フェノール化リグニンの製造方法
【課題】抽出工程と精製工程との二段階で処理を行うことで、有機溶剤を使用せずとも純度が高く、かつ乾燥に多くのエネルギーを必要としないフェノール化リグニンを得ることを目的とする。
【解決手段】フェノール誘導体の存在下でリグノセルロース物質を濃酸処理する抽出工程と、該抽出工程の後にフェノール誘導体の存在下で希酸溶液で熱処理する精製工程とを有することを特徴とする。抽出工程では酸濃度を60〜80%とし、精製工程は酸濃度20〜40%、温度90〜100℃で行う。精製工程後に固液分離し、洗浄工程として中和処理を含み、該中和処理の後に濾過処理を行なう。
【解決手段】フェノール誘導体の存在下でリグノセルロース物質を濃酸処理する抽出工程と、該抽出工程の後にフェノール誘導体の存在下で希酸溶液で熱処理する精製工程とを有することを特徴とする。抽出工程では酸濃度を60〜80%とし、精製工程は酸濃度20〜40%、温度90〜100℃で行う。精製工程後に固液分離し、洗浄工程として中和処理を含み、該中和処理の後に濾過処理を行なう。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグノセルロース物質からこれを構成する物質の一つであるリグニンを単離して活用するためのフェノール化リグニンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、石油由来の原料や製品はあらゆる分野において多用されており、合成樹脂もその1つである。しかし、石油は化石資源であることから再生産が不可能な枯渇資源であること、廃棄後の環境への悪影響が問題となることなどから、脱石油依存社会の必要性が高まってきている。これを背景として、バイオマス資源であることにより再生産が可能で、且つ地球環境にも優しい植物由来の原料が着目されている。例えば主に炭水化物(多糖類)であるセルロースと樹脂成分であるリグニンとで構成されているリグノセルロース物質からリグニンを単離できれば、当該リグニンを環境に優しい樹脂として利用できる。リグニンは、木材中であれば20〜30%を占めており、高等植物では生育に伴い道管・仮道管・繊維などの組織で生産される。このリグニンは、いわゆる生分解性樹脂として使用でき、これを廃棄したとしても白色腐朽菌などにより低分子化され、さらにSphingomonas paucimobilis SYK-6などのバクテリアにより分解されることで無機化することが知られている。しかし、リグノセルロース物質(植物)を主に構成するセルロースとリグニンは構造および性質が全く異なり、かつ両者は分子レベルで複雑に絡み合った状態で存在している。したがって、植物由来のリグニンを単独で利用するには、まずセルロースとリグニンとを分離することが必要となる。
【0003】
そこで、植物の組織構造を分子レベルで破壊して植物からリグニンを単離する方法として、例えば木材を濃硫酸により処理する方法がある。木材を濃硫酸に浸すと、木材中に存在するセルロースが加水分解されて硫酸中に溶出することで、セルロースとリグニンと分離することができる。しかしながら、単に木材を濃硫酸に浸しただけでは、セルロースの加水分解と同時にリグニンの自己縮合も生じてしまうので、リグニンは分子量が大きくなり不活性化してしまう問題があった。そこで、フェノール誘導体の存在下において植物を濃硫酸処理することでリグニンの不活性化を防ぐ方法として、本出願人の提案による特許文献1があり、他に特許文献2も提案されている。
【0004】
特許文献1では、フェノール存在下において植物を濃硫酸処理することで、リグニンの自己縮合(不活性化)を防ぎながらセルロースを硫酸溶液に溶出させている。その後固液分離したうえで中和工程により余分な硫酸を除き、濾過することなく乾燥するなどの後処理を行っている。特許文献2では、濃硫酸処理する際にアセトンも介在させることでフェノール誘導体としてのクレゾールと硫酸との溶融性を高めており、セルロースの酸加水分解の後、アセトンにより低分子フェノール化リグニンを、エーテルにより残存する未反応クレゾールをそれぞれ除去することで、フェノール化リグニンの純度を高めている。
【0005】
【特許文献1】特開2006−225325号公報
【特許文献2】特開2004−210899号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、少量のフェノール使用量でありながら、収率良くフェノール化リグニンを得ている。しかし、特許文献1の製造方法を概念的に示すと、図11に示すように、リグニンの抽出工程を濃硫酸処理の一段階のみで行っていることになる。これでは、セルロースは多糖の形態で溶出するのみなので、十分なセルロース等の糖質の除去が担保できていないことや、その他不純物となる金属元素も精度良く溶出除去できていないことも考えられる。そのため、残存する糖質の影響でリグニンが親水性となり、硫酸を除去するための中和処理後に濾過しようとしてもフェノール化リグニンが目詰まりするので、濾過することができなかった。これでは、多くの水分が含まれているまま固相分を乾燥させなければならず、多くの乾燥時間と乾燥エネルギーを必要とし、コストが嵩んでしまう。そこで、濃硫酸処理したフェノール化リグニンは、さらに精製(純度を高める)することが必須となる。
【0007】
一方、特許文献2では、濃硫酸処理したフェノール化リグニンをアセトンやエーテルにより後処理(洗浄)することで、フェノール化リグニンの純度を高めている。つまり、フェノール存在下での濃硫酸処理によって得られたフェノール化リグニン中には、未反応フェノールや低分子フェノール化リグニンが含まれていることがある。したがって、このままでフェノール化リグニンを使用すると、残存する高親水性の未反応フェノールによってフェノール化リグニンの耐水性が低下したり、残存する未反応フェノールによる悪臭の問題を生じたりするおそれがある。これを防ぐために、特許文献2ではアセトンやエーテルにより後処理することで、低分子フェノール化リグニンや未反応フェノールを除去している。
【0008】
しかし、この方法は大量の有機溶剤を使用するため、装置のスケールアップが困難であったり、アセトンは強い引火性があるため防爆仕様にする必要があるなど、工業化を図るには大きな支障があった。また、低分子フェノール化リグニンや未反応フェノールの除去には効果が大きいが、やはり一段階抽出工程のみなので、セルロースの精度良い溶出やその他の金属元素の除去の面では効果が薄い。
【0009】
そこで本発明は、抽出工程と精製工程との二段階で処理を行うことで、有機溶剤を使用せずとも純度が高く、かつ乾燥に多くのエネルギーを必要としないフェノール化リグニンを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための手段として、請求項1に記載の本発明に係るフェノール化リグニンの製造方法は、フェノール誘導体の存在下でリグノセルロース物質を濃酸処理する抽出工程と、該抽出工程の後にフェノール誘導体の存在下で希酸溶液で熱処理する精製工程とを有することを特徴とする。このとき、抽出工程の後に精製工程を行う方法であれば、抽出工程に連続して精製工程を行ってもよいし、抽出工程の後に、固液分離や洗浄工程を経てから精製工程を行っていてもよい。つまり、請求項1に係る本発明は、固液分離や洗浄工程などの後処理を除いて概念的に示すと、図1に示すように、濃酸による抽出工程と希酸存在下での熱処理による精製工程とによってセルロールを溶出させる二段階処理方式である点に特徴を有する。
【0011】
ここで、リグノセルロース物質とは、主に炭水化物(糖質)としてのセルロースと樹脂成分としてのリグニンとによって構成されている物質であって、代表的には木本類や草本類の植物が相当する。また、フェノール化リグニンとは、リグノセルロース物質を酸処理したときにリグニンとセルロースとが分離するとき、フェノール誘導体がリグニン中の分子鎖と化学結合して安定化(グラフト化)した状態のリグニンをいう。さらに、本発明での希酸とは、10%以下などの濃度の低い一般的な希酸を意味するものではなく、抽出工程で使用する濃酸に対して濃度の低い酸であることを意味する。
【0012】
請求項2に記載の本発明は、請求項1に記載のフェノール化リグニンの製造方法において、前記抽出工程での酸濃度が60〜80%であることを特徴とする。
【0013】
請求項3に記載の本発明は、請求項1または請求項2のいずれかに記載のフェノール化リグニンの製造方法において、前記精製工程での酸濃度が20〜40%であり、かつ熱処理温度が90〜100℃であることを特徴とする。
【0014】
請求項4に記載の本発明に係るフェノール化リグニンの製造方法は、フェノール誘導体の存在下でリグノセルロース物質を濃酸処理する抽出工程と、該抽出工程後に固液分離し、得られた固相分中の余分な不純物を除去する洗浄工程と、洗浄後の固相分を熱水処理する精製工程とを有することを特徴とする。つまり、請求項4に係る本発明は、固液分離や洗浄工程などの後処理を除いて概念的に示すと、図2に示すように、先ず抽出工程によって未精製フェノール化リグニンを得ておき、その後さらに熱水処理を行ってセルロールを溶出させる二段階処理方式であり、熱水処理において酸を添加していない点に特徴を有する。この熱水処理工程が精製工程に相当する。なお、ここでの抽出工程における処理条件は、請求項1ないし請求項3に記載の抽出工程における処理条件と同様である。
【0015】
請求項5に記載の本発明は、請求項4に記載のフェノール化リグニンの製造方法において、前記熱水処理温度が120〜130℃であることを特徴とする。
【0016】
請求項6に記載の本発明は、請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のフェノール化リグニンの製造方法において、前記精製工程後に固液分離し、得られた固相分中の不純物を除去する洗浄工程を有することを特徴とする。固相分中の不純物としては、固相分に付着している酸や金属元素の他、低分子フェノール化リグニンなどが挙げられる。そして、この洗浄工程としては、例えば水酸化ナトリウムなどのアルカリ剤を添加して酸を中和する中和処理や、低分子フェノール化リグニンや金属元素などの余分な不純物を洗い流す水洗処理などが相当する。
【0017】
請求項7に記載の本発明は、請求項6に記載のフェノール化リグニンの製造方法において、前記洗浄工程は中和処理を含み、該中和処理の後に濾過処理を行なうことを特徴とする。
【0018】
請求項8に記載の本発明は、請求項6または請求項7に記載のフェノール化リグニンの製造方法において、前記洗浄工程を複数の処理ステップを経て行っていることを特徴とする。洗浄工程を複数の処理ステップで行うとは、例えば洗浄工程として中和処理ステップと水洗処理ステップとをそれぞれ一回ずつ行う場合や、水洗処理のみを複数回行う場合も含まれる。もちろん、中和処理ステップと水洗処理ステップのうち、一方を一回のみ行い他方を複数回行ってもよいし、双方を複数回行ってもよい。また、中和処理ステップと水洗処理ステップとを併用する場合、その順序は問わない。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、先ずリグノセルロース物質を抽出工程で濃酸処理して大半のセルロースを加水分解させて処理溶液に溶出させ、リグニンを固相分として抽出している。この抽出工程は、濃酸により処理しセルロースを多糖の形態で溶出する主加水分解工程である。そして、さらに精製工程を行うことで、リグノセルロース物質(固相分)中に残存する微量のセルロースをさらに加水分解し処理溶液中に溶出させてリグニンの純度を上げることができる。この精製工程は希酸によって処理しているので、セルロースは単糖の形態で溶出する後加水分解工程であり、濃酸で処理する抽出工程では溶出させきれなかったセルロースでも精度良く溶出分離させることができる。また、二段階による酸処理工程によって、その他の不純物である金属元素も精度良く除去することができる。さらに、本発明では危険物であるアセトンを使用していないので、処理装置に防爆処理を施す必要がないことなどから工業化が容易となり、生産性を高めることができる。
【0020】
このとき、抽出工程での酸濃度を60〜80%に調整しておけば、的確にセルロースを主加水分解することができる。次いで精製工程での酸濃度を20〜40%に調整し、かつその際の熱処理温度を90〜100℃に調整しておけば、的確にセルロースを後加水分解することができると同時に、残存金属元素を精度良く除去することができる。また、フェノール誘導体の融点を超える高温で処理することで、未反応のフェノール誘導体が固体分として残存することもない。精製工程では酸濃度が低いので、処理溶液中に溶出した糖分の炭化温度が高くなり、高温での処理が可能となる。
【0021】
また、本発明の別実施方法として、抽出工程や洗浄工程を経て一度未精製フェノール化リグニンを得ておき、その後さらに精製工程を行うことも可能である。この場合、抽出工程の後に洗浄工程を経ているので、この時点で大半の不純物を除去できており、後の精製工程では酸を使用していないので、酸の使用量を低減することができる。また、酸を添加することなく熱水処理することにより、例えば容量の小さな装置によって抽出工程を行っても、酸を希釈するために新たに水を加える必要はないので、装置のコンパクト化を図ることができる。また、場合によっては、未精製フェノール化リグニンの一部をそのまま製品として使用することも可能であり、未精製フェノール化リグニンのうち必要な分だけ精製すればよいので、処理量を抑えてコスト削減を図ることもできる。さらに、この別実施方法でも危険物であるアセトンを使用していないので、処理装置に防爆処理を施す必要がないことなどから工業化が容易となり、生産性を高めることができる。
【0022】
そして、当該本発明の別実施方法の精製工程における熱水処理を120〜130℃の温度範囲で行っていれば、酸を添加しなくても固相分に残存している未分解セルロースを的確に加水分解して水溶液中に溶出させることができ、酸の使用量を低減できる。また、フェノール誘導体の融点を超える温度範囲であるから、未反応フェノール誘導体は水溶液中に溶解している。また、激しい熱運動によって固相分に付着している金属元素も容易に遊離させることができる。
【0023】
その後、精製工程後に固液分離し、得られた固相分中の不純物を除去する洗浄工程を有することによって、得られるフェノール化リグニンの純度を高めることができる。例えば洗浄工程として中和処理を行えば、フェノール化リグニン中に残存している酸を中和して確実に除去することができる。このとき、本願発明では精製工程を経ることによって糖質を確実に除去しているのでフェノール化リグニンは疎水性を呈し、中和処理によりpHが上昇してもフェノール化リグニンが濾紙に目詰まりすることなく濾過することができる。これにより、得られた固相分中の水分量は確実に低下し、時間やコストをかけることなく迅速かつ容易な乾燥が可能となる。また、中和処理を行なわなくても、水洗処理を行うことで、酸のみならず、低分子フェノール化リグニンや金属元素などの余分な不純物を洗い流すことができる。さらに、洗浄工程に複数の処理ステップを含んでいれば、より確実に種々の不純物を除去できるので、フェノール化リグニンの純度をより上げることができる。とくに、フェノール化リグニンを使用した製品を加熱成形する際に発生し、大気汚染問題の原因の1つであるSOxガスをも減少できる点で有用性が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
<第1の実施方法>
以下に、本発明の第1の実施方法を説明する。本実施方法は、洗浄工程を除いて概念的に示した図1のフロー図のように、リグノセルロース物質である原料を、濃酸で処理する抽出工程と希酸で処理する精製工程とを経て精製フェノール化リグニンを得ている。
【0025】
原料となるリグノセルロース物質としては、主にセルロースとリグニンによって構成されている木本類や草本類の植物を使用することができる。例えば、木本類としてスギやヒノキなどの針葉樹や、シイ、柿、サクラなどの広葉樹の他、熱帯樹を使用することができる。また、草本類としてケナフ、ラミー(苧麻)、リネン(亜麻)、アバカ(マニラ麻)、ヘネケン(サイザル麻)、ジュート(黄麻)、ヘンプ(大麻)、ヤシ、パーム、コウゾ、ワラ、バガスなどを使用することができる。原料として処理する際、リグノセルロース物質は、木粉、チップ、廃材、端材など種々の形態で使用可能である。
【0026】
抽出工程では硫酸や塩酸などの強酸を用いることができる。この抽出工程では、性質の全く異なるセルロースとリグニンとが互いに複雑かつ強固に絡み合ったリグノセルロース物質の分子構造をまずは確実に破壊して大半のセルロースを加水分解し、処理溶液中に溶出させてリグニンを固相分として抽出することを主な目的としている。そこで、抽出工程での酸濃度は、60%〜80%程度と高濃度に調整している。酸濃度が60%より低いと、リグノセルロース物質の分子構造を確実に破壊できず、セルロースを加水分解して溶出させることが不十分となるおそれが生じるからである。一方、酸濃度が80%より高いと確実に分子構造を破壊できるが、加水分解されて酸溶液中に溶出したセルロースが糖分として析出するとともに、その糖分の炭化が進行して、無駄に不純物を増加させてしまうおそれがあるからである。このとき使用する酸は濃酸であるため、セルロースが加水分解されたとき多糖の形で溶出する、いわゆる主加水分解工程である。また、濃酸により処理することで、その他金属元素の不純物も溶出除去している。
【0027】
精製工程でも、抽出工程と同様に硫酸や塩酸などの強酸を用いることができる。精製工程では、工程のスリム化の面から抽出工程と同じ強酸を使用することが好ましいが、抽出工程で使用した強酸と異なる強酸を使用することもできる。この精製工程は、先の抽出工程では分解除去し切れなかった残存セルロースや金属元素などの不純物をより確実に除去するための工程である。つまり、先の抽出工程では、セルロースは主加水分解されて多糖の形態で溶出するので、全てのセルロースを確実に除去し切れていないおそれがあるが、これを単糖の細かい形態で溶出できれば、より精度よくセルロースを溶出除去できる。そこで、本精製工程での酸濃度を20〜40%と希濃度に調整し、且つ確実な反応を担保するため90〜100℃の範囲で熱処理している。これにより、セルロースは単糖の形態で溶出するいわゆる後加水分解反応となり、セルロースがより確実に溶出除去されるとともに、二段階での酸処理により残存している金属元素もさらに溶出することになる。なお、酸濃度が20%より低いと、セルロースの加水分解が生じ難くなり、酸濃度が40%より高いと、セルロースが炭化するおそれがある。また、熱処理温度が90度より低いと、反応系が鈍くなる。
【0028】
抽出工程及び精製工程で使用するフェノール誘導体としては、1価のフェノール誘導体、2価のフェノール誘導体、3価のフェノール誘導体などを用いることができるが、使用する酸溶液に溶解しやすいものが望ましい。例えば、硫酸溶液を用いる場合においては、フェノール、クレゾール、キシレノール、カテコール、レゾルシノール等のフェノール誘導体を用いることができる。さらに、濃硫酸溶液中で高温で加熱すると酸溶液中に溶出した糖分が析出して炭化が進行するため、及びエネルギーコストの点から、フェノール、キシレノール、クレゾールなどの比較的低融点のフェノール誘導体を用いることが望ましい。特に、安価に入手できるフェノールが望ましい。
【0029】
[抽出工程用処理溶液の調製]
以下に、本発明を順を追ってさらに詳しく説明する。先ず、リグノセルロース物質を処理する処理溶液を用意する。この処理溶液は、フェノール誘導体を濃酸溶液中に添加して得られる。この際のフェノール誘導体の添加量は、原料(リグノセルロース物質)の重量に対して5%〜25%程度が好ましく、10〜20%がより好ましい。フェノール誘導体の添加量が5%より少ないと、後の抽出工程工程においてセルロースとのグラフト化が不十分となって、リグニンの自己縮合率が高くなる。一方、フェノール誘導体の添加量が25%より多いと、精製工程が終了した時点での未反応フェノールの残存量が多くなり、コストの無駄となるからである。
【0030】
次いで抽出工程として、濃酸溶液にフェノール誘導体が添加された処理溶液にリグノセルロース物質を混入することになる。このとき、常温にてリグノセルロース物質を処理溶液中へ混入してもよいが、常温下での当該処理溶液は、濃酸溶液中に固体状のフェノール誘導体が分散している状態となっている。したがって、このままではリグノセルロース物質中にフェノール誘導体が浸透し難く、セルロースの自己縮合を有意に抑止できなくなるおそれがある。そこで、抽出工程へ移行する前に、処理溶液をフェノール誘導体の融点以上の温度に加熱してよく攪拌し、フェノール誘導体を濃酸溶液に溶解させておくことが好ましい。これにより、抽出工程においてフェノール誘導体がリグノセルロース物質中へよく浸透し、酸によりセルロースとリグニンとを分離したときにリグニンの自己縮合を的確に抑制することができる。
【0031】
処理溶液の加熱温度としては、フェノール誘導体の融点前後の温度が好ましく、フェノール誘導体の融点よりも若干高い温度がより好ましい。処理溶液の加熱温度がフェノール誘導体の融点より若干低くても、加熱によりある程度のフェノール誘導体を濃酸溶液に溶解させることはできるが、フェノール誘導体の融点よりも高い温度に加熱しておけば、フェノール誘導体を濃酸溶液に完全に溶解させることができる点で好ましい。但し、加熱温度が高すぎると、抽出工程で処理溶液中に溶出した糖分が炭化して析出が進行し、結果として不純物量が無駄に増加する不都合がある。例えば、硫酸溶液に融点が40.9℃であるフェノールを添加する場合は、処理溶液を35〜50℃に加熱することが好ましく、38〜48℃がより好ましく、41〜45℃がさらに好ましい。
【0032】
[抽出工程]
上記のようにして処理溶液を調整できたら、当該処理溶液に原料としてのリグノセルロース物質を混入し、所定時間攪拌する。この際、先の処理溶液調製工程にて処理溶液を加熱しておいた場合は、その加熱温度を維持しておく。この抽出工程においては、リグノセルロース物質中に存在するセルロースが主加水分解されて多糖の形態で処理溶液中に溶出する。その際、リグノセルロース物質中に存在するリグニンは部分的に解縮合し得るが、処理溶液中のフェノール誘導体が常にリグニンの付近に存在するため、分離したリグニンの側鎖に即座にフェノール誘導体が化学結合(グラフト化)し、リグニンの自己縮合を抑制して安定化を図ることができる。これにより、最終的に得られるフェノール化リグニンの熱流動性を低くすることができるため、例えば接着剤として活用する場合などに有効となる。なお、処理溶液を所定温度に加熱してフェノール誘導体を濃酸溶液中に均一に溶解させていれば、リグノセルロース物質の内部にまでフェノールがよく浸透し、リグノセルロース物質の内外部でのリグニンの自己縮合の抑止度のばらつきを小さくすることができる。
【0033】
このように、本抽出工程では、リグノセルロース物質中のセルロースが加水分解されて処理溶液中に溶出すると共に、金属元素なども処理溶液中に溶出し、フェノール誘導体によりフェノール化したリグニンは固相分として抽出される。
【0034】
[精製工程]
精製工程は、抽出工程である程度のセルロースを溶出させた後、残存する未分解のセルロースをより溶出し易い単糖の形態にまで加水分解して確実に分離溶出させるための工程であると共に、金属元素などのその他の不純物もより確実に溶出除去するための工程でもある。精製工程では、リグノセルロース物質中のセルロース量が少ないこと、すなわちセルロースと分離してクラフト化する必要のあるリグニンが少量であることにより、フェノール誘導体の添加量も先の抽出工程よりも少量でよい。
【0035】
そして、精製工程で使用する処理溶液は抽出工程とは別個に調製しておいてもよいが、抽出工程で使用した処理溶液にそのまま水を添加して所定濃度にまで希釈するのみでもよく、この方が全体の工程を効率化できる点で好ましい。したがって、精製工程では抽出工程と異なる酸を使用してもよいが、同じ酸をそのまま使用することが好ましい。このとき、抽出工程後の処理溶液にはリグニンから分離されたセルロースや金属元素などが混在しているが、後述のようにさらに高温で熱処理することで、これらの不純物の溶融状態が保たれているので、そのまま処理溶液として使用しても問題はない。これにより、フェノール誘導体の濃度も抽出工程で消費された分必然的に下がっているので、基本的にフェノール誘導体の添加量を調整する必要はないが、フェノール誘導体の濃度が極めて低い場合は、必要量追加すればよい。
【0036】
このように精製工程用の処理溶液を調整できたところで所定温度に加熱し、所定時間攪拌することで、残存する未分解のセルロースを後加水分解して単糖の形態で溶出させ、同時に残存する金属元素も溶出除去される。なお、精製工程では酸濃度を低く設定していることにより、その分処理溶液中に溶融している糖分が析出・炭化する温度が高くなり、無駄な不純物を生成させることなく高温処理が可能となる。また、抽出工程での処理溶液を、常温又はフェノール誘導体の融点よりも若干低い温度で調製しても、精製工程での処理温度が十分に高いので、固相分として残っていたフェノール誘導体も全て処理溶液中に溶解することになる。
【0037】
[固液分離]
精製工程を経た後は、フェノール化されたリグニンが固相分として抽出される。そこで、処理溶液から固相分としてのフェノール化リグニンを分取するために、固液分離する必要がある。その固液分離方法としては、デカンテーションや遠心分離により行うことができる他、フィルタープレスも好適であるし、通常の濾過でもよい。
【0038】
[洗浄工程]
固液分離により液相分と固相分とを分離しても、得られた固相分には未だ多くの処理溶液が含まれており、この処理溶液には溶出した糖質や金属元素のほか、未反応フェノールや酸が溶解しているので、これらの不純物を完全に除去してリグニンの純度を高めるために洗浄工程が必要である。その洗浄工程として、代表的には水洗処理がある。水洗処理としては、得られた固相分をこれよりも十分に多くの量の水に再度混合分散させた後に、濾過等を行って脱水したり、通水洗浄したりできる。また、固相分を水酸化ナトリウムや炭酸ナトリウムなどのアルカリ溶液中に混合分散して酸を中和処理することも好適である。中和処理は必須ではないが、酸を有効に除去できる点で有用である。中和処理もアルカリ溶液中に固相分を分散して行なうので、そのまま乾燥するのでは水分過多状態となり多くの時間とエネルギーコストを要する。そこで、余分な水分を除去するために中和処理後に濾過処理することが好ましい。本第1の実施方法では、精製工程によって糖質を確実に除去できているので、中和処理を行なってもフェノール化リグニンが濾紙に目詰まりすることなく良好に自然濾過することができる。これは、固相分に糖質が残存していると、当該糖質がフェノール化リグニンに付着して親水性となる。そして、中和処理にてpHが上昇すると、アルカリ領域で溶融する性質のフェノール化リグニンはその粒が細かくなると考えられる。そのために、従来方法ではフェノール化リグニンが濾紙に目詰まりするので濾過が不可能であった。
【0039】
また、確実に不純物を除去するため、洗浄工程は複数の処理ステップを経て行うことが好ましい。この場合、中和処理を複数回のステップで行うよりも水洗処理を複数回のステップで行う方が好ましい。中和処理ステップと水洗処理ステップとを併用する場合は、その順序はとくに限定されないが、水洗処理ステップ−中和処理ステップ−水洗処理ステップで行なうと、効率よく不純物を除去できる。
【0040】
[乾燥工程]
洗浄工程により不純物を洗浄できたら、必要に応じて余分な水分を除去するため乾燥することで、リグノセルロース物質から単離された純度の高いフェノール化リグニンを得ることができる。この場合は、上述のように濾過処理を行なっておくとよい。乾燥方法としては、自然乾燥でもよくファンなどによる送風乾燥でもよい。送風乾燥の場合は、冷風乾燥や温風乾燥でもよいが、リグニンの変性のおそれから熱風乾燥は避けた方がよい。但し、この乾燥工程は必須の工程ではなく、固液分離後、もしくは洗浄工程後の固相分をそのまま接着剤等に応用することも考えられる。
【0041】
<第2の実施方法>
本発明のフェノール化リグニンは、上記第1の実施方法のほか、図2のフローに示すような第2の実施方法によっても得ることができる。第1の実施方法と第2の実施方法とでは、濃酸処理による抽出工程を行うまでは同様であるが、その後一旦固液分離して洗浄工程を経た未精製(粗)フェノール化リグニンを得た後に、当該未精製フェノール化リグニンを精製工程で精製している点が異なる。さらに、固液分離方法や洗浄方法も先の第1の実施方法と同様に行うことができるが、第2の実施方法では精製工程を高温条件下の熱水により処理する熱水処理工程である点が、先の第1の実施法方法と大きく異なる点である。したがって、以下では、第1の実施方法と異なる精製工程(熱水処理工程)を中心に説明する。
【0042】
第2の実施方法での熱水処理温度は、第1の実施方法での精製工程の熱処理温度よりもさらに高い120〜130℃の範囲で行っている。これにより、リグノセルロース物質中のセルロースは酸を添加しなくても的確に加水分解されることになり、確実にセルロースとリグニンとを分離させることができる。また、高温加熱により水中での熱運動が活発となり、金属元素も水溶液中に遊離し易い環境になる。さらに、酸を添加していないので水中に溶出した糖分が炭化するおそれもない。
【0043】
この熱水処理温度は水の沸点よりも高いので高圧条件下で行う必要があり、耐熱耐圧容器内で行う。熱水処理温度が120℃より低いとセルロースを加水分解しきれないおそれがある。一方、熱水処理温度が130℃より高いとフェノール化リグニンが変性するおそれがあり、フェノール化リグニンが変性しないとしてもエネルギーコストの無駄となる。
【0044】
精製工程の後は、再度洗浄工程を経たうえで、必要に応じて濾過、乾燥してフェノール化リグニンを得ることができる。なお、精製工程では酸を使用していないので、精製工程後の洗浄工程では必ずしも中和処理を行なう必要はない。
【0045】
なお、上記第1の実施方法と第2の実施方法とを組み合わせて、第1の実施方法で得られたフェノール化リグニンを、さらに第2の実施方法における精製工程で処理することも考えられる。
【0046】
(実施例1)
実施例1は、本発明の第1の実施方法に係る実施例であり、そのフローを図3に示す。図3に示されるように、実施例1では、抽出工程と精製工程とを同じ容器内で行う連続方式である。実施例1での原料となるリグノセルロース物質には、成長が早い植物として知られるケナフを使用した。そして、フィノール化リグニンの精製に当たっては、ケナフの靭皮を除去した芯材(ケナフコア)を、長径2mm以下の大きさに粉砕したものを15kg用意した。また、酸として硫酸を、フェノール誘導体としてフェノールを使用した。
【0047】
まず、70%硫酸溶液75kgに、ケナフコアに対して12重量%相当のフェノール1.8kgを添加し45℃に加熱しながら30分攪拌して、フェノールを硫酸溶液に完全に溶解させた処理溶液を調整した。そして、耐酸材(Ni-Mo合金)製タンク内で処理溶液に原料としてのケナフコア15kgを混入し、45℃に保温しながら30分間攪拌して抽出工程を行った。次いで、新たに所定量の水を添加して処理溶液の硫酸濃度を30%に希釈し、これを95℃にまで加熱維持しながら、4時間攪拌して精製工程を行った。
【0048】
次いで、精製工程後の固相分(フェノール化リグニン)をフィルタープレスろ過により固液分離し、固相分を得る。得られた固相分を、重量比で4倍程度の水に固相分を混合分散させ、再度フィルタープレスにより固液分離して水洗処理を行った。次いで、今度は重量比で4倍程度の10%水酸化ナトリウム水溶液に混合分散させ、自然濾過により固液分離して中和処理を行った。これにより得られた固相分を自然乾燥し、精製フェノール化リグニンを得た。
【0049】
(実施例2)
実施例2は、本発明の第1の実施方法に係る別実施例であり、そのフローを図4に示す。実施例2は、抽出工程と精製工程とを異なる容器内で行うバッチ方式であり、図4に示されるように、抽出工程から精製工程へ移行する前に固液分離を行っている。これは、抽出工程で使用する容器の容積が小さいため、若しくは一度の処理量を多くするため、抽出工程での処理溶液にそのまま水を添加して希釈すると、処理溶液が容器から溢れてしまうような場合に、有用である。
【0050】
まず、実施例2でも、先の実施例1と同じ原料及び処理溶液を使用して、実施例1と同様に抽出工程を行った。そして抽出工程の後、関西遠心分離機株式会社製の遠心分離装置にて1500Gで15分間遠心分離して固液分離し、一旦脱水ケーキ状の固相分(未精製フェノール化リグニン)を分取した。この固相分は、乾燥重量換算で3.6kgであった。次いで、得られた脱水ケーキ状の固相分を抽出工程とは別の耐酸材製タンク内に入れ、同時に適量の70%硫酸および水と、フェノール1.8kgを混入して、硫酸濃度30%、固相分10w/vol%の未精製フェノール化リグニン水分散液を調製した。これを95℃に加熱維持しながら4時間攪拌して精製工程を行った。精製工程後は、実施例1と同様に固液分離、洗浄工程、濾過及び乾燥を経て精製フェノール化リグニンを得た。
【0051】
(実施例3)
実施例3は、本発明の第2の実施方法に係る実施例であり、そのフローを図5に示す。実施例3でも、先の実施例1と同じ原料及び処理溶液を使用した。そして、精製工程以外、すなわち抽出工程、固液分離、洗浄工程、及び乾燥を実施例1と同様に行って、図5に示されるように、一旦未精製のフェノール化リグニンを得た。
【0052】
次いで、得られた未精製フェノール化リグニンを再度水に分散させて、固相分15w/vol%の未精製フェノール化リグニン水分散液10Lを調製した。この未精製フェノール化リグニン水分散液を5Lずつ2つのSUS304製タンクに分け、それぞれを滅菌用オートクレーブに入れて、125℃で5時間加熱処理して精製工程を行った。精製工程後、デカンテーションにより上澄みを固液分離し、水洗した。水洗工程を2回繰り返してから、最後に固相分を乾燥して、精製フェノール化リグニンを得た。
【0053】
上記実施例1ないし実施例3に対して、後述の試験で比較検討するために以下の比較例1および比較例2を得た。
【0054】
(比較例1)
本比較例1は、上記特許文献1に記載された発明に相当するものであり、先の実施例1において精製工程を除いた製造方法により作製した。つまり、原料として長径2mm以下に粉砕したケナフコアを使用し、これを硫酸及びフェノールで処理した。具体的には、ケナフコア15kgを、70%硫酸溶液75kgとフェノール1.8kgとを混合した処理溶液で45℃で30分攪拌して抽出工程を行った。次いで、精製工程を行うことなくフィルタープレスして固液分離し、得られた固相分を重量比で4倍程度の水で水洗し、さらに固液分離後重量比で4倍程度の10%水酸化ナトリウム水溶液で中和した。最後に、得られた固相分を自然乾燥して比較例1としてのフェノール化リグニンを得た。
【0055】
(比較例2)
本比較例2は、上記特許文献2に記載された発明に相当するリグノクレゾールを用いた。
【0056】
<溶剤溶解率試験>
本発明の第1の実施方法における精製工程の処理条件を算定するため、処理溶液の酸濃度の相違による溶剤溶解率変化を測定した。溶剤としてTHF(テトラヒドロフラン、別名テトラメチレンオキシド)を用い、処理温度98℃、処理時間120分でリグニンを硫酸濃度が20%、30%、40%の溶液でそれぞれ処理した溶剤溶解率を測定した。その結果を図6に示す。なお、その際の溶解度は以下の手順によって測定した。
A.風袋重量測定
105℃で1時間以上乾燥後デシケーターで放冷したアルミカップの恒量(V0)を測定。
B.リグニンの秤取
蓋付遠心管にリグニン約0.5gを入れ、そのリグニンの重量(M0)を精秤。
C.溶剤の秤取
THF10ml(重量S0)をリグニンを入れた蓋付遠心管に入れる。
D.リグニンの溶解
リグニンとTHFが入った蓋付遠心管を軽く振り、塊が無くなったことを確認してから超音波処理(水温25℃に設定)を60分間行う。その後、3500rpmで15分間遠心分離して固液分離する。
E.溶剤溶解リグニンの秤量
遠心分離した蓋付遠心管からホールピペットで上澄み5mlを、上記Aのアルミカップへ入れ、その重量を測定(重量S1)。
F.固相分の算出
上記Eのアルミカップ中の溶剤をドラフト内で約1時間揮発させる。次いで105℃に加熱してある乾燥炉にアルミカップを入れて3時間加熱後、デシケーター内で放冷し精秤。その重量からアルミカップ恒量V0を引いて蒸発残量をM1とする。
G.溶解率の算出
(M1/S1)/(M0/S0+M0)×100(%)の計算式により、溶剤溶解率を算出した。
【0057】
図6から明らかなように、硫酸濃度が20〜40%であれば溶剤溶解率が60%超と良好であった。したがって、この酸濃度の範囲において本発明の第1の実施方法における精製工程を行うことが好ましいことがわかる。なかでも、硫酸濃度が30%の場合の溶剤溶解率が特に高いことから、硫酸濃度30%で処理することが最も好ましいことがわかった。また、図6の理論曲線は、硫酸濃度30%を頂点とした山形曲線となる。したがって、硫酸濃度が20%未満や40%より高いと、あまり高い処理効率が期待できないことが推測される。
【0058】
<金属元素含有量測定試験>
本発明で得られたリグニンの純度を確認するため、リグノセルロース物質中に含まれている金属元素含有量と、リグノセルロース物質から単離したフェノール化リグニン中の金属元素含有量とを測定した。まず、リグノセルロース物質の種類によって、各種金属元素がどの程度含まれているかを比較するため、ケナフコア、マオコア、杉木粉それぞれの金属元素含有量を測定した。その結果を図7に示す。なお、その際の測定方法は、各種原料を硝酸と硫酸によって有機物を分解後、ICP発光分析法により測定した。
【0059】
図7より、ケナフ、マオ、及びスギの中では、ケナフが最も種々の金属元素を多く含んでいる、すなわち不純物が多いことがわかった。そこで、不純物の多いケナフを原料としてリグニンを単離した場合、その製造方法の相違、すなわち実施例1、比較例1及び比較例2によって得られたフェノール化リグニン中の金属元素含有量がどの程度異なるかを測定した。その結果を図8に示す。
【0060】
図7と図8との比較から明らかなように、実施例1、比較例1及び比較例2ともに原料からフェノール化リグニンを単離したとき、不純物である金属元素は大幅に減少している。さらに、図8を検討すると、精製工程を行っていない比較例1に対して、精製工程を行った実施例1は全ての金属元素の含有量が少なく、精製工程の効果が確認できた。また、有機溶剤により精製工程を行っている比較例2と対比しても金属元素の含有量は遜色なく、CaやMgに至っては比較例2より大幅に減少していることがわかる。
【0061】
<フェノール化リグニンの純度解析試験>
次に、本発明の第2の実施方法における精製工程の効果をIRチャートにて検討した。まず、比較例1のフェノール化リグニンのIRチャートをFT−IR(ATR法)にて測定した。その結果を図9(A)に示す。また、本発明の第2の実施方法と同様の方法によって得た未精製フェノール化リグニンを10倍重量の水に分散し、80℃(試験例1)、105℃(試験例2)、115℃(試験例3)、125℃(試験例4)にて2時間加熱処理した。処理後の各スラリーを乾燥して得られたフェノール化リグニンのIRチャートをFT−IR(ATR法)にて測定した。試験例4が上記実施例3に相当する。試験例1の結果を図9(B)に、試験例2の結果を図9(C)に、試験例3の結果を図10(D)に、試験例4の結果を図10(E)にそれぞれ示す。また、参考として、セルロースのIRチャートを図10(F)に示す。なお、本試験でのFT−IRの計測条件は以下の通りである。
前処理:メノウ乳鉢にて微粉化
方 法:全反射式ATR法
装 置:Spectrum One(PERKIN ELMER社製)
【0062】
図9(A)と図9乃至図10の(B)〜(E)とを対比すると、熱水処理条件による吸収ピーク位置の差はほとんど認められない。したがって、試験例4ほどの高温高圧条件で熱水処理しても、フェノール化リグニンは変性していないことがわかる。また、図9乃至図10の(B)〜(E)を見ると、処理温度の上昇に伴って1030cm−1付近での吸収ピークがシャープになっている。この1030cm−1付近の吸収ピークは、図10(F)から明らかなようにセルロースの吸収ピークと一致する。これにより、高温高圧処理によってセルロースが更に加水分解したことが考えられ、多糖が単糖にまで低分子化されたことがわかる。また、各試験例の熱水処理後、フェノール化リグニンが沈殿し易くなっていた。これは、セルロースの加水分解により、フェノール化リグニンに絡みついたセルロースが効率よく分離されたためと考えられる。
【0063】
<SOxガスの定量>
フェノール化リグニン中に不純物として硫黄分(S)が含まれていると、フェノール化リグニンを使用した製品の加熱成形時に、大気汚染の原因の1つとなるSOxガスが発生するという問題を生じる。そこで、得られたフェノール化リグニンを加熱したときのSOxガスの発生量を比較検討した。
【0064】
試験試料として、実施例1、及び比較例1と比較例2のフェノール化リグニンを使用した。そのSOxガス定量手順と条件は次のとおりである。
まず、以下の条件にて各試料を管状炉加熱法により加熱した。
試料採取量:0.5g粉末(ガラスボート使用)
キャリアガス:乾燥空気
加熱温度 :200℃
加熱時間 :1時間
ガス流量 :15ml/分
このとき発生したSOxガスを希薄な過酸化水素水に吸収し、その吸収液をさらに加熱してSOxをSO42−として、50mlの検液とした。そして、IC7000型イオンクロマトグラフ(横河アナリティカルシステムス社製)により、この検液中のSO42−をイオンクロマト法により定量し、試料から発生したSO42−量として算出した。その結果を表1に示す。
【0065】
【表1】
【0066】
表1において実施例1と比較例1と比べると、実施例1の方が大幅にSO42−発生量が減少しており、しかも殆ど計測されないほど微量であることがわかる。また、精製工程を行っている比較例2と比べても、実施例1の方がSO42−発生量が少ないことがわかる。したがって、有機溶剤を使用せずに精製工程及び洗浄工程を行っても、確実にフェノール化リグニン中の硫黄分を除去でき、このフェノール化リグニンを使用すれば、これを用いた製品を加熱成形しても大気汚染を有効に防止することができることがわかった。
【0067】
<濾過性試験>
実施例1と比較例1における中和処理後の濾過性を対比した。また、参考例として、実施例1において中和処理する前の分散液(参考例1)と、比較例1において中和処理する前の分散液(参考例2)との濾過速度も測定した。その結果を表2に示す。なお、表2における濾過速度の単位「l/h・m2」は、濾過面積1m2の濾布で1時間濾過したときの滴下流量(l)を意味する。
【0068】
【表2】
【0069】
表2の結果において参考例1と参考例2とを対比すると、精製工程を経ている参考例1の方が濾過速度が速い。これにより、精製工程によって糖質などの不純物が確実に低減できていることがわかる。また、中和処理を行なった実施例1と比較例1とを対比すると、精製工程を経ていない比較例1では濾過が不能であったことに対し、精製工程を経ている実施例1では濾過が可能であった。これにより、精製工程を経ていれば、中和によりpHが上昇しても濾過が可能であり、効率的な乾燥が可能であることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】第1の実施方法の概念フロー図である。
【図2】第2の実施方法の概念フロー図である。
【図3】実施例1のフロー図である。
【図4】実施例2のフロー図である。
【図5】実施例3のフロー図である。
【図6】溶剤溶解率試験結果を示すグラフである。
【図7】リグノフェノール物質中の金属元素含有量を示す棒グラフである。
【図8】フェノール化リグニン中の金属元素含有量を示す棒グラフである。
【図9】フェノール化リグニンのIRチャートである。
【図10】フェノール化リグニン等のIRチャートである。
【図11】従来技術の概念フロー図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグノセルロース物質からこれを構成する物質の一つであるリグニンを単離して活用するためのフェノール化リグニンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、石油由来の原料や製品はあらゆる分野において多用されており、合成樹脂もその1つである。しかし、石油は化石資源であることから再生産が不可能な枯渇資源であること、廃棄後の環境への悪影響が問題となることなどから、脱石油依存社会の必要性が高まってきている。これを背景として、バイオマス資源であることにより再生産が可能で、且つ地球環境にも優しい植物由来の原料が着目されている。例えば主に炭水化物(多糖類)であるセルロースと樹脂成分であるリグニンとで構成されているリグノセルロース物質からリグニンを単離できれば、当該リグニンを環境に優しい樹脂として利用できる。リグニンは、木材中であれば20〜30%を占めており、高等植物では生育に伴い道管・仮道管・繊維などの組織で生産される。このリグニンは、いわゆる生分解性樹脂として使用でき、これを廃棄したとしても白色腐朽菌などにより低分子化され、さらにSphingomonas paucimobilis SYK-6などのバクテリアにより分解されることで無機化することが知られている。しかし、リグノセルロース物質(植物)を主に構成するセルロースとリグニンは構造および性質が全く異なり、かつ両者は分子レベルで複雑に絡み合った状態で存在している。したがって、植物由来のリグニンを単独で利用するには、まずセルロースとリグニンとを分離することが必要となる。
【0003】
そこで、植物の組織構造を分子レベルで破壊して植物からリグニンを単離する方法として、例えば木材を濃硫酸により処理する方法がある。木材を濃硫酸に浸すと、木材中に存在するセルロースが加水分解されて硫酸中に溶出することで、セルロースとリグニンと分離することができる。しかしながら、単に木材を濃硫酸に浸しただけでは、セルロースの加水分解と同時にリグニンの自己縮合も生じてしまうので、リグニンは分子量が大きくなり不活性化してしまう問題があった。そこで、フェノール誘導体の存在下において植物を濃硫酸処理することでリグニンの不活性化を防ぐ方法として、本出願人の提案による特許文献1があり、他に特許文献2も提案されている。
【0004】
特許文献1では、フェノール存在下において植物を濃硫酸処理することで、リグニンの自己縮合(不活性化)を防ぎながらセルロースを硫酸溶液に溶出させている。その後固液分離したうえで中和工程により余分な硫酸を除き、濾過することなく乾燥するなどの後処理を行っている。特許文献2では、濃硫酸処理する際にアセトンも介在させることでフェノール誘導体としてのクレゾールと硫酸との溶融性を高めており、セルロースの酸加水分解の後、アセトンにより低分子フェノール化リグニンを、エーテルにより残存する未反応クレゾールをそれぞれ除去することで、フェノール化リグニンの純度を高めている。
【0005】
【特許文献1】特開2006−225325号公報
【特許文献2】特開2004−210899号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、少量のフェノール使用量でありながら、収率良くフェノール化リグニンを得ている。しかし、特許文献1の製造方法を概念的に示すと、図11に示すように、リグニンの抽出工程を濃硫酸処理の一段階のみで行っていることになる。これでは、セルロースは多糖の形態で溶出するのみなので、十分なセルロース等の糖質の除去が担保できていないことや、その他不純物となる金属元素も精度良く溶出除去できていないことも考えられる。そのため、残存する糖質の影響でリグニンが親水性となり、硫酸を除去するための中和処理後に濾過しようとしてもフェノール化リグニンが目詰まりするので、濾過することができなかった。これでは、多くの水分が含まれているまま固相分を乾燥させなければならず、多くの乾燥時間と乾燥エネルギーを必要とし、コストが嵩んでしまう。そこで、濃硫酸処理したフェノール化リグニンは、さらに精製(純度を高める)することが必須となる。
【0007】
一方、特許文献2では、濃硫酸処理したフェノール化リグニンをアセトンやエーテルにより後処理(洗浄)することで、フェノール化リグニンの純度を高めている。つまり、フェノール存在下での濃硫酸処理によって得られたフェノール化リグニン中には、未反応フェノールや低分子フェノール化リグニンが含まれていることがある。したがって、このままでフェノール化リグニンを使用すると、残存する高親水性の未反応フェノールによってフェノール化リグニンの耐水性が低下したり、残存する未反応フェノールによる悪臭の問題を生じたりするおそれがある。これを防ぐために、特許文献2ではアセトンやエーテルにより後処理することで、低分子フェノール化リグニンや未反応フェノールを除去している。
【0008】
しかし、この方法は大量の有機溶剤を使用するため、装置のスケールアップが困難であったり、アセトンは強い引火性があるため防爆仕様にする必要があるなど、工業化を図るには大きな支障があった。また、低分子フェノール化リグニンや未反応フェノールの除去には効果が大きいが、やはり一段階抽出工程のみなので、セルロースの精度良い溶出やその他の金属元素の除去の面では効果が薄い。
【0009】
そこで本発明は、抽出工程と精製工程との二段階で処理を行うことで、有機溶剤を使用せずとも純度が高く、かつ乾燥に多くのエネルギーを必要としないフェノール化リグニンを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための手段として、請求項1に記載の本発明に係るフェノール化リグニンの製造方法は、フェノール誘導体の存在下でリグノセルロース物質を濃酸処理する抽出工程と、該抽出工程の後にフェノール誘導体の存在下で希酸溶液で熱処理する精製工程とを有することを特徴とする。このとき、抽出工程の後に精製工程を行う方法であれば、抽出工程に連続して精製工程を行ってもよいし、抽出工程の後に、固液分離や洗浄工程を経てから精製工程を行っていてもよい。つまり、請求項1に係る本発明は、固液分離や洗浄工程などの後処理を除いて概念的に示すと、図1に示すように、濃酸による抽出工程と希酸存在下での熱処理による精製工程とによってセルロールを溶出させる二段階処理方式である点に特徴を有する。
【0011】
ここで、リグノセルロース物質とは、主に炭水化物(糖質)としてのセルロースと樹脂成分としてのリグニンとによって構成されている物質であって、代表的には木本類や草本類の植物が相当する。また、フェノール化リグニンとは、リグノセルロース物質を酸処理したときにリグニンとセルロースとが分離するとき、フェノール誘導体がリグニン中の分子鎖と化学結合して安定化(グラフト化)した状態のリグニンをいう。さらに、本発明での希酸とは、10%以下などの濃度の低い一般的な希酸を意味するものではなく、抽出工程で使用する濃酸に対して濃度の低い酸であることを意味する。
【0012】
請求項2に記載の本発明は、請求項1に記載のフェノール化リグニンの製造方法において、前記抽出工程での酸濃度が60〜80%であることを特徴とする。
【0013】
請求項3に記載の本発明は、請求項1または請求項2のいずれかに記載のフェノール化リグニンの製造方法において、前記精製工程での酸濃度が20〜40%であり、かつ熱処理温度が90〜100℃であることを特徴とする。
【0014】
請求項4に記載の本発明に係るフェノール化リグニンの製造方法は、フェノール誘導体の存在下でリグノセルロース物質を濃酸処理する抽出工程と、該抽出工程後に固液分離し、得られた固相分中の余分な不純物を除去する洗浄工程と、洗浄後の固相分を熱水処理する精製工程とを有することを特徴とする。つまり、請求項4に係る本発明は、固液分離や洗浄工程などの後処理を除いて概念的に示すと、図2に示すように、先ず抽出工程によって未精製フェノール化リグニンを得ておき、その後さらに熱水処理を行ってセルロールを溶出させる二段階処理方式であり、熱水処理において酸を添加していない点に特徴を有する。この熱水処理工程が精製工程に相当する。なお、ここでの抽出工程における処理条件は、請求項1ないし請求項3に記載の抽出工程における処理条件と同様である。
【0015】
請求項5に記載の本発明は、請求項4に記載のフェノール化リグニンの製造方法において、前記熱水処理温度が120〜130℃であることを特徴とする。
【0016】
請求項6に記載の本発明は、請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のフェノール化リグニンの製造方法において、前記精製工程後に固液分離し、得られた固相分中の不純物を除去する洗浄工程を有することを特徴とする。固相分中の不純物としては、固相分に付着している酸や金属元素の他、低分子フェノール化リグニンなどが挙げられる。そして、この洗浄工程としては、例えば水酸化ナトリウムなどのアルカリ剤を添加して酸を中和する中和処理や、低分子フェノール化リグニンや金属元素などの余分な不純物を洗い流す水洗処理などが相当する。
【0017】
請求項7に記載の本発明は、請求項6に記載のフェノール化リグニンの製造方法において、前記洗浄工程は中和処理を含み、該中和処理の後に濾過処理を行なうことを特徴とする。
【0018】
請求項8に記載の本発明は、請求項6または請求項7に記載のフェノール化リグニンの製造方法において、前記洗浄工程を複数の処理ステップを経て行っていることを特徴とする。洗浄工程を複数の処理ステップで行うとは、例えば洗浄工程として中和処理ステップと水洗処理ステップとをそれぞれ一回ずつ行う場合や、水洗処理のみを複数回行う場合も含まれる。もちろん、中和処理ステップと水洗処理ステップのうち、一方を一回のみ行い他方を複数回行ってもよいし、双方を複数回行ってもよい。また、中和処理ステップと水洗処理ステップとを併用する場合、その順序は問わない。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、先ずリグノセルロース物質を抽出工程で濃酸処理して大半のセルロースを加水分解させて処理溶液に溶出させ、リグニンを固相分として抽出している。この抽出工程は、濃酸により処理しセルロースを多糖の形態で溶出する主加水分解工程である。そして、さらに精製工程を行うことで、リグノセルロース物質(固相分)中に残存する微量のセルロースをさらに加水分解し処理溶液中に溶出させてリグニンの純度を上げることができる。この精製工程は希酸によって処理しているので、セルロースは単糖の形態で溶出する後加水分解工程であり、濃酸で処理する抽出工程では溶出させきれなかったセルロースでも精度良く溶出分離させることができる。また、二段階による酸処理工程によって、その他の不純物である金属元素も精度良く除去することができる。さらに、本発明では危険物であるアセトンを使用していないので、処理装置に防爆処理を施す必要がないことなどから工業化が容易となり、生産性を高めることができる。
【0020】
このとき、抽出工程での酸濃度を60〜80%に調整しておけば、的確にセルロースを主加水分解することができる。次いで精製工程での酸濃度を20〜40%に調整し、かつその際の熱処理温度を90〜100℃に調整しておけば、的確にセルロースを後加水分解することができると同時に、残存金属元素を精度良く除去することができる。また、フェノール誘導体の融点を超える高温で処理することで、未反応のフェノール誘導体が固体分として残存することもない。精製工程では酸濃度が低いので、処理溶液中に溶出した糖分の炭化温度が高くなり、高温での処理が可能となる。
【0021】
また、本発明の別実施方法として、抽出工程や洗浄工程を経て一度未精製フェノール化リグニンを得ておき、その後さらに精製工程を行うことも可能である。この場合、抽出工程の後に洗浄工程を経ているので、この時点で大半の不純物を除去できており、後の精製工程では酸を使用していないので、酸の使用量を低減することができる。また、酸を添加することなく熱水処理することにより、例えば容量の小さな装置によって抽出工程を行っても、酸を希釈するために新たに水を加える必要はないので、装置のコンパクト化を図ることができる。また、場合によっては、未精製フェノール化リグニンの一部をそのまま製品として使用することも可能であり、未精製フェノール化リグニンのうち必要な分だけ精製すればよいので、処理量を抑えてコスト削減を図ることもできる。さらに、この別実施方法でも危険物であるアセトンを使用していないので、処理装置に防爆処理を施す必要がないことなどから工業化が容易となり、生産性を高めることができる。
【0022】
そして、当該本発明の別実施方法の精製工程における熱水処理を120〜130℃の温度範囲で行っていれば、酸を添加しなくても固相分に残存している未分解セルロースを的確に加水分解して水溶液中に溶出させることができ、酸の使用量を低減できる。また、フェノール誘導体の融点を超える温度範囲であるから、未反応フェノール誘導体は水溶液中に溶解している。また、激しい熱運動によって固相分に付着している金属元素も容易に遊離させることができる。
【0023】
その後、精製工程後に固液分離し、得られた固相分中の不純物を除去する洗浄工程を有することによって、得られるフェノール化リグニンの純度を高めることができる。例えば洗浄工程として中和処理を行えば、フェノール化リグニン中に残存している酸を中和して確実に除去することができる。このとき、本願発明では精製工程を経ることによって糖質を確実に除去しているのでフェノール化リグニンは疎水性を呈し、中和処理によりpHが上昇してもフェノール化リグニンが濾紙に目詰まりすることなく濾過することができる。これにより、得られた固相分中の水分量は確実に低下し、時間やコストをかけることなく迅速かつ容易な乾燥が可能となる。また、中和処理を行なわなくても、水洗処理を行うことで、酸のみならず、低分子フェノール化リグニンや金属元素などの余分な不純物を洗い流すことができる。さらに、洗浄工程に複数の処理ステップを含んでいれば、より確実に種々の不純物を除去できるので、フェノール化リグニンの純度をより上げることができる。とくに、フェノール化リグニンを使用した製品を加熱成形する際に発生し、大気汚染問題の原因の1つであるSOxガスをも減少できる点で有用性が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
<第1の実施方法>
以下に、本発明の第1の実施方法を説明する。本実施方法は、洗浄工程を除いて概念的に示した図1のフロー図のように、リグノセルロース物質である原料を、濃酸で処理する抽出工程と希酸で処理する精製工程とを経て精製フェノール化リグニンを得ている。
【0025】
原料となるリグノセルロース物質としては、主にセルロースとリグニンによって構成されている木本類や草本類の植物を使用することができる。例えば、木本類としてスギやヒノキなどの針葉樹や、シイ、柿、サクラなどの広葉樹の他、熱帯樹を使用することができる。また、草本類としてケナフ、ラミー(苧麻)、リネン(亜麻)、アバカ(マニラ麻)、ヘネケン(サイザル麻)、ジュート(黄麻)、ヘンプ(大麻)、ヤシ、パーム、コウゾ、ワラ、バガスなどを使用することができる。原料として処理する際、リグノセルロース物質は、木粉、チップ、廃材、端材など種々の形態で使用可能である。
【0026】
抽出工程では硫酸や塩酸などの強酸を用いることができる。この抽出工程では、性質の全く異なるセルロースとリグニンとが互いに複雑かつ強固に絡み合ったリグノセルロース物質の分子構造をまずは確実に破壊して大半のセルロースを加水分解し、処理溶液中に溶出させてリグニンを固相分として抽出することを主な目的としている。そこで、抽出工程での酸濃度は、60%〜80%程度と高濃度に調整している。酸濃度が60%より低いと、リグノセルロース物質の分子構造を確実に破壊できず、セルロースを加水分解して溶出させることが不十分となるおそれが生じるからである。一方、酸濃度が80%より高いと確実に分子構造を破壊できるが、加水分解されて酸溶液中に溶出したセルロースが糖分として析出するとともに、その糖分の炭化が進行して、無駄に不純物を増加させてしまうおそれがあるからである。このとき使用する酸は濃酸であるため、セルロースが加水分解されたとき多糖の形で溶出する、いわゆる主加水分解工程である。また、濃酸により処理することで、その他金属元素の不純物も溶出除去している。
【0027】
精製工程でも、抽出工程と同様に硫酸や塩酸などの強酸を用いることができる。精製工程では、工程のスリム化の面から抽出工程と同じ強酸を使用することが好ましいが、抽出工程で使用した強酸と異なる強酸を使用することもできる。この精製工程は、先の抽出工程では分解除去し切れなかった残存セルロースや金属元素などの不純物をより確実に除去するための工程である。つまり、先の抽出工程では、セルロースは主加水分解されて多糖の形態で溶出するので、全てのセルロースを確実に除去し切れていないおそれがあるが、これを単糖の細かい形態で溶出できれば、より精度よくセルロースを溶出除去できる。そこで、本精製工程での酸濃度を20〜40%と希濃度に調整し、且つ確実な反応を担保するため90〜100℃の範囲で熱処理している。これにより、セルロースは単糖の形態で溶出するいわゆる後加水分解反応となり、セルロースがより確実に溶出除去されるとともに、二段階での酸処理により残存している金属元素もさらに溶出することになる。なお、酸濃度が20%より低いと、セルロースの加水分解が生じ難くなり、酸濃度が40%より高いと、セルロースが炭化するおそれがある。また、熱処理温度が90度より低いと、反応系が鈍くなる。
【0028】
抽出工程及び精製工程で使用するフェノール誘導体としては、1価のフェノール誘導体、2価のフェノール誘導体、3価のフェノール誘導体などを用いることができるが、使用する酸溶液に溶解しやすいものが望ましい。例えば、硫酸溶液を用いる場合においては、フェノール、クレゾール、キシレノール、カテコール、レゾルシノール等のフェノール誘導体を用いることができる。さらに、濃硫酸溶液中で高温で加熱すると酸溶液中に溶出した糖分が析出して炭化が進行するため、及びエネルギーコストの点から、フェノール、キシレノール、クレゾールなどの比較的低融点のフェノール誘導体を用いることが望ましい。特に、安価に入手できるフェノールが望ましい。
【0029】
[抽出工程用処理溶液の調製]
以下に、本発明を順を追ってさらに詳しく説明する。先ず、リグノセルロース物質を処理する処理溶液を用意する。この処理溶液は、フェノール誘導体を濃酸溶液中に添加して得られる。この際のフェノール誘導体の添加量は、原料(リグノセルロース物質)の重量に対して5%〜25%程度が好ましく、10〜20%がより好ましい。フェノール誘導体の添加量が5%より少ないと、後の抽出工程工程においてセルロースとのグラフト化が不十分となって、リグニンの自己縮合率が高くなる。一方、フェノール誘導体の添加量が25%より多いと、精製工程が終了した時点での未反応フェノールの残存量が多くなり、コストの無駄となるからである。
【0030】
次いで抽出工程として、濃酸溶液にフェノール誘導体が添加された処理溶液にリグノセルロース物質を混入することになる。このとき、常温にてリグノセルロース物質を処理溶液中へ混入してもよいが、常温下での当該処理溶液は、濃酸溶液中に固体状のフェノール誘導体が分散している状態となっている。したがって、このままではリグノセルロース物質中にフェノール誘導体が浸透し難く、セルロースの自己縮合を有意に抑止できなくなるおそれがある。そこで、抽出工程へ移行する前に、処理溶液をフェノール誘導体の融点以上の温度に加熱してよく攪拌し、フェノール誘導体を濃酸溶液に溶解させておくことが好ましい。これにより、抽出工程においてフェノール誘導体がリグノセルロース物質中へよく浸透し、酸によりセルロースとリグニンとを分離したときにリグニンの自己縮合を的確に抑制することができる。
【0031】
処理溶液の加熱温度としては、フェノール誘導体の融点前後の温度が好ましく、フェノール誘導体の融点よりも若干高い温度がより好ましい。処理溶液の加熱温度がフェノール誘導体の融点より若干低くても、加熱によりある程度のフェノール誘導体を濃酸溶液に溶解させることはできるが、フェノール誘導体の融点よりも高い温度に加熱しておけば、フェノール誘導体を濃酸溶液に完全に溶解させることができる点で好ましい。但し、加熱温度が高すぎると、抽出工程で処理溶液中に溶出した糖分が炭化して析出が進行し、結果として不純物量が無駄に増加する不都合がある。例えば、硫酸溶液に融点が40.9℃であるフェノールを添加する場合は、処理溶液を35〜50℃に加熱することが好ましく、38〜48℃がより好ましく、41〜45℃がさらに好ましい。
【0032】
[抽出工程]
上記のようにして処理溶液を調整できたら、当該処理溶液に原料としてのリグノセルロース物質を混入し、所定時間攪拌する。この際、先の処理溶液調製工程にて処理溶液を加熱しておいた場合は、その加熱温度を維持しておく。この抽出工程においては、リグノセルロース物質中に存在するセルロースが主加水分解されて多糖の形態で処理溶液中に溶出する。その際、リグノセルロース物質中に存在するリグニンは部分的に解縮合し得るが、処理溶液中のフェノール誘導体が常にリグニンの付近に存在するため、分離したリグニンの側鎖に即座にフェノール誘導体が化学結合(グラフト化)し、リグニンの自己縮合を抑制して安定化を図ることができる。これにより、最終的に得られるフェノール化リグニンの熱流動性を低くすることができるため、例えば接着剤として活用する場合などに有効となる。なお、処理溶液を所定温度に加熱してフェノール誘導体を濃酸溶液中に均一に溶解させていれば、リグノセルロース物質の内部にまでフェノールがよく浸透し、リグノセルロース物質の内外部でのリグニンの自己縮合の抑止度のばらつきを小さくすることができる。
【0033】
このように、本抽出工程では、リグノセルロース物質中のセルロースが加水分解されて処理溶液中に溶出すると共に、金属元素なども処理溶液中に溶出し、フェノール誘導体によりフェノール化したリグニンは固相分として抽出される。
【0034】
[精製工程]
精製工程は、抽出工程である程度のセルロースを溶出させた後、残存する未分解のセルロースをより溶出し易い単糖の形態にまで加水分解して確実に分離溶出させるための工程であると共に、金属元素などのその他の不純物もより確実に溶出除去するための工程でもある。精製工程では、リグノセルロース物質中のセルロース量が少ないこと、すなわちセルロースと分離してクラフト化する必要のあるリグニンが少量であることにより、フェノール誘導体の添加量も先の抽出工程よりも少量でよい。
【0035】
そして、精製工程で使用する処理溶液は抽出工程とは別個に調製しておいてもよいが、抽出工程で使用した処理溶液にそのまま水を添加して所定濃度にまで希釈するのみでもよく、この方が全体の工程を効率化できる点で好ましい。したがって、精製工程では抽出工程と異なる酸を使用してもよいが、同じ酸をそのまま使用することが好ましい。このとき、抽出工程後の処理溶液にはリグニンから分離されたセルロースや金属元素などが混在しているが、後述のようにさらに高温で熱処理することで、これらの不純物の溶融状態が保たれているので、そのまま処理溶液として使用しても問題はない。これにより、フェノール誘導体の濃度も抽出工程で消費された分必然的に下がっているので、基本的にフェノール誘導体の添加量を調整する必要はないが、フェノール誘導体の濃度が極めて低い場合は、必要量追加すればよい。
【0036】
このように精製工程用の処理溶液を調整できたところで所定温度に加熱し、所定時間攪拌することで、残存する未分解のセルロースを後加水分解して単糖の形態で溶出させ、同時に残存する金属元素も溶出除去される。なお、精製工程では酸濃度を低く設定していることにより、その分処理溶液中に溶融している糖分が析出・炭化する温度が高くなり、無駄な不純物を生成させることなく高温処理が可能となる。また、抽出工程での処理溶液を、常温又はフェノール誘導体の融点よりも若干低い温度で調製しても、精製工程での処理温度が十分に高いので、固相分として残っていたフェノール誘導体も全て処理溶液中に溶解することになる。
【0037】
[固液分離]
精製工程を経た後は、フェノール化されたリグニンが固相分として抽出される。そこで、処理溶液から固相分としてのフェノール化リグニンを分取するために、固液分離する必要がある。その固液分離方法としては、デカンテーションや遠心分離により行うことができる他、フィルタープレスも好適であるし、通常の濾過でもよい。
【0038】
[洗浄工程]
固液分離により液相分と固相分とを分離しても、得られた固相分には未だ多くの処理溶液が含まれており、この処理溶液には溶出した糖質や金属元素のほか、未反応フェノールや酸が溶解しているので、これらの不純物を完全に除去してリグニンの純度を高めるために洗浄工程が必要である。その洗浄工程として、代表的には水洗処理がある。水洗処理としては、得られた固相分をこれよりも十分に多くの量の水に再度混合分散させた後に、濾過等を行って脱水したり、通水洗浄したりできる。また、固相分を水酸化ナトリウムや炭酸ナトリウムなどのアルカリ溶液中に混合分散して酸を中和処理することも好適である。中和処理は必須ではないが、酸を有効に除去できる点で有用である。中和処理もアルカリ溶液中に固相分を分散して行なうので、そのまま乾燥するのでは水分過多状態となり多くの時間とエネルギーコストを要する。そこで、余分な水分を除去するために中和処理後に濾過処理することが好ましい。本第1の実施方法では、精製工程によって糖質を確実に除去できているので、中和処理を行なってもフェノール化リグニンが濾紙に目詰まりすることなく良好に自然濾過することができる。これは、固相分に糖質が残存していると、当該糖質がフェノール化リグニンに付着して親水性となる。そして、中和処理にてpHが上昇すると、アルカリ領域で溶融する性質のフェノール化リグニンはその粒が細かくなると考えられる。そのために、従来方法ではフェノール化リグニンが濾紙に目詰まりするので濾過が不可能であった。
【0039】
また、確実に不純物を除去するため、洗浄工程は複数の処理ステップを経て行うことが好ましい。この場合、中和処理を複数回のステップで行うよりも水洗処理を複数回のステップで行う方が好ましい。中和処理ステップと水洗処理ステップとを併用する場合は、その順序はとくに限定されないが、水洗処理ステップ−中和処理ステップ−水洗処理ステップで行なうと、効率よく不純物を除去できる。
【0040】
[乾燥工程]
洗浄工程により不純物を洗浄できたら、必要に応じて余分な水分を除去するため乾燥することで、リグノセルロース物質から単離された純度の高いフェノール化リグニンを得ることができる。この場合は、上述のように濾過処理を行なっておくとよい。乾燥方法としては、自然乾燥でもよくファンなどによる送風乾燥でもよい。送風乾燥の場合は、冷風乾燥や温風乾燥でもよいが、リグニンの変性のおそれから熱風乾燥は避けた方がよい。但し、この乾燥工程は必須の工程ではなく、固液分離後、もしくは洗浄工程後の固相分をそのまま接着剤等に応用することも考えられる。
【0041】
<第2の実施方法>
本発明のフェノール化リグニンは、上記第1の実施方法のほか、図2のフローに示すような第2の実施方法によっても得ることができる。第1の実施方法と第2の実施方法とでは、濃酸処理による抽出工程を行うまでは同様であるが、その後一旦固液分離して洗浄工程を経た未精製(粗)フェノール化リグニンを得た後に、当該未精製フェノール化リグニンを精製工程で精製している点が異なる。さらに、固液分離方法や洗浄方法も先の第1の実施方法と同様に行うことができるが、第2の実施方法では精製工程を高温条件下の熱水により処理する熱水処理工程である点が、先の第1の実施法方法と大きく異なる点である。したがって、以下では、第1の実施方法と異なる精製工程(熱水処理工程)を中心に説明する。
【0042】
第2の実施方法での熱水処理温度は、第1の実施方法での精製工程の熱処理温度よりもさらに高い120〜130℃の範囲で行っている。これにより、リグノセルロース物質中のセルロースは酸を添加しなくても的確に加水分解されることになり、確実にセルロースとリグニンとを分離させることができる。また、高温加熱により水中での熱運動が活発となり、金属元素も水溶液中に遊離し易い環境になる。さらに、酸を添加していないので水中に溶出した糖分が炭化するおそれもない。
【0043】
この熱水処理温度は水の沸点よりも高いので高圧条件下で行う必要があり、耐熱耐圧容器内で行う。熱水処理温度が120℃より低いとセルロースを加水分解しきれないおそれがある。一方、熱水処理温度が130℃より高いとフェノール化リグニンが変性するおそれがあり、フェノール化リグニンが変性しないとしてもエネルギーコストの無駄となる。
【0044】
精製工程の後は、再度洗浄工程を経たうえで、必要に応じて濾過、乾燥してフェノール化リグニンを得ることができる。なお、精製工程では酸を使用していないので、精製工程後の洗浄工程では必ずしも中和処理を行なう必要はない。
【0045】
なお、上記第1の実施方法と第2の実施方法とを組み合わせて、第1の実施方法で得られたフェノール化リグニンを、さらに第2の実施方法における精製工程で処理することも考えられる。
【0046】
(実施例1)
実施例1は、本発明の第1の実施方法に係る実施例であり、そのフローを図3に示す。図3に示されるように、実施例1では、抽出工程と精製工程とを同じ容器内で行う連続方式である。実施例1での原料となるリグノセルロース物質には、成長が早い植物として知られるケナフを使用した。そして、フィノール化リグニンの精製に当たっては、ケナフの靭皮を除去した芯材(ケナフコア)を、長径2mm以下の大きさに粉砕したものを15kg用意した。また、酸として硫酸を、フェノール誘導体としてフェノールを使用した。
【0047】
まず、70%硫酸溶液75kgに、ケナフコアに対して12重量%相当のフェノール1.8kgを添加し45℃に加熱しながら30分攪拌して、フェノールを硫酸溶液に完全に溶解させた処理溶液を調整した。そして、耐酸材(Ni-Mo合金)製タンク内で処理溶液に原料としてのケナフコア15kgを混入し、45℃に保温しながら30分間攪拌して抽出工程を行った。次いで、新たに所定量の水を添加して処理溶液の硫酸濃度を30%に希釈し、これを95℃にまで加熱維持しながら、4時間攪拌して精製工程を行った。
【0048】
次いで、精製工程後の固相分(フェノール化リグニン)をフィルタープレスろ過により固液分離し、固相分を得る。得られた固相分を、重量比で4倍程度の水に固相分を混合分散させ、再度フィルタープレスにより固液分離して水洗処理を行った。次いで、今度は重量比で4倍程度の10%水酸化ナトリウム水溶液に混合分散させ、自然濾過により固液分離して中和処理を行った。これにより得られた固相分を自然乾燥し、精製フェノール化リグニンを得た。
【0049】
(実施例2)
実施例2は、本発明の第1の実施方法に係る別実施例であり、そのフローを図4に示す。実施例2は、抽出工程と精製工程とを異なる容器内で行うバッチ方式であり、図4に示されるように、抽出工程から精製工程へ移行する前に固液分離を行っている。これは、抽出工程で使用する容器の容積が小さいため、若しくは一度の処理量を多くするため、抽出工程での処理溶液にそのまま水を添加して希釈すると、処理溶液が容器から溢れてしまうような場合に、有用である。
【0050】
まず、実施例2でも、先の実施例1と同じ原料及び処理溶液を使用して、実施例1と同様に抽出工程を行った。そして抽出工程の後、関西遠心分離機株式会社製の遠心分離装置にて1500Gで15分間遠心分離して固液分離し、一旦脱水ケーキ状の固相分(未精製フェノール化リグニン)を分取した。この固相分は、乾燥重量換算で3.6kgであった。次いで、得られた脱水ケーキ状の固相分を抽出工程とは別の耐酸材製タンク内に入れ、同時に適量の70%硫酸および水と、フェノール1.8kgを混入して、硫酸濃度30%、固相分10w/vol%の未精製フェノール化リグニン水分散液を調製した。これを95℃に加熱維持しながら4時間攪拌して精製工程を行った。精製工程後は、実施例1と同様に固液分離、洗浄工程、濾過及び乾燥を経て精製フェノール化リグニンを得た。
【0051】
(実施例3)
実施例3は、本発明の第2の実施方法に係る実施例であり、そのフローを図5に示す。実施例3でも、先の実施例1と同じ原料及び処理溶液を使用した。そして、精製工程以外、すなわち抽出工程、固液分離、洗浄工程、及び乾燥を実施例1と同様に行って、図5に示されるように、一旦未精製のフェノール化リグニンを得た。
【0052】
次いで、得られた未精製フェノール化リグニンを再度水に分散させて、固相分15w/vol%の未精製フェノール化リグニン水分散液10Lを調製した。この未精製フェノール化リグニン水分散液を5Lずつ2つのSUS304製タンクに分け、それぞれを滅菌用オートクレーブに入れて、125℃で5時間加熱処理して精製工程を行った。精製工程後、デカンテーションにより上澄みを固液分離し、水洗した。水洗工程を2回繰り返してから、最後に固相分を乾燥して、精製フェノール化リグニンを得た。
【0053】
上記実施例1ないし実施例3に対して、後述の試験で比較検討するために以下の比較例1および比較例2を得た。
【0054】
(比較例1)
本比較例1は、上記特許文献1に記載された発明に相当するものであり、先の実施例1において精製工程を除いた製造方法により作製した。つまり、原料として長径2mm以下に粉砕したケナフコアを使用し、これを硫酸及びフェノールで処理した。具体的には、ケナフコア15kgを、70%硫酸溶液75kgとフェノール1.8kgとを混合した処理溶液で45℃で30分攪拌して抽出工程を行った。次いで、精製工程を行うことなくフィルタープレスして固液分離し、得られた固相分を重量比で4倍程度の水で水洗し、さらに固液分離後重量比で4倍程度の10%水酸化ナトリウム水溶液で中和した。最後に、得られた固相分を自然乾燥して比較例1としてのフェノール化リグニンを得た。
【0055】
(比較例2)
本比較例2は、上記特許文献2に記載された発明に相当するリグノクレゾールを用いた。
【0056】
<溶剤溶解率試験>
本発明の第1の実施方法における精製工程の処理条件を算定するため、処理溶液の酸濃度の相違による溶剤溶解率変化を測定した。溶剤としてTHF(テトラヒドロフラン、別名テトラメチレンオキシド)を用い、処理温度98℃、処理時間120分でリグニンを硫酸濃度が20%、30%、40%の溶液でそれぞれ処理した溶剤溶解率を測定した。その結果を図6に示す。なお、その際の溶解度は以下の手順によって測定した。
A.風袋重量測定
105℃で1時間以上乾燥後デシケーターで放冷したアルミカップの恒量(V0)を測定。
B.リグニンの秤取
蓋付遠心管にリグニン約0.5gを入れ、そのリグニンの重量(M0)を精秤。
C.溶剤の秤取
THF10ml(重量S0)をリグニンを入れた蓋付遠心管に入れる。
D.リグニンの溶解
リグニンとTHFが入った蓋付遠心管を軽く振り、塊が無くなったことを確認してから超音波処理(水温25℃に設定)を60分間行う。その後、3500rpmで15分間遠心分離して固液分離する。
E.溶剤溶解リグニンの秤量
遠心分離した蓋付遠心管からホールピペットで上澄み5mlを、上記Aのアルミカップへ入れ、その重量を測定(重量S1)。
F.固相分の算出
上記Eのアルミカップ中の溶剤をドラフト内で約1時間揮発させる。次いで105℃に加熱してある乾燥炉にアルミカップを入れて3時間加熱後、デシケーター内で放冷し精秤。その重量からアルミカップ恒量V0を引いて蒸発残量をM1とする。
G.溶解率の算出
(M1/S1)/(M0/S0+M0)×100(%)の計算式により、溶剤溶解率を算出した。
【0057】
図6から明らかなように、硫酸濃度が20〜40%であれば溶剤溶解率が60%超と良好であった。したがって、この酸濃度の範囲において本発明の第1の実施方法における精製工程を行うことが好ましいことがわかる。なかでも、硫酸濃度が30%の場合の溶剤溶解率が特に高いことから、硫酸濃度30%で処理することが最も好ましいことがわかった。また、図6の理論曲線は、硫酸濃度30%を頂点とした山形曲線となる。したがって、硫酸濃度が20%未満や40%より高いと、あまり高い処理効率が期待できないことが推測される。
【0058】
<金属元素含有量測定試験>
本発明で得られたリグニンの純度を確認するため、リグノセルロース物質中に含まれている金属元素含有量と、リグノセルロース物質から単離したフェノール化リグニン中の金属元素含有量とを測定した。まず、リグノセルロース物質の種類によって、各種金属元素がどの程度含まれているかを比較するため、ケナフコア、マオコア、杉木粉それぞれの金属元素含有量を測定した。その結果を図7に示す。なお、その際の測定方法は、各種原料を硝酸と硫酸によって有機物を分解後、ICP発光分析法により測定した。
【0059】
図7より、ケナフ、マオ、及びスギの中では、ケナフが最も種々の金属元素を多く含んでいる、すなわち不純物が多いことがわかった。そこで、不純物の多いケナフを原料としてリグニンを単離した場合、その製造方法の相違、すなわち実施例1、比較例1及び比較例2によって得られたフェノール化リグニン中の金属元素含有量がどの程度異なるかを測定した。その結果を図8に示す。
【0060】
図7と図8との比較から明らかなように、実施例1、比較例1及び比較例2ともに原料からフェノール化リグニンを単離したとき、不純物である金属元素は大幅に減少している。さらに、図8を検討すると、精製工程を行っていない比較例1に対して、精製工程を行った実施例1は全ての金属元素の含有量が少なく、精製工程の効果が確認できた。また、有機溶剤により精製工程を行っている比較例2と対比しても金属元素の含有量は遜色なく、CaやMgに至っては比較例2より大幅に減少していることがわかる。
【0061】
<フェノール化リグニンの純度解析試験>
次に、本発明の第2の実施方法における精製工程の効果をIRチャートにて検討した。まず、比較例1のフェノール化リグニンのIRチャートをFT−IR(ATR法)にて測定した。その結果を図9(A)に示す。また、本発明の第2の実施方法と同様の方法によって得た未精製フェノール化リグニンを10倍重量の水に分散し、80℃(試験例1)、105℃(試験例2)、115℃(試験例3)、125℃(試験例4)にて2時間加熱処理した。処理後の各スラリーを乾燥して得られたフェノール化リグニンのIRチャートをFT−IR(ATR法)にて測定した。試験例4が上記実施例3に相当する。試験例1の結果を図9(B)に、試験例2の結果を図9(C)に、試験例3の結果を図10(D)に、試験例4の結果を図10(E)にそれぞれ示す。また、参考として、セルロースのIRチャートを図10(F)に示す。なお、本試験でのFT−IRの計測条件は以下の通りである。
前処理:メノウ乳鉢にて微粉化
方 法:全反射式ATR法
装 置:Spectrum One(PERKIN ELMER社製)
【0062】
図9(A)と図9乃至図10の(B)〜(E)とを対比すると、熱水処理条件による吸収ピーク位置の差はほとんど認められない。したがって、試験例4ほどの高温高圧条件で熱水処理しても、フェノール化リグニンは変性していないことがわかる。また、図9乃至図10の(B)〜(E)を見ると、処理温度の上昇に伴って1030cm−1付近での吸収ピークがシャープになっている。この1030cm−1付近の吸収ピークは、図10(F)から明らかなようにセルロースの吸収ピークと一致する。これにより、高温高圧処理によってセルロースが更に加水分解したことが考えられ、多糖が単糖にまで低分子化されたことがわかる。また、各試験例の熱水処理後、フェノール化リグニンが沈殿し易くなっていた。これは、セルロースの加水分解により、フェノール化リグニンに絡みついたセルロースが効率よく分離されたためと考えられる。
【0063】
<SOxガスの定量>
フェノール化リグニン中に不純物として硫黄分(S)が含まれていると、フェノール化リグニンを使用した製品の加熱成形時に、大気汚染の原因の1つとなるSOxガスが発生するという問題を生じる。そこで、得られたフェノール化リグニンを加熱したときのSOxガスの発生量を比較検討した。
【0064】
試験試料として、実施例1、及び比較例1と比較例2のフェノール化リグニンを使用した。そのSOxガス定量手順と条件は次のとおりである。
まず、以下の条件にて各試料を管状炉加熱法により加熱した。
試料採取量:0.5g粉末(ガラスボート使用)
キャリアガス:乾燥空気
加熱温度 :200℃
加熱時間 :1時間
ガス流量 :15ml/分
このとき発生したSOxガスを希薄な過酸化水素水に吸収し、その吸収液をさらに加熱してSOxをSO42−として、50mlの検液とした。そして、IC7000型イオンクロマトグラフ(横河アナリティカルシステムス社製)により、この検液中のSO42−をイオンクロマト法により定量し、試料から発生したSO42−量として算出した。その結果を表1に示す。
【0065】
【表1】
【0066】
表1において実施例1と比較例1と比べると、実施例1の方が大幅にSO42−発生量が減少しており、しかも殆ど計測されないほど微量であることがわかる。また、精製工程を行っている比較例2と比べても、実施例1の方がSO42−発生量が少ないことがわかる。したがって、有機溶剤を使用せずに精製工程及び洗浄工程を行っても、確実にフェノール化リグニン中の硫黄分を除去でき、このフェノール化リグニンを使用すれば、これを用いた製品を加熱成形しても大気汚染を有効に防止することができることがわかった。
【0067】
<濾過性試験>
実施例1と比較例1における中和処理後の濾過性を対比した。また、参考例として、実施例1において中和処理する前の分散液(参考例1)と、比較例1において中和処理する前の分散液(参考例2)との濾過速度も測定した。その結果を表2に示す。なお、表2における濾過速度の単位「l/h・m2」は、濾過面積1m2の濾布で1時間濾過したときの滴下流量(l)を意味する。
【0068】
【表2】
【0069】
表2の結果において参考例1と参考例2とを対比すると、精製工程を経ている参考例1の方が濾過速度が速い。これにより、精製工程によって糖質などの不純物が確実に低減できていることがわかる。また、中和処理を行なった実施例1と比較例1とを対比すると、精製工程を経ていない比較例1では濾過が不能であったことに対し、精製工程を経ている実施例1では濾過が可能であった。これにより、精製工程を経ていれば、中和によりpHが上昇しても濾過が可能であり、効率的な乾燥が可能であることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】第1の実施方法の概念フロー図である。
【図2】第2の実施方法の概念フロー図である。
【図3】実施例1のフロー図である。
【図4】実施例2のフロー図である。
【図5】実施例3のフロー図である。
【図6】溶剤溶解率試験結果を示すグラフである。
【図7】リグノフェノール物質中の金属元素含有量を示す棒グラフである。
【図8】フェノール化リグニン中の金属元素含有量を示す棒グラフである。
【図9】フェノール化リグニンのIRチャートである。
【図10】フェノール化リグニン等のIRチャートである。
【図11】従来技術の概念フロー図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェノール誘導体の存在下でリグノセルロース物質を濃酸処理する抽出工程と、該抽出工程の後にフェノール誘導体の存在下で希酸溶液で熱処理する精製工程とを有することを特徴とするフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項2】
前記抽出工程での酸濃度が、60〜80%であることを特徴とする請求項1に記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項3】
前記精製工程での酸濃度が20〜40%であり、かつ熱処理温度が90〜100℃であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項4】
フェノール誘導体の存在下でリグノセルロース物質を濃酸処理する抽出工程と、該抽出工程後に固液分離し、得られた固相分中の不純物を除去する洗浄工程と、洗浄後の固相分を熱水処理する精製工程とを有することを特徴とするフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項5】
前記熱水処理温度が、120〜130℃であることを特徴とする請求項4に記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項6】
前記精製工程後に固液分離し、得られた固相分中の不純物を除去する洗浄工程を有することを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項7】
前記洗浄工程は中和処理を含み、該中和処理の後に濾過処理を行なうことを特徴とする請求項6に記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項8】
前記洗浄工程は、複数の処理ステップを含むことを特徴とする請求項6または請求項7に記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項1】
フェノール誘導体の存在下でリグノセルロース物質を濃酸処理する抽出工程と、該抽出工程の後にフェノール誘導体の存在下で希酸溶液で熱処理する精製工程とを有することを特徴とするフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項2】
前記抽出工程での酸濃度が、60〜80%であることを特徴とする請求項1に記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項3】
前記精製工程での酸濃度が20〜40%であり、かつ熱処理温度が90〜100℃であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項4】
フェノール誘導体の存在下でリグノセルロース物質を濃酸処理する抽出工程と、該抽出工程後に固液分離し、得られた固相分中の不純物を除去する洗浄工程と、洗浄後の固相分を熱水処理する精製工程とを有することを特徴とするフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項5】
前記熱水処理温度が、120〜130℃であることを特徴とする請求項4に記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項6】
前記精製工程後に固液分離し、得られた固相分中の不純物を除去する洗浄工程を有することを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項7】
前記洗浄工程は中和処理を含み、該中和処理の後に濾過処理を行なうことを特徴とする請求項6に記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項8】
前記洗浄工程は、複数の処理ステップを含むことを特徴とする請求項6または請求項7に記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2008−162997(P2008−162997A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−98560(P2007−98560)
【出願日】平成19年4月4日(2007.4.4)
【出願人】(000110321)トヨタ車体株式会社 (1,272)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年4月4日(2007.4.4)
【出願人】(000110321)トヨタ車体株式会社 (1,272)
【Fターム(参考)】
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