説明

マスキング解析装置,マスカー音選択装置,マスキング装置およびプログラム

【課題】情報マスキングを適切に評価する。
【解決手段】自己相関算定部22は、ターゲット音VTの音響信号s1(t)と、ターゲット音VTおよびマスカー音VMの混合音の音響信号s2(t)との各々について、スペクトルQi[m]の各ピークに対応する線スペクトル列Li[m]の自己相関数列Ai[m]をフレーム毎に算定する。相互相関算定部24は、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)とにおいて相互に対応するフレーム毎に音響信号s1(t)の自己相関数列A1[m]と音響信号s2(t)の自己相関数列A2[m]との相互相関係数ρ[m]を算定する。指標算定部26は、各フレームについて算定されたM個の相互相関係数ρ[1]〜ρ[M]の代表値を、マスカー音VMによるターゲット音VTのマスキングの効果指標αとして算定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種のマスカー音を適用したマスキングの効果を評価する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
秘匿性の高い会話音等のターゲット音(maskee)にマスカー音(masker)を重畳することでターゲット音の漏洩を妨害するサウンドマスキング技術が従来から提案されている。白色雑音等の各種の雑音のほか、ターゲット音を加工した音声もマスカー音として利用される。例えば特許文献1や特許文献2には、ターゲット音を時間軸上で区分した各区間の時間波形を逆転するとともに各区間の順序を変更することでマスカー音を生成する技術が開示されている。
【0003】
音声の漏洩を効果的に防止し得るマスカー音の生成や選定のためにはマスキング効果の定量的な評価が重要である。マスキング効果を評価する典型的な方法としては、マスキングされた音声を受聴した被験者がターゲット音を理解できる割合(会話了解度:speech intelligibility)を測定する主観評価が挙げられるが、高精度な評価には非常に手間が掛かるという問題がある。そこで、非特許文献1や非特許文献2の技術では、マスキングの前後の音声の狭帯域包絡線の相関値(以下「狭帯域包絡相関」という)がマスキングの効果の定量的な評価指標として採用される。狭帯域包絡線は、人間の聴覚の臨界帯域に対応する各帯域(例えば1/4オクターブの帯域)での音声波形の包絡線である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−233671号公報
【特許文献2】特開2010−217883号公報
【非特許文献1】Houtgast T et al. "Predicting speech intelligibility in rooms from the Modulation Transfer Function. I. General room acoustics", Acustica, 46: 60-72, 1980
【非特許文献2】Drullman R. "Temporal envelope and fine structure cues for speech intelligibility", J. Acoust. Soc. Am 97: 585-592, 1995
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、サウンドマスキングの作用にはエネルギーマスキングと情報マスキングとがある。エネルギーマスキングは、ターゲット音とは無関係に生成されたマスカー音を比較的に高いエネルギーでターゲット音に重畳することでターゲット音の聴き取りを妨害する作用であり、情報マスキングは、前掲の特許文献1や特許文献2の技術のように、音響特性がターゲット音に類似するマスカー音(攪乱音)をターゲット音に重畳することでターゲット音の聴き取りを妨害する作用である。エネルギーマスキングに有効なマスカー音の典型例は白色雑音であり、情報マスキングに有効なマスカー音の典型例は、ターゲット音の発声者の音声波形を時間軸の方向に反転した逆転音声である。
【0006】
図11は、マスカー音に対するターゲット音のエネルギー比(以下「T/M比」という)を相違させた複数の場合について狭帯域包絡相関の計算値と会話了解度の実測値との関係を示すグラフである。図11では、エネルギーマスキングに有効な白色雑音をマスカー音として利用した場合と、情報マスキングに有効な逆転音声をマスカー音として利用した場合とが個別に図示されている。
【0007】
白色雑音をマスカー音として使用した場合、図11に線Z1で示す通り、狭帯域包絡相関の変化に対して会話了解度は敏感に変化し、狭帯域包絡相関が大きいほど会話了解度が高いという傾向が顕著に観測される。しかし、逆転音声をマスカー音として使用した場合、図11に線Z2で示す通り、特に狭帯域包絡相関の0.3から0.8までの範囲内において、狭帯域包絡相関の変化に対して会話了解度が明確に変化しないという傾向が確認される。すなわち、非特許文献1や非特許文献2に開示された狭帯域包絡相関は、エネルギーマスキングの評価指標としては適切であるものの、情報マスキングの評価指標としては必ずしも適切ではない。以上の事情を考慮して、本発明は、情報マスキングの効果の適切な評価を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以上の課題を解決するために本発明が採用する手段を説明する。なお、本発明の理解を容易にするために、以下の説明では、本発明の要素と後述の実施形態の要素との対応を括弧書で付記するが、本発明の範囲を実施形態の例示に限定する趣旨ではない。
【0009】
本発明のマスキング解析装置は、マスカー音によるターゲット音のマスキングを解析する装置であって、音響信号のスペクトルの各ピークに対応する線スペクトル列(例えば線スペクトル列Li[m])の自己相関数列(例えば自己相関数列Ai[m])を、ターゲット音を示す第1音響信号(例えば音響信号s1(t))と、ターゲット音およびマスカー音の混合音を示す第2音響信号(例えば音響信号s2(t))との各々について時間軸上のフレーム毎に算定する自己相関算定手段(例えば自己相関算定部22)と、第1音響信号および第2音響信号において相互に対応するフレーム毎に第1音響信号の自己相関数列と第2音響信号の自己相関数列との相互相関係数(例えば相互相関係数ρ[m])を算定する相互相関算定手段(相互相関算定部24)と、各フレームについて算定された複数の相互相関係数の代表値をマスキングの効果指標(例えば効果指標α)として算定する指標算定手段(例えば指標算定部26)とを具備する。以上の構成では、第1音響信号の自己相関数列と第2音響信号の自己相関数列とで相互に対応するフレーム間の相互相関係数に応じて効果指標が算定されるから、狭帯域包絡相関を利用した場合と比較して情報マスキングの効果を適切に評価することが可能である。
【0010】
複数の相互相関係数から効果指標として算定される代表値の種類は任意であるが、例えば、複数の相互相関係数の平均値(例えば相加平均)を効果指標として算定する構成や、複数の相互相関係数の所定のパーセンタイル値(例えば75パーセンタイル値)を効果指標として算定する構成が好適である。また、指標算定手段が算定した効果指標を利用する方法は本発明において任意であるが、例えば、効果指標を表示装置に表示させる表示制御手段(例えば表示制御部28)を具備する構成が好適である。
【0011】
本発明の好適な態様において、自己相関算定手段は、第1音響信号の自己相関数列と、マスカー音の種類とターゲット音およびマスカー音のエネルギー比(T/M比)との少なくとも一方が相違する複数の第2音響信号の各々の自己相関数列とをフレーム毎に算定し、相互相関算定手段は、複数の第2音響信号の各々について第1音響信号の自己相関数列と当該第2音響信号の自己相関数列との相互相関係数をフレーム毎に算定し、指標算定手段は、複数の第2音響信号の各々について、当該第2音響信号について算定された複数の相互相関係数に応じた効果指標を算定する。以上の態様では、種類や音圧が相異なる複数のマスカー音について効果指標が算定されるから、複数のマスカー音の各々の効果指標を比較することで、情報マスキングの有効性という観点から最適なマスカー音を選択することが可能である。
【0012】
本発明の好適な態様のマスキング解析装置は、周波数軸と時間軸とが設定された領域にて自己相関数列の時系列を示す相関遷移画像(例えば相関遷移画像62)と、自己相関数列の各相関値を複数のフレームについて周波数毎に合計した数値の周波数軸上での分布を示す相関分布画像(例えば相関分布画像64)との少なくとも一方を、第1音響信号と第2音響信号との各々について表示装置に表示させる表示制御手段(例えば表示制御部28)とを具備する。以上の態様では、第1音響信号と第2音響信号との間で相関遷移画像を対比することで、利用者は、調波構造の時間遷移がマスキングの前後で変化する度合(すなわち情報マスキングの度合)を直観的に把握することが可能である。また、第1音響信号と第2音響信号との間で相関分布画像を対比することで、利用者は、複数のフレームにわたる長期的な調波構造の変化を直観的に把握することが可能である。
【0013】
本発明は、以上の各態様に係るマスキング解析装置を利用して複数種のマスカー音の何れかを選択するマスカー音選択装置としても実現される。本発明のマスカー音選択装置は、音響信号のスペクトルの各ピークに対応する線スペクトル列の自己相関数列を、ターゲット音を示す第1音響信号と、相異なる種類のマスカー音とターゲット音との混合音を示す複数の第2音響信号の各々とについて、時間軸上のフレーム毎に算定する自己相関算定手段と、複数の第2音響信号の各々について、当該第2音響信号の自己相関数列と第1音響信号の自己相関数列との相互相関係数を相互に対応するフレーム毎に算定する相互相関算定手段と、複数の第2音響信号の各々について、当該第2音響信号の各フレームについて算定された複数の相互相関係数の代表値をマスキングの効果指標として算定する指標算定手段と、指標算定手段が算定した効果指標に応じて複数種のマスカー音の何れかを選択する選択手段(例えば選択部40)とを具備する。以上の構成でも、本発明のマスキング解析装置と同様の作用および効果が実現される。
【0014】
また、本発明は、複数種のマスカー音の何れかを利用してターゲット音をマスキングするマスキング装置(例えばマスキング装置200)としても実現される。本発明のマスキング装置は、音響信号のスペクトルの各ピークに対応する線スペクトル列の自己相関数列を、ターゲット音を示す第1音響信号と、相異なる種類のマスカー音とターゲット音との混合音を示す複数の第2音響信号の各々とについて、時間軸上のフレーム毎に算定する自己相関算定手段と、複数の第2音響信号の各々について、当該第2音響信号の自己相関数列と第1音響信号の自己相関数列との相互相関係数を相互に対応するフレーム毎に算定する相互相関算定手段と、複数の第2音響信号の各々について、当該第2音響信号の各フレームについて算定された複数の相互相関係数の代表値をマスキングの効果指標として算定する指標算定手段と、指標算定手段が算定した効果指標に応じて複数種のマスカー音の何れかを選択して放音装置から放音する選択手段(例えば選択部40)とを具備する。以上の構成でも、本発明のマスキング解析装置と同様の作用および効果が実現される。
【0015】
以上の各態様に係るマスキング解析装置は、音声の合成に専用されるDSP(Digital Signal Processor)などのハードウェア(電子回路)で実現されるほか、CPU(Central Processing Unit)などの汎用の演算処理装置とプログラムとの協働でも実現される。本発明のプログラムは、マスカー音によるターゲット音のマスキングを解析するために、音響信号のスペクトルの各ピークに対応する線スペクトル列の自己相関数列を、ターゲット音を示す第1音響信号と、ターゲット音およびマスカー音の混合音を示す第2音響信号との各々についてフレーム毎に算定する自己相関算定処理と、第1音響信号および第2音響信号において相互に対応するフレーム毎に第1音響信号の自己相関数列と第2音響信号の自己相関数列との相互相関係数を算定する相互相関算定処理と、各フレームについて算定された複数の相互相関係数の代表値を、マスカー音によるターゲット音のマスキングの効果指標として算定する指標算定処理とをコンピュータに実行させる。以上のプログラムによれば、本発明のマスキング解析装置と同様の作用および効果が実現される。本発明のプログラムは、コンピュータが読取可能な記録媒体に格納された形態で利用者に提供されてコンピュータにインストールされるほか、通信網を介した配信の形態でサーバ装置から提供されてコンピュータにインストールされる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の第1実施形態に係るマスキング解析装置のブロック図である。
【図2】自己相関算定部のブロック図である。
【図3】マスキング解析装置の動作の説明図である。
【図4】線スペクトル列を生成する動作のフローチャートである。
【図5】第1実施形態の効果指標と会話了解度の実測値との関係を示すグラフである。
【図6】第2実施形態におけるマスキング解析装置のブロック図である。
【図7】第3実施形態の効果指標と会話了解度の実測値との関係を示すグラフである。
【図8】第3実施形態における表示例を示す模式図である。
【図9】第4実施形態における表示例を示す模式図である。
【図10】第5実施形態に係るマスキング装置のブロック図である。
【図11】狭帯域包絡相関の計算値と会話了解度の実測値との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<第1実施形態>
図1は、本発明の第1実施形態に係るマスキング解析装置100のブロック図である。マスキング解析装置100は、マスカー音VMを使用したターゲット音VTのマスキングの効果を解析する音響処理装置であり、図1に示すように、演算処理装置12と記憶装置14と表示装置16とを含むコンピュータシステムで実現される。表示装置16は、例えば液晶表示パネルで構成され、演算処理装置12から指示された画像を表示する。
【0018】
記憶装置14は、演算処理装置12が実行するプログラムPGMと演算処理装置12が使用する各種のデータとを記憶する。例えば半導体記録媒体や磁気記録媒体等の公知の記録媒体または複数種の記録媒体の組合せが記憶装置14として採用され得る。
【0019】
記憶装置14には、音響信号s1(t)および音響信号s2(t)が格納される。音響信号s1(t)は、マスキングの対象となるターゲット音VTの時間波形を示す音声信号である。他方、音響信号s2(t)は、音響信号s1(t)が示すターゲット音VTにマスカー音VMを重畳(加算)した音の時間波形を示す信号(すなわちマスキング後の信号)である。すなわち、音響信号s1(t)はマスキング前の音声に対応する。例えば収音機器を利用して事前に収録された音響信号s1(t)および音響信号s2(t)が記憶装置14に格納される。なお、収音機器が収音した音声信号を逐次的に(例えば所定の時間長の区間毎に)音響信号s1(t)や音響信号s2(t)として取得して略実時間的に処理することも可能である。
【0020】
演算処理装置12は、記憶装置14に格納されたプログラムPGMを実行することで、マスカー音VMによるマスキングの効果を示す指標値(以下では「効果指標」と表記する)αを算定および出力するための複数の機能(自己相関算定部22,相互相関算定部24,指標算定部26,表示制御部28)を実現する。効果指標αは、情報マスキングに関するマスカー音VMの有効性の指標として好適な変数であり、概略的にはマスキングの前後の音響信号s1(t)および音響信号s2(t)を対比することで算定される。なお、演算処理装置12の一部の機能を専用の電子回路(DSP)が実現する構成や、演算処理装置12の各機能を複数の集積回路に分散した構成も採用され得る。
【0021】
ところで、ターゲット音VTと同じ発声者の音声波形を時間軸方向に逆転させた逆転音声をマスカー音VMとして適用した場合に情報マスキングの効果は顕著である。逆転音声とターゲット音VTとは発声者が共通するから、逆転音声をマスカー音VMとして利用したマスキングの前後の音声では音声の長期的な調波構造(基音成分と複数の倍音成分との系列)は殆ど変化しない。以上の傾向を考慮すると、情報マスキングの作用は、調波構造の時間遷移がマスキングの前後で相違することに関係すると推察される。すなわち、調波構造の時間遷移がマスキングの前後で変化するほど情報マスキングの効果は大きい。以上の知見から、本実施形態では、音響信号s1(t)の調波構造の時間遷移と音響信号s2(t)の調波構造の時間遷移とを相互に対比することで効果指標αを算定する。
【0022】
図1の自己相関算定部22は、所定の時間長のM個のフレームの各々について音響信号s1(t)の自己相関数列A1[m](A1[1]〜A1[M])と音響信号s2(t)の自己相関数列A2[m](A2[1]〜A2[M])とを算定する(m=1〜M)。自己相関数列A1[m]は、音響信号s1(t)のうち第m番目のフレームでの調波構造を反映した数値列であり、自己相関数列A2[m]は、音響信号s2(t)のうち第m番目のフレームでの調波構造を反映した数値列である。なお、自己相関算定部22では、音響信号s1(t)および音響信号s2(t)の各々について同様の処理が実行される。そこで、以下の説明では、音響信号s1(t)および音響信号s2(t)の各々を添字i(i=1,2)により便宜的に音響信号si(t)と表記して、音響信号s1(t)および音響信号s2(t)の双方に共通する事項を包括的に説明する。
【0023】
図2は、自己相関算定部22の詳細なブロック図である。図2に示すように、自己相関算定部22は、区間設定部32と周波数分析部34と相関分析部36とを含んで構成される。区間設定部32は、音響信号si(t)に所定の時間窓を乗算することで、音響信号si(t)を、図3に示すように、相異なるフレームに対応するM個の区間信号qi[m](qi[1]〜qi[M])に区分する。各フレームは、例えば20ミリ秒から30ミリ秒程度の時間長に設定されて時間軸上で相互に重複する。なお、音響信号si(t)の例えば基本周波数に応じて各フレームの時間長を可変に制御することも可能である。
【0024】
図2の周波数分析部34は、M個のフレームの各々について区間信号qi[m]のスペクトルQi[m]の各ピークに対応する線スペクトル列Li[m](Li[1]〜Li[M])を算定する。線スペクトル列Li[m]は、図2に示すように、区間信号qi[m]のスペクトルQi[m]の振幅値(絶対値)がピークとなるLN個の周波数Fpの各々に配置されて強度が所定値(1)に正規化されたスペクトル線の系列である。
【0025】
図4は、周波数分析部34が音響信号si(t)の第m番目のフレーム(区間信号qi[m])について線スペクトル列Li[m]を生成する処理のフローチャートである。各音響信号si(t)のM個の区間信号qi[1]〜qi[M]の各々について図4の処理が実行される。
【0026】
周波数分析部34は、1本のスペクトル線を指示する変数xを1に初期化し(SA1)、変数xが所定値LNを下回るか否かを判定する(SA2)。図4の処理を開始した直後の段階では変数xは所定値LNを下回る。変数xが所定値LNを下回る場合、周波数分析部34は、区間信号qi[m]のスペクトル(複素スペクトル)Qi[m]を算定する(SA3)。スペクトルQi[m]の算定には、離散フーリエ変換等の公知の周波数分析が任意に採用される。
【0027】
周波数分析部34は、ステップSA3で算定したスペクトルQi[m]の振幅スペクトル|Qi[m]|において振幅値が最大となる1個のピークの周波数Fpを特定および記憶し(SA4)、ステップSA3で算定したスペクトルQi[m]のうちステップSA4で特定した周波数Fp以外の各周波数の強度をゼロに設定したスペクトルRi[m]を生成する(SA5)。そして、周波数分析部34は、スペクトルRi[m]を例えば逆フーリエ変換で時間領域の音響信号ri[m]に変換し(SA6)、変換後の音響信号ri[m]を現段階の区間信号qi[m]から減算する(SA7)。
【0028】
周波数分析部34は、変数xに1を加算したうえで処理をステップSA2に移行し(SA8)、加算後の変数xが依然として所定値LNを下回る場合には(SA2:YES)、直前のステップSA7での処理後の区間信号qi[m]についてステップSA3からステップSA8の処理を反復する。すなわち、区間信号qi[m]について特定した周波数Fpの総数が所定値LNに到達するまで、区間信号qi[m]から周波数Fpの音響成分を逐次的に除外しながらスペクトルQi[m]の振幅値のピークの周波数Fpを特定する処理が反復される。
【0029】
周波数Fpの総数が所定値LNに到達すると(SA2:NO)、周波数分析部34は、周波数軸上に離散的に設定されたK個の周波数(周波数帯域)のうちステップSA4で区間信号qi[m]について特定したLN個の周波数Fpの各々に強度1に正規化されたスペクトル線を設定した線スペクトル列Li[m]を生成する(SA9)。K個の周波数のうちLN個の周波数Fp以外の各周波数の強度はゼロに設定される。以上が線スペクトル列Li[m]の算定方法である。なお、線スペクトル列Li[m]の算定については例えばY.Hara, M. Matsumoto, and K. Miyoshi, "Method for estimating pitch independently from power spectrum envelope for speech and music signal", J. Temporal Design in Architecuture and the Environment 9(1) 121-124 (2009)にも開示されている。
【0030】
図2の相関分析部36は、図3に示すように、周波数分析部34が各音響信号si(t)のフレーム毎に生成した線スペクトル列Li[m]について自己相関数列Ai[m](Ai[1]〜Ai[M])を算定する。自己相関数列(自己相関関数)Ai[m]は、周波数軸上のK個の周波数の各々に対応する自己相関係数pi[m,k](pi[m,1]〜pi[m,K])の系列(K次ベクトル)である。
【0031】
周波数分析部34が生成する線スペクトル列Li[m]は、区間信号qi[m]において振幅値がピークとなる各周波数Fpに配置されたスペクトル線で構成されるから、線スペクトル列Li[m]の自己相関数列Ai[m]は、音響信号si(t)の各フレームでの調波構造を強調したスペクトルを近似する。すなわち、自己相関数列Ai[m]の自己相関係数pi[m,1]〜pi[m,K]の系列には、音響信号si(t)の基本周波数に相当する間隔でピークが出現する。音響信号s1(t)および音響信号s2(t)の各々についてフレーム毎(区間信号qi[m]毎)に以上の処理が実行されることで、音響信号s1(t)の各フレームに対応するM個の自己相関数列A1[1]〜A1[M]と、音響信号s2(t)の各フレームに対応するM個の自己相関数列A2[1]〜A2[M]とが生成される。
【0032】
図1の相互相関算定部24は、図3に示すように、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)とにおいて時間軸上で相互に対応するフレーム間で、音響信号s1(t)の自己相関数列A1[m]と音響信号s2(t)の自己相関数列A2[m]との相互相関係数ρ[m](ρ[1]〜ρ[M])をM個のフレームの各々について算定する。相互相関係数ρ[m]は、音響信号s1(t)の第m番目のフレームの自己相関数列A1[m]と音響信号s2(t)の第m番目のフレームの自己相関数列A2[m]との類似の度合(すなわち音響信号s1(t)と音響信号s2(t)との間の調波構造の時間遷移の類似度)を示すスカラー量である。相互相関算定部24は、例えば以下の数式(1)の演算で相互相関係数ρ[m]を算定する。
【数1】

数式(1)の演算子E{ }は、周波数軸上のK個の周波数にわたる平均(典型的には相加平均)を意味する。また、数式(1)の記号δi[m,k](δ1[m,k],δ2[m,k])は、以下の数式(2)の演算で算定される偏差を意味する。数式(2)の記号μi(μ1,μ2)は、第m番目のフレームにおけるK個の周波数にわたる自己相関係数pi[m,k](pi[m,1]〜pi[m,K]の系列)の平均である。
【数2】

【0033】
また、数式(1)の記号Pi[m](P1[m],P2[m])は、以下の数式(3)で定義される通り、第m番目のフレームに対応するK個の偏差δi[m,k](δi[m,1]〜δi[m,K])の自乗の平均であり、数式(3)の演算でフレーム毎に個別に算定される。したがって、自己相関数列A1[m]と自己相関数列A2[m]との相関が低いほど数式(1)の相互相関係数ρ[m]は小さい数値となる。
【数3】

【0034】
図1の指標算定部26は、相互相関算定部24が算定したM個の相互相関係数ρ[1]〜ρ[M]を利用してマスカー音VMによるマスキングの効果指標αを算定する。第1実施形態の指標算定部26は、M個の相互相関係数ρ[1]〜ρ[M]の平均(例えば相加平均)を効果指標αとして算定する。したがって、概略的には、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)との間(マスキングの前後)で調波構造の時間遷移の相関が低い(すなわち情報マスキングの効果が高い)ほど効果指標αは小さい数値になるという傾向がある。表示制御部28は、指標算定部26が算定した効果指標αを表示装置16に表示させる。
【0035】
図5は、マスカー音VMに対するターゲット音VTのエネルギー比(以下では「T/M比」と表記する)を変化させた複数の場合について、第1実施形態で算定された効果指標αと会話了解度の実測値との関係を示すグラフである。図11と同様に、白色雑音をマスカー音VMとして利用した場合と逆転音声をマスカー音VMとして使用した場合とが図5では併記されている。各数値はT/M比の昇順で連結されている。
【0036】
図5から理解されるように、エネルギーマスキングに有効な白色雑音をマスカー音VMとして使用した場合、図5に線Z1で示す通り、効果指標αの変化に対する会話了解度の変化は緩慢である。他方、逆転音声をマスカー音VMとして使用した場合、図5に線Z2で示す通り、効果指標αの数値範囲の全域にわたり、効果指標αの変化に対して会話了解度は敏感に変化する。すなわち、情報マスキングに有効な逆転音声については、効果指標αが大きいほど会話了解度が高いという傾向が顕著に把握される。以上の傾向から、第1実施形態の効果指標αは、非特許文献1や非特許文献2の狭帯域包絡相関と比較すると、情報マスキングの定量的な評価指標として適切であることが理解される。すなわち、第1実施形態によれば、表示装置16に表示された効果指標αを参照することで、マスカー音VMを利用した情報マスキングの効果を利用者が適切に評価できるという利点がある。
【0037】
<第2実施形態>
本発明の第2実施形態を以下に説明する。なお、以下に例示する各形態において作用や機能が第1実施形態と同等である要素については、第1実施形態の説明で参照した符号を流用して各々の詳細な説明を適宜に省略する。
【0038】
図6は、第2実施形態に係るマスキング解析装置100のブロック図である。図6に示すように、第2実施形態の記憶装置14は、ターゲット音VT(マスキング前の音声)を示す音響信号s1(t)のほか、ターゲット音VTとマスカー音VMとの混合音(マスキング後の音声)を示す2種類の音響信号s2(t)(s2(t)_A,s2(t)_B)を記憶する。音響信号s2(t)_Aのマスカー音VM_Aと音響信号s2(t)_Bのマスカー音VM_Bとは種類(生成方法)が相違する。例えば、音響信号s2(t)_Aのマスカー音VM_Aは逆転音声であり、音響信号s2(t)_Bのマスカー音VM_Bは白色雑音である。
【0039】
第2実施形態では、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)_Aとの間の効果指標αAと、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)_Bとの間の効果指標αBとが個別に算定される。具体的には、自己相関算定部22は、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)_Aと音響信号s2(t)_Bとの各々について自己相関数列Ai[m]を算定し、相互相関算定部24は、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)_Aの間の相互相関係数ρA[1]〜ρA[M]と、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)_Bとの間の相互相関係数ρB[1]〜ρB[M]とを算定する。指標算定部26は、M個の相互相関係数ρA[1]〜ρA[M]からマスカー音VM_Aの効果指標αAを算定し、M個の相互相関係数ρB[1]〜ρB[M]からマスカー音VM_Bの効果指標αBを算定する。表示制御部28は、効果指標αAと効果指標αBとを表示装置16に表示させる。
【0040】
第2実施形態においても第1実施形態と同様の効果が実現される。また、第2実施形態では、マスカー音VM_Aの効果指標αAとマスカー音VM_Bの効果指標αBとが個別に算定および表示されるから、マスカー音VM_Aおよびマスカー音VM_Bのうち情報マスキングに有効なマスカー音VM(効果指標αが小さいマスカー音)を利用者が容易に確認できるという利点がある。
【0041】
<第3実施形態>
第3実施形態の記憶装置14は、第2実施形態と同様に、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)_Aと音響信号s2(t)_Bとを記憶する。相互相関算定部24は、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)_Aとの間のM個の相互相関係数ρA[1]〜ρA[M]と、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)_Bとの間のM個の相互相関係数ρB[1]〜ρB[M]とを第1実施形態と同様の方法で算定する。
【0042】
第3実施形態の指標算定部26は、相互相関算定部24が算定したM個の相互相関係数ρA[1]〜ρA[M]のσパーセンタイル値(以下の例示では変数σを75(%)に設定した75パーセンタイル値)をマスカー音VM_Aの効果指標αAとして算定する。すなわち、M個の相互相関係数ρA[1]〜ρA[M]を昇順に配列した場合にM個のσ%に相当する個数番目の相互相関係数ρA[m]が効果指標αAとして算定される。同様に、指標算定部26は、M個の相互相関係数ρB[1]〜ρB[M]のσパーセンタイル値をマスカー音VM_Bの効果指標αBとして算定する。表示制御部28は、指標算定部26が算定した効果指標αAおよび効果指標αBを表示装置16に表示させる。
【0043】
図7は、第3実施形態で算定される効果指標α(αA,αB)と会話了解度の実測値との関係を図5と同様の方法で示すグラフである。第1実施形態の効果指標αと同様に、第3実施形態の効果指標α(σパーセンタイル値)には、情報マスキングに有効な逆転音声をマスカー音VMとした場合に効果指標αの変化に対して会話了解度が敏感に変化するという傾向がある。したがって、第3実施形態においても、第1実施形態と同様に、情報マスキングの効果を適切に評価できるという利点がある。
【0044】
第3実施形態の表示制御部28は、相互相関算定部24が算定したM個の相互相関係数ρA[1]〜ρA[M]について所定の階級毎の度数を算定するとともにM個の相互相関係数ρB[1]〜ρB[M]についても同様に度数を算定し、図8に示すように、相互相関係数ρA[1]〜ρA[M]の度数分布50Aと相互相関係数ρB[1]〜ρB[M]の度数分布50Bとを表示装置16に表示させる。
【0045】
利用者は、表示装置16に表示された度数分布50Aと度数分布50Bとを対比することで、マスカー音VM_Aおよびマスカー音VM_Bの各々による情報マスキングの効果を直観的に対比することが可能である。例えば、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)とで自己相関数列Ai[m]の相関が低い(すなわちマスカー音VMによる情報マスキングの効果が高い)ほど、相互相関係数ρ[m]は数値が小さい範囲に偏在するという傾向がある。図8の度数分布50Aと度数分布50Bとを対比すると、数値が小さい範囲に度数が偏在するという傾向は度数分布50Aのほうが顕著である。したがって、利用者は、度数分布50Aに対応するマスカー音VM_A(逆転音声)がマスカー音VM_B(白色雑音)と比較して情報マスキングに有効であると直観的に判断できる。
【0046】
また、第3実施形態の表示制御部28は、図8に示すように、相互相関係数ρA[1]〜ρA[M]の累積度数分布52Aと相互相関係数ρB[1]〜ρB[M]の累積度数分布52Bとを表示装置16に表示させ、M個のσ%に相当する度数を示す直線54を累積度数分布52Aおよび累積度数分布52Bに重ねて配置する。累積度数分布52Aと直線54との交点CAに対応する階級値が効果指標αA(すなわち相互相関係数ρA[m]のσパーセンタイル値)に相当し、累積度数分布52Bと直線54との交点CBに対応する階級値が効果指標αBに相当する。
【0047】
利用者は、累積度数分布52Aと累積度数分布52Bとを対比することで、マスカー音VM_Aおよびマスカー音VM_Bの各々による情報マスキングの効果を直観的に把握することが可能である。例えば、交点CAは交点CBと比較して小さい階級値に対応するから、数値の小さい範囲に度数が偏在するという傾向は、相互相関係数ρB[m]よりも相互相関係数ρA[m]のほうが顕著である。したがって、利用者は、累積度数分布52Aに対応するマスカー音VM_A(逆転音声)がマスカー音VM_B(白色雑音)と比較して情報マスキングに有効であると直観的に判断できる。
【0048】
<第4実施形態>
第4実施形態の記憶装置14は、第2実施形態や第3実施形態と同様に、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)_Aと音響信号s2(t)_Bとを記憶する。表示制御部28は、図9に示すように、音響信号s1(t)と音響信号s2(t)_Aと音響信号s2(t)_Bとの各々について相関遷移画像62と相関分布画像64とを表示装置16に表示させる。
【0049】
相関遷移画像62は、周波数軸(縦軸)と時間軸(横軸)とが設定された領域内に自己相関数列Ai[m]の時系列(すなわち調波構造の時間遷移)を表現した画像である。自己相関数列Ai[m]の各自己相関係数pi[m,k]の数値は、相関遷移画像62内の各点の階調や色彩で表現される。すなわち、時間軸上で第m番目のフレームに相当する地点と周波数軸上で第k番目の周波数に相当する地点とに対応する座標点の階調や色彩は、第m番目のフレームの自己相関数列Ai[m]を構成するK個の自己相関係数pi[m,1]〜pi[m,K]のうち第k番目の周波数に対応する自己相関係数pi[m,k]の数値に応じて決定される。
【0050】
相関分布画像64は、M個のフレームにわたる自己相関係数pi[1,k]〜pi[M,k]の合計値(累積度数)を周波数軸上(縦軸)上で示す画像である。すなわち、相関分布画像64は、周波数軸上のK個の周波数の各々に対応する直線を含んで構成され、第k番目の周波数に対応する1本の直線の全長は、その周波数の自己相関係数pi[m,k]をM個のフレームについて合計した数値(pi[1,k]+pi[2,k]+……+pi[M,k])に応じて選定される。
【0051】
自己相関数列Ai[m]の時系列(調波構造の時間遷移)がマスキングの前後で変化するほど情報マスキングの効果が大きいという傾向がある。したがって、利用者は、音響信号s2(t)_Aおよび音響信号s2(t)_Bの各々の相関遷移画像62を音響信号s1(t)の相関遷移画像62と対比することで、マスカー音VM_Aおよびマスカー音VM_Bの各々による情報マスキングの効果(自己相関数列Ai[m]の時系列の異同)を視覚的に把握することが可能である。例えば、図9の例示において、音響信号s2(t)_Aの相関遷移画像62は、音響信号s2(t)_Bの相関遷移画像62と比較すると、音響信号s1(t)の相関遷移画像62との相違が大きい。すなわち、自己相関数列Ai[m]の時系列がマスキングの前後で変化する度合は、音響信号s2(t)_Bよりも音響信号s2(t)_Aのほうが顕著である。したがって、利用者は、マスカー音VM_A(逆転音声)がマスカー音VM_B(白色雑音)と比較して情報マスキングに有効であると直観的に判断できる。また、音響信号s2(t)_Aおよび音響信号s2(t)_Bの各々の相関分布画像64を音響信号s1(t)の相関分布画像64と対比することで、利用者は、M個のフレームにわたる長期的な調波構造の変化を、マスカー音VM_Aを利用した場合とマスカー音VM_Bを利用した場合とについて直観的に把握することが可能である。
【0052】
<第5実施形態>
図10は、本発明の第5実施形態に係るマスキング装置200のブロック図である。第5実施形態のマスキング装置200は、生成方法や大きさ(音圧)が相違する複数種のマスカー音VM(VM_A,VM_B)の何れかを選択して放音する装置であり、第2実施形態や第3実施形態のマスキング解析装置100に選択部40と放音装置42とを追加した構成である。記憶装置14は、マスカー音VM_Aの音声波形を示すマスカー音信号v(t)_Aとマスカー音VM_Bの音声波形を示すマスカー音信号v(t)_Bとを記憶する。
【0053】
第5実施形態の指標算定部26は、第2実施形態または第3実施形態と同様に、マスカー音VM_Aの効果指標αAとマスカー音VM_Bの効果指標αBとを算定する。選択部40は、指標算定部26が算定した効果指標α(αA,αB)に応じてマスカー音VM_Aおよびマスカー音VM_Bの何れかを選択する。具体的には、選択部40は、効果指標αAが小さいマスカー音VM(すなわち情報マスキングに有効なマスカー音VM)を選択する。そして、選択部40は、効果指標αに応じて選択したマスカー音VMに対応するマスカー音信号v(t)(v(t)_A,v(t)_B)を記憶装置14から取得して放音装置42に供給する。放音装置42(例えばスピーカ装置)は、選択部40から供給されるマスカー音信号v(t)に応じてマスカー音VM(VM_A,VM_B)を音波として放射する。
【0054】
第5実施形態においても第1実施形態と同様の効果が実現される。また、第5実施形態では、情報マスキングに有効なマスカー音VMが効果指標αに応じて自動的に選択および放音されるから、ターゲット音VTをマスキングしようとする利用者の負担を軽減することが可能である。
【0055】
なお、第5実施形態では、表示制御部28および表示装置16を省略することも可能である。選択部40が効果指標αに応じたマスカー音VMを選択して例えば表示装置16の表示により利用者に報知する構成(すなわち、マスカー音VMの放音を要件としないマスカー音選択装置)も採用され得る。また、以上の説明では、2種類のマスカー音VM(VM_A,VM_B)の何れかを選択する場合を例示したが、選択候補となるマスカー音VMの種類数は任意である。
【0056】
<変形例>
以上の各形態は多様に変形され得る。具体的な変形の態様を以下に例示する。以下の例示から任意に選択された2以上の態様を適宜に併合することも可能である。
【0057】
(1)前述の各形態では、効果指標α(αA,αB)を表示装置16に表示させたが、効果指標αの利用の方法は利用者に対する表示に限定されない。具体的には、第5実施形態のようにマスカー音VMの選択に効果指標αを適用する構成のほか、指標算定部26が算定した効果指標αを音声で出力する構成や効果指標αを用紙に印刷する構成、あるいは通信網を介して他の通信端末に送信する構成も採用される。
【0058】
(2)第2実施形態から第5実施形態では2種類の音響信号s2(t)(s2(t)_A,s2(t)_B)を例示したが、3種類以上の音響信号s2(t)を用意した構成でも、各音響信号s2(t)について以上の各形態と同様の処理を実行することで、各音響信号s2(t)のマスカー音VMによる情報マスキングの効果を評価することが可能である。
【0059】
(3)第2実施形態から第5実施形態では、音響信号s2(t)_Aと音響信号s2(t)_Bとでマスカー音VMの種類を相違させたが、音響信号s2(t)_Aと音響信号s2(t)_BとでT/M比を相違させた構成も採用される。例えば、同種のマスカー音VMを相異なるT/M比でターゲット音VTのマスキングに適用して音響信号s2(t)_Aおよび音響信号s2(t)_Bを生成した場合、前述の各形態と同様に各音響信号s(t)について効果指標αを算定および評価することで、情報マスキングの有効化という観点から最適なT/M比を特定することが可能である。すなわち、マスカー音の種類およびT/M比の少なくとも一方が相違する複数の音響信号s2(t)の各々について音響信号s1(t)との間で効果指標を算定する構成が好適である。
【符号の説明】
【0060】
100……マスキング解析装置、200……マスキング装置、12……演算処理装置、14……記憶装置、16……表示装置、22……自己相関算定部、24……相互相関算定部、26……指標算定部、28……表示制御部、32……区間設定部、34……周波数分析部、36……相関分析部。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
マスカー音によるターゲット音のマスキングを解析する装置であって、
音響信号のスペクトルの各ピークに対応する線スペクトル列の自己相関数列を、前記ターゲット音を示す第1音響信号と、前記ターゲット音および前記マスカー音の混合音を示す第2音響信号との各々について時間軸上のフレーム毎に算定する自己相関算定手段と、
前記第1音響信号および前記第2音響信号において相互に対応するフレーム毎に前記第1音響信号の自己相関数列と前記第2音響信号の自己相関数列との相互相関係数を算定する相互相関算定手段と、
前記各フレームについて算定された複数の相互相関係数の代表値を前記マスキングの効果指標として算定する指標算定手段と
を具備するマスキング解析装置。
【請求項2】
前記指標算定手段は、前記複数の相互相関係数の平均値を前記効果指標として算定する
請求項1のマスキング解析装置。
【請求項3】
前記指標算定手段は、前記複数の相互相関係数の所定のパーセンタイル値を前記効果指標として算定する
請求項1のマスキング解析装置。
【請求項4】
前記自己相関算定手段は、前記第1音響信号の自己相関数列と、マスカー音の種類とターゲット音およびマスカー音のエネルギー比との少なくとも一方が相違する複数の第2音響信号の各々の自己相関数列とをフレーム毎に算定し、
前記相互相関算定手段は、前記複数の第2音響信号の各々について前記第1音響信号の自己相関数列と当該第2音響信号の自己相関数列との相互相関係数をフレーム毎に算定し、
前記指標算定手段は、前記複数の第2音響信号の各々について、当該第2音響信号について算定された複数の相互相関係数に応じた前記効果指標を算定する
請求項1から請求項3の何れかのマスキング解析装置。
【請求項5】
周波数軸と時間軸とが設定された領域にて自己相関数列の時系列を示す相関遷移画像と、自己相関数列の各相関値を複数のフレームについて周波数毎に合計した数値の周波数軸上での分布を示す相関分布画像とを、前記第1音響信号と前記第2音響信号との各々について前記表示装置に表示させる表示制御手段と
を具備する請求項1から請求項4の何れかのマスキング解析装置。
【請求項6】
複数種のマスカー音の何れかを選択するマスカー音選択装置であって、
音響信号のスペクトルの各ピークに対応する線スペクトル列の自己相関数列を、ターゲット音を示す第1音響信号と、相異なる種類のマスカー音と前記ターゲット音との混合音を示す複数の第2音響信号の各々とについて、時間軸上のフレーム毎に算定する自己相関算定手段と、
前記複数の第2音響信号の各々について、当該第2音響信号の自己相関数列と前記第1音響信号の自己相関数列との相互相関係数を相互に対応するフレーム毎に算定する相互相関算定手段と、
前記複数の第2音響信号の各々について、当該第2音響信号の各フレームについて算定された複数の相互相関係数の代表値を前記マスキングの効果指標として算定する指標算定手段と、
前記指標算定手段が算定した効果指標に応じて前記複数種のマスカー音の何れかを選択する選択手段と
を具備するマスカー音選択装置。
【請求項7】
複数種のマスカー音の何れかを利用してターゲット音をマスキングするマスキング装置であって、
音響信号のスペクトルの各ピークに対応する線スペクトル列の自己相関数列を、ターゲット音を示す第1音響信号と、相異なる種類のマスカー音と前記ターゲット音との混合音を示す複数の第2音響信号の各々とについて、時間軸上のフレーム毎に算定する自己相関算定手段と、
前記複数の第2音響信号の各々について、当該第2音響信号の自己相関数列と前記第1音響信号の自己相関数列との相互相関係数を相互に対応するフレーム毎に算定する相互相関算定手段と、
前記複数の第2音響信号の各々について、当該第2音響信号の各フレームについて算定された複数の相互相関係数の代表値を前記マスキングの効果指標として算定する指標算定手段と、
前記指標算定手段が算定した効果指標に応じて前記複数種のマスカー音の何れかを選択して放音装置から放音する選択手段と
を具備するマスキング装置。
【請求項8】
マスカー音によるターゲット音のマスキングを解析するために、コンピュータに、
音響信号のスペクトルの各ピークに対応する線スペクトル列の自己相関数列を、前記ターゲット音を示す第1音響信号と、前記ターゲット音および前記マスカー音の混合音を示す第2音響信号との各々について時間軸上のフレーム毎に算定する自己相関算定処理と、
前記第1音響信号および前記第2音響信号において相互に対応するフレーム毎に前記第1音響信号の自己相関数列と前記第2音響信号の自己相関数列との相互相関係数を算定する相互相関算定処理と、
前記各フレームについて算定された複数の相互相関係数の代表値を前記マスキングの効果指標として算定する指標算定処理と
を実行させるプログラム。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図9】
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