説明

フッ素化炭素微粒子

【課題】水中で凝集せずに分散し、分散安定性に優れたフッ素化炭素微粒子を簡単な操作で製造することができるフッ素化炭素微粒子およびその製造方法ならびに当該フッ素化炭素微粒子が用いられ、耐摩耗性に優れためっき皮膜を形成する複合めっき材料を提供すること。
【解決手段】炭素微粒子をフッ素化させるフッ素化炭素微粒子の製造方法であって、フッ素ガス雰囲気中で炭素微粒子の凝集体を0.1〜80kPaの減圧下でフッ素化させることを特徴とするフッ素化炭素微粒子の製造方法、前記製造方法によって製造されたフッ素化炭素微粒子、および前記フッ素化炭素微粒子を含有する複合めっき材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素化炭素微粒子に関する。さらに詳しくは、例えば、めっき材料、塗料、研磨剤、潤滑剤、熱交換流動媒体、樹脂や金属などとの複合材料、低誘電皮膜、エミッター材料などの電子材料、DNA担体、ウイルス捕捉用担体などの医療用材料などの用途に使用することが期待されるフッ素化炭素微粒子およびその製造方法ならびに当該フッ素化炭素微粒子を含有する複合めっき材料に関する。
【背景技術】
【0002】
一次粒子の粒子径が数ナノメートルの炭素微粒子は、その粒子の大きさを生かして種々の用途に応用することが期待されている。例えば、ナノダイヤモンド粒子に代表される炭素微粒子は、めっき皮膜や塗膜の耐摩耗性を向上させることから、めっき材料や塗料などに使用することが考えられている。
【0003】
しかし、炭素微粒子、なかでも特に一次粒子の粒子径が数ナノメートルから数十ナノメートルのダイヤモンド微粒子は、非常に強く凝集するため、通常、マイクロメートルオーダーの粒子径を有する凝集体として存在している。したがって、このように凝集した炭素微粒子は、めっき材料や塗料における分散安定性が悪いのみならず、めっき皮膜や塗膜の平滑性を阻害することから、めっき材料や塗料中でその凝集体を解砕させて均一に分散させなければならない。
【0004】
ナノダイヤモンド粒子の分散液として、水とエタノールとの混合溶媒にナノダイヤモンド粒子の凝集体を添加し、これにポリエチレングリコール単位を含有する高分子アゾ系重合開始剤を添加した後、加熱することによって得られるナノダイヤモンド粒子の分散液や、ナノダイヤモンド粒子の凝集体とポリマーとからなるミセルに硫酸ニッケルが添加されたナノダイヤモンド粒子の分散体が提案されている(例えば、特許文献1参照)。しかし、これらのナノダイヤモンド粒子の分散体には、ナノダイヤモンド粒子以外の成分が含まれており、その成分がめっき材料や塗料において不純物として作用するという欠点がある。
【0005】
また、他のナノダイヤモンド粒子の分散液として、ナノダイヤモンド粒子の凝集体と非水系液状媒体との混合物をビーズミルで湿式微粉砕することによって得られるナノダイヤモンド粒子の非水分散液が提案されている(例えば、特許文献2参照)。しかし、このナノダイヤモンド粒子の非水分散液は、ビーズミルで湿式微粉砕することによって得られるものであるため、長期間にわたる分散安定性に劣り、イオンを含むめっき材料などに使用したときに凝集が生じるという欠点がある。
【0006】
近年、フッ素化ナノダイヤモンド粒子は、精密研磨剤などとして有用であることから注目されているが、フッ素化ナノダイヤモンド粒子も例に洩れず、通常、凝集体として存在しているため、分散安定性に劣る。そこで、フッ素化ナノダイヤモンド粒子の分散安定性が改善されたフッ素化ナノダイヤモンド粒子の分散液として、フッ素化ナノダイヤモンド粒子の凝集体と20℃における粘度が2.5cP以下の液体との懸濁液を調製し、得られた懸濁液を分級し、この分級によって得られた分散液と20℃における粘度が4cP以上の液体の分散液とを混合することによって得られるフッ素化ナノダイヤモンド粒子の分散液が提案されている(例えば、特許文献3参照)。しかし、このフッ素化ナノダイヤモンド粒子の分散液には、当該分散液を製造するために粘度が異なる2種類の溶媒を必要とするとともに、その製造工程が煩雑であるという欠点があるのみならず、フッ素化ナノダイヤモンド粒子の分散液からフッ素化ナノダイヤモンド粒子を取り出すために、当該分散液から溶媒を除去し、そのフッ素化ナノダイヤモンド粒子を乾燥させたとき、当該フッ素化ナノダイヤモンド粒子が再凝集するという欠点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−150250号公報
【特許文献2】特開2005−97375号公報
【特許文献3】特開2009−190902号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前記従来技術に鑑みてなされたものであり、水中で凝集せずに分散し、分散安定性に優れたフッ素化炭素微粒子、当該フッ素化炭素微粒子を簡単な操作で製造することができるフッ素化炭素微粒子の製造方法、および当該フッ素化炭素微粒子が用いられ、耐摩耗性に優れためっき皮膜を形成する複合めっき材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、
(1)炭素微粒子をフッ素化させるフッ素化炭素微粒子の製造方法であって、フッ素ガス雰囲気中で炭素微粒子の凝集体を0.1〜80kPaの減圧下でフッ素化させることを特徴とするフッ素化炭素微粒子の製造方法、
(2)前記(1)に記載の製造方法によって得られたフッ素化炭素微粒子、および
(3)前記(2)に記載のフッ素化炭素微粒子を含有する複合めっき材料
に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、水中で凝集せずに分散するとともに、分散安定性に優れたフッ素化炭素微粒子を簡単な操作で製造することができる。また、本発明の複合めっき材料は、それに含まれているフッ素化炭素微粒子が当該めっき材料中で凝集せずに分散するとともに分散安定性に優れているので、当該めっき材料から形成されためっき皮膜は、耐摩耗性および組成の均一性に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1〜3および比較例2で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子ならびに比較例1のフッ素化させる前のナノダイヤモンド粒子の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図2】実施例1〜3および比較例2で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子ならびに比較例1のフッ素化させる前のナノダイヤモンド粒子のX線光学分光分析(XPS)によるC1sスペクトルおよびF1sスペクトルを示す図である。
【図3】実施例4で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子の分散液の超音波の照射前後の図面代用写真である。
【図4】実施例4で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子の分散液におけるフッ素化されたナノダイヤモンド粒子の粒度分布を示すグラフである。
【図5】実施例6で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子の粉末X線回折図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
一般に、炭素微粒子は、マイクロメートルオーダーの凝集体として存在している。なかでも一次粒子の粒子径が数ナノメートルから数十ナノメートルのダイヤモンド微粒子であるナノダイヤモンド粒子は、非常に強く凝集し、粒子径が数マイクロメートルの二次粒子や三次粒子のナノダイヤモンド粒子の凝集体として存在している。
【0013】
本発明者らは、炭素微粒子の凝集体、特にナノダイヤモンド粒子の凝集体を如何にして解砕し、一次粒子に近づけて水溶液中に分散させるかを技術的課題として鋭意研究を重ねたところ、驚くべきことに、特定の減圧度に減圧させたフッ素ガス雰囲気中で炭素微粒子をフッ素化させた場合には、得られるフッ素化炭素微粒子が水中で凝集せずに分散するとともに、分散安定性に優れていることが見出された。本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものである。
【0014】
本発明のフッ素化炭素微粒子の製造方法は、前記したように、炭素微粒子をフッ素化させるフッ素化炭素微粒子の製造方法であり、フッ素ガス雰囲気中で炭素微粒子の凝集体を0.1〜80kPaの減圧下でフッ素化させることを特徴とする。本発明の製造方法によって得られたフッ素化炭素微粒子は、水中で凝集せずに分散するので、例えば、めっき材料、塗料などに使用した場合であっても、均一に分散させることができ、しかも形成されためっき皮膜や塗膜は、耐摩耗性および組成の均一性に優れている。
【0015】
炭素微粒子としては、例えば、ダイヤモンド微粒子、黒鉛微粒子、フラーレン微粒子などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。前記炭素微粒子は、必要により、水素化されたものであってもよい。
【0016】
本発明の製造方法によれば、炭素微粒子のなかでも、ダイヤモンド微粒子の一次粒子が非常に強く凝集することによって形成されているナノダイヤモンド粒子の凝集体についても、水中で凝集させずに均一に分散させることができるフッ素化ナノダイヤモンド粒子を製造することができ、その水分散体は、分散安定性に優れている。ダイヤモンド微粒子は、例えば、国際公開第2007/001031号パンフレットに記載されているように、アダマンタンなどの炭素数4〜15のシクロ環を有する化合物、フラーレン、カーボンナノチューブなどの炭素原料および爆薬成分を含有する爆薬組成物を密閉容器内または水中で爆発させることによって製造することができる。
【0017】
炭素微粒子の一次粒子の粒子径は、通常、数ナノメートルから数十ナノメートルである。例えば、ダイヤモンド微粒子は、一般に衝撃圧縮法で製造されているが、その一次粒子の粒子径は、1〜30nmである。また、酸素欠如爆轟法によって得られるダイヤモンド微粒子の一次粒子の粒子径は、通常、3〜8nm程度である。これらのダイヤモンド微粒子は、一般にナノダイヤモンド粒子と称されている。
【0018】
原料として用いられる炭素微粒子の凝集体は、炭素微粒子の一次粒子が凝集した二次粒子または三次粒子であり、通常、0.1〜10μm程度の粒子径を有する。
【0019】
炭素微粒子の凝集体をフッ素化させるにあたり、炭素微粒子に水分が含まれている場合には、当該炭素微粒子をフッ素化させたときに水分とフッ素とが反応するおそれがある。したがって、炭素微粒子に水分が含まれている場合には、あらかじめ炭素微粒子を乾燥させておくことが好ましい。炭素微粒子を乾燥させる方法としては、例えば、減圧乾燥法、加熱乾燥法、除湿剤による乾燥方法などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。
【0020】
炭素微粒子の凝集体のフッ素化は、フッ素ガス雰囲気中で行なわれる。フッ素ガス雰囲気は、例えば、閉鎖空間を形成することができる反応容器の内部空間を減圧することによって大気を除去した後、その内部空間にフッ素ガスを導入する方法、閉鎖空間を形成することができる反応容器の内部空間にフッ素ガスを直接導入することによって大気をフッ素ガスで置換する方法などによって形成することができるが、本発明は、かかる方法のみに限定されるものではない。
【0021】
前記閉鎖空間を形成することができる反応容器を用いる場合、炭素微粒子の凝集体を当該反応容器内に入れた後、炭素微粒子の凝集体のフッ素化を行なうことが安全性の観点から好ましい。
【0022】
本明細書にいうフッ素ガス雰囲気とは、フッ素ガスのみで形成されている雰囲気のみならず、本発明の目的が阻害されない範囲内で、例えば、ヘリウムガス、アルゴンガス、窒素ガスなどの不活性ガスで希釈されたフッ素ガスで形成されている雰囲気を意味する。これらのなかでは、フッ素化の効率を高める観点から、フッ素ガス雰囲気に占めるフッ素ガス分圧が高いことが好ましい。
【0023】
炭素微粒子の凝集体をフッ素ガス雰囲気中でフッ素化させるとき、そのフッ素ガス雰囲気におけるフッ素ガス雰囲気の圧力を0.1〜80kPaの所定値に制御する。本発明においては、このようにフッ素ガス雰囲気の圧力を所定値に制御する点に1つの大きな特徴があり、このフッ素ガス雰囲気の圧力が所定値となるように制御されているので、水中で凝集せずに分散するとともに分散安定性に優れたフッ素化炭素微粒子を得ることができる。
【0024】
フッ素ガス雰囲気の圧力は、水中で凝集せずに分散するとともに分散安定性に優れたフッ素化炭素微粒子を効率よく製造する観点から、0.1〜80kPa、好ましくは0.1〜60kPa、より好ましくは0.1〜55kPa、さらに好ましくは0.3〜55kPaである。
【0025】
炭素微粒子の凝集体をフッ素化させる際のフッ素ガス雰囲気の温度は、特に限定されないが、水中で凝集せずに微分散するとともに分散安定性に優れたフッ素化炭素微粒子を効率よく製造する観点から、好ましくは0〜500℃、より好ましくは5〜450℃、さらに好ましくは5〜400℃、より一層好ましくは5〜200℃、特に好ましくは10〜100℃である。
【0026】
炭素微粒子の凝集体のフッ素化は、得られるフッ素化炭素微粒子を例えばX線光学分光分析などにより、炭素微粒子による炭素原子が検出されなくなるまで行なうことが好ましい。
【0027】
炭素微粒子の凝集体のフッ素化に要する時間は、フッ素ガス雰囲気の圧力およびその温度、炭素微粒子の凝集体の量などによって異なるので一概には決定することができない。通常、炭素微粒子の凝集体をフッ素ガス雰囲気中でフッ素化させるのに要する時間は、水中で凝集せずに微分散するとともに分散安定性に優れたフッ素化炭素微粒子を効率よく製造する観点から、好ましくは0.3〜5時間、より好ましくは0.5〜3時間、さらに好ましくは0.5〜1.5時間である。
【0028】
以上のようにして炭素微粒子の凝集体をフッ素化させることにより、フッ素化炭素微粒子を製造することができる。得られたフッ素化炭素微粒子は、以下の実施例によって明らかにされているように、少なくともその粒子の表面がフッ素化されているが、その中心部にまでフッ素化が進行しておらず、その表面が適切にフッ素化されているので、水中で凝集せずに分散するとともに分散安定性に優れていると考えられる。本発明のフッ素化炭素微粒子は、少なくともその粒子の表面がフッ素化されている点を除き、基本的にはフッ素化前の炭素微粒子の形状および大きさとほとんど同一である。
【0029】
なお、得られたフッ素化炭素微粒子の表面にはフッ素ガスが付着しており、当該フッ素ガスと大気中の水分とが反応することを回避する観点から、フッ素化炭素微粒子を大気中に取り出す前に、その表面に付着しているフッ素ガスを不活性ガスで除去することが好ましい。フッ素化炭素微粒子の表面に付着しているフッ素ガスの除去は、例えば、前記反応容器を用いた場合には、前記反応容器内のフッ素ガスを不活性ガスに置換することによって行なうことができる。不活性ガスとしては、例えば、ヘリウムガス、アルゴンガス、窒素ガスなどが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。
【0030】
本発明の複合めっき材料は、前記フッ素化炭素微粒子を含有するものである。なお、本明細書において、複合めっき材料とは、通常のめっき材料のほかに本発明のフッ素化炭素微粒子を含んでいることを意味する。
【0031】
本発明の複合めっき材料に用いられるめっき材料は、水系めっき浴などの一般に使用されているめっき材料であればよく、特に限定されないが、その一例として、金属材料にニッケルめっきを施す場合には、例えば、スルファミン酸ニッケル水溶液などが挙げられる。
【0032】
本発明の複合めっき材料におけるフッ素化炭素微粒子の含有量は、その複合めっき材料の用途などによって異なるので一概には決定することができないが、通常、めっき皮膜の高硬度化および耐摩耗性の付与の観点から、0.05〜10重量%程度の範囲内にあることが好ましい。
【0033】
本発明の複合めっき材料には、前記フッ素化炭素微粒子が含まれており、このフッ素化炭素微粒子がめっき材料中で凝集せずに分散するとともに分散安定性に優れているので、このめっき材料から形成されためっき皮膜は、耐摩耗性および組成の均一性に優れている。
【実施例】
【0034】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はかかる実施例のみに限定されるものではない。
【0035】
実施例1〜3および比較例1〜2
炭素微粒子としてナノダイヤモンド粒子〔日本化薬(株)製、水素化ナノダイヤモンド粒子、商品名:Ustalla−Type C、一次粒子の平均粒子径:4nm±1nm、二次粒子の平均粒子径:0.5μm±0.5μm〕1.0gをニッケル製反応管内に入れ、この反応管を反応容器に入れた後、室温で反応容器内を1.0×10-1Paに減圧することにより、ナノダイヤモンド粒子を乾燥させた。この乾燥させたナノダイヤモンド粒子の外観を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察した。その走査型電子顕微鏡写真を図1の(a)に示す(比較例1)。
【0036】
次に、室温でフッ素ガスの圧力が0.67kPa(実施例1)、13.3kPa(実施例2)、50.7kPa(実施例3)または101.3kPa(比較例2)となるまでフッ素ガスを反応容器内に導入し、ナノダイヤモンド粒子のフッ素化を1時間行なった後、反応容器内にアルゴンガスを導入してアルゴンガス置換を行ない、反応管を反応容器から取り出した。
【0037】
反応管内からフッ素化されたナノダイヤモンド粒子(フッ素化ナノダイヤモンド粒子)を取り出し、その外観を走査型電子顕微鏡にて観察した。フッ素ガスの圧力0.67kPa、13.3kPa、50.7kPaまたは101.3kPaでフッ素化されたナノダイヤモンド粒子の走査型電子顕微鏡写真を、それぞれ順に図1の(b)〜(e)に示す。なお、各写真における尺度は、各写真の右下に示されている。
【0038】
図1に示された結果から、フッ素化させる前のナノダイヤモンド粒子では(比較例1)、一次粒子がほとんど観察されず〔図1(a)〕、フッ素ガスの圧力101.3kPaでフッ素化させたナノダイヤモンド粒子では、解砕して一次粒子に近づいた微小粒子が少量で存在していることがわかる〔図1(e)〕。これに対して、フッ素ガスの圧力0.67〜50.7kPaでフッ素化させたナノダイヤモンド粒子では、多数の一次粒子に近い微小粒子が存在していることがわかる〔図1(b)〜(d)〕。
【0039】
次に、実施例1〜3および比較例2で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子ならびに比較例1のフッ素化させる前のナノダイヤモンド粒子をそれぞれ別々に水100質量部あたり0.1質量部の割合で水中に投入し、超音波洗浄機で1時間超音波を照射することによって分散液を調製したところ、実施例1〜3で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子を投入した分散液は、いずれも透明となった。
【0040】
実施例1〜3で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子の分散液に含まれているフッ素化されたナノダイヤモンド粒子の粒子径を測定したところ、いずれも10nm程度以下の一次粒子の粒子径に近い大きさの粒子に解砕されていることがわかった。
【0041】
以上のことから、ナノダイヤモンド粒子をフッ素化させる際のフッ素ガスの圧力を制御することにより、ナノダイヤモンド粒子から多数の球状のフッ素化されたナノダイヤモンド粒子の一次粒子または一次粒子の粒子径に近い大きさに解砕された微細な二次粒子を形成させることができることがわかる。
【0042】
次に、比較例1のフッ素化させる前のナノダイヤモンド粒子ならびに各実施例および比較例2で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子のX線光電子分光分析(XPS)を行なった。その際、X線光電子分光分析装置〔日本電子(株)製、品番:XPS−9010〕を用い、X線:Mg−Kα線、電圧:10kV、電流:2.5mAの条件でX線光電子分光分析を行なった。なお、帯電補正は、炭素の1s電子の結合エネルギーを基準に行なった。X線光電子分光分析(XPS)によるC1sスペクトルおよびF1sスペクトルをそれぞれ図2(a)および(b)に示す。
【0043】
図2(a)および(b)において、pは比較例1のデータ、qは実施例1のデータ、rは実施例2のデータ、sは実施例3のデータ、tは比較例2のデータを示す。
【0044】
図2(a)に示された結果から、C1s電子について、原子核への結合エネルギー(B.E.)288eV付近のピークは、1個以上のフッ素原子と結合した炭素原子(−CHF−または−CF2−)に由来するものであり、フッ素と結合することによって純粋なダイヤモンド中の炭素原子に由来のピーク(285eV付近)と比較して高エネルギー側に移動していると考えられる。
【0045】
また、フッ素ガスと反応させた場合には、圧力が高くなるにしたがって、C1s電子について、原子核への結合エネルギー(B.E.)が大きくなり、ナノダイヤモンド粒子の表面にフッ素が順次導入されていることがわかる。
【0046】
しかし、フッ素ガスの圧力が高くなると、そのピークの頂部が低エネルギー側にシフトし、最終的には原子核への結合エネルギー289eV付近に頂部を有する非対称なプロファイルを示すようになる。これは、ナノダイヤモンド粒子の表面における結合手数を超える過剰量のフッ素が導入されたことにより、部分的な結合の切断などが生じ、−CHF−や−CF2−という結合状態を有する炭素原子が減少するとともに、少量の−CF3という結合状態などが生じ、その結果、原子核への結合エネルギー288eV付近の−CHF−や−CF2−という結合状態を有する炭素原子のピークおよび粒子内部の基本構造を支持する炭素に由来する原子核への結合エネルギー285eV付近のピークに加え、−CF3という結合状態を持つ炭素に由来する原子核への結合エネルギー290eV付近のピークを、それぞれの結合状態にある炭素原子の試料表面における濃度比率に比例した強度比率で加算し、合成した形状として出現したことによるものと考えられる。
【0047】
また、図2(b)に示された結果から、C−F結合に基づくと考えられるF1s電子についての原子核への結合エネルギー689eV付近のピークが観測され、その強度は、フッ素ガスの圧力を大きくすることによって増大した。
【0048】
以上のことから、反応時のフッ素ガスの圧力が高くなるにしたがってナノダイヤモンド粒子の表面により多くのフッ素が導入されることがわかる。
【0049】
さらに実験を進め、フッ素ガスの圧力13.3kPaにてフッ素化されたナノダイヤモンド粒子(実施例2)についてAr+エッチングを行なったところ、そのC1sXPSスペクトルおよびF1sXPSスペクトルは、いずれもフッ素化させる前のナノダイヤモンド粒子(比較例1)と同様であった。このことから、フッ素化は、ナノダイヤモンド粒子のごく表面でのみ進行し、その内部はフッ素化されていないと考えられる。
【0050】
実施例4および比較例3
実施例1において、フッ素ガスの圧力およびフッ素化の時間を0.67kPaで1時間から、1.3kPaで1時間(実施例4)または101.32kPaで12時間(比較例3)に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、フッ素化されたナノダイヤモンド粒子を製造した。
【0051】
実施例4で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子を水100質量部あたり0.1質量部の割合で水中に投入し、得られた混合溶液を透明ガラス容器に入れ、軽く振とうすることにより、分散液を得た。得られた分散液の図面代用写真を図3(a)に示す。また、この分散液を24時間放置した後の粒度分布を、動的光散乱式粒度分布計を用いて測定した。その結果を図4のAに示す。
【0052】
次に、この分散液に超音波洗浄機で1時間超音波を照射したところ、この分散液は、透明となった。その分散液の図面代用写真を図3(b)に示す。また、この分散液を24時間放置した後の粒度分布を前記と同様にして測定した。その結果を図4のBに示す。
【0053】
図3(b)に示された結果から、実施例4で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子は、水中に均一に分散させることができることがわかる。
【0054】
また、図4のAおよびBに示された結果から、実施例4で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子の分散液に含まれているフッ素化されたナノダイヤモンド粒子の粒子径は、超音波で均一な組成となるように分散させると、10nm程度以下の一次粒子の粒子径に近い大きさの粒子に解砕され、その分散状態が維持されることがわかる。
【0055】
これらのことから、フッ素化されたナノダイヤモンド粒子を均一な組成となるように水に分散させることにより、一次粒子または一次粒子に近い大きさに解砕された粒子が生じ、しかもその粒子が安定して分散することがわかる。
【0056】
実施例5
実施例1において、フッ素ガスの圧力を0.67kPaから6.66kPaに変更するとともにフッ素化の際の温度を室温から400℃に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、フッ素化されたナノダイヤモンド粒子を製造した。
【0057】
次に、前記で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子の粉末X線回折を調べたところ、その粉末X線回折は、比較例1のフッ素化させる前のナノダイヤモンド粒子の粉末X線回折と同様であった。このことから、ナノダイヤモンド粒子をフッ素化させても、当該ナノダイヤモンド粒子の内部構造は影響を受けないことがわかる。
【0058】
なお、前記粉末X線回折は、粉末X線回折測定装置〔(株)島津製作所製、商品名:粉末X線回折測定装置XD−6100〕を用いて測定し、そのときの測定条件は、電圧:40kV、電流:30mA、走査モード:連続スキャン、走査範囲:40〜160°、走査速度:2.0°/min、雰囲気:大気とした。
【0059】
実施例6
実施例5で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子を、さらに実施例5と同様にしてフッ素ガスの圧力6.66kPa、フッ素化の際の温度400℃で、フッ素化させる操作を4回繰り返した後、その粉末X線回折を調べた。その粉末X線回折図を図5のxに示す。
【0060】
また、参考のため、比較例1のフッ素化させる前のナノダイヤモンド粒子についても粉末X線回折を調べた。その粉末X線回折図を図5のyに示す。
【0061】
図5に示されるように、実施例6で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子には、フッ素化が5回施されているが、そのフッ素化されたナノダイヤモンド粒子のX線回折が比較例1のフッ素化させる前のナノダイヤモンド粒子のX線回折と同様であった。
【0062】
このことから、ナノダイヤモンド粒子をフッ素化させても、その結晶構造が変化しないので、フッ素化は、ナノダイヤモンド粒子のごく表面でのみ進行し、その内部がフッ素化されていないと考えられる。
【0063】
実験例1
実施例1〜4で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子、比較例1のナノダイヤモンド粒子および比較例2〜3で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子をそれぞれ別々に0.01gの量で秤量し、各粒子を水10mLとともにそれぞれ別々の試験管内に入れ、超音波洗浄機で1時間程度超音波を照射することにより、室温中で十分に攪拌して均一な組成となるように分散させた分散液を得た。なお、ナノダイヤモンド粒子を迅速に分散させるためには、ビーズミリングなどの手法を用いることもできる。
【0064】
得られた分散液の物性として、分散安定性およびゼータ電位を以下の方法に基づいて調べた。その結果を表1に示す。なお、比較例2〜3では、分散安定性が劣るため、ゼータ電位の測定をしなかった。
【0065】
〔分散安定性〕
前記で得られた分散液を垂直に保持して放置し、24時間経過後に試験管の丸底部に生じた沈殿物の直径を測定し、以下の評価基準に基づいて評価した。
(評価基準)
○:沈殿物の直径が3mm未満
△:沈殿物の直径が3mm以上10mm未満
×:沈殿物の直径が10mm以上
【0066】
〔ゼータ電位〕
ゼータ電位測定システム〔大塚電子(株)製、品番:ELSZ−2〕を用いて分散液中のナノダイヤモンド粒子のゼータ電位を求めた。
【0067】
【表1】

【0068】
表1に示された結果から、各実施例で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子は、比較例1のナノダイヤモンド粒子および比較例2〜3で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子と対比して、上澄み液における分散安定性が良好であり、分散液における分散安定性に優れていることがわかる。
【0069】
また、各実施例で得られた上澄み液および分散液におけるゼータ電位は、比較例1と対比して同等であり、正の値であることから、各実施例で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子は、いずれも、金属イオン(正イオン)との共析による複合めっきに利用する際に、共析効率を低下させる原因とならないことがわかる。
【0070】
さらに、各比較例で得られた(フッ素化された)ナノダイヤモンド粒子の分散液中における粒子径は、主として100nm以上であるのに対し、各実施例で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子の分散液中における粒子径は、10nm程度であった。このことから、各実施例で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子は、分散安定性に優れていることがわかる。
【0071】
以上のことから、各実施例で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子は、いずれも、分散状態が良好であるとともに、帯電状態がめっきプロセスに適しているという2点を兼ね備えているので、ナノダイヤモンド粒子を高濃度で含有する複合めっき液に適していることがわかる。
【0072】
実験例2
実施例4および比較例3で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子1.0gを、それぞれ別々に、60重量%スルファミン酸ニッケル水溶液100mL中に添加し、十分に攪拌し、均一な組成を有するめっき浴を調製した。
【0073】
得られためっき浴に、陽極としてニッケル板と陰極としてアルカリ処理した鉄製のハルセル板(表面積:18cm2)との電極2枚を浸漬し、電流密度0.05Acm-1となるように定電流電源〔北斗電工(株)製、品番:HA−105B〕を用いて電圧を制御しながら、あらかじめ設定された通電電気量に到達するまで両電極間に通電を行ない、膜厚が1μmのニッケルめっき皮膜を形成させた。その後、電極をめっき浴から取り出し、純水で洗浄した後、十分に乾燥させた。
【0074】
電極に形成されためっき皮膜の物性として、耐摩耗性を以下の方法に基づいて調べた。その結果、フッ素化されたナノダイヤモンド粒子が複合されたニッケルめっき皮膜は、フッ素化されたナノダイヤモンド粒子が複合されていないニッケルめっき皮膜と比べて、耐摩耗性に優れていた。
【0075】
〔耐摩耗性の測定方法〕
ボール・オン・ディスク型摩擦試験機〔レスカ(株)製、品番:FPR−2000〕を用い、めっき皮膜が形成されている試料のメッキ皮膜面に5Nの一定荷重でステンレス小球を押し付け、両者を一定の相対速度で摺動させ、そのときの摩擦係数の相対移動距離に対する変化を測定することによって耐摩耗性を評価した。
【0076】
実施例4で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子が複合されたニッケルめっき皮膜では、摩擦係数の変動が始まるまでの相対移動距離は50mであるのに対し、比較例3で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子が複合されたニッケルめっき皮膜では、相対移動距離が30mと6割程度にとどまることが確認された。
【0077】
このことから、実施例4で得られたフッ素化されたナノダイヤモンド粒子を用いることにより、耐摩耗性に優れた複合めっき皮膜を形成させることができることがわかる。
【0078】
以上の結果から、本発明のフッ素化炭素微粒子の製造方法によれば、水中で凝集せずに分散するとともに、分散安定性に優れたフッ素化炭素微粒子を簡単な操作で製造することができることがわかる。また、本発明の複合めっき材料は、それに含まれているフッ素化炭素微粒子がめっき材料中で凝集せずに分散するとともに分散安定性に優れているので、当該めっき材料から形成されためっき皮膜は、耐摩耗性に優れていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明のフッ素化炭素微粒子は、例えば、めっき材料、塗料、研磨材、潤滑剤、熱交換流動媒体、樹脂や金属などとの複合材料、低誘電皮膜、エミッター材料などの電子材料、DNA担体、ウイルス捕捉用担体などの医療用材料などの用途に使用することが期待される。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素微粒子をフッ素化させるフッ素化炭素微粒子の製造方法であって、フッ素ガス雰囲気中で炭素微粒子の凝集体を0.1〜80kPaの減圧下でフッ素化させることを特徴とするフッ素化炭素微粒子の製造方法。
【請求項2】
炭素微粒子の凝集体をフッ素化させる際のフッ素ガス雰囲気の温度が0〜500℃である請求項1に記載のフッ素化炭素微粒子の製造方法。
【請求項3】
炭素微粒子が、ダイヤモンド微粒子である請求項1または2に記載のフッ素化炭素微粒子の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法によって得られたフッ素化炭素微粒子。
【請求項5】
請求項4に記載のフッ素化炭素微粒子を含有する複合めっき材料。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−84443(P2011−84443A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−239923(P2009−239923)
【出願日】平成21年10月17日(2009.10.17)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【出願人】(390036364)清川メッキ工業株式会社 (10)
【出願人】(000004086)日本化薬株式会社 (921)
【Fターム(参考)】