説明

マイコバクテリウム(Mycobacterium)属細菌を用いた、気体中の硫化カルボニルを分解する方法。

【課題】
気体中の硫化カルボニル(COS)を分解する細菌及び、その分解方法を提供する。
【解決方法】
マイコバクテリウム(Mycobacterium )属細菌の、Mycobacterium sp. JK30株、Mycobacterium sp. SGM01株、Mycobacterium sp. SGM02株、Mycobacterium sp. SGM07株、及び、Mycobacterium sp. SGM016株、から選ばれる少なくとも1種以上のマイコバクテリウム(Mycobacterium )属細菌を培養して得られた培養菌体またはその菌体処理物を含む土壌を、気体中の硫化カルボニルと接触させ分解する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、気体中に存在する硫黄化合物である硫化カルボニルの分解細菌と、気体中の硫化カルボニルを分解する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
硫化カルボニルは対流圏において、最も量的に多い硫黄系ガスであり、地表付近には平均的な濃度で亜硫酸ガスの5倍量に相当する、約500pptv程度存在する。又、他の硫黄系ガスより安定であり、例えば、亜硫酸ガスの滞留時間が1日程度に対し、硫化カルボニルは1年半近く滞留する。このため、対流圏中より成層圏まで達する割合も多く、対流圏から長い時間をかけて成層圏へ移動されるが、成層圏30Kmの地点の濃度は約5pptvまで低下することが知られている。このことは、硫化カルボニルは対流圏より成層圏にまでに達する間に、紫外線によって光分解され、その結果硫黄分は酸化され最終的には硫酸イオンとなり、成層圏の硫酸エアロゾル形成の原因となる。
【0003】
硫化カルボニルの主な供給源として、土壌中や海洋の微生物からの排出物、あるいは、火山噴火によるものや、海水中の硫酸イオンが植物プランクトンの体内で還元され排出されたジメチルスルフィイドの酸化による、自然から発生するものと、工場から排出された二硫化炭素や、バイオマスや化石燃料の燃焼ガス中から発生する、人間活動に起因するものがあり、全体の約20%は人間活動に伴うものであると言われている。このため、今後も化石燃料等の使用が増大する限り硫化カルボニルの対流圏への放出は増加することが予想される。
【0004】
製鉄業におけるコークス炉・高炉ガス、石油精製業における種々の発生ガス、さらに種々の産業における煙道ガス等の乾式法によるガス中の硫化カルボニルの除去方法として、吸収剤として鉄化合物の担体に第1級アミンであるジグリコールアミンを担持させたものを用いることにより、ガス中の硫化カルボニルを吸収除去する方法は知られているが、硫化カルボニル濃度としては100ppmv程度の高濃度を想定している。
【0005】
【特許文献1】特開平2−9410号公報
【0006】
有害物質による汚染環境の浄化・修復の手段としてバイオレメディエーションの実用化が求められており、純粋培養したCO−utilizing bacteria, Peptostreptococus products U-1が、20,000ppmvという非常に高濃度の硫化カルボニルを分解した報告はある。
【0007】
【非特許文献1】Vega, J.L., K.T. Klasson, D.E. Kimmel, E.C. Clausen and J.L. Gaddy、 "Sulfur Gas Tolerance and Toxicity of CO-Utilizing and Methanogenic Bacteria" 、Applied Biochemistry and Biotechnology,、24/25,、329 -340、1990。
【0008】
しかしながら、対流圏の存在する硫化カルボニルの濃度、500pptv程度の非常に低い濃度においても硫化カルボニルを分解する機能を有する微生物は知られていない。
【0009】
又、硫化カルボニルガスには皮膚や目に対する刺激作用があるので、生命体が対流圏の平均的濃度より高い濃度の硫化カルボニルの環境に置かれた場合には、生命体に何らかの悪い影響を与えると考えられる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
対流圏中に存在するような、低濃度の硫化カルボニルでも分解可能な、硫化カルボニル分解細菌と、気体中の低濃度の硫化カルボニルを分解する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、硫化カルボニルを分解するマイコバクテリウム(Mycobacterium )属細菌を提供する。
【0012】
Mycobacterium sp. JK30株、Mycobacterium sp. SGM01株、Mycobacterium sp. SGM02株、Mycobacterium sp. SGM07株、及び、Mycobacterium sp. SGM016株、である、前記のマイコバクテリウム(Mycobacterium )属細菌を提供する。
【0013】
マイコバクテリウム(Mycobacterium )属細菌を培養して得られた培養菌体、または、その菌体処理物を含む土壌を、接触させることにより、気体中の硫化カルボニルを分解する方法を提供する。
【0014】
Mycobacterium sp. JK30株、Mycobacterium sp. SGM01株、Mycobacterium sp. SGM02株、Mycobacterium sp. SGM07株、及び、Mycobacterium sp. SGM016株、から選ばれる1種以上のマイコバクテリウム(Mycobacterium )属細菌を培養して得られた培養菌体、または、その菌体処理物を含む土壌を、接触させることにより、気体中の硫化カルボニルを分解する方法を提供する。
【発明の効果】
【0015】
空間の硫化カルボニル濃度を、引き下げることができる。又、硫化カルボニルを排出する燃焼装置の排気系に設置して、硫化カルボニルの排出量を削減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明者は、土壌環境中の硫化カルボニル分解細菌について、広い知見を得る目的で、硫化カルボニル分解細菌の単離を試みた結果、森林土壌から採取した土壌中に、硫化カルボニル分解する微生物があることを見出した。
【0017】
単離方法は以下の通りである。トリプトン、ソイペプトン、および土壌抽出液を主成分とする寒天培地上に、土壌希釈液を接種し、形成されたコロニーを単離した。単離菌株に対し、密封されたPYG斜面培地(ペプトン、酵母エキス、グルコースを含む培地)上において、30ppmvの硫化カルボニルの分解能力を、無菌培地と比較することで判断した。硫化カルボニル濃度の経時変化はFPD−GCを使用しを定量した。
【0018】
本発明者は、単離した微生物を同定するため、微生物の系統樹を作るときによく用いられる保存性の良い遺伝子の一つである16SrDNAに着目した。16SrDNAは、進化速度が遅いので進化系統樹の作成に適しており、タンパク質との複合体を作り、リボソームを作る。微生物を培養しDNAを抽出し、その中の16SrDNAを増幅させて遺伝子解読を行い、微生物の、遺伝子系統解析を行った。
【0019】
単離した、従属栄養細菌112株の内31株において、硫化カルボニル分解活性がみられた。16SrDNAの塩基配列の解析結果より、Actinobacteriaに帰属されるマイコバクテリウム(Mycobacterium )属細菌であり、Mycobacterium sp. JK30株、Mycobacterium sp. SGM01株、Mycobacterium sp. SGM02株、Mycobacterium sp. SGM07株、及び、Mycobacterium sp. SGM016、の5株が同定された。
【0020】
Mycobacterium sp. JK30株を試験管内の寒天培地上で培養した後、密栓し、30ppmvの硫化カルボニルを含む空気と30℃で接触させた。硫化カルボニル濃度は大幅に減少し、1時間後には硫化カルボニル(COS)濃度が初期より80%以上も削減し、硫化カルボニル分解活性が見られた、図1。
【実施例】
【0021】
オートクレーブを使用して121℃/30分間の滅菌処理を行った滅菌土壌をシャーレに入れ、森林土壌から単離した硫化カルボニル分解細菌のうち活性の高い菌株、Mycobacterium sp. JK30株、Mycobacterium sp. SGM01株、及びMycobacterium sp. SGM02株の各々の培養液を、この滅菌土壌に接種し、各々を25℃で10日間暗所に培養後、接種当日と10日後の細菌数を数え細菌数の増殖度を調べた。前記の菌の接種した土壌入りシャーレを5Lアルミニウムバッグに入れ、バック内を無菌空気に置換後、密封し、25℃の暗所に静置した。密閉したアルミバックより、10時間ごとに、300mlの気体を採取し、この気体を液体酸素で冷却・濃縮し、濃縮した濃縮物を加熱導入器を装備したFPD−GC装置を使用し硫化カルボニル濃度を定量した。滅菌した土壌のみの系と、土壌なしの系を対称サンプルとした。
【0022】
(比較例)
土壌細菌である、Ralstonia sp. JK08, Mycobacterium aurum JCM6366及び、Williamsia sp. KF431の各々の培養液を使用したほかは、実施例と同様な手順により、細菌の数の変化と硫化カルボニル濃度の変化を測定した。
【0023】
図2は、実施例での、実験開始時の対流圏中の約500pptvの硫化カルボニル(COS)濃度の、時間の経過による濃度変化を示す図である。Mycobacterium sp. JK30株では、対流圏濃度の硫化カルボニル濃度を200pptv近くまで減少させた事が分かる。図3は、10日間の培養で、実施例に使用した硫化カルボニル分解細菌の増殖を示す図である。10日後の菌の密度が109個レベル以上に増加し、十分な硫化カルボニル分解機能を発現させることが分かる。
【0024】
滅菌土壌単独の場合では、硫化カルボニル濃度が時間の経過と共に増加しており、滅菌土壌からは硫化カルボニルが発生していることが分かる。しかしながら、硫化カルボニル分解細菌を含む土壌が存在した系では、初期の硫化カルボニルの濃度をほぼ維持、あるいは減少させた。つまり、本発明の硫化カルボニル分解細菌を接種した土壌の系では、対流圏中の硫化カルボニルおよび無菌土壌から発生する硫化カルボニルに相当する分の硫化カルボニルを分解する特性を発現していることが分かる。
【0025】
図4は、上記比較例での、本発明以外の土壌細菌を含む土壌の系における、対流圏濃度の約500pptvの硫化カルボニル(COS)の濃度変化を示す図であり、図5は、10日間でのこれら土壌細菌の増殖を示す。比較例の3種類の細菌では、減菌土壌と同様な硫化カルボニル濃度の増加を示し、硫化カルボニル分解機能は示していないことが分かる。
【0026】
表1は、細菌種による硫化カルボニル分解活性を示す表である。本発明の細菌が、土壌中に存在する場合でも、硫化カルボニルの分解機能を発現することが分かった。
【0027】
【表1】

【0028】
培地の栄養源としては通常用いられているものが広く用いられる。炭素源としては利用可能な炭素化合物であればよく、例えば、グルコースなどが使用される。窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、例えばペプトン、ポリペプトン、肉エキス、酵母エキス、大豆粉、カゼイン加水分解物、などの有機栄養物質も使用できる。又、塩化アンモニウムのような無機窒素化合物も使用できる。
【0029】
そのほか、リン酸塩、炭酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、ナトリウム、鉄、マンガン、亜鉛、モリブデン、タングステン、銅、ビタミン類、などが必要に応じて用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の細菌を培養した培地に、30ppmvの硫化カルボニルを接触させた場合の、硫化カルボニル濃度の変化を示した図である。
【図2】実施例での、本発明の細菌を培養した土壌を、対流圏濃度の硫化カルボニル(COS)に接触させた場合の、硫化カルボニルの濃度変化を示した図である。
【図3】実施例での、本発明の細菌を、滅菌土壌に接種し、25℃で10日間暗所で培養後の、土壌中での菌の増殖を示す図である。
【図4】比較例での、土壌細菌を培養した土壌を、対流圏濃度の硫化カルボニル(COS)に接触させた場合の、硫化カルボニルの濃度変化を示した図である。
【図5】比較例での、土壌細菌を、滅菌土壌中に接種し、25℃で10日間暗所に培養後の、土壌中での菌の増殖を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化カルボニルを分解し得るマイコバクテリウム(Mycobacterium )属細菌。
【請求項2】
Mycobacterium sp. JK30株、Mycobacterium sp. SGM01株、Mycobacterium sp. SGM02株、Mycobacterium sp. SGM07株、及び、Mycobacterium sp. SGM016株である、請求項1に記載の、マイコバクテリウム(Mycobacterium )属細菌。
【請求項3】
マイコバクテリウム(Mycobacterium )属細菌を培養して得られた培養菌体、または、その菌体処理物を含む土壌を、接触させることにより、気体中の硫化カルボニルを分解する方法。
【請求項4】
マイコバクテリウム(Mycobacterium )属細菌が、Mycobacterium sp. JK30株、Mycobacterium sp. SGM01株、Mycobacterium sp. SGM02株、Mycobacterium sp. SGM07株、及び、Mycobacterium sp. SGM016株、から選ばれる少なくとも1種以上である、請求項3に記載の、気体中の硫化カルボニルを分解する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−325419(P2006−325419A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−149714(P2005−149714)
【出願日】平成17年5月23日(2005.5.23)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年11月21日から23日 日本微生物生態学会主催の「第20回 日本微生物生態学会」において文書をもって発表
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】