説明

ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂組成物、成形物品、及び、ポリエーテルエーテルケトン樹脂の製造方法

【課題】優れた耐熱性、耐摩耗性や強靱性等の機械的特性、耐薬品性、光学特性及び電気特性を備え、導電性フィラーを含有する半導電性樹脂組成物とした場合には、長期間にわたり、高い電圧を印加・放電しても、電気抵抗が著しく低下することがなく、安定した電気特性が発揮される成形物品を与えることができるポリエーテルエーテルケトン樹脂を提供し、また、該樹脂の製造方法を提供すること。
【解決手段】ジフェニルスルホンの含有量が5ppm以下であるポリエーテルエーテルケトン樹脂、該ポリエーテルエーテルケトン樹脂及び好ましくは導電性フィラーを含有する樹脂組成物、電荷制御部材等の成形物品、並びに、ポリエーテルエーテルケトン樹脂粉末を、該樹脂のガラス転移点以上融点未満の温度において、空気中または不活性気体中で加熱処理、または、加圧水中で加熱処理するポリエーテルエーテルケトン樹脂の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高純度のポリエーテルエーテルケトン樹脂(以下、「PEEK」ということがある。)、PEEK組成物、成形物品、及び、PEEKの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱可塑性芳香族ポリケトンであるPEEKは、以下の式(1)
【0003】
【化1】

【0004】
で表わされる構造単位(繰り返し単位)を有する重合体であって、耐熱性、耐摩耗性、強靱性、耐薬品性などに優れたスーパーエンジニアリング樹脂であり、電気・電子分野、航空宇宙分野、自動車産業、医療分野、一般工業分野等、幅広い用途に使用されている。
【0005】
PEEKは、例えば、特開昭54−90296号公報(特許文献1)に開示されるように、通常、ジフェニルスルホン(以下、「DPS」ということがある。)中で、炭酸アルカリ金属、例えば、炭酸カリウム及び/または炭酸ナトリウムの存在下で、4,4’−ジフルオロベンゾフェノンとヒドロキノンを反応させることにより製造されている。
【0006】
重合反応後は、アセトン、メタノール、及び、水などによる数回の洗浄を行って、DPSと無機塩を除去している。しかし、アセトンまたはメタノールなど有機溶剤に対するDPSの溶解度が大きくないため、大量に有機溶剤を使用しなければならないという問題点がある。また、特開平4−89826号公報(特許文献2)として、ジハロゲノベンゾフェノン、ジハロゲノベンゾニトリル及びビフェノールを、アルカリ金属化合物の存在下に、DPSを溶媒として反応させて得た特定のポリエーテル系共重合体について、ポリエーテル系共重合体より塩を除去したのち、減圧下に170〜300℃でDPSを1%未満の残留量まで除去する、前記有機溶剤や水などによる洗浄を行わないDPSの除去方法が知られているが、該共重合体は、PEEKとは異なる重合体であり、PEEKからDPSを除去する方法について直接の示唆を与えるものではない。
【0007】
一方、PEEKの優れた電気特性などに着目して、PEEKと導電性フィラー、例えばカーボンブラックとを含有する樹脂組成物を、電子写真方式や静電記録方式の画像形成装置における帯電ベルトまたは転写ベルトなどの電荷制御部材に適用することが知られている。例えば、特開2005−112942号公報(特許文献3)には、PEEKと導電性フィラーとから半導電性フィルムを得ることが開示されており、このフィルムの体積抵抗率が半導電性領域に属する1.0×10〜1.0×1014Ωcmであることや、この半導電性フィルムのチューブで被覆したローラ、半導電性ベルトが開示され、特開平6−254941号公報(特許文献4)には、導電性フィラーを含むPEEKをチューブ状フィルムに押し出し、次いで軸方向と直角方向に切断して得られるベルトが開示されており、ベルト各部の体積電気抵抗値が10〜1017Ωcmであることが開示されている。
【0008】
上記した画像形成装置における帯電ベルトまたは転写ベルトなどの電荷制御部材は、長期間にわたり、高い電圧を繰り返し印加・放電するものであり、電気特性を長期にわたり安定的に発揮する必要がある。しかしながら、PEEKと導電性フィラー、特にカーボンブラックのような一次粒子が凝集した高次構造を形成する導電性フィラーとを含む半導電性の樹脂組成物を使用して、画像形成装置における帯電ベルトまたは転写ベルトとする場合には、比較的短時間で、電気抵抗が低下する現象が見られることもあった。電気抵抗の低下は、帯電ベルトまたは転写ベルトにおいて、解像度の低下に繋がる問題であり、また、一般の帯電防止のための部材用途でも、使用中の電気抵抗の低下は問題であった。
【0009】
PEEKとカーボンブラック等の導電性フィラーとを含む樹脂組成物を得るためには、通常、PEEKと導電性フィラーとを、押出機を使用し、溶融混練後、押し出して、ペレット状のPEEK組成物としている。また、該PEEK組成物から、フィルム状成形物、シート状成形物、チューブ状成形物、繊維状成形物、布帛、圧縮成形物、または射出成形物等の成形物品を得るためには、導電性フィラーを含有するペレット状のPEEK組成物を、押出成形機や射出成形機等の成形機に供給して、PEEKの融点以上の温度に昇温して溶融成形し、フィルムまたはシート(総称して、以下、単に「フィルム」ということがある。)その他の成形物品を成形することが行われている。
【0010】
成形物品において優れた半導電性や十分な機械強度を実現するためには、PEEK中にカーボンブラック等の導電性フィラーを均一に分散させる必要がある。導電性フィラーの分散が不均一または不十分であると、成形物品に導電性フィラー等の微粒が残留し、機械的特性、光学特性または電気的特性に悪影響を及ぼすことがある。特に、成形物品が厚みの薄いフィルム状のものや半導電性の物品であるときは、所期の効果を得ることができない。
【0011】
導電性フィラーの分散を向上させるために、混練押出機、押出成形機または射出成形機など、スクリューを備えるシリンダー内において、成形温度や混練度を高めて溶融混練を実施すると、せん断発熱によって樹脂温度が上昇し、PEEKの融点(通常325〜350℃程度)を超える410℃以上、場合によっては530℃近くにも達することがある。この結果、PEEKの熱劣化(熱分解や酸化による架橋)が進行し、生成する熱劣化物または該熱劣化物と導電性フィラーや不純物などとの凝集物が原因となって、優れた機械的特性、光学特性、及び電気特性を得ることができなかった。
【0012】
本発明者らは、PEEKとカーボンブラック等の導電性フィラーとを含む半導電性樹脂組成物を得るために、PEEKの熱分解や酸化による架橋物の生成を防止しつつ、カーボンブラック等の導電性フィラーのPEEK中への均一分散を図るべく検討を進めたところ、PEEK中に残存する重合溶媒であるDPSの影響が大きいことを見いだした。
【0013】
すなわち、PEEKの重合溶媒であるDPSは沸点が378〜379℃であるため、PEEKを含有する樹脂組成物、特に導電性フィラーを含有する樹脂組成物から成形物品を得る成形加工温度でDPSが揮発する結果、成形物品の表層に条痕を生じたり、表層が平坦でなく波打ち状となったり、ガス抜けにより内層が緻密でなくなったりすることがあると推察された。さらには、PEEKの熱劣化物と導電性フィラーや不純物などとの凝集を促進したりすることで、目的とする成形物品が得られないと推察された。
【0014】
したがって、本発明者らは、残存するDPSの含有量を低減することによって、PEEKの熱劣化を可能な限り防止し、かつ、カーボンブラック等の導電性フィラーの分散性を向上させれば、従来より格段に優れた樹脂組成物及び成形物品が得られるものとの考えに基づいて鋭意研究を進めた結果、本発明に到達した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開昭54−90296号公報
【特許文献2】特開平4−89826号公報
【特許文献3】特開2005−112942号公報
【特許文献4】特開平6−254941号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明の課題は、優れた耐熱性、耐摩耗性や強靱性等の機械的特性、耐薬品性、光学特性、及び電気特性を備えるとともに、導電性フィラーを含有させて半導電性樹脂組成物とした場合には、長期間にわたり高い電圧を印加・放電しても、電気抵抗が著しく低下することがなく、安定した電気特性が発揮される成形物品を与えることができるPEEKを提供し、また、該PEEKの製造方法を提供することにある。さらに、本発明の課題は、前記PEEKを含有する樹脂組成物及び成形物品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、次の構成からなるPEEKであることによって、上記課題を解決できることを見いだした。
【0018】
すなわち、本発明によれば、DPSの含有量が5ppm以下であることを特徴とするPEEKが提供される。
【0019】
また、本発明によれば、前記PEEKを含有する樹脂組成物が提供され、特に、PEEK及び導電性フィラーを含有する前記の樹脂組成物が提供される。
【0020】
さらに、本発明によれば、前記PEEKまたはPEEKを含有する樹脂組成物から形成した成形物品、特に、電荷制御部材が提供される。
【0021】
さらにまた、本発明によれば、PEEK粉末を、PEEKのガラス転移点以上融点未満の温度において、空気中または不活性気体中で加熱処理する前記のDPSの含有量が5ppm以下であるPEEKの製造方法が提供される。また、本発明によれば、PEEK粉末を、PEEKのガラス転移点以上融点未満の温度において、加圧水中で加熱処理する前記のDPSの含有量が5ppm以下であるPEEKの製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、PEEKが、DPSの含有量が5ppm以下のものであることによって、熱劣化(熱分解や酸化による架橋)が抑制され、優れた耐熱性、耐摩耗性や強靱性等の機械的特性、耐薬品性、光学特性、及び電気特性を備えるとともに、カーボンブラック等の導電性フィラーを配合して半導電性樹脂組成物とした場合には、長期間にわたり、高い電圧を印加・放電しても、電気抵抗が著しく低下することがなく、安定した電気特性が発揮される成形物品を与えることができるPEEK、及び、該PEEKを含有する樹脂組成物が提供されるという効果が奏される。
【0023】
また、本発明によれば、PEEK粉末を、該PEEKのガラス転移点以上融点未満の温度において、空気中または不活性気体中で加熱処理し、または、加圧水中で加熱処理して、前記のDPSの含有量が5ppm以下であるPEEKを効率的に製造することができるという効果が奏される。
【発明を実施するための形態】
【0024】
1.ポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)
本発明におけるPEEKは、以下の式(1)
【0025】
【化2】

【0026】
で表わされる構造単位(繰り返し単位)を有する重合体であり、単独重合体であることが好ましい。また、PEEKとしては、上記式(1)で表される構造単位と、下記式(2)
【0027】
【化3】

【0028】
(式中、Q及びQ′は、互に同一または異なっていてもよく、−CO−または−SO−である。m及びnは、それぞれ独立して、0または1であり、同時に0ではない。)
で表わされる構造単位、及び/または下記式(3)
【0029】
【化4】

【0030】
(式中、Aは、二価の低級脂肪族炭化水素基であり、Q及びQ′は、互に同一または異なっていてもよく、−CO−または−SO−であり、nは、0または1である。)
で表わされる構造単位とを有する共重合体を使用することができる。共重合体中の式(2)または式(3)で表わされる構造単位の割合は、通常合計して50モル%以下、好ましくは20モル%以下、より好ましくは10モル%以下である。すなわち、本発明のPEEKは、式(1)の繰り返し単位を、通常50モル%以上、好ましくは80モル%以上、より好ましくは90モル%以上の割合で有するものであり、100モル%であることが特に好ましい。
【0031】
前記PEEKは、それぞれ単独で、または2種類以上を組み合わせて使用することができる。市販品として代表的なものには、ビクトレックス(Victrex)社製の商品名「ビクトレックスPEEK」シリーズが挙げられる。それらの中でも本発明で使用するのに特に好ましいグレードとして、「ビクトレックスPEEK 450G」が挙げられる。
【0032】
PEEKの製造方法は、特に限定されないが、例えば、先に挙げた特許文献1に記載されるように、DPS中で、炭酸アルカリ金属、例えば、炭酸カリウム及び/または炭酸ナトリウムの存在下で、4,4’−ジフルオロベンゾフェノンとヒドロキノンを反応させる方法などにより調製することができる。
【0033】
[ガラス転移点(Tg)]
本発明におけるPEEKは、ガラス転移点(Tg)が、通常138〜147℃、好ましくは139℃〜145℃、より好ましくは140〜144℃の範囲である。ガラス転移点(Tg)は、JIS K7121に準拠して測定したものであり、示差走査熱量測定(DSC)により、PEEK試料約10mgを正確に秤量し、380℃で溶融させた後に常温まで急冷し、常温から20℃/分で180℃まで昇温するときの昇温過程に現れる吸熱変化の温度の値から求める。
【0034】
[融点(Tm)]
本発明におけるPEEKは、融点(Tm)が、通常325〜350℃、好ましくは330℃〜345℃、より好ましくは332〜342℃の範囲である。融点(Tm)は、JIS K7121に準拠して測定したものであり、示差走査熱量測定(DSC)により、PEEK試料約10mgを正確に秤量し、380℃で溶融させた後に常温まで急冷し、常温から20℃/分で380℃まで昇温するときの昇温過程に現れる吸熱ピークの温度の値から求める。
【0035】
[ジフェニルスルホン(DPS)の含有量]
本発明におけるPEEKは、DPSの含有量が5ppm以下である。DPSの含有量は、好ましくは4ppm以下、より好ましくは3ppm以下、更に好ましくは検出限界である2ppm以下である。DPSの含有量が5ppmを超えるものであると、PEEKを含有する樹脂組成物を成形加工する際、沸点が378〜379℃であるDPSが揮発するために、樹脂組成物の表層に条痕を生じたり、表層が平坦でなく波打ち状となったり、ガス抜けにより内層が緻密でなくなったり、更には、PEEKの熱劣化物と導電性フィラーや不純物などとの凝集を促進したりすることがある。また、PEEK組成物である半導電性樹脂組成物の成形加工においては、導電性フィラーの分散性が均一とならず、画像形成装置における帯電ベルトや転写ベルトなどの電荷制御部材として用いる場合、長期間に亘って高い電圧を印加・放電すると、電気抵抗が低下して、半導電性が失われてしまうことがある。
【0036】
DPSの含有量は、P&T−GC(加熱脱着サンプラー−ガスクロマトグラム)を用いて、PEEK樹脂組成物であるフィルム状成形物を試料として、試料量約20mgで測定する。加熱脱着サンプラーは、日本分析工業株式会社製JHS−100を用い、GCは、株式会社日立製作所製G−3000を用いる。カラムは、HP−5を使用する。通常、検出下限は2ppm程度である。
【0037】
なお、PEEK中のDPSの含有量を減少させるためには、アセトンまたはメタノールなどの有機溶剤を大量に使用して、長時間、抽出操作を繰り返し行う方法が考えられるが、経済性、環境負荷、及び、PEEK及び導電性フィラー等の配合剤に対する悪影響が想定されるため、本発明におけるDPSの含有量が5ppm以下であるPEEKは知られていなかった。
【0038】
2.ポリエーテルエーテルケトン樹脂組成物(PEEK組成物)
本発明のPEEK組成物は、前記のPEEKに加えて、他の熱可塑性樹脂または配合剤を配合してなる樹脂組成物であり、好ましくは、導電性フィラーを配合してなるPEEKを含有する半導電性樹脂組成物である。PEEK組成物の形状は特に限定されず、ペレット状、顆粒状、棒状などの形状であってもよいし、フィルムまたはシート、容器など何らかの成形品の形状を有するものであってもよい。
【0039】
(1)導電性フィラー
本発明のPEEK組成物において好ましく配合して使用される導電性フィラーは、特に制限されず、例えば、導電性のカーボンブラック、黒鉛粉末、金属粉末、表面を導電処理した酸化金属ウィスカーなどが挙げられる。これらの中でも、表面抵抗(ρs)及び/または体積固有抵抗(ρv)の制御性や機械的特性などの観点から、カーボンブラックが特に好ましい。
【0040】
本発明で特に好ましく使用するカーボンブラックとしては、特に制限はなく、例えば、アセチレンブラック、オイルファーネスブラック、サーマルブラック、チャンネルブラックを挙げることができる。これらの中でも、アセチレンブラック、及び、オイルファーネスブラックが好ましく、特に、アセチレンブラック、及び、オイルファーネスブラックであるケッチェンブラックが好ましく、アセチレンブラックが最も好ましい。これらのカーボンブラックは、それぞれ単独で、または2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0041】
カーボンブラックのDBP吸油量は、通常30〜700ml/100g、好ましくは80〜500ml/100g、より好ましくは100〜400ml/100gの範囲内である。カーボンブラックのDBP吸油量が低すぎると、PEEKを含有する半導電性樹脂組成物の表面抵抗(ρs)及び/または体積固有抵抗(ρv)を所望の半導電性領域に制御することが困難となり、DBP吸油量が高すぎると、カーボンブラックのPEEKへの分散が悪くなりやすい。DBP吸油量は、カーボンブラック100g当りに包含される油のml数であり、JIS K6217に規定された方法に従って、ジブチルフタレートアブソープトメータを用いて測定することができる。具体的には、測定装置(アブソープトメータ)のチャンバー内にカーボンブラックを入れ、該チャンバー内に、一定速度でDBP(ジブチルフタレート)を加える。DBPを吸収するに従い、カーボンブラックの粘度は上昇するが、その粘度が所定値に達した時までに吸収したDBPの量に基づいてDBP吸油量を算出する。粘度の検出は、トルクセンサーで行う。DBP吸油量の調整方法としては、DBP吸油量が異なる2種以上のカーボンブラックを組み合わせて使用することによってもよい。
【0042】
カーボンブラックの揮発分の含有量は、好ましくは1.5質量%以下、より好ましくは1.0質量%以下、特に好ましくは0.5質量%以下である。揮発分とは、950℃での加熱脱着ガスである。
【0043】
カーボンブラックの窒素比表面積は、通常50〜2000m/gであり、好ましくは70〜1500m/g、より好ましくは90〜1000m/gである。窒素比表面積は、脱気したカーボンブラックを液体窒素に浸漬し、平衡時におけるカーボンブラック表面に吸着した窒素量を測定し、この値から比表面積(m/g)を算出する。
【0044】
本発明で使用する導電性フィラーの体積固有抵抗(ρv)は、10Ωcm未満であることが好ましく、10Ωcm未満であることがより好ましい。導電性フィラーの体積固有抵抗(ρv)が高すぎると、PEEKを含有する半導電性樹脂組成物の表面抵抗(ρs)または体積固有抵抗(ρv)を所望の半導電性領域に制御することが困難となる。導電性フィラーの体積固有抵抗(ρv)の下限は、通常、金属粉末や金属繊維などの金属材料の体積抵抗率である。
【0045】
本発明で使用する導電性フィラーの粒径(d50)は、PEEKを含有する半導電性樹脂組成物から、フィルム状成形物またはチューブ状成形物を製造する場合は、該フィルム状成形物またはチューブ状成形物の厚みよりも充分に小さいことが望ましい。導電性フィラーの粒径は、好ましくは50μm未満、より好ましくは10μm未満、特に好ましくは1μm未満である。導電性フィラーの粒径が大きすぎると、フィルム状成形物またはチューブ状成形物の裏表で電気の短絡が生じやすく、しかも該フィルム状成形物またはチューブ状成形物の表面の平滑性を損ねることがある。
【0046】
カーボンブラック等の導電性フィラーの配合割合は、PEEK100質量部に対して、通常2〜40質量部、好ましくは3〜30質量部、より好ましくは5〜25質量部、特に好ましくは7〜20質量部の範囲である。導電性フィラーの配合割合が大きすぎると、半導電性樹脂組成物の表面抵抗(ρs)または体積固有抵抗(ρv)が低くなりすぎたり、機械的特性が低下することがある。導電性フィラーの配合割合が小さ過ぎると、半導電性樹脂組成物の表面抵抗(ρs)または体積固有抵抗(ρv)を所望の半導電性領域に制御することが困難となる。DBP吸油量が大きく、揮発分の含有量が少ないカーボンブラック、より好ましくはアセチレンブラックまたはオイルファーネスブラックの場合、カーボンブラックの配合割合は、PEEK100質量部に対して、8〜22質量部程度であっても、良好な結果を得ることができる。
【0047】
(2)他の熱可塑性樹脂
本発明のPEEK組成物に配合することができる他の熱可塑性樹脂としては、高温において安定な熱可塑性樹脂が好ましく、具体例としては、例えば、ポリフェニレンスルフィド等のポリアリーレンスルフィド樹脂;ポリエチレンテレフタレートやポリブチレンテレフタレート等の熱可塑性ポリエステル樹脂;ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン/へキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン/パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニリデン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体、プロピレン/テトラフルオロエチレン共重合体、フッ化ビニリデン/クロロトリフルオロエチレン共重合体、エチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体等のフッ素樹脂;ポリアセタール;ポリスチレン;ポリアミド;ポリカーボネート;ポリフェニレンエーテル;ポリエーテルイミド;ポリアルキルアクリレート;ABS樹脂;ポリ塩化ビニルなどを挙げることができる。これらの熱可塑性樹脂は、それぞれ単独で、または2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0048】
これら他の熱可塑性樹脂は、PEEKが有する諸特性を損なわない範囲内で使用される。該他の熱可塑性樹脂の配合割合は、PEEK100質量部に対して、好ましくは30質量部以下、より好ましくは10質量部以下、特に好ましくは5質量部以下である。
【0049】
(3)非導電性フィラー
本発明のPEEK組成物に配合することができる配合剤として、所望により各種非導電性フィラーを挙げることができる。非導電性フィラーとしては、例えば、ガラス繊維、アスベスト繊維、シリカ繊維、ジルコニア繊維、窒化硼素繊維、窒化珪素繊維、硼素繊維、チタン酸カリ繊維などの無機繊維状物;ポリアミド、フッ素樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂などの高融点の有機質繊維状物;等の非導電性の繊維状フィラー、並びに、非繊維状のフィラーが挙げられる。
【0050】
非繊維状のフィラーとしては、例えば、マイカ、シリカ、タルク、アルミナ、カオリン、硫酸カルシウム、炭酸カルシウム、酸化チタン、フェライト、クレー、ガラス粉、酸化亜鉛、炭酸ニッケル、酸化鉄、石英粉末、炭酸マグネシウム、硫酸バリウム等の非導電性の粒状または粉末状フィラーを挙げることができる。
【0051】
これらのフィラーの中でも、非導電性の粒状または粉末状フィラーが好ましい。非導電性フィラーは、それぞれ単独で、または2種以上を組み合わせて使用することができる。非導電性フィラーは、必要に応じて、集束剤または表面処理剤により処理してもよい。集束剤または表面処理剤としては、例えば、エポキシ系化合物、イソシアネート系化合物、シラン系化合物、チタネート系化合物などの官能性化合物が挙げられる。これらの化合物は、非導電性フィラーに対して、予め表面処理または集束処理を施して用いるか、または樹脂組成物の調製の際に同時に添加してもよい。
【0052】
非導電性フィラーの粒径または長さは、本発明のPEEK組成物がフィルム状成形物またはチューブ状成形物である場合は、該フィルム状成形物またはチューブ状成形物の厚みよりも充分に小さいことが望ましく、好ましくは50μm未満、より好ましくは10μm未満、特に好ましくは1μm未満である。非導電性フィラーの粒径または長さが大きすぎると、フィルム状成形物またはチューブ状成形物の表面の平滑性を損ねることがある。
【0053】
これら非導電性フィラーの配合割合は、樹脂成分(PEEK及び前記他の熱可塑性樹脂の合計)100質量部に対して、通常0〜100質量部、好ましくは0〜30質量部、より好ましくは0〜10質量部、特に好ましくは0〜5質量部の範囲内である。
【0054】
(4)その他の添加剤
本発明のPEEK組成物に配合することができる配合剤としては、更に、その他の添加剤として、例えば、エチレングリシジルメタクリレート等の樹脂改良剤、ペンタエリスリトールテトラステアレート等の滑剤、熱硬化性樹脂、酸化防止剤、紫外線吸収剤、ボロンナイトライド等の核剤、赤燐粉末等の難燃剤、染料や顔料等の着色剤を挙げることができ、これらの添加剤は、それぞれ単独で、または2種以上を組み合わせて適宜添加することができる。本発明のPEEK組成物に添加することができる添加剤は、これらのものに限定されない。
【0055】
これらの添加剤の配合割合は、樹脂成分(PEEK及び前記他の熱可塑性樹脂の合計)100質量部に対して、通常0〜30質量部、好ましくは0〜20質量部、より好ましくは0〜10質量部、特に好ましくは0〜5質量部の範囲内である。
【0056】
3.PEEKを含有する半導電性樹脂組成物
本発明のPEEK組成物は、好ましくは、前記のPEEK及び導電性フィラーを含有する半導電性樹脂組成物である。本発明において、半導電性とは、JIS K6911に準拠して常温で測定したものであり、表面抵抗(ρs)が、1.0×10〜1.0×1016Ω/□の範囲内であることを意味する。
【0057】
表面抵抗(ρs)は、JIS K6911に準拠し、導電性ゴムを電極として、Advantest社製R8340超高抵抗計を用いて、温度20℃、湿度65%RHの雰囲気中で測定する。
【0058】
本発明のPEEK組成物であるPEEKを含有する半導電性樹脂組成物を、画像形成装置における帯電ベルトや転写ベルトなどの電荷制御部材として用いる場合、表面抵抗(ρs)は、好ましくは1.0×10〜1.0×1015Ω/□、より好ましくは1.0×10〜1.0×1014Ω/□、更に好ましくは1.0×10〜5.0×1013Ω/□、特に好ましくは1.0×10〜1.0×1013Ω/□の範囲内である。
【0059】
電荷制御部材は、長期間に亘って高い電圧を印加・放電しても、電気抵抗が低下して、半導電性が失われないことが望まれる。そのためには、本発明の半導電性樹脂組成物であるフィルム状成形物を、直径75mmの金属ロールに巻き付けてチューブ状成形物とし、該チューブ状成形物に、直径10mmの導電ゴムロールを接触させ、該導電ゴムロールと金属ロール間に1kVの電位差(電圧)を与えて、該チューブ状成形物を巻き付けた金属ロールを20rpmで回転させ、24時間経過後に表面抵抗(ρs)の変化率が、試験前の10%以内であればよい。表面抵抗(ρs)の変化率が10%以内であれば、画像形成装置における帯電ベルトや転写ベルトなどの電荷制御部材として用いる場合、長期間に亘って高い電圧を印加・放電しても、電気抵抗が低下して、半導電性が失われることが少ない。
【0060】
4.DPSの含有量が5ppm以下であるPEEKの製造方法
本発明のDPSの含有量が5ppm以下であるPEEKは、任意の方法と設備を用いて調製し、製造することができるが、特に有効な該PEEKの製造方法は、以下(1)または(2)の加熱処理を含む製造方法である。
【0061】
(1)空気中または不活性気体中での加熱処理
本発明のDPSの含有量が5ppm以下であるPEEKは、PEEK粉末を、該PEEKのガラス転移点以上融点未満の温度において、空気中または不活性気体中で加熱処理することによって効率よく製造することができる。
【0062】
PEEK粉末としては、(a)重合後、重合溶媒や副生塩などを除去して得たフレーク状のPEEK、(b)重合後に重合溶媒や副生塩などを除去する工程を経た後、粉砕して得た微粉末状のPEEK、(c)単軸または多軸の押出機にて溶融し、冷却・切断して得たペレット状のPEEKを粉砕して得た微粉末状のPEEKなどを使用することができるが、(a)のフレーク状のPEEKを加熱処理することが、DPSの除去効率が高いので好ましい。
【0063】
加熱処理の温度は、PEEKのガラス転移点以上融点未満の範囲であり、好ましくはPEEKのガラス転移点+10℃〜融点−20℃、より好ましくはPEEKのガラス転移点+20℃〜融点−40℃、特に好ましくはPEEKのガラス転移点+30℃〜融点−60℃の範囲の温度である。具体的には、好ましくは160〜330℃、より好ましくは170〜310℃、特に好ましくは180〜290℃の範囲の温度とすればよい。加熱処理の温度がPEEKのガラス転移点未満であると、DPSの含有量を5ppm以下まで減少するために長時間を要し、PEEKの熱劣化や架橋が生じることがある。一方、加熱処理の温度が融点以上であると、PEEKが溶融し、PEEK同士が融着したり、降温する際に加熱処理装置の壁面に付着したりするおそれがある。
【0064】
加熱処理は、空気中または不活性ガス雰囲気下で行うが、PEEKの酸化を防ぐため、不活性ガス雰囲気下で行うことがより好ましい。不活性ガス雰囲気を形成するために使用する不活性ガスとしては、窒素、ヘリウム、ネオン、アルゴンなどが挙げられるが、窒素が好ましい。空気中または不活性ガス雰囲気下で行う加熱処理は、空気または不活性ガスを流しながら常圧(大気圧)で行うこともできるが、空気または不活性ガスを流しながら100torr以下の減圧または真空条件下で行うことが好ましい。空気または不活性ガスを流すことなく、単に100torr以下の減圧または真空条件下で加熱処理を行うと、DPSの含有量を5ppm以下まで減少するために長時間を要し、PEEKの熱劣化や架橋が生じたり、PEEK粉末中のDPS含有量が不均一となったりすることがある。
【0065】
空気中または不活性気体中での加熱処理を実施する装置や方法は、空気中または不活性ガス雰囲気下でPEEK粉末を加熱処理することができれば、特に限定はされないが、空気または不活性ガスを流しながら加熱処理を行うことが効率的であり、不活性ガスのガス流の下で加熱処理を行うことが最も効率的である。例えば、乾燥機中にPEEK粉末を置き、外部から不活性ガスを注入しながら加熱処理を行う方法、または、ロータリーキルンの中に不活性ガスとPEEK粉末を連続的に供給し加熱する方法が例示される。PEEK粉末を真空乾燥機内に置いて、不活性ガスで乾燥機内の置換を行った後、高減圧状態を維持しながら、微量の不活性ガスを供給し続ける方法を行うこともできる。ガス流の速度は、適宜選択することができるが、通常2〜25l/分、好ましくは4〜20l/分、特に好ましくは6〜15l/分である。
【0066】
加熱処理を行う時間は、PEEK中のDPSの含有量を5ppm以下まで除去することができる限り、特に限定されないが、好ましくは1時間〜3日間(72時間)、空気中または不活性ガス雰囲気下で、加熱処理を行う。より好ましくは2時間〜2日間(48時間)、特に好ましくは3〜30時間、PEEKを、空気中または不活性ガス雰囲気下で、特に好ましくは不活性ガス流のもとで、加熱処理を行うことができる。
【0067】
空気中または不活性気体中での加熱処理を行ったPEEK粉末は、PEEKのガラス転移点未満の温度に冷却して、DPSの含有量が5ppm以下であるPEEKを得る。所望により、加熱処理後に、水またはアセトンやメタノール等の低沸点有機溶剤による洗浄を行ってもよい。
【0068】
(2)加圧水中での加熱処理
また、本発明のDPSの含有量が5ppm以下であるPEEKは、PEEK粉末を、該PEEKのガラス転移点以上融点未満の温度において、加圧水中で加熱処理することによって製造することができる。
【0069】
粉末状のPEEK粉末及び加熱処理を行う温度は、「(1)空気中または不活性気体中での加熱処理」において使用するPEEK粉末と同様である。
【0070】
加熱処理に用いる加圧水としては、PEEKのガラス転移点以上融点未満の温度において、加圧下に流動可能であり、PEEK粉末を加熱処理することができれば、特に限定されず、液体のほかに、気体(スチーム)であってもよい。PEEKの熱劣化を防止するために、イオン交換水、蒸留水、逆浸透水等の純水を使用することが好ましい。加圧水の圧力は、好ましくは0.3〜10MPa、より好ましくは0.5〜8MPa、特に好ましくは0.7〜5MPaの範囲である。加圧水の圧力が低すぎたり、高すぎたりすると、PEEKからのDPSの離脱が妨げられ、PEEK中のDPSの含有量を5ppm以下にすることが困難となることがある。
【0071】
加圧水中での加熱処理を実施する装置や方法は、該加圧水中でPEEK粉末を加熱処理することができれば、特に限定はされず、PEEK粉末を加圧容器内で加圧水中に所定時間浸漬して加熱処理を行ってもよいし、PEEK粉末に加圧水を流動接触させながら加熱処理を行ってもよい。PEEK粉末に加圧水を流動接触させながら加熱処理を行うことが簡便かつ効率的であるので好ましい。加圧水の流速は、適宜選択することができるが、通常1〜20l/分、好ましくは2〜20l/分、より好ましくは4〜16l/分、特に好ましくは6〜12l/分である。
【0072】
加熱処理を行う時間は、PEEK中のDPSの含有量を5ppm以下まで除去することができる限り、特に限定されないが、好ましくは1時間〜3日間(72時間)、空気中または不活性ガス雰囲気下で、加熱処理を行う。より好ましくは2時間〜2日間(48時間)、特に好ましくは3〜30時間、PEEK粉末を加圧水中に浸漬して、加熱処理を行うことができる。
【0073】
加圧水中での加熱処理を行ったPEEK粉末は、加圧水と分離した後、好ましくは真空下で、加熱乾燥して水を除去して、DPSの含有量が5ppm以下であるPEEKを得る。加熱乾燥温度は、適宜選択すればよいが、PEEKのガラス転移点未満であることが好ましい。所望により、加熱処理後に、アセトンやメタノール等の低沸点有機溶剤による洗浄と乾燥を行ってもよい。
【0074】
5.DPSの含有量が5ppm以下であるPEEKを含有する樹脂組成物の製造方法
好ましくは前記の空気中または不活性気体中での加熱処理または加圧水中での加熱処理を行って得た、本発明のDPSの含有量が5ppm以下であるPEEKは、定法により前記した他の熱可塑性樹脂または配合剤を配合して本発明のPEEK組成物とすることができる。なお、PEEKを含有する樹脂組成物の形状は特に限定されない。
【0075】
特に好ましくは、定法により導電性フィラーを配合して、PEEKを含有する半導電性樹脂組成物を製造することができる。例えば、DPSの含有量が5ppm以下であるPEEK100質量部に対し導電性フィラー5〜25質量部を含有するPEEK組成物を製造することができる。
【0076】
6.PEEKまたはPEEK組成物からの成形物品、及び、成形方法
本発明のPEEKまたはPEEK組成物は、定法により、フィルム状成形物、シート状成形物、チューブ状成形物、繊維状成形物、布帛、圧縮成形物、または射出成形物等の成形物品に成形することができる。
【0077】
特に、本発明のPEEKまたはPEEK組成物は、成形物品として、画像形成装置における帯電ベルトや転写ベルトなどの電荷制御部材として用いる無端ベルトに成形することができる。該無端ベルトは、遠心成形、押出成形、射出成形、ブロー成形、インフレーション成形等により、無端ベルト本体を成形することができる。これらの成形方法の中でも、押出成形によるフィルムの成形によることが好ましい。
【実施例】
【0078】
以下に実施例及び比較例を示して、本発明を更に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。実施例及び比較例における物性の測定方法は、以下のとおりである。
【0079】
〔1〕DPSの含有量
DPSの含有量は、P&T−GC(加熱脱着サンプラー−ガスクロマトグラム)を用いて、試料量を約20mgとして測定した。
【0080】
加熱脱着サンプラー(P&Tサンプラー)は、日本分析工業株式会社製JHS−100を用いた。GCは、株式会社日立製作所製G−3000を用いた。カラムは、HP−5を使用した。なお、検出下限は2ppmであった。
【0081】
具体的な分析条件は以下のとおりとした。
【0082】
<P&T装置>
加熱温度とパージ時間 330℃−15分
2次トラップパージ He 50ml/min
2次トラップ −40℃(ガラスウール吸着)
オーブン温度 200℃
2次吸着管加熱温度と時間 255℃−10秒
【0083】
<GC装置>
カラム HP−5 30m×0.32mm i.d,df=0.25μm
温度 60℃(5分)−300℃(10分)、8℃/分上昇
キャリヤーガス He 1.85ml/min
スプリット比 1/22.6
注入口温度 310℃
検出器温度 310℃
【0084】
〔2〕フィルムの厚み
フィルムの厚みは、ダイヤルゲージ(株式会社小野測器製DG−925)により測定した。
【0085】
〔3〕表面抵抗(ρs)
表面抵抗(ρs)は、Advantest社製R8340超高抵抗計を用いて、JIS K6911に準拠し、導電性ゴムを電極として、温度20℃、湿度65%RHの雰囲気中で測定した。
【0086】
本発明の半導電性樹脂組成物であるフィルム状成形物を、直径75mmの金属ロールに巻き付けてチューブ状成形物とし、該チューブ状成形物に、直径10mmの導電ゴムロールを接触させ、該導電ゴムロールと金属ロール間に1kVの電位差(電圧)を与えて、該チューブ状成形物を巻き付けた金属ロールを20rpmで回転させ、24時間経過後に表面抵抗(ρs)の変化率を求めた。
【0087】
[実施例1]
容積300mlのオートクレーブ(攪拌機、Nガス導入用バルブ付き、熱電対付き)に、4,4’−ジフルオロベンゾフェノン(0.150モル)、ヒドロキノン(0.150モル)、DPS (0.413モル)、KCO (0.008モル)、NaCO(0.144モル)を加えた。その後、Nガスを流速100ml/分で流しながら攪拌、加熱して、PEEKを重合した。温度条件は、30℃〜180℃までを3℃/分、180℃〜320℃までを1℃/分の昇温速度で昇温し、320℃で4時間保持した。重合反応終了後、常温に冷却したPEEKを粉砕してフレーク状PEEKであるPEEK粉末を得た。該PEEK粉末に対して、300mlの水による水洗を5回繰り返した。水洗後のPEEK粉末のガラス転移点(Tg)は141℃、融点(Tm)は340℃であった。
【0088】
次に、水洗後のPEEK粉末を、温度200℃の熱風を7l/分の流速で流しながら、熱風乾燥機中で8時間加熱処理した。加熱処理後のPEEK中の残留DPS量は2ppm以下であった。
【0089】
[比較例1]
実施例1と同様にして水洗後のPEEK粉末を得た後、該水洗後のPEEK粉末に対する、200℃の熱風乾燥機による8時間加熱処理する工程は行なわず、温度95℃で真空乾燥して水分を除去したところ、PEEK中の残留DPS量は800ppmであった。
【0090】
[実施例2]
水洗後のPEEK粉末を、耐圧容器内において、温度190℃の1MPaの加圧水を8l/分で流しながら5時間加熱処理してDPSを除去したことを除いて、実施例1と同様にして加熱処理後のPEEKを得た。加熱処理後のPEEK中の残留DPS量は2ppm以下であった。
【0091】
[実施例3]
実施例1で製造した加熱処理後のPEEKを1軸スクリュー押出機に供給して、ダイ温度(樹脂温度)390℃でリップクリアランス0.5mmのTダイからフィルム状に溶融押出し、次いで、溶融状態のフィルムを85℃に温度調節した冷却ロールと接触させて、厚み約50μm、幅約300mmのPEEKフィルムを製造した。得られたPEEKフィルムの残留DPS量は2ppm以下であった。
【0092】
[実施例4]
実施例1で製造した加熱処理後のPEEK91.0質量部、及び導電性カーボンブラック(オイルファーネスブラック、ケッチェンブラックインターナショナル製、商品名「ケッチェンブラックEC300」、揮発分=0.5%、DBP吸油量=360ml/100g、pH=9)9.0質量部をへンシェルミキサーにて均一にドライブレンドし、次いで、ブレンド物を45mmφ二軸混練押出機(株式会社池貝製PCM−45)に供給し、シリンダー温度260〜400℃ にて混練し、溶融押出してPEEK組成物のペレットに成形した。このペレットを1軸スクリュー押出機に供給して、ダイ温度(樹脂温度)390℃でリップクリアランス0.7mmのTダイからフィルム状に溶融押出し、次いで、溶融状態のフィルムを85℃に温度調節した冷却ロールと接触させて、厚み約50μm、幅約300mmのフィルムを製造した。このフィルムの押出方向(長手方向)の両端をスリットして、中央部の幅100mmを製品(半導電性フィルム)とした。フィルムの表面抵抗は、1.5×1012Ω/□であった。次いで、得られたフィルムを、直径75mmの金属製サンプルロールに巻き付けてチューブ状に成形し、導電性ゴムローラに接触させて、電圧1kVを24時間印加した後に表面抵抗を測定したところ、5×1011Ω/□であった。
【0093】
[比較例2]
実施例1で製造した加熱処理後のPEEKに代えて、比較例1で製造したPEEKを使用したことを除いて、実施例4と同様にして、半導電性フィルムを得た。フィルムの表面抵抗は、1.5×1012Ω/□であった。次いで、実施例4と同様にして、電圧1kVを24時間印加した後に表面抵抗を測定したところ、7.4×10Ω/□であった。
【0094】
[実施例5]
実施例2で得られた加熱処理後のPEEKを、直径100μmの紡糸ノズルを備えた単軸押出機に供給したところ、モノフィラメントを安定的に成形することができた。得られたPEEKモノフィラメントの残留DPS量は2ppm以下であった。
【0095】
[実施例6]
実施例2で得られた加熱処理後のPEEKを、射出成型機IS75E(東芝機械株式会社製)に供給したところ、直径300mmの肉厚リングを安定的に成形することができた。得られたPEEK肉厚リングの残留DPS量は2ppm以下であった。
【0096】
[考察]
実施例1においては、空気中または不活性気体中での加熱処理を行うことにより、本発明のDPSの含有量が限界検出量の2ppm以下であるPEEKを得ることができ、このPEEKは、実施例3においてDPSの含有量が限界検出量の2ppm以下であるPEEKフィルムを成形できたことから、溶融成形によっても残留DPSの含有量が変化せず、またPEEKの熱劣化がないことが分かり、優れた耐熱性が確認された。また、実施例2においては、加圧水中での加熱処理を行うことにより、本発明のDPSの含有量が限界検出量の2ppm以下であるPEEKを得ることができ、このPEEKは、実施例5においてDPSの含有量が限界検出量の2ppm以下であるPEEKモノフィラメントを安定的に成形できたことから、優れた耐熱性が確認された。また、実施例6で成形された肉厚リングは、耐熱性かつ低磨耗性に優れているので、半導体製造におけるCMP(Chemical Mechanical Polishing)リテーナリングとして有用性が期待できることが分かった。
【0097】
さらに、実施例1で製造した加熱処理後のPEEKと導電性カーボンブラックを含むPEEK組成物を成形して得た実施例4の半導電性フィルムの表面抵抗は、電圧1kVを24時間印加した後にも大きく低下することがなかった。
【0098】
これに対して、空気中または不活性気体中での加熱処理または加圧水中での加熱処理を行わなかった比較例1のPEEKは、DPSの含有量が800ppmと多量であり、該PEEKと導電性カーボンブラックを含むPEEK組成物を成形して得た比較例2の半導電性フィルムの表面抵抗は、電圧1kVを24時間印加したところ、約200分の1に大きく低下したことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明のDPSの含有量が5ppm以下であるPEEK、及び、該PEEKを含有するPEEK組成物は、熱劣化(熱分解や酸化による架橋)が抑制され、優れた耐熱性、耐摩耗性や強靱性等の機械的特性、耐薬品性、光学特性、及び電気特性を備えるとともに、カーボンブラック等の導電性フィラーを配合して半導電性樹脂組成物とした場合には、長期間にわたり、高い電圧を印加・放電しても、電気抵抗が著しく低下することがなく、安定した電気特性が発揮される成形物品を与えることができるので、画像形成装置の電荷制御部材などの用途に利用可能であり、産業上の利用可能性が高い。
【0100】
また、本発明の空気中または不活性気体中での加熱処理、または、加圧水中での加熱処理を備えるPEEKの製造方法は、前記のDPSの含有量が5ppm以下であるPEEKを効率的に製造することができ、産業上の利用可能性が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジフェニルスルホンの含有量が5ppm以下であることを特徴とするポリエーテルエーテルケトン樹脂。
【請求項2】
請求項1に記載のポリエーテルエーテルケトン樹脂を含有する樹脂組成物。
【請求項3】
ポリエーテルエーテルケトン樹脂及び導電性フィラーを含有する請求項2に記載の樹脂組成物。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載のポリエーテルエーテルケトン樹脂または樹脂組成物から形成した成形物品。
【請求項5】
電荷制御部材である請求項4に記載の成形物品。
【請求項6】
ポリエーテルエーテルケトン樹脂粉末を、該樹脂のガラス転移点以上融点未満の温度において、空気中または不活性気体中で加熱処理する請求項1に記載のポリエーテルエーテルケトン樹脂の製造方法。
【請求項7】
ポリエーテルエーテルケトン樹脂粉末を、該樹脂のガラス転移点以上融点未満の温度において、加圧水中で加熱処理する請求項1に記載のポリエーテルエーテルケトン樹脂の製造方法。

【公開番号】特開2012−171981(P2012−171981A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−32348(P2011−32348)
【出願日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】