説明

ヒノキ科植物の葉に含まれる植物用抗菌剤の製造方法

【課題】
ヒノキ科植物の葉に含まれる植物用抗菌剤を安価に効率良く製造することを課題にしている。
【解決手段】
ヒノキ科植物の葉に含まれる植物病原菌に対する抗菌物質を取り出す製造方法であって、水溶性成分を取り除く第1の工程と、有効成分が含まれる脂溶性部分を、有機溶剤を使用せず界面活性剤を用いて、簡便、安価に、更には効率的に取り出す第2の工程を必須の構成としたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒノキ科植物の葉に含まれる植物病原菌に対する抗菌物質を取り出す方法であって、水溶性成分を取り除く第1の工程と、有効成分が含まれる脂溶性部分を、有機溶剤を使用せず界面活性剤を用いて、簡便、安価に、更には効率的に取り出す第2の工程を必須の構成とした植物用抗菌剤の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒノキ科植物の葉には食品を腐敗させる病原菌については経験的に抗菌性が知られているが植物病原菌について抗菌性があることは知られていなかった。また、安価で安全な植物病原菌に対する抗菌剤の必要性は大きいが、現在に至るまで適切な抗菌剤は開発されていない。今までは植物の有効成分、特に脂溶性成分の抽出には高価で安全性に問題のある有機溶剤が使用されてきた。更には複雑な操作を繰り返して多くの費用をかけて目的物を取り出していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−217576
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明はヒノキ科植物の葉に含まれる植物用抗菌剤を安価に効率良く製造することを課題にしている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、ヒノキ科植物の葉に含まれる植物用抗菌剤について、その有効成分が脂溶性部分に集中していることに着目して、2つの工程を経て安価に効率的に植物用抗菌剤を製造することを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、未利用資源であるヒノキ類の葉から安価で効果の強い植物防菌剤を得ることが出来る。
【発明を実施するための形態】
【0007】
(1)本発明の植物抗菌剤の製造方法
本発明の植物用抗菌剤の製造方法は、ヒノキ科植物の葉から水溶性成分を除く第1の工程と、脂溶性部分を効率的に取り出す第2の工程を経て処理することを特徴とする。以下にこれらの工程について説明する。
【0008】
水溶性部分を除く工程
ヒノキ科植物の葉の水溶性部分には抗菌活性は無いこと、また、水溶性部分には糖類、タンパク質類等、経時的に菌の繁殖が助長される物質が多数含まれており抗菌剤の製造に関して効果、保存性を著しく損ねることに着目し、この水溶性部分を除くことにより、植物抗菌剤の品質と抗菌効果を飛躍的に高められる。水溶性部分を除くには、生、または乾燥した葉を重量の5倍〜100倍好ましくは10〜20倍の熱水を用いて0.5〜4時間好ましくは1〜2時間還流抽出を行う。抽出終了後、すばやくろ過、又は遠心分離機を用いて抽出残渣(以降処理葉)を得る。
【0009】
このようにして得られた水溶性部分を除去した処理葉について、次に界面活性剤を用いて抽出を行う。例えば天然系の活性剤であるタンパク質、ペプチド、多糖類、糖脂質、リン脂質、ステロール、サポニン、ビタミン等、または、合成系の活性剤である例えばアニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤、非イオン界面活性剤で示した界面活性剤類を用いて0.001〜10%、好ましくは0.1〜1%の濃度の界面活性剤水溶液を作る。処理葉の重量の5〜100倍、好ましくは10〜20倍の界面活性剤水溶液を用いて、0.5〜4時間好ましくは1〜2時間80〜90℃の温度を保ち、泡立たないように注意しながら撹拌抽出を行う。抽出にあたり、超音波装置、電子レンジ、オートクレーブ等を抽出補助器具として用いると抽出効率が向上する。
【0010】
以下に実施例を挙げて本発明について更に詳細に説明を加えるが、本発明がこれら実施例にのみ限定を受けないことは言うまでもない。
【実施例1】
【0011】
ヒノキ生葉200gを適度な容積をもつフラスコに取り、2Lの水をいれて0.5時間加熱還流をする。抽出終了後、ろ過又は遠心分離工程を経て処理葉を得る。この処理葉について、天然界面活性剤の一種であるキラヤサポニンの1%水溶液2Lを用い、80℃の温度を保ち1時間スタラーで撹拌しながら抽出を行い、ろ過または遠心分離工程を経てヒノキ葉から抽出液を得て植物用抗菌剤を完成させた。
【実施例2】
【0012】
ヒノキ葉を乾燥させ、約1/5の重量になった乾燥ヒノキ葉40gをフラスコに取り2Lの水を入れて1時間過熱還流をする。抽出終了後すばやくろ過又は遠心分離工程を経て処理葉を得る。この処理葉について合成界面活性剤の一種であるポリオキシエチレンポリオキシプロピレンセチルエーテルの0.5%水溶液2Lを用い、90℃の温度を保ち1時間スタラーで攪拌しながら抽出を行い、ろ過又は遠心分離工程を経てヒノキ葉から抽出液を得て植物用抗菌剤を完成させた。
【0013】
<試験例1>
ジャガイモの疫病菌、キュウリべと病菌に対する抗菌作用の測定(リーフディスク法)
(1)供試作物
・ジャガイモ(Solnum tuberosum L.) 品種:キタアカリ
・キュウリ(Cucumis satirus L.) 品種:ときわ
【0014】
(2)供試病原菌
・ Phytophthora属 Phytophthora infestans(ジャガイモ疫病菌)
・ Pseudoperonospora属 Pseudoperonospora cubensis(キュウリべと病菌)
【0015】
(3)試験方法
接種源の調製
a)疫病菌の調製
ジャガイモの罹病葉を湿らせたろ紙を敷いた大型シャーレ内(直経9cm)に入れ、15〜17℃、暗所で5〜7時間インキュベートし、遊走子嚢を形成させた。この遊走子嚢を白金耳で軽く掻き取り、1.5mL容マイクロチューブに1mLの滅菌蒸留水を入れて、懸濁した。遊走子嚢の濃度を104〜105個/mLに調整し、5℃で2〜3時間インキュベートし、遊走子を放出させた。
b)べと病菌の調製
キュウリの罹病葉の葉裏を上にして、湿らせたろ紙を敷いた大型シャーレ内(直径9cm)に入れ、20℃、2000〜4000Lux、12時間照明下に保持する。2日後に遊走子嚢が形成されたのを確認し、白金耳で軽く掻きとり、1.5mL容マイクロチューブに1mL滅菌蒸留水と共に懸濁した。遊走子嚢の濃度は、104〜105個/mLに調整した。
【0016】
供試植物の調整
・疫病フリーの感受性ジャガイモの新鮮な若葉を用いた。
・コルクボーラーで直径15mmのディスクを打ち抜いて、試験に供した。
・ベと病フリーの感受性キュウリの新鮮な若葉を用いた。
【0017】
ヒノキ抽出液サンプルの調整
ヒノキ抽出液サンプルは<実施例1>、<実施例2>で作成したものを使用した。そして供試ヒノキ抽出液はそのままの濃度(原液)、10倍希釈、100倍希釈の三段階とし、コントロール(水)を加えて4種類、各3連にて行った。
【0018】
(4)検定方法(リーフディスク法)
ヒノキ抽出成分に対するポジティブコントロールとして、ベンチアバリカルブイソプロピル(単剤:マモロット顆粒水和剤)を使用し、この薬剤をジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解し、調整した。この時、溶媒の終濃度は1%以下になるようにした。
【0019】
このベンチアバリカルブイソプロピルを滅菌蒸留水で希釈して0、0.01、0.03、0.1、0.3ppmに調製し、疫病菌フリーのジャガイモ苗及びべと病菌フリーのキュウリ苗に噴霧した。風乾後、それぞれの苗の新鮮な若葉からコルクボーラーで直径15mmのリーフディスクを作製し、直径9cmのシャーレに予め滅菌蒸留水4mLで湿らせたろ紙に、各シャーレにつき10枚ずつ葉裏を上にして静置した。
【0020】
各リーフディスクに調製した遊走子嚢懸濁液を10μLずつ点滴接種し、20℃で7日間(4000Luxで12時間照射)にてインキュベートした。
【0021】
上記「ヒノキ抽出液サンプルの調整」で調整した各濃度のヒノキ抽出液を直径9cmのシャーレ3枚に10mLずつ分注し、この抽出液の上にリーフディスクを葉裏が上になるように5枚ずつ(計15枚/濃度)浮かべた。
【0022】
そして、ジャガイモ疫病菌及びキュウリべと病菌の遊走子嚢懸濁液10μLをマイクロピペットにて各リーフディスクの葉脈間に滴下した。シャーレの蓋をして、17℃、16時間照射条件にて7日間培養を行った。
【0023】
(5)調査と判定
各リーフディスクの発病程度を以下の指数で調査し、EC50(50%阻止濃度)及びMIC(最小生育阻止濃度)値を求めた。
・発病指数⇒0:無病徴または小黒点のみ、1:壊死、2:リーフディスク上で遊走子嚢形成面積が5%未満、3:5〜20%、4:20〜50%、5:>50%
・発病度=(N1+2N2+3N3+4N4+5N5)×100/(調査総数×5)
【0024】
(6)疫病菌・べと病菌に対する結果
各防除剤の発病抑制率(%)の結果
【表1】

*1:上段がヒノキ抽出方法の実施例1、下段が実施例2の結果を示す。
【0025】
表1に示したように<実施例1>、<実施例2>の抽出液及びそれらの希釈液は2種類の植物病原菌に対して、10倍希釈でも遜色ない効果を示している。
【0026】
ポジティブコントロールとして供試したベンチアバリカルブイソプロピルとヒノキ抽出成分の防除効果を比較すると、ややヒノキ抽出成分の効果は劣るものの、散布回数や濃度調製を検討すれば、ベンチアバリカルブイソプロピルと同等の効果が得られると考えられた。従って、この結果を踏まえて圃場での散布試験を行った。
【0027】
<試験例2>
ポット苗株を利用した抗菌作用評価試験
(1)供試作物
・イチゴ(Fragaria)品種:エラン
(2)供試病原菌
・Botorytis cinerea(灰色カビ病菌)
【0028】
(3)試料調整
Botorytis cinereaに罹病したイチゴ果実5個を取り粉砕後1Lの滅菌水に懸濁し、ろ過した溶液を健全なイチゴに噴霧し、菌に感染した状態のイチゴ株を作り実験に供した。これらの株を4群にわけ、それぞれの群に水、<実施例2>の抽出液10倍希釈、<実施例2>抽出液100倍希釈、農薬(アミスタ-フロアブル20)1500倍希釈の散布を行い、経時的に観察を実施した。観察はBotorytis
cinerea懸濁液散布後4日目と11日目に罹病しているイチゴ果実の数を調べた。
【0029】
(1)結果
【表2】


表2に示したように、<実施例2>の10倍希釈液、<実施例2>の100倍希釈液はBotorytis cinereaに対して、100倍希釈でも農薬(アミスタ-フロアブル20)1500倍液に対し同等以上の効果が測定できた。
【0030】
<試験例3>
イチゴの灰色カビ病菌及びジャガイモ、トマト疫病菌に対する圃場での抗菌作用試験
【0031】
(1)供試作物
・イチゴ(Fragaria) 品種:エラン
・ジャガイモ(Solnum tuberosum L.) 品種:キタアカリ
・トマト(Lypcopersicum esculentu)品種:ホーム桃太郎
【0032】
(2)供試病原菌
・Botorytis属 Botorytis cinerea (灰色カビ病菌)
・Phytophthora属 Phytophthora infestans (ジャガイモ、トマト疫病菌)
【0033】
(3)試料調整
接種源の調製(供試菌株)
a)Botorytis cinerea (灰色カビ病菌)
Botorytis cinereaに罹病したイチゴ果実5個を採取して粉砕後1Lの滅菌水に懸濁し、ガーゼでろ過をした。その後、菌液の濃度を分光光度計にて測定し、1×105〜106個/mLの濃度になるように適宜滅菌水にて調整した。
【0034】
b)Phytophthora infestans(ジャガイモ、トマト疫病菌)
ジャガイモ及びトマトの罹病葉を湿らせたろ紙を敷いた大型シャーレに別々に入れ、15〜17℃、暗所で5〜7時間インキュベートし、遊走子嚢を形成させた。この遊走子嚢を白金耳で軽く掻き取り、1.5mL容マイクロチューブに1mLの滅菌蒸留水を入れて、懸濁した。遊走子嚢の濃度を105〜106個/mLに調整し、5℃で2〜3時間インキュベートし、遊走子を放出させた。
【0035】
上記のイチゴ、ジャガイモ、トマト3種類の菌懸濁液を5mL/株の割合でそれぞれの作物の株全体に噴霧接種した。
【0036】
散布剤の調整
ヒノキ抽出液サンプルは<実施例1>で作成したものを使用した。そして供試ヒノキ抽出液はそのままの濃度(原液)、10倍希釈、100倍希釈に調整した。抗菌作用の測定。実際の作物を使用して抗菌作用測定した。
【0037】
(4)試験方法
栽培条件
試験圃場:(株)アイエイアイ 尾羽圃場(北緯35度3分10秒、東経138度29分36秒)
イチゴハウス(丸屋根型、閉鎖系ビニル温室、天窓全開、養液土耕高設栽培)
トマト畑(雨よけ、黒マルチ)
ジャガイモ畑(黒マルチ)
【0038】
各作物の栽培方法、作付体系については標準的な方法に従って行った。
【0039】
試験区
a)イチゴ
1区:25株、3反復にて行った。
ヒノキ抽出液原液区、10倍希釈区、100倍希釈区、ネガティブコントロール区(水)、ポジティブコントロール区(アミスターフロアブル20:1500倍希釈)
b)ジャガイモ
1区:10株 3反復にて行った。
ヒノキ抽出液原液区、10倍希釈区、100倍希釈区、ネガティブコントロール区(水)、ポジティブコントロール区(ベンチアバリカルブイソプロピル:2000倍希釈)
c)トマト
1区:10株 3反復にて行った。
ヒノキ抽出液原液区、10倍希釈区、100倍希釈区、ネガティブコントロール区(水)、ポジティブコントロール区(ベンチアバリカルブイソプロピル:2000倍希釈)
【0040】
(5)結果
【表3】

1:ヒノキ抽出方法の実施例1の結果
−:対照となる化学農薬ではない為、試験なし
表3に示したように、<実施例1>の10倍希釈液、100倍希釈液はイチゴの灰色カビ病菌(Botorytis cinerea)はアミスターフロアブル20と同等、ジャガイモ・トマトの疫病菌( Phytophthora infestans)に対してベンチアバリカルブイソプロピルと同等の防除効果がみられた。従って、これらの結果よりヒノキ抽出成分の至適散布濃度は10倍〜100倍希釈であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒノキ科植物の葉に含まれる植物病原菌に対する抗菌物質を取り出す製造方法であって、水溶性部分を取り除く第1の工程と、有効成分が含まれる脂溶性部分を、有機溶剤を使用せず界面活性剤を用いて簡便、安価に更には効率的に取り出す第2の工程からなることを特徴とする植物用抗菌剤の製造方法。
【請求項2】
上記第2の工程において、使用する界面活性剤が天然系の活性剤、例えばタンパク質、ペプチド、多糖類、糖脂質、リン脂質、ステロール、サポニン、ビタミン等である請求項1に記載の植物用抗菌剤の製造方法。
【請求項3】
上記第2の工程において使用する界面活性剤が合成系の活性剤、例えばアニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤、非イオン界面活性剤である請求項1に記載の植物用抗菌剤の製造方法。