説明

ポリエステル系繊維構造物とその製造方法

【課題】 芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維からなり、中色や濃色であっても洗濯に対する染色堅牢度の汚染と摩擦に対する染色堅牢度が良好である環境低負荷型のポリエステル系繊維構造物とその製造方法を提供する。
【解決手段】芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維からなる繊維構造物であって、前記脂肪族ポリエステル繊維の混率が0質量%を超え70質量%以下であり、少なくとも前記芳香族ポリエステル繊維は分散染料で染色されており、L*値が50未満、洗濯に対する染色堅牢度の汚染が4級以上、摩擦に対する染色堅牢度が4級以上であるポリエステル系繊維構造物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分散染料によって染色された芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維からなる繊維構造物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ポリエチレンテレフタレート繊維をはじめとする芳香族ポリエステル繊維は、機械的特性や各種堅牢度、ウオッシュアンドウエア性、さらにはリサイクル性に優れるため、衣料用途をはじめ産業資材用途等の多方面で用いられている。しかし、芳香族ポリエステル繊維は、石油などの限りある貴重な化石資源を原料としており、将来資源不足が懸念されている。
【0003】
また、芳香族ポリエステル繊維は自然環境下ではほとんど分解されず、燃焼した場合は高熱を発し、焼却炉の損傷が激しいなどの問題が生じることに加え、炭酸ガス排出量が増大するため、廃棄処理が問題となっており、広く産業界では芳香族ポリエステルの使用量を低減すること自体が環境保護になるという思想が広まってきた。
【0004】
これに対し、脂肪族ポリエステル繊維は、コンポスト又は土壌中等の自然環境下では最終的に炭酸ガスと水に分解される完全生分解性を持つため、環境に対する負荷が少ない素材として農業用資材や土木資材など様々な用途分野で幅広く展開され始めている。
【0005】
特にポリ乳酸は、生分解性ポリマーの中では比較的融点が高く、透明性が高い等の特徴を有しており、またトウモロコシなどの植物資源を原料としているため、植物が成長する段階で炭酸ガスを吸収し、さらに焼却時の炭酸ガス発生量が芳香族ポリエステルよりも少ないため、貴重な石油資源の節約につながるとともに、炭酸ガス増加の抑制効果も期待されている。
【0006】
しかし、一般的に脂肪族ポリエステル繊維は、従来の芳香族ポリエステル繊維に比べて、耐熱性や耐磨耗性、染色堅牢度が劣り、さらに価格が高いという問題がある。この問題を低減する目的に加え、芳香族ポリエステル繊維の使用量を減らすため、脂肪族ポリエステル繊維と芳香族ポリエステル繊維を混用する提案がなされている(例えば特許文献1参照)。
【0007】
しかし、衣料などの染色が必要な用途、特に中色や濃色での染着が求められる用途では、染色温度が脂肪族ポリエステルの強度維持を考慮した115℃以下の場合、芳香族ポリエステルの発色が不十分であると同時に脂肪族ポリエステルへの染料吸着量が多くなるため、染色堅牢度が悪化するという問題があった。一方、芳香族ポリエステルの発色に適した115℃〜135℃で染色される場合、脂肪族ポリエスエルが強度劣化するという問題があった。
【0008】
また、脂肪族ポリエステルの染色堅牢度を向上させる方法として、還元洗浄を70℃以下の温度条件で、好ましくは酸性下で行うという提案がある(例えば特許文献2参照)。しかし、他の合成繊維、特に芳香族ポリエステル繊維を含有する繊維構造物においては、脂肪族ポリエステルの強度維持を考慮した115℃以下の染色温度では、芳香族ポリエステルより脂肪族ポリエステルへの染料吸着量が多くなるため、脂肪族ポリエステル繊維単独で構成された繊維構造物よりも染色堅牢度が悪化し、たとえ70℃以下で、かつ酸性下で還元洗浄を行ったとしても十分な染色堅牢度が得られず、特に中色や濃色の場合、染色堅牢度の悪化が顕著であった。
【0009】
さらに、還元洗浄を温度75〜98℃、pH2〜6の還元剤浴中で行う提案がある(例えば特許文献3参照)。しかし、ポリ乳酸繊維単独で構成された染色物の場合、還元洗浄による分散染料の脱落が多すぎるため濃色が得られ難く、特に摩擦に対する染色堅牢度を4級以上にするためには、還元洗浄の温度を90℃以上にする必要があり、それに伴い分散染料の脱落も多くなり、結果的に還元洗浄前に比べ60%程度の染着濃度になってしまい、濃色が得られないという問題があった。
【特許文献1】特開2004−308077号公報
【特許文献2】特開2001−355187号公報
【特許文献3】特開2003−328280号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記の問題を解決し、芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維からなり、中色や濃色であっても洗濯に対する染色堅牢度と摩擦に対する染色堅牢度が良好である環境低負荷型のポリエステル系繊維構造物とその製造方法を提供することを技術的な課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維とを用いた繊維構造物において、分散染料を用いて染色した後、脂肪族ポリエステル繊維に染着した分散染料を脱色することにより、中色や濃色であっても良好な洗濯に対する染色堅牢度と摩擦に対する染色堅牢度が得られることを見出して本発明に到達した。
【0012】
すなわち、本発明は、次の構成を要旨とするものである。
(1)芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維からなる繊維構造物であって、前記脂肪族ポリエステル繊維の混率が0質量%を超え70質量%以下であり、少なくとも前記芳香族ポリエステル繊維が分散染料で染着されており、L*値が50未満、洗濯に対する染色堅牢度が4級以上、摩擦に対する染色堅牢度が4級以上であることを特徴とするポリエステル系繊維構造物。
(2)脂肪族ポリエステル繊維がポリ乳酸系重合体繊維であることを特徴とする(1)に記載のポリエステル系繊維構造物。
(3)L*値が10〜30であることを特徴とする(1)乃至(2)のいずれかに記載のポリエステル系繊維構造物。
(4)芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維とを用いて繊維構造物を作製し、得られた繊維構造物を95℃〜115℃の温度条件下で分散染料によって染色した後、前記脂肪族ポリエステル繊維に染着した分散染料を80℃〜110℃の温度条件下で脱色することを特徴とするポリエステル系繊維構造物の製造方法。
(5)染色時にキャリアを用いることを特徴とする(4)に記載のポリエステル系繊維構造物の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明のポリエステル系繊維構造物は、これを構成する芳香族ポリエステル繊維が分散染料で染着されたままであり、一方脂肪族ポリエステル繊維は好適に脱色されているため、繊維構造物のL*値が50未満でありながらも、洗濯に対する染色堅牢度が4級以上、摩擦に対する染色堅牢度が4級以上という特性を有する。これにより、中色や濃色に染色して用いられる衣料や資材等においても、洗濯に対する染色堅牢度と摩擦に対する染色堅牢度が良好であり、洗濯や使用時の摩擦による色移りが発生し難いため、好適に使用することができる。また、本発明のポリエステル系繊維構造物は、少なくともその一部が生分解性の脂肪族ポリエステル繊維で形成されているため、環境への負荷を小さくすることができる。また、本発明の製造方法によれば、上記の利点を有するポリエステル系繊維構造物を、安定して製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明のポリエステル系繊維構造物(以下、繊維構造物と称することがある。)としては、芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維とで構成されたものであり、繊維構造物として具体的には、構成繊維を糸状、織物、編物、不織布、組紐状等の形態に形成させたものである。
【0015】
本発明における芳香族ポリエステル繊維としては、芳香族ポリエステルを主たる構成ポリマーとして溶融紡糸して得られる繊維である。本発明において使用される芳香族ポリエステルとしては、ポリエチレンテレフタレート(以下、PETと称する。)、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリアルキレンテレフタレートや、ポリアルキレンナフタレート等が挙げられ、場合によってはイソフタル酸、ポリアルキレングリコール、スルホイソフタル酸アルカリ金属塩等を共重合させたものでもよい。
【0016】
本発明における脂肪族ポリエステル繊維としては、脂肪族ポリエステルを主たる構成ポリマーとして溶融紡糸して得られる繊維である。本発明において使用される脂肪族ポリエステルとしては、土壌中、水中等の自然環境中に長期間放置したときに微生物などの作用によって炭酸ガスと水に分解され得る生分解性の脂肪族ポリエステルをさすものであり、以下のタイプを例示することができる。
【0017】
第一のタイプとしては、ヒドロキシカルボン酸からなるポリエステルであり、例えば、ポリグリコール酸、ポリ乳酸、ポリ(ε−カプロラクトン)、ポリ(β−プロピオラクトン)、ポリ−3−ヒドロキシプロピオネート、ポリ−3−ヒドロキシブチレート、ポリ−3−ヒドロキシカプロネート、ポリ−3−ヒドロキシヘプタノエート、ポリ−3−ヒドロキシオクタノエート、ポリ−3−ヒドロキシバリレート、ポリ−4−ヒドロキシブチレート及びこれらの繰り返し単位の組み合わせによる共重合体等が挙げられる。
【0018】
また、第二のタイプとしては、グリコールとジカルボン酸との重縮合体からなるポリアルキレンアルカノエートであり、例えば、ポリブチレンオキサレート、ポリエチレンサクシネート、ポリエチレンアジペート、ポリエチレンアゼレート、ポリエチレンオキサレート、ポリブチレンサクシネート、ポリブチレンアジペート、ポリブチレンセバケート、ポリヘキサメチレンセバケート、ポリネオペンチルオキサレート及びこれらを主たる繰り返し単位として含むポリアルキレンアルカノエート共重合体等が挙げられる。
【0019】
この中で、本発明における脂肪族ポリエステルとしては、最終的に得られる繊維構造物に要求される耐熱性、機械的強度等の要求性能の観点から、特にポリ乳酸を主体成分としたポリ乳酸系重合体であることが好ましい。そのようなポリ乳酸系重合体としては、ポリ−D−乳酸、ポリ−L−乳酸、D−乳酸とL−乳酸との共重合体、D−乳酸とヒドロキシカルボン酸との共重合体、L−乳酸とヒドロキシカルボン酸との共重合体、D−乳酸とL−乳酸とヒドロキシカルボン酸との共重合体が挙げられる。ここで、乳酸単独の重合体であるポリ−L−乳酸及びポリ−D−乳酸の融点はともに約180℃であるが、ポリ乳酸系重合体として上記共重合体を用いる場合には、機械的強度、融点等を考慮して共重合体成分の共重合比を決定することが好ましい。例えば、D−乳酸とL−乳酸との共重合体の場合にはD−乳酸とL−乳酸のいずれか一方が90モル%以上、100モル%未満、他方が0を超え、10モル%未満の範囲であることが好ましい。また、例えばD−乳酸又はL−乳酸とヒドロキシカルボン酸との共重合体の場合には、乳酸成分が90モル%以上、100モル%未満、ヒドロキシカルボン酸成分が0を超え10モル%未満の範囲であることが好ましい。
【0020】
ここで、ポリ乳酸系重合体中に共重合されうるヒドロキシカルボン酸としては、グリコール酸、ヒドロキシ酪酸、ヒドロキシ吉草酸、ヒドロキシペンタン酸、ヒドロキシカプロン酸、ヒドロキシヘプタン酸、ヒドロキシオクタン酸等が挙げられ、これらの中では、特にヒドロキシカプロン酸やグリコール酸が好ましい。
【0021】
また、本発明で用いるポリ乳酸系重合体として、L−乳酸を主成分とするポリ−L−乳酸とD−乳酸を主成分とするポリ−D−乳酸とを溶液状態あるいは溶融状態で混合して、これら2成分間に立体特異的な結合を生じさせることにより形成されるポリ乳酸ステレオコンプレックスを使用してもよい。
【0022】
本発明の繊維構造物としては、脂肪族ポリエステル繊維の混率が0質量%を超え、70質量%以下であることが必要であり、20〜60質量%であることが好ましい。脂肪族ポリエステル繊維の混率が0質量%の場合は、本発明の目的とする芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維からなる繊維構造物ではなくなることに加えて、環境保護を考慮して芳香族ポリエステル繊維の使用量を減らすことができなくなる。一方、脂肪族ポリエステル繊維の混率が70質量%を超えると、乾燥状態での摩擦に対する染色堅牢度が4級未満になりやすく、また、脂肪族ポリエステル繊維に先着した分散染料の脱色を行った際に、繊維構造物全体として濃色が得られ難くなる。
【0023】
本発明の繊維構造物としては、L*値が50未満であることが必要であり、10〜30であることが好ましい。ここでいうL*値とは、CIELab表色系において明度を示し、その値が小さくなるほど淡色から中色、濃色へと発色性がよくなることを表す。本発明において、L*値が50未満であることは、繊維が中色から、濃い色に染色されていることを示す。さらに、L*値が10〜30であることは、より濃色に染色されていることを示し、この場合でも繊維構造物の洗濯に対する染色堅牢度および摩擦に対する染色堅牢度が4級以上を維持していることを意味する。
ちなみに、L*値が50未満の芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維からなる従来の繊維構造物では、洗濯に対する染色堅牢度の汚染が4級未満、乾燥状態での摩擦に対する染色堅牢度が4級未満の低い値となり、染色堅牢度が劣ったものであった。
【0024】
また、本発明の繊維構造物としては、洗濯に対する染色堅牢度が4級以上である。ここで、洗濯に対する染色堅牢度とは、JIS−L−0844の規定に基づいて測定されたものである。また、摩擦に対する染色堅牢度が乾燥状態及び湿潤状態のいずれにおいても4級以上である。ここで、摩擦に対する染色堅牢度とは、JIS−L−0849の規定に基づいて測定されたものである。
【0025】
通常、脂肪族ポリエステル繊維は、芳香族ポリエステル繊維に比べて洗濯に対する染色堅牢度及び乾燥状態での摩擦に対する染色堅牢度が悪い傾向を示す。また、脂肪族ポリエステル繊維では、湿潤状態での摩擦に対する染色堅牢度は4級以上であったとしても、乾燥状態では繰り返し使用に伴う摩擦により繊維表面の損傷が起こりやすいため、染色堅牢度は4級未満となる。さらに、脂肪族ポリエステル繊維と芳香族ポリエステル繊維との混用品では、脂肪族ポリエステル繊維の強度低下を抑制するため、染色を115℃以下の温度で実施することが必要であるが、その温度領域では、芳香族ポリエステル繊維に比べて脂肪族ポリエステル繊維のほうが分散染料により多く染着されるため、洗濯に対する染色堅牢度と乾燥状態での摩擦に対する染色堅牢度が芳香族ポリエステルからなる場合に比べて悪化する。これらの傾向は、L*値が低くなり、より濃色に染色されるほど顕著に認められる。
【0026】
本発明の繊維構造物では、染色後に脂肪族ポリエステル繊維に染着した分散染料を脱色することにより、洗濯に対する染色堅牢度と摩擦に対する染色堅牢度を4級以上に維持することができる。
【0027】
次に、本発明のポリエステル系繊維構造物の製造方法について説明する。
本発明の繊維構造物は、芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維とを用いて繊維構造物を作製し、得られた繊維構造物を分散染料によって染色した後、前記脂肪族ポリエステル繊維に染着した分散染料を脱色することにより得ることができる。
【0028】
まず、本発明における繊維構造物の染色については、分散染料を用いることが必要であり、繊維構造物を形成した後に95〜115℃で染色する。染色温度が95℃未満になると、芳香族ポリエステル繊維及び脂肪族ポリエステル繊維への分散染料の吸着が少なく、中色や濃色が得られ難くなる。一方、染色温度が115℃を超えると、脂肪族ポリエステル繊維が加水分解により強度が低下することとなる。また、染色の処理時間としては、繊維構造物が目的とする温度に到達してから10〜30分が好ましい。
【0029】
また、本発明の繊維構造物において、染色時にキャリアを用いることが好ましい。キャリアを用いることで、繊維への分散染料の染着が促進されるため、濃色が得られやすくなり、特に染色温度が95〜115℃のような比較的低温領域にあっても、芳香族ポリエステル繊維への染着を促進させることができることとなる。これによって、繊維構造物に対して脱色操作を行った後でも、芳香族ポリエステル繊維により多くの分散染料が染着されているため、繊維構造物全体として中色やより濃色が得られやすくなる。用いるキャリアとしては、芳香族ポリエステル繊維に対して膨潤作用を有する物質であれば特に限定はなく、例えば1,2,4-トリクロロベンゼン、o−ジクロロベンゼン、o−フェニルフェノール、ジフェニル、メチルナフタレン、安息香酸ブチル、テレフタル酸ジメチル、サリチル酸メチル等が挙げられ、その使用量は被染色物に対し5〜15%omfが好ましく、染色浴において分散染料やナフタレン−スルホン酸ホルムアルデヒド縮合物等の分散剤とpH調整剤等と併用すればよい。
【0030】
本発明における繊維構造物の脱色については、染色後に80℃〜110℃の温度条件下で行うことが必要であり、90〜100℃下で行うことが好ましい。この温度領域においては、洗濯に対する染色堅牢度や摩擦に対する染色堅牢度を悪化させる原因となる脂肪族ポリエステル繊維へ染着した分散染料が主に脱色され、芳香族ポリエステル繊維へ染着した分散染料は脱色され難いため、中色や濃色であっても染色堅牢度に優れた繊維構造物を得ることができる。脱色温度が80℃未満になると、脂肪族ポリエステル繊維に染着した分散染料の脱落が不十分となり、洗濯に対する染色堅牢度の汚染が4級未満、乾燥状態での摩擦に対する染色堅牢度が4級未満の低い値となる。一方、脱色温度が110℃を超えると、脂肪族ポリエステル繊維だけではなく芳香族ポリエステル繊維に染着した分散染料の脱色も多くなり、中色や濃色が得られ難くなる。また、脱色の処理時間としては、繊維構造物が目的とする温度に到達してから10〜30分が好ましい。
【0031】
さらに、脱色はアルカリ浴中で行うと脂肪族ポリエステル繊維が加水分解により強度低下するため、酸性浴中で行うことが好ましい。還元剤としては、ホルムアルデヒドスルホキシル酸ナトリウム[NaHSO・CH・2HO]、ホルムアルデヒドスルホキシル酸亜鉛[Zn(HSO・CHO)]等が挙げられ、その使用量は1〜5g/lが好ましく、酢酸や蟻酸により酸性に調整して用いればよい。
【0032】
染色前の準備工程での条件としては、繊維構造物に含有される脂肪族ポリエステル繊維の強度などを考慮して選択されるものであり、通常は次のような条件範囲が採用される。すなわち、染色に先立って繊維構造物形成時に付与した糊剤、繊維に付着している油剤等を除去する精練工程では、弱アルカリ剤水溶液(界面活性剤濃度:1〜2g/l、ソーダ灰濃度:2〜5g/l)中において、繊維構造物に対して70〜90℃の温度条件下で5〜30分間の精練処理を行なう。次に、精練後の乾燥工程では80〜130℃で過乾燥にならない程度の時間で乾燥する。そして、プレセット工程においては、精練された繊維構造物に90〜130℃で30〜90秒間の熱処理を行なえばよい。
【0033】
また、本発明の繊維構造物において、本発明の効果を損なわない範囲で、繊維構造物に帯電防止剤、柔軟剤、撥水剤、防汚剤、深色化剤、吸水剤、抗菌剤、消臭剤等を付与してもよい。これらを付与する場合、染色された繊維構造物を上記の加工剤を含有する溶液中に浸漬し、マングルで均一に絞った後、130℃以下の温度で乾燥・キュアするパッド−ドライ法により行なうことが好ましい。その後、仕上げセット工程として、繊維構造物を90〜130℃で30〜90秒間の熱処理を行なえばよい。
【0034】
本発明の繊維構造物としては、芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維とで構成されたものであるが、本発明の効果を損なわない範囲において一部にレーヨン、キュプラ、ポリノジック等の再生セルロース繊維、リヨセルなどの溶剤紡糸セルロース繊維、及び綿、麻、絹、ウール等の天然繊維、ポリアミド、ポリアクリロニトリル、ポリウレタン等の合成繊維などの中から選ばれた1種以上の繊維を含有して構成されたものでもよい。これらの繊維との混用形態としては、精紡工程において両者を混紡した混紡糸、2種以上の繊維を合わせた混繊糸、製編工程において交編した交編編物、製織工程において交織した交織織物等がある。
【0035】
本発明で使用する芳香族ポリエステル繊維及び脂肪族ポリエステル繊維の紡糸方法としては、特に限定されるものではなく、通常の溶融紡糸方法で行えばよい。
また、本発明における芳香族ポリエステル繊維及び脂肪族ポリエステル繊維の形態も特に限定されるものではなく、例えば繊維断面については、丸断面の他、偏平、三角、十字、多葉、中空、井型等の異型断面を採用してもよい。また、ステープル、ショートカットファイバー、フィラメントのいずれでもよく、フィラメントについてはモノフィラメントでもマルチフィラメントでもよい。さらに、原糸でも、仮撚加工やニットデニット、流体噴出加工等が施された加工糸でもよく、ダブルツイスターやイタリー式撚糸機、リング撚糸機等を用いた撚糸として用いてもよい。また、必要に応じて耐熱剤、光安定剤、蛍光剤、酸化防止剤、艶消剤、帯電防止剤、顔料、可塑剤、潤滑剤、着色剤、難燃剤、強化剤、抗菌剤、消臭剤、蓄熱剤、紫外線吸収剤等の各種添加剤を本発明の効果を損なわない範囲内で添加した繊維でもよい。
【実施例】
【0036】
次に、本発明を実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。また、実施例における測定、評価は下記の方法で行った。
(a)L*値
マクベス社製分光光度計CE−3100を用い、C光源、視野角度2度の条件で繊維構造物表面の測色を行なった。L*値は、これに基づきCIELab表色系により求めた。
(b)洗濯に対する染色堅牢度(変退色と汚染)
JIS−L−0844 B−3法の規定に基づいて測定した。具体的には、10cm×4cmにカットした繊維構造物を添付布であるポリアミド及び綿の標準白布の間に挟み、4辺のすべてを縫い目のピッチ約1cmで縫い付けた評価試料を島津製作所株式会社製洗濯試験機のステンレス製試験瓶中へ入れ、合成洗剤(花王株式会社製アタック)4g/l、ペルオキソほう酸ナトリウム1g/l、液量150mlに調整し、直径6mmのステンレス鋼球10個を入れた後に洗濯試験機へ取り付け、40℃にて30分間処理した後に評価試料を取り出し、2リットルのビーカーに入れた常温の水中へ投入し、1分間撹拌し、さらに10分間流水洗浄した後、37℃で乾燥した。乾燥後、繊維構造物の変退色及び添付布の汚染の程度を、それぞれ変退色用グレースケール及び汚染用グレースケールと比較することで繊維構造物の堅牢度(変退色と汚染)を判定した。本発明において、洗濯堅牢度が4級以上であるためには、変退色と汚染のいずれの判定においても、4級以上であることが必要である。
【0037】
(c)摩擦に対する染色堅牢度
JIS−L−0849の規定に基づいて測定した。具体的には、摩擦試験機II形に試験片(220×30mm)として繊維構造物を試験片台上にセットするとともに摩擦用白綿布を摩擦子の先端に取り付け、2Nの荷重で試験片100mm間を毎分30回往復の速度で100回往復摩耗させ、摩擦用白綿布の着色の程度をグレースケールと比較することで繊維構造物の堅牢度を判定した。
(d)破裂強さ
JIS−L−1018 A法(ミューレン法)に基づいて測定した。具体的には、ミューレン形破裂試験機に試験片(15cm×15cm)として繊維構造物(編物)を表面が上になるようにして取り付け、圧力を加えゴム膜が試験片を突き破る強さ(kPa)から破裂時のゴム膜だけの強さ(kPa)を引いた値を求め、試験片5枚の平均値を破裂強さとして算出した。破裂強さは500kPa以上が好ましい。
(e)引裂強さ
JIS−L−1096 D法(ペンジュラム法)に基づいて測定した。具体的には、繊維構造物(織物)から試験片(6.3cm×10cm)として経方向及び緯方向に各5枚採取し、エレメンドルフ形引裂試験機のつかみ具へ取り付け、試験片の両つかみの中央で直角に2cmの切れ目を入れ、残り4.3cmを経方向及び緯方向に引き裂いたときに示す荷重強さ(N)を測り、経糸引裂強さ及び緯糸引裂強さそれぞれの平均値を算出した。なお、緯方向、すなわち経糸を引き裂いたときの荷重強さを経糸引裂強さとし、経方向、すなわち緯糸を引き裂いた時の荷重強さを緯糸引裂強さとした。経糸引裂強さは10N以上、緯糸引裂強さは10N以上であることが好ましい。
【0038】
(実施例1)
L−乳酸を主成分とする数平均分子量が72,000のポリ乳酸(L−乳酸単位:98.8%、D−乳酸単位:1.2%)を紡糸温度220℃、口金の孔数36、紡糸速度3000m/分で紡糸を行い、110デシテックス/36フィラメントのポリ乳酸高配向未延伸糸を得た。得られた高配向未延伸糸は強度2.48cN/デシテックス、伸度58.3%であった。
この高配向未延伸糸を用い、加工速度100m/分、ヒータ温度100℃、仮撚数3000回/m、延伸倍率1.20倍で仮撚加工を行い、84デシテックス/36フィラメントのポリ乳酸仮撚加工糸を得た。得られた加工糸は強度2.42cN/デシテックス、伸度22.3%であった。
【0039】
このポリ乳酸仮撚加工糸と84デシテックス/36フィラメントのPET仮撚加工糸とを用い、福原精機株式会社製LPJ-H型両面丸編機(28ゲージ)にて、鹿の子組織の丸編物の表面(鹿の子面)にPET仮撚加工糸とポリ乳酸仮撚加工糸を配し、生地の裏面(フラット面)にポリ乳酸仮撚加工糸を配したポリ乳酸仮撚加工糸の混率が65質量%である編物を作製した。
【0040】
次いで、得られた編物について液流染色機を用いて80℃×20分の条件で処理液(ノニオン系活性剤濃度:1g/l、ソーダ灰濃度:5g/l)中で精練リラックスを行い、シュリンクサーファー型乾燥機にて120℃で乾燥させた後、130℃×1分のプレセットを施した。さらに、同染色機を用いて下記処方1にて110℃×30分の条件で染色処理を行なった後、染色した編物を脱色剤としてホルムアルデヒドスルホキシル酸亜鉛(デクロリン:三井BASF株式会社製)3g/リットル、酢酸(濃度48質量%)3cc/リットルを含む水溶液中で90℃の温度で30分間脱色処理を行った。その後、帯電防止剤としてナイスポールFE−22(日華化学株式会社製)0.5質量%を、ピックアップ率90%でパッダーにて付与し、同乾燥機にて120℃で乾燥し、130℃×1分の条件で仕上げセットを行うことにより、目的とするPET繊維とポリ乳酸繊維からなる編物を得た。
【0041】
ちなみに、処方1にて染色を行った後の編物から解編したポリ乳酸仮撚加工糸のL*値は10.8であり、脱色処理を行った後の編物から解編したポリ乳酸仮撚加工糸のL*値は30.6であった。
処方1(分散染料の水分散液)
分散染料 4%omf
(Dianix Black SE-RN 300%:ダイスタージャパン株式会社製)
分散均染剤 0.5g/リットル
(ニッカサンソルト SN−130:日華化学株式会社製)
キャリア 10%omf
(テリールキャリア A−100:明成化学工業株式会社製)
酢酸(濃度48質量%) 0.2cc/リットル
【0042】
(実施例2)
実施例1におけるポリ乳酸仮撚加工糸の混率を10質量%に変更する以外は、実施例1と同様にして実施例2の編物を得た。
(実施例3)
実施例1で使用した84デシテックス/36フィラメントのPET仮撚加工糸を経糸に、84デシテックス/36フィラメントのポリ乳酸仮撚加工糸を緯糸に用い、染色・仕上げセット後で経糸密度180本/2.54cm、緯糸密度120本/2.54cmとなり、ポリ乳酸仮撚加工糸の混率が40質量%のツイル織物に変更し、染色を下記処方2に変更した以外は、実施例1と同様にして実施例3の織物を得た。
処方2(分散染料の水分散液)
分散染料 2%omf
(Dianix Blue UN−SE:ダイスタージャパン株式会社製)
分散均染剤 0.5g/リットル
(ニッカサンソルト SN−130:日華化学株式会社製)
酢酸(濃度48質量%) 0.2cc/リットル
【0043】
(比較例1)
ポリ乳酸仮撚加工糸の混率を83質量%に変更した以外は、実施例1と同様にして比較例1の編物を得た。
(比較例2)
染色温度を90℃に変更した以外は、実施例1と同様にして比較例2の編物を得た。
(比較例3)
実施例1において、PET繊維を用いず、すべてポリ乳酸仮撚加工糸に変更し、脱色剤をソーダ灰2g/リットル、ハイドロサルファイト1g/リットル、ノニオン界面活性剤(サンモールFL:日華化学株式会社製)1g/リットルを含む水溶液に、脱色条件を65℃の温度で15分間に変更した以外は、実施例1と同様にして比較例3の編物を得た。
(比較例4)
脱色温度を120℃に変更した以外は、実施例1と同様にして比較例4の編物を得た。
(比較例5)
脱色温度を115℃に変更した以外は、実施例3と同様にして比較例5の織物を得た。
【0044】
実施例1〜3及び比較例1〜5で得られた編物並びに織物についての評価結果を表1に示した。
【0045】
【表1】

表1から明らかなように、実施例1〜2で得られた編物と実施例3で得られた織物は、PLA混率が70質量%以下であり、かつL*値は50未満の中色以上の濃度に染色されていながらも洗濯に対する染色堅牢度の汚染と摩擦に対する染色堅牢度がいずれも4級以上であり、良好な染色堅牢度を有していた。また、実施例1、2、3で得られた織編物は、いずれも実用に十分な破裂強さ又は引裂強さを有していた。
【0046】
一方、比較例1ではPLA混率が70質量%を超えて高かったため、L*値を50未満の濃色に染めた場合、摩擦に対する染色堅牢度は4級に達せず、また編物の破裂強度は低い物であった。比較例2の編物では染色温度が低かったため、L*値が56.2であり十分な濃色に染めることができなかった。また、比較例3は芳香族ポリエステルを含まないPLA繊維のみからなる編物であるため、得られる編物は十分な破裂強さを示さなかった。また、脱色温度が低かったためPLA繊維に含まれる染料も十分に脱色できず、その結果洗濯に対する染色堅牢度と摩擦に対する染色堅牢度のいずれも4級に満たないものであった。比較例4の編物では、逆に脱色温度が高すぎるためL*値が50を超えてしまい十分な濃色を維持できず、また脱色時の熱履歴により破裂強度が低いものになった。比較例5の織物では、染色工程の処方にキャリアを含まず、また脱色温度も高かったため、L*値が50を超えて高く、かつ引裂強さも十分な値を有しなかった。





【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維からなる繊維構造物であって、前記脂肪族ポリエステル繊維の混率が0質量%を超え70質量%以下であり、少なくとも前記芳香族ポリエステル繊維が分散染料で染着されており、L*値が50未満、洗濯に対する染色堅牢度が4級以上、摩擦に対する染色堅牢度が4級以上であることを特徴とするポリエステル系繊維構造物。
【請求項2】
脂肪族ポリエステル繊維がポリ乳酸系重合体繊維であることを特徴とする請求項1に記載のポリエステル系繊維構造物。
【請求項3】
L*値が10〜30であることを特徴とする請求項1乃至2のいずれかに記載のポリエステル系繊維構造物。
【請求項4】
芳香族ポリエステル繊維と脂肪族ポリエステル繊維とを用いて繊維構造物を作製し、得られた繊維構造物を95℃〜115℃の温度条件下で分散染料によって染色した後、前記脂肪族ポリエステル繊維に染着した分散染料を80℃〜110℃の温度条件下で脱色することを特徴とするポリエステル系繊維構造物の製造方法。
【請求項5】
染色時にキャリアを用いることを特徴とする請求項4に記載のポリエステル系繊維構造物の製造方法。






【公開番号】特開2008−63676(P2008−63676A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−240289(P2006−240289)
【出願日】平成18年9月5日(2006.9.5)
【出願人】(399065497)ユニチカファイバー株式会社 (190)
【Fターム(参考)】