説明

プラスチック容器詰乳成分含有飲料における膜状凝集物の発生を防止する方法

【課題】乳脂肪分の分離、乳成分の乳化状態の変化に伴う蛋白の凝集を防止できる上に、容器のヘッドスペース表面部に生成する膜状凝集物の生成を有効に防止することができる生産効率の高い方法を提供する。
【解決手段】プラスチック容器詰乳成分含有飲料をレトルト殺菌機で殺菌する際に該飲料を水平方向に摺動させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチック容器詰ミルク入りコーヒー飲料等プラスチック容器詰乳成分含有飲料における膜状凝集物の発生を防止する方法に関する。特に当該飲料をレトルト殺菌する際に発生する膜状凝集物の発生を防止し、ひいてはプラスチック容器詰乳成分含有飲料を効率よく製造することを目的とする。
【背景技術】
【0002】
一般に、ミルク入りコーヒー飲料などの乳成分含有飲料を加温・加熱すると、乳脂肪分が分離し、乳成分の乳化状態変化に伴う蛋白の凝集などにより、表面に膜状凝集物が発生することが知られている。この膜状凝集物の発生を防止するためには、通常は加温・加熱するに際し乳成分含有飲料を攪拌しながら行うことにより膜状凝集物の発生を防止している。
【0003】
一方近年では、容器が軽量化され携帯性に優れ、また内容物の保存性などにも優れることからカップ形状などのプラスチック容器詰飲料の需要が増大しており、特にミルク入りコーヒー飲料などの乳成分含有飲料をプラスチック容器に充填した製品が市場に多く登場している。
【0004】
このようなプラスチック容器詰ミルク入りコーヒー飲料等の乳成分を含有するプラスチック容器詰飲料を常温流通や加温販売するためには、当該飲料中の耐熱性菌を殺菌するためにレトルト殺菌を行うことが必要である。しかし、レトルト殺菌においては、乳成分を含有する内容物の加熱により(1)乳脂肪分の分離、(2)乳成分の乳化状態の変化に伴う蛋白の凝集、(3)容器のヘッドスペース表面部に生成する湯葉状の膜状凝集物の生成など、外観の変化や異物様物質の生成が認められる場合がある。これによって内容物の外観不良だけでなく、飲料を飲んだ時に喉ごしが悪く商品価値を下げ、場合によっては致命的な欠陥となる。
【0005】
このような欠陥の発生を防止するため、内容物の処方、調合時の処理条件の変更などにより、殺菌後の乳脂肪分の分離や乳化安定による蛋白の凝集防止を行う工夫がなされている。一方膜状凝集物の生成防止については、処方変更や調合時の条件変更では大きな効果がなく、殺菌中に強制的に内容物を攪拌する必要がある。内容物を攪拌する方法としては、熱水式回転殺菌方法が用いられる場合があり、たとえば特許文献1には、油脂分や乳成分などを含有するソース類の缶詰製品を製造する場合に、油脂分の分離、乳蛋白質の部分変性、凝集を防止するために、ソース類の缶詰を品温が110〜115℃に達するまで回転させながら加熱殺菌した後静置加熱殺菌する方法が開示されている。
【0006】
しかし、特許文献1の発明は、比較的剛性のある金属缶に内容物を詰めた製品のレトルト殺菌方法に関する発明であり、熱水式回転殺菌方法をプラスチック容器詰乳成分含有飲料に適用する場合、金属缶よりも剛性の劣るプラスチック容器に回転による加速度が過度にかかり容器変形を生じ、製品の商品価値が損なわれる可能性がある。この場合、回転による容器の衝突や転倒に伴う変形を防止するためには既存のレトルト殺菌機に設けられている通常の殺菌棚を使用することはできず、各容器が動かないように固定する必要があり、例えばプラスチックカップ容器の場合は、カップをフランジ部で受けることにより固定する特別な殺菌棚が必要になる。この特別な殺菌棚を使用すると容器形状や寸法ごとに特別な殺菌棚を用意しなければならず割高であるため、装置のランニングコストが増加することもあり、一般的には使用されていない。加えて、殺菌棚に載置する際に容器の間隔を大きくとらなければならないため、静置式殺菌に比べてレトルト殺菌機内のカップ収容数が2/3程度に減少し、生産効率が著しく低下することになる。
【0007】
一方、本出願人が先に出願した特許文献2、特許文献3は、袋状容器などのフレキシブルパッケージを、容器変形を生じることなく熱伝達を効率化してレトルト殺菌するため、複数段の殺菌棚にフレキシブルパッケージを寝かせて置き、殺菌棚を水平方向に摺動するレトルト殺菌機を開示している。
【0008】
このような摺動式レトルト殺菌機は、回転式レトルト殺菌機に比べフレキシブルパッケージを水平方向にのみ摺動させるため変形が起こりにくく、また殺菌棚なども特別の殺菌棚を必要とせずコスト高にもならないため、非常に有効な殺菌装置であるが、特許文献2、3に開示される発明の内容は、内容物を充填したフレキシブルパッケージを殺菌棚に寝かせてレトルト殺菌することを主題としており、例えばプラスチックカップ容器やプラスチックボトルなどの比較的剛性が低く、高さを有する容器を加熱レトルト殺菌することについては開示しておらず、特にこのような容器において内容物を攪拌等して膜状凝集物の発生を防止することについては示唆もされていない。このため、これらの点において改良の余地があった。
【特許文献1】特開平8−294376号公報
【特許文献2】特公昭58−2666号公報
【特許文献3】特願2006−190138号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、プラスチック容器詰乳成分含有飲料の製造における上記問題点にかんがみなされたもので、既存のレトルト殺菌機が使用でき、プラスチック容器固定のため特別の殺菌棚を必要としないため製造コストアップさせることなく、容器変形等の製品の外観特性を損なうことなく、乳脂肪分の分離、乳成分の乳化状態の変化に伴う蛋白の凝集を防止できる上に、容器のヘッドスペース表面部に生成する湯葉状の膜状凝集物の生成を有効に防止することができる生産効率の高いプラスチック容器詰乳成分含有飲料を製造するための膜状凝集物の発生を防止する方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明者等は鋭意研究と実験を重ねた結果、プラスチック容器詰乳成分含有飲料を蒸気式または熱水シャワー式のレトルト殺菌機の既存の殺菌棚に積載して殺菌する際に、特に好ましくは限られた範囲内の摺動加速度で、殺菌棚を前後または左右に摺動させると、意外なことに、乳脂肪分の分離、乳成分蛋白の凝集を防止できる上に、容器のヘッドスペース表面部に生成する膜状凝集物の生成を有効に防止することができることを発見し、本発明に到達した。
【0011】
すなわち、上記本発明の目的を達成する本発明のプラスチック容器詰乳成分含有飲料における膜状凝集物の発生を防止する方法は、プラスチック容器詰乳成分含有飲料をレトルト殺菌機で殺菌する際に該乳成分含有飲料を充填した該プラスチック容器を水平方向に摺動させることを特徴とし、特に好ましくは該乳成分含有飲料を積載した殺菌棚を前後又は左右に摺動させることを特徴とするものである。
【0012】
本発明の好ましい実施態様においては、前記殺菌棚の摺動の加速度は0.2G〜25Gであることを特徴とする。
【0013】
本発明の他の好ましい実施態様においては、前記殺菌棚の摺動回数は5回/分〜90回/分であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来の回転式殺菌方法のように特別の殺菌棚を必要とせず、既存の殺菌棚を使用することができるので、レトルト殺菌機の容器収容数を減少させることがなく、したがって生産効率を低下させることがなく、ランニングコストの増加を来たすこともない。またレトルト設備としては、既存のレトルト殺菌機を一部改造するのみで摺動式のレトルト殺菌機に改造することができ、既存の蒸気式、熱水シャワーレトルトのほとんどに適用することができる。
【0015】
本発明の好ましい実施態様によれば、殺菌棚の摺動の加速度を0.2G〜25Gに限定することによりプラスチック容器の変形を防止しつつ乳脂肪・乳蛋白の分離や膜状凝集物の生成を完全に防止することができる。
【0016】
また本発明の他の好ましい実施態様によれば、殺菌棚の摺動回数を5回/分〜90回/分に限定することにより、同様にプラスチック容器の変形を防止しつつ乳脂肪・乳蛋白の分離や膜状凝集物の生成を完全に防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下本発明の実施の形態について添付図面を参照して説明する。
本発明はプラスチック容器詰乳成分含有飲料の製造に適用される。乳成分含有飲料としては、ミルク入りコーヒー、ミルク入り紅茶、牛乳、スープ等の飲料で粘度1〜100mPa・sのものに適用することが好適である。
【0018】
プラスチック容器としては、ポリプロピレン、PET、ナイロンなどの合成樹脂の単体または積層材からなるカップ、ボトルなどの成形容器が挙げられる。積層材としては、中間層としてEVOHや酸素吸収層を含むものが、内容物の保存性の点から好ましい。
【0019】
レトルト殺菌機により殺菌を行う際に、容器詰乳成分含有飲料を積載した殺菌棚を加熱、殺菌、排水工程まで前後または左右など水平方向に摺動させることにより、内容物表面を強制的に攪拌し膜状凝集物の生成を防止することができる。
【0020】
殺菌棚の摺動条件は飲料内容物によって異なるが、摺動回数としては、5回/分〜90回/分の範囲に設定する。摺動回数が5回/分よりも少ないと内容物の静置状態が長くなり、脂肪・乳蛋白の分離や膜状凝集物の生成が発生しやすく、摺動回数が90回/分よりも多いと容器の動きが激しくなり、容器変形や転倒を起こすことがある。より好ましい範囲は10回/分〜90回/分である。
【0021】
摺動時の加速度については、0.2G〜25Gの加速度に設定する。加速度が0.2Gより低い場合は、内容物の攪拌が不充分となり脂肪・乳蛋白の分離や膜状凝集物が生成しやすくなり、加速度が25Gを超えると摺動による容器の動きの変化が大きくなり、殺菌機での容器転倒や容器間の衝突が起こり容器変形を起こすことがある。より好ましい加速度の範囲は0.4G〜25Gであり、もっとも好ましい加速度の範囲は1G〜25Gである。
【0022】
図1・図2は本発明の方法を実施するための装置の1例を示す断面図である。
図1はエアシリンダー方式による殺菌棚摺動機構を示す。
図1において、A1はレトルト本体、A2はレール等の支持台である。この支持台A2上には車輪A3を介して可動台A4が装架され、この可動台A4上に容器詰乳成分含有飲料を多数並べて収容した殺菌棚(トレー)A5が多段に積載されている。
【0023】
A6はエアシリンダー、A7はエアシリンダーA6を固定する固定台であり、エアシリンダーA6の他端はレトルト本体A1のシール機構A9を介して可動台A4から突出させた駆動軸A8に連結されている。
【0024】
駆動時にエアシリンダーA7を駆動すれば可動台A4は前後に往復運動することになり、可動台A4に収容された容器詰飲料は前後に摺動して充填物が攪拌される。
【0025】
図2はクランク方式による殺菌棚摺動機構を示す。図2において、図1と同一構成要素は図1と同一符号で示し、その説明を省略する。
【0026】
図2において、A10はモーター、A11はモーターA10で駆動されるクランク機構であり、駆動時にモーターA10を駆動すればクランク機構A11によって可動台A4が前後に往復運動することになり、図1同様容器詰飲料が前後に摺動して充填物が攪拌される。
【実施例】
【0027】
プラスチック容器詰乳成分含有飲料として(A)ミルク入りコーヒーおよび(B)牛乳について殺菌棚の摺動条件を種々に変更して乳脂肪分の分離、乳蛋白の凝集および膜状凝集物の生成に対する防止効果について調べた。
【0028】
1.試験条件
プラスチック容器としては、材料構成PP・接着層・EVOH・接着層・酸素吸収層・PPから成る側壁厚約0.4mm、口外径75mm、高さ80mm、満注内容量215mlのプラスチックカップを使用した。蓋材としてPET・ナイロン・アルミ・PPからなる多層フイルム構成で総厚み0.08mmの材料を使用した。
【0029】
ミルク入りコーヒーとしては、コーヒー抽出液、牛乳、砂糖、pH調節剤(重曹)を配合し、ホモジナイズして乳化したものを使用した。牛乳としてはUHT殺菌乳を使用した。
【0030】
各飲料の充填・密封条件およびレトルト殺菌条件は次のとおりである。
(1)充填・密封条件
充填量 180g
充填温度 50℃前後
脱酸素条件 窒素ガス・10NL/分
密封条件 190℃、1.5秒、0.4MPa
(2)レトルト殺菌条件
熱媒体 熱水シャワー
殺菌条件 殺菌温度121℃・35分(CUT
15分、CDT15分)(この条件でF0値30)
【0031】
レトルト殺菌機の殺菌棚をエアシリンダーまたはクランクにより間欠駆動することにより摺動を行った。
【0032】
評価項目は次のとおりである。
(1)実内容物の外観の変化 乳脂肪分の分離の有無
乳蛋白質の分離の有無
膜状凝集物の生成の有無
(2)容器変形 カップフランジ部、胴部の凹み等
【0033】
2.試験結果
(1)摺動回数の影響
表1、表2に摺動回数を変えてレトルト殺菌を行った時の殺菌後の内容物外観評価結果を示す。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
表1および表2から、静置して殺菌したものでは膜状凝集物が生成したが、摺動させながら殺菌したものでは膜状凝集物の発生は見られなかった。また、いずれの摺動式殺菌試験でも、凹みなどの容器変形は生じなかった。
【0037】
(2)ストロークの影響
表3、表4にストロークを変えてレトルト殺菌を行った時の殺菌後の内容物外観評価結果を示す。
【0038】
【表3】

【0039】
【表4】

【0040】
表3および表4から、摺動ストロークを変えても内容物の外観および容器変形に影響はないことが判る。
【0041】
(3)加速度の影響
3−1.エアシリンダー方式
表5、表6にエアシリンダー方式での摺動の加速度を変えてレトルト殺菌を行った時殺菌後の内容物の外観評価結果を示す。
【0042】
【表5】

【0043】
【表6】

【0044】
エアシリンダー方式での摺動の加速度の変化については、加速度が低すぎると内容物を強制的に攪拌できないため、乳脂肪分・乳蛋白分の分離や膜状凝集物の生成が認められた。一方加速度を高めることによりこれらの現象はほとんどなくなり、良好な内容物の品質特性を示した。ただし、加速度が高すぎると容器の激しい動きにより、殺菌中に容器変形が認められた。表5、表6から最適な加速度範囲は1G〜25Gであることが判る。
【0045】
3−2.クランク方式
表7にクランク方式での摺動条件と加速度の換算表を示す。クランク方式の場合、摺動回数とストロークを変化させる事によって加速度が決定する。
【0046】
【表7】

【0047】
表8、表9に表7クランク方式での摺動加速度を変えてレトルト殺菌を行った時の殺菌後の内容物外観評価結果を、表10に容器変形の程度結果を示す。
【0048】
【表8】

【0049】
【表9】

【0050】
【表10】

【0051】
表8および表9から、クランク方式においてもエアシリンダー方式同様の膜状凝集物の生成防止効果が認められた。適正加速度としては、およそ0.2以上であることが判る。また、本方式はエアシリンダー方式より加速度が低いことから、表10のようにいずれの摺動条件においても容器変形が起こらない事が判る。
【0052】
(4)摺動式殺菌による内容物のpHおよび色調に及ぼす影響
摺動式殺菌による内容物のpHおよび色調を表11、表12に示す。
【0053】
【表11】

【0054】
【表12】

【0055】
表11、表12から、いずれの内容物も摺動回数の違いによるpHおよび色調の変化は認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の方法を実施するための装置の1例を示す断面図である。
【図2】本発明の方法を実施するための装置の他の例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0057】
A1 レトルト本体
A2 支持台
A3 車輪
A4 可動台
A5 殺菌棚
A6 エアシリンダー
A7 固定台
A8 駆動軸
A9 シール機構
A10 モーター
A11 クランク機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチック容器詰乳成分含有飲料をレトルト殺菌機で殺菌する際に該乳成分含有飲料を充填した該プラスチック容器を水平方向に摺動させることを特徴とするプラスチック容器詰乳成分含有飲料における膜状凝集物の発生を防止する方法。
【請求項2】
該水平方向の摺動は、該プラスチック容器を積載した殺菌棚を前後又は左右に摺動させることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記プラスチック容器又は殺菌棚の摺動の加速度は0.2G〜25Gであることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記プラスチック容器又は殺菌棚の摺動回数は5回/分〜90回/分であることを特徴とする請求項1または2または3記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2008−220207(P2008−220207A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−59861(P2007−59861)
【出願日】平成19年3月9日(2007.3.9)
【出願人】(000003768)東洋製罐株式会社 (1,150)
【Fターム(参考)】