説明

ピーニング方法

【課題】被処理面の表面粗さを粗くすることなく、圧縮残留応力を増大させることができるとともに、ピーニング処理を効率的に行うことができるピーニング方法を提供する。
【解決手段】このピーニング方法によれば、金属等の被処理面に重曹を噴射することにより、被処理面の表面粗さを粗くすることなく、圧縮残留応力を増大させることができる。さらに、重曹が水に溶け易いので、重曹を噴射してピーニング処理した後に、水を流すだけで済み簡単であるとともに、重曹が食品や医薬品等に使用される安全な物質であるので、製造ライン上にある金型や機械加工における加工機上の工具を取り外すことなくピーニング処理でき、また食品生産用の機械設備等もそのままでピーニング処理でき、したがってピーニング処理を効率的に行うことができる。さらには、重曹は海水や杜地下水、石や岩などにも含まれる物質であるから、そのまま外部に放出しても、環境を汚染しない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被処理物の表面改質を行うピーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面に圧縮残留応力を付与することは、疲労強度の改善、応力腐食割れの防止あるいは耐摩耗性の向上などの材料特性を改善する有効な手段の1つである。その方法の1つとして、ショットピーニングといった噴射加工が工業的に広く普及しており、その用途に応じて砂、ガラスビーズ、鋼球などの様々なメディアが使い分けられている。
【0003】
しかし、これらのメディアを用いた従来の噴射加工では、メディアの回収が困難であり、加工品に付着したメディアの洗浄にも多くの労力を要する。そのため、製造ライン上の金型、食品生産用の機械設備あるいは原子炉やプラントにおける配管溶接部では使用不可能である。
【0004】
一方、容易に分解可能な環境負荷の低いメディアを用いた噴射加工技術として、例えば、特許文献1には、ドライアイス粒子を投射してアルミニウム合金製部品等の軽金属部品をピーニング処理する技術が提案されている。
また、特許文献2には、重曹をブラスト材とし、高圧水または高圧エアーで吹き付けて、コンクリート、石材、金属板等の表面を研掃、目荒らし、塗装剥離するブラスト工法が提案されている。
【0005】
【特許文献1】特開2003−285270号公報
【特許文献2】特開2000−343434号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の発明では、ドライアイス粒子を用いるので、投射するまで昇華しないようにするために、取り扱いが煩雑であり、また冷却設備が必要になるという問題がある。
また、特許文献2に記載の発明は、重曹を用いて研掃、目荒らし、塗装剥離するものであり、被処理物の表面改質については何ら記載されておらず、示唆すらもされていない。
【0007】
本発明は、前記事情に鑑みて為されたもので、被処理面の表面粗さを粗くすることなく、圧縮残留応力を増大させることができるとともに、ピーニング処理を効率的に行うことができるピーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明のピーニング方法は、被処理面の表面粗さを粗くすることなく、圧縮残留応力を増大させるピーニング方法であって、被処理面に重曹を噴射することを特徴とする。
【0009】
上記構成において、前記被処理面は、金属等の表面であり、本発明のピーニング方法は、特に、例えば、製造ライン上の金型、機械加工おける加工機上の工具、食品生産用の機械設備あるいは原子炉やプラントにおける配管溶接部などの被処理物の磨耗性、疲労特性の向上などの表面改質にも適用することができる。
また、前記重曹は、炭酸水素ナトリウムと呼ばれるもので、白色単斜晶系の結晶性粉末のものである。この重曹は、パン等のベーキングパウダーや、胃酸等の添加剤として用いられるなど、人体に安全な物質であり、また水に溶け易い。
【発明の効果】
【0010】
本発明のピーニング方法によれば、金属等の被処理面に重曹を噴射することにより、被処理面の表面粗さを粗くすることなく、圧縮残留応力を増大させることができる。さらに、重曹が水に溶け易いので、重曹を噴射してピーニング処理した後に、水を流すだけで済み簡単であるとともに、重曹が食品や医薬品等に使用される安全な物質であるので、製造ライン上にある金型や機械加工における加工機上の工具を取り外すことなくピーニング処理でき、また食品生産用の機械設備等もそのままでピーニング処理でき、したがってピーニング処理を効率的に行うことができる。さらには、重曹は海水や杜地下水、石や岩などにも含まれる物質であるから、そのまま外部に放出しても、環境を汚染することがない。
【実施例】
【0011】
以下、本発明の実施例について説明する。
[実験方法]
(試験片)
本実験には大同特殊鋼(株)製のプラスチック型用鋼PX5を用いた。これはプレハードン材であり、硬さは30〜33HRCである。これを、図1に示すように、直径φ58mm、厚さ20mmの寸法に機械加工し、試験片とした。
【0012】
(ピーニング処理)
試料には、研削加工したままの状態の試験片と、研削後にエメリー紙および0.3μmのアルミナ粉末により鏡面に仕上げた試験片の2種類を用いた。前者をGD試験片、後者をPS試験片とする。
噴射メディアには、図2に示す形状の(a)重曹および(b)重曹(50%)と酸化マグネシウム(50%)の混合物の2種類を用いた。これらのメディアをそれぞれ、BS、MIX50とする。BS、MIX50の粒径はそれぞれ、0.4〜0.8mm、0.4〜0.7mmである。前記メディアをエアーで噴射した。噴射条件は、表1に示すように、噴射圧力を0.4Mpa、噴射時間を4分または10分間とした。
【0013】
【表1】

【0014】
(X線応力測定)
残留応力の測定には、(株)リガク製のX線応力測定装置MSF-2Mを用いた。平行ビームスリットを装着し、ψ一定法にて測定した。試験片がSCM系材であることから、回折線には通常の鉄鋼材料の応力測定に用いられるαFe211回折線を使用し、表2に示す条件により測定を行った。
【0015】
【表2】

【0016】
測定位置は、図1に示すように、試験片表面において端面から15mmの位置を中心に5×5mmの範囲を設定し、その等価の位置4カ所における円周方向の応力値を測定した。
【0017】
(表面粗さ測定)
表面粗さの測定には、(株)小坂研究所製の触針式表面粗さ計SURFCORDER DSF1000を用いた。
測定個所は、図1に示すように、ピーニング処理の影響を最も受けていると考えられる試験片の中央部分とし、測定方向は、研削方向に対して直角となる(1-3)方向および平行となる(2-4)方向とした。
なお、ピーニング処理前の表面粗さは、GDおよびPS試験片において、それぞれ2つの試験片を測定し、その平均値とした。
【0018】
(表面観察)
表面観察には、日本電子(株)製の走査電子顕微鏡JSM-5310LVを用いた。
観察位置は、表面粗さ測定の場合と同様に試験片の中央とした。
【0019】
[実験結果および考察]
(残留応力)
図3に、メディアBSを用いたピーニング処理による残留応力の変化を示す。
試験片には表面を鏡面仕上げしたPS試験片を用いているため、ピーニング処理前に研磨による圧縮応力が付与されている。
4分間のピーニング処理(PS1)によって、約−300〜−400MPaの圧縮応力が付与され、測定位置2においてはピーニング前に比べ約240MPa増大し、最も大きな変化が見られた。
しかし、10分間のピーニング処理(PS2)においては、測定位置1および3では僅かながら圧縮応力の増加が見られたものの、処理前後の残留応力は共に約−300〜−400Mpa、処理前後の平均値はそれぞれ約-400MPaおよび約-390MPaであり残留応力に違いは見られなかった。これはBSピーニング処理と研磨により付与される圧縮応力が、ほぼ同程度であるためであると考えられる。
また、PS2の噴射時間はPS1の約2倍であったが、付与された残留応力の平均値はPS1の約−350MPaに対して、−390MPaであり僅かに増大しただけであった。そのため、PS2においてピーニング効果が見られなかったことを考慮すると、BSピーニングにより付与される圧縮残留応力は約−300〜−400MPa程度であると考えられる。
【0020】
図4に、メディアMIX50を用いたピーニング処理による残留応力の変化を示す。
GD1、PS3試験片における処理後の残留応力は、それぞれ平均値で約−630MPa、約−620MPaであり、GD1試験片の測定位置3では約660MPa増大した。この大きな効果は、MIX50の成分である酸化マグネシウムの影響であり、洗浄用に用いられている酸化マグネシウムにおいてもピーニング効果が期待できると考えられ得る。
【0021】
(表面粗さ)
図5に、メディアBSを用いたピーニング処理による表面粗さの変化を示す。
4分間のピーニング処理(PS1)によって、算術平均粗さRaは、研削方向に直角な(1-3)方向が約0.04μmから約0.08μmに、平行な(2-4)方向が約0.03μmから約0.09μmに増加し、10分間のピーニング処理後(PS2)では、(1-3)方向が約0.1μm、(2-4)方向が約0.11μmに増加した。このことから、噴射時間の増加に伴い表面粗さは増大することが分かった。
【0022】
図6に、メディアMIX50を用いたピーニング処理による表面粗さの変化を示す。
GD1およびPS3試験片ともに、Raは研削方向に直角な(1-3)方向では約1.0μm、平行な(2-4)方向では約0.9μmであり、BSピーニング処理に比べより大きく表面粗さが増大した。これは酸化マグネシウムの影響であり、レンズ金型のように表面の平面度を求められる対象物への適用は困難であると考えられる。
【0023】
(走査電子顕微鏡観察)
図7に、ピーニング処理前における試料表面のSEM観察結果を示す。同図において、(a-1)、(a-2)はGD試験片のものであり、(b-1)、(b-2)はPS試験片のものである。
GD試験片において切削加工による凹凸が見られるが、PS試験片では鏡面研磨により研削痕は見られなかった。
図8に、BSピーニング処理後のSEM観察結果を示す。同図において、(a-1)、(a-2)は4分間のピーニング処理(PS1)のものであり、(b-1)、(b-2)は10分間のピーニング処理(PS1)のものである。
噴射時間の増加に伴いピーニング痕の増加が見られた。また、ピーニング痕は線状であった。
図9に、MIX50ピーニング処理後のSEM観察結果を示す。同図において、(a-1)、(a-2)はGD1試験片であり、(b-1)、(b-2)はPS3試験片である。
GD1およびPS3試験片ともに、表面粗さが大きく増大しており、酸化マグネシウムによる影響が大きいことが分かる。
【0024】
以上のように、重曹という低環境負荷型メディアを用いた噴射加工法による表面改質を目的とし、ピーニング処理後の試験片の残留応力および表面粗さ測定、そしてSEM観察による評価を行ったところ、以下の結果を得た。
(1)応力測定の結果、全てのメディアにおいて圧縮残留応力は増大した。各メディアにより付与された圧縮残留応力の平均値はそれぞれ、BSが約−390MPa、MIX50が約−630MPaであった。
(2)表面粗さ測定の結果、BSにおいては、算術平均粗さRaに大きな変化は見られず、MIX50において、表面粗さRaは約0.04μmから約1μmに大きく増大した。
(3)SEM観察の結果、MIX50ピーニングでは表面の形状は大きく変化し平面度を保つことは出来なかった。一方、BSでは線状のピーニング痕が見られたが、表面形状に大きな変化は見らなかった。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施例に係る試験片および測定位置を示す図である。
【図2】噴射メディアを示す図であって、(a)は重曹、(b)は重曹(50%)と酸化マグネシウム(50%)の混合物である。
【図3】メディアBSを用いたピーニング処理による残留応力の変化を示す図である。
【図4】メディアMIX50を用いたピーニング処理による残留応力の変化を示す図である。
【図5】メディアBSを用いたピーニング処理による表面粗さの変化を示す図である。
【図6】メディアMIX50を用いたピーニング処理による表面粗さの変化を示す図である。
【図7】ピーニング処理前における試料表面のSEM写真である。
【図8】BSピーニング処理後のSEM写真である。
【図9】MIX50ピーニング処理後のSEM写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被処理面の表面粗さを粗くすることなく、圧縮残留応力を増大させるピーニング方法であって、被処理面に重曹を噴射することを特徴とするピーニング方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2009−12156(P2009−12156A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−180095(P2007−180095)
【出願日】平成19年7月9日(2007.7.9)
【出願人】(391017849)山梨県 (19)