説明

ヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡およびこれによってトンネル電流に重畳された微小信号の計測方法

【課題】微小なRF信号検出を容易かつ確実に行うことのできるヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡、更にはこの走査プローブ顕微鏡によるへテロダインビート信号の特定方法を提供する。
【解決手段】既知の外部重畳参照高周波(RF)信号もしくは外部重畳参照電磁波信号および未知の高周波信号もしくは電磁波信号を走査プローブ顕微鏡(SPM)にセットされた試料と該試料に対向する探針との間に付与し、外部重畳参照高周波信号もしくは外部重畳参照電磁波信号を未知の高周波信号もしくは電磁波信号に干渉させてヘテロダインビート信号を発生させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査プローブ顕微鏡、特にヘテロダインビートプローブ高周波プローブ顕微鏡およびこれによるトンネル電流に重畳された微小信号の計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
今までに、電子スピン検知を目的として、スピン偏極トンネル電子顕微鏡(SP−STM)や近接場光顕微鏡(SNOM)などが開発されてきている。
【0003】
特許文献1には、磁場を試料に印加する工程と、パルス状もしくは連続波状の電磁波を前記試料に照射する工程、試料の核磁気共鳴を検出する工程からなり、前記試料での特定部分の結合の変化を前記試料の核磁気共鳴信号の変化より観測することを特徴とする複合分光方法が記載されている。
【0004】
特許文献2には、(a)光強度が制御できる光源と、(b)該光源のドライバーと、(c)サンプルからの干渉画像を撮像装置面上に結像する結像干渉光学系と、(d)参照光の位相変調器と、(e)該位相変調器のドライバーと、(f)前記撮像装置のコントローラと、(g)画像処理とシステム全体の制御を行うコンピュータとを備え、(h)画素上でのヘテロダインビート信号に含まれる高次高調波をも考慮するとともに、信号光強度Iを位相揺らぎ成分σに依存しないで求め、ランダムな位相揺らぎが存在しても、安定にヘテロダインビート画像を測定することを特徴とするヘテロダインビート画像同期測定装置が記載されている。
【0005】
特許文献3には、2つの発光素子の発光周波数の差分の周波数を持つ電気信号(ビート信号)を得ることが記載されている。
【0006】
特許文献4には、走査型プローブ顕微鏡の探針と試料間に超短パルス高電圧を印加すべく、パルス電源側より直流又は交流の超短パルス高電圧を同軸ケーブルに加え、探針又は試料の何れか一方の側に前記同軸ケーブルの終端を接続するとともに、他方の側をほぼ接地電位とした超短パルス高電圧印加方法であって、前記同軸ケーブルの終端がほぼ開放端と見なせるように、該同軸ケーブルの外導体を終端で切断し且つ芯線を可及的に短く突出させ、該芯線を探針又は試料の何れか一方の側に接続して、同軸開放端での電力反射により電圧がほぼ2倍になった超短パルス高電圧を、その波形を歪ませることなく短針と試料間に印加してなることを特徴とする走査型プローブ顕微鏡における超短パルス高電圧印加方法が記載されている。
【0007】
【特許文献1】特開2005−156345号公報
【特許文献2】特開2002−214128号公報
【特許文献3】特開平10−173602号公報
【特許文献4】特開平9−178759号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
電子スピン検出を目的として、スピン偏極トンネル電子顕微鏡(SP−STM)や近接場光顕微鏡(SNOM)などが開発されてきたが、SP−STMではGaAs系半導体を探針に用いてスピン偏極キャリアを生成しているため、磁性体の磁化方向判別程度の分解能しかなく、また光学的なSNOMでは、磁場印加による電子軌道のゼーマン分裂や、遷移軌道間のスピン選択則とその偏光方向などからスピン情報を得ているが、プローブに尖鋭化した光ファイバーを使用するため、原子レベルの空間分解能が得られない。そこで、RF信号解析技術を空間分解能に優れたSTM装置に組み込んだ電子スピン共鳴実験(ESR−STM)が、イスラエルのマナセンらにより試行されたが、微小信号検出の難しさから未だに広がりを見せていない。しかしながら、その重要性に変わりは無く、最近の通信技術の発展で利用しやすくなった10GHz帯のマイクロ波計測技術と、レーザ光と光コムによる可変波長テラヘルツ波発生技術を高度に融合させた、精度の高い安定したRF−STM信号解析技術の確立は、極めて有意義である。
【0009】
本発明は、かかる点に鑑み微小な信号、例えば微小なRF信号検出を容易にかつ確実に行うことのできるヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡、更にはこの走査プローブ顕微鏡によるトンネル電流に重畳された微小電流の計測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、既知の外部重畳参照高周波(RF)信号もしくは外部重畳参照電磁波信号および未知の高周波信号もしくは電磁波信号を走査プローブ顕微鏡(SPM)にセットされた試料と該試料に対向する探針に付与し、外部重畳参照高周波信号もしくは外部重畳参照電磁波信号を未知の高周波信号もしくは電磁波信号に干渉させてヘテロダインビート信号を発生させることを特徴とするヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡を提供する。従って、試料と探針に付与される前述の各種信号は、試料と探針との間、接触する試料と探針に付与される側が含まれる。
【0011】
また、本発明は、前述のヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡において、未知の高周波信号もしくは電磁波信号は未知の外部重畳参照高周波信号もしくは外部重畳参照電磁波信号であり、これらの信号によってヘテロダインビート信号を特定することを特徴とすることを特徴とするヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡を提供する。
【0012】
また、本発明は、前述のヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡において、外部重畳参照電磁波は光ビートであることを特徴とするヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡を提供する。
【0013】
また、本発明は、前述のヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡において、未知の高周波信号もしくは電磁波は試料から発生する高周波信号であることを特徴とするヘテロダインビートプローブ走査顕微鏡を提供する。
【0014】
また、本発明は、探針の位置は試料に対して非接触領域から表面深度にわたってヘテロダインビートプローブ動作範囲で設定することを特徴とするヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡を提供する。
【0015】
更に、本発明は、既知の外部重畳参照高周波(RF)信号もしくは外部重畳参照電磁波信号および未知の高周波信号もしくは電磁波信号を走査プローブ顕微鏡(SPM)にセットされた試料と該試料に対向する探針に付与し、外部重畳参照高周波信号もしくは外部重畳参照電磁波信号を未知の高周波信号もしくは電磁波信号に干渉させてヘテロダインビート信号を特定し、トンネル電流に重畳された微小(微弱)信号を計測することを特徴とするヘテロダインプローブ走査プローブ顕微鏡によるトンネル電流に重畳された微小信号の計測方法を提供する。
【0016】
また、本発明は上述の計測方法において、前記計測に際して微小信号の増幅を行って計測することを特徴とするヘテロダインプローブ走査プローブ顕微鏡によるトンネル電流に重畳された微小信号の計測方法を提供する。
また、本発明は探針は試料に対して非接触領域から表面深度にわたってヘテロダインビートプローブ動作範囲で動作することを特徴とするヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡によるトンネル電流に重畳された微小信号の計測方法を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、既知の外部重畳高周波信号もしくは外部重畳電磁波を使用するために、微小な信号、例えば微小なRF信号検出を容易かつ確実に行うことの出来るヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡、更にはヘテロダインビート信号を特定することによって微小信号を計測する方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
空間分解能に優れた走査プローブ顕微鏡(SPM)の開発により、試料表面の微細構造が原子スケールで観測できるようになり、半導体量子ドットやカーボンナノチューブ(CNT)を始めとするナノ構造体の描像が、実空間で明らかにされてきた。その中で、走査トンネル電子顕微鏡(STM)は、プローブとなる尖鋭な探針によって、表面から引き出されるトンネル電流の大小が、原子・分子の電子状態密度に比例することから、その空間分布を解析主体信号であるトンネル電流を基に、X−Y座標面上の輝度信号として表わしたものと理解される。この時、従来型のSTM装置では、トンネル電流検出部が直流(DC)電流にしか対応していないため、DC成分からの情報だけを扱ってきた。
【0019】
しかしながら、実際には外部からの摂動や刺激によって、トンネル電流中には微小な高周波(RF)電流成分が重畳されており、今までは、このRF成分を看過してきたことになる。ここで、もしトンネル電流の検出可能RF周波数を、GHz帯域の電磁波としてのマイクロ波(センチ波〜サブミリ波)から、THz帯域の光としてのテラヘルツ波(遠赤外光)までカバーできれば、マイクロ波帯では電子スピンに関連した電子スピン共鳴(ESR)などが、テラヘルツ波帯では格子振動や、分子の回転・振動などが新たな観測対象となる。これは、ナノテクノロジーにより作製した物質の構造・物性・反応を、原子レベルで物理的に解明する新機能プローブ技術の創製を意味し、量子電磁波の分光という新たな分野を切り開く。すなわち、発明の分子分光学的基礎から医療等への応用を範疇に入れた分野的広がりを持っており、その成果は極めてインパクトが大きい。
【0020】
まず、STMを通して得られるESR(ESR−STM)では、表面付近に存在する不対電子やラジカルの物性情報が原子レベルで得られるため、ESR−STMは、磁性体や結晶欠陥の研究だけでなく、表面酸化や触媒反応、分子合成などの表面科学反応の研究において極めて重要な手法を提供すると期待される。そこで本実施例では、当初の目的としてESRSTMにおけるマイクロ波領域に存在する極微弱RF信号(ESR周波数)の検出を外部重畳参照信号(外部重畳参照高周波信号もしくは外部重畳参照電磁波信号)と未知のスピン信号とを干渉させ、干渉の結果へテロビート信号を生成させる装置およびヘテロビート信号を特定し、トンネル電流に重畳している微小信号を計測する方法を構成する。
【0021】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
【実施例】
【0022】
図面はヘテロダインビートプローブ高周波走査プローブトンネル顕微鏡100(以下、走査プローブトンネル顕微鏡という。)を示す。走査プローブトンネル顕微鏡100は(1)STM探針(プローブ)によりプロービングした微弱RF信号を分離増幅するための前置増幅セクション、(2)スピン振動との参照およびヘテロダイン方式による応答解析のための信号発生セクションおよび(3)周波数スペクトル及びRF伝達関数ベクトルの解析セクションの3セクションからなる。以下、詳述する。
【0023】
走査プローブトンネル顕微鏡100は、走査トンネル顕微鏡分析部結合器2、ヘテロダインビート生成部3、高安定参照基準信号発信機4、スペクトラムアナライザーならびにベクターネットワークアナライザー5、前置低雑音高利得高周波増幅器6および高周波分離部7を備える。
【0024】
走査トンネル顕微鏡分析部1は、試料11、試料に磁場を印加する手段10およびSPMにセットされた試料11とこの試料に対向するSTM探針9を備える。試料11と探針9との間に参照電磁波ビートや光ビートを流し込む(照射)と、トンネル電流の強い非線形効果によりヘテロダインがおき、ヘテロダインビート信号が生起される。
【0025】
図2は、本発明の原理を示す図であり、図2(a)は、既知の外部重畳参照高周波信号52および試料から励起される未知の高周波信号fをSPMにセットされた試料11とこの試料に対向する探針9との間に付与し、fをfに干渉させてトンネル電流に重畳されたヘテロダインビート信号f(=f±f)を発生させることを行うことを示している。fは前述の干渉に基づいており、直ちに特定することができる。図2(b)は、既知の外部重畳参照高周波信号fおよび未知の高周波信号fを外部から試料11と探針9との間に付与する状態を示している。このようにしてもヘテロダインビート信号fを発生させることができる。図2(c)は、fが試料11から、そしてfが探針9から供給され、試料11と探針9との間に付与する状態を示す。図2(d)は、fが試料11に供給され、fが励起されて両者が試料11と探針9との間に付与される状態を示す。図2(e)は、fおよびfがホーン31から試料11と探針9との間に付与する状態を示す。図2(f)は、fおよびfをファイバー光学系の照射点(最終照射レンズ)32から試料11と探針との間に付与する状態を示す。ファイバー光学系で送られて来たf,fの光ビートは偏向とコリメートされて照射収束レンズで集光されて照射される。
【0026】
探針9は、試料11に対して非接触トンネル領域からコンタクトトンネル領域の範囲で動作する。コンタクト動作においてはトンネル動作にかかわらなくても探針と試料の表面で非線形特定を発生する。すなわち探針9の針先位置は非接触領域から高周波表皮効果による表面深度にわたってヘテロダインビートプローブ動作範囲で設定される。従って、探針9は試料11に対して非接触領域から表面深度にわたってヘテロダインビートプローブ動作範囲で動作することになる。
【0027】
具体的には、探針9は非接触トンネル領域から100nm程度の表面深度までのヘテロダインビートプローブ動作範囲で動作させることになる。ホーン電磁波照射、光照射、接触針注入などいわゆる電磁波を試料表面に注入して表面プラズモンを励起して電磁場を発生させる。この電磁場の発生は、探針9と試料11との間の空間を電磁波照射する方法と接触させて表面電流を流す方法が採用され得、針先のニアフィールドを用いて微小信号を発生させることになる。
【0028】
結合器2からは後述する擬似RF信号が試料10に入力されると共に、光ビート8も入力され得るようにして構成されている。
【0029】
結合部3は励起、参照、ビート信号シンセサイザー部3と接続されており、この、励起、参照シンセサイザー部3は、高周波発信機12、パルス発信機13および高周波混合出力選択器14を備える。
【0030】
高安定参照基準信号発信機4は、例えば10MHzの高周波を参照信号として励起、参照、ビート信号シンセサイザー3に発信する。
【0031】
高周波分離部7は、高周波通過濾波部21と低周波通過濾波部22を備える。
走査トンネル顕微鏡分析部1で検出された高周波信号は高周波通通過濾波器21で濾波され、低周波信号は低周波通過濾波器22で濾波される。濾波された低周波は走査トンネルプローブ電流電圧変換機23で対応の電流電圧に変換され、走査プローブ顕微鏡24で画像化され、表示される。
【0032】
濾波された高周波(RF)は、前置低雑音高利得高周波幅器6に送られ高周波増幅される。
【0033】
試料となるグラファイト基板を信号検出1に取り付け、トンネル電流をDC成分とRF成分に分離するように、探針の直後にそれぞれローパス・フィルターとハイパス・フィルターを挿入した高周波分離部7を置き、分離したDC成分を通常の画像解析回路を構成する走査トンネルプローブ電流電圧変換器23および走査プローブ顕微鏡24に導き、グラファイト表面のSTM像を観察のために表示するようにしている。
【0034】
一方のRF成分は、帯域幅100KHzから8GHzの前置低雑音高利得高周波増幅器6(利得45dB)に送られ、高周波増幅された後で、ESR−STM用のスペクトルアナライザーおよび高周波デバイス解析用のベクトルアナライザー5へ導入される。
【0035】
そして、検出されたRF信号に擬似する擬似RF信号を高周波発信機12から高周波混合出力選択器14を通して試料に入力し、そこから得られるRF出力信号成分のトンネル電流の分離を行う。既知の2GHzの微小(微弱)RF信号(−130dBm)を試料表面に探針接触モードで入力した結果、図3に示すように、上記システム構成のスペクトルアナライザーからダイナミックレンジ22dBm、分解能帯域幅10Hzという値を得た。常温の雑音レベルは、2GHzで−150dBm程度であり、このシステムによりマイクロ波帯にあるESR周波数を持つRF信号検出が行われた。
【0036】
励起源となる光ビート8はTHz帯のビート光が使用され、可変波長の連続光としての利用が可能である。また、ESRの測定に使われるマイクロ波帯の参照RF信号fにも転用できる。ビート光は、連続波光に外部変調を掛け、光パルス列を作成することにより発生した、櫛形の周波数コムから2本の線スペクトルを選択・合成することにより得られる。変調周波数を調整し、さらに高周波数コムから2本の線スペクトルを適当に選択すれば、任意の周波数のビート信号光が得られる。この位相同期したビート光の素性が、測定結果に大きな影響を与えるため、ビート光のスペクトルは、中心周波数に対して帯域幅が狭い、いわゆる鋭いピークであることが重要である。
【0037】
このように、既知の外部重畳参照高周波信号および未知の高周波信号をSPMにセットされた試料とこの試料に対向する探針との間に付与し、外部重畳参照高周波信号を未知の高周波信号に干渉させてヘテロダインビート信号を発生させることを行う。既知の外部重畳参照高周波信号を使用しており、ヘテロダインビート信号を直ちに特定することができる。これによってトンネル電流に重畳された微小RF信号が検出できる。
【0038】
上記の例では、既知の外部重畳高周波信号を使用する例について説明したが、既知の外部重畳電磁波を使用することができる。この場合には、既知の外部重畳参照電磁波信号および未知の電磁波信号をSPMにセットされた試料とこの試料に対向する探針との間に付与し、外部重畳参照信号に未知の電磁波信号を干渉させてヘテロダインビート信号を発生させることになる。これによってトンネル電流に重畳された微小電磁波信号である電子スピン共鳴(ESR)を検出できる。
【0039】
スペクトラムアナライザーおよびベクターネットワークアナライザー5と励起、参照、ビート信号シンセサイザー部3とは同期をとる。
【0040】
以上のように、外部重畳参照RF信号とスピンRF信号との干渉を行い、1例として位相ビート検波法を用いている。外部RF信号の周波数を掃引することにより、スピンRF信号をスペクトルおよびベクトルアナライザーを効率よく稼動するために外部雑音を熱限界まで追い込み、キャリア信号と雑音の比(S/N比)の改善をすることが望ましい。ESR状態を誘起するための磁場源を永久磁石、電磁磁石が使用でき、磁場変調によるRF信号のロックイン検波によっても検出することができる。表面磁性原子に関するスピンRF信号の検出原理は、概ね以下のように理解される。静磁場下に置かれた表面磁性原子の電子は、磁気モーメントの相互作用により、スピン歳差運動を起こすが、この時のトンネル電流は、磁場強度に依存した数百MHzから数GHz帯域の変調を受け、いわゆるESR信号として、周波数がマイクロ波帯のRF信号がDCトンネル電流に重畳した形で現われる。特に、基板表面の電子スピン源は、金属探針のトンネル電子団に対して相互作用を及ぼすので、ESR状態を反映したトンネル電流の変調が、ラーマー周波数に一致すると、トンネル領域付近で局所的な擾乱が起き、トンネル確率を変化させることになる。マイクロ波帯の電波技術にテラヘルツ波帯の光ビート8を加味することにより、この極微弱強度のRF信号を捉え、空間・波長分解能の高い、広帯域の量子電磁波分光技術を確立すると共に、人工ナノ物質や有機分子等の極微細構造における量子物性の解明をすることができるようになる。
【0041】
次に、STMを用いたテラヘルツ分光では、極微領域の格子振動や分子の回転・振動などの情報が得られるが、テラヘルツ波のエネルギーは、タンパク質などの生体高分子の構造を変え、化学反応に影響を及ぼすことが可能であり、本実施例は有効である。すなわち、生体高分子は水素結合、ファンデルワールス結合、疎水結合などの弱い結合を、熱エネルギーを介して制御・変態しつつ、その機能を果たしているからである。分子の回転スペクトルに関しても実際、軽い分子に関しては、マイクロ波帯の分光だけでは足りず、テラヘルツ波帯の分光が必要になる。本実施例では特に、空間・波長分解能を目指しているため、励起源として主に連続動作の光ビート光8を用いることができるが、この部分をテラヘルツ・パルス光に置き換えれば、時間・空間・波長3軸上の3次元相乗効果が得られ、量子電磁波分光という新たな分野からの化学的反応論的アプローチが、原子・分子レベルで可能になる。信号の検出はマイクロ波帯で取り入れたヘテロダイン方式の位相ビート検波法を、テラヘルツ波帯に拡張させて適用する。信号解析に際し、既存のスペクトルアナライザーとベクトルアナライザー5を用いているが、微弱マイクロ波の検出方式には、RF周波数fのESR信号を的確に捕捉すべく、位相ビート法を採用する。これは、STM探針と試料表面間のトンネル電流に、外部回路からRF周波数fの信号を意図的に重畳し、信号周波数fとfの干渉効果に注目したものである。外部RF信号の周波数fを掃引する時、fがESR周波数fに斬近すると、ビート周波数f−fの低下と共に、f−f成分がヘテロダイン方式により高利得で増幅されるため、周波数スペクトル上でESR信号周波数fの検出が実現できる。電磁磁石により、印加磁場を自由に掃引し、磁場強度BとESR周波数fの関係、すなわちスピン歳差運動の磁場依存性を明らかにする。また、ESRによるトンネル電流の変調周波数を掃引磁場により変え、ラーマー周波数との相関関係を求めることができる。さらに、ESR状態の電子スピンに対して、スピン軸を倒す向き(試料表面と平行な向き)のパルス磁場を印加すれば、スピンが一瞬横磁化し、そのパルス応答として、横磁化の自由誘導減衰が起きる。この減衰過程とトンネル電流の変化を観測することにより、ESR状態とトンネル電流変調の関係も明らかになる。一方で、RF信号の空中放射エネルギーは表皮効果により整合条件下では極めて小さいが、上記のような外部からの横方向パルス磁場印加は、整合条件を乱すような方向に働き、変調RF信号強度が増大する。
【0042】
ヘテロダインビートプローブ技術をSPM分光器にて動作することを可能にした。従来のSPMイメージング機能を損ねることなく、マルチチャンネルな広範囲なRF分光器を磁場変調器とともにSPMに搭載した。分析周波数範囲は各セクションユニット構造になっており、ユニットを対応分析周波数にする事により極めて広範囲な周波数帯域に対応できるビート波長シフト機能をもっている。光波長レベルの吸収分光など既存の光分装置との接続をも本実施例のSPMにおいて光ビートプローブ結合することにより可能であり、既存の光ビート信号源の照射を受信してマイクロ波分光が可能な基本メインフレームとなっている(光ビートプローブ分光受信機)。このことにより、THz領域の電波光境界領域(いずれも電磁波である。)も分光領域としてカバーしている。また、光ビートによりミリ波THz波を発生する。サンプルがRF励起やESR状態では表面電子状態は変化するのでそれに対応したSPM像を既存のトンネル電流像においても観測できる。この場合励起吸収によって生じる表面電子状態を反映したイメージングにおいて既存のSPM性能をまったく犠牲にすることなく、SPMでマイクロ波分光可能なSPM基本フレーム構造を持つSPM像に分光信号を付加する事によりマスマップを形成可能である。
【0043】
ビートはコムや位相変調など電波通信技術の中核であるすべての変調形式のAM,FM,PM,SSB,PWMなどの復調形式を含み、ナノ領域からの信号を復調する変調ビートプローブを構成し、極めて高い最先端の光を含めた電波通信技術が装置の中核をなしているSPMを提供する。f、fのビート源は2チャンネルに限定せず、nチャンネルビートを量子領域に注入できる構造を持つ新しい分光線源としてのプログラム可能なシンセサイザー動作をし、ビート信号源のみで動作せずSPMと結合することによりSPMマイクロ波分光器として機能する。ビート照射注入は探針サンプル間注入はRFニアフィールド探針回路サンプル接触探針(猫ひげ)空間照射(偏頗制御付)光ビートも電磁波であるため空間収束照射法を用いることができる。また装置小型化のため導波路は光通信用ファイバー光学系を使用し、コリメート収束と偏頗制御することを可能にしている。また、カプラーを用いてサンプル面に対し方位性照射が可能であり、光ゲインは1.55ミクロン光増幅器で、ゲインは自在に設定できる。
【0044】
遅延については偏頗面コントローラとファイバー遅延を使用している。マイクロ波サブミリ波THz波ブロードバンド波長帯は通信工学上の共通点が多くあり、SPMとビートプローブ結合させる。ベクター干渉検波法もマイクロ波技術が基板になって動作している。光マイクロ波変換が用いられ、光レベルの振動解析を波長変換してマイクロ波分光技術で行うことを実現している。受信機の感度はトリプルスーパーヘテロダイン法と極低雑音高利得初段回路により実現している。表面深度の浅い部分での量子電磁波の干渉より物性を探ることができ、誘電体や磁性体などナノ粒子を蛋白につけてESR観測するスピンラベリング信号をマイクロ波励起参照線と微細領域からの信号との干渉ビート信号をベクター解析して得る。このように、微細構造の物性の評価が可能である。RF電流特有の表皮効果と磁場変調からスピン波などの光磁機デバイス薄膜超格子微粒子からの信号の知見を得ることが可能である。
【0045】
SPMのZ軸アプローチによるRFの特性からトンネル領域まじかからトンネル領域そしてハーフコンタクト領域界面トンネルやインスレーター薄膜を超えて動作するトンネル現象又ギエーバートンネルのようなものまでヘテロダインビートプローブ動範囲が設定され得る。表面から数10nmの深さにある微細領域を励起する事も可能で、量子ボルテックスや量子ドットなど量子ドット関連の共鳴RF信号を取り扱う事が可能である。注入信号とスペクトラムアナライザー、ベクターネットワークアナライザー解析装置は、基準参照信号でロックされた電波分光干渉計としてSPMに備えられる。探針直下ですべての動作が同時に干渉を観測する事もプログラムした干渉の発生もでき、微細構造分析と微細構造励起制御をも同時に可能にしている。すべての量子効果シグナルは熱雑音限界付近レベルの極微弱電磁波として自然界に放射されている。これらの微弱信号をSPMにより捕捉することが可能である。また、ナノ領域に同じ周波数領域の電磁波をコヒーレントなかたちでビート注入して分子振動格子振動や各種トンネル現象によってナノ領域量子振動を励起させて振動制御を行い、多重共鳴状態を発生させることができる。
【0046】
SPM分光イメージ分光や各種表面電子状態の制御や化学反応の制御は探針の直下で可能である。これらは非線形効果とトンネル電流の強い非線形現象を有効に利用して作動させている。非線系効果とトンネル電流の強い非線形現象を有効に利用して動作させて、GHz領域で−150dBmの感度を(300K)で得ている。
【0047】
磁場変調を高速で行えばスピン応答をRF吸収分光に負荷して高分解に微細構造分光と振動制御をSPMで可能にする。ESRにおいては光ESRとミリ波ESRを共存させた新しいESR分光が可能であり、新しい共鳴分光が微細領域で可能である。高い高周波技術と光通信において培われた光技術コヒーレント光多重通信の技術をマイクロ波分光を電波光境界領域THz領域にまで拡張できる。ビートプローブに結合させたSPMであり生命現象や環境科学領域での分光が可能である。
【0048】
近年のナノテクノロジーの進歩により、高機能性の半導体量子ドットや金属超格子、有機分子などが様々な形で創製され、その構造や物性などが調べられてきた。しかし、極限計測という意味で、原子スケールの単一構造体の物性は、未開拓の領域であった。本実施例では、空間分解能に優れた走査プローブ顕微鏡の、電流検出部をDC対応からRF対応へと進化させることにより、それを可能にし、そこから得られるマイクロ波帯の不対電子のスピン情報やテラヘルツ帯の分子振動スペクトルは、自然科学的にも環境生命科学的にも極めて重要な内容であり、本RF信号解析技術の確立は、工学や医学、薬学等への幅広い応用分野を含み持っている。これは、最近の通信技術の発展を礎に、マイクロ波帯の電波技術と赤外領域の光技術を高度に融合した結果、初めて可能になったものである。例えば、マイクロ波帯のRF−ESR信号をSTMにより単一原子・分子レベルで評価・分析できれば、電子スピンが関与する全ての現象を有意義に把握することができ、高度情報化社会に不可欠な高密度磁性記録素子の開発のみならず、バイオ分野における生物ラジカルの構造や反応の特異性観察にも応用することができ、視野は幅広い。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の実施例の構成図。
【図2】走査トンネル顕微鏡分析部の機能例を示す図。
【図3】実験結果図。
【符号の説明】
【0050】
1…走査トンネル顕微鏡分析部、2…結合部、3…励起、参照、ビート信号シンセサイザー部、4…高安定参照基準信号発信機、5…スペットラムアナライザーおよびベクターネットワークアナライザー、6…前置低雑音高利得高周波増幅器、7…高周波分離部、8…光ビート、10…磁場印加手段、11…試料、12…高周波発信機、13…パルス発信機、14…高周波混合出力選択器(ミキサー)、100…ヘテロダイビートプローブ走査プローブトンネル顕微鏡。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
既知の外部重畳参照高周波(RF)信号もしくは外部重畳参照電磁波信号および未知の高周波信号もしくは電磁波信号を走査プローブ顕微鏡(SPM)にセットされた試料と該試料に対向する探針に付与し、外部重畳参照高周波信号もしくは外部重畳参照電磁波信号を未知の高周波信号もしくは電磁波信号に干渉させてヘテロダインビート信号を発生させることを特徴とするヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡。
【請求項2】
請求項1において、未知の高周波信号もしくは電磁波信号は未知の外部重畳参照高周波信号もしくは外部重畳参照電磁波信号であり、これらの信号によってヘテロダインビート信号を特定することを特徴とすることを特徴とするヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡。
【請求項3】
請求項1において、外部重畳参照電磁波は光ビートであることを特徴とするヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡。
【請求項4】
請求項1において、未知の高周波信号もしくは電磁波は試料から発生する高周波信号であることを特徴とするヘテロダインビートプローブ走査顕微鏡。
【請求項5】
請求項1において、探針の位置は試料に対して非接触領域から表面深度にわたってヘテロダインビートプローブ動作範囲で設定することを特徴とするヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡。
【請求項6】
既知の外部重畳参照高周波(RF)信号もしくは外部重畳参照電磁波信号および未知の高周波信号もしくは電磁波信号を走査プローブ顕微鏡(SPM)にセットされた試料と該試料に対向する探針に付与し、外部重畳参照高周波信号もしくは外部重畳参照電磁波信号を未知の高周波信号もしくは電磁波信号に干渉させてヘテロダインビート信号を特定し、トンネル電流に重畳された微小信号を計測することを特徴とするヘテロダインプローブ走査プローブ顕微鏡によるトンネル電流に重畳された微小信号の計測方法。
【請求項7】
請求項6において、前記計測に際して微小信号の増幅を行って計測することを特徴とするヘテロダインプローブ走査プローブ顕微鏡によるトンネル電流に重畳された微小信号の計測方法。
【請求項8】
請求項6において、探針は試料に対して非接触領域から表面深度にわたってヘテロダインビートプローブ動作範囲で動作することを特徴とするヘテロダインビートプローブ走査プローブ顕微鏡によるトンネル電流に重畳された微小信号の計測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−183106(P2007−183106A)
【公開日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−7(P2006−7)
【出願日】平成18年1月4日(2006.1.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「13▲th▼ International Conference on Scanning Tunneling Microscopy/Spectroscopy and Related Techniques in conjunction with 13▲th▼ International Colloquium on Scanning Probe Microscopy」 Sapporo Convention Center,Japan 2005年7月4日発表
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】