図6】図6は、オリゴデンドロサイトの代表的な蛍光顕微鏡写真である。免疫蛍光分析によれば、オリゴデンドライトとして約25〜30%の、単離ネスチン陽性細胞が陽性に染色された。
【図7】図7は、神経伝達物質セロトニンを発現する神経細胞の代表的な蛍光顕微鏡写真である。約30%のネスチン陽性細胞と、同様に約20%のNCAM陽性細胞とが、セロトニンに対して免疫反応性を示す。
【図8】図8は、TH(緑)および別の神経特異的抗体(赤)に対して免疫標識されたドーパミン作動性神経細胞を示す傾向顕微鏡写真であり、(A)はチューブリンとTHとの共存、(B)はMAP−2とTHとの共存、(C)はNurr1とTHとの共存、および(D)はDATとTHとの共存を示す。
【図9】図9は、THに対して陽性のMAP−2陽性神経細胞(ドーパミン作動性神経細胞)の割合を示す棒グラフである。図に示すように、THに陽性の神経細胞の割合は、さらなる分化が7、22、および37日を超えて増加している。
【図10】図10は、NCAM陽性のエンリッチされた細胞での異なる神経細胞集団の定量的分析を示す棒グラフである。約60%のNCAM陽性細胞もまた、THに対して免疫陽性を示した。約30%はセロトニンに対して免疫陽性を示した。さらに、約15%はGABAおよびグルタミン酸塩に対して免疫陽性を示した。
【図11】図11は、免疫蛍光によって分析されるように、ネスチン陽性細胞の増殖および分化の後の異なる神経細胞集団の定量的分析を示す棒グラフである。約40%のネスチン陽性細胞がTHに対して免疫陽性を示した。約30%がセロトニンに対して免疫陽性を示した。約28%がオリゴデンドロサイトに対して免疫陽性を示した。さらに、約2%がグリア線維性酸性タンパク質(GFAP、星状細胞に対するマーカー)に対して免疫陽性を示した。
【図12】図12は、実施例1に開示された条件下でのヒト胚幹細胞の生体外最終分化中でのヒト胚幹細胞の遺伝子発現プロフィールを示す。UD=未分化、EB=胚様体、NS=ネスチン陽性細胞、NE=ネスチン増殖細胞、および残留時点は、実施例1に開示さいたように、細胞を神経基本培地で培養し、増殖因子で選択した日数を示す。ドーパミン作動性神経細胞に特異的な因子(例えばNurr1、En−1、およびD2RL)は、分化の初期段階過程で発現される。ドーパミン作動性神経細胞特異的遺伝子THの発現は、未分化幹細胞を除く全ての段階で観察された。DBHのいかなる発現も存在しないことで、これらの細胞の中脳表現型が確認された。
【図13】図13は、分化の7、22、および37日目にRP−HPLCで測定した細胞ライセート中の細胞内ドーパミン・レベルを示す。増殖因子の存在下で、ドーパミン・レベルは、未処理細胞(1〜4μg/ml)よりもかなり高かかった(4〜6μg/ml)。7および22日目でMPTA処理細胞ではドーパミンが検出されなかったが、37日目でドーパミン・レベルの減少がみられた。
【図14】図14は、分化の7、22、および37日後に馴化培地で培養した分化細胞でドーパミン放出がKClによって生ずることを示した棒グラフである。細胞を56mMKClで15分間にわたって刺激してドーパミン分泌が増加した。培養懸濁液を7.5%オルトリン酸およびメタ重亜硫酸ナトリウム(メタ重亜硫酸ナトリウム)によって安定化した。
【発明を実施するための形態】
【0026】
発明の詳細な説明
本発明の開示は、多能性の幹細胞から分化する神経血統の細胞の効果的な生成方法を提供する。本明細書中で生成される細胞として、限定されるものではないが、神経前駆細胞、ドーパミン作動性、セロトニン作動性、コリン作動性、および感覚神経細胞、さらにまた星状細胞およりオリゴデンドロサイトの表現型の特徴を持つ細胞が挙げられる。本明細書で生ずる細胞は、そのような細胞の評価をおこなう当業者によって容易に理解される表現型の特徴、形態学的特徴、および/または細胞マーカーによって、同定される。本明細書で使用するように、「神経前駆細胞(neuroprogenitor cell)」という用語は、「神経前駆細胞(neural progenitor cell)」または「神経前駆細胞(neural precursor cell)」という用語と相互に置き換えることができ、神経前駆体もしくは神経細胞等の神経細胞あるいはグリア前駆体、星状細胞、もしくはオリゴデンドロサイト等のグリア細胞のいずれかである子孫を生成することができる。本明細書中に開示される方法は、細胞が神経系列の細胞に分化するのを促進する環境条件と可溶因子との組み合わせで、細胞を培養することを含む。さらに、物理的分離またはマニピュレーション技術を用いて、さらに所望の神経細胞型についてエンリッチすることができる。
【0027】
これらの前駆体および分化した神経細胞を数多くの用途に用いることができ、該用途として、治療および実験用途、同様に生体外薬物開発およびスクリーニング(例えば、神経細胞毒性に関する化合物もしくは神経細胞の機能を修飾する能力)が挙げられる。
【0028】
多能性の幹細胞に由来する前駆体および分化した神経細胞(例えば、ドーパミン作動性神経細胞およびセロトニン作動性神経細胞、同様に他の特化した神経細胞型)は、神経変性障害および神経疾患を患っている個体に対して、相当な潜在的利点とともに、これらの神経の潜在的に非限定的な供給元を提供する。本明細書中に記載した前駆体および分化した神経細胞は、一般に、該神経細胞が由来する細胞集団の子孫であることから、本質的に親集団(遺伝的改変、形質転換、またはトランスフェクションされた親集団を含む)と同じゲノムを有する。
【0029】
本発明の開示の一実施形態は、多能性の幹細胞、好ましくはドーパミン作動性神経細胞等の中脳神経の特徴を持つ霊長類胚幹(ES)細胞または霊長類胚生殖(EG)細胞から神経細胞を生成する方法に関する。別の実施形態は、多能性の幹細胞、好ましくはセレトニン作動性神経細胞等の後脳神経の特徴を持つ霊長類ES細胞または霊長類EG細胞から神経細胞を生成する方法に関する。これらの方法で使用し得る霊長類ES細胞またはEG細胞は、最も好ましくはヒトES細胞またはEG細胞である。これらの神経は、ある種の可溶性因子および環境条件の存在下で細胞を培養することで、多能性の幹細胞から誘導される。
【0030】
本明細書で用いられるように、「ドーパミン作動性神経(dopaminergic neurons)」という用語は、ドーパミン合成の律速酵素であるチロシン・ヒドロキシラーゼ(TH)を発現する神経細胞のことをいう。好ましくは、ドーパミン作動性神経細胞は、神経伝達物質ドーパミンを分泌し、ドーパミン−β−ヒドロキシラーゼをほとんど発現しない。ドーパミン作動性神経細胞は、生体内で線条体、大脳辺縁系、および新皮質を神経支配して、運動ニューロンを含む神経細胞のいくつかの他の種類と共に、腹側中脳にある。ドーパミン作動性神経細胞は、特に中脳の黒質に位置して、姿勢反射、運動、および報酬関連挙動を制御する。正常機能的ドーパミン作動性神経細胞の喪失によって、パーキンソン病が生じ、その異常な機能は統合失調症および薬物嗜癖を伴っている。本明細書で用いられるように、「セロトニン作動性神経細胞」とは、神経伝達物質セロトニン(5−ヒドロキシトリプタミン)を分泌する神経細胞のことをいう。セロトニン作動性神経細胞は、概して発射の緩徐性、周期的パターンを有し、生体内で後脳の腹側面および腹外側面に集中しており、また大脳皮質、大脳辺縁系、および脊髄を含む中枢神経系の大部分を神経支配する。これらの神経細胞は、認識、興奮、挙動、および摂食行動のレベルを制御する。セロトニン作動性神経細胞の異常機能は、攻撃性、鬱(自殺行為を含む)、および精神分裂症に結びついている。
【0031】
本発明の開示は、改善された方法に関するもので、該方法は、多能性の幹細胞を神経前駆細胞に分化、また同様に、神経系列の細胞に対して表現型、分子、および/または細胞の特徴が同じ神経細胞の分化した集団に、分化させる。多能性の幹細胞は、ヒトES細胞であり、分化した神経細胞はドーパミン作動性神経細胞またはセロトニン作動性神経細胞である。本発明の開示はまた、開示された方法によって生産される細胞と細胞集団とに関するものである。いくつかの実施形態では、開示された方法は、以下のステップを含む。すなわち、
1.多能性の幹細胞の母集団を単離する。多能性の幹細胞は、新規レーザー・アブレーション法を使用して誘導される好ましくはES細胞である。
【0032】
2.多能性の幹細胞を増殖して、充分な出発原料を提供する。
【0033】
3.多能性の幹細胞を懸濁培養して、胚様体を生成する。
【0034】
4.胚様体を基質上で再び平板培養し、ネスチンに対して陽性である神経前駆細胞を選択する無血清培地でインキュベートする。
【0035】
5.ネスチン陽性細胞を選別して、NCAMに陽性の細胞のエンリッチされた集団を単離する。
【0036】
6.ネスチン陽性および/またはNCAM陽性神経前駆細胞を、神経系に関連した可溶性因子を含む増殖培地で増殖させる。
【0037】
7.ネスチン陽性および/またはNCAM陽性神経前駆細胞を、神経系に関連した可溶性因子の組合せを含む神経基本培地で、成熟した神経細胞に分化させる。
多能性幹細胞の供給源
多能性幹細胞から神経系列の細胞を分化させるための本明細書に開示される方法は、著しく高い割合の多能性幹細胞を特定の神経細胞型に分化させることを目的とする特定の培養条件を用いることを伴う。多能性の幹細胞は、前胚、胚、または受精後の任意の時間の胎児の組織に由来するもので、適当な条件下で、いくつかの異なる細胞型に分化することが可能であり、該細胞型は全体で3つの胚葉(内胚葉、中胚葉、および外胚葉)の誘導体である。神経系列の細胞は、分化する能力を有する胎児または成体組織から単離される幹細胞に由来することもでき、あるいは神経系列の細胞に再プログラムされることもできる。多能性の幹細胞は、限定されるものではないが、哺乳類のES細胞およびEG細胞(望ましくは霊長類またはヒトES細胞およびEG細胞)を含む。望ましくは、未分化の多能性幹細胞は、培地中で分裂して際限なく増殖する能力を有する。本明細書で用いられるように、用語「分化(differentiation)」とは、未分化の多能性幹細胞または前駆体細胞がより特化した運命を獲得するプロセスのことをいう。例えば、分化細胞は特定の細胞型または組織に特徴的である表現型を有する。
【0038】
好ましい実施形態において、本明細書中に使用されるES細胞およびES細胞系は、胚盤胞の内細胞塊に由来する。これらの胚盤胞は、回収された生体内受精移植全胚から単離、または生体外受精(IVF)(例えば、従来の授精、細胞質内精子注入法、または卵質移植)であってもよい。ヒト胚盤胞は、自発的に余剰胚を寄付する夫婦または提供者から得られる。これらの夫婦または提供者からの書面による自発的同意を獲得した後に、これらの胚を研究目的のために用いる。あるいは、胚盤胞は、ヒトまたはヒト以外の除核卵母細胞に、体細胞または細胞核の移動によって誘導することが可能であり、それによって刺激されて胚盤胞段階に成長していく。使用される胚盤胞は凍結保存されたものであってよく、あるいは初期の段階で凍結保存されて胚盤胞段階の胚にまで成長し続けることが可能となる胚から得られたものでもよい。胚盤胞と内細胞塊との両方の成長は、種によって異なるものであり、当業者によく知られている。
【0039】
霊長類またはヒトES細胞は、標準的な免疫手術法を用いて胚盤胞から誘導することが可能であり、例えば該免疫手術法は、米国特許第5,843,780号および第6,200,806号、Thomson et al.,(Science 282:1145−1147,1998)、および Reubinoff et al.,(Nature Biotech 18:399−403,2000)に開示されており、各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する。当業者に知られている方法のいくつかによって誘導されたES細胞を開示された方法で用いることができるにもかかわらず、好ましい実施形態は、独特のレーザー・アブレーション法によって誘導したヒトES細胞を用いる(米国特許出願番号第10/226,711号、この内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。手短に言えば、この方法は、透明帯の一部と胚盤胞の栄養外胚葉とのレーザー・アブレーションを通して、胚盤胞の内細胞塊から、細胞を単離するもので、該レーザー・アプレーションは胚盤胞にアパーチャーまたは穴を形成し、このアパーチャーまたは穴を介して内細胞塊を吸引することができる。次に、これらの細胞をさらに培養することで、ES細胞系を確立することができる。この技術は、有利である。なぜなら、従来の免疫手術の扱いにくい手順を実施することなく、内細胞塊の細胞を単離することが可能となるからである。さらに、この技術を用いて生成したES細胞系は、特定のヒトES細胞系で、任意の動物由来抗体および血清が存在しない状態で単離することができ、このことはES細胞系に動物微生物が伝染するリスクを最小化することができる。別の実施形態では、ヒト胎児材料に存在する原生殖細胞に由来するヒトEG細胞を用いる(米国特許第6,090,622号、および Shamblott et al.,1998,Proc.Natl.Acad Sci.USA.95:13726−13731,各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。
【0040】
好ましくは、ES細胞系を、長期間にわたって、例えば1年以上にわたって、未分化状態で培養液中で維持することができ、通常の正倍数体核型を維持することができる。ヒトES細胞の同定は、核と細胞質との比率が高いこと、顕著な核小体、およびコンパクトなコロニー形成(しばしば明確な細胞境界およびマウスES細胞よりも多くの場合平坦である)によって形態学的におこなうことが可能である。ヒトES細胞は、Thomson et al.,(1998),Reubinoff et al.,(2000)、およびBuehr and Mclaren(1993)(各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)に開示されているように、好ましくはヒト多能性ES細胞に対するマーカー(例えば、SSEA−3、SSEA−4、GCTM−2抗原、およびTRA2−60)に対して免疫反応性を示す。望ましくは、ヒトES細胞も、OCT−4と同様に、アルカリホスファターゼを発現する。別の実施形態において、ヒトES細胞は、非付着培養条件下で胚様体を形成することが可能である(米国特許第6,602,711号、本明細書の一部を構成するものとして援用)。これらの胚様体を、他の所望の細胞系譜と同様に、内胚葉、中胚葉、および外胚葉胚葉の分化型誘導体を誘導するのに用いることができる。
【0041】
多能性の幹細胞(特にヒトESまたはEG細胞)を、実質的に未分化状態で細胞を維持する培養条件下で、連続的に増殖させることができる。ES細胞を適当な細胞密度に保ち、繰り返して分離および継代し、その一方で培地を頻繁に交換して分化するのを防がなければならない。細胞培養および培養ES細胞に関する一般的技術に関しては、開業医は標準的教科書および総説を参照することができる。例えば、E.J.Robertson,”Teratocarcinomas and embryonic stem cells:A practical approach” ed.,JRL Press Ltd.1987;Hu and Aunins,1997,Curr.Opin.Biotechnol.8(2):148−53;Kitano,1991,Biotechnology 17:73−106;Spier,1991,Curr.Opin.Biotechnol.2:375−79;Birch and Arathoon,1990,Bioprocess Technol.10:251−70;Xu et al.,.,2001,Nat.Biotechnol.19(10):971−4;and Lebkowski et al.,.,2001,Cancer J.7 Suppl.2:S83−93が挙げられる。各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する。
【0042】
伝統的に、ES細胞は支持細胞の層上で、ES培地で培養される。支持細胞層はES細胞で共培養される1つの組織型の細胞であって、ES細胞が実質的な分化を生ずることなく成長することができる環境を提供する。支持細胞層上でES細胞を培養する方法は、当業者に周知である(米国特許第5,843,780号および第6,200,806号、WO 99/20741、米国特許出願第09/530,346号および第09/849,022号、ならびにWO 01/51616、各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。支持細胞層は、望ましくはES細胞の分化を減少、阻害、または抑制する。支持細胞層は、概して、ヒトまたはマウス起源の胎児線維芽細胞支持細胞層であり、例えば、マウス胎児線維芽細胞、ヒト胎児線維芽細胞、ヒト線維芽細胞様細胞または間充織細胞(ヒト胚幹細胞またはSTO細胞に由来)である。
【0043】
ES細胞はES培地の存在下で好ましくは培養され、ES細胞の分化を減少、阻害、または抑制する。好ましくは、ES細胞の培養に使用されるES培地は、栄養血清、例えばES細胞の成長および生存度を維持するために効果的な栄養分を供給する血清または血清を主成分とする溶液が追加されている。栄養血清は、動物性血清。例えば胎仔ウシ血清(FBS)またはウシ胎仔血清(FCS)であってもよい(米国特許第5,453,357号、第5,670,372号、および第 5,690,296号、本明細書の一部を構成するものとして援用)。ES培地はまた、無血清であってもよい(WO 98/30679、WO 01/66697、および米国特許出願第09/522,030号。各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。ES細胞を培養するための血清による適当なES培地の例は、高グルコース含有量(70〜90%)のダルベッコの改質イーグルの培地(DMEM)(GIBCO)(ピルビン酸ナトリウムを含まず)であり、該培地に、FBSまたはFCS(10〜30%)、β−メルカプトエタノール(0.1mM)、非必須アミノ酸(1%)、およびL−グルタミン2mM、4ng/ml塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、50U/mlペニシリン、50μg/mlストレプトマイシン、ならび1000U/ml白血病阻止因子(LIF)が加えられている。ES細胞を培養するための適当な無血清のES培地の例は、80%の「ノックアウト(KnockOut)」ダルベッコの改質イーグル培地(DMEM)(GIBCO)、20%のKnockOut SR(無血清の代わり、GIBCO)、β−メルカプトエタノール(0.1mM)、非必須アミノ酸(1%)、およびL−グルタミン1mMである。
【0044】
ES細胞を、無支持細胞系培地条件下で培養することも可能である。ES細胞を無支持細胞系培地で培養する方法は、当業者に周知である(米国特許第2002/0022268号、WO 03/020920、および米国特許出願第 10/235,094号、各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。無支持細胞系培地中のES細胞は、適当な培養基質、例えば細胞外基質、Matrigel(登録商標)(Becton Dickenson)またはラミニン上で、好ましくは増殖する。無支持細胞系培地も、ES細胞の増殖を支援するために、好ましくは条件培地を使用する。条件培地を、充分な期間、マウス胎児線維芽細胞またはヒト胎児線維芽細胞細胞の第1の集団を培地で培養することによって調製することで、実質的な分化なしでES細胞を培養することを支援する「条件」培地を生産する。あるいは、無支持細胞系培地を、別の細胞型によって条件づけられていない培養に新たに加えられる効果的な培地で細胞外基質と組み合わせることができる(米国特許第2003/0017589号、この内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。
神経前駆細胞の調製
単離した多能性の幹細胞を増殖し、該幹細胞を神経前駆細胞に分化させる培養条件にさらすことが可能である。多能性の幹細胞を神経分化経路に沿って進めるために、本明細書に開示した分化プロトコールに従って細胞の培養をおこなう。多能性幹細胞の培養を、分化剤(例えば可溶性因子および増殖因子)を含む分化栄養培地中の適当な基質上でおこなう。適当な基質として、限定されるものではないが、正電荷で被覆した固体表面(例えば、ポリ‐L‐リジンまたはポリオルニチン)、細胞外基質成分で被覆された基質(例えばフィブロネクチン、ラミニンまたはMatrigel(登録商標))、あるいはそれらの組み合わせが挙げられる。好ましい分化栄養培地は所望の神経細胞型の増殖、分化、および生存を支持するものであって、1種類以上の適当な分化剤を含むものであってもよい。本明細書で用いられるように、用語「増殖因子(growth factor)」とは、細胞の増殖および分化の活性化を主要な結果とする細胞表面上で受容体に結合するタンパク質のことをいう。適当な可溶性因子として、限定されるものではないが、ニューロトロフィン、マイトジェン(幹細胞因子)、増殖因子、分化因子(例えば、TGF−βスーパーファミリー)、TGF−βスーパーファミリー・アゴニスト、神経栄養因子、抗酸化剤、神経伝達物質、および生存因子が挙げられる。多くの可溶性因子はかなり用途が広く、他のものが特定の細胞型に対して特異的である一方で、数多くの異なる細胞型で細胞分裂を刺激する。
【0045】
特に神経細胞型の分化を促進する適当な分化剤として、限定されるものではないが、プロゲステロン、プトレッシン、ラミニン、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、ニューチュリン、ソニック・ヘッジホッグ(SHH)、ノギン、フォリスタチン、表皮増殖因子(EGF)、任意の型の線維芽細胞増殖因子(例えばFGF−4、FGF−8、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF))、増殖および分化因子5(GDF−5)、ニューロトロフィン・ファミリーのメンバー(神経増殖因子(NGF)、ニューロトロフィン3(NT−ニューロトロフィン4(NT−4)、脳由来神経栄養因子(BDNF)))、形質転換増殖因子α(TGF−α)、形質転換増殖因子β−3(TGFβ3)、血小板由来増殖因子(PDGF−AA)、インスリン様増殖因子(IGF−1)、骨形態形成タンパク質(BMP−2、BMP−4)(グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)、レチノイン酸(RA)、ミドカイン、アスコルビン酸、ジブチリルcAMP、ドーパミン、ならびにgp130と複合体を形成する受容体に対するリガンド(例えば、LIF、CNTF、SCF、IL−11、およびIL−6)が挙げられる。分化栄養培地は、神経細胞(例えばN2およびB27添加物(Gibco))の維持培養を助ける添加物を含んでもよい。
【0046】
多能性の幹細胞が最初に誘導されて胚様体を形成する。胚様体は、細胞外基質成分の有無にかかわらず適当な基質(例えば、フィブロネクチンまたはラミニン)上へ直接平板培養され、神経前駆細胞(例えばネスチン陽性神経前駆細胞)への分化促進に適している適当な分化栄養培地で培養される。ネスチンは、神経前駆体細胞に特有な細胞マーカーである。別の実施形態では、多能性幹細胞は胚様体を形成することによって、例えば多能性幹細胞を懸濁液で培養することによって生じた不均一な細胞集団中に最初に凝集する。これらの細胞を、胚様体で細胞の分化を促進するために、上に列挙した分化剤の1種類以上とともに、血清の有無にかかわらず栄養培地で培養することができる。本明細書で用いられるように、用語「胚様体(embryoid bodies)」とは、多能性幹細胞が懸濁培養で増殖する場合に、または単層培養で過剰に増殖した場合に発生する分化型細胞の凝集のことをいう。胚様体も、細胞の凝集で、未分化細胞を有するものであってもよい。好ましくは、このような細胞凝集は、原始的内胚葉によって囲まれる。胚様体は、一般的に、3種類の胚葉全て、すなわち外胚葉、中胚葉、および内胚葉に由来する細胞を含む。成熟したヒト胚様体では、種々の細胞型(例えば神経細胞、造血性細胞、肝細胞、および心筋細胞)のマーカーを持つ細胞を識別することが可能である。成熟した胚様体に含まれるいくつかの細胞は、分化細胞のように機能的にふるまうことができる。例えば、活発な心筋細胞によって、胚様体を脈動させることができる。好ましくは、特異的な細胞型が治療目的のために得られるように、多能性の幹細胞の分化が制御される。
【0047】
上記胚様体の培養は、該胚様体が十分な大きさまたは所望の分化に達するまでおこなわれ、例えば培養3〜10日後、基質上で平板培養される。好ましくは、上記基質は細胞外基質成分で被覆されており、該基質成分として、限定されるものではないが、ポリ−1−リシン、ポリ−1−オルニチン、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン、Matrigel(登録商標)、またはそれらの組合せが挙げられる。好ましくは、上記胚様体を、細胞を分散させることなく、基質上に直接平板培養する。次に、胚様体を、さらに平板培養された細胞の分化を促進する条件下、例えばネスチン陽性細胞に対して選択的であるITSFn(ネスチン選択)無血清合成培地で、培養する。ネスチンは、感覚上皮で発現される中間のフィラメントタンパク質である。好ましくは、細胞の選択を、5−16日の期間にわたって、ネスチン陽性細胞に関しておこなう。好ましくは、ネスチン陽性細胞の増殖に使用されるITSFn培地は、プロゲステロン、プトレッシン、ラミニン、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、bFGF、SHH、EGF、FGF−2、FGF−8、およびBDNFからなる群から選択される1種類以上の増殖因子で補われるDMEM:F−12である。
【0048】
ネスチン陽性細胞を含むこの不均一な細胞集団を、その後増殖するか、あるいは神経細胞接着因子(NCAM)陽性細胞をエンリッチするために選別する。NCAMは、神経細胞に特徴的な表面マーカーである。ネスチン陽性細胞が選択された直後に、またはネスチン陽性細胞が培地中で増殖した後に、NCAM陽性細胞を選別することができる。いくつかの実施形態では、上記細胞は、NCAMに結合する抗体またはリガンドに細胞を接触させることによって、NCAM陽性細胞について選別された後、特異的に認識された細胞の分離が、適当な免疫学的技術(例えば免疫標識および蛍光選別)によっておこなわれ、該技術として例えば固相吸着、蛍光活性化細胞ソーティング(選別)(FACS)、細胞表面マーカーのためのフロー免疫細胞化学、フローサイトメトリー・アッセイ、または磁気細胞分離(MACS)が挙げられる。NCAM陽性細胞を単離するための他の方法として、限定されるものではないが、差次的平板培養(differential plating)、汚染細胞の免疫特異的溶解、または収集技術が挙げられ、これらは当業者に周知である。好ましい実施形態では、ネスチン陽性細胞の選別(例えば、MACSによる)は、生存可能な値浮沈陽性細胞の集団をエンリッチし、NCAMを約40〜70%、好ましくは約60%〜80%、より好ましくは約85%ないし90%、さらに最も好ましくは約95%ないし99%発現する。
【0049】
一実施形態では、ヒトES細胞を適当な培地中で支持細胞が存在しない状態で細菌学的プレート上で培養することによって、上記胚様体をヒトES細胞から生成する。好ましくは、ヒトES細胞をクラスターに分離した後、非付着プレートで平板培養することで、胚様体の発現を促進する。適当な培地は、好ましくは高グルコースのDMEMを含むとともに、10〜20%のFCSが添加されている。他の補助剤(サプリメント)をこの培地に加えてもよく、例えば0.1mMの2‐メルカプトエタノール、2mM L−グルタミン、50U/mlのペニシリン、50μg/mlのストレプトマイシンが挙げられる。胚様体を、好ましくは4〜8日の間成長させた後、該胚様体を再び、ネスチン陽性細胞の選択のために0.1%ゼラチン含有ITSFn無血清培地で被覆された培養プレート上で平板培養する。好ましくは、上記ITSFn無血清培地は、ネスチン陽性細胞を選択する、増殖因子、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、およびフィブロネクチンを増殖因子で補われた基本培地DMEM:F−12(1:1)またはIMDM培地を含む。
【0050】
好ましい実施形態では、ネスチン陽性細胞は、NCAM陽性細胞を単離するために、MACSによって選別される。NCAM陽性細胞は、神経前駆細胞の割合増加を促進し、より分化した表現型に適応するように該細胞を誘導する培地中で、実質的に増殖する。好ましくは、NCAM陽性細胞の培養を、細胞外基質成分(例えばポリ−1−リシン、ポリ−1−オルニチン、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン、およびMatrigel(登録商標)、またはそれの組合せで事前に被覆(プレコーティング)された基質上でおこなう。細胞外基質による培養皿のプレコーティングは、増殖培地でより良好な付着と増殖とを可能に、またドーパミン作動性神経細胞分化にとって良好な結果を与える。細胞は、増殖培地で培養される、細胞を増殖培地、例えば、プロゲステロン、プトレッシン、ラミニン、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、トランスフェリン、bFGF、SHH、EGF、FGF−2、FGF−8、BDNF、PDGF、IGF−1、CTNF、およびNT−3からなる群から選択される1種類以上の増殖因子が補われているDMEM/F12培地で培養する。いかなる特定のメカニズムによって結合することを望まないが、増殖培地に存在するこれらの種々の因子が神経細胞の割合の全体的増加に貢献し、中脳神経前駆細胞をさらに誘導してドーパミン作動性神経細胞表現型を選ぶと考えられている。好ましい実施形態では、ネスチン陽性NCAM陽性前駆細胞は、3〜10日にわたる増殖が許される。これらの細胞をまた、少なくとも30回の集団倍加にわたって継代培養し、分化能がなんら喪失することなくさらに使用するために凍結することもできる。
ドーパミン作動性およびセロトニン作動性神経細胞の分化
本明細書中に開示される方法によって調製される神経前駆細胞は、さらに分化して高い割合の成熟した神経細胞、例えばドーパミン作動性神経細胞およびセロトニン作動性神経細胞になる。神経前駆細胞は、星状細胞およびオリゴデンドロサイトにさらに分化することもできる。好ましくは、ネスチン陽性および/またはNCAM陽性神経前駆細胞は、最終的に分化した神経細胞または成熟した神経細胞への前駆細胞の分化を促す神経基本培地で5〜60日間増殖する。好ましい実施形態では、上記神経基本培地(Gibco)は、10%FBSもしくはDCS、B27、およびインターロイキン−1β、ジブチリル環状AMP(db−cAMP)、グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)、形質転換増殖因子β3(TGF−β3)、形質転換増殖因子α(TGFα)、ニューチュリン、SHH、アスコルビン酸、BDNF、FGF−2、FGF−8、N−アセチル・システイン、C−キット・リガンド、レチノイン酸、NT−3、BMP−2、およびBMP−4が挙げられる。好ましい実施形態では、上記神経基本培地として、1種類以上の以下の因子、すなわちインターロイキン−1β、db−cAMP,GDNF、TGF−β3、ニューチュリン、SHH、アスコルビン酸、BDNF、FGF−8、およびN−アセチル・システインを含む。加えて、神経前駆細胞の分化、増殖、または両方を助長する因子のいくつかまたは全てを取り下げることで、分化が促進される場合もある。
【0051】
好ましくは、神経前駆細胞が高い割合でドーパミン作動性神経細胞、セロトニン作動性神経細胞、またはオリゴデンドロサイトに分化し、例えば、少なくとも細胞の20%、25%、30%、35%、40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、または99%である。また、1つの神経細胞型(例えばドーパミン作動性神経細胞)を、分化した神経細胞の集団から、免疫標識および蛍光選別(例えば、固相吸着、FACS、およびMACS)等の当業者に周知の方法によって、さらに精製することができる。1つの好ましい実施形態では、NCAM−陽性細胞の免疫吸着によってエンリッチされた集団を適当な培地で増殖および分化させることで、高い割合(約60%)のドーパミン作動性神経細胞が得られる。
神経前駆細胞および分化した神経細胞の用途
本明細書に記載する神経前駆細胞および分化した神経細胞(例えば、成熟した神経細胞、最上細胞、およびオリゴデンドロサイト)を種々の用途、例えば治療への応用、さらにまたそれらの細胞に作用する小分子薬等の種々の化合物の生体外評価およびスクリーニングに利用することができる。これらの細胞は、該細胞の発現パターンを分析するために、使用した特定の細胞に対するマーカーに特異的なモノクローナルまたはポリクローナル抗体の調製と同様に、当業者に周知の技術を用いて、cDNA発現ライブラリーを調製するために用いることもできる。これらの細胞を、消耗性の神経変性障害および神経疾患を患っている個体の利益のために、治療として使用することもできる。
【0052】
本発明の開示は、そのような治療を必要とする被験体での中枢神経系(CNS)機能を修復するために、本明細書中に記載される神経前駆細胞および分化した神経細胞の使用を提供する。例えば、これらの細胞は、治療している疾患または条件に依存して、CNSの実質またはくも膜下腔内の部位に直接移植することによって、治療として用いることができた。これらの細胞を、神経系に対する急性または慢性的な損傷、また消耗性神経変性障害および神経疾患を処置するために、用いることができ、消耗性神経変性障害および神経疾患として、例えばパーキンソン病、アルツハイマー病、ハンチントン(舞踏)病、脊髄損傷、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、てんかん、脳梗塞、および虚血が挙げられる。
【0053】
本発明の開示の一実施形態は、神経変性障害または神経疾患を処置する方法に関し、該方法は、多能性の幹細胞(好ましくははヒト多能性の幹細胞)に由来するドーパミン作動性神経細胞の治療上有効な量を投与または移植することによるドーパミン作動性神経細胞の変質または破壊によって特徴づけられている。別の実施形態では、本発明の開示は、神経変性障害または神経疾患を処置する方法に関し、該方法は、多能性の幹細胞(好ましくはヒトの多能性の幹細胞)に由来するセロトニン作動性神経細胞の治療上有効な量を投与または移植することによるセロトニン作動性神経細胞の変質または破壊によって特徴づけられている。好ましくは、神経変性の疾患または神経疾患を患っているヒト患者の処置を、本発明の開示の治療上有効な量の神経前駆細胞と分化した神経細胞とをその患者に移植することによっておこなう。この明細書で使用されるように、「治療上有効な量(therapeutically effective amount)」の細胞とは、分化した神経細胞、例えば成熟した神経細胞(例えば、ドーパミン作動性もしくはセロトニン作動性神経細胞)、星状細胞、およびオリゴデンドロサイトの喪失、損傷、または変質によって引き起こされる被検体での生理作用を抑制または改善するのに十分な量のことをいう。
【0054】
使用した細胞の治療上有効な量は、被検体の要求、被検体の年齢、生理学的状態、および健康、所望の治療的効果、治療のための標的となる組織の領域の大きさ、病変の程度、ならびに選択された送達ルートに依存する。例えば、脳のより大きい領域に影響を及ぼしている疾患の処置は、より小さい標的部位と比較して治療効果を達成するために、より多くの細胞を必要とするとはずである。細胞用量の低い複数の小さな移植片を用いて、所定の標的組織内の複数の部位に細胞を投与することも可能である。本発明の開示の細胞を、例えば単細胞懸濁液作るために移植前に完全に分離しても良く、あるいは細胞の小さな凝集を作るために、移植前にほぼ完全に分離してもよい。細胞が目的とする組織部位に移植または移動可能となるように、また機能的欠損領域を再構築または再性するようにして、細胞を投与してもよい。
【0055】
治療的効果を達成するために投与される適当な範囲の細胞数は、約100から約1,000,000神経細胞、好ましくは約500から約500,000神経細胞、または約1,000から約100,000神経細胞である。被検体に投与される神経細胞の治療上の濃度もまた、医薬的に許容される担体1μlあたり約10、100、500、1000、5000、10,000、15,000、20,000、25,000、30,000、35,000、40,000、45,000、50,000、60,000、70,000、80,000、90,000、100,000、150,000、200,000、250,000、300,000、350,000、400,000、450,000から約500,000細胞までの範囲内である。担体中の細胞の濃度範囲は、例えば、100〜50,000細胞/μl、1000〜10,000細胞/μl、5000〜25,000細胞/μl、15,000〜45,000細胞/μl、20,000〜50,000細胞/μl、55,000〜200,000細胞/μl、100,000〜40,000細胞/μl、150,000〜50,000細胞/μlである。移植組織部位に移植される細胞の数は、治療効力にも影響を及ぼす。
【0056】
治療への応用のために、前駆体または分化した神経細胞の集団が任意の未分化多能性幹細胞でも実質的に純粋であることが、多くの場合、好ましい。
治療的な調製から多能性の幹細胞を除去するための1つの戦略は、ベクターで細胞をトランスフェクトすることであり、該ベクターは未分化細胞で優先して発現される遺伝子を有し、該発現は多能性の幹細胞に対して選択される。未分化細胞で優先して発現される適当なプロモータは、テロメラーゼ逆転写酵素(TERT)プロモータとOCT−4プロモータとである。ベクターで発現される遺伝子は、例えば細胞(例えば毒素)に対する溶解薬であってもよく、あるいは外部物質を適用することによって選択することができる。
【0057】
本明細書中に開示されたように、多能性の幹細胞からドーパミン作動性神経細胞とセロトニン作動性神経細胞とを生成する能力は、種々の神経変性障害と神経疾患の移植治療のために、大きな臨床的関連である。例えば、ドーパミン作動性神経細胞を、姿勢反射、運動、および報酬関連挙動の調節で異常であることによって特徴づけられる神経変性障害および神経疾患(例えばパーキンソン病、統合失調症、および薬物嗜癖、さらにまたパーキンソン様の症状(例えば運動不能症、渇感欠如、無摂食症、感覚の軽視のような安静時振せん、剛性、運動不能症、および姿勢異常)をもたらす外傷または他の疾病による病巣)を処置するのに用いられることができる。その上、セロトニン作動性神経細胞は、摂食行動、ホルモン分泌、ストレス応答、疼痛と免疫機能、性的活動、心臓血管機能、温度制御(例えば種々の精神医学的、神経学的、および他の疾患、例えば、精神的低下、自殺、激しい攻撃行動、強迫性の挙動、摂食障害/過食症、ならびに統合失調症)の調節が異常であることで特徴づけられる神経変性障害と神経疾患とを処置するのに用いることができる。
【0058】
別の実施形態では、本発明の開示は、神経変性障害または神経疾患を処置するために、1種類以上の神経生存因子と、多能性幹細胞に由来する本発明の開示の神経前駆細胞と分化した神経細胞とを、同時投与することに関する。神経生存因子は、所望の細胞の投与に先立って、同時に、または組み合わせて、またはその後に、投与することが可能である。本明細書で用いられるように、「神経生存因子(neuronal survival factor)とは、因子が存在しない場合よりもより長時間にわたって生きるための因子と接触している神経(生体外または生体内のいずれか)を生ずる任意の物質である。本発明の治療的な実施形態で使用可能な神経生存因子は、限定されるものではないが、グリア由来神経栄養因子(GDNF)、神経増殖因子(NGF)、毛様体神経栄養因子(CDNF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューロトロフィン−3(NT−3)、ニューロトロフィン−4(NT−4)、FGF、IL−1β、TNFα、インスリン様増殖因子(IGF−1、IGF−2)、さらに形質転換増殖因子β(TFG−β、TFG−β1)が挙げられる。
【0059】
GDNFが胚性中脳腹面中脳ドーパミン作動性神経細胞のための生体外栄養活性を有することは、知られている(Lin et al.,1993,Science 260:1130−1132;Lin et al.,1994,J.Neurochem.63:758−768)。組み換え型ヒトGDNFもまた、生体内でドーパミン作動性線維の急激な成長を誘導(Hudson et al.,1993,Soc.Neurosci.Absir.19:652)、ラット黒質のドーパミン代謝回転を増加(Miller et al.,.,1994,Soc.Neirosci.Abstr.20:535−7)、神経細胞を6−OHDA病巣から保護して、眼内(in oculo)での黒質の組織のラット胎児移植組織の増殖および繊維形成とを増大(Stromberg et al.,1993,Exp.Neurol.124:401−412)させることを示した。BDNFは、末梢感覚ニューロン、ドーパミン作動性神経細胞、および網膜神経節のための栄養因子であり(Henderson et al.,1993,Restor.Neurol.Neurosci.5:15−28)、また生体外および生体内で正常に生ずる細胞死を防ぐことが示されている(Hofer and Barde,1988,Nature 331:161−262)。
【0060】
本明細書で用いられるように、用語「処置(treatment)」または「処置する(to treat)」とは、治療的処置および予防または予防的対策のことをいう。したがって、処置を必要とするものには、既に神経変性障害または神経疾患を持つもの、同様に神経変性障害または神経疾患が予防されるものが含まれる。本発明の開示の方法は、処置を必要とするいっさいの哺乳類を処置することにも用いられ、該哺乳類として、限定されるものではないが、ヒト、霊長類、および家庭、農場、ペット、またはスポーツ用の動物、例えば、イヌ、ウマ、ネコ、ヒツジ、ブタ、および牛が挙げられる。「障害(disorder)」とは、本発明の開示の神経前駆細胞、分化した神経細胞または両方の種類の細胞で処置から得られる利益を受ける任意の状態である。ドーパミン作動性神経細胞の移植の利益を受ける疾患の実施例は、不適当な姿勢反射、運動、報酬関連挙動、例えばパーキンソン病、統合失調症、および薬物嗜癖に関連している障害である。セロトニン作動性神経細胞の移植の利益を受ける障害の例は、認識、興奮、挙動、および摂食行動であり、限定されるものではないが、攻撃性、鬱(自殺行為を含む)、統合失調症、摂食障害/過食症を含む異常によって特徴づけられる。本発明の開示の細胞で処置を利益を受けることもできる他の障害は、アルツハイマー病、ハンチントン(舞踏)病、および巨大結腸である。
【0061】
本発明の開示の方法を、本発明の開示の「神経前駆細胞または分化した神経細胞」を病変部に直接移植することによって、有利に実行することができる。神経の移植および細胞培養に関する方法は、当業者に周知である(例えば、米国特許第5,514,552号;Yurek and Sladek,1990,Annu.Rev.Neurosci.13:415−440;Rosenthal,1998,Neuron 20:169−172;Vescovi et al.,1999,J.Neurotrauma 16(8):689−93;Vescovi et al.,.,1999,Exp.Neuro.156(1):71−83;Brustle et al.,.,1999,Science 285:754−56;各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。一実施形態では、本発明の開示のドーパミン作動性神経細胞は、パーキンソン病に罹っている患者の黒質または線条体に移植してもよい。細胞は、単独で、または他の因子(例えば、神経生存因子)と組み合わせて送達してもよく、また医薬的に許容されるベヒクルとともに送達してもよい。理想的には、そのようなベヒクルは、細胞の安定性および送達特性を高める。
【0062】
本発明の開示はまた、適当なビヒクル(リポソーム、微小粒子、またはマイクロカプセル)を使用して投与される細胞を含む医薬組成物も提供する。本発明の開示の細胞を、医薬組成物の形態で供給することも可能であり、該組成物は、等張性の賦形剤を含み、ヒト投与にとって十分に無菌である状態で調製した。細胞組成物の医薬の製剤の一般的な原理は、Cell Therapy:Stem Cell Transplantation,Gene Therapy,and Celllular Immunotherapy,G.Morstyn & W.Sheridan eds,Cambrigge University Press,1966,およびHemmatopoietic Stem Cell Therapy,E.,Ball.J.Lister & P.Law,Churchill Livingstone,2000(各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)に見いだせる。その上、処置を必要とする領域に局在的に神経生存因子を含んでいる医薬組成物を投与することは、好ましいと考えられ、例えば、手術中の局所点滴、注射、カテーテル手段、またはインプラント手段によって達成可能である。そのようなインプラントは、多孔性、非多孔性、もしくはゼリー状の材料であり、例えば膜(例えば、サイラスティック膜または線維)であり得る。
【0063】
本発明の開示の神経前駆細胞および分化した神経細胞は、実質的に同種、ほとんど同種、または不均一な細胞集団のいずれかに対して、被検体に移植することができる。実質的に同種の細胞集団は、75%を上回る単細胞型、例えばドーパミン作動性またはセロトニン作動性神経細胞、より好ましくは約90%、最も好ましくは95%ないし99%である。異質細胞集団は、ドーパミン作動性神経細胞、セロトニン作動性神経細胞、シュワン細胞、オリゴデンドロサイト、星状細胞、GABA神経細胞、およびグリア細胞等の単一の細胞集団、例えば混合された2種類以上の細胞種からなる。上記細胞もまた、当業者に周知の方法によって遺伝的に改変することが可能であり、それによって脳、中枢神経系、末梢神経系、または他の組織の損傷部位で、栄養因子、増殖因子、神経生存因子、または他の治療的化合物が発現または放出される。タンパク質発現のためのプロモータと細胞型組合せの使用は、通常、分子生物学の当業者に知られており、例えば、Sambrook,et al.,1989,Molecular Cloning:A Laboratory Manual 2nd Ed.Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,NY,を参照せよ(各々の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。
【0064】
本発明の開示の神経前駆細胞および分化した神経細胞において、栄養因子、増殖因子、神経生存因子、または他の治療的な化合物の発現を達成するために、適当な調節要素は種々の供給源に由来することができ、当業者によって容易に選択される。調節要素の例として、転写プロモーター、エンハンサー、RNAポリメラーゼ結合配列が挙げられ、同様に翻訳開始シグナルを含むリボソーム結合配列も挙げられる。他の付加的な遺伝因子、例えば選択可能なマーカーまた、組み換え分子に組み込むことができる。生体外送達ビヒクルまたは生体内技術を用いて、組換え分子を多能性の幹細胞、または多能性幹細胞由来神経前駆細胞もしくは分化した神経細胞に導入することができる。送達技術の例として、レトロウイルスベクター、アデノウイルス・ベクター、DNAウイルス・ベクター、リポソーム、物理的技術(例えば、マイクロインジェクション、電気穿孔法、またはリン酸カルシウム沈殿)、あるいは組換え型の細胞をつくる転移のための当業者に公知の他の方法が挙げられる。遺伝子組換細胞はミクロスフェアにカプセル化することができ、疾患に罹った組織または傷害を負った組織内に、または近くに移植することができる。用いたプロトコールは、当業者に周知のものであり、例えば、Ausubel et al.,Current Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons,New York,N.Y.,1997,に見いだせる(この内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。
【0065】
パーキンソン病に罹った患者での神経移植を伴う臨床実験を、脳損傷部位に対する胎児胚神経細胞またはパラニューロン組織移植片のレシピエントとしてパーキンソン症候群の種々の動物モデルを使用することによって、おこなった。胎児ドーパミン作動性神経細胞移植片による動物実験では、そのような移植片はドーパミン作用欠損を覆すことができ、黒質線状体ドーパミン作動系の実験的な病巣で、動物で運動機能を修復することができた。例えば、14〜16日齢の胚から得た通常の中脳細胞は、免疫抑制の処置なしで同種移植片または異種移植片として、妊娠後期の提供者から採取したものよりも、有利に用いられた(Yurek and Sladek,1990,Annu.Rev.Neurosci.13:415−440)。面白いことに、これらの齢は、ドーパミン作動性神経細胞がそれらの最終的な細胞分裂を受ける在胎齢に対応する(Lauder and Bloom,1974,J.Comp.Neurol.155:469−82)。胚中脳組織の固体移植片を、移植のために細胞懸濁液中に解離することができる。しかし、典型的な懸濁液の生存率は、約10%の移植ドーパミン作動性神経細胞に限られていた(Brudin et al.,1987,Ann.N.Y.Acad.Sci.495:473−96)。胚中脳組織がドーパミン作動性神経細胞の純粋な供給源ではないので、全生存細胞のたったの約0.1〜1.0%が生き残っているドーパミン作動性神経細胞であり、解離した中脳細胞の任意の移植片は、好ましくは、効果的にドーパミン作動性の損失を補償するために、好ましくは最低100,000〜150,000の生細胞を含む。
【0066】
好ましくは、本発明の開示の細胞移植組織治療も、移植手術での使用のために、例えば低温保存法による長期貯蔵または保存培地での短期間貯蔵のために、神経前駆細胞と分化した神経細胞とを保存および貯蔵するためのいくつかの手段を取り込む。凍結保存された胚中脳の組織は最高70日間うまく貯蔵でき、齧歯動物で同種移植片として移植できた(Collier et al.,.,Progress in Brain Research,Vol.78,New York,Elsevier(1988),pp.631−36,specifically incorporated herein by reference) and 霊長類(Collier et al.,1987,Brain Res.436:363−66,この内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。胚中脳細胞を低温保存後に、うまく培養できることが証明された。4℃の保存培地で短期(2−5日)中脳の組織を保存することもでき、それに続いて新鮮な組織のものと類似した生存移植片体積によって移植される(Sauer et al.,.1989,Restor.Neurol.Neurosci.(Suppl.:3.sup.rd Int..Symp.Neural Tranplan.):56、この内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する)。
【0067】
移植片植込と移植片が線条体を神経再支配する範囲とが、ともに中脳線条体系ドーパミン作動系の機能的な回復にとって重要な要素である。一側性にドーパミン作動性神経を除去された動物では、皮質配置ドーパミン作動性移植片で運動非対称性の減少がみられたが、感覚神経ネグレクトに対してほとんど効果がみられない(Bjorklund et al.,1980,Brain Res.199:307−33;Dunnett et al.,1981,Brain Res.215:147−61)。対照的に、両側性にドーパミン作動性神経を除去された動物動物で横方向線条体付近に置かれる黒質の移植片は感覚損傷を修復した(Dunnett et al.,1983,Acta Physiol.Scan.Suppl.522:39−47)。側坐核は、ドーパミン作動性移植片によって神経再支配される場合のみ、両側性に障害を起こす動物の運動不能症の反転が観察される(Nadaud et al.,1984,Brain Res.304:137−41)。
【0068】
ドーパミン作動性移植片のための移植部位が脳室の領域近傍にしばしば存在する一方で、移植片生存を与えるために、それらの領域の良好な脳脊髄液(CSF)環境のため、パーキンソン病のドーパミン作動性変質の程度は、尾状核よりも被殻で、より明白である。被殻のドーパミン・レベルは、尾状核でより低く、しばしば10〜15%である(Bemhiemer et al.,J.Neurol.Sci.20:415−55;Nyberg et al.,.,1983,Neurochem.Pathol.1:93−202)。その上、尾被殻は、吻被殻よりドーパミン作動性−神経細胞がより激しく減少する(Kish et at,1986,Ann.Neurol.20:26−31)。線条体の2つの構成要素(尾状核と被殻)のうち、被殻は皮質性の視床の被殻経路を経て、大部分の運動入力を受ける(DeLong & Georgopoulos,1983,Handbook of Physiology,Section 1:The Nervous System,Vol.2,ed.Brookhard,Mountcastle,Geiger,pp.1017−61,Bethesda,Md.:Am.Physiol.Soc.)。したがって、被殻はパーキンソン病に伴う運動不全を標的にしているドーパミン作動性移植片のためのより有利な部位であると考えられる。
【0069】
本明細書中に記載される神経前駆細胞および分化した神経細胞は、化合物(例えば医薬化合物、溶媒、小分子、ペプチド、またはポリヌクレオチド)をスクリーニングする際に、また同様に、表現型またはこれらの細胞の特徴に影響を及ぼす培養条件または操作のような環境要因に関しても同様に用いることもできる。加えて、これらの細胞は、候補増殖因子または分化因子を評価する際に用いることができる。例えば、単独でまたは他の薬剤と組み合わせて、候補医薬化合物を、神経前駆細胞または成熟した神経細胞に加えることができ、細胞の形態学、表現型または機能的な活性のいかなる変化でも、査定および評価をおこなうことができる。
【0070】
加えて、本明細書中に記載される神経前駆細胞と分化した神経細胞を、分化のいかなる段階でも、さらに修正することができる。例えば、一時的現象または安定した方法では、これらの細胞は、単一または複数の遺伝子組み換えを有するように遺伝子改変してもよい。これらの細胞の遺伝子の変更は、多くの理由から必要であると考えられ、例えば、遺伝子治療のために修飾された細胞を提供すること、あるいは移植または植え込みのために組織を置き換えることである。本発明の開示の細胞は、当業者に周知である神経特異的プロモーターの制御下で選択可能なマーカーを発現するベクターの導入を介して遺伝的に修復することができる。これらの細胞もまた、任意の段階で修飾を受けて、多能性幹細胞由来の分化細胞をさらに生成するために用いることができ、あるいは特定の細胞系統に分化を誘導することができるある種のマーカーまたは遺伝子を発現するものであってもよい。これらの細胞を、移植後の免疫拒絶を減少または防止するように修飾することもできる(すなわち、予定される移植者との組織適合性)。
【0071】
本発明の開示を用いて生ずる細胞の複製能力を増加させるために、これらの細胞を、適当なベクターで遺伝的に変えることによってテロメライズすることで、テロメラーゼ触媒構成要素(TERT)が発現される。使用されるTERT配列は、他の哺乳類の種と同様に、ヒトまたはマウス(WO 98/14592およびWO 99/27113、特に本明細書に援用する)に由来する。あるいは、内因性TERT遺伝子の転写を、増加させることができる。遺伝的に細胞を修正する際に用いられる方法は、当業者に周知である。これらの方法は、種々の分子生物学的技術を利用するもので、その多くは一般にSambrook,et al.,1989,Molecular Cloning:A Laboratory Manual 2nd Ed.Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,NY に記載されており、この文献の内容を特に本明細書の一部を構成するものとして援用する。
【0072】
当業者によって理解されるべきことは、以下の実施例は、本発明の好ましい実施形態を示すために包含される。以下の実施例に開示される技術は、本発明者によって発見された技術を表すもので、本発明の実務を十分に機能させるためのもので、その実施にとって好ましい修飾を構成するものと考えることができる。しかし、当業者は、本発明の開示の観点から、多くの変更が、開示された特定の実施形態に加えることができ、さらに本発明の精神および範囲から逸脱することなく類似または同様の結果がなおも得られることは、当業者に理解される。
【実施例】
【0073】
実施例1
以下の実施例は、本発明開示の出願人がヒト胚幹細胞からの機能的ドーパミン作動性神経細胞および セロトニン作動性神経細胞の誘導を説明する。
(1)ヒト胚幹細胞
まずはじめに、ヒトES細胞を、ヒト胚盤胞の内細胞塊から単離した。ヒト多能性ES細胞を、胚盤胞の試験的使用のために個体患者から同意を得た後に、過剰なヒト胚盤胞から誘導した。本明細書中に使用されるヒトES細胞系は、米国特許出願第10/226,711号に開示されるように、新規レーザー・アブレーション法を使用しているヒト胚盤胞の内細胞塊の細胞から誘導した。手短に言うと、透明帯、栄養外胚葉、および内細胞塊を有しているヒト胚盤胞を単離し、1.48μmの非接触型ダイオードレーザーを用いて、ヒト胚盤胞の透明体と栄養外胚葉を通る開口(アパーチャー)を形成した。次に、吸引ピペットを開口を通して導入して吸引によって内細胞塊の細胞を単離していた。これらの細胞を続いて、マイトマイシンC処理マウス支持細胞含有ES培地を有する0.1%ゼラチン化プレート上で培養し、内細胞塊由来の細胞塊を形成した。ES細胞培地は、ダルベッコ改質EaglES培地(DMEM)またはノックアウトDMEM(Gibco)からなるもので、10〜20%ES細胞制限ウシ胎仔血清(FCS)(Hyclone)または血清置換ノックアウト血清(ギブコ)、1%のMEM非必須アミノ酸溶液、2mMのL−グルタミン、0.1mMβ−メルカプトエタノール、4ng/mlの塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)(Sigma)、50U/mlのペニシリン、および50μg/mlストレプトマイシンを補った。これらの内細胞塊から誘導した細胞塊を解離し、マウス支持細胞層含有ES培地で再び平板培養し、それをヒトES細胞系を誘導するために用いる。
【0074】
形態学的に、誘導したヒトES細胞は、高い核/細胞質比率を有しており、細胞表面マーカー(例えば、SSEA−1、SSEA−3、SSEA−4、TRA−1−60で、TRA−1−81、OCT−4、アルカリ性ホスファターゼ、テロメラーゼ、核型分析、CD−30、クリプト−1、GCNF、c−キット、およびCD−90)で特徴づけられた。
(2)ヒト胚幹細胞の培養および発現
ヒトES細胞を培養し、凍結ストックから標準増殖条件下で増殖させた。凍結ストック・バイアルから得た未分化のヒトES細胞をLIF含有ES培地に再懸濁した。ES細胞培地は、ダルベッコ改質EaglES培地(DMEM)からなり、20%ES細胞制限胎仔ウシ血清(FBS)(Hyclone)、1%の非必須アミノ酸(NEAA)溶液、2mMのL−グルタミン、0.1mMβ−メルカプトエタノール、50U/mlのペニシリン、および1,000U/mLのLIFを補った。細胞をペレット化して、ES培地を用いて、ゲラチン被覆プラスチック培養皿上のマウス支持細胞層に、平板培養した。高グルコースのDMEMからなり、10〜20%FCS、2mML−グルタミン酸、1%MEM非必須アミノ酸溶液、0.1mMβ−メルカプトエタノール、50U/mlペニシリン、50μg/mlストレプトマイシン、1,000U/mlLIF、および4ng/mlbFGFを補ったES細胞培地からなり、Thomson et al.,1998,Science 282:1145−1147;Shamblott et al.,1998.Proc.Natl.Acad.Sci.USA.95:13726−13731;およびReubinoff et al.,2000.Nature Biotech.18:399−403 に記載された方法にもとづく。
【0075】
ヒトES細胞を培養することで増殖させ、定期的にES細胞を継代して分化を阻害した。ES細胞を、最初に該細胞をCa++およびMg++を含まないダルベッコのリン酸緩衝液で10秒間洗い、つぎに該細胞を0.05%トリプシンで5秒処理することで、継代をおこなった。5秒後、トリプシンのアッセイを血清含有ES培地によって阻害した。つぎに、細胞をスクラップして破壊し、小さなクラスターにした。クラスターを2枚の0.1%ゼラチン被覆100mmペトリ皿(上記したように、LIFおよびbFGFを含むES培地に含まれる支持細胞によって被覆)に植え付けした。細胞を4〜6日間、増殖させた。
(3)胚様体の生成
未分化ヒトES細胞を増殖して増やした後、該細胞を培養して胚様体を形成した。最初に、ES細胞を0.05%トリプシン−EDTAで分離した後、スクラップして細胞を小さなクラスターに破壊した。次に、これらのクラスターを約1x105細胞/mlで、支持細胞が無い細菌学的皿上に植え付けた。使用した細菌学的皿は、付着を阻む非粘着性の表面を有することから、ES細胞の分化および胚様体形成を刺激する。これらの細胞をLIFおよびbFGFを含まないES培地での懸濁培養として培養した。これらの細胞を培養するために使用したES培地は、高グルコースのDMEMまたはノックアウトDMEMであり、10〜20%FCSまたはノックアウト血清置換、同様に他のサプリメント(例えば、β−メルカプトエタノール、L−グルタミン酸、および抗体)で補われている。bFGFはいっさいES培地に加えられていない。胚様体を4〜8日間増殖させた。この時間のあいだ、ES培地は、沈殿法により2日毎に変えられた。この沈殿法は、凝集体の懸濁液を遠心管に移し、凝集体を遠心管の底に沈殿させ、培地を吸引し、さらにそれを新鮮な培地に置き換えた。新鮮な培地に含まれる凝集体をつぎに培養皿に移した。4〜8日後、胚様体を回収し、低速で遠心し、さらにES細胞培地に再懸濁した。約20〜30の胚様体を、LIF無しの0.1%ゲラチン含有ES培地で被覆された組織培養プレート上に植え付け、さらに24時間インキュベートした。
(4)ネスチン陽性神経前駆体の選択および増殖
24時間後、ネスチン陽性細胞(神経前駆細胞)を、ES培地の代わりにITSFn(ネスチン選択)無血清合成培地を用いることで、選択した。ITSFn培地は、DMEM:F12培地(Gibco)からなり、増殖因子インスリン(5〜25μg/ml)(Sigma)、亜セレン酸ナトリウム(10〜50nM)(Sigma)、トランスフェリン(1〜10gg/ml)(Gibco)、およびフィブロネクチン(1〜5μg/ml)で補った。
この培地はネスチン陽性細胞の選択を可能とし、2日毎に補充しているITSFn培地で、6〜10日間、通常8〜9日日にわたって実行した。選択が完了した後、上記神経前駆細胞を、免疫蛍光技術を用いてネスチン発現について特徴づけた。その結果、約95%の細胞がネスチンを発現した(図1A)。
【0076】
ネスチン陽性細胞を続いて増殖させ、神経細胞接着分子(NCAM)陽性細胞をエンリッチするために磁気細胞分離(MACS)を使用して選別した。
(5)磁気選別によるNCAM陽性細胞の選別
次に、神経細胞接着分子(NCAM)陽性細胞をエンリッチするために、ネスチン陽性細胞を単離して増殖あるいは磁気細胞分離(MACS)かけた。NCAMは、神経細胞特異的表面マーカーである。NCAMを使用してMACSによるネスチン陽性細胞を選別するために、ネスチン陽性細胞を最初に組織培養細胞から、0.05%トリプシン−EDTAでインキュベートすることによって、組織培養プレートから収集した。次に、分離した生細胞をPBSで洗い、表面マーカーMCAMに対する抗体(Chemicon)で30分間染色した。次に、細胞をMACSゴースト抗ウサギIgGマイクロビーズ(Miltenyi Biotec)で15分間インキュベートした。細胞をPBSで注意深く洗った後、磁気選別にかけた。細胞を選別するために、磁気標識細胞懸濁液(ほぼ2x108細胞)をピペットでMACS MS分離カラム(Miltenyi Biotec)に載せ、細胞を該カラムに流し、溶出液(負の分画)を回収した。NCAM陽性細胞による溶出で回収した。
【0077】
免疫選別前に、ネスチン陽性細胞をFACSで分析し、約50〜60%が神経表面マーカーNCAMを発現した(図2Aおよび図2B)。MACSによる免疫選別後、生存可能なネスチン陽性細胞の集団を、約80〜85%までエンリッチした(図3Aおよび3B)。
【0078】
(6)NCAM陽性神経前駆細胞の増殖:
単離NCAM陽性細胞を、0.05%トリプシン−EDTAで最初に分離し、次に該細胞を増殖培地を含んだポリ−L−オルニチン/ラミニン被覆プレートに植え付けた。このようにNCAM陽性細胞を培養することで、増殖培地でより良好な粘着および増殖がおこなわれる。増殖培地は、DME:F12、インスリン(10〜100μg/ml)、亜セレン酸ナトリウム(10〜50nM)、トランスフェリン(1−10mg/ml)、プトレッシン(50〜200μM)、プロゲステロン(5−40nM)、およびラミニン(10〜50μg/ml)を含有した。2種類以上の増殖因子、例えばbFGF(10〜50ng/ml)、EGF(10〜50ng/ml)、BDNF(50〜200ng/ml)、FGF−8(50〜200ng/ml)および/またはSHH(200〜400ng/ml)を無血清増殖培地でインキュベートした。増殖培地に存在する種々の因子は、神経細胞の割合全体の増加に関与しており、またドーパミン作動性表現型を採用するために、さらにこれらの中脳神経前駆細胞を誘発する。増殖培地を2日ごと補充し、ネスチン陽性NCAM陽性細胞を6〜10日にわたって増殖させた(図1 B)。
【0079】
これらの培養条件下で、約50〜60%の細胞が神経突起プロセス(neurite process)に進み、NCAM染色が陽性となり、神経細胞形成能があることが明らかになった(図3)。これらの細胞もまた初期の神経のマーカーであるβチューブリンに対して免疫活性があった(図4B)。これらの神経前駆細胞を次に継代し、出願人は、これらの神経前駆細胞が最大10回継代可能であり、成熟したドーパミン作動性神経細胞をコミットする分化のために細胞の潜在能力に対して何ら明らかな作用なしにドーパミン作動性神経細胞に分化する能力をいまだ保っていることがわかる。
(7)ドーパミン作動性神経細胞の分化:
生体内でのドーパミン作動性神経細胞の発現は、細胞外シグナル分子の調整された動作次第である。これらの分子は、系統制限発現で転写制御因子のカスケードを活性化させる。これらの転写制御因子は、ドーパミン作動性表現型の進展に関係する遺伝子の特異的なセットの発現を増加させる役割を果たす。機能的なドーパミン作動性神経細胞に上記プロトコールを使用して、増殖した神経前駆体細胞を促すために、増殖因子 bFGFとEGFとが最初に細胞から取り下げられた。次に、ドーパミン作動性神経細胞への神経前駆体細胞の分化を、30〜50日間にわたって該細胞を神経基本培地でインキュベートすることによって誘発した。神経基本培地は、神経基本A培地(Gibco)、FCS(10〜20%)(HYCLONE)、およびB27(2−10%)(Gibco)、さらに種々の増殖因子を同様に含んだ。この培地に含まれる増殖因子は、インターロイキン−1β(IL−1β)(1〜2μg/ml)(Sigma)、アスコルビン酸(50〜150mM)(Sigma)、N−アセチル・システイン(50〜150nM)(ICN)、ジブチリル環状AMP(500〜1000μM)(Sigma)、GDNF(1〜5μg/ml)(Sigma)、TGF−β3(1〜5μg/ml)(Sigma)、ニューチュリン(100〜500μg/ml)(Chemicon)、BDNF(50〜200ng/ml)(Sigma)、FGF−8(50〜200ng/ml)(R&D Systems)および/またはSHH(200〜400ng/ml)(R&D Systems)を含む。神経基本培地を0.22μミリポア・シリンジ・フィルターで滅菌濾過した。
【0080】
チロシン・ヒドロキシラーゼ(TH)は、ドーパミン合成のための律速酵素である。ある種の系統制限された増殖因子は、TH合成の誘導を促進する。これらの因子を培地に添加することで、ドーパミン作動性表現型を採用している細胞の割合が高くなった。表1で示されるように、これらの因子の添加は、神経細胞分化の間、異なる時点でおこなった。IL−1β(神経基本培地に存在)は、ドーパミン作動性経細胞に神経前駆体が分化する際に重要な役割を演じるように見える。いかなる特定の機構にも限定されないことを望むにもかかわらず、IL−1βは、TH陽性の神経細胞(培地のシグナル分子に対する細胞の反応と同様に)の量を増加させるように見える。これらの増殖因子の適用に、30〜50日の組織培養期間中に3日ごと神経基本培地を変えることを組み合わせている。
【0081】
神経前駆細胞の分化の間、異なる日に加えられる神経基本培地の増殖因子の混合は、下記の表1で表される。
表1:神経前駆細胞に対する分化条件
【0082】
【表1】
ES細胞が神経基本培地を使用して分化が誘導される場合、ES細胞は、ドーパミン作動性神経細胞、セロトニン作動性神経細胞、およびオリゴデンドロサイトを含む種々の神経細胞の細胞型で出現する(図5、6、および7)。標準培養条件でドーパミン作動性神経細胞に分化する細胞の割合が比較的低いままである一方で、表1に示すように増殖因子を含む培地を補充することで、生じたドーパミン作動性神経細胞の割合が増加した。例えば、60%を上回るES細胞がTH(ドーパミン作動性神経細胞のための特異的マーカー)陽性細胞に分化した。
(8) 分化した神経細胞の特徴付け
本発明の開示によって生ずる分化した神経細胞の型を、細胞の全体的な形態と免疫蛍光検査法によって同定される表現型とによって評価した。当業者に周知の標準的なプロトコールを用いて、免疫蛍光分析を、神経前駆体増殖段階(NCAM陽性細胞の増殖)と、分化の種々の他の時点とでおこなった。第一に、単離された細胞を、細胞外マトリックスによってプレコーティングされた2−ウェル・チャンバー・スライドで増殖させ、PBSでリンスし、さらに10分間、室温で4%パラホルムアルデヒドによる固定をおこなった。次に、細胞を0.2%トリトンX−100含むPBSで5分間透過化処理し、1%牛血清アルブミン(BSA)/PBSで2時間阻害し、さらに一次抗体(抗体希釈は1%BSA/TBS)で4℃一晩おこなった。細胞を以下の一次抗体で染色した。すなわち、初期の神経マーカーであるβチューブリン、NCAM、神経繊維、遅延神経マーカー、微小管結合タンパク質2(MAP−2)、神経細胞表面抗原A2B5、Nurr−1、チロシン・ヒドロキシラーゼ、ドーパミン輸送体DAT、ドーパミンβ−ヒドロキシラーゼ(DBH)、星状膠細胞マーカー・グリア線維酸性蛋白(GFAP)、GABA、オリゴデンドライト、セレトニン、およびシナプトフィシン(すべてCHEMICONから入手)。最後に、細胞をFITC標識二次抗体とインキュベートした。上記のステップの各々の後、細胞をPBSで3回洗った。
【0083】
チェンバー・スライドを蛍光顕微鏡下で観察して、免疫陽性領域の評価をおこなった。この免疫蛍光分析は、かなりの割合の分化型細胞で、神経細胞特異的マーカーNCAM(図3、MAP−2(図4A)、およびβチューブリン(図4B)に対して免疫活性であったことを示した。これらのキー抗原の発現は、分化培地中でのインキュベーション時間の増加をもたらした。免疫蛍光分析はまた、より少ない割合の細胞がセロトニン(図7)、同様に星状細胞に存在する非神経性のマーカーであるグリア線維酸性蛋白(GFAP)と、オリゴデンドロサイト(図6)に存在するGABAおよびグルタメートとを発現することを証明した。
【0084】
分化した細胞もまた、MAP−2、DAT、Nurr−1、βチューブリン、FITC標識二次抗体(Texas red)とともに、TH(緑)に対する一次抗体による二重標識によって分析した(図8)。この分析は、THを発現しているMAP−2陽性細胞の比率が高いことを示した。ドーパミン作動性神経細胞の細胞密度を、40x対物レンズを使用して、ランダムに選択された視野で、1視野につきTH陽性の細胞の数とMAP−2陽性細胞の数を計数することによって定量化した。TH陽性の細胞のパーセント比率を、算出した(図9)。TH陽性の神経細胞もNurr−1およびDATを発現した、しかし、THとDBHとの共存では認められず、細胞のドーパミン作動性表現型を確認した。また、シナプス形成をシナプトフィシンで免疫染色によって同定した。
【0085】
免疫蛍光分析法も、約30%がセロトニンを発現する一方で、THを発現している選別NCAM陽性細胞の割合が約60%であることを示した(図10)。加えて、約40%のネスチン陽性細胞がTH陽性に染色され、染色される約30%がセレトニン陽性、約28%がオリゴデンドロサイト陽性に染色された(図11)。分化の異なる段階で使用される免疫学的なマーカーを、表3に示し、未分化および分化型のES細胞の表現型の特徴を示す。
表3:未分化および分化型のES細胞の表現型特徴
【0086】
【表3】
(9)遺伝子発現プロフィール
異なる段階で集められる細胞の遺伝子発現プロフィールも、分析した。開示した方法の以下のステップの各々から細胞を逆転写ポリメラーゼ鎖反応(RT−PCR)について分析するために細胞を回収した。未分化ES細胞、胚様体、ネスチン陽性神経前駆細胞、NCAM陽性細胞、および分化した細胞を、神経基本培地での分化の12、17、22、27、および37日後に単離した。細胞を回収した後、ペレットにして、全細胞RNAをこの細胞ペレットからRNアーゼQiagenキットを用いて抽出した。単離RNAを−20℃に保存した。
【0087】
cDNAを、モロニー白血病ウイルス・スーパースクリプトII逆転写酵素およびオリゴ(dT)12−18を用いて、単離全RNAからcDNAを合成した。逆転写酵素反応によて合成したcDNAを、異なる組の特異的プライマーを用いたPCR増幅に用い、回収細胞での遺伝子発現を決定した。PCR反応は、当業者に周知の標準的なPCR条件下で、プラチナTaqポリメラーゼとテンプレートとしてのcDNAとを用いて、おこなった。DNA産物を増幅させるために使用した一般的な循環パラメーターは以下の通りである。すなわち、
1.4℃、30分間によるテンプレートcDNAテンプレートの変性と、
2.使用したプライマーに依存した55ないし65℃、1分間によるプライマーのアニーリングと、
3.72℃で分間、反応をインキュベートし、ステップ1〜3(サイクル)を25ないし40回繰り返す。
【0088】
PCR反応後、DNAサイズ・ラダーに沿って電気泳動装置を持ち、産物を1.5%アガロース・ゲルに流した。TH、D2RL、DBH、En−1、Nurr−1、およびβチューブリンの発現を全て、表5に記載したプライマーを用いて、RT−PCRによって分析した。
表4:ドーパミン特異的遺伝子を増幅するために用いたプライマー・セット
【0089】
【表4】
RT−PCRによる上記の分析は、ドーパミン作動性表現型特性遺伝子(TH)の発現がドーパミン作動性神経細胞(図12)に最終分化が生ずるまで、ES細胞の神経分化の後で見られることを証明した。期待どおりに、βチューブリン(遍在して発現された遺伝子)が全ての細胞試料で見られたが、DBHは、いかなる細胞試料においても発現されなかった。
(10)ドーパミン検出のための逆相HPLC
ドーパミン作動性神経細胞の1つの限定的な特徴は、ドーパミンの生産である。したがって、ドーパミンを生産する胚幹細胞由来ドーパミン作動性神経細胞の機能的能力(functional capacity)を、逆相HPLC(RPHPLC)を用いて細胞内ドーパミンレベルを直接測定することによって評した。各々の試料で検出されるドーパミンの濃度は,各々の実験の直前または直後のカラムに注入されたドーパミン標準液による比較によって決定した。
【0090】
最初に、細胞を開示された方法の異なる段階で回収した。未分化ES細胞、胚様体、ネスチン陽性神経前駆細胞、NCAM陽性細胞、および分化細胞は、神経基本培地で分化の7、22、および37日後に単離した。回収前に、神経基本培地で分化する細胞を、15分間にわたり、56mMのKClを添加したHBSSによって最初に刺激し、ドーパミン分泌を誘発した。ほぼ、5x106細胞をトリプシン処理し、遠沈殿法によってペレット化した。次に、細胞を抗酸化剤(0.2g/lのメタ重亜硫酸ナトリウム)を含む冷1N過塩素酸で超音波処理し、4℃で20分間遠心(15,000rpm/分)した。上澄みを抽出し、以降に続くRP−HPCLによる細胞内ドーパミン濃度の測定のために、−70℃で保存した。ドーパミン化のレベルを、細胞可溶化物と培養上澄み(最終培地変化後48時間)とによって測定した。培養上澄みは、直ちに7.5%オルトリン酸およびメタ重亜硫酸ナトリウムで安定化させた。
【0091】
開示された方法によって初期の段階からRP−HPLCで分析された細胞可溶化物(例えば未分化ES細胞、胚様体、ネスチン陽性神経前駆細胞、およびNCAM陽性細胞)は、ドーパミンのいかなる検出可能なレベルも含まなかった。しかし、神経基本培地での分化の第1週後に、RP−HPLCによって分析される細胞可溶化物は全て、ドーパミンを含んだ。分化神経基本培地で時間とともに細胞可溶化物のドーパミン作動性神経細胞数が増加して、最終的に成熟したことから、細胞内ードーパミンのレベルが著しく増加した。ドーパミンの細胞内レベルは、図13に示す時点での増殖因子対未処理培地によって処置された細胞培養中でさえ高かった。さらに、これらの細胞培養によるドーパミンの生産の確認を、Nメチル−4−フェニル1,2,3,6−テトラヒドロピリジン塩酸塩(MPTP)(ドーパミン作動性神経細胞を標的にする神経毒)とのインキュベーション後で示した。MPTPでインキュベートした細胞培地では、RP−HPLC分析によって細胞可溶化物でドーパミンは検出されなかった。対照的に、条件培地へのドーパミン放出は、56mMのKCLで刺激される細胞培地で増加した(図14)。増殖因子のアレイを分化神経基本培地に加えることでも、細胞可溶化物の細胞内ドーパミンレベル上昇がみられた(表5)。
表5:HPLCによる細胞可溶化物中のドーパミン濃度(μg/ml)
【0092】
【表5】
開示されて、本明細書中に請求される組成物と方法の全ては、作られることができて、本発明の開示を考慮して過度の実験なしで実行されることができる。本明細書で開示およびクレームした組成物および方法の全ては、本発明の開示を考慮して実験することなしに生成および実行することができる。本発明の組成物および方法が好ましい実施形態に関して記載される一方で、本発明の概念、精神、および範囲から逸脱することなく、本明細書に記載された組成物および/または方法ならびに該方法のステップまたは一連のステップに変更を加えることが可能であることは、当業者にとって、明らかである。より詳しくは、化学的または物理的に関連したある種の薬剤を本明細書に記載された薬剤と置き換えて、その一方で同一または類似の結果が得られるであろうことは、明瞭である。当業者にとって明らかなそのような類似の置換および変更はすべて、添付した特許請求の範囲に定義される本発明の精神、範囲、および概念の内にあると考えられる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
本明細書中に記載の発明。
【請求項1】
本明細書中に記載の発明。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2010−187669(P2010−187669A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−35457(P2010−35457)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【分割の表示】特願2006−506517(P2006−506517)の分割
【原出願日】平成16年3月11日(2004.3.11)
【出願人】(505343837)リライアンス ライフ サンエンシーズ ピーヴィーティー. リミテッド (3)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【分割の表示】特願2006−506517(P2006−506517)の分割
【原出願日】平成16年3月11日(2004.3.11)
【出願人】(505343837)リライアンス ライフ サンエンシーズ ピーヴィーティー. リミテッド (3)
【Fターム(参考)】
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