説明

ポーラスシリコンにより高密度反応空間アレイを形成したマイクロリアクター

【課題】単結晶のシリコン基板に、高密度反応空間をアレイ状に形成したマイクロリアクターを提供する。
【解決手段】 面方位(100)面を有する単結晶シリコン基板に、マイクロサイズの開口部と貫通孔から構成される反応空間を複数配置して形成したことを特徴とするマイクロリアクター。
【効果】本発明のマイクロリアクターは、PCR用マイクロリアクター、あるいはPyrosequencingによるDNAシーケンス手法に使用される測定用ウエルマルチプレート等として好適に使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単結晶シリコン基板に、マイクロサイズの反応空間を複数形成して配置したマイクロリアクターに関するものであり、更に詳しくは、単結晶のシリコン基板に形成したマイクロサイズの開口部と貫通孔から構成される特定の反応空間を所定の反応系の反応空間として規則的にアレイ状に配置したマイクロリアクターに関するものである。本発明は、高熱伝導性を有し、温度条件を高精度に調節することが可能であり、しかも、高精密加工によるマイクロサイズの反応空間を高精度、かつ高密度に形成したことを特徴とする、単結晶シリコン基板から成るマイクロリアクターに関する新技術・新製品を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、マイクロリアクターとして、各種の製品が開発され、報告されている。それらの先行技術としては、例えば、各種化学反応を実施するためのマイクロリアクターとして、触媒を担持した微細溝部を一方の面に備えた複数の金属基板を、該微細溝部形成面が同一方向となるように多段に積み重ね、微細溝部を連絡するための貫通孔、発熱体及びガス排出口を備えた水素製造用のマイクロリアクターが提案されている(特許文献1)。このリアクターでは、微細溝部の深さは50〜1000μm、幅は50〜1000μm、流路長は30〜40mm程度に設定されている。
【0003】
また、温度制御型マイクロリアクターに関連する技術として、ハイブリダイゼーション温度をプローブの固定場所毎に変化させることにより検出精度を向上させる方法が提案されている(特許文献2)。また、表面にDNAが固定化された流路を有する温度制御型マイクロリアクターであって、DNAが固定化された位置において、加熱及び/又は冷却のために熱電変換材料を用いて流路の温度を制御できる、自動分析、目的DNAの分取、及びPCR法等に応用可能な、温度制御型マイクロリアクターが提案されている(特許文献3)。
【0004】
また、マイクロリアクターを用いて、特定の化合物を合成する方法として、流路幅が10〜2000μmであり、反応プレートに接触している熱交換を有するマイクロリアクター中で、少なくとも一つの不飽和結合を有する有機化合物を含む溶液とオゾンを連続的に接触させることから成る含酸素化合物の製造方法が提案されている(特許文献4)。また、複数のマイクロリアクターを使用して、不均一触媒が導入されている、50μmから100mmまでの範囲内の流れ横断面積を有するチャンネル中でアルドール反応を行い、アルドール類を製造する方法が提案されている(特許文献5)。
【0005】
次に、マイクロプレートに関する先行技術として、表面に所定の規則で配列された高密度の微細パターン構造を有するバイオチップ基板であって、該凹部表面の所定部分はAu、Ag、Cu、Pd等の金属膜によって被覆されているバイオチップ基板が提案されている(特許文献6)。また、長鎖炭化水素鎖を含む化合物が共有結合により固層化されたマイクロプレートを用いて糖脂質を測定する方法及びそのマイクロプレートが提案されている(特許文献7)。
【0006】
また、マイクロプレートを使用した免疫学的測定方法であって、マイクロプレートのウエル中、抽出液又は緩衝液と共に存在する体液を吸収させた液吸収性担体をウエルから除去するために、マイクロプレートを逆さまにし、該抽出液と共に液吸収性担体を同時に排出する方法が提案されている(特許文献8)。また、サンプル中の生物学的分子に結合したリン酸基の存在又は不存在を測定する方法であって、ウエルプレートが96,384又は1536ウエルを有するマイクロプレートを用いて、ペプチドのリン酸化又は脱リン酸化などの生物学的分子における化学反応を簡便に検出する方法が提案されている(特許文献9)
【0007】
また、基板上に配設された凹部内に試料を導入し、所定の化学反応を行うマイクロリアクターにおいて、20μmのレジスト開口部から成る凹部の内面が試料に対して親和性を有し、凹部の開口周辺部分が試料に対して非親和性を有するマイクロリアクターが提案されている(特許文献10)。また、PCR用マイクロプレートに関するものとして、目的とする鋳型DNAを含むPCR反応液を導入して増幅を行わせる多数のウエルが、100ウエル/cm程度の密度で、プレート本体の表裏を貫通して毛細管状に形成されたPCR用マイクロプレートが提案されている(特許文献11)。また、単片として電気鋳造された、8×12のアレイに配列されて成るサンプルウエルを使用したPCRのための装置が提案されている(特許文献12)。
【0008】
また、オンライン自動化非電気泳動的固相DNA配列法に関するものとして、マイクロタイターウエルから成る固体支持体を用いて、一本鎖DNA配列中の標的位置の塩基を同定する方法が提案されている(特許文献13)。更に、特定の部位で反応が起こっていることを示す光について反応部位のアレイを同時にモニタリングするための装置であって、反応部位として、マイクロタイタープレートを使用し、該プレートが実質的に一定、かつ均一な温度に維持するための熱制御手段に接触している、反応モニタリングシステムが提案されている(特許文献14)。また、これらの提案を用い、パイロシーケンス(登録商標)法を実行するシステム(非特許文献1)と、そのシステム内で用いられる磁性ビーズによるエマルジョンPCR法(非特許文献2)の詳細も公知となっている。
【0009】
そして、これらの反応装置の基板としては、例えば、金属(Al、Cu、ステンレス等)、ガラス(石英ガラス、無アルカリガラス、ソーダライムガラス、低膨張結晶化ガラス等)、カーボン、セラミックス、半導体材料(シリコン、ImP、GaAS等)、樹脂材料(エポキシ樹脂、アクリル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリイミド樹脂、フッ素樹脂等)が使用されており、また、これらの反応装置に温度制御手段を配設することも行われている。しかし、従来装置では、一般に、加工が容易な金属基板、ガラス基板及び樹脂基板を用いた反応装置が主に用いられており、セラミックス基板や半導体基板を用いて、特に、高精度、かつ高密度の微細構造から成るマクロポーラス化領域を形成することは、技術的及びコスト的に困難であり、その使用が大きく制限されていたのが実情であった。
【0010】
【特許文献1】特開2005−47794号公報
【特許文献2】特開2001−235469号公報
【特許文献3】特開2003−299485号公報
【特許文献4】特開2004−285001号公報
【特許文献5】特開2002−155007号公報
【特許文献6】特開2005−274368号公報
【特許文献7】特開2005−221293号公報
【特許文献8】特開2003−222627号公報
【特許文献9】特開2005−95144号公報
【特許文献10】特開2004−333404号公報
【特許文献11】特開2002−335960号公報
【特許文献12】特表2001−521379号公報
【特許文献13】特表2001−501092号公報
【特許文献14】特表2002−518671号公報
【非特許文献1】Margulies et al, Nature vol. 437,15 September, pp.376-380 (2005)
【非特許文献2】Dressman et al, Proc. Natl.Acad. Sci. USA vol. 100, no. 15, July 22, pp.8817-8822 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、高密度反応空間を有する新しいマイクロリアクターについて鋭意研究を重ねた結果、単結晶シリコン基板に、固体支持担体を収容可能な開口部を有し、かつ、該開口部に反応液の流出・流通手段となる貫通孔が接続された反応空間を、高精度、かつ高密度に形成したマイクロリアクターの開発に成功し、本発明を完成するに至った。本発明は、ポーラスシリコンにより高密度反応空間をアレイ状に形成したマイクロリアクターであって、例えば、上記反応空間は一辺1〜20μm程度の開口部を有し、これらが1〜10μm程度のピッチでアレイ状に配置した、また、上記反応空間に収容した反応系の温度制御手段をも有しているマイクロリアクターを提供することを目的とするものである。更に、本発明は、温度制御が必要な化学反応一般を、微小な体積で、並列的に、かつ迅速に行うことが可能な、マイクロリアクターを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を達成するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
即ち、本発明は、面方位(100)面を有する単結晶シリコン基板に、マイクロサイズの開口部と貫通孔とから構成される反応空間を、複数配置して形成したことを特徴とするマイクロリアクター、に係るものである。そして、本発明では、(1)上記反応空間が、固体支持担体を収容可能な反応空間であること、(2)上記固体支持担体が、その表面に官能基を有する固体支持担体であること、(3)上記固体支持担体が、水酸基、カルボキシル基、アルデヒド基、アミノ基含有物質、アビジン、又はストレプトアビジンをコーティングしてそれらの官能基を導入したDNA捕捉用粒子から成る固体支持担体であること、を好ましい実施態様としている。また、本発明では、(4)上記単結晶シリコン基板上に、反応空間に収容された反応系の温度条件を調整するために、半導体回路から構成される温度調整手段を設けたこと、(5)上記シリコン基板に、上記貫通孔から、反応空間に収容された反応液を流通又は流出させる、流通又は流出手段を設けたこと、(6)上記開口部が、シリコンの(111)面が露出した逆ピラミッド型の穴形状から成る構造を有することを、好ましい実施態様としている。また、本発明では、(7)上記反応空間の内表面の少なくとも一部の領域に酸化膜が形成されている、又はエッチングにより平滑化されていること、(8)上記反応空間の内表面の少なくとも一部の領域に、ポーラス化(多孔質化)された薄層が形成されていること、(9)上記反応空間の内表面の少なくとも一部の領域に官能基を付着させたこと、(10)上記官能基が、水酸基、カルボキシル基、アルデヒド基、又はアミノ基であることを、好ましい実施態様としている。更に、本発明では、(11)マイクロリアクターが、PCR用反応器であること、(12)マイクロリアクターが、パイロシーケンス用反応器であること、を好ましい実施態様としている。
【0013】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、単結晶シリコン基板上に、反応空間を高密度なアレイ状に配置された反応空間として形成したことを特徴とするものである。本発明では、固体支持担体を収容可能なマイクロサイズの開口部と、上記開口部が貫通孔につながった構造を以って、反応空間とする。本発明では、上記開口部が、シリコンの(111)面が露出した逆ピラミッド型の穴形状から成る構造を有することが好適なものとして例示される。また、本発明では、上記開口部につながった貫通孔が、反応空間に収容された反応液を流出させる、流出手段として作用することが可能である。
【0014】
本発明では、上記反応空間の内表面に、必要により、酸化膜を形成すること、あるいは該内表面をエッチングにより平滑化することが可能である。また、本発明では、上記反応空間の内表面に、必要により、ポーラス化(多孔質化)された薄層を形成することが可能である。また、本発明では、必要により、上記反応空間の内表面に、水酸基、カルボキシル基、アルデヒド基、又はアミノ基等に代表される適宜の官能基を付着させることが可能である。また、本発明では、上記シリコン基板に、反応空間に収容された反応液の温度条件を調整する温度調整手段やPCR反応器における反応液の昇温及び降温調整手段を設けることが可能である。
【0015】
本発明では、基板として、単結晶シリコン基板が用いられるが、該単結晶シリコン基板として、好適には、例えば、面方位(100)面を有し、抵抗率20Ωcm程度の単結晶シリコン基板が用いられる。上記単結晶シリコン基板の厚さとしては、200μm程度のものが好適なものとして例示されるが、使用目的に応じて、適宜の厚さのものが使用される。本発明により、フォトマスクを用いて、所定の厚さの単結晶シリコン基板より、上記反応空間を形成したリアクター用基板を作製する。このフォトマスクで作製される基板の好適なサイズは15mm角程度であり、例えば、中央に反応空間を形成した領域が配置され、その周りに1mm程度のマージンが存在する。また、反応空間は、例えば、1300個×1300個のアレイ状に配置させ、この場合、全部で1,690,000個(1.69M)となるが、これらに制限されるものではなく、任意の個数及び形態から成る反応空間を形成することができる。
【0016】
個々の反応空間は、例えば、一辺1〜20μmの開口部を有し、1〜10μm程度のピッチで配置される。開口部は、シリコンのウェットエッチにより形成され、シリコンのファセットが出て、57.4°の角度で刻まれる。その底の部分は、電解加工により形成される正方形断面の貫通孔とつなげることが可能である。この貫通孔は、例えば、反応に用いる固体支持担体用のビーズの大きさに合わせて、サイズを一辺1〜20μmの範囲で調整し、反応液を通すが上記ビーズを通さない形状に調整することができる。本発明において、反応空間形成領域とは、面方位(100)面を有する単結晶シリコン基板上に、上記開口部と貫通孔からなる反応空間が、上述のようなピッチで高密度に配置された基板上の領域を意味するものとして定義される。
【0017】
また、この貫通孔の形状は、開口部に接続する部分をボトルネックとして、深くなるにしたがって大きくすることも可能である。また、貫通孔の長さ(深さ)については、必ずしも、原材料基板の厚さに一致する長さの貫通孔とする必要はなく、また、反応空間形成領域のみを研磨などの手段により薄くすることによって、貫通孔の長さを短くすることも可能である。なお、貫通孔の裏面での貫通孔の形状は、特に制御された構造とはならないため、必要に応じて、特別に研磨処理を施すなどの追加加工を行うことが可能である。
【0018】
なお、電解加工処理された孔の内部には、水系の溶液(極性溶媒)が浸透するものと考えられることから、電解加工後に、KOHやHFなどによる酸化膜又はシリコンの追加エッチが可能である。したがって、加工後のエッチングにより平滑化された孔の内表面を得ることが可能であり、一方、電解の条件によっては、孔の内面に、ポーラス化(多孔質化)された薄層を残すことも可能である。
【0019】
次に、本発明のマイクロリアクターを作製する方法について説明すると、基板として、面方位(100)面を有する単結晶シリコン基板を用意し、該基板の表面を洗浄後、例えば、1000℃以上の酸素雰囲気中で熱酸化し、200μm程度の厚さの酸化膜を形成する。次に、酸化膜を形成した単結晶シリコン基板上に、フォトリソグラフィーの手法により、フォトレジストパターンを形成し、続いて、緩衝フッ酸により露出した熱酸化膜の一部をエッチングし、更に、レジストを除去することにより、単結晶シリコン基板上に、上記レジストパターンが転写された酸化膜マスクを形成する。
【0020】
次に、水酸化カリウム(KOH)水溶液を用いて、シリコン基板をエッチングすることにより、シリコンの(111)面が露出した、逆ピラミッド型の穴形状の開口部を形成する。この場合、逆ピラミッド型の頂点は、酸化膜マスクの中心位置にほぼ一致する。次に、上記開口部が形成されたシリコン基板の裏面に金薄膜等を真空蒸着し、基板への電気的導通を取る。その後、電解セルを用いて、シリコン基板の表面の陽極酸化を行うことにより、中心が逆ピラミッドの頂点に一致した、所定形状の断面を持つ貫通孔が形成される。この場合、陽極酸化用の電解溶液としては、好適には、例えば、フッ酸(HF)溶液が用いられ、シリコン基板の表面をフッ酸溶液に接触させることで、酸化膜マスクは溶解、除去される。また、陽極酸化反応を増強するために、ハロゲンランプにより、熱吸収フィルターを通して、基板裏面を光照射しながら、陽極酸化反応を進行させることが好ましい。そして、電解電流は、バイアス電圧と裏面から照射される光量によって変化するので、これを調節することができ、同時に、形成される深孔の所定の断面の一辺の長さも調節することができる。
【0021】
本発明では、上記作製工程により、反応空間形成領域の部位、開口部の形態及び大きさ、開口部の深度、貫通孔の断面形状等を任意に設計し、作製することが実現できるので、単結晶シリコン基板に、適宜のマイクロサイズの開口部及び貫通孔を形成したマイクロリアクターを提供することが可能となる。また、本発明のマイクロリアクターを構成する単結晶シリコン基板は、高熱伝導性の特性を有していることから、例えば、半導体回路を用いて温度調整手段を設置することにより、反応液の温度条件を高精度に調節することができる。
【0022】
また、本発明のマイクロリアクターは、貫通孔の断面形状、及び貫通孔の長さ(深さ)を任意に形成できるので、例えば、反応液を流通させたり、流出させるための流通孔又は流出孔として利用することも適宜可能であることから、特に、連続反応が必要とされる反応系のマイクロリアクターとして好適に使用することができる。それらの適用対象としては、例えば、DNA解析に用いるパイロシーケンス用のマイクロタイターウエル、マイクロタイタープレート、PCR用マイクロプレート、バイオチップ用基板、免疫学的測定用マイクロプレート、薬効スクリーニング用マイクロリアクター、化学物質合成用マイクロリアクター、ウエルマルチプレート等が例示される。しかし、これらに制限されるものではなく、これらと同等ないし類似のものであれば同様に適用対象とされる。
【0023】
従来材として、例えば、シリコン基板をマイクロリアクター材料として利用することは種々試みられていたが、シリコン基板に、高精度、かつ高密度の反応空間形成領域を実現することは技術的にも、また、コスト的にも困難であり、従来、高精度、かつ高密度にマイクロサイズの開口部とこれに接続した貫通孔を形成したマイクロリアクターとしての利用は進展していなかった。これに対して、本発明では、面方位(100)面を有する単結晶シリコン基板を用いて、該シリコンの(111)面が露出した、逆ピラミッド型の開口部を形成することにより、単結晶基板に、高精度、かつ高密度にマイクロサイズの開口部と貫通孔から構成される反応空間を形成することが可能であり、それによって、所定の反応系に適合した任意のマイクロリアクターを設計し、作製することが実現可能となると共に、反応系の温度制御、流通反応による連続反応等が簡便な手段で簡便に実施できるマイクロリアクターを提供することを実現化することが可能となる。
【0024】
本発明のマイクロリアクターは、例えば、DNA試料の塩基配列決定方法の一つであるパイロシーケンス法等で使用するマイクロプレートとして有用である。この方法では、例えば、DNA試料を増殖に供し、増幅されたDNAを固定化して、次に、鎖分離に供し、配列決定すべきDNAの部分に隣接する固定化DNAにハイブリダイズする伸長プライマーを用意し、次に、固定化一本鎖DNAの4つのアリコートの各々を、DNAの存在下でポリメラーゼ反応に供し、標的位置の塩基に相補的なDNAのみが取り込まれるようにし、塩基取り込みにより放出されたピロホスフェートを同定し、次に、試料/プライマーの反応していないアリコートに取り込まれた塩基を添加し、すべてのアリコート中でプライマーを反応液から分離し、DNAの塩基配列を決定することから成る、上記プロセスを繰り返して、DNA試料の塩基配列を決定する操作を行うためのマイクロプレートとして、本発明のマイクロリアクターを利用することができる。
【0025】
より詳細には、本発明のマイクロリアクターは、DNAポリメラーゼの伸長反応をリアルタイムに検出することで塩基配列を解読し、DNAのシーケンスを行う、所謂パイロシーケンス法を実現する従来技術における、ウエルマルチプレートとして使用することができる。この方法では、目的のDNA領域を、片側がビオチンラベルされたプライマーセットを用い、アビジンコートされたビーズ上でエマルジョンPCR増幅することにより一本鎖化して固定し、上記テンプレートが固定されたビーズを本発明によるマイクロリアクターの反応空間を構成する上記開口部に捕捉して、従来技術におけるウエルマルチプレートとして本発明のマイクロリアクターを使用する。更に、反応に必要な酵素ミックス、基質ミックスは、これらをマイクロリアクター上に滴下することで、全てのマイクロリアクター上の反応空間に一瞬にして同時に供給することができる。また、反応後は、空気圧などの印加、減圧などの手段を用いて、各反応空間から一斉に反応液を除去することが可能である。次いで、1種類ずつdNTPsを滴下し、dNTPがビーズ上のテンプレートに相補して、伸長反応が起こりピロリン酸を発生する工程、発生したピロリン酸をカスケード反応により発光反応を起こし、適当な光検出機構により発光ピークパターン(パイログラム)を得る工程を用い、塩基配列を解読することが可能となる。
【0026】
本発明のマイクロリアクターは、例えば、固体ビーズ等の固体支持担体を利用したPCR反応用の反応器として好適に使用することができる。PCR反応系において、固体支持担体を利用することにより、増幅させた標的DNAを特異的に固体支持担体に固定化することが可能である。例えば、標的DNAの既知配列に特異的な一対の重合用プライマーとして、例えば、ビオチン修飾等により官能基を導入したプライマーを用いることで、PCR増幅産物を、例えば、表面にストレプロアビジン等の官能基を形成した固体支持担体上に固定化することが可能であり、更に、固定化された標的DNAを特異的な発色反応による比色検定測定を行うことで、比色アッセイを行うことが可能である。本発明のマイクロリアクターを用いれば、上記個体支持担体を反応空間の開口部に捕捉し、必要な反応溶液をマイクロリアクター上に滴下することにより、一瞬にして同時に各反応空間に供給して、本マイクロリアクターが有する温度制御手段をも活用し、上記PCR反応を、並列的に、かつ高速に行うことができる。更に、本発明によるマイクロリアクターを用いれば、従来のパイロシーケンスによるDNA解析装置において、前工程として行われていた磁性ビーズを用いたエマルジョンPCRの工程をも、開口部における上記磁性ビースの捕捉によって行うことができ、ビーズのエマルジョン化に関わる工程を省くことができる。
【0027】
本発明では、上記固体支持担体として、例えば、磁性ビーズや、アガロース、セルロース、アルギン酸塩、テフロン(登録商標)、ポリスチレン粒子や、それらの材料からなる繊維、キャピラリー、更には、動植物の細胞、薬液との反応物質等が例示されるが、これらに制限されるものではなく、適宜の担体を使用することができる。これらの固体支持担体には、必要により、例えば、水酸基、カルボキシル基、アルデヒド基、アミノ基、アビジン又はストレプトアビジン等の官能基を導入することができる。この場合、例えば、ポリウレタン及びポリグリコールを用いて水酸基を、また、アクリル酸又はメタクリル酸のポリマー又はコポリマーを用いてカルボキシル基を、更に、アミノアルキル化コポリマーを用いてアミノ基を、これらの物質を固体支持担体の表面に被覆することでそれぞれ導入することができる。
【0028】
本発明では、例えば、PCR増幅産物を固体支持担体に捕捉するために、一対のPCRプライマーの一つに、ビオチン化又は他の適宜の官能基で官能化されたPCRプライマーを使用することができる。また、その一方に、特定のDNA配列に結合する、例えば、lacIタンパク質等の特定のタンパク質と、例えば、β−ガラクトシダーゼ、アルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼ等の特定の標識物質との融合タンパク質を含むPCRプライマーを使用することができる。前者のプライマーは、PCR増幅産物を固体支持担体に捕捉するために用いられる。また、後者のプライマーは、その標識物質を発色剤を添加して発色させることにより捕捉DNAの着色、蛍光、化学発色等に基づく比色アッセイを行うために用いられる。比色アッセイ後に、必要により、上記融合タンパク質をDNAから解離させることも適宜可能である。これらのPCR反応の利用形態は、特に制限されるものではなく、任意の方法を適宜利用することができる。
【0029】
本発明のマイクロリアクターは、上述のように、特に、固体支持担体を利用したPCR反応系に好適に使用することが可能であり、それにより、上述のPCR反応、そのPCR増幅産物の固体支持担体への捕捉、反応液の洗浄、反応液及び洗浄液の流出、比色アッセイ、捕捉DNAの解離等の一連の工程を同一のリアクターで並列的に、かつ連続的に行うことが可能となる。そのために、本発明のマイクロリアクターは、通常のPCR反応はもとより、PCR反応及びそれを利用した標的DNAの比色アッセイ及び塩基配列の決定等の処理操作を簡便な方法及び手段で連続的に行うための反応器として有用である。これらは、従来の反応器では、複雑な処理工程及び装置を使用して実施されていたが、本発明の特定のマイクロリアクターを用いることで複雑な処理工程や装置を用いることなく、簡便な操作で効率良く実施することが可能であることから、本発明のマイクロリアクターは、遺伝子配列の解析、ゲノーム及びプロテオーム研究等の基礎研究から応用研究開発のためのプラットフォーム技術を提供するものとして極めて有用である。
【発明の効果】
【0030】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)単結晶シリコン基板に、高精度、かつ高密度に配置された、マイクロサイズの開口部とこれにつながる貫通孔から成る、複数の反応空間を形成したマイクロリアクターを提供できる。
(2)本発明により、例えば、一辺が1〜20μm程度の開口部を有する反応空間を、高精度に規則的に配置させた反応空間形成領域を有するマイクロリアクターを作製し、提供することができる。
(3)反応液の温度制御を高精度に行うことができ、特に、流通式反応系に好適に適用できるマイクロリアクターを提供できる。
(4)ビーズ担体等の固体支持担体を利用した所定の反応系に好適な反応空間を有するマイクロリアクターを提供できる。
(5)本発明のマイクロリアクターは、開口部の周りに所定のマージン部分を形成することができ、それにより、各々の開口部に微量の特定物質を安定に収容、保持させることができると共に、隣接した開口部への混入を確実に防止することができる。
(6)微量の特定物資を微小領域に高密度に高い再現性で収容、保持できるので、バイオチップ用基板として好適に利用し得るマイクロリアクターを提供することができる。
(7)本発明のマイクロリアクターは、不定形で、かつ大きさも10マイクロリットルレベルの動物培養細胞を、微小開口部に導入することで、これを安定に保持することが可能であるので、動物培養細胞及び試料を導入して薬効スクリーニング実験等を高効率に行うことができる。
(8)高密度のウエルを有するマイクロプレートを提供できる。
(9)例えば、分離、固定化、又は固相アッセイ用の固体支持担体である、アガロース、セルロース、アルギネート、テフロン、ポリスチレン製粒子・繊維・キャピラリー、磁性ビーズ、あるいは、それらに化学修飾して官能基を担持させた支持体を開口部に導入し、所定の解析を好適に行うことが可能な特定構造の開口部を有するマイクロリアクターを提供できる。
(10)本発明のマイクロリアクターは、PCR用反応器、あるいはパイロシーケンス法(Pyrosequencing(登録商標))によるDNAシーケンス手法に使用される測定用ウエルマルチプレートとして好適に使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0032】
(マイクロリアクター用基板の作製)
本実施例では、図1に示すように、反応空間120から成るマイクロリアクター用基板を作製した。該反応空間120は、フォトリソグラフィー工程を経て、厚さ200μmの単結晶シリコン基板100上に、アレイ状に配置された。これらは、4インチサイズのウェーハ上に作製され、切り出した基板のサイズは15mm角とした。図1に示したように、中央に該反応空間120を作製した反応空間形成領域300を配置し、その周りに1mmのマージンを形成した。
【0033】
この15mm角の基板上には、該反応空間120が、1300個×1300個、10μmのピッチでアレイ状に配置され、全部で1,690,000個(1.69M)搭載されている。また、各々の反応空間120の、開口部の一辺の長さを7μmとした。シリコンのウェットエッチにより形成された開口部は、シリコンのファセットが出て、57.4°の角度で刻まれる。その底の部分は、電解加工により形成される一辺が1μmの正方形断面を有する貫通孔125につながっている。
【0034】
ここで、固体支持担体である、アガロース、セルロース、アルギネート、テフロン等の高分子物質の断片、ポリスチレン製粒子、磁性ビーズ、各種貴金属微粒子、あるいは、それら固体支持担体表面を化学修飾して官能基を担持させた微粒子状の個体支持体、動植物の細胞、薬液との反応物質等を担持させた微小物体を総称して、微小担体と呼ぶと、該開口部110は、これら微小担体130をトラップするサイトとして利用できる。該微小担体130のサイズが、この開口部110の一辺の長さ(図1では、7μmとした)よりも小さく、かつ、該開口部110の底部に続く貫通孔125の断面のサイズが該微小担体130よりも十分小さければ、該開口部110は該微小担体130のみをトラップし、化学反応に用いられた薬液を、該貫通孔125を通じて、基板の裏面に向かって排出することができる、反応空間120となる。該微小担体130の大きさに合わせて、該開口部110のサイズを最大20μm、該貫通孔125断面の一辺のサイズを1〜20μmの範囲で調整することも可能である。
【0035】
反応空間120は、図2に示した方法によって作製した。図2(1)〜(5)は、作製工程の概略を示す断面図である。図2(1)に示したように、面方位(100)面を有する、抵抗率20Ωcm程度で厚さ200マイクロメータの、n型にドープされた単結晶シリコン基板100を用意し、該基板の表面を洗浄後、1080℃の酸素雰囲気中で、3時間熱酸化し、200nm程度の酸化膜102を形成した。
【0036】
次に、図2(2)に示したように、酸化膜102を形成したシリコン基板上に、フォトリソグラフィーにより、7μm角の正方形が3μm間隔でアレイ状に配置されたパターンを用い、該正方形部分のレジストが除去されたレジストマスク104を形成した。続いて、図2(3)に示すように、緩衝フッ酸により該正方形部分に露出した該熱酸化膜102の一部をエッチングし、更に、該レジストマスク104を除去することにより、該シリコン基板100上に、該レジストマスクパターンが転写された酸化膜マスク106を形成した。
【0037】
更に、80℃の20%水酸化カリウム(KOH)水溶液を用いて、6分間、該酸化膜マスク106を形成した試料をエッチングし、図2(4)に示したように、シリコンの(111)面が露出した、逆ピラミッド型の穴形状から成る開口部110を形成した。該逆ピラミッド形状から成る開口部110の頂点は、該酸化膜マスク106の正方形の中心位置にほぼ一致した。
【0038】
更に、該開口部110が形成された該シリコン基板100を、図3にその断面構造を示した電解セルに装着し、基板裏面から光照射しながら、該シリコン基板100の表面の陽極酸化を行った。図2(5)に示したような、中心が該逆ピラミッドの頂点に一致した、5μm角の正方形断面を持つ深穴構造121が成長し、基板の裏面付近にまで到達した。
該深穴構造121が、裏面から1μm以下の距離にまで到達した時点で該陽極酸化を停止し、該シリコン基板100を電解セルから取り出し、アルゴンのスパッタエッチングなどの方法を用いて、裏面電極と該シリコン基板100の裏面をエッチングして、該深穴構造121より、貫通した貫通孔125を形成した。これにより、開口部110とそれに引き続く貫通孔125とから成る、反応空間120が完成した。
【0039】
図3において、陽極酸化用の電解溶液200は、5%フッ酸(HF)溶液であり、底に穴を開けたテフロンからなるテフロン容器210中に満たされている。該テフロン容器210の底は、耐フッ酸性ゴム材220を介して該シリコン基板100の周縁に押し付けられ、該シリコン基板100によって底が塞がれているため、該電解溶液200を該テフロン容器210内に満たすことができる。この電解セルにより、該シリコン基板の表面は該フッ酸溶液に接触するため、該酸化膜マスクは溶解し、装着後、該シリコン基板表面から速やかに除去される。
【0040】
また、該電解溶液200中には、白金電極230が設けられている。更に、該シリコン基板100の裏面は、金メッキされた銅ブロックからなる対向電極240上に接触して固定されており、このため、該シリコン基板100と該対向電極240は電気的に導通している。なお、該シリコン基板の裏面の該対向電極240と接触する部分にも、20nm程度の厚さの金薄膜を真空蒸着することで、基板への電気的導通を容易にすることができる。これらの電極配置により、該対向電極240と該白金電極230との間に電源270を接続してバイアス電圧を印加すると、該電解溶液200と該シリコン基板100の表面の界面に、陽極酸化反応を生じさせる電解電流が流れる。
【0041】
また、該陽極酸化反応を増強するため、ハロゲンランプ250により、熱吸収フィルター260を通して、基板裏面を光照射しながら、該陽極酸化反応を進行させることが好ましい。なお、該電解電流は、該バイアス電圧と裏面から照射される光量によって変化し、同時に、形成される正方形断面の一辺の長さも変化する。該バイアス電圧を4Vに固定し、光量を調節して基板表面での電流密度が5mA/cmとなるように該電解電流を調節することで、該貫通孔125が持つ正方形断面の一辺の長さは、5μm程度と成る。
【0042】
また、この該貫通孔125のサイズは、開口部に接続する部分をボトルネックとして深くなるにしたがって大きくすることも可能であった。また、該貫通孔125の長さ(深さ)については、必ずしも、基板の厚さに一致する200μmの長さの貫通孔とする必要はなく、反応空間形成領域300を研磨などの手段によりあらかじめ薄くすることにより、より短い貫通孔125を形成することも可能であった。なお、貫通孔の裏面での開口部の形状は、特に制御された構造とはならないため、必要に応じて、特別に研磨処理を施すなどの追加加工をすることにより対応した。
【0043】
電解加工処理された穴の内部は親水性を示し、水系の溶液(極性溶媒)が容易に浸透する。事実、完成した該マイクロリアクター用基板に純水を数滴垂らすと、毛細管現象により、速やかに反応空間120に滲み込んで行った。電解加工後に、KOHやHFなどの水系のエッチャントを該貫通孔125内部に浸透させると、内部に形成されているシリコン又は酸化膜の追加エッチが可能である。この処理により、より平滑化された穴の内表面を得ることが可能であった。一方、電解の条件を制御して不完全な電解研磨を行い、かつ、このような追加エッチングを行わなければ、穴の内面にポーラス化(多孔質化)された薄層を残すことも可能であった。更に、作製された該反応空間120の内面に、シランカプリング剤等を適用することにより、各反応空間120への薬剤の浸透の度合いを制御することも可能であった。
【実施例2】
【0044】
(温度制御手段を有するマイクロリアクター用基板の作製)
本実施例では、実施例1に示したマイクロリアクター用基板に、温度制御手段を付加した、マイクロリアクター用基板を作製した。図4は、本実施例の概観斜視図である。図4において、シリコン基板100上に形成された反応空間形成領域301は、反応空間120がアレイ状に配置された領域を示す。更に、本実施例のマイクロリアクター用基板は、後述するpn接合から成る温度計測素子550を有し、この素子のn型領域への電気的コンタクを取る電極パッドが、電極パッド420である。また、該温度計測素子550の、p型領域への電気的コンタクを取る電極パッドが、電極パッド460である。また、本実施例のマイクロリアクター用基板は、基板全体を加熱するために、通電によって発熱するヒータを備えており、該ヒータへ電気的コンタクを取る電極パッドが、電極パッド430及び電極パッド440である。
【0045】
図5は、該マイクロリアクター用基板を使用する際の、外部回路への接続を示した図である。温度検出回路530は、電極パッド460及び電極パッド420に接続され、電極パッド460を、電極パッド420に対して正にバイアスする電流バイアス出力回路と、該電流バイアスによって両電極パッド420及び460間に発生する電位差を検出する検出回路から構成されている。
【0046】
図6は、該温度検出回路530により計測された該電位差と、その計測が行われた時点におけるシリコン基板100の温度との関係を測定した結果を示している。この計測結果を用いれば、該電位差の計測結果から、基板の温度を推定することができる。また、該ヒータへの電気的コンタクトを取る電極パッド430及び電極パッド440は、ヒータ駆動回路510に接続され、該ヒータ駆動回路510は、該ヒータへ電力を供給する。
【0047】
温度制御装置520には、温度検出回路530からの該電位差出力が入力され、この信号を元に温度を計算し、設定温度との差を求め、設定温度に近づくよう該ヒータ駆動回路510のヒータへの電力供給を制御する。温度制御装置520は、該設定温度のメモリ機能を有する。また、該温度制御装置520は、設定温度のプログラム機能も備え、温度履歴をあらかじめ記憶しておき、自動的に該マイクロリアクター基板の温度履歴を与えることも可能である。
【0048】
次に、図7及び図8を用いて、該マイクロリアクター基板の構造を説明する。本実施例のマイクロリアクター用基板は、実施例1と同様に、該反応空間120がアレイ状に配置された反応空間形成領域301を有する。図7に示すように、該反応空間120のアレイの各列の間隙に、pドープされた領域から成るpウエル150と、その内部に、n型に高濃度ドープされた領域から成るヒータ線152を形成した。該pウエル150及びヒータ線152は、各列に平行に延びるドープされた領域であり、各列の終端では、該反応空間120の開口部110の周囲を取り囲んで隣の列の該pウエル150及びヒータ線152に接続されている。なお、シリコン基板100は、抵抗率20Ωcm程度で厚さ200μmのn型にドープされた単結晶シリコン基板である。
【0049】
該pウエル150は、反応空間形成領域301の外側に隣接して形成されたp型ドープされた広い領域から始まり、該反応空間形成領域301の右端から該マイクロリアクター容器120のアレイの間に入り込んで行き、左端から出てきて再度反応空間形成領域301の外側の広い領域に接続して行く。また、該ヒータ線152は、該pウエル150内に形成されたn型に高濃度ドープされた領域であり、コンタクト領域330から始まり、同じく該反応空間形成領域301の右端から該反応空間120のアレイの間に入り込んで行き、左端から出てきて、コンタクト領域340につながる。
【0050】
したがって、この領域に該コンタク領域330からキャリア注入を行うと、該ヒータ線152の領域を伝導して、コンタクト領域340に到達することとなる。その際の、電流が流れる向きを、反応空間形成領域301の右端部分の拡大図に、矢印で示した。この電流が流れる時、ジュール損が発生し、該マイクロリアクター容器120の周囲を加熱する。シリコン基板は良好な熱伝導を示すため、実質、該反応空間形成領域301全体が均一に加熱されることに成る。なお、コンタクト領域350は、該pウエル150内に形成された高濃度にp型ドープされた領域であり、該ヒータ線152とn型のシリコン基板との間を電気的に絶縁する目的で、n型の該ヒータ線152とpウエル150の界面に形成されるpn接合を逆バイアスするために設けられている。
【0051】
更に、反応空間形成領域301の外側の領域に形成されているn型コンタクト領域320は、該ヒータ線152と同様、n型に高濃度ドープされた領域であり、該反応空間形成領域301の近傍まで伸展して、pn接合からなる温度計測素子550の一部(n型領域)を形成する。該n型コンタクト領域320の内部には、該pn接合の一方の領域であるp領域360と、このp領域へオーミックコンタクトを取る、p型に高濃度ドープされた領域であるp型コンタクト領域365が形成される。
【0052】
ヒータ線152及びpウエル150の、薬液との接触による劣化を防ぐため、図7に示した形状を作製した後、図8に示すように、これらの部分の上部にシリコン窒化膜とシリコン酸化膜から成る保護膜400を形成した。更に、外部回路への接続を取るために、各電極パッドを形成した。これらの電極パッドに対応して保護膜400に開口が設けられており、これら開口を介して、電極パッド420は該n型コンタクト領域320へコンタクトし、電極パッド460は該p型コンタクト領域365へコンタクトし、電極パッド440はコンタクト領域340へコンタクトし、電極パッド430はコンタクト領域330へコンタクトし、電極パッド450はコンタクト領域350へコンタクトしている。
【0053】
図4に示した反応空間形成領域301内の、A−A’断面の一部分に対応した構造が、どのような作製工程を辿るかを、図9(1)〜(7)に示した。図9(1)に示したように、面方位(100)面を有する、抵抗率20Ωcm程度で厚さ200μmの、n型にドープされた単結晶シリコン基板100の表面に、pドープされた領域から成るpウエル150と、その内部に、リソグラフィー技術等を用いて、n型に高濃度ドープされた領域から成るヒータ線152を形成した。以降は、図2に示した実施例1と同様の工程を経て、図9(6)に示すような、ヒータ線152及びpウエル150を挟むように、該反応空間120が形成された。
【0054】
これによって、発熱体であるヒータ線152が、該反応空間120の近傍に形成されるため、極めて温度制御性の良いリアクター容器が実現した。更に、ヒータ線152及びpウエル150が薬液との接触により劣化することを防ぐため、図9(7)に示すように、シリコン窒化膜とシリコン酸化膜から成る保護膜400を形成した。図4における、B−B’断面に対応する部分は、図5に示した温度制御素子550の断面を含み、その近傍部分の断面構造示したものが、図10である。また、C−C’断面に対応する断面構造が図11であり、D−D’断面に対応する断面構造が図12である。図10乃至図12に示された番号の各々と等しい番号は、必ず図5、図7、又は図8にも見出され、それらの番号が示すものは全て同じものである。例えば、シリコン基板100は、図7と図10乃至12の断面図において、番号100で示されている。
【実施例3】
【0055】
(マイクロリアクター用基板を用いたPCR装置)
本実施例では、本発明によるマイクロリアクターを用いて、磁性ビーズを使用するPCR装置を作製した。本実施例で使用するマイクロリアクターとしては、実施例2に用いた反応空間120とは、若干異なる構造の反応空間を有するマイクロリアクター容器620を用いた。図13に、該マイクロリアクター容器620の断面構造、及び、上面から見た構造を示す。実施例2と同様に、該マイクロリアクター容器620は、開口部610及び貫通孔625から構成され、これらのピッチも10μmであるが、図13に示すように、このマイクロリアクター容器は、孔の断面形状が正方形ではなく長方形である。
【0056】
本マイクロリアクター用基板のその他の構造及び外部回路の接続等は、実施例2の場合と全て同等である。本実施例では、該開口部610及び貫通孔625の形状が重要であり、長方形断面の短辺の長さが用いるビーズの直径より大きく、長辺がビーズ直径の1.5倍程度の長さ、短辺が0.8程度の長さとなっている。この形状のため、磁性ビーズは開口部に捕獲されるが、これによって該貫通孔625の断面を完全に塞ぐことなく、磁性ビーズが捕獲された状態でも、反応系の薬液の流れを阻害することがない。これにより、磁性ビーズ表面に生起すると期待される化学反応の原料物質の供給が滞ることがない。
【0057】
本実施例によるPCR装置を用いたPCR増幅の操作は、以下の手順で行った。まず、アビジンでコートされた磁性ビーズを用意した。PCR増幅に用いる一対のプライマーA及びBのうち、一方のプライマーを5’−ビオチンラベルされたプライマーBとし、PCR増幅に先立ち、このプライマーBを磁性ビーズにアビジンービオチン反応によって結合した。このプライマーBには、特定のDNA配列に結合する、例えば、lacIタンパク質等の特定のタンパク質分子が結合されており、PCR増幅産物を磁性ビーズ上に捕捉することができる。プライマーBに接合した磁性ビーズを分散させた溶液を、マイクロリアクター用基板上に滴下し、各開口部610中に、各一個ずつ磁性ビーズ650を捕獲させた。開口部610とそれに続く貫通孔625による毛細管現象により、該磁性ビーズを分散させた溶液は、各反応空間620の中に容易に浸透して行く。該開口部610の個数と、該磁性ビーズを分散させた溶液の密度とを調節することで、各開口部610の各々に平均1個以下の充填率を達成した。
【0058】
次に、磁性ビーズを捕獲した基板を、純水又はその他の溶媒によって洗浄した。その際、開口部610側から洗浄用の溶媒を流入させ、空気圧などの印加、減圧などの手段を用いて、各反応空間から一斉に溶液を除去した。裏面から排出する流れによって該マイクロリアクター容器620と捕獲した磁性ビーズ650の洗浄を行うことで、捕獲した磁性ビーズ650の損失を最小限に抑えることができる。また、洗浄後、乾燥すると、これらの磁性ビーズは、ファンデルワールス力で弱く基板に束縛された状態で取り出される。
【0059】
次に、増幅しようとするDNA断片、一対のプライマーのうちの他方のプライマーA、及びPCR増幅に必要な他の薬液、の全てを混合した反応溶液を、上記磁性ビーズを捕捉したマイクロリアクター上に滴下した。これにより、増幅しようとするDNA断片は、磁性ビーズ上のプライマーBに結合するが、その際、該DNA断片の濃度を調節し、磁性ビーズに平均一個以下のDNA断片が結合するよう設定した。
【0060】
この状態で、本発明によるマイクロリアクターの温度制御機構を用いて温度サイクルを発生することで、PCR増幅反応が進展した。この場合、磁性ビーズ上の一つのプライマーB分子に結合した最初のDNA断片がテンプレートとなり、これによって複製されたDNA断片は、磁性ビーズ上に固定されている他のプライマーB分子に結合して捕獲されるため、これを繰り返して得られた複製されたDNA断片は、磁性ビーズ上に固定されることなり、原理的には、磁性ビーズ上のプライマーB分子が全て複製されたDNA分子に結合されるまで、磁性ビーズ上のDNA断片の密度が増加して行く。
【0061】
なお、PCR反応を行う際には、PCR反応液の蒸発を抑えるため、PCR反応液の溶媒の蒸気圧を調整するか、該マイクロリアクター用基板を、密閉容器内に収容して行うことが望ましい。反応後には、空気圧などの印加、減圧などの手段を用いて、各反応空間から一斉に反応液を除去した。その後、再び、増幅したDNA断片を結合した磁性ビーズを、純水又はその他の溶媒によって洗浄した。
【0062】
ここで、一個の該反応空間620内の空間の体積を、その形状寸法から計算すると、0.5pL程度となり、反応空間形成領域301全体に10μmピッチで形成された1000行1000列のアレイに含まれる該マイクロリアクター容器620全数(約10の6乗個)に対応する空間の体積は、0.5μL程度に過ぎない。したがって、一回の操作に必要な最低限のPCR反応溶液の消費量は、従来の4000μLの8000分の1程度となり、本発明のマイクロリアクターを用いることで、PCR反応溶液の消費量が抑えられ、大幅な運用コスト削減につながる。
【0063】
更に、本実施例で磁性ビーズ650を用いる理由は、一般に、ビーズ上に固定されたDNAプローブのハイブリダイゼーションの効率が、平面上に固定されたプローブの効率よりも高いことにある。また、このような支持担体は、磁石を用いて基板から容易に回収できるという利点もある。更にまた、該PCR反応後、これらの磁性ビーズを該マイクロリアクターから回収することなく、各磁性ビーズ上のDNA断片をプローブとして、そのまま蛍光標識された試料DNA断片に接触させてハイビリダイゼーションに供し、DNAチップとして利用することもできる。蛍光信号の読み取りには、共焦点顕微鏡を備えたスキャナーを利用することができる。
【0064】
また、PCR増幅後の本発明のマイクロリアクターでは、磁性ビーズを該マイクロリアクター用基板から回収することなく、そのまま、パイロシーケンス法による該磁性ビーズ上に固定化されたDNA断片の塩基配列の決定を行う試料として供することが可能であることは、言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0065】
以上詳述したように、本発明は、単結晶シリコン基板上に、反応空間として形成したマイクロリアクターに係るものであり、本発明により、マイクロサイズの複数の開口部と、上記開口部につながった貫通孔から成るマクロポーラス化領域を高精度、かつ高密度に形成したマイクロリアクターを提供することができる。本発明は、特に、固体ビーズ等の固体支持担体を利用した反応系に好適に使用可能な特定の開口構造を有する複数の開口部から成るマクロポーラス化領域を具備したマイクロリアクターに関する新技術・新製品を提供するものとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】反応空間から成るマイクロリアクターの概要を示す。
【図2】深孔マイクロリアクターの作製工程を示す。
【図3】陽極酸化用の電解溶液を満たした電解セルを示す。
【図4】温度制御手段を有するマイクロリアクター用基板を示す。
【図5】マイクロリアクター用基板の外部回路への接続を示す。
【図6】電位差と温度との関係を示す。
【図7】マイクロリアクター基板の構造を示す。
【図8】マイクロリアクター基板の構造を示す。
【図9】反応空間形成領域の作製工程を示す。
【図10】図4におけるB−B’の断面構造を示す。
【図11】図4におけるC−C’の断面構造を示す。
【図12】図4におけるD−D’の断面構造を示す。
【図13】PCR用反応器の開口部の構造を示す。
【符号の説明】
【0067】
100 単結晶シリコン基板
102 酸化膜
104 レジストマスク
106 酸化膜マスク
110 開口部
120 反応空間
121 貫通孔
125 貫通孔
130 微小担体
150 pウエル
152 ヒータ線
200 電解溶液
210 テフロン容器
220 耐フッ酸性ゴム材
230 白金電極
240 対向電極
250 ハロゲンランプ
260 熱吸収フィルター
270 電源
300 反応空間形成領域
301 反応空間形成領域
320 n型コンタクト領域
330 コンタクト領域
340 コンタクト領域
350 コンタクト領域
360 p領域
365 p型コンタクト領域
400 保護膜
420 電極パッド
430 電極パッド
440 電極パッド
460 電極パッド
510 ヒータ駆動回線
520 温度制御装置
530 温度検出回路
550 温度計測素子
610 開口部
620 マイクロリアクター容器
625 貫通孔
650 磁性ビーズ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
面方位(100)面を有する単結晶シリコン基板に、マイクロサイズの開口部と貫通孔とから構成される反応空間を、複数配置して形成したことを特徴とするマイクロリアクター。
【請求項2】
上記反応空間が、固体支持担体を収容可能な反応空間である、請求項1に記載のマイクロリアクター。
【請求項3】
上記固体支持担体が、その表面に官能基を有する固体支持担体である、請求項2に記載のマイクロリアクター。
【請求項4】
上記固体支持担体が、水酸基、カルボキシル基、アルデヒド基、アミノ基含有物質、アビジン、又はストレプトアビジンをコーティングしてそれらの官能基を導入したDNA捕捉用粒子から成る固体支持担体である、請求項2又は3に記載のマイクロリアクター。
【請求項5】
上記単結晶シリコン基板上に、反応空間に収容された反応系の温度条件を調整するために、半導体回路から構成される温度調整手段を設けた、請求項1乃至4のいずれかに記載のマイクロリアクター。
【請求項6】
上記シリコン基板に、上記貫通孔から、反応空間に収容された反応液を流通又は流出させる、流通又は流出手段を設けた、請求項1乃至5のいずれかに記載のマイクロリアクター。
【請求項7】
上記開口部が、シリコンの(111)面が露出した逆ピラミッド型の穴形状から成る構造を有する、請求項1乃至6のいずれかに記載のマイクロリアクター。
【請求項8】
上記反応空間の内表面の少なくとも一部の領域に酸化膜が形成されている、又はエッチングにより平滑化されている、請求項1乃至7のいずれかに記載のマイクロリアクター。
【請求項9】
上記反応空間の内表面の少なくとも一部の領域に、ポーラス化(多孔質化)された薄層が形成されている、請求項1乃至7のいずれかに記載のマイクロリアクター。
【請求項10】
上記反応空間の内表面の少なくとも一部の領域に官能基を付着させた、請求項1乃至7のいずれかに記載のマイクロリアクター。
【請求項11】
上記官能基が、水酸基、カルボキシル基、アルデヒド基、又はアミノ基である、請求項10に記載のマイクロリアクター。
【請求項12】
マイクロリアクターが、PCR用反応器である、請求項1乃至11のいずれかに記載のマイクロリアクター。
【請求項13】
マイクロリアクターが、パイロシーケンス用反応器である、請求項1乃至12のいずれかに記載のマイクロリアクター。

【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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