説明

ヘミクリプトファンおよび金属塩含有触媒による有機化合物の製造方法

【課題】ヘミクリプトファン・金属錯体による多様な触媒反応の開発、及び、より安価な触媒調整法に基づく工業的に実施可能な触媒反応形態の開発。
【解決手段】(1)生体基本反応の1つである加水分解反応の促進に有効なヘミクリプトファン・金属錯体触媒反応の提供、ならびに、(2)ヘミクリプトファン及び金属塩を含有する触媒を用いる加水分解および酸化反応等による有用有機化合物の製造方法の提供。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘミクリプトファンおよび金属塩含有触媒を用いる触媒反応による有機化合物の製造方法に関する。具体的には、配位子としてのヘミクリプトファンおよび該配位子に配位可能な金属塩を触媒成分とする触媒反応による有機化合物の製造方法、ならびに、単離されたヘミクリプトファン・金属錯体触媒を用いる加水分解反応による有機化合物の製造方法に関する。
本発明におけるヘミクリプトファンとは、C3軸対称なシクロトリベラトリレン(cyclotriveratrylene: 略称「CTV」)誘導体を一極に持ち、それと3本のリンカーを経由して結合した三脚(tripodal)構造を有するアミン、アミド、イミン、ピリジン、アルコール、アルキルホスフィン、フェニルホスフィン、ピラゾリルボレートを対極に有して、全体として相対向する二極構造を有するカプセル型の配位子を指す(例えば、“Core concepts in supramolecular chemistry and nanochemistry”by Japhthan W. Steed, David R. Turner, Karl J. Wallace: Wiley, 2007, p. 90(非特許文献1))。
【背景技術】
【0002】
所謂、超分子触媒が、優れた選択性と高い反応効率を有する酵素反応のモデル触媒として、近年盛んに研究が為されてきた(例えば、van Leeuwen, P.W.N.M. Supramolecular Catalysis;Wiley-VCH: Weinheim, Germany, 2008(非特許文献2))。その一つとして、規定された内部空間を有する配位子である分子カプセルが人工酵素の活性サイトとして創設されている(例えば、Yoshizawa, M., Klosterman, J.K., Fujita, M. Angewa. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 3418(非特許文献3))。しかしながら、基質認識性と触媒作用点を併せ備えた触媒として、分子内部空間中に金属、特に遷移金属を含む様な分子カプセルの例は数少なく、例えば、式:
【化1】

で表わされる、Dutasta らのヘミクリプトファン(1)・オキソバナジウム錯体(1)が挙げられる程度である(Gautier, A, Mulatier, J.C., Crassous, J., Dutasta, J,P., Org. Lett., 2005, 7, 1207(非特許文献4))。
【0003】
Dutastaらは単離した錯体(1)を触媒に用いて、チオアニソールの過酸化物(シクロヘキシルパーオキシド)による酸化反応:下式:
【化2】

を行ってメチルフェニルスルホキシドを得ている。ここでDutastaらは、分子カプセル型の錯体(1)が閉じたカプセル型構造の配位子(ヘミクリプトファン)を有することにより、対応する片末端開放型配位子を有する錯体に比べて、メチルフェニルスルホキシドの生成速度が約6倍に向上し、収率も95%の高い成績を得たことを報告している(A. Martinez and J.P. Dutasta, J. of Catalysis, vol. 267, 25 October 2009, p. 188-192(非特許文献5))。Dutastaらは、カプセル型のヘミクリプトファン(1)・オキシドバナジウム錯体(1)が反応基質であるチオアニソールを選択的にカプセル型分子内に取り込んでいる点(基質選択性)、および活性点であるV(V)イオンに引き寄せることによって酸化反応を促進している点の二点が酵素反応の特徴点を再現していると説明している。
【0004】
しかしながら、他の如何なるヘミクリプトファン・金属錯体が如何なる触媒反応を接触し得るかについての開示や示唆はなく、工業的観点からは、更なる錯体及び触媒反応のバリエーション開発が望まれている。
【0005】
また、ヘミクリプトファン・金属錯体の合成単離には多大の工程を要し、コストが嵩む。従って、工業的観点からは、より安価な触媒調整法に基づく工業的に実施可能な触媒反応形態の開発が強く求められる。しかしながら、従来のヘミクリプトファン・金属錯体触媒反応の研究は酵素モデルを意識したアカデミック研究のレベルに止まり、未だかって、工業的実施を意識した開発研究の開示はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】“Core concepts in supramolecular chemistry and nanochemistry” by Jphathan W. Steed, David R. Turner, Karl J. Wallace: Wiley, 2007, p. 90.
【非特許文献2】van Leeuwen, P.W.N.M. Supramolecular Catalysis;Wiley-VCH: Weinheim, Germany, 2008
【非特許文献3】Yoshizawa, M., Klosterman, J.K., Fujita, M. Angewa. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 3418.
【非特許文献4】Gautier, A, Mulatier, J.C., Crassous, J., Dutasta, J,P., Org. Lett., 2005, 7, 1207.
【非特許文献5】A. Martinez and J.P. Dutasta, J. of Catalysis, vol. 267, 25 October 2009, p. 188-192.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、上記問題点の解決を図ることである。
即ち、本発明は、ヘミクリプトファン・金属錯体について、錯体の更なるバリエーションを開拓し、工業的に有益な種々の触媒反応への適用を図ることを目的とする。また本発明は、プロセス的及びコスト的観点からの工業的実施の要請に応え得る触媒反応形態の開発を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題解決に向けて鋭意検討を進めた結果、驚くべきことに、ヘミクリプトファンおよび金属塩を含む溶液に反応基質を添加して反応するだけで、即ち、ヘミクリプトファン・金属錯体を単離する煩雑な工程を経ることなく、所望の触媒反応により有機化合物の製造が可能であることを見出し、本発明に到達した。この発明は、従来、ヘミクリプトファン配位子のケージ効果による高い選択性と効率を達成するためには、ヘミクリプトファン・金属錯体を予め生成・単離して、それを触媒に用いることが必須と考えられていたことからすれば(非特許文献5参照)、全く予測できないことであった。
【0009】
即ち本発明は、ヘミクリプトファンおよび金属塩の混合物からなる触媒組成物を提供する。
本発明はまた、該触媒組成物の加水分解反応及び酸化反応への使用を提供する。
【0010】
本発明はまた、ヘミクリプトファンおよび金属塩の混合物を含有する触媒を用いる反応による有機化合物の製造方法を提供する。
【0011】
本発明者らは、更に、特定のヘミクリプトファン・金属錯体が、加水分解反応を特異的に促進することを見出し、本発明に到達した。
即ち本発明は、ヘミクリプトファン・金属錯体触媒を用いる加水分解反応による有機化合物の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、ヘミクリプトファンおよび金属塩を含む溶液に反応基質を添加して反応するだけで、即ち、ヘミクリプトファン・金属錯体を単離する煩雑な工程を経ることなく、所望の触媒反応により有機化合物の製造が工業的に可能となった。例えば、加水分解反応及び酸化反応に有用である。また、本発明は、特定のヘミクリプトファン・金属錯体について、更なる反応のバリエーションを提供し、工業的に有益で、且つ、生体関連物質への応用も可能な加水分解反応による有機物質の製造を可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1(a)は、ヘミクリプトファン(2−1)のH−NMRスペクトルである。図1(b)は、ヘミクリプトファン(2−1)・Zn(II)錯体(3−1)のH−NMRスペクトルである。
【図2】図2は、アセトニトリルを包接したヘミクリプトファン(2−1)の結晶構造を表す。
【図3】図3は、ヘミクリプトファン(2−1)・Zn(II)錯体(3−1)の結晶構造を表す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の触媒組成物及び製造方法を更に詳細に説明する。
本発明の第1の態様は、ヘミクリプトファンおよび金属塩の混合物からなる触媒組成物を提供する。この触媒組成物は、反応基質を含む反応溶媒中にヘミクリプトファンおよび金属塩を添加して反応するだけの簡単な操作で所望の触媒反応を効率よく促進することができるので、ヘミクリプトファン・金属錯体を別途、煩雑な方法で合成し・単離して用いる錯体触媒法とは異なる実施態様である。また、本発明の触媒組成物は、対象反応の特性に応じ、適宜、酸及び塩基等の他の触媒補助成分を併用してよい。
【0015】
本発明で用いるヘミクリプトファンは、C3軸対称なシクロトリベラトリレン(cyclotriveratrylene: 略称「CTV」)誘導体を一極に持ち、それに3本のリンカーを経由して結合した三脚(tripodal)構造を有するアミン、アミド、イミン、ピリジン、アルコール、アルキルホスフィン、フェニルホスフィン、ピラゾリルボレートを対極に有して、全体として相対向する二極構造を有するカプセル型の配位子を指す(例えば、“Core concepts in supramolecular chemistry and nanochemistry”by Japhthan W. Steed, David R. Turner, Karl J. Wallace: Wiley, 2007, p. 90)。
【0016】
本発明の触媒組成物におけるヘミクリプトファンは、好ましくは、式:
【化3】

[式中、RおよびRは置換基を有してよいアルキル基またはポリオキシアルキレン基(但し、Rは水素原子であってもよい)を表す。]で表されるヘミクリプトファン(2)であってよい。
【0017】
ここで、ヘミクリプトファンのRおよびR(但し、Rは水素原子であってもよい)の内、置換基を有してよいアルキル基、としては、炭素数1〜20の直鎖または分岐のアルキル基であってよく、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、i−プロピル、n−ブチル、sec−ブチル、n−ペンチル、sec−ペンチル、n−ヘキシル、sec−ヘキシル、n−ヘプチル、sec−ヘプチル、n−オクチル、sec−オクチル、2−エチルヘキシル、n−ノニル、sec−ノニル、n−デシル及びsec−デシル等のアルキル基、並びに、それらのハロゲン、アルコキシ、アシルまたはアルキルオキシ等の置換体が挙げられる。
これらの内、好ましいのは炭素数1〜2のアルキル基であり、特にRはメチル基、Rは水素が好ましく、そのときのヘミクリプトファンは、式:
【化4】

で表されるヘミクリプトファン(2−1)である。
【0018】
ヘミクリプトファンのRおよびR(但し、Rは水素原子であってもよい)の内、置換基を有してよいポリオキシアルキレン基としては、平均重合度が1〜20の、ポリオキシメチレン基、ポリオキシプロピレン基等が挙げられる。
これらの内、親水性を上げるためには、平均重合度が3以上、例えば、平均重合度が10以上のポリオキシメチレン基が好ましい。
【0019】
本発明の触媒組成物において、ヘミクリプトファンと組み合わせて用いられる金属塩は、周期表第4〜6周期の第2〜16属金属イオンの塩から選ばれる。金属イオンとしては、Ca,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Ga,Ge,As,Se,Sr,Y,Zr,Nb,Mo,Ru,Rh,Pd,Ag,Cd,In、Sn,Sb,Te、Ba,ランタノイド、Hf,Ta,W,Re,Os,Ir,Pr,Hg,Tl,Pb及びBi等のイオンが挙げられ、塩を形成するアニオンとしては、ハロゲンイオン(F、Cl,BrまたはI)、アセテート(AcO)、パークロレート(ClO)、トリフルオロアセテート(CFCOO)、テトラフルオロボレート(BF-)、ヘキサフルアンチモネート(SbF)、ヘキサフルオロホスフェート(PF)、またはトリフルオロメタンスルホネート(TfO)等が挙げられる。
【0020】
本発明の触媒組成物において、上記ヘミクリプトファンと混合して用いる金属塩が、例えばZn(II),Ni(II),Fe(II)またはCa(II)の塩の場合には、この触媒組成物を加水分解反応用触媒として好適に用いることができる。これら金属塩の具体例を挙げるならば、ZnCl,Zn(OAc)、Zn(ClO、Zn(OTf)、NiCl、Ni(OAc)、Ni(ClO、Ni(OTf)、FeCl、Fe(OAc)、Fe(ClO、Fe(OTf)、CaCl、Ca(OAc)、Ca(ClO、Ca(OTf)等が挙げられる。
【0021】
本発明の触媒組成物において、上記ヘミクリプトファンと混合して用いる金属塩が例えば、Ru(III〜IV)、V(III〜V)、Ti(III〜IV)、Zr(IV)、Fe(II〜III)の塩の場合には、この触媒組成物を酸化反応用触媒として好適に用いることができる。これら金属塩の具体例を挙げるならば、RuCl、RuCl、Ru(OAc)(OH)、VCl、VOCl、VOCl、TiCl、TiCl、ZrCl、ZrCl、Zr(NO、ZrO(OAc)、Zr(OH)(SO)、FeCl、FeCl、Fe(OAc)、Fe(OAc)、Fe(ClO、Fe(ClO、Fe(OTf)、Fe(OTf)等が挙げられる。
【0022】
また、本発明の触媒組成物におけるヘミクリプトファンは、式:
【化5】

[式中、Rは前記と同義である。]で表わされるヘミクリプトファン(1)を用いてもよい。
【0023】
ヘミクリプトファン(1)において、Rの内、置換基を有してよいアルキル基としては、炭素数1〜10の直鎖または分岐のアルキル基であってよく、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、i−プロピル、n−ブチル、sec−ブチル、n−ペンチル、sec−ペンチル、n−ヘキシル、sec−ヘキシル、n−ヘプチル、sec−ヘプチル、n−オクチル、sec−オクチル、2−エチルヘキシル、n−ノニル、sec−ノニル、n−デシル及びsec−デシル等のアルキル基、並びに、それらのハロゲン、アルコキシ、アシルまたはアルキルオキシ等の置換体が挙げられる。これらの内、好ましいのは炭素数1〜3のアルキル基であり、特にメチル基が好ましい。
【0024】
本発明の第2の態様は、ヘミクリプトファンおよび金属塩の混合物を含有する触媒を用いる反応による有機化合物の製造方法を提供する。本発明の反応は特に限定されるものではなく、金属塩の種類に応じて種々の触媒反応が生起し得る。その結果、原料に用いる反応基質に応じて種々の有機化合物を製造することができる。
【0025】
上記製造方法で用いる金属塩としては、周期表第4〜6周期の第2〜16属金属イオンの塩から選ばれる。金属イオンとしては、Ca,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Ga,Ge,As,Se,Sr,Y,Zr,Nb,Mo,Ru,Rh,Pd,Ag,Cd,In、Sn,Sb,Te、Ba,ランタノイド、Hf,Ta,W,Re,Os,Ir,Pr,Hg,Tl,Pb及びBi等のイオンが挙げられ、塩を形成するアニオンとしては、ハロゲンイオン(F、Cl,BrまたはI)、アセテート(AcO)、パークロレート(ClO)、トリフルオロアセテート(CFCOO)、テトラフルオロボレート(BF-)、ヘキサフルアンチモネート(SbF)、ヘキサフルオロホスホネート(PF)、またはトリフルオロメタンスルホネート(TfO)等が挙げられる。
【0026】
本発明の製造方法で用いるヘミクリプトファンは、式:
【化6】

[式中、Rは置換基を有してよいアルキル基またはポリオキシアルキレン基を表す。]で表されるヘミクリプトファン(2)が好ましく、金属塩はZn(II),Ni(II),Fe(II)またはCa(II)の塩が好ましい。その場合の反応は、好ましくは加水分解反応である。加水分解反応の基質としては、例えば炭酸エステルまたはカルボン酸エステル等が挙げられる。その場合に得られる有機化合物は、炭酸エステルの場合はヒドロキシル基含有化合物(アルコール類またはフェノール類)であり、カルボン酸エステルの場合はヒドロキシル基含有化合物(アルコール類またはフェノール類)およびカルボン酸である。加水分解反応の基質としては他に、アセタール、ケタール等も挙げられる。
【0027】
ここで、置換基を有してよいアルキル基としては、炭素数1〜20の直鎖または分岐のアルキル基であってよく、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、i−プロピル、n−ブチル、sec−ブチル、n−ペンチル、sec−ペンチル、n−ヘキシル、sec−ヘキシル、n−ヘプチル、sec−ヘプチル、n−オクチル、sec−オクチル、2−エチルヘキシル、n−ノニル、sec−ノニル、n−デシル及びsec−デシル等のアルキル基、並びに、それらのハロゲン、アルコキシ、アシルまたはアルキルオキシ等の置換体が挙げられる。
これらの内、好ましいのは炭素数1〜3のアルキル基であり、特にメチル基が好ましく、そのときのヘミクリプトファンは、式:
【化7】

で表されるヘミクリプトファン(2−1)である。
【0028】
置換基を有してよいポリオキシアルキレン基としては、平均重合度が1〜20の、ポリオキシメチレン基、ポリオキシプロピレン基等が挙げられる。
これらの内、親水性を上げるためには、平均重合度が3以上、例えば、平均重合度が10以上のポリオキシメチレン基が好ましい。
【0029】
また、本発明の製造方法で用いるヘミクリプトファンは、式:
【化8】

[式中、Rは前記と同義である。]で表わされるヘミクリプトファン(1)であってよい。
【0030】
ヘミクリプトファン(1)において、置換基を有してよいアルキル基としては、炭素数1〜10の直鎖または分岐のアルキル基であってよく、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、i−プロピル、n−ブチル、sec−ブチル、n−ペンチル、sec−ペンチル、n−ヘキシル、sec−ヘキシル、n−ヘプチル、sec−ヘプチル、n−オクチル、sec−オクチル、2−エチルヘキシル、n−ノニル、sec−ノニル、n−デシル及びsec−デシル等のアルキル基、並びに、それらのハロゲン、アルコキシ、アシルまたはアルキルオキシ等の置換体が挙げられる。これらの内、好ましいのは炭素数1〜3のアルキル基であり、特にメチル基が好ましい。
【0031】
本発明の触媒反応は、溶媒中にヘミクリプトファンと金属塩とを添加して所定温度で攪拌するだけで触媒活性種を形成すると考えられる。触媒溶液のNMR分析等のデータによれば、反応系中でin-situに(その場で)ヘミクリプトファン・金属錯体を形成していると推定されるが、本発明は、その様な機構に囚われるものではない。
【0032】
反応原料の有機基質は、ヘミクリプトファン配位子圏内に接近可能な有効分子径を有する有機基質であると推察される。即ち、反応溶液中に於いて、ヘミクリプトファンの開口部を通過してヘミクリプトファン内部に入り込み、活性中心である金属イオンによって触媒作用を受けることができる程度の大きさを有する有機分子であると推定される。
【0033】
反応はヘミクリプトファン、金属塩及び反応原料の有機基質を溶解乃至は分散させ得る溶媒中で行われる。この様な溶媒としては、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトニトリル(MeCN)、アセトン、メチルエチルケトン(MEK)、テトラヒドロフラン(THF)、ジクロロメタン、及びそれらの混合物等の極性非プロトン溶媒、1,4−ジオキサン、ジエチルエーテル、クロロホルム、ジクロロエタン、トルエン、キシレン、ヘキサン等の非極性が挙げられるが、溶解性の点で極性非プロトン溶媒が好ましい。
【0034】
本発明の製造方法が、例えば加水分解反応の場合には、上記ヘミクリプトファンと混合して用いる好ましい金属塩としては、ZnCl,Zn(OAc),Zn(ClO、Zn(OTf)、NiCl,Ni(OAc),Ni(ClO、Ni(OTf)、FeCl,Fe(OAc),Fe(ClO、Fe(OTf)、CaCl,Ca(OAc),Ca(ClO、Ca(OTf)等が挙げられる。
【0035】
本発明の製造方法が、例えば酸化反応の場合には、上記ヘミクリプトファンと混合して用いる金属塩として、好ましくは、Ru(III〜IV)、V(III〜V)、Ti(III〜IV)、Zr(IV)、Fe(II〜III)の塩を用いることができる。これら金属塩の具体例を挙げるならば、RuCl、RuCl、Ru(OAc)(OH)、VCl、VOCl、VOCl、TiCl、TiCl、ZrCl、ZrCl、Zr(NO、ZrO(OAc)、Zr(OH)(SO)、FeCl、FeCl、Fe(OAc)、Fe(OAc)、Fe(ClO、Fe(ClO、Fe(OTf)、Fe(OTf)等が挙げられる。
【0036】
加水分解反応として好ましい例の1つは、有機カーボネートの加水分解であって、得られる有機化合物が有機ヒドロキシ化合物(アルコールまたはフェノール)である前記製造方法が挙げられる。反応式で表すと、式:
【化9】

[式中、RおよびRはそれぞれ独立に、置換基を有してよい炭素数1〜の6の鎖状もしくは分岐状アルキル基、炭素数6〜12のアリール基または炭素数7〜12のアラルキル基を表す。]で表される。置換基としては、ハロゲン、アルコキシ、アルキルカルボニルおよびニトロ基等が挙げられる。RまたはRがアルキル基またはアラルキル基の場合、得られる生成物R−OHおよびR−OHはアルコールであり、RまたはRがアリール基の場合、得られる生成物R−OHおよびR−OHはフェノールである。
【0037】
本発明は、例えば、p−ニトロフェニルメチルカーボネートの加水分解反応:下式:
【化10】

によるp-ニトロフェノールの製造反応に対して優れた反応成績を示す。
【0038】
加水分解反応として好ましい他の例は、カルボン酸エステルの加水分解であって、得られる有機化合物が有機ヒドロキシ化合物(アルコールまたはフェノール)およびカルボン酸である例が挙げられる。反応式で表すと、式:
【化11】

[式中、RおよびRは前記と同義である。]で表される。
【0039】
本発明の製造方法に於ける酸化反応としては、例えば有機スルフィドの酸化反応が挙げられ、得られる有機化合物が有機スルホキシドである製造方法がある。この反応は式:
【化12】

で表され、酸化剤としては、過酸化物、例えば、シクロヘキシルパーオキシドを用いることが好ましい。金属塩としては、特にV(V)オキシドの塩が好ましい。
酸化反応としては、上記以外に、通常の酸素酸化反応および過酸化物による酸化反応を挙げることができる。
【0040】
更に、本発明の第3の態様は、ヘミクリプトファン・金属錯体触媒を用いる有機基質の加水分解反応による有機化合物の製造方法を提供する。この場合の触媒は、単離されたヘミクリプトファン・金属錯体である。
【0041】
本発明で単離錯体の配位子として用いるヘミクリプトファンは特に限定するものではなく、通常のC3軸対称なシクロトリベラトリレン(cyclotriveratrylene: 略称「CTV」)誘導体を一極に持ち、それと3本のリンカーを経由して結合した三脚(tripodal)構造を有するトリアミンを対極に有して、全体として相対向する二極構造を有するカプセル型の配位子を指す(例えば、“Core concepts in supramolecular chemistry and nanochemistry”by Japhthan W. Steed, David R. Turner, Karl J. Wallace: Wiley, 2007, p. 90)。
【0042】
このヘミクリプトファン配位子と錯体を形成する金属は特に限定するものではないが、好ましくは、周期表第4〜6周期の第2〜16属金属イオンの塩から選ばれる。具体的には、Ca,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Ga,Ge,As,Se,Sr,Y,Zr,Nb,Mo,Ru,Rh,Pd,Ag,Cd,In、Sn,Sb,Te、Ba,ランタノイド、Hf,Ta,W,Re,Os,Ir,Pr,Hg,Tl,Pb及びBi等が挙げられる。
【0043】
加水分解に供される有機基質としては、有機カーボネート、カルボン酸エステル、アセタール、ケタール及びウレタン等が挙げられる。有機基質の有効分子径は、ヘミクリプトファン・金属錯体の開口部の大きさより小さいことが好ましいが、それらに限られるものではない。有機基質の加水分解によって製造される有機化合物としては、有機基質の種類に応じて、有機ヒドロキシ化合物(アルコールまたはフェノール)及び、カルボン酸、アルデヒド、ケトン、イソシアネート等が製造される。
【0044】
本発明のヘミクリプトファン・金属錯体触媒を用いる有機物質の製造方法の好ましい態様の1つは、ヘミクリプトファン・金属錯体が、式:
【化13】

[式中、RおよびRは置換基を有してよいアルキル基またはポリオキシアルキレン基(但し、Rは水素原子であってもよい)、Mは周期表第4〜6周期の第2〜16族のいずれか1つの金属、nは金属の原子価およびXは陰イオンを表す。]で表わされるヘミクリプトファン(2)・金属錯体触媒を用いる有機基質の加水分解反応による有機化合物の製造方法である。
【0045】
ここで、金属Mは、周期表第4〜6周期の第2〜16属金属のイオンから選ばれる。具体的には、Ca,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Ga,Ge,As,Se,Sr,Y,Zr,Nb,Mo,Ru,Rh,Pd,Ag,Cd,In、Sn,Sb,Te、Ba,ランタノイド、Hf,Ta,W,Re,Os,Ir,Pr,Hg,Tl,Pb及びBi等のイオンが挙げられる。
これらの中で、好ましいのは、金属イオンがZn(II),Ni(II),Fe(II)またはCa(II)であり、特にZn(II)が好ましい。
金属錯体と塩を形成するアニオン(X)としては、ハロゲンイオン(F、Cl,BrまたはI)、アセテート(AcO)、パークロレート(ClO)トリフルオロアセテート(CFCOO)、テトラフルオロボレート(BF-)、ヘキサフルアンチモネート(SbF)、ヘキサフルオロホスホネート(PF)、またはトリフルオロメタンスルホネート(TfO)等が挙げられる。
【0046】
加水分解反応としては、有機カーボネートの加水分解であって、得られる有機化合物が有機ヒドロキシ化合物(アルコールまたはフェノール)である態様が好ましい。特に好ましい一例を挙げるならば、式:
【化14】

で表される、p−ニトロフェニルメチルカーボネートの加水分解によるp-ニトロフェノールの製造方法が挙げられる。
【0047】
他の好ましい加水分解反応としては、次式:
【化15】

[式中、RおよびRは前記と同義である。]で表わされる、カルボン酸エステルの加水分解が挙げられる。得られる有機化合物は有機ヒドロキシ化合物(アルコールまたはフェノール)およびカルボン酸である。
【0048】
特に好ましい一例を挙げるならば、式:
【化16】

で表わされるp−ニトロフェニル酢酸エステルの加水分解であり、得られる有機化合物がp−ニトロフェノールと酢酸である。
【0049】
次に、本発明で用いるヘミクリプトファン配位子およびヘミクリプトファン・金属錯体の合成法について説明する。ヘミクリプトファン配位子はシクロトリベラトリレン(CTV)化合物およびアミン化合物を出発原料に用いて、通常の方法によって合成することができる(例えば、Makita, Y.; Sugimoto, K.; Furuyoshi, K; Ikeda, K.; Fujiwara, S.; Shin-ike, T.; Ogawa, A, Inorg. Chem. 2010, 49, 7220-7222; A. Gautier, J. Mulatier, J. Crassous, and J.P. Dutasta, Organic Letters, 2005, vol. 7 (7), 1207-1210)。
【0050】
例えば、ヘミクリプトファン(2)の合成法の概略を、式:
【化17】

[式中、Rは前記と同義である。]、に示す。
即ち、トリ(ベンズアルデヒド)置換シクロトリベラトリレン(tBA−CTV)およびトリス(2−アミノエチル)−アミン(略称「tren」)を、例えばアセトニトリル:メタノール=3:7混合溶媒中で還流下に反応させて脱水縮合反応によりイミン体を合成し、次に、NaBHを添加して還元することにより、ヘミクリプトファン(2)を高収率で得ることができる(Makita, Y.; Sugimoto, K.; Furuyoshi, K; Ikeda, K.; Fujiwara, S.; Shin-ike, T.; Ogawa, A, Inorg. Chem. 2010, 49, 7220-7222 参照)。
【0051】
生成したヘミクリプトファン(2)の構造はH−NMRおよびFAB−MASS分析等によって確認することができる。また、生成したヘミクリプトファン(2)を含むアセトニトリル溶液を徐々に濃縮することによって、ヘミクリプトファン(2)の単結晶を得ることができる。この単結晶は、溶媒のアセトニトリル1分子をヘミクリプトファン(2)の分子カプセル内に包接する結晶であり、X線回折により結晶構造を特定することができる。
【0052】
出発原料のtBA−CTVの合成スキームを、下式:
【化18】


[式中、tBA−CTVは前記と同義である。]に示す。
即ち、バニリルアルコールをアリルブロミドでアリル化した後、過塩素酸により環化三量化反応させることで、トリアリル化したCTVを得ることができ、これを脱アリル化した後、芳香族求核置換反応させることでtBA−CTVを得ることができる。
【0053】
また、ヘミクリプトファン(1)の合成法の概略を、式:
【化19】

[式中、Rは前記と同義であり、THPは保護基のテトラヒドロピラニル基を表す。]で示す。
即ち、水酸基がTHP基で保護されたエポキシ化合物(1−a)をアンモニアで開環してヒドロキシアミノ体(1−b)とし、アミノ体(1−b)1当量でもって、その2当量のエポキシ体(1−a)を開環付加させてトリアミノ体(1−c)を得、ルイス酸であるスカンジウムトリフラート(Sc(OTf))を触媒として分子内環化反応させてヘミクリプトファン(1)を得ることができる(A. Gautier, J. Mulatier, J. Crassous, and J.P. Dutasta, Organic Letters, 2005, vol. 7 (7), 1207-1210)参照。)
【0054】
次に、ヘミクリプトファン・金属錯体の合成方法を説明する。ヘミクリプトファン・金属錯体は、ヘミクリプトファン含有溶液中へ金属塩を添加して所定温度で所定時間攪拌することによって合成することができる。反応終了後、溶媒を蒸発させて錯体の粗結晶を得た後、更に溶媒に溶解させて再結晶をすることによって、高純度のヘミクリプトファンを合成することができる。
【0055】
例えば、ヘミクリプトファン(2)金属錯体の場合で説明すると、ヘミクリプトファン(2)を含む溶液、例えばアセトニトリル溶液中に、金属塩を添加して反応後、溶媒を濃縮し、析出する結晶をろ過して金属錯体を得ることができる。例えば、ヘミクリプトファン(2−1)・Zn(II)錯体((3)、または(3−1))の場合には、亜鉛の塩として、酢酸亜鉛または過塩素酸亜鉛を用いることができる。得られた粗結晶を、例えばアセトニトリル・ジエチルエーテル混合溶媒に溶解し、ジエチルエーテルを徐々に揮散させることによって、X線回折測定に適した高純度結晶を得ることができる。
【0056】
生成したヘミクリプトファン(2)・金属錯体の構造はH−NMRおよびFAB−MASS分析等によって確認することができる。また、生成したヘミクリプトファン(2)を含むアセトニトリル溶液を徐々に濃縮することによって、ヘミクリプトファン(2)・金属錯体の単結晶を得ることができる。この単結晶は、溶媒のアセトニトリル1分子をヘミクリプトファン(2)の分子カプセル内に包接する結晶であり、X線回折により結晶構造を特定することができる。
例えば、後の実施例でも説明するとおり、ヘミクリプトファン(2−1)・Zn(II)錯体(3−1)結晶のX線回折データによれば、この錯体は分子カプセルへの開口部として23員環の大きさを有することが確認された。
【0057】
ヘミクリプトファン及び金属塩を含有する触媒による本発明の触媒反応は、特に制限されるものではないが、以下の原理が作用していると推察される。但し、これはあくまで推察であって、本発明を何ら制限するものではない。
即ち、第1の原理は、反応基質が分子カプセル形状をしたヘミクリプトファン内部にアクセスすることができ、且つ、生成物がヘミクリプトファン分子外部へ離脱し得ることである。基質がカプセル内部にアクセスすることによって活性中心金属に強く配位することを促し、且つ、その配位の立体状態が強く規制されることとなり、結果的に金属の触媒作用を効率良く且つ選択的に受けることができるものと推察される。
第2の原理は、触媒反応の種類は、活性中心金属の種類によって左右されることから、所望の触媒反応を促進しようとする場合には、適宜、適切な金属塩を選択することが好ましい。例えば、加水分解反応に対しては金属塩がZn(II),Ni(II),Fe(II)またはCa(II)等の塩であることが好ましく、また、酸化反応に対しては金属塩が好ましくは、Ru(III〜IV)、V(III〜V)、Ti(III〜IV)、Zr(IV)、Fe(II〜III)等の塩を用いることができる。
【0058】
ヘミクリプトファン及び金属塩を含有する本発明の触媒組成物並びそれを用いる触媒反応において、両成分のモル比は、通常は、ヘミクリプトファン:金属塩=1:1.2〜1:0.8、好ましくは、1:1.1〜1:0.9、より好ましくは、1:05〜1:0.95の範囲である。触媒活性中心は金属塩であるが、その中心金属イオンがヘミクリプトファンの分子カプセル内に取り込まれてヘミクリプトファンのN原子に配位することによって触媒活性が促進されることを勘案すれば、ヘミクリプトファン:金属塩=1:1のモル比が基本となる。
また、触媒量は、原料基質1モルに対して、通常0.001〜1.0モル、好ましくは0.01〜0.5モル、より好ましくは0.05〜0.2、例えば、0.1モルである。触媒量は全反応速度に影響を及ぼすから、所望の反応時間に依存して適切な触媒量を設定することができる。
【0059】
本発明において、ヘミクリプトファン・金属錯体を触媒に用いる場合、ヘミクリプトファンと金属は1:1の当量比で錯体を形成している。触媒としてのその錯体の使用量は、原料基質1モルに対して、通常0.001〜1.0モル、好ましくは0.01〜0.5モル、より好ましくは0.05〜0.2、例えば、0.1モルである。触媒量は全反応速度に影響を及ぼすから、所望の反応時間に依存して適切な触媒量を設定することができる。
【0060】
また、ヘミクリプトファン・金属錯体を触媒に用いる本発明の反応は、特に加水分解に対して有効であり、この場合においても上記の第1の原理(反応基質のアクセス可能性及び離脱可能性)は作用しているものと推察される。第2の原理(触媒反応の種類は、活性中心金属の種類によって左右される)に関しては、ヘミクリプトファンと錯体を形成する加水分解に有効な金属として、Zn(II),Ni(II),Fe(II)またはCa(II)イオンが好ましいが、これらに限定されるものではない。
【0061】
本発明の触媒反応は、配位子のヘミクリプトファンおよび金属塩、またはヘミクリプトファン・金属錯体を均一に溶解し又は分散する溶媒を用いて行うことが好ましい。この様な溶媒としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトニトリル(MeCN)、アセトン、メチルエチルケトン(MEK)、テトラヒドロフラン(THF)、ジクロロメタン、及びそれらの混合物等の極性非プロトン溶媒、1,4−ジオキサン、ジエチルエーテル、クロロホルム、ジクロロエタン、トルエン、キシレン、ヘキサン等の非極性溶媒が挙げられるが、溶解性の点で極性非プロトン溶媒が好ましい。
本発明の触媒反応の内、好ましい反応は加水分解反応及び酸化反応である。加水分解反応の基質としては、例えば、炭酸エステル、カルボン酸エステルが挙げられ、酸化反応としては、例えば、スルフィドのスルホンへの酸化反応が挙げられる。これらの反応条件(反応温度、時間、溶媒、基質濃度、触媒濃度等)は、適宜、当業者が適切に設定し得る。
【実施例】
【0062】
以下、実施例及び比較例によって本発明の製造方法を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0063】
合成例1<ヘミクリプトファン(2−1)の合成>
ヘミクリプトファン(2−1)の構造を、水素原子及び窒素原子を番号付けした下式:
【化20】

[式中、a〜iはNMRスペクトル説明のために各水素原子に付された番号、N1〜N4はX線構造解析のために各窒素原子に付された番号を表す。]で示す。
トリ(ベンズアルデヒド)置換CTVをDutastaらの方法に準じて合成した。次に、得られたトリ(ベンズアルデヒド)置換CTVを400 mg(556 μmol)、及びトリス(2−アミノエチル)アミン(tren)を81.4 mg(556 μmol)をアセトニトリル:メタノールの3:7混合溶媒1000 mlに溶解し、攪拌下、沸騰状態で80 ℃で60 分間反応させた。次いで、反応液にNaBHを84.2 mg(2.22 mmol)添加して攪拌下、0 ℃で180 分間反応させた。
反応液を以下の通り後処理を行った:
反応液を減圧留去した後、残渣をクロロホルムに溶解させた。その溶液を3Mの塩酸と1Mの水酸化ナトリウム水溶液で洗浄した。次いで、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、溶媒を減圧留去した。残渣をアルミナゲルクロマトグラフィー(展開溶媒:クロロホルム:メタノール=10:1)により精製した。
粗ヘミクリプトファン(2−1)が白色の結晶として得られた。ヘミクリプトファン(2−1)の収量は443 mg(539μmol)で、トリ(ベンズアルデヒド)置換CTVに対する収率は97%であった。
得られた粗ヘミクリプトファン(2−1) 20 mgをアセトニトリル 100 mlに溶解し、攪拌下に穏やかに加熱して溶媒を徐々に蒸発させて再結晶を行った。精製ヘミクリプトファン(2−1) 10 mgを白色の単結晶として得た。
得られた単結晶のX線回折により、ヘミクリプトファンの分子カプセル中に1分子のアセトニトリルが包接して取り込まれた結晶構造を有することが確認された。
<分析方法>
H−NMR測定は、JEOL−400スペクトルメーター(400MHz)を用い、CDCl溶媒(ヘミクリプトファン配位子)又はDMSO−d溶媒にて295Kにて行った。
単結晶のX線回折測定は、Rigaku RAXIS−RAPID回折装置を用いて行った。
FAB−MS測定は、Fast Atom Bomberdmentスペクトルベーターを用いて行った。
<分析データ>
図1の上段に、ヘミクリプトファン(2−1)のCDCl溶媒中でのH−NMRスペクトル(a)(400MHz、295K)を示す。スペクトル中の記号a〜iは、各水素原子に対応する。水素原子a〜iのH−NMRケミカルシフト及びカップリング常数は、前記構造式中の水素原子a〜iと一致した。
図2に、アセトニトリル分子包接ヘミクリプトファン(2−1)の結晶のモデル構造を示す。
図中、見やすくするために、水素原子は省略してあり、アセトニトリル分子の窒素原子をN(5)と番号付けする。X線回折データより、ヘミクリプトファン中のtren由来の窒素原子N(2)〜N(4)のそれぞれと、N(5)間の原子間距離は以下の通りと計算された:N(2)−N(5):3.455Å、N(3)−N(5):3.787Å、N(4)−N(5):3.296Å。
ESI−MS測定の結果は以下の通りであった:HRMS (ESI-TOF) Calcd. for C51H55N4O6: 819.4121 ([M+H]+); Found: 819.4100 [M+ H]+.その結果、目的とするヘミクリプトファンであることが確認できた。
【0064】
合成例2<ヘミクリプトファン(2−1)・Zn(II)錯体(3−1)の合成>
ヘミクリプトファン(2−1)・Zn(II)錯体の構造(3−1)を、水素原子及び窒素原子を番号付けした下式:
【化21】

[式中、a〜i及びN1〜N4は前記と同義である。]で示す。
【0065】
窒素置換した30 mlフラスコに、合成例1で製造したヘミクリプトファン(2−1) 50 mg(61 μmol)及びアセトニトリル溶液 5 mlを添加し、次いで、攪拌下、酢酸亜鉛 22.7 mg( 61 μmol)を添加して24 ℃で 60 分間反応させた。
反応終了後、反応液を以下の通り後処理を行った:反応液を徐々に蒸発させることで粗ヘミクリプトファン(2−1)・亜鉛錯体(3−1)の結晶を得た。錯体の収量は 71.3 mg(52.5μmol)で、ヘミクリプトファンに対する収率は86%であった。
得られた粗ヘミクリプトファン(2−1)・亜鉛錯体(3−1)の結晶 30.0 mgをアセトニトリル 10 mlに溶解したところに、ジエチルエーテル雰囲気下に置くことで、溶媒を徐々にジエチルエーテルに置換することで再結晶を行った。精製ヘミクリプトファン(2−1)・亜鉛錯体(3−1) 25 mg( 30 μmol)を白色の単結晶として得た。
【0066】
<分析データ>
図1の下段に、ヘミクリプトファン(2−1)・亜鉛錯体(3−1)のDMSO−d溶媒中でのH−NMRスペクトル(b)(400MHz、295K)を示す。スペクトル中の記号a〜iは、各水素原子に対応する。水素原子a〜iのH−NMRケミカルシフト及びカップリング常数は、前記亜鉛錯体の構造式中の水素原子a〜iと一致した。
図3に、X線構造解析の結果得られたヘミクリプトファン(2−1)・亜鉛錯体(3−1)の結晶モデル構造を示す。図中、見やすくするために、水素原子は省略してあり、アセテートアニオン(AcO)はY型モデルで示してある。X線回折データより、ヘミクリプトファン中のtren由来の窒素原子N(1)〜N(4)のそれぞれと亜鉛原子Zn(1)間の原子間距離(Å)及びアセテートアニオンの各酸素原子O(1)及びO(2)のそれぞれと亜鉛原子Zn(1)間の原子間距離(Å)、並びに、N(1)−Zn(1)−N(2)、N(1)−Zn(1)−N(3)及びN(1)−Zn(1)−N(4)間それぞれの結合角(deg.)は以下の通りと計算された:Zn(1)−N(1):2.150Å;Zn(1)−N(2):2.293Å;Zn(1)−N(3):2.102Å;Zn(1)−N(4):2.258Å;Zn(1)−O(1):1.957Å;N(1)−Zn(1)−N(2):79.21(deg.);N(1)−Zn(1)−N(3):87.13(deg.);N(1)−Zn(1)−N(4):80.35(deg.)。
ESI−MS測定の結果は以下の通りであった:HRMS(ESI-TOF) Calcd. for C51H53N4O6Zn1: 881.3257 ([M−2AcO−H]+), Found: 881.3187 [M−2AcO−H]+, Calcd. for C53H57N4O8Zn1: 944.3399 ([M−AcO]+), Found: 944.3448 [M−AcO]+. その結果、ヘミクリプトファン・亜鉛錯体であることが確認できた。
【0067】
実施例1<炭酸エステルの加水分解反応(ヘミクリプトファン+金属塩 触媒)>
【化22】

4 mlのNMRチューブを窒素ガスで置換後、溶媒の重水素化DMSO−d 0.6 ml、反応基質としてのメチルp−ニトロフェニルカーボネート(以後、「MPC」と略す。) 10.0 mg(51.0 μmol)、重水(DO) 9.2 μL(510 μmol)を仕込み、続いて塩基としてエチルジイソプロピルアミン(EtN(i−Pr))を 33.0 mg(255 mmol)、触媒として、合成例1で製造したヘミクリプトファン(2−1) 4.2 mg(5.1 μmol)及び酢酸亜鉛・2水和物(Zn(OAc)・2HO) 0.9 mg(5.1 μmol)を仕込み、攪拌下、22 ℃で反応を行った。溶媒のDMSO及び水を重水素物としたのは、反応動力学データも併せて採取する目的である。
反応の進行をH−NMRでモニターしながら、加水分解反応の進行を観察した。その結果、反応次数はMPCに関して1次であることが分かった。測定された1次反応速度定数(kobs)を表1に示す。
反応を計168 時間継続し、原料のMPCが消失したことを確認した後、反応液に内部標準物質を添加して液体クロマトグラフィーによって生成物を分析した。p−ニトロフェノールの生成量は 6.74 mg(48.5 μmol)であった。原料基質のMPCに対する収率は 95 %であった。
【0068】
実施例2〜4<炭酸エステルの加水分解反応(ヘミクリプトファン+金属塩 触媒)>
実施例1における酢酸亜鉛・2水和物 5.1 μmolに代えて、過塩素酸ニッケル 6水和物(Ni(ClO・6HO) 5.1 μmol、Fe(ClO・nHO) 5.1 μmol又は、Ca(ClO・1HO) 5.1 μmolを用いる他は、実施例1に準じて反応を行った。得られた結果を表1に示す。
【0069】
比較例1及び比較例1−1<炭酸エステルの加水分解反応(触媒なし)>
実施例1における配位子としてのヘミクリプトファン(2−1)及び酢酸亜鉛を添加しない(比較例1)、又は、ヘミクリプトファン(2−1)を添加しない(比較例1−1)以外は、実施例1に準じて反応を行った。得られた結果を表1に示す。
【0070】
比較例2<炭酸エステルの加水分解反応(アミン系配位子+金属塩 触媒)>
実施例1における配位子としてのヘミクリプトファン(2−1)を、式:
【化23】

で表されるトリス(2−ベンジルアミノエチル)−アミン(以後、「Bn−tren2」と略す。)5.1 μmolに置き換える以外は、実施例1に準じて反応を行った。得られた結果を表1に示す。
【0071】
【表1】

【0072】
表1において、実施例1〜4と比較例1とを対比すると、ヘミクリプトファン(2−1)及び金属塩を含有する触媒が、著しい反応速度の向上及び反応収率の向上を達成していることが分かる。
また、実施例1と比較例2とを対比すると、開放型の配位子であるBn−tren2に比べて、分子カプセル型のヘミクリプトファン(2−1)の方が反応速度の向上及び反応収率の向上が極めて大きいことが分かる。このことは、ヘミクリプトファン(2−1)及び金属塩を含有する触媒が、反応系中において、その場で(in−situに)ヘミクリプトファン(2−1)・金属錯体を形成した結果であると推察される。
【0073】
実施例5〜7<炭酸エステルの加水分解反応(ヘミクリプトファン+金属塩 触媒)>
【化24】

実施例1における酢酸亜鉛Zn(OAc) 5.1 μmolに代えて、過塩素酸亜鉛(Zn(ClO)、塩化亜鉛(ZnCl)又はトリフルオロメタンスルホン酸亜鉛(Zn(OTf))をそれぞれ 5.1 μmol用いる以外は、実施例1に準じて反応を行った。得られた結果を、実施例1の結果と併せて表2に示す。
【0074】
【表2】

【0075】
実施例8〜12<炭酸エステルの加水分解反応(ヘミクリプトファン+金属塩 触媒)>
【化25】

実施例1における溶媒を重水素化DMSO 0.6 mlに代えて、重水素化クロロホルム(CDCl)、重水素化アセトニトリル(CDCN)、重水素化アセトン(d6-acetone)、重水素化テトラヒドロフラン(d8-THF)、又は重水素化DMSOと重水素化クロロホルムとの混合溶媒を、それぞれ 0.6 ml用いる他は、実施例1に準じて反応を行った。得られた結果を、実施例1の結果と併せて表3に示す。
【0076】
【表3】

【0077】
実施例13及び14<炭酸エステルの加水分解反応(ヘミクリプトファン+金属塩 触媒)>
実施例1における反応基質のメチル−p−フェニルカーボネート 51 μmolに代えて、i−ブチル−p−フェニルカーボネート又はベンジル−p−フェニルカーボネートをそれぞれ 51 μmol用いる他は、実施例1に準じて反応を行った。得られた結果を、実施例1の結果と併せて表4に示す。
【0078】
比較例3及び4<炭酸エステルの加水分解反応(ヘミクリプトファン+金属塩 触媒)>
実施例1における配位子のヘミクリプトファン(2) 5.1 μmolに代えてBn−tren2を 5.1 μmol用い、並びに、反応基質のメチル−p−フェニルカーボネート 51 μmolに代えて、i−ブチル−p−フェニルカーボネート又はベンジル−p−フェニルカーボネートをそれぞれ 51 μmol用いる他は、実施例1に準じて反応を行った。得られた結果を、比較例2の結果と併せて表4に示す。
【0079】
【表4】

【0080】
実施例15、16<炭酸エステルの加水分解反応(ヘミクリプトファン・金属錯体触媒)>
実施例1におけるヘミクリプトファン(2−1) 5.1 μmol及び酢酸亜鉛 5.1 μmolに代えて、合成例2で合成したヘミクリプトファン(2−1)・Zn(II)錯体(3−1) 5.1 μmolを触媒として用いる他は、実施例1に準じて反応を行った。
得られた結果を表5に示す。
【0081】
比較例5<炭酸エステルの加水分解反応(アミン系配位子・金属錯体触媒)>
合成例2におけるヘミクリプトファン(2−1)に代えてBn−tren2を用いる他は合成例2に準じてZn(II)錯体の合成を行った。式:
【化26】

で表されるBn−tren2−Zn(II)錯体の粗結晶が収率 92 %で得られた。この粗結晶を合成例2に準じて再結晶を行い、高純度の錯体結晶を得た。H−NMRスペクトル及びFAB−MS質量分析により、錯体4の構造を確認した。
【0082】
実施例1におけるヘミクリプトファン(2−1) 5.1 μmol及び酢酸亜鉛 5.1 μmolに代えて、前記で合成したBn−tren2−Zn(II)錯体(4) 5.1 μmolを触媒として用いる他は、実施例1に準じて反応を行った。
得られた結果を、比較例1の結果と併せて表5に示す。
【0083】
【表5】

【0084】
実施例17<酢酸エステルの加水分解反応(ヘミクリプトファン・金属錯体触媒)>
【化27】

実施例15における反応基質であるメチルp−ニトロフェニルカーボネート(MPC) 51 μmolに代えて、p−ニトロフェニルアセテート(NPA) 51 μmolを用いる以外は、実施例15に準じて反応を行った。得られた結果を表6に示す。
【0085】
比較例6<カルボン酸エステルの加水分解>
実施例17における錯体触媒を添加しない以外は、実施例17に準じて反応を行った。得られた結果を表6に示す。
【0086】
比較例7<炭酸エステルの加水分解反応反応(アミン系配位子・金属錯体触媒)>
実施例17における錯体触媒としてのヘミクリプトファン(2−1)・Zn(II)錯体(3−1)を、比較例5において合成した式:
【化28】

で表されるトリス(2−ベンジルアミノエチル)−アミン(Bn−tren2)・亜鉛錯体 5.1 μmolに置き換える以外は、実施例17に準じて反応を行った。得られた結果を表6に示す。
【0087】
【表6】

【0088】
表6において、実施例17と比較例6とを対比すると、ヘミクリプトファン(2−1)・金属錯体(3−1)触媒が、著しい反応速度の向上及び反応収率の向上を達成していることが分かる。また、実施例17と比較例7とを対比すると、開放型の配位子であるBn−tren2に比べて、分子カプセル型のヘミクリプトファン(2−1)の方が反応速度の向上及び反応収率の向上が極めて大きいことが分かる。このことは、所謂、錯体触媒によるケージ効果(Cage effect)であると推察される。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明により、ヘミクリプトファンおよび金属塩を含む溶液に反応基質を添加して反応するだけで、即ち、ヘミクリプトファン・金属錯体を単離する煩雑な工程を経ることなく、所望の触媒反応により有機化合物の製造が工業的に可能となった。例えば、加水分解反応及び酸化反応に有用である。また、本発明のヘミクリプトファン・金属錯体は、特に加水分解反応を促進することから、生体分子モデル触媒としての可能性を秘めている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘミクリプトファンおよび金属塩の混合物からなる触媒組成物。
【請求項2】
金属塩が、周期表第4〜6周期で第2〜16族に属する少なくとも1種の金属の塩である、請求項1に記載の触媒組成物。
【請求項3】
ヘミクリプトファンが、式:
【化1】

[式中、RおよびRは置換基を有してよいアルキル基またはポリオキシアルキレン基(但し、Rは水素原子であってもよい)を表す。]で表されるヘミクリプトファン(2)であり、金属塩がZn(II),Ni(II),Fe(II)またはCa(II)の塩である、請求項1または2に記載の触媒組成物。
【請求項4】
請求項3に記載の触媒組成物の加水分解反応への使用。
【請求項5】
ヘミクリプトファンおよび金属塩の混合物を含有する触媒を用いる反応による有機化合物の製造方法。
【請求項6】
金属塩が、周期表第4〜6周期で第2〜16族に属する少なくとも1種の金属の塩である、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
ヘミクリプトファンが、式:
【化2】

[式中、RおよびRは置換基を有してよいアルキル基またはポリオキシアルキレン基(但し、Rは水素原子であってもよい)を表す。]で表されるヘミクリプトファン(2)であり、金属塩がZn(II),Ni(II),Fe(II)またはCa(II)の塩である、請求項5または6に記載の製造方法。
【請求項8】
反応が加水分解反応である、請求項5〜7のいずれか1つに記載の製造方法。
【請求項9】
加水分解反応が、炭酸エステルまたはカルボン酸エステルの加水分解反応である、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
ヘミクリプトファン・金属錯体触媒を用いる加水分解反応による有機化合物の製造方法。
【請求項11】
ヘミクリプトファン・金属錯体が、式:
【化3】

[式中、RおよびRは置換基を有してよいアルキル基またはポリオキシアルキレン基(但し、Rは水素原子であってもよい)、Mは周期表第4〜6周期の第2〜16族のいずれか1つの金属、nは金属の原子価およびXは陰イオンを表す。]で表わされるヘミクリプトファン(2)・金属錯体(3)である、請求項10に記載の製造方法。
【請求項12】
金属がZn(II),Ni(II),Fe(II)またはCa(II)である請求項10または11に記載の製造方法。
【請求項13】
加水分解が炭酸エステルまたはカルボン酸エステルの加水分解である、請求項10〜12のいずれか1つに記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−148252(P2012−148252A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−10016(P2011−10016)
【出願日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り アメリカ化学会、無機化学、第49巻、16号(2010年)、平成22年(2010年)7月21日ウエブ公開(http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/ic100725j)
【出願人】(595148176)学校法人大阪歯科大学 (2)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】