説明

ビール風味アルコール飲料の製造方法

【課題】良好で調和のとれた香味を有するビール風味アルコール飲料を製造する方法の提供。
【解決手段】発酵液中の資化性窒素源が枯渇してから36時間が経過するまでの間に発酵液の温度上昇を開始させて発酵を行うことを特徴とする、ビール風味アルコール飲料の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビール風味アルコール飲料の製造方法に関し、詳細には、良好で調和のとれた香味を有するビール風味アルコール飲料を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ビールの製造に当たっては、一般的に、7〜8℃で発酵前液に酵母を添加し、その後9〜11℃の一定温度を維持させることで発酵を行わせる。その後、必要に応じてダイアセチルなどの不良な香味を除去するために12〜14℃に温度を設定することもある。また、穀物原料における麦芽使用比率が少ないか、麦芽または大麦を使用しないビール様発泡性アルコール飲料の製造に際しても、10℃〜16℃の間での一定温度による発酵方法が用いられる(特開2007−110910号公報)。前述したダイアセチルを消長させる為の温度保持方法については既出の内容であるが、この目的はダイアセチルの消長に重点が置かれており、温度を上昇させるタイミングについては、後発酵または貯蔵・熟成の期間に行われることが一般的である。
【0003】
発酵前液の糖分の酵母による資化については、本来ビール醸造用酵母に備わっているグルコース抑制効果により、発酵前液中の易資化性の糖類(グルコース・フルクトース・スクロース)等は優先されて酵母に消費され、その後、マルトース・マルトトリオースに代表される資化性糖分が酵母によって消費される。
【0004】
麦芽比率が低いか、麦芽を使用しないビール様発泡性アルコール飲料の商業的生産に当たっては、アルコール分の原料となる発酵前液の糖源の確保を目的として、穀物原料由来のシラップや糖分以外の栄養分含量の少ない穀物原料を使用する方法が採られる。しかしながら、発酵前液中の易資化性糖類が増加する場合がある上、窒素栄養分や微量栄養素分が不足する故、〔資化性糖類濃度〕/〔資化性窒素栄養分濃度〕の比率が増大し、発酵の途中において醪中より窒素栄養分や微量栄養分の枯渇が発生し、発酵の遅延が生ずることがある。
【0005】
上述のように発酵の遅延が発生する場合、その後の熟成・濾過の工程を経て得られるビールまたはビール様発泡性アルコール飲料は、残糖質による味質面におけるスッキリ感を損なう。また、各種有機酸をはじめとした酸味への寄与物質のバランスが不良になるとともに、各種オフフレーバーが残存し、全体として香味を損なったビールまたはビール様発泡性アルコール飲料となる。
【0006】
このような発酵の遅延を改善する方法として、およそ168時間の発酵を経た熟成前の発酵液に対して、活発に発酵が行われている発酵液を5〜15%添加する方法が知られているが(Technology Brewing and Malting, p.438-444)、商業規模の発泡性アルコール飲料の製造においては生産設備上の制約が発生する。また、これに伴って、オフフレーバーの発生に代表されるリスクが存在し、慣例的に行われるものではない。また、このような発酵の遅延を改善するために、発酵前液への酵母の添加量を増加させる方法、発酵助成剤としてオレイン酸をはじめとする脂質を添加する方法、ミネラル類・ビタミン類を含む酵母エキスを添加する方法などがあるが(Journal of Bacteriology, vol.177(8), p.2245-2254およびFEMS Yeast Research 1, p.307-314)、商業用のビール様アルコール飲料の製造に当たっては製造コストの増大に繋がり、製品における香味の調和を損なうことがある。
【0007】
この他に、発酵遅延を回避するための技術として、発酵前液に対する酵母の添加量を増加させる方法が採られる場合があるが、この方法についても商業規模でのビールまたはビール様アルコール飲料の製造においては、製品における香味の調和を損なうことがある。それ故、従来のビールまたはビール様発泡性アルコール飲料の製造に当たって発酵遅延が発生した場合に、原材料の使用量や使用比率を変更することなく、また発酵前液への酵母の添加量を変更することなく、発酵遅延を回避することは困難であると考えられてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−110910号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Technology Brewing and Malting, p.438-444
【非特許文献2】Journal of Bacteriology, vol.177(8), p.2245-2254
【非特許文献3】FEMS Yeast Research 1, p.307-314
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、良好で調和のとれた香味を有するビール風味アルコール飲料を製造する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
醸造用酵母による二糖類や三糖類の細胞内への取り込みと資化に関しては、発酵中の醪液中に資化可能な窒素栄養源が不足・枯渇する場合、二糖類や三糖類などの糖類の細胞内への取り込みと資化は、関連遺伝子の転写レベルとタンパク質レベルの遺伝子制御によって阻害・抑制されうることがこれまでに示唆されている(非特許文献2および非特許文献3)。このことから、発酵の途中において醪中の窒素栄養分や微量栄養分の枯渇が発生した場合、その後の二糖類や三糖類などの糖類の細胞内への取り込みと資化は著しく緩慢になり、合わせて外観エキスの減少速度も著しく緩慢になると考えられる。
【0012】
本発明者らは、ビール風味アルコール飲料の製造において、発酵液中の資化性窒素源が枯渇してから36時間が経過するまでの間に発酵液の温度上昇を開始させて発酵を行うことにより、二糖類や三糖類などの資化性糖類の細胞内への取り込みが改善され、発酵遅延が有意に回避され、良好で調和のとれた香味を有するビール風味アルコール飲料が製造できることを見出した。資化性窒素源が枯渇した条件下であっても単に温度を上昇させることにより発酵遅延が有意に回避できることは本発明者らにとって意外であった。本発明はこの知見に基づくものである。
【0013】
すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)発酵中に資化性糖が残存しつつ資化性窒素源が枯渇してしまう発酵前液を用いて発酵を行うビール風味アルコール飲料の製造方法であって、発酵液中の資化性窒素源が枯渇してから36時間が経過するまでの間に発酵液の温度上昇を開始させて発酵を行うことを特徴とする、ビール風味アルコール飲料の製造方法。
(2)発酵液中の温度を温度帯A(7℃〜16℃)から温度帯B(10℃〜20℃)へと上昇させる、(1)に記載の方法。
(3)温度上昇幅が3℃以上である、(1)または(2)に記載の方法。
(4)発酵前液の外観最終発酵度(AAL)が90%以上である、(1)〜(3)のいずれか一項に記載の方法。
(5)(1)〜(4)のいずれか一項に記載の方法により製造されたビール風味アルコール飲料。
(6)発酵中に資化性糖が残存しつつ資化性窒素源が枯渇してしまう発酵前液を用いて発酵を行うビール風味アルコール飲料の製造において、発酵液中の資化性窒素源が枯渇してから36時間が経過するまでの間に発酵液の温度上昇を開始させて発酵を行うことを特徴とする、発酵遅延の防止または回避方法。
【0014】
本発明によれば、発酵前液や発酵液に対して発酵助成剤や他の発酵槽からの発酵液を添加・混合することなく、温度制御、またはこれと定法に従う発酵条件の調整を組合せ、既存の原材料を使用したままで、安定的かつ効率的に良好で調和のとれた香味を有するビール風味アルコール飲料を製造することができる。特に、麦芽非使用または麦芽使用比率が少ないビール風味アルコール飲料の製造においては、良好で調和のとれた香味を有し、すっきりとした味わいのビール風味アルコール飲料を簡便かつ安価に提供できる点で有利である。
【発明の具体的説明】
【0015】
本発明において「ビール風味アルコール飲料」とは、炭素源、窒素源、および水などを原料として酵母により発酵させた飲料であって、ビール風味を有するアルコール飲料を意味する。「ビール風味アルコール飲料」としては、原料として麦芽を使用しないビール風発酵飲料(例えば、酒税法上、「その他の醸造酒(発泡性)(1)」に分類される飲料)や、原料として麦芽を使用するビール、発泡酒、リキュール(例えば、酒税法上、「リキュール(発泡性)(1)」に分類される飲料)が挙げられる。
【0016】
本発明による方法は、「発酵中に資化性糖が残存しつつ資化性窒素源が枯渇してしまう発酵前液」を用いるビール風味アルコール飲料の製造に用いることができる。「発酵中に資化性糖が残存しつつ資化性窒素源が枯渇してしまう発酵前液」としては、発酵度の高い発酵前液や、低窒素栄養源からなる発酵前液が挙げられ、典型的には、外観最終発酵度(AAL)が90%以上(好ましくは、90〜110%)以上であり、場合によっては更に発酵工程の終了時点での発酵液について外観最終発酵度(AAL)から外観発酵度(AA)を差し引いた分の値が2以下となる発酵前液や、麦芽使用比率が1〜49%の発酵前液が挙げられる。なお、本発明において「資化性糖」とは、酵母によって資化されうる糖を意味し、特に限定されるものではないが、例えば、単糖(グルコース等)、二糖(マルトース等)、三糖(マルトトリオース等)が挙げられる。
【0017】
本発明による製造方法では、発酵液中の資化性窒素源が枯渇してから36時間が経過するまでの間に発酵液の温度を上昇させる。発酵液中の資化性窒素源が枯渇したか否かは、発酵液中の資化性アミノ酸含量を測定することにより決定することができる。具体的には、発酵液中の資化性アミノ酸(アスパラギン酸、スレオニン、セリン、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、アラニン、バリン、シスチン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、アンモニア、リジン、ヒスチジン、およびアルギニン)のそれぞれの含量が10mg/L以下となっている場合に「資化性窒素源が枯渇」したと判断することができる。
【0018】
発酵液中の資化性窒素源が枯渇したか否かは、発酵液中の残存資化性窒素量(%)を測定することにより決定することもできる。具体的には、下記式により残存資化性窒素量を算出することができる。
残存資化性窒素量(%)={(Nt−Nf)/(Ns−Nf)}×100
Ns:麦汁の全窒素含量
Nf:資化性窒素源が枯渇した時点での全窒素含量
Nt:発酵中のある時点での全窒素含量
Ns−Nf:資化性窒素含量
Nt−Nf:残存資化性窒素含量
【0019】
全窒素含量の測定はEBC(European Brewery Convention)により作成された「Analytica-EBC」標準法に従って行うことができる。発酵液中の残存資化性窒素量(%)がゼロである場合に「資化性窒素源が枯渇」したと判断することができる。
【0020】
発酵液の温度上昇を開始させるタイミングは、資化性窒素源が枯渇してから36時間が経過するまでの間とすることができるが、好ましくは、資化性窒素源が枯渇した時点あるいは資化性窒素源が枯渇してから12時間が経過するまでの間、より好ましくは、資化性窒素源が枯渇した時点あるいは資化性窒素源が枯渇してから6時間が経過するまでの間である。この場合、発酵液の温度上昇のタイミングは、発酵開始から72時間経過した後、120時間が経過するまでの間となるように設定することができる。
【0021】
発酵液の温度上昇は、発酵液中の温度を温度帯A(7℃〜16℃)から温度帯B(10℃〜20℃)へと上昇させることにより行うことができる。また、温度上昇の程度は、好ましくは、3℃以上の温度上昇(例えば、3℃以上8℃以下の温度上昇)とすることができ、より好ましくは、4℃以上の温度上昇(例えば、4℃以上8℃以下の温度上昇)である。
【0022】
本発明においては、資化性窒素源が枯渇してから36時間が経過するまでの間に発酵液の温度上昇を開始させればよく、資化性窒素源が枯渇してから36時間が経過した後に温度上昇手順が完了してもよい。
【0023】
発酵液の温度上昇の速度は特に限定されるものではないが、熱交換装置またはそれと同等の機能を有する装置を使用しない場合は、6〜10時間毎、好ましくは7〜9時間毎に発酵液の温度が1℃上昇するような速度で発酵液の温度を上昇させることができる。また、温度上昇の態様は段階的上昇であっても、継続的上昇であってもよい。
【0024】
ビール風味アルコール飲料の製造では、通常、発酵液は冷却されたタンク内で発酵工程に付される。また、酵母による発酵の際には発酵熱が生ずる。従って、冷却装置の稼働を断続的または継続的に停止するか、あるいは断続的または継続的に冷却装置の稼働を弱めることにより、発酵液の温度を温度帯Aから温度帯Bへと上昇させることができる。あるいは、加熱装置または熱交換装置を稼働させて、発酵液の温度を上昇させてもよい。
【0025】
本発明による製造方法では、発酵液の資化性窒素源が枯渇するまでの間、温度帯A(7℃〜16℃)の温度範囲の一定温度あるいは3℃以内の温度幅で発酵を行い、資化性窒素源が枯渇してから36時間が経過するまでの間に発酵液の温度上昇を開始させ、温度帯B(10℃〜20℃)の温度範囲に到達させた後、更に一定温度あるいは3℃以内の温度幅で発酵を行うことができる。この場合、温度上昇の幅は3℃以上、好ましくは4℃以上とすることができる。
【0026】
本発明による製造方法では、好ましくは、発酵液の資化性窒素源が枯渇するまでの間、7〜12℃の範囲内の一定温度で70時間以上発酵を行い、資化性窒素源が枯渇した時点あるいは枯渇してから36時間が経過するまでの間に発酵液の温度上昇を開始させ、12〜16℃の範囲に到達させた後、更に一定温度で発酵を行うことができる。この場合、温度上昇の幅は3℃以上、好ましくは、4℃以上とすることができる。
【0027】
本発明による製造方法では、好ましくは、発酵液の資化性窒素源が枯渇するまでの間、8〜11℃の範囲内の一定温度で70時間以上発酵を行い、資化性窒素源が枯渇した時点あるいは枯渇してから36時間が経過するまでの間に発酵液の温度上昇を開始させ、12〜15℃の範囲に到達させた後、更に一定温度で発酵を行うことができる。この場合、温度上昇の幅は3℃以上、好ましくは、4℃以上とすることができる。
【0028】
本発明による製造方法は、発酵過程において上記のような温度上昇手順を実施する以外は、通常のビール風味アルコール飲料の製造手順に従って実施することができる。すなわち、本発明による製造方法では、炭素源(糖源)、窒素源(例えば、タンパク質分解物、酵母エキス)、および水に、ホップ、香料、色素、起泡・泡持ち向上剤、水質調整剤、発酵助成剤などを加えて発酵前液を作製し、発酵前液を煮沸した後、発酵用ビール酵母を添加して発酵を行い、ビール風味アルコール飲料を醸成させることができる。得られたビール風味アルコール飲料は、低温にて貯蔵した後、ろ過工程により酵母を除去することができる。
【0029】
本発明による製造方法では、また、発酵前液調製過程の前あるいは発酵前液調製過程において、必要に応じてアミラーゼ、プルラナーゼ、イソアミラーゼ等の分解酵素を添加して麦芽等の穀物原料の糖化を行ってもよい。この場合には、まず液糖以外の糖源(例えば、麦芽やコーンスターチのような穀物や穀物由来の原料)に糖分解酵素を作用させて穀物等の糖質を酵母資化性糖類に転換することができる。
【0030】
本発明による製造方法では糖源全部または一部として液糖を使用してもよい。液糖の添加のタイミングは、糖化スタート時、糖化終了時、煮沸スタート時、仕込み工程中のいずれであってもよい。
【0031】
本発明による方法によれば、発酵遅延を防止ないし回避することができ、主発酵工程を安定的に発酵開始から120時間〜192時間の間に、より好ましくは発酵開始から120時間〜168時間の間に完了させることができる。従って、本発明による方法は発酵遅延が生ずるような発酵前液を用いて発酵を行うビール風味アルコール飲料の製造に用いることができる。
【0032】
本発明において「発酵遅延」とは、酵母によるアルコール醸造において、一般的な発酵期間(発酵開始から144〜192時間、望ましくは発酵開始から144〜168時間)の間に正常に主発酵を完遂できない状態を意味し、このような状態は発酵前液や発酵液中における発酵性エキスの量を指標にして決定することができる。例えば、「AAL−AA」によって算出される値が10以上であるか、あるいはマルトースおよびマルトトリオースの発酵液中の含量が0.85g/100mL以上であるにもかかわらず、発酵液中の外観エキス減少速度が0.3°P/日以下となる状態を「発酵遅延」の状態とすることができる。本発明において、「AAL」は外観エキスを用いて算出した最終的な発酵度、すなわち、外観最終発酵度(Apparent Attenuation Limit)を意味し、「AA」は外観エキスを用いて算出した外観発酵度(Apparent Attenuation)を意味する。
【0033】
外観最終発酵度(%)は、発酵前の麦汁(原麦汁)に含まれていた外観エキス(S)と発酵の最終段階の外観エキス(F)を測定し、発酵開始から発酵終了までの間に発酵によって消失した外観エキス(S−F)の割合として算出される。すなわち、外観最終発酵度(%)は下記式で表される。
外観最終発酵度(%)={(S−F)/S}×100
【0034】
また、外観発酵度(%)は、発酵前の麦汁(原麦汁)に含まれていた外観エキス(S)と各発酵段階で発酵液に含まれている外観エキス(E)を測定し、発酵開始から測定の時点までの間に発酵によって消失した外観エキス(S−E)の割合として算出される。すなわち、外観発酵度(%)は下記式で表される。
外観発酵度(%)={(S−E)/S}×100
【0035】
本発明において「外観エキス」は、発酵前液ないし発酵液の比重を測定し、20℃において同じ比重を持ったショ糖水溶液のショ糖濃度(重量%)として表される。
【0036】
本発明による方法によれば、良好で調和のとれた香味を有するビール風味アルコール飲料を製造することができる。ここで、「香味」とは、酢酸エチル、酢酸イソアミルをはじめとした低沸点を有する揮発性成分やダイアセチルに由来する香気成分の芳香性、酸味、甘味、苦味、渋味、後味、芳醇さ、キレ感、口当たりなどの味質面の特徴と、これらの味質のバランスを指す。「良好で調和のとれた香味」とは、味質の面において、好ましくは不快な味質が無く、酸味のバランスが取れて爽快であり、後味が不快でなく、香気成分においても調和が取れていることをいう。
【0037】
本発明による方法によれば、発酵度の高い発酵前液や麦芽使用比率が低い発酵前液からアルコール飲料を製造する場合であっても発酵遅延を防止ないし回避することができる。従って、本発明による方法は、高い発酵度を有する発酵前液や低窒素栄養源からなる麦汁を発酵させて製造される発泡酒や、麦芽および麦のいずれも原料に使用されていないビール風味発泡性アルコール飲料の製造に好ましくは用いることができる。
【実施例】
【0038】
以下の例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0039】
分析方法
全窒素含量、外観エキス、AAL、AA、発酵性糖、低沸点揮発性成分、ダイアセチルの測定・分析は、EBC(European Brewery Convention)により作成された「Analytica-EBC」標準法に従って行った。
【0040】
具体的には、全窒素含量は、燃焼法を用いて分析を行った。
【0041】
外観エキス[°P]は、発酵前液ないし発酵液の比重を測定し、20℃において同じ比重を持ったショ糖水溶液のショ糖濃度(重量%)として表した。比重は振動式密度計を用いて測定した。
【0042】
AALおよびAAの定義は前述の通りであり、外観エキス[°P]から算出した。
【0043】
マルトース(M2)やマルトトリオース(M3)などの発酵性糖は、イオンクロマトグラフィーを用いて分析を行った。
【0044】
低沸点揮発性成分(アセトアルデヒド、酢酸エチル、酢酸イソアミル、アミルアルコール、活性アミルアルコール、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール)は、ヘッドスペースGC−FIDを用いて分析を行った。
【0045】
ダイアセチルは、ヘッドスペースGC−ECDを用いて分析を行った。
【0046】
酵母死滅率の測定・分析は、ASBC(American Society of Brewing Chemists)により作成された「Methods of Analysis-ASBC」標準法に記載のメチレンブルー法に従って行った。
【0047】
酢酸、ピルビン酸、および有機酸の分析は、BCOJビール分析法(ビール酒造組合編)に記載のキャピラリー電気泳動による有機酸分析法に従って実施した。
【0048】
アミノ酸の測定・分析は、日立L−8800アミノ酸分析計を用いて行った。メインカラムは#2622、ガードカラムは#2619を用い、アミノ酸をニンヒドリンで発色させ570nmで検出し、予め作成した検量線より濃度を算出した。
【0049】
実施例1:温度制御方法の違いによる、発酵中の外観エキス分消費経過の差異
麦芽、大麦および糖液を原料として用いて定法どおりに麦汁を製造した。糖液は市販の易資化性糖を含む液糖を用いた。麦芽と大麦を糖化し、それに糖液とホップを加えて煮沸釜で煮沸を行い、麦汁150Lを得た。これにビール醸造用の下面発酵酵母株(Saccharomyces pastorianus)を加えて、定法どおりに酵母添加後に通気を行い、アルコール発酵を実施した。発酵温度の制御方法は表1に従って行った。
【表1】

【0050】
発酵・熟成によって得られた発酵液は濾過工程を経て壜に充填し、本発明によるビール風味アルコール飲料(発泡酒)を得た。
【0051】
官能評価については訓練されたパネル10名によって行った。評点は5段階評価とし、香味が著しく不良かつ不調和な場合を『1』、良好かつ調和の取れている場合を『5』とし、パネル全員の平均値を算出した。
【0052】
結果は表2および表3に示される通りであった。
【表2】

【表3】

【0053】
表2に示される通り、温度制御方法1−2による外観エキス消費経過は温度制御方法1−1に比較して良好であった。
【0054】
また、表3に示される通り、得られたビール風味アルコール飲料の官能評価結果は温度制御法1−2によって製造した方が良好な香味を有していた。なお、『1−2』に示した温度制御法において、10℃維持を解除して14℃までの温度上昇に必要な時間は32時間であった。
【0055】
発酵開始後約70時間経過後の発酵液の各種アミノ酸等の分析結果は次の通りであった。
【0056】
[温度制御法1−1の場合]
アスパラギン酸:0mg/L、スレオニン:0mg/L、セリン:0mg/L、アスパラギン:0mg/L、グルタミン酸:2.5mg/L、グルタミン:0mg/L、グリシン:2.4mg/L、アラニン:2mg/L、バリン:0mg/L、シスチン:1.5mg/L、メチオニン:0mg/L、イソロイシン:0mg/L、ロイシン:0.8mg/L、チロシン:2.6mg/L、フェニルアラニン:0mg/L、トリプトファン:0mg/L、アンモニア:0.3mg/L、リジン:1.2mg/L、ヒスチジン:2.2mg/L、アルギニン:0mg/L。
【0057】
[温度制御法1−2の場合]
アスパラギン酸:0mg/L、スレオニン:0mg/L、セリン:0mg/L、アスパラギン:0mg/L、グルタミン酸:2.8mg/L、グルタミン:0mg/L、グリシン:2.9mg/L、アラニン:2.5mg/L、バリン:0mg/L、シスチン:1.1mg/L、メチオニン:0mg/L、イソロイシン:0mg/L、ロイシン:0.8mg/L、チロシン:0mg/L、フェニルアラニン:0mg/L、トリプトファン:0mg/L、アンモニア:0.3mg/L、リジン:1.4mg/L、ヒスチジン:2.2mg/L、アルギニン:0mg/L。
【0058】
発酵終了後の発酵液(酒下し)について各種アミノ酸等の分析を行ったところ、上記結果とほぼ同じ分析結果が得られた(データ省略)。
【0059】
以上の通り、温度制御法1−2に示すように発酵前液中の資化性窒素分を消費した時点から36時間までの間に発酵液温度の上昇を開始することで、発酵液中の外観エキス分の酵母による資化を促進し、従来の温度制御法に比して良好かつ調和の取れた香味を有する発泡性アルコール飲料を得ることができた。
【0060】
実施例2:温度制御方法の検討による発酵中の外観エキス消費ならびに香味改善の効果の確認
実施例1と同じ麦汁と20L発酵槽を用いて、ビール醸造用下面発酵酵母株(Saccharomyces pastorianus)を加えて、定法どおり酵母添加後に通気を行い、アルコール発酵を実施した。発酵温度の制御方法は表3に従って行った。温度帯Aから温度帯Bへの温度上昇開始タイミングは、いずれの試験水準においても、発酵前液に含まれていた資化性窒素分が発酵液中から枯渇した時点とした。
【0061】
結果は表4〜6に示される通りであった。
【表4】

【表5】

【表6】

【0062】
表4に示される通り、窒素栄養源か枯渇してから36時間以内に、発酵液温度を上昇させる温度制御方法を開始した場合、温度を3℃以上上昇させる事によって、12℃一定の温度制御法、すなわち従来の温度制御方法に利用した場合に比較して、外観エキス消費経過が改善された。
【0063】
また、表5に示される通り、熟成後の発酵液を官能評価した結果についても従来の温調制御法を利用した場合に比較して良好で調和の取れた香味を有していた。特に、10℃温度保持を実施して資化性窒素源枯渇後に3〜4℃の温度上昇を行った試験水準「2−5」および「2−6」は、官能評価に対しても良好な影響を与えた。
【0064】
また、表6に示される通り、発酵途中に発酵温度を上昇させる方法を採る事により、アセトアルデヒド、酢酸、ピルビン酸、TDAの発酵液中の含量が上昇すること、TCA回路に由来する有機酸、ならびに高級アルコール類の発酵液中の含量が低下する傾向が示された。また、10℃からの温度の上げ幅を調整する事によって、より最適な各種分析と官能評価結果を得られる可能性も示唆された(例としては「2−5」および「2−6」)。また、発酵序盤の温度帯Aの温度を設定する事で、所望のより最適な香味バランスを有したビール風味アルコール飲料を得ることができる。
【0065】
以上の通り、発酵前液に含まれる窒素栄養源が枯渇する36時間後までの間に、発酵液温度の上昇を開始させる温度制御方法を採用することで、従来の温調制御による方法に比較して、発酵中の外観エキス消費経過を改善する効果を得た。また、これに伴い、より良好な香味を有するビール風味アルコール飲料を得ることができる。
【0066】
実施例3:温度制御方法の検討による発酵中の外観エキスの消費ならびに香味改善の効果の確認
実施例1に記載した麦汁を20L発酵槽へ分配し、ビール醸造用下面発酵酵母株(Saccharomyces pastorianus)を加えて、定法どおり酵母添加後に通気を行い、アルコール発酵を実施した。発酵温度の制御方法は表7に従って行った。表7における温度帯Aの設定値は10℃、温度帯Bの設定値は14℃とした。
【表7】

【0067】
結果は前記表7および表8〜10に示される通りであった。
【表8】

【表9】

【表10】

【0068】
表7に示される通り、『発酵開始の時点』から『発酵108時間後までの間』に温度上昇を開始させる事によって(3−2〜3−9)、12℃一定の通常の発酵制御法(3−1)をとった場合よりも、外観エキスの消費が改善できることが確認された。また、発酵前液の全窒素含量(Ns)と資化性窒素源が枯渇した時点での全窒素含量(Nf)を測定し、資化性窒素含量(Ns−Nf)を求めた。更に温度上昇の開始タイミングにおける発酵液中の全窒素含量(Nt)を測定し、残存資化性窒素含量(Nt−Nf)を求めた。これらを元に残存資化性窒素量(%)を算出し、表7の中央列に記した。この結果、『発酵開始から108時間後』というタイミングは、発酵前液中に存在した資化性窒素分が枯渇してから36時間後と同等であると言える。
【0069】
また、表8に示される通り、熟成後の発酵液の官能評価結果から、外観エキス消費の遅延が改善された『3−2』〜『3−9』の間のうち、『3−5』〜『3−7』の温調制御法をとる事により、さらに良好に香味が調和した発酵液を得ることができた。
【0070】
また、表9に示される通り、10℃での発酵温度を解除するタイミングが遅くなるほど、アセトアルデヒド・酢酸・ピルビン酸・TDAの発酵液中の含量が上昇すること、TCA回路に由来する有機酸、ならびに高級アルコール類の発酵液中の含量が低下する傾向が示された。
【0071】
更に、表10に示される通り、資化性窒素源が枯渇した時点から36時間以内に発酵温度を上昇させることにより、酵母の死滅率を改善できることが示された。
【0072】
以上の通り、「発酵開始のタイミング」から、「発酵前液中に存在した資化性窒素分が枯渇した後36時間」までの期間中に、すなわち発酵開始から120時間後までの間に、発酵液温度の上昇を開始させる温度制御方法を採る事によって、従来の温度制御法をとった場合よりも外観エキス消費が改善されることが判明した。
【0073】
また、発酵後の酵母の死滅率の観点からは、発酵開始から早期に14℃への昇温を開始した場合、死滅率が上昇する。このため、より望ましくは発酵開始72時間後〜120時間後までの間で温度上昇を開始させることで、外観エキス消費を改善し、酵母の死滅率を改善することができることが判明した。
【0074】
更により望ましくは、発酵開始84時間後〜96時間後の間、すなわち、資化性窒素栄養分の枯渇から12時間までの間に、発酵温度の上昇を開始させることで、外観エキス消費と発酵後の回収酵母死滅率を改善させるだけでなく、熟成後の香味も向上させることが可能となることが判明した。
【0075】
実施例4:発酵過程における酵母細胞内の代謝物質の測定
改変した発酵温度パターンが酵母細胞内の代謝物質に及ぼす影響を明らかにするために、発酵温度パターンを改変したテストと従来型のコントロールにおける酵母細胞内の代謝物質をキャピラリー電気泳動−飛行時間型質量分析計(略して、CE−TOFMS)を用いて解析した。
【0076】
テストとコントロールの浮遊酵母をサンプリングし、Yoshida et al.,Appl. Environ. Microbiol., 74, 2787-2796. 2008に記載された方法に従って、3×10個の酵母細胞内の代謝物質を抽出した。この酵母抽出物試料に、泳動時間補正用内部標準物質を添加したMilli−Q水50μLを加えて溶解し測定に供した。カチオンモードでの測定には5倍希釈、アニオンモードでの測定には2倍に希釈した試料を用いた。この試料CE−TOFMSのカチオンモード、アニオンモードによる測定を装置 Agilent CE-TOFMS system(Agilent Technologies社)を用いて実施した。CE−TOFMSで検出されたピークは、自動積分ソフトウェアのMasterHands ver.1.0.6.12を用いて自動抽出し、ピーク情報として質量電荷比(m/z)、泳動時間(Migration time: MT)とピーク面積値を得た。得られたピーク面積値は下記の式を用いて相対面積値に変換した。次に、m/zとMTの値をもとに、各試料間のピークの照合・整列化を行った。
得られたピーク面積値は相対面積値(=目的ピークの面積値/内部標準物質の面積値)に変換した。
【0077】
検出されたピークに対してm/zとMTの値をもとに代謝物質データベースとの照合、検索を行った。検索のための許容誤差はMTで±0.5min、m/zでは±10ppmとした。代謝物質データベースに登録された物質を対象として解析を行ったところ、850(カチオン312,アニオン538)のピークが検出された。代謝物質データベースに登録された物質のm/zおよびMTの値から222(カチオン105,アニオン117)ピークに候補物質が付与された。発酵4日目および7日目においてコントロールと比較してテストのアミノ酸の濃度が1.5倍以上、或いは0.67倍以下を変化したアミノ酸を表11および12に示した。
【表11】

【表12】

【0078】
表11に示される通り、発酵4日目においてコントロールと比較してテストのアミノ酸の濃度が1.5倍以上の物質には、Tyr、Asp、Gln、Met、Lys、Thr、Cys、Arg、His、Trpのアミノ酸が含まれていた。この結果は、発酵前半では発酵温度を下げたことで酵母細胞内のアミノ酸が、従来型のコントロールと比較して多く残存していることを示している。
【0079】
表12に示される通り、発酵7日目の浮遊酵母の細胞内アミノ酸濃度が大きく変化していないことから、発酵後半で発酵温度を上げることで、アミノ酸消費は促進されたと考えられる。
【0080】
以上から、発酵温度パターンを変更したテストでは、発酵前半での酵母細胞内のアミノ酸等の栄養源を残すことで、発酵後半での発酵遅延を改善していると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発酵中に資化性糖が残存しつつ資化性窒素源が枯渇してしまう発酵前液を用いて発酵を行うビール風味アルコール飲料の製造方法であって、発酵液中の資化性窒素源が枯渇してから36時間が経過するまでの間に発酵液の温度上昇を開始させて発酵を行うことを特徴とする、ビール風味アルコール飲料の製造方法。
【請求項2】
発酵液中の温度を温度帯A(7℃〜16℃)から温度帯B(10℃〜20℃)へと上昇させる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
温度上昇幅が3℃以上である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
発酵前液の外観最終発酵度(AAL)が90%以上である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法により製造されたビール風味アルコール飲料。
【請求項6】
発酵中に資化性糖が残存しつつ資化性窒素源が枯渇してしまう発酵前液を用いて発酵を行うビール風味アルコール飲料の製造において、発酵液中の資化性窒素源が枯渇してから36時間が経過するまでの間に発酵液の温度上昇を開始させて発酵を行うことを特徴とする、発酵遅延の防止または回避方法。

【公開番号】特開2010−246508(P2010−246508A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−102260(P2009−102260)
【出願日】平成21年4月20日(2009.4.20)
【出願人】(307027577)麒麟麦酒株式会社 (350)
【Fターム(参考)】