説明

ポリエステル糸条の製造方法

【課題】織編物の強度、品位を維持しながら、織編物にソフト感、ぬめり感を与えうる、新規なポリエステル糸条の製造方法を提供することを技術的な課題とする。
【解決手段】主たる繰り返し単位がエチレンテレフタレートであり、構造一体性パラメーター(ε0.2)が15〜45%であるポリエステル高配向未延伸糸を、ガラス転移温度(Tg)より5℃以上高い温度で予備熱処理した後、自然延伸倍率以下の延伸倍率で延伸しつつ、融点(Tm)より25〜130℃低い温度の接触式熱処理ヒーターで熱処理するポリエステル糸条の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、織編物にソフト感とぬめり感とを与えうるポリエステル糸条の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、ポリエチレンテレフタレートに代表されるポリエステル糸条が衣料用、産業資材用など幅広く利用されている。ポリエステル糸条は、一般に高配向、高結晶性であるため、織編物にハリ、コシなどの特性を与えることができるが、ソフト感や、ぬめり感のような風合いを与え難いという側面がある。
【0003】
そこで、織編物に柔らかさ、ぬめり感などを与えうるポリエステル糸条として、特定の製法を用いて得られるシックアンドシンヤーンが提案されている(例えば、特許文献1参照)。シックアンドシンヤーンとは、長手方向に太細斑を有する繊維からなる糸条をいい、同文献には、ポリエステル未延伸糸を、ガラス転移点(Tg)以下の温度下で自然延伸倍率以下の延伸倍率で延伸して目的のシックアンドシンヤーンを得たと記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平2−68328号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記のシックアンドシンヤーンでは、繊維径の太い部分に相当する未延伸部が低配向かつ低結晶化度のため、織編物となした後に行う染色加工や熱処理によって織編物が大きく収縮することがある。その結果、織編物の強度が低下する、織編物が脆化するといったことの他、未延伸部が延伸部に比べ濃く染まるので、織編物に染色斑が生じ、これが織編物の品位を損ねることがある。
【0006】
本発明は、上記の欠点を解消するものであり、織編物の強度、品位を維持しながら、織編物にソフト感、ぬめり感を与えうる、新規なポリエステル糸条の製造方法を提供することを技術的な課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、本発明をなすに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、主たる繰り返し単位がエチレンテレフタレートであり、構造一体性パラメーター(ε0.2)が15〜45%であるポリエステル高配向未延伸糸を、ガラス転移温度(Tg)より5℃以上高い温度で予備熱処理した後、自然延伸倍率以下の延伸倍率で延伸しつつ、融点(Tm)より25〜130℃低い温度の接触式熱処理ヒーターで熱処理することを特徴とするポリエステル糸条の製造方法を要旨とするものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、特定の製法を採用することで、織編物にソフト感とぬめり感とを与えうるポリエステル糸条を提供できる。このポリエステル糸条を用いれば、織編物の強度、品位などを損ねずに、かかる特性を付与できるから、衣料用途は勿論、産業資材用途などにも広く適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】未延伸糸のNDRを求める際に使用する強伸度曲線の一例である。
【図2】本発明において好ましく採用できる実施態様の一例を示す概略模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0012】
本発明のポリエステル糸条は、ポリエステル繊維からなるものであり、当該ポリエステル繊維は、主たる繰り返し単位をエチレンテレフタレートとするポリエステルポリマーからなる。このとき、本発明の効果を損なわない範囲であれば、ポリマー中に共重合成分として、例えば、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオールなどのジオール成分、アジピン酸、セバシン酸などの脂肪族ジカルボン酸成分、ビスフェノールAなどの芳香族ジオール成分、イソフタル酸などの芳香族ジカルボン酸成分などを含ませてもよい。また、ポリマー中に安定剤、蛍光剤、顔料、強化剤などを添加してもよい。
【0013】
本発明ではまず未延伸糸を用意するが、この未延伸糸は、構造一体性パラメーター(ε0.2)が15〜45%であることが必要である。構造一体性パラメーターは、繊維の結晶化度や配向度などを総合的に判断して決定されるものであり、この値が45%を超えると繊維の結晶化度、配向度共に低くなる。そうすると、織編物となした後に行う染色加工や熱処理によって織編物脆くなり、ソフト感やぬめり感を付与することができなくなる。一方、15%未満であると、得られる糸条が高配向、高結晶化度となるため、同じく織編物にソフト感やぬめり感を与えることができなくなる。
【0014】
本発明でいう構造一体性パラメーター(ε0.2)とは、糸条を沸水中で処理したときの伸長率に基づき算出されるものであり、以下の方法で測定、算出されるものである。すなわち、東洋紡エンジンニアリング社製εメーター(DW−2C)を使用し、試料長20cmの糸条を測定温度99℃、処理時間2分で沸騰水処理し、0.18cN/dtexの荷重を掛け測定、算出する。
ε0.2(%)=〔(L−L)/L〕×100
ただし、L:処理前の長さ(20cm)、L:処理後の長さ
【0015】
本発明で使用するポリエステル高配向未延伸糸において、構造一体性パラメーター(ε0.2)を所定の範囲とすることは、ポリエステルポリマーの溶融粘度、紡糸速度、未延伸糸の熱処理条件などを適宜調整することにより可能である。中でも、紡糸速度を調整する手段が一般的であり、通常の衣料用ポリエステル糸条の場合、紡糸速度を2500〜4500m/分とすることにより、所望の未延伸糸を得ることができる。
【0016】
本発明では、上記の未延伸糸を用意した後、これをガラス転移温度(Tg)より5℃以上高い温度で予備熱処理する。予備熱処理の温度がこの範囲を満足しない場合、熱処理時の分子流動が充分に進行せず、その結果、繊維長手方向に太細斑が発現し、染色斑の原因となることがある。予備熱処理温度の上限については、特に限定されるものでないが、ガラス転移温度(Tg)より80℃高い温度を上限とするのが好ましく、これを超えると高配向未延伸糸が延伸時に切断しやすくなり、操業性に悪影響を及ぼすことが稀にある。 予備熱処理は、通常、加熱ローラーを用いて行う。
【0017】
予備熱処理の後は、自然延伸倍率以下の延伸倍率で延伸する。延伸倍率が自然延伸倍率を超えると、得られる糸条が高配向、高結晶化度となるため、織編物にソフト感やぬめり感を与えることができなくなる。
【0018】
自然延伸倍率(NDR)の測定には、オリエンティック社製テンシロンUTM−4−100型を用いる。まず、図1に示すように、試料長10cm、引張速度10cm/分の条件で糸条の強伸度曲線を描く。次に、強伸度降伏点から横軸に平行に線を引き、強伸度曲線と交わる点での伸度(%)を求め、この伸度(%)を100で除す。そして、この値に1を加えたものを自然延伸倍率(NDR)とする。
【0019】
さらに、本発明では、このような延伸を行いつつ、特定の温度範囲で熱処理することを要する。具体的には、融点(Tm)より25〜130℃低い温度の接触式熱処理ヒーターで熱処理する。接触式熱処理ヒーターは、一般に、高温雰囲気下で加熱する非接触式熱処理ヒーターよりも熱効率が良好である。ここで、処理温度が、上記の範囲を下回ると、繊維の結晶化度が低くなる。そうすると、織編物となした後に行う染色加工や熱処理によって織編物が大きく収縮し、ソフト感やぬめり感を付与することができなくなる。一方、処理温度が当該範囲を上回ると、得られる糸条が高い結晶化度を有するようになり、同じく織編物にソフト感やぬめり感を与えることができなくなる。
【0020】
以上のように、織編物となした後に行う染色加工や熱処理によって織編物が大きく収縮してしまうと、所望の風合いが得られない。この点から、得られる糸条の沸水収縮率は、7%以下であることが好ましく、5%以下がより好ましい。沸水収縮率の調整は、延伸倍率や接触式熱処理ヒーターの温度を適宜変更することにより可能である。本発明者らの研究によれば、自然延伸倍率以下で延伸しつつ、融点(Tm)より25〜130℃低い温度の接触式熱処理ヒーターで熱処理すれば、所望の沸水収縮率7%以下を達成することができる。
【0021】
次に、本発明を図面により説明する。図2は、本発明の一実施態様を示す概略工程図であり、加熱ローラー1と引取りローラー3との間に、接触式熱処理ヒーターとしてヒートプレート2を設置したものである。
【0022】
図2においては、糸条を加熱ローラー1でガラス転移温度(Tg)より5℃以上高い温度で予備熱処理し、連続してヒートプレート2で融点(Tm)より25〜130℃低い温度で熱処理する。このとき、引取りローラー3の速度を加熱ローラー1の速度より大きくし、自然延伸倍率以下で延伸する。
【0023】
接触式熱処理ヒーター上での熱処理においては、糸条の引取り速度は特に限定されるものではないが、極端に速いと、熱処理が不十分となり、得られる糸条の収縮率が高くなってしまうことがある。さらに、引取り速度は、加熱ローラーへの巻数、接触式熱処理ヒーターの長さなどを十分に考慮して決定されるべきである。例えば、通常のポリエステルフィラメントの製造では、ローラー径が8〜12cmであり、このローラーに糸条を4〜8回巻付け、ヒーター長30cmの接触式熱処理ヒーターを使用するので、引取り速度はおおむね600m/分以下とするのが好ましい。
【実施例】
【0024】
次に、本発明を実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、各特性値の評価は下記に準じた。
1.融点(Tm)、ガラス転移温度(Tg)
パーキンエルマー社製示差走査熱量計DSC−2型を用い、昇温速度10℃/分で測定した。
2.沸水収縮率
沸水中にて試料を無荷重状態で30分間処理し、処理前の長さ(L)と処理後の長さ(L)とを測り、次式により算出した。なお、測定時の荷重は0.0294cN/dtexである。
沸水収縮率(%)=〔(L−L)/L〕×100
3.強伸度
オリエンティック社製テンシロンUTM−4−100型を用い、試料長10cm、引張速度10cm/分で測定した。
4.極限粘度[η]
フェノールと四塩化エタンとの等質量混合物を溶媒として用い、20℃で測定した。
5.染色均一性
延伸糸を筒編染色した後、目視にて濃淡の度合いを評価し、○をほぼ濃淡なし、×を濃淡ありとした。
6.ソフト感およびぬめり感
延伸糸を筒編染色した後、筒編地のソフト感、ぬめり感を手触りにて、A(優)〜D(劣)の4段階で評価した。
【0025】
(実施例1〜3、比較例1〜5)
[η]が0.64、Tgが78℃、Tmが256℃のポリエチレンテレフタレートを、通常の紡糸装置を用いて、紡糸温度295℃で溶融紡糸し、延伸後に84dtex36fの延伸糸となるべき未延伸糸を得た。なお、紡糸ノズルは、最も標準的な丸断面のものを用いた。このときの紡糸速度、吐出量及び構造一体性パラメーター(ε0.2)の測定結果を表1に示す。
【0026】
次いで、この未延伸糸を用いて、表2に示した条件で延伸、熱処理し、得られた糸条の沸水収縮率を測定すると共に、この糸条を筒編染色し、ソフト感とぬめり感とを評価した。結果を併せて表2に示す。
【0027】
表2から明らかなように、実施例1〜7で得られた糸条による筒編地は、染色均一性に優れ、ソフト感及びぬめり感にも優れていることがわかる。一方、構造一体性パラメーター(ε0.2)が45%を超える未延伸糸を用いた比較例1と、構造一体性パラメーター(ε0.2)が15%より小さい未延伸糸を用いた比較例2で得られた糸条とでは、筒編地のソフト感が共に劣っていた。また、比較例3では、加熱ローラーの温度がガラス転移温度(Tg)より2℃しか高くないので、繊維長手方向に太細斑が発現し、結果、筒編地に規則的な染色斑が現れた。そして、比較例4では、自然延伸倍率を超えた延伸倍率で延伸したため、高配向かつ高結晶化度の糸条となり、筒編地は、ソフト感、ぬめり感に劣るものとなった。比較例5では、ヒータープレート温度が所定範囲より低いため、沸水収縮率が高く、筒編地が染色後に大きく縮んでしまい、ソフト感やぬめり感のないものとなった。比較例6では、逆にヒータープレート温度が高すぎたため、高結晶化度の糸条となってしまい、同じくソフト感やぬめり感に劣る結果となった。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【符号の説明】
【0030】
1 加熱ローラー
2 ヒートプレート
3 引取りローラー


【特許請求の範囲】
【請求項1】
主たる繰り返し単位がエチレンテレフタレートであり、構造一体性パラメーター(ε0.2)が15〜45%であるポリエステル高配向未延伸糸を、ガラス転移温度(Tg)より5℃以上高い温度で予備熱処理した後、自然延伸倍率以下の延伸倍率で延伸しつつ、融点(Tm)より25〜130℃低い温度の接触式熱処理ヒーターで熱処理することを特徴とするポリエステル糸条の製造方法。


【図1】
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【図2】
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