説明

マグロの異常行動防止方法

【課題】 マグロ、特に種苗生産における仔稚魚期または若魚期のマグロの飼育、保管、輸送における共食い、驚愕行動または衝突死等の異常行動の発生を防止する方法を提供する。
【解決手段】 マグロの飼育、保管、輸送における異常行動を、マグロの視覚制御により防止する。特に、環境と接する水槽壁面を透明にすること、視覚刺激緩衝材を設置すること、環境中に有色微粒子を存在させることの単独または組み合わせにより視覚刺激を緩和した環境下にマグロを保持して異常行動を防止する。また、逆に、視覚刺激により、マグロの水槽面への衝突死を防止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、視覚刺激を制御することにより、マグロを飼育、保管または輸送する際の共食い、驚愕行動または衝突死等の異常行動を防止する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のマグロの種苗生産方法では、仔稚魚期および未成魚期に何らかの原因による共食い、驚愕行動が起こって大量にへい死する。また、驚愕行動と同時に、あるいはそれとは別に水槽やイケス網壁面・底面への突進遊泳を示し、衝突死が発生する。このため、仔稚魚期および未成魚期における魚の飼育生残率や輸送時の生残率は極めて低く、この発生防止法を開発しなければ、マグロの種苗を効率的に大量生産することはできない。
例えば、特許文献1および2には、甲殻類の養殖における共食いを防止する方法が提案されているが、マグロについては、共食い等を防止する方法を提案する文献は見当たらない。また、特許文献3には、網に付着した海洋生物除去のための網替えに際してのマグロの衝突死が避けられる旨の記載があるが、衝突死の発生防止に関するものではない。
【特許文献1】特開平5−7463号公報
【特許文献2】特開2003−274793号公報
【特許文献3】特開平9−74975号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の主な課題は、マグロの種苗生産や、その他、飼育、保管または輸送における共食い、驚愕行動、衝突死等の異常行動の発生防止に有効な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、共食い、驚愕行動、衝突死等の異常行動は、何らかの共通の外部刺激が原因で発生すると考え、生残率の向上を図るため、共食い、驚愕行動、衝突死の原因の一つとして視覚刺激に着目し、上記課題を解決するためにその影響について種々研究を重ねた。
まず、共食い、驚愕行動、衝突死の原因を明らかにするため、マグロ稚魚を照度と色の組み合わせが異なる様々な水槽にそれぞれ収容し、驚愕行動率、生残率および魚のストレス状態を示すホルモンのコルチゾル含量等を調べて、照度、水槽色、明度、反射光等による影響を検討した。その結果、視覚刺激を制御すれば、異常行動の発生が防止できることを見出した。つぎに、驚愕等の異常行動の発生防止方法を開発するため、視覚刺激を緩和する緩衝設備や水中に投与する緩衝剤を用いてその効果を調べた。さらに、開発した視覚制御水槽を用い、魚を実際に輸送したときの効果を確認した。
【0005】
本発明は、これらの知見に基づいて完成されたもので、
(1)視覚刺激を制御した環境下でマグロを飼育、保管または輸送することを特徴とする飼育、保管または輸送におけるマグロの異常行動の防止方法、
(2)視覚刺激を緩和した環境下でマグロを飼育、保管または輸送する上記(1)記載の方法、
(3)視覚刺激の緩和を、(a)環境と接する水槽壁面・底面を透明にすること、(b)光が透過し、かつ、斜め方向にも光の一部が反射する視覚刺激緩衝材を設置すること、および(c)環境中に有色微粒子を存在させることのうちの少なくとも1つの手段によって行う上記(2)記載の方法、
(4)視覚刺激緩衝材が透明な空気入り緩衝材である請求項3記載の方法、
(5)透明な水槽を用いる上記(2)記載の方法、
(6)水槽面に透明な空気入り緩衝材を設置する上記(2)記載の方法、
(7)環境内に有色微粒子を入れる上記(2)記載の方法、
(8)マグロが、仔稚魚期または未成魚期のマグロである上記(1)〜(7)いずれか1項記載の方法。
(9)水槽面、網面または障害物表面に視覚を刺激する材料を配してマグロの水槽壁面または網または障害物への衝突を防止する請求項1記載の方法。
(10)視覚刺激を制御した環境下でマグロを飼育、保管または輸送することを特徴とするマグロの飼育、保管または輸送方法などを提供するものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、以下のことが判明した。
(i)マグロは特定の照度条件下で、白色、黄色、黒色などの有色物体に対する驚愕行動、高へい死率、ストレス状態を示すが、透明水槽内ではそれらの行動を示さないことが判明した。
(ii)透明水槽の外側に液体を介さない有色物体が存在しても、全く反応しないことが明らかとなった。水槽内から外側をみた場合、壁面や底面の垂直方向に視線を置くと水槽外の物体はみえるが、斜めにみると鏡のように反射し、外側は見えない。マグロの視軸は前方正中線方向にあるとは限らず、広い単眼視野を有するために静止物体に対する焦点調整が十分でないかもしれない。透明水槽内では壁面で鏡効果が発生し、マグロは透明水槽越しの物体が十分にみえていないと考えられた。一方、アルミシートなどを水槽側面・底面に設置し、反射光が非常に多い水槽では、側面、底面からの強い光に驚き、逆に著しい驚愕行動を起こすこともわかった。すなわち、水槽内の光が水槽外へ適度に透過するとともに、斜め方向には光の一部が反射するような視覚刺激緩衝材を設置することによって、マグロの驚愕行動や衝突死を防止できることが判明した。
(iii)壁面や底面の有色物体の影響を緩和するため、淡水クロレラやナノクロロプシスのような有色微粒子を投与することによってクロマグロの共食い、驚愕行動、衝突死等の発生を一部防止できることが判明した。
(iV)魚を輸送する際に、(ii)の視覚刺激緩衝材を設置した水槽では、驚愕行動や衝突死の発生を防止できることが確認された。
(V)水槽壁面や網面に視覚を刺激する材料を配置することにより、マグロが水槽壁面や網面に近づきにくくなり、マグロの水槽壁面や網面への衝突を防止できることが判明した。
かくして、本発明によれば、様々な視覚刺激の制御によってマグロの共食い、驚愕行動、衝突死等の異常行動発生が防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、いずれの種類のマグロの飼育、保管、輸送にも適用できるが、特に太平洋クロマグロ(Thunnus orientalis)などに好適に適用でき、共食い、驚愕行動、衝突死などの異常行動の発生を効果的に防止して種苗を効率的に大量に生産するために、仔稚魚期または未成魚期のマグロに適用するのが好ましい。
【0008】
本発明におけるマグロの視覚刺激の制御には、視覚刺激の緩和および、それとは逆の視覚刺激の強化の両方が包含される。本発明は、このようなマグロの視覚刺激を制御した環境下にマグロを保持して、飼育、保管、輸送することを特徴とする。これにより、共食い、驚愕行動または衝突死等の異常行動の発生が防止できる。他の条件は、マグロの飼育(例えば、種苗生産、養殖等)、保管(例えば、捕獲、畜養等)、輸送に通常採用される条件でよい。
【0009】
本発明の1つの態様として、マグロの視覚刺激を緩和した環境下にマグロを保持する。視覚刺激を緩和する手段としては、例えば、(a)環境と接する水槽壁面・底面を透明にすること、(b)光が透過し、かつ、斜め方向にも光の一部が反射する視覚刺激緩衝材を設置すること、および(c)環境中に有色微粒子を存在させることが挙げられ、これらの手段は単独でも、適宜組み合わせてもよい。
【0010】
手段(a)は、環境と接する水槽壁面・底面を透明にすることである。マグロは、所定の照度条件下で、白色、黄色、黒色などの有色物体に対して驚愕行動、高へい死率、ストレス状態を示すが、透明水槽内ではそれらの行動を示さない。また、透明水槽の外側に液体を介さない有色物体が存在しても、全く反応しない。具体的には、ガラス製の水槽や、透明な合成樹脂製の水槽、透明な、いわゆるビニールシートのような合成樹脂製のシートの水槽などを使用することにより、視覚刺激を緩和することができる。
【0011】
手段(b)は、水槽内の光が水槽外へ適度に透過するとともに、斜め方向には光の一部が反射するような視覚刺激緩衝材を設置することである。視覚刺激緩衝材の設置によって、マグロの驚愕行動や衝突死を防止できる。このような、視覚刺激緩衝材としては、例えば、エアーキャップ、プチプチタイプ等として知られる空気入り緩衝材のシートやマジックミラー等が挙げられ、例えば、有色水槽であっても水槽内部に配置することにより、視覚刺激を緩和することができる。
【0012】
手段(c)は、壁面や底面の有色物体の影響を緩和するため、淡水クロレラやナノクロロプシスのような有色微粒子を適宜の量、環境内に存在させることである。これによって視覚刺激を緩和することができる。
【0013】
本発明の他の態様においては、逆に、マグロの視覚刺激を利用する。具体的には、大型水槽や大型生簀において水槽面や、網面、その他障害物の表面にマグロの視覚を刺激する材料、例えば、マグロが怖がる有色物体や、光反射板等を配置し、マグロが水槽壁面、底面や、網面、その他の障害物に衝突して傷ついたり、死亡することを防止する。大型水槽では、壁面をマグロが怖がる色や模様にすることも衝突防止に効果がある。
また、本発明の他の態様で視覚刺激を緩和する方法としては、マグロを視覚刺激に順化させる方法もある。マグロの視覚刺激に対する反応は、稚魚になってからより顕著になるため、それ以前の卵期、仔魚期からマグロが怖がり、なおかつ水槽やイケスに特徴的な有色物体や模様に順化させる。この場合は、どちらかというと小型水槽や小型イケスでの飼育、保管、輸送する場合に効果的である。
本発明は、以上の手段、態様を単独で、または適宜組み合わせることにより、マグロの飼育、保管、輸送における共食い、驚愕行動、衝突死等の異常行動の発生を防止する。また、このような異常行動防止策を講じた飼育、保管および輸送方法も本発明範囲のものである。
以下、実施例を挙げて、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0014】
各実施例におけるコルチゾル量の測定方法は以下のとおりである。
コルチゾルはエンザイムイムノアッセイ(EIA)法で測定した。すなわち、コルチゾル特異抗体抗(ウサギコルチゾル抗体、FKA404‐E、Cosmo Bio製)を固相化した96穴マイクロタイタープレートのウェルに、試料のエーテル抽出液とHRP標識コルチゾルを添加して競合反応を行い、非結合コルチゾルの洗浄・除去後にTMB基質液で発色させて、吸光度を測定した(K. Asahina, A. Kambegawa and T. Higashi: Development of a Microtiter Plate Enzyme-linked Immunosorbent Assay for 17α, 20β-21-trihydroxy-4-pregnen-3-one, a Teleost Gonadal Steroid. Fisheries Science 61, 491-494, 1995)。
【実施例1】
【0015】
クロマグロの水槽壁面・底面光および色に対するストレス反応−1
共食い、驚愕行動、衝突死の原因を明らかにするため、マグロ稚魚を照度と色の組み合わせが異なる様々な水槽にそれぞれ収容し、驚愕行動率、生残率および魚のストレス状態を示すホルモンのコルチゾル含量を調べて、照度、水槽色、明度、反射光等による影響を検討した。
方法
透明、白色および黒色のポリスチレン袋を30L透明ポリカーボネイト水槽内に二枚重ねで設置し、同じ材質で色の異なる水槽を3基ずつの計9基設けた。この9基の水槽を1セットとして、3セットの計27水槽を、白色蛍光灯を光源とする水表面照度25、250および2500luxの下にそれぞれ1セットずつ設置した。各水槽にはふ化後40日目のクロマグロ稚魚を収容し、3時間後の魚の狂奔率、横転率、へい死率、生残率、全魚体コルチゾル含量を測定した。
結果
結果を表1に示す。
【表1】

表1に示すごとく、白色水槽に収容した魚の驚愕行動の平均発生率はどの照度でも60%以上を示し、2500lux下では100%に達した。また、3時間後の生残率はどの照度でも83.3%であった。全魚体コルチゾル含量は透明水槽に比べて顕著に高い値を示した。
黒色水槽に収容した魚の驚愕行動の平均発生率は25luxで0%であったが、照度が増加すると80%まで増加した。また、3時間後の生残率は250lux以上の照度で83.3%であった。
一方、透明水槽に収容した魚の驚愕行動率、へい死率、コルチゾル濃度はいずれも低く、開始時からの著しい変化はみられなかった。
【実施例2】
【0016】
クロマグロの水槽壁面・底面光および色に対するストレス反応−2
共食い、驚愕行動、衝突死の原因を明らかにするため、マグロ稚魚を照度と色の組み合わせが異なる様々な水槽にそれぞれ収容し、驚愕行動率、生残率および魚の全魚体のコルチゾル含量を調べて、照度、水槽色、明度、反射光等による影響を検討した。
方法
試験区は、10Lプラスチック製透明水槽を対照区とし、その内側または外側に黒色ビニールシートを設置したもの、水槽内に黒色ビニールシートを置き、さらにその内側に透明ビニールシートを設置したもの、アルミシートを水槽内に設置したものの計5試験区をそれぞれ3区ずつ設けた。各水槽にはふ化後40日目のクロマグロ稚魚を収容し、水表面位置の照度5000luxで収容後3時間のクロマグロ稚魚の狂奔率、横転率、へい死率等の変化を観察した。なお、ビニールシートとビニールシート、またはビニールシートと水槽壁面との間に水が全く入らないようにした。
結果
結果を表2に示す。
【表2】

表2に示すごとく、水槽内に黒色ビニールシート、またはアルミシートを設置した水槽では、全水槽とも100%近い驚愕行動と高い死亡率を示した。一方、透明水槽や黒色ビニールシート内に透明ビニールシートを設置した水槽の魚に顕著な驚愕行動やへい死はみられなかった。また、実施例1の30L水槽よりも実施例2の10L水槽のような小型水槽の方が影響の大きくなることもわかり、魚と水槽壁面・底面までの距離が重要な要因の一つになることがわかった。
【実施例3】
【0017】
クロマグロの水槽壁面・底面光および色に対するストレス反応−3
驚愕行動、衝突死等の異常行動の発生防止方法を開発するため、視覚刺激を緩和する緩衝設備を用いてその効果を調べた。
方法
1.6tの有色水槽6基に透明ビニールシートをそれぞれ設置し、ビニールシートの内外に海水を入れた対照区、ビニールシートの外側には海水を入れずに空気入り緩衝材を設置した試験区の2試験区をそれぞれ3基ずつ設置した。ビニールシート内外に水を入れた水槽では、どの方向からみても水槽壁面、底面の色を認知できたが、空気入り緩衝材を設置した水槽では、斜め方向からみると水槽内が反射し、有色層がみえなくなった。各水槽に平均体重約300gのクロマグロ未成魚を収容し、3日間流水飼育して魚の驚愕行動、生残率等の変化を観察した。
結果
結果を表3に示す。
【表3】


表3に示すごとく、透明ビニールシートの内外に海水を入れた水槽の魚のへい死率は、空気入り緩衝材を設置した水槽のそれよりも有意に高くなった。また、血漿コルチゾル濃度も増加した。
【実施例4】
【0018】
マグロ稚魚の生残率、ストレス反応に及ぼす水槽色とナノクロロプシス添加の影響
共食い、驚愕行動、衝突死等の異常行動の発生防止方法を開発するため、視覚刺激を緩和する緩衝剤を投与してその効果を調べた。
方法
日令27のクロマグロ稚魚を2Lの白色水槽またはステンレスカゴにそれぞれ収容し、飼育水へのナノクロロプシス添加の有無による横転率および生残率の違いを調べた。照度は2000〜2500ルクスとし、ナノクロロプシス添加区はその濃度を約500万cells/mlとした。
結果
結果を表4に示す。
【表4】


表4に示すごとく、白色水槽での生残率は極めて低く、横転率が高いが、ナノクロロプシスを添加すると顕著に改善された。
ステンレスカゴでも横転魚の増加が観察されたが、ナノクロロプシス添加で改善された。
【実施例5】
【0019】
輸送方法の違いがクロマグロ未成魚の生残率に及ぼす影響
活魚車を使ったクロマグロの輸送では、多くの魚の死ぬことが知られている。そこで、多重透明ビニールシートを有色水槽内に設置し、その軽減効果を検討した。
方法
平均全長12.5cm、日令45のクロマグロ未成魚を、1tのFRP有色水槽、有色水槽壁面・底面に二重透明ビニールシートを設置した水槽、二重透明ビニールシートを設置して1000ルクスの照明を行った水槽の計3試験区にそれぞれ150尾ずつ収容した。魚は収容後に近畿大学水産研究所大島実験場より白浜種苗センターまでの陸路を約2時間かけて輸送した。輸送後には、20tコンクリート水槽にそれぞれ収容し、生残率の変化をそれぞれ調べた。なお、魚の積込、積降時には目合い0.2mmのネットを使って魚を取り上げ、透明ビニールシートを使って移動した。
試験区 表5に示すとおり。
【表5】


結果
結果を図1に示す。
図1に示すごとく、輸送途中に顕著なへい死率の変化はみられなかった。また、ビニールシート設置区の魚に照明の有無による違いはみられなかった。対照区のクロマグロは、到着後の積降時に太陽光が入ると顕著な狂奔行動を示し、へい死魚が急増したが、ビニールシート設置区に顕著な変化はみられなかった。収容後はいずれも積込または積降時のハンドリングによる傷害のため、へい死魚の増加がみられた。
以上の結果、多重透明ビニールシートの設置は、魚の輸送時およびその前後において、光に対する驚愕・狂奔行動-へい死を軽減する効果を示し、輸送手段としての有効性が確認された。
【実施例6】
【0020】
マグロ稚魚の生残率、ストレス反応に及ぼす水槽色とクロレラ添加の影響
クロマグロ稚魚に急激な光照射を負荷し、行動、生残率およびストレスの程度を検討した。また、光照射時における水槽色、ナノクロロプシス添加の影響を検討した。
方法
日令27のクロマグロ稚魚を10Lの透明水槽、透明水槽壁面にアルミシートを設置した銀色水槽、銀色水槽の飼育水へナノクロロプシスを添加した水槽の計3試験区にそれぞれ収容した。ハロゲンランプを用い、水表面位置での照度を300ルクスから10万ルクスへ変化した時の魚の狂奔率および生残率の変化を調べた。光照射時間は10分とし、ナノクロロプシス添加区はその濃度を500万cells/mlとした。
結果
結果を表6に示す。
【表6】

表6に示すごとく、透明水槽を使った対照区の魚の狂奔率および生残率に顕著な変化はみられなかったが、水槽壁面が銀色の場合は顕著な狂奔行動を示し、生残率が低下した。しかし、銀色水槽でもナノクロロプシスが挿入された場合には光照射の影響がなかった。
【実施例7】
【0021】
有色物体の大きさに対するマグロ稚魚のストレス反応
クロマグロの稚魚および未成魚は水槽明度、色に対して狂奔反応を示すことがわかったが、それらの反応が物体の大きさや模様に依存するかどうかを調べた。
方法
実験水槽は10L透明水槽、透明水槽内底面・側面の全面に銀色ステンレスシートを貼り付けた水槽、直径1.25cm、2.5cm、5cmの異なる銀色ステンレスシート円盤を透明水槽壁面にそれぞれ貼り付けた水槽の計5試験区とした。銀色ステンレスシート円盤は、試験区毎に貼り付ける数を調節し、1.25cm区(銀円盤 小)、2.5cm区(銀円盤 中)、5cm区(銀円盤 大)のステンレスシート円盤の総面積が全て同じになるように設定した。各試験区4水槽ずつの計20水槽を照度5000ルクスに設定したウォーターバス内に設置し、30日令のクロマグロ稚魚を収容して魚の行動、生残率等の変化を6時間調べた。
結果
結果を表7に示す。
【表7】


表7に示すごとく、水槽壁面色に対する反応は透明で低いが、銀色で高くなった。また、その影響は全面に色が着いているよりも、模様を形成している方が高く、その大きさが認知できる範囲で大きいほど顕著になることがわかった。すなわち、全長3cm程度のマグロは自分よりも大きい直径5cm以上の有色物体や光を反射する物質を設置することによって、対象物を明確に認識し、より高い異常行動を示すことがわかった。外洋における回遊魚等の体側面は、銀色や白色等の有色を呈するものが多い。マグロは、自分とほぼ同等か、自分より大きな有色物体を捕食者、敵として認識したものの、逃避できずに異常行動を示した可能性が高い。大型水槽などでは壁面、底面に反射板、有色物体などを設置することにより、忌避刺激になることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0022】
以上記載したごとく、マグロの飼育、保管、輸送等に有色の小型水槽、小型網等を用いた場合、それが視覚刺激となって共食い、驚愕行動、衝突死などの異常行動が発生する。透明水槽では、水槽内に入った光の多くを外側に透過・分散させるとともに、斜め方向の視野では鏡のような反射作用を示してマグロの飼育、保管、輸送等における異常行動の発生防止に有効である。また、淡水クロレラやナノクロロプシスのように、マグロが嫌がる光を緩和する微粒子または液体のような視覚刺激緩衝剤を飼育水に投与した場合にも効果が認められる。さらに、大型水槽では、マグロが嫌う有色、反射板、模様を設置することにより、衝突死を防止できる。これらの共食い、驚愕行動、衝突死の発生と防止原理を用いた視覚制御により、異常行動の発生の防止に有効なマグロの飼育、保管、輸送方法が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例5における輸送試験の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
視覚刺激を制御した環境下でマグロを飼育、保管または輸送することを特徴とする飼育、保管または輸送におけるマグロの異常行動の防止方法。
【請求項2】
視覚刺激を緩和した環境下でマグロを飼育、保管または輸送する請求項1記載の方法。
【請求項3】
視覚刺激の緩和を、(a)環境と接する水槽壁面・底面を透明にすること、(b)光の一部が透過し、かつ、斜め方向にも光の一部が反射する視覚刺激緩衝材を設置すること、および(c)環境中に有色微粒子を存在させることのうちの少なくとも1つの手段によって行う請求項2記載の方法。
【請求項4】
視覚刺激緩衝材が透明な空気入り緩衝材である請求項3記載の方法。
【請求項5】
透明な水槽を用いる請求項2記載の方法。
【請求項6】
水槽面に透明な空気入り緩衝材を設置する請求項2記載の方法。
【請求項7】
環境内に有色微粒子を入れる請求項2記載の方法。
【請求項8】
マグロが、仔稚魚期または未成魚期のマグロである請求項1〜7いずれか1項記載の方法。
【請求項9】
水槽面、網面または障害物表面に視覚を刺激する材料を配してマグロの水槽壁面または網または障害物への衝突を防止する請求項1記載の方法。
【請求項10】
視覚刺激を制御した環境下でマグロを飼育、保管または輸送することを特徴とするマグロの飼育、保管または輸送方法。

【図1】
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