説明

フェノール化リグニンの製造方法

【課題】従来に比べて比較的少量のフェノール誘導体を投入して、収率を低下させることなく、効率的にフェノール化リグニンを得る。
【解決手段】硫酸溶液中にフェノールを混合して加熱することにより、フェノールを硫酸溶液中に溶解させた後、ケナフ芯材を前記硫酸溶液中に浸して混合することによって、フェノール化リグニンからなる固体相と、その他の液相を形成する。固液分離によって固体相を液相から分離した後、中和、乾燥させることによってフェノール化リグニンを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、生分解性の樹脂接着剤として期待されるフェノール化リグニンの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
枯渇資源である石油の脱依存社会の必要性が求められる昨今、石油を原料として用いる接着剤の代替物として、植物を構成する物質の一つであるリグニンを抽出して、接着剤として活用する方法が試みられている。
【0003】
従来においては、木粉を硫酸に浸すことにより、木粉中に存在するリグニン以外の物質(主として糖分)を硫酸に溶融させ、リグニンと分離する方法が行われている。しかしながら、木粉をそのまま硫酸に混入させると、糖分の加水分解と同時に起こるリグニンの自己縮合によって、リグニンの分子量が大きくなり、その結果、得られたリグニンの加熱溶融が容易でなくなる(熱流動性が低くなる)ことより、接着剤としての機能を果たさないという問題を有していた。そこで、従来技術においては、硫酸に浸す前にあらかじめクレゾール(フェノール誘導体)と木粉を混合しておく方法が試みられていた(例えば下記特許文献1)。これにより、木粉を硫酸に浸したときにリグニンが糖分と解離しても、クレゾールがリグニン中の分子鎖と化学結合してフェノール化リグニンとして安定化する(グラフト化)為、リグニンの自己縮合を抑制することができる。
【0004】
しかしながら、特許文献1においては、あらかじめクレゾールと木粉に混合する際、木粉全体にクレゾールを染み渡らせる必要がある為、大量のクレゾールを用意する必要がある。また、硫酸処理後に分離したフェノール化リグニンに付着するクレゾールを除去する為に、エーテル類でフェノール化リグニンを洗浄する必要性が生じる為、工程数が増加するという問題点を有する。
【0005】
一方、クレゾールの使用量を減らして効率良く木粉全体にクレゾールを染み渡らせる方法として、木粉とクレゾールを混合する際にアセトンを媒体として混合する方法が特許文献2に記されている。
【0006】
この方法においては、確かにクレゾールの使用量が抑制できるものの、危険物の一種であるアセトンを使用する為、取扱いが容易でない。
【特許文献1】特許2895087号
【特許文献2】特開2001−131201
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明においては、従来に比べて少量のフェノール誘導体の使用量で、収率を低下させることなく、効率的にフェノール化リグニンを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成すべく請求項1に記載した本発明は、フェノール誘導体を酸溶液中に溶解させる溶解工程と、草木質材料を前記酸溶液中に浸して混合する酸反応工程と、前記酸反応工程で得られた固液相から液相を分離してフェノール化リグニン相である固体相を抽出する固液分離工程とからなるフェノール化リグニンの製造方法である。
【0009】
また、前記目的を達成すべく請求項2に記載した本発明は、請求項1に記載したフェノール化リグニンの製造方法において、前記フェノール誘導体はフェノールであることを特徴とするものである。
【0010】
さらに、前記目的を達成すべく請求項2に記載した本発明は、請求項1もしくは2に記載したフェノール化リグニンの製造方法において、前記溶解工程では、フェノール誘導体の融点以上に加熱することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
<請求項1の発明>
請求項1に記載のフェノール化リグニンの製造方法によれば、危険物であるアセトン等の媒体を扱うことなく、フェノール誘導体を酸溶液中に効率良く均一に分散させることができ、フェノール誘導体の使用量を抑制することができる。なお、フェノール誘導体のうち、フェノール等の親水性の高いものを選択する場合においては、その使用量が多いと、リグニンと化学結合してできたフェノール化リグニンが、後に行う中和工程において水に溶解しやすくなり、フェノール化リグニンの収率が低下するという問題が発生する。しかしながら、本発明においては、フェノール誘導体の使用量を抑制することにより、親水性の高いフェノール誘導体を使用しても、収率の低下を回避することができる。また、同様に高親水性であるフェノール等の使用量が多いと、得られたフェノール化リグニンを接着剤として用いた場合、フェノール化リグニンが水に溶解しやすいことより、耐水性が低いものとなり易い。しかしながら、本発明によって製造時のフェノール誘導体の使用量を抑制することにより、本発明によって得られたフェノール化リグニンを用いた接着剤は、耐水性が高くなるという効果も付随する。さらに、フェノール誘導体の使用量の抑制により、フェノール誘導体に起因する悪臭を抑制することができるという効果も付随する。
【0012】
<請求項2の発明>
請求項2に記載のフェノール化リグニンの製造方法によれば、フェノール誘導体がフェノールであることより、他のフェノール誘導体に比べて低コストで入手できる。また、フェノールの融点が40℃程度と低い為、固体状態で硫酸溶液中に溶解しきれていないフェノールを、高温加熱することなく、溶融させることができる為、より硫酸溶液中に分散させることが可能となる。
【0013】
<請求項3の発明>
請求項3に記載のフェノール化リグニンの製造方法によれば、溶解工程において、常温でフェノール誘導体が酸溶液に溶解しきれない場合であっても、フェノール誘導体を加熱溶融することにより、フェノール誘導体と酸溶液との接触面積を高め、溶解させやすくすることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0015】
本発明におけるフェノール化リグニンの製造方法は、図1に示すフロー図に沿って行われるものであって、以下に詳述する溶解工程10、酸反応工程20、固液分離工程30、中和工程40、乾燥工程50を順次実施することによって行うものである。
なお、通常草木質材料の内部にはリグニンが存在する為、本発明における方法は、針葉樹や広葉樹、コウゾ、マニラ、麻、ワラ、バガス等様々な草木質材料を原料として用いることが可能である。また、それらの加工状態は、木粉、チップ、廃材、端材など様々である。本実施の形態においては、成長が早い植物として知られるケナフの靭皮を除去した芯材を粒径2mm以下の大きさに粉砕したものを用いた方法を記す。
また、本発明の請求項における酸溶液としては、硫酸、濃塩酸等の強酸性溶液を用いることができるが、本実施の形態においては、硫酸を用いた方法を記す。硫酸の濃度としては、60%〜80%程度のものを用いることができる。60%以下であると、酸反応工程が不十分となる恐れが生じ、80%以上であると、硫酸溶液中に溶解したケナフ芯材中の糖分が析出するとともに炭化が進行し、結果的に、フェノール化リグニンの純度が低下するからである。なお、本発明の実施の形態においては、72%程度の硫酸を用いた。
【0016】
また、本発明の請求項におけるフェノール誘導体としては、1価のフェノール誘導体、2価のフェノール誘導体、3価のフェノール誘導体などを用いることができるが、使用する酸溶液に溶解しやすいものが望ましい。例えば、硫酸溶液を用いる場合においては、フェノール、クレゾール、キシレノール、カテコール等のフェノール誘導体を用いることができる。さらに、硫酸溶液中で50℃以上に加熱すると硫酸溶液中に融解したケナフ芯材の糖分が析出して炭化が進行する為、50℃以下の融点を有するフェノール、キシレノール、クレゾール等の低融点のフェノール誘導体を用いることが望ましい。特に、安価に入手できるフェノールが望ましい。
〔溶解工程10〕
【0017】
溶解工程10においては、ケナフ芯材に対して重量比で5〜25%程度のフェノールを、ビーカーに入れた400ml程度の72%硫酸溶液中に混入する。この際のフェノール添加量は、ケナフ芯材に対して10%〜20%程度が好ましい。10%以下になると、後述する酸反応工程において、グラフト化が不十分となって、リグニンの自己縮合率が高くなるため、得られたフェノール化リグニンの熱流動性が高くなる可能性があるからである。また、20%以上になると、高親水性であるフェノールの性質に起因して、後述する中和工程40において形成されたフェノール化リグニンの水溶液中への溶解量が高まり、最終的な収率が低下することや、得られたフェノール化リグニンを用いた接着剤の耐水性が低下する為である。
【0018】
次に、硫酸溶液中の温度が、45℃程度になるまで攪拌しながら加熱を行い、混入したフェノールを完全に溶解させる。
【0019】
この場合、フェノールの融点が40℃程度であることより、融点以上の加熱温度によって、フェノールの溶解性を高くしているが、融点以下の温度であっても、加熱によりある程度のフェノールを溶解することはできる。
【0020】
また、例えばチモール等の物質によっては、必ずしも加熱することなく、常温で硫酸溶液中にある程度溶解させることも可能である。
【0021】
なお、加熱温度が50℃以上になると、硫酸溶液中に溶解したケナフ心材中の糖分が、析出して炭化が進行し、その結果得られるフェノール化リグニンの純度が低下する為、加熱温度は50℃未満であることが好ましい。
〔酸反応工程20〕
【0022】
溶解工程10終了後、ケナフ芯材を硫酸溶液中に混入し、45度程度の温度条件を維持して、30分間攪拌する。この酸反応工程20においては、ケナフ芯材中に存在する糖分が加水分解されることによって硫酸中に溶解する。また、ケナフ芯材中に存在するリグニンは、部分的に解重合することとなるが、その際に、硫酸中に溶解しているフェノールが、常にリグニンの付近に存在する為、解離したリグニンの側鎖に即座にフェノールが化学結合(グラフト化)し、リグニン重合を抑制して安定化を図ることができる。その結果、リグニンの高分子量化を抑制し、最終的に得られるフェノール化リグニンの熱流動性を低くすることができる為、例えば接着剤として活用する場合に有効となる。なお、この工程において、フェノールは硫酸溶液中に均一に溶解している為、ケナフ芯材の内外部に均等にフェノールが入り込み、ケナフ芯材の内外部によって位置することによるリグニンの重合度のばらつきを小さくすることができるという効果を有する。
【0023】
この酸反応工程20では、結果的に、ケナフ芯材中の糖分は硫酸溶液中に溶融して液相中に混在し、ケナフ芯材中のリグニンはフェノールと化学結合したフェノール化リグニンとして、固相(フェノール化リグニン相)としてビーカー液面に浮上することとなる。
〔固液分離工程30〕
【0024】
前述した酸反応工程後のビーカー内の反応液を遠心分離機に移し、1500Gで、15分間遠心分離(関西遠心分離機株式会社製 遠心分離装置)することによって液相と固相(フェノール化リグニン相)を分離した。なお、本工程では、通常の濾過装置を用いることによって、固相(フェノール化リグニン相)を抽出することも可能である。
〔中和工程40〕
【0025】
遠心分離工程30で液相と分離した固相(フェノール化リグニン相)を水洗浄後、ビーカーに入れ、得られた固相に対して重量比で4倍程度の水をビーカー内に注入するとともに、10%水酸化ナトリウムで中和した。なお、この中和工程30は必須の工程ではないが、得られた固相(フェノール化リグニン相)に付着する硫酸を除去する点で望ましい。
〔乾燥工程50〕
【0026】
中和工程40後、ビーカー内の水溶液を濾過装置によって除去し、残存する固相(フェノール化リグニン相)を自然乾燥させる。これによって、本発明における製造方法によるフェノール化リグニンが得られる。なお、この乾燥工程は特に必須の工程ではなく、固液分離工程30後、もしくは中和工程50後の固相(フェノール化リグニン相)をそのまま接着剤等に応用することも考えられる。
【0027】
以上に記した方法により得られるフェノール化リグニンの収率及び流出開始温度を示した表を図2に記す。また、比較実験として、フェノールとケナフ芯材を混合後に硫酸溶液に投入する従来の方法によって得たフェノール化リグニンの結果も記す。
【0028】
ここでの収率は最初に投入したケナフ芯材に対して最終的に得られたフェノール化リグニンの重量パーセントを示すものであって、流出開始温度は、前述した一連の工程を経て得られたフェノール化リグニンを加工することなく、そのまま定荷重押出し型細管式レオメータ((株)島津製作所製 島津フローテスタCFT500D))で測定したものである。なお、図2の表に示す本発明及び比較実験は、ケナフ芯材を400gとした場合であって、フェノール、硫酸溶液、ケナフ芯材の混合方法(前述した溶解工程10及び酸反応工程20)以外の固液分離工程30、中和工程40、乾燥工程50は同等の条件で行っている。
【0029】
本結果より考察すると、例えばフェノール添加量を80gとした場合に、比較実験によって得られたフェノール化リグニンの収率が11%であるのに対して、本発明によって得られたフェノール化リグニンの収率が14%となっており、本発明によって得られるフェノール化リグニンの収率が、比較実験によって得られたフェノール化リグニンに比して高くなっていることがわかる。このことにより、本発明は従来の方法に比して効率良くフェノール化リグニンを得ることができるものであるといえる。また、比較実験によって得られたフェノール化リグニンの流出開始温度が200℃であるのに対して、本発明によって得られたフェノール化リグニンの流出開始温度が186℃となっており、本発明によって得られるフェノール化リグニンの流出開始温度が、比較実験によって得られたフェノール化リグニンに比して低くなっていることがわかる。このことは、本発明によって得られるフェノール化リグニンは、従来の方法によって得られるものに比して溶融しやすく、熱流動性が高いものであるということがいえる。
【0030】
以上に記した本発明におけるフェノール化リグニンの製造方法においては、アセトン等の薬品を使用することなく木粉に対するフェノール誘導体の分散性を高めることができる。その為、フェノール誘導体の使用量を抑制することができ、その結果フェノール化誘導体を過剰混合することによるフェノール化リグニンの水溶液中への溶解を抑制し、フェノール化リグニンの収率を高めることができる。すなわち、本発明は、石油系接着剤の代替物となりうる生分解性樹脂接着剤として機能するフェノール化リグニンの高効率生産を可能とした。また、製造工程において、高親水性であるフェノールを多量に用いて製造したフェノール化リグニンを接着剤として用いると、リグニン中に存在するフェノール成分が水に溶解し、その結果耐水性が低下しやすいという問題点を有する。しかしながら、本発明においては、フェノールの投入量を抑制することができる為、得られたフェノール化リグニンを接着剤として用いても、耐水性の低下を回避することが可能となる。
【0031】
さらに、本発明は、製造時においてアセトン等の危険物を用いることが無い為、製造時の作業が容易であり、特異な臭いを有するフェノール誘導体の使用量を抑制することができる為、悪臭の発生を抑制することができる。以上のことより、本発明は作業者の作業性が高い製造方法といえる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明における工程のフロー図である。
【図2】本発明及び比較実験によって得られたフェノール化リグニンの収率及び流出開始温度を示した表である。
【符号の説明】
【0033】
10 溶解工程

20 酸反応工程

30 固液分離工程
40 中和工程

50 乾燥工程




【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェノール誘導体を酸溶液中に溶解させる溶解工程と、草木質材料を前記酸溶液中に浸して混合する酸反応工程と、前記酸反応工程で得られた固液相から液相を分離してフェノール化リグニン相である固体相を抽出する固液分離工程とからなるフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記フェノール誘導体はフェノールであることを特徴とするフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項3】
請求項1もしくは2において、前記溶解工程では、フェノール誘導体の融点以上に加熱することを特徴とするフェノール化リグニンの製造方法。





【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−225325(P2006−225325A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−41406(P2005−41406)
【出願日】平成17年2月17日(2005.2.17)
【出願人】(000110321)トヨタ車体株式会社 (1,272)
【Fターム(参考)】