説明

ペプチドの細胞内への取り込み量の評価方法及びそれを用いた細胞の鑑別方法

【課題】細胞内へのペプチドの取り込み量を再現性良く評価することができる、ペプチドの細胞内への取り込み量の評価方法を提供すること。
【解決手段】ペプチドの細胞内への取り込み量の評価方法は、第1の標識で標識された第1のペプチドの細胞内への取り込み量を評価する方法であって、該第1のペプチドと共に、第1の標識とは区別して測定できる第2の標識で標識した、第1のペプチドとアミノ酸配列が同一又は異なる第2のペプチドを細胞と接触させる工程と、細胞内に取り込まれた第1及び第2の標識の量を測定することにより細胞内に取り込まれた第1及び第2のペプチドの量を測定する工程と、細胞内に取り込まれた第1及び第2のペプチドの量比に基づき、細胞内に取り込まれた第1のペプチドの量の相対値を算出する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペプチドの細胞内への取り込み量の評価方法及びそれを用いた細胞の鑑別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞が何の細胞であるのかを鑑別することは、専門家が顕微鏡下で細胞を観察することにより行われている。しかし、この方法では、熟練した専門家が必要であり、また、専門家といえども判定はその主観に左右される。
【0003】
一方、非特許文献1には、蛍光標識したペプチドを細胞に取り込ませてその取り込み量を測定した実験が記載されており、細胞内へのペプチドの取り込み量は、ペプチドのアミノ酸配列や細胞の種類、分化状態により変化することが記載されている。
【0004】
【非特許文献1】菊池卓也ら、「αヘリックスペプチドの細胞導入活性スクリーニングおよび細胞死活性評価」、2010年 日本化学会第90年年会予稿集
【非特許文献2】二木史朗 「膜透過ペプチドを用いる細胞導入技術」、Vol.44 No. 4 2008 ファルマシア pp.321-325
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、細胞内へのペプチドの取り込み量を再現性良く評価することができる、ペプチドの細胞内への取り込み量の評価方法を提供することである。また、本発明の目的は、ペプチドの細胞内への取り込み量を基準として細胞を鑑別する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、2種類の異なる標識ペプチドを細胞に取り込ませ、その取り込み量の比をとることにより、細胞内へのペプチドの取り込み量を再現性良く評価することができることを見出し本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、第1の標識で標識された第1のペプチドの細胞内への取り込み量を評価する方法であって、該第1のペプチドと共に、第1の標識とは区別して測定できる第2の標識で標識した、第1のペプチドとアミノ酸配列が同一又は異なる第2のペプチドを細胞と接触させる工程と、細胞内に取り込まれた第1及び第2の標識の量を測定することにより細胞内に取り込まれた第1及び第2のペプチドの量を測定する工程と、細胞内に取り込まれた第1及び第2のペプチドの量比に基づき、細胞内に取り込まれた第1のペプチドの量の相対値を算出する工程を含む、ペプチドの細胞内への取り込み量の評価方法を提供する。
【0008】
さらに、本願発明者らは、未知の被検細胞について、上記した本発明の方法により測定されるペプチドの取り込み量を該細胞の特性値として用いることにより細胞を鑑別できることに想到し、本願第2の発明に至った。
【0009】
すなわち、本発明は、未知の被検細胞を上記本発明の方法に付し、得られた前記相対値を該細胞の特性値とし、これに基づき細胞の鑑別を行う細胞の鑑別方法を提供する。
【0010】
さらに、本願発明者らは、既知の種々の細胞について、上記本発明の方法により測定されるペプチドの取り込み量の相対値を各細胞の特性値としてデータベース化し、一方、未知の被検細胞を、前記既知の細胞について行った方法と同じ方法に付して前記相対値を得、これを前記データベースに保存されている相対値と比較することにより、該被検細胞を鑑別できることを見出し、本願第3の発明に至った。
【0011】
すなわち、本発明は、既知の種々の細胞を上記本発明の方法に付し、得られた前記相対値を各細胞の特性値としてデータベース化する工程と、未知の被検細胞を、前記既知の細胞について行った方法と同じ方法に付して前記相対値を得る工程と、該被検細胞について得られた該相対値を前記データベースに保存されている相対値と比較して該被検細胞を鑑別することを含む細胞の鑑別方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、細胞に取り込まれるペプチドの量を、公知の方法と比較して再現性良く評価することができる。本発明の方法により測定される細胞内へのペプチドの取り込み量は再現性が高いので、本発明の方法により測定されたペプチドの取り込み量を、各細胞の特性値として利用して未知の細胞を鑑別することが可能になった。さらに、既知の種々の細胞を上記本発明の方法に付し、得られた前記相対値を各細胞の特性値としてデータベース化しておけば、未知の被検細胞を、前記既知の細胞について行った方法と同じ方法に付してペプチドの取り込み量を調べ、得られた前記相対値をデータベースに保存されている相対値と比較することにより、未知の被検細胞を鑑別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】下記実施例において行った、各種細胞内への各種蛍光標識ペプチドの取り込み量の相対値を示す図である。
【図2】図1に結果を示すアッセイとは異なる第2の蛍光標識ペプチドを用いて行った、下記実施例において得られた各種細胞内への各種蛍光標識ペプチドの取り込み量の相対値を示す図である。
【図3】図1及び図2に結果を示すアッセイとは異なる第2の蛍光標識ペプチドを用いて行った、下記実施例において得られた各種細胞内への各種蛍光標識ペプチドの取り込み量の相対値を示す図である。
【図4】下記実施例において得られた各相対値を赤色の濃淡に変換して示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の方法に用いられる第1のペプチドは、細胞膜を透過して細胞内に入るペプチド又は入る可能性があるペプチドである。細胞膜を透過するペプチド自体は種々のものが周知であり(非特許文献2)、これらは膜透過ペプチドとして知られている。膜透過ペプチドは、これを他のタンパク質や核酸の一端に結合させると、結合されたタンパク質や核酸を細胞内に取り込むことができるものであり、タンパク質や核酸の細胞内への導入技術として有用であり、広く研究されている。このような膜透過ペプチドとしては、HIV-1由来のTatペプチド(GRKKRRQRRRPQ、配列番号40)、ショウジョウバエの転写因子由来のぺネトラチン(RQIKIWFQNRRMKWKK、配列番号41)及びトランスポータン(GWTLNSAGYLLGKINLKALAALAKKIL、配列番号42)等の天然のペプチドや、ポリアルギニン等の人工ペプチドが挙げられるがこれらに限定されるものではない。膜透過ペプチドに共通な構造上の特徴は特になく、(1)アルギニンのような塩基性アミノ酸を含み、疎水性アミノ酸を含まないもの(上記Tatペプチド、ポリアルギニン等)、(2)アルギニンのような塩基性アミノ酸と、トリプトファンのような疎水性アミノ酸を含むもの(上記ぺネトラチン等)、(3)塩基性アミノ酸が少なく、疎水性が高いもの(上記トランスポータン等)等、種々のものがある。
【0015】
本発明の方法における第1のペプチドとして、これらの膜透過ペプチドを用いることができる。もっとも、これまでに研究されている膜透過ペプチドは、他のタンパク質や核酸と結合した状態で、他のタンパク質や核酸と共に細胞膜を透過するものであり、これらは他のタンパク質や核酸と結合していない状態でも細胞膜を透過できるので、当然ながら本発明の第1のペプチドとして利用できるが、本発明においては、標識タンパク質が細胞膜を透過できればよいので、膜透過ペプチドとして知られているペプチド以外の広範囲のペプチドが利用可能である。
【0016】
さらに、第1のペプチドとしては、細胞膜を透過することがわかっているペプチドの他に、細胞膜を透過する可能性があるペプチド、すなわち、細胞膜を透過するか否かが不明なペプチドも採用することができる。後で詳しく説明するように、本発明の方法は、種々のペプチドを第1のペプチドとして用いて複数回の測定を行い、得られた結果をその細胞の特性値として用いて細胞を鑑別する方法に適用することができるが、このような場合、細胞膜を透過するか否かが不明なペプチドについても測定を行い、結果的にそのペプチドが細胞膜を透過しなかったとしても、そのペプチドがその細胞の細胞膜を透過しないということもその細胞を特徴付ける特性値の1つとして利用できるからである。また、後述の通り、本発明の方法は、ペプチド部分を含む医薬の創薬スクリーニングにも利用できるが、その場合には、測定前にはそのペプチド部分が細胞膜を透過するか否かは不明である場合もある。
【0017】
第1のペプチドのサイズは、細胞膜を透過する可能性があるサイズであれば特に限定されないが、通常、8アミノ酸〜40アミノ酸程度、好ましくは10アミノ酸〜30アミノ酸程度である。このようなペプチドは、市販のペプチド合成機を用いて容易に化学合成することができる。
【0018】
第1のペプチドは、定量可能な標識で標識されている。ここで、標識としては、細胞内に取り込まれた量を測定できるものであれば特に限定されず、例えば、蛍光標識、化学発光標識、放射標識等を用いることができる。これらの標識は周知であり、種々のものが市販されているので市販品を利用することができる。これらのうち、蛍光標識は、マイクロプレートリーダー等の測定装置が普及しており、容易に測定可能であるので好ましい。蛍光標識化合物としては、フルオレッセイン、及びカルボキシフルオレッセインのような、フルオレッセイン構造を有するその誘導体、ダンシル基やエチルダンシル基、およびそれらのようにダンシル基構造を有する誘導体、クマリン誘導体、ピレン誘導体、ナフタレン誘導体等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。なお、これらの蛍光標識自体は周知であり、多くのものは市販もされている。また、市販の蛍光標識をアミノ基等のアミノ酸中の置換基に結合してアミノ酸を標識する方法自体は周知である。例えば、リシンやグルタミンあるいはシステイン残基側鎖やペプチドのアミノ末端やカルボキシル末端に共有結合により導入することがより容易に行うことができる。また合成に用いる各種の蛍光標識ビルディングブロックが米国Molecular Probe社等から市販されており、これらを購入してそのまま使用することも可能である。
【0019】
蛍光標識するために用いられる好ましい例として、テトラメチルローダミン(TAMRA)及びカルボキシフルオレッセイン(FAM)の化学構造を下記式 [I] 及び [II] にそれぞれ示す。
【0020】
【化1】

【0021】
上記の通り、本発明の方法には、第1のペプチドの標識に用いる第1の標識とは識別して定量可能な第2の標識で標識した第2のペプチド(以下、「第2の標識ペプチド」と呼ぶことがある。第1の標識で標識した第1のペプチドも同様に「第1の標識ペプチド」と呼ぶことがある)も用いられる。第2のペプチドは、後述のように、内部標準として機能するものである。第1の標識と第2の標識は異なる標識であり、かつ、互いに識別して定量可能であることが必要であるが、第1のペプチドと第2のペプチドは、アミノ酸配列が同一でも異なっていてもよい。アミノ酸配列が同一の場合、標識だけが異なることになるが、それでも第2の標識ペプチドは内部標準として機能することが可能である。
【0022】
第2のペプチドとしては、上記した第1のペプチドと同様なペプチドを採用することができる。もっとも、第2のペプチドは、内部標準として機能するものであるので、上記した種々のペプチドのうち、多少なりとも細胞膜を透過するものを選択して用いる。すなわち、膜透過ペプチドとして知られているペプチドや、実測により細胞膜を透過することがわかっているペプチドを用いる。細胞膜を透過するか否かは、単に標識ペプチドを含む溶液を細胞と接触させ、インキュベーションし、洗浄後、標識を測定することにより行うことができ、具体的な操作の1例が下記実施例にも詳細に記載されている。
【0023】
また、第2の標識としても、第1の標識と同様な標識を用いることができ、蛍光標識が好ましい。例えば、後述の実施例に具体的に記載するように、第1の標識として上記したTAMRA又はFAMを用い、第2の標識としてFAM又はTAMRAを用いることができる。
【0024】
本発明の方法は、上記第1及び第2の標識ペプチドを細胞と接触させ、標識ペプチドの細胞内への取り込みに要する時間インキュベートし、細胞を洗浄後、第1及び第2の標識をそれぞれ定量することにより行うことができる。
【0025】
細胞は、チップ又はマイクロタイタープレート中のウェルに収容することが便利で好ましい。マイクロタイタープレートは、説明するまでもなく、極めて広く用いられている周知のものである。細胞の収容や培養に利用可能なチップ(以下、便宜的に「細胞収容用チップ」と呼ぶことがある)は、比較的近年開発されたもので、ウェルの大きさが、例えば直径2.5mm、深さ0.25mm程度と、マイクロタイタープレートのウェルよりもずっと小さなものである。細胞収容用チップは、好ましくは、自家蛍光が低く、非特異的吸着も低い、蛍光強度測定用に適したアモルファスカーボン等から成る基板に、上記のようなサイズのウェルを複数設けたものである。ウェルのサイズが小さいと、測定に要する細胞の量も少なくてすみ、また、細胞を培養する場合には短時間で必要量まで増殖させることができるという利点がある。細胞収容用チップは、市販もされている(例えば、株式会社ハイペップ研究所製「PepTenChip(登録商標)ZeroWell-64 (4x16)」(スライドガラス大のアモルファスカーボン基板に直径2.5mm、深さ0.25mmの円筒状のウェルを4列x16個(合計64個)形成したもの)ので、市販品を好ましく用いることができる。
【0026】
細胞と第1及び第2の標識ペプチドとの接触は、例えば、細胞を収容するウェルに、第1及び第2の標識ペプチドを生理緩衝液中に含む水溶液を添加したり、細胞の培養液に第1及び第2の標識ペプチドを含めたりすることにより行うことができる。この際、培養液又は水溶液中の第1及び第2の標識ペプチドの濃度は、特に限定されないが、通常、0.1μM〜10μM程度、好ましくは0.5μM〜2μM程度である。
【0027】
標識ペプチドが細胞膜を透過するのに要する時間、標識ペプチド水溶液を細胞と接触させた状態で、インキュベートすることが好ましい。この際のインキュベーションの条件は、細胞本来の生理的条件に近い条件が好ましく、通常、その細胞の培養に採用されている条件が好ましい。すなわち、哺乳動物細胞であれば、通常、37℃、5%CO2雰囲気下の条件が採用されるが、他の条件を採用してもよい。インキュベーション時間は、標識ペプチドが細胞内に取り込まれるのに必要な時間以上であればよく、通常、30分間〜24時間、好ましくは1時間〜12時間程度である。
【0028】
次に、細胞を生理緩衝液で洗浄後、細胞内に取り込まれた各標識ペプチドの標識を定量する。細胞の洗浄は、ウェル内の標識ペプチド水溶液を吸引除去後、ウェルを生理緩衝液等の洗浄液で洗浄することにより行うことができる。各標識ペプチドの標識の定量は、細胞の外から各標識を、その標識の定量に採用されている公知の方法で定量することにより行うことができる。例えば、細胞をマイクロプレートのウェル内に収容し、蛍光標識を用いた場合には、市販のマイクロプレートリーダーを用いて、各ウェルの蛍光を測定することにより容易に行うことができる。細胞収容用チップを用いた場合には、市販の蛍光顕微鏡を用いて各ウェルからの蛍光を測定することができる。
【0029】
本発明の方法では、細胞内に取り込まれた第1及び第2のペプチドの量比に基づき、細胞内に取り込まれた第1のペプチドの量の相対値を算出する。すなわち、例えば、第1及び第2の標識として、それぞれ蛍光標識を用いた場合には、測定された各蛍光標識の蛍光強度の比をとることにより、第1の標識の測定値の相対値を算出する。この相対値により、第1のペプチドの細胞内への取り込み量を評価することができる。すなわち、この相対値が高ければ、第1のペプチドの細胞内への取り込み量が多く、低ければ少ないことになる。下記実施例と比較例の比較により具体的に示されるように、2種類の標識ペプチドの取り込み量を測定してその比をとることにより、公知の方法のように、第1の標識ペプチドの取り込み量のみを測定する場合よりも、測定の再現性が向上する。例えば、同じ細胞試料を用いて、同じマイクロプレート又は細胞収容用チップのウェルに細胞を収容し、全く同じ条件で実験を行っても、多かれ少なかれ各ウェル毎に測定値がばらつくが、本発明の方法によれば、このばらつきを公知の方法よりも小さくすることができる。
【0030】
アミノ酸配列が異なる複数種類のペプチドを前記第1のペプチドとして用いて前記評価方法を複数回行い、それによって、前記複数種類のペプチドの細胞内への取り込み量を評価することもできる。これにより、各種ペプチドの細胞内への取り込み量を調べることができ、後述のように細胞をより的確に特徴付けることが可能になり、また、細胞内への取り込み量が所望の量となるペプチドのスクリーニングを行うこともできる。
【0031】
また、アミノ酸配列が異なる複数種類のペプチドを前記第2のペプチドとして用いて前記評価方法を複数回行うこともできる。これにより、測定の信頼性をさらに高めることができ、また、後述のように細胞をより的確に特徴付けることが可能になる。
【0032】
本発明の方法によれば、再現性良くペプチドの細胞内への取り込み量を評価できるので、本発明の方法を、細胞の鑑別に適用することができる。すなわち、非特許文献1にも記載されているように、各ペプチドの細胞内への取り込み量は、細胞の種類や分化状態により異なるので、上記本発明の方法により求められた相対値を、その細胞の特性値として利用することができ、これに基づき細胞を鑑別することができる。すなわち、2種類の細胞試料があり、あるペプチドについての上記相対値が有意に異なっていれば、それら2種類の細胞試料を構成する細胞は、異なる種類又は分化状態の細胞であることがわかるので、これらの細胞の異同がわかる。この場合、上記のように第1のペプチドとして複数種類のペプチド、例えば、2種類〜50種類程度、好ましくは5種類〜40種類程度のペプチドについてそれぞれ上記本発明の方法を行って各ペプチドの取り込み量を評価することにより、複数の相対値が得られ、各相対値はそれぞれ細胞の特性値として利用できるから、より的確に細胞の鑑別が可能になる。この場合、第2のペプチドも複数種類、例えば、2種類〜6種類程度、好ましくは3種類〜5種類程度の第2のペプチドを用いることにより、第1のペプチドと第2のペプチドの数の積だけ細胞の特性値が得られるので、さらに的確に細胞の鑑別が可能になる。
【0033】
上記した本発明の方法、好ましくは、上記の通り第1の標識ペプチドを複数種類用いる方法、さらに好ましくは、第2の標識ペプチドも複数種類用いる方法に付し、得られた前記相対値を各細胞の特性値としてデータベース化しておき、未知の被検細胞を、データベース作成に用いた方法と同じ方法に付して前記相対値を得、該被検細胞について得られた該相対値を前記データベースに保存されている相対値と比較して該被検細胞を鑑別することにより未知の細胞を鑑別することができる。この場合、複数の第1の標識ペプチドと複数の第2の標識ペプチドの積が例えば50〜600、好ましくは80〜300程度になるようにして上記本発明の方法を行えば(例えば、下記実施例では第1の標識ペプチドとして36種類、第2の標識ペプチドとして3種類用い、合計108通りの組合せで測定を行っている)、細胞の特性値の数が十分大きいので、特に被検細胞試料中に含まれる細胞の種類がある程度限定されているような場合には、未知の被検細胞の同定も可能になる。なお、各種細胞に特徴的な特性値を発揮するペプチドを厳選すれば、より少ない種類のペプチドを用いて的確に細胞の鑑別又は同定を行うことが可能になる。例えば、下記実施例では用いた3種類の細胞のそれぞれに異なる特徴的な取り込み量を示す第1の標識ペプチドは、それぞれの第2の標識ペプチドに対して3種類程度であるので、各細胞に特徴的な第1の標識ペプチドを、各第2の標識ペプチドのそれぞれについて3種類程度用いれば(すなわち、ペプチドの組合せは9通り)、多数の組合せ(実施例では108通り)で測定を行ったのと同様な的確さを達成することができる。従って、データベース化に用いるペプチドとして、このように各細胞に特徴的な取り込み量をもたらすペプチドを厳選することにより効率的に細胞の鑑別を行うことができる。
【0034】
既知の各細胞について得られた前記相対値を、該相対値に応じて違いが肉眼で認識できるデータに変換し、前記各細胞及び各ペプチドについての視認可能なデータを並べて出力することも可能である(下記実施例参照)。このようにすることにより、各ペプチドについての測定値によって、色模様が形成される。第1の標識ペプチドの種類の数と第2の標識ペプチドの種類の数の積を大きくすれば、この色模様は、各細胞について固有のものとなり、あたかもフィンガープリント(指紋)として機能する(以下、肉眼で認識可能なデータに変換することを含む本発明の方法を、便宜的に「フィンガープリント法」と言うことがある)。
【0035】
種々の数値の差を、視認可能なデータにする作業は、市販のコンピューターソフトウェアを用いて容易に行うことができる。すなわち、データ整理のために、数値の差を視認可能にする、データ整理ソフトが市販されており、インターネット上にフリーソフトも提供されており、それらを利用することも可能である。このようなデータ整理ソフトを用いると、本発明の方法により得られる上記相対値をソフトに入力することにより、例えばこの相対値が大きいほど赤色がかった色が出力されるようにすることができる(どのような色にするかはソフトで選択可能)。そして、各相対値に対応する色は、並べて出力されるようになっている。従って、各細胞について、カラーの縞模様が得られることになる。このカラーの縞模様は、細胞の種類や分化状態に応じて固有のものとなるので、フィンガープリントとして未知の細胞試料中に含まれる細胞の鑑別や同定が可能になる。
【0036】
上記した本発明のペプチドの細胞内への取り込み量の評価方法は、上記した細胞の鑑別方法に適用できるだけではなく、ペプチド部分を含む医薬の創薬スクリーニングにも適用可能である。すなわち、ペプチドに薬剤を結合した化合物(バイオコンジュゲート)を医薬として用いることが研究されている。ペプチドは、上記の通り、そのアミノ酸配列、細胞の種類や分化段階等により細胞内への取り込み量が変化するので、ターゲットとする細胞の種類に応じて所望の膜透過性を持つペプチドを選択することが望まれる。上記本発明の方法は、このような創薬スクリーニングにおいて、ターゲットとする細胞や、ターゲット以外の細胞内への取り込みが量が所望の量となるペプチドのスクリーニングに適用することも可能である。例えば、ターゲットが癌細胞の場合、癌細胞に多く取り込まれるが、正常細胞にはほとんど取り込まれないペプチドや、その逆のペプチドや、また、細胞内へのペプチドの取り込み量が適度な所望の値となるペプチドをスクリーニングするため等に適用することが可能である。なお、ペプチド部分を含む医薬においては、生体内でのプロテアーゼによる分解を受けにくくするために、ペプチドの一端にポリエチレングリコール(PEG)鎖等を結合する等の安定化修飾が広く行われている。また、C末端のカルボキシル基やN末端のアミノ基をアミド化してペプチドの化学的安定性を高める修飾も行われているが、このような安定化修飾を施したペプチドも本発明でいう「ペプチド」に包含される。さらに、創薬スクリーニングでは、ペプチドに薬剤を結合したものの細胞内への取り込み量を評価することも少なくないが、ペプチドに薬剤を結合したものも本発明でいう「ペプチド」に包含される。
【0037】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0038】
実施例1、比較例1
1. 標識ペプチドの化学合成
市販のペプチド合成機を用い、第1のペプチドとして、配列番号1〜36に示すアミノ酸配列から成る36種類のペプチドを化学合成した。各ペプチドのC末端はアミド化した。各ペプチドのN末端にFAMを結合した。各ペプチドは、配列番号と同じ番号を付して「ペプチド1」のように示す。各ペプチドの構造を表1に示す。N末端側のFAMは、蛍光標識であるFAMを示し、C末端の-NH2はC末端のカルボキシル基がアミド化されていることを示す。さらに、市販のペプチド合成機を用い、第2のペプチドとして、配列番号37〜39に示すアミノ酸配列から成る3種類のペプチドを化学合成した。各ペプチドのC末端はアミド化した。各ペプチドのN末端にTAMRAを結合した。配列番号37〜39に示すアミノ酸配列から成るTAMRA標識ペプチドを、それぞれHiPeV-012F、HiPeV-013F及びHiPeV-014Fと命名した。
【0039】
【表1】

【0040】
2. 細胞試料
実験には、細胞試料として、ヒトII型肺胞上皮様細胞株であるA549細胞、ヒト乳癌細胞株であるMCF-7細胞及びヒト子宮頸癌由来細胞株であるHeLa細胞を用いた。いずれも市販品を用いた。
【0041】
3. 細胞内へのペプチドの取り込み量の評価
アッセイ前日に96 穴マイクロプレート(BDファルコン)に0.05%トリプシン(ナカライテスク)処理を行った細胞試料をそれぞれのウェルに10% FBS(ウシ胎児血清、ギブコ)入り培地100 μLとともに1×10個の細胞をまいた。同一の細胞試料に、同一の第1及び第2の標識ペプチドを作用させるウェルを各6個ずつとした。24時間CO2インキュベーター(アステック)で前培養行った。培養細胞のDMEM培地(ナカライテスク)を抜き取り無血清DMEM培地とともに各蛍光標識ペプチドの濃度が1μMになるように100 μL添加した。96穴タイタープレートを90分CO2インキュベーターで培養した。培養終了後、蛍光修飾ペプチドを含む培地を吸出し、PBSバッファー100 μLで2回洗浄した。さらに各ウェルに0.1 % トリトン(商品名)を含有するKrebs-Ringer-Hepesバッファー(131 mM NaCl、4.8 mM KCl、2.5 mM CaCl2 2H2O、1.2 mM KH2PO4、1.2 mM MgSO4、25 mM Hepes)100μLを加え、15分間室温でインキュベートした後に各ウェルの蛍光強度をマイクロプレートリーダー(パーキンエルマー)で測定した。さらに、得られた測定値から実測TAMRA強度/実測FAM強度の比を求めて取り込み量の相対値を算出した。
【0042】
蛍光測定条件
FAM強度測定の場合=励起波長485 nm/蛍光波長535 nm (励起時間 0.1秒)
TAMRA強度測定の場合=励起波長530 nm/励起波長580 nm (励起時間 0.1秒)
相対値=実測TAMRA強度/実測FAM強度
【0043】
HiPeV-012F(配列番号37)、 HiPeV-013F(配列番号38)又はHiPeV-014F(配列番号39)を第2の標識ペプチドとして用いた結果を図1〜図3にそれぞれ示す。図1〜図3中、横軸は各第1の標識ペプチドの番号(配列番号と同じ)であり、縦軸は上記の通り算出した相対値である。横軸には1〜13がなく、これ以外にも欠番があるが、それらは第1の標識ペプチドが細胞膜を透過せず、蛍光が測定されなかったものである。図2において楕円で囲っているペプチド22〜24は、3種類の各細胞間での違いがはっきりと出るペプチドである。同様に、図3において楕円で囲っているペプチド34〜36は、A549細胞とMCF-7細胞の間での違いがはっきりと出るペプチドである。
【0044】
さらに、得られた各相対値を赤色の濃淡に変換するソフト(インターネット上で入手可能なフリーソフトAzHLSCP, AzSky)を用いて変換した。値が大きくなるほど赤色が濃くなるように設定した。結果を図4に示す。なお、図1〜図3と同様、図4にも細胞内に取り込まれなかったペプチドの結果は含まれていない。
【0045】
図4に示す通り、各細胞について特有な色模様(フィンガープリント)が得られ、これに基づき、これらの3種類の細胞を鑑別することができることがわかる。
【0046】
実施例2
市販の細胞収容用チップを用いて実施例1と同様なアッセイを行った。すなわち、アッセイ前にPepTenChip(登録商標)ZeroWell-64(株式会社ハイペップ研究所)に0.05 %トリプシン(ナカライテスク)処理を行った細胞試料を各ウェルに10 % FBS(ギブコ)を含有する培地1 μLとともに1×102個の細胞をまいた。同一の細胞試料に、同一の第1及び第2の標識ペプチドを作用させるウェルを各6個ずつとした。6時間CO2インキュベーター(アステック)で前培養行った。培養細胞のDMEM培地(ナカライテスク)を抜き取り無血清DMEM培地とともに各蛍光標識ペプチドの濃度が1 μMになるように1μL添加した。PepTenChip(登録商標)ZeroWell-64を10分CO2インキュベーターで培養した。培養終了後、蛍光標識ペプチドを含む培地を吸出し、PBSバッファー1μLで2回洗浄した。さらに各ウェルに0.15 % トリトン(商品名)入りKrebs-Ringer-Hepesバッファー(131 mM NaCl、4.8 mM KCl、2.5 mM CaCl2 2H2O、1.2 mM KH2PO4、1.2 mM MgSO4、25 mM Hepes)1 μLを加え、15分間室温でインキュベートした後に各ウェルの蛍光強度を蛍光顕微鏡(オリンパス)で測定した。なお、蛍光測定条件は実施例1と同じであった。
【0047】
その結果、図1〜図3に示すのと同様な結果が得られた。
【0048】
実施例3、4、比較例1〜4
配列番号37に示すアミノ酸配列から成るペプチド(ただし、C末端はアミド化)のN末端にFAM若しくはTAMRAを結合した蛍光標識ペプチド(以下、それぞれ「FAM-37」及び「TAMRA-37」)(実施例3)、又は配列番号38に示すアミノ酸配列から成るペプチド(ただし、C末端はアミド化)のN末端にFAM若しくはTAMRAを結合した蛍光標識ペプチド(以下、それぞれ「FAM-38」及び「TAMRA-38」)(実施例4)を用い、細胞試料としてはHeLa細胞を用いて実施例1と同じ方法により各蛍光標識ペプチドの細胞内への取り込み量を測定した(ただし、同一の蛍光標識ペプチドのセットを作用させたウェルを12個ずつとした)。
【0049】
実施例1と同様にして相対値(実測TAMRA強度/実測FAM強度)を測定し、その変動係数(CV値)を算出した。比較のため、各標識ペプチド単独の実測蛍光強度のCV値も算出した(比較例1〜4)。
結果を下記表2に示す。
【0050】
【表2】

【0051】
表2から明らかなように、2種類の蛍光標識の蛍光強度の比をとる本発明の実施例3及び4では、同一の細胞内への同一の各蛍光標識ペプチド単独の蛍光強度を測定した比較例1〜4に比べ、CV値が明らかに低く、本発明の方法により再現性が向上することが明らかになった。
【0052】
実施例5、6、比較例5〜8
FAM-37及びTAMRA-37(実施例5)、又はFAM-38及びTAMRA-38(実施例6)を用い、細胞試料としてはHeLa細胞を用いて実施例2と同じ方法により各蛍光標識ペプチドの細胞内への取り込み量を測定した(ただし、同一の蛍光標識ペプチドのセットを作用させたウェルを12個ずつとした)。
【0053】
実施例1と同様にして相対値(実測TAMRA強度/実測FAM強度)を測定し、その変動係数(CV値)を算出した。比較のため、各標識ペプチド単独の実測蛍光強度のCV値も算出した(比較例5〜8)。
結果を下記表3に示す。
【0054】
【表3】

【0055】
表2から明らかなように、細胞収容用チップであるPepTenChip(登録商標)ZeroWell-64(株式会社ハイペップ研究所)を用いた場合でも、2種類の蛍光標識の蛍光強度の比をとる本発明の実施例5及び6では、同一の細胞内への同一の各蛍光標識ペプチド単独の蛍光強度を測定した比較例5〜8に比べ、CV値が明らかに低く、本発明の方法により再現性が向上することが明らかになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の標識で標識された第1のペプチドの細胞内への取り込み量を評価する方法であって、該第1のペプチドと共に、第1の標識とは区別して測定できる第2の標識で標識した、第1のペプチドとアミノ酸配列が同一又は異なる第2のペプチドを細胞と接触させる工程と、細胞内に取り込まれた第1及び第2の標識の量を測定することにより細胞内に取り込まれた第1及び第2のペプチドの量を測定する工程と、細胞内に取り込まれた第1及び第2のペプチドの量比に基づき、細胞内に取り込まれた第1のペプチドの量の相対値を算出する工程を含む、ペプチドの細胞内への取り込み量の評価方法。
【請求項2】
前記第2のペプチドは、そのアミノ酸配列が前記第1のペプチドと異なる請求項1記載の方法。
【請求項3】
アミノ酸配列が異なる複数種類のペプチドを前記第1のペプチドとして用いて前記評価方法を複数回行い、それによって、前記複数種類のペプチドの細胞内への取り込み量を評価する請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
アミノ酸配列が異なる複数種類のペプチドを前記第2のペプチドとして用いて前記評価方法を複数回行う請求項1ないし3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記細胞が、チップ又はマイクロタイタープレート中の複数のウェル内にそれぞれ収容されている細胞である請求項4記載の方法。
【請求項6】
前記第1及び第2の標識が蛍光標識である請求項1ないし5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
未知の被検細胞を請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法に付し、得られた前記相対値を該細胞の特性値とし、これに基づき細胞の鑑別を行う細胞の鑑別方法。
【請求項8】
既知の種々の細胞を請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法に付し、得られた前記相対値を各細胞の特性値としてデータベース化する工程と、未知の被検細胞を、前記既知の細胞について行った方法と同じ方法に付して前記相対値を得る工程と、該被検細胞について得られた該相対値を前記データベースに保存されている相対値と比較して該被検細胞を鑑別することを含む細胞の鑑別方法。
【請求項9】
上記既知の各細胞について得られた前記相対値を、該相対値に応じて違いが肉眼で認識できるデータに変換し、前記各細胞及び各ペプチドについての視認可能なデータを並べて出力する工程とを含む、請求項8記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−50390(P2012−50390A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−196287(P2010−196287)
【出願日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【出願人】(502249851)株式会社ハイペップ研究所 (11)
【Fターム(参考)】