説明

ブタノールの製造方法

【課題】アセトン・ブタノール発酵においてブタノールを優先的に生成する手段を提供する。
【解決手段】本発明は、糖からアセチルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモーター、アセチルCoAからブチリルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモーター及び構成的プロモーターから選択されるプロモーターと、該プロモーターの制御下に発現するように連結されたブチリルCoAをブタノールへ還元する酵素の構造遺伝子とを含む組み換えDNA、該組み換えDNAを含む組み換えベクター、該組み換えベクターで形質転換して得られるクロストリジウム属形質転換体、及び該形質転換体を用いてブタノールを製造する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はブタノール発酵に用いる改変された微生物、及びこれを用いたブタノールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物によるアセトン・ブタノール発酵では、アセトン、ブタノール、エタノールなどの溶媒の他、酢酸及び酪酸などの有機酸が生成する。これらの生成物は生成する時期も異なり生成物を分離精製する際に困難であるばかりでなく、このうち一種類の生成物のみを製造しようとする場合には収率が低く経済的に効率よく生産することが困難である。これらの問題を解決するためにブタノール生成比率の高い変異株の育種が試みられてきたがその収率は未だ充分ではない。
【0003】
Blascheckらは、アセトンとブタノールを生成する微生物であって、従来のものに比べてブタノールの生成比率が高い変異株を取得している。
またアセトン、酢酸及び酪酸に至る代謝経路の遺伝子を破壊した変異株の作成も試みられている。
【0004】
しかしながらこれらの方法ではブタノールの生成比率は未だ低く、ブタノールのみを効率的に生産できる方法は確立されていない。
【0005】
クロストリジウム属微生物を用いたブタノール発酵ではアセトン、ブタノール、エタノールの3種の溶媒が生成する。これらの溶媒は図1に示したような経路で生成すると考えられている。Clostridium acetobutylicum ATCC824株で記載されている溶媒の生成比率はブタノール:アセトン:エタノール=6:3:1であり、対数増殖期には糖から酢酸及び酪酸を生成し、対数後期になって酢酸及び酪酸をブタノールに変換し始めるとされている(非特許文献1)。
【0006】
グルコース1モルから酪酸1モルの生成までの代謝経路で生成される還元力はNADH換算で4モルである。一方、消費される還元力(NADH換算)は2モルであるため還元力(NADH換算)が2モル余った状態となる。酪酸1モルからブタノール1モル生成するまでの代謝経路では還元力をNADH換算で2モル消費する。次にグルコース1モルから酢酸2モルの生成までの代謝経路では生成される還元力は酪酸同様にNADH換算で4モルである。一方、消費される還元力(NADH換算)はないため還元力(NADH換算)が4モル余った状態となる。
【0007】
余った還元力は生体内の各種反応に消費される可能性もあるが、その一部は細胞内の酸化還元バランスをとるためにヒドロゲナーゼの作用によって水素ガス生成することで消費されているものと思われ、ヒドロゲナーゼを阻害するとブタノールの収率が向上する(非特許文献2)。一旦生成した酢酸及び酪酸はそれぞれ細胞に再吸収されて再びアセトン及びブタノール生成に利用されるが、このアセトン及びブタノールへの変換反応に必要な還元力には差がある。
【0008】
酢酸からアセトンが生成する経路ではアセチルCoAが2量化しアセトアセチルCoAとなった後、CoAが外れてアセト酢酸となる。これが脱炭酸してアセトンが生じる。このアセチルCoAからアセトンの経路では還元反応がないため、還元力の消費なしに反応が進む。一方、ブタノールへの経路では還元力を4モル消費する。酪酸からブタノールが生成する経路では還元力を2モル消費する。上記をまとめると下記のようになる。
【0009】
グルコース→酢酸 NADH 4モル生成
酢酸→アセトン NADH 消費なし
酢酸→ブタノール NADH 4モル消費

グルコース→酪酸 NADH 2モル生成
酪酸→ブタノール NADH 2モル消費
酪酸→アセトン NADH 2モル生成(反応が可能であれば)
【0010】
上記のように糖から酢酸及び酪酸が生成し、生成した酢酸及び酪酸が再吸収されてブタノールへ変換されるためには、酢酸及び酪酸の生成時に生じた還元力がそのまま再度利用され生成した還元力と消費する還元力のバランスがとれている必要がある。
【0011】
しかしブタノール発酵を時間軸で見ると対数増殖初期に酢酸及び酪酸を生成し、対数後期になってブタノールを生成する特性を有するため、酢酸及び酪酸の生成時に生じた還元力をブタノールへの還元に利用するためには、還元力の保存が必要である。しかしながら還元力のメディエーターであるNADHなどは細胞内の濃度が限られているため、常に生成、消費されることで細胞内の酸化還元バランスを保ち、低濃度でも機能するようになっている。従って還元型のNADHの状態で大量に保存することはできない。
【0012】
実際には対数増殖期に酢酸/酪酸生成経路で生じたNADHはブタノールへの還元に利用されず、その一部はヒドロゲナーゼの作用によって水素ガスとして放出される。この還元力の浪費によりブタノールへの還元に必要な還元力に不足が生じることになる。対数増殖後期に起こる酢酸からブタノールへの変換反応では還元力に不足が生じるために、全てがブタノールへと変換されず、還元力を必要としないアセトンへ変換される。酪酸の場合にはブタノールへの還元が起こらず酪酸のままとどまることになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】USP 6,358,717
【特許文献2】WO 2008/052973
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】発酵ハンドブックp19-23、共立出版、2001年
【非特許文献2】Applied and Environmental Microbiology vol.48,No.4,764-770(1984)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、アセトン・ブタノール発酵においてブタノールを優先的に生成する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
実際のアセトン・ブタノール発酵においては、対数増殖期から対数増殖後期の代謝で、酢酸/酪酸生成とブタノールへの変換反応が並行して進む時期があり、グルコースからの酢酸/酪酸生成で生じた還元力の一部がブタノールへの還元力として利用されていると考えられた。しかし、初期に酢酸及び酪酸のみが生成する時期に水素として放出された分の還元力が不足することによって、ブタノールへの還元が完全に進まなくなり、還元力の必要のないアセトンが生成することになり、ブタノールの生成比率が低くなると考えられた。
【0017】
そして、上記のように酢酸及び酪酸の生成時期とアセトン及びブタノールの生成時期とにずれが生じる原因は、ブチリルCoAのブタノールへの還元反応を触媒する酵素の遺伝子発現調節機構が酢酸及び酪酸生成までの反応に関与する酵素の遺伝子発現調節機構と異なっていることにあると考えられた。
【0018】
そこで、ブチリルCoAをブタノールへ還元するアルコールアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子の発現をアセチルCoAからブチリルCoAまでの反応を触媒する酵素遺伝子の発現と合わせるとアセチルCoAからブチリルCoAが生成した後、速やかにブタノールへの還元反応が進行し、これによって還元力の浪費がなくなりグルコースなどの糖から酢酸や酪酸を経ずに直接ブタノールが生成するとともにアセトンの生成比率が小さくなることでブタノールの生成比率が高まり、ブタノール収率が向上すると考えた。
【0019】
本発明者らは、上記のような問題を解決しブタノール収率を高めることを目的として検討したところ、ブチリルCoAをブタノールに還元する反応を触媒する酵素遺伝子の発現調節部分(プロモーター)を、解糖系の酵素遺伝子のプロモーター、アセチルCoAからブチリルCoAの生成に関与する酵素遺伝子のプロモーター、又は構成的プロモーターに交換することによって、糖のアセチルCoAへの代謝(解糖系)又はブチリルCoAへの代謝が働いているときにブチルリルCoAからブタノールへの還元反応を同時に行えることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0020】
すなわち、本発明は以下を包含する。
(1)糖からアセチルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモーター、アセチルCoAからブチリルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモーター及び構成的プロモーターから選択されるプロモーターと、該プロモーターの制御下に発現するように連結されたブチリルCoAをブタノールへ還元する酵素の構造遺伝子とを含む組み換えDNA。
(2)(1)記載の組み換えDNAを含む組み換えベクター。
(3)(2)記載の組み換えベクターでクロストリジウム属微生物を形質転換して得られる形質転換体。
(4)糖からアセチルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモーター、アセチルCoAからブチリルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモーター及び構成的プロモーターから選択されるプロモーターの制御下に発現するように連結された、ブチリルCoAをブタノールへ還元する酵素の構造遺伝子を有する、クロストリジウム属形質転換体。
(5)(3)又は(4)記載の形質転換体を糖の存在下で培養することを含む、ブタノールの製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、ブタノールが主成分である発酵液を得ることができるようになり、ブタノールの分離精製が簡易になるとともにブタノール収率が高まることによって経済的なブタノール生産が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】ブタノール発酵の代謝経路を、中間体化合物、関与する酵素遺伝子、及び酸化還元因子とともに示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、ブチリルCoAをブタノールへ還元する酵素遺伝子のプロモーターを、糖からアセチルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子(解糖系の酵素遺伝子)のプロモーター、アセチルCoAからブチリルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモーター、又は構成的プロモーターに交換することを特徴とする。これらのプロモーターは、発現時期や発現強度を変更したりする目的で部分的に配列を改変してもよい。
【0024】
解糖系の酵素遺伝子としては、グルコキナーゼ(EC2.7.1.2)、グルコース-6-リン酸イソメラーゼ、(EC5.3.1.9)、ホスホフルクトキナーゼ(EC2.7.1.11)、フルクトースビスリン酸アルドラーゼ(EC4.2.1.23)、トリオースリン酸イソメラーゼ(EC5.3.1.1)、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(EC1.2.1.9)、ホスホグリセリン酸ムターゼ、(EC5.4.2.1)、ホスホピルビン酸ヒドラターゼ(EC4.2.1.11)、ピルビン酸キナーゼ(EC2.7.1.40)、ピルビン酸デカルボキシラーゼ(EC4.1.1.1)の遺伝子などが挙げられる。このうち特にグルコキナーゼ遺伝子、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子のプロモーターを用いるのが好ましい。
【0025】
アセチルCoAからブチリルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子としては、アセチルCoAの2量化を触媒するアセチルCoAアセチルトランスフェラーゼ(thiL)(EC2.3.1.9)、アセトアセチルCoAを還元するヒドロキシブチリルCoAデヒドロゲナーゼ(hbd)、ヒドロキシブチリルCoAを脱水するクロトナーゼ(crt)、クロロニルCoAを還元するブチリルCoAデヒドロゲナーゼ(bcd)の遺伝子などが挙げられる。特にアセチルCoAアセチルトランスフェラーゼ遺伝子のプロモーターを用いるのが好ましい。アセチルCoAアセチルトランスフェラーゼ遺伝子のプロモーターとしては、例えば、配列番号1の塩基配列からなるプロモーター、及びこれと同等のプロモーターが挙げられる。同等のプロモーターとしては、配列番号1で表される塩基配列において、1若しくは数個(例えば、2〜3個)の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列からなり、配列番号1の塩基配列からなるプロモーターと同等のプロモーター活性を有するものを使用できる。配列番号1で表される塩基配列と90%以上、より好ましくは95%以上の同一性を有する塩基配列からなり、配列番号1の塩基配列からなるプロモーターと同等のプロモーター活性を有するものも使用できる。
【0026】
構成的プロモーターは、宿主細胞内外の刺激と関係なく一定のレベルで構造遺伝子を発現せしめるプロモーターをいう。構成的プロモーターの例としては、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子、RNAポリメラーゼ遺伝子、DNAジャイレース遺伝子、5s rRNA遺伝子、16s rRNA遺伝子、及び23s rRNA遺伝子等のプロモーターが挙げられるが、これらに限定されない。
【0027】
本発明で用いるプロモーターとしてはクロストリジウム(Clostridium)属の微生物由来のものが好ましく、Clostridium acetobutylicum、Clostridium beijerinckii、Clostridium saccharoperbutylacetonicum、Clostridium butylicumなどに由来するものが好ましい。Clostridium acetobutylicum ATCC824株、Clostridium beijerinckii ATCC51743株、Clostridium saccharoperbutylacetonicum ATCC13564株やその変異株に由来するプロモーターが特に好ましい。クロストリジウム属微生物由来のプロモーターであれば、遺伝子発現調節の適合性が高いため好ましく、セルフクローニングであればさらに好ましい。
【0028】
これらのプロモーターの制御下に発現するように連結された、ブチリルCoAをブタノールへ還元する酵素の構造遺伝子を有するクロストリジウム属形質転換体(以下、本発明の形質転換体と称する場合がある)を用いることにより、ブタノールを高収率で製造することができる。
【0029】
ブチリルCoAをブタノールへ還元する酵素としては、アルコールアルデヒドデヒドロゲナーゼが挙げられる。アルコールアルデヒドデヒドロゲナーゼ構造遺伝子としてはブチリルCoAに対して特異性の高いものが好ましく、特にClostridium acetobutylicum ATCC824株由来のadhE(アクセッションナンバーX72831)、adhE2(アクセッションナンバーAF321779)、Clostridium beijerinckii ATCC51743株由来のadhなどが好適に用いられる。アルコールアルデヒドデヒドロゲナーゼ構造遺伝子の具体例としては、配列番号2の塩基配列からなる遺伝子、及び該遺伝子と同等の遺伝子が挙げられる。配列番号2の塩基配列からなる遺伝子と同等の遺伝子としては、配列番号2で表される塩基配列において、1若しくは数個(例えば、2〜3個)の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列からなり、アルコールアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性を有する蛋白質をコードする遺伝子が挙げられる。同等の遺伝子として、配列番号2で表される塩基配列と90%以上、より好ましくは95%以上の同一性を有し、アルコールアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性を有する蛋白質をコードする遺伝子も挙げられる。
【0030】
上記形質転換体は、糖からアセチルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモータ、アセチルCoAからブチリルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモーター及び構成的プロモーターから選択されるプロモーターと、及び該プロモーターの制御下に発現するように連結されたブチリルCoAをブタノールへ還元する酵素の構造遺伝子とを含む組み換えDNA(以下、本発明の組み換えDNAと称する場合がある)を、クロストリジウム属微生物に導入することにより調製することができる。
【0031】
本発明の組み換えDNAは、プロモーターを、微生物ゲノムDNAを鋳型にしてクローニングにより取得するか、又は合成し、アルコールアルデヒドデヒドロゲナーゼの構造遺伝子に連結することにより調製できる。微生物ゲノムDNAから所望の遺伝子又はプロモーターをクローニングにより取得する方法は、分子生物学の分野において周知である。例えば遺伝子の配列が既知の場合、制限エンドヌクレアーゼ消化により適したゲノムライブラリを作り、所望の遺伝子配列に相補的なプローブを用いてスクリーニングすることができる。配列が単離されたら、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)(米国特許第4,683,202号)のような標準的増幅法を用いてDNAを増幅し、形質転換に適した量のDNAを得ることができる。なお、クローニングに用いるゲノムDNAライブラリの作製、ハイブリダイゼーション、PCR、プラスミドDNAの調製、DNAの切断及び連結、形質転換等の方法は、Sambrook, J., Fritsch,E.F., Maniatis,T., Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1.21(1989)に記載されている。
【0032】
本発明の組み換えDNAを、クロストリジウム属微生物で複製可能なベクターに挿入することにより本発明の組み換えベクターが得られる。使用するベクターはクロストリジウム属微生物で複製可能なものであれば限定されない。大腸菌とクロストリジウム属微生物のシャトルベクターであれば都合がよくpIM13由来のpKNT19(Journal of General Microbiology 138, 1371-1378 (1992))などのシャトルベクターが特に好ましい。
【0033】
本発明の組み換えベクターをクロストリジウム属微生物に導入することにより本発明の形質転換体が得られる。宿主であるクロストリジウム属微生物としては、Clostridium acetobutylicum、Clostridium beijerinckii、Clostridium saccharoperbutylacetonicum、Clostridium butylicumなどが好ましい。Clostridium acetobutylicum ATCC824株、Clostridium beijerinckii ATCC51743株、Clostridium saccharoperbutylacetonicum ATCC13564株とその変異株が特に好ましい。
【0034】
本発明の組み換えベクターをClostridium acetobutylicum ATCC824株に導入する場合には、それに先立って制限酵素分解から保護するためにメチル化処理を行うのが好ましい。メチル化処理は、Clostridium acetobutylicum ATCC824株のゲノム上にコードされているメチルトランスフェラーゼCAC1501を、本発明の組み換えDNAを含む組み換えベクターと共存可能な大腸菌ベクターに挿入し、大腸菌菌体内で実施する。メチル化処理された組み換えベクターを大腸菌菌体から回収しClostridium acetobutylicum ATCC824株の形質転換に使用する。
【0035】
形質転換の方法としては、特に制限されないが、例えば、電気パルス法(Y. Kurusu et al., Agric. Biol. Chem. 54:443-447(1990))、カルシウムイオンを用いる方法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 69, 2110(1972))、プロトプラスト法(特開昭63-2483942)、エレクトロポレーション法(Nucleic Acids Res., 16, 6127(1988))等を挙げることができる。エレクトロポレーション法が好ましい。
【0036】
本発明の形質転換体は、相同組み換えを利用したゲノムへの挿入による方法によって調製することもできる。相同組み換えによる方法は、ゲノム上の配列と相同な配列に目的のDNAを挿入し、このDNA断片をエレクトロポレーションによって細胞内に導入して相同組み換えを起こさせることにより実施できる。相同組み換えにより、本発明の組み換えDNAを挿入してもよいし、プロモーターのみを挿入してもよい。ゲノムへの導入の際には目的のDNAと薬剤耐性遺伝子を連結したDNA断片を用いると容易に相同組み換えが起こった株を選抜することができる。また、薬剤耐性遺伝子と特定の条件下で致死的になる遺伝子を連結したDNA断片をゲノム上に上記の方法で相同組み換えによって挿入し、その後、薬剤耐性遺伝子と特定の条件下で致死的になる遺伝子を置き換える形で導入することもできる。
【0037】
また、本発明の形質転換体において、ブタノール以外の生成物であるアセトン、酢酸、酪酸への代謝経路を遮断するとさらにブタノールの収率を高めることができる。アセトンへ至る経路では、アセト酢酸デカルボキシラーゼ遺伝子を破壊するのが好ましい。酢酸へ至る経路ではホスホトランスアセチラーゼ遺伝子を破壊するのが好ましい。酪酸へ至る経路ではブチリルCoAデヒドロゲナーゼ遺伝子及び/又はホスホブチリルトランスフェラーゼ遺伝子を破壊するのが好ましい。
【0038】
得られた形質転換体はブタノール生産用の培地で培養しブタノール発酵に用いることができる。培養に用いる培地及び培養条件は、ブタノール発酵の分野で公知のものを使用できる。培養は、通常、炭素源、窒素源及び無機イオンを含む。
【0039】
炭素源としては、糖類、好ましくはグルコースを用いる。グルコースとともに、ラクトース、ガラクトース、フラクトース若しくはでんぷんの加水分解物などの糖類、ソルビトールなどのアルコール類、又はフマル酸、クエン酸若しくはコハク酸等の有機酸類を、併用してもよい。
【0040】
窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機アンモニウム塩、大豆加水分解物などの有機窒素、アンモニアガス、アンモニア水等を用いることができる。
【0041】
無機イオンとしては、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、鉄イオン、マンガンイオン等が添加される。有機微量栄養素としては、チアミン、p−アミノ安息香酸、ビタミンB1などの要求物質又は酵母エキス等を必要に応じ適量含有させることが望ましい。
【0042】
培養は、通常、嫌気条件下で5〜50時間実施するのがよく、培養温度は通常25〜40℃に、培養中pHは特に調節しなくてもよいが、調節する場合には通常4〜8に制御する。pH調整には無機又は有機の酸性又はアルカリ性物質、更にアンモニアガス等を使用することができる。
【0043】
培養終了後の培地液からの発酵生成物、特にブタノールの採取は、本発明において特別な方法が必要とされることはない。すなわち、従来より周知となっているイオン交換樹脂法、その他の方法を組み合わせることにより実施できる。
【0044】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲は実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0045】
大腸菌とクロストリジウム属微生物で使用可能なシャトルベクターの構築
NCBIのデータベース(NC_001376)記載のpIM13プラスミド(Journal of General Microbiology 138, 1371-1378 (1992))(配列番号3)の情報を元にDNA断片を合成しpUC19プラスミドに結合してpKNT19プラスミドを作成した。
【0046】
プロモーターを改変したアルコールアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子の作成
Clostridium acetobutylicum ATCC824株のゲノムDNAを鋳型として下記の2つのプライマーを用いてアセチルCoAアセチルトランスフェラーゼのプロモーターDNA断片(配列番号1)をPCRで増幅した。
thiL-F-7 gggggatccaatatattgataaaaataataatagtgggtataattaagttg (配列番号4)
thiL-R-5 cccgggggggcatatgaactaacctcctaaattttgatacg (配列番号5)
【0047】
この増幅した断片をPCR4TOPOに挿入し、大腸菌TOP10を形質転換した。得られた形質転換体からプラスミドを回収しインサートを確認したところ目的サイズのバンドが確認できた。このプラスミドをthiL-Pro-3-1-PCR4TOPOと命名した。このプラスミドを、アルコールアルデヒドデヒドロゲナーゼ構造遺伝子を挿入するために制限酵素NdeIで切断し回収した。
【0048】
Clostridium acetobutylicum ATCC824株のゲノムDNAを鋳型として下記の2つのプライマーを用いてアルコールアルデヒドデヒドロゲナーゼ構造遺伝子(配列番号2)をPCRで増幅した。
adhE2-F-7 GGAGGTTAGTTCATATGAAAGTTACAAATCAAAAAGAACTAAAACAAAAGCTAAATGAATTG (配列番号6)
adhE2-R-7 CCCGGGGGGGCATATGTTAAAATGATTTTATATAGATATCCTTAAGTTCACTTATAAGTGGATAC (配列番号7)
【0049】
この増幅した断片を先に切断して回収したthiL-Pro-3-1-PCR4TOPOにクロンテック製のIn-FusionPCRクローニングキットを用いて挿入し、大腸菌TOP10を形質転換した。得られた形質転換体からプラスミドを回収しインサートを確認したところ目的サイズのバンドが確認できた。このプラスミドをthiL-Pro-adhE2-PCR4TOPOと命名した。
【0050】
このプラスミドからBamHI、Cfr9Iの2つの制限酵素でthiL-Pro-adhE2断片を切り出し回収した。大腸菌とクロストリジウム属微生物で使用可能なシャトルベクターpKNT19を同様にBamHIとCfr9Iで切断し、先に切り出したthiL-Pro-adhE2断片と連結した後、大腸菌TOP10に形質転換した。得られた形質転換体からプラスミドを回収しインサートを確認したところ目的サイズのバンドが確認できた。このプラスミドをthiL-Pro-adhE2-pKNT19と命名した。
【0051】
DNAメチル化保護のためのプラスミドの作成
Clostridium acetobutylicum ATCC824株のゲノムDNAを鋳型として下記の2つのプライマーを用いてメチルトランスフェラーゼ遺伝子断片(配列番号8)をPCRで増幅した。
MTII-F-1 ctcgtaggtggaataaaaatacttgatataattagaatc (配列番号9)
MTII-R-1 gcaccttctttattatctttaaatagaccgc (配列番号10)
【0052】
この増幅した断片を回収しPCR4TOPOに挿入し、大腸菌TOP10を形質転換した。得られた形質転換体からプラスミドを回収しインサートを確認したところ目的サイズのバンドが確認できた。このプラスミドから制限酵素EcoRIでメチルトランスフェラーゼ遺伝子を切り出し回収し、EcoRIで切断後、脱リン酸化処理したpMW218プラスミドに連結して大腸菌TOP10を形質転換した。得られた形質転換体からプラスミドを回収しインサートを確認したところ目的サイズのバンドが確認できた。このプラスミドをMTaseII-pMW218と命名した。
【0053】
このMTaseII-pMW218を大腸菌HB101に形質転換し、さらにthiL-Pro-adhE2-pKNT19を形質転換し、thiL-Pro-adhE2-pKNT19・MTaseII-pMW218/HB101株を得た。この株を50mlのLB培地で培養しキアゲン製のプラスミドMIDIキットを用いてプラスミドを大量調製した。回収したプラスミド溶液1 mlをエタノール沈殿処理して乾燥し、滅菌水20 μlに溶解してClostridium acetobutylicum ATCC824株形質転換用のプラスミド溶液を得た。
【0054】
Clostridium acetobutylicum ATCC824株の形質転換
Clostridium acetobutylicum ATCC824株の胞子懸濁液1 mlをCGMm培地5 mlに接種し、80℃で10分加熱した後、1分間氷冷した。これを35℃で16時間培養し、CGMm培地50 mlを入れた100 ml容のねじ口ビンに接種して35℃で培養した。4時間後、菌が生育し始めたところで氷冷し5000 rpmで遠心分離して菌体を回収した。上清を除いた後、ETM1溶液1 mlに菌体を懸濁してから遠心分離する方法で菌体を2回洗浄し、さらにETM2溶液1 mlで1回洗浄してからETM2溶液0.4 mlに菌体を懸濁した。先に準備した形質転換用のプラスミド溶液2 μlを加えて混合した後、0.4 mlをバイオラッド製のエレクトロポレーション用キュベットに入れて氷冷したのち1.8 KV、50 μF、600Ωの条件で印加した。印加後、CGMm培地1.5 mlを加え、35℃で4時間培養した後CGMm寒天培地にエリスリロマイシン30 ppmを加えたプレートに広げて35℃で3日間培養しコロニー形成させた。上記の操作は全て嫌気条件下で行った。
【0055】
【表1】

【0056】
【表2】

【0057】
【表3】

【実施例2】
【0058】
実施例1で調製したプラスミドを用いて、実施例1と同じ方法でClostridium beijerinckii ATCC51743株を形質転換した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖からアセチルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモーター、アセチルCoAからブチリルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモーター及び構成的プロモーターから選択されるプロモーターと、該プロモーターの制御下に発現するように連結されたブチリルCoAをブタノールへ還元する酵素の構造遺伝子とを含む組み換えDNA。
【請求項2】
請求項1記載の組み換えDNAを含む組み換えベクター。
【請求項3】
請求項2記載の組み換えベクターでクロストリジウム属微生物を形質転換して得られる形質転換体。
【請求項4】
糖からアセチルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモーター、アセチルCoAからブチリルCoAが生成する経路に関与する酵素遺伝子のプロモーター及び構成的プロモーターから選択されるプロモーターの制御下に発現するように連結された、ブチリルCoAをブタノールへ還元する酵素の構造遺伝子を有する、クロストリジウム属形質転換体。
【請求項5】
請求項3又は4記載の形質転換体を糖の存在下で培養することを含む、ブタノールの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−161982(P2010−161982A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−7923(P2009−7923)
【出願日】平成21年1月16日(2009.1.16)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】