説明

ホスホリパーゼD

【課題】安全性が高く、食品分野にも安心して利用することができ、かつ、高い加水分解活性あるいは極性基交換活性を有するホスホリパーゼDを提供する。
【解決手段】モモあるいはナスを粉砕して濾過した濾液、あるいは遠心分離した際の上澄み液を、アセトンなどの有機溶媒と混合したのち、沈殿物を必要に応じて、凍結乾燥等することにより、粗酵素として抽出する。例えば、ホスファチジルコリンを原料として、ホスファチジルセリンを製造する際に酵素として用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なホスホリパーゼDに関する。
【背景技術】
【0002】
ホスホリパーゼDは、グリセロリン脂質のリン酸ジエステル結合を加水分解して、ホスファチジン酸とアルコールを生成する酵素であり、極性基を他の水酸基を持つ化合物と交換する反応(極性基交換反応)を触媒する酵素である。このようなホスホリパーゼDは、広く生物界に分布しており、特に微生物に由来する酵素については、性状などが詳しく研究されている。
【0003】
近年、細胞内外の情報伝達機構が解明されるに伴い、ホスホリパーゼA、ホスホリパーゼCあるいはホスホリパーゼDが細胞内外の情報伝達の一端を担うことが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。これらの酵素の市販品としては、植物を起源とするものでは、キャベツに由来するものがあり(例えば、特許文献1,2参照)、微生物を起源とするのものでは、Streptomyces chromofuscusなどがある(例えば、特許文献3,4参照)。現在では、微生物に由来するホスホリパーゼが工業的に利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2005−501559号公報
【特許文献2】特開2002−218991号公報
【特許文献3】特開2004−256475号公報
【特許文献4】特開2005−261284号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】IUBMB Life Vol.58 No.8 P.457−461(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、微生物由来のホスホリパーゼは、一部のものについて病原性が指摘されており、すべてのものについて安全であるということはできず、特に、食品分野に利用するには問題があった。また、キャベツ由来のホスホリパーゼDは、加水分解活性あるいは極性基交換活性が低いという問題があった。
【0007】
本発明は、このような問題に基づきなされたものであり、安全性が高く、食品分野にも安心して利用することができ、かつ、高い加水分解活性あるいは極性基交換活性を有するホスホリパーゼDを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のホスホリパーゼDは、モモ又はナスから抽出されたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明のホスホリパーゼDによれば、モモ又はナスから抽出されたものであるので、安全性が高く、食品分野にも安心して利用することができる。また、高い加水分解活性あるいは極性基交換活性を有するので、リン脂質の加水分解反応および極性基交換反応が効率的に行われる。よって、例えばホスファチジルコリンを原料として、希少なホスファチジン酸やホスファチジルセリンを安全にかつ効率的に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0011】
本発明の一実施の形態に係るホスホリパーゼDは、モモ又はナスから抽出されるものである。モモ又はナスから抽出されるものであるので、安全性が高く、食品分野にも安心して利用できるようになっている。
【0012】
なお、モモは、桃(学名 Amygdalus persica)であり、バラ科モモ属の落葉小高木である。春には五弁又は多重弁の花を咲かせ、夏には水分が多く甘い球形の果実を実らせる中国原産の植物である。モモは食用あるいは観賞用として世界各地で栽培されている。本実施の形態に係るホスホリパーゼDは、モモの果実を原料とする。モモの品種としては、例えば、日本の市場に出回っているものでは、白桃系の桃、白鳳系の桃、果肉の黄色い黄桃、あかつき、ゆうぞら、川中島、白桃、まどか、名月などがあり、これらのうち1種又は2種以上を原料とすることができる。
【0013】
また、ナスは、ナス科ナス属の植物の果実である。ナスの品種としては山科なす、賀茂なす、田屋なす、十市なす、水なす、下田なす、民田なす、ていざなす、やきなすなどがあり、これらのうち1種又は2種以上を原料とすることができる。
【0014】
このホスホリパーゼDは、例えば、モモあるいはナスを粉砕して濾過した濾液、あるいは遠心分離した際の上澄み液を、アセトンなどの有機溶媒と混合したのち、沈殿物を必要に応じて、凍結乾燥等することにより、粗酵素として抽出することができる。更に、例えば、この粗酵素を塩析、有機溶媒沈殿、透析、限外濾過、イオン交換クロマトグラフィー、吸着クロマトグラフィー、ゲル濾過、凍結乾燥、等電点電気泳動等の方法を、ホスホリパーゼDの理化学的性質を考慮した条件下で行うことにより、濃縮して採取することができる。
【0015】
モモ又はナスから抽出されるホスホリパーゼDは、例えば、高い加水分解活性あるいは極性基交換活性を有しており、リン脂質の加水分解反応あるいは極性基交換反応を効率的に行うことができる。例えば、ホスファチジルコリンを原料として、希少なホスファチジン酸やホスファチジルセリンを安全にかつ効率的に製造することができる。なお、このホスホリパーゼDを用いてリン脂質の加水分解反応あるいは極性基交換反応を行う際に、金属イオン又は金属イオンを生ずる化合物を添加することにより、反応性を高めることができるので好ましい。
【0016】
このように本実施の形態のホスホリパーゼDによれば、モモ又はナスから抽出されたものであるので、安全性が高く、食品分野にも安心して利用することができる。また、高い加水分解活性あるいは極性基交換活性を有するので、リン脂質の加水分解反応および極性基交換反応が効率的に行われる。よって、例えばホスファチジルコリンを原料として、希少なホスファチジン酸やホスファチジルセリンを安全にかつ効率的に製造することができる。
【実施例】
【0017】
(実施例1)
モモ果実(福島県産)400gに純水600mlを加え、氷冷下にてワーリングブレンダー(ハイパワーホモジナイザー,広沢鉄工所社製)でホモジナイズ(10000rpm、1min、5回)した。これをガーゼ濾過したのち、濾液を遠心分離機(CX−250、Tomy社製)で遠心分離(10000rpm、4℃、30min)して、上澄み液を回収した。続いて、回収した上澄み液に対して2倍量の冷アセトンを撹拌しながら加え、氷冷下で1時間静置したのち、生じた沈殿を遠心分離(10000rpm,4℃,30min)して回収し、真空凍結乾燥機(VD−800F、Taitec社製)で凍結乾燥した。凍結乾燥物を氷冷させた乳鉢で微粉末にし、得られた粉末をモモホスホリパーゼDとして、−20℃で保存した。得られたモモホスホリパーゼDについて加水分解活性を測定したところ、75.5U/gであった。
【0018】
なお、加水分解活性は、コリンオキシダーゼ法により、次のようにして求めた。まず、基質として、卵黄レシチン(ホスファチジルコリン(PC)含量99・1% Q.P. Fine Chemicals社製)0.1gに40mMデオキシコール酸ナトリウム(SDC)10mlを加え、氷冷下で超音波ホモジナイザー(US150 日本精機製作所社製)を用いて、完全にレシチンを分散させ、1%(w/v)PC乳化液を調製した。次いで、0.2M酢酸・酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)0.1mlと、0.1M塩化カルシウム0.1mlと、蒸留水0.6mlとを混合し、酵素液0.1mlを加え、37℃で5分間予備加温した後、基質として1%(w/v)PC乳化液を加え、全量を1.0ml(終濃度:20mM酢酸・酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)、10mM塩化カルシウム、4mMSDC、0.1%(w/v)PC)として、37℃で10分間酵素反応を行った。続いて、0.1Mエチレンジアミン四酢酸二ナトリウムを含む1Mトリス・塩酸緩衝液(pH8.0)0.2mlを加え、酵素反応を停止させた。次に、(1)コリンオキシダーゼの全量約48mgを400mMトリス・塩酸緩衝液(pH8)20mlに溶解したコリンオキシダーゼ溶液25U/mlと、(2)パーオキシダーゼ4mgを20mlの純水に溶解したパーオキシダーゼ溶液20U/mlと、(3)20mM4−アミノアンチピリン溶液と、(4)32mMフェノール溶液とを等量混合したコリン発色液0.2mlを加えて、37℃で1時間酵素反応させた。その後、非イオン性界面活性剤(1%(w/v)Triton X−100)2mlを加え、吸収波長500nmの吸光度を測定した。なお、塩化コリンの水溶液を標準液として酵素液の代わりに用いて同様に操作し、検量線を作成した。酵素力価は37℃で1分間に1μmolのコリンを遊離する酵素活性を1Uとした。
【0019】
(実施例2)
モモに代えてナス(会津丸:福島県産)を用いたことを除き、他は実施例1と同様にしてナスホスホリパーゼDを得た。得られたナスホスホリパーゼDについても、実施例1と同様にして加水分解活性を測定したところ、69.3U/gであった。
【0020】
続いて、ナスホスホリパーゼDの2gを10mM酢酸緩衝液(pH5.0)の50mLにて溶解し、それを同一の緩衝液にて透析して脱塩した。次いで、これを陰イオン交換樹脂(三菱化学株式会社製 DIAION HPA75)を充填したカラムに通して、ナスホスホリパーゼDを吸着させた後、食塩濃度勾配法にて吸着させたナスホスホリパーゼDを溶出させた。更に、その溶出したナスホスホリパーゼDを10mM酢酸緩衝液(pH5.0)にて透析して脱塩した。次いで、これを陰イオン交換樹脂(東ソー株式会社製 DEAE TOYOPEARL 650M)を充填したカラムに通して、ナスホスホリパーゼDを吸着させた後、食塩濃度勾配法にて吸着させたナスホスホリパーゼDを溶出させた。その後、このようにして得られたナスホスホリパーゼDの画分を、更に、疎水性クロマトグラフィー用充填剤(東ソー株式会社製 Butyl TOYOPEARL 650M)を充填したカラムに通して、ナスホスホリパーゼDを吸着させた後、硫酸アンモニウム濃度勾配法にて吸着させたナスホスホリパーゼDを溶出させた。次いで、得られたナスホスホリパーゼDの画分を集めて、限外濾過手法にて濃縮した後、ゲル濾過用充填剤(アマシャム・ファルマシア・バイオテク社製 Sephacryl S−200)を充填したカラムに通して、ゲル濾過と真空凍結乾燥を行なうことにより、ナスホスホリパーゼDの精製物を0.02g得た。得られたナスホスホリパーゼDの精製物についても、実施例1と同様にして加水分解活性を測定したところ、525U/gであった。また、極性基交換活性を測定したところ、1350U/gであった。
【0021】
なお、極性基交換活性は、極性基交換活性測定法により、次のようにして求めた。まず、ホスファチジルパラニトロフェノールを1mlあたり16mgの割合で、ベンゼンに溶解して、基質溶液(20mMホスファチジルパラニトロフェノール)とする。1サンプルにつき、この基質溶液0.2mlに2Mエタノールを含む20mM酢酸バッファー(pH5.0)溶液0.1mlと、20mg/mlの牛アルブミン溶液0.05mlとを混合し、15分間超音波にて分散してエマルジョン化する。これを37℃で5分間加温したのち、酵素溶液0.05mlを加えて反応を開始する。これと並行して、酵素溶液の代わりにパラニトロフェノールを1.0、0.8、0.6、0.4、0.2、0.0μmol含む溶液を各々添加した系列をつくり検量線用試料とする。37℃、10分間反応を行ったのち、1N塩酸溶液0.1mlを加えて反応を停止し、1N水酸化ナトリウム溶液0.15mlおよびクロロホルム/メタノール=3/1(体積比)溶液0.4mlを加えて混合したのち、4℃で10分間遠心分離する。水相を0.02mlとり、0.1Mトリス−塩酸バッファー(pH8.0)0.18mlと混合し、マイクロプレートリーダー等の手段により405nmの吸光度を測定する。別途作成した検量線用試料の吸光度値から検量線を作成し、転移反応により遊離したパラニトロフェノール量を換算し、転移活性を決定することにより求めた。なお、この反応での1ユニットは1分間あたり1マイクロモルのパラニトロフェノールを遊離させる酵素量と定義する。
【0022】
(実施例3)
実施例2において得られたナスホスホリパーゼDの精製物を用いてリン脂質の極性基交換反応を調べた。まず、酢酸緩衝液(pH5.6)20mlに、セリン10gと、塩化カルシウム0.222gと、ナスホスホリパーゼDの精製物10mgとを溶解し、原料のホスホリポン100(ナッターマン社製品、ホスホリルコリン純度95%、ホスファチジルセリンの含有量は0%)を0.2g加えて超音波乳化機(ソニファイヤー、ブランソン社)で均質化した。次いで、反応温度45℃で反応させながら、経時的にサンプリングして、全リン脂質中のホスファチジルセリンの含量を測定した。その結果、ホスファチジルセリンの含量は、1時間程度で平衡に近づいたので、1時間15分で反応を終了させた。続いて、反応溶液に食塩4gを添加し、溶解して塩析を行った後、デカンテーションにより上層のみを分離し、真空凍結乾燥機(20℃、8時間)で上層に残った水分を蒸発させてリン脂質0.194gを得た。得られた物質中のリン脂質含量は、ホスファチジルセリン88重量%、ホスファチジルコリン4.0重量%、その他のリン脂質6.0重量%であった。
【0023】
なお、リン脂質の定量分析は次のようにして行った。装置には、高速液体クロマトグラフィー(アジレント社製、機種モデル1100)を用い、固定相はシリカゲルカラム(径4.6mm×長さ250mm)、移動相(溶離液)はアセトニトリルとメタノールと10mMリン酸二水素アンモニウムとの混合溶媒(アセトニトリル:メタノール:10mMリン酸二水素アンモニウム=612:289:100体積比)とし、紫外線UV波長202nmにおける吸収を測定した。分離温度は40℃、試料量は5μL、流出速度は1.5ml/分とし、予め作成した検量線と試料の紫外吸収強度を比較して、試料中の各種リン脂質含量(重量%)を求めた。なお、原料は試料1mgを1mlの上述した溶離液に溶解して分析した。また、反応液の場合は、反応液1mgに精製水5mlとn−ヘキサン5mlとを添加し、1分間撹拌した後、3000rpmで10分間遠心分離し、その上澄み液1mlを分離し、エバポレートで溶媒を除去して不揮発成分の重量を求め、濃度が1mg/1mlとなるように溶離液を加えて溶解したものを試料として用いた。
【0024】
(比較例1)
モモに代えてキャベツ(愛知県産)を用い、実施例1と同様にしてキャベツホスホリパーゼDを調製した。得られたキャベツホスホリパーゼDについても、実施例1と同様にして加水分解活性および極性基交換活性を測定したところ、加水分解活性は14U/g、極性基交換活性は7U/gであった。
【0025】
(比較例2)
モモに代えて大根(埼玉県産)を用い、実施例1と同様にして大根ホスホリパーゼDを調製した後、実施例2と同様にして精製した。得られた大根ホスホリパーゼDの精製物についても、実施例1と同様にして加水分解活性および極性基交換活性を測定したところ、加水分解活性は92U/g、極性基交換活性は10U/gであった。
【0026】
(比較例3)
比較例2において得られた大根ホスホリパーゼDの精製物を用い、実施例3と同様にしてリン脂質の極性基交換反応を調べた。得られた物質中のリン脂質含量は、ホスファチジルセリン8重量%、ホスファチジルコリン40重量%、その他のリン脂質48重量%であった。その他のリン脂質の主成分はホスファチジン酸であった。
【0027】
(実施例と比較例との比較)
実施例1,2によれば、比較例1,2に比べて、高い加水分解活性および極性基交換活性が得られた。また、実施例3によれば、比較例3に比べて、得られたホスファチジルセリンの純度および収率が高かった。すなわち、モモ又はナスから抽出されたホスホリパーゼDによれば、高い加水分解活性および高い極性基交換活性を得ることができ、ホスファチジルセリン等の希少なリン脂質を高い純度および高い収率で製造することができることがわかった。
【0028】
以上、実施の形態および実施例を挙げて本発明を説明したが、本発明は、上記実施の形態および実施例に限定されるものではなく、種々変形可能である。例えば、上記実施の形態および上記実施例では、ホスホリパーゼDの抽出方法、精製方法およびホスホリパーゼDを用いたリン脂質の加水分解方法、極性基交換方法について具体的に説明したが、他の方法により行うようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0029】
リン脂質の加水分解又は極性基交換反応に用いることができ、例えば、ホスファチジン酸やホスファチジルセリンの製造に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モモ又はナスから抽出されることを特徴とするホスホリパーゼD。