説明

フェロモン物質としてカルボン酸を有する害虫用徐放性フェロモン製剤

【課題】カルボン酸化合物をフェロモン物質として有する害虫において、防除期間を通じて、高いフェロモン放出量が得られる除放性フェロモン製剤を提供する。
【解決手段】本発明は、放出するためのカルボン酸化合物と、該カルボン酸化合物を透過可能なエチレン−酢酸ビニル共重合体の膜を備え、フェロモン物質として(上記)カルボン酸化合物を有する害虫を対象とする徐放性フェロモン製剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェロモン物質としてカルボン酸化合物を有する害虫を大量誘殺や交信撹乱により防除するために、フェロモン物質を空気中に放散させる徐放性フェロモン製剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フェロモンを利用した防除技術を確立する上で重要なことは、大量誘殺においては野外虫を誘引するために十分な量のフェロモンを誘引源から徐放させること、交信撹乱においては、交信撹乱を引き起こすのに十分な量のフェロモンを防除の対象とする圃場全体に漂わせることである。通常、害虫の発生期間は春から秋と長期にわたるため、フェロモン物質を担持させた徐放性フェロモン製剤より徐々にフェロモン物質を放出させることで、発生期間を通じての大量誘殺及び交信撹乱が可能となる。そのため、フェロモンを利用した防除技術確立のためには、対象害虫の徐放性フェロモン製剤の開発が極めて重要である。
【0003】
徐放性フェロモン製剤は有効成分の一定量の放出を長期間にわたり持続させるために、ゴム、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレンを90質量%以上含むエチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリ塩化ビニル等の放出量制御機能を有する物質からなるキャップ、細管、ラミネート製の袋、カプセル等の容器に封じて用いられる(特許文献1)。中でもポリエチレンに代表されるポリオレフィン系プラスチックは、性状の異なるグレードが多種多様に存在するため材料としての選択の幅が広く、かつ、汎用であるため価格も低い。また、成形性が優れており、押出成形、フィルム成形、延伸成形、射出成形等、幅広い成形が可能で、機械的強度、特に低温時の機械的強度が優れているため気温の低い時期や地域での使用に適している。更に、鱗翅目害虫のフェロモン物質の多くが属するアルデヒドやアセテート化合物は、ポリエチレン膜を使用した徐放性フェロモン製剤を使用することで、防除効果を得ることが可能である(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−69936号公報
【特許文献2】特開昭57−009705号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは、カルボン酸化合物のような高極性物質は、ポリエチレン膜を使用したプラスチック容器からはほとんど放出されないことを見出した。しかし、大量誘殺や交信撹乱を起こすためには、徐放性フェロモン製剤からの高い放出量を維持することが必要であるため、フェロモン物質としてカルボン酸化合物を有する害虫の徐放性フェロモン製剤が望まれている。本発明は、カルボン酸化合物をフェロモン物質として有する害虫において、防除期間を通じて、高いフェロモン放出量が得られる除放性フェロモン製剤を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、当初、カルボン酸化合物が水素結合による二量体形成又は脱水により酸無水物を形成して、沸点が上昇したためにポリエチレン膜の透過性が低くなった可能性を考えた。しかし、更に検討を進めると、透過性の違いは、アルデヒドやアセテート化合物がポリエチレン膜と相溶性や親和性が良く、カルボン酸化合物がポリエチレン膜との相溶性や親和性が極めて悪いことに起因することを見出した。本発明者らは、エチレン−酢酸ビニル共重合体(以下、「EVA」とも記載する。)、特に酢酸ビニル含有率が高いEVAを用いることで、カルボン酸化合を長期間にわたり一定の放出量が得られることを見出し、本発明の完成に至った。
本発明は、放出するためのカルボン酸化合物と、該カルボン酸化合物を透過可能なエチレン−酢酸ビニル共重合体の膜を備え、フェロモン物質として上記カルボン酸化合物を有する害虫を対象とする徐放性フェロモン製剤を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の徐放性フェロモン製剤によれば、カルボン酸化合物をフェロモン物質として有する害虫をフェロモン製剤によって防除することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の徐放性フェロモン製剤の防除の対象は、カルボン酸化合物をフェロモン物質として有する害虫であれば特に限定されないが、例えば鱗翅目、甲虫目、膜翅目昆虫が挙げられる。具体的には、California prionus(Prionus carifonicus), ヒメマルカツオブシムシ(Anthrenus verbasci)、ヒメカツオブシムシ(Attagenus unicolor)等である。
【0009】
徐放性フェロモン製剤に含まれ、放出されるカルボン酸化合物は、防除の対象となる害虫のフェロモン物質である。フェロモン物質であるカルボン酸化合物は、カルボキシル基を有する化合物であれば特に限定されないが、例えば、炭素骨格中に複数のメチル基を有するものや、二重結合を有するもの等が挙げられる。具体的には、3,5−ジメチルドデカン酸、Z−5−ウンデカン酸、E−5−ウンデカン酸、(E,Z)−3,5−テトラデカン酸等である。
【0010】
徐放性フェロモン製剤は、カルボン酸化合物を透過可能なEVAの膜を備える。EVAは、放出性能及び加工性の観点から、その共重合体における酢酸ビニル含有量は、好ましくは4〜20質量%、特に好ましくは10〜15質量%である。その共重合体におけるエチレン含有量は、好ましくは80〜96質量%、特に好ましくは85〜90質量%である。なお、酢酸ビニル含有量は、共重合体中の酢酸ビニル由来の繰り返し単位の含有量である。
酢酸ビニル含有量が4質量%より少ない場合は、EVAの膜厚を薄くしても、フェロモン物質の膜中の透過速度が遅く、適当な放出速度が得られない恐れがある。一方酢酸ビニル含有量が20質量%を超えるとポリマー自体の剛性が小さくなり、製剤への加工が出来ない恐れがある。
EVAの分子量は、特に限定されないが、放出性能及び加工性を考慮して、ポリスチレン換算のゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)に基づく重量平均分子量分子量(Mw)は、50,000〜500,000が好ましい。
【0011】
カルボン酸化合物を透過可能なEVAが、徐放性フェロモン製剤の膜を形成すれば、その膜を通してカルボン酸化合物を圃場等の外部に徐放することができる。EVAの膜は、徐放性フェロモン製剤の容器全体であってもよいし、容器の壁部分等の容器の一部であってもよい。容器の一部がEVAの膜であれば、その膜を通してカルボン酸化合物の放出が可能であり、容器の他の一部が例えばポリエチレンの膜であれば、カルボン酸化合物以外のフェロモン物質を同時に放出可能である。
カルボン酸化合物以外のフェロモン物質としてカルボン酸と併用できる化合物は、カルボン酸との反応性・分解性が高いものでなければ特に限定されず、アルデヒド化合物、アセテート化合物、アルコール化合物、ケトン化合物、炭化水素化合物等が挙げられる。
【0012】
カルボン酸化合物を封入する製剤の形状は、膜透過タイプのフェロモン製剤が好ましく、チューブ、カプセル、アンプル又は袋状が例示される。各製剤における担持量としては30〜1000mg、好ましくは50〜500mgである。特に、チューブタイプのものは放出均一性の観点から、内径0.5〜2.5mmの範囲、表面積が600〜4000mm、膜厚が0.20〜0.75mmの範囲のものが好ましい。
【0013】
カルボン酸化合物を紫外線からの劣化を防止する観点から、カルボン酸化合物の質量に対して、合計で、好ましくは3質量%以下、より好ましくは1質量%以下の酸化鉄、酸化クロム、酸化チタン、カーボンブラック等の無機着色剤又は多環式系顔料やアゾ系顔料等の有機着色剤を添加しても良い。
【0014】
更には、使用中でのポリマーの劣化を防止するために、フェノール系酸化防止剤、硫黄系酸化防止剤、リン系酸化防止剤等の酸化防止剤又はベンゾトリアゾール系、ベンゾフェノン系等の紫外線吸収剤等の安定剤を加えても良い。また、加工性向上のために、高級脂肪酸の金属塩や無機粉末等のブロッキング防止剤や、炭化水素、アルコール類、高級脂肪酸、エステル類、多価アルコール部分エステル、高級脂肪酸金属塩、天然ワックス、脂肪酸アミド、ポリマー等の滑剤を加えても良い。
【0015】
徐放性フェロモン製剤は、ブロー成形、押し出し成形等により成形した容器に液状のフェロモン物質を充填して封入することによって得られる。また、場合によっては成形と同時に空気を押し出す経路と同じ経路を使って液状のフェロモン物質を充填して封入する方法等がある。
【実施例】
【0016】
以下、本発明の実施例及び比較例を詳細に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
実施例1〜6及び比較例1
酢酸ビニルを4質量%含有するエチレン−酢酸ビニル共重合体からなる内径0.6mm、肉厚(膜厚)0.2mmを持つチューブを加工温度150〜200℃にて押出成型により作成した(実施例1)。3,5−ジメチルドデカン酸50mgに加え、安定剤としてDBH(5‐ジ‐tert‐ブチルハイドロキノン)及びHBMCBT(2-(2'-ヒドロキシ−3'-t−ブチル−5'-メチルフェニル)-5−クロロベンゾトリアゾール)をそれぞれ2質量%含有する混合物をチューブの一端より注入し、両端を高周波過熱しながら加圧して液体を封じ、溶接部分を切断して長さ20cmの徐放性フェロモン製剤を作製した。
また、酢酸ビニルを10質量%、15質量%及び20質量%含有するEVAを用いて押出成型した内径0.6mm、膜厚0.2mmを持つチューブ(実施例2、3、6)と、酢酸ビニルを15質量%含有するEVAを用いて押出成型した内径0.6mm、膜厚0.4mmを持つチューブ(実施例4)と、15質量%含有するEVAを用いて押出成型した内径0.6mm、膜厚0.6mmを持つチューブ(実施例5)を用いて、同様に徐放性フェロモン製剤を作製した。
更に、高密度ポリエチレン(HDPE)を用いて押出成型した内径0.6mm、膜厚0.2mmを持つチューブ(比較例1)を用いて、同様に徐放性フェロモン製剤を作製した。
これらを風速0.3m、温度30℃を保った恒温槽に設置し、120日間各製剤からの放出速度を測定した。
【0017】
【表1】

【0018】
【表2】

【0019】
徐放性フェロモン製剤の材質に含まれる酢酸ビニル含有率が0質量%の高密度ポリエチレンでは、ほとんど3,5−ジメチルドデカン酸は放出されなかったが、含有率が上がるに従って放出速度が増加した。これは、カルボン酸化合物はポリエチレンを透過しにくいために、製剤からの放出量が少ないのに対して、樹脂に酢酸ビニルを混合したEVAでは、製剤膜を透過しやすくなるために放出量が多くなったと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放出するためのカルボン酸化合物と、該カルボン酸化合物を透過可能なエチレン−酢酸ビニル共重合体の膜を備え、フェロモン物質として上記カルボン酸化合物を有する害虫を対象とする徐放性フェロモン製剤。
【請求項2】
上記エチレン−酢酸ビニル共重合体が、4〜20質量%の酢酸ビニル含有量を有する請求項1に記載の徐放性フェロモン製剤。
【請求項3】
カプセル、アンプル又はボトル状の形状を有する請求項1又は2に記載の徐放性フェロモン製剤。

【公開番号】特開2012−126692(P2012−126692A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−281579(P2010−281579)
【出願日】平成22年12月17日(2010.12.17)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】