マクロファージによる毛髪成長誘導
【課題】本発明は、創傷-誘導性毛髪成長のメカニズムを解明し、その解明されたメカニズムに基づいて、毛髪成長を誘導することを課題とする。本発明はまた、毛髪成長を誘導することができる物質を取得することもまた、課題とする。
【解決手段】本研究において、われわれは、ASK1-欠損(ASK1-/-)マウスが、創傷-誘導性毛髪成長の顕著な遅延を示すことを見いだした。われわれはまた、マクロファージの細胞自体またはマクロファージの細胞質フラクションを皮内注射すると、野生型(WT)マウスにおいてもASK1-/-マウスにおいても、毛髪成長が誘導されることを見いだした。これらの知見に基づき、本発明者らは本発明を完成するに至った。
【解決手段】本研究において、われわれは、ASK1-欠損(ASK1-/-)マウスが、創傷-誘導性毛髪成長の顕著な遅延を示すことを見いだした。われわれはまた、マクロファージの細胞自体またはマクロファージの細胞質フラクションを皮内注射すると、野生型(WT)マウスにおいてもASK1-/-マウスにおいても、毛髪成長が誘導されることを見いだした。これらの知見に基づき、本発明者らは本発明を完成するに至った。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、毛髪成長を誘導することに関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳動物皮膚は、3種類の分化した上皮性区画:毛包間表皮、皮脂腺、そして毛包、からなる(非特許文献1)。毛包は、哺乳動物表皮の付属器であり、それが毛髪成長において中心的な役割を果たす。各毛包中の膨隆部には、幹細胞が含有され、それが増殖および分化することにより毛包が供給される(非特許文献2;非特許文献3)。
【0003】
これまでに、皮膚における創傷が、毛髪成長を誘導することが報告された(非特許文献4)。最近では、創傷領域周囲の毛包における上皮性幹細胞の発現パターンが、自発的な毛髪周期における発現パターンと類似することが示された(非特許文献5)。このことにより、創傷-誘導性毛髪成長は、自発的な毛髪周期を伴う毛包発生とのあいだで共通のメカニズムを共有している可能性があり、そして創傷-誘導性毛髪成長の理解により、毛髪成長の一般的メカニズムが解明される可能性があることが示唆される。
【0004】
さらに、上皮性幹細胞における発生プログラムの開始が、環境シグナルにより引き起こされることが知られている(非特許文献3)。従って、創傷により、創傷領域周辺に創傷-反応性因子の放出が引き起こされ、それが直接的に毛髪成長を開始する可能性があることが想定される。しかしながら、毛髪成長因子および創傷が毛髪成長を誘導するメカニズムは、未だ解明されていない。
【0005】
アポトーシスシグナル-制御キナーゼ1(ASK1)は、マイトジェン-活性化タンパク質3-キナーゼ(MAP3K)ファミリーの構成分子であり、MKK4/MKK7-JNKシグナル伝達カスケードおよびMKK3/MKK6-p38 MAPKシグナル伝達カスケードの両方ともを活性化し、そして酸素ストレス、小胞体(ER)ストレス、カルシウム流入、およびTNFαなどの炎症性サイトカインを含む、様々な刺激に反応して活性化される(非特許文献6;非特許文献7)。
【0006】
これまでに、ASK1タンパク質は、ラット口蓋上皮において創傷を取り囲む基底層直上ケラチノサイトにおいて強力に発現されることが報告された(非特許文献8)。ASK1がケラチノサイトの分化を誘導し、そしてASK1-p38カスケードがいくつかの抗菌性ペプチドを産生することにより、先天性の皮膚免疫を制御していることもまた、示された(非特許文献9;非特許文献10)。これらの研究から、上皮の創傷治癒において、ASK1が重要な役割を果たしている可能性があることが示唆される。
【0007】
【非特許文献1】Stenn, K.S. and Paus, R. Physiol. Rev. 81, 449-494 (2001)
【非特許文献2】Taylor, G. et al., Cell 102, 451-461 (2000)
【非特許文献3】Fuchs, E. et al., Cell 116, 769-778 (2004)
【非特許文献4】Argyris, T.S., AMA Arch. Pathol. 61, 31-36 (1956)
【非特許文献5】Ito, M. and Kizawa, K. J. Invest. Dermatol. 116, 956-963 (2001)
【非特許文献6】Ichijo, H. et al. Science 275, 90-94 (1997)
【非特許文献7】Matsukawa, J. et al., J. Biochem. (Tokyo) 136, 261-265 (2004)
【非特許文献8】Funato, N. et al. Lab. Invest. 78, 477-483 (1998)
【非特許文献9】Sayama, K. et al. J. Biol. Chem. 276, 999-1004 (2001)
【非特許文献10】Sayama, K. et al. Eur. J. Immunol. 35, 1886-1895 (2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、創傷-誘導性毛髪成長のメカニズムを解明し、その解明されたメカニズムに基づいて、毛髪成長を誘導することを課題とする。本発明はまた、毛髪成長を誘導することができる物質を取得することもまた、課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本研究において、われわれは、ASK1-欠損(ASK1-/-)マウスが、創傷-誘導性毛髪成長の顕著な遅延を示すことを見いだした。われわれはまた、マクロファージの細胞自体またはマクロファージの細胞質フラクションを皮内投与すると、野生型(WT)マウスにおいてもASK1-/-マウスにおいても、毛髪成長が誘導されることを見いだした。これらの知見に基づき、本発明者らは本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、毛髪成長誘導活性を有する、マクロファージ自体、マクロファージ細胞質フラクション、またはマクロファージ細胞質タンパク質フラクションを提供することにより、上記課題を解決する。本発明において使用することができるマクロファージ細胞質フラクションとしては、たとえばマクロファージを凍結融解やホモジナイズなどによる細胞破砕により破壊した後、遠心分離することにより上清として得られるものを利用することができるが、これには限定されない。
【発明の効果】
【0011】
マクロファージの細胞自体またはマクロファージ細胞質フラクション、そしてマクロファージ細胞質フラクションのうち、特に細胞質タンパク質フラクションが、毛髪成長の誘導作用を亢進することができる。したがって、このようなマクロファージの細胞自体、その細胞質フラクション、または細胞質タンパク質フラクションを皮内に投与することにより、毛髪成長を誘導することができる。
【発明の実施の形態】
【0012】
本発明は、毛髪成長誘導活性を有する、マクロファージ自体、マクロファージ細胞質フラクション、またはマクロファージ細胞質タンパク質フラクションを提供することを特徴とする。
【0013】
「マクロファージ」という場合、狭義には、生体血液中に存在する単球(単核白血球)が分化し、組織に浸潤したもののことをいい、一般的にはF4/80タンパク質、MHCクラスII 抗原、CD86、CD23(FcεレセプターII)、CD14、CD16、CD11b、CD11cなどの細胞表面マーカーを発現することにより特徴づけられる。しかしながら、本発明において「マクロファージ」という場合には、血液または骨髄中に存在する単球を単離し、in vitroにおいて成熟・分化させた結果得られたマクロファージ、あるいはマクロファージ様の特徴を有することが知られているすべての細胞株を総称する。本発明においては、たとえば、骨髄-由来マクロファージ(BMDM)、マクロファージ様細胞RAW264.7細胞等をマクロファージとして使用することができる。本発明におけるこれらの「マクロファージ」はF4/80タンパク質、CD11b細胞表面マーカー発現し、活性化後はMHCクラスII 抗原陽性となる。
【0014】
本発明においては、毛髪成長を誘導するため、マクロファージの細胞自体、またはマクロファージの細胞質フラクションのいずれをも使用することができる。
本発明において、骨髄中に存在する単球を単離し、in vitroにおいて成熟・分化させることによりマクロファージを得る場合、まず動物の下肢より、注射針を用いて骨髄を単離し、得られた骨髄細胞を、顆粒球-単球コロニー刺激因子(GM-CSF)を含有する培養液中で培養し、骨髄-由来マクロファージ(Bone-derived macrophage;BMDM)に分化させることにより、BMDMの粗集団をマウス骨髄からin vitroで調製する。この細胞をさらに培養する過程において非-接着性顆粒球および緩く接着する樹状細胞を洗い流し、培養6日目から7日目にかけて、IL-1βを培地に添加して24時間培養し、その後、培養液を取り除き、PBSで洗浄後、PBS中にて細胞をスクレープすることにより、マクロファージ(BMDM)を回収する。
【0015】
本発明において、マクロファージ様細胞株(例えばRAW264.7細胞)をマクロファージとして使用する場合、培養液中でマクロファージ様細胞株を15 cm細胞培養ディッシュにコンフルエントになるまで培養し、これにIL-1βを培養液中に添加して、さらに24時間培養する。PBSで非-接着性顆粒球および緩く接着する樹状細胞を洗い流した後、PBS中にて細胞をスクレープすることにより、マクロファージ様細胞株を回収する。
【0016】
本発明において細胞質フラクションを使用する場合、IL-1βにより刺激していないマクロファージの細胞質フラクションを使用しても、毛髪成長の誘導作用が亢進される。しかしながら、IL-1βにより刺激して活性化した後のマクロファージの細胞質フラクションを使用すると、毛髪成長の誘導作用がさらに亢進されることが明らかになったことから、本発明においてはIL-1βにより刺激して活性化した後のマクロファージの細胞質フラクションを使用することが好ましい。
【0017】
本発明において「細胞質フラクション」という場合、細胞内の成分のうち、核膜の外側の部分を分画した結果として得られる可溶性の画分のことである。このような細胞質フラクションの製造方法はどのようなものであってもよい。細胞質フラクションを取得する方法としては、たとえば、凍結融解した後遠心分離により核画分、細胞膜画分と細胞質画分とを分離する方法、ホモジナイザーで細胞を破砕後、遠心分離により各画分を分離する方法が知られている。
【0018】
「細胞質フラクション」は、マクロファージを細胞破砕処理(たとえば、凍結融解、超音波処理、ホモジナイザー)により細胞を破砕し、4℃、15000 rpm、30分間遠心して上清を得、この上清を、さらに4℃、100,000 gにて90分間超遠心して上清を採取することにより、得ることができる。
【0019】
細胞質フラクションを硫酸アンモニア沈殿させた沈殿物を皮内投与した場合にも、細胞質フラクションを皮内投与した場合と同様の毛髪成長誘導作用が得られた。しかしながら、タンパク質変性条件(たとえば、煮沸条件あるいはエタノール沈殿条件)にて処理した後の細胞質フラグメントを投与しても、毛髪成長は誘導されなかった。これらの結果は、マクロファージ由来の毛髪成長誘導作用が、マクロファージの細胞質内に存在するタンパク質成分によって実現されていることを示唆している。したがって、本発明においては、細胞質フラクションとして、細胞質フラクションの中からタンパク質のみをさらに抽出した、細胞質タンパク質フラクションを使用してもよい。
【0020】
毛髪成長誘導活性は、打ち込み周囲に局所的に発毛が見られるかどうかを視覚的に判断することにより行い、打ち込み周囲に局所的に発毛が見られる場合には活性ありと判断し、広範囲に発毛する毛周期による発毛と区別できない場合には活性なしと判断する。
【0021】
本発明の「細胞質フラクション」を使用して毛髪成長を誘導させる場合、毛髪成長を誘導させたい部位の皮内に、マクロファージの細胞自体、その細胞質フラクションまたはそのタンパク質フラクションを注入することにより、投与することができる。50μlのPBSに3.0×106個の生細胞を懸濁し投与する。
【実施例】
【0022】
実施例1:ASK1-欠損マウスにおける創傷-誘導性毛髪成長
本実施例は、ASK1欠損マウスおよび野生型(WT)マウスにおける、創傷誘導性の毛髪成長を比較・検討することを目的として行った。
【0023】
ASK1-/-マウス(Tobiume, K. et al., EMBO Rep. 2, 222-228 (2001))およびWTマウスを、ヘテロ接合体マウス(ASK1+/-マウス)どうしの交配により作出し、12 h明-暗スケジュールおよび定温の特定病原体フリー(SPF)の施設内で、定常的に飼育した。すべての実験は、背部皮膚の毛包がすべて休止期にある8週齢のメスマウスを使用して行った。また、すべての実験は、東京大学大学院薬学系研究科実験動物委員会(the Animal Research Committee of the Graduate School of Pharmaceutical Sciences, the University of Tokyo, Tokyo, Japan)により承認されたプロトコルに従って行った。
【0024】
創傷治癒におけるASK1の潜在的な役割を調べるため、全層5 mmの切開創をWTマウスおよびASK1-/-マウスの剃毛背部皮膚に作成し、そして創傷領域を最大20日間、モニターした。損傷を与える前に、マウスを麻酔し、そして背部の毛髪を剃毛した。以前に記載されているように(Ashcroft, G.S. et al., Nat. Cell Biol. 1, 260-266 (1999))、全層切開創の穴は、背部中央付近に2カ所の等距離をおいて、穴あけ器(Revolving Punch Plier)を使用して開けた。
【0025】
各創傷領域について、指定された時間(切開創形成後、0日、4日、8日、12日および16日)にデジタル撮影した結果を、図1に示す。各群において、20匹以上のマウスから得られた代表的な結果を示す。創傷治癒プロセスにおいて、創傷閉合の肉眼的外観および組織学的再上皮化は、WTマウスとASK1-/-マウスとのあいだで差異は見いだされなかった(図1)。
【0026】
一方で、本発明の発明者らは、創傷-誘導性毛髪成長が、ASK1-/-マウスにおいては大幅に遅延することを見いだした(Day16についての図1、およびDay20についての図2)。しかしながら、毛包の形態形成、自発的な毛髪周期に関して、WTマウスとASK1-/-マウスとのあいだでは、一見したところの差異は見いだせなかった(データは示さず)。
【0027】
さらに、誘導性毛髪成長のための別の実験モデルである毛抜き-誘導性毛髪成長(Ito, M. and Kizawa, K., J. Invest. Dermatol. 116, 956-963 (2001);Morris RJ and Potten CS., J. Invest. Dermatol. 112, 470-475 (1999))は、ASK1-/-マウスにおいても、WTマウスの場合と同様に、毛髪成長は正常であった(図3)。この結果から、ASK1欠損により、上皮細胞それ自体の毛髪成長活性は影響を受けないことが示唆された。
【0028】
以上の結果を総合すると、ASK1欠損動物においては、上皮細胞それ自体の毛髪成長活性は正常に機能しているが、創傷-誘導性毛髪成長に関しては、ASK1正常動物(WTマウス)と比較して大幅に遅延していた。したがって、創傷治癒のプロセスにおいて、ASK1の発現あるいは活性化を伴う、創傷治癒プロセスに特異的な毛髪成長のシグナルが関与していることが明らかになった。
【0029】
実施例2:創傷部位の組織学的解析
本実施例においては、実施例1において見いだされたASK1欠損マウスとWTマウスとの差異を明らかにすることを目的として、創傷部位の組織学的解析を行った。
【0030】
OCTコンパウンド中に無固定凍結・包埋した、ASK1-/-マウスまたはWTマウス由来の創傷を受けた皮膚(創傷後8日後)から7μmの切片を作製し、アセトンで前固定し、そしてマクロファージ特異的マーカーF4/80に対する抗体(A3-1;Serotec)を用いて免疫染色し、そしてHoechst 33258溶液(Dojindo)を使用して核を対比染色した。WTマウス由来サンプルとASK1-/-マウス由来サンプルにおける代表的な免疫染色像を示す(図4a、倍率400倍)。この結果、WTマウス由来のサンプルと比較して、ASK1-/-マウス由来サンプルにおいて、F4/80陽性細胞が顕著に減少していることが分かった(図4a)。
【0031】
次いで、創傷部位の単位面積あたりのF4/80陽性細胞の細胞数を、創傷後4日後および8日後に創傷領域について、F4/80に対する抗体を使用して免疫組織化学的に染色した創傷を受けた皮膚の切片において、マクロファージを計数することにより定量した。創傷部位の単位面積あたりの細胞数の定量は、IM50 Image Manager(Leica)を使用して行った。結果を図4bに示す。この図において、(-):非-処置皮膚についての結果を示す。結果は、各時点および群につきn=8についての平均±s.e.m.である(**;P<0.01、t-テスト)。この結果、F4/80陽性細胞は、創傷後4日後においても8日後においても、ASK1-/-マウスにおいて、WTマウスと比較して顕著に減少していることが示された。この結果から創傷部位におけるマクロファージ数と創傷誘導性毛髪成長との間に正の相関が示されたことから、マクロファージが、創傷-誘導性毛髪成長に関与している可能性があり、そしてASK1-/-マウスにおける毛髪成長の遅延が、創傷部において活性化マクロファージの浸潤を減少させることにより引き起こされる可能性があることが、示唆された。
【0032】
実施例3:マクロファージ皮内移植による毛髪成長の誘導
実施例2に示される結果を考慮して、本実施例においては、マクロファージが毛髪成長性活性を有しているかどうかを調べるため、骨髄-由来マクロファージ(BMDM)を、WTマウスの背部皮膚中に、皮内移植した。
【0033】
ASK1 WTの表現型を有するC57BJマウスの下肢より、27G針を用いて骨髄を単離し、得られた骨髄細胞を、10%加熱非働化ウシ胎仔血清(FBS)、100 units/mlペニシリンGを含有し、さらに10 ng/μlの組換えマウス顆粒球-単球コロニー刺激因子(GM-CSF)(Strathmann Biotech GmbH)を含有するRPMI 1640培地中で培養し、骨髄-由来マクロファージ(Bone-derived macrophage;BMDM)に分化させることにより、BMDMの粗集団をマウス骨髄からin vitroで調製した。
【0034】
培養液を2日目および4日目に交換し、そして非-接着性顆粒球および緩く接着する樹状細胞を洗い流した。培養6日目から7日目にかけて、IL-1β(10 ng/μl)を培地に添加して24時間培養し、その後、培地を取り除き、PBSで洗浄後、PBS中にて細胞をスクレープし、マクロファージ(BMDM)を回収した。
【0035】
培養7日目に、固着性の細胞は、形態学的および表現型的に明らかな特徴(例えば、F4/80、CD11bの発現レベルが高いこと、しかしながらMHCクラスIIおよびCD86分子の発現が低レベルであるかまたは検出不能なレベルであること)を有するマクロファージ集団として得られた。F4/80、MHCクラスIIおよびCD86分子の発現レベルは、それぞれの分子に対する抗体を用いたフローサイトメトリーにより決定した。本実施例においては、F4/80に対してはA3-1抗体(Serotec)、CD11bに対してはM 1/70抗体(Bioscience)、MHCクラスIIに対してはER-TR3抗体(BMA)、およびCD86分子に対してはB7-2(Bioscience)をそれぞれ使用した。上述したように得られたBMDMは、CD11b+、CD86-の細胞が、80%以上の頻度で存在することが示された。従って、顆粒球や樹状細胞は大部分が除かれ、主にマクロファージ(BMDM)を回収できたと判断された。
【0036】
本発明の発明者らは、上述した方法によりWTマウス由来BMDM(BMDM(WT))を調製し、そしてこの細胞をWTマウスの背部皮膚の皮内に注射して毛髪成長を誘導する実験におこなった。
【0037】
移植に先立ち、マウスを麻酔し、そして背部毛髪を毛剃りした。毛髪成長実験のため、まず、WTマウスから採取した、1×105個、3×105個、1×106個または3×106個のBMDM(WT)を、50μlのPBS(136 mM NaCl、2.68 mM KCl、18.6 mM Na2HPO4・12H20、1.47 mM KH2PO4)中に再懸濁し、そして細胞またはPBSのみ(陰性対照)を、24G注射針(テルモ)を装着した1 ml注射用シリンジ(テルモ)により、背部皮膚に皮内注射し、12日間にわたり背部毛髪の成長をモニターした。その結果、皮内注射したマクロファージ(BMDM)の数が増加するにしたがって正比例して毛髪成長が亢進され、3×106個のマクロファージを皮内注射した場合に、毛髪成長が最も亢進されることが明らかになった(図5)。
【0038】
次に、WTマウスから採取したBMDM(WT)および胚線維芽細胞(MEF(WT))を採取し、50μlのPBS中に再懸濁し、そして細胞またはPBSのみ(陰性対照)を、24G注射針(テルモ)を装着した1 ml注射用シリンジ(テルモ)により、WTマウスの背部皮膚の皮内に注射し、15日間にわたって毛髪成長を誘導する実験におこなった。注射するマクロファージの細胞数は、上述した実験において3×106個を注射した場合に最も毛髪成長が亢進されたことから、3×106個とした。
【0039】
その結果、毛髪成長はBMDM(WT)を移植することにより強力に誘導されたが、マウス胚線維芽細胞(MEF)を移植しても誘導されなかった(図6)。この結果から、マクロファージが毛髪成長を誘導する能力を有することが明白に示される。
【0040】
さらに、マクロファージを活性化させた場合に、毛髪成長にどのような作用が生じるかを調べた。マクロファージの活性化のために、上述したように得たBMDM(WT)を、10 ng/mlの組換えヒトインターロイキン-1β(IL-1β)(Roche Diagnostics GmbH)を含有する培地を用いて、24 hにわたり刺激し活性化した。その後、細胞をPBSを用いて5回洗浄し、そしてこの活性化マクロファージを、WTマウスまたはASK1-/-マウスの背部皮膚の皮内に注射して、16日間にわたって毛髪成長を誘導する実験におこなった。注射するマクロファージの細胞数は、上述した実験と同様3×106個とした。
【0041】
その結果、WTマウスにおいては、IL-1β処置BMDM(WT)を皮内注射した場合に、非処置BMDM(WT)を皮内注射した場合と比較して、顕著に毛髪成長が亢進した。また、ASK1-/-マウスにおいては、非処置BMDM(WT)を皮内注射した場合には全く毛髪成長が生じなかったのに対して、IL-1β処置BMDM(WT)を皮内注射した場合には、WTマウスほどではないものの、毛髪成長が顕著に亢進されることが明らかになった(図7)。
【0042】
これらの結果から、IL-1β処置により活性化されたマクロファージにより、毛髪成長に関与するシグナルが生成され、その結果レシピエントのマクロファージ移植部位における毛髪成長が亢進されることが明らかになった。
【0043】
また、実施例1〜実施例3の結果とを総合すると、創傷部位において活性化ASK1依存的に発現誘導されたMCP-1などのマクロファージ遊走因子およびIL-1βなどのマクロファージ活性化因子により、創傷部位に浸潤し活性化したマクロファージが、毛髪成長を誘導する、という創傷誘導性毛髪成長のプロセスが存在することが予想された。
【0044】
実施例4:マクロファージ抽出物の皮内移植による毛髪成長の誘導
本実施例においては、マクロファージのどのような成分が、創傷-誘導性毛髪成長を誘導しているのかを明らかにすることを目的として、マクロファージ細胞質フラクションをマウスの背部皮膚中に、皮内移植した。
【0045】
実施例3に記載した方法により回収したマクロファージ(BMDM)を、室温、12000 rpmにて5分間遠心して上清を取り除き、細胞ペレットを得た。この細胞ペレットをPBSに再懸濁した後、凍結融解を5回繰り返すことにより細胞を破砕し、さらに4℃、15000 rpm、30分間遠心し、上清を得た。この上清を、4℃、100,000 gにて90分間超遠心し、上清を採取することにより、BMDMの細胞質フラクション(S100フラクション)を得た。
【0046】
対照として、実施例3に記載した方法により採取したWTマウス由来の胎児線維芽細胞(MEF)からも、同様に細胞質フラクション(S100フラクション)を得た。
このようにして調製した50μlのBMDM(WT)の細胞質フラクション(S100フラクション)またはMEF(WT)の細胞質フラクション(S100フラクション)を、WTマウスの背部皮膚の皮内に実施例3の場合と同様の方法により皮内注射し、16日間にわたって毛髪成長をモニターした。陰性対照として、50μlのPBSを同様にして皮内注射し、同様に毛髪成長をモニターした。
【0047】
その結果、BMDM(WT)の細胞質フラクションを皮内注射したマウスにおいてのみ、毛髪成長が誘導され、MEF(WT)の細胞質フラクションを皮内注射しても毛髪成長が誘導されないことが明らかになった(図8)。このことから、マクロファージ(BMDM)を皮内注射することにより誘導された毛髪成長のために、マクロファージの細胞質フラクションに存在する可溶性の物質が中心的な役割を果たしている可能性が示唆された。
【0048】
実施例5:変性マクロファージ抽出物の皮内移植による毛髪成長の誘導
実施例4において、マクロファージの細胞質フラクションに存在する可溶性の物質が、創傷誘導性毛髪成長に中心的な役割を果たしている可能性が示されたことから、本実施例においては、マクロファージ抽出物をタンパク質変性条件で処理した場合に、毛髪活性がどのようなに変化するかを調べ、その物質の本体を明らかにすることを試みた。
【0049】
まず、実施例4において調製したBMDM(WT)の細胞質フラクション50μl(3.0×106個)を、65℃にて5分間、続いて98℃にて5分間加熱して、タンパク質を変性させた。加熱後、4℃、15000 rpmにて5分間遠心し、変性タンパク質のペレットを得た後、このペレットを50μlのPBSに再懸濁した。
【0050】
各50μlの変性BMDM(WT)細胞質フラクションおよび非変性(煮沸していない)BMDM(WT)細胞質フラクションを、WTマウスの背部皮膚の皮内に実施例3の場合と同様の方法により皮内注射し、21日間にわたって毛髪成長をモニターした。陰性対照として、50μlのPBSを同様にして皮内注射し、同様に毛髪成長をモニターした。
【0051】
その結果、変性BMDM(WT)の細胞質フラクションを皮内注射したマウスでは毛髪成長が誘導されず、非変性BMDM(WT)の細胞質フラクションを皮内注射したマウスにおいてのみ、毛髪成長が誘導されることが明らかになった(図9)。このことから、創傷誘導性毛髪成長において中心的な役割を果たしていると考えられるマクロファージ(BMDM)の細胞質フラクションに存在する可溶性の物質は、タンパク質である可能性が示唆された。
【0052】
実施例6:マクロファージ様細胞の抽出物の皮内移植による毛髪成長の誘導
本実施例においては、実施例4および実施例5においてBMDM(WT)の抽出物を用いて行った検討と同様の検討を、マウス・マクロファージ様細胞RAW264.7細胞を使用しておこなった。
【0053】
10%FBS、100 units/mlペニシリンGを含有するRPMI 1640にて、マウス・マクロファージ様細胞RAW264.7細胞を15 cm細胞培養ディッシュにコンフルエントになるまで培養後、にIL-1β(10 ng/μl)を培地に添加し、24時間培養した。そしてPBSで非-接着性顆粒球および緩く接着する樹状細胞を洗い流した後、PBS中にて細胞をスクレープし、RAW264.7細胞を回収した。
【0054】
次いで、回収したRAW264.7細胞を、室温、1000 rpmにて5分間遠心して上清を取り除き、細胞ペレットを得た。この細胞ペレットをPBSに再懸濁した後、凍結融解を5回繰り返すことにより細胞を破砕し、さらに4℃、15000 rpm、30分間遠心し、上清を得た。この上清を、4℃、100,000 gにて90分間超遠心し、上清を採取することにより、RAW264.7細胞の細胞質フラクション(S100フラクション)を得た。
【0055】
実施例4において調製したBMDM(WT)の細胞質フラクション1 ml(3.0×106個)、および上述した方法により調製したRAW264.7細胞の細胞質フラクション1 ml(3.0×108個)に対してそれぞれ、等量の100%エタノールを添加し、タンパク質を変性・沈殿させた。変性・沈殿後、4℃、15000 rpmにて5分間遠心し、変性タンパク質のペレットを得た後、それぞれのペレットを100μlおよび300μlのPBSに再懸濁した。
【0056】
100μlの変性BMDM(WT)細胞質フラクション由来タンパク質溶液および300μlの変性RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を、WTマウスの背部皮膚の皮内に実施例3の場合と同様の方法により皮内注射し、16日間にわたって毛髪成長をモニターした。陰性対照として、300μlのPBSを同様にして皮内注射し、同様に毛髪成長をモニターした。
【0057】
その結果、変性BMDM(WT)の細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスおよび変性RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスの双方とも、毛髪成長が誘導されなかった(図10)。
【0058】
一方、上述した方法により調製したRAW264.7細胞の細胞質フラクション1 ml(3.0×108個)に対して、80%硫酸アンモニウムとなるように硫酸アンモニウム(Wako)を溶解させ、タンパク質を非変性条件において沈殿させた。沈殿後、4℃、15000 rpmにて30分間遠心し、タンパク質のペレットを得た後、それぞれのペレットを300μlのPBSに再懸濁した。
【0059】
50μlの硫酸アンモニウム沈殿RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を、WTマウスの背部皮膚の皮内に実施例3の場合と同様の方法により皮内注射し、20日間にわたって毛髪成長をモニターした。陰性対照として、50μlのPBSを同様にして皮内注射し、同様に毛髪成長をモニターした。
【0060】
その結果、変性RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスでは毛髪成長が誘導されなかった(図10)にもかかわらず、硫酸アンモニウム沈殿RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスでは毛髪成長が誘導された(図11)。
【0061】
これらの実験結果は、創傷誘導性毛髪成長において中心的な役割を果たしていると考えられるマクロファージ(BMDMあるいはあるいは)の細胞質フラクションに存在する可溶性の物質がタンパク質である可能性を強く裏付けるものである。
【産業上の利用可能性】
【0062】
マクロファージの細胞自体またはマクロファージ細胞質フラクション、そしてマクロファージ細胞質フラクションのうち、特に細胞質タンパク質フラクションが、毛髪成長の誘導作用を亢進することができる。したがって、このようなマクロファージの細胞自体、その細胞質フラクション、または細胞質タンパク質フラクションを皮内に投与することにより、毛髪成長を誘導することができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】図1は、創傷治癒プロセスにおいて、WTマウスとASK1-/-マウスとのあいだでの創傷閉合の肉眼的外観および組織学的再上皮化の差異を示す図である。
【図2】図2は、創傷-誘導性毛髪成長が、ASK1-/-マウスにおいては大幅に遅延することを示す図である。
【図3】図3は、ASK1-/-マウスにおいて、毛抜き-誘導性毛髪成長は正常であることを示し、ASK1欠損により、上皮細胞それ自体の毛髪成長活性は影響を受けないことを示唆する図である。
【図4】図4は、ASK1-/-マウスの創傷形成部位皮膚において、WTマウスの創傷形成部位皮膚と比較して、浸潤したマクロファージの数が顕著に減少することを示す図である。
【図5】図5は、皮内注射したマクロファージ(BMDM)の数が増加するにしたがって毛髪成長が亢進され、3×106個のマクロファージを皮内注射した場合に、毛髪成長が最も亢進されることを示す図である。
【図6】図6は、BMDM(WT)を移植することにより毛髪成長が強力に誘導されたが、マウス胚線維芽細胞(MEF)を移植しても毛髪成長は誘導されないことを示す図である。
【図7】図7は、ASK1-/-マウスにおいては、非処置BMDM(WT)を皮内注射した場合には全く毛髪成長が生じなかったのに対して、IL-1β処置BMDM(WT)を皮内注射した場合には、毛髪成長が顕著に亢進されることを示す図である。
【図8】図8は、BMDM(WT)の細胞質フラクションを皮内注射したマウスにおいてのみ、毛髪成長が誘導され、MEF(WT)の細胞質フラクションを皮内注射しても毛髪成長が誘導されないことを示す図である。
【図9】図9は、変性BMDM(WT)の細胞質フラクションを皮内注射したマウスでは毛髪成長が誘導されず、非変性BMDM(WT)の細胞質フラクションを皮内注射したマウスにおいてのみ、毛髪成長が誘導されることを示す図である。
【図10】図10は、変性BMDM(WT)の細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスおよび変性RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスの双方とも、毛髪成長が誘導されないことを示す図である。
【図11】図11は、硫酸アンモニウム沈殿RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスでは毛髪成長が誘導されることを示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、毛髪成長を誘導することに関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳動物皮膚は、3種類の分化した上皮性区画:毛包間表皮、皮脂腺、そして毛包、からなる(非特許文献1)。毛包は、哺乳動物表皮の付属器であり、それが毛髪成長において中心的な役割を果たす。各毛包中の膨隆部には、幹細胞が含有され、それが増殖および分化することにより毛包が供給される(非特許文献2;非特許文献3)。
【0003】
これまでに、皮膚における創傷が、毛髪成長を誘導することが報告された(非特許文献4)。最近では、創傷領域周囲の毛包における上皮性幹細胞の発現パターンが、自発的な毛髪周期における発現パターンと類似することが示された(非特許文献5)。このことにより、創傷-誘導性毛髪成長は、自発的な毛髪周期を伴う毛包発生とのあいだで共通のメカニズムを共有している可能性があり、そして創傷-誘導性毛髪成長の理解により、毛髪成長の一般的メカニズムが解明される可能性があることが示唆される。
【0004】
さらに、上皮性幹細胞における発生プログラムの開始が、環境シグナルにより引き起こされることが知られている(非特許文献3)。従って、創傷により、創傷領域周辺に創傷-反応性因子の放出が引き起こされ、それが直接的に毛髪成長を開始する可能性があることが想定される。しかしながら、毛髪成長因子および創傷が毛髪成長を誘導するメカニズムは、未だ解明されていない。
【0005】
アポトーシスシグナル-制御キナーゼ1(ASK1)は、マイトジェン-活性化タンパク質3-キナーゼ(MAP3K)ファミリーの構成分子であり、MKK4/MKK7-JNKシグナル伝達カスケードおよびMKK3/MKK6-p38 MAPKシグナル伝達カスケードの両方ともを活性化し、そして酸素ストレス、小胞体(ER)ストレス、カルシウム流入、およびTNFαなどの炎症性サイトカインを含む、様々な刺激に反応して活性化される(非特許文献6;非特許文献7)。
【0006】
これまでに、ASK1タンパク質は、ラット口蓋上皮において創傷を取り囲む基底層直上ケラチノサイトにおいて強力に発現されることが報告された(非特許文献8)。ASK1がケラチノサイトの分化を誘導し、そしてASK1-p38カスケードがいくつかの抗菌性ペプチドを産生することにより、先天性の皮膚免疫を制御していることもまた、示された(非特許文献9;非特許文献10)。これらの研究から、上皮の創傷治癒において、ASK1が重要な役割を果たしている可能性があることが示唆される。
【0007】
【非特許文献1】Stenn, K.S. and Paus, R. Physiol. Rev. 81, 449-494 (2001)
【非特許文献2】Taylor, G. et al., Cell 102, 451-461 (2000)
【非特許文献3】Fuchs, E. et al., Cell 116, 769-778 (2004)
【非特許文献4】Argyris, T.S., AMA Arch. Pathol. 61, 31-36 (1956)
【非特許文献5】Ito, M. and Kizawa, K. J. Invest. Dermatol. 116, 956-963 (2001)
【非特許文献6】Ichijo, H. et al. Science 275, 90-94 (1997)
【非特許文献7】Matsukawa, J. et al., J. Biochem. (Tokyo) 136, 261-265 (2004)
【非特許文献8】Funato, N. et al. Lab. Invest. 78, 477-483 (1998)
【非特許文献9】Sayama, K. et al. J. Biol. Chem. 276, 999-1004 (2001)
【非特許文献10】Sayama, K. et al. Eur. J. Immunol. 35, 1886-1895 (2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、創傷-誘導性毛髪成長のメカニズムを解明し、その解明されたメカニズムに基づいて、毛髪成長を誘導することを課題とする。本発明はまた、毛髪成長を誘導することができる物質を取得することもまた、課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本研究において、われわれは、ASK1-欠損(ASK1-/-)マウスが、創傷-誘導性毛髪成長の顕著な遅延を示すことを見いだした。われわれはまた、マクロファージの細胞自体またはマクロファージの細胞質フラクションを皮内投与すると、野生型(WT)マウスにおいてもASK1-/-マウスにおいても、毛髪成長が誘導されることを見いだした。これらの知見に基づき、本発明者らは本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、毛髪成長誘導活性を有する、マクロファージ自体、マクロファージ細胞質フラクション、またはマクロファージ細胞質タンパク質フラクションを提供することにより、上記課題を解決する。本発明において使用することができるマクロファージ細胞質フラクションとしては、たとえばマクロファージを凍結融解やホモジナイズなどによる細胞破砕により破壊した後、遠心分離することにより上清として得られるものを利用することができるが、これには限定されない。
【発明の効果】
【0011】
マクロファージの細胞自体またはマクロファージ細胞質フラクション、そしてマクロファージ細胞質フラクションのうち、特に細胞質タンパク質フラクションが、毛髪成長の誘導作用を亢進することができる。したがって、このようなマクロファージの細胞自体、その細胞質フラクション、または細胞質タンパク質フラクションを皮内に投与することにより、毛髪成長を誘導することができる。
【発明の実施の形態】
【0012】
本発明は、毛髪成長誘導活性を有する、マクロファージ自体、マクロファージ細胞質フラクション、またはマクロファージ細胞質タンパク質フラクションを提供することを特徴とする。
【0013】
「マクロファージ」という場合、狭義には、生体血液中に存在する単球(単核白血球)が分化し、組織に浸潤したもののことをいい、一般的にはF4/80タンパク質、MHCクラスII 抗原、CD86、CD23(FcεレセプターII)、CD14、CD16、CD11b、CD11cなどの細胞表面マーカーを発現することにより特徴づけられる。しかしながら、本発明において「マクロファージ」という場合には、血液または骨髄中に存在する単球を単離し、in vitroにおいて成熟・分化させた結果得られたマクロファージ、あるいはマクロファージ様の特徴を有することが知られているすべての細胞株を総称する。本発明においては、たとえば、骨髄-由来マクロファージ(BMDM)、マクロファージ様細胞RAW264.7細胞等をマクロファージとして使用することができる。本発明におけるこれらの「マクロファージ」はF4/80タンパク質、CD11b細胞表面マーカー発現し、活性化後はMHCクラスII 抗原陽性となる。
【0014】
本発明においては、毛髪成長を誘導するため、マクロファージの細胞自体、またはマクロファージの細胞質フラクションのいずれをも使用することができる。
本発明において、骨髄中に存在する単球を単離し、in vitroにおいて成熟・分化させることによりマクロファージを得る場合、まず動物の下肢より、注射針を用いて骨髄を単離し、得られた骨髄細胞を、顆粒球-単球コロニー刺激因子(GM-CSF)を含有する培養液中で培養し、骨髄-由来マクロファージ(Bone-derived macrophage;BMDM)に分化させることにより、BMDMの粗集団をマウス骨髄からin vitroで調製する。この細胞をさらに培養する過程において非-接着性顆粒球および緩く接着する樹状細胞を洗い流し、培養6日目から7日目にかけて、IL-1βを培地に添加して24時間培養し、その後、培養液を取り除き、PBSで洗浄後、PBS中にて細胞をスクレープすることにより、マクロファージ(BMDM)を回収する。
【0015】
本発明において、マクロファージ様細胞株(例えばRAW264.7細胞)をマクロファージとして使用する場合、培養液中でマクロファージ様細胞株を15 cm細胞培養ディッシュにコンフルエントになるまで培養し、これにIL-1βを培養液中に添加して、さらに24時間培養する。PBSで非-接着性顆粒球および緩く接着する樹状細胞を洗い流した後、PBS中にて細胞をスクレープすることにより、マクロファージ様細胞株を回収する。
【0016】
本発明において細胞質フラクションを使用する場合、IL-1βにより刺激していないマクロファージの細胞質フラクションを使用しても、毛髪成長の誘導作用が亢進される。しかしながら、IL-1βにより刺激して活性化した後のマクロファージの細胞質フラクションを使用すると、毛髪成長の誘導作用がさらに亢進されることが明らかになったことから、本発明においてはIL-1βにより刺激して活性化した後のマクロファージの細胞質フラクションを使用することが好ましい。
【0017】
本発明において「細胞質フラクション」という場合、細胞内の成分のうち、核膜の外側の部分を分画した結果として得られる可溶性の画分のことである。このような細胞質フラクションの製造方法はどのようなものであってもよい。細胞質フラクションを取得する方法としては、たとえば、凍結融解した後遠心分離により核画分、細胞膜画分と細胞質画分とを分離する方法、ホモジナイザーで細胞を破砕後、遠心分離により各画分を分離する方法が知られている。
【0018】
「細胞質フラクション」は、マクロファージを細胞破砕処理(たとえば、凍結融解、超音波処理、ホモジナイザー)により細胞を破砕し、4℃、15000 rpm、30分間遠心して上清を得、この上清を、さらに4℃、100,000 gにて90分間超遠心して上清を採取することにより、得ることができる。
【0019】
細胞質フラクションを硫酸アンモニア沈殿させた沈殿物を皮内投与した場合にも、細胞質フラクションを皮内投与した場合と同様の毛髪成長誘導作用が得られた。しかしながら、タンパク質変性条件(たとえば、煮沸条件あるいはエタノール沈殿条件)にて処理した後の細胞質フラグメントを投与しても、毛髪成長は誘導されなかった。これらの結果は、マクロファージ由来の毛髪成長誘導作用が、マクロファージの細胞質内に存在するタンパク質成分によって実現されていることを示唆している。したがって、本発明においては、細胞質フラクションとして、細胞質フラクションの中からタンパク質のみをさらに抽出した、細胞質タンパク質フラクションを使用してもよい。
【0020】
毛髪成長誘導活性は、打ち込み周囲に局所的に発毛が見られるかどうかを視覚的に判断することにより行い、打ち込み周囲に局所的に発毛が見られる場合には活性ありと判断し、広範囲に発毛する毛周期による発毛と区別できない場合には活性なしと判断する。
【0021】
本発明の「細胞質フラクション」を使用して毛髪成長を誘導させる場合、毛髪成長を誘導させたい部位の皮内に、マクロファージの細胞自体、その細胞質フラクションまたはそのタンパク質フラクションを注入することにより、投与することができる。50μlのPBSに3.0×106個の生細胞を懸濁し投与する。
【実施例】
【0022】
実施例1:ASK1-欠損マウスにおける創傷-誘導性毛髪成長
本実施例は、ASK1欠損マウスおよび野生型(WT)マウスにおける、創傷誘導性の毛髪成長を比較・検討することを目的として行った。
【0023】
ASK1-/-マウス(Tobiume, K. et al., EMBO Rep. 2, 222-228 (2001))およびWTマウスを、ヘテロ接合体マウス(ASK1+/-マウス)どうしの交配により作出し、12 h明-暗スケジュールおよび定温の特定病原体フリー(SPF)の施設内で、定常的に飼育した。すべての実験は、背部皮膚の毛包がすべて休止期にある8週齢のメスマウスを使用して行った。また、すべての実験は、東京大学大学院薬学系研究科実験動物委員会(the Animal Research Committee of the Graduate School of Pharmaceutical Sciences, the University of Tokyo, Tokyo, Japan)により承認されたプロトコルに従って行った。
【0024】
創傷治癒におけるASK1の潜在的な役割を調べるため、全層5 mmの切開創をWTマウスおよびASK1-/-マウスの剃毛背部皮膚に作成し、そして創傷領域を最大20日間、モニターした。損傷を与える前に、マウスを麻酔し、そして背部の毛髪を剃毛した。以前に記載されているように(Ashcroft, G.S. et al., Nat. Cell Biol. 1, 260-266 (1999))、全層切開創の穴は、背部中央付近に2カ所の等距離をおいて、穴あけ器(Revolving Punch Plier)を使用して開けた。
【0025】
各創傷領域について、指定された時間(切開創形成後、0日、4日、8日、12日および16日)にデジタル撮影した結果を、図1に示す。各群において、20匹以上のマウスから得られた代表的な結果を示す。創傷治癒プロセスにおいて、創傷閉合の肉眼的外観および組織学的再上皮化は、WTマウスとASK1-/-マウスとのあいだで差異は見いだされなかった(図1)。
【0026】
一方で、本発明の発明者らは、創傷-誘導性毛髪成長が、ASK1-/-マウスにおいては大幅に遅延することを見いだした(Day16についての図1、およびDay20についての図2)。しかしながら、毛包の形態形成、自発的な毛髪周期に関して、WTマウスとASK1-/-マウスとのあいだでは、一見したところの差異は見いだせなかった(データは示さず)。
【0027】
さらに、誘導性毛髪成長のための別の実験モデルである毛抜き-誘導性毛髪成長(Ito, M. and Kizawa, K., J. Invest. Dermatol. 116, 956-963 (2001);Morris RJ and Potten CS., J. Invest. Dermatol. 112, 470-475 (1999))は、ASK1-/-マウスにおいても、WTマウスの場合と同様に、毛髪成長は正常であった(図3)。この結果から、ASK1欠損により、上皮細胞それ自体の毛髪成長活性は影響を受けないことが示唆された。
【0028】
以上の結果を総合すると、ASK1欠損動物においては、上皮細胞それ自体の毛髪成長活性は正常に機能しているが、創傷-誘導性毛髪成長に関しては、ASK1正常動物(WTマウス)と比較して大幅に遅延していた。したがって、創傷治癒のプロセスにおいて、ASK1の発現あるいは活性化を伴う、創傷治癒プロセスに特異的な毛髪成長のシグナルが関与していることが明らかになった。
【0029】
実施例2:創傷部位の組織学的解析
本実施例においては、実施例1において見いだされたASK1欠損マウスとWTマウスとの差異を明らかにすることを目的として、創傷部位の組織学的解析を行った。
【0030】
OCTコンパウンド中に無固定凍結・包埋した、ASK1-/-マウスまたはWTマウス由来の創傷を受けた皮膚(創傷後8日後)から7μmの切片を作製し、アセトンで前固定し、そしてマクロファージ特異的マーカーF4/80に対する抗体(A3-1;Serotec)を用いて免疫染色し、そしてHoechst 33258溶液(Dojindo)を使用して核を対比染色した。WTマウス由来サンプルとASK1-/-マウス由来サンプルにおける代表的な免疫染色像を示す(図4a、倍率400倍)。この結果、WTマウス由来のサンプルと比較して、ASK1-/-マウス由来サンプルにおいて、F4/80陽性細胞が顕著に減少していることが分かった(図4a)。
【0031】
次いで、創傷部位の単位面積あたりのF4/80陽性細胞の細胞数を、創傷後4日後および8日後に創傷領域について、F4/80に対する抗体を使用して免疫組織化学的に染色した創傷を受けた皮膚の切片において、マクロファージを計数することにより定量した。創傷部位の単位面積あたりの細胞数の定量は、IM50 Image Manager(Leica)を使用して行った。結果を図4bに示す。この図において、(-):非-処置皮膚についての結果を示す。結果は、各時点および群につきn=8についての平均±s.e.m.である(**;P<0.01、t-テスト)。この結果、F4/80陽性細胞は、創傷後4日後においても8日後においても、ASK1-/-マウスにおいて、WTマウスと比較して顕著に減少していることが示された。この結果から創傷部位におけるマクロファージ数と創傷誘導性毛髪成長との間に正の相関が示されたことから、マクロファージが、創傷-誘導性毛髪成長に関与している可能性があり、そしてASK1-/-マウスにおける毛髪成長の遅延が、創傷部において活性化マクロファージの浸潤を減少させることにより引き起こされる可能性があることが、示唆された。
【0032】
実施例3:マクロファージ皮内移植による毛髪成長の誘導
実施例2に示される結果を考慮して、本実施例においては、マクロファージが毛髪成長性活性を有しているかどうかを調べるため、骨髄-由来マクロファージ(BMDM)を、WTマウスの背部皮膚中に、皮内移植した。
【0033】
ASK1 WTの表現型を有するC57BJマウスの下肢より、27G針を用いて骨髄を単離し、得られた骨髄細胞を、10%加熱非働化ウシ胎仔血清(FBS)、100 units/mlペニシリンGを含有し、さらに10 ng/μlの組換えマウス顆粒球-単球コロニー刺激因子(GM-CSF)(Strathmann Biotech GmbH)を含有するRPMI 1640培地中で培養し、骨髄-由来マクロファージ(Bone-derived macrophage;BMDM)に分化させることにより、BMDMの粗集団をマウス骨髄からin vitroで調製した。
【0034】
培養液を2日目および4日目に交換し、そして非-接着性顆粒球および緩く接着する樹状細胞を洗い流した。培養6日目から7日目にかけて、IL-1β(10 ng/μl)を培地に添加して24時間培養し、その後、培地を取り除き、PBSで洗浄後、PBS中にて細胞をスクレープし、マクロファージ(BMDM)を回収した。
【0035】
培養7日目に、固着性の細胞は、形態学的および表現型的に明らかな特徴(例えば、F4/80、CD11bの発現レベルが高いこと、しかしながらMHCクラスIIおよびCD86分子の発現が低レベルであるかまたは検出不能なレベルであること)を有するマクロファージ集団として得られた。F4/80、MHCクラスIIおよびCD86分子の発現レベルは、それぞれの分子に対する抗体を用いたフローサイトメトリーにより決定した。本実施例においては、F4/80に対してはA3-1抗体(Serotec)、CD11bに対してはM 1/70抗体(Bioscience)、MHCクラスIIに対してはER-TR3抗体(BMA)、およびCD86分子に対してはB7-2(Bioscience)をそれぞれ使用した。上述したように得られたBMDMは、CD11b+、CD86-の細胞が、80%以上の頻度で存在することが示された。従って、顆粒球や樹状細胞は大部分が除かれ、主にマクロファージ(BMDM)を回収できたと判断された。
【0036】
本発明の発明者らは、上述した方法によりWTマウス由来BMDM(BMDM(WT))を調製し、そしてこの細胞をWTマウスの背部皮膚の皮内に注射して毛髪成長を誘導する実験におこなった。
【0037】
移植に先立ち、マウスを麻酔し、そして背部毛髪を毛剃りした。毛髪成長実験のため、まず、WTマウスから採取した、1×105個、3×105個、1×106個または3×106個のBMDM(WT)を、50μlのPBS(136 mM NaCl、2.68 mM KCl、18.6 mM Na2HPO4・12H20、1.47 mM KH2PO4)中に再懸濁し、そして細胞またはPBSのみ(陰性対照)を、24G注射針(テルモ)を装着した1 ml注射用シリンジ(テルモ)により、背部皮膚に皮内注射し、12日間にわたり背部毛髪の成長をモニターした。その結果、皮内注射したマクロファージ(BMDM)の数が増加するにしたがって正比例して毛髪成長が亢進され、3×106個のマクロファージを皮内注射した場合に、毛髪成長が最も亢進されることが明らかになった(図5)。
【0038】
次に、WTマウスから採取したBMDM(WT)および胚線維芽細胞(MEF(WT))を採取し、50μlのPBS中に再懸濁し、そして細胞またはPBSのみ(陰性対照)を、24G注射針(テルモ)を装着した1 ml注射用シリンジ(テルモ)により、WTマウスの背部皮膚の皮内に注射し、15日間にわたって毛髪成長を誘導する実験におこなった。注射するマクロファージの細胞数は、上述した実験において3×106個を注射した場合に最も毛髪成長が亢進されたことから、3×106個とした。
【0039】
その結果、毛髪成長はBMDM(WT)を移植することにより強力に誘導されたが、マウス胚線維芽細胞(MEF)を移植しても誘導されなかった(図6)。この結果から、マクロファージが毛髪成長を誘導する能力を有することが明白に示される。
【0040】
さらに、マクロファージを活性化させた場合に、毛髪成長にどのような作用が生じるかを調べた。マクロファージの活性化のために、上述したように得たBMDM(WT)を、10 ng/mlの組換えヒトインターロイキン-1β(IL-1β)(Roche Diagnostics GmbH)を含有する培地を用いて、24 hにわたり刺激し活性化した。その後、細胞をPBSを用いて5回洗浄し、そしてこの活性化マクロファージを、WTマウスまたはASK1-/-マウスの背部皮膚の皮内に注射して、16日間にわたって毛髪成長を誘導する実験におこなった。注射するマクロファージの細胞数は、上述した実験と同様3×106個とした。
【0041】
その結果、WTマウスにおいては、IL-1β処置BMDM(WT)を皮内注射した場合に、非処置BMDM(WT)を皮内注射した場合と比較して、顕著に毛髪成長が亢進した。また、ASK1-/-マウスにおいては、非処置BMDM(WT)を皮内注射した場合には全く毛髪成長が生じなかったのに対して、IL-1β処置BMDM(WT)を皮内注射した場合には、WTマウスほどではないものの、毛髪成長が顕著に亢進されることが明らかになった(図7)。
【0042】
これらの結果から、IL-1β処置により活性化されたマクロファージにより、毛髪成長に関与するシグナルが生成され、その結果レシピエントのマクロファージ移植部位における毛髪成長が亢進されることが明らかになった。
【0043】
また、実施例1〜実施例3の結果とを総合すると、創傷部位において活性化ASK1依存的に発現誘導されたMCP-1などのマクロファージ遊走因子およびIL-1βなどのマクロファージ活性化因子により、創傷部位に浸潤し活性化したマクロファージが、毛髪成長を誘導する、という創傷誘導性毛髪成長のプロセスが存在することが予想された。
【0044】
実施例4:マクロファージ抽出物の皮内移植による毛髪成長の誘導
本実施例においては、マクロファージのどのような成分が、創傷-誘導性毛髪成長を誘導しているのかを明らかにすることを目的として、マクロファージ細胞質フラクションをマウスの背部皮膚中に、皮内移植した。
【0045】
実施例3に記載した方法により回収したマクロファージ(BMDM)を、室温、12000 rpmにて5分間遠心して上清を取り除き、細胞ペレットを得た。この細胞ペレットをPBSに再懸濁した後、凍結融解を5回繰り返すことにより細胞を破砕し、さらに4℃、15000 rpm、30分間遠心し、上清を得た。この上清を、4℃、100,000 gにて90分間超遠心し、上清を採取することにより、BMDMの細胞質フラクション(S100フラクション)を得た。
【0046】
対照として、実施例3に記載した方法により採取したWTマウス由来の胎児線維芽細胞(MEF)からも、同様に細胞質フラクション(S100フラクション)を得た。
このようにして調製した50μlのBMDM(WT)の細胞質フラクション(S100フラクション)またはMEF(WT)の細胞質フラクション(S100フラクション)を、WTマウスの背部皮膚の皮内に実施例3の場合と同様の方法により皮内注射し、16日間にわたって毛髪成長をモニターした。陰性対照として、50μlのPBSを同様にして皮内注射し、同様に毛髪成長をモニターした。
【0047】
その結果、BMDM(WT)の細胞質フラクションを皮内注射したマウスにおいてのみ、毛髪成長が誘導され、MEF(WT)の細胞質フラクションを皮内注射しても毛髪成長が誘導されないことが明らかになった(図8)。このことから、マクロファージ(BMDM)を皮内注射することにより誘導された毛髪成長のために、マクロファージの細胞質フラクションに存在する可溶性の物質が中心的な役割を果たしている可能性が示唆された。
【0048】
実施例5:変性マクロファージ抽出物の皮内移植による毛髪成長の誘導
実施例4において、マクロファージの細胞質フラクションに存在する可溶性の物質が、創傷誘導性毛髪成長に中心的な役割を果たしている可能性が示されたことから、本実施例においては、マクロファージ抽出物をタンパク質変性条件で処理した場合に、毛髪活性がどのようなに変化するかを調べ、その物質の本体を明らかにすることを試みた。
【0049】
まず、実施例4において調製したBMDM(WT)の細胞質フラクション50μl(3.0×106個)を、65℃にて5分間、続いて98℃にて5分間加熱して、タンパク質を変性させた。加熱後、4℃、15000 rpmにて5分間遠心し、変性タンパク質のペレットを得た後、このペレットを50μlのPBSに再懸濁した。
【0050】
各50μlの変性BMDM(WT)細胞質フラクションおよび非変性(煮沸していない)BMDM(WT)細胞質フラクションを、WTマウスの背部皮膚の皮内に実施例3の場合と同様の方法により皮内注射し、21日間にわたって毛髪成長をモニターした。陰性対照として、50μlのPBSを同様にして皮内注射し、同様に毛髪成長をモニターした。
【0051】
その結果、変性BMDM(WT)の細胞質フラクションを皮内注射したマウスでは毛髪成長が誘導されず、非変性BMDM(WT)の細胞質フラクションを皮内注射したマウスにおいてのみ、毛髪成長が誘導されることが明らかになった(図9)。このことから、創傷誘導性毛髪成長において中心的な役割を果たしていると考えられるマクロファージ(BMDM)の細胞質フラクションに存在する可溶性の物質は、タンパク質である可能性が示唆された。
【0052】
実施例6:マクロファージ様細胞の抽出物の皮内移植による毛髪成長の誘導
本実施例においては、実施例4および実施例5においてBMDM(WT)の抽出物を用いて行った検討と同様の検討を、マウス・マクロファージ様細胞RAW264.7細胞を使用しておこなった。
【0053】
10%FBS、100 units/mlペニシリンGを含有するRPMI 1640にて、マウス・マクロファージ様細胞RAW264.7細胞を15 cm細胞培養ディッシュにコンフルエントになるまで培養後、にIL-1β(10 ng/μl)を培地に添加し、24時間培養した。そしてPBSで非-接着性顆粒球および緩く接着する樹状細胞を洗い流した後、PBS中にて細胞をスクレープし、RAW264.7細胞を回収した。
【0054】
次いで、回収したRAW264.7細胞を、室温、1000 rpmにて5分間遠心して上清を取り除き、細胞ペレットを得た。この細胞ペレットをPBSに再懸濁した後、凍結融解を5回繰り返すことにより細胞を破砕し、さらに4℃、15000 rpm、30分間遠心し、上清を得た。この上清を、4℃、100,000 gにて90分間超遠心し、上清を採取することにより、RAW264.7細胞の細胞質フラクション(S100フラクション)を得た。
【0055】
実施例4において調製したBMDM(WT)の細胞質フラクション1 ml(3.0×106個)、および上述した方法により調製したRAW264.7細胞の細胞質フラクション1 ml(3.0×108個)に対してそれぞれ、等量の100%エタノールを添加し、タンパク質を変性・沈殿させた。変性・沈殿後、4℃、15000 rpmにて5分間遠心し、変性タンパク質のペレットを得た後、それぞれのペレットを100μlおよび300μlのPBSに再懸濁した。
【0056】
100μlの変性BMDM(WT)細胞質フラクション由来タンパク質溶液および300μlの変性RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を、WTマウスの背部皮膚の皮内に実施例3の場合と同様の方法により皮内注射し、16日間にわたって毛髪成長をモニターした。陰性対照として、300μlのPBSを同様にして皮内注射し、同様に毛髪成長をモニターした。
【0057】
その結果、変性BMDM(WT)の細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスおよび変性RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスの双方とも、毛髪成長が誘導されなかった(図10)。
【0058】
一方、上述した方法により調製したRAW264.7細胞の細胞質フラクション1 ml(3.0×108個)に対して、80%硫酸アンモニウムとなるように硫酸アンモニウム(Wako)を溶解させ、タンパク質を非変性条件において沈殿させた。沈殿後、4℃、15000 rpmにて30分間遠心し、タンパク質のペレットを得た後、それぞれのペレットを300μlのPBSに再懸濁した。
【0059】
50μlの硫酸アンモニウム沈殿RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を、WTマウスの背部皮膚の皮内に実施例3の場合と同様の方法により皮内注射し、20日間にわたって毛髪成長をモニターした。陰性対照として、50μlのPBSを同様にして皮内注射し、同様に毛髪成長をモニターした。
【0060】
その結果、変性RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスでは毛髪成長が誘導されなかった(図10)にもかかわらず、硫酸アンモニウム沈殿RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスでは毛髪成長が誘導された(図11)。
【0061】
これらの実験結果は、創傷誘導性毛髪成長において中心的な役割を果たしていると考えられるマクロファージ(BMDMあるいはあるいは)の細胞質フラクションに存在する可溶性の物質がタンパク質である可能性を強く裏付けるものである。
【産業上の利用可能性】
【0062】
マクロファージの細胞自体またはマクロファージ細胞質フラクション、そしてマクロファージ細胞質フラクションのうち、特に細胞質タンパク質フラクションが、毛髪成長の誘導作用を亢進することができる。したがって、このようなマクロファージの細胞自体、その細胞質フラクション、または細胞質タンパク質フラクションを皮内に投与することにより、毛髪成長を誘導することができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】図1は、創傷治癒プロセスにおいて、WTマウスとASK1-/-マウスとのあいだでの創傷閉合の肉眼的外観および組織学的再上皮化の差異を示す図である。
【図2】図2は、創傷-誘導性毛髪成長が、ASK1-/-マウスにおいては大幅に遅延することを示す図である。
【図3】図3は、ASK1-/-マウスにおいて、毛抜き-誘導性毛髪成長は正常であることを示し、ASK1欠損により、上皮細胞それ自体の毛髪成長活性は影響を受けないことを示唆する図である。
【図4】図4は、ASK1-/-マウスの創傷形成部位皮膚において、WTマウスの創傷形成部位皮膚と比較して、浸潤したマクロファージの数が顕著に減少することを示す図である。
【図5】図5は、皮内注射したマクロファージ(BMDM)の数が増加するにしたがって毛髪成長が亢進され、3×106個のマクロファージを皮内注射した場合に、毛髪成長が最も亢進されることを示す図である。
【図6】図6は、BMDM(WT)を移植することにより毛髪成長が強力に誘導されたが、マウス胚線維芽細胞(MEF)を移植しても毛髪成長は誘導されないことを示す図である。
【図7】図7は、ASK1-/-マウスにおいては、非処置BMDM(WT)を皮内注射した場合には全く毛髪成長が生じなかったのに対して、IL-1β処置BMDM(WT)を皮内注射した場合には、毛髪成長が顕著に亢進されることを示す図である。
【図8】図8は、BMDM(WT)の細胞質フラクションを皮内注射したマウスにおいてのみ、毛髪成長が誘導され、MEF(WT)の細胞質フラクションを皮内注射しても毛髪成長が誘導されないことを示す図である。
【図9】図9は、変性BMDM(WT)の細胞質フラクションを皮内注射したマウスでは毛髪成長が誘導されず、非変性BMDM(WT)の細胞質フラクションを皮内注射したマウスにおいてのみ、毛髪成長が誘導されることを示す図である。
【図10】図10は、変性BMDM(WT)の細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスおよび変性RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスの双方とも、毛髪成長が誘導されないことを示す図である。
【図11】図11は、硫酸アンモニウム沈殿RAW264.7細胞質フラクション由来タンパク質溶液を皮内注射したマウスでは毛髪成長が誘導されることを示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
毛髪成長誘導活性を有する、マクロファージ細胞質フラクション。
【請求項2】
マクロファージを破壊した後、遠心分離することにより上清として得られる、請求項1に記載のマクロファージ細胞質フラクション。
【請求項3】
マクロファージが、骨髄-由来マクロファージ(BMDM)、マクロファージ様細胞からなる群から選択される、請求項1または2に記載のマクロファージ細胞質フラクション。
【請求項4】
マクロファージが、IL-1β処理により活性化されたものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載のマクロファージ細胞質フラクション。
【請求項5】
有効成分が、タンパク質である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のマクロファージ細胞質フラクション。
【請求項1】
毛髪成長誘導活性を有する、マクロファージ細胞質フラクション。
【請求項2】
マクロファージを破壊した後、遠心分離することにより上清として得られる、請求項1に記載のマクロファージ細胞質フラクション。
【請求項3】
マクロファージが、骨髄-由来マクロファージ(BMDM)、マクロファージ様細胞からなる群から選択される、請求項1または2に記載のマクロファージ細胞質フラクション。
【請求項4】
マクロファージが、IL-1β処理により活性化されたものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載のマクロファージ細胞質フラクション。
【請求項5】
有効成分が、タンパク質である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のマクロファージ細胞質フラクション。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2008−127292(P2008−127292A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−310930(P2006−310930)
【出願日】平成18年11月17日(2006.11.17)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年11月17日(2006.11.17)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
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