説明

ベンジルアルコールの製造方法およびこれに用いる部分酸化用触媒

【課題】 芳香族類であるトルエンから含酸素芳香族有機化合物であるベンジルアルコールを一段階で、しかも良好な選択性で効率良く製造する方法およびこれに使用される固体触媒を提供すること。
【解決手段】 遷移金属を担持させたシリカ系メゾ多孔体に、水分を接触させて得た触媒およびこの触媒の存在下、酸素とトルエンとを反応させることを特徴とするベンジルアルコールの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素を用いてトルエンを酸化する、ベンジルアルコールの製造方法およびこれに用いる部分酸化用触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
ベンジルアルコールは、溶剤ないし中間原料として工業的に使用されている化合物であり、国内で毎年5,000ないし6,000tが製造されている。このベンジルアルコールは、一般に、芳香族アルコールを得る方法として周知な、以下の方法により製造されていた。
【0003】
すなわち、塩化ベンジルを基質とし、加水分解を行うことによってベンジルアルコールを得る方法や(特許文献1)、酢酸ベンジルを原料とし、エステル分解を行うことによってベンジルアルコールを得る方法(特許文献2)が知られている。
【0004】
しかしながら、これらの方法は、多段反応であるうえ、多量の廃棄物や、分離精製における高いコストの問題、あるいは装置への腐蝕の問題があり、その改善が求められていた。
【0005】
これらの問題を回避する方法としては、固体触媒を用いる方法が開発されており、例えば、ベンジル位の酸化方法として、バナジウムを担持させたケイ素メゾ多孔体(MCM−41)を使い、トルエンからベンズアルデヒド、あるいはフェノールを得たことが報告されている(非特許文献1)。
【0006】
しかしながら、上記の固体触媒を使用した方法では、ベンジンアルコールは得られておらず、この技術は、トルエンをベンジルアルコールに変換する技術といえるものではなかった。
【0007】
【特許文献1】特開平8-333288号公報
【特許文献2】特開平11-279089号公報
【非特許文献1】Studies in surface science and catalysis., 1997, 110,893-902
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記した問題点を解消するためのものであり、芳香族類であるトルエンから含酸素芳香族有機化合物であるベンジルアルコールを一段階で、しかも良好な選択性で効率良く製造する方法およびこれに使用される固体触媒を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、トルエンからベンジルアルコールを一段階で製造できる方法について鋭意検討した。そしてその結果、遷移金属を担持させたシリカ系メゾ多孔体は、これを水分と接触させることにより、分子状酸素の存在下でトルエンをベンジルアルコールへと高い選択率で酸化することが可能となることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち本発明は、遷移金属を担持させたシリカ系メゾ多孔体に、水分を接触させて得た触媒の存在下、酸素とトルエンとを反応させることを特徴とするベンジルアルコールの製造方法である。
【0011】
また本発明は、上記方法で使用される、遷移金属を担持させたシリカ系メゾ多孔体に、水分を接触させることにより得られる部分酸化用触媒である。
【発明の効果】
【0012】
本発明のベンジルアルコールの製造方法によれば、トルエンからベンジルアルコールを一段階で、しかも良好な選択性で製造することができる。また、使用する固体触媒は、経時劣化がないため、本発明のベンジルアルコールの製造方法は、長時間安定に実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明のベンジルアルコールの製造方法は、遷移金属を担持させたシリカ系メゾ多孔体を、水分と接触させて得た触媒をトルエン選択酸化用触媒(以下、「本発明触媒」と記す)として使用し、その存在下、酸素とトルエンとを反応させ、トルエンの側鎖のメチル基を選択酸化するものである
【0014】
本発明触媒の担体であるケイ素メゾ多孔体は、ケイ酸塩を主成分として構成されるメゾ多孔構造(メゾポーラス構造)を有する化合物であり、例えば、モノ長鎖アルキルアンモニウム塩等をテンプレート(鋳型)として、シリカ等を結晶させることにより得られるものである。
【0015】
より具体的には、例えば、テンプレートとしてモノC〜C16アルキルトリメチルアンモニウムブロミドをイオン交換水に溶解させ、ついで水酸化ナトリウム水溶液(10%Con.)とコロイダルシリカを加え、PHが11ないし12になるまで、35ないし45℃で撹拌した後、オートクレーブに仕込み、135ないし145℃の温度で40ないし70時間水熱合成を行なうことによりケイ素メゾ多孔体が得られる。
【0016】
上記の場合の、各成分の好ましい濃度の一例としては、モノC〜C16アルキルトリメチルアンモニウムブロミドが16質量%、イオン交換水が44質量%、水酸化ナトリウム水溶液(10%Con.)が13質量%、コロイダルシリカが27質量%である。
【0017】
上記のようにして得られるケイ素メゾ多孔体は、冷却後、オートクレーブから取り出し、ろ過後、イオン交換水で洗浄し、更に80℃程度の乾燥機中に5時間程度放置し、水分を除去し、次の遷移金属担持工程へ移される。
【0018】
なお、上記のようにして得られたケイ素メゾ多孔体の構成物質は、主にSiおよびOであり、使用原料によってはAlが含まれることもある。また、このケイ素メゾ多孔体は、比表面積800m/g〜1200m/g、細孔径0.8nm〜1.2nm、細孔容積150〜200ml/gの範囲のものであることが好ましく、広い比表面積を有しているMCM−41がより好ましい。
【0019】
ケイ素メゾ多孔体に担持させる遷移金属としては、Mn、Cr、PdおよびCuが好ましく、Mnがより好ましい。遷移金属としてMnを用いる場合の担持量は、触媒中1質量%ないし5質量%が好ましく、更には3質量%以上、特に4.5質量%以上が好ましい。
【0020】
遷移金属を担持させる方法としては、例えば、岩本等によるCatalysis Surveys from Japan.,Vol.5,No1,2001,25−36に示される方法によるマンガンの担持方法あるいはこれに準じた方法が挙げられる。
【0021】
具体的には、次のように実施される。すなわち、まず、金属塩をイオン交換水に溶解させた溶液を、乾燥させたケイ素メゾ多孔体が入ったテフロンビーカーに加え、80℃程度の水浴中で1時間程度激しく混合させる。次いで、混合液をオートクレーブに移し、80℃程度の温度で24時間程度イオン交換を行なう。更にオートクレーブを開放後、ろ過および混合液の4倍量程度のイオン交換水で洗浄を行った後、80℃程度の乾燥機中で5時間程度水分を除去した後、電気炉に入れ、600℃程度の温度で6時間程度焼成を行なう。
【0022】
上記方法において用いられる金属源は、水溶性のものであればよく、硝酸塩がより好ましい。また、上記方法での金属塩、イオン交換水およびケイ素メゾ多孔体の比率の一例としては、1:94:5の比率が挙げられる。
【0023】
以上のようにして得られる遷移金属を担持させたシリカ系メゾ多孔体は、更に水分と接触させて本発明触媒とされる。
【0024】
水分との接触は、上記のようにして得られた遷移金属を担持させたシリカ系メゾ多孔体を、飽和水蒸気雰囲気下に48時間程度曝し、その後真空排気によって余分な水分を取り除くことによって実施され、これにより活性が発現する。接触させる水分量は、触媒重量に対しては3ないし50質量%(担持遷移金属重量に対し、61ないし1020質量%)の範囲であり、遷移金属としてMnを利用する場合の好ましい量は、Mn量に対して5:4前後である。
【0025】
かくして得られた本発明触媒は、酸素(分子状酸素)の存在下で、芳香族炭化水素化合物の側鎖を選択酸化する反応において良好な活性及び優れた選択性を有し、しかもその活性に経時劣化が見られないものである。
【0026】
以下、本発明触媒を用いてトルエンの側鎖メチル基を選択酸化し、ベンジルアルコールを製造する方法について説明する。
【0027】
本発明方法における本発明触媒の使用量は、本発明/原料の重量比で、0.5〜5の範囲であり、好ましくは、1〜2である。また、酸素の使用量は、酸素/原料のモル比で0.30〜0.35の範囲内で実用可能であり、好ましくは、0.32〜0.34である。
【0028】
本発明方法の実施に当たっては、反応に不活性な溶媒を使用しても良いが、溶媒の不存在下に反応を行うことが好ましい。また酸素源としては、高純度酸素を称しても良いが、経済性の面からは空気を用いることが好ましい。
【0029】
本発明方法は、オートクレーブ等の反応装置を用い、常圧ないしは2MPa程度の圧力下、150℃以上の温度で実施される。反応時間は、10〜20時間程度である。
【0030】
上記反応の終点は、酸素吸収量により判断することができる。また、反応終了後は、触媒ろ過および蒸留精製することにより、生成したベンジルアルコールを得ることができる。
【0031】
本発明触媒により、トルエンの側鎖メチル基を選択酸化し、ベンジルアルコールを良好な選択率で製造できる理由について、本発明者らは次のように考えている。すなわち、遷移金属を担持させたシリカ系メゾ多孔体では、金属とシリカ系メゾ多孔体の酸素原子の間に結合があると考えられているが、これを水分と接触させると、シリカ系メゾ多孔体のケイ素と接触させた水の間に結合ができ、弱酸点が形成される。そして、この弱酸点がトルエンを部分酸化し、ベンジルアルコールとすると推測される。
【0032】
この水分接触の効果については、実験的にも確認されている。例えば、Mnを4.9質量%担持するシリカ系メゾ多孔体について、水分を接触させなかった場合は、触媒0.1g、トルエン10g使用し、酸素をトルエンに対しモル比で0.33使用した場合は、150℃で12時間反応させても、トルエンの転化率は0.2%であり、ベンジルアルコールは検出されなかったが、水分を接触させた触媒を用い、同じ条件で反応させた場合には、トルエンの転化率は4.8%であり、ベンジルアルコールの選択率は26%であった。この結果から、本発明触媒にあっては、水分接触の効果の大きいことが分かり、触媒構造としても変化していると判断できる。
【実施例】
【0033】
以下実施例および比較例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。
【0034】
実 施 例 1
セチルトリメチルアンモニウムブロミド8.6gをイオン交換水25gに溶解させた後、これに10質量%水酸化ナトリウム水溶液7.3gおよびコロイダルシリカ15gを加え、加熱撹拌する。懸濁液のPHが11.2〜11.8の範囲に入ったら100mlオートクレーブに密閉し、140℃で48時間加熱撹拌することによって水熱合成する。水熱合成終了後冷却し、吸引ろ過によって固形物4gを得る。
【0035】
得られた固形物を80℃で乾燥させる。別に、マグネチックスターラーをいれたビーカーに1.2gのMn(NO・6HOをイオン交換水80gで溶解させ、この溶液に乾燥させた固形物4gを加えて撹拌を行う。その後、100mlオートクレーブに移し、80℃で20時間加熱撹拌を行った後、吸引ろ過、イオン交換水による洗浄を行い、600℃、48時間空気中で焼成することによってテンプレートを取り除き、遷移金属を担持したケイ素メゾ多孔体を得た。
【0036】
得られた触媒を飽和水蒸気中に、48時間放置し、その後真空排気を行うことによって水分を調整し、水分が5質量%付着した触媒を得た。
【0037】
実 施 例 2
実施例1で得られた触媒を使用し、SUS製50mlオートクレーブを使い、トルエンの酸化反応を行った。この反応において、原料のトルエンは10g、触媒量は0.1gとした。また、酸素は、純酸素を用い、常温で1MPaとなるまで加えた。その後、150℃まで過熱した。
【0038】
反応中の、トルエン量およびベンジルアルコール量を、GCおよびLCで測定した結果、反応開始より12時間後には、トルエンの転化率5.0%、ベンジルアルコールの選択率24%となったことが示された。経時的な変化について、次の表1に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
上記の結果から、本発明触媒(水賦活マンガン担持メゾ多孔体)の使用により、トルエンからベンジルアルコールを選択率24%と高い選択率で得られることが明かとなった。
【0041】
比 較 例 1
実施例1で用いたMn担持ケイ素メゾ多孔体に代えて、比表面積300m/gのシリカゲルにMnを担持させたものを触媒として用いた。Mnの担持量は1質量%であった。
この触媒を用いて実施例1と同様の条件でトルエンの選択酸化反応を行った場合のトルエンの転化率及びベンジルアルコール選択率の経時変化を下記表2に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
上記の結果から、シリカゲルに担持させたMnでは酸化反応の進行が遅く、ベンジルアルコールの選択率も悪いことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明方法によれば、トルエンからベンジルアルコールを一段階反応で、良好な選択率で製造することができ、また、利用する触媒も、経時劣化がなく、長時間使用できるため、経済的なベンジルアルコール製造法として広く利用することが可能である。
【0045】
また、本発明触媒は、ベンジルアルコールの製造に限られず、芳香族炭化水素化合物の側鎖アルキル基の部分酸化に使用できるため、種々の化合物を得るために利用できるものである。
以 上

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遷移金属を担持させたシリカ系メゾ多孔体に、水分を接触させて得た触媒の存在下、酸素とトルエンとを反応させることを特徴とするベンジルアルコールの製造方法。
【請求項2】
担持させた遷移金属が、Mn、Cr、PdまたはCuである請求項第1項記載のベンジルアルコールの製造方法。
【請求項3】
担持させた遷移金属が、Mnである請求項第1項記載のベンジルアルコールの製造方法。
【請求項4】
ケイ素メゾ多孔体に担持された遷移金属の量が、触媒重量に対し1ないし5質量%である請求項第1項ないし第3項の何れかの項記載のベンジルアルコールの製造方法。
【請求項5】
ケイ素メゾ多孔体の構成物質が、Si、Oおよび/またはAlである請求項第1項ないし第4項の何れかの項記載のベンジルアルコールの製造方法。
【請求項6】
ケイ素メゾ多孔体が、比表面積800m/g〜1200m/g、細孔径0.8nm〜1.2nm、細孔容積150〜200ml/gの範囲のものである請求項第1項ないし第5項の何れかの項記載のベンジルアルコールの製造方法。
【請求項7】
接触させる水の量が、触媒重量に対し、3ないし50質量%である請求項第1項ないし第6項の何れかの項記載のベンジルアルコールの製造方法。
【請求項8】
酸素源として空気を用いる請求項第1項ないし第7項の何れかの項記載のベンジルアルコールの製造方法。
【請求項9】
溶媒の不存在下に反応を行う請求項第1項ないし第8項の何れかの項記載のベンジルアルコールの製造方法。
【請求項10】
遷移金属を担持させたシリカ系メゾ多孔体に、水分を接触させることにより得られる部分酸化用触媒。
【請求項11】
担持させた遷移金属が、Mn、Cr、PdまたはCuである請求項第10項記載の部分酸化用触媒。
【請求項12】
担持させた遷移金属が、Mnである請求項第10項記載の部分酸化用触媒。
【請求項13】
ケイ素メゾ多孔体に担持された遷移金属の量が1ないし5質量%である請求項第10項ないし第12項の何れかの項記載の部分酸化用触媒。
【請求項14】
ケイ素メゾ多孔体の構成物質が、Si、Oおよび/またはAlである請求項第10項ないし第13項の何れかの項記載の部分酸化用触媒。
【請求項15】
ケイ素メゾ多孔体が、比表面積800m/g〜1200m/g、細孔径0.8nm〜1.2nm、細孔容積150〜200ml/gの範囲のものである請求項第10項ないし第14項の何れかの項記載の部分酸化用触媒。
【請求項16】
接触させる水の量が、触媒重量に対し、3ないし50質量%である請求項第10項ないし第15項の何れかの項記載の部分酸化用触媒。
【請求項17】
酸素存在下に、芳香族炭化水素化合物の側鎖アルキル基を酸化することができるものである請求項第10項ないし第16項の何れかの項記載の部分酸化用触媒。


【公開番号】特開2006−143619(P2006−143619A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−333314(P2004−333314)
【出願日】平成16年11月17日(2004.11.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年5月19日 社団法人石油学会発行の「第47回年会(受賞講演、第53回研究発表会)講演要旨」に発表
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000157603)丸善石油化学株式会社 (84)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】