説明

ポリヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体の培養に用いられる培地再利用方法

【課題】微生物菌体の培養に使用した培地を再利用することにより、培養工程にかかるコストを低廉化すると共に、周囲の環境に対する負荷を抑制することにある。
【解決手段】ポリヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体が培養された第1回目の液体培地に対してイオン交換樹脂を添加し、前記第1回目の液体培地中に生成された有機酸を分離除去する。続いて、組成及びpHを再調整して第2回目の液体培地とし、前記第2回目の液体培地に対して滅菌処理を施すことにより、前記第1回目の液体培地を、第2回目以降の微生物菌体の培養に用いられる液体培地として再利用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体の培養に用いられる培地を再利用することが可能なポリヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体の培養に用いられる培地再利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自然界に存在する微生物には、適切な栄養を与えるとその体内に冬眠物質として、ポリエステル樹脂の一種であるポリヒドロキシ酪酸(以下、PHBという)を蓄積するものがある。このPHBは、微生物の細胞にエネルギ貯蔵物質として生成、蓄積される完全生分解性及び生体適合性を有する熱可塑性ポリエステルからなり、産業界において工業的に利用することが希求されている。
【0003】
この点に関し、特許文献1及び特許文献2には、二段の培養工程からなり、前段の培養工程によって、ポリ−3−ヒドロキシブチレート生産能を有するアルカリゲネス属の菌体を増殖させた後、後段の培養工程によって、窒素又はリンを制限して菌体内に共重合体を生成、蓄積させる製造方法が開示されている。
【特許文献1】特公平4−12712号公報(第2頁第4欄第23行〜第26行)
【特許文献2】特公平7−14352号公報(第2頁第4欄第34行〜第37行)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、このような培養工程では、微生物の栄養源を添加した培養液を使用して微生物菌体を増殖させ、さらに培地の滅菌処理を施すことにより、前記菌体内に、例えば、PHBを蓄積させている。そして、そのときに使用された液体培地については、前記培養工程が終了した後、所定の滅菌処理が施されて廃棄されているのが一般的である。
【0005】
しかしながら、このような液体培地の1回限りの使用方法では、各種所望の微生物菌体を培養するための液体培地を作成する毎に、その都度多数の試薬を用いる必要があると共に、培養工程が終了した後、使用された液体培地を廃棄する際にさらに滅菌処理を施す必要がある。このため、例えば、PHBを用いて製品を大量生産しようとした場合、高価な多数の試薬を購入するための購買費用によって製造コストが高騰すると共に、滅菌処理によるエネルギの浪費が懸念されている。
【0006】
従来における微生物菌体の培養工程では、液体培地の1回限りの使用が前提となっており、前記特許文献1及び特許文献2には、既に使用された液体培地をさらに再利用をしようとする技術的思想について、何ら開示乃至示唆されていない。
【0007】
さらに、液体培地を1回だけ使用して前記液体培地を廃棄する際に最終的な滅菌処理が施されるが、前記滅菌処理がなされた場合であっても、廃棄された液体によって周囲の環境に対して高負荷が付与される蓋然性がある。
【0008】
本発明は、前記の点に鑑みてなされたものであり、微生物菌体の培養に使用した培地を再利用することにより、培養工程にかかるコストを低廉化すると共に、周囲の環境に対する負荷を抑制することが可能なポリヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体の培養に用いられる培地再利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明では、先ず、ポリヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体が培養された第1回目の液体培地に対してイオン交換樹脂を添加し、前記第1回目の液体培地中に生成された有機酸を分離除去する。続いて、組成及びpHを再調整して第2回目の液体培地とし、前記第2回目の液体培地に対して滅菌処理を施すことにより、前記第1回目の液体培地を、第2回目以降の微生物菌体の培養に用いられる液体培地として再利用することができる。
【0010】
すなわち、本発明では、発明者が鋭意研究と実験を重ねた結果、第1回目の培養工程が完了した後、前記第1回目の液体培地(培養液)中に、副産物として有機酸(主としてクエン酸)が生成され、この有機酸の作用によって第2回目以降の微生物菌体の培養を阻害していることが判った。この有機酸、主として、クエン酸が第1回目の培養工程が完了した後の液体培地中に存在することにより、液体培地中のpHを低下させ、所望の微生物菌体が増殖することが抑制されるからである。
【0011】
従って、本発明では、このような微生物菌体が培養された第1回目の液体培地に対してイオン交換樹脂を添加することにより、前記第1回目の液体培地中に生成された有機酸を簡便に分離除去することができる。なお、第1回目の液体培地から有機酸を単に分離除去しただけでは第2回目の微生物菌体の液体培地として実際上使用することが不適当であるため、前記液体培地を所望の組成及びpHに再調整することにより、第2回目の液体培地として、実際上、再利用することが可能となる。
【0012】
また、本発明では、前記有機酸を分離除去した後、前記第1回目の液体培地中に添加されたイオン交換樹脂を、例えば、ろ過等の方法によって除去するとよい。第2回目の培養工程がなされる液体培地中から不要物(不純物)を好適に除去することにより、高純度を有するポリヒドロキシ酪酸を抽出することができるからである。
【0013】
本発明によれば、ポリヒドロキシ酪酸を含有する第1回目の液体培地を、第2回目以降に微生物菌体を培養するための液体培地として再利用することにより、従来においてその都度、液体培地を作成するために使用されていた多数の試薬使用量を減少させ、製品を大量生産した場合であっても前記試薬量の購入に要するコストを低減させることができる。
【0014】
また、本発明によれば、従来技術と比較して、滅菌処理工程の回数を減少させて廃棄する際のエネルギを削減することができる。すなわち、従来技術では、所望の液体培地を作成するために、液体培地の滅菌処理と廃棄する際の最終滅菌処理とからなる最低2回の滅菌処理がなされ、所望の液体培地をn回(nは、1以上の自然数)作成した場合、その都度、液体培地の滅菌処理と廃棄する際の最終滅菌処理とからなる、少なくとも(2n)回の滅菌処理を施す必要がある。従来技術では、例えば、所定の液体培地を3回(n=3)作成した場合、合計で6回の滅菌処理を施す必要がある。
【0015】
これに対し、本発明では、液体培地の再利用を図ることにより、(n+1)回だけ滅菌処理を施すだけでよいため、従来技術と比較して滅菌処理の回数を減少させて省エネルギを図ることができる。例えば、本発明では、所望の液体培地を3回(n=3)作成した場合、第2回目以降の液体培地が再利用されるため、滅菌処理回数が4回(第1回目から第3回目までの液体培地の滅菌処理3回と最終滅菌処理1回との合計4回)だけとなり、従来技術と比較して2回分だけ滅菌処理を不要とすることができる。
【0016】
さらに、従来技術では、液体培地を作成する度毎に使用された液体培地を廃棄していたため、総廃液量が多大となるのに対し、本発明では、一旦作成された液体培地を再利用することにより、最終的に1回だけ廃棄すればよく、総廃液量を大幅に減少させてそのコストを低減させることができると共に、周囲の環境に対する負荷を軽減させることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明では、微生物菌体の培養に使用した培地を再利用することにより、培養工程にかかるコストを低廉化すると共に、周囲の環境に対する負荷を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明で使用される微生物菌体としては、ポリヒドロキシ酪酸生産能を有する微生物菌体であれば特に制限されない。実用上は、例えば、アルカリゲネス属(Alcaligenes)に含まれるアルカリゲネスユートロファ菌、アルカリゲネスラタス菌、その他には、シノリゾビウムフレディ菌、バシルスメガテリウム菌等が挙げられる。
【0019】
さらに、第1回目の液体培地中に添加されたイオン交換樹脂を除去する方法としては、例えば、ろ過の方法の他、遠心分離法等が挙げられる。
【実施例】
【0020】
次に、本発明の効果を確認するために、各工程に基づいて以下の実験を行ったので、詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実験例に限定されるものではない。
【0021】
1.第1回培養工程
ポリヒドロキシ酪酸(以下、PHBという)を含有する微生物の菌として、実験では、アルカリゲネス属(Alcaligenes)に含まれる菌の一つである、アルカリゲネスユートロファ菌を用い、5mlの前培養をした後、100mlの本培養を行うことにより菌体を増殖した。なお、その際、5ml収容のフラスコと500ml収容のバッフル付フラスコを使用した。前培養及び本培養における培養条件は、それぞれ、24時間、30℃の条件で旋回振とう培養法(旋回速度、120rpm)によって前培養及び本培養を行った。
【0022】
前記本培養における液体培地の調整は、以下の通りである。
図1及び図2に示される成分から構成されたMSM(Mineral Salts Media)培養液を用意し、前記前培養の液(5ml)と合わせて100mlの本培養液を3セット作成した。なお、pHの調整は、7.0を保持するように、酸、塩基、それぞれ塩酸、NaOH水溶液を用いた。培地の滅菌処理は、オートクレーブ処理によって温度が120℃、時間が20分の条件で行った。このようにして第1回目の培養工程が終了した。
【0023】
2.有機酸除去処理及び第2回目の液体培地再調整工程
次に、本実施例では、第1回目の培養工程が終了した後の液体培地100mlに対し、三菱化学株式会社の製造に係るイオン交換樹脂「PA308」を10g添加した後、室温で1時間程度の旋回振とう(100rpm)を行った。その後、ろ過を行って前記添加されたイオン交換樹脂を分離除去した後、菌体の主栄養源であるNa‐Gluconate 2g(炭素源)とNH4Cl 0.1g(窒素源)とをそれぞれ添加して第2回目の液体培地の組成を行い、前述した塩酸、NaOH水溶液を用いてpHを7.0に再調整した。また、第2回目の液体培地の滅菌処理は、オートクレーブ処理によって温度が120℃、時間が20分の条件で行った。このようにして本実施例では、第2回目の培養工程に使用される液体培地(培養液)を調整した。さらに、本実施例では、前記培地の滅菌処理が完了した後、白金耳を用いてスラント培地に対して植菌し、24時間、30℃の旋回振とう(120rpm)で培養を行った。
【0024】
一方、第1回目の培養工程が終了した後の液体培地100mlに対して何ら添加物を付与することがなく、そのままの状態で保持されたものを第1比較例とした。また、第1回目の培養工程が終了した後の液体培地100mlに対して何ら添加物を付与することがなく、塩酸、NaOH水溶液を用いてpHを7.0に調整したのみのものを第2比較例とした。
【0025】
3.湿菌体の重量測定
第1回目の培養工程で得られた培養液(液体培地)に対して遠心分離作用を付与した後(回転数15000rpmで3分間)、その分離された上澄み液を除去して、得られた湿菌体の重量を電子天秤によって測定した。この結果、第1回目の培養工程で得られた培養液(液体培地)から菌体15g/Lが得られた。
【0026】
次に、第1比較例に係る培養液(液体培地)、第2比較例に係る培養液(液体培地)及び前記第2回目の培養工程で得られた本実施例に係る培養液(液体培地)に対してそれぞれ遠心分離作用を付与した後(回転数15000rpmで3分間)、その分離された上澄み液を除去して、得られた湿菌体の重量を電子天秤によってそれぞれ測定した。
【0027】
図3に示すように、第2回目の培養工程で何もしなかった第1比較例に係る培養液(液体培地)、すなわち、第1回目の培養工程が終了した後の液体培地100mlに対して何ら添加物を付与することがなく、そのままの状態で保持したものでは、菌体が何ら存在することがなく、その重量が0g/Lであった。
【0028】
また、第2回目の培養工程においてpHの再調整のみを行った第2比較例に係る培養液(液体培地)、すなわち、第1回目の培養工程が終了した後の液体培地100mlに対して何ら添加物を付与することがなく、塩酸、NaOH水溶液を用いてpHを7.0に再調整したものでは、第1比較例と同様に、菌体が何ら存在することがなく、その重量が0g/Lであった。
【0029】
これに対し、本実施例に係る培養液(液体培地)、すなわち、第1回目の培養工程が終了した後の液体培地100mlに対してイオン交換樹脂を所定量だけ添加し、且つ、pHを7.0に再調整したものでは、10g/Lの菌体を測定することができた。
【0030】
以上から、本実験では、第1回目の培養工程後の液体培地中に副産物である有機酸が生成され、前記有機酸によってその後の第2回目以降の培養工程(菌体の増殖)を阻害していること、及びイオン交換樹脂を用いて前記有機酸を除去することにより、前記第1回目の培養工程後の液体培地を第2回目及び第n回目として好適に再利用することができることを確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】液体培地の調整に用いられる、MSM培養液の成分構成を示す図である。
【図2】前記MSM培養液に含まれるTESの成分構成を示す図である。
【図3】電子天秤による測定結果であって、本実施例、第1比較例及び第2比較例の湿菌体の重量を測定した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体の培養に用いられる培地を再利用するための方法であって、
前記ポリヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体が培養された第1回目の液体培地に対してイオン交換樹脂を添加し、前記第1回目の液体培地中に生成された有機酸を分離除去する工程と、
組成及びpHを再調整して第2回目の液体培地とし、前記第2回目の液体培地に対して滅菌処理を施すことを特徴とするポリヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体の培養に用いられる培地再利用方法。
【請求項2】
請求項1記載のポリヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体の培養に用いられる培地再利用方法において、
前記第1回目の液体培地中に生成された有機酸を分離除去した後、前記第1回目の液体培地中に添加されたイオン交換樹脂を除去する工程を有することを特徴とするポリヒドロキシ酪酸を含有する微生物菌体の培養に用いられる培地再利用方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate