説明

プロテインキナーゼ活性の解析方法

【課題】基質ペプチドのリン酸化検出で、プロテインキナーゼの動態を網羅的にプロファイリングする方法を提供。
【解決手段】プロテインキナーゼの基質ペプチドが基板の金属薄膜上に固定化されたアレイ上の該ペプチドのリン酸化検出で、ビオチン修飾の例えば式(I)のポリアミン亜鉛錯体を作用させ、その後アビジンを作用させてプロテインキナーゼ活性の解析。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属基板上にプロテインキナーゼを認識するペプチドが1もしくは複数種固定化されてなるアレイを用いたプロテインキナーゼ活性の解析方法であって、アレイ上でリン酸化反応を行った後、ビオチン修飾されたキレート化合物を作用させることによりリン酸化を検出する方法に関する。特に表面プラズモン共鳴(以下、SPRと示すこともある。)による分析技術を用いることにより、迅速で効率的であり、しかも簡便なプロテインキナーゼ活性の解析を実現することができるものである。より具体的には、SPRにより解析された物質間の相互作用の様子をモニターした表面プラズモン共鳴イメージング法(以下、SPRイメージング法と示すこともある。)を応用した新規なプロテインキナーゼ活性の解析方法である。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞内シグナル伝達に関する研究は飛躍的に進歩しており、増殖因子やサイトカインにより活性化した細胞表面の受容体からどのように核へシグナルが伝達されるかはもとより、細胞周期、接着、運動、極性、形態形成、分化、生死などを制御する様々なシグナル伝達経路の実態が明らかになってきた。これらのシグナル伝達経路は独立して機能しているのではなく、互いにクロストークしあい、システムとして機能している。そして、癌をはじめ色々な疾病の原因が、これらのシグナル伝達経路の異常として説明されるようになってきた。
【0003】
上述したシグナル伝達経路においては、様々な種類のプロテインキナーゼが複雑に関連しあいながら重要な役割を果たしていることが知られている。これらプロテインキナーゼの活性を網羅的に解析して、その細胞内における動態を一度にプロファイリングすることができれば、細胞生物学、薬学の基礎的研究はもとより、創薬開発、臨床応用などの分野においても大きく寄与しうるものと期待される。しかしながら、これまでには簡便で効率よく種々のプロテインキナーゼにおける動態を同時にプロファイリングできるような技術は、未だ確立されていないのが現状である。
【0004】
既に報告されている関連する技術としては、例えばペプチドアレイを用いてチロシンキナーゼの一種であるcSrcキナーゼの活性を評価したことが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。また、p60チロシンキナーゼやプロテインキナーゼA(以下、PKAとも示す。)などに関して、おのおのの基質ペプチドをガラススライドに固定化したアレイを用いて、蛍光標識された抗体を用いたリン酸化反応の検出系について報告されている例(例えば、非特許文献2及び3参照)や、あるいは放射性物質([γ32P]ATP)を用いたアレイ上でのキナーゼ反応の検出系について報告されている例(例えば、非特許文献4,5及び6参照)がある。しかしながら、いずれの先行技術においても種々のプロテインキナーゼの動態を同時に効率的にプロファイリングための方法としては、十分な技術が開示されているものではない。また上記いずれの方法においても、蛍光性物質や放射性物質を用いる必要があり、解析に手間を要する点や、取り扱いの困難性、特殊な技術や施設の必要性などの点で大きな問題がある。
【0005】
抗体を用いた検出系は広く適用されているものの、特にリン酸化セリン、リン酸化スレオニンを認識する抗体に関しては、その結合特異性や親和性の点で十分な特性を有するものも見出されておらず、精度のよい測定の実現には大きな問題がある。また抗体の場合は、リン酸化アミノ酸の種類に応じて別々なものを作用させる必要があることや、リン酸化アミノ酸の近傍におけるアミノ酸配列への結合依存性が高い場合が多く、ユニバーサルな検出系手段として利用するにはあまり有利ではない。
【0006】
【非特許文献1】Benjamin T.Housemanら、Nature Biotechnology 第20巻、第270〜274頁(2002年3月発行)
【非特許文献2】Bioorganic & Medical Chemistry Letters 第12巻、第2085〜2088頁(2002年発行)
【非特許文献3】Bioorganic & Medical Chemistry Letters 第12巻、第2079〜2083頁(2002年発行)
【非特許文献4】Current Opinion in Biotechnology 第13巻、第315〜320頁(2002年発行)
【非特許文献5】The Journal of Biological Chemistry 第277巻、第27839〜27849頁(2002年発行)
【非特許文献6】Science 第289巻、第1760〜1763頁(2000年発行)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、安価な物質を用いて迅速でしかも特別な技術を必要としない簡易な手法により基質ペプチドのリン酸化を検出することにより、特に種々のプロテインキナーゼにおける動態を網羅的にプロファイリングできる方法を確立しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記事情に鑑み鋭意検討を重ねた結果、金属を蒸着した基板上にプロテインキナーゼを認識するペプチドが固定化されてなるアレイを用いてプロテインキナーゼによるリン酸化を行った後、特定の分子量を有するビオチン修飾キレート化合物を作用させ、好適には更にストレプトアビジンもしくはアビジンを作用させた際に、特に該アレイ上における物質間の相互作用をSPRイメージング法により検出することが、様々なプロテインキナーゼ動態を迅速に特に網羅的な解析を行う上で極めて有用であることを見出し、本発明に到達した。
【0009】
本発明は以下のような構成からなる。
1.少なくとも1種のプロテインキナーゼの基質となる対応する少なくとも1種のペプチドが基板上に固定化されてなるアレイ上における該ペプチドのリン酸化を検出する方法であって、リン酸化の検出に際してリガンドにより修飾されているキレート化合物を作用させ表面プラズモン共鳴(SPR)を利用して検出することを特徴とするプロテインキナーゼ活性の解析方法。
2.リガンドにより修飾されたキレート化合物を作用させた後、更にレセプターを作用させることを特徴とする1のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
3.レセプターを作用させた後、更にレセプターを認識する抗体を作用させることを特徴とする1または2のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
4.少なくとも1種のプロテインキナーゼの基質となる対応する少なくとも1種のペプチドが基板上に固定化されてなるアレイ上における該ペプチドのリン酸化を検出する方法であって、リガンドにより修飾されたキレート化合物とレセプターとの複合体を形成させ、該複合体を作用させ表面プラズモン共鳴(SPR)を利用して検出することを特徴とするプロテインキナーゼ活性の解析方法。
5.複合体を作用させた後、更にレセプターを認識する抗体を作用させることを特徴とする4のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
6.リガンドにより修飾されたキレート化合物の分子量が500〜1000である1〜5のいずれかのプロテインキナーゼ活性の解析方法。
7.リガンドにより修飾されたキレート化合物の分子量が600〜900である6のプロテインキナーゼ活性の解析方法
8.リガンドがビオチンであり、リガンドに特異的なレセプターがアビジンもしくはストレプトアビジンであることを特徴とする1〜7のいずれかのプロテインキナーゼ活性の解析方法。
9.キレート化合物がポリアミン亜鉛錯体であることを特徴とする1〜8のいずれかのプロテインキナーゼ活性の解析方法。
10.キレート化合物として、ポリアミン化合物を配位子として有する二核亜鉛錯体を用いる1〜9のいずれかのプロテインキナーゼ活性の解析方法。
11.キレート化合物として、式(I)に記載される化合物を用いる1〜10のいずれかのプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【化1】

12.前記ペプチドがcGMP依存性プロテインキナーゼファミリー、 cAMP依存性プロテインキナーゼ(PKA)ファミリー、ミオシン軽鎖キナーゼファミリー、プロテインキナーゼC(PKC)ファミリー、プロテインキナーゼD(PKD)ファミリー、プロテインキナーゼB(PKB)ファミリー、MAPキナーゼ(MAPK)カスケードに属するプロテインキナーゼファミリー、Srcチロシンキナーゼファミリー、及び受容体型チロシンキナーゼファミリーからなる群から選ばれる少なくとも1種のプロテインキナーゼの基質である1〜11のいずれかのプロテインキナーゼ活性の解析方法。
13.各々が別々のプロテインキナーゼの基質である、少なくとも2種のペプチドが金属薄膜上に固定化されてなるアレイを用いる1〜12のいずれかのプロテインキナーゼ活性の解析方法。
14.少なくとも1種のプロテインキナーゼの基質となる対応する少なくとも1種のペプチドが基板の金属薄膜上に固定化されてなるアレイ上のペプチドにプロテインキナーゼを含み得る供試材料及びヌクレオシド三リン酸を作用させ、リン酸化された前記ペプチドを検出することを特徴とする1〜13のいずれかのプロテインキナーゼ活性の解析方法。
15.リン酸化されたペプチドを、表面プラズモン共鳴イメージング法により検出することを特徴とする1〜14のいずれかのプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法により、特殊な技術を要することもなく、また特にSPRを用いた場合には、蛍光性物質、放射性物質等の標識を用いる必要もなく、非常に簡便で迅速に様々なプロテインキナーゼ動態の解析を行うことが可能となった。キレート化合物を用いることにより、安価で取り扱いも容易であるうえに、リン酸化アミノ酸の種類やその近傍のアミノ酸配列による影響も受けない点でも従来の方法と比べて大きな優位性がある。本発明を利用することにより、特に多種類のプロテインキナーゼシグナルを網羅的に解析することができ、機能が未知な遺伝子の導入、あるいは薬物投与に伴う細胞内のプロテインキナーゼ動態を効果的にプロファイリングすることができる。これにより新規な遺伝子からの機能解析、新薬探索へのアプローチといったゲノム創薬への展開が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明における基板上のリン酸化ペプチドの検出方法としては、従来からよく知られているような放射性物質、蛍光性物質、化学発光性物質などの標識化合物を利用して行うことが可能である。しかしながら、表面プラズモン共鳴法(SPR)、楕円偏光法(以下、エリプソメトリと示す。)、和周波発生(以下、SFGと示す。)分光測定などの光学的検出方法を適用するのがより好ましい。なかでもSPRは位相差を求める必要がなく、反射光強度を求めるだけで、表面のnmオーダーの膜厚変化を求めることができるため特に好ましい。SPRイメージング法は広い範囲の観察が可能であり、アレイフォーマットでの物質相互作用観察が可能である点でより好ましい。
【0012】
ペプチドのリン酸化は、プロテインキナーゼを有し得る供試試料とヌクレオシド三リン酸、例えばATPを本発明のアレイ上に適用して行うことができる。最適なリン酸化反応条件はプロテインキナーゼの種類に応じて変動するが、例えば、バッファー中にプロテインキナーゼを有し得る供試試料とヌクレオシド三リン酸を加え、10〜40℃程度の温度で、好ましくは30〜40℃の温度で、10分〜6時間程度、好ましくは30〜1時間程度反応させることで、ペプチドをリン酸化することができる。必要に応じて、リン酸化の反応溶液には、cAMP、cGMP、Mg2+,Ca2+リン脂質などのリン酸化を補助する物質を共存させるのがよい。
【0013】
動態のプロファイリングの対象となるプロテインキナーゼとしては、蛋白質のチロシン、セリン、スレオニン、ヒスチジンなどのアミノ酸の側鎖をリン酸化する酵素が挙げられ、例えばcGMP依存性プロテインキナーゼファミリー、 cAMP依存性プロテインキナーゼ(PKA)ファミリー、ミオシン軽鎖キナーゼファミリー、プロテインキナーゼC(PKC)ファミリー、プロテインキナーゼD(PKD)ファミリー、プロテインキナーゼB(PKB)ファミリー、MAPキナーゼ(MAPK)カスケードに属するプロテインキナーゼファミリー、Srcチロシンキナーゼファミリー、及び受容体型チロシンキナーゼファミリーなどが例示できる。
【0014】
本発明において、ペプチドはプロテインキナーゼの動態を網羅的にプロファイリングすることが目的であるので、1種類のペプチドは1種類のプロテインキナーゼによってのみリン酸化され、他のプロテインキナーゼによってはリン酸化されないのが好ましい。プロテインキナーゼの基質となるペプチド配列は公知であるか、公知の配列に基づき適宜選択することが可能である。本発明のアレイがその動態の把握を必要とする複数のプロテインキナーゼの種類に対応した種類のペプチドを固定化していれば、1枚のアレイで全てのプロテインキナーゼのプロファイリングをすることができ好ましい。もちろん1つのアレイに1種のみのプロテインキナーゼに対応するペプチドを固定化し、必要な数のアレイを使用してプロテインキナーゼのプロファイリングを行ってもよい。
【0015】
エリプソメトリは試料に光を照射し、薄膜の表面で反射した光と、薄膜の裏面で反射してきた光の干渉によって生じる偏向状態の変化から、膜厚、屈折率を測定できる。すなわち、p偏光とs偏光の光に対する反射率の絶対値の比及び位相変化の比を評価する手段である。なかでも波長を変えながらエリプソメトリを測定する分光エリプソメトリは非常に敏感に表面の膜厚変化が検出できるため好ましい。
【0016】
SFGは2次の非線形光学効果の一種であり、周波数の異なる2種類の入射光(周波数ω1 と周波数ω2)が媒質中で混合され、ω1+ω2、あるいはω1−ω2の光が発生する現象である。特にω1として可視光を用い、ω2として波長可変の赤外光を用いると赤外分光に類似した振動分光を行うことができる。この手法は表面選択性が良いため単分子膜レベルの分子の振動分光が可能であり、非常に敏感な表面解析方法として有用である。
【0017】
上述したように、特に好ましい1つの実施形態において、本発明はSPRを用いて種々のプロテインキナーゼ活性を網羅的に解析することが特に好ましい。SPRは金属に照射する偏光光束によってエバネッセント波が生じて表面ににじみだし、表面波である表面プラズモンを励起し、光のエネルギーを消費して反射光強度を低下させる。反射光強度が著しく低下する共鳴角は金属の表面に形成される層の厚みによって変化する。よって、金属の表面に調べられるべき物質あるいは物質の集合体を固定化し、サンプル中の物質あるいは物質の集合体との相互作用を共鳴角の変化、あるいはある角度での反射光強度の変化で検出可能である。したがって、SPRは蛍光物質、放射性物質などによるラベルが不要であり、しかもリアルタイム評価が可能な定量法として有用である。
【0018】
このSPRを応用したSPRイメージング法は、広範囲に偏光光束を照射し、その反射像を解析することで、物質間の相互作用の様子を画像処理技術等を駆使することによりモニター化する方法であり、複数の物質を固定化したチップをスクリーニングすることや、表面に吸着する物体のモルホロジーを高感度に観察することが可能である。
【0019】
SPRイメージング法においては、反射像を解析するためにチップに広範囲で偏光光束を照射し、かつ光束の照度を十分に確保するための手段が必要である。図1においてその一例を示した。偏光光束の照度は明るいほどセンサーの感度が上昇してより好ましい。
【0020】
光源の種類は特に限定されるものではないが、SPR共鳴角の変化が特に敏感になる近赤外光を含む光を用いるのが好ましい。具体的には、メタルハライドランプ、水銀ランプ、キセノンランプ、ハロゲンランプ、蛍光灯、白熱灯などの広範囲に光を照射することのできる白色光源を用いることができるが、なかでも得られる光の強度が十分に高く、光の電源装置が簡易で安価なハロゲンランプが特に好ましい。
【0021】
通常の白色光源はフィラメント部に光の明暗ムラが生じる欠点がある。光源の光をそのまま照射すると、反射して得られる像に明暗ムラが生じ、スクリーニングやモルホロジー変化を評価するのが困難となる。したがって、チップに均一に光を照射する手段として、光をピンホールに通してから平行光にする方法が好ましい。ピンホールを通す手段は、明るさの均一な光束を得る手段としては好ましいが、そのままピンホールに光を通すと照度が低下する欠点がある。そこで、十分な照度を確保する手段として、ピンホールと光源の間に凸レンズを設置し、集光してピンホールを通す方法を用いることが好ましい。
【0022】
白色光源は放射光であるため、集光する前に凸レンズを用いて平行光にする必要がある。凸レンズの焦点距離近傍に光源を設置することで、平行光を得ることができる。もう一枚凸レンズを設置し、そのレンズの焦点距離近傍にピンホールを設置することで集光した光をピンホールに通すことが可能である。ピンホール内で交差し、通過した光はカメラ用のCCTVレンズで平行光とするが、その際に得られる平行光束の断面面積は10〜1000mm2に調節するのが好ましい。この方法によって広範囲にわたるスクリーニングやモルホロジー観察が可能となる。
【0023】
相互作用をモニターする際に、上記偏光光束は物質あるいは物質の集合体が固定化されている金属薄膜の反対面に照射される。上記偏光光束は物質もしくは物質の集合体が固定化されている金属薄膜の反対面に照射され、その反射光束が得られる。金属薄膜からの反射光束は近赤外波長の光干渉フィルターを通し、ある波長付近の光のみを透過させてからCCDカメラで撮影される。
【0024】
光干渉フィルターの中心波長は、SPRの感度が高い600〜1000nmが好ましい。光干渉フィルターの透過率が極大時の半分になる波長の波長幅を半値巾と呼ぶが、半値巾は小さい方が波長の分布がシャープとなり好ましく、具体的には半値巾100nm以下が好ましい。光干渉フィルターを通してCCDカメラで撮影された像はコンピュータに取り込まれ、ある部分の明るさの変化をリアルタイムで評価することや、画像処理により全体像の評価が可能である。こうして複数の物質を固定化したチップをスクリーニングすることや、表面に吸着する物体のモルホロジーを高感度に観察することができる。
【0025】
本発明において用いるSPR用のチップは好ましくは透明な基板上に金属薄膜が形成された金属基板からなり、上記金属薄膜上に直接的もしくは間接的に、化学的もしくは物理的に、物質もしくは物質の集合体が固定化されているスライドが用いられる。基板の素材は特に限定されるものではないが、透明なものを用いるのが好ましい。具体的にはガラス、あるいはポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート、アクリルなどのプラスチック類が挙げられる。中でもガラスが特に好ましい。
【0026】
基板の厚さは0.1〜20mm程度が好ましく1〜2mm程度がより好ましい。金属薄膜からの反射像を評価する目的を達成するために、SPR共鳴角はできるだけ小さい方が撮影される画像がひしゃげる恐れがなく解析がしやすい。したがって、透明基板あるいは透明基板とそれに接触するプリズムの屈折率nDは1.5以上であることが好ましい。
【0027】
金属薄膜を構成する金属としては、金、銀、銅、アルミニウム、白金等が挙げられ、これらを単独であるいは組み合わせて用いてもよいが、なかでも金を用いるのが特に好ましい。金属薄膜の形成方法は特に限定されるものではないが、公知の手法として例えば蒸着法、スパッタ法、イオンコーティング法などが挙げられる。なかでも蒸着による方法が好ましい。また、金属薄膜の厚みは10〜3000Å程度が好ましく、100〜600Å程度がより好ましい。
【0028】
本発明の1つの特に好ましい具体例は、金属を蒸着した基板上にプロテインキナーゼの基質となるペプチドが少なくとも1種、好ましくは複数種のペプチドが固定化されてなるアレイを用い、且つ該アレイに細胞破砕液等のキナーゼを含有する溶液を作用させ、さらにキレート化合物を作用させてそれらの相互作用の様子を特にSPRないしはSPRイメージング法により検出することを特徴とする。本発明においてプロテインキナーゼの基質となるペプチドとは、該プロテインキナーゼによりリン酸化反応を受ける性質を有するペプチドをいうものである。
【0029】
ペプチドの長さは特に限定されないが、一般的には100アミノ酸残基以下のものが用いられる。好ましくは5〜60アミノ酸残基、より好ましくは10〜25アミノ酸残基程度からなるものが用いられる。ペプチドは公知の手法に基づく化学的な合成により得られたペプチドであってもよいし、あるいは遺伝子工学的な手法により生産されたペプチドを用いてもよい。また基板への脱着を容易にするために、上記ペプチドの片末端において、ビオチンや、チオール基を有するシステイン残基を付加させたものや、あるいはオリゴヒスチジン(His−tag)、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)のような一般的によく用いられるタグを付加させたものを用いるのも有用である。
【0030】
上記ペプチドの金属薄膜への固定化の方法は、特に限定されるものではないが、金属薄膜表面に固定化しやすいような官能基を予め導入しておいて基質ペプチドを固定化処理するのがより好ましい。該官能基としては、アミノ基、メルカプト基、カルボキシル基、アルデヒド基などが挙げられる。これらの官能基を金属薄膜表面に導入するには、一般的に用いられているアルカンチオールの誘導体を用いるのが好ましい。
【0031】
その際に、J.M.BrockmanらによりJ.Am.Chem.Soc.第121巻、第8044〜8051頁(1999年)において報告されているような方法に基づいて、アルカンチオール層を介して固定化し、PEG(ポリエチレングリコール)によりバックグラウンドを修飾する方法を用いてもよい。また、非特異的な影響をより抑えるために、PEGの末端に上述のような官能基が導入された誘導体をアルカンチオールに結合させた後に、ペプチドを固定化することも、スペーサー効果を奏する点で有用である。
【0032】
具体的には、例えば金属薄膜にカルボキシメチルデキストランあるいはカルボキシル基で末端が修飾されたPEGのような水溶性高分子を結合させて表面にカルボキシル基を導入して、EDC(1−エチル−3,4−ジメチルアミノプロピルカルボジイミド)のような水溶性カルボジイミドを用いてNHS(N−ヒドロキシスクシンイミド)のエステルとして、活性化されたカルボキシル基にペプチドもしくは蛋白質のアミノ基を反応させる方法が挙げられる。あるいは表面をマレイミドにより修飾した後、システインのようなチオール基を含むアミノ酸残基を介して固定化してもよい。この場合のシステイン残基はペプチドの一方の末端に付加されてなるのが好ましい。非特異的な影響を低減させるためには、後者のチオール基を介した固定化方法がより好ましいが、特に限定されるものではない。
【0033】
上述したHis−tagやGSTのようなタグを付加したペプチドを固定化する方法も非常に簡便で有用である。この場合には、上述のように金属表面にアルカンチオールを介してアミノ基やカルボキシル基を導入した後に、それぞれNTA(ニトリロ三酢酸)、グルタチオンを金属薄膜上に導入させておくのがよい。His−tagの場合は、NTAを導入したアレイを塩化ニッケルにより処理した後で基質を固定化する。
【0034】
本発明においては、アレイ上における基質のリン酸化を特異的に感度よくモニターするためにキレート化合物を用いる。キレート化合物とは一般に多座配位子ないしキレート試薬が、亜鉛、鉄、コバルト、パラジウムのような金属イオンに配位して生じた錯体をいうものを指すが、特にリン酸に選択的かつ可逆的に結合する性質を有する化合物が好ましく、ポリアミン亜鉛錯体を用いることがより好ましい。ポリアミン化合物を配位子として有する二核亜鉛錯体を用いることが更に好ましい。更に、二核亜鉛(II)錯体を基本構造にもつヘキサアミン二核亜鉛(II)錯体を用いることがより好ましい。
【0035】
このような化合物の典型としては、式(I)に示されるような1,3−ビス[ビス(2−ピリジルメチル)アミノ]−2−ハイドロキシプロパノラート(IUPAC名:1,3−bis[bis(2−pyridylmethyl)amino]−2−propanolatodizinc(II) complex)を基本骨格とするポリアミン化合物を配位子として有する二核亜鉛錯体(ただし、プロパノール骨格の水酸基はアルコラートとして二つの亜鉛2価イオンの架橋配位子になっている)が挙げられるが、本発明は特にこの化合物に限定されるものではない。
【0036】
【化2】

【0037】
本発明で用いられる錯体は、一般的な化学合成技術を利用して合成することが可能であるが、市販の化合物を原料としても合成することができる。例えば、上記式(I)で示される化合物(Zn2L)は、市販の1,3−ビス[ビス(2−ピリジルメチル)アミノ]−2−ハイドロキシプロパンと酢酸亜鉛を原料として次の方法により合成することができる。1,3−ビス[ビス(2−ピリジルメチル)アミノ]−2−ハイドロキシプロパン4.4mmolのエタノール溶液(100ml)に10M水酸化ナトリウム水溶液(0.44ml)を加え、次いで酢酸亜鉛二水和物(9.7mmol)を加える。溶媒を減圧留去することにより褐色のオイルを得ることができる。この残渣に水10mlを加えて溶解後、1M過塩素酸ナトリウム水溶液(3当量)を70℃に加温しながら滴下して加え、析出する無色の結晶を濾取し、加熱乾燥することにより式(I)の構造式で表される酢酸イオン付加体の二過塩素酸塩(Zn2L−CH3COO-・2ClO4-・H2O)を高収率で得ることができる。この結晶は一分子の結晶水を含んでいる。
【0038】
本発明に用いられるリガンドとレセプターは、お互いを特異的に認識し結合できる関係にあるものが選択されるのがよい。リガンドとレセプターの例としては、ビオチンとアビジン、ビオチンとストレプトアビジン、ステロイドホルモンとステロイドホルモンレセプター、核酸と転写因子、一本鎖核酸配列とその一本鎖核酸配列に相補的な配列を有する一本鎖核酸配列などがあげられる。なかでも、リガンドとしてビオチン、レセプターとしてアビジンもしくはストレプトアビジンを用いるのが好ましいが、これに限定されるものではない。
【0039】
本発明においては、上述のようなポリアミン亜鉛錯体が例えばビオチンのようなリガンドにより修飾されたものを用いることを特徴とする。なお、リガンドとはビオチンに限定されるものではなく、ステロイドホルモンや核酸などであってもよい。直鎖状のリンカー構造を介してビオチン修飾されていることが好ましい。そして、その分子量としては500〜1000の範囲であり、より好ましくは600〜900、更に好ましくは700〜900である。具体的には、式(II)に示されるような構造のものが例示されるが、特に限定されるものではない。ビオチン修飾されたポリアミン亜鉛錯体の分子量が1000を超えると、安定性も悪くなり、リン酸への結合効率の点からも好ましくない。
【0040】
【化3】

【0041】
なお、本発明において作用されるビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体の溶液濃度は特に限定されないが、通常は1μM〜10M、好ましくは10μM〜1M、より好ましくは10μM〜10mMの範囲である。またアレイへの作用様式に関しても特に限定されないが、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体溶液をアレイ表面全体に広がるのに必要な液量をドロップしてもよいし、溶液中にアレイを浸漬させてもよい。あるいはポンプを用いて溶液を送液しながら、アレイ表面上に溶液を接触させることにより作用させてもよい。作用温度は室温でもよいし、20〜40℃程度でインキュベートさせてもよい。作用時間は10分から2時間程度が好ましく、30分から1時間程度がより好ましい。
【0042】
本発明においては、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体を作用させるだけでもリン酸化を検出することは可能な場合もあるが、特にビオチンが修飾されたものを用いることにより、その後更に、例えばアビジンもしくはストレプトアビジンのようなレセプターを作用させることにより、その検出感度がより高まるという効果を期待することができる。なお、レセプターとは、アビジンもしくはストレプトアビジンに限定されるものではなく、ステロイドホルモンレセプターや転写因子や核酸などであってもよい。ストレプトアビジンを作用させる方がより好ましい。作用させるアビジンもしくはストレプトアビジンの濃度は特に限定されないが、通常は1μM〜10M、好ましくは10μM〜1M、より好ましくは10μM〜10mMの範囲である。またアレイへの作用様式に関しても特に限定されるものではなく、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体の場合と同様である。
【0043】
更に好ましい態様として、アビジンもしくはストレプトアビジンを作用させた後に、更にアビジンもしくはストレプトアビジンを認識する抗体を作用させることにより、検出感度を更に高めることが可能になる。抗体を作用させる際の濃度は特に限定されないが、好ましくは0.01〜10μg/ml、より好ましくは0.1からμg/ml程度である。抗体としてはモノクロナール抗体、ポリクロナール抗体いずれも適用できるが、特異性の点でモノクロナール抗体の方が好ましい。アレイへの作用様式に関しても特に限定されるものではなく、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体、アビジンもしくはストレプトアビジンの場合と同様である。
【0044】
また、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体、アビジンもしくはストレプトアビジンを順次作用させてもよいが、予めビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体とアビジンもしくはストレプトアビジンの複合体を形成させたものを直接作用させてもよい。この場合も上述のように、さらにアビジンもしくはストレプトアビジンを認識する抗体を作用させてもよい。複合体の形成に際しては、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体とアビジンもしくはストレプトアビジンとのモル比にして1:1乃至4:1にして反応させるのがよい。反応物は精製して未反応物を除去する方が好ましいが、反応物をそのまま適用することも可能である。
【0045】
こうしたキレート性化合物の適用は、上述したような方法により非常に安価に合成することができる点で有利である。また常温により保存ができる点でも安定で使いやすく、流通面においても有利である。またリン酸化されるアミノ酸残基の種類に関係なく作用をすることや、リン酸化されたアミノ酸の近傍におけるアミノ酸配列に対して反応が依存しない点において、特に抗体を用いて検出する方法と比較して大きな優位性を有している。
【0046】
また、上記プロテインキナーゼとしては、種々のチロシンキナーゼあるいはセリン/スレオニンキナーゼが挙げられる。これらプロテインキナーゼの種類については特に限定されるものではなく、基本的にはあらゆる種類のプロテインキナーゼに対して適用することが可能である。
【実施例】
【0047】
以下、実施例を挙げることにより、本発明をより具体的に説明するが、本発明は実施例に特に限定されるものではない。
【0048】
[実施例1]
(ペプチド固定化)
末端官能基がチオール基である4armPEG(日本油脂製SUNBRIGHT PTE−100SH)を1mMの濃度で7mlのエタノール:水=6:1の混合溶液に溶解させた。4armPEGの分子量は10000であり、中心からほぼ同等の長さのPEG鎖が4つ存在する分子であり親水性が非常に高い。また、PEGの4つの末端はすべてチオール基であり、特に金に対する金属結合性を示す。18mm四方、2mm厚のSF15ガラススライドにクロムを3nm蒸着し、金を45nm蒸着した金蒸着スライドを、上記4armPEGチオール溶液に3時間浸漬させ、金基板全体に4armPEGチオールを結合させた。
【0049】
このスライドの上にフォトマスクを載せ、500W超高圧水銀ランプ(ウシオ電機製)で2時間照射し、UV照射部の4armPEGチオールを除去した。フォトマスクは500μm四方の正方形の穴が96個有し(8個×12個のパターンからなる。)、穴の中心間のピッチは1mmに設計されている。フォトマスクの穴があいている部分はUV光が透過し、スライドに照射されてパターン化される。照射されなかった部分は4armPEGが残り、チップのバックグラウンド(Background)部分としてレファレンス部として機能する。
【0050】
8−Amino−1−Octanethiol, Hydrochrolide(8−AOT,同仁化学研究所製)の1mMエタノール溶液に1時間浸漬し、UV照射部に8−AOTの自己組織化表面を形成させた。分子量3400の末端にスクシンイミド(NHS)基とマレイミド(MAL)基を有するヘテロ二官能型ポリエチレングリコール(NHS−PEG−MAL,Nektar社製)をリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に10mg/mlで溶解し、金表面の8−AOTに2時間反応させた。8−AOTのアミノ基とNHS−PEG−MALのNHS基が反応し、MAL基は未反応のまま残るため、PEGを介してマレイミド基を表面に導入することができた。
【0051】
上記のようにして得られた表面に、5種類のプロテインキナーゼ基質(リン酸化基質及び非リン酸化基質)を固定化させた。各基質ペプチドのアミノ酸配列並びにその固定化に関する配置を図1下部に示した。blankはペプチドを固定化しないブランクスポットを示す。それぞれの基質ペプチドをリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に1mg/mlで溶解して、MultiSPRinterTMスポッター(東洋紡績製)を用いて10nlずつスポッティングを行った。その後、ウェットな環境下で室温、16時間静置させて固定化反応を行った。チップの表面に形成させたマレイミド基と基質ペプチド末端のシステイン残基が有するチオール基とが反応し、基質ペプチドを共有結合的に表面に固定化することができる。
【0052】
(未反応マレイミド基のブロッキング)
基質ペプチドを固定化した表面をリン酸緩衝液で洗浄した後、未反応のマレイミド基をブロッキングするために、PEGチオール(日本油脂製SUNBRIGHT MESH−50H)を1mM濃度になるようにリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に溶解して、300μlをチップ上に注出し、室温で30分反応させた。ここで用いたPEGチオールの分子量は5,000である。
【0053】
(アレイ上のリン酸基検出)
上記のようにブロッキングを行ったアレイをPBS及び水でアレイの洗浄を行い、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体を作用させた。ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体としては、以下の式(II)に示されるPhos−tagTMBTL−104(株式会社ナード研究所より購入)を用いた。Phos−tagTMBTL−104は25μg/ml濃度とし、溶解液には0.005%Tween20,10%(v/v)エタノール、0.2M硝酸ナトリウム、1mM硝酸亜鉛を含む10mM HEPES−NaOH緩衝液(pH7.4)を用いた。作用は室温で1時間行った。
【0054】
【化4】

【0055】
上記作用させたアレイをPBS及び水でアレイの洗浄を行い、SPR装置(東洋紡績製MultiSPRinterTM)にセッティングして解析を行った。ランニングバッファーとしては、上記と同じ0.005%Tween20,10%(v/v)エタノール、0.2M硝酸ナトリウム、1mM硝酸亜鉛を含む10mM HEPES−NaOH緩衝液(pH7.4)を用いた。ストレプトアビジン(MolecularProbes製)を同緩衝液に溶解して、1,5,10,50μg/ml濃度の溶液を調製し、順次プランンジャーポンプ(フロム製Model−021)を用いて送液させながらアレイ表面に作用させた。温度は30℃に設定して行った。得られたセンサーグラムを図1上部に示した。リン酸化基質の種類によりその強度に差異はあるものの、いずれのリン酸化基質においても非リン酸化基質と比べると有意なシグナル上昇を確認することができている。
【0056】
また、SPRイメージングを行った結果を図1中段に示した。これはSPR解析に際して、CCDカメラによる画像の取り込みを5秒ごとに行い、ストレプトアビジン(以下、SAと示すこともある。)反応後における時点で取り込まれた画像から、反応前の時点での画像を、画像演算処理ソフトウエアScion Image(Scion Corp.製)を用いて引き算処理を行った結果である。リン酸化基質の固定化された箇所にのみスポットが認められており、Phos−tagTMBTL−104が特異的に結合していることが確認されている。
【0057】
[実施例2]
実施例1と同じアレイを用いて未反応マレイミド基のブロッキングまでは同様に行い、アレイをPBS及び水でアレイの洗浄を行い、SPR装置(東洋紡績製MultiSPRinterTM)にセッティングして解析を行った。ランニングバッファーは実施例1と同じものを用いた。Phos−tagTMBTL−104をランニングバッファーに溶解して1,5,10μg/ml濃度の溶液を調製し、順次プランンジャーポンプ(フロム製Model−021)を用いて送液させながらアレイ表面に作用させた。温度は30℃に設定して行った。その後ランニングバッファーを送液させながら洗浄を行った後、ストレプトアビジン溶液を1,5,10μg/ml濃度順に送液して作用させた。得られたセンサーグラムを図2上部に示した。この場合においてもリン酸化基質の種類によりその強度に差異はあるものの、いずれのリン酸化基質においても非リン酸化基質と比べると有意なシグナル上昇を確認することができている。また実施例1と同様にしてSPRイメージングを行った結果を図2中段に示した。これについても同様の傾向が確認される。
【0058】
[実施例3]
(ペプチド固定化)
金基板への4armPEGチオールの結合は、実施例1と同様に行った。その後のUV照射に際しては、フォトマスクとして500μm四方の正方形の穴が16個(4個×4個のパターンからなる。)有するものを用いた点以外は、実施例1と同様にしてパターン化を行った。その後のアレイ表面へのアミノ基の導入、架橋剤を用いたマレイミド基表面の形成も、実施例1と同様に行った。基質ペプチドのスポッティングはマニュアル操作により0.1μlずつで行った。基質としては、PKA(プロテインキナーゼA)基質(図1のPKA(Ser)と同じ)、セリン残基が予めリン酸化されたポジティブコントロール(pPKA)、セリン残基がアラニン残基に置換されているネガティブコントロール(nPKA)を用いて、図3下部に示したような配置で固定化させた。スポット後の反応も実施例1と同様に行った。
【0059】
(未反応マレイミド基のブロッキング)
実施例1と全く同様にして行った。
【0060】
(アレイ上のリン酸基検出)
上記のようにブロッキングを行ったアレイをPBS及び水でアレイの洗浄を行い、PKAによるリン酸化を行った。PKA溶液400μlをアレイ上にドロップして、30℃、30分間反応を行った。PKA溶液の組成は、PKA触媒サブユニット(プロメガ製)1μl、50mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.4)375μl、1M塩化マグネシウム溶液20μl、10mM ATP(アマシャムバイオサイエンス製)4μlとした。
【0061】
PKA反応を行ったアレイをPBS及び水でアレイの洗浄を行い、Phos−tagTMBTL−104を実施例1と同じ条件により作用させた。そのアレイをPBS及び水でアレイの洗浄を行い、SPR装置(東洋紡績製MultiSPRinterTM)にセッティングして解析を行った。ランニングバッファーは実施例1と同じものを用いた。実施例1と同様にストレプトアビジン溶液を1,5,10μg/ml濃度の順に送液しながら作用させた。その結果得られたセンサーグラム及びSPRイメージングを行った結果を図3に示した。ポジティブコントロールにおいては最も強い結合シグナルが確認されており、さらにPKA基質においてもある程度の割合で結合シグナルが確認できている。ネガティブコントロール、ブランクにおいてはほとんどシグナル変化が認められていない。この結果より、アレイ上におけるPKA基質のリン酸化を検出できていることが示される。
【0062】
[実施例4]
実施例3と同じPKA基質及びそのポジティブコントロール、ネガティブコントロール並びにcSrc基質及びそのポジティブコントロールを96点に固定化したアレイを実施例1と同様にして作製した。基質の配置は図4下部に示す通りである。ブロッキング、PKA反応、Phos−tagTMBTL−104の作用を実施例3と同様にして行い、アレイをPBS及び水でアレイの洗浄を行い、SPR装置(東洋紡績製MultiSPRinterTM)にセッティングして解析を行った。ランニングバッファーは実施例1と同じものを用いた。ストレプトアビジン溶液(10μg/ml)を送液により作用させた。シグナル上昇がプラトーになるのを確認後、ランニングバッファーの送液により洗浄して、ストレプトアビジン抗体(Vector製)を2.5μg/ml濃度にして送液により作用させた。得られたセンサーグラム及びSPRイメージングを行った結果を図4に示した。PKA及びcSrc基質のポジティブコントロールにおいては、いずれも強いシグナル上昇が確認され、PKA基質においてもある程度のシグナル上昇が確認できる。ネガティブコントロール、ブランクにおいいてはほとんどシグナル変化は見られていない。シグナル上昇はストレプトアビジン抗体の作用させるとより顕著になっており、その特異性の面でも優れていることから、優れた増感効果を奏していることが示される。
【0063】
[実施例5]
図1に示したPKA基質(スレオニン型)、PKC基質(セリン型)、cSrc基質(Yao;チロシン型)についてリン酸化、非リン酸化基質を固定化したアレイを実施例1と同様にして作製した。その後のブロッキングも実施例1と同様にして行い、SPR装置(東洋紡績製MultiSPRinterTM)にセッティングした。一方、Phos−tagTMBTL−104溶液(50μg/ml)とストレプトアビジン溶液(75μg/ml)を等量ずつ混合させて室温で30分反応させて、複合体を形成させた。この複合体溶液を実施例1と同じランニングバッファーで10倍、5倍希釈したものを送液しながら作用させた。更にシグナル上昇がプラトーになるのを確認後、ランニングバッファーの送液により洗浄して、ストレプトアビジン抗体(Vector製)を2.5μg/ml濃度にして送液により作用させた。得られたセンサーグラムを図5に示した。この場合もリン酸化基質においてのみ特異的にシグナル上昇を認めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の方法により、特殊な技術を要することもなく、また特にSPRを用いた場合には、蛍光性物質、放射性物質等の標識を用いる必要もなく、非常に簡便で迅速に様々なプロテインキナーゼ動態の解析を行うことが可能となった。キレート化合物を用いることにより、安価で取り扱いも容易であるうえに、リン酸化アミノ酸の種類やその近傍のアミノ酸配列による影響も受けない点でも従来の方法と比べて大きな優位性がある。本発明を利用することにより、特に多種類のプロテインキナーゼシグナルを網羅的に解析することができ、機能が未知な遺伝子の導入、あるいは薬物投与に伴う細胞内のプロテインキナーゼ動態を効果的にプロファイリングすることができる。これにより新規な遺伝子からの機能解析、新薬探索へのアプローチといったゲノム創薬への展開が期待され、産業界に寄与することが大である。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】実施例1において、アレイ上に基質ペプチドを固定化したパターン並びにSPR解析及びSPRイメージングを行った結果を示す図である。
【図2】実施例2におけるSPR解析及びSPRイメージングを行った結果を示す図である。
【図3】実施例3において、アレイ上に基質ペプチドを固定化したパターン並びにSPR解析及びSPRイメージングを行った結果を示す図である。
【図4】実施例4において、アレイ上に基質ペプチドを固定化したパターン並びにSPR解析及びSPRイメージングを行った結果を示す図である。
【図5】実施例5におけるSPR解析を行った結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種のプロテインキナーゼの基質となる対応する少なくとも1種のペプチドが基板上に固定化されてなるアレイ上における該ペプチドのリン酸化を検出する方法であって、リン酸化の検出に際してリガンドにより修飾されているキレート化合物を作用させ表面プラズモン共鳴(SPR)を利用して検出することを特徴とするプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【請求項2】
リガンドにより修飾されたキレート化合物を作用させた後、更にレセプターを作用させることを特徴とする請求項1に記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【請求項3】
レセプターを作用させた後、更にレセプターを認識する抗体を作用させることを特徴とする請求項1または2に記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【請求項4】
少なくとも1種のプロテインキナーゼの基質となる対応する少なくとも1種のペプチドが基板上に固定化されてなるアレイ上における該ペプチドのリン酸化を検出する方法であって、リガンドにより修飾されたキレート化合物とレセプターとの複合体を形成させ、該複合体を作用させ表面プラズモン共鳴(SPR)を利用して検出することを特徴とするプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【請求項5】
複合体を作用させた後、更にレセプターを認識する抗体を作用させることを特徴とする請求項4に記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【請求項6】
リガンドにより修飾されたキレート化合物の分子量が500〜1000である請求項1〜5のいずれかに記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【請求項7】
リガンドにより修飾されたキレート化合物の分子量が600〜900である請求項6記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法
【請求項8】
リガンドがビオチンであり、リガンドに特異的なレセプターがアビジンもしくはストレプトアビジンであることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【請求項9】
キレート化合物がポリアミン亜鉛錯体であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【請求項10】
キレート化合物として、ポリアミン化合物を配位子として有する二核亜鉛錯体を用いる請求項1〜9のいずれかに記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【請求項11】
キレート化合物として、式(I)に記載される化合物を用いる請求項1〜10のいずれかに記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【化1】

【請求項12】
前記ペプチドがcGMP依存性プロテインキナーゼファミリー、 cAMP依存性プロテインキナーゼ(PKA)ファミリー、ミオシン軽鎖キナーゼファミリー、プロテインキナーゼC(PKC)ファミリー、プロテインキナーゼD(PKD)ファミリー、プロテインキナーゼB(PKB)ファミリー、MAPキナーゼ(MAPK)カスケードに属するプロテインキナーゼファミリー、Srcチロシンキナーゼファミリー、及び受容体型チロシンキナーゼファミリーからなる群から選ばれる少なくとも1種のプロテインキナーゼの基質である請求項1〜11のいずれかに記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【請求項13】
各々が別々のプロテインキナーゼの基質である、少なくとも2種のペプチドが金属薄膜上に固定化されてなるアレイを用いる請求項1〜12のいずれかに記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【請求項14】
少なくとも1種のプロテインキナーゼの基質となる対応する少なくとも1種のペプチドが基板の金属薄膜上に固定化されてなるアレイ上のペプチドにプロテインキナーゼを含み得る供試材料及びヌクレオシド三リン酸を作用させ、リン酸化された前記ペプチドを検出することを特徴とする請求項1〜13のいずれかに記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法。
【請求項15】
リン酸化されたペプチドを、表面プラズモン共鳴イメージング法により検出することを特徴とする請求項1〜14のいずれかに記載のプロテインキナーゼ活性の解析方法。

【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−244386(P2007−244386A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−75943(P2007−75943)
【出願日】平成19年3月23日(2007.3.23)
【分割の表示】特願2004−323531(P2004−323531)の分割
【原出願日】平成16年11月8日(2004.11.8)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成14年度新エネルギー・産業技術総合開発機構「ゲノム研究成果産業利用のための細胞内シグナル網羅的解析技術」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】