説明

フッ化水素の定量方法、電解液の評価方法

【課題】測定の際に水を使用すること無く、室温で簡便に行うことができるフッ化水素の定量方法を実現する。
【解決手段】本発明のフッ化水素の定量方法は、有機溶媒溶液中のフッ化水素の含有量を定量する方法であり、内部標準物質を用いて19F−NMR測定により定量を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機溶媒溶液中のフッ化水素の含有量を定量する方法、並びに当該方法により電解液を評価する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リチウム電池において、イオン導電性を付与する電解液として、電解質を有機溶媒に溶解した溶液が一般に用いられている。このような有機溶媒にはカーボネート類、エーテル類、カルボン酸エステル類が用いられており、電解質には主にフッ素化合物のリチウム塩類が用いられている。
【0003】
これらの電解質は、フッ化水素等の種々の酸性不純物を含有しており、中でもヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF)等は溶媒に含まれる水分により、例えば、下記式
LiPF → LiF + PF
PF + HO → 2HF + OPF
のように容易に加水分解して、フッ化水素等の酸性不純物を生成する。
【0004】
このようなフッ化水素を含有した電解液をリチウム電池に使用すると、正極、負極、溶媒と反応し、電池の放電容量の低下、内部抵抗の増大、サイクル寿命の低下等種々の問題を引き起こす。
【0005】
このような電解液中のフッ化水素を定量する方法としては、滴定法やイオンクロマトグラフィ法が知られている(例えば、特許文献1〜5参照)。
【特許文献1】特開平10−92468号公報(1998年4月10日公開)
【特許文献2】特開2000−211907号公報(2000年8月2日公開)
【特許文献3】特開平5−315006号公報(1993年11月26日公開)
【特許文献4】特開2006−79953号公報(2006年3月23日公開)
【特許文献5】特開2002−195992号公報(2002年7月10日公開)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1〜5に記載の方法では水を必須に使用する必要があり、電解質であるLiPFは、加水分解によりフッ化水素を生じるため、正確にフッ化水素を定量することが困難であるという問題を生じる。また、フッ化水素の沸点は低いため、正確にフッ化水素を定量するためには、上記特許文献1〜5に記載の方法では低温で行う必要があった。更には、LiPFの分解を抑える観点からも低温で行う必要があった。
【0007】
尚、特許文献4には、希釈溶液中では遊離酸は安定であると記載されているが、希釈する際にLiPFが分解している可能性は捨てきれない。
【0008】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、測定の際に水を使用すること無く、室温で簡便に行うことができるフッ化水素の定量方法、並びに当該定量方法を用いた電解液の評価方法を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記課題を解決するために、本発明者は、水を使用することなく室温で簡便に測定することができるフッ化水素の定量方法について、鋭意検討を行った。
【0010】
その結果、所定の内部標準物質を用いて、従来フッ化水素の定量分析には使用されていなかった19F−NMR測定を行うことにより、電解液中に含まれるフッ化水素を定量できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明に係るフッ化水素の定量方法は、上記課題を解決するために、有機溶媒溶液中のフッ化水素の含有量を定量する方法であり、内部標準物質を用いて19F−NMR測定によりフッ化水素の定量を行うことを特徴としている。
【0012】
上記方法によれば、19F−NMR測定により定量を行うため、水を使用せずに測定を行うことができ、また、測定液をサンプルチューブ内に密封した状態で定量を行うことができる。このため、有機溶媒溶液中に加水分解によりフッ化水素を生じる物質を含む場合であっても、サンプリングの際に、サンプルチューブ内の水分を管理さえすれば、その後水分を管理する必要は無い。また、フッ化水素が蒸発により測定液から減少することを抑制することができ、LiPF等の電解質が分解することをを防ぐことができるため、低温で測定を行う必要が無い。
【0013】
従って、上記方法によれば、水を使用すること無く、室温で簡便にフッ化水素の定量を行うことができるという効果を奏する。
【0014】
更には、滴定法やイオンクロマトグラフィ法では遊離酸を測定しているのに対して、上記方法ではフッ化水素を直接測定することができるため、より正確にフッ化水素の定量を行うことができる。
【0015】
本発明に係るフッ化水素の定量方法では、上記内部標準物質として下記式(1)
R−F …式(1)
(式(1)中、Rは、アルキル基、アリール基、又はアルケニル基を示し、これらの一部又は複数箇所の原子がハロゲン、アミノ基、イミノ基、ニトリル基、水酸基、カルボニル基、スルホニル基、又はシリル基で置換されていてもよい)
で表される化合物を用いることが好ましい。
【0016】
上記方法によれば、上記内部標準物質の化学シフト値が、フッ化水素の化学シフト値に近いため、測定精度をより高くすることができる。
【0017】
本発明に係るフッ化水素の定量方法では、上記有機溶媒溶液は電解液であることが好ましい。
【0018】
上記方法によれば、電池の劣化の原因となる電解液中のフッ化水素の含有量を、簡便に定量することができる。
【0019】
本発明に係るフッ化水素の定量方法では、上記電解液に、電解質として下記式(2)
LiAF …式(2)
(式(2)中、Aは、元素周期表の13〜15族の元素を示し、nは4〜6の整数値を示す)
で表される化合物を含むことが好ましい。
【0020】
上記方法によれば、水を使用することなく、測定液をサンプルチューブに入れ密封した状態で定量を行うことができるため、測定の際に水分を厳密に管理すること無く、LiAFから生じる、AFが加水分解によりフッ化水素を生じることを抑制することができる。このため、測定の際に水分を厳密に管理すること無く、正確にフッ化水素を定量することができる。
【0021】
本発明に係るフッ化水素の定量方法では、式(2)における上記Aは、P、As、Sb、又はBであることが好ましい。
【0022】
本発明に係る電解液の評価方法は、上記課題を解決するために、上記本発明に係る定量方法を用いて、電解液中のフッ化水素の含有量を求めることにより、電解液の性能を評価することを特徴としている。
【0023】
上記方法によれば、上記本発明に係るフッ化水素の定量方法により電解液の性能評価を行うため、水を使用することなく、室温で簡便に電解液の評価を行うことができるという効果を奏する。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係るフッ化水素の定量方法は、以上のように、内部標準物質を用いて19F−NMR測定によりフッ化水素の定量を行うことを特徴としている。
【0025】
このため、水を使用することなく、室温で簡便にフッ化水素の定量を行うことができるという効果を奏する。
【0026】
また、本発明に係る電解液の評価方法は、上記本発明に係る定量方法を用いて、電解液中のフッ化水素の含有量を求めることにより、電解液の性能を評価することを特徴としている。
【0027】
このため、水を使用することなく、室温で簡便に電解液の評価を行うことができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明の実施の一形態について説明すれば、以下の通りである。
【0029】
尚、本明細書では、範囲を示す「A〜B」は、A以上B以下であることを示し、「ppm」は特に断らない限り質量換算で求められる値を意味し、例えば、10,000ppmは1質量%を意味する。
【0030】
(I)フッ化水素の定量方法
本実施の形態に係るフッ化水素の定量方法は、有機溶媒溶液中のフッ化水素の含有量を定量する方法であり、内部標準物質を用いて19F−NMR測定により定量を行う。
【0031】
本実施の形態に係るフッ化水素の定量方法は、具体的には、(i)19F−NMR測定用サンプルの作製、(ii)19F−NMR測定、の順に行うことができる。以下順に説明する。
【0032】
(i)19F−NMR測定用サンプルの作製
19F−NMR測定用サンプルは、NMR用サンプルチューブに、上記有機溶媒溶液と、測定用溶媒と、内部標準物質とを入れ混合し、キャップをして密封することにより作製する。ここで、チューブ内に水分が混入することを防ぐ観点から、グローブボックス中で上記作業を行うことが好ましい。
【0033】
有機溶媒溶液中にフッ化水素を含むため、上記NMR用サンプルチューブはポリマー製のチューブを用いることが好ましい。
【0034】
上記測定用溶媒としては、重水素化アセトン、重水素化ジメチルスルホキシド、重水素化クロロホルム、重水素化メタノール、重水素化ベンゼン、重水素化アセトニトリル、重水素化テトラヒドロフラン、重水素化トルエン、重水素化ピリジン、重水素化ジメチルホルムアミドが挙げられる。
【0035】
測定用サンプル中における有機溶媒溶液の濃度は、測定溶媒中の水の影響を軽減させる観点から、5〜30体積%の範囲内とすることが好ましい。
【0036】
測定用サンプル中における内部標準物質の濃度は、内部標準物質のピーク高さを、定量するフッ化水素のピーク高さと同レベルにするという観点から、3〜7mg/mLの範囲内とすることが好ましい。
【0037】
上記有機溶媒溶液は、有機溶媒を含有する溶液であれば特に限定されない。例えば、オクタン、ヘキサン、ヘプタン、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒、ジエチルエーテル、ジブチルエーテル等のエーテル系溶媒、アセトン、メチルブチルケトン等のカルボニル系溶媒、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル系溶媒、アセトニトリル等のニトリル系溶媒等の有機溶媒を含む溶液が挙げられる。上記有機溶媒溶液は電解液であることが好ましい。
【0038】
上記電解液は、電解質と電解液用溶媒とを含む。上記電解液用溶媒としては、例えば、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート等のカーボネート系溶媒や、ジエチルエーテル、イソプロピルエーテル、ジメトキシエタン等のエーテル系溶媒や、酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル系溶媒や、アセトニトリル等のニトリル系溶媒が挙げられる。
【0039】
上記電解質としては、下記式(2)
LiAF …式(2)
(式(2)中、Aは、元素周期表の13〜15族の元素を示し、nは4〜6の整数値を示す)
で表される化合物を含むことが好ましい。
【0040】
上記化合物として例えば、LiPF、LiBF、LiSbF、LiAsF、LiCFSO、LiN(CFSO等が挙げられる。これらの中でも、LiPFが好ましい。
【0041】
上記内部標準物質としては、F原子を含む物質であれば特には限定されないが、下記式(1)
R−F …式(1)
(式(1)中、Rは、アルキル基、アリール基、又はアルケニル基を示し、これらの一部又は複数箇所がハロゲン、アミノ基、イミノ基、ニトリル基、水酸基、カルボニル基、スルホニル基、シリル基で置換されていてもよい)
で表される化合物が好ましい。
【0042】
具体的には、フルオロベンゼン、フルオロフルオレン、ヘキサフルオロベンゼン、トリフルオロメチルベンゼン、フルオロフルオレノン等のフルオロアリール化合物、フルオロエチレン、1−フルオロプロペン等のフルオロアルケン等が挙げられ、フッ化水素と化学シフト値が近い理由で、フルオロベンゼン、ヘキサフルオロベンゼン、フルオロフルオレノン等が特に好ましく、精密に重量が把握でき、サンプリングの際に蒸発し難いため、固体であるフルオロフルオレノンが最も好ましい。
【0043】
(ii)19F−NMR測定
19F−NMR測定は、従来公知の測定条件で行うことができ、例えば、室温付近の温度で、256回の積算回数で行うことができる。
【0044】
19F−NMR測定の上記結果から、内部標準物質に由来するピークとフッ化水素に由来するピーク(化学シフト:約−190ppm)との積算比から、上記有機溶媒溶液におけるフッ化水素の含有量を算出することができる。
【0045】
(II)電解液の評価方法
本実施の形態に係る電解液の評価方法は、上述した本実施の形態に係る定量方法を用いて、電解液中のフッ化水素の含有量を求めることにより、電解液の性能を評価する方法である。
【実施例】
【0046】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
〔実施例1〕
2−フルオロフルオレノン約10mgを正確に量り、1190ppmに調製したフッ酸プロピレンカーボネート溶液1.0mLを加えて溶解させた。この溶液0.9mLに重水素化アセトン0.1mLを混和させた。この溶液をポリマー製のNMR測定用試料管に適量移し、NMR測定用試料とした。JEOL製400MHzのNMR装置にて19F−NMRを測定したところ、化学シフト−190ppm付近に、1170ppmに相当するHFのピークが見られた。
【0048】
〔実施例2〕
2−フルオロフルオレノン約5mgを正確に量り、劣化させた1M LiPFプロピレンカーボネート溶液1.0mLと重水素化アセトン0.2mLとを加えて溶解させた。この溶液をポリマー製のNMR測定用試料管に適量移し、NMR測定用試料とした。JEOL製400MHzのNMR装置にて19F−NMRを測定したところ、化学シフト−190ppm付近に、910ppmに相当するHFのピークが見られた。
【0049】
〔実施例3〕
実施例2と同じ操作を行い、19F−NMRを測定したところ、化学シフト−190ppm付近に、980ppmに相当するHFのピークが見られた。このことから、本発明に係るフッ化水素の定量方法は、非常に再現性の良い分析方法であることが確認できた。
【0050】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明のフッ化水素の定量方法は、測定の際に水を使用すること無く、室温で簡便に行うことができる。このため、電解質中のフッ化水素の定量に好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機溶媒溶液中のフッ化水素の含有量を定量する方法であり、
内部標準物質を用いて19F−NMR測定によりフッ化水素の定量を行うことを特徴とするフッ化水素の定量方法。
【請求項2】
上記内部標準物質として下記式(1)
R−F …式(1)
(式(1)中、Rは、アルキル基、アリール基、又はアルケニル基を示し、これらの一部又は複数箇所の原子がハロゲン、アミノ基、イミノ基、ニトリル基、水酸基、カルボニル基、スルホニル基、又はシリル基で置換されていてもよい)
で表される化合物を用いることを特徴とする請求項1に記載のフッ化水素の定量方法。
【請求項3】
上記有機溶媒溶液は電解液であることを特徴とする請求項1又は2に記載のフッ化水素の定量方法。
【請求項4】
上記電解液は、電解質として下記式(2)
LiAF …式(2)
(式(2)中、Aは、元素周期表の13〜15族の元素を示し、nは4〜6の整数値を示す)
で表される化合物を含むことを特徴とする請求項3に記載のフッ化水素の定量方法。
【請求項5】
式(2)における上記Aは、P、As、Sb、又はBであることを特徴とする請求項4に記載のフッ化水素の定量方法。
【請求項6】
請求項3〜5の何れか1項に記載の定量方法を用いて、電解液中のフッ化水素の含有量を求めることにより、電解液の性能を評価することを特徴とする電解液の評価方法。

【公開番号】特開2010−60511(P2010−60511A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−228717(P2008−228717)
【出願日】平成20年9月5日(2008.9.5)
【出願人】(390000686)株式会社住化分析センター (72)