説明

マラリア原虫増殖の抑制に関与する細菌、マラリア治療剤、およびマラリア治療剤の生産方法

【課題】アクロモペプチダーゼのような厚い細胞壁を特異的に分解するような高価な酵素による処理をすることなく、低コストかつ簡便にマラリア原虫の増殖を抑制する抑制物質を回収することができる、細菌の提供。
【解決手段】マラリア原虫の増殖を抑制する抑制物質を産生するオクロバクトラム属またはセラチア属のいずれかに属する、細菌。オクロバクトラム属またはセラチア属のいずれかに属する細菌を培養して得られる培養物を有効成分とする、マラリア治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マラリア原虫類による感染症の治療に有用な物質を産生する微生物、その物質を利用したマラリア治療剤ならびにその生産方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マラリアは年間4億人以上が感染し、そのうち数百万人が死亡している重要度が非常に高い感染症であり、人類最大の寄生原虫感染症であるといっても過言ではない。この脅威はこれまで亜熱帯・熱帯が主な感染域であったが、地球規模での経済活動の拡大に伴う渡航者の感染や輸入感染症としての報告が我が国でも急増している。また、近年では従来薬に対する耐性種が蔓延しており、さらには地球温暖化による感染域の拡大が懸念されているため、新規のマラリア治療剤の開発は急務となっている。
【0003】
ヒトに寄生するマラリア原虫類には熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)、三日熱マラリア原虫(Plasmodium vivax)、四日熱マラリア原虫(Plasmodium malariae)、卵形マラリア原虫(Plasmodium ovale)の4種類に分類される。これらの中で、最も厄介なものはマラリア感染者の80%を占める熱帯熱マラリア原虫であり、重症の場合には脳性マラリアになって死に至る。これらのマラリア原虫類に対する既存のマラリア治療剤としては、化学合成医薬品であるクロロキンやファンシダール(ピリメサミンとスルファドキシンとの合剤)等、及び生薬青蒿の有効成分であるアルテミシニン等が用いられていた。
【0004】
哺乳動物体内において、マラリア原虫は赤血球内に侵入して分裂・増殖を繰り返している。マラリア原虫は赤血球内のヘモグロビンをアミノ酸源として利用しているが、その際に原虫体内に残る遊離ヘムは、強い酸化力をもっているために原虫にとって有害である。そのためマラリア原虫は遊離ヘムを重合化するシステム、すなわちヘムを無毒化して排泄するシステムを備えている。キニーネから発展したキノリン系薬剤やアルテミシニンなどの現在使用されているマラリア治療剤はヘム重合化を阻害し、マラリア原虫がヘムを無毒化できなくすることで薬効を示していると考えられている。上記クロロキンやファンシダールの作用機序は、プラスモジウム(Plasmodium)属の赤血球寄生段階におけるヘモグロビンの代謝中に、ヘムの無毒化の機構を、キノリンが二価の鉄に対する錯形成によって阻害するものと考えられている(例えば、非特許文献1参照)。この様な背景から、ヘム重合化の阻害はマラリアの治療ならびに予防に有効であることが考えられる。
【0005】
特許文献1には、ヘム重合化の阻害作用によるマラリア治療剤の開発に関して、キノリン環を有する化合物の開発が報告されている。この場合の化合物は化学合成によって得られるものである。しかしながら、化学合成法では、一般にベンゼン、強酸、強アルカリなどの毒性試薬の使用、高温高圧条件、多段階反応を必要とする場合が多い。例えば、クロロキンの基本骨格であるキノリン化合物の場合、キノリン化合物によっては、合成自体が難しく、所望の構造の化合物を得ることが困難である。また、アルテミシニンに代表される植物の抽出物は、多糖等の水溶性化合物から目的物質を精製する際に労力を必要としてしまう。そこで、化学合成法ではなく、糖等の安価な原料から微生物培養によって一段階で目的物質が生産できれば生産面から極めて有利である。
【0006】
特許文献2や非特許文献2には、抗マラリア活性を有する微生物培養抽出物に関して、ストレプトマイセス属放線菌によるポリエーテル系抗生物質が記載されている。
【0007】
また、特許文献3には、抗マラリア活性を有する微生物培養抽出物に関して、放線菌によるボレリジンが記載されている。
【0008】
しかしながら、放線菌はグラム陽性菌に属し、細胞壁は厚く、その80%がペプチドグリカンであるため、細胞壁が強固である。したがって、放線菌の細胞壁を破砕するためにはアクロモペプチダーゼのような厚い細胞壁を特異的に分解するような高価な酵素による処理が必要となり、生産物を回収することがグラム陰性菌に比べて高コストとなってしまう。さらには、使用したアクロモペプチダーゼを除去する処理も必要となるため、生産物を回収することがグラム陰性菌に比べて煩雑である。
また、グラム陽性菌の中でも特に分岐した糸状の細胞や菌糸を形成する放線菌は、多様な生理活性を有する二次代謝物を生産する機能を備えることが知られている。ところが、大量生産のための酸素供給を目的とした撹拌が必要であるにもかかわらず、放線菌は糸状の形態を示すことが多いために撹拌に伴う物理的な剪断による細胞の断裂を原因とする死滅が起きてしまい、再現性の高い生産の実施には撹拌の適切な管理が必要となってしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−1630号公報
【特許文献2】特開2003−335667号公報
【特許文献3】特開2004−269440号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】グエン・ティエン・ヒュイ(Nguyen Tien Huy)、外7名、「クロトリマゾールはヘムに結合してヘム依存性溶血を促進する:クロトリマゾールの提案される抗マラリア機構(Clotrimazole binds to heme enhances heme−dependent hemolysis:proposed antimalarial mechanism of clotrimazole)」、ザ・ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(The Journal of biological chemistry)、(米国)、米国生化学・分子生物学会(American Society for Biochemistry and Molecular Biology)、2002年2月、第277巻、第6号、p.4152−4158
【非特許文献2】ジャキュエス・アドベランデ(Jacques Adovelande)、外1名、「マラリア化学療法におけるカルボン酸型イオノホア:in vitroにおけるプラスモジウム・ファルシパラムとin vivoにおけるプラスモジウム・ビンケイ・ペッテリに及ぼすモメンシンとニゲリシンの影響(Carboxylic ionophores in malaria chemotherapy:the effects of monensin and nigericin on Plasmodium falciparum in vitro and Plasmodium vinckei petteri in vivo)」、(オランダ)、ライフ・サイエンス(Life Science)、エルセビア(Elsevier)、1996年、第59巻、第20号、p.309−315
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記のような問題点に鑑みてなされたものであり、その目的はアクロモペプチダーゼのような厚い細胞壁を特異的に分解するような高価な酵素による処理をすることなく、低コストかつ簡便にマラリア原虫の増殖を抑制する抑制物質を回収することができる細菌を提供することである。また、撹拌の適切な管理をすることなく、高い再現性で該抑制物質を生産できる細菌を提供することも目的とする。さらに、マラリア感染地区がアジア、アフリカ、中南米等の熱帯・亜熱帯に属する発展途上国で医療制度も経済的な基盤の充実もない地域であり、低コストかつ簡便に生産できるマラリア治療剤が望まれていることに鑑みて、該抑制物質を利用したマラリア治療剤や低コストかつ簡便なマラリア治療剤の生産方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明による細菌は、上記の目的の少なくとも一部を達成するために、以下の手段をとった。
【0013】
本発明の細菌は、マラリア原虫の増殖を抑制する抑制物質を産生するオクロバクトラム属またはセラチア属のいずれかに属すること、を要旨とする。
【0014】
また、本発明の細菌において、前記抑制物質がマラリア原虫のヘム重合を阻害することにより該マラリア原虫の増殖を抑制することを特徴とすることもできる。
【0015】
また、本発明の細菌において、前記オクロバクトラム属に属する細菌がオクロバクトラムFERM P−21915菌株であることを特徴とすることもできる。
【0016】
また、本発明の細菌において、前記セラチア属に属する細菌がセラチアFERM P−21914菌株であることを特徴とすることもできる。
【0017】
本発明のマラリア治療剤は、オクロバクトラム属またはセラチア属のいずれかに属する細菌を培養して得られる培養物を有効成分とすること、を要旨とする。
【0018】
また、本発明のマラリア治療剤において、マラリア原虫のヘム重合を阻害することにより該マラリア原虫の増殖を抑制することを特徴とすることもできる。
【0019】
また、本発明のマラリア治療剤において、前記培養物のうち上清画分を有効成分とすることを特徴とすることもできる。
【0020】
また、本発明のマラリア治療剤において、前記オクロバクトラム属に属する細菌がオクロバクトラムFERM P−21915菌株であることを特徴とすることもできる。
【0021】
また、本発明のマラリア治療剤において、前記セラチア属に属する細菌がセラチアFERM P−21914菌株であることを特徴とすることもできる。
【0022】
本発明のマラリア治療剤の生産方法は、オクロバクトラム属またはセラチア属のいずれかに属する細菌を培養して得られる培養物を採取する工程を少なくとも行うこと、を要旨とする。
【0023】
また、本発明のマラリア治療剤の生産方法において、前記オクロバクトラム属に属する細菌がオクロバクトラムFERM P−21915菌株であることを特徴とすることもできる。
【0024】
また、本発明のマラリア治療剤の生産方法において、前記セラチア属に属する細菌がセラチアFERM P−21914菌株であることを特徴とすることもできる。
【0025】
本発明のマラリア治療剤の生産方法は、オクロバクトラム属またはセラチア属のいずれかに属する細菌を培養して得られる培養物から上清画分を抽出し、該上清画分を採取する工程を少なくとも行うこと、を要旨とする。
【0026】
また、本発明のマラリア治療剤の生産方法において、前記オクロバクトラム属に属する細菌がオクロバクトラムFERM P−21915菌株であることを特徴とすることもできる。
【0027】
また、本発明のマラリア治療剤の生産方法において、前記セラチア属に属する細菌がセラチアFERM P−21914菌株であることを特徴とすることもできる。
【発明の効果】
【0028】
本発明の細菌はグラム陰性菌であるので、アクロモペプチダーゼのような厚い細胞壁を特異的に分解するような高価な酵素による処理をすることなく、低コストかつ簡便にマラリア原虫の増殖を抑制する抑制物質を回収することができる。また本発明の細菌はグラム陰性菌なので、放線菌で必要となるような撹拌の適切な管理をすることなく、高い再現性で該抑制物質を生産することもできる。
一方、本発明のマラリア治療剤はグラム陰性菌を用いて生産するので、アクロモペプチダーゼのような厚い細胞壁を特異的に分解するような高価な酵素による処理をすることなく、低コストかつ簡便に生産することができる。また、本発明のマラリア治療剤はグラム陰性菌を用いて生産するので、放線菌で必要となるような撹拌の適切な管理をすることなく高い再現性で生産することができる。
【発明の実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明において使用する細菌はオクロバクトラム属もしくはセラチア属に属するものであるが、ヘムの重合阻害ならびにマラリアの分裂・増殖を抑制する抑制物質を産生する微生物であれば特に限定されない。例えばオクロバクトラム属34−29株およびセラチア属44−1株が好適に用いられるが、それと実質的に同一の菌学的性質を有する菌株であればいずれの菌株も使用することができる。このオクロバクトラム属34−29株およびセラチア属44−1株は、本発明者らが沖縄県石垣市および宮古島市より採取した多種類の土壌からのスクリーニングによって見出したものである。
【0030】
16SrRNA配列の比較から、34−29株はオクロバクトラム アンスロピの標準菌株(米微生物寄託機関アメリカンタイプカルチャーコレクションにATCC49188として寄託されている)の16SrRNA配列と99.7%一致し、44−1株はセラチアマルセセンスの標準菌株(独微生物寄託機関ドイツ微生物寄託センターにDSM30121として寄託されている)の16SrRNA配列と99.7%一致したことから、それぞれ、オクロバクトラム属、セラチア属と同定された。これらの菌株は表1に示す菌学的性質を示す。また、これらの菌株は独立行政法人産業技術総合研究所に平成22年2月15日付けで寄託し、それぞれ受託番号FERM P−21915、FERM P−21914を得ている。
【0031】
これまでにオクロバクトラム属あるいはセラチア属の登録菌株がマラリア原虫の増殖を抑制する抑制物質を産生する能力を有することに関しては全く報告がないのに対し、34−29株、44−1株は後述するようにそのような能力を有する。よって、34−29株はオクロバクトラム属に属する新菌株であり、44−1株はセラチア属に属する新菌株であることが分かった。
【0032】
【表1】

【0033】
本発明において用いる細菌の培養は、細菌の通常の培養法に従って行われる。培養の形態は固体培養または液体培養のどちらでもよいが、液体培養が好ましい。培地の栄養源としては通常用いられているものが広く用いられる。炭素源としては利用可能な炭素化合物であればよく、例えばグルコース、スクロース、ラクトース、コハク酸、クエン酸、酢酸などが利用される。窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、例えばペプトン、ポリペプトン、肉エキス、大豆粉、カゼイン加水分解物などの有機栄養物質が使用される。そのほか、リン酸塩、炭酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、ナトリウム、鉄、マンガン、亜鉛、モリブデン、タングステン、銅、ビタミン類などが必要に応じて用いられる。培養は細菌が生育可能である温度とpH下で行われ、使用する細菌の最適培養条件で行うのが好ましい。一般的には、培地のpHを適当なpH、例えばpH6〜8とし、また、適当な温度、例えば25−35℃好ましくは30℃の通常の細菌の培養条件で、振盪または通気条件下で好気的に行われる。本発明によるマラリア原虫の増殖を抑制する抑制物質の産生は、上記のような培地にて、上記の細菌を上記のような条件で培養することにより行うことができる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実地例により具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの実地例に限定されるものではない。
【0035】
実施例1:培養抽出物の調整
内径18mm試験管内に調整した培地(可溶性でんぷん、ポリペプトン、肉エキス各10g、脱イオン水1L、pH7.2に調整)5mLをシリコ栓で密栓後、121℃、20分でオートクレーブ処理をし、PC−1液体培地とした。その後、PC−1寒天培地(PC−1培地に寒天末15gを添加したもの)に4℃で保存したオクロバクトラム属34−29株又はセラチア属44−1株を上記PC−1液体培地に接種し、30℃、3日間、150rpmの条件でタイテック社BR−40LF型を用いて好気的に培養し、PC−1培養液を得た。さらに、シリコ栓で密栓した100mL容邪魔板付き三角フラスコに培地(可溶性でんぷん2.5g、ソイビーンミール1.5g、乾燥酵母0.2g、炭酸カルシウム0.4g、脱イオン水1L、pH7)20mL調整後、同様にオートクレーブ処理を行い、K培地とした。さらに、そのようにして得られたオクロバクトラム属34−29株又はセラチア属44−1株のPC−1培養液1mLをK培地に接種し、30℃、7日間好気的に培養した。得られた培養物にアセトンを等量添加し、培養抽出物とした。ここでは微生物の代謝生産物である培養物を溶解しやすくするために培養物にアセトンを添加しているが、培養物を溶解することができるものであればよくメタノールやジメチルスルホキシドなどを添加してもよい。
【0036】
実施例2:Tween20を用いたヘム重合化の阻害活性試験
実施例1で得られた培養抽出物によるヘム重合化の阻害活性試験はHuyらが報告した方法に凖じて行った(グエン・ティエン・ヒュイ(Nguyen Tien Huy)、外6名、「抗マラリア物質のハイスループットスクリーニングのための比色法を用いた簡易ヘム結晶化阻害試験(Simplecolorimetric inhibition assay of heme crystallization for high−throughput screening of antimalarial compounds)」、(米国)、アンチマイクロバイアル・エイジェンツ・アンド・ケモセラピー(Antimicrobial agents and chemotherapy)、米国微生物学会(American Society for Microbilogy)、2007年1月、第51巻、第1号、p.350−353)。この方法は、ヘムに一個の塩化物イオンが配意したヘミンに、重合開始剤として非イオン性界面活性剤であるTWEEN20(ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート)を混合することによってヘムを重合させる。ヘミン(フルカ社製)20mgをジメチルスルホキシド(ナカライ社製)1.4mLに溶解したものおよび、Tween20(シグマ社製)48mgを脱イオン水1Lに溶解したものをそれぞれ、フィルター濾過(ミリポア社製、3μm穴径)で不溶物を除去してヘミン溶液、およびTween20溶液とした。次に、1M酢酸緩衝液(pH4.8)5mLに上記ヘミン溶液と0.1規定硫酸水溶液をそれぞれ、終濃度50μM、20mMになるように混合して作製した。これに、Tween20溶液を終濃度12mg/Lになるように加えたTween20(+)サンプルと、対照としてTween20溶液の代わりに脱イオン水を加えたTween20(−)サンプルを作製した。これらのTween20(+)サンプルとTween20(−)サンプルのそれぞれにオクロバクトラム属34−29株培養抽出物を添加したサンプル、セラチア属44−1株の培養抽出物を添加したサンプル、クロロキンを添加したサンプル、何も添加しないサンプルの計8サンプルを作製した。ここでは、オクロバクトラム属34−29株又はセラチア属44−1株培養抽出物を、Tween20(+)サンプル又はTween20(−)サンプルに最終反応液量の4分の1量を添加した。一方、代表的な抗マラリア剤であるクロロキン試料としてクロロキンニリン酸塩(和光純薬社製)51.586mgを脱イオン水1mLに溶解したものを使用し、クロロキンの終濃度が1mMとなるようにTween20(+)サンプル又はTween20(−)サンプルに添加した。これらの計8サンプルを37℃で250分間インキュベーションした。これにより、Tween20含有サンプルではヘム重合化反応が起きる。ヘムの重合化は、波長415nmの吸光度(ヘムの吸光波長)の値から波長615nmの吸光度(ヘム重合化物であるヘモゾイン形成による濁度)の値を引いた値(415−615nm値)で判定した。すなわち、Tween20を加えるとヘムが重合化して、波長415nmの吸光度が減少して波長615nmの吸光度が上昇するために415−615nm値は小さくなる。添加物のヘム重合化阻害活性(A比)は、Tween20含有サンプルの415−615nm値を、Tween20非含有サンプルの415−615nm値で除することで求めることができる。A比が高いほど、阻害活性が高いことを示す。この実験結果を表2に示す。クロロキンを添加したサンプルのA比は添加物なしのサンプルのA比よりも高いことから、本評価法の妥当性が検証できた。また、オクロバクトラム属34−29株又はセラチア属44−1株培養抽出物を添加した場合においても、著しく高いA比を示し、両培養抽出物共に高いヘム重合化阻害活性を示した。よって、オクロバクトラム属34−29株およびセラチア属44−1株を培養して得られる培養物が、ヘム重合を阻害することが分かった。これにより、オクロバクトラム属34−29株およびセラチア属44−1株が、ヘム重合を阻害する物質を産生することが分かった。
【0037】
【表2】

【0038】
さらに実施例1と同様に培養して得られた培養物を3,000rpm、4℃、5分の条件で遠心分離し、上清と菌体画分を採取した後、各画分にアセトンを培養液と等量添加し、それぞれ上清画分抽出液、菌体画分抽出液とした。ここでは微生物の代謝生産物である培養物を溶解しやすくするために培養物にアセトンを添加しているが、培養物を溶解することができるものであればよくメタノールやジメチルスルホキシドなどを添加してもよい。これら画分抽出液を用いて上記と同様の評価法によりA比の比較を行った。この結果を表3に示す。オクロバクトラム属34−29株については、菌体画分抽出液を添加すると添加物が無いときと同等のA比を示したのに対して上清画分抽出液を添加すると高いA比を示したことから、上清画分抽出液にヘム重合活性阻害作用があることが分かる。一方、セラチア属44−1株については上清、菌体画分抽出液共にヘム重合反応の阻害活性が認められたが、上清画分抽出液を添加したときのA比が菌体画分抽出液を添加したときのA比よりもやや高いため、上清画分抽出液が菌体画分抽出液よりヘム重合反応の阻害活性がやや強いことが分かった。よって、オクロバクトラム属34−29株およびセラチア属44−1株を培養して得られる培養物のうち上清画分が、ヘム重合を阻害することが分かった。
【0039】
【表3】

【0040】
実地例3:マラリア原虫粗抽出物によるヘム重合化の阻害活性試験
本試験はArawalらが報告している方法に準じて行った(ラシュミ・アグラワル(Rashmi Agrawal)、外5名、「シプロヘプタジンが持つ抗マラリア活性の新しいターゲットとしてのヘム重合化酵素(Haem polymerase as a novel target of antimalarial action of cyproheptadine)」、(英国)、バイオケミカル・ファーマコロジー(Biochemical Pharmacology)、エルセビア・サイエンス(Elsevier Science)、2002年11月、第64巻、第9号、p.1399−1406)。この方法は、マラリア感染マウスより採取した感染赤血球を破壊してマラリア原虫を回収し、その原虫の粗抽出物を混合してヘムを重合させる。言い換えるならば、本方法はマラリア原虫が備えているヘム重合化システムをin vitroで再現した方法である。3匹のマウスマラリア(Plasmodium yoeli)感染マウスの心臓からシリンジを用いて3mL血液を採取した。採取した血液を136mMグルコース、85mMクエン酸三ナトリウム、38mMクエン酸を含む水溶液9mLに溶解したものを、室温、1,500rpm条件下で10分間遠心分離し、沈殿物を赤血球画分とした。赤血球画分は22mMリン酸緩衝液(pH7.4)で洗浄後、9g/Lグルコースを溶解した22mMリン酸緩衝液(pH7.4)約2.8mLに懸濁した。該懸濁液1mLを液体窒素に5分間浸せきして、凍結後、室温にて融解し、該懸濁液中の赤血球とマラリア原虫を破壊した。破砕されたマラリア原虫を4℃、13,000rpm条件下で20分間遠心分離し、得られた沈殿物を100mM酢酸緩衝液(pH 5.0)0.5mLに懸濁したものをマラリア原虫粗抽出物とした。ヘムの重合反応は、1mMヘミン100μL、1M酢酸緩衝液(pH5.0)100μL、マラリア原虫粗抽出物50μLとオクロバクトラム属34−29株又はセラチア属44−1株の培養抽出物50μL、滅菌脱イオン水700μLを加えて、37℃で4時間振盪することで行った。また、各菌株の培養抽出物の代わりに20mMクロロキンを50μL加えた(終濃度1mM)ものをヘム重合化阻害の陽性対照とし、脱イオン水を50μL加えたものを陰性対照とした。反応終了後、室温、13,000rpm条件下で5分間遠心分離により得た沈殿物を2.5質量% SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)を含む100mMトリス緩衝液(pH 7.4)にて1回、100mMトリス緩衝液(pH 7.4)にて2回、100mM重炭酸緩衝液(pH 9.0)にて1回洗浄後、室温、13,000rpm条件下で5分間遠心分離後得られた沈殿物を重合化ヘム画分とした。重合化ヘム画分は50μLの2規定NaOHと2.5質量%SDS水溶液950μLに溶解することで遊離ヘム化させ、その遊離ヘムの波長400nmの吸光度を測定することで重合化ヘムを定量した。重合化ヘム量は同一条件の実験を3回実施し、測定値の平均値と標準偏差を算出した。その結果を表4に示す。表4の結果から、添加物のない場合と比較して、オクロバクトラム属34−29株又はセラチア属44−1株培養抽出物を添加した場合には測定された重合化ヘム量が極めて低く、該培養抽出物によりヘム重合化活性が阻害されたことが明らかである。また、その効果は代表的な合成抗マラリア薬クロロキンと同程度であった。よって、オクロバクトラム属34−29株およびセラチア属44−1株を培養して得られる培養物が、マラリア原虫のヘム重合を阻害することが分かった。これにより、オクロバクトラム属34−29株およびセラチア属44−1株が、マラリア原虫のヘム重合を阻害する物質を産生することが分かった。
【0041】
【表4】

【0042】
実地例4:マウスにおける致死性マラリア原虫の成長・増殖阻害試験
マウス致死性のマウスマラリア(P.berghei)を含む血液を15uLヘパリン(ニプロファーマ社製)を含む22mMリン酸緩衝液(pH7.4)に添加し、10−感染赤血球/100uLになるように調整し、感染血液試料とした。12週齢の雄の野生型マウスに該感染血液試料0.1mLを腹腔内に試験開始初日に一回投与した。このマラリアは通常、感染9日前後でマウスを死に至らしめる。次に、オクロバクトラム属34−29株又はセラチア属44−1株培養抽出物に220mMリン酸緩衝液(pH7.4)を10分の1量加えたもの(終濃度22mM)200μLを第1回目投与翌日から毎日該マウスの腹腔内に一日一回投与した。上記感染マウスの尾0.5mmを医療用ハサミで切断し、該切断尾部から得られる血液一滴をスライドガラス上に塗沫し、マラリア学ラボマニュアル(田辺和裄、「マラリア学ラボマニュアル」、第1版、(株)菜根出版、2000年11月15日、p23−24)に記載の方法に従ってギムザ染色処理後、油浸レンズによる顕微鏡観察により、マラリア感染赤血球数および全赤血球数を計測し、全赤血球数に対するマラリア感染赤血球数の割合からマラリア感染率を算出した。陽性対照としてクロロキンを用い、感染血液試料を投与した翌日より、22mMリン酸緩衝液(pH7.4)に5g/Lとなるように調整したクロロキン溶液を毎日、一回ずつ、200μL投与した。また、陰性対照として、菌を培養していない培地を実施例1と同様の方法で調整した抽出物を用いた。この実験結果を図1に示す。陰性対照のマウスは、感染5日目から血中にマラリア原虫が確認でき、その後感染率は日毎に上昇して感染9日目にはマラリア感染率が50%に達し、死亡した(図1では、陰性対照マウスの死亡を十字架で示す)。一方、陽性対照であるクロロキン、オクロバクトラム属34−29株又はセラチア属44−1株培養抽出物を投与したマウスは、感染後9日までマラリア感染率が10%以下であった。よって、オクロバクトラム属34−29株およびセラチア属44−1株を培養して得られる培養物が、マラリア原虫のヘム重合を阻害することにより該マラリア原虫の増殖を抑制していると考えられる。これにより、オクロバクトラム属34−29株およびセラチア属44−1株が、マラリア原虫のヘム重合を阻害することにより該マラリア原虫の増殖を抑制する抑制物質を産生していると推測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】致死性マラリア感染マウスにおける感染後日数と感染率の関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マラリア原虫の増殖を抑制する抑制物質を産生するオクロバクトラム属またはセラチア属のいずれかに属する細菌。
【請求項2】
前記抑制物質がマラリア原虫のヘム重合を阻害することにより該マラリア原虫の増殖を抑制することを特徴とする請求項1に記載の細菌。
【請求項3】
前記オクロバクトラム属に属する細菌がオクロバクトラムFERM P−21915菌株であることを特徴とする請求項1又は2のいずれかに記載の細菌
に記載の細菌。
【請求項4】
前記セラチア属に属する細菌がセラチアFERM P−21914菌株であることを特徴とする請求項1又は2のいずれかに記載の細菌。
【請求項5】
オクロバクトラム属またはセラチア属のいずれかに属する細菌を培養して得られる培養物を有効成分とするマラリア治療剤。
【請求項6】
マラリア原虫のヘム重合を阻害することにより該マラリア原虫の増殖を抑制することを特徴とする請求項5に記載のマラリア治療剤。
【請求項7】
前記培養物のうち上清画分を有効成分とすることを特徴とする請求項5又は6のいずれかに記載のマラリア治療剤
【請求項8】
前記オクロバクトラム属に属する細菌がオクロバクトラムFERM P−21915菌株であることを特徴とする請求項5乃至7のいずれかに記載のマラリア治療剤。
【請求項9】
前記セラチア属に属する細菌がセラチアFERM P−21914菌株であることを特徴とする請求項5乃至7のいずれかに記載のマラリア治療剤。
【請求項10】
オクロバクトラム属またはセラチア属のいずれかに属する細菌を培養して得られる培養物を採取する工程を少なくとも行うマラリア治療剤の生産方法。
【請求項11】
前記オクロバクトラム属に属する細菌がオクロバクトラムFERM P−21915菌株であることを特徴とする請求項10に記載のマラリア治療剤の生産方法。
【請求項12】
前記セラチア属に属する細菌がセラチアFERM P−21914菌株であることを特徴とする請求項10に記載のマラリア治療剤の生産方法。
【請求項13】
オクロバクトラム属またはセラチア属のいずれかに属する細菌を培養して得られる培養物から上清画分を抽出し、該上清画分を採取する工程を少なくとも行うマラリア治療剤の生産方法。
【請求項14】
前記オクロバクトラム属に属する細菌がオクロバクトラムFERM P−21915菌株であることを特徴とする請求項13に記載のマラリア治療剤の生産方法。
【請求項15】
前記セラチア属に属する細菌がセラチアFERM P−21914菌株であることを特徴とする請求項13に記載のマラリア治療剤の生産方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−244797(P2011−244797A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−131464(P2010−131464)
【出願日】平成22年5月21日(2010.5.21)
【出願人】(504145308)国立大学法人 琉球大学 (100)
【Fターム(参考)】