説明

ブタTSH(Thyroid−stimulatinghormone)レセプターをコードする断片およびその用途

【課題】ブタTSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターをコードするDNA断片およびその用途を提供。
【解決手段】特定のアミノ酸配列をコードする塩基配列、他の特定の塩基配列、またはこれらの配列において、1個もしくは数個の塩基が欠失、置換、挿入または付加された配列、あるいはこれらのDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、かつブタ由来TSHレセプターをコードするDNA断片。 さらに、上記いずれかのDNA断片をプラスミドもしくはファージに挿入して調製した発現ベクター、及び当該発現ベクターを用い、宿主細胞を形質転換し、得られた形質転換体を培養して得られる組換えブタTSHレセプターおよびその製造法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブタTSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターをコードするDNA断片およびその用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
甲状腺刺激ホルモンレセプター(Thyroid-Stimulating Hormone Receptor;以下TSHレセプターとする)は甲状腺細胞膜上に存在する甲状腺刺激ホルモン(TSH)の受容体である。甲状腺の代表的な疾患であるグレーブス(Graves)病〔バセドウ(Basedow)病〕は、甲状腺機能が亢進する疾患であり、TSHレセプターに対する自己抗体が原因となって発症するとされている。
【0003】
TSHレセプターに対する自己抗体には、TSHレセプターに結合して甲状腺刺激活性を示す抗体(甲状腺刺激抗体)とTSHレセプターに結合してTSHのTSHレセプターに対する刺激活性を妨げる抗体(甲状腺刺激阻害抗体)の少なくとも2種類の異なった活性を持つ抗体が存在していることが知られている。
TSHレセプターに対する自己抗体の測定は、グレーブス病の診断、病勢把握、病因解析などに利用されており、測定原理により大きく2つに分類することができる。
【0004】
すなわち、1つの方法は、可溶化ブタ甲状腺細胞膜画分に患者血清とアイソトープ標識したTSHを加えて反応させ、被検血清中のTSHレセプター自己抗体による標識化TSHのTSHレセプターへの結合阻害率をTSHレセプター自己抗体値として測定する方法(非特許文献1)である。
【0005】
また、他の方法は、ポリエチレングリコール処理により分画した被検血清を測定サンプルとし、これをブタ甲状腺細胞に反応させると、サンプル中の甲状腺刺激抗体(TSAb)がブタ甲状腺細胞膜上のTSHレセプターに結合して細胞中のアデニレートシクラーゼが活性化されてcAMPが産生されるので、被検血清とコントロール血清におけるcAMP産生量の比率からTSAb活性を算出する方法(非特許文献2)である。
【非特許文献1】Methods in Enzymology,74,405〜420(1981)、Endocr.Rev.,9,106-120,(1988)
【非特許文献2】Endoclin.Vol.125,No.1,pp410-(1985)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の方法で使用するブタ由来の甲状腺細胞あるいはその膜画分の調製は必ずしも簡便とはいえなかった。たとえば、屠殺したブタより甲状腺組織を取得し、さらに組織をコラゲナーゼおよびトリプシン処理により細胞を個々に分離させた後に凍結させて保存し、これを解凍させてアッセイに用いていた。また、細胞調製に用いるブタの個体差、処理操作時の状況、保存状態等により細胞のロット間に差が生じる可能性も否定できなかった。
【0007】
このため、組換えTSHレセプターを用いることができれば、TSHレセプターに対する自己抗体測定のための試薬あるいはキットの調製が簡便になり、ロット差を生じる危険性も小さくできることが期待される。特に、ヒトやイヌ等由来の組換えTSHレセプターを使用するよりも、ブタ由来の組換えTSHレセプターを使用した方が、従来法による測定値との解離が少ないと考えられるため、組換えTSHレセプターとしてはブタ由来のものを使用するのが好ましいと考えられていた。
【0008】
しかしながら、ヒトやイヌなどのTSHレセプター遺伝子に関する報告および当該遺伝子を含むウイルスを用いてCHO細胞やミエローマ細胞を形質転換し、これら細胞を培養することでヒトTSHレセプターなどを生産する試みは報告されているものの(特表平4−506752、特表平5−504683など)、ブタ由来のTSHレセプターに関しては、当該レセプターをコードする遺伝子の解析はもとより、そのアミノ酸配列さえ報告されていないのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで本発明者は、ブタ甲状腺細胞由来のTSHレセプターをコードする遺伝子をクローニングすべく、ウシ、ヒツジ、ヒト、マウス、ラット由来の甲状腺TSHレセプター遺伝子配列をもとにプライマーを作製し、ブタ甲状腺細胞のRNAを鋳型にして合成したcDNAをスクリーニングした結果、アミノ酸764個、分子量86,641のタンパク質をコードする遺伝子を見出し、当該遺伝子の塩基配列は、公知の動物由来のTSHレセプター遺伝子と類似していることを確認した。
さらに、この遺伝子を発現させ、その機能を確認した結果、当該遺伝子はブタTSHレセプターをコードする遺伝子であることを確認し、得られた組換えブタTSHレセプターがTSHレセプターに対する自己抗体の測定に使用できることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
したがって、本発明は、配列番号1で示されるアミノ酸配列、または配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなるブタTSHレセプターをコードするDNA断片に関するものである。
【0011】
また、本発明は、配列番号2で示される塩基配列、または配列番号2で示される塩基配列において、1個もしくは数個の塩基が欠失、置換、挿入または付加された塩基配列を有し、あるいはこれらのDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、かつブタ由来TSHレセプターをコードするDNA断片に関するものである。
【0012】
さらに、本発明は、上記いずれかのDNA断片をプラスミドもしくはファージに挿入して調製した発現ベクター、及び当該発現ベクターを用い、宿主細胞を形質転換し、得られた形質転換体を培養して得られる組換えブタTSHレセプターおよびその製造法に関するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明者によって、初めてブタ由来TSHレセプターをコードするDNA断片を特定することができ、このようなDNA断片を用いて調製した組換えビタTSHレセプターは、抗TSHレセプター抗体測定に有用である。
特に、通常のブタ甲状腺細胞を用いた従来法と比較すると、組換えビタTSHレセプターを用いた方がcAMPの産生量が高く、より高感度に測定可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるブタTSHレセプターをコードするDNA断片に関するものである。
配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるレセプターは、TSHレセプター活性を維持する限りにおいて、配列番号1で示されるアミノ酸配列に限定されるものではなく、配列番号1に示されるアミノ酸配列における1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、修飾または付加されたアミノ酸配列であってもかまわない。
【0015】
本発明のDNA断片を塩基配列をもって例示すれば、配列番号2で示される塩基配列を有するDNA断片を挙げることができる。
配列番号2で示される塩基配列を有するDNA断片は、後述の実施例に詳述するように、ブタ甲状腺細胞のRNAを鋳型として合成したcDNAから調製されたものであって、図1−1〜図1−2の塩基番号54〜2345番目で示される配列と同一のものであり、TSHレセプターの構造遺伝子に相当する。
【0016】
本発明においては、ブタTSHレセプターを産生することができる限りにおいて、配列番号2で示される塩基配列中の1個もしくは複数個の塩基が欠失、置換、挿入または付加されたDNA断片、またはそれらのDNA断片とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA断片も利用することができる。なお、ここでいうストリンジェントな条件下でハイブリダイズするとは、5×SSC(1×SSCは塩化ナトリウム8.76g、クエン酸ナトリウム4.41gを1リットルの水に溶解させたもの)、0.1%w/v N−ラウロイルザルコシン・ナトリウム塩、0.02% w/v SDS、0.5% w/vブロッキング試薬を含む溶液を用い、60℃で20時間程度ハイブリダイゼーション反応を行ったときにハイブリダイズすることを意味する。
【0017】
本発明のDNA断片の調製、すなわち、動物組織より抽出・精製したRNAを鋳型として合成したcDNAからの目的遺伝子のクローニング、クローン化したDNA断片を用いた発現ベクターの調製、および発現ベクターを用いた組換えTSHレセプターの生産などは、分子生物学の分野に属する技術者にとっては周知の技術であり、具体的には、例えば、「Molecular Cloning」(Maniatisら編、Cold Spring Harbor Laboratories, Cold Spring Harbor、New York(1982))に記載の方法に従って行うことができる。
【0018】
例えば、まず、既にクローニングされている類似の遺伝子の配列を参考にプライマーを合成する。具体的には、ウシ、ヒツジ、ヒト等のTSHレセプター遺伝子は既にクローニングされているので(Biochemical and Biophysical Research Communications,165,1184(1984)等を参照)、それらの配列をそのまま用いてプライマーを合成しても良いし、公知動物のTSHレセプター遺伝子どうしを比較し、共通部分の塩基配列を用いてプライマーを合成してもよい。
【0019】
次に、合成したプライマーをプローブとして、ブタ甲状腺細胞から抽出したRNAを鋳型として合成したcDNA(もしくはcDNAから公知の方法で作製されたcDNAライブラリー)よりTSHレセプターをコードする遺伝子を含有するDNA断片をクローニングする。クローニングの方法としては、公知の方法、例えば、アミノ酸配列にもとづいて化学合成したオリゴヌクレオチドをプローブとして用いたプラークまたはコロニーハイブリダイゼーション法〔Molecular Cloning,Cold Spring Harbor Laboratory,(1982)〕等が挙げられる。
【0020】
このようにして得られたDNAの塩基配列は、公知の方法、例えばMaxam-Gilbert法(Pro. Natl. Acad.Sci., U.S.A. 74,560(1977))、ジデオキシ法(Nucl. Acids. Res.,9,309(1981))、あるいはデアザ法(Nucl. Acids. Res.,14,1319(1986))などによって決定する。
【0021】
決定した塩基配列もしくはそこから推定されるアミノ酸配列を、公知の動物由来TSHレセプターのそれと比較することにより、ブタ由来のTSHレセプターをコードするDNA断片の存在を確認する。上述の方法を繰り返し行うことにより、ブタTSHレセプター遺伝子の塩基配列を決定する。
【0022】
遺伝子の両端、つまり5’周辺、N末端、C末端あるいは3’周辺の領域はPCRのプライマーの設定が困難なため、上述の方法では塩基配列が決定できない場合が多い。そのような場合には、これらの領域の配列は、5’RACE法及び3’RACE法(宝酒造(株)製の3'-Full RACE Core Set及び5'-Full RACE Core Set等)を用いることにより決定することができる。
【0023】
TSHレセプターの調製は、プロモーター等を保有する公知のプラスミドもしくはファージに、上記クローン化したTSHレセプター遺伝子を挿入して発現ベクターを調製し、該発現ベクターを用いて形質転換した細胞(CHO、COSなどの哺乳類由来細胞もしくはSf9、Sf21等の昆虫細胞等)を自体公知の方法に従って培養し、TSHレセプターを産生させる方法をあげることができる(例えば、Biochemical and Biophysical Research Communications Vol.165,No.3,1250-1255(1989)、特表平4−506752、J.Immunol.158,2798-2804(1997)などを参考)。
【0024】
調製した培養物から、膜分離あるいは遠心分離処理などによりTSHレセプターが産生した細胞を回収する。回収した細胞はそのまま抗TSHレセプター抗体の測定に使用することもでき、また、超音波処理等により細胞を破砕し、遠心分離、ゲルろ過等を行い種々の夾雑物を分離後、熱処理、硫安塩析処理、透析処理、各種クロマトグラフィー処理等を数種組み合わせて単離精製し、該測定に使用することもできる。
【実施例】
【0025】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本願発明が実施例に限定されないことは明らかである。
【0026】
実施例1:ブタTSHレセプター遺伝子の塩基配列の決定
(1)プライマー
図2−1〜図2−3に示すように、既にクローン化されているヒト、ウシ、ヒツジ、イヌ、マウス及びラットのTSHレセプター遺伝子の塩基配列を比較して、20〜30塩基の範囲において5種類の動物でほぼ100%保存されている領域を選び、5’プライマーを3種類、3’プライマーを3種類、合計6種類のプライマーを合成した。5’プライマーにはプライマー番号として奇数を、3’プライマーには偶数を用いた。また、対応箇所として、各プライマーがヒトTSHレセプター遺伝子のどの箇所に対応しているかを、開始コドンATGのAを+1として表した。
【0027】
プライマー1:5'-GACTTCAGAGTCACCTGCAAGG -3'
(22塩基、対応箇所+106〜+127、GC含量54.5%)
プライマー2:5'-CAGATGCCAAACTTGCTGAG -3'
(20塩基、対応箇所+2074〜+2093、GC含量50.0%)
プライマー3:5' -ATGGGCTACAAGTTCCTGAG -3'
(20塩基、対応箇所+1234〜+1253、GC含量50.0%)
プライマー4:5'-GCCAGTCGATGGCATGGTTGT -3'
(21塩基、対応箇所+1445〜+1465、GC含量57.1%)
プライマー5:5'-CTGGATGCTGTTTACCTGAAC -3'
(21塩基、対応箇所+604〜+624、GC含量47.6%)
プライマー6:5'-GGATTCCTCTGATTTTCTTCTG -3'
(22塩基、対応箇所+865〜+886、GC含量40.9%)
【0028】
(2)ブタ甲状腺細胞からのRNAの調製
ブタ甲状腺組織をコラゲナーゼおよびトリプシン等のプロテアーゼで処理して個々の細胞に分散させた。約6gのブタ甲状腺細胞を初発材料として、AGPC法(実験医学(羊土社)Vol.9 No.15 p99(1991)、バイオ実験イラストレイテッド(秀潤社)第2巻 p161)によってRNAを調製した。この結果、1.75mgの全RNAが得られた。さらにOligotex-dT30(宝酒造(株)製)を用いてこの全RNAよりmRNAを精製した。この結果、約40mgのmRNAが得られ、OD260/OD280値は1.758であった。
【0029】
(3)PCR
RNA LA PCRTMKit (AMV) ver.1.1(宝酒造(株)製)を用いて、ブタ甲状腺細胞より調製した全RNAを鋳型としてcDNAを合成した。逆転写反応のプライマーはOligo dT-Adaptor primer(キットに添付)を、酵素はAvian Myeloblastosis Virus由来のRiverse transcriptaseを使用し、反応は55℃、30分間行った。
【0030】
次に、合成したcDNAを鋳型とし、前述のプライマーを、No.1とNo.6、No.3とNo.2、No.5とNo.4をペアにしてPCRを行った。PCRによる遺伝子の増幅は、熱変性(94℃、30秒)、アニーリング(55℃、1分)、伸長反応(72℃、1分)のステップを50回繰り返すことにより行った。
【0031】
ヒトTSHレセプター遺伝子の塩基配列から計算すると、プライマー1とプライマー6の場合は781塩基、プライマー3とプライマー2の場合は864塩基、プライマー5とプライマー4の場合は862塩基の大きさの断片が増幅されることが予想される。PCRで増幅された3つのDNA断片を各々アガロース電気泳動を行ったところ、予想と一致する大きさのDNA断片が検出された。それぞれのDNA断片をアガロース電気泳動により分離し、その断片を含む箇所をDNACELL(第一化学薬品製)を用いて回収・精製した。精製したDNA断片の塩基配列を決定し、対応するアミノ酸配列を推定し、他の動物由来の塩基配列およびアミノ酸配列と比較したところ、良く似ていることが示された。そこで、得られた塩基配列をもとに、さらに下記のプライマーを合成して上記と同様にPCRを行い、TSHレセプター構造遺伝子のほぼ全領域の塩基配列を決定した。
【0032】
プライマー9 5'-CACTGACTTCATGTGCATGGC-3'
(21塩基、対応箇所+1893〜+1913、52.4%)
プライマー10 5'-GGACTGTGATTCCAGCTGCTG-3'
(21塩基、対応箇所+268〜+288、57.1%)
プライマー11 5'-GACATCAATCCCTGCGAATGC-3'
(21塩基、対応箇所+492〜+512、52.4%)
プライマー13 5'-GTGAATGCTGTAAATGGTCCC-3'
(21塩基、対応箇所+943〜+963、47.6%)
プライマー15 5'-ACGCCTACGCCATCATGGCTG-3'
(21塩基、対応箇所+1610〜+1630、61.9%)
プライマー16 5'-AACAGCATCCAGCTTTGTCCC-3'
(21塩基、対応箇所+595〜+615、52.4%)
プライマー18 5'-GTCGTAATGGCTGTCAAAGGC-3'
(21塩基、対応箇所+1138〜+1158、52.4%)
プライマー20 5'-AGAGGAGTCTCAGTGTCCATG-3'
(21塩基、対応箇所+1713〜+1733、52.4%)
【0033】
(4)C末端及び3’周辺領域の塩基配列の決定
構造遺伝子の両側にあたる5’および3’周辺領域に関しては、比較した動物間でアミノ酸をコードしている領域とは異なっていた。得られた構造遺伝子の塩基配列が比較的ヒト、マウス、ラットに比べてウシやヒツジに近い傾向が観察されたため、ウシもしくはヒツジの塩基配列をもとに、3’周辺領域に対応するプライマーの設定を行った。
【0034】
プライマー12 5'-CAGCCTAAGTCCTTGTACCACTTA-3'
(24塩基、GC含量45.8%)
プライマー14 5'-GTGTCGATGGTTGGAATGATGCTC-3'
(24塩基、GC含量50.0%)
上記の2つの3’プライマーを上記のプライマー9およびプライマー15と組み合わせてPCRを行ったところ、プライマー14を用いた時に予想される大きさのDNA断片の増幅が観察された。プライマー9とプライマー14を用いて得られたDNA断片の塩基配列を決定したところ、得られたブタTSHレセプター遺伝子のC末端領域の塩基配列と一致する箇所が存在し、該遺伝子由来であることが示された。これにより、C末端領域およびその下流の塩基配列が明らかになった。
【0035】
(5)N末端領域および5’周辺領域の塩基配列の決定
3’周辺領域の塩基配列を決定した時と同様に、ウシもしくはヒツジ由来の塩基配列を参考にして5’周辺領域に3種類の5’プライマーを設定した。
【0036】
プライマー7 5'-ATCGCCGAGCACGCAGAGGTAG-3'
(22塩基、GC含量63.6%)
プライマー17 5'-ATGAGAGGGAGGCGATC-3'
(17塩基、GC含量58.8%)
プライマー19 5'-GGGCCCGGAGGACGATG-3'
(17塩基、GC含量76.5%)
【0037】
cDNAを鋳型として上記プライマーを5’プライマーとして、これに対する3’プライマーとしてプライマー10および16を用いてPCRを行ったが、明確に増幅されるDNA断片は検出されなかったため、cDNA PCR Library KitおよびcDNA Synthesis kit(いずれも宝酒造(株)製)を用いてcDNA PCR Libraryの作製を行った。
作製したブタ甲状腺細胞由来cDNA PCR Libraryを鋳型として、5’プライマーとしてCAプライマー(cDNA PCR Library Kitに添付)を、3’プライマーとしてプライマー20を用いてPCRを行った。PCR反応液をアガロース電気泳動に供し、ゲルより約1500塩基以上のDNA断片を回収・精製した。
【0038】
この調製したDNAを鋳型として、さらにCAプライマーおよびプライマー16を用いてPCRを行い、得られたDNA断片を鋳型として、CAプライマーとプライマー10を用いてPCRを行ったところ、ほぼ予想される大きさのDNA断片の増幅が観察された。DNA断片を回収・精製し、塩基配列を決定したところ、既に明らかになっているプライマー10より上流の塩基配列が検出され、この断片がTSHレセプター遺伝子由来であることが示された。これにより、TSHレセプター遺伝子のN末端領域とATG開始コドンより53塩基上流までの塩基配列が明らかになった。
【0039】
実施例2:ブタTSHレセプター遺伝子のクローニング
上記で明らかになった塩基配列をもとに、5’周辺領域に対応する5’プライマーであるプライマー21と、3’周辺領域に対応する3’プライマーであるプライマー22を設計・合成した。
【0040】
プライマー21 5'-GCTGAAGATGAAGAGATAGCC-3'
(21塩基、対応箇所-18〜-38、GC含量47.6%)
プライマー22 5'-CTAAGACACCAGCCTAAGTCC-3'
(21塩基、対応箇所+2312〜+2332、GC含量52.4%)
【0041】
ブタ甲状腺細胞より調製したmRNAを鋳型として、Oligo dT-アダプター プライマー(cDNA PCR Library Kitに添付)、Avian Myeloblastosis Virus由来のRiverse transcriptaseを用いてcDNAを合成した。さらにこのcDNAを鋳型として、プライマー21及びプライマー22を用いてPCR反応を行った。PCR反応は、熱変性(98℃、10秒)、アニーリング(55℃、30秒)、伸長反応(72℃、2分)のステップを25回繰り返すことにより行った。増幅したTSHレセプター遺伝子(cDNA)はアガロース電気泳動により分離し、回収・精製した。
【0042】
精製したTSHレセプター遺伝子断片を、パーフェクトリー ブラント クローニング キット(Novagen社製、宝酒造(株)販売)を用いてプラスミドへクローン化した。得られたTSHレセプター遺伝子の塩基配列は、上記で決定された塩基配列と同一であり、変異は起こっていなかった。
【0043】
実施例3:組換えブタTSHレセプターの調製
(1)クローン化したブタTSHレセプター遺伝子(cDNA)のpCMV−Scriptへの組み込み
クローン化したブタ甲状腺組織由来のTSHレセプターcDNAを鋳型とし、下に示したプライマー23(TSR37)とプライマー24(TSR22)を用いて常法に従いPCRを行った。
プライマー23 5'-GCC CGG CCA CCA TGG GTC TGA CGC CC-3'
プライマー24 5'-CTA AGA CAC CAG CCT AAG TCC-3'
【0044】
増幅されたPCR断片をTSHR37/22と名付けた。TSHR37/22は、アガロース電気泳動を行って同DNA断片を分離・切り出した後にDNACELLにより回収・精製した。得られたTSHR37/22をpCMV−Script PCR Cloning kit (ストラタジーン社)を用いて、pCMV−Scriptへクローン化し、得られたプラスミドをpCMV:pTSHRと名付けた。なお、クローニングの方法はキットに付随している説明書にしたがって行った。
【0045】
(2)pCMV:pTSHRのCHO−K1細胞へのトランスフェクション及びG−418耐性株の単離
リポフェクトアミン(GIBCO BRL社)を用いてpCMV:pTSHR DNAをCHO−K1細胞(第日本製薬)へ導入した。トランスフェクション方法はリポフェクトアミンに付随している説明書にしたがって行った。
トランスフェクション操作後、処理した細胞を48時間Ham'sF−12培地(GIBCO BRL)で培養した。トリプシン処理によってCHO細胞をプレートから剥がした後、10分の1量の細胞を新たにG−418(ゲンタマイシン誘導体、160mg/L)を添加した培地に植え継ぎ培養を行った。
【0046】
2〜3日ごとに培地を交換し、死滅した細胞を除き、G−418存在下で生育する細胞の培養を続けた。ある程度G−418を含む培地で細胞が生育したら、トリプシン処理によってトランスフェクトしたCHO細胞を剥がし、細胞数を計測した。細胞濃度に応じてG−418添加培地で段階的に希釈を行い、それぞれの希釈液を96wellプレートで培養した。さらに2〜3日後に顕微鏡で観察し、1つのwellに1個のコロニーしかないものを探し、11株ほど単離した。この単離した11株を培養し、ある程度wellの底面に覆うように生育した段階で、トリプシン処理によって剥がして直径100mmのプレートに植え継ぎ培養を続けた。
【0047】
(3)pCMV:pTSHRを導入されたCHO細胞(トランスフェクタント)の探索
単離した11個のG−418耐性CHO細胞株を直径22mmのwellに25,000個/wellになるようにそれぞれを植え継いで培養した。3日間培養後、培地を除去し、各wellに0.5mlの下記組成のBinding buffer(以下、単にBinding bufferという)を添加した。さらに5μlのI125ラベルしたウシ由来TSH(以後I125−bTSHと表記)を添加して37℃で2時間インキュベーションした。
【0048】
インキュベーション後、培地を除去し、さらに0.5mlの氷冷したBinding bufferで1回洗浄した。洗浄後に各wellに0.5mlのLysis buffer(0.1N NaOH,1%SDS、以下、単にLysis bufferという)を加えて底面に付着している細胞を可溶化した。可溶化した細胞を試験管に回収後、さらにwellに0.5mlの氷冷したBinding bufferを加えて洗浄した。可溶化細胞液とこの洗浄液を合わせてγ−カウンターでTSHレセプターに結合したI125−bTSH量を計測した。なお、コントロールとしてpCMV−Scriptをトランスフェクトした細胞4株も同様に培養・検討を行った。この結果を下記表1に示す。
【0049】
表1から明らかなように、pCMV−Script cDNAをトランスフェクションした4株の結合量(cpm)が基準値(basal level)と考えられるため、これよりも明らかに高い結合量を示すpCMV:pTSHRトランスフェクタント No.2、No.3、No.4、No.5、No.6、No.7、No.8、No.9及びNo.11の計9株が、TSHレセプターを発現していることが示唆された。この中からより高い結合を示したNo.3、No.5、No.6及びNo.8株を選び、さらに検討した。
【0050】
【表1】

【0051】
なお、表中、PorcineはpCMV:pTSHRを、ScriptはpCMV−ScriptをそれぞれトランスフェクトしたCHO細胞株を示す。
【0052】
Binding bufferの組成(g/L)
KCl 0.40
KH2PO4 0.06
NaHCO3 0.35
Na2HPO4 0.048
D−Glucose 1.00
Sucrose 95.84
Bovine Serum Albumin (BSA) 2.5
【0053】
(4)CHO/pCMV:pTSHRトランスフェクタントの確認
pCMV:pTSHRトランスフェクタント No.3、No.5、No.6、No.8の計4株(以後、それぞれP3、P5、P6、P8と表記)とコントロールとしてpCMV−ScriptトランスフェクタントNo.1と2株(以後、C1、C2と表記)を用いて、I125−bTSHとの結合およびアイソトープで修飾されていないbTSH(cold bTSH)添加によるI125−bTSH結合阻害効果の検討を行った。
【0054】
すなわち、直径100mmのプレートへ5×105cells/プレートになるように各トランスフェクタントを植え継いだ。37℃で3日間CO2インキュベーターで培養した。培養後培地を除去し、4mlの37℃で保温していたBinding bufferに置換した。これに40μlのI125−bTSHを添加して37℃で2時間インキュベーションして結合を検討した。さらにこの他に20μlのcoldTSH(50mIU/ml)添加によるI125−bTSHの結合阻害も検討した。なお、何れの試験も2連で行った。また。コントロールのC1,C2株は結合のみ検討した。
【0055】
インキュベーション後、培地を除去し、さらに2mlの氷冷Binding bufferで1回洗浄した。これに2mlのLysis bufferを添加してプレート底面に付着している細胞を可溶化し回収した。さらに1mlの氷冷Binding bufferで洗浄した。これら細胞可溶化液と洗浄液を合わせてγ−カウンターでI125量を計測し、その結果を下記表2に示す。なお、表2における(−)はcold bTSH無添加を、(+)は添加を示している。したがって、(−)ではI125−bTSHとの結合能を、(+)ではcold TSH添加による阻害効果を表している。
表2の結果から、P3、P5、P6及びP8の各トランスフェクタントは、コントロールに比べて有意にI125−bTSHとの結合能が高く、またその結合がbTSHの添加によって阻害されるため、トランスフェクションしたporcineTSHR遺伝子が発現していることが明らかとなった。
【0056】
【表2】

【0057】
(5)リガンド(I125−bTSH)との結合能の検討
P6及びC1株を直径22mmのwellに25,000個/wellになるようにそれぞれを植え継いで培養した。3日間培養後、培地を除去し、各wellに0.5mlのBinding bufferを添加した。さらに5段階(2、4、6、10及び20μl)にI125−bTSH量を分けて添加して37℃で2時間インキュベーションした。
【0058】
インキュベーション後培地を除去し、さらに0.5mlの氷冷したBinding bufferで1回洗浄した。洗浄後に各wellに0.5mlのLysis bufferを加えて底面に付着している細胞を可溶化した。可溶化した細胞を試験管に回収後、さらにwellに0.5mlの氷冷したBinding bufferを加えて洗浄した。可溶化細胞液とこの洗浄液を合わせてγ−カウンターでTSHレセプターに結合したI125−bTSH量を計測し、その結果を表3に示した。なお、何れの試験も2連で行った。
【0059】
表3から明らかなように、P6の結合量は、添加I125−bTSH量が10μl(=約3000cpm)まで添加量に相関して上昇しており、添加リガンド量が約3000と6000でそれ程差が見られないことから、結合が飽和に達していることがわかる。これに対してC1の結合量は、添加リガンド量に関係せずほぼ一定であり、非特異的結合であることを示唆している。
【0060】
【表3】

【0061】
(6)cold bTSH添加によるリガンド(I125−bTSH)結合阻害効果の検討
P6及びC1株を直径22mmのwellに25,000個/wellになるようにそれぞれを植え継いで培養した。3日間培養後、培地を除去し、各wellに0.5mlのBinding bufferを添加した。これらに10μlのI125−bTSH量を添加し、さらに添加cold bTSH量を7段階に分けて添加し37℃で2時間インキュベーションした。なお、添加cold bTSH量は、各wellあたり0、5、15、50、150、500および1500μIUであり、最終濃度としては0、0.01、0.03、0.1、0.3、1.0及び3.0mIU/mlとなる。
【0062】
インキュベーション後培地を除去し、さらに0.5mlの氷冷したBinding bufferで1回洗浄した。洗浄後に各wellに0.5mlのLysis bufferを加えて底面に付着している細胞を可溶化した。可溶化した細胞を試験管に回収後、さらにwellに0.5mlの氷冷したBinding bufferを加えて洗浄した。可溶化細胞液とこの洗浄液を合わせてγ−カウンターでTSHレセプターに結合したI125−bTSH量を計測し、その結果を表4に示した。なお、何れの試験も2連で検討した。
【0063】
表4から明らかなように、コントロールC1のリガンド結合量がcold bTSH添加量に影響されず一定なのに対して、P6の方はcold bTSH添加濃度が高まるにつれて相対的にリガンド結合量が低下し、ほぼ1mIU/mlの濃度で100%結合が阻害されている。したがって、P6のI125−bTSHとの結合がpTSHレセプターを介した特異的な結合であることが示された。
【0064】
【表4】

【0065】
(7)bTSH及びTSAb刺激によるcAMP産生能の検討
体外診断用医薬品TSAbキット「ヤマサ」(ヤマサ醤油製)(以後、単にキットと表記する)を用いて測定した。測定方法はキットに付いている添付文書に従って行った。すなわち、P6及びC1株を直径11mmのwellに6,000個/wellになるようにそれぞれを植え継いで培養した。6日間培養して細胞がほぼwell一杯になったら、培地を除去しさらにキットに付いている0.5mlの細胞洗浄液で洗浄した。wellに50μlの細胞洗浄液を添加した後にキットに付いている200μlの細胞活性判定液(bTSH 100mIU/ml)もしくはTSAbを含むヒト血清より調製したIgG分画サンプルを添加して撹拌した。
【0066】
37℃で4時間インキュベーション後,10μlの反応停止液を添加した。この反応液25μlをガラスチューブに移し、100μlのI125−cAMP液と100μlのcAMP抗体液を添加して良く撹拌した。4℃で一晩インキュベーションした後に500μlのcAMP第2抗体液を添加、撹拌した。4℃で30分間インキュベーション後、1860〜1970g、4℃、15分間の条件で遠心した。アスピレーターで上清を吸引除去した後に沈殿のI125をγ−カウンターで測定した。なお、TOTAL、NSBサンプルの調製及びcAMP標準曲線の作成はキットの添付文書にしたがって行った。測定結果は、表5に示す。
【0067】
表5から明らかなように、コントロールのC1ではbTSHやIgG画分で値が変わらないことから、刺激物質に反応していない事が示された。一方、P6は、bTSHやTSAbに反応して、かなり高いcAMPを産生することから、本発明のCHO/pTSHR(P6)細胞は、TSHと特異的に結合し、TSHとの結合およびTSAbによる刺激により、cAMP産生が起きることから、pTSHR cDNAをトランスフェクションしたCHO細胞で該レセプター蛋白が機能を有した形で発現しているが明らかとなった。
さらに、通常のブタ甲状腺細胞を用いた時よりも組換えブタTSHレセプターを用いた方がcAMPの産生量が高く、より高感度に測定可能である。
【0068】
【表5】

【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1−1】ブタ由来TSHレセプター構造遺伝子(2292bp、764個のアミノ酸からなる分子量86,641のポリペプチドをコードする)を含有するDNA断片の塩基配列を示したものである。図中、Metはブタ由来TSHレセプター構造遺伝子の翻訳開始コドンを、stopはその停止コドンを示す。
【図1−2】ブタ由来TSHレセプター構造遺伝子(2292bp、764個のアミノ酸からなる分子量86,641のポリペプチドをコードする)を含有するDNA断片の塩基配列を示したものである。図中、Metはブタ由来TSHレセプター構造遺伝子の翻訳開始コドンを、stopはその停止コドンを示す。
【図2−1】本発明のブタ由来TSHレセプターのアミノ酸配列を、ヒト、ウシ、ヒツジ、マウス、ラット、イヌ由来TSHレセプターのアミノ酸配列と比較して示したものである。図中、porcine はブタ、Humanはヒト、Bos taurusはウシ、Ovis ariesはヒツジ、Mus musculusはマウス、Rattusはラット、Canineはイヌ由来のそれぞれのTSHレセプターのアミノ酸配列を示す。また、図中のアルファベットはアミノ酸の1文字記号で、以下のアミノ酸を示す。
【図2−2】本発明のブタ由来TSHレセプターのアミノ酸配列を、ヒト、ウシ、ヒツジ、マウス、ラット、イヌ由来TSHレセプターのアミノ酸配列と比較して示したものである。図中、porcine はブタ、Humanはヒト、Bos taurusはウシ、Ovis ariesはヒツジ、Mus musculusはマウス、Rattusはラット、Canineはイヌ由来のそれぞれのTSHレセプターのアミノ酸配列を示す。また、図中のアルファベットはアミノ酸の1文字記号で、以下のアミノ酸を示す。
【図2−3】本発明のブタ由来TSHレセプターのアミノ酸配列を、ヒト、ウシ、ヒツジ、マウス、ラット、イヌ由来TSHレセプターのアミノ酸配列と比較して示したものである。図中、porcine はブタ、Humanはヒト、Bos taurusはウシ、Ovis ariesはヒツジ、Mus musculusはマウス、Rattusはラット、Canineはイヌ由来のそれぞれのTSHレセプターのアミノ酸配列を示す。また、図中のアルファベットはアミノ酸の1文字記号で、以下のアミノ酸を示す。A:アラニン、R:アルギニン、N:アスパラギン、D:アスパラギン酸、C:システイン、Q:グルタミン、E:グルタミン酸、G:グリシン、H:ヒスチジン、I:イソロイシン、L:ロイシン、K:リジン、M:メチオニン、F:フェニルアラニン、P:プロリン、S:セリン、T:スレオニン、W:トリプトファン、Y:チロシン、V:バリン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2で示される塩基配列を有するブタTSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターをコードするDNA断片を用いて調製した配列番号1で示されるアミノ酸配列を有する組換えブタTSHレセプター。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図2−1】
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【図2−2】
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【図2−3】
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【公開番号】特開2007−314548(P2007−314548A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−179616(P2007−179616)
【出願日】平成19年7月9日(2007.7.9)
【分割の表示】特願2001−340847(P2001−340847)の分割
【原出願日】平成13年11月6日(2001.11.6)
【出願人】(000006770)ヤマサ醤油株式会社 (56)
【Fターム(参考)】