説明

フラーレン誘導体

【課題】非IPR型のフラーレンの電子分布を明らかにし、化学反応サイト(部位)を特定し、かつ、化学反応サイトの化学的特性を把握することによって、物理的特性(溶解度など)や化学的特性(化学反応性など)を所望の特性に制御することができるフラーレン誘導体を提供すること。
【解決手段】縮合している二つの炭素五員環50のそれぞれの縮合化学結合において、二個の炭素原子のうちの少なくとも一個を、かご型分子の外側から化学修飾する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラーレン誘導体の構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フラーレンは,炭素六員環と炭素五員環とで構成されていて,12個の炭素五員環によって、閉じた「かご型分子」となる。
【0003】
フラーレンにおいては、炭素五員環が互いに接触していないとき、すなわち、どの炭素五員環も5個の炭素六員環によって取り囲まれているとき、安定である、といわれている。この経験則を "Isolated Pentagon Rule"(以下、IPR)という。
【0004】
IPRを満たすフラーレン(以下、IPRフラーレンとよぶ)としては、炭素原子数が70個以下では、C60(炭素原子数が60個のサッカーボール型)とC70(炭素原子数が70個で、ラグビーボール型)の二種類が知られている。炭素原子数が70個を超えると、高次フラーレン(higher fullerene)と呼ばれている。
【0005】
一方、フラーレン分子を化学修飾する化学的手段はいろいろと知られていて、いずれも分子のかごの外側を化学修飾している。例えば、非特許文献1を参照。このように化学修飾されているフラーレンを「フラーレン誘導体」と呼ぶ。例えば、特許文献1や特許文献2など。ここでフラーレン分子を互いに化学修飾して連結したフラーレン誘導体も知られている。以上のフラーレン誘導体はいずれも、IPRフラーレンを基に誘導体化されている。
【0006】
IPRを満たさないフラーレン(以下「非IPRフラーレン」と呼ぶ)は、極めて不安定であるといわれている。その理由は、二つの炭素五員環が縮合した(接触した)場合、それらの五員環と近傍との「ゆがみ」が大きくなるため、とされている。以下、このような縮合した二つの五員環を「五員環対」と呼ぶ。一つの五員環対は8個の炭素原子から構成されている。また、一つの五員環対において、二つの五員環を縮合している化学結合を、以下「縮合化学結合」と呼ぶ。
【0007】
非IPRフラーレンの一種であるC66は、その「かご」の内側に、金属を内包することが実験的に観測されている。非IPRフラーレンは多種多様に存在すると思われるが、このように観測された例は珍しい。非特許文献2を参照。
【0008】
非IPRフラーレンにおける化学反応サイト(化学反応部位)の化学的性質は、炭素五員環対とその近傍も含めて、ほとんど知られていない。
【特許文献1】特開2005―263692号公報
【特許文献2】特開平9―25246号公報
【非特許文献1】Lecture Notes on Fullerene Chemistry, by R. Taylor, Imperial College Press (London, 1999)第2章、第6章。
【非特許文献2】Endofullerenes : a New Family of Carbon Clusters, edited by Takeshi Akasaka and Shigeru Nagase. Kluwer Academic Publishers (Dordrecht , 2002)第9章,pp. 185-216。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のように、従来の安定なフラーレン類ではIPR型であって、非IPR型をどのように利用すればよいか、明らかではなかった。
【0010】
解決しようとする課題は、非IPR型フラーレンの電子分布の特徴を明らかにし、その電子分布に基づいて、炭素五員環対とその近傍の化学反応サイトの化学的特性を把握することによって、非IPR型フラーレン類を安定した状態のフラーレン誘導体として提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、前記課題を解決するために、縮合している二つの炭素五員環がかご型分子の外側から化学修飾されている構造を有することを特徴とするものである。
【0012】
また、請求項1に記載のフラーレン誘導体において、前記縮合している二つの炭素五員環のそれぞれにおいて、八個の炭素原子のうち少なくとも一個がかご型分子の外側から化学修飾されている構造を有することを特徴とするものである。
【0013】
また、請求項1に記載のフラーレン誘導体において、前記縮合している二つの炭素五員環のそれぞれの縮合化学結合において、二個の炭素原子のうちの少なくとも一個がかご型分子の外側から化学修飾されている構造を有することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明では、フラーレンが非IPR型であっても炭素五員環対が化学修飾されている構造を有することで、金属原子や金属イオンを内包しなくても、安定化されたフラーレン誘導体を多種多様に(炭素数がいろいろ可能になり、かごのサイズや形を選べるようになること)提供することができる。また、誘導体化する際に利用する化学修飾用の官能基を選択することによって、物理的特性(溶解度など)や化学的特性(化学反応性など)を所望の特性に制御することができる非IPR型のフラーレン誘導体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の非IPR型のフラーレン誘導体は、炭素五員環対を有し、かつ、その五員環対上において化学修飾されている構造を有するものである。このとき、炭素五員環対一個において八個の化学反応サイト(炭素原子)があり、それらのサイトの少なくとも一個が化学修飾されているようにする。このようにすることで、金属原子や金属イオンを内包しなくても、非IPR型フラーレンの誘導体が安定化し、かつ、物理的特性(溶解度など)や化学的特性(化学反応性など)を所望の特性に制御することができる。
【実施例】
【0016】
本発明を実施するための形態を以下、実施例により説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0017】
非IPR型のフラーレンの例(C66分子)を図1に示す。この図では、三次元的かご型分子を二次元の平面上に射影していて、シュレーゲル線図(Schlegel diagram)と呼ばれている。この分子では炭素原子数が66個で、分子の幾何学的対称性は、C2vである。
【0018】
図1に基づき説明する。このフラーレンでは、23個の炭素六員環60と12個の炭素五員環50が読み取れる。それらの炭素五員環50のうち四個が、二つの五員環対をつくり、図の上と下に分かれて置かれている。
【0019】
図1において、二つの炭素五員環対を除く、残りの八個の炭素五員環50はIPRを満たしている。
【0020】
図1の分子に原子価論と分子軌道法とを適用した結果、次の事実が明らかになった。スピン密度は、C66カチオンでは炭素原子1と炭素原子4とで大きくて、C66アニオンでは炭素原子9と炭素原子16とで大きくて、C66三重項状態では炭素原子9と炭素原子16とで大きい。非IPRフラーレンおいては、五員環対近傍に局在化した電子の分子軌道エネルギーが上昇して、不安定化するのである。なお、符号1〜20は、炭素原子を表している。
【0021】
前項の結果から、非IPRフラーレンであるC66分子は、図1の、下方にある五員環対においては炭素原子9で、上方にある五員環対においては炭素原子16で、合計二個の炭素原子が化学修飾されていれば、金属原子や金属イオンを内包しなくても、安定に存在することが明らかになった。最も簡単な化学修飾基として、水素原子を選べる。
【産業上の利用可能性】
【0022】
IPRフラーレン誘導体は、数多くの特許が開示しているように、産業上利用されてきている。本発明では、不安定なため利用できなかった非IPRフラーレンを誘導体化して安定化する。非IPRフラーレンは、炭素原子数やかごのサイズや形がIPRフラーレンとは異なる。したがって、安定化された非IPRフラーレン誘導体は、IPRフラーレン誘導体と同様な産業上の利用に加えて、さらに、多様な、炭素原子数やかごのサイズや形がIPRフラーレンとは異なる、産業上の利用の可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施例に係わる非IPR型フラーレンを示す、立体を平面に射影した、概念図である。
【符号の説明】
【0024】
1〜20 炭素原子
50 炭素五員環
60 炭素六員環



【特許請求の範囲】
【請求項1】
縮合している二つの炭素五員環がかご型分子の外側から化学修飾されている構造を有することを特徴とするフラーレン誘導体。
【請求項2】
請求項1に記載のフラーレン誘導体において、前記縮合している二つの炭素五員環のそれぞれにおいて、八個の炭素原子のうち少なくとも一個がかご型分子の外側から化学修飾されている構造を有することを特徴とするフラーレン誘導体。
【請求項3】
請求項1に記載のフラーレン誘導体において、前記縮合している二つの炭素五員環のそれぞれの縮合化学結合において、二個の炭素原子のうちの少なくとも一個がかご型分子の外側から化学修飾されている構造を有することを特徴とするフラーレン誘導体。



























【図1】
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【公開番号】特開2007−145635(P2007−145635A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−341106(P2005−341106)
【出願日】平成17年11月25日(2005.11.25)
【出願人】(505395227)国立大学法人上越教育大学 (2)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】