説明

プリンタ、インクおよびインク判定方法

【課題】簡易な構成により、インク等の対象物を精度良く識別する機構を備えたプリンタ、インクおよびインク判定方法を提供する。
【解決手段】本実施形態に係るプリンタは、揮発性物質を検出する少なくとも1種類の匂いセンサ4と、匂いセンサ4の検出結果に応じて、インクの種類または劣化を識別する判定回路5と、を有する。例えば、複数種類の匂いセンサ4を備え、判定回路5は、複数種類の匂いセンサ4の出力パターンに基づいて、インクの種類または劣化を識別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プリンタ、インクおよびインク判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インクジェット方式によるプリンタは、写真と同等の印刷品質が実現できるようになり、さらに印刷物の耐久性も向上している。これにはプリンタの機械的性能の向上はもちろんだが、インクの性能、品質の向上及び各インクの特性に基づく色調制御技術の進歩によるところが大きい。
【0003】
このようなインクジェット方式のプリンタが普及するに従い、種々の特性をもったインクが開発され、インクの種類も多品種化している。インクが多品種化する中で印刷品質を保証するためには、インクの識別が必要になる。
【0004】
インクを識別する方法としては、例えば特許文献1に開示されたものが知られている。特許文献1では、ヘッドのインク流路を光路が横切るように受光素子及び発光素子を配置し、光の透過光量からインクの有無や濃度を判定している。
【特許文献1】特開2003−63013号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の技術を採用する場合には、光学的にインクをモニタするために、インク流路の堆積をある程度確保する必要が生じる。このことは、近年のインクジェットヘッドの小型化の要請に反することとなる。
【0006】
本発明の目的は、簡易な構成により、インク等の対象物を精度良く識別する機構を備えたプリンタ、インクおよびインク判定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るプリンタは、インクを吐出する吐出手段と、前記インクに含まれる揮発性の識別マーカーを検出する少なくとも1種類の匂いセンサと、前記匂いセンサの検出結果に応じて、インクの種類または劣化を識別する判定回路と、を有する。
【0008】
これによれば、匂いセンサにより検出可能な揮発性の識別マーカーをインクに含有させることにより、匂いセンサの検出結果に基づいて、判定回路により、インクの種類または劣化度合いを判定することができる。このため、匂いセンサを筐体内または筐体外の適当な位置に場所に設置するだけでよいことから、光学的手法を用いてインクを直接測る場合に比べ、吐出手段の周辺やインクを収容する容器に複雑な設計変更が必要なく、機構が単純で低コスト化を実現することができる。
【0009】
好ましくは、前記判定回路による識別結果を表示部に表示させる制御手段をさらに有する。これにより、インクの種類または劣化をユーザに知らせることができる。例えば、インクが劣化している場合には、ユーザにインクの交換を促すことも可能となる。
【0010】
好ましくは、前記判定回路により識別されたインクの種類または劣化に基づいて、前記吐出手段を制御する制御手段をさらに有する。これにより、インクの種類または劣化に応じた制御が可能となる。したがって、それぞれのインクに適した吐出制御を行なうことができ、印刷性能と故障低減を両立でできる。
【0011】
好ましくは、複数種類の前記匂いセンサを備え、前記判定回路は、前記複数種類の前記センサの出力パターンに基づいて、前記インクの種類または劣化を識別する。匂いセンサは、特定の識別マーカー以外の揮発性物質にも反応する場合がある。複数種類の匂いセンサを用いることにより、既知の揮発性マーカーであるか否かの精度を向上させることができる。
【0012】
前記インクには、前記識別マーカーとして複数種類の揮発性物質が含まれている。このように、複数種類の揮発性物質を所定の比率で混合して識別マーカーを作製することにより、少ない種類の揮発性物質の組み合わせにより、多くの識別マーカーを作製することができる。
【0013】
本発明に係るインクは、揮発性の識別マーカーを含む。これによれば、揮発性の識別マーカーをインクに含有させることにより、匂いセンサを用いて、種類または劣化度合いを判定可能なインクを実現することができる。
【0014】
本発明に係るインク判定方法は、吐出されたインクに含まれる揮発性の識別マーカーを検出するステップと、検出結果に基づいて、前記インクの種類または劣化を識別するステップと、を有する。これによれば、揮発性の識別マーカーをインクに含有させることにより、匂いセンサを用いて、インクの種類または劣化度合いを判定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に、本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態に係るプリンタの概略構成を示すブロック図である。
図1に示すように、本実施形態に係るプリンタ1は、インクカートリッジ2と、ノズルヘッド(吐出手段)3と、匂いセンサ4と、判定回路5と、吐出制御回路6と、コントローラ(制御手段)7とを備える。
【0016】
インクカートリッジ2には、インクが収容されている。本実施形態に係るインクには、インクの種類などに応じて特定の揮発性の識別マーカーが所望の比率で混ぜてある。識別マーカーとは、予め決められた揮発性の化学物質である。識別マーカーには、少なくとも人体に有害でないこと、インクと分離せず混合できること、インクの特性(色、描画性能、耐久性)に影響しない物質および混合量であることが求められる。識別マーカーは、少なくとも人間にとって感覚的に不快な匂いでなければよく、人間にとって無臭であってもよい。
【0017】
このような識別マーカーとしてはインクの性質に合わせて、天然、人工を問わず数多くの水性香料、油性香料から選ぶことができる。香料の選択は、それぞれのインクに合わせて行う必要があるので、一概に決めることはできないが、水性インクに対しては水性香料を、油性インクに対しては油性香料を選ぶことが望ましい。特に化粧品、食品、芳香剤などに使用されている香料は安全性、安定性の面で安心である。その種類は汎用のもので800種類、特別用途のものを含めると5000種類におよぶため、この中から必ずインクに合った香料を選択すればよい。一般に人工香料の方が安価で使用しやすい。その一例を以下に示す。
【0018】
<花の香り(フローラル)>
例えば、ベンジルアセテート、ゲラニオール、エピジャスモン酸メチル、ラバンジェロール、β-フェニルエチルアルコール、酢酸ゲラニル、n-オクタノール、l-デカノール、ヒドロキシシトロネラール、α-アミルシンナミックアルデヒドなどが好適である。
【0019】
<果実の香り(フルーティー)>
例えば、シトラール、シトロネラール、リモネン、酢酸3-メチルブチル、γ-ヘキサラクトン、γ-ジャスモラクトン、フェニルグリシド酸エチル、4,7-ジメチルビシクロ[3.2.1]オクト-3-エン-6-オン、3-メチル-3-ブテン-1-オール、3-ヒドロキシ-β-ダマスコン、ペンタン-2-チオール、3-ヒドロキシ-2-エチル-γ-ピロン、3-エトキシ-4-ヒドロキシベンズアルデヒド、2,5-ジメチル-4,5-ヒドロキシ-3(2H)-フラノンなどが好適である。
【0020】
<その他>
その他、バニリン、メントール、イソチオシアン酸アリル、l-カルボン、シクロペンタデカノリド、ニトロムスク類、セドロール、ゲルマクレンBなどが好適である。
【0021】
識別マーカーは複数の成分の揮発性物質を特定の配合比で混合してもよい。こうすれば少ない種類の成分の組み合わせで数多くの識別マーカーを作製することができる。
【0022】
混合濃度は、香料の種類、匂いセンサの感度にもよるが、1%以下で十分である。インク特性への影響およびコストの点でより好ましくは、香料の混合濃度は0.1%以下である。
【0023】
ノズルヘッド3は、そのノズルから微小液滴状のインク10を紙等の被処理体100に向けて吐出する。ノズルヘッド3の吐出原理に限定はなく、例えば、ピエゾ方式、サーマル方式を採用することができる。
【0024】
ピエゾ方式とは、電圧を加えると変形するピエゾ素子(圧電素子)を使ったインクジェット方式のことである。ピエゾ素子をインクの詰まった流路の壁に取り付け、このピエゾ素子に電圧を加えて変形させることで、インクを流路外へと噴出させる。
【0025】
サーマル方式とは、加熱により流路内のインクに気泡を発生させてインクを噴射する方式のことである。サーマルジェット法では、インクの詰まった流路の一部にヒータを取り付け、このヒータを瞬時に加熱することでインク内に気泡を発生させて、インクを噴出させる。加熱に使用するヒータは、抵抗加熱、誘導加熱などがある。
【0026】
インク10は、ノズルヘッド3から微小液的状に吐出されて紙等の被処理体100に塗布され、揮発成分が蒸発することで色素が紙表面に定着する。揮発成分の蒸発は塗布直後から始まるので、印刷開始とともにプリンタ筐体内あるいは被処理体100の印刷面近傍には蒸発したインク揮発成分が豊富に存在する。インクに識別マーカーが含まれていると、このインクの揮発成分にも識別マーカーが含まれることになる。
【0027】
匂いセンサ4は、インクの揮発成分に含まれる揮発性マーカーを検出する。匂いセンサ4は、少なくとも1つあればよいが、例えば、匂いセンサ4として種類の異なる2つの酸化物半導体型のセンサを用いる。センサの数を増すと匂いの識別性能が高めやすいので3個以上用いてもよいが高コストになる。識別性能を多少犠牲にしてコストを優先するなら1つでもかまわない。匂いセンサ4としてはこの他に、水晶振動子型、導電性ポリマー型などを選ぶことが可能である。
【0028】
匂いセンサ4は、例えば、ノズルヘッド下流側の筐体カバー内に設置される。ノズルヘッド下流とは、ノズルヘッド3に対し被処理体100が進行していく方向を指す。ノズルヘッド下流には蒸発源である印刷されたばかりの被処理体100が存在するので、この近傍に匂いセンサ4を設置することで効率よく識別マーカーの有無を検出できる。
【0029】
または、匂いセンサ4は、フラッシング位置近くに設置してもよい。フラッシング位置は、通常、ノズルヘッド3がキャッピングされて、待機状態にある位置である。フラッシングとは、ノズルヘッド3の目詰まりの防止や、目詰まりの解消のために、ノズルヘッド3の全てのノズル開口から所定数のインク的を吐出させることをいう。このようにすることで、被処理体100に印字しなくても、フラッシングの際にインクの種類および劣化を識別することができる。
【0030】
判定回路5は、匂いセンサ4の出力に基づいて、インク10の種類または状態を判定する。例えば、判定回路5は、予め用意しておいた識別マーカーに対する匂いセンサの応答信号パターンと、実際の信号パターンとを比較することで揮発成分中の識別マーカーの有無を判定できる。信号パターンとして、信号のピーク値を用いても、積分値を用いてもよい。あるいは信号の時間応答特性から何らかの特徴点を抽出した値を信号パターンとすることもできる。例えば、識別マーカーが検出されれば既知の特性のインクが装着されていると判定する。識別マーカーが検出されても信号レベルが低ければインクが経年劣化していると判定できる。識別マーカーが全く検出されなければ、未知の特性のインクが装着されていると判定する。
【0031】
経年劣化判定の理屈は次のとおりである。インクカートリッジ2は機密構造となっていないため、インクカートリッジ開封後、期間を経るに従い揮発成分である識別マーカーの濃度は徐々に減少していく。これに伴い匂いセンサ4による識別マーカー検出信号も低下するので、経年劣化の目安になる。識別マーカー検出信号が設定値を下回ったところでインクの経年劣化が生じたと見なすことが出来る。
【0032】
識別マーカーの検出は、常時行う必要はない。主にインクカートリッジを交換した直後と起動直後に行えばよい。検出を行わない通常の期間は、匂いセンサ4の劣化を防ぐためセンサ素子をキャップやカバーでインク飛沫付着などの汚染から保護することが望ましい。
【0033】
コントローラ7は、判定回路5からのインク判定結果に応じて吐出制御回路6へ制御信号を出力する。また、コントローラ7は、コンピュータを通じて表示装置に接続されており、コンピュータを通じて当該表示装置にインク判定結果を表示させる。
【0034】
吐出制御回路6は、コントローラ7からの制御信号に応じて、ノズルヘッド3の動作を制御する。
【0035】
図2は、プリンタの動作フローを示す図である。
図2に示すように、例えば起動直後のインク吐出時に、匂いセンサ4を動作させて、被処理体100へ塗布後のインク10に含まれる揮発成分を検出する(ステップST1)。あるいは、被処理体100へ塗布するのではなく、フラッシングを行なって、匂いセンサ4によりフラッシング位置における揮発成分を検出してもよい。
【0036】
次に、匂いセンサ4からの出力パターンと、予め用意した応答パターンとを比較して、判定回路5により、インクに識別マーカーが含まれているか否かが判定され(ステップST2)、さらにインクの劣化が進んでいるか否かが判定される(ステップST3)。
【0037】
識別マーカーを検出できなかった場合あるいは検知レベルが設定値を下回った場合は、未知の特性のインクが装着されている、あるいはインクの劣化が進んでいると判断し、コントローラ7は、不図示の表示装置にその旨を表示させてユーザに知らせる(ステップST4)。
【0038】
また、故障(ノズル詰りなど)防止を優先したプリンタの制御を行うことが好ましい(ステップST5)。例えば、吐出不良が起こらないよう余裕を持ったインク液滴量や標準的な色調制御、さらに安全をもたせたノズルクリーニング頻度での運用などである。なお、未知の特性のインクと判断された場合と、インクの劣化が進んでいると判断された場合とで、制御を異ならせてもよい。
【0039】
匂いセンサ4により、識別マーカーの存在あるいは種類を検出した場合は、既知の特性を備えたインクであり、かつインクの劣化は生じていないと判断し(ステップST2、ST3)、コントローラ7はそのインク特性に合わせた各種制御を吐出制御回路6に行なわせる(ステップST6)。
【0040】
例えば、そのインクに最適な吐出条件で印刷することでその機種の持つ最高の精細度で印刷が行える。またインクの色特性に合わせたインクの混合配分を行うことで設計どおりの色調制御が行える。さらにノズルクリーニングを必要十分な頻度で行うことでインクの無駄を最小限にできる。
【0041】
以上のようにして、インクの種類または劣化度合に応じた制御がなされる。
【0042】
本実施形態によれば、匂いセンサ4により検出可能な揮発性の識別マーカーをインクに含有させることにより、匂いセンサ4の出力パターンに基づいて、インクの種類または劣化度合いを判定することができる。このため、匂いセンサ4を筐体内または筐体外の適当な位置に場所に設置するだけでよいことから、光学的手法を用いてインクを直接測る場合に比べ、ノズルヘッド3の周辺やインクカートリッジ2自体に複雑な設計変更が必要なく、機構が単純で低コスト化を実現することができる。
【0043】
識別マーカーを検出することにより、既知特性のインク、劣化が懸念されるインク、未知特性のインクの判別が可能となる。それぞれのインクに適した制御を行なうことにより、印刷性能と故障低減を両立することができる。
【0044】
本発明は、上記の実施形態の説明に限定されない。
例えば、インク判定は、インク種(色)ごとに異なる揮発性マーカーを含有し、複数センサでインクの種類または劣化を判定しても良い。このようにすることで、複数のインクカートリッジを持つプリンタにも適用可能となる。
【0045】
インク判定は、プリンタ起動時に行うフラッシングの際に、フラッシングのタイミングを各色でずらしながら判定しても良い。このようにすることで、複数の揮発性マーカーの干渉の効果を軽減し、より精度の高いインク判定が可能となる。またこのときの揮発性マーカーは各色同一のものを用いても良い。直前のフラッシングのインクからの揮発性マーカーの影響が少なくなるのをセンサ出力から判断し、次のインクのフラッシングによりこのセンサ出力が優位に増減するかを観ることでインク判定を実現できる。
【0046】
また、上記の実施形態では、記録用紙への印字用のインクに適用した例を示したが、金属配線をインクジェット法で作製する場合の配線形成用のインクや、有機EL材料またはカラーフィルタ材料等のデバイス形成用のインク、および当該インクを吐出するプリンタに適用することができる。
その他、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本実施形態に係るプリンタの概略構成を示すブロック図である。
【図2】プリンタの動作フローを示す図である。
【符号の説明】
【0048】
1…プリンタ、2…インクカートリッジ、3…ノズルヘッド、4…匂いセンサ、4a…第1センサ、4b…第2センサ、5…判定回路、6…吐出制御回路、7…コントローラ、10…インク、100…被処理体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インクを吐出する吐出手段と、
前記インクに含まれる揮発性の識別マーカーを検出する少なくとも1種類の匂いセンサと、
前記匂いセンサの検出結果に応じて、インクの種類または劣化を識別する判定回路と、
を有するプリンタ。
【請求項2】
前記判定回路による識別結果を表示部に表示させる制御手段をさらに有する、
請求項1記載のプリンタ。
【請求項3】
前記判定回路により識別されたインクの種類または劣化に基づいて、前記吐出手段を制御する制御手段をさらに有する、
請求項1記載のプリンタ。
【請求項4】
複数種類の前記匂いセンサを備え、
前記判定回路は、前記複数種類の前記匂いセンサの出力パターンに基づいて、前記インクの種類または劣化を識別する、
請求項1記載のプリンタ。
【請求項5】
前記インクには、前記識別マーカーとして複数種類の揮発性物質が含まれている、
請求項1記載のプリンタ。
【請求項6】
揮発性の識別マーカーを含む、
インク。
【請求項7】
吐出されたインクに含まれる揮発性の識別マーカーを検出するステップと、
検出結果に基づいて、前記インクの種類または劣化を識別するステップと、
を有するインク判定方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−188868(P2008−188868A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−25431(P2007−25431)
【出願日】平成19年2月5日(2007.2.5)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】