説明

ボツリヌス毒素に対するモノクローナル抗体および該抗体を用いたボツリヌス神経毒素精製方法

【課題】従来技術よりも精製段階における工程を少なくした、より簡便なボツリヌス毒素の精製方法の提供。
【解決手段】(1)全てのボツリヌス毒素複合体が共通の分子形態として持つ無毒非HA(NTNHA)に対するモノクローナル抗体および(2)当該抗体を担体に結合させたカラムにpH6でボツリヌス毒素含有溶液を供し、カラムにボツリヌス毒素複合体を吸着させた後に、pH8でボツリヌス神経毒素の溶出を行うアフィニティークロマトグラフィーによるボツリヌス神経毒素の精製方法に関する。本発明はまた、当該抗体を担体に結合させたカラムにpH6でボツリヌス毒素含有溶液を供し、カラムにボツリヌス毒素複合体を吸着させた後に、pH3でボツリヌス毒素複合体の溶出を行うアフィニティークロマトグラフィーによるボツリヌス毒素複合体の精製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、ボツリヌス毒素に対するモノクローナル抗体、およびそのモノクローナル抗体を用いたボツリヌス神経毒素の精製方法に関する。詳細には、ボツリヌス毒素の無毒非HA蛋白質(以下、NTNHAと称することがある)を認識するモノクローナル抗体、および当該抗体を結合させた担体を用いたアフィニティークロマトグラフィーによるボツリヌス神経毒素の精製方法に関する。さらに詳細には、pH6から8の範囲においてNTNHAと結合可能なモノクローナル抗体、および当該抗体を使用してボツリヌス毒素を吸着後、pH8の条件下において溶出を行い、生理活性を保持した神経毒素(以下、NTXと称することがある)単体を精製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
嫌気性のグラム陽性菌であるクロストリジウム・ボツリナム(Clostridium botulinum)が産生するボツリヌス毒素は地球上で最も致死性の高い毒素であり、これまでに血清型A、B、C、D、E、FおよびGの7種のボツリヌス菌由来の毒素とその特性が明らかにされている。これらはそれぞれの血清型に特異的な中和抗体で識別される。ボツリヌス毒素の血清型の違いにより、それらが影響する動物類、誘発される麻痺の重症度および持続期間等が異なる。ボツリヌス毒素の活性中心蛋白質の分子量は、既知のボツリヌス毒素血清型の7つすべてにおいて約150kDa神経毒素(NTX、またはS毒素とも呼ばれる)である。
【0003】
すべてのボツリヌス毒素はボツリヌス菌から産生される場合、関係する無毒蛋白質と結合した複合体の分子形態をとる。例えば、A型ボツリヌス毒素は、900kDa(LL毒素)、500kDa(L毒素)、または300kDa(M毒素)の3種類の分子形態がそれぞれA型ボツリヌス菌から産生される(図1参照)。これら、LL毒素、L毒素、M毒素は、ボツリヌス毒素複合体あるいはプロジェニター毒素などと呼ばれている。また、B、CおよびD型ボツリヌス菌はL毒素およびM毒素の2種類のボツリヌス毒素複合体を産生し、EおよびF型ボツリヌス菌はM毒素のみを産生する。G型ボツリヌス菌はL毒素を産生する。
【0004】
これらボツリヌス毒素は、小腸上部で吸収された場合には、リンパ管内で無毒蛋白質と神経毒素に解離する。解離した神経毒素は、その重鎖C末端側で神経終末の受容体に結合し、受容体を介して取り込まれる。その後、軽鎖のもつ亜鉛メタロエンドペプチダーゼ活性により神経シナプス前膜の蛋白質を特異的に切断し、カルシウム依存性のアセチルコリンの放出を阻害して、シナプスでの神経伝達を遮断する(非特許文献1)。
【0005】
ボツリヌス毒素は、ボツリヌス中毒においては全身の神経伝達を阻害して人を死に至らしめる毒素ではあるが、逆にその神経伝達阻害活性を積極的に利用して、異常な筋緊張性亢進を来たす疾患、例えばジストニアの患者の筋肉内に直接投与することによって、局所の筋緊張を緩和する治療薬として用いられている(非特許文献2)。例えば、A型ボツリヌス毒素複合体(BOTOX(登録商標);アラガン社)は、眼瞼痙攣、斜視および片側顔面痙攣、頚部ジストニアの治療用、並びに眉間のしわの治療用としてアメリカ食品薬品局(FDA)によって承認されている。また、B型ボツリヌス毒素(MYOBLOC(登録商標);エラン社)も頚部ジストニア治療剤としてFDAによって承認されている。非A型ボツリヌス毒素は、A型ボツリヌス毒素と比較して、やや低い効力およびやや短い活性期間を有するといわれている。A型ボツリヌス毒素1回の筋肉内注射から症状の改善までの典型的な期間は平均して約3〜4ヶ月である。
【0006】
治療用ボツリヌス毒素製剤は、アラガン社(米国)、イプセン社(英国)、エラン社(アイルランド)から入手可能である。これら市販されている治療用ボツリヌス毒素製剤は、関係する無毒蛋白質と結合した分子形態をとった毒素複合体(LL毒素)を精製した製剤である。
【0007】
このようにLL毒素を用いたボツリヌス毒素製剤が用いられているものの、同一患者に同じ型のLL毒素を反復投与すると、抗毒素抗体が産生され、治療効果が消失する例が報告されている。そこで、抗毒素抗体の産生を避けるため、活性を有し、かつ投与量の少なくてすむ低分子量の神経毒素を用いる製剤が開発されるようになった。2005年に無毒蛋白を含まないA型NTX製剤(Xeomin(登録商標);メルツ社(ドイツ))が発売され、また米国でも同様な別製剤の臨床試験も実施されており、次世代ボツリヌス毒素製剤として、NTX製剤の開発が積極的に行われている。
【0008】
NTXの精製方法は、古くはTse CK.らの報告(非特許文献3)がある。さらに、特許文献1においては、前記方法を改良した精製方法の記載(6ページ9行目〜7ページ2行目)や薬剤組成(11ページ、表2)に関する報告もなされている。また、特許文献2にも、精製方法の記載例(6ページ、12〜30行目)や薬剤組成(6ページ32行目〜7ページ3行目)に関する報告がなされている。
【0009】
これら現行のボツリヌス毒素の精製方法は、ボツリヌス菌の培養上清中に含まれる毒素を、酸または硫安で沈殿させた後、陽イオンクロマトグラフィーで分離し、更にゲル濾過クロマトグラフィーで、A型の場合はLL、L、M毒素を分離し、B型の場合はL毒素とM毒素を分離する。L毒素からの神経毒素の分離は、アルカリ条件下(pH8.0)での陰イオン交換クロマトグラフィーによりNTXと無毒成分を分離する方法がよく知られている。
【0010】
一方、赤血球凝集素(HA)が特異的にラクトース(乳糖)に結合する特性を利用した精製法も知られている(特許文献3)。この精製法においては、(1)ボツリヌス菌のHA陽性毒素(L毒素およびLL毒素)とHA陰性毒素(M毒素)とを含む毒素の液をラクトースカラムに通すことにより、HA陽性毒素とHA陰性毒素とを分離し、(2)更に、(1)で得られたHA陽性毒素(L毒素、LL毒素)をアルカリ性バッファーで処理して、NTXと無毒成分(HAおよびNTNHA)に解離させ、(3)前記NTXと無毒成分とを含むバッファーをラクトースカラムに通して、素通りするNTXを回収する。
【0011】
以上のようにボツリヌス神経毒素の精製方法はいくつか知られているが、従来の方法では、まずLL毒素、L毒素、M毒素を分離した後に、さらにいくつかの工程を経てNTXを回収する必要があり、NTXの精製には多くのステップが必要で複雑だった。また、特許文献3の方法においては、HAを持たないM毒素からのNTXの回収はできないという問題があった。
【0012】
【特許文献1】WO1996/11699
【特許文献2】WO2000/74703
【特許文献3】US6818409
【非特許文献1】Jankovic J., et al.,Curr. Opin. Neurol.,(7):358-366,1994
【非特許文献2】梶龍兒ら,「ジストニアとボツリヌス治療」, 診断と治療社, 2005年
【非特許文献3】Tse CK., et al., Eur. J. Biochem.,122(3):493-500,1982
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本願発明の課題は、従来技術よりも精製段階における工程を少なくした、より簡便なボツリヌス神経毒素精製方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本願発明者は、全てのボツリヌス毒素複合体(LL毒素、L毒素、M毒素)が共通に分子形態として持つ無毒非HAである蛋白質領域(NTNHA)に着目した。そして、鋭意研究の結果、pH6からpH8の条件下においてNTNHAと特異的に反応するモノクローナル抗体を作製し、それをアフィニティークロマトグラフィーに使用することで本願発明を完成するに至った。従って、本願発明は以下の態様を示すものである。
(1)ボツリヌス毒素複合体の無毒素非HA(以下、NTNHAと称する)に対するモノクローナル抗体。
(2)pH6からpH8の範囲内においてNTNHAと結合できることを特徴とする、上記(1)に記載のモノクローナル抗体。
(3)pH6とpH8にそれぞれ調整した緩衝溶液を用いたELISA法によりスクリーニングを行うことで取得される、上記(1)または(2)に記載のモノクローナル抗体。
(4)当該抗体の認識するNTNHAがA型ボツリヌス菌由来のものである、上記(1)から(3)のいずれかに記載のモノクローナル抗体。
(5)当該抗体が独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受託番号FERM P−21594を有するハイブリドーマによって産生される上記(1)から(4)のいずれかに記載のモノクローナル抗体。
(6)上記(1)から(5)のいずれかに記載のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ。
(7)当該ハイブリドーマが独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受託番号FERM P−21594を有する上記(6)に記載のハイブリドーマ。
(8)pH6とpH8の条件下におけるELISA法によりスクリーニングを行うことを特徴とするボツリヌス毒素複合体のNTNHAに対するモノクローナル抗体の選別方法。
(9)pH6からpH8の範囲内においてNTNHAと結合できるモノクローナル抗体を餞別する上記(8)に記載の選別方法。
(10)当該NTNHAがA型ボツリヌス菌由来のものである、上記(8)または(9)に記載の選別方法。
(11)当該抗体が独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受託番号FERM P−21594を有するハイブリドーマによって産生されるモノクローナル抗体である、上記(8)から(10)のいずれかに記載の選別方法。
(12)ボツリヌス神経毒素含有溶液を、上記(1)から(5)のいずれかに記載の抗NTNHAモノクローナル抗体を固相化したカラムに供することを特徴とする、ボツリヌス神経毒素またはボツリヌス毒素複合体の精製方法。
(13)以下の一連の工程を含むことを特徴とする、上記(12)に記載のボツリヌス神経毒素の精製方法。
(a)pH6に調整したボツリヌス毒素複合体含有溶液を、抗NTNHAモノクローナル抗体を固相化したカラムに供し、カラムにボツリヌス毒素複合体を吸着させる工程。
(b)(a)の工程後、pH8に調整した溶出液で、ボツリヌス神経毒素(NTX)のみを溶出し、回収する工程。
(14)前記(a)と(b)の工程の間に以下の(a')の工程を含む、上記(13)に記載のボツリヌス神経毒素の精製方法。
(a')(a)の工程で得られたボツリヌス毒素複合体が吸着したカラムを、pH6の緩衝溶液で洗浄する工程。
(15)以下の一連の工程を含むことを特徴とする、上記(12)に記載のボツリヌス毒素複合体の精製方法。
(a)pH6に調整したボツリヌス毒素複合体含有溶液を、抗NTNHA抗体を固相化したカラムに供し、カラムにボツリヌス毒素複合体を吸着させる工程。
(b)(a)の工程後、pH3に調整した溶出液で、ボツリヌス毒素複合体を溶出し、回収する工程。
(16)前記(a)と(b)の工程の間に以下の(a')の工程を含む、上記(15)に記載のボツリヌス毒素複合体の精製方法。
(a')(a)の工程で得られたボツリヌス毒素複合体が吸着したカラムを、pH6の緩衝溶液で洗浄する工程。
【発明の効果】
【0015】
本願発明により提供されるNTNHAに対するモノクローナル抗体、および当該抗体を用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、NTXとNTNHAが解離しない条件下(好適にはpH6.0)でボツリヌス毒素を抗体カラムにアプライ・吸着させ、さらにアルカリ性バッファー(好適にはpH8.0)で溶出することで、NTXのみを回収することが可能となる。
【0016】
また、本願発明の精製方法を適用すると、LL毒素、L毒素、M毒素を各々分離する工程が不要で、ボツリヌス菌の毒素複合体を含む培養液をカラムにアプライし、pH条件を変化させるだけで簡便にNTXを精製できる。
【0017】
さらに、本願発明により、従来のHAに対する親和性を利用したNTX精製法(特許文献3)では不可能であった、M毒素の精製も可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本願発明は、pH6からpH8の条件下においてNTNHAと特異的に反応するモノクローナル抗体、および当該抗体を利用したボツリヌス神経毒素の精製方法を特徴とするものである。
【0019】
ボツリヌス菌からの毒素複合体精製は、例えば、Sakaguchiらの方法(Sakaguchi G., Biochemical aspects of botulism: Purification and oral toxicities of Clostridium botulinum progenitor toxins.,21-34,Lewis GE.,1981, Academic Press,New York)に従って行う。その一例としては、ボツリヌス菌を、PYG培地などで30℃、4日間培養する方法によりその毒素複合体を精製するが、使用される培地、培養条件は目的により適宜選択すればよい。このようにして精製した毒素複合体含有溶液を、後述するようにアフィニティークロマトグラフィーに供する。
【0020】
NTNHAに対するモノクローナル抗体の作製方法としては、例えばNTNHAを抗原としてマウス等の動物に免疫した後に、その脾細胞もしくは抗体産生細胞を採取し、Milsteinらの方法(Method Enzymol., 73, 3-46, 1981)に従って骨髄腫細胞等と融合させ、NTNHAに対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを作製する方法がある。また、ファージディスプレイ技術を利用した抗体作製技術(Phage Display of Peptides and Proteins: A Laboratory Manual Edited by Brian K. Kay et al.、Antibody Engineering: A PRACTICAL APPROACH Edited by J.McCAFFERTY et al.、ANTIBODY ENGINEERING second edition edited by Carl A. K. BORREBAECK)によりNTNHAに対するモノクローナル抗体を作製することも可能である。
【0021】
pH6からpH8の範囲内でNTNHAと強く結合できる抗体の選別方法としては、例えば、上記のようにして取得したハイブリドーマを、NTNHAを固相抗原としたpH7.9〜pH8.1(好適にはpH8.0)、およびpH5.9〜pH6.1(好適にはpH6.0)の条件下でのELISAに供し、両条件下において陽性を示す細胞群を選別し、細胞を増殖後、その上清に含まれるモノクローナル抗体を得る。あるいは、pH7.9〜pH8.1、およびpH5.9〜pH6.1の条件下における当該モノクローナル抗体を用いた免疫沈降を行い、両条件下においてNTNHAと共沈する抗体を選別する方法を用いても良い。また、両方法を組み合わせて選別すると、より特異性の高い抗体が得られる。
【0022】
両条件において同様に強く反応するクローンを選択したところ、2-5、2-8、2-26、2-29、2-34、2-36の6クローンが得られた。これらのうち、2-26については、平成20年6月12日付、当該抗体を産生するハイブリドーマ細胞(NTNHA−2−26)は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに受託番号FERM P−21594として寄託されている。
【0023】
本願発明の抗体は、アフィニティークロマトグラフィーの担体に結合させることで、ボツリヌス毒素の精製に使用される。当該精製過程においては、ボツリヌス毒素複合体含有溶液を担体に供し、吸着後、溶出時のバッファーのpHを変化させることにより、NTXのみを回収することも可能であるし、ボツリヌス毒素複合体として回収することも可能である。
NTXのみを回収する場合は例えば、NTXと無毒素成分との結合が切断されるpH7.2〜pH8.1の範囲内で溶出を行う。好ましくはpH8.0の条件下で行う。
また、複合体として回収する場合は、例えば、担体に結合させた抗体とNTNHA間の結合が維持されないpH3.0〜pH3.5の範囲内で溶出を行う(図2参照)。好ましくはpH3.0の条件下で行う。
【0024】
NTNHAは全ての分子形態のボツリヌス毒素複合体(LL毒素、L毒素、M毒素)に存在するため、本願発明の抗体の使用は、産生されるボツリヌス毒素複合体の種類により制限を受けない。従って、精製においてはLL毒素、L毒素、M毒素を各々分離した溶液を用いることも可能であるし、3種類の毒素複合体を混合した溶液を用いることも可能である。
【0025】
また、本願発明によって開示されるボツリヌス毒素精製法の原理を利用すれば、全ての血清型のボツリヌス菌からその毒素を回収することが可能である。すなわち、各々の血清型のボツリヌス菌から産生されるボツリヌス毒素複合体のNTNHA領域を適当な動物に免疫し、上記のようにモノクローナル抗体を作製し、上記のような精製過程を経ることでA〜G型菌由来のボツリヌス毒素複合体またはNTXを回収できる。
【0026】
以下、実施例によって本願発明を詳細に説明するが、本願発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0027】
《アフィニティー精製用抗NTNHAモノクローナル抗体の作製》
モノクローナル抗体の作製は常法に従って行った。すなわち、A型ボツリヌス菌Chiba-H株からSakaguchiらの文献(Infect Immun. 1974 October; 10(4): 750756. Purification and Some Properties of Progenitor Toxins of Clostridium botulinum Type B Shunji Kozaki, Sumiko Sakaguchi, and Genji Sakaguchi)に記載の方法で免疫原となるNTNHAを精製した。その後、残存する微量の神経毒素を失活するためNTNHAをホルマリン処理により無毒化し、抗原液とした。
この抗原液をBALB/Cマウスに免疫し、免疫したBALB/Cマウスよりリンパ球を取り出し、PEG(ポリエチレングリコール)でマウス骨髄腫細胞(ミエローマ細胞)P3U1と細胞融合を行った。さらに、HAT培地で融合細胞のみを選別し、ELISA法でスクリーニングを行った。この際、通常ELISAで使用するpH7.4のバッファー(0.1mol/L Tris/0.15mol/L NaCl/0.05%Tween20)だけでなく、pH8.0のバッファー(0.05mol/L リン酸/0.15mol/L NaCl/0.05%Tween20)とpH6.0のバッファー(0.1M MES/0.15M NaCl/0.05%Tween20)でもELISAを行い、2条件ともに同様に強く反応するウェルを陽性と判定した(OD490nm>1.5のものを陽性とした)。さらに陽性と判定したウェルの細胞群を、限界希釈法によりクローニングし、モノクローナル抗体を得た。
このようにして得られたモノクローナル抗体について、さらにpH8.0のバッファー(0.05mol/L リン酸/0.15mol/L NaCl/0.05%Tween20)とpH6.0のバッファーを用いた免疫沈降実験を行い、2条件ともに同様に強く反応するクローンを選択したところ、2-5、2-8、2-26、2-29、2-34、2-36の6クローンが得られた。
【実施例2】
【0028】
《アフィニティー精製用抗NTNHA抗体固相化ゲルの作製》
実施例1で得たNTNHAに反応する抗体産生細胞クローンについて、CELLineTM フラスコ(BD バイオサイエンス社)を用いて、製造業者の説明書に従って細胞培養を行い、抗NTNHAモノクローナル抗体を含む培養上清を得た。具体的には、CELLineTM フラスコ(BD バイオサイエンス社)を用いて、BD Cell MAb培地(BD バイオサイエンス社)中で37℃、10日間、抗体産生細胞を培養し、さらに、これらの培養上清をrProtein A Sepharose Fast Flow(GE ヘルスケア バイオサイエンス社)を用いて精製を行い、抗NTNHAモノクローナル抗体を得た。
次に、上記のモノクローナル抗体10mgを5gのシアノゲンブロマイド活性化セファロース(GE ヘルスケア バイオサイエンス社)上に共有結合させて固定化した。このカップリング反応は製造業者の説明書に従って実施した。
実施例1で得られた計6種の異なるモノクローナル抗体についてそれぞれ同様に検討し、計6種の異なるアフィニティー精製用抗NTNHA抗体ゲルを作製した。以下、実施例に記載する検討のために2-26クローン由来の抗NTNHA抗体ゲルを選択し、説明する。
【実施例3】
【0029】
《抗NTNHA抗体によるA型NTXのアフィニティー精製》
使用するボツリヌス菌としては、A型ボツリヌス毒菌であるChiba-H株を用い、既述のSakaguchiらの文献に記載された方法に従って精製したA型ボツリヌス毒素複合体を使用した。
まず、実施例2で作製した2-26クローン由来のアフィニティー精製用抗NTNHA抗体ゲル1mLをリン酸緩衝食塩溶液(PBS:0.01mol/L、pH6.0)で平衡化し、これにChiba-H株由来のA型ボツリヌス毒素複合体(0.5mg/mL、1.2mL、pH6.0)を吸着させた。次に、リン酸緩衝食塩溶液(PBS:0.01mol/L、pH6.0)で洗浄後、リン酸緩衝食塩溶液(0.05mol/L、pH8.0)で溶出し、溶出液を分画して回収した。そのクロマトパターンを図3に示す。その結果、得られた溶出画分フラクション24〜26においてタンパク質が溶出されていた。
次に、そのフラクション24〜26それぞれについて還元下でSDS-PAGEを行い、溶出したタンパク質を銀染色で染色したところ、NTXのH鎖(Hc)とL鎖(Lc)が溶出されていた(図4)。さらに、得られた溶出画分フラクション24〜26をプールし、遠心式ろ過ユニットセントリプラスYM−10(ミリポア社製)で濃縮後、還元下でSDS-PAGEを行い、クマシーブリリアントブルー(CBB)染色で濃縮サンプルに含まれるタンパク質を染色したところ、サンプルに含まれるNTXの純度は98%以上であった(図5)。
また、得られたNTXの力価(生物活性)をマウスLD50-毒性で測定したところ、4.7×107LD50/mg(蛋白質)であった。
以上より、抗NTNHA抗体を担体に結合させたカラムに、NTXとNTNHAの部分が解離しないpH6.0でボツリヌス神経毒素をアプライ・吸着でき、さらにpH8.0のアルカリバッファーで溶出することで、生理活性を保持したNTXのみを精製することができた。
【実施例4】
【0030】
《抗NTNHA抗体によるA型ボツリヌス神経毒素複合体のアフィニティー精製》
使用するボツリヌス菌および毒素に関しては、実施例3と同様の方法でChiba-H株からA型ボツリヌス神経毒素を精製した。
まず、2-26クローン由来のアフィニティー精製用抗NTNHA抗体ゲル1mLをリン酸緩衝食塩溶液(PBS:0.01mol/L、pH6.0)で平衡化し、これに7I03-H株由来のA型ボツリヌス神経毒素(0.5mg/mL、1.2mL、pH6.0)を吸着させた。次に、リン酸緩衝食塩溶液(PBS:0.01mol/L、pH6.0)で洗浄後、グリシン-HCl緩衝食塩溶液(0.05mol/L、pH3.0)で溶出し、溶出液を分画して回収した。
実施例3と同様に、得られた溶出画分について還元下でSDS-PAGEを行い、銀染色で確認したところ、NTXのH鎖(Hc)とL鎖(Lc)およびNTNHAが溶出されていた。
さらに、得られた溶出画分をプールし、遠心式ろ過ユニットセントリプラスYM−10(ミリポア社製)で濃縮後、還元下でSDS-PAGE行い、クマシーブリリアントブルー(CBB)染色で確認したところ、M毒素の純度は98%以上であった。
また、得られたA型ボツリヌスM毒素の力価(生物活性)をマウスLD50-毒性で測定したところ、3.8×107LD50/mg(蛋白質)であった。
以上より、抗NTNHA抗体を担体に結合させたカラムに、NTXとNTNHAの部分が解離しないpH6.0でボツリヌス毒素をアプライ・吸着後、さらにpH3.0の酸性バッファーで溶出することで、A型ボツリヌスM毒素を精製することができた。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本願発明によって提供される抗体を使用した精製方法により取得されるボツリヌス神経毒素は、筋緊張亢進疾患治療剤として使用される。従って本願発明により、筋緊張亢進疾患治療剤としてのNTXを簡便に作製可能となり、該治療剤の供給に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】ボツリヌス毒素蛋白複合体の分子形態を表す図。なお、図中の表記は以下の通りである。NTX:神経毒素、HA:赤血球凝集素、NTNHA:無毒非HA
【図2】本願発明のアフィニティークロマトグラフィーの精製原理を示す図。
【図3】A型ボツリヌス毒素を含む溶液を、アフィニティー精製用抗体ゲル(2-26)に供したときのクロマトパターンを示す図。図に示す各pH条件下でOD280nmを測定し、各フラクションに含まれるタンパク質を測定した。図中の表記は以下の通りである。Fr:フラクション番号、apply:クロマトグラフィーに供したサンプルのアプライ工程、elute:各pHにおける溶出工程、reg:ゲル再生液による洗浄工程
【図4】還元下でのSDS-PAGE後、銀染色を行った際の染色パターンを示す図。代表的なクロマト画分の蛋白質バンドを示す。 Hc:重鎖 Lc:軽鎖
【図5】精製されたNTXを還元下および非還元下でSDS-PAGEに供した後、CBB染色した際の染色パターンを示す図。(a)還元条件下、(b)非還元条件下。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボツリヌス毒素複合体の無毒素非HA(以下、NTNHAと称する)に対するモノクローナル抗体。
【請求項2】
pH6からpH8の範囲内においてNTNHAと結合できることを特徴とする、請求項1に記載のモノクローナル抗体。
【請求項3】
pH6とpH8にそれぞれ調整した緩衝溶液を用いたELISA法によりスクリーニングを行うことで取得される、請求項1または2に記載のモノクローナル抗体。
【請求項4】
当該抗体の認識するNTNHAがA型ボツリヌス菌由来のものである、請求項1から3のいずれかに記載のモノクローナル抗体。
【請求項5】
当該抗体が独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受託番号FERM P−21594を有するハイブリドーマによって産生される請求項1から4のいずれかに記載のモノクローナル抗体。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ。
【請求項7】
当該ハイブリドーマが独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受託番号FERM P−21594を有する請求項6に記載のハイブリドーマ。
【請求項8】
pH6とpH8の条件下におけるELISA法によりスクリーニングを行うことを特徴とするボツリヌス毒素複合体のNTNHAに対するモノクローナル抗体の選別方法。
【請求項9】
pH6からpH8の範囲内においてNTNHAと結合できるモノクローナル抗体を餞別する請求項8に記載の選別方法。
【請求項10】
当該NTNHAがA型ボツリヌス菌由来のものである、請求項8または9に記載の選別方法。
【請求項11】
当該抗体が独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受託番号FERM P−21594を有するハイブリドーマによって産生されるモノクローナル抗体である、請求項8から10のいずれかに記載の選別方法。
【請求項12】
ボツリヌス神経毒素含有溶液を、請求項1から5のいずれかに記載の抗NTNHAモノクローナル抗体を固相化したカラムに供することを特徴とする、ボツリヌス神経毒素またはボツリヌス毒素複合体の精製方法。
【請求項13】
以下の一連の工程を含むことを特徴とする、請求項12に記載のボツリヌス神経毒素の精製方法。
(a)pH6に調整したボツリヌス毒素複合体含有溶液を、抗NTNHAモノクローナル抗体を固相化したカラムに供し、カラムにボツリヌス毒素複合体を吸着させる工程。
(b)(a)の工程後、pH8に調整した溶出液で、ボツリヌス神経毒素(NTX)のみを溶出し、回収する工程。
【請求項14】
前記(a)と(b)の工程の間に以下の(a')の工程を含む、請求項13に記載のボツリヌス神経毒素の精製方法。
(a')(a)の工程で得られたボツリヌス毒素複合体が吸着したカラムを、pH6の緩衝溶液で洗浄する工程。
【請求項15】
以下の一連の工程を含むことを特徴とする、請求項12に記載のボツリヌス毒素複合体の精製方法。
(a)pH6に調整したボツリヌス毒素複合体含有溶液を、抗NTNHA抗体を固相化したカラムに供し、カラムにボツリヌス毒素複合体を吸着させる工程。
(b)(a)の工程後、pH3に調整した溶出液で、ボツリヌス毒素複合体を溶出し、回収する工程。
【請求項16】
前記(a)と(b)の工程の間に以下の(a')の工程を含む、請求項15に記載のボツリヌス毒素複合体の精製方法。
(a')(a)の工程で得られたボツリヌス毒素複合体が吸着したカラムを、pH6の緩衝溶液で洗浄する工程。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−37253(P2010−37253A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−200798(P2008−200798)
【出願日】平成20年8月4日(2008.8.4)
【出願人】(000173555)財団法人化学及血清療法研究所 (86)
【Fターム(参考)】