説明

ペプチドYY分泌促進剤

【課題】長期間摂取可能なPYY分泌促進剤を提供。
【解決手段】重量平均分子量1万〜10万のアルギン酸又はその塩を有効成分とするペプチドYY分泌促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PYY分泌促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ペプチドYY(PYY)は1968年にブタの小腸より単離されたペプチドで、ニューロペプチドY(NPY)、膵ポリペプチド(PP)とともに一つのペプチドファミリーを形成している。PYYは、おもに下部消化管(回腸および結腸)の粘膜層内細胞から食後分泌される。PYYの末梢投与は膵外分泌および腸運動を抑制させることが知られている(非特許文献1、2)。これまでの研究によって、PYYの分泌を促進するものとして、レジスタントスターチ、ラクチトール及びβ−グルカンが知られている(非特許文献3、4)。
しかしながら、これらの物質のPYY分泌促進作用は十分なものとはいえない。
【0003】
一方、アルギン酸又はその塩は、食品の増粘剤や歯科印象剤のゲル化剤として広く使用されており、また、アルギン酸塩の1種類であるアルギン酸カリウムを用いた動物実験で、ナトリウムイオンの吸着能が他の多糖類よりも高いことを見いだし、実際にアルギン酸カリウムを摂取させることで体内のナトリウムが排出され、その結果高血圧の抑制に効果があることが報告されている(非特許文献5)。また、アルギン酸塩のうち、アルギン酸カリウムが消化管ホルモンの1種であるGIP分泌抑制作用を有することが知られている(特許文献1)。
また、促進された満腹効果を有する食品組成物として、タンパク質とバイオポリマー増粘剤を配合した食品組成物が知られており、バイオポリマー増粘剤としてアルギナート(アルギン酸塩)が例示され、分子量範囲が20万〜40万であることが好ましい旨の記載がある(特許文献2及び3)。
【0004】
しかしながら、アルギン酸又はその塩が、ヒトのPYY分泌に対してどのような作用を及ぼすかについては全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−149621号公報
【特許文献2】特表2007−503822号公報
【特許文献3】特表2007−503823号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Pappas, Debasら, Gastroenterology 91: 1386−1389,1986
【非特許文献2】Savage, Adrianら,Gut 28: 166−170, 1987
【非特許文献3】Zhouら、Am J Physiol Endocrinol Metab 295:E1160−1166,2008
【非特許文献4】Keenanら、Obesity 14:1523−1534,2006
【非特許文献5】辻啓介ら、日本家政学会誌 39:187−195,1988
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、長期間摂取可能で医薬又は食品として使用可能なPYY分泌促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで本発明者は、種々の成分を対象としてヒトの食後PYY分泌に対する作用を検討したところ、アルギン酸又はその塩の中でも、重量平均分子量が1万〜10万という比較的小さなアルギン酸又はその塩に、特に優れた食後のPYY分泌促進作用があることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、重量平均分子量1万〜10万のアルギン酸又はその塩を有効成分とするPYY分泌促進剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明のPYY分泌促進剤を用いれば、食後のPYYを増加させ、消化管運動の調節及び膵外分泌の制御を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】アルギン酸カリウム摂取による食後PYY分泌量の経時変化を示す図である。
【図2】アルギン酸カリウム摂取による食後PYY分泌量の曲線下面積を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明PYY分泌促進剤の有効成分は重量平均分子量1万〜10万のアルギン酸又はその塩(以下、アルギン酸(塩)とも記す)である。
【0013】
本発明に用いるアルギン酸(塩)はβ−D−マンヌロン酸とα−L−グルロン酸の割合や配列順序は特に制限されない。したがって、β−D−マンヌロン酸のみからなるブロック、α−L−グルロン酸のみからなるブロック、両者が混合しているブロックの全てを有するアルギン酸(塩)を使用してもよいし、そのいずれか1種又は2種からなるアルギン酸(塩)を使用してもよい。
【0014】
本発明において用いられるアルギン酸(塩)は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法で測定した重量平均分子量が、1万〜10万、より好ましくは1.5万〜6万、さらに好ましくは2万〜5万の低分子アルギン酸(塩)である。特に、本発明のPYY分泌促進剤を経口用液体製剤の形態で用いる場合には、製造面、及び飲用時の喉ごし、ぬるつき、嚥下のしやすさなどから、その粘度が低い方が好ましく、斯かる場合には、重量平均分子量が好ましくは1万〜6万、より好ましくは1万〜5万、さらに1万〜4万の低粘度のアルギン酸(塩)を用いるのが好ましい。
【0015】
また、アルギン酸又はその塩としては、アルギン酸又はそのアルカリ金属塩が好ましく、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウムがより好ましく、PYY分泌促進効果、ナトリウム摂取量抑制の点から、アルギン酸カリウムが特に好ましい。
【0016】
本発明のアルギン酸(塩)は、加圧加熱分解(特開平6−7093号公報)、または酵素分解(特開平2−303468号公報、特開平3−94675号公報、特開平4−169189号公報、特開平6−245767号公報、特開平6−217774号公報)などの方法により製造することができる。すなわち、例えば、原料となる高分子量アルギン酸カリウムや高分子量アルギン酸を、加圧加熱分解、常圧加熱分解、酵素分解等によって所望の分子量に低分子化し、必要に応じて中和、脱水、凍結乾燥することにより得ることができる。分子量の調整は、例えば、加熱分解では、反応pH、反応温度、反応時間等を制御することにより行うことができる。
【0017】
アルギン酸(塩)は、後記実施例に示すように、糖質、脂質、蛋白質等を同時摂取した後の血中PYYを上昇させるという優れたPYY分泌促進効果を有する。
従って、アルギン酸(塩)は、食後のPYYを増加させ、膵外分泌を抑制させるなどの効果を発揮し得る、有用な食後PYY分泌促進剤となり得、食後PYY分泌促進剤を製造するために使用することができる。
【0018】
本発明の食後PYY分泌促進剤は、食品や医薬品等としてアルギン酸(塩)を単体でヒト及び動物に投与できる他、各種食品、医薬品、ペットフード等に配合して摂取することができる。食品としては、膵外分泌抑制、消化促進、腸運動等の改善のために用いられるものである旨の表示を付した美容食品、疾病者用食品、特定保健用食品等の食品に応用できる。医薬品として使用する場合は、例えば、錠剤、顆粒剤等の経口用固形製剤や、内服液剤、シロップ剤等の経口用液体製剤とすることができる。
【0019】
尚、経口用固形製剤を調製する場合には、アルギン酸(塩)に、賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤等を加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等を製造することができる。また、経口用液体製剤を調製する場合は、緩衝剤、安定化剤、矯味剤等を加えて常法により内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤等を製造することができる。
【0020】
上記各製剤中のアルギン酸(塩)の含有量は、通常0.01〜100質量%、好ましくは0.1〜80質量%とすることができるが、固形製剤とする場合には、1〜50質量%とするのがより好ましく、2〜40質量%とするのがさらに好ましく、液体製剤とする場合には、0.1〜20質量%とするのがより好ましく、0.2〜10質量%とするのがさらに好ましい。
【0021】
本発明の食後PYY分泌促進剤又は食品の投与量(有効摂取量)は、アルギン酸(塩)として、一日当り0.001g/kg体重以上とするのが好ましい。特に、0.01〜1.0g/kg体重とするのがより好ましい。
【実施例】
【0022】
製造例(1)重量平均分子量1.8万程度のアルギン酸カリウムの調製
アルギン酸K(キミカアルギン K−ULV Lot.6K17001:株式会社キミカ)を2%溶液に調整し、塩酸を加えてpH4に調整し、120℃、25分間加圧加熱分解した。その後、水酸化カリウムを加えてpH7になるように中和した。そして、80%エタノール溶液になるように、エタノールを加えて沈殿させた。その後、遠心分離(3000rpm,10min)により、沈殿物を回収後、乾燥して調製した。後述の方法にて重量平均分子量の計測を行ったところ、17,951であった。
【0023】
製造例(2)重量平均分子量5万程度のアルギン酸カリウムの調製
アルギン酸(ダックアシッドA Lot.X−2702:株式会社紀文フードケミファ)を5%溶液に調整し、100℃、45分間加熱分解した。その後、水酸化カリウムを加えてpH7になるように中和した。その後、80%エタノール溶液になるように、エタノールを加えて沈殿させた。その後、遠心分離(3000rpm,10min)により、沈殿物を回収後、乾燥して調製した。後述の方法にて重量平均分子量の計測を行ったところ、52,163であった。
【0024】
製造例(3)重量平均分子量2.5万程度のアルギン酸カリウムの調製
アルギン酸(ダックアシッドA、Lot.X−2702:株式会社紀文フードケミファ)を5%溶液に調整し、100℃、120分間加熱分解した。その後、水酸化カリウムを加えてpH7になるように中和した。その後、80%エタノール溶液になるように、エタノールを加えて沈殿させた。その後、遠心分離(3000rpm,10min)により、沈殿物を回収後、乾燥して調製した。後述の方法にて重量平均分子量の計測を行ったところ、25,801であった。
【0025】
製造例(4)重量平均分子量1.2万程度のアルギン酸カリウムの調製
アルギン酸(ダックアシッドA、Lot.X−2702:株式会社紀文フードケミファ)を5%溶液に調整し、100℃、120分間加熱分解した。その後、水酸化カリウムを加えてpH4に調整し、100℃、540分間加熱分解をした。その後、水酸化カリウムを加えてpH7になるように中和した。その後、80%エタノール溶液になるように、エタノールを加えて沈殿させた。その後、遠心分離(3000rpm,10min)により、沈殿物を回収後、乾燥して調製した。後述の方法にて重量平均分子量の計測を行ったところ、12,471であった。
【0026】
アルギン酸の平均分子量の測定(重量平均分子量測定法)
アルギン酸の重量平均分子量は高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にて測定する。アルギン酸(塩)を0.1g取り、蒸留水で0.1%溶液になるように定容して得られたものをHPLC用分析試料とする。
HPLC操作条件は以下の通りである。分子量算出用の検量線には、標準プルラン(昭和電工(株)製Shodex STANDARD P−82)を用いる。HPLC用分析試料をHPLCに100μL注入し、得られたクロマトチャートより、試料中のアルギン酸の重量平均分子量を算出する。
<HPLC操作条件>
カラム:(1)Super AW−L(ガードカラム):東ソー(株)製
(2)TSK−GEL Super AW4000(GPC用カラム):排除限界分子量4×105PEO/DMF、長さ15cm,内径6mm、東ソー(株)製
(3)TSK−GEL Super AW2500(GPC用カラム):排除限界分子量2×103PEO/DMF、長さ15cm,内径6mm、東ソー(株)製
上記カラムはAW−L,AW4000,AW2500の順で連結する。
カラム温度:40℃
検出器:示差屈折計
移動相:0.2mol/L硝酸ナトリウム水溶液
流速:0.6mL/min
注入量:100μL
【0027】
試験例 アルギン酸カリウムのPYY分泌促進効果
1−1 試験試料
アルギン酸カリウム(アルギン酸K)として、重量平均分子量45,000(SKAT−K−ULV:株式会社キミカ)の試料を用いた。
【0028】
1−2 被験者
健常男性9名とした。
【0029】
1−3 試験飲料と負荷食
被験飲料は350mLのミネラルウォーターにアルギン酸Kを3g、または6g含む飲料とし、対照飲料としてはアルギン酸Kを全く含まないミネラルウォーターとした。負荷食としては、市販のコーンクリームポタージュスープ200g(名古屋製酪(株)製)、無塩バター19g(雪印乳業(株))、ラード15g(雪印(株))を混合して調製した液体試験食(脂肪含有量40g、434kcal)を用いた。
【0030】
1−4 食事負荷試験
試験は被験飲料あるいは対照飲料を負荷食と同時に摂取させ、1週間の回復期間を設けた交叉試験法で行った。採血は試験食摂取前と摂取1、2、3、及び4時間後に静脈から行い、血液はEDTA−2K添加チューブに採取後、3,000rpmにて15分間遠心し、血漿を得た。得られた血漿からHUMAN PYY(Total)ELISA キット(Millipore co.製)を用いて血中PYY濃度を測定した。
【0031】
1−5 結果
試験食負荷後の血中PYY濃度について、初期値との差(Δ値)を算出し、図1に示した。また、食後PYY分泌量の曲線下面積(4時間)を図2に示した。
なお、群間の統計学的有意差については、分散分析による検定を行うとともに、各採血ポイントでの対応のあるt検定を実施した。いずれも危険率5%未満を有意差ありと判断した。
【0032】
図1及び図2の結果から、重量平均分子量1万〜10万のアルギン酸(塩)を含む飲料はアルギン酸(塩)を含まない対照飲料と比べて、食後PYY濃度が有意に高く、アルギン酸(塩)に食後PYY分泌促進効果があることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量平均分子量1万〜10万のアルギン酸又はその塩を有効成分とするペプチドYY分泌促進剤。
【請求項2】
重量平均分子量1.5万〜6万のアルギン酸又はその塩を有効成分とするペプチドYY分泌促進剤。
【請求項3】
形態が経口用液体製剤である、請求項1又は2記載のペプチドYY分泌促進剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−121885(P2011−121885A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−279847(P2009−279847)
【出願日】平成21年12月9日(2009.12.9)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】