説明

ポリフェニレンサルファイドモノフィラメント、その製造方法および工業用織物

【課題】
高い寸法安定性および優れた耐摩耗性を備え、表面平滑性に優れた工業用織物を与えることができるポリフェニレンサルファイドモノフィラメントとその製造方法、およびこのポリフェニレンサルファイドモノフィラメントを経糸および/または緯糸の少なくとも一部に使用してなる表面平滑性に優れた工業用織物を提供する。
【解決手段】
ASTM5591の規定に準じて測定した収縮応力(cN)をAとし、Aを測定後、25℃まで冷却後に測定した収縮応力(cN)をBとしたとき、下記(a)式を満足することを特徴とするポリフェニレンサルファイドモノフィラメント。
[B−A]/繊度(cN/dtex)≦0.030・・・(a)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリフェニレンサルファイドモノフィラメント、その製造方法および工業用織物に関するものである。さらに詳しくは、高い寸法安定性および優れた耐摩耗性を備え、表面平滑性に優れた工業用織物を与えることができるポリフェニレンサルファイドモノフィラメントとその製造方法、およびこのポリフェニレンサルファイドモノフィラメントを用いてなる表面平滑性に優れた搬送ベルト用織物、抄紙用ドライヤーカンバス織物、フィルター用織物、サーマルボンド法不織布接着工程用ネットコンベア、抄紙用ワイヤーなどの工業用織物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
搬送ベルト用織物、抄紙用ドライヤーカンバス用織物、フィルター用織物、サーマルボンド法不織布接着工程用ネットコンベアおよび抄紙用ワイヤーなどの工業用織物用途においては、これらの織物が例えば130℃以上の高温雰囲気や、高濃度の酸やアルカリなどの薬品環境下にさらされることから、織物素材である繊維には、高強度、高結節強度および高い屈曲耐久性などの機械特性と共に、耐熱性および耐薬品性が強く要求されている。
【0003】
一般にポリエステル、例えばポリエチレンテレフタレートからなるモノフィラメントに代表される繊維は、優れた力学特性、耐熱性などを有していることから、従来より各種工業用部品、衣料用および工業用繊維材料、各種織物などに使用されてきたが、ポリエステルモノフィラメントを高温・多湿な加水分解されやすい条件下で使用される用途、例えば抄紙ドライヤーカンバスの構成素材として適用した場合には、使用中にポリエステルモノフィラメントが加水分解劣化による強度低下を起こすという欠点を有していた。
【0004】
これに対し、ポリフェニレンサルファイド(以下、PPSという)繊維からなるモノフィラメントは、耐熱性および耐薬品性に優れ、高温・高湿度条件下においても高い耐久性能を長時間発現できる上に、溶融成形が可能であることから、PPSモノフィラメントを抄紙用ドライヤーカンバスへ適用する提案(例えば、特許文献1参照)がすでにされており、またPPS繊維の製糸技術や繊維の改良に関する技術についても、従来から多くの提案がなされてきている。
【0005】
例えば、PPSを溶融紡糸して得た未延伸糸を、80〜260℃で2〜7倍に延伸した後、285〜385℃の乾熱雰囲気中で引取り比0.8〜1.35倍で0.1〜30秒間熱処理することにより、引張強度が3.5g/d以上、結節強度が2.5g/d以上であり、屈曲摩耗や屈曲疲労特性を改善したPPS繊維を得る技術(例えば、特許文献2参照)が提案されている。
【0006】
また、引張強度を3.5cN/dtex以上、引張伸度を50〜80%、160℃乾熱収縮率を2%以下、熱水収縮率を1%以下にすることにより、機械的強度、機械的耐久性と寸法安定性を改善したPPS短繊維(例えば、特許文献3参照)が提案されている。
【0007】
さらに、引張強度3.5g/d以上、結節強度2g/d以上、引掛強度3.5g/d以上であって、屈曲摩耗試験において切断するまでの往復摩擦回数が3,000回以上、かつ、屈曲疲労試験において切断するまでの往復折り曲げ回数が150回以上であり、機械的強度、耐屈曲摩耗性および耐屈曲疲労性に優れたポリフェニレンスルフィド繊維(例えば、特許文献4参照)が提案されている。
【0008】
なお、本発明者らも同様の技術について検討した結果、メルトフローレートが20〜120g/10分のPPSを紡糸延伸してなるPPSモノフィラメントであって、フリー状態で測定した200℃の乾熱収縮率(Sd200)と、同じく140℃で測定した乾熱収縮率(Sd140)との差の絶対値ΔSdが3.0%以下、(Sd200)が15〜32%であり、強度が3.5g/d以上の特性を有する抄紙用スパイラルカンバスなどに適した性能を有するPPSモノフィラメントおよびこのPPSモノフィラメントを製造する方法(例えば、特許文献5参照)や、構成単位の85モル%以上がp−フェニレンサルファイド単位からなり、メルトフローレートが150以下のポリフェニレンサルファイドからなるポリフェニレンサルファイド繊維であって、フリー状態で測定した140℃の乾熱収縮率(Sd140)と、同じく200℃の乾熱収縮率(Sd200)との差の絶対値ΔSdが3.0%以上、JIS.L1095の規定に準じて測定した屈曲摩耗特性試験での破断時の往復摩擦回数が7000回以上の特性を有するポリフェニレンサルファイド繊維(例えば、特許文献6参照)などをすでに提案してきた。
【0009】
しかるに、PPSモノフィラメントは、ポリエステルモノフィラメントに比べて原料が割高なため、抄紙用織物のような全長が数百メートルにも及ぶ織物に全面使用した場合は、極めて高コストとなる。したがって、実際に抄紙用織物の素材としては、安価なポリエステルモノフィラメントが主流であり、耐熱安定剤を特別に吟味した耐加水分解性能を備えるポリエステルモノフィラメントが用いられる場合が多い。
【0010】
かかる実情からPPSモノフィラメントは、織物の中で特に耐熱性が求められる部位に限定して使用したり、ポリエステルモノフィラメントと併用して交織したり、単位面積当たりの織り密度が小さい平織りやその他の搬送ベルト用織物やフィルター用織物、織物の耳部補強部材などとして使用されているのが現状である。
【0011】
しかし近年、PPSモノフィラメントを一部に用いて製織した織物を熱セット後、常温雰囲気中に取り出した瞬間に、織物表面に皺が発生するといった現象が問題となっていた。織物表面に皺が発生すると表面平滑性が失われ、例えばドライヤーカンバスなどの工業用織物として使用した場合に、紙品質の低下を招いてしまう。
【0012】
このような現象については、上述した従来のPPS繊維の特性改善技術においてはなんら解決するための検討がなされておらず、例えそこで得られた改質PPS繊維を使用して製織したとしても、表面平滑性に優れた工業用織物を得ることが難しいという問題は依然として残されていた。
【0013】
したがって、耐熱性および耐薬品性に優れ、高温・高湿度条件下においても高い耐久性能を長時間発現できるPPSモノフィラメントにとって、表面に皺が発生しないような高い寸法安定性と耐摩耗性とを備え、工業用織物の分野で優れた表面平滑性を実現するための品質改善が大きな課題であったといえる。
【特許文献1】特開昭49−54617号公報
【特許文献2】特開平4−222217号公報
【特許文献3】特開2003−221731号公報
【特許文献4】特許第2878470号公報
【特許文献5】特開平5−195318号公報
【特許文献6】特開2004−292984号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上述した従来技術における問題点の解決を課題として検討した結果達成されたものである。
【0015】
したがって、本発明の目的は、高い寸法安定性および優れた耐摩耗性を備え、表面平滑性に優れた工業用織物を与えることができるポリフェニレンサルファイドモノフィラメントとその製造方法、およびこのポリフェニレンサルファイドモノフィラメントを経糸および/または緯糸の少なくとも一部に使用してなる表面平滑性に優れた搬送ベルト用織物、抄紙用ドライヤーカンバス織物、フィルター用織物、サーマルボンド法不織布接着工程用ネットコンベア、抄紙用ワイヤーなどの工業用織物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、熱収縮応力特性を改善することにより、高い寸法安定性および優れた耐摩耗性を備え、このポリフェニレンサルファイドモノフィラメントを経糸および/または緯糸の少なくとも一部に使用して工業用織物とした場合に、優れた表面平滑性を実現できることを見出し、本発明に到達した。
【0017】
すなわち、本発明は、ASTM5591の規定に準じて測定した収縮応力(cN)をAとし、Aを測定後、25℃まで冷却後に測定した収縮応力(cN)をBとしたとき、下記(a)式を満足することを特徴とするポリフェニレンサルファイドモノフィラメントを提供するものである。
[B−A]/繊度(cN/dtex)≦0.030・・・(a)
【0018】
なお、本発明のポリフェニレンサルファイドモノフィラメントにおいては、
前記モノフィラメントの180℃における乾熱収縮率が8.0%以下であること、および
前記モノフィラメントのJIS.L1095の規定に準じて測定した屈曲摩耗特性試験での破断時の往復摩擦回数が7000回以上であること、
が、好ましい条件として挙げられ、この条件を満足することにより一層高い寸法安定性を実現でき、表面平滑性がより優れた工業用織物を与えることができる。
【0019】
また、上記の特性を有する本発明のポリフェニレンサルファイドモノフィラメントの製造方法は、ポリフェニレンサルファイドを溶融紡糸した後、2段延伸および熱セットをするに際し、トータルの延伸倍率4.0〜5.0倍、熱セット温度200℃以下、かつ熱セット倍率0.90〜1.00の条件とすることを特徴とする。
【0020】
さらに、本発明の織物は、上記のポリフェニレンサルファイドモノフィラメントを経糸および/または緯糸の少なくとも一部に使用したことを特徴とし、工業用織物において一層優れた表面平滑性を発揮する。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、以下に説明するとおり、高い寸法安定性および優れた耐摩耗性を備え、表面平滑性に優れた工業用織物を与えることができるポリフェニレンサルファイドモノフィラメントを得ることができ、このポリフェニレンサルファイドモノフィラメントを経糸および/または緯糸の少なくとも一部に使用してなる本発明の工業用織物は、表面平滑性に優れていることから、搬送ベルト用織物、抄紙用ドライヤーカンバス織物、フィルター用織物、サーマルボンド法不織布接着工程用ネットコンベア、抄紙用ワイヤーなどに好ましく適用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下に、本発明について詳細に説明する。
【0023】
本発明のポリフェニレンサルファイドモノフィラメント(以下、PPSモノフィラメントという)は、ASTM5591の規定に準じて測定した収縮応力(cN)をAとし、Aを測定後、25℃まで冷却後に測定した収縮応力(cN)をBとしたとき、下記(a)式を満足することが重要である。
[B−A]/繊度(cN/dtex)≦0.030・・・(a)
【0024】
本発明において、[B−A]/繊度を0.030以下とすることが重要であるのは次の理由によるものである。
【0025】
すなわち、PPSモノフィラメントを一部に用いて製織した織物を熱セット後、常温雰囲気中に取り出した瞬間に、織物表面に皺が発生するといった現象について原因を調査した結果、この現象はPPSモノフィラメントの熱収縮応力特性に起因するものであるという結論に達した。PPSモノフィラメントは加熱後冷却時の収縮応力変化が大きく、ポリエステルと比較してより顕著であるため、例えばポリエステルなどの他のモノフィラメントと交織した際、熱セット後冷却した瞬間にPPSモノフィラメントとポリエステルモノフィラメントの間に収縮応力に差異が生じることで、織物表面に皺が発生し、織物の表面平滑性が著しく失われていた。
【0026】
そして本発明者らは鋭意検討した結果、温度の低下に伴うPPSモノフィラメントの熱収縮応力特性の改善、つまり加熱後冷却時に発生する収縮応力変化をより小さくすることで、高い寸法安定性が得られることを見出した。つまり、上記範囲であるPPSモノフィラメントを使用すれば、熱セット後、常温雰囲気中に取り出しても表面に皺が発生することがなく、表面平滑性に優れる織物を得ることが可能となるのである。また、収縮応力の変化が上記範囲を外れる場合には、加熱後冷却時における収縮応力変化が大きいため寸法安定性が得られず、織物表面に皺や反りが発生し、工業用織物として必要十分な表面平滑性が得られないため好ましくない。
【0027】
また、本発明のPPSモノフィラメントは、180℃における乾熱収縮率が8.0%以下であることが好ましい。8.0%以上の高収縮率のPPSモノフィラメントでは、極めて高い延伸倍率で製糸する必要がある。そのため結晶化度が極めて高くなり、PPSモノフィラメントに糸割れが生じ、品質の低下を招きやすくなるという好ましくない結果に繋がる。
【0028】
本発明のPPSモノフィラメントはJIS.L1095の規定に準じて測定した屈曲摩耗特性試験での破断時の往復摩擦回数が7000回以上であることが好ましい。7000回以下では工業用織物として必要な耐摩耗性が得られないために織物の寿命が低下し、織物交換の頻度が増えるなど作業効率が低下してしまうため好ましくない。
【0029】
本発明のPPSモノフィラメントに使用されるPPSとは、ポリマーの繰り返し単位がp−フェニレンサルファイド単位やm−フェニレンサルファイド単位からなるフェニレンサルファイド単位を含有するポリマーを意味する。これらのポリマー中でも、繰り返し単位の90%以上がp−フェニレンサルファイド単位からなるポリマーが好ましく用いられる。
【0030】
本発明において特に好ましく用いることのできるPPSは、p−ジクロルベンゼンに硫化ナトリウムを重縮合反応させることにより製造できるが、p−ジクロルベンゼンに10モル%未満のトリクロルベンゼンを分岐成分として共重縮合させることによって製造したものであってもよい。
【0031】
また、本発明で用いるPPSは、JIS K−6900によって測定されたポリマーの溶融流れ:メルトフローレート(以下、MFRと呼ぶ)が150以下、好ましくは50〜110の範囲にあることが好ましい。PPSのMFRが150を越える場合は、得られる繊維の引張強度が低下する傾向となり、逆に50未満では、粘度が高すぎるため溶融押出機の圧力が異常上昇し、安定した紡糸を行うことができなくなる。
【0032】
ここで、市販品として使用できるPPSとしては、例えば東レ(株)製PPSのE1880、E2080、E2280、E2481、M2488およびM2588などを挙げることができる。
【0033】
PPSは、通常粉末で得られるものであるが、溶融紡糸に供する前にエクストルダーなどで粉末PPSを融点以上の温度に加熱し、溶融・混練した後、必要に応じフィルター類で異物を濾過除去し、ガット状に押出して冷却し、その後カッティングするなどの方法によりペレット状に加工して用いることができる。そして、PPS粉体あるいはPPSペレットは、概ね100〜180℃で5〜24時間程度、減圧真空下で乾燥してから紡糸に供することが好ましい。
【0034】
さらに、使用するPPSは、酸化チタン、酸化ケイ素、炭酸カルシウム、窒化ケイ素、クレー、タルク、カオリン、ジリコニウム酸など各種無機粒子や架橋高分子粒子のほか、従来公知の酸化防止剤、各種着色剤、ワックス類、シリコーンオイル、各種界面活性剤、各種強化繊維類、フッ素樹脂類、ポリエステル類、ポリアミド類、およびポリオレフィン類などが添加されたものであってもよい。
【0035】
次に上記の特性を有する本発明のPPSモノフィラメントの製造方法について説明する。
【0036】
本発明のPPSモノフィラメントの製造は、公知の溶融紡糸機、例えばエクストルダーのような混練押出機、あるいはプレッシャーメルター型などの溶融紡糸機を用いて、PPSポリマーを紡糸口金から一定量溶融押出し、引き続き冷却、延伸および熱セットすることにより行われる。
【0037】
特に、本発明の熱収縮応力特性が改善されたPPSモノフィラメントを得るためには、PPSを紡糸口金から溶融紡出して、紡出糸を冷却固化した後、2段以上の多段延伸を行うに際し、トータルの延伸倍率を4.0〜5.0倍の範囲にすることが重要であり、さらには4.5〜5.0倍の範囲にすることがより好ましい。
【0038】
上述の通り、本発明者らは、加熱後冷却時に発生する収縮応力変化をより小さくすることで、高い寸法安定性が得られることを見出したが、その収縮応力変化を小さくするには、温度の低下に伴うPPSモノフィラメントの比容積の変化を最小限にすることで達成できるとの結論に達した。
【0039】
PPSモノフィラメントは2段以上の多段延伸をすることで分子配向度を高くし、得られるモノフィラメントの強度を向上させているが、分子配向度によって温度の低下に伴う比容積の変化が異なり、分子配向度が高いほど、比容積の変化は小さい。つまり加熱後冷却時に発生する収縮応力の変化を低くすることができ、高い寸法安定性が得られる。また、一般にPPSやポリエステルといった結晶性ポリマ中には結晶部分と非晶部分が存在するが、温度の低下に伴う比容積の変化は結晶部分と非晶部分間では異なり、非晶部分の方が比容積の変化は小さい。つまり結晶化度が低いほど、比容積の変化を最小にすることができ、高い寸法安定性が得られる。さらに、比容積の変化は結晶化度よりも分子配向度に大きく依存するため、分子配向度に大きく関わる延伸倍率を上記範囲に設定することが好ましく、延伸倍率が4.0倍未満では分子配向度が低いため、温度の低下に伴う比容積の変化が大きくなり、寸法安定性が得られないばかりか、工業用織物として必要な強度が得られない。また、延伸倍率が5.0倍を超えると紡糸中に糸切れが多発するなど、操業性の悪化を招くため好ましくない。
【0040】
本発明の熱収縮応力特性が改善されたPPSモノフィラメントを得るためには、PPSを紡糸口金から溶融紡出して、紡出糸を冷却固化し、2段延伸後、熱セットを行うに際し、熱セット温度を200℃以下にすることが重要である。熱セット温度が200℃を超えると、結晶化によって加熱後冷却時の収縮応力の変化が大きくなるばかり糸割れが生じ、目標とする耐摩耗性が得られないため好ましくない。
【0041】
また、上記熱セットを行うに際しては、熱セット倍率を0.90〜1.00倍の範囲にすることが重要であり、さらには0.95〜0.97倍の範囲にすることがより好ましい。熱セット倍率が1.00を超えると目標とする乾熱収縮率が得られず、熱セット倍率が0.90倍未満では熱セット工程にて糸に弛みが発生するなど、操業性の悪化を招くため好ましくない。
【0042】
ここで、上記延伸倍率、熱セット温度および熱セット倍率は、これらの三条件を全て満たすことが重要であり、これらの条件の内一つでも欠く場合には、目的とする寸法安定性、耐摩耗性および織物の表面平滑性のいずれかまたは全てを実現することができない。
【0043】
このようにして得られた本発明のPPSモノフィラメントの太さは、特に限定されるものではないが、工業用織物として使用する場合は0.05〜3mm、特に0.1〜2.5mmの範囲が好ましい。
【0044】
また、本発明のPPSモノフィラメントの断面形状についても、特に限定されるものではなく、円形、楕円形、三角形、正方形、扁平形、菱形、半月形、五角形以上の多角形、多葉形、ドッグボーン形および繭型などが挙げられるが、特に工業用織物の構成素材として用いる場合は、円形、楕円または扁平形であることが好ましい。
【0045】
かくして得られた本発明のPPSモノフィラメントは、熱収縮応力特性が改善されたことで高い寸法安定性を備え、かつ優れた耐摩耗性を有することから、これまでのPPSモノフィラメントにない特異的な性質を発現させることが可能である。
【0046】
そして、本発明のPPSモノフィラメントを経糸および/または緯糸の少なくとも一部に使用した本発明の工業用織物、特に搬送ベルト用織物、抄紙用ドライヤーカンバス織物、フィルター用織物、サーマルボンド法不織布接着工程用ネットコンベア、抄紙用ワイヤーなどは、熱セット後、常温雰囲気中に取り出しても織物表面に皺が生じることがなく、より優れた表面平滑性を維持することができる。
【実施例】
【0047】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0048】
また、上記および下記に記載の物性は、以下の方法により測定した値である。
【0049】
〔収縮応力変化〕
Lenzing Instruments製TST2装置を用い、ASTM5591の規定に準じて5mN/texの荷重を掛けたPPSモノフィラメントを180℃の乾熱雰囲気中にて2分間処理した際に測定した収縮応力(cN)をAとし、その後PPSモノフィラメントを25℃まで自然放熱にて冷却した際に測定した収縮応力(cN)をBとしたとき、下記式(a)にて求められる値を収縮応力変化(cN/dtex)とした。(なお、式中の繊度とは、測定前の繊度をいう)。
[B−A]/繊度(cN/dtex)≦0.030・・・(a)
【0050】
〔乾熱収縮率〕
JIS.L1013 の乾熱収縮率項目のB法の規定に準じて測定した。
【0051】
〔屈曲摩擦特性試験〕
JIS.L1095の規定に準じて、固定された直径3mmの摩擦子(硬質鋼線(SWP−ASF))の上に接触させたモノフィラメントを、摩擦子の左右各55°となるように斜め下に設けたフリーローラー2個(ローラー間距離63.5mm)の下に掛け、別の1個のフリーローラーの上を介してモノフィラメントの一端にモノフィラメント1dtex当たり0.20gの荷重を掛けてセットする。モノフィラメントを往復105回/分、往復ストローク20mmで摩擦子に接触往復させて、同一試料につき各10本のモノフィラメントについて切断するまでの往復摩擦回数を測定して平均値を求めた。この平均値が大きいほど良好なことを示す。
【0052】
〔紡糸操業性〕
連続押し出し紡糸を行う際の状態を観察し、延伸工程における糸切れの発生頻度を次の三基準で評価した。
○・・全て良好であった。
△・・糸切れの発生はあるものの、十分操業可能であった。
×・・糸切れが多発し、操業が極めて困難であった。
【0053】
〔織物の表面皺評価〕
織物の製織には実施例、比較例のPPSモノフィラメントおよびそれと同径のポリエチレンテレフタレートモノフィラメント(東レ・モノフィラメント(株)製、580Dタイプ糸)を使用した。PPSモノフィラメントをポリエチレンテレフタレートモノフィラメントと1:1の繊維本数比で二重織りの緯方向に製織をした。その後140℃で10分、160℃で10分、200℃で10分の3条件にて熱セット加工し、表面皺の発生を調べた。表面皺が発生しなかった場合を○、発生した場合を×として評価した。
【0054】
〔実施例1〕
乾燥したPPS樹脂(東レ(株)製、E2080)を、40mmの1軸エクストルダー型溶融紡糸機に供給し、320℃の温度で溶融混練した後、紡糸口金から紡出した。次いで、溶融状態の紡出糸を温水中に導いて冷却固化せしめた後、トータル延伸倍率が4.3倍、160℃の熱風によるヒートセットゾーンにて0,99倍で熱セットし、公知の油剤を付与しボビンに巻き取ることによって、直径0.52mmのPPSモノフィラメントを得た。得られたPPSモノフィラメントの収縮応力変化、乾熱収縮率、屈曲摩耗試験、紡糸操業性および織物の表面皺評価を表1に示す。
【0055】
〔実施例2〜5〕
トータル延伸倍率、熱セット倍率および熱セット温度を表1に示すように変更したこと以外は、実施例1と同様の方法で直径0.52mmの断面形状が円形のPPSモノフィラメントを得た。
【0056】
〔比較例1〜4〕
トータル延伸倍率、熱セット倍率および熱セット温度を表1に示すように変更したこと以外は、実施例1と同様の方法で直径0.52mmの断面形状が円形のPPSモノフィラメントを得た。
【0057】
【表1】

【0058】
表1から明らかなとおり、本発明におけるPPSモノフィラメント、つまり収縮応力変化が小さいPPSモノフィラメント(実施例1〜5)は優れた耐摩耗性を備えるとともに、本発明のPPSモノフィラメントを用いた織物は、熱セット後冷却時においても織物表面に皴が発生することなく、優れた表面平滑性を有している。
【0059】
これに対して、本発明外であるPPSモノフィラメント、つまり収縮応力変化が大きいPPSモノフィラメント(比較例1、3および4)などは、熱セット後冷却時において織物表面に皴が発生してしまい、工業用織物として求められる表面平滑性を有していないことがわかる。また、収縮応力変化が低いが本発明外であるPPSモノフィラメント(比較例2)は、紡糸操業性が低いばかりか、工業用織物として必要な耐摩耗性を有していない。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明のPPSモノフィラメントは、熱収縮応力特性が改善されたため、従来のものより高い寸法安定性および優れた耐摩耗性を備えており、本発明のモノフィラメントを搬送ベルト用織物、抄紙用ドライヤーカンバス織物、フィルター用織物、サーマルボンド法不織布接着工程用ネットコンベア、抄紙用ワイヤーなどの工業用織物の経糸および/または緯糸の少なくとも一部に使用した場合に、優れた表面平滑性を実現できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ASTM5591の規定に準じて測定した収縮応力(cN)をAとし、Aを測定後、25℃まで冷却後に測定した収縮応力(cN)をBとしたとき、下記(a)式を満足することを特徴とするポリフェニレンサルファイドモノフィラメント。
[B−A]/繊度(cN/dtex)≦0.030・・・(a)
【請求項2】
180℃における乾熱収縮率が8.0%以下であることを特徴とする請求項1に記載のポリフェニレンサルファイドモノフィラメント。
【請求項3】
JIS.L1095の規定に準じて測定した屈曲摩耗特性試験での破断時の往復摩擦回数が7000回以上であることを特徴とする請求項1または2に記載にポリフェニレンサルファイドモノフィラメント。
【請求項4】
ポリフェニレンサルファイドを溶融紡糸した後、2段延伸および熱セットをするに際し、トータルの延伸倍率4.0〜5.0倍、熱セット温度200℃以下、かつ熱セット倍率0.90〜1.00の条件とすることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリフェニレンサルファイドモノフィラメントの製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリフェニレンサルファイドモノフィラメントを経糸および/または緯糸の少なくとも一部に使用したことを特徴とする織物。

【公開番号】特開2010−126838(P2010−126838A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−302679(P2008−302679)
【出願日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【出願人】(000219288)東レ・モノフィラメント株式会社 (239)
【Fターム(参考)】