説明

マグネトロン装置、および、マグネトロン装置のパルス動作方法

【課題】パルスエネルギーで動作するマグネトロン装置を用いる基板被膜において、技術的に低コストで、成長層に高エネルギー粒子が衝突する際の衝撃の強さを調整できる手段を実現し、基板の種類に依らずに、基板に衝突する粒子の粒子流密度を変化できるようにする。
【解決手段】マグネトロン装置は、少なくとも1つの付加的な電極15が一時的にアノードになるように該付加的な電極15を繰り返し切り替えるためのスイッチ16を有し、該付加的な電極15が前記スイッチ16によってアノードに切り替えられたとき、前記ターゲット12,13のうちカソードとして機能するように切り替えられたターゲット13と該付加的な電極15との間にマグネトロン放電が発生するように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気エネルギーがパルス形態で供給されるマグネトロン装置と、マグネトロン装置の動作方法とに関する。マグネトロン装置は、マグネトロンスパッタ法すなわち物理蒸着法(PVD)によって成膜を行うための粒子源として使用したり、プラズマ活性化化学蒸着法(PECVD)でプラズマ源として使用することができる。
【背景技術】
【0002】
金属ターゲットの反応性マグネトロンスパッタを用いて不活性ガスと反応性ガスとの混合気内で行われる絶縁層の成膜では、10〜350kHzの周波数領域でパルスエネルギーを供給することが定着している。その理由は、直流エネルギー供給と比較して、パルスエネルギー供給の処理安定性が良好であることだ。このパルス処理のパルス休止中に、プラズマのキャリアと、絶縁層に集まったキャリアとが再結合し、被膜過程を妨害するアーク放電の形成を防止することができる。それゆえ、パルスエネルギー供給によって、被膜処理が長時間安定的になることが保証される。さらに、パルスエネルギーを受け取るマグネトロン源は、プラズマ活性化化学蒸着用のプラズマ源として使用される場合にも、安定性に関して同様の利点を奏する。
【0003】
マグネトロンスパッタリングで行われるパルスエネルギー供給には主に、2つの原理的に異なる基本的な方式が確立されており、これらのパルスエネルギー供給方式は、単極パルスモードおよび双極パルスモードとも称される。単極パルスモードでは、マグネトロンスパッタ源のターゲットと、別個の電極または基板または受容体との間に直流パルス電圧が印加される。DE3700633C2に、PVD法全般に関連して、このような単極パルスモードのエネルギー供給の一実施形態が記載されている。ここでは、ターゲットは気体放電のカソードとして機能し、受容体または基板または別個の電極がアノードとして機能する。
【0004】
双極パルスモードでは、ダブルマグネトロン構成の2つの相互に絶縁されたターゲット間に、極性を交番させて電圧を印加する。このように電圧を印加すると、これら2つのターゲットは交代で、マグネトロン放電として形成された気体放電のアノードおよびカソードとして作用する。それゆえ、アノードとして別個の電極を設ける必要はない。DD252205A1およびDE3802852A1に、この双極エネルギー供給の一般的な原理が記載されている。DE4438463C1に、多岐にわたって使用される双極パルス供給の一実施形態が記載されている。
【0005】
さらに、単極動作および双極動作の双方の特徴を有する、特別なパルスエネルギー供給構成が知られている。たとえばWO2009/040406A2に、いわゆる冗長陽極スパッタリングが記載されている。この冗長陽極スパッタリングでは、カソード電位にあるターゲットの他に、2つの電極が交代でアノードおよびカソードとして動作する。その際に、カソード電位にある電極はこの期間中に自由にスパッタリングされ、このことにより、カソード電位にあったこの電極は、アノード期間中には持続的に作用するアノードとなる。
【0006】
いわゆるバーストモードでエネルギー入力を行う場合(DE19702187A1)、ダブルマグネトロン構成の2つのターゲット間に単極パルスのバーストが印加される。それぞれ2つの連続するバースト間に、極性が切り換えられる。
【0007】
いわゆる非対称的双極エネルギー供給(DE4127317A1)では、ターゲットが1つであり基本的に単極パルス方式である装置が記載されている。ここでは、ターゲット(カソード)に実際に成膜を行う際に使用される負の電圧パルスの前に、非常に短時間の正のパルスが印加される。この正のパルスによってキャリアの再結合が行われ、放電の安定化がさらに良好になる。
【0008】
実験的に、単極パルスモードと双極パルスモードとでは、被膜される基板の直前のプラズマ密度と、このプラズマ密度によって決定される、成長層への高エネルギー粒子の衝撃とが大きく異なることが判明している。実験によれば、単極パルスモードではプラズマ密度は低く、基板衝撃は弱い。このことはたとえば、温度に影響を受けやすい基板に被膜する場合に望ましい。それに対して、実験によれば双極パルスモードでは、基板衝撃は非常に強い。非常に強い基板衝撃は、有利には、非常に厚い層を成膜するのに使用することができる。スパッタリング装置が同一であり両パルスモード用に構成されている場合、被膜される基板の表面より前のプラズマ密度の差、ひいては基板に当たるイオン流のイオン流密度の差は10倍以上になる[Surface and Coatings Technology 132 (2000) 244 -0]。このような顕著な差が生じる物理的な原因は、双極動作においてマグネトロンターゲットをアノードとして使用することにある。このアノードに印加される磁界が、ターゲット近傍領域から高エネルギーの電子を基板近傍領域へ押しやり、基板より前のプラズマ密度が高くなる。
【0009】
少なくとも2つのマグネトロンスパッタ源を含む構成を選択的に単極パルスモードまたは双極パルスモードで動作させることが可能になることにより、パルスモードを選択することによって、多くの用途において高エネルギーの基板衝突を適切な強度に調整することができる。しかし、両パルスモード間で高エネルギーの基板衝突をより細かく調整する必要がある場合、両パルスモードを選択できることだけでは不十分になる。
【0010】
単極方式および双極方式のエネルギー供給の上述の変形形態ないしは組み合わせの高エネルギー基板衝突の強度は、両パルスモードのうち1つのパルスモードの高エネルギー基板衝突の強度に近く、冗長陽極スパッタリングにおいて非対称双極エネルギー供給が行われる場合、基板衝突は単極エネルギー供給の基板衝突に匹敵し、それに対してバーストエネルギー供給の場合には、基板衝突は双極エネルギー供給の基板衝突に匹敵する。上記で挙げた技術において、より広範囲にわたり高エネルギー基板衝突の強度を調整するのを可能にするものはなかった。
【0011】
基板に高エネルギー粒子が衝突する際の衝撃の強さを上昇させて調整するための別の手段として、基板にバイアス電圧を印加する手段がある。このことにより、基板に当たるイオンのエネルギーを所定のように上昇させることができる。このバイアス電圧をDCバイアスまたはパルスバイアスとする場合、このバイアス電圧は導電性の基板にしか使用できない。HFエネルギー供給を使用すれば、絶縁基板でもこのエネルギー供給によって基板表面にバイアス電圧を発生させることができる。どのバイアス方式でも、とりわけHFバイアスの場合には、装置に関するコストが大きくなるという欠点がある。さらに、基板バイアスを使用すると、基板上における層成長を調整する別の手法、たとえば基板移動、基板加熱または基板冷却と併用することができなくなることが多いか、または、層成長を調整する別の手法と併用するための技術的コストが高くなってしまう。また、バイアス電圧を使用すると、基板に当たるイオンのエネルギーを調整することはできるが、イオン流の密度を調整することはできないか、または非常に僅かしか調整することができないという欠点もある。さらに、イオンエネルギーが過度に高いと、成長層または基板が損傷してしまうことにもなる。上記の理由から、DC基板バイアス、パルス基板バイアスおよびHF基板バイアスは、常に、高エネルギーの粒子を基板に衝突させる際の衝撃を調整できるようにするのに適しているとは限らない。
【0012】
DE19651811A1に、双極エネルギー供給装置が記載されている。この双極エネルギー供給装置ではさらに、調整可能である付加的なパルス電圧を使用することによって、イオンを基板に向かってさらに加速させるように構成されている。このことにより、基板バイアスと同等の効果を実現することができる。この構成の欠点は、基板バイアスと同様に、イオンエネルギーは調整できるがイオン流密度の調整は制限されてしまうことである。さらに、基板衝撃の強さは、双極モードのレベルをすでに高くすることでしか上昇させることができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】DE3700633C2
【特許文献2】DD252205A1
【特許文献3】DE3802852A1
【特許文献4】DE4438463C1
【特許文献5】WO2009/040406A2
【特許文献6】DE19702187A1
【特許文献7】DE4127317A1
【特許文献8】DE19651811A1
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Surface and Coatings Technology 132 (2000) 244 -0
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
それゆえ、本発明の基礎となる技術的課題は、従来技術の欠点を克服することができるマグネトロン装置と、マグネトロン装置のパルス動作方法とを実現することである。とりわけ、パルスエネルギーを受け取るダブルマグネトロン装置を用いる基板被膜において、成長層に高エネルギー粒子が衝突する際の衝撃の強さを調整できる手段を実現しなければならず、本発明の装置および方法によって、基板の種類に依らずに、基板に衝突する粒子の粒子流密度を変化できるようにしなければならない。さらに、技術的に小さいコストで、装置および方法を実現できるようにしなければならない。
【課題を解決するための手段】
【0016】
前記課題は、マグネトロン装置が、少なくとも1つの付加的な電極が一時的にアノードになるように該付加的な電極を繰り返し切り替えるためのスイッチを有し、該付加的な電極が前記スイッチによってアノードに切り替えられたとき、前記ターゲットのうちカソードとして機能するように切り替えられたターゲットと該付加的な電極との間にマグネトロン放電が発生するように構成されているマグネトロン装置によって解決される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明による装置の概略図である。
【図2】本発明による装置の択一的な実施形態の概略図である。
【図3】デューティ比とプラズマ中の電子密度との依存関係を示すグラフである。
【図4】層の機械的なストレスとデューティ比との依存関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
従属請求項に本発明の別の有利な実施形態が記載されている。
【0019】
本発明の構成の前提となる装置は、双極パルスエネルギー供給方式のマグネトロン装置である。このマグネトロン装置は、少なくとも2つの相互に電気的に絶縁されたターゲットを有し、該ターゲット間に、少なくとも1つの給電装置によって交流電圧が印加されることにより、両ターゲットは交番的に、両ターゲット間に発生する気体放電のカソードおよびアノードとして機能する。両ターゲットにおける位相切替は、通常は第1の周波数で周期的に行われる。また択一的に、位相切替を非周期的に行うこともできる。
【0020】
本発明ではこの構成に、さらに少なくとも1つの電極を補足する。この少なくとも1つの別の電極はスイッチによってアノードとして一時的に機能するように繰り返し切り換えられることにより、該少なくとも1つの別の電極と、カソードとして機能するターゲットとの間に気体放電が発生する。このことにより、マグネトロンの単極パルス動作と双極パルス動作との新たな混合形態が実現される。この別の付加的な電極がスイッチオンされると、両ターゲットのうち1つのターゲットがカソードになるように切り換えられ、該付加的な電極と、該カソードとして機能するターゲットとの間にマグネトロン放電が形成される。前記付加的な電極はマグネトロンターゲットと同様に、マグネトロン磁界からあまり遮蔽されないことから、該付加的な電極がアノードになるように切り換えられる期間中、自由移動電子は有利には該付加的な電極へ移動することにより、この期間中には、主に該付加的な電極とカソードターゲットとの間にマグネトロン放電が形成される。前記付加的な電極を投入するためのスイッチは、たとえば半導体スイッチとすることができる。
【0021】
本発明の装置の前記付加的な電極は通常、プラズマ内に配置される電気的に絶縁された別個の電極である。特に有利なのは、前記付加的な電極が反応生成物によって直接被覆されずに持続的に導電性のままになるように、該付加的な電極を「隠す」かないしは遮蔽して設けることである。最も簡単な実施例では、受容体も付加的な電極になるように切り換えられる。また択一的に、さらに別の複数の電極が付加的なアノードになるように切り換えることもできる。真空チャンバ内に付加的なアノードを適切に配置することにより、該真空チャンバ内に形成されるプラズマ雲の形状を所定のように調整することができる。
【0022】
本発明の装置は、1つのマグネトロンターゲットに対してのみ設けられた付加的な電極を有する構成も可能である。すなわち、前記付加的な電極に対応するマグネトロンターゲットがアノードに切り換えられている期間の間だけ該付加的な電極はスイッチオンされてアノードとして機能する。別の実施形態では、各マグネトロンターゲットごとに別個の付加的な電極を設けることができる。
【0023】
また択一的に、両マグネトロンターゲットないしはより多くのマグネトロンターゲットに対して1つの付加的な電極を設けることも可能である。この構成の利点は、位相切替が複数回行われる期間中、この1つの付加的な電極をスイッチオンしたままで、マグネトロン放電を発生させるためのアノードとして機能させ続けることが可能であることだ。この期間中、付加的な電極はアノードに切り換えられたままにされるのに対し、気体放電のカソード側は複数のターゲット間で交互に切り替えられる。
【0024】
付加的な電極をアノードとして一時的にオン状態に切り換えることは、第2の周波数で周期的に行うか、または択一的に非周期的に行うことができる。1つの実施形態では、前記付加的な電極は、マグネトロン放電の付加的なアノードになるように切り換えられる。上記ですでに説明したように、前記付加的な電極をアノードに切り換えると自動的に、該付加的な電極と、カソードとなったターゲットとの間にマグネトロン放電が形成される。択一的に、前記付加的な電極がアノードに切り換えられる期間中、アノードとして機能するターゲットを給電部から分離し、この期間中には該付加的な電極のみがマグネトロン放電のアノードとして機能するようにすることもできる。
【0025】
前記付加的な電極がアノードに切り換えられる時間の割合は、0〜100%の間とすることができる。このアノードに切り換えられる時間の割合を、以下ではデューティ比と称する。
【0026】
前記付加的な電極が全くオン状態に切り換えられずアノードとして機能しない場合に相当する0%のデューティ比は、たとえばマグネトロンによって膜が形成される基板前のプラズマ密度が非常に高い従来の双極動作に相当する。前記付加的な電極が常にオン状態にされアノードとして機能する100%のデューティ比は、基板前のプラズマ密度が低い従来の単極動作に非常に近い。というのも、マグネトロン磁界によって遮蔽されない付加的な電極がオン状態になってアノードして機能する場合、放電電流はほぼすべて、該付加的なアノードを介して流れるからである。したがってこの場合には、両ターゲット間の放電は無視できる程度になる。したがって、デューティ比を0%〜100%の間に適切に設定することにより、プラズマ密度の値および高エネルギーの基板衝突の強さの値を、単極パルス動作と双極パルス動作との間の任意の値に調整し、動作中に変化させることもできる。
【0027】
原則的には、付加的な電極がオン状態に切り換えられてアノードとして機能する期間を、双極パルスエネルギー供給の典型的には2μs〜100μsであるパルスオン時間より短く設定することが考えられるが、その際には、プラズマ電子が高速の電極切替についていけなくなり、放電が消失したり点弧条件が悪くなる危険性が生じる。それゆえ有利には、付加的な電極をオン状態に切り換えてアノードとして動作させるスイッチオン期間を、パルスエネルギー供給の周期時間より長くする。それゆえこの実施形態では、前記第2の周波数は前記第1の周波数より低く設定される。このことにより、前記付加的な電極がアノードに切り換えられる期間中は気体放電が形成され、この気体放電では該付加的な電極がアノードとして機能し、カソードを成すターゲットが、両ターゲット間で交互に入れ替わる。すなわち、該付加的な電極がオフ状態に切り換えられるまで、気体放電のカソード側が両ターゲット間で交互に「行ったり来たり」する。付加的な電極がオフ状態に切り換えられると、該付加的な電極が次の時間間隔でスイッチオンされるまで、マグネトロン放電は双極マグネトロン動作と同様に両ターゲット間で行われる。
【0028】
また、前記付加的な電極をアノードに切り換えるスイッチオン時間を、最大数秒までの領域内で設定することも可能である。このことにより、成膜される層の特性が成長方向に均質にならないようにすることもできる。このことを利用して、多層成膜を所期のように行ったり、複数のグラジエント層を交互に成膜することができる。
【0029】
それに対して、成長方向に均質な層を成膜するのに有利なのは、前記付加的な電極をアノードに切り換えるスイッチオン時間を、層の単層を成膜する時間より短くすることである。この単層を成膜する時間は、パルススパッタリングの場合には10ms〜500msに設定されるのが典型的である。上記考察から、付加的な電極をアノードに切り換えたりスイッチオフしたりするのに有利な周期時間は、2μs〜500msの領域内となる。この周期時間は、500kHz〜2Hzの領域内の付加的な電極のスイッチオン周波数に相当する。
【0030】
電流が流れているときにスイッチをスイッチングすること、すなわち負荷が存在するときにスイッチをスイッチングすることは、スイッチの耐電圧性にかかる要求を無負荷状態のスイッチングより格段に厳しくすることになる。したがって有利には、パルス給電部の出力電圧が0Vであるかまたは少なくとも約0Vであるときに前記付加的な電極のスイッチングが行われるように、該付加的な電極をアノードに切り換えるスイッチングと該パルス給電部の極性交代とを同期する。「約0V」という用語は、電圧が50V未満であることを意味する。このような低い電圧はたとえば、給電装置において極性が交代する際に得られる。それゆえ1つの実施形態では、前記付加的な電極のスイッチオンおよび/またはスイッチオフは、ターゲットにおいて極性交代が行われる時点で行われる。択一的に、点弧条件を最適にするために、前記付加的な電極のスイッチオンおよび/またはスイッチオフを、前記ターゲットの極性交代に対して時間的に遅延して行うこともできる。
【0031】
場合によっては、成長層に高エネルギーの粒子が衝突する際の衝撃を層成長中に変化させるのが望ましい場合があり、たとえば、高エネルギーの基板衝突の強さを上昇させて、層成長の開始時に、結晶相の形成を開始させるのに利用することができる。層成長の次の段階では、基板衝撃度を低くして、熱による基板の損傷を阻止することができる。その逆に、層成長の開始時に基板衝撃度を可能な限り低下させ、その下にある影響を受けやすい層が損傷されないようにし、その後に、十分な密度の層領域が生成されるように基板衝突の強さを上昇させることが必要な場合もある。層成長時の高エネルギー基板衝突の衝撃をこのように変化させることは、本発明の装置では、被膜中にアノードスイッチオン期間のデューティ比を変化させることによって実現することができる。
【実施例】
【0032】
以下、本発明を実施例に基づき詳細に説明する。
【0033】
図1に、本発明の装置10を概略的に示す。この装置は、本発明の方法を実施するために使用することもできる。装置10は真空チャンバ11を有し、該真空チャンバ11内に、2つの相互に電気的に絶縁されたターゲット12および13を有するダブルマグネトロン装置が設けられている。このダブルマグネトロン装置はたとえば、真空チャンバ11内でPVD法またはPECVD法によって基板上に層を成膜するのに使用することができる。両ターゲット12,13はそれぞれ、給電装置14の一方の電極に電気的に接続されており、該給電装置14は両ターゲット12,13間に交流電圧を生成する。したがって、マグネトロン装置は双極動作を行う。すなわち、両ターゲット12,13は周期的に、カソードとアノードとに交互に繰り返し切り換えられ、両ターゲット12,13間にマグネトロン放電が点弧する。
【0034】
本発明ではさらに、真空チャンバ11内に付加的な電極15も設けられる。この付加的な電極15はスイッチ16を介して、スイッチ17を介してターゲット12に電気的に接続された、給電装置14の電極に電気的に接続されている。両スイッチ16および17は相互に別個に、制御装置18によって開閉することができる。
【0035】
装置10を純粋に双極動作させるためには、スイッチ17を常に閉成状態にし、スイッチ16を常に開放状態にする。本発明では制御装置18によって、ターゲット12がアノードとして機能するように切り換えられる期間中に、スイッチ16を1回または複数回開閉することができる。このことによって前記付加的な電極15は、スイッチ16が閉成されている期間中に付加的なアノードとして機能し、カソードとなったターゲット13と該付加的な電極15との間にマグネトロン放電が発生する。上記ですでに述べたように、アノードが磁気的に遮蔽されずにマグネトロン放電を形成した場合、形成されるプラズマの状態は、アノードに切り換えられたターゲットがマグネトロン磁界から遮蔽されている場合と異なる。したがって、ターゲット12がアノードとして機能する期間中にスイッチ16が閉成される回数、および/または、ターゲット12がアノードとして機能する期間中にスイッチ16が閉成状態にある全時間に依存して、真空チャンバ11内のプラズマパラメータを変化させることができる。
【0036】
また、ターゲット13がカソードとして機能する期間中、スイッチ17を1回または複数回開放することもできる。スイッチ17が開放される時間中は、前記付加的な電極15は、マグネトロン放電の唯一のアノードとして機能する。しかし、ターゲット13がカソードとして機能する期間中は、カソードであるターゲット13との間にマグネトロン放電を発生させるために少なくとも1つのアノードがどの時点でも存在するように、スイッチ16,17のうち少なくとも1つは常に閉成状態にあるように留意しなければならない。
【0037】
念のために、ターゲット13がアノードとして機能する期間中は、スイッチ17は一貫して閉成状態に維持され、スイッチ16は一貫して開放状態に維持されることにより、ターゲット12のみがカソードとして機能することを述べておく。一般的には本発明の装置の付加的な電極、詳細には図1の電極は、決してカソード動作を行うことはない。
【0038】
図2に、本発明の装置10の択一的な実施形態を概略的に示す。この装置も、本発明の方法を実施するために使用することができる。装置20は真空チャンバ21を有し、該真空チャンバ21内に、2つの相互に電気的に絶縁されたターゲット22および23を有するダブルマグネトロン装置が設けられている。このダブルマグネトロン装置も、図1の装置10と同様に、真空チャンバ21内でPVD法またはPECVD法によって基板上に層を成膜するのに使用することができる。両ターゲット22,23はそれぞれ、給電装置の一方の電極に電気的に接続されており、この給電装置は端子24,25において、両ターゲット22,23間にパルス交流電圧を生成する。
【0039】
図2の給電装置は、DC電流発生器26,27とパルスジェネレータ28とを含む。両DC電流発生器26,27の正極は相互に接続されており、時間的に一定の電力を出力する。両DC電流発生器の出力電力は、相互に別個に調整することができる。パルスジェネレータは2つのインダクタンス29,30と、スイッチ31および32とを含む。これらのスイッチ31,32は交互に開閉される。スイッチング時には、現在開放されているスイッチが最初に閉成され、その後に、閉成されていたスイッチが開放される。このことによって、スイッチング時には必ず、両スイッチが閉成されている期間が短時間存在する。この期間については後で詳細に説明する。
【0040】
スイッチ31が開放されておりスイッチ32が閉成されている場合、ターゲット22はインダクタンス29を介して電流発生器26の負極に接続され、ターゲット23は該電流発生器26の正極に接続される。このような構成の電流発生器26の場合には、このようにして両ターゲット22,23間にマグネトロン放電を発生させるためのエネルギーが供給されるのに対し、この期間中に、電流発生器27のエネルギーがコイル30に蓄積される。したがって、ターゲット22はこの期間中はマグネトロン放電のカソードとして機能し、ターゲット23はアノードとして機能する。
【0041】
極性交代時には、まずスイッチ31が閉成され、次にスイッチ32が開放される。このことにより、コイル30に蓄積されたエネルギーと、電流発生器27から出力されたエネルギーとがマグネトロンプラズマに供給される。この構成では、インダクタンスは電流発生器27の負極に接続され、ターゲット22は該電流発生器27の正極に接続されるため、ターゲット23はカソードとして機能し、ターゲット22はアノードとして機能する。この期間中、電流発生器26のエネルギーはコイル29に蓄積される。スイッチ31および32をこのように交互に開閉することにより、端子24および25に、双極パルスマグネトロンスパッタリングに必要なパルス交流電圧が出力される。このスイッチングの周波数は、この実施例では50kHzであるが、双極パルスマグネトロンスパッタリングで慣用される任意の周波数に設定することもできる。
【0042】
本発明では、真空チャンバ21内に付加的な電極33が設けられる。この付加的な電極33はスイッチ34を介して、両電流発生器26,27の正極に接続することができる。スイッチ34が閉成されている場合、両ターゲット22,23のうちどちらがカソードとして機能しているかに関係なく、前記付加的な電極33はマグネトロン放電の付加的なアノードとして機能する。ターゲット22がカソードとして機能しているときにスイッチ34が閉成されると、両ターゲット間においてマグネトロン放電が形成されると同時に、ターゲット22と付加的な電極33との間にもマグネトロン放電が形成される。スイッチ34が閉成されている期間中にターゲットの極性が交代すると、ターゲット23がカソードとなり、両ターゲット間にマグネトロン放電が形成されると同時に、ターゲット23と付加的な電極33との間にもマグネトロン放電が形成される。その際には、エネルギーの大部分が常に、付加的な電極33がアノードとして機能することにより発生したマグネトロン放電に流れることを述べておく。本発明の装置では、放電電流のうち前記付加的な電極に流れる電流は、電極の構成に応じて最大95%になる。
【0043】
スイッチ34の駆動制御は制御装置によって行われ、この実施例では、スイッチ34は制御装置によって、2kHzの周波数で周期的に操作される。その際には、デューティ比(すなわち、スイッチ34が閉成されている期間の割合)を0%〜100%の間に設定することができる。有利には、両スイッチ31,32が極性交代で同時に閉成されているときにスイッチ34がちょうど操作されるように、このスイッチの操作と、端子24,25における極性交代とを同期させる。このとき、端子24,25間の電圧は約0Vまで低下するので、電気的負荷が存在する状態でスイッチ34のスイッチングを行う必要がなくなり、スイッチ34の耐電圧性にかかる要件は緩和される。
【0044】
試験用の構成で行った測定により、付加的な電極33がアノードに切り換えられる際には、利用可能な電子が存在する確率が向上することにより、放電電流のうち該付加的な電極33に流れる電流は約90%になることが判明した。スイッチ34が開放されると、アノード電流はすべて強制的に、アノードに切り換えられているターゲットに流れる。したがって、前記付加的な電極をアノードに切り換えるデューティ比を調整することにより、放電電流のうち該付加的な電極に流れる電流の割合の時間平均を広い範囲で調整することができる。したがって、プラズマパラメータと、とりわけ、被膜される基板の表面に当たる粒子の粒子流密度とを、単極動作の粒子流密度と双極動作の粒子流密度との間で広い範囲にわたって調整することができる。
【0045】
この実施例では、窒化アルミニウム層の成膜法に装置20を使用した。この窒化アルミニウム層の成膜では、ダブルリングマグネトロンの両ターゲット22,23において、アルミニウムをターゲット材料として使用した。ダブルリングマグネトロンとは、2つの電気的に相互に絶縁された環状のターゲットを使用するマグネトロンであり、このマグネトロンでは、より小さい環状ターゲットが、より大きい環状ターゲットの環状開口内に配置される。処理ガスとしては、アルゴンを40sccmの流量で真空チャンバ21内に流入させ、窒素を20sccmの流量で真空チャンバ21内に流入させた。電流発生器26では2kWの電力を供給し、電流発生器27では0.5kWの電力を供給した。付加的な電極33がアノードとして機能するようにスイッチオンする本発明が、高エネルギー粒子が成長層に衝突したときの衝撃に与える影響を証明するため、真空チャンバ21内で被膜される基板の表面前におけるプラズマ密度、イオン流および電子温度の測定を行った。
【0046】
図3に、プラズマ密度とデューティ比との依存関係をグラフで示す。デューティ比0%は、基板前のプラズマ密度が非常に高い、従来の双極動作に相当する。デューティ比100%は従来の単極動作に非常に近く、プラズマ密度は格段に低くなる。図3から分かるように、本発明の装置および方法ではデューティ比を変化させることにより、プラズマ密度を両極値間で無段階に調整することができる。
【0047】
成膜された窒化アルミニウム層の特性に及ぼされる影響を証明するため、基板上に窒化アルミニウム層が成膜された場合の機械的ストレスを測定した。図4に、この測定結果をグラフで示す。このグラフから、デューティ比が0%に設定され高エネルギー基板衝突の衝撃が強くなった場合、成膜された層における圧縮ストレスは高くなることが分かる。この圧縮ストレスは、デューティ比を大きくすることによって低減することができる。
【符号の説明】
【0048】
11,21 真空チャンバ
12,13,22,23 ターゲット
14 給電装置
15,33 付加的な電極
16,17,31,32,34 スイッチ
18 制御装置
26,27 DC電流発生器
28 パルスジェネレータ
29,30 インダクタンス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流電圧を生成するための少なくとも1つの給電装置(14)を備えたマグネトロン装置であって、
少なくとも2つの相互に絶縁されたターゲット(12;13)が交互にカソードおよびアノードとなるように切り替えられて該ターゲット(12;13)間にマグネトロン放電が発生するように、前記給電装置(14)によって生成される交流電圧が前記ターゲット(12;13)間で切り替え可能であり、
前記マグネトロン装置は、少なくとも1つの付加的な電極(15)が一時的にアノードになるように該付加的な電極(15)を繰り返し切り替えるためのスイッチ(16)を有し、該付加的な電極(15)が前記スイッチ(16)によってアノードに切り替えられたとき、前記ターゲット(12;13)のうちカソードとして機能するように切り替えられたターゲット(13)と該付加的な電極(15)との間にマグネトロン放電が発生するように構成されていることを特徴とする、マグネトロン装置。
【請求項2】
前記付加的な電極(15)は、前記ターゲット(13)のうちカソードとして機能する1つのターゲット(13)に対してのみ設けられている、請求項1記載のマグネトロン装置。
【請求項3】
前記付加的な電極は、カソードとして機能する各ターゲットごとに別個に設けられている、請求項2記載のマグネトロン装置。
【請求項4】
1つの前記付加的な電極(33)が複数の前記ターゲットに対して設けられており、
前記付加的な電極(33)は交互に順次、カソードとして機能する前記ターゲット(13)に対応する、請求項1記載のマグネトロン装置。
【請求項5】
前記両ターゲット間にマグネトロン放電を発生させるために、両ターゲットは周期的に第1の周波数で交互にカソードおよびアノードとなるように切り替え可能である、請求項1から4までのいずれか1項記載のマグネトロン装置。
【請求項6】
前記付加的な電極と、前記ターゲットのうちカソードとして機能するターゲットとの間にマグネトロン放電を発生させるために、該付加的な電極は周期的に第2の周波数でアノードとなるように切り替え可能である、請求項1から5までのいずれか1項記載のマグネトロン装置。
【請求項7】
前記第1の周波数は前記第2の周波数より高い、請求項6記載のマグネトロン装置。
【請求項8】
前記付加的な電極がアノードに切り替えられる時間の割合は、0%を上回り100%未満である領域内で設定可能であり、前記マグネトロン装置の動作中に該領域内で変更可能である、請求項1から7までのいずれか1項記載のマグネトロン装置。
【請求項9】
真空チャンバ(11)内のマグネトロンをパルス動作させるためのマグネトロンパルス動作方法であって、
少なくとも2つの相互に電気的に絶縁されたターゲット(12;13)が交互にカソードおよびアノードとして機能し、該ターゲット(12;13)間にマグネトロン放電が発生するように、少なくとも1つの給電装置(14)を用いて該ターゲット(12;13)間で交流電圧を切り替え、
少なくとも1つの付加的な電極(15)と、前記ターゲットのうちカソードとして機能するように切り替えられたターゲット(13)との間にマグネトロン放電が発生するように、スイッチ(16)によって該付加的な電極(15)が一時的にアノードになるように繰り返し切り替えることを特徴とする、マグネトロンパルス動作方法。
【請求項10】
前記ターゲットを周期的に第1の周波数で、交互にカソードおよびアノードになるように切り替え、
前記付加的な電極を周期的に第2の周波数で、アノードになるように繰り返し切り替える、請求項9記載のマグネトロンパルス動作方法。
【請求項11】
前記第2の周波数を前記第1の周波数より低く設定する、請求項10記載のマグネトロンパルス動作方法。
【請求項12】
前記スイッチを、前記ターゲットにおいてカソードおよびアノードの切替が行われる時点で操作する、請求項11記載のマグネトロンパルス動作方法。
【請求項13】
前記マグネトロンの動作中に、前記付加的な電極がアノードに切り替えられる期間および/または前記第2の周波数を変化させることにより、前記真空チャンバ(11)内のプラズマ密度を変化させる、請求項10から12までのいずれか1項記載のマグネトロンパルス動作方法。
【請求項14】
前記真空チャンバ内でPVD法またはプラズマアシストCVD法を使用して少なくとも1つの基板に被膜するために、前記マグネトロンパルス動作方法を使用する、請求項9から13までのいずれか1項記載のマグネトロンパルス動作方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−84526(P2012−84526A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−222613(P2011−222613)
【出願日】平成23年10月7日(2011.10.7)
【出願人】(594102418)フラウンホーファー−ゲゼルシャフト ツル フェルデルング デル アンゲヴァンテン フォルシュング エー ファウ (63)
【氏名又は名称原語表記】Fraunhofer−Gesellschaft zur Foerderung der angewandten Forschung e.V.
【住所又は居所原語表記】Hansastrasse 27c, D−80686 Muenchen, Germany
【Fターム(参考)】