説明

フェノールの製造方法

【課題】経済的、かつ、環境に優しいフェノールの製造方法を提供する。
【解決手段】フェノールの製造方法は、ゼオライトにバナジウム錯体を内包させてなるバナジウム錯体内包ゼオライト触媒、還元剤としての糖類、溶媒、および、分子状酸素の存在下で、ベンゼンを酸化する。触媒として用いるバナジウム錯体を、ゼオライトに内包させることにより、バナジウム錯体が反応液中に溶出することを抑制できる。また、使用後のバナジウム錯体内包ゼオライト触媒は、依然としてバナジウム錯体を保持しているので、反応液からろ取し洗浄することにより、再利用が可能である。さらに、還元剤として糖類を用いるため、廃液の処理が容易であり、環境にも優しい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェノールの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、フェノールの製造方法としてはクメン法が用いられている。この方法では以下のような三段階を経てベンゼンからフェノールを製造する。すなわち、(1)酸触媒の存在下でベンゼンとプロピレンとを反応させてクメンを生成する。(2)得られたクメンと酸素とを反応させてクメンヒドロペルオキシドを生成する。(3)酸触媒の存在下で、得られたクメンヒドロペルオキシドを分解してフェノールとアセトンを生成する。
【0003】
しかし、上記クメン法は三段階プロセスからなるため、設備が煩雑となり経済的でない。また、上記クメン法では、大量の酸処理を必要とするため、環境面からも問題がある。上記クメン法の他にフェノールの製造方法としては、フェントン系試薬の存在する酸性液体中で、過酸化水素を用いてベンゼンを酸化する方法が知られている。しかし、この方法は、過酸化水素の取扱いの困難さから、工業化には不向きとされている。
【0004】
そこで、ベンゼンを直接酸化することにより、一段階でフェノールを製造する方法が種々提案されている。例えば、特許文献1には、アミン類をベンゼン1モル当たり0.0001〜0.2モルの割合で共存させて、ベンゼンを分子状酸素含有ガスで酸化する方法が開示されている。特許文献2には、ベンゼンを触媒としての銅イオンまたはパラジウムの存在下に、酸化剤を用いて液相酸化反応させ、フェノールを製造するに際し、反応液中に四級アンモニウムイオンおよびクラウンエーテルの少なくとも1種を添加する方法が開示されている。
【0005】
特許文献3には、ベンゼン、還元剤としてアスコルビン酸、およびバナジウム担持アルミナ触媒を、酢酸水溶液溶媒に入れ、酸素雰囲気下においてベンゼンを直接酸化してフェノールを生成する方法が開示されている。特許文献4には、バナジウム化合物で修飾された固体酸化物とパラジウム系物質を含有してなる触媒および酸素の存在下で、ベンゼンを直接酸化する方法が開示されている。
【特許文献1】特開平4−210658号公報
【特許文献2】特開平4−273836号公報
【特許文献3】特開2000−212112号公報
【特許文献4】特開2006−247496号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、ベンゼンを直接酸化することにより、一段階でフェノールを製造する方法は種々提案されているが、いずれも経済性および環境面から改善の余地があった。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、ベンゼンを直接酸化することにより、一段階でフェノールを製造する方法であって、経済的な、かつ、環境に優しいフェノールの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決した本発明のフェノールの製造方法は、ゼオライトにバナジウム錯体を内包させてなるバナジウム錯体内包ゼオライト触媒、還元剤としての糖類、溶媒、および、分子状酸素の存在下で、ベンゼンを酸化することを特徴とする。
【0009】
すなわち、触媒として用いるバナジウム錯体を、ゼオライトに内包させることにより、バナジウム錯体が反応液中に溶出することを抑制できる。また、使用後のバナジウム錯体内包ゼオライト触媒は、依然としてバナジウム錯体を保持しているので、反応液からろ取し洗浄することにより、再利用が可能である。さらに、本発明では還元剤として糖類を用いるため、廃液の処理が容易であり、環境にも優しい。その結果、本発明のフェノールの製造方法によれば、経済的に、かつ、環境に優しくフェノールを製造することができる。
【0010】
前記バナジウム錯体内包ゼオライト触媒を構成するバナジウム錯体としては、バナジウム2−ピラジンカルボキシレート、バナジルアセチルアセトネート、バナジウム2−ピリジンカルボキシレートおよびバナジウム2−キノリンカルボキシレートよりなる群から選択される少なくとも1種が好適である。また、前記バナジウム錯体内包ゼオライト触媒を構成するゼオライトは、Y型ゼオライトが好適である。
【0011】
前記糖類としては、グルコース、フルクトースおよびスクロースよりなる群から選択される少なくとも1種が好適である。前記糖類の使用量は、ベンゼン1molに対して0.03mol〜0.15molが好ましい。前記溶媒としては、濃度10vol%〜50vol%の酢酸水溶液が好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ベンゼンを直接酸化することにより一段階でフェノールを製造することができ、さらに経済的であり、かつ、環境に優しくフェノールを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明のフェノールの製造方法は、ゼオライトにバナジウム錯体を内包させてなるバナジウム錯体内包ゼオライト触媒、還元剤としての糖類、溶媒、および、分子状酸素の存在下で、ベンゼンを酸化することを特徴とする。
【0014】
まず、本発明に用いるバナジウム錯体内包ゼオライト触媒について説明する。
【0015】
前記バナジウム錯体内包ゼオライト触媒とは、ゼオライトが有する細孔内に、バナジウム錯体を内包したものである。
【0016】
前記バナジウム錯体内包ゼオライト触媒を構成するバナジウム錯体としては、バナジウム錯体中のバナジウムが、後述する糖類により還元され得るもの、すなわち、バナジウム錯体中のバナジウムの価数が、4価または5価のものであれば、特に限定されない。
【0017】
前記バナジウム錯体としては、例えば、バナジウム2−ピラジンカルボキシレート(V(H10))、バナジルアセチルアセトネート(VO(acac))、バナジウム2−ピリジンカルボキシレート(V(H12))、バナジウム2−キノリンカルボキシレート(V(H1218))などが挙げられる。これらのバナジウム錯体は単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、本発明に用いられるバナジウム錯体としては、バナジウム2−ピラジンカルボキシレート(V(H10))、バナジルアセチルアセトネート(VO(acac))が好ましい。
【0018】
前記バナジウム錯体内包ゼオライト触媒を構成するゼオライトは、その細孔内に前記バナジウム錯体を内包できるものであれば、特に限定されず、いわゆるゼオライト類似物質も使用可能である。
【0019】
前記ゼオライトとしては、アナルシム、チャバザイト、エリオナイト、ギスモンダイン、ZK−5、A型ゼオライト、ナトロライト、ポーリンジャイト、ユガワラライトなどの細孔の入り口が酸素原子数8個以下の環構造により形成されている(酸素8員環以下)小細孔ゼオライト;AlPO−11、EU−1、フェリエライト、ヒューランダイト、ZSM−11、ZSM−5、NU−87、シータ−1、ウェイネベアイトなどの細孔の入り口が酸素原子数10個の環構造により形成されている(酸素10員環)中細孔ゼオライト;AlPO−5、AlPO−31、ベータ型ゼオライト、CIT−1、X型ゼオライト、Y型ゼオライト、グメリナイト、L型ゼオライト、モルデナイト、ZSM−12、オフレタイトなどの細孔の入り口が酸素原子数12個の環構造により形成されている(酸素12員環)大細孔ゼオライト;クローバライト、VPI−5、AlPO−8、CIT−5、UTD−1などの細孔の入り口が酸素原子数14個以上の環構造により形成されている(酸素14員環以上)超大細孔ゼオライトが挙げられる。これらのゼオライトは単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0020】
ここで、ゼオライトが有する細孔の入り口が小さすぎると、ベンゼンなどの反応原料が、細孔内に侵入し難くなり、フェノール生成の反応速度が遅くなる傾向があり、一方、入り口が大きすぎると、前記バナジウム錯体を安定に保持できなくなるおそれがある。そのため、前記ゼオライトとしては、AlPO−5、AlPO−31、ベータ型ゼオライト、CIT−1、X型ゼオライト、Y型ゼオライト、グメリナイト、L型ゼオライト、モルデナイト、ZSM−12、オフレタイトなどの細孔の入り口が酸素原子数12個の環構造により形成されている(酸素12員環)大細孔ゼオライトが好ましく、特にY型ゼオライトが好適である。なお、Y型ゼオライトの入り口径は、0.7nm〜1.2nmである。
【0021】
また、Y型ゼオライトは、交換カチオンの種類によって、例えば、H−Y型ゼオライト、Na−Y型ゼオライト、NH−Y型ゼオライトなどに分類することができる。これらの中でも、本発明に用いられるY型ゼオライトとしては、H−Y型ゼオライトが特に好ましい。なお、H−Y型ゼオライトが好ましい理由は、必ずしも明らかでないが、分子状酸素に対して、水素イオン(H)を与えやすいためと考えられる。すなわち、本発明のフェノールの製造方法は、後述する反応式(1)〜(5)の反応経路を経由してフェノールが生成されるものと考えられるが、この反応式(2)の反応において、H−Yゼオライトが最も活性が高いと考えられる。
【0022】
前記バナジウム錯体内包ゼオライト触媒は、ゼオライトが有する細孔の入り口径よりも大きな分子径を有するバナジウム錯体が内包されていることが好ましい。すなわち、バナジウム錯体が実質的に、細孔の入り口を通過できないことが好ましい。これにより、ゼオライトからのバナジウム錯体の溶出をより抑制することができる。このような観点からバナジウム錯体内包ゼオライト触媒としては、H−Y型ゼオライトにバナジウム2−ピラジンカルボキシレート(V(H10))、バナジウム2−ピリジンカルボキシレート(V(H12))、バナジウム2−キノリンカルボキシレート(V(H1218))などのバナジウム錯体を内包させたものが好適である。
【0023】
なお、上記のような、ゼオライトが有する細孔の入り口径よりも大きな分子径を有するバナジウム錯体が内包されているバナジウム錯体内包ゼオライト触媒は、例えば、ship−in−bottle法により得ることができる。
【0024】
以下、バナジウム錯体内包ゼオライト触媒の一例として、ship−in−bottle法による製造方法について説明する。前記ship−in−bottle法は、ゼオライトの細孔内にバナジウムを内包させる工程;ゼオライトの細孔内でバナジウム錯体を合成する工程;を有する。
【0025】
前記ゼオライトの細孔内にバナジウムを内包させる工程では、例えば、バナジウムイオンを含む溶液中にゼオライトを分散させて、還流条件下で所定時間混合、撹拌することで、ゼオライトの細孔内にバナジウムを内包させることができる。
【0026】
前記バナジウムイオンを含む溶液としては、例えば、オキシ硫酸バナジウムなどのバナジウム化合物を水に溶解させた水溶液が好ましい。前記水溶液中のバナジウム化合物の濃度は、バナジウムイオン換算で0.01mol/l〜0.1mol/lとすることが好ましい。前記バナジウム化合物の使用量は、所望とするバナジウム内包量によって適宜調整すればよい。例えば、H−Y型ゼオライトにバナジウムを内包させる場合には、H−Y型ゼオライト1gに対するバナジウムイオンの量を1.0mmol〜5.0mmolとすることが好ましい。
【0027】
ゼオライトを投入して混合、撹拌する際の溶液の温度は、70℃〜80℃が好ましい。また、撹拌時間は48時間〜72時間が好ましい。そして、撹拌後の溶液から沈殿物をろ取し、ろ過物を適当な溶媒(例えば、水、アセトンなど)で洗浄する。洗浄後のろ過物を、100℃〜120℃で20時間〜24時間乾燥させることで、バナジウム内包ゼオライトを得ることができる。
【0028】
前記ゼオライトの細孔内でバナジウム錯体を合成する工程では、例えば、上記工程で得られたバナジウム内包ゼオライトと配位子前駆体とを、溶媒に投入して還流条件下で所定時間混合、撹拌することで、バナジウム錯体内包ゼオライトを得ることができる。
【0029】
前記配位子前駆体としては、バナジウムと錯体を形成し得るものであれは特に限定されないが、例えば、2−ピラジンカルボン酸、2−ピリジンカルボン酸、2−キノリンカルボン酸などが好ましい。これらの配位子前駆体は、単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。前記配位子前駆体の使用量は、前記のようにして得られたバナジウム内包ゼオライト1gに対して2.0mmol〜5.0mmolとすることが好ましい。
【0030】
前記溶媒は、特に限定されないが、例えば、エタノールが好適である。
【0031】
バナジウム内包ゼオライトと配位子前駆体とを混合、撹拌する際の溶媒の温度は、50℃〜60℃が好ましい。撹拌時間は12時間〜24時間が好ましい。そして、撹拌後の溶液から沈殿物をろ取し、ろ過物を適当な溶媒(例えば、水、アセトンなど)で洗浄する。洗浄後のろ過物を、100℃〜120℃で20時間〜24時間乾燥させることで、バナジウム錯体内包ゼオライト触媒を得ることができる。
【0032】
なお、得られるバナジウム錯体内包ゼオライト触媒に含有される不純物をより減少させるため、乾燥前に、再度メタノール中で50℃〜60℃、2時間〜4時間、還流条件下で撹拌することも好ましい。
【0033】
次に、還元剤として用いる糖類について説明する。
【0034】
前記糖類としては、前記バナジウム錯体中のバナジウムを還元することができるものであれば、とくに限定されない。なお、スクロースのように通常は非還元糖であっても、反応溶媒中で加水分解されることにより、還元性を呈するものも使用可能である。
【0035】
前記糖類としては、グリセルアルデヒド、ジヒドロキシアセトンなどのトリオース;エリトロース、トレオース、エリトルロースなどのテトロース;リボース、リキソース、キシロース、アラビノース、キシルロース、リブロースなどのペントース;アロース、タロース、グロース、グルコース、アルトロース、マンノース、ガラクトース、イドース、プシコース、フルクトース、ソルボースタガトースなどのヘキソース;などの単糖類:スクロース、トレハロース、イソトレハロース、コージビオース、ソロホース、ニゲロース、ラミナリビオース、マルトース、セロビオース、イソマルトース、ゲンチオビオース、イソマルツトースなどの二糖類:マルトトリオース、イソマルトトリオース、パノース、セロトリオース、ソラトリオース、メレジトース、プランテオース、ゲンチアノース、ウンベリフェロース、ラクトスクロース、ラフィノースなどの三糖類:マルトテトラオース、イソマルトテトラオース、スタキオース、セロテトラオース、スコロドース、リキノース、パノースなどの四糖類:マルトペンタオース、イソマルトペンタオースなどの五糖類:デンプンなどの多糖類などが挙げられる。これらの糖類は単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、ジヒドロキシアセトン、エリトロース、リキソース、アロース、タロース、グロース、グルコース、アルトロース、イドース、フルクトース、スクロース、トレハロース、ゲンチオビオースなどの水溶性の糖類が好ましく、入手容易であることからグルコース、フルクトース、スクロースがより好ましく、最も高活性であることからスクロースが特に好ましい。
【0036】
前記糖類の使用量は、反応原料であるベンゼン1molに対して、0.03mol以上とすることが好ましく、より好ましくは0.05mol以上、さらに好ましくは0.07mol以上であり、0.15mol以下とすることが好ましく、より好ましくは0.10mol以下、さらに好ましくは0.08mol以下である。原料ベンゼン1molに対する糖類の使用量が0.03mol以上であれば、還元剤が不足することがなく、得られるフェノールの収率をより向上することができる。一方、原料ベンゼン1molに対する糖類の使用量が0.15molを超えると、フェノールの収率が低下する傾向がある。なお、糖類の使用量が増加することによりフェノールの収率が低下する理由は、必ずしも明らかでないが、生成したフェノールの一部が再酸化されてベンゾキノンが生成するためと考えられる。
【0037】
次に、本発明に用いられる溶媒について、説明する。
【0038】
前記溶媒としては、特に限定されない。前記溶媒は、pH4以上とすることが好ましく、より好ましくはpH5以上、さらに好ましくはpH6以上であり、pH10以下とすることが好ましく、より好ましくはpH9以下、さらに好ましくはpH8以下である。前記溶媒をpH4以上とすることにより、ベンゼンをより容易に溶解させることができ、pH10以下とすることにより、バナジウム錯体内包ゼオライト触媒からバナジウム錯体が溶出することをより抑制することができる。
【0039】
本発明のフェノールの製造方法は、後述する反応式(1)〜(5)の反応経路を経由してフェノールが生成されるものと考えられるが、この反応式(2)の反応において、水素イオン(H)が重要となると考えられる。そのため、本発明に用いられる溶媒としては酸性溶媒が好適である。
【0040】
前記酸性溶媒としては、塩化水素、硝酸、硫酸、リン酸、ホウ酸、炭酸などの無機酸水溶液;酢酸、シュウ酸、クエン酸、コハク酸、アミノ酸、アスコルビン酸、などの有機酸水溶液;などが挙げられる。これらの中でも、より環境に優しいことから酢酸水溶液が好ましい。
【0041】
前記酢酸水溶液としては、濃度が10vol%以上であることが好ましく、より好ましくは15vol%以上、さらに好ましくは20vol%以上であり、50vol%以下が好ましく、より好ましくは40vol%以下、さらに好ましくは30vol%以下である。酢酸濃度を上記範囲とすることにより、溶媒のpHを所望の値に調整しやすくなる。
【0042】
次に、分子状酸素について説明する。
【0043】
前記分子状酸素の使用量は、反応原料であるベンゼン1molに対して、2.3mol以上とすることが好ましく、より好ましくは2.5mol以上、さらに好ましくは3.6mol以上であり、6.1mol以下とすることが好ましく、より好ましくは5.4mol以下、さらに好ましくは4.3mol以下である。原料ベンゼン1molに対する分子状酸素の使用量が2.3mol以上であれば、酸化剤不足とならず、酸化還元反応のサイクルが良好に進行する、すなわち、酸素原子が不足することがなく、得られるフェノールの収率をより向上することができる。一方、原料ベンゼン1molに対する分子状酸素の使用量が6.1mol以下であれば、酸化還元反応のサイクルが良好に進行すると共に、フェノールの逐次酸化によるヒドロキノン、ベンゾキノン、カテコールなどの生成や、完全酸化によるCOxの生成を抑制することができる。
【0044】
次に、本発明のフェノールの製造方法における反応条件などについて説明する。
【0045】
本発明のフェノールの製造方法は、前記バナジウム錯体内包ゼオライト触媒、還元剤としての糖類、溶媒、および、分子状酸素の存在下で、ベンゼンを直接酸化してフェノールを得るものである。ここで、本発明のフェノールの製造方法においては、以下に示す反応式(1)〜(5)の反応経路を経由し、過酸化水素の生成を伴って、ベンゼンの直接酸化によりフェノールが生成されるものと考えられる。
【0046】
【化1】

【0047】
本発明の製造方法は、回分法、半回分法、連続法など種々の反応方式および反応操作によって行うことができる。また、反応容器は採用する反応方式および反応操作に応じて適宜選択すればよい。
【0048】
本発明方法における反応温度は、60℃以上とすることが好ましく、より好ましくは70℃以上、さらに好ましくは80℃以上であり、95℃以下とすることが好ましく、より好ましくは90℃以下、さらに好ましくは85℃以下である。前記反応温度が60℃以上であれば、ベンゼンの酸化反応が進行しやすくなり、フェノールの収率がより向上する。また、前記反応温度が95℃以下であれば、副生成物の生成を抑制することができ、フェノールの収率がより向上する。
【0049】
本発明方法における反応時間は、12時間以上とすることが好ましく、より好ましくは15時間以上、さらに好ましくは20時間以上であり、30時間以下とすることが好ましく、より好ましくは26時間以下、さらに好ましくは24時間以下である。前記反応時間が12時間以上であれば、ベンゼンの酸化反応が十分に進行し、フェノールの収率がより向上する。一方、前記反応時間が30時間を超えてもフェノールの収率はあまり向上せず、経済的でない。
【0050】
本発明の反応圧力は、0.1MPa以上1.0MPa以下とすることが好ましい。なお、前記反応圧力は、反応器中の分子状酸素の圧力により調整することができる。なお、反応圧力は、分子状酸素のみで調整することが好ましいが、本発明の効果を損なわない程度に、分子状窒素、アルゴンなどを用いて調整してもよい。
【0051】
本発明方法における酸素圧は、0.1MPa以上とすることが好ましく、より好ましくは0.4MPa以上、さらに好ましくは0.6MPa以上であり、1.0MPa以下とすることが好ましく、より好ましくは0.9MPa以下、さらに好ましくは0.7MPa以下である。前記酸素圧が0.1MPa以上であれば、酸化剤不足とならず、酸化還元反応のサイクルが良好に進行する。また、前記酸素圧が1.0MPa以下であれば、フェノールの逐次酸化の進行が抑制されるため、フェノール選択率が向上する。
【0052】
反応後に生成したフェノールは、反応後の反応液を溶媒抽出、蒸留、アルカリ処理、酸処理などを適宜組合せることにより、分離、精製することができる。また、使用後のバナジウム錯体内包ゼオライト触媒は、反応液からろ取し、洗浄することにより、再使用が可能である。なお、使用後のバナジウム錯体内包ゼオライト触媒は、例えば、アセトンなどで洗浄すればよい。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は、下記実施例によって限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲の変更、実施の態様は、いずれも本発明の範囲内に含まれる。
【0054】
[評価方法]
1.V含有量
各触媒中のV含有量は、蛍光X線分析装置(XRF)(リガク社製、「Primini(登録商標)」)を用いて測定した。具体的には、XRFサンプルカップの底にセルシートを張り、そこに試料を均一にのせた後、ナイロンフィルターネットで蓋をして測定を行った。
【0055】
2.液相クロマトグラフ測定
液相クロマトグラフ測定は、下記の装置、移動相および測定条件にて行った。
(1)高速液体クロマトグラフ装置構成
送液ポンプ :PU−2080(JASCO社製)
検出器 :MD−2010(JASCO社製)
カラムオーブン :CO−2065Plus(JASCO社製)
(2)移動相
A液としてアセトニトリル(ナカライテスク社製、高速液体クロマトグラフ用特性試薬)、B液としてトリフルオロ酢酸水溶液0.1vol%(ナカライテスク社製、高速液体クロマトグラフ用特性試薬)を使用した。A液とB液とを体積比で、A液:B液=6.5:3.5となるように混合し、これを移動相とした。
(3)測定条件
使用カラム:GH−C18(4mmID.×150mm)(日立ハイテクノロジーズ社製)
移動相流量:1ml/min
試料注入量:1μl
カラム温度:40℃
検出波長 :211nm
【0056】
触媒調製例1(バナジウム錯体内包ゼオライト触媒)
H−Y型ゼオライト(ZEOLYST INTERNATIONAL社製、商品名「CBV 600」)3gを、約0.05mol/lのオキシ硫酸バナジウム水溶液に加えて、還流条件下にて、80℃で48時間撹拌した。撹拌後の溶液から沈殿物をろ取し、ろ過物を洗浄した後、120℃で24時間乾燥させてバナジウム内包ゼオライトを得た。
得られたバナジウム内包ゼオライト2gと、2−ピラジンカルボン酸1gを、50ml〜100mlのエタノールに加えて、還流条件下にて、65℃で12時間撹拌した。撹拌後の溶液から沈殿物をろ取し、ろ過物を洗浄した後、これを50mlのメタノールに加えて、還流条件下にて、60℃で2時間撹拌した。撹拌後の溶液から沈殿物をろ取し、ろ過物を洗浄した後、100℃で24時間乾燥させてバナジウム錯体内包ゼオライト触媒(以下、[V(H10)]−Y)を得た。
【0057】
触媒調製例2(バナジウム担持ゼオライト触媒)
H−Y型ゼオライト(ZEOLYST INTERNATIONAL社製、商品名「CBV 600」)1.0gを、0.02mol/lのオキシ硫酸バナジウム水溶液50mlに浸し、蒸発乾固した。残渣を120℃で24時間乾燥させてバナジウム担持ゼオライト触媒(以下、V/H−Y(imp))を得た。
【0058】
触媒調製例3(バナジウム担持無機酸化物触媒)
L−アラニン0.1molと酢酸ナトリウム0.2molを200mlの蒸留水に溶解させたものと、サリチルアルデヒド0.1molを250mlのエタノールに溶解させたものとを混合して混合液を調製した。この混合液に、1.06mol/lの硫酸バナジウム(II)水溶液80mlを加え、常温にて24h混合、撹拌した後、混合液から沈殿物をろ取した。このろ過物を洗浄した後、真空中にて一昼夜静置することでバナジウム錯体(VH11NO)を得た。
得られたバナジウム錯体0.16gを50mlの蒸留水に溶解させ、この水溶液にSiO(富士シリシア社製、「CARiACT(登録商標) Q−10」)3gを浸し、蒸発乾固した。残渣を120℃で24h乾燥させて、バナジウム担持無機酸化物触媒(以下、(V−SiO))を得た。
【0059】
フェノールの製造
製造例1−1
反応にはガラス製耐圧回分反応器を用い、触媒としてバナジウム錯体内包ゼオライト触媒([V(H10)]−Y)を0.1g、反応基質としてベンゼンを0.5ml(5.6mmol)、還元剤としてスクロースを0.1369g(0.4mmol)、溶媒として20vol%酢酸水溶液を5ml反応器に入れた。そして、0.4MPaの酸素加圧下、撹拌しながら80℃で20時間反応を行った。所定時間経過後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表1に示した。
【0060】
製造例1−2
製造例1−1の反応後の反応液から使用済みの触媒をろ取し、アセトンで洗浄後、120℃で24時間乾燥させて1回使用済の触媒(以下、[V(H10)]−Y−2nd)を得た。ガラス製耐圧回分反応器に、触媒として[V(H10)]−Y−2ndを0.071g、反応基質としてベンゼンを0.5ml(5.6mmol)、還元剤としてスクロースを0.1369g(0.4mmol)、溶媒として20vol%酢酸水溶液を5ml反応器に入れた。そして、0.4MPaの酸素加圧下、撹拌しながら80℃で20時間反応を行った。所定時間経過後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表1に示した。
【0061】
製造例1−3
製造例1−2の反応後の反応液から使用済みの触媒をろ取し、アセトンで洗浄後、120℃で24時間乾燥させて2回使用済触媒(以下、[V(H10)]−Y−3rd)を得た。ガラス製耐圧回分反応器に、触媒として[V(H10)]−Y−3rdを0.056g、反応基質としてベンゼンを0.5ml(5.6mmol)、還元剤としてスクロースを0.1369g(0.4mmol)、溶媒として20vol%酢酸水溶液を5ml反応器に入れた。そして、0.4MPaの酸素加圧下、撹拌しながら80℃で20時間反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表1に示した。
【0062】
製造例2
触媒を、バナジウム担持ゼオライト触媒(V/H−Y(imp))0.1gに変更したこと以外は、製造例1−1〜3と同様にして反応を行った。各反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表1に示した。なお、1回使用済触媒をV/H−Y(imp)−2nd、2回使用済触媒をV/H−Y(imp)−3rdと表記した。
【0063】
製造例3
触媒を、バナジウム担持無機酸化物触媒(V−SiO)0.1gに変更したこと以外は、製造例1−1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表1に示した。
【0064】
製造例4
触媒を、H−Y型ゼオライト(ZEOLYST INTERNATIONAL社製、商品名「CBV 600」)0.1gに変更したこと以外は、製造例1−1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表1に示した。
【0065】
製造例5
触媒を、SiO(富士シリシア社製、商品名「CARiACT(登録商標) Q−10」)0.1gに変更したこと以外は、製造例1−1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表1に示した。
【0066】
製造例6
触媒を用いなかったこと以外は、製造例1−1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表1に示した。
【0067】
製造例7
スクロースを用いなかったこと以外は、製造例1−1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表1に示した。
【0068】
【表1】

【0069】
表1に示すように、製造例1〜7を比較すると、触媒として、バナジウム錯体内包ゼオライト触媒([V(H10)]−Y)を使用し、還元剤としてスクロースを使用した製造例1−1が最もフェノール収率が高かった。さらに、製造例1−1〜1−3,2−1〜2−3を比較すると、バナジウム錯体内包ゼオライト触媒では、2回、3回と再使用した際のTON(触媒中のバナジウムと得られたフェノールのモル比)の値の減少率が、バナジウム担持ゼオライト触媒に比べて小さいことがわかる。
【0070】
製造例8
ベンゼンの仕込み量を0.3ml(3.4mmol)に変更したこと以外は、製造例1−1と同様にして、反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表2に示した。
【0071】
製造例9
ベンゼンの仕込み量を0.4ml(4.5mmol)に変更したこと以外は、製造例1−1と同様にして、反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表2に示した。
【0072】
製造例10
ベンゼンの仕込み量を0.6ml(6.7mmol)に変更したこと以外は、製造例1−1と同様にして、反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表2に示した。
【0073】
製造例11
ベンゼンの仕込み量を0.7ml(7.9mmol)に変更したこと以外は、製造例1−1と同様にして、反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表2に示した。
【0074】
製造例12
酸素加圧を0.3MPaに変更したこと以外は製造例1−1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表2に示した。
【0075】
製造例13
酸素加圧を0.5MPaに変更したこと以外は製造例1−1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表2に示した。
【0076】
製造例14
酸素加圧を0.6MPaに変更したこと以外は製造例1−1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表2に示した。
【0077】
製造例15
酸素加圧を0.7MPaに変更したこと以外は製造例1−1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表2に示した。
【0078】
製造例16
酸素加圧を0.8MPaに変更したこと以外は製造例1−1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表2に示した。
【0079】
製造例17
溶媒を、60vol%酢酸水溶液を5mlに変更したこと以外は製造例1−1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表2に示した。
【0080】
【表2】

【0081】
表1,2に示すように、ベンゼンの仕込み量のみを変更した製造例1−1,8〜11を比較すると、ベンゼン1molに対するスクロース使用量が0.07molである製造例1−1が最もフェノール収率が高かった。なお、ベンゼン使用量の多い製造例10,11(ベンゼン1molに対するスクロース使用量が0.06mol,0.05mol)において、フェノール収率が増加しなかったのは、ベンゼンが過剰となり、還元剤であるスクロースが不足したためと考えられる。また、ベンゼン使用量の少ない製造例8,9(ベンゼン1molに対するスクロースの使用量が0.12mol,0.09mol)では、フェノールの逐次酸化が進行し、フェノール収率が低下したと考えられる。
【0082】
酸素圧のみを変更した製造例1−1,12〜16を比較すると、酸素圧が0.6MPa(ベンゼン1molに対する分子状酸素の使用量が3.6mol)である製造例14が最もフェノール収率が高かった。なお、酸素圧の高い製造例15,16において、フェノール収率が低下したのは、分子状酸素が過剰となり、フェノールの逐次酸化によりヒドロキノン、ベンゾキノン、カテコールや、完全酸化によりCOxが生成したためと考えられる。
【0083】
参考例1
反応にはガラス製耐圧回分反応器を用い、触媒としてV(ナカライテスク社製、商品名「五酸化バナジウム」)を3.5mg、反応基質としてベンゼンを0.5ml(5.6mmol)、還元剤として亜鉛粉末を2mmol、溶媒として60vol%酢酸水溶液を5ml反応器に入れた。そして、0.4MPaの酸素加圧下、撹拌しながら80℃で24時間反応を行った。所定時間経過後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表3に示した。
【0084】
参考例2
触媒を、VO(acac)(ナカライテスク社製、商品名「バナジウムオキシアセチルアセトナート」)を0.01gに変更したこと以外は参考例1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表3に示した。
【0085】
参考例3
触媒を、VCl(ナカライテスク社製、商品名「三塩化バナジウム」)を6.1mgに変更したこと以外は参考例1と同様にして反応を行った。反応後の反応液について、液相クロマトグラフを用いて生成物の定量、定性を行った。結果を表3に示した。
【0086】
【表3】

【0087】
参考例1〜3は、触媒として用いるバナジウムの価数が異なる場合、フェノールの収率がどのように変化するかを確認したものである。表3に示すように、バナジウムの価数が4価であるVO(acac)を用いた参考例2が、フェノールの収率が最も高くなった。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明によれば、経済的、かつ、環境に優しくフェノールを、製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゼオライトにバナジウム錯体を内包させてなるバナジウム錯体内包ゼオライト触媒、還元剤としての糖類、溶媒、および、分子状酸素の存在下で、
ベンゼンを酸化することを特徴とするフェノールの製造方法。
【請求項2】
前記バナジウム錯体内包ゼオライト触媒を構成するバナジウム錯体が、バナジウム2−ピラジンカルボキシレート、バナジルアセチルアセトネート、バナジウム2−ピリジンカルボキシレートおよびバナジウム2−キノリンカルボキシレートよりなる群から選択される少なくとも1種である請求項1に記載のフェノールの製造方法。
【請求項3】
前記バナジウム錯体内包ゼオライト触媒を構成するゼオライトが、Y型ゼオライトである請求項1または2に記載のフェノールの製造方法。
【請求項4】
前記糖類が、グルコース、フルクトースおよびスクロースよりなる群から選択される少なくとも1種である請求項1〜3のいずれか一項に記載のフェノールの製造方法。
【請求項5】
前記糖類の使用量が、ベンゼン1molに対して0.03mol〜0.15molである請求項1〜4のいずれか一項に記載のフェノールの製造方法。
【請求項6】
前記溶媒が、濃度10vol%〜50vol%の酢酸水溶液である請求項1〜5のいずれか一項に記載のフェノールの製造方法。

【公開番号】特開2010−126466(P2010−126466A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−301279(P2008−301279)
【出願日】平成20年11月26日(2008.11.26)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】