説明

ポリ乳酸の末端COOH基量測定方法

【課題】エポキシ系末端封鎖剤によって末端が封鎖されているポリ乳酸の末端COOH基量測定方法を提供する。
【解決手段】エポキシ系末端封鎖剤によって末端が封鎖されているポリ乳酸の末端COOH基を縮合剤の存在下において芳香族チオールで誘導体化処理することを含むポリ乳酸の末端COOH基量測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はエポキシ系末端封鎖剤によって末端が封鎖されているポリ乳酸(PLA)の劣化により生成した末端COOH基量の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリ乳酸とは乳酸がエステル結合によって重合した高分子であり、その原料である乳酸はトウモロコシやサトウキビ等の植物から取り出されるデンプンを発酵することによって得ることができる。ポリ乳酸は植物原料から製造することができるため、石油資源の節約につながる。また、ポリ乳酸の焼却廃棄時に発生する二酸化炭素は植物が光合成で大気中から吸収した二酸化炭素と同量であるためにカーボンニュートラルな材料であり、地球温暖化防止に貢献することができる。さらに、ポリ乳酸は微生物により生分解されるため環境に対する負荷が少ない。これらの特徴のためにポリ乳酸は様々な産業分野において注目されている。
【0003】
ポリ乳酸は耐加水分解性能を向上させることを目的としてエポキシ系、カルボジイミド系、イソシアネート系等の末端封鎖剤で末端を封鎖されているが、劣化により徐々に分解し、末端COOH基が増加してしまう。そのため、ポリ乳酸の末端COOH基量を測定することが必要とされるが、これまでにエポキシ系末端封鎖剤で末端が封鎖されているポリ乳酸の末端COOH基量を測定する方法は末端封鎖剤の働きによる妨害の為、非常に困難であり、不十分であった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
劣化により分解したポリ乳酸は末端カルボキシル基を生成する。そのため、劣化により生じたカルボキシル基とアミノ化合物とを反応させることにより劣化の度合いを測定することなどが考えられるが、いずれも、エポキシ系末端封鎖剤で末端が封鎖されているポリ乳酸の場合には封鎖剤由来のエポキシ基が高反応性であるため末端COOH基への反応が妨害され、カルボキシル基を精度よく定量することはできない。
【0005】
そこで、本発明はエポキシ系末端封鎖剤によって末端が封鎖されているポリ乳酸の劣化度測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために本発明者らは鋭意検討した結果、エポキシ系末端封鎖剤によって末端が封鎖されているポリ乳酸を縮合剤の存在下において芳香族チオールで処理することにより当該課題を解決できることを見出した。
【0007】
即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)エポキシ系末端封鎖剤によって末端が封鎖されているポリ乳酸の末端COOH基を縮合剤の存在下において芳香族チオールで誘導体化処理することを含むポリ乳酸の末端COOH基量測定方法。
(2)芳香族チオールが1H-NMRスペクトルにおいてポリ乳酸のピークと重複しないピークを有し、測定を1H-NMR分光法により行う、(1)に記載の方法。
(3)芳香族チオールが250nm以上のUV吸収特性を有し、測定を250nm以上にUV吸収帯を有しない溶媒中でUV分光法により行う、(1)に記載の方法。
(4)1H-NMRスペクトルにおいてポリ乳酸のピークと重複しないピーク及び/又は250nm以上のUV吸収特性を有する芳香族チオールを含むポリ乳酸の劣化度測定試薬。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、末端封鎖剤由来のエポキシ基と反応することなく、劣化により生じたポリ乳酸の末端カルボキシル基を芳香族チオールで誘導体化することができる。そのため、得られた誘導体からポリ乳酸の劣化の度合いを正確に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】従来の末端基数比の指標である(末端COOH基が封鎖されているため、末端COOH基数比そのものではない。)ポリ乳酸の絶対分子量(GPC-MALS)の逆数に対して、1H-NMRによる末端封鎖ポリ乳酸の誘導体のポリ乳酸末端カルボキシル基の誘導体由来のピークの面積をポリ乳酸由来のピークの面積で割った値をプロットした図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.ポリ乳酸
本発明において「ポリ乳酸」とは、L体の乳酸からなるポリ乳酸、D体の乳酸からなるポリ乳酸、及びL体の乳酸とD体の乳酸とからなるポリ乳酸を意味する。L体の乳酸とD体の乳酸とからなるポリ乳酸にはブロックコポリマー及びランダムコポリマーのいずれの形態も含まれる。本発明は様々な分子量を有するポリ乳酸に適用することができ、特定の分子量を有するポリ乳酸に制限されるものではない。
1H-NMRスペクトルにおいてポリ乳酸は5.1ppmにポリ乳酸のCH基(メチン基)に起因するピークを示す。
【0011】
2.エポキシ系末端封鎖剤
本発明において「エポキシ系末端封鎖剤」とは、ポリ乳酸の末端基と反応することができるエポキシ基含有化合物を意味し、公知の様々なエポキシ基含有化合物を挙げることができる。例えば、これらに限定されるものではないが、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、プロピレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、ポリブタジエンジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、1,6−ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、シクロヘキサンジメタノールジグリシジルエーテル、ハイドロキノンジグリシジルエーテル、N−グリシジルフタルイミド、水添ビスフェノールA―ジグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールポリグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、トリメチルプロパンポリグリシジルエーテル、2−エチルヘキシルグリシジルエーテル、フェニルグリシジルエーテル、フェニル(ポリエチレングリコール)グリシジルエーテル、フェニル(ポリプロピレングリコール)グリシジルエーテル、p−tert−ブチルフェニルグリシジルエーテル、ジグリシジル−o−フタレート、ジグリシジルテレフタレート、ジブロモフェニルグリシジルエーテル、エポキシ化植物油、又はグリシジル基を側鎖に有するポリマーを挙げることができ、好ましくは1,3,5-トリグリシジルイソシアヌラート(TGIC)を挙げることができる。本発明においてエポキシ系末端封鎖剤は単独で、又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0012】
本発明において「末端が封鎖されている」とは、ポリ乳酸のカルボキシル基末端及びヒドロキシル基末端のいずれか一方又はその両方がエポキシ系末端封鎖剤で封鎖されていることを意味する。
【0013】
3.芳香族チオール
本発明において「芳香族チオール」とは、芳香環にメルカプト基が直接的に結合した化合物を意味する。ここで「芳香環」とは、芳香族の炭化水素環のみならず芳香族の複素環も意味する。例えば、これらに限定されるものではないが、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、テトラセン、ペンタセン、フェナントレン、クリセン、トリフェニレン、ピレン、ピセン、ヘリセン、コロネン、ビフェニル、フラン、及びチオフェンを挙げることができる。
【0014】
本発明において、好ましくは式(I):
【0015】
【化1】

【0016】
[式中、Rはそれぞれ独立して、アルキル(好ましくはC1-6アルキル)、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、ヒドロキシル、又はアルコキシ(好ましくはC1-6アルコキシ)であり、mは0〜5の整数である]
で表わされる芳香族チオール、又は式(II):
【0017】
【化2】

【0018】
[式中、Rはそれぞれ独立して、アルキル(好ましくはC1-6アルキル)、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、ヒドロキシル、又はアルコキシ(好ましくはC1-6アルコキシ)であり、nは0〜3の整数であり、lは0〜4の整数である]
で表わされる芳香族チオールを使用することができ、特に好ましくはp-トルエンチオール(1H-NMRスペクトルにおいて2.36ppmにCH3基由来のピークを示す)を使用することができる。
【0019】
本発明における芳香族チオールは1H-NMRスペクトルにおいてポリ乳酸のピークの重複しないピークを有し、好ましくは2.36〜7.26ppm、特に好ましくは2.36ppmにピークを有する。さらに/あるいは、本発明における芳香族チオールは250nm以上、好ましくは250nm〜370nmのUV吸収特性を有する。
【0020】
4.縮合剤
本発明において「縮合剤」とは、カルボキシル基との縮合反応において使用される公知の様々な化合物を意味する。例えば、これらに限定されるものではないが、式(III):
【0021】
【化3】

【0022】
[式中、Rはそれぞれ独立して、アルキル(好ましくはC1-6アルキル)、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、ヒドロキシル、又はアルコキシ(好ましくはC1-6アルコキシ)であり、mは0〜5の整数である]
で表わされる縮合剤、式(IV):
【0023】
【化4】

【0024】
[式中、Rはそれぞれ独立して、アルキル(好ましくはC1-6アルキル)、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、ヒドロキシル、又はアルコキシ(好ましくはC1-6アルコキシ)であり、mは0〜5の整数であり、pは0〜11の整数である]
で表わされる縮合剤、式(V):
【0025】
【化5】

【0026】
[式中、Rはそれぞれ独立して、アルキル(好ましくはC1-6アルキル)、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、ヒドロキシル、又はアルコキシ(好ましくはC1-6アルコキシ)であり、mは0〜5の整数である]
で表わされる縮合剤、式(VI):
【0027】
【化6】

【0028】
[式中、Rはそれぞれ独立して、アルキル(好ましくはC1-6アルキル)、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、ヒドロキシル、又はアルコキシ(好ましくはC1-6アルコキシ)である]
で表わされる縮合剤、式(VII):
【0029】
【化7】

【0030】
[式中、Rはそれぞれ独立して、アルキル(好ましくはC1-6アルキル)、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、ヒドロキシル、又はアルコキシ(好ましくはC1-6アルコキシ)であり、pは0〜11の整数である]
で表わされる縮合剤、式(VIII):
【0031】
【化8】

【0032】
[式中、Rはそれぞれ独立して、アルキル(好ましくはC1-6アルキル)、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、ヒドロキシル、又はアルコキシ(好ましくはC1-6アルコキシ)であり、mは0〜5の整数である]
で表わされる縮合剤、及び式(IX):
【0033】
【化9】

【0034】
[式中、Rはそれぞれ独立して、アルキル(好ましくはC1-6アルキル)、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、ヒドロキシル、又はアルコキシ(好ましくはC1-6アルコキシ)である]
で表わされる縮合剤を使用することができ、好ましくはp-トリルジスルフィド、ジシクロヘキシルフェニルホスフィン、及びジシクロヘキシルカルボジイミドを使用することができる。本発明において縮合剤は単独で、又は2種以上を組合せて使用することができる。好ましくは、p-トリルジスルフィドとジシクロヘキシルフェニルホスフィンの2種を組合せて、又はジシクロヘキシルカルボジイミド単体で使用することができる。
【0035】
5.劣化度の測定方法
ポリ乳酸を縮合剤の存在下において芳香族チオールで処理する。縮合剤は芳香族チオールを添加した後に加えるのが好ましい。ポリ乳酸の劣化によりカルボキシル基が生じていれば、芳香族チオールと反応し誘導体を形成する。この際、芳香族チオールは末端封鎖剤由来のエポキシ基と反応することなく、ポリ乳酸の劣化により生じたカルボキシル基のみと反応することができる。つまり、劣化により生じたカルボキシル基のみを正確に定量することができる。
【0036】
芳香族チオールによるポリ乳酸の処理は有機溶媒中で行うことが好ましい。本発明において使用することができる有機溶媒としては、これに限定されるものではないが、クロロホルム、ジクロロメタン等を挙げることができ、好ましくはクロロホルムが使用される。
【0037】
芳香族チオールによるポリ乳酸の処理は室温で行うことが好ましい。
【0038】
芳香族チオールが1H-NMRスペクトルにおいてポリ乳酸のピークと重複しないピークを有している場合には、1H-NMR分光法により誘導体を検出することが可能であり、芳香族チオール由来のピークの積分比により末端COOH基量を測定することができる。一方、芳香族チオールが250nm以上のUV吸収特性を有している場合には、UV分光法により誘導体を検出することが可能であり、芳香族チオール由来の吸光度により劣化度を測定することできる。UV分光法による測定は250nm以上にUV吸収帯を有しない溶媒中で行うことができる。250nm以上にUV吸収帯を有しない溶媒としては、例えばヘキサフルオロイソプロパノール、ヘキサフルオロアセトンを挙げることができ、好ましくはヘキサフルオロイソプロパノールである。劣化度の測定をゲルパーミエイションクロマトグラフィー(GPC)と組み合わせて行うことも好ましい。また、多角度光散乱(MALS)による検出を併せて行うことも好ましい。
【0039】
6.劣化度測定試薬
本発明はポリ乳酸の劣化度測定試薬にも関する。劣化度測定試薬には芳香族チオール(1H-NMRスペクトルにおいてポリ乳酸のピークと重複しないピーク及び/又は250nm以上のUV吸収特性を有する)が含まれる。
【実施例】
【0040】
実施例1
TGICでPLAの末端COOH基を封鎖したポリ乳酸のクロロホルム1%溶液2 mLにp-トルエンチオール(TT)(50 mM)、p-トリルジスルフィド(TDS)(25 mM)、及びジシクロへキシルフェニルホスフィン(DCPP)(50 mM)を添加し、バイアルビン中に脱水剤(モレキュラシーブ)とともに密封し、室温で0.1時間振った。その後、暗所、室温で8時間以上保持し、この反応溶液をシャーレ上にあけ、クロロホルムを飛ばし乾固させる。この乾固物を事前に脱水したエタノールを用いて、過剰な誘導体化試薬と縮合剤を除去し、誘導体化ポリ乳酸を回収する。これを一晩、真空乾燥機で乾燥させ、測定用の劣化生成したPLAの末端COOH基と反応した誘導体化ポリ乳酸を得る。
【0041】
実施例2
TGICでPLAの末端COOH基を封鎖したポリ乳酸のクロロホルム1%溶液2 mLにp-トルエンチオール(TT)(50 mM)、及びジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)(50 mM)を添加し、バイアルビン中に脱水剤(モレキュラシーブ)とともに密封し、室温で0.1時間振った。その後、暗所、室温で8時間以上保持し、この反応溶液をシャーレ上にあけ、クロロホルムを飛ばし乾固させる。この乾固物を事前に脱水したエタノールを用いて、過剰な誘導体化試薬と縮合剤を除去し、誘導体化ポリ乳酸を回収する。これを一晩、真空乾燥機で乾燥させ、測定用の劣化生成したPLAの末端COOH基と反応した誘導体化ポリ乳酸を得る。
【0042】
ポリ乳酸の分子量と誘導体の関係
ポリ乳酸の絶対分子量(GPC-MALS)の逆数に対して、ポリ乳酸末端カルボキシル基の誘導体のピーク面積をポリ乳酸のCH基に起因する5.1ppmのピーク面積で除した各サンプル値との相対値を図1にプロットした。ここで、絶対分子量の逆数は末端基数比に比例する従来指標である。ただし、末端COOH基について定量するものではなかった。このように、従来末端基数比(COOH基数比ではない)と今回の誘導体化NMRにより、末端COOH基量は相関が高く、定量方法として適切であることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エポキシ系末端封鎖剤によって末端が封鎖されているポリ乳酸の末端COOH基を縮合剤の存在下において芳香族チオールで誘導体化処理することを含むポリ乳酸の末端COOH基量測定方法。
【請求項2】
芳香族チオールが1H-NMRスペクトルにおいてポリ乳酸のピークと重複しないピークを有し、測定を1H-NMR分光法により行う、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
芳香族チオールが250nm以上のUV吸収特性を有し、測定を250nm以上にUV吸収帯を有しない溶媒中でUV分光法により行う、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
1H-NMRスペクトルにおいてポリ乳酸のピークと重複しないピーク及び/又は250nm以上のUV吸収特性を有する芳香族チオールを含むポリ乳酸の劣化度測定試薬。

【図1】
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【公開番号】特開2010−275447(P2010−275447A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−130198(P2009−130198)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】