説明

ホモイソクエン酸脱水素酵素の阻害剤

【課題】更に強力なホモイソクエン酸脱水素酵素の阻害剤を提供すること。
【解決手段】一般式(I):


[式中、Xは、S、O及びNから選ばれるヘテロ原子を示す。]で表される化合物、その塩又はそのエステルを含む、ホモイソクエン酸脱水素酵素の阻害剤;並びに、X=Sで表される化合物又はその塩。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホモイソクエン酸類縁体を含むホモイソクエン酸脱水素酵素の阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
α-アミノアジピン酸経路は、真菌や酵母、一部の藍藻類、古細菌等が有するリシン生合成経路として知られており、2-オキソグルタル酸とアセチルCoAとの縮合反応を初反応とし、続く脱水・水和による水酸基の転位、酸化・脱炭酸反応を経て、2-オキソアジピン酸まで合成される。その後、通常、アミノ基転移からサッカロピンを経由してリシンが合成される。植物では、α-アミノアジピン酸経路とは異なるジアミノピメリン酸経路でリシンを合成している。α-アミノアジピン酸経路を利用する生物は、このジアミノピメリン酸経路に関わる酵素群を持たないことが知られており、α-アミノアジピン酸経路は、α-アミノアジピン酸経路を利用する生物にとって、自らが持つ経路でリシンが供給できる唯一の経路である。よって、α-アミノアジピン酸系経路に存在する酵素を特異的に阻害する化合物は、動物や植物には影響のない抗真菌剤や植物病原性真菌に対する農薬として応用できる可能性がある。
【0003】
しかしながら、現存する抗真菌剤は、非常に高価である上、副作用の可能性が指摘されている。また、農作物に深刻な被害をもたらす植物病原性真菌に対して、現存する抗生物質や抗真菌薬への耐性菌が増加していることからも、新たな抗真菌剤の開発が望まれている。
【0004】
本発明者は、これまで、α-アミノアジピン酸経路中の、ホモイソクエン酸を2-オキソアジピン酸に変換するホモイソクエン酸脱水素酵素に着目し、カビや酵母由来のホモイソクエン酸脱水素酵素の阻害剤について研究を行ってきた。そして、3-ヒドロキシプロピリデンマレート及び3-カルボキシプロピリデンマレートが本酵素を阻害することを報告している(非特許文献1参照)。
【0005】
【非特許文献1】Bioorganic & Medicinal Chemistry 15 (2007) 1346-1355
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の3-ヒドロキシプロピリデンマレート及び3-カルボキシプロピリデンマレートは、カビや酵母由来のホモイソクエン酸脱水素酵素を十分に阻害するとは言い難い。そこで、本発明は、更に強力なホモイソクエン酸脱水素酵素の阻害剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、かかる状況に鑑み、ホモイソクエン酸脱水素酵素によるホモイソクエン酸から2-オキソアジピン酸への変換機構を基に設計した、下記一般式(I)で表されるホモイソクエン酸類縁体が、ホモイソクエン酸脱水素酵素を非常に強力に阻害することを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、下記一般式(I):
【0009】
【化1】

【0010】
[式中、Xは、S、O及びNから選ばれるヘテロ原子を示す。]
で表される化合物、その塩又はそのエステルを含む、ホモイソクエン酸脱水素酵素の阻害剤を提供する。
【0011】
本発明はまた、下記一般式(II):
【0012】
【化2】

【0013】
で表される、化合物又はその塩を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、式(I)で表されるホモイソクエン酸類縁体は、従来のホモイソクエン酸脱水素酵素の阻害剤に比べて、ホモイソクエン酸脱水素酵素を非常に強力に阻害する。
従って、式(I)で表されるホモイソクエン酸類縁体は、抗真菌剤や植物病原性真菌に対する農薬の成分として工業的に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
ホモイソクエン酸脱水素酵素(EC 1.1.1.155)は、ピリジンヌクレオチド依存型β-ヒドロキシ酸酸化・脱炭酸酵素ファミリーに属し、α-アミノアジピン酸経路に特異的に存在する酵素であり、その基質特異性や基質認識機構が注目されている。α-アミノアジピン酸経路の内のホモイソクエン酸から2-オキソアジピン酸への変換は、このホモイソクエン酸脱水素酵素によって行われる。ホモイソクエン酸脱水素酵素は、下記式で示すように、2位の水酸基の酸化、引き続く脱炭酸、生じたエノールの異性化の3段階の反応を触媒していると考えられる。
【0016】
【化3】

【0017】
従って、本発明者は、この酸化又はエノールの異性化を阻害できる化合物は、ホモイソクエン酸脱水素酵素の脱水素作用を阻害できると考え、前記一般式(I)で表わされるホモイソクエン酸類縁体を設計した。
【0018】
一般式(I)において、Xは、S、O又はNからなる群より選ばれるヘテロ原子であり、特にS又はOが好ましい。一般式(I)で表される化合物の塩としては、リチウム、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属原子の塩が挙げられる。また、一般式(I)で表される化合物のエステルとしては、炭素原子数1〜6のアルキル、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n−ブチル、n−ヘキシル等の直鎖又は分枝鎖のアルキルのエステルが挙げられる。これらの内で、特にメチルエステル又はエチルエステルが好ましい。
一般式(II)で表される化合物は、新規化合物である。その塩としては、リチウム、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属原子の塩が好ましい。
【0019】
一般式(I)で表される化合物の製造法は、ホモイソクエン酸の主鎖の4位にヘテロ原子を導入できる方法であれば特に制限されない。
主鎖の4位にS原子を有するホモイソクエン酸類縁体(「S-類縁体」)は、例えば、オキシフマル酸に塩基存在下、1〜1.5当量のメルカプト酢酸を反応させることにより得られる。塩基としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化バリウム、ナトリウムメトキシド、ナトリウムエトキシド、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、水素化ナトリウム等が使用できる。反応溶媒としては、オキシフマル酸を溶解できるものであればよいが、例えば、水、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン又はこれらの混合溶媒が好ましい。反応は、室温〜溶媒の沸点の温度、好ましくは室温〜80℃程度の温度で、1〜数時間程度行えばよい。
また、主鎖の4位にO原子を有するホモイソクエン酸類縁体(「O-類縁体」)は、例えば、メソ-酒石酸ジエチルに、酸化剤の存在下に、1〜1.5当量のハロゲン化酢酸エステル(例えば、クロロ酢酸メチル、ブロモ酢酸メチル、ヨード酢酸メチル等)を反応させ、4位の水酸基をカルボキシエステル化することにより得られる。酸化剤としては、例えば、酸化銀が挙げられる。反応溶媒としては、例えば、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド、N,N,-ジメチルホルムアミド、1,4-ジオキサン、テトラヒドロフラン又はこれらの混合溶媒が使用できる。反応は、室温〜溶媒の沸点の温度、好ましくは室温〜80℃程度の温度で、1〜20時間程度行えばよい。得られたカルボキシエステル体に、塩基を存在させることにより、所望のO-類縁体が塩として得られる。塩基を存在させる条件は、S-類縁体の場合と同様である。
更に、主鎖の4位にN原子を有するホモイソクエン酸類縁体(「N-類縁体」)は、例えば、オキシフマル酸に塩基存在下、1〜1.5当量のグリシンを反応させることにより得られる。使用する塩基、溶媒、反応の温度及び時間は、S-類縁体の場合と同様である。
【0020】
上記反応後の反応混合物からの目的物の単離手段は、特に制限されないが、再結晶、クロマトグラフィー等により行うことができる。
【0021】
ホモイソクエン酸脱水素酵素の阻害反応は、上記のホモイソクエン酸類縁体、基質、及びホモイソクエン酸脱水素酵素を含む溶液に、NAD+を添加することにより行うことができる。本発明で使用されるホモイソクエン酸脱水素酵素としては、例えば、カンジダ(Candida)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、クリプトコッカス(Cryptococcus)属、ヘルミントスポリウム(Helminthosporium)属等の由来のものが挙げられる。本発明では、具体的には、このような病原性真菌類のホモイソクエン酸脱水素酵素と高いアミノ酸配列相同性を有し、かつ基質特異性が類似していることが知られている(Ach. Biochem. Biophys. 1970, 141, 499-510, Protein Sci., 2000, 9, 2344-2353)、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のホモイソクエン酸脱水素酵素を使用した。出芽酵母由来のホモイソクエン酸脱水素酵素は、ホモイソクエン酸に対して、Km = 18 μMのミカエリス定数、及び速度定数kcat = 17 s-1を持つことが報告されている(非特許文献1)。
【0022】
本発明のホモイソクエン酸脱水素酵素阻害剤は、一般式(I)で表されるホモイソクエン酸類縁体自体で、又はこれに添加剤(例えば、賦形剤、界面活性剤、希釈剤、保存料等)等を組み合わせた組成物として用いることができる。
【実施例】
【0023】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0024】
実施例1 阻害剤の合成
1)S-類縁体の合成
【0025】
【化4】

【0026】
オキシフマル酸(78.2 mg, 0.592 mmol)に蒸留水(2.0 ml)に加え、3.0 M水酸化ナトリウム水溶液をpH = 12になるまで滴下した。続いてメルカプト酢酸(54.5 mg, 0.592 mmol)を室温にて滴下し、80℃にて3時間攪拌した。その後、溶媒を留去しゲル濾過クロマトグラフィー(Sephadex G-10, 0.005 M NaOH水溶液)にて精製し、残渣をメタノールにて洗浄後、S-類縁体のナトリウム塩(1)(140 mg, 82 %)を得た。
1H NMR (400MHz,D2O) δ (ppm) 3.22 (d, J = 14.8 Hz, 1H), 3.26 (d, J = 14.8 Hz, 1H), 3.43 (d, J = 6.0 Hz, 1H), 4.00 (d, J = 6.0 Hz, 1H); 13C NMR (400MHz,D2O) δ (ppm) 178.6, 177.4, 177.2, 73.9, 53.6, 37.1.
【0027】
2)O-類縁体の合成
【0028】
【化5】

【0029】
メソ酒石酸ジエチル(1.30 g, 6.30 mmol)をアセトニトリル(2.6 ml)に溶解した後、酸化銀(I)(4.38 g, 18.9 mmol)を加え、その後ヨード酢酸メチル(1.39 g, 6.94 mmol)を滴下した。反応液を40℃にて20時間攪拌した。溶媒を留去し残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン−酢酸エチル 3:7)にて精製して化合物(2)(1.60 g, 84 %)を得た。
1H NMR (400MHz, CDCl3) δ (ppm) 1.24 (t, J = 7.2 Hz, 3H), 1.26 (t, J = 7.2 Hz, 3H), 3.72 (s, 3H), 3.84 (d, J = 8.0 Hz, 1H), 4.13-4.16 (m, 5H), 4.36 (d, J = 2.4 Hz, 1H), 4.43 (d, J = 17.2 Hz, 1H), 4.64 (dd, J = 2.4, 8.0 Hz, 1H); 13C NMR (400MHz, CDCl3) δ (ppm) 170.7, 170.3, 168.0, 81.1, 72.1, 67.7, 61.9, 61.5, 52.0, 14.0.
【0030】
化合物(2)(600 mg, 2.16 mmol)をテトラヒドロフラン(5.0 ml)及び水(7.0 ml)に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液(3.0 M, 2.5 ml)を0℃で滴下した後、室温にて3時間攪拌した。その後、溶媒を留去しゲル濾過クロマトグラフィー(Sephadex G-10, 水)にて精製してO-類縁体のナトリウム塩(3)(401 mg, 86 %)を得た。
1H NMR (400MHz, D2O) δ (ppm) 3.73 (d, J = 15.2 Hz, 1H), 3.91 (d, J = 2.8 Hz, 1H), 3.93 (d, J = 15.2 Hz, 1H), 4.18 (d, J = 2.8 Hz, 1H); 13C NMR (400MHz, D2O) δ (ppm) 177.8, 177.2, 176.0, 83.4, 73.5, 69.1.
【0031】
3)N-類縁体の合成
【0032】
【化6】

【0033】
オキシフマル酸(20.1 mg, 0.152 mmol)を蒸留水(1.0 ml)に加え、3.0 M水酸化ナトリウム水溶液を0.2 ml滴下した。続いてグリシン(11.4 mg, 0.152 mmol)を室温にて加え、80℃で10時間攪拌した。その後、溶媒を留去しゲル濾過クロマトグラフィー(Sephadex G-10, 蒸留水)にて精製し、残渣をメタノールにて洗浄後、N-類縁体のナトリウム塩(4)(31.3 mg, 82 %)を得た。
1H NMR (400MHz, D2O) δ(ppm) 3.08 (d, J = 15.8 Hz, 1H), 3.15 (d, J = 15.8 Hz, 1H), 3.33 (d, J = 3.6 Hz, 1H), 4.05 (d, J = 3.6 Hz, 1H); 13C NMR (400MHz, D2O) δ(ppm) 178.2, 178.1, 176.9, 73.1, 65.6, 50.7.
【0034】
実施例2 阻害活性試験
出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のホモイソクエン酸脱水素酵素(以下、「HICDH」とう)は既報の方法に従って調製したものを用いた(Bioorg. Med. Chem., 2007, 15, 1346-1355)。HICDHの酵素反応は、基質ホモイソクエン酸(10〜75 mM)、実施例1で合成した化合物(0.06〜66.7 mM)、HICDH(2.0 mg)を含む0.7 mlの緩衝溶液(50 mM HEPESバッファー, pH 7.8, 5 mM MgCl2, 200 mM KCl)にNAD+(5.0 mM)を注入して行い、NADHの特性吸収波長である340 nmの吸光度変化を37℃、5秒間測定した。酵素反応の初速度と化合物濃度との関係についてLineweaver-Burk プロットを行い、各化合物の阻害定数を求めた。下記表1に、各化合物の阻害定数を、非特許文献1に記載の比較化合物(比較化合物1:(R,Z)-(3-カルボキシプロピリデン)マレート;比較化合物2:(R,Z)-(3-ヒドロキシプロピリデン)マレート)の阻害定数と共に示す。
【0035】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I):
【化1】

[式中、Xは、S、O及びNから選ばれるヘテロ原子を示す。]
で表される化合物、その塩又はそのエステルを含む、ホモイソクエン酸脱水素酵素の阻害剤。
【請求項2】
下記一般式(II):
【化2】

で表される化合物又はその塩。

【公開番号】特開2009−19021(P2009−19021A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−184589(P2007−184589)
【出願日】平成19年7月13日(2007.7.13)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】